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2011年1月 7日 (金)

地域を挨拶回りをして

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08yokotesigai_yuukei21 昨日、地元町内を歩き、各戸伺い、ご挨拶をして、フッと「無縁社会」が頭に浮かんだ。将来の地域社会のあり方、市民の暮らし、人と人の係わりをどうすべきなのか、それと合わせて、どう変えていけばいいのか、私たち一人一人はどうすべきかを考えてみた。

気がついてみたら、いつの間にかこんな人間関係になってしまった。いわゆる悪い病魔に蝕まれた大樹のように朽ち果て、砂漠・荒野になってしまう恐れさえ感じてしまったからだ。

「無絵社会」化になり、むなしい日々を送るとは想像していなかった。そして人々は、「社会とは何か」などを日頃考えてないかった。でも、こういう事態になると、そもそも社会って何だったんだとか、家族って何だったんだとか、これはちょっと哲学的な話になるが、そういう議論はやはりすべきだ。

ただ、そのときに、この「絆」が途切れていった、しかもそれに頼らなくなっていった背景に、自己責任論というのが大きかった。これが不安となって来た現代社会である。それらを払拭し、乗り越えていくためには、「社会が責任をもつんだ」という宣言がやはり要ると思う。「絆」さえ自己責任論で片付けられたら堪らない。

もう一度社会というものが本当の意味で私たちの「絆」や「家」というものであってほしい。赤の他人かちゃんと関わってくれる責任社会であってほしい。ですから、社会の側がまず、「絆」の制度化ということも含めて、責任を表明する。

「『助けて』って言っていいんだ」というのをどこかで合言葉にしていくような我々自身のメンタリティーというのか、日常性も問われているのだ。「助けて」と言うこと自体、勇気が要るものである。決して弱みじゃななくて、『助けて』って言えた人に「偉いッ」と。私はこの一言が社会を変えていくのだろうと思う。

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