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2010年4月

2010年4月30日 (金)

ツバメと弁天様のお祭り

09buna_sinryoku_omitake21 新緑の ケヤキの空を ツバメ飛ぶ

キチッ!キチッ!ツバメの鳴き声だ。今日は快晴となった。陽射しが眩しい、新緑となった大木のケヤキの先には青い空、緑の葉影に、ツバメの飛んでいる姿を見つけることが出来た。

一羽ではない、二・三羽が確認出来た、もう直ぐ巣作りが始まる。今日で四月も最後の日となって、明日は五月である。五月と言えば、夏も近づく八十八夜が二日で、弁天様のお祭りである。

田んぼで苗代作り、畑に野菜の種蒔き、お蚕などで、農作業が忙しくなった昔を思い出す。弁天様といえば、いわゆる「七福神」の1つとして祀られる弁才天像は、農業神・穀物神である宇賀神と習合して、頭上に宇賀神像(人頭蛇身の老人像)をいただく形の像が多く見られる。また、元来、インドの河神であることから、日本でも水辺、島、池など水に深い関係のある場所に祀られることが多い。

七福神は、恵比須、大黒天、弁才天、毘沙門天、布袋和尚、福禄寿、寿老人の7人であるが、弁才天は、唯一の女性とのことだ。小さいとき母親に手を引かれ弁天様のお祭りに連れて行ってもらったことが記憶に残っている。

                         

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干ばつで深刻な食料危機

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Center171 昨日久しぶりに夫婦で、デパートの昼食をとったが、食堂街に行って驚いた。たまたま休日(昭和の日)だったのかも知れなかったが、何処のお店の前にも入れ切れなくて、お客が並んでいたのには驚いた。

家族連れ、恋人同士、友達グループなど、行き交う人もすっかり夏模様で、生き生きとして、元気な若者が多かったように感じられた。ようやっと空いている和食食堂に入ることが出き遅い昼食をとることが出来た。

今朝NHKラジオ深夜ビンのニュースで、アフリカでは干ばつが進んで、食料が足りず飢えで大変な被害が出ているという。

内容は、
アフリカのサハラ砂漠南部の国々では、干ばつで穀物の収穫量が減少し、1000万人に上る人たちが深刻な食糧危機に直面しており、国連が、国際社会に緊急の支援を呼びかけているという。
OCHA=国連人道問題調整事務所によると、アフリカのサハラ砂漠の南部の国々では、去年から雨が少なくなって干ばつが発生し、穀物の収穫量が大幅に減少している。この結果、

深刻な食糧危機に直面している人は・・・ニジェールで人口の60%近い780万人、チャドで人口の20%にあたる200万人など、地域全体では、およそ1000万人に上っているという。

このうち、ニジェールでは、ユニセフ=国連児童基金などが28日、2歳以下の子どもたちのための食糧支援に乗り出ししたが、農村部に住む人々は、食糧を求めて都市部に流れ込んできているという。

国連は、十分な食糧支援が行われなければ、ニジェール国内では今後1年以内に150万人を超える子どもたちが、栄養失調となるおそれがあるとしており、国際社会に緊急の支援を呼びかけている。という。

日本は、1945年の敗戦当時の貧困生活を知っている人は少なくなった。浮浪者、物々交換・配給・栄養失調・買出し、などの言葉を思い出す。今の、天候不順で野菜が高いというがデパートの地下の食料品売り場では買い物客でごったかえしていた。

最近の日本人は、自己中心的な人が多くなった。そして自己主張が目立つ、優しいさ、思いやりを持つ人が少なくなった。アフリカの干ばつで苦しんでいるというニュースを聞いて、食べ物を、大量に無駄に捨ててしまう、コンビニや、食堂があるという。資源の無駄をどこの家庭をもう一度見直し、この地球上で苦しんでいる人の事を考えて見ることが必要と思った。

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2010年4月29日 (木)

孫のピアノの発表会

Shirakaba_b1 久しぶり素晴らしくよく晴れた。つい最近まで「緑の日」と思っていたが、実は「昭和の日」だったとは、気がつくかなかった。私には、孫が4人いるが一番下の小学校2年生の女の子のピアノの発表会があって、国立市の芸術小ホールまで出かけた。

太陽の陽射しは、初夏を思い出させる強く、肌に焼きつくようであった。矢川の駅からおよそ1キロぐらいであったので歩いてみた、南風が強く、途中の公園の新緑となったケヤキ葉を大きく揺らしていた。

会場には、早くもピアノ教室の子供達が、ステージ衣装に着替え受付のあるロビーをかけ回っていた。久しぶり見る孫もその中に元気に飛び回っていた。

10時開演が5分ぐらい遅れて始まった。最初はピアノ教室の小さい生徒から始まり孫は20番目ぐらいに演奏であった。孫は落ち着いて確り上手に弾けたと思った。

生徒が総勢70人ぐらいいて、2.3分で終ってしまう生徒もいれば、5分以上演奏していた生徒もいた。終ったのは昼過ぎ、13時も過ぎてしまったので、途中で会場を後にしてしまった。

しかし、朝早く起きてしまったので、また、会場で長時間椅子に座っていて、ウトウト眠くなってしまった。帰宅途中に立川駅ビル8階で遅い昼食をとる。家に着いたのが午後3時となった。ちょっと疲れた。

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報道のあり方を考える

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Shinagawa191 最近のマスコミの話題は、沢尻エリカさんの離婚騒動が大きく取り上げらている。一方小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題で検察審査会が「起訴相当」と議決した、メデアの取り上げている。

比較することは無理があるが、マスコミの社会に及ぼす影響は計り知れない力があると、改めて感じさせられた。

私は、芸能界のことは、あまり興味はない。まして女優の沢尻エリカさんなんて名前も知らなかった。なのに余りにもテレビに離婚の問題が出るので、名前を覚えてしまった。

テレビでこんなに長時間を割き、新聞(スポーツ)で紙面を割いて報道すると言うことは、他に報道することがないのか?、視聴率・売り上げだけを意識してのことなのか?疑問に思えて仕方がない。

報道をもう一度考えて、報道関係に携わる人間に再考を促したい。

報道の使命は、真実を広く伝え、市民の知る権利に奉仕し、人権を尊重する自由で平和な社会の実現に貢献することである。

報道倫理をもう一度考えてみると、報道に当たっては、客観性の確保・人権の尊重・社会的影響の自覚・市民社会の監視機能・情報社会の判断材料の提供・特定の個人、団体などの宣伝目的を持たない・公正中立などである。

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2010年4月28日 (水)

検察審査会が「起訴相当」と議決

Hiland051 小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題をめぐり、検察審査会が「起訴相当」と議決した。「市民目線からは許し難い」の言葉は極めて厳しい。

検察も国民が納得する再捜査を尽くさねばならない。起訴して公開の場で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である。

私も「起訴相当」は当然のことと思うのであるが、この事が感情的な感覚で決まってしまうことが恐ろしいことで、検察の捜査で、証拠と事実の証明でも解明されなかったものを覆すことは、問題が残ることだと思う。感覚と印象で事件を、感覚判断では起訴は難しい。

これで、検察は再捜査し、3ヶ月以内に結論を出さなければならず、そこで証拠と事実が証明さらなければ不起訴の判断出さざるをえない。そして検察の威信は地に落ちてしまうことになりかねない。

注目すべきは、小沢一郎民主党幹事長の動きと、鳩山由紀夫首相の7月の参議員選挙の取組み方である。この問題は目の離せない問題である。改めて政治資金規正法の見直しが急務であると痛感する。

検察審査会は昭和23年から、選挙権を有する国民の中からくじで選ばれた11人の検察審査員が,検察官が被疑者(犯罪の嫌疑を受けている者)を裁判にかけなかったこと(不起訴処分)のよしあしを審査するのを主な仕事とするところだ。

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葉ざくらの季節となって

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800pxcherry_tree_with_early_leaves1 葉ざくらの 元気しろよと 声がする

片倉城跡の公園の桜は、すっかり葉桜となって、キラキラと陽射しに映えている。公園の桜の木は、雨・風・雪や暑い陽射しにも耐えて大き成長している。多くの人に感動を与えている。

満開の時期に、よく愛犬と散歩していた近所の奥さんが、桜の花びらに埋まるように亡くなった。そして、豆腐屋の旦那も花吹雪の舞った夜に、サヨウナラも言わないで、十万億土へ旅立たった。

木漏れ日を潜って幼稚園の園児の歓声が聞こえる。そして杖をついて散歩する老夫婦の姿がある。片倉城跡公園の桜は、年輪を重ねて大きくなって、人々に愛され、優しく見守っているようである。そして、元気・愛情・勇気もらい、また悲しい別れを慰めてくれる。

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2010年4月27日 (火)

人も樹木のように・・・

0107ukisima11 私の身近で今年も80歳を過ぎた老人が静かに倒れた。年をとり病気には勝てなかったのだ。町行く人も、つい最近まで元気でいたかと思えた人が、帰らぬ人となってこの世を去っていった。

人はみな同じ道を行くのである。悲しい・寂しいと涙を流し別れを惜しむが、何時しか忘れてしまう。また、次から次えと消えてゆく、そして生まれていく・・・。それが自然である。

1000年も経った鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏のが根元から倒れた。その後に無数の若い芽が産いた。

今年大きな木々が緑の新芽が出て輝き始めた。そして、強く生き残れる木だけとなる。何年何年もそのままにしておくと、環境に強い樹木だけが生き残る。

樹木も、道端の草も自然淘汰の営みは何億年も続いている。人間も全く同じの歴史がある。だから、自然のままに、生まれ死んでゆくことは何んでもないことなのだ。

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説明責任を果たすのは首相の義務

09hirugao31 鳩山首相の政治資金虚偽記載と資金提供事件で、検察審査会は「不起訴処分は妥当」の結論になった。「これで逃げ切れた」とは思ってはいけない。

どう見ても、政治資金収支報告書への虚偽記載と、母親からの巨額の資金提供を「知らなかった」と言い続ける首相の、庶民感覚は考えられない。世間の常識では納得しがたい。

政治資金規正法は、政治家の資金の流れを国民の目にオープンにするためにある。本来、政治家の肩書や、資金の出所が身内との理由で捜査手法が左右されていいはずはない。

首相は、実母の資金の使い道について、資料の国会提出に消極的な発言をしている。だが、議決の指摘する内容を踏まえれば、それでは済まない。説明のないまま一連の問題を終らせようとすることは、許されないと再度指摘されてしかるべきだ。

責任の取り方は、議決の指摘が、まさにその通りで「監督責任だけで会社の上司らが責任を取らされている世間一般の常識に合致していない。改正されるべきである」と付言している。

「政治と金」の問題における国民の不信をぬぐうため、どう実効性のある改正を行うか。国会も重い宿題を突きつけられたと言えよう。

 

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日米安全保障条約と沖縄米軍基地

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06oga_toga11 昭和34年〜昭和35年にかけて戦われた「安保反対闘争」から50年が経過した。「日米安全保障条約」が昭和35年6月に施行され現在にいたっている。

自民党政権が長らく続いて、当然世界の情勢も変わった。アメリカの一国支配主義は、今は受け入れられない。そして産業経済でもブリックスと言われる、ブラジル・中国・インド・ロシアなどの成経済成長と力をつけてきた。

一方核保有国はアメリカ・ロシアを初めイギリス・フランス・中国・パキスタン・インド・北朝鮮などがあげられる。アメリカ・ロシアの核軍縮の話し合いが進んでいるようだ。もっとも核を保有する莫大な維持費がかかると言うから大変である。

日米安全保障条約が施行された当時の冷戦時代の産物であって、見直しの時期に来ていると思う。このことで、現在鳩山政権を揺るがしている沖縄米軍基地の問題は全国民の問題である。

ここで、日米安全保障条約の是非を国民に問う国民投票したらどうか、検討することも必要と思う。それが必要と感がえる人多かったら、今問題となっている沖縄県に70%以上あると言われている米軍の基地は全国に分割配置することである。その痛みは、沖縄県に一極集中はしないで、全国で共有しなければいけない。

「チェンジ」を旗印にオバマ大統領が誕生したが日米関係は依然として昔のままで、日本にも過去と異なる政権が出来たため、沖縄を始めとした基地問題は国民共有の問題意識で議論することが重要である。

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2010年4月26日 (月)

世直し人の出現を望むのだが・・・

Galleryplayer3_desert 今日の世界は環境破壊・温暖化は深刻である。特に最近の天候の不順で感じるのである。

アメリカと中国は、世界でも大量の二酸化炭素を排出している国であり、両国合わせて、世界全体の40%の二酸化炭素を排出しています。中国は、自国の経済成長の維持を理由に、これまで、温室効果ガスの削減に取り組もうとしませんでした。これに対し、人口比では世界最大の排出国となるアメリカも、京都議定書を批准していない。

おかしい事に、昨年暮れにデンマークのコペンハーゲン(COP15)でも中国・アメリカなどと発展途上国との危機意識の差異が浮き彫りとなって、日本の鳩山首相の目標25㌫削減目標も各国に真剣に受け止めてもらえていないようだ。

中国では、ビッグイベントが北京オリンピックに続き、上海万博が5月から開催される。その中国も、チベット問題・地震問題などで悩みを抱えている。

アフガン・イラク・イラン・北朝鮮の問題・イスラム教諸国の問題は解決の糸口が見つからない。

そして、リーマンショックで世界同時不況はなかなか脱出できない。日本では失業問題・年金問題・日米同盟問題の普天間移設問題で、鳩山政権も信頼が落ちて危うい状況である。日本はギリシアの破綻寸前のような状況になったという見方をする人もいる。

今日本は、坂本竜馬のような心意気のある人の出現を待ち望んでいるのである。世のため人のために、精錬潔白な人間で、正義と勇気のある人を、日本が世界をリードする人間を待ち焦がれている人は多い。

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「藻」の、エネルギー開発

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Galleryplayer21_bali  「NHKクローズアップ現代」(4/20放送)・・・
そうそう数年前に 石油価格の暴騰と前後して、トウモロコシなどの穀物類が夢のバイオ燃料として脚光を浴びた。農耕によって得られた文明的なバイオエタノールが、原始的に採集された野蛮な石油の代替エネルギーとして、ブラジルなどトウモロコシの産地がクローズアップされた。

ところが、バイオエタノールが量産されようかという矢先、トウモロコシなど原料の穀物価格が高騰した。食料や耕作地がマシンのエネルギーに奪われ、人類の口に入るエネルギーが減ってしまうという、大きな問題となった。

化石燃料は有限である。太陽光・風力・波力などの自然エネルギー、世界各国懸命に研究・開発しているところだ。

次世代をになう夢のバイオが、NHK「クローズアップ現代」で「夢の植物で新エネルギーを作れ ~加速するバイオ燃料開発~」で取り上げられた。近い将来、石油に替わるエネルギーとして注目を集めているのは「藻」。そう、緑色をした水中の、あの藻が夢の植物の正体だった。

藻のなかには、油をつくりだす性質を持つ種類があるという。藻のいいところは、穀物バイオエタノールがガソリンなどと混ぜて使わなければいけないのに対して、単独で石油の代替になること。効率もよい。

藻エネルギー研究を続ける筑波大大学院の渡邉信教授によれば、「藻類を使ってエネルギー開発すれば、石油を採る時代から石油をつくる時代になっていく。日本が産油国になることは十分可能」だという。

そんな話を聞き、映像を見ていたら、いままで汚らしく見えただけの植物が、高価値あるものとは・・・なんとも素晴らしいことで夢のようだ。

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2010年4月25日 (日)

新緑の候

09buna_sinryoku_omitake21 新緑に 一筋の道 細くなり

今日は朝からスッキリ晴れた。高いケヤキの枝先には、新緑が青空に溶け込んでしまうほど、緑と青のコントラストが素晴らしい。北風がやや強く冷たき感じた。

近くの雑木林の道は木々が新緑に覆ってきて離れたところから見ると一筋の道は細くなったようだ。散策すれば、陽射しが新緑でさいぎられ、こもれびとなって輝いてきた。

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人生の旅

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199912070922111 今日は昨日にうってかわって、物凄い良いお天気になった。早くも5月爽やかさである。頬を撫でる風が心地よい。乾いた空気があおぞを一層奥深く感じさせられる。一人、午後のぼんやりして、時間の過ぎ行くことの幸せを感じる。自分の歩んできた「人生」を振返ってみた。

松尾芭蕉は長い人生を旅にたとえると、毎日が先の見えない旅の途中であり松尾芭蕉は、「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」、という。人は、つまずいたり転んだり、泣いたり笑ったりしながら人生という旅をしている。先の見えない、それは長い旅なのか、短いか分からない。

人生一生の始まりは誕生である。そして、その人がどういう旅になるのかは、誰も分からない。勿論その旅の出発点も自分で決められない。もっとよい条件で生まれてきたらよかったのに、と思って生まれてきた人も、生まれてこなかったらよかったのにと不満をもって生まれてきた人もいない。みんなこの世にとって必要だから、大切な命をいただいて生まれてきたのである。

旅は楽しい、それはまた帰るところがあるから、旅の終わりになると、もっと旅を続けていたい気持ちになることがある。すばらしい景色に見とれたり、美味しい食べ物や、よき出会いがあったり、いい湯に入ると極楽で、もうそこから帰りたくない、もっと旅を続けていたいと思う、しかし、帰るところがあるから楽しい。

人生は帰ることのない旅である、過ぎゆく時を戻すことはできない。歩んできた過去に納得したり、悔やんでみても仕方がない。旅の途中で挫折したことは何度もある。けれども、また人は歩き続けなければいけない。それは旅の終わりは必ずあるから歩き続けるのである。

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2010年4月24日 (土)

ただ無心に生きている

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Goldenchery1   自然の生きものたちは、ただ無心に生きている

我が家で飼っている小鳥(ゴールデン・チェリー)が、3回目の卵を産み、暖めている。1回めは昨年暮れに、2回目は、今年3月夫々1羽ずつである。そして卵は1回目2回目とも5個産んでその内に1羽である。12月の雛は小鳥やに引き取ってもらった。現在は3月に孵った雛と親夫婦と3羽で、鳥籠にいるが、3回目の孵化が始まったので、雛が邪魔になったようで、1回目の雛と同じように、親に苛められるようになった。

不思議なことに孵らなかった4個の卵は何時の間にか消えてしまった。親鳥が食べてしまったのだ、これも自然の本能である。

遠いアフリカに子孫ルーツがあるそうだが、人間の勝手な行為で私の家で飼われているのである。狭い籠で餌を与えられつつ子孫を残そうとしている。生まれ育った雛は、生きて子孫を残す本能で卵を産み雛を孵す。そして、よく見ると木の皮をくちばしで小さく裂いて、自分の尾羽根に差す行為をするのだが、雛も親に教わったこともないのに、その行為をするのである。

時々籠から逃げ出す行為をするが、自由に外に出たら食べるもない・猫などの外敵が待ち受けて命を奪われしまう、即・・・「死」であることも知らない。

生きものたちは、生きるということになんの疑問もなく、自然現象の如くに命を躍動させている。それは子孫を残すという遺伝子のはたらきのままに生きているという姿のように見える。

新しい生活環境、変化に馴染めないのも分からず、疑問を感じたりはしない、まったく本能任せで生きようとしている。

新潟県の天然記念物の「トキ」が自然繁殖の姿が確認されたという。外敵から守る高い木の上に巣をつくり卵を産んで孵しているという嬉しいニュースを聞いた。そして卵を1個落としてしまったという。多分孵して育てることが出来ないからだ。それも本能でそういう行為をしたのだと思う。

大概の生き物は、春夏秋冬の季節がある自然環境のもとでは、この時期に生きものたちの新しい命の誕生が集中する。だから、生きものたちにとっては短い一生の中で最も命輝く時節です。自然の流れのままに生かされている生きもたちは命が輝いている。

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2010年4月23日 (金)

紫木蓮

Magnolia_liliiflora21 紫木蓮 花に光るや みぞれ雨

白い花を日に輝かせていたハクモクレンが散って、濃い紅紫色のモクレンに変わった。大木になるハクモクレンは真っ青な空がよく似合うが、モクレンは2~3mの高さ止まりで、何本もの株立ちとなる花木であり、花とともに葉も同時に開き始めることから、やや地味な印象を受ける。しかし、紅紫色の大型の花は清楚で美しい。この花は一般的に紫木蓮(シモクレン)という。

今年は、四月に入ってからも、陽気の不順が続いている。東京地方では、一昨日は気温は25度と夏日になって、半そでシャツでちょうど良かった。そして昨日は、雨が一日中降って、10度以下で、関東北部には時ならぬ雪が降った。

通りを歩いていたら、紫木蓮の花の咲いていたお宅があった。みぞれかかった冷たい雨に花に銀の粒の光って見えた。

一体今年陽気はどうなっているのか?昨日と今日の温度差は15度である。エルニーニョの影響?北極圏の異状現象?地球温室ガス?いずれにしても、異状気象で、日照不足で野菜が育たない。農家の方の悩みは深刻だ。そして消費者の私たちは、野菜の高騰で悲鳴ばかりである。

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鳩山首相の偽装献金事件で判決

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Cirrocumulus1 本当に知らなかったのか?こんなこと世間の常識では、通らない話がまかり通ってしまうなんて政治の世界なのか・・・

鳩山由紀夫首相の偽装献金事件で、元公設第1秘書に対し、東京地裁は禁固2年、執行猶予3年の判決を言い渡した。

首相個人や母から提供された巨額の資金を個人献金などに偽装していたとして、ずさんな資金管理であり、当然の結果だ。

これまで捜査中や公判中であることを理由に、巨額資金の使途の説明から逃げて来た鳩山首相である。国民の監視から覆い隠した刑事責任は重大で、それを漫然と見過ごしていた首相の責任は問われてしかるべきだ。

元秘書の裁判は終結しても、首相本人の責任はまだある。首相は、母親から巨額の資金提供を受けていた。「知らなかった」と言い張って、昨年末に贈与税を納付して一件落着としたが・・・。

国民からは「発覚しなければ納税もしなかったろう。税金を払うのがばかばかしくなる」という声が上がった。当然の反応だ。

巨額の資金を長年申告しなかった行為が、納税者である国民の不信感を増幅させたのだ。政治活動はもちろんだが、個人活動に使われた分も含め一定の説明はするべきだ。

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2010年4月22日 (木)

政局の混迷深まる

08adachi_bizyutukan11 鳩山由紀夫政権は、6月から導入する予定の高速道路の新たな上限料金制度をめぐり22日、閣内の混乱が露呈した。

民主党小沢一郎幹事長の意見で、前原国土国土交通大臣の上限料金制度発表に対し、昨日鳩山・小沢会談で、見直しということになった。このことについては、小沢幹事長の参議院選挙で障害になるとの判断したからだ。

21日に新制度見直しを決定したことを受け、鳩山由紀夫首相は22日朝、記者団に「無料化の方向と矛盾しない形の中で(政府と民主党)双方が理解できる形で決着したい」と述べ見直しに意欲を示した。

その後、官邸を訪れた前原誠司国土交通相は、首相から「新制度を見直さない」ことについて了解を得たと記者団に明言した。米軍普天間飛行場の移設問題に続き、高速料金を巡っても政府・与党が迷走し始めた。このことから、鳩山由紀夫首相の指導力のなさ、統率力不足が露呈してしまった。

鳩山首相は、米高級紙のワシントン・ポストでも酷評されている。「哀れで頭おかしい」 とまで言われてしまっている。

オバマ大統領が鳩山首相に対して「きちんと責任を取れるのか」と発言したとも報じられている。そして米高級紙にも「サミット祭典での最大の敗者」「日に日に頭がおかしくなっている」と酷評される有様だ。オバマ大統領が「きちんと責任を取れるのか」と言われる始末だ。

国内外で信頼が薄れてしまったのでは情けない、日本の「恥だ」と自民党谷垣総裁が昨日の党首討論で言っていた。

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ツバメがやって来た

Swallow71 卵抱く 燕尾のまとい 艶々と

早くもツバメが、空を舞っていた。思い出す、子供の頃こと、実家の草葺屋根の軒先に毎年来て雛を孵していた。古い巣を修繕するのだが、果たして昨年と同じ親夫婦なのか、それとも子供なのか?子供としたら、相手を探し夫婦になって、巣を修繕しているのだろうか?そして、土と藁を上手に調合する左官技術は素晴らしいと何時も感心する。

遠い旅を無事に来られたことも大変なことだが、生まれ育った故郷(古巣)?を忘れないでいることは、本能とは言え驚きである。

そして、小学校の国語の教科書に書かれていたフレーズを覚えているが自分でも不思議だと思うのである・・・「ツバメの来ることは誰にとっても嬉しいことだ」・・・ツバメは、一年経って、何千キロの旅をして、生まれ育った故郷を忘れない。

ツバメは、本能的に蛇・ネズミ等の外敵を守ってもらえる条件を知っている。そして人間の身近なところの軒先に巣を作るのである。だからその家の人の理解者で優しさと、家庭円満な家を選ぶという。本当にその家の構造・人間関係まで分かるというから驚きである。

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人の死ということ

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07_10241 最近、兄の葬儀・近隣の知り合いの葬儀があって、「人の死」というものが、どういうものか考えてみた。そして、茨城にある天台宗・長福寺のホームページに出会った。

天台宗と言えば、戦国の武将織田信長に係わり合いがある、滋賀県にある延暦寺が総本山である。平安時代に最澄が天台宗を開いた。「一隅をを照らす」(社会の一隅にいながら社会を照らす生活をする)は有名な言葉である。

「あるお坊さんのお話」が長福寺のホームページに書かれていた。ので感銘したので記してみた。

「死は誰にでも訪れる自然現象です。死が不幸だと考えるのは、地位や名誉や財産こそが幸せだと執着しているからです。執着から解放されたとき、生死を超越して本当の自由を満喫できるのです。人の死に出会ったとき、執着からの解放への一歩を、その人の死から学びとることが、亡くなった人への最高の弔意です」

果たして、そんなことができるでしょうか?心にはただ、ぽっかりと穴が空いたようではありませんか?巣を壊された蟻のように、慌てふためき、おろおろと戸惑うばかりではありませんか?悲しむまいと心を抑えるのに精一杯。それでもいつしか悲しみに暮れている。

ところが、心の中をよくよく探してみると、わかります。何かが、自分の心にぴたりと寄り添っていることが。何かが、自分を哀れみ、愛おしんでくれていることが。その存在を感じるとき、そのはたらきを仏・仏心と呼びます。

悲しいときは無理におさえず、心から悲しめばいい。仏さまがいっしょに悲しんでくれています。悲しくないときは、無理に悲しまなくてもいい。仏さまはそんな気持ちもわかってくれています。

自分が仏に寄り添われていることに気づいたとき、それを気づかせてくれた亡き人を、浄土からやってきて、身をもってそれに気づかせてくれた菩薩として、神仏を拝めるようになるのです。

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2010年4月21日 (水)

事業仕分け第二弾

07bonchi_asayake_kumo11  自民党の長期政権で、訳の分からぬ仕法で、ざるのような入れ物から国民の血税が好き勝手に流されていた。その事をはっきりさせることで、民主党が国民に訴えて、政権奪取したのが一番の目玉だ。事業仕分け第二弾で民主党鳩山政権の支持率UPを繋げらるか・・・。

国民に最も印象づけたと言っても過言ではない「事業仕分け」。その第二弾が23日から開始される。天下りや税金の無駄遣いの温床とされる独立行政法人と政府系の公益法人だ。

政府の行政刷新会議はきのう、都市再生機構や大学入試センター、理化学研究所など10府省所管の47法人の151事業を対象にすることを決めた。

自民党政権時代にも改革は試みられたが、大きな前進はなかった。天下り先や権限を失いたくない省庁と族議員がタッグを組んで抵抗したからだ。 「族議員」などの造語が出来てしまった程だ。

民主党はマニフェストで、独法は「全廃を含めた抜本的見直し」、天下り公益法人は「原則廃止」を約束した。しがらみの少なさを強みに、大胆な改革を進めてほしい。

独法の中には、関連する公益法人に随意契約で仕事を流し、天下りの受け皿にしている事例もある。入り組んで見えにくいファミリー全体の構図をあぶりださなければいけない。仕分け人の眼力が問われる。

一方、事業仕分けの片手落ちのところも・・・、日本郵政の社長に元大蔵事務次官の斎藤次郎氏を起用した。マニフェストにうたった国家公務員の総人件費の2割削減にも手をつけていない。

事業仕分けは支持率UPの道具ではない。国民はそれほど甘くはない。政権が見せるべきはパフォーマンスではなく、無駄削減のその成果である。

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老いとは・・・・

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05detohama11 老いとは高齢者の老いのみをさすものではない。老いは自然なものであり、細胞は絶えず生まれ・死んでいる。細胞の新陳代謝、若い人であっても老いは生じている。

長寿社会が急速に進んでいる。60歳定年を延長して65歳にしている企業が多くなった。60歳過ぎても、今までの実績や、ノウハウなど企業は必要と認めているからである。また、そういう中で自分の人生を個人の意思で生きて行くという考えを持った人もいる。

生活の場を郊外に移したり、農業を始める人もいる。逆に生活に便利な都市の中心部や介護を受けられる施設などに居場所を移す人もいる。 

幸いにも長寿を生きることができれば、さまざまな人生の喜びを経験することが出来る。むろんさまざまな苦悩もともなうことになるが、苦悩も味わい深いもので、喜びそのものであると受容できるよう努力したいものである。

山菜などの、淡白なものにも深い味わいを感じたり、雲の動きや川の流れなど無情なるものの輝きに心躍らせ、小さな野の花や草木の芽吹き、生きものの息づかいなど無常なるものへ哀れさと愛しさを感じる。これも老いのゆえに感じることかもしれない。こういう感動が得られることは老いの特権だろう。

60歳(還暦)~70歳(古希)~77歳(喜寿)の時期は、人生にとって最上の時期であるという。お蔭様で、古希を過ぎても元気でいられる。今しか出来ない事をしていきたいと思う。「怒らない・転ばない・風邪を引かない」をモットーにして・・・。
 

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2010年4月20日 (火)

考えよう「生きていられる」訳を

E6_01xga 私は、なぜ生きていられるの?・・・考えよう「生きていられる」訳を・・・

殆んど人は漠然と生きていて、生きていられることを考えていない。生きていることが当たり前になってしまっているからである。

いつも通り明日が来るということ、毎日ご飯が食べられること、手足を自由に動かすことも当たり前になっている。当たり前のように明日の予定を立てたり、1ヶ月後、半年後まで予定を入れていいる。

しかし、よくよく考えてみると、今私がいるのは、両親が産んでくれたからであり、その両親も同じように産まれてきた。いのちが脈々と私にまで繋がっているからである。

そして、ここまで育まれてきたのは多くの人に支えて貰ったからである。さらに米や野菜、牛や豚とあらゆるいのちを頂いて生きているのである。

多くの命のおかげで生きているのに、それを忘れて当たり前にしている自分がいた。また、生を受けたということは必ず死が来る、自分も死んでいくということもすっかり忘れて生きていた。 本当は当たり前ではない世界にいるのに、お蔭様ということを忘れてしまっている。

だから、今自分が幸せということが分からない。当たり前ではないこと、お蔭様ということを今一度見つめ直さなければいけない。

この世界には、約64億人の人が住んでいる。ところが、そのうちの、8億5200万人の人々も、飢えで苦しんでいる。これは、世界の人口の7分の1にもなる。とても多くの人が死んでいる現実がある。

世界中では、5秒に1人の子どもが飢えに関連する病気で亡くなっている。飢えと貧困によって、世界では毎日2万5000人の人々がなくなっている。

もう一度、食べ物を無駄にしていないか、限られた資源を有効に活用しているか考え直す事が必要であり、「いま生きていられる訳を」考えて見たい。

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無党派層54パーセントとは・・・

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Galleryplayer20_van_gogh 今日の朝日新聞社説によると・・・これは単なる政権の危機ではない。鳩山内閣 の支持率が朝日新聞の世論調査で25パーセントとなったという。民主党は期待外れだったが、といって下野した自民党が心を入れ替えて再起をはかっているようには見えない。

無党派層が、民主支持層の倍を上回る54パーセントとなった。歴代政権下の数字と比べても極めて高いという水準である。 そして、政党から離れていく有権者の受け皿になろうと、「たちあがれ日本」「日本創新党」といった新党が立ち上がった。いまの日本政治には余裕はない。

では、一体、混迷の原因は何んなのか?政権奪取後の民主党は利益誘導的な古い政治を依然して演じている。 有権者を見くびっているというほかない。 調査では、57%が「実行力」を挙げている。

財源なきマニフェスト。米軍普天間飛行場の移設先は「最低でも県外」と言ったが、熟慮も成算も欠いた絵空ごとに、終わりかねない。

政治主導のかけ声だけで、官僚依存をやめたら、政権の統治能力そのものが疑問符がついた感じである。政官の役割分担のあり方も洗い直し、官の持つ力量を有効利用するべきである。 政党離れをどこで食い止めるかに掛かっている。

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2010年4月19日 (月)

益々難しくなった普天間基地移設

Galleryplayer3_desert_2 沖縄の普天間基地移設の問題は、鳩山政権の命取りとなってきそうだ。鳩山さんは3月中には方向性を示すと言っていたのが、ついに示すこと出来なかった。しからば、5月中に決着すると公言していたが、今のところ無理のようだ?。

徳之島という話があったというが、鳩山首相は言っていないという。そんな噂で昨日は島民の半数1万5千人が反対運動で気勢をあげた。マスコミの加熱した報道も、問題があるが、鳩山首相の決断力のなさが・・・?アメリカ・沖縄県民の顔色を見ながらでは、何時まで経っても、決まることは出来ない。

スパモニで、ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは、メディアの姿勢として、アメリカの大統領がこうだとか、高官がこうだとか、アメリカの新聞がこう言っているだとか、アメリカの顔色をうかがうような報道をいつもする。これに非常な違和感を持っている。日本が、メディアも総理大臣も含めて大事にすべきは日本の国民の声だという。

さらに鳥越氏は、日本国民は、米軍基地はどこもいらないと言っている。これが国民の声である。これをストレートにアメリカに伝えなければいけない。もうじき事業仕分けが始まるが、在日米軍基地の事業仕分けをしなければいけない。ゼロからスタートしてここはいる、いらないと。いると言われたら協議すればいい。

鳥越氏の言われるとおり、そのことをアメリカに、言ってほしいと思っているのに、やらないから、支持率が落ちてくるのではないかと思う。

戦後も65年が過ぎ、進駐軍のイメージが残る米軍基地の存在を見直すのは大賛成だが、四方を核保有国に囲まれて、どのようにして国を守るか。今の自衛隊で十分なのか、その議論があってしかるべきである。

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自然の脅威と環境破壊

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Galleryplayer15_rainbow  4月14日、同国南部にあるエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山噴火で、氷河の下でも新たな活動が始まり、周辺に住む約800人に避難命令を出した。

アイスランドは世界で火山活動が最も活発な国のひとつである。およそ200の後氷河期の火山のうち、少なくとも30の火山はアイスランド移住が始まる紀元9世紀以降に噴火しており、その回数は 150と記録されている。過去1万年の間に火山活動は平均して一つの火山の噴火が終って5年後に起きているという。

欧州全体の経済にも影響が出始めていて、上向けた経済が冷やされる心配が出てきていると言う。また、欧州の空港閉鎖が相次ぎ、日本企業の経済活動にも懸念が広がっている。近畿日本ツーリストは、23日までに日本を出発するロンドンやパリなどの欧州向けツアーの中止を決め、約500人に影響が出たという。

そして、14日に起きた、中国の青海省のマグニュチュード7.1の地震は、死者1706人が出ていると言う。今後更に2000人は下らないだろう。標高3700メートルと言う高地でありその上氷点下の寒さで、救助活動が難航しているという。中国では四川大地震(08年5月)と同じ。チベット族が人口の96%を占める被災地である。中国政府は、胡錦濤主席始め、温 家宝首相などが対策にあたっているという。

宇宙船では、日本の女性飛行士山崎さん、地球の異変に気がついたことだろう。宇宙に浮ぶ青い地球も、人間の勝手な振る舞いで、環境が悪くなっている。その上自然の脅威を眺めて、感じることは、自然の脅威には太刀打ちできないが、少なくも人間が地球環境を破壊することは人間の知恵で解決していかなければいけない事だと思う。

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2010年4月18日 (日)

「戦争とは何か」と「平和構築」

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07rose_ame21 イスラム諸国の中東地域では民族と宗教の絡んだ紛争が絶えず、いっそう複雑になってきている。
戦争が終れば平和が来る。そんな当たり前のことが、実は当たり前ではない。 アフガニスタンや東ティモールなど、戦闘が終わった後に治安が悪化し、紛争が再燃した例は少なくない。
再発を防ぎ、復興を支援し、人々が安心して将来に夢を持てる生活を取り戻すために国際社会が共同して行うのが平和構築という仕事だ。

岡田克也外相が国連安全保障理事会で、途上国での平和構築をテーマとする公開討論の司会を務めた。日本の外相が安保理会合に議長として出るのは初めてである。

内戦など地域紛争が終結した後も、当事国に平和が定着するまで、国際社会が切れ目なく支援することが重要だ。こうした支援の拡充を日本として呼びかけるなら、まず、他国に比べ見劣りする人的支援を増やすべきだ。

ところで、争いが、どうして止められないのか・・・理由は・・・、どんな生き物でも争いはある。優秀な子孫を残そうとするからである。けれども人間の争いは、動物の争いと全く内容を異にしている。自然の摂理を超えて、同種すなはち人間同士で殺し合いをする。

また、自然界にはそれぞれの生態系があり、生き物はすべてそれぞれの生態系のままに生きているのに、人間だけがそれを変えてしまう。破壊力の大きな武器を使った近代の戦争は生態系までも大きく変えてしまう。

人間は死を知っている。だから、心の安らぎを求めるのも、自殺するのも、戦争するのも、人間だからだ。「生き物である人間とは何か」「人間の戦争とは何か」、根源的な問題を問い直さざるをえない。

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2010年4月17日 (土)

遅い雪

Iwao1702c1 柳眼に 寒さ戸惑う 遅い雪

強い寒気の影響で、真冬なみの寒さとなった。東京では昭和44年年4月17日以来41年ぶり雪が降った。今朝雨戸を開けたら隣の屋根が雪で白くなっていたのには驚いた。

さくらは散ってしまったが、ようやっと柳の芽も青くなり、風になびく季節になったと思いきや季節外れの雪で萎縮してしまうだろう。このあと、上空に寒気が残るため、日中も気温の低い状態が続く見込みで、気象庁はしばらくの間、路面の凍結などに注意するよう呼びかけているそうだ。

この所の天候不順で、野菜が高い。スーパーに行っても、普段の倍ぐらいする値段に手が出ない。仕方なし「もやし」「冷凍野菜」などの天候の影響されない野菜?を買って凌ぐしかないなでは・・・

早く天候が落ち着いて欲しいと願うのは、人間だけではない。季節の移り変わりは、スムースにならなければ、この地球上の生態系は大きく変わってしまう。安定した日々が続くことを願いたい。

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新型うつ病と教育

3612 「新型うつ病」なるものが蔓延しているという。仕事中にだけうつになり、会社の外では元気、というのが特徴だそうだ。若い世代に目立つというこの「新型うつ病」、どうして増えているのだろうか。

これまでの「うつ病」といえば、几帳面でまじめな人が、落ち込み、自分を責め、自殺に至るケースが多いというイメージだったが、「新型うつ病」は、仕事中だけうつで、帰宅後や休日は普段通り活発に活動することが出来る。

自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚にかける迷惑などあまり感じない、というのが典型らしい。

こうした状況を、一体どう考えたら良いのか。新型」と呼ばれているのが「気分変調症」「非定型うつ病」に当たるのだという。

うつ病と診断する基準は診断マニュアルを参考にするのが世界の趨勢なのだというが、日本では診断マニュアルを参考にする医師は少なく、「新型」と呼ばれる症状については、パーソナリティー障害、抑うつ神経症などと診断していたのだそうだ。

それが数年前からようやく日本でも診断マニュアルを参考にする医師が増え、患者に伝わることによって、いきなり「新型」が大流行しているかのような錯覚をする人が増えたのではないかという。

それにしても、最近大きな問題と捉え始めた、家庭の躾・教育、学校教育・地域のコミニケーションのありかたが問われ始めているが、自制心の欠如と我慢が出来ない・他人を思いやる心がない。といった人間が多くなったことにあると思う。

教育に補助金をつけるより、人間形成のあり方の家庭での躾・学校・地域連帯での社会の基本的はあり方などに、力を注ぐべきである。そのことが、心身ともに健康な人間が育成され「新型うつ病」などの疾病患者少なくなるだろう。

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ニュース(news)・・・

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Photo ニュースとは・yahoo!百科事典=社会に生起する毎日のできごとや、その間の人や事物の消息。要約的には「時事に関する事項」(郵便法・郵便規則における、新聞の区分での表現)すべてを含む。

しかし現実には、それらの事項のなかから、とくに多くの人々が関心をもったり、社会的に大きな影響力をもつと思われたりするものが選定され、新聞や放送を通じて情報として世間に提供されるのが通例で、それらをとらえてニュースと称する。

ニュースは、コミニケーション歴史のなかでは証言、伝言、うわさなどを起源としており、できごとに由来する断片的性格をもつ。そうした点では、特定の利用目的や有用性が吟味され、それらを必要とするものに組織的かつ体系的に送達される情報=インフォメーションとは基本的に性格を異にする。

テレビや新聞報道のもつ意味は、人の暮らしにどれだけ大きく影響しているか計り知れない。何処でも、誰にも、安心を支える正確、迅速な報道の義務がある。

その事を考えてみると、非常に難しいことだ。政治・宗教・信条などに中立でなければならないのは当然である。しかし、報道関係者も人間である。喜怒哀楽の感情をもつた人間である。それゆえ、公平・中立な見方が難しい、正常な価値観を保つことに配慮が必要である。

その上、正確さ・速さが要求される。最近、報道合戦が過熱のあまり、報道各社で内容が違うことが感じられる。そしてテーマ・重要性などの相違が目立つように感じられる。だから一社だけのニュースソースを見ていることは危険すら覚えるのである。

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2010年4月16日 (金)

飽食の時代から心の時代へ

Photo_2 倉廩実ち(そうりんみち)て則ち礼節を知り。 衣食足れば則(すなわ)ち栄辱(えいじよく)を知る。 「管子」牧民
               
倉のなかに品物が豊富になってくると、人ははじめて礼節を知ることができ、衣食が十分足りてくると、真の名誉と恥辱の如何にあるべきかを知るという。

しかし、現代のように物が溢れ、日常生活も豊かにはなって来たが、どうしたことか、礼節という心の豊かさが取り残され、忘れ去られている現状からいま、「心の時代」が叫ばれ現代を考え直すときが来ていると思う。

複雑極まりない「飽食時代化」してしまった。一見豊かそうに見える暮らしが、実は冷たい空虚な心をも育てはじめているような気がしてたまらない。それは、物質と心とが反比例していく心の貧しさがあるからだ。

人間の欲望は限りのないものであり、人間には煩悩がある、「三毒」といわれる貪(とん)(執着)・瞋(じん)(憎悪)・痴(ち)(無知)・・(むさぼり・怒り・愚かさ)がある。それが内に秘めているので、いわゆる自制心がなくなってしまうのである。

自己の生活が本当に満たされていることを知らないで、欲することだけを追い求めるとすれば、それは「飢え」と同じ心の状態になってしまう。それでは、他人のことや、自らを反省するゆとりがでない。やはり自己中心的人間に落ちざるを得ない。
 
こうした心の貧しさを反省し、正しい生活、豊かな生活への軌道修正をすることに気がつかなければいけない。私たちがこの世に生命をいただいて生かされていることの真実をみつめ、「内なる飢え」を癒す『心の時代』である

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自制心がなくなった社会

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Photo テレビの地デジ変換で、チャンネルが増えて、情報は溢れんばかりである。最近目に付くことは、豊かな物質文明を謳歌してこれを、当たり前と考えて疑おうともしない反面、陰湿ないじめや想像を絶する安易な人殺しさえも横行していることである。

殺伐たるニュースがあまりにも多い。何が原因で、こんな世の中になってしまったのか、深い憂いを感じているのは私だけではないと思う。

いろいろな要素が重なり一概には言えないが、終戦直後の何もなかった時代の方が皆が空腹をこらえながら不安の中にも必死になって生きようと、貧しくとも家族や社会が結束していて、今よりはるかに愛と暖かみが感じられたのだが・・・。

何処のテレビ局でも、「これでもか、これでもかと贅沢を煽るグルメ番組」や、豪華でリッチな住まいの描写、癒しを求めた国内温泉旅行や海外旅行、優雅なゴルフに明け暮れる必要以上に羨望をかきたてるような映像があるかと思うと、凄惨な殺人場面を織り込んで犯人を追及して行くかっこいい刑事さんのドラマばかりである。

情報をえる手段ではテレビは手っ取り早く、手間が掛からない。何時の間にかマインドコントロールされるように、人の心の中に知らず知らずのうちに自制心をマヒさせてしまっている。

いつの時代でもとかく人間は「隣の庭の芝生は青く見える」もので、他人の生活を羨望する反面、自分より劣った立場の人間に対しては平然と軽んじて、さげすさんでしまう。

そして奢った人間は慢心してだんだんわがままが目についてくる。慢心している当の人間にはその自分自身の姿は見えない。さげすまれた人間や横柄さを押し付けられた人間にとってみればささいな事でも敏感にそれを感じてしまうものである。

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2010年4月15日 (木)

桜が散った

10kawadusakura_minamiizu21 世の無常 偲んで儚さ 桜かな 

「桜餅の葉っぱを食べない人がいるが、私は当然食べる。今年は、陽気が不順で、花が咲いている時間が長かったようだが、さすがに昨日の強い風で散ってしまった。そして桜餅を頂いて食べたのである。

明るい空に咲き誇る桜は華麗にして雅び、色鮮やかな京友禅を見る思いである。そして、同じ桜も夜の眺めは一変する。薄明かりに照らされて夜空に浮かび上がった桜の花は、なにやら妖艶な気配があたりに漂い、ときとして観る者に妖しげな幻想を抱かせるような風情に引き寄せられる。また、遠く春霞の彼方に望見する桜は、モノクロの墨絵のような風景にも見える。

軍歌「同期さくら」の歌詞のように、何よりも桜の花の良いところはその散りぎわの潔さ。春の陽射しの中でいっせいに花開き、満開の時は矢のごとく過ぎてサッと散ってゆく・・・。何十回もそんな桜の季節を見てきて、毎年その潔さには魅了されている。

桜の花が散って、次は三つ葉ツツジが満開になった。季節の移り変わりは止めることは出来ない。次から次へと移り変わって、諸行無常の思いである。
 

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食育について

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Galleryplayer2_cezanne 「食育」・・・健全な心と身体を培い、国際社会に貢献して行き、すべての国民が心身の健康を確保して、生涯にわたって豊かに、暮らすことが大切である。そして、子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも「食」が重要である。

辞書で見ると、「食育」=食に関する教育。食料の生産方法やバランスのよい摂取方法、食品の選び方、食卓や食器などの食環境を整える方法、さらに食に関する文化など、広い視野から食について教育すること。

平成17年(2005)7月、家庭や学校における食育の推進、伝統的な食文化の継承、生産者と消費者の交流促進などを目的として、食育基本法が施行された。

考えると、ライフスタイルや価値観の変化に伴い、毎日の食の大切さへの意識が希薄になっていると思う。特に深刻なのが若者、20代の男性の3人に1人が朝食を抜いているという。また、家族揃って食卓を囲む機会が減り、栄養の偏り、朝食抜きなどが増えていると思う。

健全な食生活が失われている。また、コンビニ弁当で食事をする子供も増えているという。ライフスタイルが変わった、時代が変わったでは説明がつかない問題である。

親は何か大切なことを忘れている様に思う。親子での食事、家族での食事これはコミニュケーションの場であり、躾の場でもあると思う。

毎日、家族揃って「朝食」を食べる家庭は26%、「夕食」は32%、との調査結果があると言う。

物理的に何らかの理由があって家族全員が揃わなくても、「家族が揃って食事する」という事が基本なのである。「家族が揃って食事をしよう!」「~してみよう!」という「努力が大切だ。

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2010年4月14日 (水)

七つの社会的大罪

041  鳩山由紀夫首相が今年の1月の施政方針演説でも引用した。『七つの社会的大罪』は、マハトマ・ガンジーの名言である。
一、原則なき政治
二、道徳なき商業
三、労働なき富
四、人格なき教育
五、人間性なき科学
六、良心なき快楽
七、犠牲なき信仰

これは、とても素晴らしい名言である。ガンジーは、道徳的な『真理』を探究し続けたが、その『真理』の一つが、ここに存在する。日本の社会は、この素晴らしい名言の鏡で映すと、如何に無秩序で良くない状態に陥っているかを、赤裸々にさらけでている

鳩山政権の支持率低下は、目を覆いたくなる状態である。洞察力・決断力・統率力・夢を持たせる力などだ。

鳩山首相は「核サミットでオバマ大統領と普天間飛行場移転の話をしたそうだが、ちょっと当てが外れたようで存在感がない。今まで、この問題で公言してきた、かず数の言葉はあまりにも軽かった。

長期自民党政権で、疲弊仕切っていた政治に、へきへきした有権者は、変革に希望を託したのが民主党であった。その民主党政権も鳩山首相の理念なき政権では、有権者は戸惑うばかりである。

最初は長期政権の汚れた部分を洗い流すことで、時間は掛かることには、仕方がないと大目に見ていたのだが、「お金と政治」の問題も、有権者に納得行く説明もできていない。

「コンクリートから人へ」の理念の空々しくなってしまったのでは、信頼は薄れてしまう。本当に日本をリードし、ガンジーの『七つの社会的大罪』をよく理解し実行力のある、信頼できる政治家の出現を期待したいが・・・。

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葬儀費用のこと

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Asamayamas1 誰でも何時かは来る「死」である。葬儀費用が高い!というイメージがある。そして墓地が高い!「そんなことなら、葬儀は家族葬で、墓地は要らない。どこかの海に捨ててくれ・・・」なんて年寄り仲間で話題になることも・・・。

それにしても葬儀費用も高いのに「死んでも死に切れない?」J-かSTニュースで取り上げていた。

日本の葬儀費用は、平均231万円にもなる。という調査結果がある。米国の5倍、英国の20倍だそうで、その原因は利幅が異常に高すぎるためだ。「詐欺」同然の商法がなぜまかり通っているのか。

『葬式は、要らない』(島田裕巳著、幻冬舎新書)によると、日本の葬儀費用の平均は231万円で、主な内訳は葬儀社に支払う葬儀一式費用(平均142万3000円)、料理屋に支払う飲食接待費用(平均40万1000円)、お布施や心付けといった寺などに支払う費用(平均54万9000円)となっている。調査は日本消費者協会が07年に行った。

さらに、仏教式では故人が僧侶から授かる「戒名」がさらに費用をつり上げている。戒名料はランクが高いほど莫大になり、「高価な外国車を買えるくらいの額にのぼることも決して珍しくはない」とこの本には書かれている。

一方、アメリカの葬儀費用は平均44万4000円、イギリスは平均12万3000円、ドイツは平均19万8000円、韓国は平均37万3000円(冠婚葬祭業のサン・ライフの資料による)で、日本は「飛び抜けて高い」。そんな中、最近は定額制を打ち出す葬儀社が登場している。

費用が高い理由は、仕入れ値に対する販売価格が高すぎると指摘する。つまり儲けすぎているというわけだ。5000円の棺を10万円で売る、300万円で購入した祭壇を何度も使いまわした挙げ句、1回100万円で貸し出す、といった強欲なビジネスモデルがまかり通っている。利益率が9割にのぼることもあり、「詐欺と同じように見える」という。

また、葬儀費用とは別に心付け(チップ)を要求する葬儀社があり、専用の封筒を用意していることもある。1回の式で5~15万円にもなるそうだ。

葬儀を行わない。火葬のみの直葬が18万9000円、密葬・家族葬が36万7500円で出来る?という。業者があるそうだ。

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2010年4月13日 (火)

桜と人生

07yamazakura_kitakami11 このところ毎日の温度差が激しい、一日置きに10度では体調を崩す人は年寄りだけではない。しかし、季節は確実に移り変わっている。片倉城址公園の桜は、咲き終えて散り始めている。変わって、我が家の庭の三つ葉ツツジの花が満開となった。

そして、近くの山の雑木林の木々の新芽が伸びて灰色に染まってきた。だんだんと桜開花前線は北に移動している。

山川草木、ことごとくつつみかくさずその姿を露わにしている、桜の花は大地自然そのものである、大地自然が桜の花を咲き終り、葉桜となりつつある。人の命は桜の花の如く儚い。

人は、生の始まりも、終わりも、誰もそれを知る人はいない。生きるとは「生まれる」ことでもなく、「人生」でもない、今、現に生きている、この事実である。桜は今を咲いているから美しい、どの桜もこだわりなく咲き、今を咲き、自分も咲く、だがその美しさをしらずに散ってしまって儚い。儚いのは自然の美でもある。人間も桜のような人生であり、なんの屈託もない、そう言う一生で終えたい。

山河大地は全て露わなり、生まれる前も、今も、命尽きたる後も、桜の花は大地自然に咲く。自他のこだわりをはなれてこそ、桜の本当の美しさが見えてくる。

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タイの流血衝突のこと

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E6_02xga 何処のテレビ局でも衝突の惨状を大きく映し出されていた。タイの首都バンコクで、タクシン元首相を支持するデモ隊と治安部隊が衝突した。

こんな何でもありの激しい中を、取材していたロイター通信日本支局のカメラマン村本博之さんは、治安部隊側の銃弾だったのか、デモ隊側だったのか分からない。しかし、20人以上が亡くなった。死傷者は900人が出たのは事実だ。

報道関係の危険な仕事で、日本人の尊い命が亡くなった。茶の間で見ている私たちであるが、事実を伝えることの宿命であるにしても、あまりにも惨いことだ。

赤シャツ姿のデモ隊は1カ月前から抗議行動を始め、総選挙の実施をアピシット首相に要求してきた。政権が強硬策に踏み切ったことが大騒動になった。

黄シャツと赤シャツの激しい衝突は、今回が初めてではない、タクシン元首相派と反タクシン派はこの10年近く、対立を繰り返してきたのだ。国を二分するような深い亀裂は、将来への不安が募る。

金権腐敗体質や独裁的な姿勢に経済成長による富が首都に一極集中し、貧富の格差が進む。対立の背景には新興国共通の矛盾がある。

黄シャツ姿の反タクシン派が空港を占拠。議会の中での論戦をすべきであり、立憲体制と統治の正統性が危機にさらされていることにほかならない。

タイはASEANの中核であり西の隣国ミャンマーの民主化を促す上でもこの国の役割が期待されるが・・・。 自動車をはじめ製造業が集中し、ASEAN経済の核でもある。

多くの日本人と日系企業が活動している。 日本の経済ではタイの協力は欠かせない。何とか早く、議会での話し合いで沈静化を望みたいところだ。

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2010年4月12日 (月)

新党「立ちあがれ日本」

G6_01xga ベテラン衆参議員で新党「たちあがれ日本」船出した。「打倒・民主党」をスローガンに、夏の参院選で与党を過半数割れに追い込むのが最大の目的だという。

何んとも 、心躍らぬ新党の船出だ。政権再編の端緒をひらくことができるか?分かりにくい、そして立ち上がった先に見えるものがない。これでは全く心ときめきを、感じることが出来ない。

新党は、政権再編を橋渡しを目指すと言うが、具体的な姿を描いているのか、大連立構想の再現をにらみ、接着剤となることを狙っているのか?国民に率直な説明をすべきである。

こんな高揚なき新党の船出には国民は乗れない。そして、5人の平均年齢が70歳というご高齢で柔軟な舵取りが出来るか不安だ。

参院選に向けては、山田宏・東京都杉並区長や中田宏・前横浜市長ら首長連合による新党結成の動きもある。 迷い道を抜ける気配のない2大政党の下で、行く先を探しあぐねる有権者の層も膨らみつつある。そのことが、一連の動きの根底にあるのだろう。

鳩山内閣や自民党の迷走をよそに各種調査で「みんなの党」の支持率上昇が目立つ。首長新党も含めた新党の参入は注目に値するが、構想や理念がはっきりしないまま乱立すると有権者は逆に戸惑うばかりである。

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降って良し晴れば尚よし

15401_2 降って良し 晴れば尚よし 日和かな

バス旅行の昨日(4/11)は、雨になるかと思いきや・・・予想に反して、良い天気で初夏のような暑さとなって、クーラーを必要なくらいだった。

雨を覚悟していたが、予報が外れたので気象庁の方々には残念な結果だった。晴れを期待していた方々には、たなぼたな気持ちであった。「本当に予報が外れて良かった」と・・・

お天道様も、みんなの意見を聞いてお天気を決めていたら、キリがない。晴れてよし、曇ってもよし、雨降りゃ降ったでそれもまたよし、それぐらいの達観した気持ちでいれば、まさに「日々是好日」である。

フッ!と思った。雨降れば寒い、最近の気候である。寒いのはいやだ!これが一転、初夏の気候となると、暑いのもいやだ!どうも我侭な人が多い。

幸不幸は、考え方一つ「幸」の字から一本足りなくなると、「辛い」になる。足りない足りない、不足ばかりを言ってると、いつまで経っても幸せにはなれない。

これで充分、今が最高ありがとうございます。謙虚な気持ち、感謝の気持ち、他を思いやる気持ちがあれば、いつだって幸せになれるんじゃなかろうか

そんな簡単な事も出来ない未だに修行中の人ばかり?・・・「辛い・苦しいから生きていられるのだ。」「何にも感じなかったら死んだも同じである。」

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桜の花は人の心を和ます

10_10241_2 ただ咲いて 人を和ます  さくらかな

何の屈託もない自然の中で見事なまでに桜は咲いている。日本の何処へ行っても桜の木はある。それだけ日本人になじみ深い花なのである。

今年は、例年になく陽気が不順で、暖かくなったなったかと思えば、急に冬に逆戻りするという、行きつ戻りつの陽気である。そのため風邪引きが多いらしい。そして、野菜農家では、葉ものが、出来が悪く、大変だそうだ、そのため消費者の我々は野菜の高騰で家計も大変なようである。

昨日、成田山新勝寺に八王子の伝法院というお寺の講中に参加しお参りしてきたが、境内の桜はまだ咲き残っていて、花吹雪は、見事であった。地元の人に聞いたところ、今年は長い間咲いているという話だった。

自然の木樹は時期に来れば季節を忘れず、花を咲かせ新芽が伸びる。勿論人間のために咲いているのではない。木樹自信が花を咲かせ、種を付け子孫を残そうとしたり、より大きく育つという、自然の働きだけである。

その原理を旨く利用し新種改良して、人間の好みに合わせて育て、花を咲かせている。しかし品種改良で、植物が問題になっている。遺伝子組み換え食品は食べたくないと考えているからである。人間は植物の遺伝子操作に限らず、動物まで考えているという。牛や羊に止まらず、人間にも及ぶということだから恐ろしいことだ。

きれいな花を見て人の心を和ませてくれる桜を見て、素直に「きれい」と感じる心を忘れないようにしたいものである。

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笑う門には福来る

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Img_0085 昨日、『八王子一心講』(成田山伝法院)の講中で成田山心勝寺に参拝をしてきた(今年で140回以上という)。「不動明王御真言」・・・[のーまく さんまんだー ばーざらだん せんだー まーかろしゃだー そわたや うんたらたー かんまん]と、唱えてみた。(まったく意味が解らない・・・)が、不思議と心が落ち着いた感じがした。

そして、伝法院の住職(同行)がお話をされた。『笑う門には福来る』であった。

『笑う門には福来る』とは、(ことわざ百科)=いつも笑っている家には幸運がやってくるという、意味を持つ諺である。ここでいう「門」とは一族や一家のことを指しており、家族全員が“にこにこ”と楽しく笑顔で暮らしていることで、福が舞い込んでくるということを言っている。

確かに“ぶっちょうづら”の人間より、笑顔でいる人間の方が人から愛されるだろう。笑いというのは人にとって良いものであり、心身ともに健康でいられる秘訣にもなっている。暗い世の中だからといって、家族みんなが暗い表情で生活していたのでは余計にストレスがたまり病気になってしまう可能性が高い。

医学的にも認められてきているのが、やはり笑うことである。笑うことで癌の発症率が低くなるという研究結果も発表されているくらい、笑いというのはすごいパワーを持っているのである。和気あいあいと楽しそうに暮らしている家族の周りには自然に人が集まってくるもの。それと同時に福も集まるのだろう、という内容であった。

何故“にこにこ”してるだけで幸福が来るか?
と言うと、当たり前の事だが仏頂面の人より笑顔の人の方が心象が良いのは言うまでもないと思う。それが即ち一般的に「徳」と言われるものかなー。

現実と合意すること。つまり現時点での自分を評価し、それに対して合格点を上げれることこそが笑顔の元である。それは生活の充実を意味する。

外部からの干渉に対する好印象及び生活の充実が幸福をもたらすと言えるのではないだろうか。自分で管理できる範疇の感情はなるべく笑顔でいたいものである。少し意識して、”笑顔を作る”のではなく、”笑顔で居られる自分”になれるよう考えてみたい。

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2010年4月11日 (日)

真言宗智山派のこと

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13_10241 弘法大師・空海によって開かれた真言宗は、仏教の中でも特に密教であるといわれている。密教とは「仏さまの秘密の教えを明らかにした教え」という意味だそうだ。

弘法大師・空海(774-835)は、宝亀5年6月15日、現在の香川県善通寺市に生を受け、15歳で都に上り、18歳の時に大学に入学した。大学では中国の哲学、思想を学ぶ、そして24歳の時、「仏教こそが最高の教えである」という考えをまとめた『三教指帰(さんごうしいき)』を著すと、山野を巡り修行する出家修行者となり、各地で厳しい修行を重ねた。

仏教の究極の教えである密教を説いたお経、『大毘盧遮那成仏神変加持経』(だいびるしゃなじょうぶつじんぺんかじきょう=略称は『大日経』にめぐりあった。

智積院(ちしゃくいん)は真言宗智山派の総本山であり、京都市東山七条にある。

東京都の高幡山金剛寺、名古屋市の大須観音寶生院を別格本山として全国に3000余りの寺院教会を擁している。総本山智積院は全国約30万人にのぼる檀信徒の信仰のよりどころとして総菩提所、総祈願所と位置付けられている。

ところで関東の真言宗智山派の三大本山と言えば成田山新勝寺・川崎大師平間寺・高尾山薬王院であるが、八王子市にある寺院は幾つあるか調べたら(八王子仏教協会ホームページ)110寺があり、驚きである。

そのうち真言宗智山派だけで、18寺がある。(日蓮宗・臨済宗南禅寺派が夫々15寺)

福伝寺    明神町
大義寺    横山町
伝法院    南新町
観音寺    万町
西蓮寺    石川町
大蔵院    平町
報恩弥陀院 宇津木町
龍光寺    宇津木町
吉祥院    名房町
真覚寺    散田町
真福寺    散田町
天龍寺    北野町
大光寺    川口町
長楽寺    川口町
長福寺    川口町
安養寺    犬目町
王泉寺    越野
最照寺    大塚

今日(4/11)は、成田山新勝寺に参拝に行くことに・・・

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2010年4月10日 (土)

望郷心

282_field111 「望郷心」・・・人々の心の底にある望郷心は、優しさの心・・・

ふるさとは遠く離れて思うもの、長らく帰省しない人が、故郷の匂いをする昔懐かしい食べ物を送っていただくと、母の笑顔が思いだされる。そして、兄弟・一緒に遊んだ幼馴染・学校の友達など走馬灯の思い出が駆け巡る。そんな時、無性に帰りたくなる。このもどかしさ、じれったさ、これが故郷の心なのだ。

どんな人間でも故郷を思慕する心をもたない人はいない、この故郷に憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる純真な心である。何時も人の心の片隅にある望郷心は、人間本来のやさしさの心でもある。

この地球上では、不幸にして戦争は絶えない。激戦の戦火の下においても、民族、宗教にかかわらず、人々の心の片隅には、それぞれの故郷の心はある。戦時下では故郷の心など抹殺され、故郷の心など忘れ去ってしまうかのようだが、戦場ならばこそ故郷の心は消えることなく、平和な故郷への思慕はより募るものである。

どんな人、どの民族にも、それぞれにかけがえのない故郷がある。他民族に踏みにじられたくない故郷がある。人々の心の片隅ににあるものが、望郷心である。お互い人間だから、望郷心、優しさの心には、人類共通の相通じるものがある。民族や宗教の違いを超えて共感できるものである。

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生命の不思議

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Galleryplayer3_desert   最近、身近な人が、体調を崩したり、亡くなるというめぐり合わせ?が多い。また、嬉しい出産の朗報も聞いたのである。そこで「生命」とはを、考えてみた。

水に恵まれた青い惑星、地球。 地球には、14億立方キロメートルの水があると言われているが、そのうち約97.5パーセントは海水で(淡水(真水)は約2.5パーセント)である。地球に最初の生命が誕生してから原始生命は35~40億年前ころ誕生したという。

そして、酷暑、酷寒などの環境変化を乗り越えてさまざまな進化をとげて、 命が連続して一度も途切れることがなかったから、今地球に多様な生命が人間もその一つに過ぎない。どの生き物にも共通する遺伝子があるから、命の連続は、何代も前の先祖がもっていた遺伝上の形質が、遺伝子情報がこれを証明している。

ヒトの遺伝子数は4万個。人の体の仕組みが簡単でよく実験に使われる猩々蠅の2倍にすぎない。しかも全体の0.3%は細菌の遺伝子と一致。遙か昔細菌に感染したヒトが細菌をわがものとして進化してきたという。全人類の遺伝子情報は、99.9パーセント共通しているという。

地球生命は三千万種ともいわれているが、すべての種・命は互いに関係している。生きる為に他の命を食す、一つの生命の生存には他の命の死がある、他の命の犠牲の上に成り立っている命、食物連鎖は全生命に共通するが、絶滅の危機にまで他の種を追いやってしまうのは人間だけでる。

人体は60兆個の細胞の集合体であり、 本人の意思に関係なく細胞は生死しているという。自分の体は自分の意思で生きているようであって、そうではない。生きていき限り他の命を口にし、排泄してゆくことが生命維持の基本である。生命維持の機能は衰え、老いていく、自分自身ではコントロールできないことである。

自分の体であって、意のままにならない、これが命である。そして細胞は生まれるために死んでいく、すなはち命とは生まれるために死ぬということが生命誕生から定められている巡り合わせのことである。

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2010年4月 9日 (金)

一日中ボランテア

Img_0085 7時30分から、9時まで全国交通安全運動で、交通指導で出動した。一旦帰宅着替えて、湯殿川河川管理通路の除草をする。ツルハシで根こそぎ掘り返す作業を1時間行なう。

そして地元、片倉時田まちの広場に設置した倉庫(中古をURから頂いた)修復作業を町内方と三人で行なう午前中、午後から、材料を買いに材木屋さんに買いに行き、3時まで修復作業を行う。

家に帰り着替えて、交通指導を3時30分~5時まで行なう。今日は晴れていたが、風が冷たく、交通指導での道路に立っていると震える寒さであった。

今日は朝から一日中ボランテアで過ぎてしまった。でも、健康だから出来たと思うと幸せだ。感謝しなくては・・・。

慣れない作業で身体があちこち痛く、ふくらはぎ張って歩くとき痛く辛い。肩は凝ってしまい。風呂に入りよく揉んだが痛みは取れない。明日も作業を考えているが・・・。明後日4/11日(日)は、大勢方で行なうように段取りした。

私、11日は毎年恒例の成田山の参拝がある。皆さんにお願いした。

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事業仕分け

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Img_0162 「事業仕分け」政府の行政刷新会議は8日、「事業仕分け第2弾」の対象候補を、104ある独立行政法人のうち54法人が実施している計127事業に絞り込んだ。127事業への08年度の国費投入額は、判明分だけでも2兆3642億円超に上る。

枝野幸男行政刷新担当相や国会議員の「仕分け人」がさらに精査し、20日にも開く刷新会議で対象を正式決定する予定である。第2弾は23日から4日間の予定で行う。独法へのヒアリングは3月上旬に始まり、483事業について聴取。4月6日から最終ヒアリングを始め、選定作業を進めている。
(毎日新聞)

ガラガラポン=こんがらがった話をいったんゼロに戻してやり直すで「社会に飛び交う謎めいたオトナ語がある。事業仕分けはこんな時にも使われる・・・?


これまで国民の耳目に触れる機会がなかった予算の提出者と査定者による議論の過程が初めて公開されたのは、政権交代によって可能になった歓迎すべき制度改革である。

第1ラウンドでは事業廃止や予算の縮減・計上見送りや、独立法人の基金や特別会計などいわゆる「埋蔵金」の国庫返済など合わせて1兆3000億円に上った「成果」を、とりあえず評価してよいのではないか。半面、赤字運営を追及された日本科学未来館・毛利衛館長が「(公立)高校、大学の経営で赤字を問題にしますか? その認識自体が官僚的発想だ」と指摘した反論にも、真摯に耳を傾ける必要があるだろう。

一方、政権交代しても「政治とカネ」の問題が止まらない。国会で事件の追及はあっても、最後は弥縫的な法律改正で終わり、また同じ問題を繰り返す。こんなことが十数年来続いている。重要な政治問題が山積している事を忘れないで欲しい。

自民党の「逆仕分け」が話題になって、与党時代に設置した政務調査会の「無駄撲滅プロジェクトチーム」(河野太郎座長)を再起動させ、政府の10年度予算を「逆・事業仕分け」に入ったが、その動きは国民にどう受け止められるだろうか・・・。

日本再生は、現場&地域から始まる。そして、国民のニーズは何かを聞き続ける。そして、日本の強みは何かを問い続ける。『政治家には定年退職がないが、いつ辞めたらいいですか』と聞かれることがあるそうだ。問わなくなったら辞めるべきだ。問わない政治家は、ただの邪魔者。問う姿勢が革新を生み出していくのである。

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2010年4月 8日 (木)

米ロ核軍縮条約に調印

Hiroshima101 NHKニュース速報で、日本時間19時30分ごろテレビ字幕スーパーで流れた。これで世界核保有90㌫を占める両国の核保有削減し、核廃絶に繋がる第一歩となればと期待しないではいられない。唯一被爆国日本である。広島・長崎市民はじめ、多くの核廃絶を訴え続けている日本人にとって、明るいニュースとなった。

NHKwebより・・・アメリカのオバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領は、チェコのプラハで首脳会談を行い、戦略核弾頭の配備数をこれまでの上限より30%削減することなどを盛り込んだ新しい核軍縮条約に調印した。

米ロ首脳会談は、オバマ大統領が1年前、「核兵器のない世界」の実現を訴えたプラハで、日本時間の8日午後5時すぎから始まった。オバマ大統領とメドベージェフ大統領は、調印式に臨む予定で、去年失効したSTART1=第1次戦略兵器削減条約の後継となる新しい核軍縮条約に調印した。

新条約では、発効後7年以内に、両国それぞれが、戦略核弾頭の配備数をこれまでの上限よりも30%少ない1550発に減らすほか、弾道ミサイルや戦略爆撃機といった核弾頭を運搬する手段も、これまでの上限の半分の800に減らすことになった。

米ロ間では去年12月、START1=第一次戦略兵器削減条約が失効し、互いに核兵器の削減状況を検証できない状態になっていた。今回の条約は、START1以来、ほぼ20年ぶりとなる包括的な核軍縮条約で、両国の議会が批准して発効すれば、世界の核兵器の90%を保有する米ロ両国が、引き続き核軍縮を進めていくことにる。

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ツルハシ作業でいい汗かいた

  Img_0104 全国交通安全運動期間中であり、私も交通指導員であるので、午前中7時30分から9時まで、歩行者の安全確保のため、特に登校の交通指導を行なった。

終ってから、秋のコスモスを植える準備で、河川管理通路の草とりを行なった。小石と砂利の混ざった土地で硬い地面であるので、ツルハシで草の根を掘り起こすという作業である。

一回や二回では根は取れない。4回・5回ツルハシを振り上げて取り除く作業である。幅1メートルで、距離が230メートルである。少しずつ行なっていたが、お天気の悪い日があって、あと70メートルであったが、今日同じ町会方と午前9時から11時30分行い。午後1時から自分ひとりで2時45分まで行い、あと15メートル残すのみとなった。

午前中晴れているのに北風が冷たかったが、午後は暖かくなってきた。湯殿川の向こう岸の片倉城址公園は、桜が見事に咲き誇っていた。大勢の見物の方が思い思いにシートを敷き車座になって楽しそうにしていた。

作業している傍に来て、ご苦労さん、あんた市の方ですか?と言われたのは驚いた。若いお母さんに幼児を連れてい親子が近づいてきて幼児が「おじさん何をしているの?」と言われて、若いお母さんは、「草取りをしているよ!」と言って行った。

この通路は、通勤・通学・お年寄りの散歩に利用させていただいている。町内の方が気持ちよく通行し、町内のみんなが笑顔で挨拶できる通路にしたい。そして毎日のゴミ拾いを行なっているのだが・・・。草(雑草)取って秋のコスモスが咲く日願い汗をかいた。

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生死の分かれ目

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Photo_2  私の現役時代に、40代の同僚男性社員がお風呂で倒れ、病院に運ばれ、くも膜下出血と判定され、緊急手術を受けて一命をとりとめた。約1ヶ月で退院でき、現職復帰したのである。もう少し対応が遅れていれば命はなかったのでは・・・。よい医師と良い技術に出会えたことが良かったのだと思う。

プロ野球巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、死去した。37歳だった。同コーチは2日、広島市のマツダスタジアムで行われた対広島1回戦の試合前、グラウンドでノックをしている最中に倒れてた。

投手以外の全ポジションを守れる貴重なユーティリティープレーヤーで、俊足のスイッチヒッターとしても活躍した。巨人軍の原監督は、テレビのインタビューに涙の会見をしていた。家庭思いの、優しいパパだったという。

生死の分かれ目で、運が良かったなどよく聞く話で、地震などの自然災害のみならず、交通事故の現場においても、よく助かったものだ、運の強いことだ、神仏のご加護があったなどと、命の明暗を分けた現場では、運、不運が語られる。

だが、因果応報ということがある。病気で倒れるということは、何か原因があってのことで、後で健康状態を聞くと、血圧が高かった・頭痛が続いていた・睡眠不足・疲れが残っていた、など前兆はあることが多いそうだ。一病息災という言葉があるように、どんな頑丈な人間でも、生き物である。普段から健康チエックは大事だ。そして自信過剰は禁物である。

社寺に詣でておみくじをひいて大吉を引き当てると喜び、凶がでると不吉なことが起こらないかと気にしてまた必死に拝む、たかがおみくじと思い過ごされない何かがあるからである。宝くじも当たりくじがよく出る販売店には人気が集まる、人は心の底のどこかで幸運を願うからだ。

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2010年4月 7日 (水)

毒ぶどう酒事件

Photo_2長すぎる裁判』・・・・名張毒ブドウ酒事件は、1961年3月28日の夜、三重県名張市葛尾地区の公民館で起きた毒物混入事件。5人が死亡し、「第二の帝銀事件」として世間から騒がれた。

再審請求審で、最高裁が審理を名古屋高裁に差し戻した。犯行に使われたブドウ酒に入っていた毒物の成分分析の検討が不十分で、裁判をやり直すかどうか、結論を出すだけの事実の解明がいまだなされていないという判断だ。

7度目となる今回の再審請求からでも8年。多くの時間が流れたのに決着に至らない。死刑囚として拘置されたままの元被告の人権、裁判への信頼を考えたとき、見過ごせない事態である。

「疑わしきは被告の利益に」との刑事裁判の原則を再審事件でも適用すべきである。だが、再審無罪が確定した、足利事件に続き、昨年は茨城県で起きた強盗殺人事件「布川事件」でも無期懲役が確定していた2人の再審決定を最高裁がしている。

それにしても、あまりに長い年月が経った。鑑定について十分かつ迅速な証拠調べをしてほしい。そのうえで、検察の立証が合理性を欠くならば再審の扉を開くべきだ。

プロの裁判官でも自白が真実か虚偽かを見極めるのは難しく意見は割れる。やはり、取り調べの全面的な録音・録画が必要ではないだろうか。可視化の議論が再燃しそうである。

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中国で日本人の死刑執行される

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Photo 3月末に中国側の執行通告を受け、鳩山由紀夫首相が「大変残念だ」と表明したのをはじめ、閣僚から懸念の声が相次いだ。菅直人副総理兼財務相は「日本の罰則より厳しいと思っている人がいる」と温家宝首相に直接訴えた。

犯行の経緯など事件の情報が少ない、刑事手続きにも疑問符がつく中、自国民の生命権の保護の問題として、政府が声を上げたのは当然だと思う。同じ罪でさらに3人の執行が通告されている。

日本では、種々議論はあると思うが司法制度はそれぞれの国が定める。刑罰も同様だ。中国が麻薬犯罪に厳罰で臨むのは、アヘン戦争など歴史的な背景があるからだ。

死刑執行は年数千人という、中国では死刑執行の数を公表していないが、ある情報では2008年は1718人、09年は数千人にのぼるという。

かなり多い数字だが、それでも死刑執行方法に変化が見られるという。もとは銃殺刑だったのが最近は薬物注射に切り替わっている。具体的には麻酔を注射した後、青酸カリを注射するのだという。

テレビ朝日の「スーパーモーニング」その死刑に当たる罪だが、作家の若一光司さんが、こんな発言していた。

「日本では死刑に該当する罪は18ぐらいしかないが、中国は70を超える。業務上横領や文化財を盗んだりすると窃盗でも死刑になるケースがある。どのケースで死刑を適用するかは非常に恣意的に運用され、そこに大きな問題がある。一方で、主に政治犯に適用されているのだが、執行猶予付き死刑もある。いずれにしろ非公開ということもあり、冤罪のケースがいくらもある」

弁護士の大澤孝征さんは「麻薬厳罰には、半植民地のきっかけとなったアヘン戦争が背景にある。麻薬は国家を危うくする本質を持っているという観念があり不思議ではない」と・・・。

観光で中国へ行ったらバッグの中に麻薬があり、知らぬ間に運び屋に利用され死刑になるとしたら浮かばれない。

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2010年4月 6日 (火)

子供心と行動について

Photo 私には孫が4人いる。その孫達の日常生活を見て考えた。
☆小どもは、知識からの行動が大変に難しい。

子どもは与えられた環境に順応して成長する。環境への反応は自分の中に生じた情動に従って行動している。
それは大人のような過去の経験を思い出して、分析して、結果を予測して、意識的に決めているのではない。単に受けた刺激により生じた情動に従って、反応を反射的に選択して、行動するのである。
大人が子どもに、「よく考えてしなさい」というような、大人と同じ思考判断を求めるが、子どもは、思考判断を大変に苦手というか出来ない。子どもが思考判断をしているように見えるときは、子どもが過去の経験を思い出して、その内でもより接近系の情動を生じる経験を行っているだけである。
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☆子どもの集団を好む。
子どもはその本能として子どもの集団を好むようである。子どもの集団の中でその子どもなりの挑戦と経験を続けて、いろいろな社会生活に必要な能力を身につけていくのである。そして辛くなったときには母親の元に帰って辛い心を癒してから、また子どもの集団の中に入っていき、その子どもなりの挑戦を繰り返すのである。
.
☆動物での反応が当てはまりやすい。
子どもの心は動物の心にとても近い。動物と違って人間の子どもは言葉を話し、大人と情報の交換をすることができるが、それ以外の子どもの心の機能は、動物の心にとても近いので、動物から得られた心の機能が、人間の心の機能によく当てはまる。
それが思春期を過ぎて大人になると、人間は前頭前野の機能が優勢になって、人間的な心に急激に変化をしていく。ただし、人間としては連続しているから、大人は子どもの時の心を思い出せる、子どもの心を理解できると判断する。
大人が子どもの心を理解したつもりでも、それはあくまでも大人の立場からの子どもの心の理解であり、子どもの心は大人になったら、忘れ去られている。大人は自分が子どもであった頃を思い出して子どもを理解するのではなく、動物の心を参考にして、子どもの心を理解すべきである。

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旅たちの季節

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06oga_toga11 世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば 山上憶良

何時の時代でも不安や不満のない生活などあり得ない。しかし、そうだからと言って、愚痴を言っているばかりでは仕方がない。日常生活でのちょっとした気配りが、その人の人生を大きく変えることになる。

気配りの一つの夫婦の間でも「お早う」の挨拶をすれば、ストレスがなくなる。そして、何ごとにつけても「有難う」「済みません」の感謝の言葉を口にすれば、相手も快く受けとめていただけ、人間関係で火花が散ることもなく、穏やかになり、それでストレスが生じない。

そして、相手の人権を尊重することである。そうすれば人はお互いにストレスがなくなり、穏やかな日常生活がおくれる。また、相手の人や他を褒めることによって、けなされるよりも何倍もの心地よさを、相手も自分も感じ、それで自分も元気になれる。

日常生活のちょっとした気配りや善行は善循環を、逆に不足不満の思いで生活すると、悪循環につながる。この因果の道理をわきまえることが大切である。

四月は別れ・出会い時節で、人々は期待に心躍らせて、新たに旅たちの人は多い。しかし、今年は不況で大学生の就職が決まらず、今でも職探しをしている人がいると言う。自分の希望の職に就けることが一番幸せであるが、なかなか思うようにはいかないのが世の常である。

自分が思うようにならないことを、他人のせいにすることだけはしないで、自らの力で切り開いて行くことである。幸せを求めてあちらこちらと探しまわっているうちは、心も浮き立っているから、幸せが得られない、幸せはいつも足下にあるのにそれに気づかない。

運・不運に一喜一憂するのは、感傷的な心の狭い了見に過ぎない。広大無辺の大自然のめぐりによって、人は生まれ、生かされているから、この因縁を喜び、命輝かせて今を生きぬくことが幸せなことである。そして、希望を捨てないで、チャレンジすることである。

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2010年4月 5日 (月)

名木の(花)に想う

10_10241 花の色はうつりにけりな 徒に 我が身世にふるながめせしまに 小野小町

桜の花の色は、むなしく衰え色あせてしまった、春の長雨が降っている間に。ちょうど私の美貌が衰えたように、恋や世間のもろもろのことに思い悩んでいるうちに・・・現代語訳・・・

むかしから、一本杉・二本松・一本桜などと地名がある。現在は、開発・大木になりすぎて倒れの危険など様々な事情から地名だけになっているところも・・・。

神奈川・鎌倉市の鶴岡八幡宮敷地内にある天然記念物「大銀杏(おおいちょう)」が3月10日午前、低気圧による北風の影響で根元から倒れた。大銀杏は樹齢推定1000年するという。四月になって、小さい芽が沢山出てきたことが確認できたという。ご神木として大事に育てるという。

由緒ある名木は、昔から人々に愛され、大事に見守られてきた。樹医・樹木医などの資格を持った方たちが由緒ある「木」の保護にあたっている。

対象には勿論桜もある。桜は人間達の悲喜こもごものドラマを見下ろしているかのように咲きほこっている。そんな桜を見て人は喜んだり涙したりもする。

毎年、同じように桜は咲くけれど、その桜の木は去年のものではない。同じところにあって同じ桜の木に花が咲くのに、どうして同じでないというのか、桜の木は、同じ場所から移動するということは絶対ない。桜も生きものであるかぎり、桜という木も新陳代謝を繰り返している。古い葉っぱは、落ちて肥料になったり、たえず生き死にをしている。目前に咲いている桜は、もはや去年の桜ではない。

今年も、桜は寒い暑いをしのぎ生きて今年も枝いっぱいに咲いた。でも、来年も枯れずに花を咲かせられるかどうかは分からない。同じように、今年が豊年になるかどうかの予測がつかないのと同じく、人は自分の人生が先々どうなるのか、これまた予測できない。人生の先が見通せるとしたら、人の生き方も変わるだろうが、そういうことはあり得ないことだ。

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お花見に思う

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500kp330l1 明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは 

桜は豪華絢爛として咲くが、ほんの数日で散ってしまう。暖風に枝を払われ、はらはらと散ってしまい、葉桜にうつり変わる。散りゆく姿に哀愁の心をいだく、日本人は桜に人生の一コマを重ね見るから、特別な思いを桜によせるのである。

つまり、明日生きてる保証は無い、私たちに明日は無い、有るのは今だけだ。と言うことだ。慈鎮は其処でハッと気付き、其の場で得度の式を執り行った。九歳の親鸞に慈鎮は悟らされたのだったいう。

親鸞聖人が九歳のとき。両親を亡くし、伯父に京都青蓮院に連れられ、後の天台座主・慈円(慈鎮和尚)のもと得度を欲したとき、慈鎮が得度の儀式は明日にしようと仰った時に言った言葉だそうだ。

花を見て人は美しいと心に感じるけれども、自分勝手な思いで見ていないだろうか、花は子孫を残すために花咲き虫を招く、人に見つめられたくて咲いているわけではない、花は人間に何の期待もしていない、ただ咲く姿を無心と人は見ているだけである。

昨日は、日本列島お花見日和という天気予報だったが。。。しかし、八王子は北風が冷たく震えるほどであった。

昨日、恒例となっている、近状の方たち10人で近くの片倉城址公園でお花見を行なった。北風が寒く、今年はどうしようと迷ったが・・・

最近高齢化で、外に出る機会少なくなって、通りで出会うことが少なくなった。一年で一回の花見で、少しでも、コミニケーションになればと計画したのである。会費はなし、みんな思い思いの飲み物・食べ物を持ち寄って、歌も出て結構盛り上がった。

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2010年4月 4日 (日)

おぼろ月

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145261_2.......ゆったりと 花びら舞う おぼろ月

時は巡りめぐり桜咲く季節となった。桜のの花びらが風でヒラヒラが舞い散っている。桜の花は短く、ゆっくり時間が流れているようで早い。

大宇宙の一つの地球という星で、自然あり、そして生かされている。地球と月の関係は何時頃出来たのか、そんなことあんまり関心がない人が多いが、いま生きていられることは、太陽・地球・月の関係の歴史があり、究極的には今があり,この地球に生きていられのである。だから生きていけることに感謝し、これからも生きていける環境を守っていかなければならない。

おぼろ月を見ていると人の心を包んでくれる母親の胎内にいるような感じがする。また愛する人の胸の中にいるようなロマンチックになれる。

小学唱歌に おぼろ月といえば歌がある。

1) 菜の花畠に 入り日薄れ
  見渡す山の端 霞み深し
  春風そよ吹く 空を見れば
  夕月かかりて 匂い淡し

(2) 里わの火影(ホカゲ)も 森の色も
  田中の小路を たどる人も
  蛙(カワズ)の鳴く音も 鐘の音も
  さながら霞める 朧月夜

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2010年4月 3日 (土)

茅花(つばな)と戦時中の思い出

Hpchigaya11 二むかし 空に爆音 茅花摘む

そろそろ、つばなが出る頃になった。写真のようになってしまうと食べられない、ふくらみかけたところをグイグイ抜き覆っている、皮を剥いでちょっと赤みかかったところを食べた。

昭和18・19年ごろの戦時中、南斜面の土手に茅花(つばな)摘んで食べた。僅かに甘味がして結構食べた記憶がある。食べるものが何もなかったのだ。

南傾斜の良く日に当たる土手で、抜き取っていると、1万メートル上空をキラキラ日に映えてB-29の機影が見えた、爆音の音の割りに、小さく見えてそれほど怖くなかった。

サイレン・敵機襲来・グラマン・隼戦闘機・B-29・燈火管制・大本営発表・防空壕・配給などの戦時中使われた用語が懐かしく思い出される。

穂が出て銀色に波打つとそれと分かるが、食べる穂はあんなに成長したらもうダメで、出る前でないと食べられない。柔らかいうす緑の衣に包まれた銀色の穂は、ビロードのような感触でしっとりとしている。

緑色のいいにおいのする美味しかったつばなを、子供たちと抜きながら味わいたいなーと毎年思うのだが・・・。ちなみに茅花(つばな)と「ちがや」のことだ。

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呆れた代理投票

Natsu1 この程度の認識で国会議員の役職が務まる?何を考えているのだろうか、国民の信託を得た国会議員の品格が問われる。国会の議員の中にこの程度の人間が国政を任すわけにはいかない。怒り心頭である。

参議院の若林正敏元農林水産大臣の参議院本会議での採決で同僚の青木幹雄議員の代理投票を押した。自ら議員辞職をしたが、「魔がさした」と・・・では済まされない大きな問題である。今朝の朝刊各誌は一斉にこの問題を取り上げていた。

朝日新聞・・・風上にもおけない、とはこのことをいう。
「魔がさした」ではすまない不行跡であり、議員辞職したのは当然である。

国会議員は憲法で「全国民の代表」と位置づけられている。法律を定め、国家財政を統制し、首相を指名する。その重責を自由で独立した立場で果たせるよう、様々な特権も与えられる。議院での表決や発言は院外で責任を問われない、というのもその一つだ。

読売新聞・・・国会の議決を冒涜する行為だ。
国会は、言うまでもなく、国の唯一の立法機関である。とくに衆参両院の本会議は、各院の最終的な意思を決める場だ。議案成立の可否は、特別の定めのある場合を除いて、出席議員の過半数で決まる。

ここでは、わずか1票の差によって法律が成立したり、しなかったりする。議員一人一人が、自らの責任で投じる1票が、重い価値を持つゆえんだ。今回の若林氏の軽率な行為は、国会議員の職責の重大性を、まったく失念していたものと言わざるをえない。

毎日新聞・・・なんとも情けない汚点だ。
議員が議場にいなければ表決に参加できないのは衆参両院を通じた議会の鉄則だ。このため、重要案件の採決の際、病身をおして議員が登院することも珍しくない。衆院3期、参院ほぼ2期務めた閣僚経験者にそんな当たり前の節度が欠けていたことに、寒々としたものを感じてしまう。

単なる「お粗末劇」と見過ごせないのは、国会での議決の信用性を損ねた罪深さにある。参院本会議は98年の通常国会から押しボタン方式を導入している。議員の投票行動の明確化のためだが、当時は「牛歩戦術」などの抵抗戦術封じが目的、との指摘もあった。

産経新聞・・・自民党の緩みは危機的だ。
国会での賛否の表明は、憲法で守られた表決権の行使だ。
国会議員が自ら、それをないがしろにした。若林氏が責任の重さを認めて議員辞職したのは当然としても、大きな汚点は消えない。

押しボタン投票が平成10年に参院に導入されて以降、他人による投票が表面化したのは初めてだ。

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桜満開で想う

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S121 桜の開花を待ち望んだ日本人は多いだろう。桜は日本の心には特別の思いがある。満開に咲く桜には妖艶な美しさがある。桜には、色々な種類があるが、代表格はソメイヨシノである。しかし、深い山の他の木々の中で、咲く山桜はまた格別な品格があり私は好きだ。

桜の花の咲く頃は、別れと出会いの季節である。学校を卒業して社会人として再出発の旅たちである。私は、小学生に入学するときに、不安と期待で落ち着かない気持ちであった。母親に手を引かれ校門をくぐったときに満開になっていた。

今年、孫が通う小学校は六日が始業式である。私が入学した日と同じである。八重桜の花びらが真新しいランドセルの上に乗っていたことは、60年以上の経つ今でも忘れられない思い出である。そして母親の暖かい手の温もりは、勇気が出るような気がした。

そして、野鳥はじめ、多くの生き物の誕生の季節である。一つの命は他の生命によって支えられている。人間も大地に生きる生き物であり、米や野菜などの農作物、牛、豚、鶏、魚などの命によって支えられている、命の尊厳を見つめる目を持たなければいけない。

自分の目の高さを大地の高さと等しくしてみる、そうすれば、やさしさの心でものを見ることができる。やさしさの心によって生きとし生けるものと、心が通じ合えるから命の輝きを共感することができる。「幸せ」とは、すべての生きとし生けるものとともに、生きていることの喜びに感動できる。

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2010年4月 2日 (金)

お花見と小鳥

500kp330l1  鳥籠の 雛が顔出す 花見ごろ

今朝(4/2)の暖かかった。城址公園の桜が一気に開いた。近所の有志で、毎年行なっているお花見を今年も四日にやろうということで話がまとまった。

我が家で飼っている、生後一ヶ月ぐらいのゴールデンチェりーの雛が巣箱から出て餌場に落ちてしまう、もう4.5回落ちているが戻ることが出来ないので、その都度捕まえて巣箱に戻すのだが、ちょっと留守にしたので落ちていたのが気がつかず。親鳥は、ただ大きな声で鳴き、異常を知らせるだけで、どうすることも出来ない。

結局、私が捕まえて巣箱の戻したが、我が子を、持ちされるのではと、必死手の指を狙って攻撃をしてくるのである。ようやっと巣箱に戻したら丸窓から顔を出し外を眺めていた。親鳥は安心したようで、鳴き止んだ。

手乗りに馴らしてしまうと、一羽が一万円以上で売れるそうだが、餌を与えるのが大変で、子育ては親の任せることにする。親は、つがいで二万円で昨年5月に飼ったのが、これで二回目で一回目で、雛は小鳥屋に餌2袋で引き取ってもらった。
Goldenchery1_2

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風雨で夢破れ

07yamazakura_kitakami11 桜がようやっと咲き出した。私の家の前は湯殿川でその向こう岸は片倉城址公園である。桜は二分咲きというところである。夜来から「春の嵐」の雨戸を叩く音で夢が破れてしまった。

花に嵐はつきもので、「春眠暁を覚えず」で知られる孟浩然の「春暁」を思い出した

 春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声  花落つること知る多少

その雨音は、夜が明けても吹き続けている。昨日君子蘭・シンビジューム・観音竹など鉢物が倒されているかもしれない。

我が家の庭に咲き出した三つ葉ツツジの花も、風雨に耐えているだろうか、そして手入れを怠っている玄関先の真木の枝が折れないか心配である。

NHKラジオ深夜便をで、東京地方の鉄道がJR・私鉄で、強風のため、始発から、運行を中止しているところがあるという。風速25メートル以上あると運行取りやめだそうだ。昨日新入社員が75万人あったそうだが、新入社員には、戸惑うことであろう。交通機関の混乱が予想される朝となった。

春の季節の象徴である前線が日本列島を通過することで「花の嵐」は通例である。それを繰り返し季節が移り変わるのである。

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音楽を考える

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07_sl_kurosawa21 「音楽」とは、音響現象のさまざまな特性を秩序だてながら使い分けて、一定の時空間のなかに繰り広げる人間の芸術的活動の所産である。人間が送る生活のなかに有機的に組み込まれて文化的な意味や価値が与えられ、状況に応じて社会的機能を果たし、また人類文化の縦と横の広がりのなかで重要な要素である。(yahoo!百科事典)

「音楽」という言葉は、人の声や楽器で奏でる美しい調べなどを表すのに広く用いられた。仏教では経典の朗読や儀式に伴う調べや、仏教の真理の美しさを音で表したものを「音楽」と言っていた。英語のミュージックという言葉から分かるように、ギリシャ神話の女神ミューズに由来した言葉だそうだ。

音楽の三要素・・・・・・・音楽は音から出来ているが、ただ音を鳴らすだけでは、美しいとは感じない。なにが足りない。楽しい曲・美しい曲を聴いたとき、思わず「はずんだようなリズム」「きれいなメロディー」「ハーモニーが美しい」など心に沁させるものがある。『リズム・メロディー・ハーモニー』は音楽をなりたたせている「音楽の三要素」である。

リズム・・・・・長い音と短い音、強い音と弱い音などが続きながら流れていくと、組み合わせによってまとまりが生まれる。それがリズムである。リズムはほかの要素とくらべ、その曲の感じを決めるは働きが強く、リズムだけでも、音楽的表現をある程度までできる。

メロディー・・・・・色々な高さの音が、続きながらリズムにのって流れていくと、メロディーができる。だから、リズムがなければメロディーは作れない。

ハーモニー・・・・・二つ以上の違うメロディーが重なって流れていくとき、高さのちがう音が同時に鳴って和音がうまれ、その和音がつながって流れてとなる。そこに豊かなハーモニーが生まれる。

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2010年4月 1日 (木)

どこかで繋がっている命

Tombi061 地球上の生物は、一つ一つの固体ですべてのものが存在しているようだが、すべてのものはどこかで繋がって生きている。人間も例外でない。人と人が社会とどこかで、また、自然とどこかで繋がっている。つまり、どこまでが自分で、どこからが他なのか、本当のところは、良く分からない。本来は自他の区別がなく、自分と他人の境界線がなくなるということだ。

世の中の道理、自然の摂理で、自己中心的に生きようとしても生きていけない。そのことは人はなんとなく理解している。けれども、自己中心の生き方しかできないのが人間である。本来は自他一如であるはずだと、頭では理解できても、実際の生き方としては難しい。人権やプライバシーにかかわる問題が多いのも、これらことが起因している。

誰かが悩み苦しんでいるとき、話し相手になってあげ、悩みを聞いてあげるとしても、人の心の奥深いところは、その人と同じ立場に立たない限りわからない。相手の思いを理解しようとすれば、全面的に相手の立場に自分を置かないと、すべてを理解することは不可能である。

相手の立場に立ち、相手の能力に応じて説得し、相手の心をひきつける。そして、充分納得いくまで時間をかけて、理解ができるまで行なう。その結果、自分が中心で世の中が動いていたり、また、他人の動きを無視したりする考えは改まる。

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蓮池透さん強制退会へ

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05detohama11 「拉致被害者家族会で、蓮池透さんを強制退会させた」
4/27日の同会の総会で決議したという。 北朝鮮に拉致された家族を取り戻し、を解決するには、経済制裁で圧力をかけることが必要条件という家族会の方針である。
それに対しもっと柔軟に話し合いで、解決すべきとの考え方だ。その方針が違いだそうだ。

蓮池透さんは1997年の同会発足以降、事務局長や副代表を歴任した。 同会の増元照明事務局長は「家族会の総意は北朝鮮への圧力を強化して交渉に臨むというもので、誤解を招く」と理由を説明した。蓮池透さんは、「家族会の総意はあくまで被害者の救出。私をはずすことで拉致問題が解決するなら甘んじて受け入れるが、残念でならない」と話した。

小泉 純一郎元首相のとき、2002-10-15 に4人が飛行機のタラップに降り立った時の映像は鮮明に記憶がある。蓮池薫さんのご家族のお父さん蓮池 秀量(ひでかず)さんのユニークな顔が再三テレビに映っていたが、今はどうしているのだろう。

それにしても、遅々として進まない北朝鮮拉致の解決は先が見えない。ご家族の方の切なる思いも、時間がないと訴えているが、何とか拉致されたご家族の消息だけでも知りたいものだ。田原総一郎さんのご家族を逆なでするような発言があったりしたが、家族会の団結を強めることで帰還させるという目標を持ち続けてもらいたい。

北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫さんご家族は、「自立の道を確立できた」として、拉致被害者支援法に基づき一家4人が受給している給付金を4月以降辞退すると明らかにしたという。内閣官房総務・拉致被害者等支援室によると、給付金は現在、帰国した拉致被害者とその家族計13人に支給されているが、辞退は初めてだ。(今日4/1時事通信のニュース)

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