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2010年9月

2010年9月30日 (木)

生者必滅、会者定離

10shiretoko5go_1ko21 20代位の人間は、自分が老いることも、自分の命の尽きることも、いまだ実感しないだろう。今が楽しければよいのであって、若い時には人生の終わりなどと、思うこともないでだろう。さすがに還暦を迎える頃になると老いを感じ始め、この先、何年生きられるだろうか、などと、思い始める。それが古希ともなると人生の老いをさらに感じて、我が人生の過去をふり返ることも多くなる。

時の流れは老いも若きもみな同じスピードなのに、老いとともに時の過ぎゆくのが早く感じるようになる。若くても年をとっていても、みな同じように時は流れていきくのである。そして、昨日より、今日のは確実に老いているのである。年をとった分だけ過ぎし日の数が多いから、過去をふり返ると、光陰は矢のように進んできたように感じる。

「生者必滅、会者定離」とは、生ある者はいつか必ず死んで滅び、出会う者はいつかは必ず別れる。年をとり、延命装置を付けないなど生に身内の人に話し本人の意思表示をするなどして置く、誰でも1分1秒でも元気で生きていたいと思うのである。

死が恐ろしいと思うことは元気にいているときに考えられること、なぜ恐ろしいのだろか・・・。それは自己の存在がなくなると思うからである。それでも、死が恐ろしいのは、今に未練があるから、もっと今を生きつづけたい、もっと楽しくおもしろく生きたい、そういう思いがあるからだ。

北朝鮮の動きに関心を

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10risiri_senpousi21 北朝鮮は、金正日総書記から三男、キム・ジョンウン氏への権力継承していく体制になって行くようだ。

国民は、疲弊し食べ物さえ手に入らない状況の中で金正日一族とそのとりまきの権力者達は大変優雅な生活をしているともっぱら見られている。そうした状況下で国民に危機感を煽り軍備を最優先に増強して国内外に強い北朝鮮を演出し、現在の体制維持に死に物狂いであることは既に国際社会の衆目の一致するところだ。

金日成は全ての労働者のために共産主義の旗をかかげて決起した挙句の果てが180度かけ離れたものになっているこの実態は悲しい。「北朝鮮による拉致は無い」などと言って同国と親交を深めようとした日本の政党もあった。

北朝鮮と仲のよい、中国の尖閣諸島の領有権を問題化しようとする中国は、経済力で、今や資源争奪で日本の脅威となっている。日本は国際社会に対して歴史の教訓を生かして国際社会が納得できる主張を率先して展開すべきである。

北朝鮮を他人事と思わず開かれた社会がいかに大切かを身をもって学んでいるはずである。独裁主義の国家は、軍国主義になって、多くの過ちをした日本の歴史にある。北朝鮮の今の体制は、もっと歴史を学ぶべきである。

そして、金正日総書記は、人民の幸せをまず優先し北東アジア、いや世界平和共存を考えることが大事である。小国が武力で世界を制覇する考えは、間違いと早く気がつくことだ。取り巻きの人が、サゼッションし、耳を傾けるべきだろう。

そんな、中国・北朝鮮など北東アジア問題を、日本の平和ボケして快楽志向している次世代を担う人達が、国際社会の動きを関心をもって欲しいところである。

2010年9月29日 (水)

古家と甘夏

Activity_000276331 古家の 甘夏ひっそり 青々と

国勢調査員で、普段ほとんど足を運んでいない地域のお宅を回って気がついた。ちょっと高台で裏は雑木林が迫っている、日当たりのよいお宅にお邪魔したとき、大きな家で甘夏の実が葉陰に見える。

古い家なので、甘夏の木も大きい。雨に濡れて一層みずみずしく感じた。一人暮らしになったお婆さんに「これ食べられるのですか」と尋ねたら「酸っぱいから食べられない」という。私の近くで、こんなお宅があったのは、国勢調査員でなかったら発見出来なかったのだ。

知っているようで知らない近所のことを実感した。

不透明な北東アジアの平和

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06oga_toga11 北東アジアの平和は、中国の尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件で、中国政府の威容までの言動は中国の力で抑え込む事が、日本にとって大きな脅威となった。

中国は長らく、中国の発展は世界の脅威ではなく、あくまでも平和的な道を歩むと国際的に訴えてきた。その姿勢が変わったかのように見えるのは一体どうしたのだろう。

指導部の入れ替えがある2012年の共産党大会を控えた微妙な時期に、指導部は、一転強硬な態度を緩めないのは、中国が世界経済大国の2位の実力を誇示を世界に示すことにあるのか・・・世界のリーダーにならんとする中国が、隣国との関係でここまで大人気ない。

一方北朝鮮は、大きな動きがあった。金正日総書記の三男、キム・ジョンウン氏の名が北朝鮮のメディアに初めて登場したのだ。

北朝鮮が「金日成生誕100年」の節目と位置づける2012年に向け、今後実績を積ませるはずだ。今回の軍人事では親族も登用して後見体制を敷いた。金総書記に万が一のことがあった場合に、いわば安定装置を確保する意味合いがある。

長い中朝の間柄は、不透明で何とも不思議な関係である。2012年が偶然であるが中国・北朝鮮の歴史的節目に当たる。

中国人民の日本攻めの興奮は異常さは、収まりそうもない。そもそも中国政府も容認しているようだ。そして今日、北朝鮮の金正日の三男キム・ジョンウン氏が、朝鮮労働党代表者会で、中央軍事委員会の副委員長に正式に決まったようだ。

不透明さは、北東アジアの脅威とならなければいいが・・・。2012年が中国・北朝鮮の歴史的節目である事は間違いない。

2010年9月28日 (火)

生物多様性条約会議に思う

282_field111 来月、名古屋で「生物多様性条約 締約国会議」が開かれる。世界の192の国とEU、国際機関やNGOなどが参加する。

地球が生まれて46億年、生命が誕生して以来、単純な細胞から、生物は次第にさまざまな動植物や微生物へと分かれ、そして進化してきた。

多様な生き物の「種」があること、種をはぐくむ多様な「生態系」がある。そして多様な「種」同士は密接に関係している。

人間は、毎日、動物や植物を食べなれば生きていけない。また、すべての生き物は、食べたり食べられたり影響したり、共生しながら、お互いに密接に関わり合いながら生きていかれる。だから、「生物多様性」は地球上の生物が多様であるおかげで、すべての生物が生きていかれるのである。

いま恐ろしい勢いで「種の絶滅、あるいは絶滅危惧」が増大していると言われている。世界の絶滅危惧種は1万7千291種で、毎年、数百種づつ増えていると、ある学者は言っている。

「環境破壊や汚染」「外来生物の侵入」「過剰利用」さらに「気候変動」などは、すべて「人間活動」によるものである。

いったん絶滅したら、絶対に元に戻せない、つまり、絶滅が問題なのは人間の手で種を再生できないこと、不可逆で、もとにもどせない。「種」というのは「生命の歴史」が生んできたものだからだ。

怖いのは、絶滅が進むと、ある時点から一気に加速する可能性もあるからである。そうして「絶滅」が大規模に進めば地球環境や生物はどうなるのか・・・。そして、最終的には「人間が種を維持すること」自体も困難になる。

それには、「生物多様性を保全する人類共通のルール」をつくり、しっかり守れば、すくなくとも現在のバランスを保てるのではないだろうか・・・。

来月、名古屋で開かれる「生物多様性条約会議」で話し合われる。

1)生物多様性を保全する
(2)生物資源を持続的に利用する 
(3)遺伝資源(生物資源ともいう)の利用から生じる利益の公正で衡平な配分

などが話し合われる。人が名前をつけた動植物は、およそ176万種という。、地球上の動植物は未知のものが、はるかに多くあるという。

人間が足を踏み入れたことがない生物資源に満ちた環境、それは主に途上国にある。自然環境の中ではぐくんできた「日本の里山」。農業を含めた里山の機能の復活と、生物多様性保全の取り組みの活性化を期待して「里山イニシアティブ」を大いに発展させてほしい。

あすの世代へ、この豊かで、すばらしい地球を残すために、「地球温暖化防止」と、重要な「生物多様性」をどうやって保全していくのか、という大事な環境課題が、人間一人ひとりつきつけられている問題である。

近ごろ雑感

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05detohama11 今年の夏の、異常な暑さを通り過ぎたかと思ったら、一転11月上旬の寒さとなった。ア!と、言う間の気象の変化で、体調管理が大変である。

前代未聞の大阪地検特捜部の主任検事、逮捕があった。尖閣諸島沖の問題は、逮捕者を釈放と中国怒りをエスカレートしてしまっている。

民主党政権の対応が稚拙だと、自民党は騒いでいるが、もともと、20年来の自民党政権以来の中国・日本間の問題を曖昧にしてきたことだ。国会で長引く不況の対策で、日本沈没?するかも知れない窮状で、お互い足を引っ張り合いしている場合ではない。国民の不安な気持ちを収めなければならない。

ねじれ国会で、重要な予算審議がスムースに挙党一致で難局を乗り切らねば・・・そんな思いをして眠れぬ夜を過ごしていると、雨音のなかに、ツヅレコウロギが、リ、リ、り、り、り、鳴く声が「カタサセ、スソサセ、ツヅレサセ」と鳴いて、日本のほころびをつくろう冬じたくを教えてくれるようだ。

秋の風情を感じさせる物音を秋の声と言う。コオロギの鳴き声は、まさに秋の深まりを告げる音。日本では、その鳴き声は、冬支度をすすめる合図として来た。

ヨーロッパでは、寒さを避けて家の中に入ってきたコオロギをその家に幸運をもたらす使者として親しんでいるそうだ。

中国の勝手な振る舞い、中国の尖閣諸島の所有をアピールしたり、他の国に争いを挑んだり、する行為は、オスコオロビがメスに求愛をしながら、懸命に声をあげている。のと似ているようである。

2010年9月27日 (月)

国勢調査員となって

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08benisizimi_ine11 5年後との国勢調査であるが、過去2回ほど行った経験がある。調査の仕方も大分違ってきた。正確さ・調査員の負担などを考慮したと感じ、また、インターネットでの回答と時代のニーズに合わせた工夫した内容になっている。個人情報保護法などで、配慮し工夫をしている「調査手引き」である。

市の説明会で、説明を受けて資料を受け取り準備をして、いざ出陣、一軒一軒訪問し訪問しているのだが一般市民の「国勢調査」の認識の薄さを感じてしかかたがない。もっとテレビ・新聞などで国勢調査の重要性をPRして欲しいと感じた。

生まれも育ちも同じ地域に住んでいて同じ町内の一部を調査するのであるが、自分でも驚いているのだが、知っていたようで知らなかった夫々の人間関係・夫々の家族関係の情報が無くなってしまっていることでである。

町会の役員を長いこと行っているが、開発地区の人の出入りの激しさで、地域の連帯・絆が薄れてきているのは否めないと思っていたが、ご家庭を訪問して改めて「絆とは」を考えさせられた。

各戸訪問して不在の理由をお隣の方に尋ねても、「分からない」が多い。特にマンションなどは、「お隣の人の顔を知らない」「見たこともない」のどは驚いてしまった。

このところ「無縁化」時代と言われて「家族・地域・社会」の絆をどうしたら取り戻せるか?安心・安全な人間構成を再構築するには?など考えさせられた。

古い一戸建ての住宅地は高齢化が進み、不在家屋があったり、高齢の一人暮らしの方が多くなっている。「少子高齢化」で、表に出ている人が少ないこと、子供の遊んでいる姿が見えないのが現実であることを再認識した。

「住んでよかった」「安心し、温もりのある町」に再構築するには・・・このままだと町は衰退していくばかりである。地域の再開発を含め考えさせられた。

2010年9月25日 (土)

中国人船長の釈放に思う

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06oga_toga11  日に日にエスカレートする中国の感情的な、高ぶりは何だろう、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に故意に衝突したとして、公務執行妨害の疑いで逮捕し、拘留していた中国人船長を処分保留のまま今朝未明に釈放した。中国のチャーター機で石垣島空港から、中国に帰っていった。

日本国民への影響と今後の日中関係を考慮したという。司法判断では正当ではなかった。菅政権としての政治判断?だろう。

中国側は船長の無条件釈放を求め、民間交流の停止や訪日観光のキャンセル、レアアースの事実上の対日禁輸など、対抗措置をエスカレートさせてきた。河北省石家荘市では、違法に軍事施設を撮影したとして日本人4人の拘束も明らかになった。

そして、温家宝首相は国連総会で「屈服も妥協もしない」と表明し、見通しが見出せない深みに嵌ってしまった。

日本側が粛々と捜査を進めるのは、法治国家として当然のことだ。このまま船長を起訴し、公判が始まれば、両国間の緊張は制御不能なレベルにまで高まっていたに違いない。

クリントン国務長官は前原誠司外相に、尖閣が米国による日本防衛義務を定めた日米安保条約の対象になると明言したと言うことで、この処置をとったとものと推測される。

だとするならば、民主党政権は、中国の異常と思われる反日派の存在や、インターネットでの日本批判の高ぶりで、圧力をかけることで、強国のイメージを植えつける行為に屈したことになったと言うことだ。今後は、日本は中国の言いなりになってしまうのか?どうも納得がいかない。

2010年9月22日 (水)

証拠改ざんは酷い

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09meigetu_tyusyu11 前代未聞の不祥事である。検察への信頼は根底から揺らいでいる。

厚生労働省の元局長が無罪判決を受けた郵便不正事件で、大阪地検特捜部で捜査を指揮した主任の前田恒彦検事が、押収品のフロッピーディスクのデータを検察に有利なように改ざんした疑惑が明らかになった。最高検は証拠隠滅容疑で前田検事を逮捕した。

物証などの偽造や改ざんは、ふつう容疑者の側が罪を逃れるためにする犯罪だ。捜査する側が客観的な証拠を捏造(ねつぞう)すれば、どんな犯罪もでっちあげることができる。戦前の思想犯事件を思い起こし、背筋が寒くなる。(朝日新聞社説)

受託収賄罪などに問われた鈴木宗男被告が最高裁の上告棄却後の会見で特捜検事を「青年将校化している」と批判した。まるで、戦時中の血気にはやる「青年将校」のように、暴走を許した背景は何か・・・。

事件着手に際して、上司や上級庁の了承が必要だが、捜査当時の検察幹部は「特捜検事の書類はよくできているし、説明がうまい。調書の取り方まではチェックできない」と釈明したという。

報道機関や世論にも特捜部を甘やかしてきた面があったと思う。特捜捜査のターゲットは「権力者」や「目立つ人」であることが多い。「巨悪」と闘う正義の象徴としてのイメージが先行し、批判にさらされる場面がない。

そして、今回の事案でも、これでもかと言うくらいの冷静を欠いた加熱報道は反省すべきだ。そして報道のあり方にも問題はあったと思う。

国民は、今回の事態を大阪地検だけのこととは考えないだろう。法務・検察当局は、検察全体への信頼が地に落ちたと認識すべきである。

徹底的に、真相究明し国民に説明しなければ、国民の不信感と怒りは収まらない。

2010年9月21日 (火)

日々是好日

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余生を送ると言う人がいるけれど、人間には余った人生、余計ものの人生などある筈がない。仮にそんなことを口走っても本心でそう思う人は少ないのではなかろうか?

こと切れるまで生きぬくことが天命に従うことだ。この世に生まれ出て、初めてこの世の空気を吸い、終わりは、「ありがとう」と吐いて締めくくる。「終わり好ければすべて好し」である。これで人間一生、「日々是好日」、今日で命尽きるかもしれぬから、その日その時、みな良き日、よき時でありたい。

日々是好日が積み重なれば年々好日で、過去を振り返って愚痴ることも無用である。未来に思いを馳せても先のことなど確信がもてない、だから、今日のこの好き日、ただ今を生きることである。

人生はお天気のようなもので、晴れの日、曇りの日、雨の日、嵐の日など悲喜こもごもである。晴れてよし、曇りてもよし、雨もよし、嵐もみんな天気だから、天気予報で言う、天気に下り坂もなければ、お天気が回復するという表現も、人間の我が儘根性の表れにしかすぎない。

人としてこの世に生まれてきて、今、生きている毎日が好き日である。そして多くの方とのご縁によって、共に生きていく日々が好い日である。人生は山あり谷あり、挫折も向上の原動力であり、絶望も希望の出発点と考え、喜ぶべきである。来る日、来る日のことごとくが好き日でであり、自分の物差しで判断していると、つい、つまらないことで嘆いたりするのだ。

2010年9月20日 (月)

彼岸で道路渋滞の中で・・・

09higanbana_haguroyama21 彼岸の入りで墓参りをしたが、墓地近くの道路は混んでいて大変だった。混迷する時代の事を、渋滞で車の運転中に考てみた。

思春期の精神の不安定な時期に起きる自暴自棄の行動、大人達の自分勝手な独りよがりの言動、失望と絶望、人々はさまざまな心の不安を抱きながら、日々明け暮れしている。 

現代人は老いも若きも「生き方の規範・人の道」という、心のよりどころを持たないから、ストレスで心身を病み、自信を喪失し、ささいなことにつまずいてしまう。

「ご先祖さまに顔向けできないようなことを、してはいけない」 「お天道様が見ている」「神さま、仏さま、ご先祖さま、お天道様」と拝むことがあってもいい。経済や政治・社会情勢に押し流されるようでは、潤いのある生活はできない。

昨今のように混迷する不況の長期化では、民衆は目先のことばかりに心が奪われている。そんなご時世であればこそ、なにか大きな恐れるもの、畏敬の念を抱くものがあれば、かえって安心するものである。

一日にどんな小さなことでもいい、人のために何かをすることを続けたら、この世は見違えるようになる住み易くなる。人を信じることが出来るようになり、子供から大人まで安心して、生きていていかれるかも知れない。

敬老の日に思う

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3612 昨日、片倉町一丁目町会では、「敬老の集い」を行った。町内で住む70以上の方が対象でる。調査は、各班の理事さんに、任意で70歳以上で提出していただいた。結果204名であった・・・実際は230人位いるだろうと思うが。

記念品(1000円分の海苔セット)を買い入れて、紅白饅頭・タオルなどを袋に入れて、会場(町会会館)にきていただいてお渡した。会場では婦人会の方12名で、煮物(お袋の味)いわゆる煮しめを作っていただいた。

お酒・ビールなどを用意して、カラオケで楽しんで頂いた。杖をつきやっと記念品を引き取りにくる方もいた。元気に自転車で来る方もいた。そしてお年寄り同士話し合って楽しいひと時を過ごしていただいた。50人が会場に入って頂いた。

記念品を取りに来るだけで、帰られた人が殆どであるが、本人が来られるだけでも幸せである。足が痛くて歩けないなどの身体の調子が悪いなど、相当数いられると思うが、そういう人は家族の方や、近所の方に頼んで引き取っていただいた。

しかし、引き取りにこられない方は、役員が一軒一軒宅配した、そしてお爺さん、お婆さんにお声を掛けてお渡しした。寝たきり、入院、施設入居などもいられるだろう。そして、私は、そんな敬老の集いなんて出たくないと言う人もいる。

人それぞれであるが、日本の今があるのもお年寄りの先輩がおられたからだ、核家族が進み、無縁化時代と言われる現代社会で、もう一度お年寄りが安心して暮らせる社会を考えて欲しいと思った日であった。

「老人力」などの言葉がある。(赤関川源平)ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そういう言葉の代わりに、「あいつもかなり老人力がついてきたな」というふうにいうのである。そうすると何だか、歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい。  いいですねー。こういう考え方というか、言葉の使い方というか、・・・。

2010年9月19日 (日)

市民感覚

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Center171 「市民感覚」というと、その時代に生きる一般市民の常識である。一般的な地域に住み、普通の暮らしをしている市民だ。その感覚で判断する裁判員裁判が取り入れられた。

裁判員制度には、2009年5月21日にスタートし、市民が、自分を取り巻く社会について考えることにつながり、より良い社会への第一歩となることが期待される。

昨日判決が下りた元俳優の押尾学被告に対する裁判員裁判で、判決が言い渡された。

被告が芸能人とあって、事件発生直後から物凄い量の報道があった。ごく一般市民感覚でも、ちょっとやり過ぎと思っていた。そんな報道に、裁判員の心証形成や量刑の判断に影響が出るのではないかと注目した。

法曹界も、あくまでも証拠に基づいて結論を出すよう裁判員を導くことが自分たちの重大な使命であると確認し、審理の進め方や立証活動の改善に取り組んだという。

市民を信じる。ごく当たり前の話なのに、一般の市民がかかわる検察審査会制度について、元民主党小沢一郎氏が先の民主党代表選で、記者の問い合わせに、「素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と述べたのを、テレビで聞いた。

市民の判断がいつも正しいとは限らない。個々の疑問や批判はあっていい。だが市民への信頼を抜きにして、私たちの社会も制度も、そして民主主義も成り立たない。

2010年9月18日 (土)

平凡は、非凡だ

Phot000000000003f5a5_500_01 稲の穂が頭を垂れている田んぼの畦道を歩くと、イナゴがピョンピョンと飛んで逃げる。そんな、秋風情の漂う季節となった。しばらくすると、足元に小さな可憐な花が、誰にも見られているわけでもないのに端正に凛と咲いている名もない花?に思わず心打たれて、「この花に出会えて本当に良かった!」・・・

今、この花の間近にいるだけで何故か不思議と心が安まる。そしてこの花を見ていると「自分も共にがんばろう!」という気持ちを起こさせる花だった。

常に己を律して「この大地をしっかりと生きて行こう!」と平凡であってもその努力を続けている隣人をよく観てみると、資質の優秀さの有る無しにかかわらず、その人が生まれながらにして固有のオーラのような輝き発する品格に心打たれることがある。

自分のこころがけに基づき長い時間をかけて常に変化して進化をつづけていくことの自然界の法則を思えば清浄への信念に価値感を見つけることが仏教の教えの根幹に通じることと思う。

「平凡は非凡」だ。「人から後ろ指さされたり、人の嫌がることをしてはいけない」幼少のころ母親に言われた言葉が懐かしく思い出された。

マナーを守って!

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Cosmos_0021 今日の東京新聞「筆洗い」に匂いのことが載っていた。落語『しわい屋』にある笑話と匂い被害で訴えた住民が勝訴したという。匂いと言えば最近犬の糞が、あちこちにあり困っているのである。河川敷の通路などを雑草を刈りコスモスを育てているのであるが、ペットの犬を連れて歩く人が多くなった。

連れて歩くことは、いいのであるが、小便を表示板の鉄製のポールにかけるので錆がきて倒れそうになって、当局に交換してもらった経験がある。犬は、マーキングと言う習性を持ているので、違う犬が次々かけていくので、アンモンニヤで腐ってしまうのだ。

今朝、片倉町一丁目会館に用事で出かけたら、普段は無人となっている会館の玄関脇に、ティッシュが固まって落ちていて、「アッ犬の糞だ!」誰もいないからいいだろうとさせていったのだろう?匂いがたまらない!・・・

明日は私たちの町では「敬老の集い」の行事を行うことにしている。このままだと、会場となる会館に来る方に、気分が損ねてしまうので、シャベルで始末し、水で流しておいた。

飼い主のマナーの悪さにあきれているが集会場になる会館前とはどうしても許せない。もし自分の家の前にしてあったらどんな気持ちであろうと考えたのだが・・・

コスモスを育てるため、雑草取りをして、何度もいやな経験をしているが、自分さえ良ければ・・・わがままな人間の仕業である。公衆道徳の欠如が問題であると実感したのだった。

2010年9月17日 (金)

道徳教育の大切さ

05sikotuko31 『保護責任者遺棄致死』の罪は妥当か、7回にわたり行われた元俳優の押尾学被告(32)に対する裁判員裁判で、東京地裁(山口裕之裁判長)は17日、懲役2年6月(求刑・懲役6年)の判決を言い渡した。

結審を迎えた14日、押尾被告は最終陳述で「私は見殺しにするようなことは絶対にしていません。そういう人間ではありません」と訴えたという。

確かに最初は蘇生に懸命だったことは想像できる。しかしそれは薬物使用の発覚を恐れてのことで、蘇生が無理とわかると119番通報せずに見殺しにしたことも否定できないように思える。

その押尾被告の『自己保身』という心の持ち方が判決のポイントになったと思う。たとえ心臓が止まっていても彼が11、9番通報していれば裁判員の心証は違ってくるのだが・・・。

「惻隠の心」=かわいそうと思う心が日本人は持っているはず、川で溺れている人を見て、誰でも、理屈なしで、手をさし伸ばしてあげると思う。これが道徳の基本である。

一般的な国民感情としては、どうして手を差し伸べようとしなかったのか。彼は、やはり自分の保身のみ固執して、自分の正当性をもって罪から逃れようと考えてたのではないかと思う。

このような自分の罪を誰かのせいにしたり、身勝手な言い訳をする日本人が、多くなったと思う。道徳教育の大切さを感じている今日この頃である。

「性善説」・「性悪説」と品位

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08ringo_tyoukai11 「性善説」・「性悪説」どちらも、持ち合わせているのが人間である。人間を「善か悪か」の「どちらかを選べ」という二者択一の設問に対しては、人間にはいろいろな心が同居しているから、どちらともいえないと答えるしかない。

人間の本性は人の本性は善であると孟子の性善説である。

  1. 人が困っているのを見て“かわいそう”だと思う情がある。(惻隠)
  2. 非を恥じる心と、悪を憎む心がある。(羞悪)
  3. へりくだり、譲る気持ちがある。(辞譲)
  4. 物事の“良し悪し”をわきまえる能力がある。(是非)

反対に、荀子は「人間の自然性は本能欲望を拡大する。だからそれを人為的に規制すべしと性悪説を説いた。

私は、人間は善なる心も悪なる心も両方持ち合わせている。どちらかといえば多面体であると言える。

「人間はいかにして善なる人格になるか、いかにして悪なる人格になるのか」ということが大事なテーマだと言うことだ。では人格とは何か?品位とは?

・・・辞書では・・・
1・・独立した個人としてのその人の人間性。その人固有の、人間としてのありかた。
2・・すぐれた人間性。また、人間性がすぐれていること。

品位とは、気品や品格、人品などともいい、個人ないし特定の団体が、礼儀や節度や人徳、気高さに富む様をいう。またそうした、品位の保持は人々より尊敬或いは信用を受けるとされる。

品位は、成人に従っていく過程で培われていくものであるが、豊富な経験が基本である。つまり、苦労してでも新しい事にチャレンジしていくことで得られ、品位は高まるのだと思う。

2010年9月16日 (木)

萩とコスモスが咲く秋

2054421 我が家の庭先に萩に紫の花がつき始め、今日の雨滴をのせて光っている。我が家の萩は、野山にある、ごく自然のもので、6・7年前に、国立の兄から小さな株をもらったものだ。3年前から種がこぼれて、2メートルぐらい離れたところに生えて育ったものである。以前の株は、他の木の下で枝を摘めてしまい、あまり咲いていない。

元来、私の庭は、雑草は徹底的に処分はするが、ごく自然のままにしている。そのため、鳥が持ち込んだり、風で運ばれて来たと思われる、柘植・千両・岩松・シダ類がある。掃き掃除は一切しないので、苔が庭一面生えていたが、今年の猛暑で赤く枯れてしまった。

夜の雨は、猛暑でほてりにほてったものを、静かに冷ますように降った。もう夏のものとは思われない気配に、ふと気づく。昨日すぐ近くの湯殿川のコスモスも日照り続きと猛暑で、葉が枯れが見える。

コスモスは咲き始めて、これから花を楽しむ前に雨で倒れている枝をフェンスに紐で括りつけた。萩といい、コスモスといい、秋の野山を代表する花だ。

ようやっと「夏将軍」が立ち去ったかと思うと、「暑さ寒さは彼岸まで」と言われているが、もうすぐ彼岸である。彼岸を前に、近所で子供ころから知り合いが亡くなった。

諸行無常というが、季節の移り変わり、人の世の儚さを知った今日この頃である。時は流れ、眺める月は昨夜が上弦だった。この半欠けが満ちていって、23日が中秋の名月になる。

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少欲知足とは

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10shiretoko5go_1ko21 誰でも今、欲しいものが沢山ある。そしてそのひとつが、手に入ればもう次のものが欲しくなる。欲望というのは際限がない、これを強欲というのだろう、人は、その強欲に悩まされている。

飽食の時代と言われて、豊かさにどっぷりっと浸かりきった現代人であるが、人間は欲望を追求するかぎり不安はつきまとう。求めても求めても限度が認識できない。その一方で大切なものを捨てていることに気づかない。

ついついギャンブルの深みにはまってしまったり、ネット・カード時代で借金地獄に落ちてしまうと、大切な家庭まで崩壊しかねない。

求めても得られないと、それが苦しみになる。経済不況の昨今では働く場がないと嘆く人も多い、収入が減って欲しいものが買えない、住宅ローンを返済するお金がない、などと、さまざまな嘆きの声が聞こえてくる。また、経済的に恵まれていても、なんとなく満足できずに、なにか心寂しいものを感じている人もいる。

その解決策は、求めることを小さくして、たるを知ることで、欲から生じる苦しみを消せる。しかし、消えたと思っても、また新たな苦しみが生じてくる、人生は我欲とそれから生じる苦しみの
連続である。でも少欲知足の心がけひとつで、人生が楽しくなる。

『自分にとって必要なもの不必要なものを正しく判断すること』これが少欲知足の真髄である。これが修行で、人間の生きるための戦いでもある。

2010年9月15日 (水)

救世主の出現を望む

Aaoooogaha1 今年は、もう咲き終わってしまったが花蓮の見事なまで清純で美しい花はまれである。何といっても、泥の中でしっかり根を張り、養分をとって少しでも花の価値を認められて欲しいため努力しているのだろう。

近くにいる同級生が毎年丹精して咲かせている。そんな蓮の花を思い出し、民主党代表選、イコール首相選を、連想してしまった。

地下700メートルで、地上の人の絆と家族の愛を頼りに生きていられる、チリの落盤事故で生き埋めになっている33人の労働者の心境もでもある。

自力では力の限界を感じてしまう、閉塞している社会、もがけばもがくほど落ち込んでしまう、アリ地獄でもある。

出口の見えない、混沌とした国際社会、泥沼化した世の中で、地中深く入り乱れている社会構造から、蓮の花のように目の覚める指導者が日本から出現!を望むのは私だけではないだろう。蓮の花を見ていると、強さ・愛・思いやりを感じる。

雨降って地固まる

386351 雨降って 秋らしくなる 夜明けかな

今朝方、久しぶりに聞く、雨音に落ち着いた心境になってきた。そして、東京地方は気温は平年並みの26度という。

口蹄疫・猛暑・熱中症・所在不明者・土砂災害・民主党代表選など今年の夏の異常さは、近年にはない。そのうえ、円高・不況・日本振興銀行破綻・野菜の高騰である。

また、今朝のニューヨーク為替相場は、15年ぶりに、1ドルが82円台と円高が進んでいる。先に打ち上げられた人工衛星「みちびき」で日本の行き先を、ナビゲートしてもらいたい心境だ。

この雨が・・・「雨降って地固まる」であればと願う。

菅政権続投

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05sikotuko31 私は、正しい判断だったと確信している。確かに先の参議員選の結果いわゆるねじれ国会となった責任は重いが、いま、総選挙をしている場合ではないことぐらい国民は分かっている。自民党の谷垣総裁の菅総理の再任の結果を見てのコメントである。

仮に小沢氏が勝ち首相になったら、民意との大きなずれに苦しむことになったに違いない。また、国民の動揺は計り知れない。

就任わずか3カ月の現職の首相を、総選挙も経ずに党の事情だけで交代させることには、やはり大義はなかったというほかない。 1年で3人の首相が交代とは海外では、すこぶる奇異に見ることは必死でであり、信頼性も薄れる結果が待つだけである。

小沢氏が、一般国民の意識に近いとみられる、党員・サポーターの間では支持が広がらなかったのは、政治とカネの問題だけではない。 数の論理・説明責任など考えと、選挙至上主義といった小沢氏の「古い政治文化」は収束を願っているは間違いない。

さて、菅首相続投であるが、新成長戦略の策定など、日本経済と国民生活を立て直す手法は、示されたが、肝心なのは、今後の実行いかんである。安心できる社会保障の将来像や、経済成長と財政再建を両立させる具体的道筋についても、できるだけ早く示してほしい。

誰がやってもみな同じという国民感情を持った人間がいる。国民の政治離れの増長するようでは困る。国民世論の菅首相に対する評価は、もっと厳しいと認識しなければいけない。

代表選で訴えた「オープンでクリーンな政治」「新しい政治文化」を早く目に見える形にすることも必須だ。 頻繁な首相交代による「政治の不在」はもう許されない。今度こそ、内外の政策課題に腰を据えて取り組む。民主党全体が、国民に対する重い責任を自覚しなければいけない。

2010年9月14日 (火)

心の平和を・・・

15401 小さい教会 コーラン燃やすと 世界を騒がす

僅か50人足らずの教会の牧師が9.11同時多発テロ9周年の日にコーラン250冊を燃やすと、すったもんだの大騒ぎになったが、クリントン国務長官・オバマ大統領まで、説得してようやっと収まった。

もし、焼却が実行されていたら、イラク・アフガンなどに派兵されているアメリカ兵は、危険が増し、世界は緊張が増すと言われている。それだけに、イスラム教の存在は大きい。

アメリカ国内にも、イスラム信者は、何十万人もいると言われている。ニューヨークのグランドゼロ地のすぐそばにイスラムのモスクが立つ計画があるらしい。賛否両論だがここの対処を誤れば、アメリカ政府も大きな痛手を負うことになる。

いずれにしても、どんな強い権力でも、人間の心まで届かない。今までのアメリカの力では、イスラム教、いや世界を制することは出来ない。アメリカ国民の理解と正しい判断と行動を願うばかりである。心の平和を・・・

これ以上、私の時間を奪わないで・・・

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06oga_toga11 村木厚子元厚労省局長「無罪」で問われる検察「ストーリー」の無理矢理な調書43通の内34通が不採用となり、当然な結果で「無罪」の判定、検察丸つぶれの状態だった。

大阪地検特捜部に呼ばれ、検事から障害者団体「凛(りん)の会」や厚労省の証明書について尋ねられた。「記憶にない」と否定すると、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で「あなたを逮捕します」。きつく締まった手錠と腰縄に、逮捕されたことを実感したという。

「これ以上私時間を奪わないで・・・」検察のストーリーは、恐ろしい。ニセ証明書は係長がつくった、というものだった。事実は不正を働いた団体と係長だけの関係で、その中間はすべて検察のつくりあげた筋書きだった。口添えの事実が議員のアリバイで崩れ、前代未聞、スキャンダルと呼んでもいいほどだ。

係長は「単独でやった」といっても検事に聞き入れてもらえず、認めさせられた調書を公判では「検事の作文」といっていた。村木元局長は一貫して否定していた。

大物をからませようという意図でつくりあげた。そのストリーを書き上げた人がいた。脚本を見るとこういう流れだと。それに合わせて証拠を集める。しかし、客観証拠と合わなくなったとき、撤退すべきだったがメンツ?があったのか・・・

調べのときのメモも公文書として認められるのだが、この件では検事のメモがすべて破棄されていたのがどうも、自信をなくしたのだ。専門家の弁護士も、メモは残すという」。それがないということは、組織的に破棄したとしか思えないということだ。

そして、村木被告は「控訴はしないで欲しい」・・・と。控訴すれば大阪地検特捜部は恥の上塗りだ。国民の信頼が無くなってしまうだろう。このことから、取調べの「目視化」検討が急務だ。

2010年9月13日 (月)

金の切れ目が縁の切れ目

10247681 今年の夏休みは、円高を利用して海外へ出かけた人々が増えたようだ。ヨーロッパ旅行をしてきた女性は、円高で旅行費用が安くすんだので、ブランド品のバッグも買うことができた、と喜んでいるひとも、円高で輸出産業は厳しい状況だが、消費者、とくに女性たちは、円の強さをうまく利用している。

しかし、失業者も増えて、身元不明の自殺と見られる死者」や「行き倒れ死」は、NHKの調べによると年間3万2000人。地縁や血縁、さらには会社との絆「社縁」を失った日本人の姿が浮き彫りとなった。自殺対策の支援をしているNPO法人が行った実態調査によると、一人の人が自殺する背景には平均して4つの要因が重なり合っていると言われている。経済的な問題や健康、人間関係、仕事の問題などである。

「無縁化時代」が進んでいる。いわゆる地縁・血縁・社縁である。金で必要なものを全部買えるまかなえる。極端な話、通信販売とかインタ-ネットがあれば家から出なくても必要なもの買えるまでになっている。ということは隣近所とか回りと無縁化しても金さえあれば生きていけるともなる。

無縁化社会というのは現代を象徴しているものだろう。自分にとっても身近だからひしひしと感じるものがあり自分の未来とも通じていた。ただ不思議に思うのは、金さえあれば、老後施設に入っていられる。無縁化社会は逆に金さえあれば有縁を保てる社会でもあるのだ。

家族や親戚のつながりよりかえって金で雇ったヘルパ-とかの方が親身に世話してくれたとかの報告もある。金の切れ目が縁の切れ目というけど金が縁をつないでいるという面も現代にはあるのだ。金を貸しているけどその金を返してくれないから縁が切れていないというのも不思議である。一応今やまだ金の縁で切れていないのである。

コレステロール「高いほうがいい」

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1231 医学界を二分する衝撃新説が登場 「コレステロール」は高いほうがいいというものだ。9月12日のJ-CASTニュースにあった。

私も何十年来抑制剤飲んでいる。当初コレステロール値230ぐらいであったが、医者から「ローコール」という薬をいただき飲み続けているが、現在では数値は200前後だ。

「コレステロール」と聞くと、「悪い」というイメージを持っている人がほとんどだろう。ところが、日本脂質栄養学会が「コレステロール値は高いほうが、死亡率が低い」という研究成果をまとめ、これまでの「定説」を覆した。

コレステロール値については、血中のLDL(悪玉)コレステロールが増加すると動脈硬化になり、心筋梗塞なども起きやすくなるとされていた。

日本脂質栄養学会は2010年9月3、4日に開いた学会で発表した「長寿のためのコレステロール ガイドライン(2010年版)」で、「コレステロール摂取量を増やしても血清コレステロール(TC)値は上がらない」と指摘している。

「『高リノール酸植物油の摂取を増やし、動物性脂肪とコレステロールの摂取を減らす』という従来の栄養指導は、むしろ心疾患、ガンなどを増やす危険性が極めて高く、これを勧めない」「血清コレステロールの善玉(HDL-C)・悪玉(LDL-C)説はその根拠が崩れた」など、14章からなるガイドラインは、コレステロール値を低く抑えることが健康への「近道」と思っていた人にとっては衝撃的ともいえる内容だ。

日本脂質栄養学会は「欧米の過去5年間のデータをみても、少なくともLDLコレステロール値の140ミリグラムや、総コレステロール値の220ミリグラムの基準は低すぎることがわかりました。最近はコレステロール値だけで判断して薬を投与するケースが少なくありません。(従来の基準を見直すことで)わたしたちは、数値を下げるためだけに処方される薬の量も減らせると考えています」と話す。

ちなみに、米国ではLDLコレステロール値が190ミリグラム未満であれば、正常値だという。(J=CASTニュースより抜粋)

あんまり気にしても仕方がないのか、自然のままで生きていくほうがいいのか!?・・・

2010年9月12日 (日)

こうろぎが鳴く侘しさ・・・

108inaho_aozora11 こうろぎや 朝まで鳴いて 静まれり

今日も暑くなりそう、八王子市は37℃という予報である。昨夜は27℃の熱帯夜だった。庭のすみで鳴くころうぎも、朝日が上がっても鳴き止まないが、9時ごろには静かになった

先だって、久しぶりに大雨が降った。外の水道に置いてあるバケツに、雨水が溜まりその中でこうろぎが一匹泳いでいた。しばらくして夕方に見たらまだ泳いでいたので、あーそうか出られないのだと思って、手で救い出した。草むらを元気に入っていった。

どこにでもいる、昔から人間には馴染み深い昆虫だ。そして、生物世界でも、何等かのかかわりなしに暮しの中に溶け込んでいるようだ。

9月に入っても猛暑があって、今年の本格的な秋は、遅くなるという、彼岸もあと10日であるが、秋の味覚のぶどう・柿・梨・りんご・栗などの果物がスパーの店頭に並ぶようになった。

中秋の名月を見られるのは23日だ。今年の稲作はどうだろう。そして台風はまだまだ来るのだろうか・・・?昔柿木に上って食べた柿の味を思い出す・・・。

「みちびき」打ち上げと交通安全運動

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07rose_ame21 きのう、秋の全国交通安全運動21日から始まる前に、近くで重大交通事故が発生し、交通安全キャンペーンを実施、(11日~18日)南大沢警察署員・地域交通安全協会指導員で私も参加、夕暮れ時の交通事故が多発するという時間帯(17時~18時)であった。

事故は、9日19時10分ごろ、近くの都道(北野街道)信号機がない、横断歩道で、オートバイ(400cc)に乗った20歳の男性が横断歩道渡ろうとした68歳の女性と接触、女性跳ね、3ヶ月の重症・男性はカーブミラーの柱に胸を強く打ち、1時間15分後に病院で亡くなったという。

私も車を運転するのであるが、夕方・雨降り・真夜中などは乗らないようにしているが、どうして乗らなければならないこともある。その時は、慎重に運転をするように「気合」を入れて運転をするように心がけている。

「GPS」というと「カーナビ」というイメージであるが、きのう「みちびき」人工衛星が打ち上げが成功した。米国のGPS(衛星利用測位システム)を補う準天頂衛星である。日本のほぼ真上を飛行する。10メートル精度が1メートルとなるそうだ。その高い技術は驚くが、費用が735億円、そして完全に24時間カバーするには後2機が必要という。

それで交通事故は少なくなるかと言う事ではない。交通事故は、人の安全意識の問題である。「カーナビ」に気をとられて事故になるということもある。人間の命は地球より重い。

平成22年の各期の交通安全運動スローガン
  

「手を上げる 可愛い笑顔に 待つ笑顔」

事故があってから対策ではなく、未然防止が大事だと改めて心に誓った一日だった。

 

2010年9月11日 (土)

孤立化(無縁化)社会

10risiri_senpousi21 「何十年も前に出て行ったきり」「生きているのか死んでいるのかさえ分からない・・・」

この夏、高齢者が所在不明になっているケースが全国で次々と明らかになった。中には、ミイラ化するまで放置されていたケースもあり、高齢者の孤立(無縁化)は、より深刻さを増している。この状況をどう受け止め、どう対処していけばいいのだろうか?他人事ではなくなった。「老い」はすべての人に訪れてくる。

地縁、血縁、社縁など人のつながりが薄れた「無縁社会」と言われる現代。誰もが社会から置き去りにされない方法を、考えていかないと・・・。

生きているか、死んでいるかさえ分からない――所在不明の高齢者が相次いで発覚する異常事態。法務省は10日、戸籍が 存在しているのに現住所が確認できない100歳以上の高齢者が、全国で23万4354人、120歳7万7118人、150歳以上が884人に上ると発表した。

その多くが地縁や血縁など社会とのつながり失ったまま“無縁化”している実態が浮かび上がってきた。無縁社会は私たちの想像以上に、水面下で広がっているようだ・・・。さらに、所在不明の高齢者に年金が支払われ続けているケースがいくつも明らかになった。親の年金を頼りに生活せざるをえない家族の深刻な事情が見えてきた。

その理由は、戸籍は住民登録を抹消しても、死亡届が提出されるまで存続する。一方、付票の住所は住民登録抹消に伴い、旧住所扱いとなってしまう。法務省民事局は太平洋戦争時の空襲による犠牲者や、移住して海外で死亡した人の場合、住民登録のみが抹消され死亡届が提出されなかったためではないかと分析しているが、実際に死亡しているかは不明だとしている。 

村木元局長無罪 検察のずさん捜査

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09chibake_toono11 こんなずさんな取調べでは、国民の信頼は失墜する。歴史に残る検察の不手際だ。
今日の新聞各紙の社説でも、この問題を取り上げている。そして報道の問題も結果的にある。ロキードや、リクルート事件のようなイメージで捉えて、客観的な見方を失いかけていた反省すべきだ。また、捜査のあり方で、透明性・取り調べの全過程を録音・録画する可視化の議論が必要だ。

朝日新聞・・・
あらかじめ描いた事件の構図に沿って自白を迫る。否認しても聞く耳をもたず、客観的な証拠を踏まえずに立件する。郵便不正事件での検察の捜査はそんな強引なものだった。

検察は、これを危機ととらえねばならない。弁護士や学識経験者も加えた第三者委員会をつくって検証し、取り調べの可視化などの対策を打つべきだ。それとともに報道する側も、より客観的で冷静なあり方を考えたい。

読売新聞・・・
検察の完敗といえる内容だ。判決は「犯罪の証明はない」として、検察が描いた事件の構図をことごとく否定した。検察は一連の捜査を徹底検証しなければならない。

今回のように、裁判の過程で次々と捜査の問題点が露呈するようでは、これまで得てきた国民の信頼を損ねることになろう。

検察には控訴する道も残されているが、今必要なのはメンツを捨てて捜査を再点検することだ。検察官の資質も問われよう。若手検事の指導も含め、組織全体の見直しが急務である。

毎日新聞・・・
裁判では、検察が取り調べの経過などを記したメモをすべて破棄していたことも明らかになった。メモは最高裁が「捜査上の公文書」との判断を示し、最高検も「適正な管理」を全国の高検、地検に通知していたという。調書の任意性を立証する上で、廃棄はいかにも不自然に映る。

捜査の透明性を確保するうえで、取り調べの全過程を録音・録画する可視化の実現が急務である。千葉景子法相はコスト面などを理由に可視化の対象事件を限定して法制化する方針を示しているが、限定することが妥当なのか、幅広い論議が必要だろう。

2010年9月10日 (金)

今やイスラムなしに平和はない

09oga_akanegumo11 米同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」の隣に、イスラム教のモスクを建設する計画がなされ、賛否両論で揺れているようである。現場から2ブロック離れた一角に、ニューヨークのイスラム教の指導者、フェイサル・アブドゥル・ラウフ師が、モスクを中心とする数階建てのイスラム教センターを建てる計画を考えているという。

そして、今朝の朝日新聞社説で、米フロリダ州の小さなキリスト教会が、イスラム教の聖典コーランを焼こうと呼びかけている。今年の9・11の日に「邪悪な宗教」であるイスラムの危険性を知らせるのだそうだ。

コーランの教えを信ずる人たちからどれほどの反発を招き寄せるか。だれもが想像できることだ。 ニュースは世界を駆けめぐり、欧米軍が駐留するアフガニスタンで住民の抗議行動があった。駐留米軍の司令官は米兵への危険が高まると心配した。当然だろう。

自由で寛容な社会の構築は、米国の建国の原点である。初代のワシントン大統領は「米国は偏狭な価値観を認めず、迫害を助長することもない」との言葉を残している。教会の計画がこの理念に反するのは明らかだ。

米国とイスラム世界との亀裂が広がることは避けねばならない。教会は今すぐ計画を撤回してもらいたい。

米国の「力」での抑え込みで世界を制覇することは出来ない。1950年朝鮮動乱・1954年ベトナム戦争・1991年の湾岸戦争も多くの犠牲者はだしが、米国の参戦で平和が勝ち取ることが出来なかった。

最近中東の問題・アフガニスタン・インドネシア等で露呈しているのは、イスラムとの共存をめぐって対立し、苦悩する米国内部の苦い現実である。

中東や西アジアを中心に、イスラム教徒は世界に十数億人いるとされる。移民社会の米国にも数百万人が住み、数多くのモスクがある。宗教は異なるが、同じ社会に住んでいるのだ。 欧州でも、イスラム系移民排斥や女性のベール着用禁止の動きが起きている。社会の少数者への視線が厳しさを増す背景には、失業者の増加といった社会不安の増大もあるのだろう。

いまやイスラムとの共存なしには、米国はもちろん、世界の安全や繁栄はありえない。 オバマ大統領は、コーランとユダヤ教の律法タルムード、キリスト教の聖書を引用し、「世界の人々はともに平和に暮らすことができる」と呼びかけた。 もっともなことだ。

狭量な考えを排し、異なる文化を受け入れる寛容と度量をもつ。米社会はそんな伝統を取り戻してほしい。

何でも知っている馬鹿もいる

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10kurume_mise_rozi11 今日のNHKラジオ深夜便を聞いていて、“なるほど”と思うことがあって書き留めて置きたいと思ったが、眠気と、記憶力がなくなってしまった?ので少ししか覚えていない。

隠居大学・アンコール~天野祐吉対談(2)ゲスト:外山滋比古(英文学者・評論家)の対談である。

年をとると、忘れることの大事さ、難しさ、今までの記憶(知識)を忘れ新たに新しい知識を頭に入れることが大事だという。「人生二毛作」ともいう。・・・何年間か前安部総理が発言が話題になったことも・・・

内田百閒の「なんにも知らない馬鹿がいるし、なんでも知っている馬鹿もいる。」 「学は古今に通じ、識は東西にあまねくして、それでどう見ても馬鹿なんだ。あんなのは困るね。」

「いろんな事を知っていても、知った事を羅列したのでは駄目だ。判断力を働かせなければいけない。」

老いてなお、意気軒昻にすごすには? 「1日に1度は外に出る」「価値観に味つけをする読書」「生活の型をつくる」など、退屈しない生き方を考えて、人生90年時代を上手に生きることだ。

そんな話を夢うつつに聞いていた。「つもり違い十ヶ条」なるものを思い出した。

1・・ 高いつもりで、低いのが教養
2・・ 低いつもりで、高いのが気位
3・・ 深いつもりで、浅いのが知識
4・・ 浅いつもりで、深いのが欲望
5・・ 厚いつもりで、薄いのが人情
6・・ 薄いつもりで、厚いのが面の皮
7・・ 強いつもりが、弱いのが根性
8・・ 弱いつもりが、強いのが自我
9・・ 多いつもりが、少ないのが分別
10・・少ないつもりが、多いのが無駄

 
   

2010年9月 9日 (木)

人間の戦争とは

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Photo2010_91
人間の戦争とは・・・紛争は絶えない・・・

中東・・・イラクは、アメリカ兵撤退がはじまったが、まだテロが続発していて多くの犠牲者が出ている。イスラエル・パレスチナ間の和平交渉は、何度も行ったが、解決は見出せない。

そして、アフガニスタンでも、戦争状態が続いている。イスラム教と、その他の宗教のイデオロギーの違いでの問題でお互いに理解し得ないところにあると思うのだが・・・

どんな生き物でも争いはある、優秀な子孫を残そうとするからである。けれども人間の戦争は、動物の争いと全く内容を異にしている。自然の摂理を超えて、同種すなはち人間同士で殺し合いをする。

また、自然界にはそれぞれの生態系があり、生き物はすべてそれぞれの生態系のままに生きているのに、人間だけがそれを変えてしまう。破壊力の大きな武器を使った近代の戦争は生態系までも大きく変えてしまう。

人間も他の生き物と同じ生物だが、人間は、自己を限りあるもの、みじめなもの、ちっちゃな存在であることなどを自覚する能力を持っており、それがために命の尊さに気づいている。すなはち、人間は死を知っている、だから、心の安らぎを求めるのも、自殺するのも、戦争するのも、人間だからでしょうか。

「生き物である人間とは何か」「人間の戦争とは何か」、根源的な問題を問い直して見る必要がある。そして力ではない、心でしか解決できないことを知るべきだ。

2010年9月 8日 (水)

猛暑と雑草と秋風と・・・

10shiretoko5go_1ko21 秋風や 道狭くなり 草の丈

今年の猛暑は、113年ぶりとかの記録だそうだ。9月に入って京都・京田辺市で、39.9度の日本最高記録がでた。しかし、測定機に草が絡みついた状態であったので、議論があったところだが象庁は認める方向だそうだ。

5日に八王子市では「川の清掃デイ」で片倉町一丁目町会でも、朝6時から100名近くの方の参加でごみ拾い、草刈、草取りを行った。つる草は河川管理通路で伸び、ヘンスに、沿うように伸びた雑草は、人の背丈に迫るほどの高さになった。

管轄する国土交通省にお願いしていたのだが、予算がないので出来ない。どうしても通行に影響があるときは、職員がボランティアで行うという。どう見ても業者でないと人目で分かる作業者の姿を見た。

町内の皆さんにそのことを話したら、草刈機で朝早く協力していただいた。そしたら朝早く音が“うるさい”と警察に苦情を申し入れた人がいて、パトカーやって来た。世の中いろいろな人がいて、町会の役員をやって苦労が多いことだ・・・。やれやれ・・・。

心の健康を守る

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10shiretoko5go_1ko11 菅首相は、選挙戦の真っ最中の中公務をこなしているが、自殺・うつ対策で、タスクフォース(プロジェクトチーム)に積極的に会合に参加している。

日本の自殺者は12年連続で年間3万人を超えており、先進国の中で突出して多い。そして、厚生労働省が自殺やうつ病による経済的損失が推計2.7兆円に上るという調査結果を発表した。

この時代に生きる人々のかけがえのない命や生活を守るために、官民挙げての取り組みが必要だ。今回、政府は総合的な対策の立案や予算を包括管理する。年内の緊急対策として、全国のハローワークで心の健康相談や中小企業経営者、多重債務者向けの相談窓口の強化などを実施するという。

経済的困窮と並んで自殺の大きな要因であるうつ病の受診者が、08年には323万人という。これは、07年の4倍以上に増えたことになる。医師も増えているが急激な患者増に追いつかないのは明らかだ。

うつ病は、職場の理解が欠かせない。誤解や偏見から精神的に追いつめられて病状を悪化させたり、職を失い生活の基盤が崩れる人も多い。中長期間にわたって治療を受けながら働き続けられるための支援策、患者の家族に対する支援についても重点を置くべきではないか。(以上毎日新聞社説抜粋)

私も、現職時代にうつ病になり、職場に大変迷惑をかけたが、職場の理解があって立ち直れ多経験がある。うつ病の患者数は現在約70万4000人という。子供の自殺者も含め心の健康を守るために総合的な取り組みを望みたい。

2010年9月 7日 (火)

残暑雑感

08benisizimi_ine11 毎日毎日暑くて、外に出て散歩も出来ず、ひねもすパソコンに向かいて過ごしている。そのためか、気になっている、ヘモクロビンA1Cの数値が悪くなったという(9月3日脳神経外科の診察)ことである。

血糖値、コレストロールなどは問題ないということだが、ヘモクロビンA1Cと血糖値は、関係あるのではと質問したのだが・・・よく分からない説明だった。ちなみに、血糖値が108・ヘモクロビンA1Cが6.4(2ヶ月前は6,0)だった。薬は飲んでいない。これも運動不足?暑さのせい?

大阪で猛暑の連続が更新され13日(8/28)となったとか、東京で熱帯夜が51日続いているとか、ついに記録更新である。東京で6月から続いている。実に1876年、明治9年に観測を始めてから最も多い日数だそうだ。

2月ごろから丹精して湯殿川河川管理通路に育てたコスモスも、日照り続きと酷暑で赤茶けてしまって、きれいな花は期待できない。さすがに野菜の値段も高いのが分かる。救いは、米が平年並みということだ。

しかし、台風が少ないといわれているが、太平洋の高気圧が強く偏西風が北にかた寄っている理由だそうだ。しかし、7号・8号・9号立て続けて発生9号が九州北部を急に東に進路を変えて山陰・北陸・東北地方に向うようである。関東地方も予報天気図に9日に久しぶり、雨マークがついた。

農作物は、根が種を蒔けない、大きなタンクに水を入れて朝早く運んでいるそうだ。農家のご苦労は、消費者は、分からないだろう。水遣りがしなくても済むように雨が降り、気持ちよく散歩にでかけられるように涼しくなって欲しい。

そういえば夏の象徴の蝉の鳴き声がしなくなって、夕方に虫の声となって来た。そして、秋の味覚の梨・ブドウ・柿などは、スーパーに並んできたが値段は・・・

人間の顔

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10kouchi_katurahama11 人の顔には重要な感覚器である眼、鼻、耳などが集まっており、周囲の状況を素早く収集できる。また顔の筋肉を動作して表情を作り出す。表情は感情と密接に関連しており、意図的に表情を作ることもできるが、完全にコントロールすることは難しい。表情は言葉用いない非言語コミュニケーションの代表である。

顔は、その人の表札という人もいる。喜怒哀楽を表現しその感情を表す。顔はその人物を代表するものとして扱われる。

顔を出す・顔が広い・顔に泥を塗る(自分の行為の結果として、他人の面目をつぶすこと。他人に恥をかかせること。「顔を潰す」、「顔を汚す」もほぼ同じ意味。また、顔の表情が対人関係において重要であることから表情や感情を指す場合もある。
顔に書いてある(言わなくても、感情や気持ちが表情に出ているさま。)
仏の顔も三度(どんなに温厚な人でも、ひどいことをされればいつか腹を立てるものだ。仏様であっても、顔を3回もなでられると腹を立てるということから。)

表情や感情の変化によって温度や色が変わることがあることから以下のような言葉もある。顔色(かおいろ)をうかがう。(相手の気持ちを読もうとする。)

顔色(がんしょく)を失わせる。(驚きによって表情が失われる。)
顔から火が出る。(ひどく恥ずかしい思いをする。恥の感情のあまり顔が火照る様子を、火が出たことになぞられた言い方。)
顔に紅葉を散らす。(女性などが恥ずかしがって顔を赤らめること。)

など、普段顔の表情には、気を使わなく、だだ、感情を抑える人や、抑えない人それぞれで、表に出す人出さない人がいる。また、顔は年代で変化してくる。教養・精神・理知など備わった人は、それなりに落ち着いた心が顔にでる。そして、いつも笑顔を絶やさないよう心がけたいものだ。

現在位置は

2010年9月 6日 (月)

「名もない花」でいい

10ichige_akitakoma11 話をしていて不思議と安心して心を預けられる人間がいる。それは山奥に咲いている、誰にみとめられいるわけでもなく、自慢するでもなく、ごく自然の姿のままで咲いている花と同じだ。端正に凛と咲いている姿に思わず心打たれる。

この花の傍いるだけで何故か不思議と心が安まる。そしてその花を見ていると生きる勇気が新たにわいてくるような感じが覚える。そのことを「花あかり」と言うそうだ。そんな人間のことをたとえて言う人もいる。

常に己を律して平凡であってもその努力を続けている。よく観てみると、資質の優秀さの有る無しにかかわらず、その人が生まれながらにして、なにかひきつける力を感じる品格に心打たれることがある。

ただ、先祖から引き継いだそのままを、頑なに守って後世に引き継ぐために存在感を示している姿は感動するばかりである。煩悩を断ち切り、与えられた命を一所懸命に生きようと思った。「名もない花」でいい・・・。

熱中症のこと

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09oga_akanegumo11 昨日は39.9度の記録更新が、京都・京田辺市で観測され、まだまだ猛暑日が続くという。

「熱中症」という言葉を見聞きする年はない。NHK調べでは、梅雨明けから8月末までに4万6000人余が病院に搬送され、475人が死亡している。受診した人の100人に1人が死亡しているという。

体温が上昇し脱水症状で血液中の水分が減ることで血液の循環が悪くなり、その結果、臓器がダメージを受ける。死者の4分の3が70歳以上の高齢者だそうだ。

高齢者は汗もかかず、高温感じにくくなる。熱さを感じる神経の働きが衰えているらしい。皮膚感覚が鈍くなり?、夜寝るときにさほど感じなく眠ってしまう。夜間に高齢者に熱中症が多発する理由だが、体温が上がる原因は湿度の高さだという。

人間は汗を蒸発させて体温を下げる。が、湿度が高いとそれができにくい。暑さを感じないうえ、汗もかかず体温は上がる。夜の室内の状況は猛暑日の昼の状態と同じくらい危険という。熱中症が最も多く発生するのが、夕方5時から翌日の朝5時までである。

活動性が高くない高齢者は、周りの方も気づきにくいが、元気がなく、食欲が落ちて、意識が朦朧としていたら早めに受診することだそうだ。部屋の目安は温度は28度、湿度は70%より低く保つことだそうだ。

クーラー嫌いの年配者は少なくない、身内がこまめにコントロールしてやれればいいが、家庭によってはそうもいかない事情もある。生活保護を受けるひとり暮らしの高齢者の中に、エアコンを購入できないない。そのため体調を崩す人が後を絶たないという。(NHKクローズアップ現代)

「所在不明の高齢者」問題と、行政が向き合うべき課題なのかもしれない。

2010年9月 5日 (日)

日が短くなった

Photo2010_91 水遣りの 水道の蛇口も 日が陰り

連日の暑さ9月に入っても続きそう。雨はまったく降らない。我が家の数少ない鉢物に水を撒くのであるが、お隣のマンションで庭に西日の影が、だんだん長くなってきた、4時と決めていたのだが・・・。

最近はその日陰になる時間が早くなってきて、ズーと広がりが大きくなったようだ。蛇口も日中では、触れないほど熱いのだが、最近は撒く4時には、ぜんぜんさめて大丈夫だ。

確実に日が短くなっていることに気付かされる。暑い暑いといっても、水を撒いた後は涼しさを感じるようになった。

川の清掃デイのこと

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10kanmonkyo11 八王子市では毎年の行事であるが、川の清掃デイで市で一斉に行った。我が片倉町一丁目町会でも、湯殿川周辺をごみ拾い・草刈・粗大ごみ整理などで100人近くが朝早く参加していただき6時から8時まで行い,きれいになった。

日中の温度が36度という連日の暑さであるが、早朝ということもあり気持ちがよかった。八王子市主催の年一回の「川の清掃デイ」である。そんな中で、涼しいうちに、みなさんの負担を掛けまいと5時ごろから、草刈り機ではじめた人がいる。私は、草刈機が聞こえたので5時15分外に出た。

作業者は一人であったが、私はお礼の言葉をかけて、片倉町一丁目会館の裏手の枯れ木が気になっていて、今日がチャンスと思い伐採を行いに向かった。

話によると、近くの住民と思われる人が、日曜の早朝というのに、草刈機の音がうるさいということで、警察に電話したそうで、パトカーが来て注意されたという。清掃デイの事は、町会の回覧でも徹底して皆さん承知をしていただいていると思っていたのだが・・・。朝早いといっても、もう明るいのに・・・残念である。

そして、私の家の隣の一人暮らしの92歳おばさんが、参加してくれた。多少遅れてきたのだが、「私に声をかけてくれなかったから遅れてしまった。」何か不満そう。普段は1日おきにヘルパーさんにお世話になっている方なので、声を掛けるのも躊躇してしまったのである。

そして、集会所に向かう途中で、公園で5・6人の大学生たちが夜どうし遊んで?、飲んだペットボトルや、パンの空き袋をそのままにして立ち去ったのを目撃した。注意しようと思ったが、ちょっと身に危険を感じるくらいの雰囲気であったので、注意する勇気が出なかった。休日の前の夜は、特に多いようだが・・・。

音がうるさいと警察に届けるという人の意見も聞きたい。学生の地域の環境問題に対する考えも聞きたい。92歳のおばあさんの意見も聞きたい。あるところでは、環境・地域のふれあいなど言われているが、現実は、自分に利益にならないことは、関心な人が多い世の中であると、改めて知らされる朝だった。

2010年9月 4日 (土)

諸行無常

10gokanosyo_ogatake11 今年は113年ぶりの暑さという。しかし、今日近くの片倉城跡公園の桜の木の下にいたら涼風は秋の風情をただよわせていた。季節の移り変わりを感じさせていたのには驚き、また季節の移り変わりは、確実に訪れることを知った。

日本のように四季の変わり目がはっきりとした気候風土は、地球上では少ないという。また時として、季節のあまりにも早い移り変わりに、自分の人生を重ね合わせて無常なることにため息をつく、ふと我にかえり、過去りし日々を思い、将来を思うこともある。すばらしい四季のある風土に生活しながら、その美しさに無感動な人が近年多い。 自然とのふれあいが希薄になりがちであるが、公園の緑にも、四季の移ろいを感じることができる。

民主党代表選で、日夜メデアは、喧伝している。自民党はメデアジャックされたとわめき散らしている。首相が一年で三人も変わる?昨今の社会の情勢は混迷の度をいっそう深め、激動の時代をむかえたと、青スジをたて、顔を赤らめて、異口同音に現代人は叫び続けている。しかしこれは頭に血がのぼった人間達に見える景色であって、山川草木、万物は静かな生き死にの流れの中にあり、悠々に無常の時を刻んでいる。

大地には小さな花や昆虫が、生命の営みをみせている。生死を憂えることもないから、生老病死の悩みもない。この大地には金も名誉もない、悠久の生命の生死の流れがあるのみである。人間だけが心身を悩ますいっさいの欲望、すなはち煩悩により、自分の足下すら見えず、歩むべき方向を見失なっている。

現代人の多くが日常的にストレスを感じている、人間社会しか見ないのだろう、四季の移ろいの美しさに感動する心を失なってしまったのだろうか。人間社会のしがらみにしか生きる
空間を持たない心の悩み多き人々が今日も人間の間を堂々巡りしている。

人は生かされているから、ことさらに自分の姿勢や呼吸を意識しない、欲のおもむくままに生きているから、つまずき、心の安らぎがなければ心身が病む。峰の色 谷の響き 鳥の声 風の音 一木一草にいたるま命を宿し輝いている。

生きること、死ぬこと、人とは、幸せとは、環境とは、社会とは、家庭とは、いずれも生死の風景であることにも気づくことだろう。生きる喜びとは何か、それは生まれてきたこと、生死の流れの中に生きていることである。

価値観の相違

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10wagaya_niwa_ame21 「価値観の相違」???J-CASTニュースに考えさせるニュースがあったので記して見た。
ここまで、考え方が違っては会社・本人にもマイナスだと思うのだが・・・。私もサラリーマン40年も経験したのだが、ここまで考えが違うとは・・・。その記事の内容は次のとおりだ。

営業マンのAさんは、40代のベテラン男性社員。中途入社してきた30代初めのB君の働き振りが気になっている。3カ月前に入社してきたばかりなのに、定時になるとそそくさと机の上をかたづけて帰宅してしまうからだ。

「一人前」という概念が共有できないのか ;前の会社でも営業だったというB君の業績が上がらないのは、この会社の商品や市場、売り方のポイントについて理解が足りないからでは――。そう考えたAさんは、ある日、B君に声をかけた。

「まだ仕事に慣れてないと思うんだけど、今日の仕事が終わったら、少し話をしないか? 新しい商品の売り方とかについても相談したいし」

するとB君は、片付けをしながら顔をこちらに向けずに、こう答えたのだという。「Aさん、それって残業代出るんですか?」

不意を突かれ、「いや、出ないけど、うちの商品や市場について知らなくて困ってるんじゃないかと思ってさ。俺にも残業つかないんだけど」と答えると、「じゃあ、そういうことは就業時間中にやってください」という返事。

お前のことを考えて言っているのに、とカチンときたAさんですが、そこは呼吸を整えて一言付け加えました。

「美容院だって、夜遅くまで見習いが練習してるだろ。一人前になるまでは、就業時間とか残業とか言ってられないんじゃないか? 昼間は俺も自分の営業があるしさ」

するとB君は、にらみつけるような顔で振り返り、「それじゃ、労働基準法はどうなるんですか! 違法行為を平気でやれと言うんですね」と、大きな声を出したそうです。

作業時間と生産量が比例する仕事と、営業マンの仕事は違うんじゃないか、と反論しようかと思いましたが、法律論をやるために声をかけたわけじゃないと思いなおし、Aさんは何も言わずに話を切り上げたそうです。

「あれだけ偉そうなのは、いつか成果を上げるつもりなのか、雇われていれば給料が出るのは当然と思っているのか・・・。あの調子では、一人前になる前に会社にいられなくなっちゃう気がするけど。僕の考えはもう古いのかね」

今、就活で苦労されている人が多いというが、こういう考えでは、定着どころか、就職はむりだろう。生きるということは、格好だけでは生きられない。自分の時間で、仕事の武器を磨くのは当たり前だと思うが・・・

2010年9月 3日 (金)

心穏やかに一日を送りたい

10shiretoko5go_1ko11 生きる喜びを感じるとき・・・澄んだ青空・新緑の野山で野鳥のさえずり聞いたとき・満天の星を眺めたとき・清流のせせらぎを聞いたとき・梵鐘の音・海潮の音・白檀の香・手入れが行き届いた日本庭園・新築の木の香り。

そして、チェロの響き・フルートの響き・孫の笑顔・炊き立てご飯・魚の煮付け・わかめと豆腐の味噌汁・茄子の糠漬けなど、など。

煩悩多き人間というのだろう。好きなものに囲まれていると心が落ち着く。だいたい、失敗することは、結果的に、心が落ち着かない、集中力が欠けている時が多い。

体調も気力を失わせる原因だ。仏教では煩悩から解放されることが悟りの入口のようであるが、煩悩といわれている三毒(貧・瞋)は人間生きている証拠かも知れない。

(とん)むさぼり求める心。(しん)怒りの心。(ち)真理に対する無知の心・「おろかさ」。

生涯修行である。毎日を三毒との戦いでもあると言える。心穏やかに一日を送りたい。

生きていくことは辛いこと

10risiri_senpousi21 今年の夏は記録的な暑さである。実際に熱中症で、救急車で病院で運に運ばれた人が総務省消防庁のまとめでは、8月22日までに、全国で4万1020人に達し、過去最悪のペースとなっているという。救急車で運ばれた人の中で亡くなった人は、全国で145人いるという。

円高・不景気・就職難・路上生活者が減らない。一方民主党代表選菅さん・小沢さんが命を賭けて行われている。そういう人もいる。苦しさを耐えれば、明るい希望が叶えられる信じ、一生懸命に「今を」生きているのである。

でも、生きることに疲れ・辛いと感じている人は多い。いつの時代でも今年は楽だったという年はない。生きて行くことは辛いことで、さまざまな苦しみを感じるのは、今、生きているからである。

この世に生きているかぎり生老病死の苦しみが伴う。また欲望は苦しみを生む。愛する者と別れる苦しみ、怨み憎しむ者と会う苦しみ、求めるものが得られない苦しみ、利己的な執着心による苦しみ、生きることは苦しみである。

誰でも生きていくのが辛いとか苦しいとか、思い悩むもの、それがどんな苦しみなのか、どういう悩みなのかは、人によってみんな違う。苦しみが長く続くこともあれば、短い期間だけで終わることもあり、また、苦しみがすごく深いものから、それほどでもないものまで、生きているかぎり諸々の苦しみがある。

この世には 、すべてのものが、それなりに原因があって結果がある。生きていることが苦である。その原因は何んだろうか?財欲、飲食欲、睡眠欲、さらには名誉や権勢の欲望にいたるまで、人間はあらゆる欲望が潜在かしている。

欲しいものが手に入らないと、さらに欲しいという苦しみの気持ちが強くなる。欲望を持たなければ苦しまなくてもいいのだろうが、生きている限り欲望は尽きない。さまざまな苦しみを感じるのも、今、生きているからだ。

二百十日が過ぎても暑い

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108inaho_aozora11 この暑さ 二百十日の 記念の日

ったいいつまでこの暑さは続くのだろう。九月に入っても平年以上に気温の高い日が続く。と、あまりありがたくない予報が出ているが、早く秋らしく爽やかな空気を味わいたいが・・・。

二百十日といえば、1923年9月1日(大正12年) 関その東大震災が起きた日である。今から87年前である。よく両親にその時の恐ろしさは、何度の聞かされた。地震・雷・火事・親父というが今でもその恐ろしさは変わらない。情報が今と違って間違った噂が流れて、余計な心配をした事も聞いた。

防災の日(9/1)今年も、政府は防災訓練を実施した。民主党代表選始まったが、菅首相の作業着姿で指揮をとっている姿をテレビみた。「災害は忘れたころにやってくる」とうが、今年は心配だ。今年の猛暑は、気象庁観測以来の長期となっているそうだ。日本列島各所で記録更新が継続中という。

二百二十日まで続くのか?熱中症で亡くなられた方が300人を超えたという。気をつけよう。猛暑は、まだまだ続くというが民主党の代表選が熱い。日本の首相を決める選挙だ。議論が燃え尽きるまで行って欲しいものだ。

2010年9月 2日 (木)

民主党の代表選のこと

108genbikei21 民主党代表選は、菅首相・小沢前民主党幹事長の違いがかなり鮮明になった。堂々たる政策論争を深めてもらいたい。

小沢氏は昨年の衆院選マニフェストの実行を最優先する方針。消費税論議は、徹底した無駄の削減が済むまでしないと明言した。米軍普天間飛行場移設問題でも、沖縄県、米国政府双方の理解が得られる解決策が必ず見いだせると強調した。

この事は小沢氏が幹事長として支えた鳩山政権がやろうとしてできなかったことであり、小沢政権で真の「政治主導」を確立し、解決できるというなら、手段と道筋を、もっと具体的に示してほしい。

菅首相は、実現が困難なマニフェストの修正と、消費税論議に取り組む姿勢を明確にした。「クリーンで開かれた政治」を掲げて小沢氏との違いを明らかにし、「どちらが次の首相にふさわしいか、国民に判断していただく」と言い切った。

その意味で、互いの違いをはっきりさせようという両氏の姿勢はいいが、政治資金問題に対する小沢氏の説明は不十分である。これでは国民の理解が得られない。

小沢さんというと、政治経験も長く、「壊し屋」と言われ談合・裏取引というイメージがあるが、会見では「党の分裂はありえない。結果がどうあれ、力を合わせて頑張る」「ねじれ国会を政界再編で乗り切る考えは持っていない」と明言した。

消費税・財政では、大分違った考えである。来年度概算要求額96.7兆円という莫大な要求が出た。民主党になって始めての予算審議に移っていく、今朝の市民の意見で誰がやっても変わらないといった意見があったが、実はそうではない、代表選は、日本の首相を決めるもので、国民の暮らしに大きく影響することなので、関心を持って見守るべきである。

 

臓器移植のこと

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108sirakami_mothertree11 日本臓器移植ネットワークは1日、北部九州の病院にくも膜下出血で入院していた40代の女性が、改正臓器移植法に基づく脳死と判定されたと発表した。これで臓器移植法が改正されてから5例目だそうだ。

俳優の安岡力也さんが、息子の肝臓の移植で42時間の大手術で成功したというニュースが流れたのも、昨日のことだった。

いままで、外国、特にアメリカに多額の費用をかけて出かけなければ出来なかった脳死と認定したドナーの方から提供を受ける事例はニュースなどできいている。資金を集めるのに街頭で必死で募金活動する光景も見たことがある。

日本はまだまだ、国民の認識が不十分であるが、もし該当者が身内にいたとするならば、関心は高まるだろう。しかし実際には難しい問題がある。本人の意思表示でドナー登録がされていないで、家族の承認という問題や、脳死であっても麻酔をする・しなしの問題・報酬の問題があるそうだ。

中国では、死刑さた人からの提供が65パーセントという、日本そうはいかない。しかし、臓器移植の報道で、関心がなかった人が少しずつ関心を持つようになってきたように思う。この問題は、家族の中で日ごろから話し合い、認識を深めていくことが大事であると思う。

患者の費用の問題もあるが、人の命の尊さを改めて考えさせられることだ。

2010年9月 1日 (水)

一人で生きていけない

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Topimage011 人はどんなに強い心を持っていても、何らかの影響を受けて、変わっていく,でも変わらない時もある。それは自分が頑なに受け入れなかったときである。しかし、受け入れてしまえば、《心を許す、心を開く》変わるのは当然のことだ。

だから、常に人間関係のよい環境に自分の身を置きたいものだ。だが、殆ど希望は叶えられない。そう簡単には安住の地はない。ないならば自分で周りの人も心を和やかにするよう努力するしかない。

何もリーダーになれとは言わない。人にあったら笑顔で挨拶をする。人の陰口をたたかない。何時も笑顔に心がける。そして常に反省と浄化を行って、客観的に判断もできる。その冷静さも強さ=優しさの賜物である。

人は弱いもの、一人では生きていけないのだから、みんなで協力し合っていい人間関係を造ることだ。長い人生か、それとも短い人生かは人夫々の受け止め方がある。辛い苦しい人生である。でも少しでも、快適に生きるには、自分で努力しなければ幸せ感は掴めない。他力では何にも勝ち得ない。

感謝の心忘れないで相手を思いやること、結果は後から付いてくる。これから人に影響を与える年齢にはいって、なお一層、自分を律する今日この頃である。それは人の為と言うより、自分の為でもある。人生は修行の場でもある。

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