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2010年8月

2010年8月31日 (火)

太陽にそっぽ向くひまわり

Sunflower_0041 ひまわりも そっぽ向く 暑さかな

明日で9月である。いつまで続くこの暑さ・・・東京都心で30日、1日を通じ気温が25度を下回らなかった日が今年47日となり、1994年と並んで観測史上最多となった。そして、大阪では猛暑日が過去最高とか、東京練馬では38度を超すとか日本列島、記録ずくめの暑さを記録している。

夜の気温が25度を下がらない熱帯夜は東京で8月31日の最低気温が27.5度という事で1994年の47日を超えて単独トップに躍り出た。また、真夏日の日数は57日になった。

そのかわり、台風の数が少ないので助かる。現在6号7号8号と発生するが、太平洋高気圧でズーと西の方にいてしまいそうだ。

この暑さで、クーラー始め夏物が売れているそうだが、全般的には、不景気をぶっ飛ばす勢いになるかどうか・・・。民主党の権力闘争と同じで、国民にそっぽ向かれたひまわりだ。太陽もほどほどの暑さでいて欲しいものだ。

円高対策のこと

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05sikotuko31 日本の企業も、このまま85円台/1ドルが続けば4割が海外に移転せざるを得ないという。深刻な事態になっている。実際日本の景気が良くなったと言うわけでない。アメリカ・欧州の不況が深刻で長びいていて、消去法で日本の円が買われているだけで、日本がその“とっばっちり”を受けているだけというが・・・

日銀・政府が、円高と景気への対策で、政府と日本銀行が足並みをそろえた。これで万全かというと、とてもそうとは言えない。

今日の各誌新聞の社説でも、一定の評価はしている。
朝日新聞・・・国民の不安に応えようと動いたことは、ひとまず評価できる。急ごしらえで、予備費9000億円の枠内にとどめたために小粒であるが、新成長戦略に沿って、環境・エネルギーや医療・介護などの雇用と需要の創出を進めるべきだ。

読売新聞・・・政府と日銀が、ようやっと強調して動き始めたことは評価するが、もはや、市場の関心は日銀の「次の一手」に向い始めている。対応の遅れを再び投機筋に突かれ円高を加速させぬよう、長期国債の買い入れ増額など、新たな緩和策も視野に入れるべき・・・市場はさまざまな要因で激しく動く、政権与党として、市場の声によく耳を傾けてほしい。

毎日新聞・・・日銀追加策ー 一時しのぎでは困る。市場はひとまず落ち着いたように見える。米国経済の動向次第では、再びドルが売られ、円高が進行する。その度に対処療法的に景気のテコ入れ策を追加していてはキリがなし副作用が増えるばかりだ。最大の問題は、今回のような、前例が重なることの危険性だ。市場が動くたびに政治から、「迅速な追加策」への催促が強まり、日銀は政策の自由度を失いかねない。

日本経済新聞・・・「この円高策でー 一件落着とはいくまい」民主党代表選に向けて菅首相と小沢前幹事長の駆け引きなどで、経済そっちのけの政局も対応の遅れつながったのではないか。円高・株安に無策との批判を受け、慌てて動き始めた印象が強い。経済の基本方針は、雇用・投資・消費・地域防災・制度・規制改革の前倒しの5本柱。深刻な就職難を緩和する雇用対策、家電のエコポイント制度の延長や日本への投資促進などが盛り込まれた。短期・長期の両方をにらんで、機動的に、そして経済体質の改善につながるような大胆な政策を政府・日銀は手を打って欲しい。

といった内容だが、今日の日経平均株価は9000円割れとなってしまった。権力闘争にうつつを抜かしていて、国民が犠牲になるような民主党になってしまったら、日本は浮びあがれない。

そしてきょうの終値で、東京株式市場は前日の米国株安や円高から4日ぶりに反落、下げが加速した。大引けの日経平均株価は前日比325.20円安の8824.06円と2日ぶりに8900円を割り込み、終値ベースで8月25日に付けた年初来安値を更新した。

2010年8月28日 (土)

民主党代表選のこと

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06oga_toga11 小沢さんよ「恥を知れ」いまだに政治資金問題への対応を明らかにしていないじゃないか・・・。それをクリヤーにしなければ出馬するとは、あいた口がふさがらない。民主党代表イコール日本の首相である。首相といえば日本の顔である。また国民に信頼されることが条件にある。首相になることで政治とカネの問題を不問にさせたい?そんな馬鹿な・・・

人事で裏取り引き、闇取引での政治手法に比べれば、表舞台で正面から戦う方がまだしも、ましかも知れない。有権者とすれば、せめてそう考えてこの代表選を見つめるほかないのか・・・。

マニフェストを見直すのか否か、消費税論議に踏み出すのか否か。菅、小沢両氏は、民主党内にある二つの潮流をそれぞれ代表する。

「相談しない、説明しない、説得しない」とも言われる小沢流が、今の時代にふさわしいか。小沢氏には、その政治手法の総括も求められよう。

菅首相は参院選で、総選挙マニフェストの見直しと消費税論議を提起した。厳しい財政事情を直視すれば理にかなった主張である。参院選敗北後、代表選をにらんで言をあいまいにしてきたが、もはや封印する理由はない。

対する小沢氏は、あくまでマニフェストの実現を目指すというなら、その財源を具体的に示さなければいけない。消費税論議を当面棚上げするのなら、それに代わる日本の財政健全化の道筋を示す責任もある。

透明でクリーンな政治が国民に信頼される条件であるが、今回の仲介役の鳩山さん最初は菅さん指示だったのが?「小沢・脱小沢」で菅さんの脱小沢で、鳩山さんの「大儀」ありで小沢さんに指示するという。どうも分かりにくい。

 

2010年8月27日 (金)

生きている事実を知る

1231 最近、生きていられることが、不思議に思うことがある。生まれて何十年も行き続けられるのが、当たり前でそんなこと考えて見たこともなかった。改めて自分自身に問い直してみるということである。

「私は何故ここに、いま生きているのかなあ?」そんなことに思いを廻らしていると、些細なこと・とてつもない大きなことまでが、いまの私の命のありように深く関わっていることに気づかされる。

「何かのご縁」で、生かされている。世間でよく使われる「縁起がいい、悪い」「縁起もの」という意味ではなく、生きていられる基の全てが、相互の係わりあって、夫々が他と繋がって存在している〝真理〟がある。

私事であるが、小学校入る前の6歳のとき、よく川で泳いでいたが、台風の後で水かさが増していたとき、大勢の仲間で泳いでいたが、立つだろうと思ったところが深みに嵌まって一瞬の間に流された。慌てて両手足をばたつかせ、何かに捉まろうとしたが何にもない、何秒でもない時間だったが、水を飲んでしまい「死」感じた。そして大人に腕を掴まえてもらい助けられた。その恐怖は今でも記憶に残っている。

また、5年前にドライブに妻と出かけて、居眠り運転をして、反対道路脇の民家のブロック塀壊し、標識をなぎ倒し、車のバンバーが取れ、ようやっと止まったとき、振りかって見て、よくかすり傷もしないで過ごせた?と不思議な位だだった。同乗の妻にもかすり傷さえなかった。車は大破で廃車にしてしまった。

いまここに生きていることが不思議に思えてならない。しかもこうやって数十年の人生を恵まれたことは、不思議中の不思議だとしばしば思う。事故や病のときに私を支え、助けてくださった方がいなかったことは一回もない。これまで生きてきた経過をたどってみても、今日一日のことを思い返してみても、私が誰かのためを思ってしたことよりも、はるかにして頂いていた事のことの大きさ、多さに気づかされるのである。

人間は誰でも慣れたら、当たり前になる。「ありがたい」話を聞くのではない「ありがたい」 「命」の事実を知らせていただく事であり、「感謝の心」持ち続けたい。

愁い雑感

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Cosmos_0021 日の入りが、遅くなったことが実感できるようになった。毎日35度を超す暑い日が続いているが、夕やみ迫る頃には虫の声がきこえるようになり、私の近くの湯殿川の河川敷にはススキの花がみられ、丹精して育てたコスモスがの花が、風に揺れている。

昨日、山梨の石和に住んでいる方から、秋の味覚、葡萄を頂いた。葡萄といえば思いだす、むかし、鉢植えに立派な房をつけて、売られていたので買ってきて庭先に植えなおしたのだが、大きく枝を伸ばし棚を作って、秋に房がなるように、期待し根元に肥料を与えたり、したが、食べられる房は、何房も採れなかった。

円安で、株安・猛暑続きで、野菜値段が高い。大学卒業の就職浪人が増え、生きていれば104歳の方を、リックに入れて持ち歩き、年金暮らし60代の男性がいたり、江戸時代生まれ人が生存?している?大阪ではそんな人が何にもいるという不思議な事態が発覚した。

政治・行政がおかしい?政治で全てを改善されるとは思わないが、民主党の代表選で、ブッ壊し屋の小沢一郎さんが、出馬するという。国民の暮らしを守ると言ってきたが、私利私欲を政治の力で利用して、田中角栄さん・金丸信さんなどの教え子だそうだ。金にまつわる問題の歴史がある。

壊すことは、犠牲になるものが出る。しかし新しい何かが生まれる。そのプロセスが分からないと国民は豪腕だということで評価する。小沢さんは中国に60人もの子分を連れて行くという親方気取りの方だ。今まで首相を操って来た人が日本をリードする首相になれるか?攻めから守りの転身が出きるか・・・しかし、国民の暮らしは、待ったなしである。菅さん、小沢さん、首相は国民は選べない。切なる願いは、国民のための政治をして欲しい。

2010年8月26日 (木)

民主党分裂?

108mototaki_natu31 民主党の代表選に、小沢一郎前民主党幹事長が今朝出馬を表明した。民主党代表となれば、日本を代表する首相である。鳩山前首相の賛同を取り付けたと言うがこれで民主党の終わりの始まりである。

なぜならば、小沢さんと言えば、3ヶ月前に民主党幹事長を鳩山前首相とお金にまつわる問題で、辞めたばかりである。いまだに裁判は終わっていない。従って両者ともお金の問題で、国民の指示は得られない。

ねじれ国会では野党の反発だけでなく、菅グループ・前原グループ・野田グループなどの反発は必死であり抗しきれないだろう。とても挙党一致とはいかない。鳩山さんはロシア訪問が控えているそうだが頭の中は・・・大儀?なんて感情論で国民の信は得られない・・・優柔不断ではないのか?・・・国民は無視するのか?・・・

そもそも、菅さんの「脱小沢」で国民の菅政権を一定の支持率を維持してきたのだから、小沢政権では、8割以上の国民に信頼されないだろう。また菅さんと、小沢さんとの政策の違いが分からない。民主党のマニフェストで「守る」「変える」という違いしか考えられない。

政界再編の動きが活発になるの?いずれにしても、景気の問題・年金の問題はじめ日本の内外は、悠長にしている余裕はない。一年生議員に配慮してばかりでもいけない。

挙党一致が出来なければ、民主党は分裂し、総選挙しかない事態となるのか?国難の時期に感情的になってしまった菅・小沢では、日本は任されない。

ゴミを拾いながら考えた

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60mangetsu1 ゴミを拾いながら、こう考えた。近頃の子供は、責任感がない・思いやる心、優しさがない・自分の意見が言えない・など大人が言っているが、大人だろうタバコの吸殻を路上に捨てていくのは!!!

だから子供の事を云々言う前に自分の行動を反省していただきたい。しかし、10月からタバコが値上がりするそうで、止める人が多くなる?(私は吸っていないが・・・)

戦後、日本は、経済の繁栄による物質的・金銭的な豊かさが追求される中で、規範意識が薄れ、社会的な責任よりも権利意識が優先する自己中心的な考え方が広がった。

このような意識構造の変化は、大人社会の風潮を反映する子どもたちの態度や行動に表れ、倫理観や正義感を失った青少年の問題行動や、社会ルールを守れない子どもたちの増加などの問題が生じている。

こうした状況を改善していくために、大人が手本となり、個人の価値観や生き方の相違を超えて互いを尊重し、共に生きる地域社会を構築していくことが大事だ。

これまで、家庭をはじめ、学校、地域において、わがまち片倉町一丁目町会では、あいさつ運動・CC大作戦(クリーン・コミニケーション図り、地域の学校・住人対象でゴミ拾いをする)・市主催のみんなの町の清掃デイ・川の清掃デイなど行っている。週二回の防犯パトロール実施している。・・・が、もっと積極的に参加して欲しい。

「心をつなぐ」という言葉がある。地域を愛し人を思いやる温かくやさしい心を、親から子どもへ、孫へとつなぐとともに、地域においては、隣人から隣人へとつなぎ、広げることにより、現在から未来へと伝えていくことは、現在最も必要なことだと思う。

ひとり一人が、大人も子どもも地域社会の構成員としての自覚を持ち、実践をとおして、互いに助け合い支え合う地域社会を実現して行くことが必要だ。

2010年8月25日 (水)

夏の思い出

Phot000000000003f5a5_500_01 夏の思い出というと、小学校一年生のころ夏休みに、真っ裸(フルチン)で田んぼの稲の間を、川で泳いで冷えた身体を浸けるのが気持ちが良かった。ぬるぬるした田んぼの暖かい土が肌に心地よく、ただ稲の葉が肌にかすれて痛いが、蛙のように腹ばいにスッポリ浸るのである。みんな一斉に川から田んぼに入るのである。

そんな事をして、遊んでいたら、よく知っている卯太郎おじさんが来て「こら!何をしている!駄目だ」と怒鳴って、駆け足でやってきた。みんなは「にげろ!」一斉に逃げ出した。小さかった私は捕まってしまった。羽交い絞めにされ動きが取れない。もうその時は、殺されるのかと思うほどの恐怖だった。その時の卯太郎おじさんの手の大きさはいまだに忘れない。

どうして許して貰えたか分からない。何日か経って、皆は相変わらず田んぼに入って遊んでいたが、私はその後のことは覚えていない。

何年か後に何故入ったらいけないのか考えて見たのだが田植えをして、稲がしっかり根付いていなかかったので稲が倒れてしまうからだと思った。だって田の草取りで、田んぼの中に入り根の周りを柔らかくするのだから・・・

田んぼの泥を顔につけて、川に飛び込むのである。今も鮮明に覚えている怖かった、夏の思い出である。

円高が止まらない

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07akitakoma 経済のことは、よく分からないけど、円高進んでとうとう1ドル83円台になったという(15年ぶり)、95年に79円台に迫ろうとしている。果たして日本の経済はこれだけの実力あるだろうか?海外旅行が行きやすくなったというが、私たち年金暮らしでは関係ない・・・。

24日の東京市場で再び1ドル=84円台となり、日経平均株価が、9000円を下回った。前日、菅首相と日銀の白川方明総裁と15分の電話協議をしたが、具体的な「対策」を打ち出さなかったために、一段と円高・株安が進んだのだという。

アメリカ・欧州諸国の不況で、日本が以前経験した、銀行破綻危機で公的資金を投入した時代があったと同じパターンという人もいる。決して日本の景気が良くなり、経済は安定したとは言いがたい。

円高で、輸出企業が打撃をこうむり、そのため株安で、「大変だ、何とかしろ」コールがまた強まってきた。これまで何度となくとられてきた「円高・株安対策」が何をもたらしたかを考えれば明らかだ。後に残ったのは借金の山である。

貿易に占める通貨の比重や物価の影響を勘案した総合的な為替レートをみると、今の円相場は過去20年間の平均よりまだ低い(円安)という。95年の1ドル=79円に匹敵する円高は、今のレートなら1ドル=約58円といった試算もある。(毎日新聞社説)

活路を求めて、製造業は世界各地で現地生産を増やし、為替相場の変動に備え、一定の手だてもとっている。円の価値が上がることは、外国の企業や資産が割安価格で買えることを意味する。円高は、一層拍車をかけそうだ。

すべての企業にとって円安=善ではない。円高を武器に変えて、攻めの経営をしようとしている企業もある。金融緩和・為替介入・補助金支給などの対症療法では、問題は解決するとは思えない、規制緩和や社会保障制度改革など早急に解決しなければならないと思う。

しかし、与党である民主党は主導権争いに終始しているようでは、日本の未来は暗雲は取り除けないだろう。

2010年8月24日 (火)

人生は帰ることのない旅

05sikotuko31_2 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」、松尾芭蕉は過ぎゆく月日は客人のようなものと、時の流れと人生重ねて詠んでいる。人生を旅にたとえて、毎日が先の見えない旅の途中である。

大きな壁に突き当たり、回り道、迷い道をしながら、人生という旅をしている。それは長い旅なのか、短いかは予測出来ない旅である。

人生の旅の始まりは誕生で、その人がどういう旅路をするのか、誰も決められない。その旅の出発点も自分で決められない。もっとよい時代・良い家に生まれてきたら良かったのにと思って生まれてきた人も、生まれてこなかったらよかったのにと不満心をもって生まれてきた人もいない。皆んな、無駄な人はいない、大切な命をいただいて生まれてきたのである。

旅は楽しい、それはまた帰るところがあるからである。旅の終わりになると、もっと旅を続けていたい気持ちになる。すばらしい景色に見とれたり、美味しい食べ物や、よき出会いがあったり、いい湯に入ると極楽で、もうそこから帰りたくない、もっと旅を続けていたいと思う、けれども帰るところがあるから楽しいのである。

帰ることのない旅しているのが人生である。過ぎゆく時を戻すことはできない。時に人は、立ち止まって自分をふり返って、もの思いにふける。歩んできた過去に納得したり、悔やんでみたりもする。旅の途中で挫折して、歩く元気をなくしてしまったり、先を見て歩く勇気を失って、座り込んでしまう人もいる。けれども、また人は歩き始める。それは旅の終わりのあることをみんな知っているからである。

八月は節目の月?

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226179602_9c161004581 この暑さ 過去の八月 思い出す

八月といえば、私と妻の誕生月である。昭和20年8月の終戦、24年の母親の死、私の人生で今でも記憶に残っている最も大きな出来事である。

振りかって見れば、私の現在があるのは、良くも悪くもこの二つの事件で、いまがあると言っても過言でない。

世界の8月の出来事を見渡してみると。西暦79年の本日、ポンペイでは朝から不気味な地鳴りが続き、昼頃ヴェスヴィオ火山の大噴火によって消滅した日であった。この時節が持つやりきれなさと屈託は、もしかしたら全人類、世界的に共通しているのかもしれない。

なぜか、暑い時節にインパクトの大きい印象が残ることが多い。節目の月でもあるようだ・・・

2010年8月23日 (月)

処暑そして・・・

Gekkabijin1 夏の高校野球の熱戦は、沖縄の興南高校の春夏の優勝で終わる。わが町片倉町一丁目町会の盆踊り、八王子祭り、地元住吉神社の祭りも終わった。

異常な暑さに見舞われた日本列島であるが、季節はめぐり巡っている。日の短くなっていることに気づかされる。暑いあつい、今日も35度猛暑であったが夜には虫の声を聞くようになった。

そして暦では「処暑」=23日=暑さが和らぐとされる。
しかし、東京・練馬では36・0度、大阪市でも35・2度を記録した。気象庁によると、9月に入っても平年より暑い日が多いといい、厳しい残暑は当分続きそうだ。9月前半も各地で30度以上の「真夏日」が相次ぐという。

今年は異常気象の上、不況はリーマンショックから、世界的に立ち上がれない。特にアメリカの不況で日本はお付き合いをしている状態である。緩やかに景気は回復しているというが、大企業ののみで、中小企業などは深刻な状態とか?である。

株価は、8月17日以来の年初来安値を更新した。大引けの日経平均株価は前週末比62.69円安の9116.69円と続落。日経平均株価は一時、9100円割れとなった。菅首相・白川日銀総裁との電話会談を期待したが、具体的で実効性のある経済・円高対策には言及がなかったことから、失望売りが出た格好である。

民主党代表選が、9月にあるが、菅首相・小沢元幹事長の対決で、民主党議員は、浮き足立っている始末である。そのことで行政が滞るような心配も出てきた。

異常気象・政治の空白が心配である。政治は、安心・安全の国民の暮らしを守る事である。民主党の内輪の問題で国民は、蚊帳の外ではいけない。挙党一致し、国民とともに力を合わせ窮状を乗り切らねばならない。

命の引継ぎ

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0261 人間が生まれることは、大きな意味がある。命の引継ぎだ。命の引継ぎとはいうまでもなく子を産み育てるという行為で、子育ては人間社会の中でも最も価値ある仕事である。これがなければ社会は消滅してしまう。

命の引継ぎは、民族が永遠に続くということを意味している。親がいて子がいれば、確実に7~80年は命が続く訳で、孫が生まれれば100~120年は命の継承が不可能でない。

命の引継ぎは、個人的な財産であると同時に、社会的にも大きな財産である。それは民族や国家の繁栄にも結びつく。女性が子どもを生むという行為は最も価値ある仕事で、人間がどんなに素晴らしい商品を創り出しても、どんなに莫大な財産を築いたとしても、新しい人間の生命誕生にかなうものはない。

生命誕生は素晴らしい未来が開ける夢と希望の源になる。命の引継ぎは、その人の遺伝子、家系、家制度を次の世代に確実にバトンタッチすることを意味している。

この命の引継ぎは自然法則的な形態が崩れつつある。特に現代に入ってから人間社会、女性はこの出産という行為を恣意的に操作するようになった。

戦前の「生めや増やせよ」の時代から、戦後の日本社会は明らかに人口抑制時代となてしまった。それは人口が多いから減らそうというのではなく、結婚しても子育ては経済的に大変・面倒くさいから子どもを生まないで、生むのを減らしていこうという考えで、いわば命を継承する事を放棄する?せざるを得ない?時代となった。

そして世の中に、パラサイトシングルと呼ばれる結婚しない人たちが大量に出現し、このため、出生率が大きく割り込み、人口を維持していくということが困難な時代になった。

このため安心して子どもを生むにはどうしたらよいかが、政治の大きな課題になっていまる。育児休暇や育児手当・子育て支援、でもいくら制度的整備を行っても、子育てを女性の仕事だと決めつけていては子供は産まない。

かっては日本は大家族構成は普通だっだ。子育ては夫婦ばかりでなく、年寄りがいて、兄弟姉妹がいて、場合によっては小姑もいて、家族や社会みんなで育てるというのが当たり前だった。

そんな時代を過ぎ、家事と子育てを専業主婦となって、いつまでも子離れしない母親と家庭で居場所のない父親が大量生産され、子ども中心主義の家族が出現したのである。

昔のように大家族構成に戻すことは無理である。せめて、家事や子育てを女性だけの仕事としてではなく、男性も家事や子育ての現場に入ることなしには、今日の少子高齢化という問題を解決しないと思う。

「主婦」とは決して夫の従僕的存在ではない、「主夫」も妻の従僕ではない。二人が対等に家事や育児をするということは、女も男も家事に専従するばかりでなく、社会に出る努力を共に払わなければならないという、本当の意味での男女共同社会への参画を意味しているのだ。

2010年8月22日 (日)

民主党は何かおかしい

06oga_toga11 19日、長野県軽井沢町にある鳩山氏の別荘で開かれた懇親会の光景をテレビ映像で見て、何をやっているのか,と違和感を覚えた。まだ、鳩山・小沢氏は、レッドカードをもらって、3ヶ月である。両者ともみそぎが終っていない。160人ともいう人を目の前にして、党内一致団結と「気合」を入れていたが・・・

党内の一部では9月の党代表選に小沢氏の出馬を求める声が強まっているという。「おいおいちょっとまてよ!」もっと冷静になって考えて下さいね、勘違いも程がある。

小沢首相?を強力に推し進めている人たちがいるというなんとも不可思議なことだ。これは野党であるなら分かるが民主党代表となれば、日本の首相である。冗談ではない、理性と理念を持った行動とはとても思えない。

民主党は野党時代、自民党の首相が次々代わるたびに「衆院を解散し、総選挙で信を問え」と要求してきた。わずか1年で鳩山前首相、菅直人首相の2人が交代するとなれば当然、解散するのが筋だが、「小沢首相」のもとで衆院選に臨む覚悟が民主党議員にあるようにも思えない。

有権者を愚弄し私利私欲で、国民の目線どころか、まったく無視しているとしか思えない。「政権交代すれば、いくらでも財源は出てくる」と財源論をあいまいにしてきたのは小沢氏と鳩山氏である。民主党政権への失望は、既に「小鳩」体制時代に始まっていたことを、小沢氏を支持している議員たちはまるで忘れてしまっているようだ。

党内の混乱をつくり出しているのは菅首相自身でもある。消費税増税問題をはじめ、これだけ内外に課題が山積しているというのに、党内の反発を恐れるばかりに、最近は自分は何をしたいのか、一向に明らかにしない状況が続いている。これでは求心力は失われる一方だろう。

今度の代表選を党の政策と結束を固める場にするよう望むが、相変わらず「反小沢対親小沢」の対立だけがエスカレートしている現状を見ると、それは望み薄だと言わざるを得ない。求められているのは党内の主導権争いではなく、政策を一歩でも二歩でも進めることだ。所属議員全員が少し頭を冷やさないと・・・窮状に喘いでいる不況の波は収まらない。益々国際社会からも、見放されてしまう。

社会構成が危うい

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107risiri_otatomarinuma11 人は何のために生まれてきたのだろう?と考えることがある。私は、子孫を残すために生まれてきたのだ。と信じているが・・・

最近私の家の周りでは、結婚しないで、親と同居したまま、婚期を逸してしまっている人が軒並みいる。親離れ?出来ない人が多い。理由は、それぞれあると思うが、後継者がいなく社会構成も危うくなってしまう恐れがある。それを打ち破るエネルギーが必要だが・・・

深刻な問題であるが、「成るようにしかならない」とあきらめている?個人個人では非常に将来が不安であると思うが・・・自分の子どもが、結婚して孫が出来て初めて人間として生まれて幸せを実感でき、死んでいけるのだ。

大家族・三世代が普通だったむかしは、嫁姑の問題はじめ他人をひとつ屋根に迎えいれるのは、それなりに覚悟をであった事だと思う。我慢・妥協で、一族の構成が何代も引き継がれてきた。そして社会構成も成り立っていたのだ。

子どもを結婚させると言うことは、経済力は勿論であるが、精神的許容が出来るか出来ないかという事だ。せっかく嫁を迎えいれるために家を改築したが、嫁姑の問題で、2・3ヶ月で別居という家が多い。それが怖いのだと言う人もいる。

一方、年取った親は、病気などで将来が心配であるが、誰かに面倒を看てもらう?事も出来ず不安は増大するばかりである。自分の将来は自分で決めろ!と言われても・・・

理想社会とは・・・を考えるとやりきれない思いである。

次世代を担う子どもたちは、大人の生きざまを見ている、大人の生きざまをどう捉えているのか?しかし、子供達の社会生活にこの問題を先送りすることは出来ない。

2010年8月21日 (土)

住吉神社お祭り

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 涼風や 祭り囃子と 秋となり

今日は私の町の鎮守様、片倉城址公園にある、住吉神社のお祭りである。今夜は宵の宮で、明日が、本番のお祭りである。

高台の杉の森から、お囃子の音が聞えて来る、残暑が厳しい今年の夏であるが、さすがに夕方5時をすぎると、秋をしのばせる風を感じるようになった。

住吉神社といえば、何も娯楽がなかった昔は、一年でも楽しみの一つだった。由井村片倉であった子どもの頃は、お祭りを指折り数えて楽しみにしていた。小遣いを握り締め朝から出かけ、露天商がお店を出すのを待ちきれなかった。

また、お袋が朝早く起きて、酒饅頭を作ってもらい母親の実家に持っていくのが楽しみであった。お駄賃が頂けるのだからである。

そして、神輿・山車なども出して、夜には芝居がもようされ大勢の観客を集め、大変賑やかに行なった事代もあったが・・・遠い昔となってしまった。時代が経つに連れて、お祭りの関心も薄れ寂しくなるばかりである。

パソコンの動きが超遅くなった

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24460828v12822271391_2まし、だまし使っていたパソコンがとうとう動きが遅く、使えない。今日のブログは、違うパソコンで書いてみる、余計なアイコンや、システムなど排除してきて良くなったかと思ったのだが、再び超遅くなった。どうやら、メモリー以上のシステムがまだあってキャパシテイを超えているのだろう。DN333 256Mか、512Mを追加すれば動くのかと思うが・・・

パソコン本体その物が、寿命?なのかもも知れない。とりあえず手配してあり今月末には手元に入る予定である。だから、余計な費用はかけたくない。いずれにしても、ブログは、残念だけど思うように書けない。1週間は不便であるが、我慢しようと思う。

何とも悲しいかな、こう言ったメカにまったく弱く情けない。ただ書いているだけであり、無能ぶりは自分でもあきれるばかりである。

しかし、パソコンを始めた動機は、惚け防止・暇つぶしだったから、「まアいいか」・・・。

2010年8月20日 (金)

夕立

271 夕立に 真木の枯れ葉 道流る

猛暑が続いている日本列島であるが、今年は世界的に異常気象である。昨日は午後から突然曇りだし、雷鳴がとどろいて大粒の雨が、車庫の屋根を抜けるかと思うほどであった。地元八王子に大雨注意報が出たという。

我が家の玄関先の真木の木の葉が砂利道の道路に流れでていった。♪雨よ降れ降れ悩みを流すまで・・・♪の淡谷のり子の歌にあったが何でも流れても困る。

真木の葉といえば小さいが、数が多いと始末が大変、まして砂利道などので箒で掃くわけに行かず、手袋は使えない、素手で拾うのである。

しかし、この雨で大分気温が下がり涼しく感じられた。前の湯殿川の水が増えていた濁流となっていた、上流で相当降ったのだろう。鯉たちはどうしたのだろう?チョット心配だ・・・

こんなことって!あっていいの?

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3612 「どうして100回以上も殴ったの」。本当に反省しているなら刑務所に3年ぐらい入って欲しい」虐待を受けた14歳の子供が、母親に書いた手紙である。

東京地裁で18日開かれた母親らによる次男のトイレ監禁事件初公判。母親は起訴事実を認めた。時には、角材を使って2人がかりで100回以上も殴ることがあった。今年2月には次男を電源を切った真っ暗闇の自宅トイレに9日間監禁し、食事は食パンとペットボトルの水しか与えなかったという。 救出された時の次男は頭や顔を骨折し、肋骨が浮き出る痩せかただった。

公判には被害者参加制度によって次男も出廷した。なぜ厳寒のトイレに自分を閉じ込めたのか、いまだに信じられず本当のことを聞きたいと自ら希望して出廷したという。

人は一人では生きられないから、家庭生活や社会生活をしている。憎しみあいながら同じ屋根の下で暮らすとなれば、これは悲劇である。また地域や学校、職場で、しっくりいかない人間関係があって、お互いに気まずい思いをしながら、それでも共に生きていかねばならないのも、とてもつらい。

親は子供を産み育てる義務がある。子供はどんな親であっても、親に命を託すしか方法はない。両親の愛情で育つのである。最愛の家族が、いがみあい、憎しみあうようになると、家族の不和や家庭に亀裂が生じてししまい。子の行動に腹を立て、可愛さ余って憎さ百倍に豹変する親やとなってしまう。

この次男の方は、将来どんな大人になって社会生活を送るのだろうか、つらい思いをすることは自分自身の向上につながる。今苦しい思いをしていることは、自分が磨かれ慈悲の心が育まれていく修行をさせていただいていると思えばよいのだが・・・。

苦しい目にあった人は、他人の苦しみも理解できる。心の痛みがわかる人は、何ごとにつけても広い心で接しようとする。なぜならば、怨み、憎しみあって生きるよりずっと楽しいからである。

昨日テレビニュースで、8歳の子供が自殺したという。家庭や学校の在りかたを考えさせる事件で、なんとも悲しい・痛ましい事件であった。

2010年8月19日 (木)

猫じゃらし

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Enokorogusa1

生い茂る 異常な暑さに 猫じゃらし

こじやらしは子供のときからおなじみの草。愛嬌のある名前がかわいらしい。コスモスの手入れしていて、気が付くのだが、今年の猛暑のせいなのか、雑草が伸びるのが早い。雑草の中でも、猫じゃらし(エノコログサ)である。

2週間も、放っておくとアッという間に伸びる。雑草であるので生命力と繁殖力が強い。ひと夏に種から芽が出て育って、猫じゃらし(種穂)になって種がこぼれてまた芽がでる。と繰り返し3回ぐらいのサイクルを過ごすくらいである。

昔、親父は、“はぐさ”と言って、夏の厄介な雑草だった。「種を付ない前に処分をしないと大変なことになる。」と言っていた言葉を思い出す。

今年の異常な暑さのにも何のその、湯殿川の河川管理通路のコスモスに競い合っているかのように穂となってしまう、そして、道路の少しの土があるところに見かける・・・かすかに風にそよぐねこじゃらしを見るようになった。

どんなところにも「よくある」猫じゃらしはロマンチックじゃないが、いつ見ても「ある」不思議と安心感がある。猛暑の夏を乗り越えて、これから涼しくなるにつれ揺れる尻尾は金色に染まり秋の深まりを感じさせてくれるだろう。

2010年8月18日 (水)

何をやっても旨く行かない

Water_lilies  最近長年使っていたパソコンが、調子が悪い。使っている内に急にスピードが落ちてしまうのである。パソコン通の甥に相談したのだが、ノート型東芝DYNABOOK E/518PME 。使用期限が03,6,30で7年経過。メモリー不足256。容量オバー?

実際スピードが落ちる(重くなる)とはワンクリック20秒ぐらいとなる。ストレスがたまり、精神状態に良くない。日常の生活にも支障?きたす、女房に当たったり、理由もなく怒ってしまう。

甥から借りているノートパソコンでは、今までドキメントをはじめ、筆ぐるめの住所録などと、また他の内容が見られない。そこでバックアップということで、USBモリーを買いに行ったが、店員にSUGOI KEBLEを薦められ(4980円)買った。パソコン同士をケーブルで繋ぐだけで引越しが出来るという。その前に新しく買うということで、甥に相談したら、DELL Vstro3500(79980円)を頼むことにした。

長年使っていて慣れた、Windows XPのインターフェイスでないと使い勝手が分からず困る条件で探してもらった。来週早々手に入る予定である。

このところ、何をやっても旨く行かず、気が短くなり、体にも良くないと思いつつ日常過ごしていたのでこれで、ホッとした。駄目だ、もっと冷静に考えないと反省するばかりである。

民主代表選で思う

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Sunset  地球規模の気候変動で、ロシア・ウクライナなど小麦輸出をしないと決めた。それがどのような経済の影響を及ぼすか、一時の目も逸らすことが出来ない。

日本経済も、GDPの急激な落ち込み、デフレを止める政策を一時的なカンフル注射では甦生できない環境に置かれている。

この余裕のない危険な状況にあることを認識して、政権与党である民主党の代表選が9月14日に行なわれる。各グループの研修会が始り、活発な動きがあるようだ。

与党、政権政党としての代表選だ。代表交代は、一国の首相の首をすげ替えることを意味する。この内外重要な局面では、菅首相も実力も結果は、勿論何も仕事ができていない。代表選が終われば、すぐさま世界を相手に国の安危を背負わねばならない。

数の争いではなく、あくまで政策が肝心だということだ。1年前なぜ民主党政権が誕生したのか、その原点を思い起こすべきだ。政治主導で、新しい政策実現を国民は新政権に託したのだ。

リーマンショックから、いくらか立ち直りにしたかに見えた日本経済も、今夏の気象変動で世界経済は大きなうねりとなって日本を襲うだろう。一刻も猶予がないのである。

消費税上げを軸とした強い経済・社会保障・財政戦略を再構築し、制度設計、工程表の全体像を描くこと。そして、外交・安保政策を当面の普天間問題と中長期的な戦略とに分別して、国民的な英知を結集することである。政策と結束固める民主党代表選であってほしい。

 

2010年8月17日 (火)

季節の移ろい

2054421 早咲きの コスモス一輪 秋の風

昨日の東京地方は38度?今日も35度の猛暑だそうだ。まだまだ厳しい残暑ではあるが、流れる雲や木陰の風に秋の気配がしっかり感じられるようになった。

丹精して育てた湯殿川の河川管理通路のコスモスが咲き出してきた。ことしは、ことのほか暑い日が続いているが、天気予報では、今週一杯が峠?だそうだ。

秋といえば、コスモスが象徴される花だが、これを育てるにはかなり労力いる。そして長い期間の手入れ(除草)と間引きである。芽が出始めから咲き終わるまでに、何時も気にして手を入れないと思うように咲かない。

何となく慌しいく、余裕の持てない今の世の中、季節な変わりも感じなくなった心に「」を感じ取ってもらえばとの思いで育ているのだが・・・大きくなったコスモスの根元に空き缶・ペットボトル・タバコの吸殻が捨てられている。その光景を見ていると「心に余裕がない人」が・・・と思う。

目を凝らし、季節の移ろいに身をゆだねて心なごんでほしい。コスモスの花が秋の風に揺れて、空を見上げてごらん、行ってしまった夏から秋になったと教えてくれているようだ。

「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」 藤原敏行
今の季節にぴったり・・・。

円高と内需不振が懸念

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06oga_toga11 円高と内需不振が懸念される日本経済。菅政権の政策と指導力が問われる胸突き八丁の場である。

今日の朝日・読売の社説は、円高が進み、内需の伸びが懸念される内容だ。アメリカの景気が「 デフレ悪化―二番底回避へ工夫を」(朝日)「 GDP急減速 景気腰折れへ警戒を強めよ」(読売)である。

世界同時不況から順調な回復を示してきた景気が疑問符がつき、政府は何らかの手を打たないと日本経済が怪しくなるということだ。

実質成長率が減速、デフレの悪化が明らかになったことだ。アジア新興国向けなどの輸出は好調だが、問題は内需だ。とくに薄型テレビや自動車など耐久消費財の販売が振るわなかった。 エコカー補助金は9月末、家電エコポイントは年内いっぱいが期限だ。

比較的豊かな人々の消費を刺激して一定の効果を上げたとはいえ、自動車や高級家電の需要を先食いするこれらの施策にはもともと限界があった。

外需では、米国の景気の先行きに対する懸念と、円高の影響も無視できない。既存の景気対策とは別の発想に立つ個人消費喚起策などをきちんと考えるべき段階を迎えつつある。 「雇用を増やすことが所得を増やし、消費を増やす」といった好循環が生まれるような施策を急ぎ工夫する。

医療・介護分野の雇用創出に限らず、もっと幅広く考え 、環境・エネルギー、観光などの分野で、早急に対策を立てるべきである。デフレ悪化、不透明感が強まったことは否めない。

2010年8月16日 (月)

この異常な暑さで思う

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15401 今年の夏は、世界的にも異常な暑さだ。だが一時より、地球温暖化・地球環境問題がマスコミで取り上げが少ない。

メキシコ湾重油流失問題も、思ったほど問題視されて来なかったように思う。ロシアの山林火災・スペイン・ポルトガルなども森林火災が続発・パキスタンの大洪水・中国の土石流・日本でも集中豪雨が各地で見舞われるなど、今この地球は、人間の身勝手な破壊行為で、罰が与えられている状態だ。

その上、不況による経済の不安定なのか、ことのほか寒かった今年の冬なのか、失態続きの国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)なのか──。地球温暖化を懸念する世界の世論が急速にしぼんでいる。

エコ先進国のはずのドイツでも、温暖化について懸念しているのは全体の42%にすぎない(06年には62%)。イギリスでは温暖化の原因は人間の活動だと考える人は26%にとどまっている(09年11月には41%)。1月に米ピュー・リサーチセンターが行った世論調査では、21の政策課題のうち温暖化は優先度で最下位にランクされた。

IPCCの評価報告書の作成に関わった研究者の電子メール大量流出する事件が起きたり、アメリカでは温暖化のデータを粉飾して補助金を得ようとした容疑で、研究者が捜査対象になった。

人類が作り出した二酸化炭素(CO2)が、地球温暖化の原因となることに異議を唱える科学者はほとんどいない。ただしどれほどのペースでどれほどの影響が出るかとなるとはっきりしない。この10年間ほど、気温上昇が進んでいない理由も解明されていない。

アフリカにおける穀物生産量の減少や自然災害の発生で、餓死者増えている現状は当事国だけの問題ではない。弱い国の人々から死の恐怖に晒されている理不尽さを痛感するのは、私だけではないと思うが・・・

2010年8月15日 (日)

終戦記念日

Shibutoge61 昭和20年8月15日朝からよく晴れていた。広島・長崎に原子爆弾が落とされ多くの人が亡くなったと、大人の人から聞いていた。何時もあったラジオの大本営発表の、警戒警報・敵機襲来の臨時ニュースなかった。庭先にの栗の木でセミ達がやかましいほど鳴いていた。

親父が今日は、玉音放送が昼12時にあるということで、大人どうし話しって仕事が手につかない?状態であった。隣の叔父さん(清吉)が前の土手に防空壕を掘っていた。昼12時丁度近所の方が私の家のラジオの前に集まってきた。みんな頭を下げて深刻な様子で一言も漏らさず聞こうとしている姿が目に残っている。

天皇陛下のお言葉は、ラジオのノイズが酷く、波乗りのようであった。言葉の中で覚えているフレーズがある。「耐えがたきを耐え忍びがたきを偲び・・・」である。大人たちも天皇陛下のお言葉など聞いたことがないと思うが、10分ぐらい?長い放送であったように感じた。

その放送が終って、みんな暑さを忘れ青ざめた顔になり、顔の汗も拭おうともしなかった。夫々肩を落とし、ただうつむいているばかりであった。シャベルで防空壕を掘っていた叔父さんは、力なくシャベルについた泥を取っていた。

暫くして、大人の人が話し合っていた内容が恐ろしかった。「男は、牛のように鼻環で繋がれ強制労働をさせられ、女はアメリカ兵の奴隷になるのだ」と言っていた。

子供達は、好きな泳ぎもしないで、子供同士で、話し合っていた。そして久しぶりに、その夜は燈火管制もなく、家の中で家族で蚊帳を吊って寝た。母親が、兄が関東軍の騎兵隊で、満州に行っている心配だという。天皇陛下のために命を落とすのは仕方がないが・・・とがっくり肩を落とした後姿が印象てきであった。私は8歳であった。

パソコン復元できた

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Yuu0031009_m1 最近、パソコン(windows-xp)の動きが遅くなり、いよいよ7年も使っているから、寿命か?あきらめていたのだが、愛着があって、買え変えることが出来なかった。近くの電気屋さんに行っみたりした。昨年の暮れ、windows7が発売された時などは迷った。

もともとvistaは、使いにくいようで、関心がなかった。現役は電機製造会社で働いていたのだが、まったくメカに弱く?使っているパソコンが動きが悪くなったので、パソコンに精通している、甥に見てもらったら、どうもマウスが悪いことが分かった。

しかし、動きの遅い原因は解消されなかった。ワンクリックが30秒もかかっては使えない。もう新しく買い換えようと真剣に考えた。しかし、ドキメントや、大事な資料がバックアップしていない。前にも失敗して初期化を2回もして懲りない?経験があるくせに反省するばかり・・・

甥が、中古のパソコンを修理した物があるからそれを使っていればと持ってきて来てくれた。しかし、どうしても、今まで使っていたパソコンを正常に動かしたいと思い。考えられる原因である。メモリー不足・情報量の適正化と思い。

メモリーDN333256を近くのHARD OFFに行って見たのだが、この世界はまったく分からず、探すことが出来なかった。それでは、パソコン内の使っていない情報を削除することにした。思い切って行ったら、ようやっと正常に近い動きとなった。

本当のパソコンの使い方を知った。これからは、しっかりバックアップ取って安心して使うように思う。今は毎日使っているので、復元して本当に良かった。ストレス解消された感じだ。

2010年8月14日 (土)

運命は変えられる?

07bonchi_asayake_hi11 今日スーパーで、大きなお腹でお産が近そうな奥さんを見て思った。人間は生まれたときには、みな同じで、平等に母親の胎内からこの世に出現するのである。そして人間社会の仲間入りをする。

「人間は生まれながらにして平等だ」という言葉がある。果たしてそうだろうか。お金持ちの家に生まれてくる子もいれば、そうでない子もいる。五体満足に生まれてくる子ばかりだとは限らない。障害を持って生まれて来る子もいれば、病気を背負って生まれてくる子もいる。

そして、王様の子として生まれてくる子もいれば、明日の生活にも困る困窮した家の子として生まれて来る子もいるだろう。戦争や殺戮の中に生まれてくる子もいる。飢饉のため生まれてきても食べるものがなく、薬もなくて死んでいく子もいる。

つまり人間は生まれ落ちたときから不平等、不公平な環境におかれるわけで、こうした理不尽なところがあるのが人間社会である。人間は生まれ落ちたその瞬間から、食べるものや、着るもの、住むところという経済的、社会的な環境に差がある。

これは世の中がむかしから格差社会であり、不平等、不公平で成り立っているから仕方がない。人間はそうした社会の中で様々な対立や葛藤を繰り広げ、生きていかなければならない。そこには艱難辛苦、愛別離苦、喜怒哀楽など人生のさまざまなドラマがある。

悔しさをバネに生きる人もいる。人の何倍も努力して成功する人もいる。いくら努力しても報われない人もいる。人生を悲観して自らを死に追いやる人もいるだろう。笑いながら生きていく人もいるが、殆んどの人が泣きながら生きていくと思う。

だから、生まれた環境は、選ぶことが出来ない。それが「運命」と言うのか?もし、「運命」というのであれば、私はその人の努力で「運命」は変えられると思う。それは並大抵な努力ではできない。思うとおり出来なくても、変えようとする意思を持つことが大事ではなかろうか・・・?

「お盆」と「お布施」

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08iwakisan_zinzya11 「お盆」といえば、お布施である。この時期、墓に立てる塔婆書きと、檀家廻りで忙しいのがお坊さんである。お布施でお寺の経済を維持していく唯一の収入源である。

私の住んでいる近くに幾つかのお寺があるが、お塔婆料一本が、3000円の相場のお寺と、5000円と言う相場のお寺があるそうだ。

そんな折も折、仏教界が揺れているという。発端は流通大手「イオン」などが続々と打ちだしている「お布施定額制」だ。宗教行為に“値段”をつけるのか、と仏教界は猛反発。しかし、一部には流れに乗る“造反”僧侶も現れ、お布施や葬儀のあり方を巡って宗教界が真っ二つに分かれているのである。

「お布施はいくらにすればいいの?」私も、相談をかけられたが答えが出ない。あそこの家では“いくらいくら”だとうわさ話をいうだけで、実際、どうしたらいいのか悩んでしまうのが現実である。

記事を掲載した産経新聞に寄せられた意見は約85%が、目安の提示に「是」だった。その多くは「自分が葬儀を出した時に困った経験がある」という体験談からきたものだった。

「『気持ちの問題』といっても目安がないと、どう考えていいか分からない」。昔のように檀家が寺との代々のかかわりの中で布施を決めることができる時代ではない」。

また、具体的に「人の心に対する値段を明瞭化する必要があるのか」。「寺に出入りするのは消費者ではなくて信者、信徒。そこに定価はない」。「先祖供養をきっちりとしていれば、おのずと布施の金額は分かるはず」といった意見もあったそうだ。

双方の意見に共通して、僧侶の世俗化を嘆く意見は多くなっていると思う。『気持ち』というなら1千円、1万円でもいいのか?といいたい。

しかし、価値観の多様化した時代で、お寺の存在までも議論される時代で「イオン」がお布施の金額まで口に出すようなことは必然的なことだった事かも知れない。

2010年8月13日 (金)

季節の巡りは確実に・・・

041 今年の夏は、人に会えば、「暑いですね」と挨拶する日が続いている。しかし季節は秋で「残暑の候」である。考えてみると「暑いですね」と挨拶してしまうほどであるが、私は、夏を過ごせるのが実は幸せなのではなかろうか?と思う。

“こぼしあえる”友達が居ること、そしてそうした日常生活があること。その幸せに気がついていない人が多い。歳をとって肉体的に衰弱してくると暑さ寒さをあまり感じられなくなってしまうという。

夏には「暑いなぁ」と感じ、冬には「寒いなぁ」と感じられるのは健康な証拠でもある。暑い夏に、汗を拭きサッパリとして気持になるのは暑い夏だけの快感である。「この冷たい水、美味しいなぁ」と感じられるのも暑い夏である。木陰に入って「涼しいなぁ」と感じる。これも暑い夏だけの快感である。

しかし今年の夏は、地球規模で何時もの夏と違った暑さだ。ロシアでは、こんなことは始めてで、真夏日が30日間も続いたという。その影響で、山火事が52箇所で発生、モスクワはその煙で暮らしにも影響が出ているという。それが、ロシアだけではない、欧州・北米など北半球全体で異常現象が起きている。パキスタン・中国などでは、大雨で深刻な事態である。

エルニーニヨ/ラニーニヤ現象の影響か、南米ペルー沿岸の海面温度が高くなったり、低くなったりで地球、特の日本列島は気象に影響があるという。

特に小麦の輸出国であるロシアは、輸出は出来ないとのプーチン首相の発言で世界中は慌ている。それだけに世界の食料不足などで深刻な問題となってきている。

しかし、自然の中で生きている人間である。45億年の地球歴史には、大宇宙の摂理の許容範囲なのかも知れない。虫を見ても、この暑い夏に虫も「頑張って生きているなぁ」と思う。そこで「自分も頑張ろう」と思う。セミは命が短いから必死で鳴いている。セミに負けないで自分も力の限り生きようと思う。そして季節は、確実に巡って来るのであるから・・・。

優しさって何だろう

05sikotuko31 お盆で帰省する人が多く、各地で高速道路が渋滞になっている。本当のお盆の意味も考えず、夏休みということで、家族で故郷で過ごす人が多い。

それはそれで故郷に一族が集まって先祖の想いと家族の繁栄を喜びあうことは素晴らしいことだ。故郷に帰れない事情のある人は、今、携帯電話のメールで、意志を伝える方法もあるが、心から伝えたいことが出来るか疑問である。

最近、優しさ心でご先祖を迎えるお盆の慣習も簡略化されて、なくなりつつある。携帯のメールは目のみしか働かない。

優しさの心を取り戻すために、お盆の行事にあわせ、魂を揺さぶる会話をして欲しいものだ。優しさの心にふれて子供が成長する、やさしさの心にふれて情が、そして感性が豊かになる、どんなにか素晴らしいことか・・・。

自然の豊かな生まれ育った故郷で、優しさって何なんだろう?、何となく解っているようで、はっきりと説明できない。でも、優しさの心で行動することはもっと難しいことかも知れない。

優しさの心があれば人を許すことができる、人を思いやることができる。人類みんなにやさしさの心があれば、人を殺めることも傷つけることも、テロも戦争も起こらないはずである。 

携帯のメールでは優しさの心は送れないのでしょうか、それはメールそのものでなく、メールの発信者、メールの受信者、それぞれの優しさの心による。優しさの心とは慈悲心である、慈悲心をメールで発信したいものだ。

今日は何の日・・・

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07akitakoma_sumire11 8月13日といえば、母親の立ち日である。昭和24年の夏、よく晴れた暑い日であった。小学校6年生だった私は、何時ものように湯殿川で、友達と泳いでいた。直ぐ上の兄が帰って来るように呼びにきた。

何だか分からず泳ぎを止めて駆け足で家に来たら、母親が皆に囲まれていて、異様な雰囲気であった。確か、白衣を着た医者と、従兄弟の看護婦だった「フクチャン」が輪の中の中心で、臨終を確かめていた。

私にとって、インパクトある出来事であった。そして後々、人生を大きく位置づける出来事だった。しかし、その時は、意外と悲しいとか、寂しいという印象はなかった。だんだんと年を重ねて、学校の遠足・運動会などの行事に、何時も母親の弁当が、父親の手作りであったので、友達の弁当と比較してししまい、母親のいない辛さを感じていたと後々思うようになった。

そして、25年(昭和60年)前の(実際は12日18時56分)日本航空123便墜落事故である。死者520人という衝撃的事故である。昨日は、前原国土交通相は12日、担当大臣として初めて墜落現場である群馬県上野村の御巣鷹の尾根を訪れた。犠牲者の冥福を祈り「520人の死を無駄にしないよう、安全な運輸交通行政に取り組みたい」と語ったという。

母親の死、日航墜落事故は、私にとって人生観も変わってしまったように感じられる。人間生きていく流れの中で堰があって、その堰によって流れが変わる。その流れは人それぞれであり、その流れでその後の人生観も違ってくる。

幾つもある人生の堰を上手にクリアーすることで、悩み、苦しみ、惑わいと、何か悟ったかに思うが、まだまだ、生きていく過程には堰は、幾つあるか分からないが・・・

2010年8月12日 (木)

パソコンの調子が悪い

2日前からパソコンの調子が悪くブログが書けない。困った!

どうなってしまったかと 言うと、ワンクリックするのに時間がかかって、暫く休止する。

2010年8月 9日 (月)

心の傷

05sikotuko31 私たちは知らず知らずのうちに、心に様々な傷を受けてきている。例えば、子供の時、自分の父親から受けとめられた経験がない、いつも非難されるばかりで、これでいいんだという安心感を持ったことがない。

その結果その人はいつでも自分が非難されているように感じてしまい、大人になっても、何かがあると過剰に反応して、怒ってしまったり、また、ひどく落ち込んでしまったりするようになる。それが、どうして自分がそんな風になるのかも自分でもわからない。

しかし実はそれは、心の奥底にできた傷がそのままになっているためである。私達は、辛かったそのことを思い出したくないために心の底に、おし隠しているが、決して忘れてしまったわけではない、そのことが無意識のうちに私達の生活に様々な問題をひきおこしている。では、私達はどんな時になるのかといえば・・・

1.自分の期待・信頼を裏切られた時。

2.親からの過剰な期待を受けて、背伸びさせられてきた時。

3.長期間、非常に大きな不安や恐れの中にあった時。

4.自分が受入れられない時。

5.自分が不要な人間であると言われてきた時。

6.ありのままの自分を、ダメだと言われ続けてきた時。

7.親におまえのせいで不幸になったと言われた時。

こう書き出してみると“なるほど”と頷ける。心の傷は、なかなか癒えない。一生取れず、棺箱まで持ち込んでしまうこともあるようだ。心の傷を癒す方法は、私たちに必要なのは、まず第一に自分の傷、それに直面する勇気とそれを認める謙虚さである。

サイエンスドームに行く

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800pxhayabusa_hover1 昨日、八王子サイエンスドームに孫達(小学3年・5年)と行って来た。プラネタリュームで天空を見るのは始めてであった。大きな円形のスクリーン一杯星が散りばめれれて、左から右まで全てを見ることが出来ない。視野の許容範囲にはいらないのだ。座席がリクライングされていて、真上を見ることが楽にできた。

上映されたのは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」と「はやぶさ」の二本で、時間は70分であった。「銀河鉄道の夜」は、果てしない宇宙の中で銀河系を列車が夢とロマンを乗せ走って行く、そして見ている人が列車に乗っているかのような感じ、また、宇宙船に乗って宇宙を旅をしているようでもあった。

「はやぶさ」は、2003年5月9日に宇宙航空研究開発機構(JAXA))が打ち上げた小惑星探査機である。イオンエンジンの実証試験を行いながら2005年夏にアポロ群の小惑星 イトカワに到達し、その表面を詳しく観測してサンプル採集を試みた後、2010年6月13日22時51分、60億キロメートルの旅を終え、地球に大気圏再突入した。サンプル容器が収められたカプセルはオーストラリアのウーメラ立入制限区域内にパラシュートを展開して降下、翌14日16時8分、無事に回収された。カプセルは18日に日本に到着し、内容物の調査が進められている。

「はやぶさ」ロケットで打ち上げられる様子、そして小惑星「いとかわ」に着陸するイメージ映像のリアルさは、子供ならず私にも感動した。そして世界でも始めての回収するという日本の宇宙開発技術の素晴らしさには胸をうった。また、何ヶ月も行き先不明、燃料漏れ、エンジンの故障など数々の困難を乗り越えた。JAXSスタッフの執念には感嘆するばかりだ。

孫達もドームの大きさ、自分が宇宙船に乗って操縦しているようだったと、心ときめいていた。夏休みのいい思い出になったと思う。

終って皆チョット気持ちが悪くなったと言っていた。私だけではなかったのだ。

2010年8月 8日 (日)

謎賭け問答

271 今、落語・漫才で「〇〇とかけて何々と解く」いわゆる「謎かけ問答」「が大喜利」などで大うけである。その答えを瞬時思いつく・・・このことは、相当幅広い知識を持っていないと答えがでない。

即興なぞかけで大ブレイク中のお笑いコンビ「Wコロン」のねづっちさんをテレビでよく見るようになった。お題を出されると即座に「ととのいました!」

・・・掛け声と共に「カーナビ、と掛けて、腕利きの外科医と解く。その心は、渋滞(重体)だって感知(完治)します」など見事ななぞかけを披露する。

・・・私も「宇宙探査機の「はやぶさ」とかけて、瀕死の重傷患者が元気になった人解く。その心は、奇跡の生還である・・・。」

謎賭け問答は、落語の「三十石」という演目の中で、この「謎かけ問答」が挿入されており、その中のひとつに次のような問答があるそうだ。

「一の字とかけて寺の小坊主さんと解く。」「その心は?」「心棒(辛抱)すると十字(住持)になるでしょう。」というもの。つまり十字と住持をかけた言葉で小坊主も辛抱して修行に励むと、やがて寺持ちの住持(住職)になれるという洒落である。



  

立派な人間とは

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07rose_ame21 人間の子育ては他の生き物と違っている。親が子を育てることは、人間以外場合は、子が自活して生きて行くことで、子孫を残せる能力があるだけでよいのだが、人間の場合は、親は子に「立派な人間に」・「世の中に役立つ人に」などと言い続けて育てる。ただ、「つまらない人間」・「役に立たない人」になって欲しくないと願う。

「世の中に役立つ人」といえば何となくイメージができるが、「立派な人間になりなさい」となるなると、政治家?・科学者?・宗教家?財産家?などあるが、立派とは言えない。その人物像が親も子もイメージが浮ばない。

しかし、学力の向上に、しっかりと勉強しなさいと親は子に言う。「世の中に役立つ人」になることを願うのならば、ことの善悪が判断できる能力が必要である。家庭の子育てで、やかましく教える親は少ない。親は子に善悪を教えることよりも、学力優先である。

「立派な人間になりなさい」と言って、親の勧めで進学校を決める生徒が多い。しかし、選抜されて集まった学力上位の生徒が集まる進学校では、学力の差が生まれる。成績上位のものは有名大学をめざすが、どうしても成績が上がらない生徒は落胆して自信を失うしなう。

人間がが成長していく過程において、進学の勉強ばかりで「立派な人間」とは何か、生きる意味を学ぶことがない。人間として成長する上で、子は、何を求めてなんのために学ぶのか、深く考えることもなく、親のエゴで進学だけの強いられている。親も学校も生きる意味を問いかけない。

「立派な人間になりなさい」と親はいうが、生きる意味を家庭でも学校でも教えていない。そのため、子は精神的にひ弱であり、強靱な生きる力が具わっていないから、世の波にのまれてしまう人が多いのだ。

また、競争社会の世の中で、過程の経済力で、子供の将来がきまる?という。経済力があれば、塾に通わせ、家庭教師をつけさせることが出来、出世街道をまっしぐら?・・・だが経済力がなければ、塾どころか、義務教育が精一杯である。

その差でる?と親御さんは頭を痛めている人もいる。もう一度「立派な人間」とはを大人達が考えることが必要だ。

2010年8月 7日 (土)

まだまだ暑いが立秋だ

Img_97161 みんみんが 夜までまでないて 秋となり 

今日は立秋だが、まだ暑い日は続きそう。今年はこれでもかというほど真夏を実感。8月に入ってからは朝から空がすっきり青い。そこに、ほわっと軽そうな雲の群が静かに流れて行くのを目にする。

ここ数日、朝早く雨戸を明けると、少しづつだけどさわやかな風を感じるようになった。そして、朝焼けの空から少しづつ秋へ動いているのが感じられる。

近くの片倉城跡公園の森から、日中はあぶら蝉、夕方になってみんみん蝉、辺りが暗くなるまで鳴いている。防犯灯の明かりで、日の暮れるのが分からない?

私の家の近くは、にいにい蝉とあぶら蝉が主流。時に耳鳴りのようにべったり聞こえる。その鳴き声がしばらくして、耳鳴りなのか本当の蝉の鳴き声なのか一瞬疑って確かめたくなる。これも年なのか(耳鳴りは持病)・・・

まい晩、暑くて寝苦しい夜を過ごしている。昨日、定期的に診て貰っているかかり付けの医者に言われた。今年は、熱中症も大変だけど、夏風も多いという。夜寝るときにエヤコンをかけて寝るためだとか・・・気をつけないと・・・、

しかし、だんだん日が短くなり、コオロギ・スズムシ・ウマオイなどが庭の片隅で鳴くのも、間近い。季節の巡りは、確実にやってくる。そして、今日から初秋で「残暑」の候だ。

若いヒローの出現を望みたい

06oga_toga11 アメリカのオバマ大統領は49歳になったばかり、今年5月にイギリス首相に決まっデーヴィッド・キャメロン首相は43歳である。ロシアのメドベージェフ大統領は44歳、日本はというと菅首相が64歳である。

こう見ると日本の首相は歴代年を取っている。歴代で若い順では、田中角栄さんが54歳・細川さんが55歳・羽田・海部さんが58である。外国と比べて見ると、チョット高齢かな・・・まぁ日本は世界一の長寿国だからな・・・しかし高齢者が所在不明では?・・・

でも、その昔の日本をリードしてきた人で活躍された人間は、604年の聖徳太子は30歳。806年最澄天台宗開宗は40歳。1338年足利尊氏室町幕府開設33歳。1855年吉田松陰松下塾を主宰25歳。1866年坂本龍馬薩長同盟成立させた30歳。などで、今では考えられない若さである。

当時の平均寿命はわが国の現在の男性が約79歳、女性が約86歳と較べると極めて低かったとは言うものの、人間という能力の成熟度の観点からは当時の30歳だって現代の30歳だって少しも違いはないはずだが・・・伊能忠敬のように50歳を過ぎてから、日本地図をつくりあげた快挙もあるが、これは極めて異例なことで、能力を最高に発揮できる年代というのは30歳代から40歳代の前半である。

社会の中の組織というものは成熟化すればするほど硬直的となり、力を握ったお年寄りがもっともそうな理由をつけて若い人を退けて支配を続けたがる傾向が出てくる。また単に若ければ良いということではない。

日本はこれからますます、高齢化社会になるのでお年寄りの活力を生かして国力を活性化させることも大変重要なことでる。このことを考慮しつつ無理の無い形でとにかく「若くて優秀な人間に権限委譲をして行く組織なり社会にしていくこと」が必要と思う?

若さに燃え立つ人々の才能を積極的に引き出させて尚且つ最高にそれを発揮させやすい組織の風潮なり目を持つことが大切だ。最近の内外の取り巻く日本の諸条件は昔のような単純なものではない。日本の空に暗雲を払い退ける、若きヒローの出現を望みたい。

雇用と景気の先行きは

07bonchi_asayake_kumo11 何としてもアメリカの景気がよくならないと私も困る。(資産運用で=投信)、グローバル化した経済は、世界の景気の影響が我々日本人に与える影響がこれほどあると、毎日思うようになった。NHKのラジオニュースでも、アメリカのドル・欧州のユーロがいくらで取引されているか為替相場の値動きが伝えられている。

ギリシアの財政問題が取り立たされていたが、一応欧州各国での救済で動き出して、落ち着いたようであるが、依然アメリカの景気が心配である。このところ、円が85ドル台までになって、株価は低迷したままだ。

6日発表のアメリカの雇用統計であるが、7月の雇用統計では、景気の動向を敏感に映し出すことで注目される農業分野以外で働く人たちの数が、前の月より13万1000人減少し、雇用の回復が遅れていることがあらためて鮮明となった。

オバマ大統領は、「われわれは過去の危機の教訓から、深い谷底からはい上がるのには時間がかかることも知っている」と述べて、労働市場の回復の弱さを認めるとともに国民に理解を求めたという。

日本では、内閣府が6日発表した6月の景気動向指数が前月比0.1ポイント上昇の101.3と2ヶ月ぶり前月を上回った。景気の先行きを示す、先行き指数も0.3ポイントアップ98.9と3ヶ月ぶり上昇に転じた。

四年制大学を今春卒業した学生の就職率が6割に落ち込み、就職も進学もしなかった人が約8万7千人にのぼることが明らかになった。就職戦線が一気に厳しくなったことを裏付けている。大学院などへの進学や留年した人も急増しており、やむを得ず就職をあきらめた人が多かったようだ。  

若者が定職に就かないまま年を取ることは本人はもちろん、社会にとっても重大事である。将来の税収や、社会保障制度にも大きな影響がでる。就職率低下を改善するため、大学と産業界、政府の3者は一体となり、中途採用の促進などを進めねばならない。人材の出入りを活発にすることは、喫緊の課題である。(7日産経新聞)

 

戦争と隣組から連想

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05detohama11 終戦記念日というと1945年(昭和20年)8月15日である。私は8歳であった。3月10日東京大空襲で9万人の犠牲者がでたという。その時東の空が赤々となった。8月2日に八王子がB-29の170機で空襲され450人の犠牲者がでたという、夜空を赤々と映し出されていたことは記憶に残っている。

8月6日に広島・9日に長崎に願し爆弾が落とされ、多くの犠牲者が出たというのは、その当時にうわさで聞いていた。

隣組単位で防空訓練などがあり、母親が、防空頭巾を被りバケツリレーで消化訓練をしたり、班長さんがみんなを集めて竹やり作りをしていた。

隣組単位の防空訓練で焼夷弾が落ちた場所を想定するために或る屋根に、赤い布を抛りあげたあと、隣保班長は意趣晴らしを果たしたときの勝ち誇ったような得意顔と 梯子を掛けて屋根まで大勢上がってバケツリレーで放水すれば 家の中は殆どすぶ濡れになるが、擬似訓練であった。

昭和の アカペラ 愛唱歌

生きるか死ぬかの心理状態で、動物感覚で一塊になって仲間意識を高めて助け合うことが人間の本能なのかもしれない。すべて、の行動を共にする。隣の家に、味噌・醤油などの借り貸しや、風呂までもらって入った。

だから、隣組の人が一日でも見えなかったら大騒ぎしたが昨今、高齢者の所在不明という、終戦当時まで考えられない、不思議な事態が起きている。それが調べていくうちに100人を超えそうである。

今、私たち片倉町会では、1995年(平成7年)1月17日(火)に発生した阪神・淡路大震災などの例を引用し、防災訓練を年1回行っているが参加する人は、殆んど決まっていて関心度は低い。

私たち片倉町会も、ご多分に漏れず、町会の少子高齢化は進んでいて、後10年先いや5年先がどうなってしまうのか心配はすれれども、成り行き任せ?である。子供達は他の地で、独立し生計を立てている。そのため、新婚さんはいなく、独り暮らしの方が増えて限界集落化している。

年寄り同士、肩を抱き寄せ共同も生活もできない。こう考えていくと将来が不安でたまらない。その不安は誰でも持っているが、みんな先のことで、なるようになるだけだと言う。

少なくても隣の家族のことは知っておくべきだ。それには「挨拶」をすることが先ず基本である。私たち片倉町会では、毎週(火・木)の2回防犯パトロールを実施しているが不安は尽きない・・・

2010年8月 6日 (金)

つまづいたおかげで

13_10241 今日(8月6日)は、人類史上初の原爆投下から65回目の「原爆の日」を迎えた。藩基文(パン・キムン)国連事務総長・アメリカのルース駐日大使・英国・フランスの駐日大使が、始めて参加した。

人類で始めての原爆投下で26万人の犠牲者にのぼり、今尚苦しんでいる人がいるという。大きな誤り?の核開発は未だに止めようとしない。今まで築いた文明のを原爆1個で止めてしまったことは、長い人類史上で「つまづき」なのだろうか・・・

相田みつをさんが残された言葉は心の底に染み入るものばかりである。読む者にとって生きて行くための一筋の光明を与えてくれるようだ。相田みつをさんは、「自分自身の在りよう、人間の在りようはいかなるものか、そしてこの世をどう観るか」につきると思う。

己に厳しく自問自答して、たどりついた本物の彼の境地を一つづつ血のにじむような言葉で残していった彼の姿勢はまさに悟りを求めて真摯に修行する人そのもである。

あの独特の書体で色紙に書かれた彼の詩を多くの方が自分の身近なところに掲げているのを良く見かける。誰でも心を震わせた詩は一つはあると思うが、有名な詩を記してみた。

「つまづいたおかげで」

つまづいたりころんだりしたおかげで、物事を深く考えるようになりました。

あやまちや失敗をくり返したおかげで、少しずつだが人のやることを暖かい眼で見られるようになりました。

何回も追いつめられたおかげで、人間としての自分の弱さとだらしなさをいやというほど知りました。

だまされたり裏切られたりしたおかげで、馬鹿正直で親切な人間の暖かさを知りました。

そして......
身近な人の死に逢うたびに、人のいのちのはかなさと、いまここに生きていることの尊さを骨身にしみて味わいました。

人のいのちの尊さを骨身にしみて味わったおかげで、人のいのちをほんとうに大切にするほんものの人間に裸で逢うことができました。

一人のほんものの人間にめぐり逢えたおかげで、それが縁になり次々に沢山のよい人たちにめぐり逢うことができました。

だからわたしのまわりにいる人たちはみんなよい人ばかりなんです。 

相田みつを「にんげんだもの」より

ぼたもち・夜船・おはぎ・北窓

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287_field111 「ぼた餅」というと、お袋が、よく作ってくれたものだ。春と秋のお彼岸には決まって作ってくれた。春の「ぼたもち」、秋は「おはぎ」と言っていた。しかし、夏に作ることはなかったが、コラムニストの天野祐吉さんがいっていたが夏は、「夜船」と、冬は「北窓」というそうだ。

春と秋の彼岸には昔はどこの家でも、お餅をついたものだが、夏と冬はあまりお餅はつかない。で、隣り近所にめいわくにならないように、トントンつくのではなく、静かにこねてお餅を作ったらしいという。

いつお餅をついたんだかわからない。いつ着いたんだかわからない。夜の船はいつ着いたんだかわからない、ということであるらしい。

北の窓も同じだ。北の窓からは月が見えない。つきが見えない。餅つきが見えない、ってわけ。こんなことを考え出すなんて、ほんと、昔は閑人が多かったんだなぁー

昨夜NHKラジオ深夜便こんな事をいっていた。「ー小林一茶だが、昔は閑人のが多かったのだ」天野さんの好きな句だという・・・

  閑人や 蚊が出た出たと 触れ歩く

だが、四つの名前の由来よりも重要なのは、なんのためにひとつの物に四つも名前をつけたかということだ。それはたぶん、ぼくらはものを食べるときに、物だけをたべているのではなく、物と一緒に気分をたべている、ということだろうと思う。

まったく同じ物でも、「ぼたもち」を食べるのと「夜船」をたべるのでは気分が違う。その気分の違いを、ぼくらのご先祖さんは愉しんでいたんじゃないかと思うんだよね。と・・・天野さん・・・

今年ももう直ぐ日本列島「お盆」である。企業の盆休みで道路が渋滞しそうだ。故郷に帰って家族の久しぶりの顔合わせ、旧友に合うのもよし、夏の高校野球も郷土の高校の応援もよし、心身のリフレッシュは、生まれ育った地が一番だ。ぼたもちの「夜船」は、今時は、作ってもらえないだろうが・・・  そして昔のような閑人はいないかも・・・

2010年8月 5日 (木)

これでは日本の行き末が・・・

08iwakisan_zinzya11 高齢者の所在が分からないというで、全国では、52人とも60人ともいることが分かった問題で、石原慎太郎都知事が、記者の質問に答えた。

「現代の怪談といえば、怪談だけどね。どこ行ったかわからんわけでしょ、長生きしたらありがたいと思うけど、家族にとっては、無用の長物なんだな。」

「罰当たるよ、罰。こういう忌まわしい事件が起こった事態がわかってきたらね、行政がそういう実態をきちっととらえる努力をしませんとね。」

「そうすることで、大きな反省になる」と述べ、こんなに親子の関係が希薄になったことも嘆かわしいことだとも言っていた。今後、厚生労働省と協力して、実態を把握したうえで、都としても対策を検討していく考えを明らかにした。

しかし、今さらこんなことも知らなかった行政のトップがいう言葉でないと思った。利己主義が優先の人間社会の渦に巻き込まれ、家族から見放された高齢者の存在は悲しいほど寂しい。日本古来の家族の絆は、わずか半世紀で大きく様変わりしている実態がある。

価値観の相違と言うべきか、家族関・親子・身内・地域・社会一般でも個人の「自由と責任」などの考えは昔の理屈では通用しない。これだけではない。生命に係わる「環境問題」でも政府・大企業が考えればいいもので、個人は関係ないと言いたげに道端にゴミを捨てる輩が後をたたない。

「役所の人が掃除すれば・・・好きで暇人が拾えばいいんだ!」とばかり、末は高級役人?のサラリーマンが、タバコの吸殻を道端が灰皿?と思ってか、無意識か、捨ててく光景を目にする。

こういう日本人は、親子の絆は?怪しいと思う。日本人の性根を入れ直さないと、日本の未来はない。これでは、外国のメデアに「世界一長寿国の日本でこんなことが・・・」という見下した内容の記事(イタリヤ)あったそうだ。

国債がバブルに?

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07akitakoma_sumire11 日本の長期金利が約7年ぶりに1%を切った。長期金利は10年物国債の利回りで、市場で国債買いが進むと債券価格が上昇し、利回りは下がる。1%割れは、国債の大量保有者である金融機関の間で、依然として国債の購入率が高い。

金余りが原因だが、金融機関は資金を「とりあえず安全そうだから」とこぞって国債に投じている。米欧の景気見通しが悪化し、世界的に国債買いが活発化したことも、購入に拍車をかけたのだろう。

この現象は、ギリシャのようになる?と財政悪化するとおもった人でも、国債は暴落するどころか大人気じゃないか?と増税や歳出削減に反対する人たちは言われそうだ。

財政がこれほど悪化したにもかかわらず、金利上昇という市場の警報装置が作動しないのは、日本国債の殆んどが国内で買われているからだ。リスクに敏感な投資家が日本国債を手放し資金を海外に引き揚げる、といった心配がないため、みんなで安心している。

だぶついたお金の行き先として、先進国通貨のなかで相対的な安定感がある「円」であり、国内の投資家層に支えられて投げ売りのリスクも小さいとみられる日本の国債というわけだ。

景気過熱などで物価が上がるインフレの機運が高ると、人々はモノやサービスを買おうとしてお金を使うようになり、金利が上がる。逆にデフレになりそうだと貯金に走ると、これが銀行を通じ国債購入に回って金利が下がる。長期金利の低下は世の中のデフレ懸念のバロメーターでもある。 今後の動き(流れ)でバブルの恐れに・・・。

 

2010年8月 4日 (水)

大阪2児遺棄のこと

07murasugi_watasuge11 どれほど寂しくて、苦しかったことだろうか。大阪市のワンルームマンションで、3歳の姉と1歳の弟が寄り添うようにして死亡していた。2人は母親にほったらかしにされ、食べ物も水も与えられていなかった。冷蔵庫に子供の手の指紋があったという。 死後1~2カ月たち、遺体は白骨化していた。あまりの痛ましい事件だ。

この母親は甘えている、としか思えない。勿論肉体的には、子供を産める身体になっているが、精神面では大人になっていない。23歳の母親は1年前に離婚して、母親は風俗業に勤めていたそうだ。この若い母親の両親はまだ健在?と思うが、この母親の小さいときの躾や、家庭教育はどうなっていたのかが問題で、母親としての認識は殆んど出来ていなかったように推察される。

虐待したり、育児放棄する親と言うのは、自分の罪に自覚はない。むしろ、虐待したり、育児放棄することが正しい育児もしくは躾だと思っていて、そうすることに快楽や正当性、達成感すら感じ、元々、自分が極悪非道な人間で愛情がないなどとは全く考えない。

このお母さんは自分が子供を愛していないと感じ、その理由は自分が親の愛を知らないからと言っているそうだ。だから、彼女の頭の中に何らかの理想とする親の愛があって、現実にはその通りできない自分にいつも、はがゆさ・いらだちを感じていたのだ。

または、彼女は親の愛を知らないのでなく、それなりに知っているけど自分にはそれができない、なぜなら、親がこんな自分にしたからだと勘違いしているのでは、という推測もされるところだ。

だが、それはこのお母さんが現実の子供や育児そのものを見ているのではなく、常に自分の理想を無意識に子供に押し付けているから自分なりの育児への“満足感”を感じられないのではないだろうか?

高齢化と家族の絆

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05sikotuko31 超高齢化と家族の絆を考えて見た。
早く死ねれば楽になるのだが・・・と。3年前に亡くなった祖母の口癖だった。「早くお迎えに来てくれないかなぁー」と合うたびに言っていた。

最近都内の111歳の男性の方が24年前に亡くなっていて、家族の方が、「即身成仏 」いわゆる真言密教の教えで、生きたまま仏になるとい言っていたとか・・・。一つ屋根の下で暮らしていて、まったく誰にも分からなかったという、不可解な事件があった。役所でも死亡届けが出されていないということで、年金は出されていた、その年金が家族のよって一部引き落とされていたという。

役所でも、生存を確認されず、年金などの支給がされているのではないかと全国の地方自治自体で調べたら今までに20数人の方の生存が確認できていないという。年期など諸手当などが、支給されていた。

こうなった原因は、核家族化で親を看取ることもなく、一人暮らしにさせていた子供や、関係血縁の人が責任?そして、プライバシーの問題で、役所の確認もされず、放置された結果だろう。

誰でも、その当事者になったら、こんなに生きることが辛いことはない。兄弟・子供達などに忘れ去れさられ、それでも生きるということは、「将に生き地獄だ」と思う。政治が悪い・社会が悪いなど多くの意見はあるだろうが、余りにも社会構造が、変わってしまったこで、日本人の意識に問題と一人よがりの人間が多くなったことが一番だ。

そこで「絆=きずな」をもう一度考えて、「人間の生きる」について考えることが大事だと思う。自分は一人で生きていけると思っていても、絶対独りでは生きて行けないのだから・・・

そして、誰でも不必要な人間なんていないのだから・・・その日を笑顔で過ごせれば「笑い」は明日への生きる希望を得るための良薬になる。 奇跡が起きることは単なる他力本願だけはなく、自らの力と周囲の人々の力(願いや努力)が合わさり作り出されるものなのだ・・・即ち、それが「感応道交」(仏の働きかけと、それを感じ取る人の心とが通じ、相交わること)により起こり得る智力なのだ。

2010年8月 3日 (火)

与野党の姿、新たな兆し

Shiraito_fujinomiya1 昨日から国会の予算委員会が始まり、テレビで中継が行われた。菅首相にとって、はじめての予算委員会である。私も観ていて思ったのは、自民党の谷垣党首、石破政調会長の“大人”の発言であったことが印象的であった。

そのことが今朝の朝日新聞社説に書かれていた「衆院予算委―与野党の姿、新たな兆し」いつまでも相手党のなじり合いでは、国民の政治離れは抑えることはできない。そればかりではない。今日本はお尻に火がついた状態である。こんなことでは国民も堪ったものではない。ねじれ国会での、与野党の役割を再考させられる論戦だった。

読売新聞社説は、「首相は消費税から逃げるな」日本の危機的財政問題を改善することが大事で、菅首相の発言の消費税10㌫発言は、国会内で議論すべきだ。

毎日新聞社説は、「首相初の予算委 「谷垣質問」にどう応える」の見出しで、厳しい追及が影を潜めた提案型の姿勢に、足元の自民党内から批判や不満が出るのではないか。そんな心配をしてしまうような谷垣禎一・同党総裁の質問だった。

日本経済新聞社説は、「消費税増税への手順踏み理解を得よ」の見出しで、自民党の谷垣総裁は深刻な財政赤字に重点をおいて論戦を挑んだが菅首相は、消費税増税の具体的道筋への言及を避けて与野党の危機感を改革につなげる指導力は不可欠である。

産経新聞主張では、「菅首相 腰引けて日本を担えるか」の見出で、菅直人首相は、日本をどうするのかを明確に語ってもらいたかったが、参院選で大敗した釈明の範囲にとどまっている印象が否めない。

内政外交の懸案解決に腰が引けているようにみえる。それでどうして日本丸を担えるのか。とりわけ問題なのは、消費税増税について、平成22年度中に改革案をとりまとめるとの方針を自ら撤回しようとしていることだ。今後の消費税への対応については、民主党内での議論が必要なことや、低所得者対策など多くの課題があることを挙げ、「いつまでにと期限を切ることは改めたい」と述べた。

民主党内でも、菅首相に対する参議院選の敗北は総辞職という厳しい批判がある。民主党内の意見を集約できぬ菅政権は、どこに行くのか国民は理解できない。日本が、今必要なことは、強力なリーダーシップだ。その旗を高く掲げ、国民にアピールすることだ。そして主張がぶれないで、この難局を党派超えて話し合い日本の明るい未来に、新たな兆しに期待したい。

待つ事の大事さ

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Iwao1702c1 今朝いつものように2時30分に目が覚めてしまった。このところ暑い夜が続き、寝不足がちだ。何時ものようにパソコンを開いて見たが、立ち上げに大分時間がかかってストレスがたまってしまう。こういうことは、最近2.3日続いているが、その理由が分からない・・・。

ウイルス?ではないと思うが、パソコン暦7年で、立ち上げなどでストレスとなって余計な所をクリックし、システムが噛んで仕舞って、初期化を二回経験している。

Windowsシステムの更新が入ると遅くなって仕舞うことは度々ある。そのせいなのか?初期化したときはシステム復元の対応を取ったりしたが結局まったく、固まってしまって、動かなくなってしまったのだ。

そんな経験から、今回も更新プログラムが表示され、待つことにする。40分待ってようやっと完了する。そして、システムデファラグを入れたがこれも普通だと15分で終了するのだが45分かかてしまった。

私は、ブログを書いているだけで、パソコンは素人である。時間がかかっても余計なキーを押さずに我慢強く待つことだと、失敗の経験を思い出す。ようやっと6時ごろになってスムースに作動するようになって良かった。

今回初期化?すると、長い時間を掛けた、同窓会の資料が飛んでしまい。再インプットする時間がない。案内を5日ぐらいに仕上げないと間に合わない。リカバリーのCDのダウンロードしていなかったので大変心配した。

こういう不測の事態を想定して対処出きることの処置を取って置くべきと反省した。そして絶対に慌てないで、待つことだと思った。元に戻り良かった。

2010年8月 2日 (月)

国会議員は法案をまとめる努力を!

0008tyokai1 国会は2日、菅首相と全閣僚が出席して衆院予算委員会の質疑を行う。予算委の質疑は2、3両日に衆院で、4、5日に参院でそれぞれ行われる。

6月の就任以来、首相が予算委の論戦に臨むのは初めて。野党は、消費税率引き上げをめぐる首相の発言や、米軍普天間飛行場移設問題、鳩山前首相や小沢一郎・前民主党幹事長の「政治とカネ」の問題などを追及する構えだ。自民党は2日午後に谷垣総裁が質問に立ち、今後の政権運営などについて首相の見解をただす。(読売新聞)

各メデアは、ねじれ、ねじれと、嘆き・さげすみの見出しばかりだ。これでは国民が不安になるばかりで、民主党がダメで、自民党の主張が正しいかといえばそうでもない。もっと他に国民が安心する提案・アドバイス的なことが言えないのか?不安をかき立てる時ではないと思うが・・・。

民主党は先の参議院選で敗れていわゆる「ねじれ国会」と歴史的にも異状国会となった。しかし、今問題の山積している日本で、与野党足の引っ張り合いをしている暇などない。開催されても何にも決まらなかったら、時間の無駄だ。

国内外の問題で、待ったなしの決めなければならない法案はある。素人判断だが、党派を超えて、挙党一致で決める努力をしなければならない問題もあるはず、国民は生きている。命に係わる問題もあるはずだ。党利党略ばかり、考えて国民不在の国会になったら最悪だ。

もう一度いう、経済・福祉・防衛・環境など日本の取り巻く諸問題は待ったなしだ。「国民の暮らしを守る」で、お互いに歩み寄って法案をまとめる事を基本的に考えて国会の議論を進めて欲しい。

人間は悩み、苦しみで一生終る

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07bonchi_asayake_kumo11 35年前のこと、私の父が私の家に来て、「どうも俺は長くはない死が近いように思う」と不吉なことを言った。そして、元気でいた父は、何日か経って心筋梗塞で、アッという間に亡くなった。

死というのは予知できるのかどうかは別として、人はいつかは死ぬのだ、ということを、だれでも知っている。しかし日常ほとんど、自分が死ぬことを意識することはない。だが、身近な人が死んだり、事故に遭ったり、病に苦しんだり、そんな時、ふと死を感じる。そして、私も老いを感じ、いつか来る、命の終焉をふと思うことがある。

普通は、日常の生活や、目の前のことに思いをめぐらしているから、意識はなが、岸壁や、高い橋の欄干から下を見下ろした時、にここから落ちたら死ぬと言う恐怖に駆られる。そして、何処か悪くて、医者にかかり、診断の結果が出るまで「ガン」→「死」と頭を駆け巡り、不安はつのる。

そして、50歳ぐらいになると、人間はいつ死ぬか分からない。ひょっとしたら明日死ぬかも知れないと口に出していうようなる。それだけ死の恐怖を意識するのだろう。人は生きていく上で、常に不安が伴なうもの地震や予測のつかない事故などで・・・。

いま年金暮らしであるが、人間関係と経済的・家族・健康(3K)など不安がある。いつかは、訪れる死の不安は、ある程度仕方がない?あきらめ?納得させるよう努めているが、その反面、心の安らぎを得たいと願う。忘れてしまいたいと振舞っても、心の底には、いつか沸々と湧き上がってくる不安を感じてしまう。生死こそが不安の根本であり、生死にかかわらないような不安は、心配や悩みにすぎない。

これからの人生をどういう生き方をすればよいのか、考えるが現実と理想でこれまた難しい問題にさしかかる。人間は悩み、苦しみで一生終る。これが人生なのだ。そして、幸せを得、心の安らぎを求め続けるが、人生なのかも知れない。

2010年8月 1日 (日)

盆踊りの後片付けで思う

800pxbonbokobon1 ようやっと終った盆踊り大会だ。

私の町、八王子市「片倉一丁目町会」は、毎年7月に行っている。6月下旬の土曜日から、5回踊りの練習をして、今年は18日にやぐらの組みたて(協力者65名)24日午前中に飾りつけ、電気配線・テント設営(協力者38名)をし夕方6時~9時まで本番であった。

そして翌日の25日の夕方6時~9時まで本番とした。明けて26日、飾りつけ外し、テントの撤収作業を半日行った。月曜日で(協力者は)12名だった。

そして今日(8月1日)やぐらの解体撤収である。34名の協力者で、作業時間2時間で終った。お陰で、今日を含め天気が良かったので助かった。

やぐらは、直径25センチ長さ6メートルのメーン柱4本と4本を止める柱10本で舞台作りである。1年交代の理事は、まったく分からない、常任理事の方も仕事師のようなことは出来ないし、この方は不得手の人が多い。

7/18・24・25・26・8/1と5日間の作業であった。暑さの中、怪我もなく無事終えることが出来て、良かった。地域のふれあいの場が少なくなったといわれているが、年々参加者が減っている。この形を何十年も続けてきたが、後継者がいないのが悩みだ。

そして、役員ののなかでも、やらされていると感じている人が多い。自分達役員が率先して片倉一丁目町会を元気に活気のある町にしようと進んで参加を望みたいところだが・・・。

どうも納得いかない

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06oga_toga11 生物が生きるためには、他の生き物の命を頂いて生きられる、いわゆる弱肉強食の世界にある。人間もその法則で生きている。人間社会では、人間同士が争いで勝った者が生き残る生きる法則は古代から営々と続いている。

その争いから共存共栄という選択肢を選んで近代社会となって現代に至っている。現代人は生きるために労働を提供し報酬を得て、「お金」という共通の価値意識で社会構成されているまで発展している。

今その法則?を破るような現実がある。その一つに大学生の就職活動である。四年の学習期間と定めた期間は、社会に出て、社会貢献できる武器(ノウハウ)を備えるはずが3年生「就活」という、どうも納得のいかない現象がある。「就活」は3年生の5・6月に内定しないといけない。

大学卒業は来年3月まだ10ヶ月あるのだが、今現在内定を取り付けないと、大学浪人となって留年をする学生がいるという不思議?現象がある。高校で入試を失敗し1浪・2浪し目標の大学にやっと入って、卒業時に就職先が見つからないからまた、浪人?その間親の脛をかじって食べていくのか?親の経済力も限界がある?

そして二つ目は、働かないで、いつまでも親に食べさせてもらっている「ニート」と言われる存在である。そんな「ニート」を皮肉った名言集?がネットにあった。

2ちゃんねるサイト「フライドチキンは空うをとぶ‐フラソラ‐」では「ニート名言集」があった。「働いたら負けかなと思っている」 「ニート風林火山 逃げ回ること風の如く 引き籠ること林の如く 親の怒りは火の如く 働かざること山の如し」 「俺が無職なことで誰かが働ける」 「ニートって来やすく呼ばないでくれるかな せめて戦略孤独ってよんでくれよ…」

そして、「働かざるもの食うべからず」のことわざにかけて「父:働きもしないで食う飯はうまいか?」「俺:お母さんの作るご飯がまずい訳ないだろ」「働かなくても食う飯はうまい」や「時は金なり」にかけて「親は金なり」などといった名言もある。

これに対してネット上では「おいおいおいおいおいおいおいおい」「日本はこれで大丈夫なのか…」「おくさーん!!おたくの息子さんこんなこと言ってますよ!!!」など心配するコメントが多数だ。とか・・・どうも納得がいかない。

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