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2010年2月 7日 (日)

生きる意味が分からず

07akitakoma_sumire11 人の世に生きる真髄を探求し、70歳を超えても人間の生きる意味が判らず、迷う心に苛立ちさえ起こる。迷い・悩んでいる今日この頃である。まあー死ぬまで考えてしまい結論は出ないだろうが・・・。

鴨長明(1155~1216)「方丈記 」にその一端が見えるような気がするのだが・・・・
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。

所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。

又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。

或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。』およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。」

三法・四法で解いている。三法とは、「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三つを言う。従って、三法とは、「三つの仏教を特徴づける真理」と言う意味である。この三法の特徴を持っているものが仏教であり、無ければ仏教ではないということである。この三法に、「一切皆苦」を加えて四法と呼ぶこともある。

『時間の大切さ』 『絶対の存在はない』 『改革の必要性』を解いている。
平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕はす。奢れる者久しからず、ただ春の世の夢の如し。猛き人も遂には滅びぬ。偏に風の前の塵に同じ。」 平家の栄華と没落を描いた軍記物語である。

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