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2010年9月17日 (金)

道徳教育の大切さ

05sikotuko31 『保護責任者遺棄致死』の罪は妥当か、7回にわたり行われた元俳優の押尾学被告(32)に対する裁判員裁判で、東京地裁(山口裕之裁判長)は17日、懲役2年6月(求刑・懲役6年)の判決を言い渡した。

結審を迎えた14日、押尾被告は最終陳述で「私は見殺しにするようなことは絶対にしていません。そういう人間ではありません」と訴えたという。

確かに最初は蘇生に懸命だったことは想像できる。しかしそれは薬物使用の発覚を恐れてのことで、蘇生が無理とわかると119番通報せずに見殺しにしたことも否定できないように思える。

その押尾被告の『自己保身』という心の持ち方が判決のポイントになったと思う。たとえ心臓が止まっていても彼が11、9番通報していれば裁判員の心証は違ってくるのだが・・・。

「惻隠の心」=かわいそうと思う心が日本人は持っているはず、川で溺れている人を見て、誰でも、理屈なしで、手をさし伸ばしてあげると思う。これが道徳の基本である。

一般的な国民感情としては、どうして手を差し伸べようとしなかったのか。彼は、やはり自分の保身のみ固執して、自分の正当性をもって罪から逃れようと考えてたのではないかと思う。

このような自分の罪を誰かのせいにしたり、身勝手な言い訳をする日本人が、多くなったと思う。道徳教育の大切さを感じている今日この頃である。

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