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2010年9月 4日 (土)

諸行無常

10gokanosyo_ogatake11 今年は113年ぶりの暑さという。しかし、今日近くの片倉城跡公園の桜の木の下にいたら涼風は秋の風情をただよわせていた。季節の移り変わりを感じさせていたのには驚き、また季節の移り変わりは、確実に訪れることを知った。

日本のように四季の変わり目がはっきりとした気候風土は、地球上では少ないという。また時として、季節のあまりにも早い移り変わりに、自分の人生を重ね合わせて無常なることにため息をつく、ふと我にかえり、過去りし日々を思い、将来を思うこともある。すばらしい四季のある風土に生活しながら、その美しさに無感動な人が近年多い。 自然とのふれあいが希薄になりがちであるが、公園の緑にも、四季の移ろいを感じることができる。

民主党代表選で、日夜メデアは、喧伝している。自民党はメデアジャックされたとわめき散らしている。首相が一年で三人も変わる?昨今の社会の情勢は混迷の度をいっそう深め、激動の時代をむかえたと、青スジをたて、顔を赤らめて、異口同音に現代人は叫び続けている。しかしこれは頭に血がのぼった人間達に見える景色であって、山川草木、万物は静かな生き死にの流れの中にあり、悠々に無常の時を刻んでいる。

大地には小さな花や昆虫が、生命の営みをみせている。生死を憂えることもないから、生老病死の悩みもない。この大地には金も名誉もない、悠久の生命の生死の流れがあるのみである。人間だけが心身を悩ますいっさいの欲望、すなはち煩悩により、自分の足下すら見えず、歩むべき方向を見失なっている。

現代人の多くが日常的にストレスを感じている、人間社会しか見ないのだろう、四季の移ろいの美しさに感動する心を失なってしまったのだろうか。人間社会のしがらみにしか生きる
空間を持たない心の悩み多き人々が今日も人間の間を堂々巡りしている。

人は生かされているから、ことさらに自分の姿勢や呼吸を意識しない、欲のおもむくままに生きているから、つまずき、心の安らぎがなければ心身が病む。峰の色 谷の響き 鳥の声 風の音 一木一草にいたるま命を宿し輝いている。

生きること、死ぬこと、人とは、幸せとは、環境とは、社会とは、家庭とは、いずれも生死の風景であることにも気づくことだろう。生きる喜びとは何か、それは生まれてきたこと、生死の流れの中に生きていることである。

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