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2010年8月23日 (月)

命の引継ぎ

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0261 人間が生まれることは、大きな意味がある。命の引継ぎだ。命の引継ぎとはいうまでもなく子を産み育てるという行為で、子育ては人間社会の中でも最も価値ある仕事である。これがなければ社会は消滅してしまう。

命の引継ぎは、民族が永遠に続くということを意味している。親がいて子がいれば、確実に7~80年は命が続く訳で、孫が生まれれば100~120年は命の継承が不可能でない。

命の引継ぎは、個人的な財産であると同時に、社会的にも大きな財産である。それは民族や国家の繁栄にも結びつく。女性が子どもを生むという行為は最も価値ある仕事で、人間がどんなに素晴らしい商品を創り出しても、どんなに莫大な財産を築いたとしても、新しい人間の生命誕生にかなうものはない。

生命誕生は素晴らしい未来が開ける夢と希望の源になる。命の引継ぎは、その人の遺伝子、家系、家制度を次の世代に確実にバトンタッチすることを意味している。

この命の引継ぎは自然法則的な形態が崩れつつある。特に現代に入ってから人間社会、女性はこの出産という行為を恣意的に操作するようになった。

戦前の「生めや増やせよ」の時代から、戦後の日本社会は明らかに人口抑制時代となてしまった。それは人口が多いから減らそうというのではなく、結婚しても子育ては経済的に大変・面倒くさいから子どもを生まないで、生むのを減らしていこうという考えで、いわば命を継承する事を放棄する?せざるを得ない?時代となった。

そして世の中に、パラサイトシングルと呼ばれる結婚しない人たちが大量に出現し、このため、出生率が大きく割り込み、人口を維持していくということが困難な時代になった。

このため安心して子どもを生むにはどうしたらよいかが、政治の大きな課題になっていまる。育児休暇や育児手当・子育て支援、でもいくら制度的整備を行っても、子育てを女性の仕事だと決めつけていては子供は産まない。

かっては日本は大家族構成は普通だっだ。子育ては夫婦ばかりでなく、年寄りがいて、兄弟姉妹がいて、場合によっては小姑もいて、家族や社会みんなで育てるというのが当たり前だった。

そんな時代を過ぎ、家事と子育てを専業主婦となって、いつまでも子離れしない母親と家庭で居場所のない父親が大量生産され、子ども中心主義の家族が出現したのである。

昔のように大家族構成に戻すことは無理である。せめて、家事や子育てを女性だけの仕事としてではなく、男性も家事や子育ての現場に入ることなしには、今日の少子高齢化という問題を解決しないと思う。

「主婦」とは決して夫の従僕的存在ではない、「主夫」も妻の従僕ではない。二人が対等に家事や育児をするということは、女も男も家事に専従するばかりでなく、社会に出る努力を共に払わなければならないという、本当の意味での男女共同社会への参画を意味しているのだ。

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