« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月31日 (水)

季節は確実に巡っている

  Cirrocumulus1 季節は確実に巡っている。このところ、日が短くなり・昼に鳴いていた蝉もすっかり聞こえが少なくなった。その代わりに、夜にコウロギが鳴きだした。猛暑・酷暑という日はないだろう。山間から吹く風は、秋の匂いがし、トンボが風に泳いでいる。遠くに見える山並みも、いくらか透明度を増してきて、高い空は鰯雲がある日が多くなったようだ。

里山には栗・柿の実が葉陰に見え隠れする。田んぼでは稲の穂が少しだけど頭を下げてきた。実りの秋になってきたのだ。日ごろの喧騒の中で季節を見失いがちだが、シッカリ季節を感じる事が大事だ。

2054421_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球温暖化は真剣・・・

Cat031 台風12号が関東地方に標準を合わせて、襲来しそうで心配である。家の周りの片づけをしておこうと思い、今朝庭に出た。早速手足を何箇所も蚊に食われた。

蚊といえば、終戦直後、私は子供であったが日本脳炎という蚊による伝染病であると知っていた。それほど流行していたのだ。100年に0.7度がこれから100年で3度上がるだろうといわれている。日本は温暖湿潤気候帯から亜熱帯になって,蚊の発生条件が良くなってしまい、東京都心でも、今まで見たことのない蚊の種類が見られるようになったという。

60年前頃は、環境衛生が悪く、仕方がなかったと今になって思うが、地球温暖化によって、今までの経験したことがない、事象が起こる恐れが出て来た。

日本で対策が必要なのは、過去の病気と考えられがちな日本脳炎だ。日本脳炎ウイルスはブタを宿主とし、コガタアカイエカがブタの血液を吸うことで人に感染させる。そのため各都道府県では飼育ブタの血液の日本脳炎抗体陽性率を毎年測定し、陽性率が高まると、県ごとに「感染注意報」を出している。近年、その発令範囲が広がり続けている。

足の脛を掻きながら、本当に温暖化は、取り戻すことが出来ない。後100年後は3度上がるとなれば、地球の生態系が想像もつかない、恐ろしいことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

和敬清寂の四文字熟語から・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10shiretoko5go_1ko21 「和敬清寂」は禅宗の言葉である。また、日本人の茶の心 茶道に『和敬清寂』という。四規とよばれる茶の心があるが、厳しさのなかで人と人が磨きぬかれた美意識の中で心の交流を表す心である。

精神文化に有形無形の影響を与えてきた言葉だ。そして、近年になって急速に和敬清寂の精神が失われてしまったことが、日本の社会を変質させてしまったのではないかと言う識者もいる。

裏千家の千宗室氏がこの葉の重要性をその意味と共に以下のように述べている。

「和」:和するという平和の思想

「敬」:お互い差別のない人間同士の触れ合い

「清」:浄めるということ。心の汚れを取り静かな心をもつこと

「寂」:どんなときにも動じない態度と心をもつこと


 私は私なりに考えてみた。

「和」・・・心の底まで打ち明け深く理解し合う。

「敬」・・・お互いが、敬い合い差別のない人間同士の付き合い。 

「清」・・・汚れなき清らかさ、心の清楚さ。

「寂」・・・どんな時でも動じない心。

このように動じない態度と心をもつことができたら、毎日が少しだけ美しく明るくなるかもしれない。

そして、時の流れに冷静に、正直に向き合った時、私達はどの様な答えを見つけだせるのだろうか・・・自然と一体となりながら、平常心を取り戻した時、私達は何に気づくのだろうか?

昨日決まった野田佳彦首相に「和敬清寂」の四文字熟語の奥の深い禅語の意味を理解し、日本の救世主になって欲しいものだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年8月30日 (火)

お祭りの思いで・・・

Enniti1 私が小学生の頃、テレビが町の電気屋さんに1台あって、プロレスの力道山が活躍していた時代、8月29日は、私が住む八王子市片倉町の鎮守様である住吉神社のお祭りであった。(片倉城跡公園内)

その当時は、田舎芝居、稲葉興行・千鳥新太郎一座のどちらかが、かかって、国定忠治や清水次郎長・番場の忠太郎などの出し物が楽しみだった。お祭りの10日前あたりから、子供たちが着物を着て棒の刀を腰に差して、赤木の子守唄などを踊って、お祭りの日を指折り数えて待った。

お祭り当日になると母が作る饅頭を一杯作って、近所・親戚に配った。北野町に母親の実家に持って行くのである。お小遣いを貰うのが楽しみでであった。だが、子供の足では遠いと感じていて、その上、途中、悪餓鬼いて、苛められるという恐怖もあった。だから勇気を持って、悪餓鬼に遭わぬように祈って行った。お返しに附け木(檜(ひのき)・松・杉などの薄い木片の先に硫黄を塗りつけたもの。火を他へ移すときに使う。)が入っていた。

お祭りに行くと出店が出て、おもちゃや、果物・綿飴・アイスキャンデーなっどが売られていた。見るもの全てが珍しく、美味しそうであった。小遣いが貰えず、おもちゃのおじさんが饅頭5個と取り替えてくれるというので、母親にだまって饅頭5個を持って行き、ピストルのおもちゃと取り替えてもらい、嬉しかった。

家の庭西に早生の柿木があって、お祭りに食べられた。ちょっと渋いものもあったが、柿木に登って、取って食べたり、近所の子供たちの仲間にあげた。そして、柿をズボンのポケットに一杯入れて、お祭りを見に行った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドジョウは金魚になれない

00a233ff1 民主党代表・・・首相が決まったが、まったなしの仕事が山積している。総合力・・・民主党内・野党・官僚の知恵をフル発揮し日本再生の総指揮官を務められる最適の人だと思う。

野田佳彦財務相は、海江田万里経産相との決戦演説で「ドジョウは金魚になれません」という喩えを出して自分の政治信条を話された。

5人の候補者の演説で、野田佳彦財務相が一番強く、印象に残っている。さすが辻説法を長いことやっていた人だと思った。

今朝のウォール・ストリート・ジャーナル日本版で・・・野田佳彦財務相は闇を知っている。普段は無口な印象の野田氏だが、民主党代表選の候補者演説では自らが政界入りするまでの険しい道のりを雄弁に語った。

その思いは、「どじょうはどじょうの持ち味があります。金魚にはなれません」という言葉に凝縮されている。野田氏は自らを、泥臭いどじょうにたとえたのだ。

野田氏は、持ち時間の大半を使って現在の地位に至るまでの険しい道のりを説明。自分は千葉県の貧しい農家の家系に生まれたため、「ルックスはこの通り」と、都会派には見えない理由を語った。1963年のジョン・F・ケネディ大統領暗殺を嘆く米国を白黒テレビで見たことが、政治家を目指すきっかけになったという。

当選までの道のりは長かったという。来る日も来る日も同じ場所でときには13時間にわたり街頭演説したが、その選挙では落選。千葉県議会議員に初当選を果たしたのは1987年だった。衆議院には93年に初めて当選したが、所属していた日本新党が解党するという憂き目にあった。

ただし、暗い話だけでは終わらなかった。野田氏はアサガオの例も出した。夜の冷たい暗さを経験したものだけが、翌朝にアサガオが咲いたときにその美しさを完全に理解し愛でることができるという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

民主党代表選の裏表

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Natsu1 NHKのテレビ中継を11時から見た。

29日の民主党代表選は、1回目の投票で有権者数398人、投票総数は395票、うち有効票395票。前原誠司候補・・・74票・馬淵澄夫候補・・・24票・海江田万里候補・・143票・野田佳彦候補・・・102票・鹿野道彦候補・・・52票

1回目の投票では過半数の票を獲得した候補者がいなかったため、上位2人(海江田万里候補、野田佳彦候補)による「決選投票」になった。総投票数398票、有効投票数392票、無効票3で、野田佳彦候補・・・215票、海江田万里候補・・・177票だった。その差38票であった。

海江田万里経済産業相を、野田佳彦財務相が決選投票で破る大逆転劇となった。

読売新聞・・・記事によると、首相を決める与党党首選で下位候補が決選投票で逆転に成功したのは、1956年の自民党総裁選で石橋湛山総裁が誕生して以来となる。歴史的にもまれな逆転劇の舞台裏を検証する。

「決選投票になったら、『非海江田』で票を集中させたい」・・・29日朝、国会内で開かれた菅首相グループの会合。座長の江田法相は約30人の出席者にこう呼びかけ、了承を取りつけた。

菅グループは、代表選の対応を自主投票としていたが、菅首相の意向もあり、「反小沢」では一致していた。党内では「海江田氏が1位となるものの、過半数には至らない」との見方が大勢だった。

「野田氏と前原誠司前外相の陣営はともに票の上積みに必死で、決選投票となった場合の戦略を立てるに至っていない」と見た江田氏は、野田、前原両陣営に「決選投票では野田、前原両氏のいずれか上位となった候補に投票する」という「海江田包囲網」を事前に打診し、両陣営も「当然の行動」と受け止めた。

野田氏にとっては、逆転劇の主役を演じるには、1回目の投票で、前原氏を抑えて2位に躍り出なければならなかった。野田陣営は電話による投票の呼びかけも必死に進めた。党内に「前原氏が首相になったら、世論の支持を背景に早期の衆院解散・総選挙に踏み切るのではないか」との警戒感が広がっていたことは、野田氏が支持を伸ばすうえで、プラスに働いた。

29日朝、「2位」への自信を深めつつあった野田陣営の藤村修幹事長代理は、鹿野道彦農相の選対本部長である大畠国土交通相に対し、決選投票での「野田、前原、鹿野連合」の実現を要請した。

鹿野陣営には小沢グループの議員も多かったが、告示後には会合に顔を出さなくなったため、鹿野陣営は「小沢グループの引きはがし方はひどい」(大畠氏)と反発を強めていた。藤村氏の要請は、鹿野陣営に「あうんの呼吸」で受け入れられた。

前原グループでも、仙谷由人代表代行(官房副長官)が、藤村氏や、野田選対の顧問に就任していた岡田幹事長と連絡を取り合い、決選投票での糾合に力を入れた。菅政権で「脱小沢路線」を推進した岡田氏は代表選終了後、周辺に笑顔でこう語った。

岡田幹事長は「僕らが描いたシナリオ通りになったな」・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月29日 (月)

木鶏子夜に鳴く

Shibutoge61 民主党の代表選で「木鶏子夜に鳴く」(もっけいしゃに鳴く)、という言葉を思い出した。『伝燈録』

「木鶏」とは、木で作ったニワトリ、「子夜」とは、子(ね)の刻のことで深夜12時頃だ。その深夜の誰も気付かない時間の働きのこと、つまり人知れぬ働きのことで、名利を求めず気負いのない「無我無心」を象徴している。

昔、闘鶏を訓練する名人がいた。名人は王のために強い鶏を育て訓練していた。 ある日、王は「もうそろそろ戦わせてもよいのではないか?」と、名人に訪ねたが、名人は「いえいえ、まだまだです」と取り合わない。

王はその後何度も「もういいのでは」と言ったが、名人はその度に「まだこの鶏は虚勢を張っている」、「他の鶏を見ては興奮する」、「気負いがある」などと言って戦わせない。

数十日して、名人はようやくその鶏を王に献上しました。名人は「もう戦っても大丈夫。他の鶏の鳴き声を聞いても、見ても、まるで木で作った鶏のように平然としているようになった」と。(『荘子(そうじ)』の闘鶏を育てる名人の話

虚勢を張ってみせたり、威嚇したり、相手に惑わされるようでは本物ではない、いかにも強そうに見えてるうちは、まだまだで、どんな時も泰然自若として無為自然、じっと構えていられるのが本物の強さだということ。

人も同じである。一切の計らいもなく、自分の損得も考えない「無我無心」で人のために尽くせる人こそ本当の人格者と言える。無心であればこそ、何事にも動じることがなく、人知れぬ本物に働きが出来きる。

日本の総理大臣になる人が今日決まる。本物、「木鶏」の働きで日本国民のために働き、明るい未来と夢を抱かせる、人であって欲しいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

政治は一直線が分かりやすい

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

09oga_akanegumo11 政治は「生き物」というが、主張をコロコロ変ってしまった、国民には分かりにくい。

民主党は今日(29日)、次の首相になる新代表を選ぶ。選挙戦は、一昨日の告示から実質50時間で、これで日本のかじ取り役を決められる。

候補者5人の多数派工作を各候補者は必死なのは分かるが、そのために主張を変えるようでは、国民にとっては分かりにくい。日本丸の舵を取る船長を決める重大任務をまかせるのである。その選挙で、論戦を聞いて、一般国民に分かりやすい主張でなければならない。

あの人の一票が欲しいから、議論した末主張を曲げてしまうようでは一個人の政治家の理念は、どこかに置かれてしまう。鳩山由紀夫元首相が典型的な人だと思っていたが、海江田万里経産相も小沢・鳩山グループに、言い含められて、主張を変えている。

それは、脱原発に疑問を呈していたのに、公約に「40年以内に原発ゼロをめざす」と書いた。環太平洋経済連携協定(TPP)参加問題では「国を開くのが歴史の必然」と言っていたのに「慎重に検討」に転じた。

支持を取り付けたいがために信念を曲げてしまったら、付和雷同で自分の意思も分からなくなってしまい、国民にとってはまことに分かりにくく不安になってしまう。主張は、日本の将来像に直結する問題だ。しかも閣僚として担当した課題で、これほど主張が変わるのでは、政治家としての信念があるのかと疑問だ。

子ども手当の見直しなどを約束した自民、公明両党との3党合意を、「新執行部が継続か修正か白紙か決めるのがいい」と述べたのにも耳を疑った。自公両党から「背信行為だ」と責め立てられ、いきなり国会審議が立ち往生しないのか。

どのグループにも属さない馬淵澄夫前国交相の主張は分かりやすかったが、ただ、金融緩和をすれば景気が回復し、税収が増え、増税も考えられるというシナリオは疑問だ。

前原誠司前外相は、少子高齢化や人口減少を取り上げた。それは適切だが、財政出動などの「最後の大盤振る舞い」の考えはには疑問だ。借金の山を築いた過去の政権と同じ過ちを繰り返すことになる。

野田佳彦財務相は、欧米で国の借金が経済不安を招いていることを指摘し、社会保障と税の一体改革の先送りに警鐘を鳴らした。厳しい現実への対応を求める姿勢は納得できる。

鹿野道彦農水相は「ただひとつ、党を一つにすることが私の役目」だという。しかし、民主党のリーダー選びではない。1億2000万人の日本丸の船長になるのだから意識が違う。

分からないのが、年金や医療・介護などの社会保障政策だ。来年は診療報酬と介護報酬の同時改定が行われる重要な年だ。本来なら超高齢化社会に向け持続可能な制度への抜本改革に総力を挙げているべき時期にもかかわらずである。

普天間飛行場問題など防衛問題をもっと議論を聞きたかった・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月28日 (日)

「小さな親切」が日本を変えられる

09hirugao31 「お節介」は、相手の気持ちを無視したお世話。「親切」は、相手の気持ちを汲んで思いやる心。

日本のサービスは丁寧で、質が高いことは世界でも有名だ。電車、レストラン、デパート、ホテル、どこに行っても、だれに対しても、安定的で同じようなサービスを受けることができる。過剰な「親切」のことで、「余計なお世話」とも言われる。「親切」は好かれますが、「お節介」や「余計なお世話」は嫌われる。どちらが「親切」でどちらが「お節介」なのかは、受け取る人によって違う。

昭和38年3月―初代代表 茅誠司(東京大学学長)が東京大学卒業式告辞で、「小さな親切勇気を持ってやって欲しい」1963年(昭和38)年のこの日、「小さな親切」運動本部が発足した。6月13日に茅氏を始めとする8名の提唱者が、運動を発足させたという。

「できる親切はみんなでしよう それが社会の習慣となるように、人を信じ、人を愛し、人に尽くす」をスローガンに運動が進められている。この「小さな親切」が定着すれば、きっと日本を変えられると思う。勇気を持って実践しよう!

卒業式告辞・・・今日、2,000名のみなさんが東京大学を卒業されて、新しい生活に出発されることにたいして、心からお祝いの言葉を送りたいと存じます。

諸君は専門から見ても、また人間として見ても、共に未完成であります。大学教育の目標は、優れた専門的能力と、豊かな社会的教養をかねそなえた人間をつくる、と申すよりは、そのような人間になるための、潜在力の育成にあります。このような人間像は、この大学教育によって培われた潜在力の基盤の上に、諸君の一生涯を通じての努力と刻苦によって、初めて達成されるべきものでありましょう。

豊かな社会的教養を持つという意味は、さまざまの知識を持っているだけでは、エンサイクロペディアを頭の中にかかえて歩いている人間にすぎません。その教養を社会人としての生活の中に、どのように活かすかということが重要と存じます。言いかえれば、その教養を基盤として人格をつくっていくにはどうすればよいかということです。ここで、わたしは最近耳にしたことを、少しばかりお話して、諸君の参考に供したいと思います。

一昨年の10月、私は国際学術連合の総会に出席するためロンドンに行き、約3週間滞在しましたが、ある日曜日にオックスフォード大学まで車で行きました。ところがその往復の道で、前を走っているトラックの運転手が片手を出して、いま追い越せと教えてくれました。1台とか2台のトラックではなく、どのトラックでも全部そのようにしてくれました。日本では前を走るトラックは、できるだけ追い越されないように、中央線に近いところを走っているのと比べるとたいへんな相違です。

わたしが本日このおめでたい卒業式に、こんな話をなぜゆえにしか。それは、このような「小さな親切」はCo-operativeする現象であると解釈しているからです。Co-operative phenomenaは物理学では非常に興味ある物理論の問題として取り扱われ、わたしも二元合金についてこの問題を研究したことがあります。手っとり早く申すと、「なだれ」がこの典型的な例です。何かのきっかけがあって小さな雪がころがり出すと、それが次第に発達してなだれとなる。この「小さな親切」をきっかけとして、これが社会の隅々までもなにげなく、またまんべんなく行われるようになることを、わたしは心から希望してやみません。

皆さんこの「小さな親切」を勇気を持ってやっていただきたい。そしてそれが、やがては日本の社会の隅々までを埋めつくすであろう親切というなだれの芽としていただきたいということです。諸君は、人文・社会・自然の3分野にわたって、広い教養科目の学修をされました。この教養を、ただ頭の中にエンサイクロペディア式に蓄えておくだけでは立派な社会人とはなれません。しかし、この「小さな親切」を絶えず行っていくということは、このバラバラなエンサイクロペディア式知識を融合させる粘着剤の役目をつとめ、ひいては立派な社会人としての人間形成の基盤となることと信じます。諸君の一生の努力目標たる、教養高き社会人の道は、このような、やろうとすれば誰でもできることから始められるということを申し上げて、わたしのこの大学卒業式における最後の告辞といたします。(抜粋)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親小沢対脱小沢の代表選?

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05detohama11 親小沢か、脱小沢かなんて!日本の政治も三流に成り下がった?。裁判を有利に進めるための工作?しているとも揶揄されている小沢一郎さんは長く永田町に巣食っている岩手のふくろうのようなもので、闇の世に目を光らせている???

もうとっくに首相の座に着いてもいいチャンスがあったはずであるが、超一流の新人獲得マジックでいまだに120人とも言う勢力を確保している。

「ポスト菅」を選ぶ民主党の代表選は27日告示された。結局、候補者は5人となった。注目されるのは海江田万里経産相の訳の分からぬ出馬である。小沢さんは党員資格停止処分中であるが、何故か資格停止を解除するとか、前原さんはしない、とか議論をしているようだが、そんなことは国民にとっては、どうでもいいことだ。

また、民自公の連立とか、大政翼賛会的な政治集団になる戦前の政治?になって恐ろしいことになったしまうとか、ねじれ国会では、首相は目まぐるしく変わざるを得ない。これでは、外交政策は信頼性がなくなるのは当然である。

海江田経産相の曖昧な出馬表明である。小沢さん取り込まれ、操り人形化されているように見えて仕方がない。信念・理念は何なのだか分からん。

納得がいかないのが・・・菅内閣は東日本大震災の復興財源を賄う臨時増税と、社会保障を維持するための消費税率引き上げの方針を決めた。その内閣の一員だった海江田氏は共同責任を負っている。にもかかわらず、公約に「増税なき復興」や消費増税の先送りを掲げていることだ。

朝日新聞社説では・・・海江田氏は、菅政権で「マニフェストが弊履(へいり)のごとく捨てられている」と批判する。それでは「子ども手当」の見直しなどで、自民、公明両党と交わした3党合意を反古(ほご)にしてしまいたいのだろうか。

そんな対応をすれば、両党の協力を得られず、何より急がれる復興のための第3次補正予算の成立に支障をきたすのは明らかだ。

エネルギー政策でも、海江田氏はきのうになって突然、「40年以内に原発ゼロをめざす」と表明した。菅首相の「脱原発」路線に疑問を呈していたのに、なぜ一変したのだろうか。

日本記者クラブでの共同記者会見でも、「小沢氏の処遇」などで海江田氏に質問が集中しがちだったが、政策的にも説明が足りない。きょうの党主催の公開討論会で答えてほしい。

各候補者の主張を並べてみれば、自民党との大連立などに差異がある。なかでも最も違いが鮮明なのは「増税」への姿勢だ。政府の増税方針の堅持を掲げる野田佳彦財務相を除いて、他の4人は濃淡はあれど、後退した見解が多い。

私たちが懸念してきた通り、幅広い支持獲得を狙って、あえてあいまいにする作戦なのだろう。だが、それは「次の首相」として無責任過ぎる。

政府・与党の方針を転換するという候補者は、明確な対案と成算を示すべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月27日 (土)

生き抜くことです

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10247681 生き抜くことです。・・・金子みすずの詩で・・・ 「いきること いきていくこと それは、とても大変でつらいことだけど、大切なことだよ。」

何時の時代でも、生きていくことが楽ではありません。 今の日本も東日本大震災があり、福島原発問題があり、不況でも苦しんでいます。

世界では、不況の波が被っている、旱魃で苦しんでいる国、争いが続いている国があります。 だから、今こそ、生きるということが最も大事なのです。 当たり前だが、このように当たり前のことを見失いがちになります。

大変の苦難が世界中の空には暗雲が覆ってしまっています。 東日本大震災で被災して亡くなったり、家や家族を失くした方たち。失業した方たち。また、将来への様々な不安から、精神的に追い込まれている人も多いと思います。

残念なことですが、自殺をした方もいます。 どんなことがあっても、生まれてきた限り、自分から死を選んではいけません。生きたくても、生きられなかった方々のことを考えて欲しいと思います。

自分の生を目いっぱい生き抜くことです。どんなにつらくても、苦しくても。今は、全く目の前に希望が見えなくても。少しずつ、歩いていきましょう。 苦しくても生きようとする姿は他の人たちに勇気を与えます。

もっと悲惨な目にあっている方たちに、生きる勇気を与えてあげて欲しいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

よかったら見てください

00nyudogumobgm1

拙いブログだけど・・・毎日書いています。

site:kawahata-m.cocolog-nifty.com   →→→↑↓◎見てください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

身を捨てる覚悟で政治を司って欲しい

Photo2010_91 日本は、東関東大震災と世界的不況と世界でも類を見ない借金財政、それでも円高という経済情勢、北東アジアは、中国・北朝鮮・ロシアなどの動きも目の離せない。

沖縄基地問題・TPP問題・エネルギー・少子化の問題・医療・介護などの社会保障の問題・財政再建・教育行政など難問が山積している。

こんな状況に民主党の代表選でゴタゴタしている暇はないと思うが・・・アメリカ・イギリスの有力紙は、民主党の代表選を、「ニューヨーク・タイムズ」は、「5年間で6人目となる総理大臣の選出に向け、舞台裏の駆け引きが始まった」としたうえで、「誰が政権を握っても震災からの復興や原発事故、円高、高齢化といった困難な課題に直面することになる」と指摘している。

同じく「ウォールストリート・ジャーナル」は、代表選挙について「焦点は政策の違いではなく、党内でより多くの派閥の支持を取り付ける工作が行われている」と批判的に伝えている。

また、イギリスのBBCテレビは、新たに選出される代表について「震災や原発事故からの復興に加え、社会保障費が膨らむなかでの財政再建など、菅総理大臣が抱えたのと同じ課題に悩まされるだろう」と伝えている。

民主党でも最大グループである、小沢一郎元代表で大きく左右されるというから、政策論議ではなく、政治は力也→数合わせ?・・・野党の自民党も、党利党略が抜けきらない・大人になりきれない政治家ばかり、結局は田中角栄元首相の、金権政治?復活が思いだれる政治仕法のようだ。

代表選は、日本の首相となる人を決めるのである。少なくても民主党国会議員398人だけではなく、国民に、政策が分かるような議論を公にしてもらいたい。

鳩山由紀夫元首相・裁判中の小沢一郎元代表の国民的に信頼失墜した人間に多くの民主党の国会議員が、身を寄せていることが不思議でならない。

挙党一致と誰でも言っているが、それを具体的に示して欲しい。今のところ、国民的支持が強いといわれている前原元外務相に期待されるとうが、小沢一郎氏は、「前原さんでは日本が潰れる」といっている。

国会議員の先生達よ!日本丸は、浸水し始めている、身を捨てる覚悟で日本を救う。政治を司って欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月26日 (金)

空き家の庭にバッタ飛ぶ

W_tonosamabatta50611 主なき 庭に飛び交う 飛蝗ども

少子高齢化が進み、かっては、家族4・5人で活気があったご家庭であった家が、子供たちは独立し、家の後を継がない。残された夫婦はがしばらく続いていたが、とうとう・・・独り暮らしになってしまい、最後は空き家になってしまった家が散見される。

息子・娘達は、時々家の様子を見に来るようだが、家の修繕・家の周り樹木の剪定・草取りまでは、行き届かない。自分の生活でギリギリなのだろう。

30年前、八王子めじろ台の住宅街でもデベロッパーが開発し長期ローンを組んで家を求めて住んでいたがローンの返済が済んで、夫婦二人になり、ほっとした時は連れ合いが亡くなってしまったり、独り暮らしや、身体を悪くして施設にお世話になる。

したがって、今は誰もいない、荒れ果てた家になってしまう。昨日散歩しながら、そういう家を眺めなていると、バッタが、庭の草むらからキチキチ羽音させて飛び出した。何かやるせない思いがした・・・「夏草や兵達の夢のあと」を思い出す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

民主党代表選で見えてこない政策論

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

108inaho_aozora11 民主党の代表選の候補者が6人とも7人とも名乗りを上げているが、党の中の駆け引きと牽制し合いのコップの中の争いに見えて仕方がない。

民主党代表=日本の総理大臣だ。瀬戸際に立たされている日本の政治の課題は山程ある。その山は高くて厳しい。代表になろうとする意思はあるが、荒波を乗り切るキャプテンになって、何をどうするのか分からない。

国民が最も注目する政策テーマのひとつが、原発問題をはじめとするエネルギー政策だ。だが、これだけのテーマだけではない。憲法改正といった長期的・理念的なテーマもあるが、エネルギー問題はまさに足元で進行中の現実的な課題だ。

党代表に選ばれ首相になった瞬間から、次々に判断を迫られる。明確なビジョンを持たず、場当たり的に対応していては人々の安全や経済活動、国際社会の信認を大きく損ねかねない。

外交を正常な軌道に戻すことも、次期首相の重要な課題である。民主党代表選に出馬意欲を示す政治家の口から、外交や安全保障に関する発言がほとんど聞かれない。数合わせや小沢一郎元代表との距離感だけを気にした代表選であってはならない。

周辺では、関係主要国が活発に展開している。バイデン米副大統領が中国や日本を歴訪し、中国の次のリーダーである習近平国家副主席との親密な関係づくりに精力を注いだ。

退陣直前の菅直人首相と儀礼的に会談で終わった。日本とは対照的だ。その中国は、尖閣諸島周辺で漁業監視船が日本領海に侵入が24日にあった。一方では、極東地域の政治的経済的影響力を競う中ロの確執もここにきて目立ってきた。

来年は中国の共産党指導部交代をはじめロシア、米国、韓国で大統領選が行われる節目の年だ。各国が2012年を念頭に置く外交戦略を練る中で、政治の停滞が続く日本は、地域の新たな秩序構築や国益競争で大きく後れをとっている。

次期首相の外交課題はいずれも待ったなしのものばかりだ。日米安保共同宣言の後始末のこと、宙に浮く米軍普天間飛行場移設問題の打開。首相になる決意を固めているのかどうか。候補者は自らの覚悟を語るべきである。

継続性を軽視し、地に足のつかない理念先行の外交で失敗した。官邸の戦略機能強化は実現せず、外交当局の情報とネットワークも活用できなかった。その反省を踏まえ、日本が瀬戸際にあるとの自覚を持って、真剣な外交論戦を聞かせてほしい。

また、日本の財政は世界でも最悪の水準で、その健全化が急務なのは誰の目にも明らかだ。財政への危機感のない政治家に、日本の舵取りができるはずがない。

立候補するなら、自らの政策を明確に示して支持を求める必要がある。代表選を候補乱立のお祭り騒ぎにしてはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月25日 (木)

ノネナールとは

539571 ノネナールとは加齢臭のもとになる物質。加齢を重ねると、人には例外なく数々の不飽和アルデヒド(ノネナール)が発生するようになるという。

年齢が若いときには、皮膚の分泌物・老廃物は、活発な代謝で入れ替わり新鮮さを保っているが、年を重ねるにつれてそのスピードは落ちる。

だから、ノネナールは、20代や30代の人からはほとんど検出されることはなく、男女ともに40歳をすぎたころから体臭に含まれるようになる。

ノネナールは、親父臭いという言葉があるくらい男性の専売特許かと思われているが、ノネナールの発生メカニズム自体は男女関係ない。だが、女性のほうが常日頃、肌の清潔に気を使って清潔にしている傾向が高いので、女性のほうが加齢臭の方が少ないというだけ・・・。

ノネナール防止対策として、肌を清潔にすることである。ノネナール発生は皮膚表面に残った脂肪酸がないと発生しないから、汗をかいたら石鹸やボディソープなどで小まめに皮膚を洗うようにすることだ。汗をかいたあとの下着をこまめに替えることも効果的である。

ノネナール対策にきく食品、それは活性酸素にきく食品で、まず野菜に多く含まれるポリフェノール抗酸化食品の摂取が有効であるといわれている。また、アーモンドと大豆も加齢臭対策に有効といわれている。メカブもノネナール防止対策に非常に効果が高いそうだ。

アルコールの飲みすぎはNG。更に、タバコを吸うことは身体に活性酸素をわざわざ大量に送り込むことになるので要注意だ。不潔な生活、ストレス、不規則な生活、激しい運動、強い日光なども避けたい。

ヤダネー加齢臭なんて・・・気になる年頃・・・仕方がない、精々何時も身体の清潔に気をつけよう、孫達に嫌われないように・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

危うい日本、国会議員の先生達よ目を覚まして!

15401 これほど国難になっても与野党の駆け引きをする余裕があるとは思えない。

米大手格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが24日、日本国債の格付けを、上から3番目の「Aa2」から「Aa3」に1段階引き下げた。財政不安が高まるイタリアやスペインを下回り、中国やチリなどと並ぶ水準となった。

今回の格下げ理由について、ムーディーズは、日本の財政赤字が巨額で、財政健全化の達成を疑問視していることを挙げた。ここ5年、首相が頻繁に交代したため一貫した経済・財政政策がとられなかった、という厳しい指摘を受けたのも当然である。

だが、肝心の政治は、現状への危機感が薄く、財政再建を進める覚悟も足りない。言うまでもなく、国民生活の基礎をなすこの国の経済、景気が危機的状況に陥っている。

経済・景気対策を政争の具にして、国会での論争、駆け引きを続け手をこまねいている間に経済、景気はどんどん悪化している。 しかし、現在の国会は参議院では「ねじれ国会」の体制にある。

現実を政府・与党はしっかり受け止める必要がある。 特に、経済・景気対策は野党との交渉をスムーズに進め打てる政策からどんどん実現していかねばならない。特に経済・景気対策については、「ねじれ国会」を超え挙国一致で早期に実現することである。

今回の民主党の代表選は、党の代表と言うことではない、日本の総理大臣を決めることだ、有力候補者の前原前外務大臣が、名乗りをあげた。

世論調査で高い人気を誇る前原氏が首相になれば早期に衆院解散に踏み切る可能性もあるだけに「今のうちから徹底的にたたいておこう」という魂胆が見え隠れするという(産経新聞)。

自民党も情けない発想だ。肝心の日本の経済、日本国民の暮らしが最優先だという意識ない?のではなかろうか、危うい日本、国会議員の先生達よ目を覚まして!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

芸能界と暴力団の関係

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

282_field111 芸能界と暴力団との関係は、昔から断ち切ることは出来ないようだ。今人気タレントの島田紳助さんの引退記者会見では、どう係りあっていたとかハッキリしないが、社会的な影響は少なくないだろう。

NHKのwebでは・・・暴力団の事件を担当していた警察の元捜査員によりますと、暴力団幹部は山口組の中でも大物として知られる組長だということで、島田紳助さんが関係を持ったきっかけについて、この元捜査員は「紳助さんが右翼団体とトラブルになった際、知り合いの元プロボクサーでもある暴力団関係者の仲介で、大阪に本部がある山口組系の暴力団幹部にトラブルの解決を依頼することになった」と証言しました。

芸能界と暴力団との関係については、「社会的な立場のある芸能人にとって、自分にも非があるトラブルを抱えたときに、表沙汰にできないことを暴力団関係者に頼むことは昔からあった。暴力団の事務所に捜索に入った際に、芸能人との交際をうかがわせる写真や手紙などが見つかることはよくあり、芸能人と暴力団との関係を断ち切るのは難しい」と話しました。

ということである。しかし、今までにも芸能人とヤクザとの関係が噂さはあったようだ。興行には「金」と「ヤクザ」は付き物?と思ってもいいと、いう人もいる。芸能人の出世の影には暴力団ありなのか?言わば「ドロドロした共生」関係にあるようだとも言える?

私は、芸能人が人間的に信用できないとイメージがあるので、どうでもいいことなのだが・・・それにしても、海外でも日本の「ヤクザ」は外国でも通用するという。英語では、Organized crime 組織犯罪と訳すのだろうか・・・

ヤクザとの断ち切れない芸能界は、有名になろうという、芸人と興行するヤクザの関係がある。それにしても、ヤクザ稼業は他にどんなことで(職業)生活しているのだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月24日 (水)

ゴミ拾いをしながら考える

800pxkonjikidoooido1 ゴミ拾いをして考えた。みんなの住んでいる町、きれいにし、気持ちのよい、快適な暮らしをするには、一人ひとりが、ゴミは道路・公園・バス停などには捨てない。自分の家の周りは、毎日掃除をし、できればお隣の堺よりちょっと入ったところまで目配りする。

人間の心理は、捨ててはいけない!しかし、邪魔で捨てたいのジレンマの末にこの位いいだろう、人が見ていないから、目立たない樹木の影に・・・特に道路の植え込みの中、少しぐらいはいいだろうが・・・、これが困るのである。拾いにくいからである。自分の庭には、絶対捨てないが、他所に捨てるのは、もってのほかである。

ゴミは役所の方にしてもらえばいい?暇な人が勝手にすればいい?何て考えてはいないだろうが、家の前の通路にはゴミがあっても掃除をしない。これでは町はきれいにならない。

たった5分で出来る家の周りの落ちているゴミを拾う掃除である。町内会の方が一人ひとりの意思で見違えるくらいきれいになるのだ。是非お願いしたい。そして明るい町にしようではありませんか・・・と。毎日拾っているが一向に減らないゴミを見て、そんなことを考えて見た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高い未婚率を考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

10shiretoko5go_1ko21 独身貴族?何んて言葉があったが、過去の言葉?右を向いても左を見ても、婚期を逸してしまっている人?(男女)が目に付く昨今である。当然少子化という問題に、その訳は・・・

未婚率が高い社会構造に問題あり、政府は「子供手当て」→「児童手当て」で野党の攻防で話し合いは解決したが、結婚しない、出来ないと理由は他にあると思う。核家族化、社会構造などである。未婚化・少子高齢化が日本の将来に大きく影を落とすであろう。

もはや高度経済成長が望めない以上、その傾向は今後も続く、懸念するのは、未婚で留まっている人に社会的・生物的弱者が多いように見受けられる。「婚活」という言葉が象徴するように今や誰もが結婚できる時代ではなく、結婚市場の勝敗がはっきりし始めている。

いつまでも親に寄生はできないし、自活しながら老後のための蓄えを確保し、心身ともに健康に生きることは簡単ではない。それでもなんとか人生を送れれば本人も周囲もよいが、結局自活できなくなって社会保障費を圧迫したり、自暴自棄になり犯罪に走る人間が出現することが最も心配である。

問題の少子化は未婚率の上昇であり30代から40代ぐらいにかけての未婚率の異常に高いことにある。就職と収入の確保が問題の一つと考えられる。それは、いま若者の雇用を、特に正規雇用を阻んでいる要因を見ていく必要がある。

その大きな要因が社会保険料で、社会保険料がどんどん上がっているので、企業は、正規社員ではなくて、むしろパートとか時間単位で働く人を雇いたい。コスト競争があるからだ。その結果、正規と非正規のギャップの大きい、これを縮めていく必要がある。

これらについて、どうやってギャップをなくしていったらいいのか?会社にとってみれば、解雇しやすい人というのは、解雇に伴う負担を社会に押しつけていることになる。

失業保険でカバーしなかったから、失業保険料もいらないということで、雇い止めにした場合には、政府が乗り出していってお金を出さなきゃいけない。結局は、納税者が全部負担することになる。

そうすると、そういう人を雇っている会社というのは、ある意味で社会に負担を掛けているので、この部分のバランスをとる必要がある。短期の雇用であっても、ある程度社会保険料というのをしっかり負担してもらって、これでそういう人が解雇された場合のセーフティネットを張るということ考えていく必要がある。

20代30代の若者の、安定的な収入の確保が保障される社会の仕組みを、再点検し財政面でも、日本の将来を背負う若者にシフトしていき、結婚し、家庭(家族)を持ち、安心して暮らせる社会を作るべきだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月23日 (火)

本能と理性のバランス・・・

07kitayamazaki31 最近、生きられる・生きているいうことは、「本能と理性のバランスを保持で生きていられる」とか何て考えているが、どうも難しくて・・・はっきり納得できる結論が出ない。

人間の動物的能力は、他の動物に比して知的能力の高さは突出している。一番に思うのは“意識”という能力、物事や時間や、そして何よりも自分を意識できるということだ。人間は知的高性能動物である。

生きようという本能があれば生きられる。それに感情が加わればもっと生命体らしく生きられる。人間は動物としての本能に限界はない、その代わりに高度な精神を持っている。
【本能とは、学習・条件反射や経験によらず、生得的(性質などが生まれつきであるさま)にもつ行動】

その精神の能力に、理性、感情、意志があり、記憶という能力もある。そしてそれらを意識し、コントロール出来る能力もある。

人間はこれらの能力を駆使して生きている。理性とは、「道理によって物事を判断する心の働き」また「感情に溺れずに、筋道を立てて物事を考え判断する能力」とあるが、往々にして自分にとっての良し悪し、損得を判断し選択し勝ちになる。

でも、その理性の働きによって、自分の損得から離れて他者に向けて、社会に向けて行動させることができる。この事が理性的行動を重んじるということになる。

本能=生物として生きていくための不可欠な能力――
理性=生物として生きていくためには不要な能力――

人間以外の動物は、限度を持っている本能なので本能のままに活動しても不都合が生じない。人間の本能には限度というものがない。人間は、理性という能力を持っているから、理性が本能をコントロールしている。そして理性は本能をコントロールする。限度のない本能にまかせては、身の破滅を招くことを知っているからだ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第三の敗戦とは・・・

06oga_toga11 昨日TBSのラジオで堺屋太一さんが、ある番組にゲストで出演していた。その内容は、今日本は歴史上から「第三の敗戦」という。第一が幕末、第二が太平洋戦争、第三の敗戦が今回の東日本巨大地震だという。

堺屋さんは、第一の敗戦とこれに伴う開国は、「武士の文化」が完全に国民の信頼を失い、世界史の中でも、明治維新ほど徹底的な倫理と体制の変更を生んだ珍しい革命だと言う。維新政府には行財政や外交の経験者はほとんどいなかった。「未経験の薩長の奴等になにができるか」と幕府の人たちは言い続けた。

第二敗戦は、軍官の組織の硬直化、つまり高級軍人や官僚たちの組織と思考の硬直化と、地位の身分化にあったという。GHQの手によるとは言え、過去の日本、明治憲法下に創られた「大日本帝国」を再現しようとしなかった。

高級将校の中には、「灰燼に帰した国土と結束を失った国民をまとめ、治安と物資流通を保つためには、軍の組織と人材を使わなければならぬ」などと主張した者もいたらしい。内務官僚も「治安と統制が大事な今こそわれわれの出番」と張り切っていたという。

しかし、GHQは日本政府幹部を公職追放し、つづいて内務省を解散し、財閥を解体した。霞が関の官僚たちは騒然としていたがGHQの意志が固く、追放を免れたものもおとなしく命令に従った。

二つの敗戦と開国を通して、「改革は受け皿を用意してから出発するものではない。まず、前時代の文化を否定することから始まるのだ。」と主張している。

第三の敗戦、1945年の敗戦から、規格大量生産型の近代工業社会を目指してきた戦後日本は、90年代初めに絶頂期を迎えた。それから20年は専ら「下り坂」、そして今回災難に直面し、敗戦が現実のもになったのだという。

そしてこの敗戦は、「既得権が作った身分社会」がその原因となっていたとしている。言い換えると「官僚主導・業界協調体制」で近代工業社会を築いてきた戦後日は、国民の選択から見放された。

したがって、震災復興は、「古い日本」つまり、官僚主導で規格大量生産を続ける日本を再現するのではなく、未来志向の新しい日本を創設しなければならない。

私は思う。日本が第三敗戦ということは分かった。日本が、やらなければいけないことが沢山あり、何から手をつけてよいか分からない。一つのことをやっていても、次から次に新しい仕事が割り込んできて、圧迫感に苦しむ、そんな状況だ。

まだ他人事のように、日本の現状を認識していない人間が多い。過去の敗戦の歴史を参考に、いわゆる改革が大事である。それには多少の切り傷は覚悟は必要だが・・・。

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

何が幸せなの?

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07rose_ame21 人は誰でも孤独でる。愛する人がいる。頼れる人がある。信頼できるパートナーがいる。家族がいる。からといっても、所詮、人は誰でも自分独りだけ、一人である。

愛と希望があれば人は生きていけるというが、自分を見失ってしまいそうな時が何度かある。幸せな人生を生きる道標として、何をよりどころとして生きていけばよいのか、進むべき方向さえも見つけられずに、不安な日々を過ごすこともあるだろう。

人は何が幸せであり、どのような時に幸せだと感じるのだろうか。だから自分が生き甲斐を感じる時が幸せなのだろう。

先だって、二人の子供夫婦と孫四人の十人で旅行に行ってきた。毎年一回、夏休みに出かけて今年は八回目であったが、みんな私の呼びかけで行くのである。妻と話すのであるが「みんな元気で行ける何て幸せなんだろう」・・・まず、みんな元気・信頼し出来る人間関係があるからだと思う。

最近結婚しないで独身で一生を過ごそうと考えている人がいる?、いや、色々な理由で出来ない?人がいる。私は、結婚して子孫を残す、人間(動物)の本能が達成することが最高の幸せであると考えている。

ビル・ゲイツのような巨万の富を得ることのみでは幸せはとは思わない。生活は苦しいが、他人を信じ、愛することが出来ることが、お金持ちより、幸せであると思う。人生限りがあるのだから・・・

そして、自然の法則で、やがて朽ち果てて大地に還ることが無上の幸せであると思う。悔いはない人生何んてあるはずはない。しかし、子供・孫に囲まれ死んで行ける事にこれ以上の幸せはないと思っている。

それには日ごろから、人間は一人では生きていけない。他人のお世話で生きていけることを心に刻んで毎日を過ごすことが大切と考えている。「ありがとう」「おかげさまで」の心を忘れないことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月22日 (月)

急な温度差に動物達は・・・

800pxfuji_safari_park1 雨冷えに サファリ獣も 身震いし

猛暑日が1週間も続いたので、バテ気味だったが、2・3日前から前線の南下で、関東地方に大雨警報がでて、とうとう東京地方にも天気は急変して、一時的ではあるが大雨となった。

私たち夫婦は、子ども達夫婦二家族、孫四人、計十人で、毎年夏休み期間中一泊旅行することが恒例となっていて、今年は山梨県の河口湖に一泊し、富士サファリに行って来た。暑いアフリカが故郷の生まれた動物達もこの寒さに驚いているだろう。

富士の裾野にあるサファリパークは、日曜日とあって車の数の多さと広大な施設にはまず驚いた。生憎朝から小雨模様で、高い場所ということと雨が降ったり止んだりとなって、異様に寒い。車で猛獣の熊・ライオン・チータ・トラなどの肉食動物から、ゾウ・サイ・ラクダ・キリンなどの草食動物を近くでみた。車に近寄って来るトラに孫達もその迫力に驚いていた。

車を降りて、小動物のふれ合いコナーに行き、ウサギを抱いてウサギの暖かさを感じて、生き物と命の尊さを覚えさせたことは良かったと思う。園内を回って、半袖で寒く、お土産品のコーナーで多くの時間をとってしまった。

帰り道、中央道・東名道の渋滞情報があって、山道の同志街道で帰ってきたが深い霧で、大変であったが、全員無事帰宅できてほっとした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

家族旅行で思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Img_97161 年一回の家族旅行を行っているが今年は、8月20(土)21(日)で河口湖のほとりの旅館に宿泊し、富士サファリで2日間楽しんできた。子ども達・孫達と楽しい思い出作りが出来たと思うが・・・疲れた。

さすがに夫婦古希を過ぎ、年をとったと感じてしまった。体力・気力・記憶力でも、日ごろ感じる事が多いが、孫達の元気さを見てつくづく感じてしまた。

これからの限られた人生を楽しんで有意義に過ごしていきたいと思うが、今出来ることに挑戦し、新しいことを見出し感動できることが悔いない老いを送ることだ。

私が年取ったり、身体が不自由になったとき、トラブル・メーカーにならず、人に優しく、皆にかわいがられる好々爺になりたい。「老いては子にしたがえ」がいい。

それには戒めで
①・・・いらだちは命縮める諸病のもと
②・・・老獪にならず円熟求めた老い
③・・・張り合いを見つけて元気に今日過ごす
④・・・にこにこと忍耐いつしか相和して

だれも避けて通れない生老病死人間の一生の姿を想定し、生かされている有難さを、もっと早く気づくべきだったと、わが身を深く反省し、誰もが一人では生きられない自分の老いの日を、美しく幸せな心で生きるために、何を求め、何を避けるべきか、肉体的な外面よりも、むしろ内面的な精神面に強くなりたい。

昔から、「その人が幸福だったか、不幸だったかは、その人が死んだらわかる」と言われるが、本当に幸せな人は、『毎日を愛と喜び積み重ね』る人だ。なぜなら、私たちはお互い、明日どうなるかもわからないのだから・・・今日が、今がこの瞬間が大事なのだから・・・

70台半ばになる私だが、適当な運動・好奇心・冒険心を持ち、身だしなみ(お洒落)に気をつけること心がけることだと改めて感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月20日 (土)

円高が止まらない

10kanmonkyo11 とうとう、円高が戦後最高という75円台となった。日本の財政は、危機的とも言われている世界でも突出している。それでも、日本は、UEのギリシア・スペイン・イタリアなどよりは、国債が国民で90%を占めているからというが・・・

世界の経済のけん引役を続けてきたアメリカが、格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)のランクを下げたこともあって、世界的に株への投資を引き上げてしまう流れとなっている。その余った資金を「金」ということになってきている。また、アメリカの国債の信頼が薄れてきた上に失業率は9.1%という。経済の好転は望めない。

それに対して、ゼロ金利を今後2年は続けると宣言した。量的緩和第3弾に進むかどうかは不透明だが、日本など、ドルに対して通貨高が予想される国では、追加の金融緩和など対抗措置を求める声が強まる気配だ。「通貨戦争」の再燃が懸念される。

世界の投資家は「金」に向かって、今や世の中、金ブームという。「史上最高値更新」のニュースを今月だけでも何度聞いただろう。ニューヨーク市場の先物相場は18日、終値で初めて1オンス=1800ドルを突破した。

「バブルの恐れあり」と顧客に警告し始めた米金融機関もあるようだが、「次は2000ドル」といった強気の声は衰えそうにない。

ブームをけん引している買い手に中央銀行が含まれるという。通貨の守り手のはずの中央銀行が通貨を信用しなくなってきたと言える。極めて深刻だ。

ゼロ金利を今後2年は続けると宣言した。量的緩和第3弾に進むかどうかは不透明だが、日本など、ドルに対して通貨高が予想される国では、追加の金融緩和など対抗措置を求める声が強まる気配だ。「通貨戦争」の再燃が懸念される。

 通貨戦争に勝者はない。インフレを生むか、資産バブルになるか、金余りはどこかに大きなひずみを作る。米国には回避する一義的責任があるが、日本の行動も問われている。

1971年に米国のニクソン大統領がドルの金兌換(だかん)の停止を宣言したこと。ベトナム戦争による財政悪化の解決策として、大統領が議会にもはからずに発表したもので、輸入課徴金の実施などを内容とするドル防衛のための新経済政策によって、世界経済が衝撃的な影響を受けた。その後の為替相場は変動相場制になり、円高・ドル安で日本経済は打撃を受けた。

それから40年。ドルに再び金の錨を付けるべきだ、との主張がかつてない盛り上がりを見せている。現実的とは言い難いが、それほど今の通貨と、政府と中央銀行が信用を落としてしまった。真剣に受け止めないと、とんでもないことになるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暑さ治まる

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

035571 昨日は久しぶりに雨が降り、グッと低くなったので、生き返った思いである。

連日の猛暑も、一昨日で治まったようだ。私が住む町、東京八王子市だが一昨日は、37度で体験したことがない位の暑さだった。埼玉県の熊谷市では38.2度だったというこの日は日本最高とか・・・暑さの上に湿度が高いと堪らない。

昔、よく言われていたが、「暑さ寒さでお葬式多くなる」お年寄りや病気療養中の方が体力が落ちて抵抗力がない人が亡くなるということだと思う。

確かに昔は、今のように家庭環境・医療が充実していなかったり、介護施設なんてなかった。また、病気になっても自宅療養して、たった一人の村医に往診にきて貰っていた状況では、なるほどと納得できる。

私の母親は昭和24年8月15日に入院もせず自宅の畳の上で亡くなった。その日も暑く、子どもの私は、近く湯殿川に泳ぎに行っていて、兄が知らせに来てくれた。今では医療技術が発達しているので、胃潰瘍で死ぬなんて考えられないが・・・

その頃は、肺結核で亡くなる方多勝ったようだ。さすがに、結核と診断された方は入院したようだが・・・

最近の厳しい暑さは、身体に堪える。昔と違って、冷暖房施設のある家での暮らしでは考えられないことだが、1人暮らしのお年寄りが、冷房もない部屋で、熱中症で亡くなる方が多いという。

家族という価値観の違いで、核家族化が進んで、孤独死が多いといわれている昨今である、特に最近は節電・節電の大合唱である。まだ大丈夫と思って、体力の限界が分からず無理をしてしまい熱中症になるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月19日 (金)

天竜川転覆事故に思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Tenryugawa_tenryuhamanakorw1 天竜川で川下り船が転覆事故は、船頭と乗客23人が川に流され、死者・行方不明者は5人に上った。市丸姉さんの♪ハー天竜下れば ヨーホホイサッサ しぶきがかかるヨーで昔から歌にあるように観光のスポットである。

川沿いに中部山岳地帯の険しい地形や緑、時には岩場の急流、時には水量豊かな大河らしい景観が楽しめる。天竜川は河川整備が進んだとはいえ、かつては「暴れ天竜」と呼ばれた通り、川の途中には難所が今でも多く残っているという。

2003年5月と1987年5月の2回、今回とは別の会社運航の川下り舟がいずれも転覆、03年には京都府の中学校生徒らが負傷、87年には死者も出ている。

船会社は過去の事故があったことを認識していたのか?。川の流れや水中の岩など船の航路の状況を事前に十分に把握していたのか?。増水期と渇水期では川の水位、水面下の岩場の様子も大きく異なることを船頭が熟知していたのか?。
.
そして、救命胴衣は乗客の数に見合う数が用意され、乗船に際して大人、子供を問わず着用の指導はなされていたのか。子供に着用義務があり、大人にはなかったというが、それでは安全責任が不十分ではなかったか。着けない方が楽だからといってそれがサービスであるまい。
.
運航会社は、「12歳以上の乗客にも着用させるように努める」との規定を作っていたが、大人の乗客の相当数は身に着けていなかったようだ。子供の多くも胴衣を着けていなかったという。
.
飛沫を浴びて、スリルを味わうことが、船遊びが興味がある。全く転覆という事態は想定していなかったのだろう、あれば救命胴衣は、着けさせて乗船させるという会社の規定は作られていたはずだ。会社の認識が甘かったと言わざるを得ない。
.
そして、最悪の状態になった時の対応・処置の想定・訓練は最低限必要だ。その上、いざという時にどう人命を救うかが最も重要なことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蝉の夜鳴き

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

08yokotesigai_yuukei21 吹く風に 灯火揺れて せみが鳴く

片倉城址公園の灯りは、震災以降省エネで、消されていたが、防犯上の問題から部分的に点灯されたようだ。桜の葉陰から外灯の灯が風で揺れている。このところの猛暑続きで、いささか身体がだるい。

それでも湯上りに窓越しに公園を眺めていると昼間には絶好調とばかり大合唱で鳴いていた油蝉も鳴き止んで静かな夜となった。涼しい風がでて外灯の灯が揺れて見える。

時折蝉の落ち着かぬ鳴き声が、落ち着かぬ子どもの夜鳴きのようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月18日 (木)

暑さで想う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Sunflower_0041 暑い!八王子市は、午後2時現在37度以上になっているのではないだろうか?窓を開け扇風機の風が熱風に感じる。「鉄レール 曲がるほどの 暑さかな」である。

連日の猛暑で 熱中症が猛威をふるっているが、昔を思い出すと昭和26年頃は、真夏の炎天下でも、太陽が出て沈むまで 用水や川で遊んでいた。体は真っ黒に焼けて、火ぶくれになって皮が剥げ再び黒くなって一流の日焼けだ。

熱中症なぞ 聞いたことはなかった。クーラーも無いのに熱中症と縁がなかった。しかし衛生面では今よりずっと悪く、ハエ・アブ・ノミなどに悩まされた。そして疫痢・赤痢で亡くなった子どももいた。「熱中症」は昔は「あつけ」と言っていたと思う。

暑さを異状に捉えるというのは、生活環境や医療が大きく変化した結果ではないだろうか?消費されるエネルギーが大変大きなものになっている。動力も、灯りも、消費されるエネルギーのほとんどが、最終的には熱エネルギーとなって環境に変化を与えているし、エアコンも屋外機はひたすら熱を環境に放出している。

昔の人は冷暖房もなしで生活していて、確かに我慢強かった。水(川・井戸)上手に物を冷やすことで生活潤いをもたらしていた。しかし、今の生活環境の大きな変化が重要な意味を持っており、未来の人類の生活を考えていく上で、大切なことではないかと思う。

暑さ寒さといった感覚は、人によって違いがある。昔から、盛夏過ぎの初秋や、大寒過ぎにはお葬式が多かったように思う。日射病であれ、熱中症であれ、暑さを乗り切れない老人や幼児が、秋風が吹き出した頃、疲れがどっと出て病が多くなるのだろう。

不安や心配といったものからくる症候群は、精神的なものが大きく作用すると言われている。マスコミが声を大にして「熱中症」を叫ぶほど、不安にかられた人たちは、暑いと思うだけで参ってしまう?

平均寿命は圧倒的に延びた。生活環境が良くなった結果だろうが、予防医療・安全意識の徹底で、伝染病や、怪我などで亡くなる人は少なくなったが、自殺者は多くなり精神的な症候群での疾患は多くなったと言える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

福島県の子どもたちの訴え

05oirase31 東京電力福島第1原発事故で、転校を余儀なくされるなどした福島県の子どもたちが、原発事故の対応をしている国の担当者に生の声を伝える集会が17日、東京都内で開かれた。子どもは、「仲良かった友達が避難して寂しい」、「夏休みなのに外で遊べない」と話した。
.
福島市などに住む子どもや、転校を余儀なくされるなどした子どものあわせて4人が、原子力災害対策本部や文部科学省などで原発事故の対応にあたる担当者10人に対し、原発事故後の対応について質問した。
.
子どもたちが、「集団疎開はできないんですか?」、「何でもっと早く除染をしなかったんですか?」と質問すると、担当者は「最大限の努力はしていたつもりですが...」と話した。
.
担当者からは、「検討する」との答えが多かったためか、集会のあと、子どもたちからは、「もっとはっきりとした答えが欲しかった」などと、不満の声が多く聞かれた。
.
テレビを見ていて、回答者は質問の内容を想定していなかったのかも知れないが、「検討する」なんて回答はないだろう?それらはテレビで放送されているのだ。これでは、やらせメールで信頼失墜の経産省の原子力保安院と同じ印象だ。
.
テレビが入って、うっかりした返事は、後々批判のもとになるからと、言うことか、どうも保身的な考えがあるしか思えない。これでは子どもたちの不信は拭えないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

民主党代表選とメディア

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

15401 民主党代表選で先行する野田財務相は「もっと意思決定を迅速にでき、互いに責任を持ち合う体制がいい」と語り、自民・公明両党との大連立を目指す考えを明らかにした。報道によると岡田幹事長や前原前外相も大連立には前向きのようだ。またメディアも「大連立が代表選の焦点になる」等と、一緒にはやし立てている。

しかし、大連立は、円滑な政策遂行のための一つの手段ある。何か致命的重大な問題を解決する時に挙国一致でことに当たる。大多数の政党が賛成と言うことは、国民に何の選択肢もない。自民・民主の2大政党制が、財界やアメリカの意のままに、増税・改憲を競い合う姿は、ある意味翼賛会ということに・・・

東日本大震災の復旧・復興で、野党の自民党は、閣外協力すると言うことで、菅首相の入閣招請を断った経緯がある。政治の本質・理念・価値、あるいは思想やイデオロギーなどをある程度抑制しここは大同小異で復興に力を結集すると言うことが大事だ。

政治は柔軟性持って対応が求められる。激動の世の中で、タイミングを逸してしまったら何の意味がない徒労となってしまう。

一国のリーダーを新しく選ぶのであるから、政策の対立軸を少しは明確にして正面から政策論争を行ってほしいと願うのは、はなから無理な相談なのだろうか。せめてメディアはそのことをはっきりと指摘すべきではないのか。

そういったジャーナリズムとしてのごく基本的な視点をも忘れ去り、「大連立が代表選の焦点」等と無自覚に書き散らかすようなメディアなら、一体どこにメディアとしての存在意義があると言うのだろうか?

しかし、ねじれ国会では、内外の動きにタイムリーな対応出来ないというデメリットもある。政治の原点である「国民の安心・安全の暮らしを守る」理念を忘れなければ、希望が生まれる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年8月17日 (水)

平常心(素直な心)は・・・

1231 「平常心」・・・素直な心というものは、どのような物事に対しても、平静に、冷静に対処していくことのできる心。素直な心がない場合には、感情にとらわれ、我を忘れて、思わぬ失敗を招くことにもなりかねない。

政治家がよく、政治課題や政治姿勢を問われて「平常心です」と言う答えを耳にする。この場合の平常心は普段の通り、格別の構えた思いも無ければ、気負いもなく、淡々とした心境であるという意味で用いられる。

受験生が試験前日「自分はすぐに上がってしまうし、緊張して何時も失敗してしまいます。平常心になるにはどうすればよいですか?」・・・という人は多い。

一般的に平常心と言えば何事にも心が動じない、揺れ動かないことのように思われている。しかし、人生には喜怒哀楽があって、一喜一憂、悩んだり苦しんだり、泣いたり笑ったりしながら心は揺れ動くのが常である。嬉しいときは喜び、悲しいときは涙するのは人として当然のことである。

揺れ動く自分のその心そのものが我が心のそのときの真実の心であり、さまざまな状況、状態に応じて変化し現れるのが、人の心であり人間としての自然の姿である。

緊張すべきときに無理に平常心を作ろうとか、落ち着こうとあせる心を起すときに不自然な心が働き、かえって変調をきたす。このままじゃいけない、何とか落ち着こう、泰然としていようとすればするほど緊張は高まり、不安になることも少なくない。

緊張すべきときに無理に平常心を作ろうとか、落ち着こうとあせる心を起すときに不自然な心が働き、かえって変調をきたす。このままじゃいけない、何とか落ちつこう、泰然としていようとすればするほど緊張は高まり、不安になる。

また、上がり緊張している我が心こそ、今の自分の真実の姿であり、ありのままの心なんだ、ということを素直に認め受け入れた方がいい。

ありのままの心、ありのままの姿を認め受け入れる、そこには自らが否定し、排除しようとした自分の心はなくなり、防ごうとする緊張感はなく平生の平常心があるのみとなる。とはいえ、「平常心」は普段のまま、現在の煩悩心のそのままではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自転車と飲酒運転事故を考える

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

60mangetsu1 交通指導員を15年以上やっているが、今年も小学生対象に警察・市の主催する交通教室などに協力して自転車運転と交通ルールと、自転車の乗り方など教えている。

最近は、自転車ブームで歩道を走る無謀な運転が問題となっている。夜の無灯火・商店街をスピードの出しすぎ・二人乗り・雨の日の傘さし運転などが危険で事故が多い。接触事故・はねられて死亡などがでている。

自転車道や歩道を走る自転車の安全対策に警察庁は、一方通行規制の導入を決めた。歩行者との事故が増えるなかで、安全に道路を利用するための第一歩である。

警察庁が導入する一方通行規制は、左側通行(車が進む方向)に進行方向を決めることで自転車や歩行者の安全確保を狙ったのだ。

規制対象は、車道左側を幅2~3メートル程度に柵などで区切って設置した自転車道と、自転車の通行が認められている歩道だ。双方とも自転車の安全な通行空間の確保を目的に整備が進められている。実際の規制は地域の実情に合わせ、早ければ年内にも施行するという。

一方、最近の交通事故で、飲酒運転での死亡事故が多い。飲酒運転は厳しい罰則があるが、事故が多いことから、飲酒運転をする人は多いと推測できる。

厳罰化の流れが加速し、酒に甘い日本社会の意識も変わってきた。それでも悲惨な事故は後を絶たない。 アルコール依存症は酒を飲みたい欲求が抑えられなくなり、飲まないと震えが止まらない症状などが現れる、 こうなると精神疾患である。

「酒を飲んでも一晩眠れば大丈夫」と考えている人は少なくない。だが、アルコールの消失にはビール中瓶1本だけでも5時間かかるそうだ。

昨年度から神奈川など一部府県で、免許を取り消された人に、酒の飲み方を変えてもらう特別講習を試している。ぜひ厳しい教育や治療を義務づけてもらいたい。

米国やカナダの大半の州や豪州の過半の州では、違反を繰り返す者は、酒気を検知すると車を動かなくする装置を取り付けなければならないという。

日本でも自主的に導入した運送会社はあるというが、違反常習者の車にこの装置を義務づけることを検討すべきである。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月16日 (火)

蝉しぐれ

00nyudogumobgm1

  蝉しぐれ  車の音に 遠慮する

秋が過ぎてから猛暑日が続いている。両側に桜の木が植えられている歩道は蝉しぐれである。

春には桜のトンネルで、花見客で賑わう道路を歩いていると、忙しく鳴いている蝉は、油ぜみだが、通行する車の音で一時止む、

木陰を吹く風の匂いは、秋を感じる。病葉が歩道に目立つ、やはり猛暑続きで水が不足しているのだろうか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

陸前高田の松の行方

Tky2011032604662 陸前高田松原は、陸前高田市の海岸に設けられた江戸時代以来の防潮林であり、白砂青松の景勝地であった。2kmにわたって続く弓なりの砂浜に松林が形成されていた。3・11の大震災で壊滅されてしまった。

現地の人の犠牲者の霊を慰めて貰い、被災者に生きる勇気を与えて貰う・・・と言う発想からだと思うが400年も続いている京都伝統行事の五山送り火で燃やすという計画のことである。

お盆に迎えた精霊を送る京の伝統行事「五山送り火」が今夜(16日)、京都市内の各地で催される。陸前高田の松を燃やす、燃やさない騒動になっていたが・・・。

最初は京都市側の申し入れで計画されたが、京都市民の放射能に対するアレルギーで反対され、中止に、それをマスコミで報道したら、実行委員長らが、陸前高田市に行って謝ったり、薪には放射能は検出されなかったという。理不尽だとの声に、改めて松の薪を受け入れ燃やそうと計画された。

しかし、京都市が陸前高田市から送られてきた500本の松を検査したところ1170ベクレルの放射性セシウムが検出されたという。京都市長は燃やすことを断念した。

放射線生物学が専門の内海博司京大名誉教授は、「大文字で燃やすぐらいの量であればあまり問題にならない。本当に燃やしてあげようという気持ちがなかったんでしょう」と、京都人にかなり辛辣なコメント。

千葉の成田山新勝寺が見かねて手を上げた。9月25日に行われる護摩木祈願で陸前高田の松を燃やすことにして、「表皮を削ることで問題ない。それより震災で亡くなった人たちを供養することが大事」という。

しかし、今度は陸前高田の被災地の人たちが「まだ送ることは決めかねている。風評被害で成田山に迷惑をかけたくない」と遠慮がちに引いてしまっている。風評被害の声が新勝寺周辺で起こることを心配しているのだろう。

痛みをを分かち合うことがこれからいろいろ出てくる。私達ががどういう覚悟で何ができるのか。一つひとつ問い直すケースがこれから突き付けられてくる。この問題は、そもそも放射性物質の詳しい知識がないと、気持ちまで翻弄されてしまっているようでもある。信頼できる検査ときちんとした情報公開が後手に回っていることは否めない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マナーは家庭・学校・地域のみんなで

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

271 私達の町に「片倉時田まちの広場」がある。その場所は、南側の傾斜地と湯殿川の造成されたところに2009年6月に作られたものだが、昨年の12月に広場の上にスーパーができた。

スーパーが出来て、近隣方の買い物は、便利になった。広場に自転車を置き、階段を上って買い物する人がいる。便利になったのは嬉しいのだが、人の往来が以前に比べ多くなって、困ったことが起きている。

それは、スーパー帰りに広場のベンチで飲み食いして、弁当の残り物や、ジュースの缶・ペットボトル・タバコの吸い殻など捨てられているのである。スーパーのカートを買い物を載せてきて自転車に積み替えカートは広場に置きっぱなしで指定の置き場所に戻さないのである。

そのカートを湯殿川の川底に投込んでいた事例がある。近所の方の行為ではなかろうと思うが、湯殿川にゴミをすてる。タバコの吸いがらを捨てる。広場には「ゴミをすてないで!」「犬の散歩はさせないで」の看板をいっぱい取り付けて注意を喚起している。

不心得者は減らない。花火で遊んび、ドックランをさせ糞の始末もしないという非常識者には困り果ててしまう・・・片付けながら、腹ただしくなる。片付けないでそのままにして置けば、家庭ゴミまで捨ててしまい、ゴミ捨て場と化してしまう。

人間には「慣れ」「習慣」ということがある。汚れたところでも気にせず平気でいられる慣れである。また価値観が人それぞれで違う。生まれ育った過程で大きく左右されるのだと思う。

広場でゴミを片付けていたら、小学生の女の子が、「おはようございます!ご苦労さま」と声をかけてくれた。「あぁこんな子供もいるのだ、親のしつけがいい・・・」家庭・学校・地域で子供達を暖かく、厳しく指導、見守っていくことが大事だと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月15日 (月)

終戦のこと忘れないで!

199912070922111 終戦も 何時しか遠く なりにけり

「昭和は遠くなりにけり」と言われているが、今年は終戦から66年経つ・・・その戦争を体験した人は大分少なくなっている。戦後動乱期を乗り切って来た人には、衣食住に不自由されて、働き場所を求めて大都会に集団就職で地方から出てきた人は70歳代半ばであろう。

現在は東京電力福島第一発電所の放射能漏れ事故で、必死に戦っている東京電力の社員を始め多くの関係者の奮闘は、ニュースで報道されている通りである。

放射能という目に見えない物質で、農業・漁業関係者で職を失い、生活の基盤作りを政府の力と国民の理解で復旧させることが日本国民の課題である。

昭和20年8月15日は、今日のように暑かったことは覚えている。300万人の犠牲者が出た言う。その戦争があったことを思いだすこと大事だと思う。今の繁栄も尊い犠牲者のお陰である。終戦記念日を風化させてはなるまい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

日米指導者の差

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

15401 世界では、30年の長期政権がとられている国もあるが、短期間でコロコロ変る日本の総理大臣は世界でも有名のようだ。それは、別として、「後輩にアドバイスする元大統領ー日米の指導者の差」ーーニューズウイーク日本版を読んで・・・

日ごろ思っていたことだが、郵政改革で解散総選挙で勝った、小泉純一郎元首相・・・民主党に政権譲った麻生太郎元首相など、全くと言って、今の言動が表に出ない。自民党と民主党で政策が違いがあるから仕方がないと思うが・・・

池上彰氏・・・「日米の指導者の彼我の差が、これほど出るとは…。」こちらに、自分が沖縄県民に嘘を吐いたことを棚に上げ、後任をペテン師呼ばわりする前首相がいれば、あちらには、景気回復の処方箋を後任にアドバイスする元大統領がいる。本誌日本版6月29日号のビル・クリントン特別寄稿を読んでの感想です。

クリントンが大統領に就任したとき、アメリカ経済は、パパブッシュ大統領の下で低迷していました。クリントン大統領の就任1年目は、景気回復策を練るのに必死だったものですが、景気は見事に回復しました。

クリントンが去って、息子のブッシュが、再びアメリカ経済をメチャメチャに。その対応に追われるオバマ大統領に対し、クリントンは、本誌で10の処方箋を助言しています。

日本で前首相なり元首相が、後任の首相に対して経済対策で助言をまとめたなんて、寡聞にして知りません。クリントンの知性が伺えます。クリントンが、ブッシュ政権に対して、どれだけ憤っているか、処方箋の文章の端々に滲み出ています。

「財政赤字拡大の原因は、ブッシュ政権が財政均衡への取り組みを放棄し、高額所得者を中心とした大型減税を導入したことにある。加えて2つの戦争の費用もあった。戦争と減税を同時に行った政権は、アメリカ史上にも例がない」と。

クリントンが大統領の座を降りるとき、アメリカの財政は空前の黒字でした。それをブッシュ政権の時代に、空前の赤字にしてしまったのですから、怒りはもっともです。では、具体的な経済政策は、何があるのか。

「公共事業の手続きをもっと迅速に。」「新規事業に現金給付のインセンティブを。」「エネルギー部門の発展に注力を。」「製造業重視を。」「法人税率を引き下げよ。」「不公正な貿易相手国に対抗措置の発動を.」..。なるほど、経済の現場をよく知っているじゃないか、という提案もあれば、「自分の時代はうまくやっていた」レベルの自慢話も混じっているようです。

法人税率については、引き下げを提言しているように見えますが、よく読むと、「競争力を高めるための法人税率引き下げと一緒に、不平等をもたらす税制の抜け穴も塞ぐべきだ」と提言しています。つまりは、「法人税の課税対象の裾野を広げるべきだ」という主張。一見、減税のように見えて、実は実質増税になるように、ということのようです。

クリントンも典型的な民主党員。「大きな政府」を志向する発想が、次のような文章になります。「民間投資がまだ少ないのに政府支出を大幅に削減すれば、経済をさらに弱体化させ、財政赤字を拡大させる危険性がある。歳出を減らしても、それ以上に税収が減ってしまうからだ」「公共事業を増やせば、多くの人が再び職に就けるだろう」

先輩の助言はありがたいけれど、議会は「小さな政府」を志向する共和党が抑えているんですよ、とオバマ大統領は言いたくなるのではないでしょうかね。「余計なお世話」と言いたくなるかも知れませんが、元大統領のレベルの高さがわかります。

おっと、そういえば、ブッシュ前大統領は、どうしているのだろう...。現職の大統領の立場を尊重し、一切コメントしないという立場を守っているのだそうです。それはそれで立派ですね。日本の前首相にも、せめてそれくらいの配慮があれば...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月14日 (日)

被災・・・震災と戦争・・・

Photo2010_91 何の心の準備もなく、突然の震災で,家族・親しい人の命、生まれ育った故郷を奪われた悲劇は66年前の終った戦争の惨禍にも匹敵する。ただ、被災の規模は広島・長崎の原子爆弾や、東京大空襲など全国の主要都市が焼け野原になった大東和戦争に比ぶべくもない。

私は、戦争で、敵のグラマン(飛行機)に機銃掃射された経験がある。身体から50センチ離れたところに弾がダッダッダッと落ちた。その飛行機の轟音と掃射の音は今でも忘れられない。

戦後の解放感と違い震災後も社会を覆う重苦しさは放射性物質を排出し続ける福島第一原発がある。広島原爆20個分とも推計される福島第一原発による放射性物質の広がりは、大気や水を通じた拡散にとどまらない。

農産物や食肉、魚介類に対する汚染によって不安を日本全体に広がっている。低レベル放射線の人体への影響は科学的な追跡調査のデータが乏しくはっきりしたことがわからないが、NHKの今朝のニュースで広島大学の田代聡教授が報告で、子どもの甲状腺から放射性ヨウ素による放射線が検出されたという。

これは危険とされる数値の1000分の1位であり、「ただちに人体への影響はない」というが今後経過を見る必要があるという。専門家の中でも楽観的と悲観的に見方は分かれているようだが、子どもは勿論、大人もできるだけ被ばくを避け、がんなどのリスクを最小限にすべきだという点では意見が一致している。

東海・東南海・南海地震は、発生する危険性が大きい。今後、30年以内の発生確率がそれぞれ86%、60%50%で起こると言われていることもあって、一種の無常感さえ漂っている。

だが、戦争では、それまで培ってきた産業基盤や技術だけでなく多くの人的資源を失い、占領下に置かれても、人々は立ち上がり日本の復興を成し遂げた。それに比べ、大震災で打撃を受けた東北の製造業が短期間で回復したように日本の産業基盤は健在である。

子どもたちの命を守ることは大事である。放射能直ちにがんと結びつけるが、がんは現代医学の進歩で既に死に至る病ではなくなった。早期発見による生存率は飛躍的に高まったのである。

大津波では多くの人々が心の準備もなく突然、命を奪われた。がんは、それを直視すれば、闘い迎え撃つことができる。震災と放射性物質の拡散は、ふだん人々が忘れている死を身近なものに感じさせた。しかし、無力感や虚無感にとらわれることはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お盆に思う

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

13_10241 お盆で帰省して先祖のお墓参りをしている方は多いだろう。人間は何時になっても生まれ故郷を忘れることはできない。慌しく生きている現代人も、故郷に戻って、人間の最後のセレモニーのあり方など考えている人もいるだろう。

30年ぐらいまでの時代は、病気になっても自宅で療養する人が多かった。衰弱していく同居の肉親の姿を子供は見続け、同じ苦しみを家族が共有する介護の生活を余儀なくされた。

しかし近年、人の死はほとんどが病院であり、臨終を処置の施された病室でむかえることになるから、子供たちは命の重みを感じることがない。生活の形態が違ってきたせいか、三世代の家族は、珍しくなってきた。家の構造から違ってきている。

個人を尊重する思想なのか、個人子供部屋を作って早く独立心を養う、ということのことだからと思うが、八畳間に親子が寝起きしていた時代は、子供の兄弟喧嘩をし親に怒られたり、また喜び・悲しみ・楽しみ・苦しみをを家族で共有してきた。

老いて身体の自由がきかなくなっていくお爺さんお婆さんの姿を見て、子供は老いを理解したが、老人と同居しなくなると、子供は老いの姿を日常的に、目にしなくなった。高齢化時代では一人暮らしの老人が増え、孤独な老人は子供とふれあうこともない。

また一方では自ら死を選ぶ人が年間に3万人を超えている、子供の自殺もあるけれどほとんどが大人であり、子供には死という現実を認識しても、親の自殺の意味が理解できない。

遺骸は葬儀社へ運ばれて商業ベースのもとに商品化されていく、そこには肉親の死を葬る儀式はなく、演出された告別の式として、葬儀業者さんのサービス業のシステムの流れで処理され執行されていく。

葬式に費用はかけたくない、戒名も、お寺に墓地も要らない、直葬(通夜・告別式などの儀式は行わず、自宅または病院から直接火葬場に運び、火葬にする方式)を希望する人が多くなったという。

そのため日本に6万とも7万ともあると言われるお寺の檀家が少なくなり、お寺の経営が出来なくなって廃寺に追い込まれているお寺もあるという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月13日 (土)

菅首相辞めたら次の連立で・・・

1231 誰も経験したことない大震災・原発事故に、菅直人首相は政権運営を任されてすぐに直面し、慣れないながらも模索しながら一生懸命やっているように見えるが・・・

野党は勿論・マスコミまでも「総理の座にしがみついている」と公然と発言があるが、今の菅首相の他に誰がいいのか?大震災・原発事故が起きたから、私には荷が重いから辞める?国会解散し総選挙なんてしたら復興どころとんでもないことになってしまう。

菅首相の対応が完璧だとは思わないが、誰れが首相になって陣頭指揮をしてもスマートに解決するとはとはできない。確かに政権公約(マニフェスト)は守れないことは、小沢一郎元民主党代表だって、出来ないだろう。(・・・今盛んに言っているようだが・・・)

では菅首相ではなかったら他に誰が適任かというと・・・名前上げられない。だから「大同小異」で話し合いで解決しかないだろう。日本の政治とは、政党とは、を考えても主張ばかり強調していたら、政治は進まない。政治空白があってはならないことは政治家が一番良く知っているはず。

今に起きている日本の現状を政権公約だのマニフェストだのと固執していたら、助けられるものも助けられない。大きなな川の流れで溺れかかっている人を見て、お互いに批判しあっていて、手も出さないような政治家で国民の政治離れになるばかりである。

政治は信頼と統率力・実行力である。この国難を乗り切るには、挙国一致で望まないと内外の諸問題は解決できない。国民に安心と希望が持てる国に国会議員が先陣をきって臨む覚悟で事にあたって欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

官僚と政治の関係

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

06oga_toga11 日本の官僚とは高給取り、優秀な頭脳で一流大学を出て、日本の政治家を事実上仕切っていると言うイメージをもっていたが、アメリカの政治家と官僚の関係は大きく違う。いま、原子力発電と今後のエネルギー資源は、日本の将来を行く道を決める重大な岐路にある。

先ごろ経済産業省の官僚の更迭問題では、官僚の権益を守る執念のようなものを感じてしまった。これが日本の保守的な官僚の姿なのかと・・・

テレビなどに登場し話題になっている経産省の現役官僚の古賀茂明氏、改革派と言われ、東京電力再生のためのプラン「古賀プラン」をいち早く発表し、そのために経産省より事実上のクビ宣告をされながら先日は海江田経産大臣と一対一の会談も果たした「戦う官僚」、古賀茂明さんの自宅が突然停電になったとのことも偶然ではない?・・・

本来ならば、政治家が日本の頭脳となって政策を決め、それを手足となって実行するのが官僚。しかし日本の場合、法案の作成能力などの頭脳が官僚側に集中してしまっているため、「電力の安定供給と、国民の安全のどちらを重視するか」「東電を破綻させて国民の負担を最小にするか、それとも東電を救済して銀行や保険会社への影響を最小限にするか」などの重要な政策判断が、政治家たちに上がって来る前にすでに官僚側でされてしまっているのだ。

その官僚が選んだ政策が日本のため・政権維持のために、最適の選択だと、与党の議員を説得するのも官僚、実際の法案に落とし込むのも官僚、そしてその政策をあたかも自分が立案したように国会で答弁できるように与党の政治家を理論武装をするのも官僚である。

自民党政権があまりに長い間この枠組みに乗って政権を維持して来たために、民主党がいくら「政治主導」と叫んでも簡単には実現しないのが悲しい現実だ。

海江田大臣が海江田大臣の「原発安全宣言」は今までの(自民党政権時代)枠組みに従った行動であり、逆に、「経産省が決めた原発の再稼働」に逆らった菅首相の「ストレステスト宣言」は、永田町のルールでいえば反逆?だった・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月12日 (金)

暦は秋というけれど・・・

00nyudogumobgm1 畦道の 稲の葉先を イナゴ飛ぶ

24節季で残暑の候である。今年は残暑候になってからが暑い猛暑日が続いている。田んぼの稲には暑いのはいいらしい。田んぼの草取りはきつい昔の話だが私も草取りの経験がある。田んぼの水が熱く感じられ、稲の葉は顔に当たって痛い。

こごんで背中を丸めて、這いつくばって作業をするので、背中が日差しをモロに受けて汗が吹き出る。そんな時代もあったのが懐かしい。今は田の草取りの光景を見たことがない。

あぜ道を歩けば、パタパタと音を立ててあちこちからトノサマバッタが低く飛び交う。暦の上では秋である。最近メッキリす姿が見ることがないイナゴ、獲って佃煮にすることは出来ない。

もうすぐ稲穂が出るころだ。遠くの山の上に入道雲が純白の仁王様が姿が見える。猛暑でるが、吹く風、田んぼの風景で、秋を感じるようになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボランティアと犠牲的精神

07rose_ame21 東日本大震災で、救援にボランティア出かける人は多いと聞く。被災者には有難いことだだと思う。しかし、普段地域社会での、清掃ディなどには、無頓着で関係ないと言わんばかりの人間が福島の被災地に、会社を休んでで出かけるのに疑問に思う・・・。ボランティアモンスターになりかねない人も・・・

ボランティアとはweb blio辞書・・・自発性に裏づけられた奉仕者、篤志家を意味するものであった。保健、福祉、教育などの事業においては、自発的または自主的に無償の奉仕活動をする人々をさし、自発性または自主性、善意性、無償性、先駆性ならびに自己犠牲を伴うことがその行為の基本的特性とされていた。

しかし、産業社会の近代化、国際化が急速に進むにつれて、ボランティアの活動領域は身近な地域の活動から国際ボランティアに至るまで多様な活動に拡大していった。 自分の時間と労力を無償で提供する。

犠牲的精神とは・・・自分を犠牲にして、人のために、自分を犠牲にしてまで尽くすことことである。人としてとても尊い行為だ。「稲むらの火」で有名な“濱口儀兵衛”がいる。また、韓国の青年が駅のホームから落ちた人を救おうとして飛び降り、落ちた人は助かったが、電車に跳ねられ亡くなったというニュースを覚えている。

自分のことよりも、人のことに思いを致すということは、人間として、とても美しい行為である。昔の日本には、このような行為は珍しくなかった。武士道や日本の精神には、徳を積む生き方が、人として最も大事なことと評価される考え方がある。

私の住む地域で、なりてがいない町会長を長年行って、地域のことの安全・安心のことを夜昼考えて行動して自分の家のことをおろそかにしてしまったという人がいる。いま、個人主義・無縁社会と言われ、自分は高みの見物で、人が溺れて助けを求めても素通りしてしまう世の中が嘆かわしい。

一人では生きられない人生。生きるとは・・・自分を犠牲になっても人のために尽くす慈愛の精神は忘れないようにしたいものである。それが出来るか、出来ないか人間的評価される。

犠牲心とは、道徳。道徳とは、徳を積む生き方。徳を積む生き方とは、人から必要とされる生き方。日本のことわざで、「ろうそくは身を減らして人を照らす」がある。自分のことは犠牲にして、他人の幸福のためにつくすことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「直心」(じきしん)とは・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

035571 「直心」(じきしん)とは、真っすぐな心、素直な心、あるいは直接という意味で、真実にぴったりと合った心など、いろんな意味が含まれている。しかし、そういう「直心」を身につけることは、決して容易ではない。直心を保つことは、自分を鍛えることにほかならない。

人間は一生修行だと言う人もいるが、素直な心、真っすぐな心を持つ努力は必要だ。何かにつけ素直になれず、すぐに「斜に搆える」人がいる。そうかと思うと、たとえ自分にとって嫌だと思うようなことであっても、他人の言うことに素直に耳を傾ける人もある。

人間の生き方には個人差があって、必ずしも時代の趨勢に流されてしまう人ばかりではない。敢然として自己を貫く人もあるのだ。良き時代という評価は、人それぞれの価値観によって違ってくるが、一般的に見れば現代という時代は、どちらを見ても決して良き時代ではない。

混迷した社会と、多くの人は言っているが、私は終戦前から今まで生きてきて、一度も良い時代だと言う人は聞いたことがない。だが少年時代は将来に夢、希望を持っていた。それが、徐々に現実化し、厳しさを実感してきて、過去を振り返って、あの時代は良かったと懐かしむことが多くなったが、現在を生きるには、過去の郷愁に浸ってばかりではいてはいられない。

今を、生きていくためには正直で、素直過ぎては損をすると思う人がいる。だからみんなが保身的にそういう悪への傾向に身を委ね、本来の美しい心、素直な心を捨ててしまうことになってしまう。それは、人間の煩悩で仕方がないのだろうか・・・

今日多く見られるように、人を信じることができず、常にまわりを気にして上目使いになり、ややもすると自分の殻の中に閉じ籠もってしまうのは、互いに依存しなければ生きられない人間としては、決して健全なあり方ではない。

私達はもう一度、自己の殻を破って無我の心境を開き、周りの世界をその中に包み込むような温かみのある人間関係と、自然に対しても近世以来の人間中心の傲慢を捨てて、大自然に抱かれつつ生きるような、生き方を回復しなければならない。

そういうことはしかし、近世以来人間の歩んで来た方向を逆転させることであり、容易なことではない。しかし、それこそが現代人に課せられている「試練」なのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月11日 (木)

菅首相辞任後は大連立?

Natsu1 菅首相が国会で退陣を明らかにした。しかし、与野党の違いが見えなくなった。

自民、公明両党は子ども手当など民主党の主要政策をばらまき4Kと批判し、見直しを公債特例法案に賛成する条件にしていた。

民主党は三党協議で子ども手当に所得制限を導入する一方、高速道路無料化は2012年度予算案に計上せず、高校授業料無償化と農家への戸別所得補償も見直しを約束で妥協成立である。

6月以来、首相が本当に退陣するかどうかが政治の最大の焦点になっていた。この間、東日本大震災の復旧・復興をめざす本格的な政策や予算の議論はなく、東京電力福島第一原発事故の被災者救済も遅遅として進んでいない。新しい首相の下で出来る政策を決め、これ以上の政治空白を回避できるなら、前進と受け止め評価したい。

しかし、民主党が主要政策を撤回し、自民・公明両党と妥協するなら、与野党の違いは一体、どこにあるのかということが問題だ。

子ども手当は民主党の看板政策だった。民主党は実現するために「予算組み替えで財源を生み出す」と約束し、2009年総選挙で大勝した。その仕掛けが「脱官僚・政治主導」という旗だった。

ところが脱官僚に失敗し、財源を捻出できなかった。今回、政策見直しに追い込まれた根本の原因はそこにある。民主党が10年参院選に敗北した一因でもある。

党の綱領がない民主党は「脱官僚」という旗と子ども手当などの政策が党を束ねる柱になっていた。旗と政策を失った民主党は自民党とどこが違うのか・・・。

合意を受けて次の三次補正と12年度予算案は事実上、自民、公明両党と共同で編成する流れになる。重要課題である増税と脱原発・エネルギー政策で三党執行部が同じ路線を歩むなら、大連立という選択ということも考えられるのだが・・・。

衆参ねじれ現象が解消されるので、復旧・復興予算案と関連法案が、通りやすくなり、復旧・復興作業にスピード感が出てくる。

だが、2大政党が一緒になることは、船頭ばかり多くなり、何にもまとまらなくなる・・・?大政翼賛会のような体制により、批判勢力がなくなり、政党政治が危機に陥る危険がある。

公共事業である復旧・復興利権と原発利権の争奪戦が激化する。自民党と東京電力の「原発癒着」が隠蔽され、自民党にとってのメリットが・・・?

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロンドンの暴動が日本でも起きかねない

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05sikotuko31 来年ロンドンオリンピックが開催される、紳士の国イギリスのロンドンで若者の暴動が起きた。ソニーの倉庫が放火され、ロンドンの市街の破壊された無残な光景がテレビに映った。若者たちが商店を襲い略奪した。

騒乱はバーミンガムなど他の都市にも飛び火した。 騒乱のきっかけは、ロンドンで銃器犯罪を捜査中の警官による黒人男性への発砲事件だ。これを人種偏見と抗議する集会から暴動に発展した。

財政再建による痛みがどう影響したのかも気になるところ、キャメロン政権は財政赤字の削減に大なたを振るった。消費税を上げ、社会福祉や地方予算を削減した。

大幅な引き締めは社会にしわ寄せを生みかねない。2割近い失業率に苦しむ若者たちが貧しい暮らしに投げやりな気分になっていた。

日本では、若者の引きこもりや孤立が問題になっている。就職難という背景は英国と共通している。若者に未来を描かせることを、日本の社会はできているか。対岸の火事ではいられない。

絶望感はあからさまには表出されない。心配事があっても口にせず、なんとなく不安な気分ではあるが、直接日常生活を脅かすまで深刻というわけではない。ただし、失業者や貧困にあえぐ人たちの「心配事」は切羽詰まったものだったのだろう。

日本は島国でイギリスのように独立国家である。日本の政治の不安定さは、民主党の力量不足は否めない。自民党に飽き飽きした有権者が民主党に投票し、そのおかげで政権交代したという考えは妥当と思う。

3・11の東日本大震災・原子力発電で放射能放出事故で、赤字国債で復興予算で賄う。それと同時に、消費税を導入し、国債を減らそうということである。

アメリカの財政赤字の積み増し、経済も黄信号になって、株価は乱高下で、先の見通しも暗い。アメリカが唯一の大国である時代は終わろうとしている。変って中国の台頭で世界の経済は混迷さが増幅してきている?こうしたことをふまえ、日本は自らが進む道をしっかりと考えなければならない。

日本では、イギリスで起きている若者の暴動なんて考えられないと思っているかも知れない。しかし、日本の若者のもにも、フラストレーションが溜まっていることは確かだ。

日本がイギリスの二の舞にならないためには、政治家でも学者でも作家でもかまわない。日本中をおおう暗い気分を、抜け出そうと言うだけにとどまるのではなく、さらに一歩踏み出した知恵と、党利党略ではなく、大同小異の意識を持った政治で、混迷する日本の復活させる強い意志を示すことが大事だ。

私たちは、根本的に変わりつつある社会でただ生きてゆくだけではなく、己に課せられた新たな役割を見つけるために努力していかねばならないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月10日 (水)

終戦当時も暑かった

Sunflower_0041 玉音を 鉱石ラジオできく 終戦

「・・・堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び・・・」この断片だけはよく知られている玉音放送だが、終戦当時は鉱石ラジオを作って、大本営発表ニュースを聞く人が多かったと思う。昭和20年8月15日のこと、私の家は、ドン百姓であったがなぜかラジオはあった。しかし、ラジオを修理することまでの技量は親父にはなかった。

ポンポンと手の平でラジオの側面を、叩いて音の出ない時にはよく行っていた。なぜか聞こえるようになる。波乗り状態の、ノイズの音は仕方がない。私もこれで戦争は終ったと分った。

広島・長崎と原子爆弾が投下され多くの犠牲者が出て、今なお被害に苦しんでいる人がいるという。平和は永遠の願いである。東京電力福島第一原子力発電の事故の放射能漏れで、今大変なことになっている。一日でも早い収束を願っている。

今日八王子市は猛暑日である。終戦8月15日も暑かった。8歳だった私にはラジオの前で家族・近所の方が、帽子・姉さんかぶりを、とって神妙に聞いている大人の姿が思いだされる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

信頼とは・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

06oga_toga11 佐賀県の古川知事の「やらせメール」のニュースを見て考えた。

信頼とは、相手を信用し、頼りにすること。信用が、「悪いようにはしないだろう」程度の消極的な人間関係であるのに対し、「自分の味方になってくれる」との、積極的な意味合いがある。

乳児期・幼児期の発達課題に、信頼の獲得があり、これに失敗すると、生涯他者を信用することを躊躇するという。人間生まれた時に、母乳を本能的に求める。それ無償の愛が成長していく過程で、身の回りの環境で、無意識のうちに信頼していることだ。

生きて行くためには、生まれも、育ちも価値観が違う人間の集団が社会を構成している。その社会は信頼関係で成り立っている。二人以上の人間集団の中でのみ生きられるのであって一人では、絶対生きることは出来ない。

信頼という言葉には出さないが、夫婦・家族・地域社会・国家で信頼し合って社会は健全なものとなっている。今「絆」という言葉が多く使われているが、それは信頼あってうまれ出来る。

現代社会はグローバル化し、価値観が多様化すればするほど、信頼・絆が大事であると思う。だが、人間には煩悩があって争いは絶えないだろう。 なぜなら「価値観の多様化」とは、「可能性の多様化」でもあるからである。

可能性が多くなればなるほど、決断は鈍りやすくなって当然だからである。可能性が大きくなったのではなくて、可能性が多くなったのである。要するに選択肢が多くなったということである。

ひとつひとつの可能性を実現できる割合は、可能性の多様化とともに小さくなる。それに加えてしつけ、知恵、教育、道徳、思いやりなど生きていく上において必要不可欠のことが軽視されて、知識ばかりが重視されてしまうと決断はますますしづらくなる。

決断というようなことは知識から育ぐくまれるものではなく、知恵と経験によってはぐくまれるものだと思うからである。決断に至る過程で知識や理論が必要なことは論を待たないことだが、決断は最終的には自分の価値観と照らし合わせて下すものではないだろううか。価値観とは知識そのものではなくて、知恵に裏打ちされた知識だと思う。

今の社会には決断のために必要な知恵と経験が欠けている。価値観の違いを認め合って社会は成り立っている。そこで最も重要なことは「信頼」である。お互いに信頼の上で安心・安全に生きて行けることだ。だから、逆に争いは信頼が壊滅されて起こることになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 9日 (火)

優しさは爽やかな風のごとくに

09buna_sinryoku_omitake21_3 今日は、片倉時田まちの広場にある簡易トイレの汲み取りを八王子市環境部水循環室衛生担当に行って貰った。それには前の日に日時を確認し、待ち合わせて対応した。

市民・町会の方がゲートボール・グランドゴルフなどを楽しんで頂けるように砂の補充や草取り、ゴミの収集なども、日常心がけ、地域住民のケミにケーションの広場と利用して頂いている。

午前中30分ぐらいで広場を後にし片倉城址公園に足を運んだのであるが、季節の巡りは早いもの立秋過ぎ、震災も5ヶ月経とうとしている。今日は残暑厳しい35度以上の猛暑日だ。それでも草陰の虫の鳴き声は小さな秋の風情だ。片倉城址公園の木陰の下を吹く風は爽やかな風で、気持ちがいい。

私は、ゴミ拾い、コスモスの手入れなどを毎日のように行っているが、誰のも相談してしているのではない。人に「よくやるねー」言われるが、「ひまだから、何もすることがないからー」と言って釈明している。

本音は「健康のため、地域の皆さんのため」である。ひとりでも、片倉町一丁目町会の皆様が、楽しく、安心して暮らせる町にしたいと思う気持は裏にある。

爽やかな木陰の涼風は気持ちがいい・・・一人汗を拭った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

遺族の方の願いも払い除けるとは・・・

13_10241 京都の大文字保存会の処置は、風評被害を容認するかのような決断としか受け取れない。口では復旧・復興を支援しようと、言っておきながら、何の問題ものない薪を一部の反対者の意見で従うとは、陸前高田市民の藁をもすがる思いを払いのける非情な行為と言わざるを得ない。

頑張ろう日本、絆を深めて共に生きよう、助け合う精神などの、ことは全部嘘だったのか?もう少し配慮すべきだった。抗議や問い合わせが、殺到していると言う、当然だ。京都の大文字と言えば京都だけではなく日本の風物詩の一つだ。多くの観光客で賑わう行事である。

これでは観光客が減ってしまう。そして、何より宗教的(仏教)行事である。多くの犠牲者の霊を、慰めて!!!

東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪(まき)を、「京都五山送り火」(16日)で燃やす計画について、大文字保存会(京都市)は断念することを決めた。

保存会と京都市が行った薪の検査では放射性セシウムは検出されなかったが、放射能汚染を 懸念する意見が相次いだためだという。

送り火は、故人の名前などを書いた護摩木を燃やす、お盆の伝統行事。今年は、被災者らが薪に犠牲者の名前や復興への願いを書き込み、五山のひとつ「大文字」に奉納する計画だった。 薪は計画の倍の約400本が集まったが、放射能汚染を不安視する声がインターネット掲示板や京都市などに寄せられ、保存会内でも「見送るべきだ」との意見があったという。

保存会の松原公太郎理事長は6日、陸前高田市を訪れ、経緯を説明。薪に記された願いは写真に 記録し、京都で護摩木に書き写して送り火に使うことにした。薪は8日夜、陸前高田市で「迎え火」としてたき、法要をする。松原理事長は「申し訳ない。被災地の思いにできる限り応えたい」と話している。

放射線影響に詳しい松原純子・元原子力安全委員会委員長代理の話「原発から遠く離れた岩手県陸前高田市で、幹の内部にまで放射性物質が蓄積することはなく、誇大な不安だ。根拠のない 不安をもとに計画を中止することは、むしろ不安をいたずらにあおることになる」

松原理事長は、陸前高田市を訪れて釈明したと言うが、日本中の方の思いもある。日本国民にも大きなショッキングをもたらしたことを、肝に銘じておいて貰いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界同時不況に?・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Hiroshima101 一昨日、日本の野田財務相は高まる円高阻止を狙って円売りドル買いに介入し日銀も金融緩和策を取ったが・・・。アメリカのダウ平均が、634.76安(過去6番目)を受けて、今日の東京市場(午前)では、403.25安の8,694.31円だった。

日米欧が連携して、米国債の格下げによる金融市場の混乱を回避する決意を明確にした。しかし、その効果は限定的で、市場の不安感は払拭できていない。より具体的な政策協調が問われよう。

日米欧の先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は8日朝、緊急に電話で協議し、共同声明を採択した。東京やアジア市場が開く直前に会議を開いたのは、市場の動揺を警戒し、先手を打ちたいG7の危機感の表れだ。

共同声明は、「金融安定化と成長を支えるためにあらゆる手段を講じる」と表明した。さらに「必要な場合は協調行動を取る」とし、資金供給によって市場を下支えする姿勢も明らかにした。

先週末、米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、米国の財政再建の見通しを厳しく評価し、米国債の格付けを史上初めて引き下げた。

このことから世界同時経済不況の声が聞かれるようになった。アメリカでは株安となると庶民は消費を抑え、ますます不況となり、輸出国日本は、自動車・電機業界が大きく落ち込み不況は、深刻な状況、私達一般市民の暮らしも大きな影響がでて来る恐れがある。

日本では、東日本大震災の傷が癒えないところに、大きな問題が起きている。菅首相の引退時期、野田財務相の辞任話もあり、政府の対応が厳しい。政治の空白は絶対にあってはならないことだ・・・。世界経済の動きに目が離せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 8日 (月)

人間の欲望はなんなのか

05detohama11 やたらと「頑張れ日本」の言葉が洪水のよう流れてもういい加減して!厭世的概念で世の中を見てしまいたくなる昨今である。掛け声だけでは駄目、政治家が、救済方法巡って、メンツを重んじて妥協しない。法案を指摘より、首相の人柄まで言い出すようでは・・・。

人間の究極の欲望は一体なんなのか?これが目の前の欲求を手に入れたくて、先のこと、周りのことを考えもしない愚かで、摂生も出来ない人間族の最後の結末と思ってしまいたくなる。

地球上どこでも戦争がない、飢えもいじめもない、健康で安心して暮らせる社会。日本で言うと、世界から尊敬される環境立国。ただ実現は人間は生まれながらに欲望や自由を持っていいうから、複雑でとても難しい。

科学者が因果関係を明確にすれば危機感があるだろうが・・・。環境問題は、温暖化で海面が数センチ上がったとか言われても、実感がわかない。寒いところの人なんて近年暖かくなったって喜んでいるかもしれない。

それを、例えば感染症、SARSとか鶏インフルエンザが温暖化と関連があると判明したとしたら、意識は変わる。また、最近の放射能物質の飛散で農産物・海産物産物が汚染され、環境に優しく、コストが安いとの意識は、180度変ってしまったようだ。

人間は、過去の何があったか忘れる動物でもある。何年か前にはフロン問題も、オゾンホールができて皮膚がんになるとわかったら急に関心が高まった。そのことが片付けられないうちに、現在の放射能の問題が僅々課題であるが、前のことは忘れ?去ってしまう?・・・。

地球温暖化問題で、鳩山由紀夫前首相は、世界に日本は温室ガス25パーセント削減をアピールしたが、そのことは、原発廃止して出来るのも絵空ごとになってしまいそう。仕方がないじゃないか、放射能問題が発生したんだから・・・それ駄目でしょう。

人間はそういうものだ。人は長く生きることで生き方の術はは学習するが、残念ながら、人生の中で得てきたものをDNAで伝えることができない。生まれたばかりの子どもは、何も受け継いでいない。

そこで教育が大事になる。・・・それにしても、私たちは一生懸命働いてきたのに、嫌な世の中になってしまったものだ。子どもの虐待、中高年の自殺・・・、どうしてこうなってしまったのだろう。すさんで生きにくい社会である。

終戦記念日がもうすぐである。思い出すが、玉音放送あるというので、ラジオの前に集まってきたある人は、近くで防空壕を掘っていたという。竹やり・バケツリレーで日本を守る!そんな昔とちっとも変っていないように思えて仕方がない。空しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境破壊を考える

539571_3 人間の習性?街中の歩道を歩いて思うのだが、タバコの吸い殻を無意識に捨てていった人がいる。タバコの吸い殻ぐらいいいじゃないかと思っての行為なのだろうが、それがとんでもないことになる。次から次へと吸い殻が増え、灰皿化してしまう。それだけでは治まらず、紙くず弁当の食べ残しなどをゴミ捨て場となったしまう。

誰れも片付けもしない。それが街中彼方此方に見られる。そうなると、治安、環境は悪くなると言われている。実際私も、毎日ゴミ拾いをしているが分かる。

普段のささいな行動から自然環境を考える。人間はもちろん生物だが、ただ、エゴを持った生物であると言える。自然環境の立場から見れば、急激な人類の欲求を受け入れるだけの余裕は到底ない。「地球にとって人類は、自分の欲求を満たすことをエネルギーにして増殖する病原体」と表現した環境科学者もいる。

無意識の行為が取り返しのつかない環境破壊に繋がることを改めて考え直すことが必要と警鐘を鳴らしたい。環境保全のための各種ボランティア団体が出来ているのは結構とおもうが、生きている人間のひとり一人が常に意識して環境を守ることを行動し責任を持つことの重要性訴えたい。

誤って落としたゴミを見たら拾って処分する。それは行政ではない、ボランティア団体でもない、気がついた「あなた」である。そう言う意識が全ての人間が持つようならなければ、地球にも有限と言われているが、寿命も短くなると思う。

ゴミを無意識に捨てる行為は、「犯罪」となる。だが、取り締まれない、誰かがきれいにしてくれるからタバコ一本、小さなゴミぐらいはいいじゃないかでは、地球の破壊は進むことを知ってほしい。

私たち人間が知識を身につけることによって、加害者にならず自然環境と共存していく必要がある。大学では、自然環境の状態を研究するだけでなく、人間がどうやって自然とかかわっていくべきかを探究する分野がある。環境問題を道徳の問題としてとらえて研究する側面もある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不透明な社会での「絆」とは・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00a233ff1 「家に帰るのが怖い」。近頃、独身リーマン、OLの間でそんな声が増えているという。

震災後、あらゆるメディアで目にするようになった「絆」というキーワード。だが、顔の見えない日本人同士の結束力は高まっても、身近な人々――家族、異性との絆は、あまり感じられない。

2011年春の大学卒業生は、ほぼ5人に1人の割合で定職に就いていない。アメリカの格付け会社のの格下げで、アメリカ発不況の大波が来そうだ。そして日本はいよいよ日本は、アメリカの煽りと震災関連不況となりそうな様子である。

厳しい時代をを独りで乗り越えるのは精神的にもキツそうだ。とはいえこのご時世、そう簡単に結婚相手やフレンドリーな職場が見つかるはずもない。

「頑張れ」「負けるな」は、日本ではごく当たり前のかけ声だ。「いや、僕は頑張りません」と口にすることは、この国ではまず許されない。頑張っているほかの人々に迷惑をかけるからだ。「無縁社会」が叫ばれて久しい日本だが、そういう意味では見えない結束力がしっかり働いているのだろう。不文律に背を向ければアウトサイダーと見なされ、心と生活の安定を失うことになる。

だが、日本社会というコミュニティで頑張っていれば安定を手にできるのだろうか?リストラ、離婚、いじめ――日本での日々に行き詰まりを感じてえいる人間は多い。経済的な問題、将来への不安、どんなに自由に見えるコミュニティでも、結束の強要や不公平の黙認といったことは常に起こりうる。

非常事態は火事場の馬鹿力で頑張れても、その後どっと疲れが押し寄せたりする。そんなとき、つい「頑張れません」と言ってしまったばかりに、孤立してしまうケースもあるだろう。そんなとき、少し休んで元気になったら、またやり直す力も湧いてくる。また、元気を出す方法はいろいろあるに違いない。

さて、とことん孤独を感じた時、あなたなら自分から誰かに寄り添いますか?それとも、新しい居場所を探しに行きますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 7日 (日)

優しい人作り

10ichige_akitakoma11 世の中を変えたければ、一人ひとりの人間が考え方や行動を変えなければならない。善意や親切も一人ひとりの価値観、考え、信条で始まる。殺人や戦争も人の意思で始まる。生活に困るひとや子供たちを助けたければ、孤独や疎外感を持つ人をなくしたければ、私たち一人ひとりの考え、行動から始まらなければならない。

政府や住民に対して高い信用を持てる状況にある地域や国では福祉支出が大きいという結果が出てきている。信用のレベルが高ければ、人々は高い税金を払ったり寄付をしてでも弱者を助けることに前向きになるということだ。信用のレベルが低いところでは、その逆が起こる。

一人では生きていけない。みんな愛されたい、優しくされたいと思っている。では、誰が彼らに優しくてあげられるのだろう。それはやはり私たち一人ひとりの人間だ。社会に元気がないとき、みんなが不安を感じるとき、私たち一人ひとりでも出来ることは人に優しくすることだ。優しい善意の人に囲まれていたら、辛い状況も耐えしのぐことが出来る。

誰でも、自分が辛い状況になったら、手を差し伸べてくれる人がいて欲しいと思う。辛そうな人がいたら声をかけてあげよう。出来ることはしてあげよう。恥ずかしいことはない。私たちはみんな弱さを持った人間だ。そしてこういうことを本当に実践できる人間でありたい。

きれい花を咲かせるのも基本的に土作りである。人に優しい人づくりは、家庭の躾、道徳教育であろう。道徳教育は家庭・学校だけではない地域社会で育てていくものだと考えている。優しい眼差し、時には厳しい指導をしながら社会が一体となって優しい、人間愛を持った一人の人間を育むことが、今大事な大人の責任だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

同じ過ちを繰り返す人間

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00nyudogumobgm1 8月6日広島平和記念日・9日の長崎の記念日を前に、「核なき世界」を表明して一躍世界で注目を集めたオバマ大統領であるが、7月に臨界前核実験実施たニュースは、世界中に話題となった。

被爆国日本の広島・長崎の県民はもとより日本人の多くの方のアメリカの核実験には驚いている人は多いと思うが・・・

過激の発言で有名な東京都の石原慎太郎知事には、またまた驚いている人は多いと思う。内容は次のようだ・・・
東京都の石原慎太郎知事は5日の記者会見で、日本が核保有国に囲まれた中で存在感を維持していく方策として、核保有のシミュレーションを行うべきだとの考えを示した。
知事は、米国のオバマ大統領が「核なき世界」を唱えてノーベル平和賞を受けた後も臨界前核実験を実施したことに言及した上で、「日本だってそれぐらいのことをやったらいい。(核を)持とうと思ったらいつでも持てますよと。プルトニウムは山ほどあるんだから」との考えを示した。
さらに、「日本は強力な軍事国家にならなかったら絶対、存在感を失う」と主張。宇宙航空技術を応用したミサイル開発の必要性を訴えた。

その上で、「北朝鮮と中国とロシアと、日本の領土を掠め取ったり、掠め取ろうとしたりしている国で、しかも核を持って歴然たる敵意を持っている国にこんなに間近に囲まれた国は、世界中に日本だけだ」と強調。「対抗することを考えなきゃいかん。経済力なんかでとても通用する時代じゃなくなった」と述べた。

東京電力福島第一原子力発電事故で収束が出来ないでアタフタしている現状で、アメリカで行われた六カ国協議を前提にした?米・朝会談が行われたり、菅首相の電撃訪朝の噂が流れたり、世界は「核」「原子力」に否応なし神経を使わずにいられなくなった。

「核」を武器と平和の手段として利用する人間の浅はかな考えは強大国アメリカでも、存在価値を認めてもらいたい北朝鮮でも、日本の石原都知事も同じ考えのようだ。ちょっと間違えば、タリバンなどのテロ軍団の手に渡ったらどうなることか・・・

心配するのは私だけではないだろう。同じ過ちを繰り返す人間、「話し合い」なんかで解決できない人間の性なのでしょうか?識者の意見を待ちたい・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 6日 (土)

驟雨くる

10shiretoko5go_1ko21 驟雨くる 石碑に描く 白い筆

わが町の片倉時田まちの広場に、立派な記念碑が出来た。最近の厚い雲間から急に太陽が差し込んで、真夏の太陽が射しこんだかと思えば、急に驟雨くるという、不安定な空模様が何日も続いている。

急に降りだした激しい雨は、広場の石碑に白い筆で模様を描いているように見えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子供手当てと児童手当の違い

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

00a233ff1子育て家庭や自治体を混乱させる政局がらみのメンツ争いなどやっている場合ではない。」と言いたい。・・・結論は児童手当になったが、現行法の子供手当てとあまり違わない?

子供手当てと児童手当の違いは?・・・理念の違い。現行は、子ども手当てを支給する際に扶養控除を廃止した。子どもを育ててる家庭は納める税金を安くする制度。

民主党・・・子どもは社会で育てるもので、子どもがいる人もいない人も皆で子どもを育てる家庭を支援する。つまり子どもは国が管理し、国が直接支援をするということで、親の所得に関係なく子どもを一律で経済支援するという意味で所得制限を拒んだのだ。

また、扶養控除は高額所得者に有利な制度で、逆にあまり納税していない低所得者には恩恵の少ない制度だった。扶養控除廃止→子ども手当支給・・・格差社会解消、所得再分配機能の役割を持った子ども手当は社会主義思想の民主党そのものの政策だ。

自民党・・・子どもは家庭が育てるもので、扶養控除によって国は子育て家庭を間接的に経済支援する。扶養控除に所得制限はないから年収1億円でも税金は優遇さる。児童手当は所得制限を設けることで、低所得世帯への支援制度という位置付けと少子化対策と言う事になる。

毎日新聞社説・・・72年のスタート時は低中所得世帯の第3子以降に3000円(月)を支給した。お金のない子だくさんの世帯だけを対象に作られた制度だった。その後何度も改正され、政権交代前には0~12歳の児童の9割近くにまで枠が広げられた。支給額も0~2歳が1万円、3歳~小学校卒業までが5000円(第3子以降は1万円)となった。

一方、民主党の当初の子ども手当は「社会全体で子どもを育てる」との考えで、中学生までのすべての子に2万6000円を支給する予定だった。児童手当の財源は国と地方と事業主の負担だが、子ども手当の当初案は全額国庫負担。しかし、財源のめどが立たず、現在は半額の1万3000円にとどまる。財源も児童手当に国費を上乗せしてつじつまを合わせているのが実情だ。

そして与野党協議の結果、10月以降は3歳未満と3~12歳の第3子は1万5000円、3歳~中学生は1万円となった。来年度以降は年収960万円程度の所得制限が設けられ、名称も児童手当へと戻る。野党側が押し切った形に見えるが、支給額を比べると児童手当よりも現行子ども手当に近く、中学生に支給する点も子ども手当と同じ。所得制限で捻出できるのは0.2兆円だ。

さらに所得制限で手当が受けられなくなる世帯には還付や税控除による緩和策を検討するという。年少扶養控除が廃止されたままでは逆に収入が減る子育て世帯が出てくるためだが、緩和策を手厚くすればますます現行子ども手当と変わらなくなる。成り立ちや名称は違うが中身はあまり違わない、カレーライスとライスカレーのようなものか。大震災と原発事故の復旧が遅々として進まず、9万人近くがなお自宅を失っている時に与野党はこういうことに時間と労力を費やしてきたのである。

ところで、野党がこだわる児童手当には問題がないのか。たとえば財源のうち厚生年金の対象となる事業主だけが拠出金を課されるのはなぜだろう。社会状況も子育て環境も大きく変わった。どうせなら今の時代に合った理念に基づく制度に抜本改革してみてはどうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年8月 5日 (金)

アメリカの赤字財政の処理・・・

10kouchi_katurahama11 アメリカの赤字財政の処理・・・と世界経済の見通しは、不透明さが増してきたようだ。果たして、アメリカの打つ手は、そして日本への影響は・・・世界は不況に沈んでしまうのか?

とうとう、アメリカのガイトナー財務長官の辞任の問題になる。複数の政府高官によると、オバマ米大統領はガイトナー財務長官に対して現職に留まるよう求めた。ガイトナー長官は、米債務上限引き上げ問題がある程度解決した時点で辞任する可能性を示唆しているという。

恐れてていることが、ついに現実となった。今日(8/4)ニューヨーク市況は、ー512.76ドル・(8/5)日経平均株価ー359.30円であった。大暴落である。素人の私も、ちょっと投信をしているので気になるところである。

財務総合政策研究所研修部長、中国財務局理財部長などを歴任した。元財務官僚の小笠原誠治氏は以下のように解説しているが・・・

債務限度引き上げ問題が終結し、今後、歳出削減の中身を固め、さらに9千億ドルの歳出削減以外に課せられた、1.5兆ドルの財政赤字削減の内容を決めなければならないということだ。

この1.5兆ドルの中身を巡って、与党と野党の間で意見が分かれていて、与党は、当然増税が含まれるべきであると主張し、その一方で野党は、それはあり得ないとしている。

増税を実施すべきか・・・?今でも9%台の失業率を抱えた米国経済が、増税などしたらとんでもないことになる。だが、増税が認められないとすれば、さらに歳出カットするしかない。歳出カットをすれば、それは需要の減少になり経済成長率を大きく引き下げることになる。

国債を発行すれば?・・・でも、国債の発行限度を引き上げる代わりに、歳出削減をするか、増税をするかの議論がなされているので国債の増発という選択肢はない。

つまり、いずれにしても、今後10年間程度、政府支出が大きく落ちこみ、経済成長率を大変低いものしてしまうことが予想される。与党、野党も、国債の増発は止めようということで意見が一致している。そうなると、どうしても米国の経済の見通しは暗いものになる。

もし、それでも米国経済が力強く再び成長することがあるとしたら、真の経済力を回復すること、つまり、労働の質を高め、或いは企業の商品開発力を高めるようなことしかない。

今のところ米国債に対するニーズは大きなものがある。とりわけ、中国と日本が大量の米国債を購入している。だからこそ、収入以上の生活を米国は続けることができる。

しかし、そのようなことはsustainable(持続可能)ではない。当分は可能だとしても、5年か10年先に、中国が、米国の国債を購入するのを止めるようになるかも知れない。急に米国債離れが始まるかもしれない。しかし、もし、そのような事態になったら、米国といってもギリシャと変わりがなくなる。

そういった事態は絶対に回避しなくてはならない。だから、米国は、景気が悪くなろうと、これ以上借金が増えないようにと努力しているのだ。そんななかで、今回の措置によって米国の景気が悪くなり・・・という議論があるが、またそれは事実だが、米国としては致し方ないと考えている。

日本側としては、そういうことを想定して、今後のシナリオを描く必要がある。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アフリカ東部の干ばつ・・・

09oga_akanegumo11 ソマリア沖のアデン湾で海賊船の出没で国際的にも問題となっているソマリアと周辺国、エチオピア、ケニア、ジブチ、ソマリア、ウガンダの一部地域が干ばつで深刻だという。特にソマリアは内戦、1980年代から続くソマリアの内戦と干ばつで、乳幼児が毎日飢餓で亡くなっているNHKのテレビでみる。

アフリカ北東部の「アフリカの角」と呼ばれる地域を荒廃させつつある過酷な干ばつが、今後さらに深刻な被害をもたらし、ソマリアの他地域にも飢餓が拡大する恐れがある。一帯で支援活動を行っている国際NGOなどが2日、警告を発した。

国連は前月、ソマリア南部のバクール地方とシェベリ川下流地方に飢餓宣言を出した。だが、食糧価格の高騰、作物の収穫がゼロまたは極めて少ないこと、生計手段に壊滅的な打撃を受けたことが、干ばつの被害をますます深刻なものにしている。

国際NGOオックスファムは2日に発表した声明で、「エチオピア、ケニア、ソマリア南部の一部地域では、今後3か月から4か月の間に状況がさらに悪化する。これらの地域の『緊急』事態は年末まで続く。また飢餓はソマリア南部全域に拡大する可能性がある」と警戒を呼び掛けた。

国連の人道問題担当事務次長で緊急支援調整官でもあるバレリー・アモス氏は、飢餓の拡大を防ぐためにはさらに14億ドル(約1080億円)の追加支援が必要との見方を示した。

このような現象は、地球が温暖化していた鮮新世にエルニーニョ現象があったのかどうか・・・。長年議論が続けられてきたテーマだった。

地球全体の温度が上がると、想定していない気象現象が起こる言われている。今回の「アフリカの角」の過酷な干ばつは、地球温暖化の影響からかも知れない。

日本でも、新潟県の1時間に100ミリを超える豪雨は、異常気象?と思える。また東京地方でも例年にないこの夏の気象現象が起きる前兆?と思える不安定な空模様が続いている。

最近、東日本大震災・東京電力福島第一発電放射能漏れに関することがらや、円高・アメリカのダウの急激な落ち込み、菅直人首相の退陣時期などの問題で地球温暖化が、ほとんど話題になっていない。

アフリカの北東部ソマリアで多くの餓死者が出ていることは対岸の火事ではいられない。世界の人々は、地球温暖化という、人間の仕業で起こしてしまっている現象を、忘れないように警鐘を鳴らしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ショッキング(shocking)・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05sikotuko31 ショッキング【shocking】(思いも寄らないことで、心に強い衝撃を受けるさま)。

生きていれば誰だって、予知出来ぬ、思わぬショッキングな体験をするものだ。それが学習となって、強く生きられることになるのだが、そのショッキングな体験で、恐怖から抜け出せず、後々まで引きずってしまう人もいる。

しかし、多くの人が驚き戦いているときに、何にも感じない人がいる。その人は過去にその体験をして、原因と結果がある程度わかっている?

歴史を勉強することは、生きていく心の武器となっていくものだと思う。そして、毎日に出来事を日記に記しその日の出来事とと、生きる勇気と反省し精進の心が養われて行くもので一つのツールだと思っている。

ショッキング=感動=歓喜・・・ショッキング衝撃=失望、と両極端に区分けできる。人間は感情を持つ動物である。感情豊かな人間は、心穏やかで、人に優しい大きな心をもった、多少のマイナス衝撃的でショッキングなことでは動じない。人格的に立派な人と言えるのだ。

私が現役時代に体験したのだが、同じ年代で何人かで、あるテーマで、ディスカッションをしたことがある。ある人は、一流の大学を、またある人は養成学校を、ある人は高校を、とそれぞれ今まで人生の経験・学問を学んできた過程が違い、価値観が違う人の意見を聞いて、分かったことは、世の中で起きるショッキングな出来事の捉え方が違うということだ。

それが人間的に評価は別として、人それぞれにキャラクターがあって、一つの問題でも捉え方違うものだと認識した。あの人は、こういう問題を・・・この人には、あの問題を・・・を相談しようと思い、それらを知ることが生きる術かと思った。

不透明な世の中で、私が捉えているショッキングな事と言えば、東日本大震災・同窓生の突然の死・なでしこJAPANの国民栄誉賞・現役サッカー選手の死・1ドルが76円台の円高・ダウ株価460ドル安(日本時間5日4:50分現在)となったことなどなど・・・。

日常暮らしていくには、とっさの判断処置していかねばならないことが沢山ある。それを面倒と思ってしまって、放置してしまったら、ゴミだらけの心になって埋没してしまうことになる。とっさの判断と、熟慮し、ゆっくり整理し心に浸み込ませて置くことを区分けすることが大事である。

私の性格で悪いことはことが起これば「慌てることだ」このことは何時も頭にあるのだが反省するばかりで・・・情けない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 4日 (木)

唱歌に想う

Photo2005_71 昨夜のNHKラジオ深夜便で学級日誌に記された、「子どもたちと戦争」(元・龍谷大学教授 吉村文成氏)を聞いて、ハッと思った。昭和20年前後の時代は子供だった私は、脳の記憶分野に余裕があったせいか、今でも当時の状況が鮮明に思い出せる。

そのころの歌、唱歌が沢山あった。「ふるさと」・「冬の夜」の詩が懐かしく思い出せる。その光景は、私の子供にも、当然孫達にも、体験はすることは出来ない。しかし、詩・メロディーは残っている。だが、情景は想像すらできないだろう。

唱歌「ふるさと」の詩に、「兎追ひし かの山 小鮒(こぶな)釣りし かの川」。「冬の夜」の詩に出てくる囲炉裏・縄なども、文化財で保護されている古民家出なければ見ることは出来ない。ましてや、そこで生活体験すら想像すだけのことで実体験など出来ない。

私の生まれて、育った環境から僅か60年で、生活は改善され、文化生活を享受されてきたが、大きく取り残された情操教育→心の教育→人間愛→今話題になっている「絆」という言につながっているのだろう。

吉村さんの話は、終戦前後の学校の女性教師が子供達に絵日記を書かせたが、食べるものがない、物がない動乱時代に、子供の絵が残っていて、それを一部見せてもらったと言う。その絵を見て、子供の澄み切った心が絵を見て分かったという。

私は、当時と同じ境遇にあって懐かしく思った。人間生まれた時は心は白紙状態で、誰も育つ過程環境で個性が出来上がっていくものだ考えている。従って発達した文化・文明の今日であるが、はたして、「人間的の豊かさ」を評価したならば、必ずしも現代に生きる人たちに軍杯を上げるとはいかない。

最近、人の絆が盛んに取りだたされているが、そう簡単には創り上げられない。幼少のころの両親の深い愛情と、地域社会のつながり成長する子供ころから、苦しいこと、辛いこと、楽しいこと、嬉しいことなど体験をみんなと共有しながら、育つことにより、価値観が生まれることで、一朝一夕には出来ない。

放送の最後の「ふるさとの」曲が流れて想いを新たにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

史上始まって以来の円高・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

05detohama11 史上始まって以来の1ドル=76円台の円高で石油など輸入品などのメリットがあるが、日本のエクセレント企業や関連会社は、輸出市場という厳しい競争に晒されて、円高に対応するためにこれらの会社が海外移転することになれば、国内の産業の空洞化、雇用がますます危なくなる。この意味で、円高が全体として日本経済にマイナスである。

円高になると、マスコミは野田佳彦財務相にコメントを求める。いつもコメントは決まったように「注視する」である。一度だけ介入したが、その時は震えたそうだ。しかし、そもそも円高に対して財務省の介入を効果があると考えるほうがおかしい。

介入の効果はせいぜい2、3日、もったとしても数週間に過ぎない。結局、元の木阿弥になって、結果として介入した分、為替差損が発生して、国民負担が残るだけだ。というアナリスト話・・・

こうなった訳は、実質経済が思わしくなく、失業率は9.7%。(日本は、5.0%(共に1-3月)である)。アメリカは世界最大の「債務国」でその処理で議会で難航したことから、8月2日ギリギリで調整できたが2013年からが問題となるいわゆる一時しのぎで先延ばし状態である。

アメリカの債務は法律上の一定の線14兆2900億ドルに近い。この金額は1ドル77円換算では1100兆3300億円となり、日本が年内に地方とあわせて1000兆円となるのでアメリカと日本の借金・政府債務は同じような規模となる。

日本は約500兆ほどのGDPとしてみると稼ぐ力の2倍の借金の規模に対して、アメリカは2010年のGDPが14兆6000億ドルで直近の77円換算では1124兆2000億円ほどだろう。

米連邦債務の上限引き上げ問題は、日本も対岸の火事ではいられない。一方、欧州(EU)もギリシア・ポルトガル・イタリアなどの国でも財政処理で難航している。アメリカの経済の動向、日本では、震災復興・放射能の処理で、増税?となれば景気は落ち込むだろう。

グローバル化した経済、世界の国々動向に日本人の暮らし大きくな影響が及ぼすことになるシッカリ目耳を研ぎ澄ませ注視していかないと大変なことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 3日 (水)

今年の盆踊りが終った

800pxbonbokobon1襟足に 産毛が光る 盆踊り

今年の夏は、梅雨が早く明けて、猛暑日が続いた。そして、梅雨前線が朝鮮半島から北日本にかかったような日が続き大雨の被害は韓国で、新潟・福島で起きた。東京では平年より5-6度気温は低い、曇りから雨の日が続いている。

私達の町八王子市片倉町一丁目町会では盆踊りを7月30・31で予定したが雨で出来ず8月1日に行った。月曜日となって、参加する人が少ないと心配したが、それでも浴衣姿になって、踊っていただいた方が沢山いたのでホットした。

そして昨日片づけを19名ご協力で行った。しかし、やぐらの解体は8月7日予定している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の水道の技術をアジアに・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Shiraito_fujinomiya1 地球上の生き物にとって「水」がなければ生命維持していくことが出来ない。水の利用技術・管理で貴重な水を効率よく使うことは大事なことある。渇きをいやし、田畑を潤し、人間にとって欠かせない資源でもある。

世界には、安全な飲料水を得ることができない人がいまだに9億人。その6割はアジアの人達と言われている。人口増加と経済成長を続けるアジアにとって、安くて安全な水の確保は緊急の課題である。私達日本人は、水は蛇口をひねれば、いつでも飲める。安心・安全の水が飲めることは幸せである。しかし、水も有資源であり、貴重であると認識しなければと思う。

「漏水」「盗水」悩み解消へ ・・・「unkar」・・・http://unkar.org/r/news4plus/1268684722
世界には安全な水を得ることができない人が9億人もいるという。大きな災害などで断水が起きると、私達も水の大切さを痛感する。蛇口をひねればいつでも安全な水が手に入る国は例外という。

都市化と経済成長が著しいアジア諸国では、安全な水が確保できないために、多くの子供が命を落としていると言われ、深刻な水不足が懸念されている。一方で 、水道技術が未熟なため、施設や水道管から水が漏れてしまう「漏水」や、水道管から勝手に 水を抜く「盗水」に悩む地域も少なくない。

水道収入の3割を超える損失が生じる国もあるという。東京都の水道の漏水率は3・1%、料金徴収率は99・9%で、東京都は「高度な管理技術」に潜在的な 需要があるとみる。

実際の事業は、都が出資する監理団体「東京水道サービス」が民間企業と提携して行う仕組み を検討している。都水道局の担当者は「都にとっては国際貢献であり、参加する民間にとってはビジネスになる。

世界的に水需要が高まるなか、水道整備などの「水ビジネス」も成長傾向にある。経済産業省 によると、世界の市場規模は07年の36兆円から25年には86兆円まで伸びる見通しだ。しかし、世界市場は外国の「水メジャー」がほぼ独占する状態にある。経産省は水ビジネスの海外進出 を模索しており、担当者は「東京都の取り組みに注目したい」と話している。

大阪市は昨年、ベトナム・ホーチミン市の国営企業と水道の技術協力協定を締結。川崎市は、 オーストラリアで日本企業が進める雨水再利用事業に協力することを決めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 2日 (火)

一番大切なものは?

00a233ff1 あなたにとって、一番大切なものはなんですか?、と尋ねられたらなんと答えるだろうか・・・だれでも、それは自分の生命であるというだろう。しかし生命はあっても、いろいろな苦悩にうちひしがれて、もう生命もいらぬと嘆かねばならぬ場合もある。すると、一番大切なものは、幸せな人生ということになる・・・。

しかし、私たちの人生は果たして幸せだろうか。時々は幸せを感ずることもあるが、永い人生には種々の災難や苦悩がつきまとっていることが多い。

「人生は苦しいことのみ」と言われて、たとえお金があっても、家庭が平和であっても、自分が老いることや死ぬることの苦しみは絶対免れることは出来ない。

そうすると、私たちの人生にはたまたま苦悩があるのではなく、人生そのものが苦悩であり、苦悩の無い人生などは考えられぬことだ。従って、本当の幸せとは苦悩がないことではなくて、どんな苦悩があっても、それに負けない生き方なのだ。

そのためには、子供の頃からの正しい教育が大切である。一旦身に付いた性格はなかなか変えることは出来ない。また、人間の価値観は、人ぞれであり、グループ仲間で検討する場所作り、お互いの理解し合うことが理想的なことだろう。

苦労のない人間はいない。人それぞれの苦悩を背負って生きているのだ。その苦労は経験がこれからの人生に肥やしとして、蓄え備えておくことは、大切なことである。だから若いときは、「苦労は買ってでもしろ」の諺がある。私はその経験が力強く生き抜く武器?であり一番大切なものだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プラス思考と、マイナス思考

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

06oga_toga11 人生航路には、穏やかな日和ばかりあるわけではない。暴風や日照りにの日が続くこともある。精神的に大きなダメージを負うことが多い。むしろ人生山あり、谷ありである。下り坂・上り坂・真坂の坂もある。そういう逆境の時に、プラス思考・マイナス思考という考えで行動するのが人間である。

「プラス思考」ということばがある。物事を肯定的な方向に傾斜した考え方、ポジティブ(Positive )、積極思考で、楽天主義とは違う。

私は、どちらかと言えば心配性・取り越し苦労などとも呼ばれるが、行動を起こす前に否定的な結論を出したり、想像をめぐらせたりして内向的になりやがて自己否定につながってゆく「マイナス思考」ネガティブ(negative)の傾向だ・・・?

何とかプラス思考で行動を起こそうと努力したい・・・プラス思考という言葉に法則としてまとめた本がある。記して考えてみることに・・・

(南雲堂フェニックス'97.3.14)酒井一郎著「プラス発想の法則」
今までは単に「何が起こったかは問題ではなく、それをどう受けとめるかが問題だ。」「いつも、よいことばかり考えて暮らす。」のが、プラス発想だなどと言われています。しかし、「いつもよいことばかり考える」ことは、むずかしいことなのです。そのためのやり方があります。次の十の法則を試してみてください。新しい視点から自分の人生を考えることが出来るようになり、パワーのあふれた、人生になります。

法則一 感謝する
プラス発想とはオール肯定の世界です。感謝の心がなければ、肯定できません。また感謝のない人生は悲惨です。死ぬまで、不平不満が心にあり、穏やかな人生がやってきません。

法則二 思ったことは大きく実現に近ずく
人生は心の想わせ方で、よくもなるし、悪くもなります。思いは目には見えませんが、もうひとつの現実です。単純によいことばかり、心に描きましょう。

法則三 笑う
笑いは単純、即効の開運剤です。成功しても失敗しても、何をするのもまずは、意識的にでも、笑顔を作ってから始めましょう。理屈、計算の前に笑いです。

法則四 与える
もらえば、もらうほど幸せになる。というのは間違いだったようです。もらおうと思うときの心の不安はたいへんなものです。「与えて生きる」を心がけると、自然と人も集まってきて、人相もよくなり、健康も運命もよくなります。

法則五 明るく積極的なことばだけ使う
「ありがとう」「きっと成功しますよ」「いい天気ですね」と誰が聞いても明るく正しいことばだけを使いましょう。考えている以上に、自分が発することばで、自分自身もまわりの人達も明るくなったり暗くなったりします。また、人生は実際に発することばの方向に進みます。

法則六 現在に心を置く
まずは今を楽しみましょう。今なくして、過去も未来もありません。心が現在にないと、あたふたとした落ち着きのない人生になります。花を見ても、月を見ても、何の感動も情味もなくなってしまいます。

法則七 不要な情報を生活からカットする
心の栄養素は目、耳から入ってくるものです。ゴシップ、スキャンダル、殺人事件など見たり、呼んだり、聞いたりすることをやめましょう。心をネガティブなものにまぎれこませてはいけません。また情報は、どれたけ得たからではなく、カットできたか、の方に力を注ぎましょう。

法則八 具体的に動いてみる
独立して会社を作りたい人は、具体的に動いてください。また教訓をちりばめただけの本、概念だけの社会評論などを読むのはやめたいものです。その暇があるなら、感謝や笑いを毎日の生活に取り入れましょう。

法則九 長所をどんどん伸ばす
個人でも会社でも、短所にふれずに、長所を見つけ、作り、どんどん長所を伸ばしましょう。これは単なる理想論ではありません。短所を直すという今までのやり方は、心に負担が大きくかかり、規格工業品の大量生産の社会にしか通用しません。

法則十 祈る
自分にでなく他人への祈りです。私も最近まで、祈りが、人相をよくし、自然と楽に運命をよくする、ということを知りませんでした。「佐藤さんには、いつも感謝しています。明るく愉しい人生を、お祈りいたします」とやってみましょう。

プラス発想は、心にも財布にも全く負担がかからず、今からでも実行できる、すばらしい知恵です。プラス発想は大自然の意志とも一致し、不思議とも思える幸運に巡り会ったりします。メーテルリンクの『青い鳥』にも書かれているように、幸せや成功は自分のごく身近なところにあるようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 1日 (月)

今年の盆踊りのこと

386351 東日本大震災、福島第一原子力発電の放射能漏れ事故・・・計画停電・・・節電で、日本中いや世界中に大きなショックある。「頑張れ日本」ボランティア救援・義援金活動などで、日本中大震災に復旧・復興に力を出している。そんな状況であり、恒例のイベントである八王子市の花火大会、八王子祭りも中止決定し自粛ムード一色になったが・・・

私達の町、八王子市片倉町一丁目町会では元気を取り戻そうと言う意見が多いことから例年通り行うことにした。、30日(土)31日(日)に町会最高のイベント盆踊りを予定し準備を進めてきたところだ。しかし、それを諌める?かのように・・・夕立の雨脚は白く光り、古来「銀の竹」や「銀の矢」に見立てられてきた。梅雨明けの炎暑から一転し、雷鳴に驚き、豪雨への警戒が続く・・・(天声人語)

結局、丸太で組んだ盆踊りのやぐらは、大勢の町民の方に立てたのだが、飾りつけは夕方には止むだろうとの見方で、朝、雨の中を実施した。しかし、夕方になっても止まず会場の片倉時田まちの広場は、ぬかるんで踊れる状況ではないと判断中止、明日8月1(月)に行うことに決定した。

それにしても、昨日雨で全身ずぶ濡れで冷えてしまい、頭が重い感じであった。新潟・福島など長雨と、記録的集中豪雨で川の氾濫があり大きな被害が出ているという。それに比べれば盆踊りが予定通り出来ないくらいで、しょ気てはいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

睡眠と体重の関係

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

07murasugi_watasuge11 私は、早朝の2時頃起き、就寝は19時と、普通の人と違う?サイクルで一日を過ごしている。しかし、現代社会人は、仕事の関係で、昼夜逆転の生活をしている人は沢山いる。それはコンビニエンストアーに代表されるように、人間の活動が24時間であると言うことである。したがって睡眠時間、睡眠のタイミングで、断続睡眠(昼寝・転寝)などする人が多くなったと思う。

朝明るくなって起き、夜暗くなったら寝る、動物本来の行動体系が最も自然での生き方だ。ところで私はメタボリックシンドロームと医者にいわれて体重に気をつけているのだが・・・

「睡眠に問題がある人は体重が減りにくい」というタイトルで 日経ウーマンオンライン(日経ヘルス) 7月27日(水)11時51分配信をyahoo! webで目にした。興味があったので記してみた。

眠らないと食べ過ぎる?
睡眠の専門家で作る睡眠改善委員会は、睡眠が及ぼす身体への影響について調査した結果を発表した。それによると、慢性的な不眠ではないが睡眠に悩みや不満を抱えつつ特に対策をとっていない「かくれ不眠者」は、食欲が増加しやすく、体重が減りにくいという。

調査では、20―40代のかくれ不眠者と快眠者の男女832名を対象にインターネットでアンケートを実施した。この1年ほどの自身について「つい食べ過ぎてしまう」と答えた人は、かくれ不眠者では49.0%、快眠者では34.9%と大きな開きがあった。「体重が減りにくくなった」と答えた割合は、かくれ不眠者で36.5%、快眠者で27.9%だった。

男女別で見ると、かくれ不眠者の女性は快眠者より体重が減りにくく、男性は食べ過ぎる傾向が高い。女性のかくれ不眠者で「体重が減りにくくなった」と感じる割合は43.6%で快眠者の31.7%を11.9ポイント上回った。特に20代(13.2ポイント)と30代(17.1ポイント)でその差が顕著だった。

男性のかくれ不眠者で「つい食べ過ぎてしまう」と感じる割合は48.6%で快眠者の32.2%を16.4ポイント上回った。年代に関係なくこの傾向は強く、いずれの年代も14ポイント以上の差があった。

睡眠中はタンパク質の合成や成長ホルモンの分泌が促進されるので、寝ることで良質な筋肉が作られ、基礎代謝が高まる。睡眠不足に陥ると、筋肉量の低下とともに基礎代謝も下がり、その結果体重が減りにくいと感じるようになるという。睡眠改善委員会は、ダイエットを成功させるにはまず睡眠を見直すことを勧めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »