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2011年5月

2011年5月31日 (火)

孫の運動会に行く

10wagaya_niwa_ame21 孫の運動会に行ってきた。当初の計画では、5月28日(土)の予定であったが、雨で翌日の(29日)延期したが、台風2号と梅雨前線の影響で雨となり今日(31日)となった。朝、外に出たら曇っていたが、雨は降りそうもない。

8時30分に家を出て、立川第三小学校までは電車で1時間かかり、着いたのが9時25分ぐらいだった。さーてどの辺にいるのだろう、全校生徒の準備体操をしているところだった。

孫は3年生と5年生の女の子二人で、3年生は80メートル競走、5年生は騎馬戦に出場した。一生懸命走る姿は頼もしかった。騎馬戦の孫も先頭になって走り回って、走るたび歓声がわきおこり、拍手で盛り上がった。今日は、風が冷たく、上着を着ていたが子供達は半袖で頑張っていた。

私の子供の頃の運動会で思い出すのが、徒競走100メーター一等賞品がノート、2等が鉛筆2本、3等が鉛筆一本だった事を思い出す。今では鉛筆なんて賞品にはならないだろうが、その当時は物不足で、生活用品、文具など手に入らなかったし、また買えなかったので貴重であった。

爺さん・婆さんは勿論、親が見に来ることもなかった、昼の食事は家に帰ってきて、食べそして昼からの運動会に間に合わせた。その頃が良かったのか、今が良いのか分からぬけれど、身体を大きくなっているが、体力・我慢強さなどは、はたしてどうだろうか・・・

正直、孫は可愛いが、ちょっと疲れた。今日は歯医者の予約があって午前中で小学校を後にした。

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自主防災と消防団のこと

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Photo  無縁社会と言われる現代、3.11東日本大震災が起こった。

昨日わが町、八王子市片倉町の消防団に片倉町一丁目町会の助成金を、お渡して来たのであるが、団員に聞いたところ、なかなか団員のなる人がいない、予算が少ないので機器の補充が思うように出来ないと話されていた。

そこで、消防団のあり方を考えてみた・・・
消防団が現代に必要組織なのか 消防団とは、消防組織法に規定されている防災機関で、団員は普段は職業を持ち、災害の時に出動するボランティア精神に基づく団体で、主に団員の住む地域の安全を守るために組織された団体である。

消防団員は、地域内で災害が発生した場合、地域の精通した情報を同時に出場した消防署隊に提供し、人命の保護や被害の軽減を図るのは勿論のこと、消防署の戦力の足りない場合、消防署員の補助作業に当ると共に二次災害防止のための災害現場の交通整理や警戒の活動もある。

市民の安全・安心を確保するため、常に防災のための知識や訓練をしている消防団員の確保が重要であり、あらゆる災害に対応した技術力を持つ現有消防団が必要である。

災害に逃げるのでなく、立ち向かわなければ被害は拡大する。被害の対処に費用をかけるより、予防に費用をかけるほうが費用はより少なく被害も軽減される。

耐震補強する家と地震により倒壊し再建築する場合と同じで、教育にも予算は必要である。そして、市民の安全安心のためにも予算は必要があるのだ。

何も起こらなければ「私には関係ない」という風潮社会である。「災害は忘れた頃にやってくる」「備えあれば憂いなし」をよく理解し一人でも多く消防団員に参加して欲しいと思う。

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2011年5月30日 (月)

不信任案提出し、被災者はどうなる?

05sikotuko31 自民党の逢沢一郎国対委員長は29日午前のNHK番組で、菅直人首相の退陣に向けた内閣不信任決議案について「谷垣禎一総裁の腹は固まっている。そう遠くないときに提出する」と述べ、公明党と調整している党首討論翌日の6月2日の提出を示唆した。

公明党の漆原良夫国対委員長も「菅政権に日本の将来は任せられない。早い時期にお出しになった方がいい。賛同する」と同調した。

民主党の安住淳国対委員長は「憲政の常道に従って粛々と否決する自信がある」と強調。「否決されれば 信任ということだ。重要法案成立にご協力いただく」とけん制した。

共産党やみんなの党、たちあがれ日本の国対委員長らはそれぞれ不信任案への賛成を明言。社民党の照屋寛徳国対委員長は「本当に今、菅内閣を代えるのが国民のためになるのか慎重に見極める」と述べるにとどめた。

国民新党の亀井静香代表は「震災への対応をしなければいけないときに、そんなことをしていたら、将来、歴史から笑われる。後任の総理大臣を誰にするか見通しもないまま、ただ『菅総理大臣を倒せばいい、そのあとのことはまた相談しよう』というようなことはだめだ」と述べ批判した。

また、亀井氏は「今の国会を閉じたら、被災者は見捨てられたという気持ちになる」と述べたうえで、来月22日までの今の国会の会期を延長し、第2次補正予算案を提出すべきだという考えを示した。

私もその通りだと思う。この時期政治の空白を作るべきではない。とにかく今は国会議員が全力で被災者の救援と東京電力福島第一原子力発電事故の放射能の放出を食い止める手立てを総力で、立ち向かわなければならない。

余計なことかもしれないが、自由民主党総務会長小池百合子氏のテレビでの東日本大震災関連で作業服姿での記者会見は、何といっても似合わなかった。作業服着て何が出来るの?泥だらけになって救援活動をするのですか?と聞きたい。

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日本(EU)の経済連携協定・・・

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05detohama11 今朝の朝刊の各誌の社説で、日本と(EU)が経済連携協定交渉に向けてのそれぞれの主張を載せていた。韓国に遅れとってしまったEUとの経済連携はなんとしても取り戻ししなければならない。東日本大震災でチャンスが出来たのだ、このチャンスを逃す手はない。各誌ともこの問題を前向きに捉えている。

朝日・・・「日欧EPA-の攻め姿勢で協議を急げ」
日EUのEPAは日本側が積極的に働きかけてきた。背景にあるのが、貿易自由化で先を行く韓国の動きだ。韓EU間では7月に自由貿易協定が暫定発効する。EUは乗用車の輸入に10%、薄型テレビには14%の関税をかけているが、韓国からEUへの輸出は5年かけて関税がゼロになる。日本の経済界は危機感を強め、EUとの交渉を政府に求めてきた。

EU側は慎重だった。しかし東日本大震災を受け、EU側の一部の首脳から「EPAも日本復興への支援になるのでは」との声が出て、事前協議入りにこぎつけた。

このチャンスを生かさない手はない。EUは世界経済の4分の1を占める最大の経済圏だ。自動車などの主要産業で韓国勢に後れを取ると、日本経済への影響は小さくない。政府は攻めの姿勢で協議を急いでほしい。

読売・・・「日EU経済連携 早期合意で出遅れ挽回せよ」
EUは韓国とは早々に交渉を妥結させ、EU韓国協定が7月に発効する。一方、日本との交渉については、成果を得られるかどうかを見極めたいとして、慎重姿勢を続けてきた。

今回、日本がようやく予備交渉にこぎつけたのは、一歩前進である。早期合意を目指し、出遅れを挽回しなければならない。

EUは世界の国内総生産(GDP)の3割弱を占める巨大市場だ。日本が先進市場地域と初めて結ぶEPAになる。欧州への輸出を伸ばすことで、東日本大震災からの復興と、経済成長に弾みをつける契機とすべきだ。

毎日・・・「日EU貿易交渉 復興を開国の出発点に」
27カ国が加盟するEUは、経済規模で米国をしのぐ。日本の産業界にとって、輸出拡大の余地が大きい市場だ。そのEUがすでに韓国と結んだ自由貿易協定は7月に発効する。韓国製品への関税が原則撤廃となる中、日本製品への関税が残れば、競争上、不利になる。

このため日本政府は、同様の協定をEUと早期に結ぶ必要があるとして、今首脳協議での交渉開始合意を強く望んでいた。

そうならなかった背景には、「与えるものに比べ得るものが少なすぎる」といったEU内の慎重論があるようだ。EUが日本と正式交渉に入るには加盟各国の同意を取り付けなければならない。

準備作業を通して日本政府は、日本との自由貿易協定がEUにも大きな恩恵となることを具体的に示す必要がある。

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2011年5月29日 (日)

530でゴミゼロの日

Photo 関東甲信地方が梅雨入りした。平年より12日、昨年より17日それぞれ早く、1951年の統計開始以降、1963年の5月6日に次いで二番目に早い。関東甲信で5月中の梅雨入りは、1951年以降の61年間で5回目。異常というほどではないが珍しい。

東京地方は台風2号と前線の影響で朝から雨が降り続いている。今日、八王子市はゴミゼロの語呂合わせで毎年5月30日前後の日曜日、をゴミゼロの日と決め、自冶会・町会で一斉に清掃デイでゴミ拾いを行っている。わが町片倉一丁目町会でも40名の参加者があった。合羽を着て、傘をさし湯殿川沿い、国道沿いを拾っていただいた。

例年天気であるれば100名ぐらいの参加者がいるが、今日の参加者は40名で仕方がないだろう。湯殿川の河川管理通路は南多摩西部建設日野工区というエリアだそうで、今日に合わせて昨日までに両管理通路の雑草を刈って頂いたのでゴミは例年より少なかった。

国道16号沿いは、河川と同じようにお願いしたが今日には間に合わなかった。子安坂上~京王片倉駅間の歩道ノリ面の草刈とゴミ棄て禁止注意看板の設置を担当者にお願いしている。

また、NTT片倉電話交換局の片倉城址バス停前の空き地の除草も、担当のNTTビジネスアソシエ東日本(株)の担当者におねがしたが、前日からの雨で?間に合わず残念だったが、手配したとことだそうだ。

こうやって雑草の伸びる夏に、雑草を刈り、ゴミを拾って町内がきれいになることは、町が生き返るようで気持ちがいいものだ。ゴミのない町であることが長く続くことを願いたい。

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ポスト菅氏は誰なのか

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Natsu1 菅直人首相G8のサミットへフランスに行っている間に、何故か民主党の小沢一郎氏と渡部恒三氏との合同誕生会が行われた。参加者160名の大集会となった。
何故か、反小沢色の強い前原さんが司会を勤め、「今後とも小沢氏ののご指導をお願いしたいと挨拶するなど、菅首相降ろしが明らかである。

小沢・渡部両氏による関係修復をアピールする挨拶。小沢氏が上機嫌で郷土民謡を歌うなど、そして民主離党意向の横粂氏が内閣不信任案がテレビ賛成を表明の会見したり、自民党幹事長の石原伸晃氏の菅首相の追求の記者会見と谷垣禎一自民党総裁の弱腰姿勢が見える。

そして最後に国民新党の亀井静香氏の「今頃菅降ろしなどする時か、歴史の批判に耐え得るか」と言う趣旨の発言する。野党の菅首相降ろしの批判を姿勢を滲ませている。

鳩山由紀夫前首相普天間基地問題を暗礁に乗り上げさせ、日米関係を悪化させたこと、そして、一旦表明した議員辞意を撤回したことなどの、場合に応じて都度変わるなど、問題の多い人だ。鳩山氏を「歩く公害」と言う人もいる。

小沢・渡部氏の誕生会で鳩山氏が祝辞を述べたそうだ。また小沢氏は、輿石氏と菅首相の震災対応批判をしているそうだ。あれだけの大失敗をし、民主党の支持率を一挙に下げ、多くの国民から信頼を全く無くしている鳩山氏に議員達は何を期待しているのか分からない。

小沢氏は陸山会の土地購入を巡る裁判で、不透明な経緯は、自民党の批判の的だったが、今は話題上らない。小沢氏グループの人達は支持率の低下は菅首相の所為だと責めているが、鳩山氏と小沢氏の「政治の金」の未処理により、野党時代のクリーン民主党のイメージを大きく損ないその支持率低下に大きいことには、説明がなされていない。

いづれにしても、公判は長く続くのは間違いない。小沢氏は「自分は知らなかった」と言い続けるだろう。自分と民主党のイメージをさらに傷つけて行くだろう。それでも民主党は小沢氏の政治力が必要だろうか。

谷垣自民党総裁の菅政権追求の発言に対して、民主党を離党した横粂一年生議員より意気地のない谷垣自民党総裁だとか、菅政権を倒す前に谷垣氏を倒せと言う自民党支持の人のブログまで流れているそうだ。

谷垣氏は明日、明後日にも内閣不信任案を出す鼻息である。菅氏はダメなら誰が良いか野党第一党の自民党として具体的に名前を上げるべきだ。何故なら不信任案が通っても菅氏が、今のように緊急事態に余程判断力が狂ったときしか議会を解散する訳がない。

もしも、そうさせた自民党の責任も問われるからで、それが不信任が成立の可否とともに、谷垣氏の菅首相降ろしの追求が弱腰になっている一番の理由だ。

あとは菅さんを降ろして、民主党政権のままトップを誰にするかしか考えられないから、その場合は次期首相の世論調査で何時も最下位近くにいる谷垣氏ではダメだ。

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2011年5月28日 (土)

「情けは人のためならず」の諺と「絆」

450101 東日本大震災で、日本は勿論、世界各国から暖かい救援活動、義援金を頂いている。有難いことである。

そこで「絆」に係りがある言葉であるが「情けは人のためならず」という諺がある。その「情けは人のためならず」の諺を考えてみた。

「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い」というのがその言葉が本来もっていた意味である。

「情けをかけることは、結局はその人のためにならない」という意味だと思っている者が多い。2001年の文化庁による世論調査では、この語を前述のように誤用しているものは48.2%と、正しく理解しているものの47.2%を上回ったという。

言葉の誤解が広まった背景には、現代語が普及して古語の意味が国民の意識から次第に薄れつつあり、その上に現代語での解釈と、現代的な価値観を合わせてしまった事があると言われる。

また「情けは質に置かれず」(経済的な意味のない情けは役に立たない)とか、「情けが仇」良いと思ってしたことが、かえって悪い結果になってしまうこと。(情けがかえって悪い結果になる)という諺があることも、誤解を広めた一因でないかとも言われているという。

「絆」とは「感謝の心」の形だ。家族、友人との絆を感じないのは、その人たちがいて当たり前になってるからだ。絆は望んで得られる物じゃない。生まれつきしゃべる事ができたり、ひとりでトイレにいくことができる人なんていない。また、一人では生きていけないのである。

だれかが教えてくれたり、話しかけたりしてくれたからそれを覚える事が出来たんだ。そういうことのひとつひとつに「感謝の心」がもてれば、人をおもいやる気持ちが生まれ、その結果が絆となる。

でも、今「有り難味」がわからない、感じる事が出来ない状態なら、まずご自身を大事にして自分が内面の自分と絆を深めること。今まで生きていて、いろいろなことがあっただろう。「今日までよく頑張った。」と頑張って生きていてくれた自分に感謝することだ。

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防犯パトロールのこと

08yokotesigai_yuukei21我がまち片倉町一丁目町会では拍子木を打ち鳴らし、毎週(火・木)に行っている。始めてから7年目に入る防犯パトロールだが、 高齢化で?最近低調になって参加者が少なくなった防犯パトロールだが、もう一度防犯パトロールの必要性を考えてみた。

日本では、古くから「近所付き合い」という習慣が根付き、お互い会えば挨拶をし、声をかけ、町内に知らない者がいればすぐに分かるというような仕組みがあった。

それは、地域の方が無意識のうちに行っていた自主防犯活動のひとつだったが、時代は変わり、近年、核家族化や少子化が進み、生活様式も変わって、古くから培われてきた「近所付き合い」という習慣は徐々に消えつつある。

それにともない、地域の方の身近で発生するひったくりや路上強盗といった街頭犯罪、空き巣や住宅対象の侵入強盗といった侵入犯罪が増加し、体感治安を悪化させている。

我が国では久しく「水と空気と安全はタダ」というイメージがあったが、今の時代、どれをとってもタダで手に入るものはない。特に、最近の治安情勢は不安が増すばかりである。

これからの時代は、地域の皆さんが「自分のことは自分で守る。自分たちの街は自分たちで守る。」という自主防犯意識を持ち、警察や行政と一体となっていろいろな防犯活動を進めなければ安全で安心して暮らせる地域社会は築けない。

地域の皆さんができる防犯活動としてもっとも手軽で誰もが参加でき、そしてもっとも効果的な活動が防犯パトロールなのである。泥棒が犯行をあきらめた理由として一番にあげたのが「近所の人に見られた。声をかけられた。」ことだそうだ。

街の連帯感が強い地域では、空き巣などの事件の発生が少なくなっている。泥棒は、隣近所のことに無関心な地域の連帯感が弱い街を狙う。

防犯パトロールは、泥棒を捕まえる活動ではない。パトロールをしている姿を見せたり、声を掛け合うことにより、自然に地域のコミュニティが生まれ、犯罪者を寄せ付けない街ができてる。

防犯パトロールの目的
犯罪、事故、災害の被害を未然に防止すること。

地域の皆さんが安全に対する関心を高めること。

地域の連帯感を醸成すること。

地域の犯罪抑止機能を高めること。

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今が旬のものが美味しい

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Mutsumefuta21  最近、八百屋・肉屋・魚屋などの専門のお店が少なくなって、何でも間に合うスーパーが、多くなってしまった。スパーは好きな商品を自分で買い物籠に入れてレジで精算して買い物が出来る。

昔の専門店では、今日のお魚は、「安くて美味しいよ!」と掛け声、会話ができて、お店の方とお客の会話コミニテーがあった、人情味があふれて光景がみられた。そして、食べ物に旬があって、店主は「初物だよ!」と声をかける、それをお客は買うという風景が懐かしい。

今が一番美味しい時期に味わうからこそ,それぞれの本来の持ち味がよくわかる。野菜、果物、どんなものでもそれ自身の味、本来もって生まれた味があり、それは人間の思量分別を越えたものである。

魚も切り身や加工されたものが、肉も、それぞれパッケイジされたものがスーパーの冷蔵ケースに並んでいる。若い人は好んでこれらのものを買い求める。

時にはお総菜として調理されたものを調法する、自分で魚を包丁でさばいたり、肉を料理の用途に応じて量り売りしてもらうことを、若い人は敬遠する。魚の目が怖いと思う人は調理ペーパーで覆えばよい、自分で鱗や腑をとり、さばくことが料理の基本であるはずである。

モンゴルの人は羊の血の一滴も大地に落とすことなく解体する。ドイツ人は豚の血の一滴をも無駄にせずソーセージをつくるという。いずれも親が子供によく教え込むから、あたりまえのこととして、食べ物の命を大切にすることを実体験で学び、子供は成長する。

人間は他の命を食して生きている、食物は命であり、それぞれの食材の持ち味を尊び、食材のを尊ぶべきである。食物の命を尊ぶ心を育てることが、家庭や学校での子育において大切なのだと、もっともっと声高に叫ばれなければいけない。

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2011年5月27日 (金)

「新エネルギー策 安全性高めて原発利用続けよ」

Sira81 フランスのドービルで開幕したG8サミットで、菅首相が新たなエネルギー政策を表明した。

東日本大震災への支援に謝意を示したうえ、東京電力福島第一原子力発電所の事故から日本を再生させるメッセージを発信したのは妥当だろう。

読売新聞の今日の社説「新エネルギー策 安全性高めて原発利用続けよ」に賛成である。
首相は、政府が昨年決めたエネルギー基本計画を白紙に戻し、太陽光や風力など自然エネルギーの拡大を加速する方針を示した。具体的には、「2020年代のできるだけ早い時期」に、総電力に占める自然エネルギーの割合を20%にする数値目標を掲げた。

日本の総電力のうち原子力は3割を占め、日本経済を支えている。一方、自然エネルギーの比率は約9%にとどまる。原発事故の影響で、原発の新増設は難しくなった。自然エネルギーの利用拡大に活路を見いだす狙いは、ある程度理解できる。

しかし、自然エネルギーが普及しないのは、その質・量・コストに難があるからだ。風力や地熱開発は立地の厳しい制約もある。首相は最も有望とされる太陽光について、技術開発を促進させ、太陽電池の発電コストを現在の3分の1にする“夢”を語った。日本中の1000万戸にパネルを設置する構想も明らかにした。

資源小国の日本が経済力を維持し、復興に確かな道筋をつけるためには、やはり、原発の安全性を高めて活用していくことが現実的な選択である。G8では、フランスが原発推進派で、米国も原子力を含むクリーンエネルギーを重視する。

ドイツは「脱原発」に動き出したが、欧州大陸の送電網を利用して、フランスなどからいつでも電力を購入できる。それができない島国の日本とは事情が違う。

世界各国は、二酸化炭素の排出量を減らす地球温暖化対策も迫られている。その点で原発はなお、有力なエネルギー源と言える。日本は原発を利用しつつ、石油などの化石燃料や、自然エネルギーも組み合わせる最適なモデルを目指さねばならない。

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正しい情報こそが復旧の近道

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3612 「正しい情報こそが復旧の近道」
東京電力福島第一原子力発電事故は、情報開示が大きな問題となっている。海水の注入で指示を出したのが誰だったのか、そのことで自民党の谷垣総裁は質疑で徹底的に追及し崖から突き落とそうとする位の威勢であった。

しかし、昨日、東京電力武藤福社長が、実は海水注入は止めていなかったと記者会見で発表した。吉田所長は、継続を指示していたのだ。

海水注入では、中断が菅首相の指示だったのかどうかや、原子力安全委員会の班目春樹委員長(63)の首相への助言を巡り、衆院東日本大震災復興特別委員会などで質疑が繰り返された。

班目委員長は26日の会見で「中断がなかったのなら、私はいったい何だったのでしょう」と驚きを表し、「中断の命令をいったい誰が出したのかという話になっていたのに、頭の中は、はてなマーク。私の方が相当、混乱している」と自嘲気味いらに語った。

正確な情報で、その対応が的確に取れるのだ。大正12年9月の関東大震災では情報の乱れで世の中が混乱したという親父の話を思い出した。不安と不信を招くばかりか復旧に大きな支障となる。

東京電力の真実の情報の提供と政府の正しい対応がなければ、復興は長引くばかりで、復興の工程表は修正・修正で信頼は薄れるばかりである。

「多くのウソ」をテレビ・新聞で何回も繰り返し流して、国民をマインド・コントロールし、刷り込みを図ろうとした意図ではないにしろ、保身のための「ウソ」したら許せない。

まず「被災者の保証と電力の安定供給」である。東京電力は生き残りたい、被災保障金で少しでも軽くしたいと考えているなら国民の信頼はなくなるばかりである。役員の報酬はこの際思い切って切り下げ、世間の常識に叶ったものとしなければいけない。

私は、谷垣総裁の菅直人首相の政権担当能力がないと不信認案を提出などを視野に入れて一気呵成で倒閣に力を入れていること、離党届け騒動の横粂議員など、被災者のことを本当に考えているとは思えない言動である。「そんな場合ではないだろう」と言いたい。

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2011年5月26日 (木)

宇宙の謎は計り知れない

Star4jpega3ea231 今朝の時事通信のニュースで、【明るく輝く「はぐれ星」=大マゼランで発見―欧州天文台】

大マゼラン銀河で、太陽よりはるかに巨大な恒星が、星の集団の中心から遠く離れた所でぽつんと明るく輝いていることが分かった。何らかの理由ではぐれた可能性があるが、重力が強い巨星がはじき出されるメカニズムは謎という。欧州南天天文台(ESO)が国際研究チームによる観測成果として25日発表した。

大マゼラン銀河は、地球がある天の川銀河(銀河系)の近くにある。この巨星「VFTS682」は、質量が太陽の約150倍もあり、表面温度は約5万倍と非常に熱い。離れた所には「RMC136」と呼ばれる星の集団があり、この中心にある明るい巨星と似ている。

星はちりやガスが集まってできると考えられ、物質の密度が濃い所で数多く、より大きな星が誕生する。物質の密度が薄い所で突然巨星が生まれるとは考えにくく、はじき出された可能性が高いという。 

東日本大震災が起こり、アイスランドで最も活動の活発な火山が21日噴火して、噴煙が今後、南下し英、大陸欧州に及び、昨年と同様な空の交通の混乱を引き起こしている。

私達が住む地球も大宇宙からすればこのくらいの自然の中においては極小さい出来事かもしれない事象か?・・・人間の想像のつかない宇宙の法則があることを思い知ら された気がする。

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梅雨に思う

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08adachi_bizyutukan11 あと一週間で6月になる、東京地方は梅雨状態の日が続くと言う予報である。すでに沖縄・九州南部は23日に梅雨入りした。

梅雨はうっとおしい季節だと思う人もいるだろうが、生き物にとっては恵みの雨、とりわけ草木にとっては成長する雨の季節である。昨日、我が家の庭木の剪定を行ったのだが、雨が降るたびに伸びる花が散って枝先の伸びて葉が生い茂り、成長する。

花は惜しまれて散っていく、草は嫌がられても生えてくる、たしかに美しい花はいつまでも咲き続けて欲しいと願い、畑や庭の草は除草してもすぐに生えてくるから、困ったものだと嫌がられる。けれどもこれらは人間の思いであって、草木は子孫繁栄のために花を咲かせ、草は芽を出すのである。

杉・松・稲・麦などの風媒花に人間は関心を示さないばかりか、花粉症の心配をする、けれども虫媒花は美しく咲く花が多いので人間の目にとまる、花を咲かせているのは昆虫や動物による受粉を期待しているからである。

草がはびこるのを人間が嫌うというのは、人間の身勝手な解釈である。人間の身勝手な目は、花の姿や咲き方で、ランクをつけて評価する、また人間の身勝手な思いは、山の木や、さまざまな植物を、経済的に評価する。

草木が芽を出す、花を咲かせる、実をつける、いずれも子孫を残そうとする為である。草木が生きているということは、種あるいは子孫を絶やさないという、この一言につきる。草木は生(は)えるという、動物は生(う)まれるという、草木は死ぬとは言わずに枯れるという、動物は枯れると言わずに死ぬという、いずれも生命の生滅ということにおいては同じである。

毎年、秋に咲くコスモスを、近くの湯殿川の河川管理通路で育てているが、野生の生命力の強い雑草に負けて、そのまま放置すればコスモスは芽を出すことは出来ない。人間はじめ、地球上動物以上に生存競争が激しい。

人間の手で、保護しないと絶えてしまう種もある。「絶滅危惧種」として保護することで、種の保存が維持出来ている種もある。それも人間の勝手な思いがあってのことだ。

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2011年5月25日 (水)

布川事件に思う

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3612 裁判をやり直し、無罪。実に44年ぶりの名誉回復で、失われた時間の重さを痛感する。1967年に茨城県で起きた強盗殺人の布川事件で無期懲役刑が確定した2人の男性について、水戸地裁土浦支部は裁判をやり直し、改めて無罪を言い渡した。

判決は、「2人が犯人であると証明するに足りる証拠は存在しない」と断じた。

事件は刑事司法が抱える問題を改めて浮かび上がらせた。見込み捜査、別件逮捕、代用監獄での身柄拘束、供述の誘導・強制。中でも見逃せないのが検察側による「証拠隠し」だ。

今回の判決で思い出されるのが郵便不正事件である。朝日新聞社説でも指摘しているが、取調べの有視化が必須の条件となってきた。

朝日新聞社説(抜粋)内容・・・不利な証拠に目をつぶり、有罪の獲得に突き進む。そんな検察の体質は、証拠の改ざんに発展した郵便不正事件で明らかになった。開示をめぐって検察側と弁護側が対立する例は現在も少なからず存在し、弁護士の間には「対等な立場で戦えない」との声が根強くある。

制度を整えても、実際にそれを運用する検察官が趣旨を理解して行動しなければ、絵に描いた餅になりかねない。

今回のやり直し裁判で、検察側が犯行現場にあった別の遺留品のDNA型鑑定を申し出たことも論議を呼んだ。保管状況が悪く、有罪の立証に使えるようなものではないことから裁判所は請求を退けたが、こうした振る舞いは検察への信頼をさらに傷つけたといえよう。

郵便不正事件を検証した最高検は昨年末、報告書で「引き返す勇気」の重要性を説き、検察官の使命や役割を示す基本規定を作って指導を徹底すると約束した。そのこと自体は評価できるが、精神が組織の隅々にまで浸透しなければ、同じような失態が繰り返されるだけだ。

検察官の義務とは裁判に勝つことではない。警察の捜査をチェックし、公益の代表者として正義を実現することにある。

その務めを改めて確認し、基本に忠実な捜査・公判に取り組む。事件から導き出されるのは、そんな当たり前の、しかし極めて大切な教訓である。

 

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2011年5月24日 (火)

無縁社会とシェア社会

無縁社会を解決出来るかも知れないシェアリング(sharing)という方法がある?昨夜NHKのラジオ深夜便で消費社会研究家、三浦展(あつし)氏の放送で無縁社会からの解決のヒントがある?

シェアリングと呼ばれている・・・ワークシェアリング・カーシェアリング・ホームシェアリングなどがある。シェアリングって?・・・・“分ちあい・共有”という意味だ。最近では日常用語としても「このケーキをシェアーしようよ」といった使われ方がされるので、何度かは耳にしている。

何もかも所有するのではなく、本当に必要なものだけを所有し、そうでないものは、共有や共同利用で済ます。あるいはレンタルしたり、中古品を買って済ませる。そして、それを積極的に楽しむという消費行動であるという。

しかも経済的だとか、合理的だとかという理由でシェアするのではなく、人とシェアすることで、新しいコミュ二ケーションや新しいコミュニティのような価値が生まれることが重要であるという。

戦後の日本は、アメリカをお手本に、国を挙げて「所有するライフスタイル」を推進してきた。その代表が「マイホーム」であり、「マイカー」だった。国家も企業も、広告も、そして消費者も何かを所有することを「豊かさ」「幸福」として突き進んできた。

いい家に住み、高級車に乗って、高級ブランドを身につける生活。一億総中流と言われた時代、それが理想の生活だった。

高齢者を捨て、非正規労働者にリスクを押し付けることで、この20年をサバイバルしてきたのだ。その結果、地縁は失われ、血縁も薄れ、さらに社縁も弱まり、いまや「無縁社会」と言われるまでになってしまった。すべては、商品を「所有する」ために突き進んできたことだった。

ここ数年、若者はクルマに興味を失って来ていると言われている。分譲マンションや戸建住宅が売れにくくなっている。20年におよぶ経済の停滞は、消費し、所有することを好まない「嫌・消費世代」のような層を生み出している。これに対して企業や国が何の施策も打ち出せないのを尻目に、若い世代は、新しい生活のスタイルを生み出し始めている。それが「シェア」だという。

シェアが必要なのは若者だけではない。日本がやがて迎える超高齢化社会では、高齢者をケアするコミュニティが求められる。今後、いわゆる夫婦と子どもからなる世帯は減少していき、若者から高齢者まで単身世帯が増える。

従来、家族が担ってきたケアを、これからは自分自身で行わなければならなくなる。それを支えるのは、ケアをシェアするコミュニティであるという。「私腹から福祉へ」と語呂合わせのような概念を提唱する。

「ケアのシェア」とは福祉のことでもある。老人ホームとかケアハウスを作るばかりがケアではない。高齢者たちが、できるだけ自立できて、しかも相互にケアし合えて、さらに若い世代もケアに参加しやすいコミュニティを作ること。そしてコミュニティとは、場所があって、自然があって、街があるという中で生まれてくるものだという。行政は、都市政策と福祉政策を別のものとして捉えてきたが、街全体のあり方から考え直さないといけないという。

シェアに関心がある人は当然のことながら環境問題への意識も高い。共有、レンタルへの志向は強く、不必要な物は買わないのはもちろん、必要なものでも、少しこわれてもできるだけ修理して使おうとする。また不要になったものでも、フリーマーケットなどのコミュニティがあれば、捨てずに有効活用してもらえる。最近、デパートの中にある高級クリーニング店の売上が伸びているという。洋服のリフォームや靴の修理をする人が増えてきて、新しい雇用が生まれているという。

今回の震災に対して、多くの人々が、組織が、国が、支援のために立ち上がっている。それは、被災者の苦しみや悲しみをみんなで共有しようとする思いから始まったのだと思う。喜びを分け合うシェアがあるなら、悲しみや苦しみを分け合うシェアもある。世界が、日本の痛みを「シェア」しようとしている。

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スーホの白い馬

Imaget011 昨日、馬頭琴の演奏者リボーさんがトーク番組を観た。小学校教科書には縁がなかったので、恥ずかしながら知らなかった。孫に聞いてみよう・・・

トークの内容から内モンゴルの民話で、この物語が生まれたのは、中国・内モンゴル自治区の旧チャハル地方と言われている。現在はシリンゴロ地方と呼ばれ、草原のとても美しい遊牧の盛んなところ。

シリンゴロ地方出身のリポーがこの物語を初めて知ったのは、8才程の頃で。この時リポーはまだ馬頭琴を手にしていなかった。10才の時おじいさんの手作りの馬頭琴で手ほどきを受けたのが、馬頭琴との出会いだったそうだ。

モンゴルの民話「スーホの白い馬」話は、馬頭琴の成り立ちの話として、小学校の国語の教科書に取り上げられている。(大塚勇三:再話 福音館書店)(小学校2年生国語教科書 光村図書)

「ある日、遊牧民の少年スーホは帰り道で倒れてもがいていた白い子馬を拾い、その子馬を大切に育てる。それから数年後、領主が自分の娘の結婚相手を探すため競馬大会を開く。スーホは立派に成長した白い馬に乗り、見事競馬大会で優勝する。

しかし、領主は貧しいスーホを娘とは結婚させず、スーホに銀貨を三まい渡し、さらには白い馬を自分に渡すよう命令する。スーホはその命令を拒否し、領主の家来達に暴行され命辛々家へ辿り着くが、白い馬を奪われた悲しみは消えなかった。

その頃、白い馬は領主が宴会をしている隙を突いて逃げ出すが、その際家来達の放った矢に体中を射られていた為、必死でスーホの元に戻った時には瀕死の状態であった。看病むなしく白い馬は次の日に死んでしまう。

スーホは幾晩も眠れずにいたが、ある晩ようやく眠りにつき、夢の中で白馬をみる。白馬は自分の死体を使って楽器を作るようにスーホに言い残した。そうして出来たのがモリンホ-ル(馬頭琴)であった。」という話だ。

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2011年5月23日 (月)

十薬

450101 藪の中 十薬の白い 花咲けり

十薬(どくだみ)は、住宅周辺や道ばたなどに自生し、特に半日陰地を好む。全草に悪臭がある。開花期は5~7月頃。庭にどんどん増えるドクダミは、子供の頃我が家の庭の大嫌われものだった。ほんとに臭い。

十薬で名の通り色々な効き目があり、センブリ、ゲンノショウコとあわせて三大民間薬と呼ばれたほど有名な薬草である。むかし、母親がお茶代わりにして飲んでいた。私も、裏庭の草むしりで、十薬だけ別にして採って、よく洗い、日陰干しにして置いたが、入梅になって、カビが生えてしまい失敗して経験がある。

最近は、ドクダミは、我が家には、見られない。たまたま、今も農業を営んでいる同級生のお宅に行き、出合った。あんなに嫌だった独特の匂い、生まれ我が家の裏庭の光景が思い出されて懐かしく郷愁に浸った。

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不老長寿

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10kouchi_katurahama11_2 いつになっても年をとらない「薬」が開発され、100歳はおろか、120~150歳も生きられるとなれば、不老長寿の薬の薬を求めて殺到するだろうが、しかし、いつまでも生きて行くことは出来ない。

この世に生まれた以上、死は免れない。この世に誕生した者すべては、老化し、あるいは病むこともあり、やがては死を迎えるのである。これは誰にも避けられないのだ。死からは誰も逃げることはできないのだ。

それを、まず認識しなければならない。逃げられないものであるならば、受け入れるしかない。生まれた以上、老いるのは当然だ、時には病にもかかろう、そして死を迎えるのだ。

それはすべて当たり前のことである、自然のことである、と受け入れてしまうほかにない。自然の流れに抗うことなく、時の流れに逆らうことなく、すべてを受け入れたとき、死の恐怖は無くなるのである。

この世に同じ状態でとどまるものは、何一つあり得ない。すべては時の流れとともに変化し続けているのだ。変化しないものはないのだ。すべては無常なのだ。仏教の教え「諸行無常」である。

先だってNHKの「番組ためしてガッテン」で、「老化とは」の番組があった。「老化を防ぎたい」という人類永遠の願いである。誰しもに必ずやってくる様々な体の老化に、共通の原因物質があることが明らかに!その物質を体内で増やさければ、老化予防“アンチエイジング”が可能になる?

老化物質AGEは、なぜたまってしまうのか?その謎を解くカギを握るのは・・・この糖化によってできるのが、AGEだった。「アンチエイジング」とは、抗老化」「抗加齢(終末糖化産物)。
そんな難しいことは、よく理解出来ないが、人間の寿命が120歳なんて来る時代を想像すると、恐ろしいことになる。昭和の時代まで平均寿命50歳が、現在では80歳になって、少子高齢化で生活環境が変ってしまった。それが120歳となれば・・・と思うとゾットしてしまう。

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2011年5月22日 (日)

肌の露出過度に要注意

10shiretoko5go_1ko21 暫くぶりで、電車に乗って町に出た。真夏日を思わせる暑さになった。女性のファッションは、目の置き所がない?あらわで心配と思った。女性の露出過度には自分自身の判断と「自分の身は自分で守る」を心して置くことが大事である。

薄着や肌の露出が多くなる夏は、女性にとって性犯罪はこれからの季節、女性が薄着になり肌を露出する6月から9月に多発する。

発生時間帯は、一般的な帰宅時間である20時から深夜24時が最も多く、働く女性の一般的な帰宅時間における発生が大半を占めている。

性犯罪の発生場所は道路上が圧倒的に多いが、場所別発生状況の資料によると、道路上 36% 住宅 24% 駐車場等12% 公園等 3% その他(電車内・飲食店・空地)25% など、日常生活のあらゆる場所にオオカミは潜んでいる。

被害にあわないように、以下のことに気をつけ、自分の身は自分で守ることを心掛け、被害に遭って一生悩み続ける人生を送る?ことのないようにほしい。

○もしかして被害にあうかもという気持ちをもつ。
○街中でもできる限り人通りの多い道を通る。
○街路灯がなく人通りの少ない道は避ける。
○家に入るときも周りに不審者がいないことを確認してからドアを開ける。
○エレベータに乗る時は、乗る前にエレベーターの周囲を確認し、あやしい人と二人きりで乗り合わさないようにする。
それでも男性と二人きりになってしまい「こわい」と思ったときは、「相手に失礼なのでは」などと考えず、ボタンを全部押して止まった階で降りてしまう。
非常ベルの押せる前にエレベーターの壁を背にして立つ。
犯人に背中を見せて立つのは危険だ。

○満員電車に乗る時は、混み合っている扉付近ではなく、通路の中に立つ。
○車に乗る時は、周囲を確認して車に乗り込み、必ずドアロックをする。
○帰宅時などはときどき後ろを振り向くなど周囲に気を配りながら歩く。
○防犯ブザーを周囲から見える位置につける。

被害にあわないのが一番だが、もし不幸にも被害に遭ってしまったら、警察には少しでも早く届けた方がいい。警察では女性警察官が対応し、病院へも付き添ってくれる。早期検査で妊娠への危惧やクラミジアや淋病、梅毒などの性病、エイズへの感染などがないか、産婦人科医と連携して迅速な対応をしてくれる。

また、早い段階であれば、被害者の身体や衣類から犯人に結びつく証拠物が採取でき、犯人検挙に繋がる確率も高くなる。証拠採取や衣類の提出などは被害者の精神的負担が大きいので、警察では被害者の負担を軽減できるよう配慮をするとのことだ。

世間では加害者が悪いことは分かっていても、性犯罪に関しては表沙汰にできない風潮があるのは否めない。しかしオオカミを野放しにしていては更なる被害者が生まれる。同じ犯人がまた同じ被害者を襲う可能性もないとは言い切れない。性犯罪を犯した者は、再犯のおそれが強く、場合によっては殺人などの重大事件に発展する危険性もはらんでいるのだ。

不幸にして被害にあってしまったら、迷うことなく警察に駆け込む。被害者の最大限の勇気は、被害届けを出すことだ。(オフィスエムツー/佐枝せつこ)

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知ったつもり、分かったつもり

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1231 福島原子力発電事故で、何がどうしたのか?誰もハッキリと分かっている人はいない。テレビなどで、原子力の専門家である人も、想定外の地震と津波で、どういう状況になったか分からない。どこかでこんな言葉があったことを思い出した。

知っている、分かっていると、嘯いてはいけない。

物事というのは奥には奥があるものである。

その奥を極めようとする姿勢こそが知性なのである。

私たちには、知らないことが、山ほどある。

知れば知るほど、知らないことが溢れ出てくるものだ。


人生訓に繋がる――――
知ったつもり、分かったつもりになっている人は多い。でもそれは正しい見識とはいえないのではないだろうか・・・。

特に気をつけなければならない人は、専門家たちである。専門家は自分の専門分野には才が長けているが、全体的に見るとバランスの悪い人が多いような気がする。

これは自分自身に対しての戒めでもある。重要なことは「何も知らないことを知っている」ことである。だから明日が未来があるのだと信じられるのだと思う。

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2011年5月21日 (土)

本当の「優しさって」何なんだろう

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07rose_ame21 本当の「優しさって」何なんだろう。年を、重ねていけば、多くの人が、感じると思うが、両親の、愛情だったり、過去の恋人の、優しさだったり、10~20年経って、大事な人がいなくなって感じ、気付くことがあります。過去を振り返って、人から受けた恩、思いやりで今があるということを味わえることかも知れません。

そして、人に対して優しくあるためには、自分がまず強くなければなりません。そして、心にゆとりがなければ優しく接することはできません。自分自身が確固たる信念を持つことが出来るよう、人生に真摯に立ち向かい、いろんな経験を踏み人間としての器を大きくすることが優しさを持てるようになります。

優しさに自信を持つという考え方がよく分かりませんが、優しいと人に判断されたいということではないと思います。人に優しくありたいと考えるよりも、人に対してどんなときも真摯に対することが優しさにつながっていくように考えます。

何かをしたからとか、何かを言ったからまたは言わなかったから優しいということではなく、己の許容を知り、その場だけのものではない言動をすることが優しさに通じていくのではと思います。

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少女の言葉

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10shiretoko5go_1ko21 昨日、私達のまち(八王子市片倉町一丁目町会)で、全国交通安全運動一環として、まちの交差点で交通指導をしてした。「この暑いのにご苦労さん、ありがとう」と後ろから大きな声が聞こえた。フッと振り向いたら小学生が下校途中の少女でした。日陰もない場所で暑かったが、その一言はなんとも嬉しかった。

大人でも、声はかけないが、このまちの人がみんなこの少女ように相手の気持ちをいたわる「言葉かけ」はとっても大事なことだと思います。

そして、私は日ごろ、「まちの美化」に腐心している一人ですが、少女の一言が勇気を与えてもらったような気がします。そこで・・・みんなのまちだから、あなたにも出来る「まちの美化」に町民全員参加をお願いしたい。

太陽と緑をたいせつにし、土の香りあるまちを作りましょう。
湯殿川をきれいな水を取り戻しましょう。
市民として自覚をもち助け合って住みよいまちにしよう。
お年寄りや子供をいたわり、若い力を育てるまちにしましょう。
心身とも健やかに笑顔で暮らせるまちにしましょう。
伝統を尊び文化を高め未来に夢と希望がもてるまちにしよう。

個人の力では出来ないことが二人・三人・・十人・・・百人と大きくなればきっと「夢」の持てるまちは出来ます。

地球温暖化とか、メディアでも大きく取り上げられている社会問題はたくさんあります。でも、それがいまひとつ心に響いてこないのは自分ごとに思えないからです。

では、どうすればそれができるかと考えると、ポイントは自分のこととして関心が持てるようなこと・・・キーワードは、「切っ掛け」であるかも知れない。つまり「切っ掛け」づくりを作って町会で考えることだと思います。ボランティアビギナーでも「参加してみたい」と思わせることを考えてみたい。

普段ポイ捨てしている当事者である人も、一度ごみひろいを経験すると、拾う人の気持ちを頭ではなく身体で理解してもらう。無関心だったポイ捨てに意識が働き、次からゴミを捨てられなくなれます。

そうして実体験が、何が起こっても他人事的な社会の中で、他人や街に関心を向けるきっかけになっていけばと思います。

 

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2011年5月20日 (金)

最近のお葬式事情

05_12801 近くの葬儀屋で、開催された「お葬儀の勉強会」に参加して思った。ウイークデイということもあって、参加者はお年寄りばかり、葬祭式場が会場となっているため、見本の祭壇が飾られていた。写真枠は勿論なにもはいっていなかった。そのうち自分が入る?と誰かが言ったら、ドット大きな笑いが起きた。

万一に備えて心得・・・は主催者側と私の考えでは大きな隔たりがあるようで仕方がなかった。なぜならば、お葬式の費用は全国平均223.6万円という。葬儀屋さんで行った場合だ。

いま葬式のイメージが大きく変わって、病院ー火葬場直行で、ごく身近な家族だけで処理をしてしまうというやり方が多いと聞く、何百人なんて会葬に来て貰いたくない。

墓地も要らず樹木葬でいい。ところで樹木葬とは、サクラやクスノキなどの木を植樹し、その下に骨をそのまま埋める埋葬方法。「自然に帰りたい」、「サクラの木の下で眠りたい」といった要望に応えて登場した。

また、遺骨を細かく砕いて骨灰とし、その遺灰を海や空中に撒く事を散骨がある。
従来は、墓埋法(墓地、埋葬等に関する法律)で都道府県知事が認可した墓地以外での埋葬は禁じられていた。従って散骨も法に抵触するのではないかとして、禁じられているというのが通例であった。

しかし、平成三年、東京の市民団体「葬送の自由をすすめる会」が、神奈川県沖で散骨を行った。これに対して法務省は、「節度を持って葬法の一つとして行われる限り問題ではない」旨の見解を出し、散骨を法的に認めた。これ以降、散骨は一つの葬法として一般的に認められつつある。

檀家離れで、日本に6万あると言われているお寺も経営難で廃業せざるを得ないというところも・・・。従って墓地や墓石など関係する業者も経営手法を研究しないとやって行けない。

これからの葬儀のあり方が問題となってきている。昨日のお葬式の勉強会で業者も生き残りをかけて行ったもので、ファミリープラン・なん割引プラン・会員サービスなどの宣伝が主でそれも、お葬式事情と社会のニーズの変化の対応と、業者の生き残りをかけて、お客先取りの狙いがあったものと思う。

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菅首相ではダメ・・・では?

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09meigetu_tyusyu11 政治の力で復興を考えないと、日本は沈没する?東日本大震災が日本経済に与えた痛手はやはり大きい。今年1~3月期の国内総生産は実質で年率3.7%減少し、踊り場に入った昨年10~12月期から2四半期連続のマイナスとなった。

日本経済は、米経済の持ち直しを受け、多極化する世界市場に向けて攻勢に出ていたはずだ。それが震災で・・・与野党は、これ以上国政を滞らせてはならない。様々な震災対策を立案し、機動的に執行することを最優先にする政治体制を、真剣に協議する時である。

日本船の舵取りをする船長が、行き先が見えない、雲霧状態を航行する中で光明の希望すら沸かないということか・・・

そんな状況で、西岡参議院議長は、民主党の有志の参議院議員が開いた会合で、「東日本大震災の対応を見ると好きとか嫌いとかの問題ではない。菅政権ではだめだと心から思う」と述べ、菅総理大臣は退陣すべきだという考えを重ねて示した。

菅総理大臣は何を考えているのかと思う。菅総理大臣が好きとか嫌いとかの問題ではない。今、総理大臣として、何を言い、何をしなければいけないのかということが全く見えない」と批判した。

民主党の小沢一郎・元代表系議員らや野党からばかりでなく、評論家やジャーナリストからも菅直人首相の交代を迫る発言が相次いでいる。つい最近までは「権力争い、政局をやっている場合ではない」だったのに、ここにきて転換、あえて「政変」をすすめる人も出てきた。菅首相は、なぜここまで評判が悪いのか。

ジャーナリストの田原総一郎氏は、私の視点(朝日新聞)で、菅首相から怒鳴られるばかりなので「組織はバラバラで、すっかり萎縮している」。首相に「これまでの振る舞いは、大組織のリーダーとはいえない」「個人プレーも目に余る」「要は責任をとるのが嫌なのだ」と歯に衣着せぬ批判を展開している。「民主党議員を信用しない。だから信用もされない」とも指摘している。

田原氏は従来、「政局に日数を費やさないために、首相は菅直人氏でやむを得ないと考えていた」そうだが、考えを変えた。「こうなれば世論のひんしゅくを浴びても、あえて政変を起こし」と提起し、「一致団結して菅氏抜きの連立体制を民主、自民、公明の3党でつくるべきだ」と訴えた。

菅首相抜きで連立を・・・考える?「それなら後継は誰に するんだと言うと返事がない」と民主党最高顧問の渡部恒三氏が嘆いている。「だから菅しかない」と言うのだが、菅が辞めないから後継が見つからないのだ。

その証拠には歴代首相は誰が辞めても後継は決まっている。問題は未曾有の大震災は自然災害と原発事故に対する戦争であり、いわば“戦時下”の非常事態に対応できるのは誰かということだ。

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2011年5月19日 (木)

生きる力

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09hirugao31 23年度文部科学省の「新学習指導要領」がスタートした。
新しい学習指導要領は子どもたちの現状をふまえ、「生きる力」を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しています。

これからの教育は、「ゆとり」でも、「詰め込み」でもない。次代を担う子どもたちが、これからの社会において必要となる「生きる力」を身に付けてほしい。そのような思いで、新しい学習指導要領を定めました。

「生きる力」を育むためには、学校だけではなく、ご家庭や地域など社会全体で子どもたちの教育に取り組むことが大切です。子どもたちの未来のために。】

体力、耐性を土台として、社会が要請するあるべき学力、社会性、感受性を総合化した力である。

知識・知恵を自ら獲得する力
成長過程において何度かくる進路の選択幅を広められるよう、自分の道に気付いたとき、やりたいことを選択し、必要な知恵・知識を獲得し、目標にを定め、自分自身で道を切り開いていける力。情報収集能力、論理的思考力、コミュニケーション力。

自己を肯定的に受け入れる力
人はもともと完全な存在で自ら答えを見つける力を持っている。毎日が新しいことの連続の子どもにとって、結果はどうであれ、まずは何でも自ら進んで挑戦する態度が大切である。

自ら成長し続ける力
価値観の変化の激しい現代で、活き活きとしたすばらしい人生を送るためには、現状に甘んずることなく、自分の中の志に基づき、新しい世界に適応しながら誰かと比較することなく、一歩先の自分へ挑戦し自らを成長させ続ける力が重要である。

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2011年5月18日 (水)

心配・悩みごとは生きている証拠

07rose_ame21 人間には同じ考えを持った人はいない、十人十色である。一人では生きていけない、社会生活をして行かねばならない。社会生活で、この人は好き、あの人は嫌な人と思えば、何事もうまくいかない。

けれども自分を含めて人は皆、長所と欠点があるから、その人の欠点ばかりを拾い出すのでなく、長所を見いだすようにすれば、その人と関係改善がはかれることがある。

これは自分に合わないとか、嫌な仕事だとか思っていても、世の中には役に立たぬものはない。工夫・改善によって、気づかなかった面白さや楽しさを発見することがある。

相対としてとらえずに、目線を同じくしたり、 自分のこととしてとらまえたり、 世の中のお役に立ちたいという気持を強く持つこと、すなはちすべて発想の転換が大切である。

老いを嘆くより人生経験豊かなことに誇りと自信をもって自己を生かすべきである。病に負けることなく、生かされている命を どんなかたちででも輝かせることである。

心配ごと悩み苦しみごとがあるのは、今、生きているからである。心配ごとや、悩み苦しみごとの中に、喜びや楽しみ、また生きる希望の種が、芽がある。そう思えばこの世は楽しくもあり、希望に満ちあふれてくる。この種をうまく育てて、花を咲かせることが、悩み苦しみから逃れる方法である。

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東京電力の行方

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05sikotuko31 東京電力の公共性という、絶対潰すことはない、潰せない。という神話的感覚が幹部にある。福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。

今後の第一に考えるのは、「被災者の救援と電力の供給確保」だ。会社・株主の犠牲を軽減する枠組みから脱却しなければ、被災者、国民は納得いかないだろう。その上で、国の援助という基本的な考えに立って、復興を考えていかなければならない。余りにも国民感情と懸け離れた考えと、政府の思惑は、不信を増幅するばかりである。

今日の朝日新聞の社説の通りである。
福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。政府案は、資本市場への影響を避けようとするあまり、株主と債権者の責任を棚上げした。必要な資金調達は新設の機構が肩代わりするものの、国の財政負担を抑えるため、東電に超長期にわたって弁済させる。

現行法の中で賠償金の支払いを優先させるためとはいえ、本来は破綻(はたん)状態にある東電を無理やり生かす枠組みであるため、早くも弊害が露呈している。何より当事者である東電に、出直しへ向けた悲壮感が全くない。

役員報酬の削減を、当初は半減で十分とした感覚。企業年金のカットも、従業員の老後を考え「検討していない」という社内常識――。

見えない放射能に追われ、生活が根底から脅かされている被災者も多い中、その浮世離れぶりは目を覆うばかりだ。

しかも、この流れを既成事実化する段取りが着々と進もうとしている。20日に予定されている東電の2011年3月期決算の発表だ。賠償策を急いだ背景には、決算を通常のシーズンに済ませ、東電の経営不安を抑える思惑があった。

東電は定款で6月に株主総会を開くことを定め、例年、5月に決算発表を済ませている。

だが、今は異常事態だ。賠償総額も東電の返済能力もはっきりしない段階で、正しい決算ができるのだろうか。

金融庁は震災で支店や工場、重要な取引先が被災し、決算作業が困難になった場合は有価証券報告書の提出延期を認めている。東電も政府も、予定していた決算や株主総会の日程にこだわるべきではない。

むしろ、その間に、賠償策の枠組みそのものを見直すとともに、東電の事業や資産の洗い出しを急ぎ、それを反映させた決算にすべきだ。今のまま決算に踏み切った場合、それを承認するかどうか、判断を迫られる新日本監査法人の責任も重大だ。

過去には、カネボウの粉飾に加担した中央青山監査法人が消滅した例がある。もちろん同列視はできないが、結果的に投資家の信頼に背く事態は避けなければならない。

無理を重ねた今の賠償支援の枠組みは、市場が経営をチェックする機能をゆがめかねない。企業の番人として市場を支える監査法人がすべきことは何か。職業倫理に徹し、後世の評価に耐える仕事をしてほしい。

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2011年5月17日 (火)

身体のあちこちが痛み出す

10ichige_akitakoma11 左肩の痛みが何とか治まったと思ったら、一ヵ月前頃から、左足が痛んでしまい、15000歩目標のウオーキングも10000歩に短縮したが、それでも足を引きずって歩いている状態である。昨日あたりから、ようやっと良くなった。

そして、もう一年もメンテナンス(診察)を受けていなかったが歯が2・3日前から痛み出し夜眠れないで、急遽歯医者に駆け込んだ。

また、胃腸科に定期診断の案内が病院から来ているが、脳梗塞の薬血液サラサラになる薬でチクピロン錠を、飲んでいるので出来ない。内視鏡検査は5日前から止めなければならない。(脳神経外科の医者の承認が必要)

古希を過ぎると、途端にあちこちが痛み出してくる。近所の80歳を過ぎたお爺さんが言っていたが、医者のハシゴだという。午前中目医者で午後は内科にかかり、夕方マサージで整形外科に行くという。

若くても、寝たきりや、介護を受けないと生活できない人に比べたら、病院に一人で行けるのだから幸せだ。

病院に出かけられればまだ、“まし”と言う。病院で顔なじみになり、「***お婆さんは最近見かけないが、どうしたんでしょう?」などの会話がある。それこそ「婆さん元気に病院通い」なーんテ!

私も次から次と身体の部位が痛み出しどこかのお爺さんのように病院のハシゴするようになってしまうのかな・・・ちょっと心配である。

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蓮の花に思う・・・

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Aaoooogaha1 野に山に色々な花が咲き競う今日この頃です。
私の近くの同級生が毎年、蓮を丹精して鉢植えをしきれいな花を咲かせ、道行く人の心を和ませています。今年も大きな風呂桶ぐらい大きい鉢に植え込みました。泥中から美しい花を7月~8月に咲きますが、今年も見事にきれいな花を楽しみにしています。

蓮 は植物のなかでも、もっとも古いもののひとつです。およそ 1億4000万年前に、すでに地球上 に存在していたといわれています。

蓮の特性・・・蓮は、花、実、葉、根茎などによって全体が構成されています。花托から果托 へ・・花の中心部にできる花托(果托 かたく)が特徴的で、その形状が蜂の巣に似ていることから、「はち巣」となり「はす」とよばれるようになったという説があるそうです。

美しい花を咲かせた蓮の地下茎は、秋になると生長がとまります。やがて、翌年の発芽にそなえて栄養をたくわえます。(レンコンは、地下茎が肥大したものです。)

毎年蓮に花をみて、美しい花には、人間含め、生物すべてが、長い間土の中で栄養を蓄え、芽生えて日光と水を受けて立派で美しい花が咲きます。植物・動物いや地球の生物すべてが、同じ営みを繰り返しています。蓮の花の一生は、地下で、7~8ヶ月・花の命は、たった四日間です。

美しい花であればあるほど、花の命の儚さを想い、人間も同じであると思ってしまいます。林芙美子の「花の命は短くて悩みばかり多かりき」という言葉がつくづく感じる毎日です。


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2011年5月16日 (月)

聖人君子はいない

0261 世界的に衝撃的な事件のニュースで驚いていた。国際通貨基金(IMF)の専務理事ストロスカーン氏が14日午後、ホテル従業員への性的暴行の疑いでニューヨーク市内のケネディ国際空港をパリに向けて出発する直前に拘束、逮捕されたと報じた。

人間には聖人君子はいないということか、ニューヨークのホテルの従業員に性的暴行をしたという。日本人は「魔が差しす」というが、出来ごころ。西欧では、何というのだろう。しかし、事実ならそれまで築いた名誉・信頼が崩壊してしまう。

だけど、人間の行動の中にそのような「悪魔的存在が急に忍び込んだかのよう」に突如、悪い考えに囚われてしまうということがあるのは事実だ。

ストロスカーン専務には、15日にメルケル・ドイツ首相、16、17日にはユーロ圏財務相との協議が設定されていた。議題は780億ユーロ(8兆9000億円)の対ポルトガル融資の最後の詰めのほか、悪化するギリシャの債務問題だった。

世界で最も重要な金融機関のトップの逮捕劇は、世界経済がまだ2008年の金融危機からの回復途上にあり、欧州が政府債務危機から脱し切れていないときに起きた。専務理事の容疑が事実ならば、フランスの政治にも打撃を与えることになる。

今回の事件が欧州救済におけるIMFの役割に影を投げかけることは間違いない。欧州の債務危機への対処では専務理事は強力なリーダーと見られていた。IMFは15日夕刻に臨時理事会を開いて善後策を講じるが、何らかの決定が下されることはないと予想されている。

2012年のフランス次期大統領選で最大野党・社会党の最有力候補と目されてきたストロスカーン国際通貨基金(IMF)専務理事の逮捕を受け、仏政界が激震に見舞われている。

有罪が確定したわけではないが、世論調査で一貫してサルコジ大統領を抑えてきた本命を事実上失った社会党は、候補選びで態勢立て直しを迫られそうだ。

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長所・欠点を見極める

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1231  人間誰しも長所も欠点もあるものだ。個性の形で評価される。仕事は出来きるが、味方がすくない、つまり独善的な人である。その反対に、仕事はそれほどではないが、多くに人の気持ちを理解する、といった人気者である。正に人間十人十色である。

誰しも、長所・欠点があるものだ。リーダーは部下の長所が先に目に入るかどうか、欠点ばかり気がつき欠点ばかりを指摘していないだろうか。良いリーダーは、まず部下の長所を伸ばそうとする。そして部下の長所を最大限活用する。

欠点を矯正するのはその次である。昔から「優れた才能のある人はそれと同程度の欠点がある」と言われている。部下もリーダーの欠点を補えば、間違いなく良い結果が期待できると思う。

自分をじっくり振り返ってみると、いかに多くの欠点や短所があることに気がつくき、反省し修復できる人もいれば出来ない人もいる。若いときには、比較的修復は可能でるが、中高年では難しい。頑固な人、融通が利かない人などと評価される。

無報酬でする、ボランティアなどで行う自冶会・町内会などの行事を行う場合に自冶会長・町会長は、メンバーの長所を見極め、長所を活かすのがリーダーの役目であり、その結果が住民の評価されさる。オールマイティな人間なんていないということだ。


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2011年5月15日 (日)

人生には裏もあれば表もある

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05gihu_hana_festa21_2 コインに裏と表があるように、人生にも裏と表はある。生きていく時に、自分でどちらに光を当てるのか・・・。人間社会の、個人的には芸能・スポーツ・政界・経営者・作家などすべての分野で成功した人は、辛く苦しさを味わい、耐えて目標に向けて成し遂げた成果だ。

表舞台にたって華やかな活躍をされている人は、人の見ていないところで血の滲む努力を重ねて、今がある。そして今もその努力を続けている。

シアトルマリナーズのイチロウ選手は10年連続200本安打を達成した。「天才だ!」だと言う人もいるが、たゆまぬ努力をし、身体のケアーは人一倍にしている。一朝一夕では出来ない努力の積み重ねで現在がある。

NHKラジオ深夜便5月1日放送で明日へのことばで「児童養護施設がぼくの運命を変えててくれた」・・・ゲストの坂本博之さん(元プロボクサー)であった。

坂本博之さんは、1970年、福岡県川崎町で4人兄弟の次男として生まれた。生後まもなく両親が離婚、母方の親戚に弟と二人引き取られた。少年期に受けた虐待は凄まじかった。弟とともに、食事は与えられず学校での給食だけが唯一の食べ物だった。

学校が休みのときは幼い兄弟で街の周辺をうろついていたという。水がもったいないからトイレを使うなと鍵をかけられ、何かあれば殴られていた。

ずっと隠してきたけれども、施設の暮らしは楽しかったという。なぜなら、みんなで3食食べられたから・・・。この施設で見たボクシングに衝撃を受けて彼はやがてプロの道を歩む。

プロとして日本チャンピオンになった時に始めて自分は施設で育てられましたと告白し、それから順調に成功への階段を上っていくわけだが、愛する妊娠中の奥さんと夢に見た幸せな家族団らん・・・が、二度の子供の死で絶望を味わったり・・・年齢の問題、怪我のこともあり最後は引退する時に、育ててもらった施設の子供たちを招待した・・・。

「コインに裏と表があるように、人生には裏もあれば表もある。自分はどちらかをお日様に当て生きていくかだよ・・・」と、やさしく語りかけるそうだ。

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2011年5月14日 (土)

偏見

05sikotuko31 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電事故で、マスコミは連日詳細に報道しているが、ちょっと気になることが、怪我をされたかた、そして、生活環境が変わって、病気になってしまった人特に精神的にダメージが大きくて、立ち直れない方が当然いるだろうが、このことも重大な問題であると思う。

復興には先が長いとことだと思うが、自殺者が出るのではと心配である。震災で職が失われたり、転職せざるを得ない方も多いと思う。リストラや企業の経営不振といった人間関係や経済的な理由がその原因でやり場のないことだろう。自分一人でなく家庭があり、人々との繋がりがあるから、その波紋は穏やかなものではない。

そして偏見は人間はどこか心の奥にある。日本の農産物を世界の各国で輸入するの止めたり、規制する。またに日本でも、放射能の汚染されている福島・宮城・岩手などの農・魚産物は、食べない、全く関係がないものまで拒絶するという。

まして、千葉県に被災された子供が放射能に当たって、危険だからといって遠ざかるという行為はNHKのニュースがあった。行過ぎた行為が問題となっている。復興は10・15年先になるかも知れない。

この地球上に自然災害はいつ起こるか知れない。当事者にいつなるか分からない。私だけは絶対ない。あっても日ごろ、災害に備えているから大丈夫という豪語する人も、災害は想定外が多いものだといつも考えて置くべきだろう。

だから、災害は誰にも起こり得ることで、自分が災害に遭うことを想定したら、当然偏見の目で見ることはなくなり、同情も心からのものとなるだろう。

自分で生きているようでも、実は生かされている。だから自己の身体は自分の生命じゃない、ともいえる。大きな宇宙全体、全部丸がかえで生かしてもらっている。宇宙の小さな自己だけれど大きな宇宙に生かしてもっらてる、そういうことだ。

もっと大きく視野を広げて、真実の姿をありのまま、そのままに見る、おのずと道もよく見えてくる。自分の色メガネを捨てなければ、真実の姿はなかなか見えてこない。

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先が見えない復旧

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386351 3月11日観測史上世界4番目の規模となるマグチューど9.0という、東日本大震災が起きて2ヶ月が経った。多くの犠牲者がでたがその上、福島第一原子力発電所の事故が起こり、今被災されている人は10万人以上に上るという。

原子力委員会の青山繁晴専門委員は、13日の参議院予算委員会で判断ミス、対応の遅れなどで人災事故だと指摘している。

1号機で、炉の燃料棒が溶けて下に落ちるメルトダウンが起こっていたらしいと、東京電力が認めた。圧力容器からも、その外の格納容器からも、大量の水が漏れているようだ。

原子力という放射能で熱を出す物質を利用して、発電に繋げるという技術は日本の技術では制御できなかったのかとも今後の課題が残った。

事故炉の封じ込めは、姿の見えない敵を相手に闘う難作業の連続だ。自動カメラやロボットで近づいたら、予想と違う状況だったということもありうる。

メルトダウンという新たな問題が分かり、炉を冷やして止める手だての柱を、冠水方式にしていたが今後の復旧作業の方法を考えざるを得ない状況に追い込まれたようだ。

事態収拾にあたる技術者は他の方策も考えていたが具体化は遅れ、冠水方式に期待した作戦を進めていた。そのため、今回のように見直しを迫られたとたん、周辺地域はもちろん、国内外にも大きな落胆と不信を芽生えさせてしまう。

気になるのは、冷やすために注いだ水が汚染してふえる一方だということだ。汚染水が施設外に漏れ出さないようにためる場所をふやす必要がある。たまった水を浄化しながら、循環させて冷却に使うといった方法も急いだ方が・・・。

技術者の信頼度と政治に判断を出すのはきわめて難しいが、信頼される技術者の幾つかの復旧の方法から選択し政治が判断できるシナリオを国民に提示することである。

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2011年5月13日 (金)

今年の家族旅行

Img_97161   

happy01今年のかぞく旅行のこと今年の夏休み旅行は・・・

河口湖の近くの山岸旅館やまぎしりょかんになったよ! ざんねんだけど、プールがないけどごめんなさい。

富士山の近くのホテルは寒いので、プールがあるところが、見つからなかったの・・・

それでやまぎし旅館でいっぱくし、富士サファリーパークに行って見たり、猿まわしげきじょうに行って見よう。

日にちは  8月20日(土曜)泊まり 集合ばしょ 山岸りょかんだよくわしくはパンフレットを見てね。

それでは、元気にみんなそろっていきましょう。楽しみにしています。

Hagurotonbom1

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勇気をもって!

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10ichige_akitakoma11  最初は、勇気のいることかも知れません。ちょっとの「勇気」が「住んで良かった」と言える町になるのです。「守ろうよみんなの好きな町だから」・・・さあー今日から始めよう、ゴミが落ちていたらゴミ拾いを!

気持ちがあれば何時でも誰でもできる。ボランティア活動のなかでも一番簡単で、もしかしたら一番難しいのではないでしょうか?それは、道に落ちているゴミや空き缶などを拾うことです。

難しいというのは、ボランティアの気持ちは十分あっても、つい「汚い」「面倒くさい」「自分が捨てたゴミじゃないから」などの思いにひっぱられて、拾ってゴミ箱に捨てればいいと考えつつも、何も出来ないということになりがちだからです。

さあ、それが出来るかどうかが、あなたのボランティア生活の第一関門かもしれません。 たとえば、ウオークラリーなどで、歩く途中の道に、空き缶・空き瓶はどのくらい落ちているかなどを、クイズのようにみんなが予想して実際に拾ってみるのも、楽しくできる方法のひとつですね。

また、学校や町内会などの清掃活動はありませんか? 積極的に参加して、自分たちの住んでいる町を自分たちの手できれいにすることを心がけましょう。 拾ったゴミや空き缶・空き瓶はそのまま捨てないで、リサイクル出来るものはきちんと分別して再利用することも必要ですね。

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2011年5月12日 (木)

町会の存在意義

町会のあり方、存在意義とは-防災、治安 高まる必要性

長年町会の役員に携わってきたが、3月11日起きた東日本大震災は未曾有の被害を及ぼした。改めて町会の存在意義を考えてみた。

■無関心層増え運営課題
昔は地区をまとめ、助け合うのが町会(自冶会)の大きな役割だった。今では隣近所に誰が住んでいるかも分からない状況で、町会の役割は薄れているのではないか・・・。【公営団地の場合だが「最高裁が(2005/04/26)自治会は強制加入団体ではなく、いつでも退会ができ、退会の申し入れは有効」との初の司法判断を示した。】

町会では、マンションやアパートの増加で、退会の問題以前に、そもそも加入しない住民が増えてきている。「地域の煩わしさが嫌なので、明確に町会を拒絶するケースがあった」という。

■顔見えぬ関係
情報化社会の進展などで、「隣近所との付き合いがなくても日常の生活に不自由を感じないため、町会の必要性を感じないのでは?」市内はここ数年、急速にマンションが林立。新旧住民の混住が顕著になる中で、「顔が見えない」関係は着実に増えている。

では、町会はどのような活動をしているのか。清掃デイ、河川清掃、ごみ収集場所や防犯灯、防犯パトロール、公園の委託管理、祭りや行事運営、行政の連絡事項を回覧板などで伝達、地域で起きた問題の協議など幅広い。町会長ともなれば、定例の会議、市役所への要請、住民からの相談を受けたり、近隣間トラブルの仲裁と忙しい。

■組織の実効力
行政の“下請け”という印象もぬぐえない。講習会など市のイベントへの動員要請や、行政の各部署からおりてくる連絡事項を伝える。ある町会長は「役員も任期を早く終えたくて前例踏襲で済ませる」と自治の“形骸化”した実態を明かす。

「町会は市役所の下部組織ではない。一部に出先扱いする職員もいて理解されていないと感じる時もある」という人も・・・。

一方で、行政と住民とのパイプ役でもある。道路・橋の改修、交通安全や防犯対策などでは住民の声を吸い上げ、市へ陳情する。町会の声を受け、市が実効力があるのも確かだ。

町会の「民意」が行政を突き動かした。運動の先頭に立った町会長は「一人の声では届かないが、町会として動くことで行政も考える」と存在感を示す。

災害発生時は、避難誘導、高齢者、障害者ら「災害弱者」の安否確認など町会の役割は大きい。不審者による子どもへの声かけなど治安への不安が高まる中、一声運動で「安心して暮らせるようにお互いを知ることが大事」と活動の必要性を強調する。

■進む「二極化」
行政側も「どれだけいいまちになるかは住民、町会が力を合わせてこそ成し遂げられる。町会はまちづくりに不可欠」といい、町会の役割、必要性について市民へのPRを強化することが重要だ。

財政難の時代を乗り切るために、地域の問題、課題は地域で解決するために、「ゴミの集団回収」などにして、地域自治力の向上を図る。

一方で、負担が大きい役員のなり手が見つからない課題もある。順番で役員を担う輪番制を取り入れている。熱心に活動する人たちと無関心層との「二極化」が市街地を中心に際立ってくる中で、町会運営の建て直しも迫られている。

まちづくりは、地域自治の末端組織である町会が機能し、分権型にならないといけない。新旧住民が一緒になれるコミュニティーの拠点を築くことが地域再生につながるキーポイントだ。

住民の“お任せ”体質とともに、町会活動そのものが見えにくかったり、分からないことも大きな問題、そこにはもちろん、住民側の無関心の問題もある。日常的にいろんな恩恵を受けながら、当然のこと、あるいは行政の仕事と思っている人もいるだろう。

役員以外の人にとって、町会は「空気のような存在」だ。自分自身も清掃デイ、河川清掃などには出るが、総会は仕事にかまけて無関心。配られた資料に目を通す程度だ。

地域の問題は深刻なほど町会の存在が重要となろう。そういう中で高齢社会に町会活動の衰退を懸念する声を多く聞く。地域の活力が奪われ、住民の安全も脅かされてくるのではという不安感。普段から地元と向き合う努力が、安心な社会づくりへの一歩と感じているのだが・・・。

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5月の雨に想う

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05_12801_2 台風1号の影響で、大阪府能勢町124.5ミリ--など、近畿地方の、多くの地点で5月としては観測史上最大の時間雨量を記録したという。

台風の発生は何時ごろからと言えば、年によって違う。かなりばらつきがる。去年のように1月に発生する年もあれば、今年のように5月に入ってから発生することもある。

生き物にとっては恵みの雨、とりわけ草木にとっては成長する雨の季節である。花は惜しまれて散っていく、草は嫌がられても生えてくる。たしかに美しい花はいつまでも咲き続けて欲しいと願い、畑や庭の草は除草してもすぐに生えてくるから、困ったものだと嫌がられる。

けれどもこれらは人間の思いであって、草木は子孫繁栄のために花を咲かせ、草は芽を出すのである。風媒花に人間は関心を示さないばかりか、花粉症の心配をする。けれども虫媒花は美しく咲く花が多いので人間の目にとまる、花を咲かせているのは昆虫や動物による受粉を期待している。

草がはびこるのを人間が嫌うというのは、人間の身勝手な解釈で、人間の身勝手な目は、花の姿や咲き方で、ランクをつける。また人間の身勝手な思いは、山の木や、さまざまな植物を、経済的に評価する。

草木が芽を出す、花を咲かせる、実をつける。いずれも子孫を残さんがためで、草木が生きているということは、種あるいは子孫を絶やさないという、この一言につきる。

私達の町に、念願の広場(片倉時田まちの広場)が2年前に出来た。5月に入って、雑草が生えて、雑草取りが大変である。

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2011年5月11日 (水)

繋げよう次世代に!

Tko0310170481 わが町、八王子市片倉町一丁目町会も、社会の趨勢に漏れることなく、大きな変遷の歴史を歩んできました。まちではお祭りに、お神輿・山車がねり歩く時代もありました。農業中心の村から宅地開発が進んで、戸建て・マンション・アパートの新設で人口は増えて、町並みが整備されてきました。

町会主催の盆踊りを始めイベントは、昔から継続して行われています。ただ、近年その輪の中に参加する市民が少なくなっています。なんとかして町のイベントの運営側に参加してもらうことが出来ないのでしょうか、厳しい社会構造の中で働く人のとっては、ボランティア的町のイベントに協力は無理かもしれません。

それにより、地域の交流が少なくなり、人間の生きていく原点である地域の絆が薄れて行くようでしかたがありません。普段からの交流から、災害時の助けあいが出てくるもです。そういう意味から将来が心配です。

難しい課題かもしれませんが、それには、まず市が市民と積極的に交流をもつ場を作り、一緒に活動し何か1つ事業を行うことが出来れば、それを機に参加してくれる市民が増えるのではないでしょうか、傍観者から一人でも参加者にすることで、八王子市の活気を次世代に繋げることが出来ると考えます。

「繋げよう次世代に」という言葉は町の未来を子供達に繋げるとの想いと、歴史あるお祭り・盆踊りなどの灯を次世代に絶対に繋げるとの強い気持ちで望みたいです。

そのためには町会会員を増やし、全員が強い想いを持って臨むことが必要です。さらに普段の活動を通して町の方の「この町に住んでよかった」と声を掛けていただけるよう努力し、当片倉町一丁目町会の価値観を上げることが大事です。

日本経済は決して良くありません。世界的にもまだまだ不況です。地元企業も大変な時期かもしれません。ただ大変な時だからこそ、OB諸兄が残してくれた多大な財産を次世代に繋げ、若い世代がこれから何を出来るかを考え行動に移す時ではないでしょうか・・・。

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今年(23年度)みんな町の清掃デイ

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0531w3201 八王子市全域の統一清掃デーが行われます。「みんなの町の清掃デー」は、毎年5月30日(ごみゼロの日)前後の日曜日に各町会・自治会および各種団体の協力を得て、町に捨てられたごみを回収し、地域の美化を推進することを目的にしています。

私たちの町(片倉町一丁目町会)は、下記の通りです。

1) 日時 5月29日(日)午前 8時~9時 雨天決行

2) 集合場所 片倉時田まちの広場

3) 集合時間 午前8時

4) 汚れの著しい国道16号両側歩道と湯殿川両側を
   
重点的に清掃を実施します。

   ①住吉橋~子安坂上の信号間の両側歩道
   ②住吉橋~カタクリ橋間の両側
   ③京王線ガードトンネル両側の植え込み内
   ④京王片倉駅前~原組西間の道路
   (特に人家のない所で畑のある付近)

5)ゴミ袋は町会で用意します。

  ●散乱している 缶・ビン・紙パック・タバコの吸い殻等のゴミを収集
   (種類別にゴミ袋に入れて収集)                                                                

 町内の皆様のご参加をお願いします。

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2011年5月10日 (火)

リーダーとリーダーシップ

07akitakoma 「リーダー」と「リーダーシップ」という言葉は良く聞く言葉だ。どちらも同じような言葉だが、内容は全く異なる。

リーダーとは・・・指導者、先駆者、首領という意味がある。特定の地位に立っている者のことを言う。

リーダーシップとは・・・指導権、指導者としての能力、資質、統率力。つまり、集団の状況に影響を与えるものである。集団の目標や仕事に対して、その集団に影響を与える働きがあると言える。

このように2つの言葉は異なるのだ。リーダーの資質に当てはまるのは、リーダーシップである。リーダーシップは地位に関係なく、誰にでも取ることができるのだ。責任を持って仕事をする、物事を継続する力がある、様々な経験を生かすことができる。

知識に優れていて、仕事が機敏であり、独自性を持っているなど地位に関係なく、力を発揮できるのがリーダーシップである。リーダーシップを持っていくことで、集団に与える影響、組織の成長、個の成長に与える影響は大きい。

また、ウィキペディアでは・・・「リーダーシップ」の概念は非常にさまざまな議論があるが、一般的には一人の人間がその他の人間から服従、信頼、尊敬、忠誠、協力を得られるような方法で人間の思考、計画、行動を指揮でき、かつそのような特権を持てるようになる技術及び才能を指すと考えられている。

それは意思決定を行う指揮、労力や資源を配分・管理する統制、心的作用による統御の三機能から構成されると考えられているのが一般的である。

私はまちづくりを真剣に考えて、住民の協力と理解を得るには、どうすれば良いのか腐心している一人である。基本的には「安心、安全で明るく、住みよい町」を願っているが、住民の心を引きつけ協力して頂くことの難しさを痛感している。

そこで、「リーダーシップとリーダー」について考えてみたのだ。昔からの地元有力者から、不特定で価値観の違った新住者との連携とコンセンサスの難しさを実感している。従来型の住民と新住民とこれからの町づくりを考え、発展させていく事がすごく大事なことと再認識した。

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親父から聞いた秋田の民話

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09chibake_toono11 私が10歳位頃親父が、こんな話をしてくれた。「嫁さんと屁」?である。その時は面白いという印象はなく本当のことで、大昔に実際にあった事だと思っていた。

私の実家は農家で囲炉裏があって中央に吊るされた自在鉤になべが架かっていて、火箸を動かしながら話は興味があった。その親父が亡くなって何年経ったのだろうか、私もソロソロその歳に近づいて来たなあー。いまそんなことを思い出してしまった。

その話は秋田県山本郡の民話があったのだ。

昔 ある家で嫁さんをもらったんだども、日ごとにこの嫁さんの顔色が 青くなっていく。あまり具合が悪そうなので 婆さんが訳を聞くと 嫁さんは「屁をこらえると、こんなになるんだもの」

と恥ずかしそうに答えたど。「なにも恥ずかしがるごどねぇょ。でだいもんだば 出したらいいべ」と婆さんが言うと 嫁さんは「へば、囲炉裏ぶちさ しっかりつかまってけれな」と言うなり 屁をふった。

したば(そしたら) その屁の勢いのすごいこと すごいこと。婆さんはあっという間に いろりの上の火ダナの上に吹き飛ばされだ。それを見た爺さんもびっくりしてしまって「こんな嫁だば 家さおいでおがれね」という事になった。さて、爺さんに送られて 嫁さんが実家に戻る途中のこと。

大きな槻の木があって そごに 木綿売りの商人が二人、大きな荷物をおろして 休んでいだど。「大きな槻木だごど」商人が感心して 樹を見上げていだがら 嫁さんは「この大きな槻木だって、おれが屁を一つふれば 転ぶもんだ」と言ったど。 これを聞いて商人たちは驚いた。

「そんなこと でぎるこったら 俺の持ってる木綿を みなくれでやる」「それだば」と嫁さんは思いっきり屁をふった。

とたんに大きな槻木もころんだし、商人二人もずっと先の堤の上まで飛ばされた。そこで、爺さん。屁も少しばかり役に立つでねえかと思いなおしてその木綿を背負って 嫁さん連れて家さもどったど。わけを聞いたばあさんも 喜んでこの嫁さんを 家さおくことにしたんだとさ。


とっぴんぱらりのぷう(旧山本郡に伝わる民話より)。----大体同じ内容だった。槻=欅(ケヤキ)のこと。

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2011年5月 9日 (月)

問われる文明転換

E6_02xga 東日本巨大地震から2ヶ月が経とうとしています。連日の余震となお遠い復興への道のり、私たちが問われているのは、文明転換への覚悟と気概のようです。

高レベル放射性廃棄物は世界に25万トン、危険性が消えるまでには10万年。「オンカロ」はフィンランドのオルキルオト島(Olkiluoto Island)に存在する、高レベル放射性廃棄物の地層処分を行うための最終処分場のことです。
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その放射性廃棄物は、ロケットで宇宙に棄てる技術はまだ確立していないそうです。その処分の方法が世界的に大きな問題となってきているのです。
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「想定外」という言葉が問題になっていますが、地球の長い歴史には、数万年単位などの短期的視野ではなく、さらに大局的・長周期的に見ると過去地球上では、少なくとも4回の大氷河期があったされています。
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そのことから推測すると地球の歴史を振り返りみても天変地異は「想定外」でないと思います。日本列島が現在の形になったのは1万年前、人類が文明をもったのはたかだか5、6千年前である。10万年は人間のリアルな思考や言葉が及ぶ時空域ではありませんが・・・
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菅首相が浜岡原発の全炉停止を要請した。法的手続きではない政治判断ではあるが、東京から180キロ、今後30年間でマグニチュード8クラスの地震がの87パーセント確率で起こるという。
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東海地震想定域の真上の浜岡原発は「世界で最も危険な原発」と呼ばれてきた。事故の場合の被害は福島原発の比ではなく、首都圏の1千万人の避難や首都喪失も想定されています。
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人間の生活文明の夢は際限がない。それには大きなリスクがあることを今回の原発事故で思い知らされたのです。壮大な宇宙開発の夢も棄ててはならないと思います。
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しかし人間は、自然界では、哺乳類動物の仲間、肉や野菜を食べる雑食動物であります。ある意味で、地球の生物の頂点にある人間です。その人間が、原子力を利用してエネルギーを作り出して、発展してきた文明です。
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これ以上の進化が問われる時代になってきたのだと思います。化石燃料も有限です。水力・風力・波・地熱・太陽光などのエネルギーの研究も大事であるが、「人の幸せ感」とは、何かをちょっと走り止めて、考えることが大事になってきたように思います。

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地球の自転の速さに生活をリセット

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Img_97161 夏が近づいた。山の風景、川の水は温み、花が咲き、蝶が舞い、鯉の産卵、春から夏に自然の風景は変わってきました。この地球は、宇宙の法則に従って、規則正しい動きがなされています。

地球の自転の速度と人の生活リズムについて考えて見ましょう 。地球は24時間で一周回り、一周で一日と定めているわけですが人間の本能的にも24時間でちょうどよいタイミングとなっていて夜になると眠くなって寝ないと辛くなります。

もし地球の自転の速度が今より速かったり遅かったりした場合人間の生活のリズムもそれに合うようになっていたのでしょうか?

例えば半分の速度で回転していて48時間で一日だった場合24時間くらい平気で起きていられたのでしょうか?逆に倍の速度だったら一日が12時間で頻繁に寝ないといけなかったのでしょうか?

生物には体内時計があり、人間の場合約25時間周期だそうです。これによって、自転などとは関係なく周期的に活動できるのです。しかし、25時間では地球の自転と合わなくなってきます。

体内時計の大元は、脳の視床下部というところにあるのですが、これは外部の環境(特に朝日を浴びること)によって毎日修正されるという。なので、24時間周期で生活できるのです。

スピードを求める人間の生活、夜昼関係なく、働く人間の暮らしになってきた現代社会ですが、元々宇宙の自然の動きと、人間の生活は規則正しく組まれていたのです。地球の回転の速さに合った生き方を取り戻すことが大事だと思います。

朝、太陽が登って起きて、昼間の生活が始まり、太陽が沈んで昼の活動が終って寝るという生活パターンに少しずつ戻すということです。コンビニで24時間営業したり、眠らない街で暮らしている生物は人間だけです。

地球上生物の身体と宇宙の規則正しい動きは、太古のからみると、ずれはあるものの、ほとんど人間の感覚には感じることは出来ない位なのです。だから、大宇宙と地球の回転の速さと人間生活をリセットし、自然との調和することによって、穏やかな人間生活が取り戻せるのではないでしょうか。

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2011年5月 8日 (日)

放射能被災地のペットと動物達

Ota21 一週間前から、隣の家に犬の鳴き声が聞こええきた。さては子供達にせがまれて、犬を飼うことにしたのかと思っていたら、東日本大地震で、主人がボランティアで福島県の富岡町と楢葉町にまたがる東京電力の原子力第二発電所で近くに行ったという。

瓦礫の片付けと、放射線容量の測定などの作業を行っていて、ビーグル犬の成犬で、迷い犬を見つけ、可哀そうだと思って、帰りに迷い犬を車に乗せてきたのだ。

さーて、犬を飼うには、犬小屋が必要だし、世話をする人がいないので、飼えないということで、迷い犬を飼い主に渡すという、ボランティア団体を探しているという。

テレビで牛が5・6頭、両脇が瓦礫が酷い道路に、さ迷っていたのをみた。餌はどうしているのか?酪農家が放射能で退避指示がでたが、牛を連れていくことが出来ず、餌も与えられず、可哀そうと思い、放してしまったんだろう。

馬は、相馬の馬追い祭りが有名だが、馬主が特別許可を貰い連れて行く映像があったが、小屋に繋がれ餌も与えられず、痩せていた。それでも連れて来られて良かったと思う。

ペットは避難所には持ち込めずどうしてしまっただろうと、迷い犬を見て考えてしまった。人間さえ食料・水に不自由しているのだから、ペットまでは手が回らないのかと思う。それだけ震災の現状は厳しいのだ。

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輝いて生きる

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08adachi_bizyutukan11 昨夜、NHKラジオ深夜便で、俵萌子のアーカイブス番組「病んで目覚めた命の輝き」の前半を聴いた。

人生を輝いていきる”には新しいものをどんどん取り入れていく事が大切です。人生は、死ぬまで必要なことを学ぶ気力がないとだめです!!「もう私は、この歳では、出来ない」ということばをやめませんか!!

人生には、いろんな事があるんだなあと思います。65歳の時、乳ガンになり・・・人生は、有限なんだなあと考えさせられました。その2年後、今度は、自動車を運転中に一過性の「脳梗塞」になり、交通事故に遭遇しました。

半年間の入院生活を余儀なくされ、そのあと「うつ病」に・・・4年間ほどつらい思いをしました。70歳の時、ある女性の相談を受けることに・・・「乳ガンですが、温泉に入りたい」でした。

私も、相談者の気持ちが分かるので、その人を温泉に入れてあげたいなと思いました。私のホームページで、「一 ニの三で温泉に入る会」を募集したところ、全国から・世界から、400人もの応募がありました。

予想を越える応募と広範囲に跨るので、支部を作り・・・”年に一回は、全員でドボンと温泉に入る”会にしました。代表は、私がなっております。

お世話する忙殺の日々が続き・・・何時の間にか「うつ病」から開放されていました。今思うとこれが、私の人生の第3幕に入った時だなと思っています。

という内容の話でした。人生何時になっても「輝いていきる」と言うことであると思うのですが、失恋したり、病気をしたり、事故にあったり、事業に失敗したり、色々な経験は人生つきもです。それで挫折してしまったら、自分の人生に悔いが残ります。

折角頂いた命であります。一回限りの人生です死ぬまで「輝いて生きよう」と考えるのは、日ごろからの心構えが大事だと思います。「何時も心身とも絶好調」なことなどある訳がないです。

生きることは悩み、辛いことの連続かも知れません。しかし、「今をしっかり生きよう」と考えるならば「輝いて生きている」を感じられるのです。だから、どんなに歳をとっても「挑戦」の気持ちを忘れないで「この歳では出来ない」をやめようと努力したい。

それにしても、俵さん話し方が聞き安く、上手な話し方だった。

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2011年5月 7日 (土)

怖い目に見えない物質

07akitakoma_sumire11 東日本大震災以来、放射性物質という人間の五感では、事前に危険を察知できない物質の恐ろしさを、日本人、いや全世界中の人間は改めて知った。

化学物質や細菌類のような、目に見えない物質は、人間の命を構成している60兆個の細胞と上手に係りあって生きられるのだが、恐ろしいことには、利用を間違えると命を奪うと言う恐ろしい凶器にもなり得る。

いま、問題となっている放射能の汚染、生肉ユッケで問題となっていいる大腸菌O111の脅威である。人間が作為的にある物質と、ある物質と反応させて、新たに物質を作り出すという技術である。その技術で計り知れないエネルギーを取り出し電気に変える。

細菌類も人間は上手に利用し、人間の生活にはなくてはならない物となっている。自然界の中に含まれてい人間が自然を制することはできない、とても簡単なことなのに、今までの人間の歴史は自然を破壊し、制したつもりになっていただけ・・・。

科学の謎を探求し、どんどん突き進んできたけれど、今私達は本当に幸せなのだろうか?化学技術の進歩と幸福は比例するとは限らない。でも、化学者たちの探究心・たゆまない研究心があったからこそ、私達の今の生活が成り立っていることも事実で、感謝しなくては・・・

そして今、ここで、私達が今までの生き方を続けるか、方向転換するか、という岐路に立たされていることを真摯に受け止めて、選ばなくてはならない。

科学に頼りすぎて人の命を脅かしかねない、放射能・細菌類の利用をもう一度見直し、快適な暮らしとは何かを模索すべき時が来たと思う。大自然と大宇宙のメカニズムは人間は完璧に克服できないということを自覚すべきだ。

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若葉の季節

05oirase31 有難き、若葉燃えさす 大地かな

緑の美しい季節になった。古葉を落としみずみずしく生まれ変わる薄緑の若葉の茂りがはっきりと見て取れる。椎、樫、楠、欅、それぞれ樹皮の模様から枝ぶりまで多種多様である。

地球上の生物はすべて、太陽の光・水・空気中の酸素・そのエネルギーを頂いて生きている。その大地に植物があって人間も生きていられる。

空へ大きく広げた枝は、五月の光をいっぱいに受けながら茂りゆく木々にある不思議でもある。萌黄色の若葉を透かす眩しさに木の名前をだぶらせてその特徴ある樹形を、幹の手触りをいとおしみたい。生きていられることに感謝したい。

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菅首相は浜岡停止要請

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05detohama11 菅直人首相が中部電力浜岡原発の全号機の停止を要請した。東日本大震災による原発震災を経験した上での決断だ。毎日・朝日・読売各誌は社説で取り上げている。

毎日・・・首相の判断は評価する。読売・・・やむを得ない。朝日・・・判断は妥当。と各誌一様に肯定している。安全・保安院は運転停止は「おおむね2年」としている。

首相は、浜岡原発停止で原発に対する国民の不安感を軽減し、東日本大震災の対応で傷ついた政権の信頼回復につなげる狙いがあるとの見方あるが・・・ 

国民の世論は、地震・津波に対する原発の存在の見直しは当然である。また、世界の各国から、日本の原子力発電の今後の取り組みに注目していることから、私は菅首相の判断は妥当だと思う。

毎日・・・決断については評価するという見出しだ。
浜岡原発は近い将来に必ず起きると考えられる東海地震の想定震源域の真上に建つ。建設当時には知られていなかった地震学の知識である。知っていたなら、避けたはずの場所であり、そのリスクは私たちもかねて指摘してきた。

中部電力は東日本大震災を受け、防潮堤の設置など複数の津波対策を計画している。しかし、その対策が終わる前に、東海地震に襲われる恐れは否定できない。南海、東南海地震と連動して起きる恐れもある。

防潮堤の設置など中長期の対策が終わるまで停止するよう要請したのは妥当な判断だ。首相の決断を評価したい。中部電力も要請に従わざるを得ないのではないか。

読売・・・浜岡原発は、30年以内に87%の確率で発生するとされる「東海地震」の想定震源域のほぼ中央にある。首相の要請は、この「特別な状況」を勘案した結果という。

その上で政府は、大津波に備えた新たな防潮堤を設けるなど、中長期的な安全対策を確実に実施するよう求める方針だ。

東日本大震災での教訓を生かそうということだろう。東京電力福島第一原発が、想定外の大津波に襲われ、大事故を起こしたことを踏まえれば、やむを得ない。

朝日・・・東京電力の福島第一原発が想定外の惨事を引き起こした以上、危険性がより具体的に指摘され、「最も危ない」とされている浜岡を動かし続けるのは、国際的にも説明が難しい。日本周辺の地殻変動が活発化しているとの懸念もある。

中部電は、発電量に占める原発の割合も低い。首相の停止要請の判断は妥当だ。中部電は速やかに要請を受け入れるべきだ。

ただ、中部電の需給見通しでは、浜岡をすべて止めた場合、夏の需要ピーク時に余裕を見込むと、数%の節電が必要になる。産業界や各家庭でも節電に協力したい。

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2011年5月 6日 (金)

モク拾い

539571 私は、ボランティアで毎日ゴミ拾いをしている。終戦後、「モク拾い」という、仕事をしている人がいると言うことがあったそうだ。1メートルくらいの篠の先に縫い針をつけて道路に落ちているタバコの吸殻を突き刺し、ためて家に持ち帰り、吸殻をほどき専用の巻き機で再生し売るという商売があったそうだ。

シベリヤから復員してきた兄がロスケ(ロシア人)は、タバコの葉を上手に紙で丸めて吸っていた事を聞いた覚えがある。その兄も、刻みタバコを紙で巻いて吸っていた。終戦後は食べるものさえ不自由などん底生活で、すべての生活用品が配給・配給であった。タバコも例外ではなかった。

タバコ屋専門のお店が出来たのは何時ごろだったか忘れたが、向こう横丁にタバコ屋ができ、お婆ちゃんがタバコを売る姿が目に焼きついている。そして可愛い娘さんもいた。そんな娘さんに憧れて歌が出来た。

♪「向う横丁の  タバコ屋の 可愛い  看板娘
年は十八 番茶も出花 いとしじゃないか
何時もタバコを  買いにゆきゃ やさしい笑顔
だから 毎朝毎晩 タバコを買いに行く」♪

私は二十歳からタバコを覚え、六十歳の定年で止めた経緯がある。多いときに一日二十本ぐらい吸っていた。車を運転しながら、ドンドン窓から捨てていた。通勤で駅のホームに捨てていた。自宅で、職場で吸って、指先が黄色のなってしまっても、妻や子供に、止めるよう注意されても吸っていたが、定年を機にキッパリ止めた。

その反省から、ゴミを拾い始めて十数年、続けている。それは、今までの「罰」と思いである。「ゴミは持ち帰りましょう!」というポスターは、あちらこちらに掲げてあるのだが(私が、市役所・保健所にから頂いて取り付けたものものもある)・・・ペットボトル、空き缶、おにぎりの袋、空き瓶、食べ残しのパンなどがあるが、やはり多いのが、タバコの吸殻である。

これからも、微力ながら安心・安全で明るく、そして、ゴミのない町にしたいと、ボランティアは続けたいと思っている。

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心の迷い

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07_10241 いつも、ハッキリしている人(良い・悪いをずばり言う人)がいる。私は、言ってしまったら相手は、なんと思うか考えてしまい、なかなか自分の意思表示ができないで悩むことがある。

社会生活している以上、多くの人と係りあっているが、自分の意思と違うことに出会うことがあったり、心に迷いがあると緊張する。心の迷いとは、心の中に葛藤があるということである。

相手の考えと違うので、やめようかという心の迷いは、不安な緊張で人を疲れさす。あることを始めると別のことをしなければならないように感じ始め、そのことを始めると前のことが気になり出す。結局、何もしないで迷うだけで、疲れて時間がいたずらに過ぎていく。

どちらにも決められないのは、どちらをしても満足できないからである。またどちをしても完璧にやろうとするからである。どちらをしても完璧にやろうとするからである。どちらをしても完璧になど物事はできるものではない。

したがって、あることを始めると、そのことが完璧にできないから別のことをしなければと思うのである。完璧な状態で完璧にやろうとすれば、迷いは避けられない。

どうも今日は調子が悪いとしたら、その調子の悪いことを受け入れることができて初めて、調子が悪いながらもなんとかその仕事ができるのである。

毎日毎日、絶好調などということはない。毎晩毎晩、熟睡などということもない。神風が吹くような幸運なことがあるわけではない。いつも頭がさえ渡り、体の方は不思議なくらい調子いいなどというわけがない。

だから、凧の糸ではないが、弛みを持たせた考えで余裕を持って毎日を過ごすように心がけたい。

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2011年5月 5日 (木)

人生は雲の如し

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Img_0155春の天気と女心」と言うけれど、春はお天気が変りやすいたとえだ・・・

「青い空に、ゆったりと白い雲が流れていく。常日ごろ、あわただしさのままに、意識もしなかった雲の流れである。速くおそく、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひとときも同じ姿を保ってはいない。崩れるが如く崩れざるが如く、一瞬一瞬その形を変えて、「青い空の中ほどを、さまざまに流れてゆく。」『松下幸之助 成功の金言 365』PHP研究所:編 より・・・

きのう、八王子市片倉町の小高い「集いの森公園」で北の空を眺め、東日本大震災に遭われた多くの被災された方たちを思い浮かべ、しばらく考えて見た。

雲の動きは、まさに人生そのものである。私達の人生もこんなものだ。いつの間にかどこからか、沸き起こってもひと暴れ、だがそれすら、しばらくすると、掻き消えて気が付けば、もうどこにもその片鱗すら残っていない。

人の一生なんてそんなものだ。人の一生なんて、たいそうなもののようにお思うだろうが実は雲の切れ端ですらない。消え去ればもう何も残っていない。人生のすべては消え去るから・・・

たとえ波乱万丈の人生も、また平凡極まりない人生も突き詰めれば同じである。なぜなら人生は雲のごとくとらえどころがなくてそうしてすぐにも掻き消えて行ってしまうものだから・・・後には何にひとつ残らない。

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2011年5月 4日 (水)

旅の終わりはある

06_12801 東日本大震災から早くも2ヶ月が近くになった。今日は「緑の日」で、被災された地方でも、山の樹木は緑と化したことでしょう。例年なら鯉のぼりと、大漁旗がなびかせ元気な三陸海岸を彩る季節であります。

「想定外」の言葉を使ったことで大きな問題になっていますが、約数十 - 百年ごとに起こる三陸沖地震に含まれるという考えから869年7月9日の貞観三陸地震と、2011年3月11日に発生した東日本大震災との類似点が指摘されています。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」松尾芭蕉は、(月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である)と言っています。芭蕉(1644-1694)時代は旅の途中に地震や津波に遇われたことはなかたんでしょうか?

人生を旅にたとえると、毎日が先の見えない旅の途中であり、時々人はつまずいたり転んだり、泣いたり笑ったりしながら人生という旅をしています。それは長い旅なのか、短いかは予測しがたいのです。

今回の大震災で亡くなられた方、財産を失われた方は、本当にお気の毒ですが、それが、その人の旅路をたどることになるとは、誰も予測できないのです。だから、その旅の出発点も自分で決められない。

もっとよいところ、よい時代に生まれてきたらよかったのにと思って生まれてきた人も、生まれてこなかったらよかったのにと不満心をもって生まれてきた人もいません。みんなこの世にとって必要だから、大切な命をいただいて生まれてきたのです。

今回の地震で、旅の途中で挫折して、歩く元気をなくしてしまったり、先を見て歩く勇気を失って、座り込んでしまう人もいます。けれども、また人は歩き始めます。それは旅の終わりのあることをみんな知っているからです。

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復興に向けて3党合意は良かった

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Photo2010_91 どうも大所高所からに見ても、この時期「菅おろし」は可笑しいと思っていたが、その声も収まり民主党・自民党・公明の3党合意文書を取り交わした。それは多くの良識ある有権者は、「NO」であると判断したのだろう。対応が後手に回る菅首相への批判は、こぶしを上げた手が下ろせじまいになった感があるが・・・。

こんな非常時に、「菅おろし」に明け暮れていては、国民に顔向けできないと、そんな真っ当な心情が働いたのか、政府の東日本大震災の復興に向けた、補正予算が成立した。

子ども手当などの歳出見直しについて3党で検討を進める、赤字国債を発行するための法案は成立に向け真摯に検討する、という内容である。私は。倒閣を急がず、責任を分担しようというなら自公の姿勢は正しく良かった思う。

民主党内では、鳩山由紀夫前首相が小沢一郎元代表に、党分裂につながるような行動は控えるよう求めた。めずらしく分別ある忠告といえよう。

原発はいまだ安定せず、被災地では厳しい避難所暮らしが続く。危機にあっては、迅速に決断し、対処できるよう指揮官を支えるべきである。

白紙委任せよということではない。事態がおさまれば、指揮官の振る舞いも含めてすべてを検証し、適否を問う。進退問題を語るのはその時でいい。

このところの政界では、「挙国一致を」「救国内閣を」といった掛け声もやかましかった。菅首相の退陣を前提に、民主、自民両党が「菅抜き大連立」を組むという構想も語られた。

これらもひとまず沙汰やみとなり、結構なことである。民主党のマニフェスト施策の撤回を求める自民と、その固守を唱える小沢元代表が手を組むというような話なら、もともと無理があったというほかない。

今後、地震と津波の被災については、応急対応から次第に復旧・復興の段階へと進む。復興は、新たな日本の姿を描く作業である。災害に強い地域をどうつくるか。エネルギー政策はどうするか。復興財源は。各党、各議員によって、描こうとする絵は様々だろう。

そこでは「とにかく力をあわせよ」である必要はない。むしろ知恵を比べ、オープンな論争を重ねる。その中から新たな対立軸が見えてきてもいい。

危機管理と復興の二正面作戦を乗り切るには、力をあわせつつ競い合う大人の態度が必要だ。つまらぬ政争はやめるにしかず。各党が日本再生の道筋を示し、可能な段階で民意を問う。それが、政党政治が成熟していく道ではないか。(朝日新聞社説)

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2011年5月 3日 (火)

人が生きていくためには・・・

Photo 人が生きていくために守らなければいけないことがあります。当たり前なことができないことが問題です。社会人として当たり前な事が大事なのです。いくら頭が良くても、善悪の判断ができないのでは社会人としては失格です。

知恵や知識というものは、扱い方を間違えば、凶器になることがあります。心技体が充実して初めて立派な人間ということで評価されるのです。

生きていくために必要な事は、微分、積分のような高等数学でも、物理学のような高度な理念でもありません。生きる為には、まず、食べていかなければなりません。

社会のルールは、国・民族などで違いがありますが、その国に生活の基盤がある者はその国・民族のルールに従わなければなりません。そのことが今までの生きてきた過程で備わった常識と違っていても、その住む以上、悪いルールであると思っていてもです。

日本でも、地方にいけばその地方のルールがある。国の憲法以外に地方市だけの条例があり、市民で決めたルールに従わなければなりません。罰則規定があります。

たとえば、歩行喫煙・ゴミの出し方(分別や出し方など)は、市の条例で決められているところもあります。防犯・防災など訓練などにも積極的に参加することは、その市・町に生活していくためにはある程度義務でもあると思う。

誰も見ていないから、道路や川ににゴミを捨てる。犬の散歩で糞を始末しない。子供が悪い遊びをしていても注意しない。など自分に関係がないからと言って行う行為は、その市・町に住むことは出来ないと思います。

私達の町に、多くの人が新しく、居を構える方がいます。前から住んでいる方とコミニケーションが必ずしも良いとはいえない、そしてマナーの問題もあります。市の条例があるということを認識していただきたいと思います。

マナーや、一般社会常識から、逸脱した方が目に付くのです。私達の町にも良い文化・環境があります。良いところを維持し後世につなげていく義務があると思います。是非ご協力願います。

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ビンラデインの殺害とアルカイダの動き

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24351 国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラデインを殺害した。アメリカのオバマ大統領が声明を発表した。アメリカの米海軍特殊部隊が急襲しわずか40分で終ったという。

ビンラーディンはアフガニスタンとパキスタンの国境地帯に潜んでいると見られていたが、意外にも、隠れ家はパキスタンの首都イスラマバードの近郊にあったのだ。

これでアルカイダの組織は壊滅したわけではない。今までの反米感情はの強い組織だっただけに、後任と目されるエジプト人、アイマン・ザワヒリ容疑者?の指導のもと報復が活発になるだろう。

米国が主導する「テロとの戦い」にとって、首謀者の死は、大きな成果だ。オバマ大統領は「正義が成し遂げられた」と述べた。菅首相も「テロ対策の顕著な前進」を歓迎する談話を出した。

ただ、これでテロが終息するわけではない。殺害に反発して、むしろ報復テロの可能性は高まる恐れがある。同容疑者が主張した「反米の大義」は世界各地のアルカイダ系組織に受け継がれ、テロの思想的温床が無くなっていないのは確かだ。

ビンラディン容疑者という反米を象徴する人物は殺害されたが、イスラム諸国の反米感情が払拭されたわけではない。イラク戦争や米国の同盟国イスラエルのパレスチナ占領を受け、イスラム諸国には反米感情は潜在的に大きい。

アルカイダは、資金や要員の確保に、民衆に広がる反米感情を悪用してきた。ビンラディン容疑者が殺害されても、イスラム諸国に広がる、米国によるこうした抑圧感情は解消されていない。中東和平交渉は完全に停滞しており、テロの温床になる可能性は残っている。中東民主化が失速すれば、力を盛り返す可能性もある。

リーダーを失ったアルカイダだが、影響は象徴的なもので、行動様式が変わるとは思えない。報復攻撃もありうる。米政府高官も「今後もテロの脅威は続く。戦いは短距離走ではなくマラソンなのだ」と語っている。【「新聞各誌の記事より】

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2011年5月 2日 (月)

八十八夜と斟珠寺・弁財天

Sinsyuji11 今日5月2日は、八十八夜で、恒例の弁財天の祭りである。天気もよく、新緑に山が覆われ、赤・白・ピンクのつつじが咲き出して最高の季節になった。当地(八王子市片倉町一丁目町会・老人会)の福寿会で池の周りの清掃の奉仕を13人で行った。
弁財天は池の中島にあり、住職にお経をあげていただき、お守り札を頂いて来た。お寺、斟珠寺は、(八王子市仏教協会)資料による・・・
常龍山 斟珠寺(しんしゅうじ)
宗  派 臨済宗 南禅寺派 御本尊 弥勒菩薩

寺  宝 地蔵講板碑(文安2年、1445年)開  基 長井広房(斟珠庵殿一翁宗徹大居士)
開創年 応永16年(1409) 応永16年(1409)大江備中守師親(初代片倉城主)の嫡子長井広房の内室、地蔵菩薩を深く信仰し寺有地内、中島と称せる所に安置し当寺第二世明友和尚住居、
その後明応元年(1492)に至り今の地に本堂を建立地蔵尊を移し而て後、本尊弥勒菩薩、開山春林玄甫和尚を勧請し奉る。
慶安2年(1649)徳川三代将軍より御代々高五石の御朱印拝領、写し現存す。
宝永年間に焼失し、直ちに再建、明治14年(1881)に至り、堂宇大破に及び檀信徒の同心協力、喜捨金により同15年再建。
大正11年(1922)檀信徒の希望により斟珠庵を斟珠寺に改称、昭和6年本堂を瓦葺に庫裡を亜鉛葺き改め平成7年本堂を銅板葺きに改め今日に至る。

055_sinsyuji_021 【メ モ】
境内に鎮守、弁財天湧水池あり

【年中行事】
1月1日修正会
4月8日降誕会 4月15日山門大施餓鬼会
5月八十八夜弁財天法要 【交 通】JR横浜線片倉駅下車、徒歩12分:京王片倉駅下車、徒歩10分

【住 所】
〒192-0914 八王子市片倉町86
電話 042-637-2883  Fax 042-637-2883
住職 今治堂浩  先住職 今治照延

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生きているだけで丸儲け

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『生きてるだけで丸儲け』
幸せのヒント「生きてるだけで丸儲け、だから・・・」

作者不詳
だから、これ以上欲を出すのはやめよう。
だから、小さいことにくよくよするのはやめよう。
だから、やりたいことをやろう。だから、夢をもって生きよう。
だから、失敗を恐れずにチャレンジしよう。
だから、あまり落ち込むのはやめよう。
だから、一から始めよう。
だから、人の役に立てることをしよう。
だから、今(の自分の人生)を大切に生きよう。
だから、もっと儲けよう。もっと幸せになろう。


いろんな時と場合にもっといろんな応用ができるのではないだろうか?。単に、「生きてるだけで丸儲け」でいいのだが。「自分の生き方はこれでいい」と思えるように生きる。これが大事な心がけであるが・・・しかし、「こういう生き方をしたい」と思っても、すぐにはできないことが多い。

だからと言って、自分の生き方を善くしていく努力をしない、さらには今の自分の生き方を否定したりバカにしたりするのはよくない。いま、「自分の生き方はこれでいい」と思えるように努力していくことが大切だと思う。

まずは、今の自分の生き方は、現実に則して時間をかけてつくってきたものなのだから、自分にとって「それなりにいい」はずだと思う。欲を言ったらキリがない。自分の理想とは違うからと、現実的に無理なことを自分に要求しても自分を苦しめるだけである。

「今の自分の生き方はこれで(それなりに)いい」と思えれば、その中で生活を愉しむ工夫もできるのではないだろうか。今の生活の中で、小さな何かを変えていくことはできるはずである。

そして、自分が望む方向に生き方を変えてみつことである。すぐには変えられないかも知れないが、自分の生き方を変えられるチャンス長い人生にはあるものだ。そういうチャンスを見逃したり、迷っているうちに見過ごしてしまわないようにすることだと思う。

大事なのは、「自分の生き方はこれでいい」納得できるように努力することだ。今の生活を善くする努力なしで、自分の生き方を否定するのではなく、今の生活の中で少しずつでも幸せを感じられるようになれば、「今の生き方はそれなりにいい」と思えるようになるだろう。

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2011年5月 1日 (日)

統一地方選と「菅おろし」

Yuu0031009_m1 未曾有の被災をもたらした、福島第1原発事故の後、政府や東京電力から「想定外」との釈明が相次いだ。「想定外」という言葉はで責任逃れという、国民はやりきれない不信感が覆いかぶさった。

統一地方選で民主党が惨敗、展望がみえぬ原発事故、住民避難の混乱などの根源には菅直人首相の指導力不足があるとして、「菅降ろし」というキーワードが今度は政界に浮上し、退陣を求める動きが民主党内にも広がった。

首相はなお震災対策を担うべきか。各紙はおおむね、ただちに退陣することには慎重だ。

毎日は26日社説で「内紛を蒸し返す場合か」と民主党内の倒閣運動を批判、首相にも謙虚に野党との協議にのぞみ、態勢を立て直すよう求めた。

朝日も「(敗北の)責任を、菅首相は免れない」としつつ「いまはまだ危機のただ中である。(中略)『菅おろし』の余裕はない」と民主党が結束し危機対応にあたるよう主張した。

読売は「相当な覚悟を持って態勢の立て直しを図らねば、党内外の“菅降ろし”の動きを抑えることは容易ではあるまい」(25日)と官僚の活用などを首相に厳しく注文した。

これに対し産経は「民意はやはり首相交代」として「首相がその座にとどまることが救国態勢づくりを阻害している」(25日)と首相に退陣を促した。

産経を除いて共通するのは首相のリーダーシップに疑問を抱きつつも、政治がこれ以上混乱するダメージを、より懸念する論調だ。苦渋の続投容認とでも言えようか。東京は30日「判断は実に悩ましい。菅氏よりましな首相候補も容易には見当たらない」との指摘にとどめた。

「菅降ろし」の根は深い。個々の対応への批判だけでなく、首相の言動のどこかに政権延命のにおいを与野党議員の多くがかぎ取っているためだ。

だからといって、震災対応の矛盾のすべてを首相の資質に帰するかのような議論はどうか。今なお約13万人が避難し、なすべきことは山ほどある。【毎日新聞(社説・論調解説)】

「菅おろし」が野党ならともかく、民主党内にも広がっているということだが、この時期において誰がやっても、完璧な対応は出来るはずなどないと思うし、そんな場合ではない。毎日・朝日・読売の各誌が主張しているようにこの期において「菅おろし」の余裕はない。

かえって、政権交代して混乱を増すばかりだ。統一地方選挙で惨敗したから、少なくても民主党内で倒閣運動はすべきでない。挙党一致で協議をし、この窮状を乗り切らねばなならないということだ。

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竹と地震と・・・

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800pxbamboo_sprout21 竹の子や 震災知らず 頭だす

先だって、竹の子堀ををしてきた。孟宗竹で、真竹に比べ太くて大きい。スパーなどで一株1000円位するそうだ。

山形県の庄内地方は、寒さ厳しい土地柄ながら孟宗竹が生育する北限で、昔から竹と人とのかかわりがあった。乾留竹の生産が有名である。

私が子供の頃は、竹やぶは農家の家では何処の家にもあった。むかし母親が「地震が来たら竹やぶに入りなさい」とっていた事を思い出した。大正12年9月1日(1923年)関東大震災でしばらく竹やぶで夜を過ごしたという。

地下茎が地面を広く覆うことからがけ崩れには強いといこらしい。東日本大震災では、竹やぶはどうだっただろう。役にたったのだろうか?

「雨後の竹の子」は(筍とも書く)が、次から次へと生えてくることから、ある時期に一斉に同様の、もしくは似たような物事が続々と現れる様子を言う。 そこから天を突くような竹になるのは、どれほどになるだろうか。 乱立するものは数多くあれど、成長するのは一握りのものだとそうだ。 竹も手入れをしないと竹は伸びない。

むかし、竹やぶに入り、みみずをとった。ウナギ・ナマズを獲るためで、川に置き針(下げ針と言っていた)を夕方仕掛けて、翌朝あげる。

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