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2010年9月17日 (金)

「性善説」・「性悪説」と品位

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08ringo_tyoukai11 「性善説」・「性悪説」どちらも、持ち合わせているのが人間である。人間を「善か悪か」の「どちらかを選べ」という二者択一の設問に対しては、人間にはいろいろな心が同居しているから、どちらともいえないと答えるしかない。

人間の本性は人の本性は善であると孟子の性善説である。

  1. 人が困っているのを見て“かわいそう”だと思う情がある。(惻隠)
  2. 非を恥じる心と、悪を憎む心がある。(羞悪)
  3. へりくだり、譲る気持ちがある。(辞譲)
  4. 物事の“良し悪し”をわきまえる能力がある。(是非)

反対に、荀子は「人間の自然性は本能欲望を拡大する。だからそれを人為的に規制すべしと性悪説を説いた。

私は、人間は善なる心も悪なる心も両方持ち合わせている。どちらかといえば多面体であると言える。

「人間はいかにして善なる人格になるか、いかにして悪なる人格になるのか」ということが大事なテーマだと言うことだ。では人格とは何か?品位とは?

・・・辞書では・・・
1・・独立した個人としてのその人の人間性。その人固有の、人間としてのありかた。
2・・すぐれた人間性。また、人間性がすぐれていること。

品位とは、気品や品格、人品などともいい、個人ないし特定の団体が、礼儀や節度や人徳、気高さに富む様をいう。またそうした、品位の保持は人々より尊敬或いは信用を受けるとされる。

品位は、成人に従っていく過程で培われていくものであるが、豊富な経験が基本である。つまり、苦労してでも新しい事にチャレンジしていくことで得られ、品位は高まるのだと思う。

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