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2009年8月

2009年8月29日 (土)

人材育成には大胆な投資を

06oga_toga11資源のない島国日本は、技術と勤勉さで生き残って来た。原材料輸入し付加価値をつけて輸出していた。そして日本は最先端で走ってきたが、世界各国の追い上げが激しくなって、肩を並べてきた。

朝日新聞(社説)でも取り上げているが、「人材育成に大胆に投資を」と訴えている。経済力の基盤は「人」だ。戦後日本の成長を支えたのも、勤勉で質の高い人材だった。

学校を卒業し就職する。職場で仕事を一から教わり、一つの会社で正社員として定年まで働くのが当然だった。

いまの若者に、そんな人生モデルはまねしたくてもできるはずもない。大卒で就職しても4割が3年以内に辞める。高卒だと5割にのぼる。大卒者の1割は、就職も進学もしない無業者となる。昨今の冷厳な現実だ。

企業は社内で若者を育てる余裕を失ってしまった。経済のグローバル化で、求められる能力も多様化している。日本が生き残るためには、次代を支え、切り開く人材を社会全体で育てあげねばならない時代になった。そのためには教育システムの根本的な見直しが必要だ。

今回の総選挙でも地方分権が大きな争点になっている。首都と地方の格差が大きくなっている問題を解決するにも人材の不足問題がある。

毎日新聞(社説)でも、自民党は道州制を17年までに導入することをうたい、民主党は都道府県を残すものの、基礎自治体である市町村への大幅な権限と財源の移譲をマニフェストに盛り込んでいる。だが、いずれも欠けているのが人材の育成、確保だ。

日本の近代化は、人材を中央に集中させることによって達成された。その結果、大都市部では過密が進む一方で、地方では過疎化が激しい。こうした傾向に歯止めを掛けようと地方分権が叫ばれて久しい。税源や権限の分権が進めば、自治体は自らの創意工夫が必要となり、支える人材が何より求められる。

目先の問題と将来の問題を考えて見ると、どうしても目先に問題を取り上げてしまう傾向がある。あさはかな人間の心理である。政治家たるものは、現状を見据えて、将来を考えることが必須である。従って日本の歴史から見ても、有能な人材の育成は欠かせない。人材育成えの投資を大胆に行い。将来を見据えた日本の姿を描いていくべきだ。

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自然のエネルギーに感動

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今日の名言

一々のことばを秤(はかり)の皿(さら)に載せるような事をせずに、なんでも言いたい事を言うのは、われわれ青年の特権だね。
森鴎外『青年』

Turibasi1噴火口近くて霧が霧雨が 藤後左右

本棚で見つけた手作り風の本。開くと「句俳勝名新本日」。日本新名勝俳句にまつわる話はなんとなく聞いていた。投票で選ばれた、日本新名勝百三十三景を詠んだ俳句を募集したところ、全国から十万句を越える応募があり、それを虚子が一人で選をした、という。

選がホトトギスに偏っていることが問題視されることも多いが、全国規模の大吟行。あちこちの山、川、滝、海岸、渓谷に通っては句作する、当時の俳句愛好家の姿を思い浮かべると、なんだか親しみを感じる。昭和五年のことである。

掲出句は、阿蘇山を詠んだ一句で、帝國風景院賞なる、ものものしい賞を受けている。久女、秋桜子、夜半等の代表句が並ぶ中、ひときわ新鮮な左右の句。今そこにある山霧の、濃く薄く流れる様がはっきりと見える。

霧が霧雨が、とたたみかけるような叙し方も、近くて、がどうつながっているのか曖昧なところも、当時の句としてはめずらしかっただろうし、句の息づかいは今も褪せない。

左右についてあれこれ見ているうち、新樹並びなさい写真撮りますよの句を得た時「蟻地獄から這い上がったような気がした」と述べているのを読んで、ここにも独自の俳句を模索する一本の俳句道があるのを感じた。「日本新名勝俳句」(1931・大阪毎日新聞社/東京日日新聞社)所載。(今井肖子)

城ヶ崎 波と岩と くずの花

伊豆の城ヶ崎には、観光地としても有名な場所で、よく出かける。角脇岬の白波を眺めていると、地球のエネルギーを感じる。きょうも伊豆伊東に行くので立ち寄って見たい。そして自然のエネルギーを貰いたい。

城ヶ崎の名所として長さ48m、高さ23mの海の吊橋がある。門脇岬の間は4000年前に大室火山の溶岩流が、表面の冷却した部分を残して海面に流れ出して行った跡で、台地のうしろに大きなくぼ地を残している。

岩と波と間に松が、しがみつくように根を張っている。そして秋の七草の一つ葛が絡まって紫に花が咲いている。当然人間がなかなか、近づけない場所である。

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2009年8月28日 (金)

インフルエンザの対策

08yokotesigai_yuukei21 新型インフルエンザは、世界的な脅威となってきた。アメリカでは9万人の死亡が出るとの見方を発表している。アフリカなどの貧しい国では死者はどのくらい出るか想像できない。日本でも、急激に増え、特に沖縄県では、異常に発症が多いようだ。

お年寄り、子供達や病気の方、体力のない人は注意は余計に考える必要があると思われる。確かに予防接種も大事だが、副作用なども心配である。今回新型インフルエンザは、普通の人は、比較的に軽く済んでしまいそうだ。

ワクチンに頼らず、うがい・手洗い・人ごみに行くにマスク・などと、体調維持管理を個人で出来る対策を考えて実行することが大事なことだ。副作用もあり、ちなみの私は風邪のワクチンは接種したことがない。だから今回もどうするか考える事にする。

読売新聞社説・・・ワクチンがあれば新型インフルエンザの感染を防ぎ、急拡大も抑えられるのではないか――。こんな期待が高まっているが、そうした思惑通りに行くだろうか。

例年のインフルエンザでも、ワクチンの接種で流行を抑え込めたという例はないからだ。一定の効果はあるだろう。例年の流行でもワクチンを接種すれば症状は軽い、と言われてきた。

大勢が接種すると、感染拡大のペースが遅れるという効能も指摘されている。ワクチンで重症化する患者が減れば、その分、医師や病院も治療に余裕が持てる。問題は、インフルエンザワクチンの予防効果が低いことだ。接種すれば発症を防げる「はしかワクチン」などと異なる。しかも一般的にワクチン接種には、ごくわずかだが、副作用がある。

政府は、インフルエンザワクチンの限界を国民に丁寧に説明する必要がある。特に大切なのは、ワクチンだけが対策ではない、と理解してもらうことだ。まず予防する。手洗い、うがいは鉄則だ。ほとんどの人に免疫がないので、流行が拡大すれば、感染を免れることはできないという自覚も必要になる。

その際、腎臓病などの持病を抱えた人や幼児を除き、通常はほとんどが軽症で済む、ということも覚えておきたい。無論、軽症でも感染を広げない注意は要る。ただ、例年のインフルエンザでも、ワクチン不足は各地に不安を広げることが、よくある。

まして、今回は新型だ。新型用ワクチン製造は本格化しているが必要量に追いつかない。国内で約2000万人分が不足する、とも言われている。新型のワクチンを巡る混乱は避けたい。

そのためにも、ワクチンをだれに接種するか、優先順位の論議を急ぐ必要がある。医療従事者や新型感染で重症化しやすい人は当然だろう。それでも、現在の供給見通し量では追いつかない。政府は、新型用のワクチン確保に全力を挙げるべきだ。

その切り札として、欧米などからのワクチン輸入が有力視されている。ただ、安全性を確認する方法や副作用が出た時の詳細な対応が決まっていない。国内では15年前まで、小中学生全員にインフルエンザワクチン接種を義務づけていた。

だが、副作用被害に加え効果を疑問視する意見も出て、廃止された。再びワクチンへの不信感を広げることがない対応が重要だ。

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新型ウイルスは秋から冬が心配

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今日の名言

古人(こじん)の云(いは)く、聞くべし、見るべし、得るべし。亦云く、得ずんば見るべし、見ずんば聞(きく)べしと。
懐奘『正法眼蔵随聞記』

07tamurano_yuhi31子馬が街を走つていたよ夜明けのこと 金子兜太

自由ということを思った。権力からの自由、反権力からの自由、季語からの、定型からの自由、あらゆる既成のものからの自由。

好奇心と走る本能に衝き動かされて夜明けの都市を子馬は歓喜して走る。仔ではなくて子。いたよの「よ」。夜明けのことの「こと」。

どれもが素朴荒削りなつくりで、繊細すぎる言葉の配慮を超えたエネルギーが溢れる。子馬が季語か否かなどは要らざる詮索。『日常』(2009)所収。(今井 聖)

園児等の 髪風なびかせて 初秋かな 

私の家の前の湯殿川の向こう側に保育園がある。元気な子供達の合唱が聞こえてくる。このところ急に吹く風も秋めいて涼しくなった。湿度が低くなったと感じられ、空の雲も秋の雲になった。

夏の終わりに、孫達と伊豆の伊東に一泊旅行は明日行く予定である。孫達の笑顔が楽しみで、早く会いたい。

それにしても、交通事故も心配だが、新型ウイルス風邪も心配である。新学期が始まり学級閉鎖など北海道から沖縄まで相当あるという。ワクチンの製造が間に合わないで輸入するというが、発展途上国の子供らの分がなくなって、人種差別?と問題になる?・・・

この秋から冬にかけて、大変なことになりそうだ。予防が大事で、手洗い・うがいを徹底したい。

  

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2009年8月27日 (木)

自動車運転免許更新にあたって

Katidoki241 「自動車運転免許更」を本日行った。70歳以上の更新は自動車運転講習を教習所で受けなければ警察は免許証を交付しない。 確かに70歳を過ぎると個人差はあるが、誰でも身体能力は劣化してくるのは仕方がない。交通事故の統計でも65歳以上の事故発生件数の48㌫という。

教習所の講習は警察から、免許更新のお知らせの葉書が来て、直ぐに予約しないと、誕生日月を過ぎて、1カ月が過ぎる一週間前となってしまうほど際どい日程なってしまった。私の場合、5月始めに警察より通知が来て、連休などあり、5月8日に教習所に講習を予約したのだが、今日(8月27日)となってしまった。午前中講習し、午後から免許更新を警察で行ってぎりぎりセーフだった。

もう少し余裕のある講習日程で、できるように講習所は出来ないものかと思う。仮に体調が悪くなったり、都合がつかないこともあり、何箇所かある教習所間で調整が出来ないものか、検討してもらいたい。

私の講習を受けた教習所では、係りの教官は親切で、教え方も非常丁寧であったが、1日6人では、裁ききれないのではないでしょうか、倍の12名ぐらいすればもっと待ち時間も短縮すと思う。

教習所もお客あって成り立つ営業である。お客に対する親切さだけでは成り立たない。経営者はもっとお客の立場になって考えてもらいたいと思った。

講習は、自分の身体能力のチエックと、安全運手に心構えの再認識である。無理は禁物「安全運転第一」で運転しようと心に誓った。

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慌しさの秋

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今日の名言

いかに頭脳明晰(めいせき)であれ、自分の恋がいずれ終わることは、理性では分かっていても、実感できないものだ。
モーム『月と六ペンス』

0008umaoi11おはようの野菊おかえりの野菊 三好万美

五七五の定型からは少しはずれる形。八音、八音で対句の構造を持ち、間に時間的空白を挟み込んでいる。朝出かける時、空き地に咲いている野菊に声をかけて出勤する。そして夕方帰るときには同じ野菊に迎えられ、家路をたどる。

野菊のリフレインに「おはよう」と「おかえり」の言葉が爽やかに使われていて、日常の何気ない挨拶と飾り気のない野菊の立ち姿が家族のように近しく感じられる。一口に野菊といっても図鑑を見れば沢山種類があるようだ。

伊藤左千夫の「野菊の墓」に出てくるのは「ノジギク」のように日本産の可憐なものだろうけど、アメリカ産のアレチノギクのなどは1メートルに及ぶ背丈に鋸状の葉と猛々しい姿をしている。

掲句の野菊はうっそうと生い茂った雑草にまじって目立たずに咲いているイメージ。控え目な花のたたずまいがすがすがしい秋の訪れを感じさせる。『満ち潮』(2009)所収。(三宅やよい)

忙しく 行き交う往来 鳳仙花

夏休みが終り、また忙しくなるご家庭が多くなるだろう。今年は、新型インフルエンザが大流行すると予想されるという。どういう訳か沖縄県が多いが、ワクチンの製造が間に合わないということで、5300万人分を輸入するというが、副作用の問題もあるようだ。そして、昨日名古屋で74さいの女性が亡くなったという、日本人では4人目だ。

昨日、マスクを買おうとしたら、ドラックストアーは売り切れでない。そんな風邪が、プロ野球・高校野球・相撲など観戦でも心配となってきた。

町角に鳳仙花の花が咲いているが朝の通勤・通学と、衆議院選挙の駅前・街頭の演説で、慌しい。世の中、鳳仙花のように弾けているように感じる今日この頃である。

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2009年8月26日 (水)

信頼される役人に

08iwakisan_zinzya11民主党の言うような「無駄使い」で霞ヶ関の官僚などが、自己権益で優秀な頭脳を使っていたとしたら、行政システムが行き詰っているのだろう。どんな優秀な頭脳の集団でも、その使い方を間違えれば、恐ろしいことになる。日本国民の利益を考えてプログラムを設計か、特定の利益になるような設計にするかによって大きな差が出てしまう。

頭の使い方(プログラムの設計)は誰のためにしているのか心を改めて見直しを強く望むものである。そして、信頼される役人に努めて欲しい。

東京新聞社説・・・「官僚内閣制」とも揶揄(やゆ)される霞が関優位の行政システムが行き詰まっている。「政と官」の関係見直しは時の流れだ。各党は政治主導の旗を掲げるが、新政権に問われるのは即実践への覚悟だ。

戦後日本を世界第二の経済大国にまで押し上げたのは、官僚の使命感と優秀な頭脳なしには語れない。だが、気がつけば、地元への利益誘導を重視する政治家の役人依存が強まる一方、官僚も「国益より省益」に陥りがちになったのは事実だ。

近年、そのひずみが一気に噴き出している。管理のずさんさにあきれ返る「消えた年金」問題や、私物化といわれても仕方ない道路関連予算の無駄遣いなどは、世間の不信や怒りを募らせた。「役人天国」の代名詞である天下りや渡りも思うがままだった。今回、政と官の関係のあり方が選挙戦の争点に位置づけられるのは好ましいことだ。

自民党は、政治主導に向け首相を補佐する「国家戦略スタッフ」の配置や、縦割り行政の脱却へ国家公務員幹部人事の一元管理などを打ち出した。ただ、麻生太郎首相は一連の役人の不祥事について多くを語っていない。官僚主導を許した政治の側の反省と総括なくしては、公約に信ぴょう性は生まれようもない。

「脱・官僚主導」を明確にアピールしたのが民主党だ。鳩山由紀夫代表らは、一九九三年に発足した細川政権時の苦い体験を教訓にしている。自民から非自民政権に看板は替わったが「官僚政権」の本質は変わっていなかった、と。

公約の具体策は、政府に国会議員約百人を送り政府・与党の一元化を図る、予算の骨格を策定する首相直属の国家戦略局を設置する、官僚主導の象徴である事務次官会議を廃止する、などだ。

こうした政権構想によって、官僚丸投げの政治から決別するとしているが、既得権益に固執する霞が関もしたたかである。民主政権誕生も想定して、対応策を練っているともいう。

司令塔となる国家戦略局についても、役人がコントロールするのなら、官僚支配の呪縛(じゅばく)から逃れられない。具体的な設計図を詰めて、有権者の納得を得なければならない。

政と官の関係でいえば、外務省が「ない」と言い張る日米間の核持ち込み密約の扱いも、新政権の課題になろう。官僚が長年握ってきた実権や情報を、一つ一つ国民の手に取り戻すときだ。

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急に秋めく

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今日の名言

強欲によって食うに困るような貧乏から免れはするが、概して小心になりすぎて金持ちになることはない。

トーマス・ペイン『コモン・センス 他三編』

Sunset51髪を梳く鏡の中の秋となる 入船亭扇橋

髪を梳いている人物は女性であろう。男性である可能性もなくはないが、それでは面白くもおかしくもない。女性でありたい。外はもう秋なのだろうけれど、鏡に見入りながら髪を梳く女性が、今さらのように鏡の中に秋の気配を発見してハッとている驚きがある。

いや、鏡の前で乱れた髪を梳いている女性を、後方からそっと覗いている男性が、鏡の中に秋を発見してハッとしているのかもしれない。そのほうが句に色っぽさが加わる。「となる」が動きと驚きを表現している。他にも類想がありそうな設定だが、いつも飄々とした中にうっすらとした色気が漂う高座の扇橋の句として、味わい深いものがある。

この人の俳句のキャリアについてはくり返すまでもない。曰く「言いたいことが山ほどあっても、こらえて、こらえて詠む。いわば、我慢の文学。これが俳句の魅力」と語る。この言葉は落語にも通じるように思われる。落語も言いたいことをパアパアしゃべくって、ただ笑いを取ればいいというものではない。

手を揃へ初夏よそほひし若女将の句もある。扇橋の高座では特に「茄子娘」「弥次郎」などは、何回聴いても飽きることがない。扇橋が当初から宗匠をつとめ、面々が毎月マジメに俳句と戯れる「東京やなぎ句会」は、今年一月になんと四十周年を迎えた。『五・七・五』(2009)所載。(八木忠栄)

後ろ手に 年寄り歩き 里の秋

陽気が不順といわれた今年だが季節は巡りめぐっている。気象庁は25日、9~11月の天候に関する3カ月予報を発表した。移動性高気圧に覆われて晴れる日が多く、寒気も南下しにくい状況で、全国的に気温は高めと予想。秋雨前線の活動は弱いとみている。

このところ急に秋めいて気と感じである。朝夕は、長袖シャツが欲しい。昨夜は夏のタオルケットで寝たら、夜中に寒さで目が覚めてしまった。

秋といえば、近くの鎮守様のお祭りがある。片倉城址にある住吉神社から望むと、柿・栗などの実は熟れている。秋になたんだ。日は大分短くなった。

来月は敬老の日である。私の町会でも「敬老の集い」を行う予定である。地域の70歳(215人以上)のかたを祝い、粗品をあげる。準備で忙しくなる。

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2009年8月25日 (火)

うっかり発言は命取り

3612衆議議員総選挙は、真っ盛りである。各党の必死に戦っている。街頭で声がつぶれるまで、主張を訴え続けている。宣伝カー・あるものは自転車で、駅前で必死である。

最近の新聞各誌世論調査は、民主党の300議席は、確実という。しかし選挙は水物フタを開けてみないと分からないと言われている。

その党の代表や党首の発言で、大きく左右される。麻生首相の失言は過去に多くあった。選挙中の失言は命取りになりかねない。そんな中、問題発言があり、マスコミの餌食にされてしまった。内容は・・・

毎日新聞・・・
「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。麻生太郎首相は23日夜、東京都内で開かれた学生主催の集会で、少子化問題に関連してこう述べた。

今回の総選挙の意識は高いという。既に不在者投票は、前回(0'5年)より1.5倍と上回っているそうだ(305万人)。ちなみに、私達夫婦も(旅行)で20日に投票をした。

マニフェストが各党から示しているが、目に付くのは子育て支援は各党、多少の違いの差はあるが出ている。とにかく選挙に行って投票することが、国民の唯一の権利であり義務?であると思う。

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夏と高校野球が終る

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今日の名言

人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦々々しい。重大に扱わなければ危険である。
芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

Sunflower_0041 抱きしめて浮輪の空気抜きにけり 山下由理子

夏休みもそろそろ数えるほどになってきた。小学生時代は、夏休みの間中、子ども部屋の隅にふくらんだままの浮き輪が転がっていたように覚えている。

あるいは、使用する都度ふくらまし、遊び終わったら空気を抜き出し入れする几帳面な家庭もあったかと思うが、プールや川に行こうと呼ばれれば、すぐに浮き輪を腰に装着して駆けて行ったのだから、わが家はかなり野放図派であったようだ。

ひと夏、息を足しながら使う浮き輪の空気を完全に抜くときは、夏休みの宿題に迫られたこの時期。今年もそろそろ座敷の隅で夏休みを越した浮輪が目障りになってくる頃だろう。ひとたび栓を解き、抱きしめればひと夏の空気が勢いよく噴出し、次第にくたりとなった浮き輪をさらに二つ折りにしたり四つ折りにしたりと、楽しい思い出を畳み込むようにしてぺちゃんこにしていく。

安定しない陽気が続き、今年はあまり活躍の場のなかった浮き輪かもしれないが、来年の楽しい夏までしばらくのお別れである。やけに広々と感じられる子ども部屋に、秋の気配が入り込む。『野の花』(2007)所収。(土肥あき子)

あぶら蝉 高校野球の 夏は往く  

4041校の高校野球の頂点が昨日決まった。今年は初出場学校が多かったという。新潟の日本文理高が驚異の粘り、激闘の末愛知中京大中京高が、第91回全国高校野球選手権の制覇を10対9で勝ち取った。

夏といえば、高校野球で、炎天下に甲子園のグランドに筋書きのないドラマが巻き起こる。汗と泥にまみれて、青春を燃やす姿は見ている観衆も涙する。今年、日大二校の選手に中学時代に脳腫瘍を手術した選手いた。

人生を諦めかけていたが、野球を好きでやりたいという意志の強さで、見事手術に成功、野球ができ、甲子園の土を踏むことが出来たという。このことは、同世代の若者だけでなく、国民の多くの方に感動と勇気を与えてくれた。

巷では、総選挙の宣伝カー、喧騒を撒き散らしているが29日で終る。そして耳の奥まで残ってしまう、あぶら蝉の鳴き声も静かになる。朝晩の涼しさを感じ、庭に虫の声を聞くようになった。

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2009年8月24日 (月)

公務員制度改革の徹底的対処を

Odaiba971「分厚い霞ヶ関の壁」・「鉄壁なガード」公務員の篭城は、日本の動脈を損なう動脈瘤のような存在となってきた。これにメスをいれることは、相当に難しいことなのだろう。しかし、このまま放って置くと、命取りになりかねない。悪巣うを取り除き、血流をスムースに流れるように処置は待ったなしである。

ぼろぼろになって、末端の地方まで行くまでには、量、質が極端に悪くなっている人間の身体そのものだ。公務員制度改革の徹底的対処を望むものである。

産経新聞主張・・・硬直化、肥大化した官僚機構にメスを入れ、効率的で機能的な組織に再生する。それが公務員制度改革の根本趣旨だ。

だが、この基本理念では一致しているかに見える各党改革案も、制度設計全体となると具体像が見えてこないというのが率直な印象である。

年金記録の紛失をはじめ、後を絶たない公務員の不祥事に国民の怒りは頂点に達している。各党が政権公約の主要テーマに公務員制度改革を掲げているのもそのためだ。しかし、勇ましい公務員たたきを叫ぶだけでは実りある議論は生まれてこない。

公務員組織の硬直化を招いた要因は、入省時点で昇進スピードが分かれる身分別の採用方式もひとつだが、厳格な年功序列による強固なピラミッド型組織を維持してきたことが大きい。

同期の昇進にあわせて公務員が“肩たたき”を受け、職場を去らざるを得ないのもこのためだ。国家公務員の場合は、勤務した行政組織と関係が深い民間企業や政府関係機関、公益法人などの幹部職へと転出する「天下り」を生む土壌ともなってきた。

それが結果的には組織を肥大化させ、官民の癒着や公費の無駄遣いにもつながってきた。制度改革は、こうした構造問題に切り込むことなしには成しえない。

自民党も民主党も、公務員人件費の「2割削減」を公約スローガンに掲げている。しかし、具体策として辛うじて読み取れるのは、地方分権による国の出先機関削減だけだ。リストラ対象となる8万人は、そっくり地方に押しつけるというのでは、何の解決にもならないだろう。

民主党が、強く主張している非現業公務員に対する労働基本権の付与についても、納得がいく説明がほしい。

「民間と同様、労使交渉によって給与を決定する仕組みを作る」という主張には、耳を傾けるべき点もあるが、現状の手厚い身分保障をそのままにスト権まで認めることには、専門家からも疑問視する声があがっている。

最近も農林水産省などで職員組合幹部らのヤミ専従行為が組織ぐるみで行われていた実態が明らかになったばかりだ。政党の公約が特定支持団体を利するだけの“ご機嫌取り政策”であってはならない。国民に代わって政治が使用者責任をどう果たすのか。そのことがまず示される必要がある。

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とうもろこし畑と鰯雲

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今日の名言

理性のある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理窟をつけることもできるのだから。
『フランクリン自伝』

Cirrocumulus1 惜しい惜しい惜しい惜しいと法師蝉 北 登猛

なるほど、法師蝉の鳴き声はそんなふうにも聞こえる。最後は「惜しいよおっ」と駄目押しするようにして飛び去ってゆく。何がそんなに惜しいのか。作者ならずとも、だれにだって「惜しい」ことがらの一つや二つはあるのだから、それぞれの「惜しい」思いで聞くことになる。

このように虫や鳥の鳴き声を人間の言葉のように聞くことを「聞きなし」と言うが、有名な例ではウグイスの鳴き声を「法華経」、ホトトギスのそれを「特許許可局」「テッペンカケタカ」などがある。

Wikipediaによれば、この「聞きなし」という用語を初めて用いたのは、鳥類研究家の川口孫治郎の著書『飛騨の鳥』(1921年)と『続 飛騨の鳥』(1922年)とされているそうだ。そんなに昔のことじゃない。なかなかにオツなネーミングだと思う。

句に戻れば、「惜しい」が四度も繰り返されており、このしつこさがまた残暑厳しき折りの風情を伝えていて秀抜である。今日もまた各地で「惜しい」の連発が聞こえるだろう。

あと一週間経って、選挙後に身に沁みて聞きなす候補者もいるだろう。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

もろこしの カラカラとなり 鰯雲

後は牛の餌になるだけの、とうもろこし畑を歩いてみた。空はすでに鰯雲がみられ、秋の風情である。たしか砂糖きび畑は「ざわわ ざわわ」と風が聞こえるのだろう。

森山良子の「涙そうそう」の歌詞***

古いアルバムめくり 

   ありがとうってつぶやいた 

         いつもいつも胸の中 

              励ましてくれる人よ  

を思い出した。昨日、次兄の病気見舞いにいき、戦争の怖さを思い出す、長兄は満州に関東軍で騎兵隊であった。終戦と同時にソ連の捕虜になり、長い間シベリヤで、炭鉱で働かされたという。 次兄は、ベットに横たわり涙をなして、遠い昔を思い出しているようだった。

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2009年8月23日 (日)

教育政策・人材育成に将来を見つめて

282_field111政治家は洞察力と判断力・決断力が求められる。将来の日本人に希望・夢を持たせる政治家でなければならない。いわゆる将来ビジョンを語ることが必修である。

小さな島国で、資源のない日本は、世界で生き抜くには「生きる知恵」が必須である。「国家100年の計」の考えは大事だ。目先の窮状に目をむけ過ぎて将来政策を怠ったら、取り返しのつかない事になる。

国民のほとんどが景気のよさを実感できていない。だから今が特別悪いわけではない。それどころか世界の中では、経済情勢は随分ましなほうだ。それを他の国がやっているから、選挙が近いからと無駄金をバラ撒いていたら、本当に日本は左前になってしまう。

アメリカの場合は世界中から借金しているから、自分でやろうと思ってもできないことが多い。日本は、アナログな製品から最先端のハイテク機器まですべてを自前でつくれる産業基盤、基幹部品や工作機械などの産業クラスターが一通り揃っている国は世界でも数少ない。

しかし、それらをより効果的に使いこなし、さらに前進させ進化させるには教育である。その費用を惜しんだら、国民は不幸になることを忘れては困る。

読売新聞社説・・・教育は未来への先行投資だ。資源の乏しい日本にとって、人材の育成こそ重要である。「国家百年の計」を見据えた論議をしてもらいたい。各政党の政権公約は、昨秋以降の急速な景気悪化を受け、家計の教育費負担の軽減が中心だ。

例えば、民主党案では、公立高校生のいる家庭に年約12万円の授業料相当額を直接支給し、実質的に無償化する。私立高校生のいる家庭にも年12万円、低所得者なら倍の24万円を助成する。予算は約4500億円を見込んでいる。他の野党も、同様に高校の無償化を打ち出している。

一方、自民、公明両党も家計支援を掲げるが、自民党は低所得者の授業料無償化、公明党は修学の継続が困難な生徒の授業料減免など、対象を絞ったのが特徴だ。各党は、返済不要の給付型奨学金の創設も掲げている。多くの欧米諸国では、高校の授業料は無償で、大学生には公的な給付型奨学金制度がある。

これに対し、日本では家計に多額の教育費負担がかかる。文部科学省によると、高校3年間に公立で約160万円、私立なら約310万円の教育費を要する。こうした現実から、教育費支援が選挙の焦点の一つになっている。

ただ、義務教育ではない高校の授業料を、所得の多寡にかかわらず無償とするのが妥当なのか、議論のあるところだ。支給方法も、家庭への個別支給では、生活費や他の消費に回される可能性があり、確実に授業料に充当されるのか、不安が残る。

所得と教育の関係では、年収1000万円超の家庭だと大学進学率が約60%、400万円以下なら約30%という調査結果もある。全国学力テストでも、小学6年生の平均正答率は、親の年収が1200万円以上のほうが200万円未満より、国語、算数ともに約20ポイント高かった。

家庭の所得格差が、受けられる教育の格差につながらないようにする政策は不可欠である。だが、予算を有効に使うには、メリハリも必要だ。大衆受けを狙った政策ばかりであってはなるまい。

教育の充実には、教員の資質向上や子どもの能力・適性に応じた指導も大切だ。特に、科学技術や産業の国際競争力を高めていくには、有能な人材の育成という観点が肝要である。しかし、各党の政策には、人材作りの具体策に言及したものはほとんどない。幅広い視点で有権者に判断材料を与えてほしい。

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稲田の思い出

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今日の名言

名誉をうける中心にはなるな。策謀を出す府(くら)とはなるな。事業の責任者にはなるな。
『荘子』(一)

Yuu0031009_m1あかえひの尾になる町は鶉かな 水間沾徳

あかえひは、魚へんに噴の口のない字を書きますが、あいにくここでは表示できません。エイというのですから、扁平、幅広、菱形の、あの独特な形をした魚なのでしょう。その姿を見るにつけ、生き物というのはよくもまあ、可能な限りいろんな形になったものかなと、自分の形を棚に上げて、思いもするわけです。

この句に惹かれたのは、「尾になる町」のところでした。『日本名句集成』には、「エイの尾のような町外れになると、深草が繁茂して鶉(うづら)が鳴く」という解説があります。では、「エイの尾のような」というのはどのようなものかと読んでゆくと、「一本道しかない郊外のこと」とあります。

つまり郊外の小さな道の、ひなびた様子を、鶉の鳴き声とともに感慨深く詠っているのです。なるほどエイの尾というのは、鞭のように長く一本伸びているのだなと、形状は理解するものの、あれを郊外の一本道に例える想像力に、江戸期の俳人の、今とは違った発想の仕方に驚かされます。

とはいうものの、自然の生き物が今よりも身近にうごめいていた当時にあっては、この比喩はそれほどの驚きではなかったのかもしれません。

時とともに、句の読まれ方は変わってゆくのは当然のことですが、まさか沾徳(せんとく)も、自分の句が将来PCで、こんな解説が書かれるようになるとは思ってもいなかったでしょう。『日本名句集成』(1992・學燈社)所載。(松下育男)

稲田には どじょうもふなも もういない

近郊は減反で田んぼが少なくなった。それでも細々耕作しているところがある。しかし、どじょうも鮒もいない。どじょ子・鮒っ子は田んぼなどで繁殖するのであるが、現在はどじょうも鮒も見ることができない。

小魚が住めないような環境になってしまった。農薬・宅地化で、昔の様子はうかがえない。ちょうど今の時期に稲の花が咲く、水をたっぷり入れてしっかり稲穂が出るのである。

子供頃、学校の宿題で、お父さんの一番好きな花を聞いてくるように言われた。親父に聞いたところ、「稲の花」だった。先生に話したら「なるほど」と感心した様子だった。忘れられない記憶である。

田の草取りで顔が稲の葉先でミミズはれになって、辛い作業をした昔を思い出す。イナゴが飛び交い赤蛙が飛び出る秋が懐かしい。

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2009年8月22日 (土)

芸能界は麻薬の畑?

Oshiroibana1テレビをつけると、必ず酒井法子容疑者の薬物事件のニュースが取り上げられている。それだけに社会に対する影響度が大きいいということだろう。

最近、日本列島が麻薬汚染が広まった感じである。テレビ・新聞等の報道で、一番問題なのは、低年齢化である。先日も福岡の18歳の少年が売ることが目的で麻薬を持っていて逮捕されたという。

特に芸能人の摘発が多い。芸能関係はいわゆる水商売で浮き沈みが多いと言われている。日常の生活も不規則で、どうも暴力団との係わりあいが多いとされお金に絡む事件となるケースが多い。芸能界は麻薬の畑?であるからだ。

芸能界の複雑な組織とお金・暴力団が存在して、一般社会人では、想像も出来ない社会のようである。芸能・薬物・お金・暴力団はイメージ払拭しきれない。

俳優の酒井法子容疑者ら芸能人の薬物事件が相次いでいることについて、警察庁の安藤隆春長官は20日の定例会見で「芸能人は(テレビなど)映像を通じて身近な存在だけに、社会、特に青少年への悪影響が懸念される」と指摘。

「芸能界関係者は薬物事犯を一掃するよう、再発防止に真剣に取り組んでほしい。それが社会全体からの薬物一掃を推進する力になる」と語った。

ならば、芸能界の蔓延を払拭を考える具体的な方法は、相撲界の検査のように、抜き打ちに尿検査を行うことだ。そして結果を公開することだ。その位にしなければ麻薬の畑の芸能界は清浄できない。

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鰻の思い出

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今日の名言

すべて物事を間に合せにするのはよろしくないが、わけて飲食において最もよろしくない。
袁枚『随園食単』

05oirase31 裂ける音すこし混じりて西瓜切る 齋藤朝比古

なつかしい音がする句。今は、大きい西瓜を囲んで、さあ切るよ、ということもほとんどなくなった。母が無類の西瓜好きなので、子供の頃は夏休み中ずっと西瓜を食べていた気がする。西瓜を切った時、この裂ける音の微妙な混ざり具合で、熟れ具合がわかる。

まさに、すこし裂ける音も混じりながら、包丁の手応えがある程度しっかりあると、みずみずしくて美味しい。逆に、手応え少なく裂けるものは、ちょっとアワアワになっていて残念なのだった。忘れかけていた感触を思い出しながら、西瓜が食べたくなる。

この句は、美味しそうな句が並ぶ「クヒシンバウ」と題された連作中の一句。その中に鰻屋の階段軋む涼しさよという句があり惹かれていた。涼しは夏季だが、使いやすいので私もつい安易に使ってしまう。先日参加した吟行句会でも、涼風に始まって、汗涼し、露涼し、会涼し、そして笑顔まで涼し。

しかし、涼し、は本来暑さの中にふと感じるもの。炎天下、鰻屋に入りふうと一息、黒光りする階段をのぼりつつ、こんな風に感じるものだろうなと。それにしても、これまた鰻のいい匂いがしてきて食べたくなるのだった。「俳句 唐変木」(2008年4号)所載。(今井肖子)

鰻屋の 旗なびかせて 残暑かな

前の橋のたもとに鰻の弁当屋さんがある。昼時鰻を焼く、煙が通りを歩く人には、たまらない、ちょっと立ち止まってしまう。弁当を売るだけで、そこのお店では食べられない。時々、電話で予約して昼食として買ってくるのであるが中々美味しい。特に夏の食欲がないときには買う。

鰻といえば、昔近くの湯殿川でよく獲った。前の日に、30本ぐらい、ミミズを針に刺し、川の淀み仕掛けて置き翌日の早朝に引き上げるのである。30本中2匹ぐらい取れる。他に鯰・ギバチ・ウグイが獲れた。

鰻は浜名湖が有名であるが、最近は安い中国産の輸入で問題になったが、実際は食べてみてもちょっと分からないと思うが、産地の表示が法律で決められているから、仕方がない。

あぁーそうそう、鯰は子供の頃よく食べたが、鍋で醤油で煮付けるのであるが、結構脂が乗っていて美味しかったが、最近は食べる機会がない。鯰を料理しているお店が分からない残念だ。

         

             

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2009年8月21日 (金)

驚異のボルト選手の記録

07_sl_kurosawa21第12回世界陸上選手権 第2日(16日、ベルリン・五輪スタジアム) 男子100メートル決勝が行われ、ウサイン・ボルト(22)=ジャマイカ=が9秒58と、ちょうど1年前の北京五輪で記録した9秒69を一気に0秒11塗り替える驚異的な世界新記録で初優勝した。

この記録は、平均秒速12.4メートル・時速44.6キロという。ボルトは60メートルから80メートルを1秒61で走り、その区間の平均秒速は12・4メートルだった。日本陸連関係者は「聞いたことのないスピード」と驚嘆している。

ウサイン・ボルト(22)=ジャマイカという人は、wikipedaiaから身長196cm、体重94kg。短距離選手は身長が170~180cm台の選手が多く、190cm以上の長身の選手はスタート時の静止状態からの加速が鈍くなるため一般に不利とされるが、ボルトは2m78cmの非常に大きなストライドを活かしレース中盤から一気に飛び出す後半追い込み型。

加えて序盤も速く、北京オリンピック陸上男子100m決勝での前半50m地点のタイムは非公式ではあるが室内世界最高記録を上回っている。

身体が大きいためかスタートのリアクションタイムが長い傾向にあったが、同じく長身ながら世界最速のスタートを行うとされる同郷のアサファ・パウエルを参考にし改善されている。

テレビの画像から感じられる走る姿は、まだまだ余裕があるような走り方のように見えたのだが、私だけなのかなぁー。

生まれ持った恵まれた体、育てられた環境・勿論本人の努力があってのことだ。これで当分この記録は破られないだろう。

そして、NHKラジオ深夜便を聞いていたら、200メートルの決勝で19秒19という、世界新記録だった。ボルト選手が去年の北京オリンピックでマークした19秒30だった。

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季節は秋

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今日の名言

すべて真の生とは出合いである。
マルティン・ブーバー『我と汝・対話』

Cirrocumulus1鰯雲「馬鹿」も畑の餉に居たり 飯田龍太

今でいう知的障害の人を地域がごく自然なあり方で支え共に生きていく。長い間、田舎で暮らした僕には思い当たる風景はいくつもある。畑の餉は昼餉のことだろう。

老いも若きも赤ん坊も誰も彼もみんな大地の上で昼餉をとっている。ここにも飯田龍太という俳人のあるがままの肯定すなわち無名の肯定が生きている。

馬鹿という言葉はすぐ喩えにとぶ。そうならぬように作者はかぎ括弧でくくった。言葉のイメージが広がって独り歩きせぬように意味を閉じ込めたのだ。『百戸の谿』(1954)所収。(今井 聖)

いわし雲 まだ冷め切らぬ 暑さかな

ようやっと、陽気が戻ったようで、真夏日が続いている。収穫が終って房もなく、枯始めているトウモロコシ畑を見ながら農道を歩いていた。昼下がりは陽射しが強い。素肌がピリピリしてくる。しかし、空を見上げると秋を感じさせる鰯雲が出ていた。

陽射しを避けようと木陰を探し休んで汗を拭った。陽気が不順だった今年の夏だったが秋の魅力の栗の実は、大きくなっていた。木陰に吹く風が気持ちよかった。

そういえば、この栗林の持ち主の奥さんは50歳代で、今年、突然脳溢血で亡くなられたそうだ。働き過ぎ?農作業に一生懸命だった。

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2009年8月20日 (木)

韓国の金大中元大統領の死

05detohama11 「波乱万丈の生涯」と言えば、金大中元韓国大統領を指すのだろう。日本人になじみ深く、日本人以上に良く日本を知っていた。強烈な印象は、東京都心のホテルから拉致された衝撃的な事件であり、韓国と北朝鮮による初の南北首脳会談だ。金大中氏は二つの歴史的な出来事の当事者だった。

98年、小渕首相と日韓共同宣言に署名し、過去の歴史問題に区切りをつけ未来志向の関係を発展させるとした。日本の大衆文化を解禁して、日韓の往来が急増する契機を作った。

しかし任期後半、韓国のナショナリズムに押された形で、韓国政府は日本の中学歴史教科書の検定内容の修正を要求した。歴史認識をめぐる双方のわだかまりは解けないままに終わった。

北朝鮮との関係では、経済支援によって金正日体制の変化を促すという太陽政策を掲げた。「敵対」から「共存」への路線転換は、朝鮮半島情勢に新局面を開いた。

そうした和平工作で、ノーベル賞受賞のきっかけとなった。2000年6月の金正日総書記との初の南北首脳会談では、朝鮮半島の緊張を緩和し、南北統一の実現に主導的役割を担う意思を示した。

しかし、現状の朝鮮は、核を保有し、軍事政策を国際諸国からの非難を浴びても増強しようとしている。同じ民族同士の朝鮮半島の雪解けが望まれる。

東京新聞社説・・・韓国の金大中元大統領が死去した。民主化と人権確立にささげた生涯だった。北朝鮮との融和を目指す「太陽政策」を展開したが、北朝鮮は核実験を強行し、次世代に課題も残した。

獄中、自宅軟禁、亡命は計十五年余に及んだ。内乱陰謀罪で死刑判決を受けたが、刑の執行は停止された。何度も死線を越えて復権したのは、日本など海外で根強い支援があったことも一因だ。

理想を掲げる哲学者の心と、権謀術数にたけた冷徹な政治家の資質を併せ持った人物だった。大変な読書家、勉強家でもあった。

大統領時代の象徴が太陽政策だ。北朝鮮に援助をして軍拡路線を放棄させ改革、開放を促そうとした。金正日総書記との初の南北首脳会談を実現し、二〇〇〇年にノーベル平和賞を受賞した。

敵対してきた南と北が和解し、共存に向けた工程表を作り、米国や日本、中国が後押しする。これが金大中氏の描いた構想だった。

北朝鮮は数年間はミサイル発射を自制し核開発も凍結した。南北の経済、人的交流も飛躍的に拡大した。韓国国民が北朝鮮の実情を知る機会も増えた。太陽政策は当時としては画期的な成果を挙げたと評価できる。

ところが北朝鮮は核開発をあきらめなかった。体制維持のためには核とミサイルで武装する「先軍国家」をつくるしかないと判断したためだ。

支援のかなりの部分が大量破壊兵器開発に流用されたのではないか-。現在の李明博政権はこう見なして、一方的な援助政策を修正する方向に大きくカジを切った。

北朝鮮の強硬姿勢を変えられなかったという点で、太陽政策は功罪半ばだったといわざるを得ない。太陽政策の成果と限界を十分に検証して、北朝鮮の核開発を断念させる新たな開放誘導策を構築できないか。韓国だけでなく、日本や米国など周辺国も取り組むべき重い課題である。日本人には最もよく知られた韓国人の一人だった。

一九七三年には滞在先の東京都内のホテルから、韓国の情報機関によって拉致されソウルまで連行される「金大中事件」が起きた。

大統領として日韓関係改善に努め、日本の映画やアニメなど大衆文化開放に踏み切った。韓国人の対日感情が好転し、逆に韓国の文化も日本に発信されるようになった。「韓流」ブームの隠れた生みの親だったともいえよう。

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とうきびの思い出

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今日の名言

人間は地位が高くなるほど、足もとが滑りやすくなる。
タキトゥス『タキトゥス 年代記』(上)

0107ukisima11かはほりのうねうね使ふ夜空かな 岩淵喜代子

幼い頃、暗くなりはじめた屋根の周辺にこうもりはどこからともなく現れた。こうもりの羽根の被膜は背中と脇腹の皮膚の延長で、長く伸びた指を覆うようにして翼となったそうだ。肘を少し曲げたねずみが両手をぱたぱたさせて空を飛んでいるようなもので、鳥のように直線的な飛び方でなく「うねうね」という形容がぴったりだ。

夜空を浮き沈みするように飛んでいるこうもりを生け捕りにしようと兄は丸めた新聞の片端に紐をつけこうもりめがけて飛ばしていたが、子供の投げる新聞玉が命中するわけもなくあたりは暮れてゆくばかりであった。

深い軒や屋根裏や、瓦の隙間に住んでいたこうもりは住み家がなくなってしまったのか。長い間こうもりを見ていないように思う。夜空をうねうね使いながらこうもりは何処へ飛んで行ったのだろう。『嘘のやう影のやう』(2008)所収。(三宅やよい)

くねくねと とうきび畑 道続く

北海道の広大な台地に、とうもろこし畑が何処までも続いている畑を見たことがある。ただざわざわ風に揺れる葉っぱの音がするだけで、なにか飲み込まれそうな気持ちになってしまった。そこにトラクターが通る農道だけが続いていた光景である。

トウモロコシでも種類があって、北海道は牛の餌に栽培されているものが多い。人間が食べる美味しいものも栽培されているが、格段に美味しい。東京近郊では、あきる野市・旧五日市街道は別名トウモロコシ街道という位、沢山栽培されている。

むかし家の庭先で、七輪で火をおこして食べたものだが、美味しかった。庭の栗の実が大きくなって、ツクツクボウシの蝉の鳴き声が聞こえるようで。懐かしい思い出となってしまった。

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2009年8月19日 (水)

自然災害と新型インフルエンザが心配

今日の名言

金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いとずいぶん害をなす。
内村鑑三『後世への最大遺物 デンマルク国の話』

08yokotesigai_yuukei21古書店の影さまざまに秋めきぬ 佐藤和歌子

暦の上ではもう秋だとは言え、まだまだ残暑は厳しい。しかし、何かの拍子にひょっとして、それとなく秋の気配がしっかり感じられることがある。「春めく」にしても「秋めく」にしても、じつに曖昧で主観的な感性が日本独特の季節感を表現し、古典詩歌を繊細に豊かにしてきたと言える。

掲出句が出された句会では「古書店の影って曖昧ですよ」という声もあがったようだが、私に言わせれば、「古書店」だからこそ「影さまざま」が生きていると思われる。古書店というものには、それぞれの店構えもさることながら、古書店内独特の匂いやさまざまな書物の気配などがあって、みな個性をにじませている。

いや、独自性を毅然と誇示しているようにさえ感じられる。神保町の古書店街あたりだろうか。秋の弱い日差しや秋風を受けはじめた店がもつ影にも、それぞれ別々のニュアンスが感じられるのも秋なればこそ。「影」こそがこの句のポイントである。

直接的には建物としての店の影であろうが、形而上的な意味合いも十分に含まれていると読みたい。作者は同じ兼題で秋めくや母はルージュを濃くしたりという、女性らしいモチベーションをもった句も同時に作っている。『角川春樹句会手帖』(2009)所載。(八木忠栄)

秋めきて 夕日に富士の 影伸びる

日の暮れが早くなった、散歩する河川敷通路から、夕日に富士山の影が伸びている。頬に心地よい風も秋らしく感じるこの頃である。

野原を歩いて、秋を感じるのは、女郎花・ススキ・桔梗・藤袴などである。それらの花は、いつの間にか主役となってきた。女郎花の黄色い花が咲き出し、薄の穂が風で揺れている。

今年のような天候の不順な年はあんまりないと思う。心配される新型ウイルスが大流行する兆しがあるという。死者が二人出た。年寄り・幼児や病気療養中の方が心配だ。

そして、台風・地震の自然災害が心配される。まぁーそんなに取り越し苦労しても仕方がないが、用心したことに越したことはない。摂生に気をつけよう。

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経済回復は楽観は出来ない

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539571本格的成長とはいかない、日本の経済、内需での寄与度は、エコカー減税・エコポイント制度導入などで個人消費は増えた。また公共投資は伸びた。政府の経済対策での効果によるものである。

しかし、設備投資減少・雇用・所得環境など悪化から、住宅投資は落ち込んだ。そして政策による押し上げ効果は徐々に薄れることから、成長率は4~6月期をピークにその後低下していくだろう。民需が上向くのは10年度以降となると予想される。

NIKKEI NET記事抜粋・・・
内閣府が17日朝発表した4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質成長率が前期比プラス0.9%、年率換算でプラス3.7%と、5四半期ぶりにプラス成長へ転じた。市場予想の平均は年率プラス4.0%(日経QUICKニュース社調べ)だった。

アジア向けを中心とした輸出の回復を背景に、外需がGDPを大きく押し上げた。経済対策の効果がみられる個人消費と公共投資もプラス成長に貢献した。

輸出から輸入を差し引いた外需の成長率への寄与度はプラス1.6ポイントと、5四半期ぶりにプラスに転じた。輸出は前期比6.3%増加、輸入は5.1%減少した。

内需の寄与度はマイナス0.7ポイントと、1~3月期(マイナス2.2ポイント)よりマイナス幅が縮小した。エコカー減税やエコポイント制度などの政策効果で個人消費が前期比0.8%増えたほか、公共投資も8.1%伸びた。一方、低迷が続く設備投資は4.3%減少。雇用・所得環境の悪化を反映し、住宅投資は9.5%減少した。民間在庫の寄与度はマイナス0.5ポイントだった。

今後の見通し・・・09年度の実質成長率はマイナス3%と2年連続して3%程度のマイナス成長が続く見通し。個人消費や設備投資、住宅投資といった民間需要の悪化が響く。

また、輸出は1~3月期まで大きく落ち込んだことから、4~6月期以降は前期比プラスで推移するものの、09年度は前年比17.5%減少する。外需の寄与度はマイナス1ポイントで、景気を支えるのは公的需要だけとなる。

成長率がプラスになるのは、輸出の伸びで企業業績が改善し、民需が上向く10年度以降になりそうだ。ただ、回復力は弱い。10年度の成長率は1%で、民需の寄与は0.9ポイント、外需の寄与は0.4ポイントにとどまる。

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2009年8月18日 (火)

将来像が見えない

05sikotuko316党の主張は、テレビ・ラジオ・新聞の報道やマニフェストなどでなされているが、まだ分かりにくい。「日本の将来どうするのか」見えてこない。

相手党の批判をすれば、自分の党は大丈夫なのか相手の動き・考えはそれでいいじゃないか、自分の党の主張に自信があれば、相手の党は気にならないことだ。

国民が知りたいのは、国民は将来どういう国・どういう生活が出来るのかである。夢・希望・やる気を起こさせる「魅力」ある展望を期待したいのだ、各党の今までの主張では自民党では、今までの政権で不満があり、民主党では未知のもので不安であり、具体性がなく不満は拭い去れない。

外交問題も複雑な国際関係で日本が主張に信念がない、毅然とした意見と主張に振れがないことが大事である。

毎日新聞社説・・・歴史的な選挙戦のスタートである。先月21日の衆院解散からほぼ1カ月。「助走」の長い選挙戦は、実際には折り返し点を過ぎて終盤に差し掛かった感もある。

「歴史的」なのは、言うまでもなく政権選択の選挙だからだ。外国では選挙による政権交代は何ら珍しくない。しかし、日本では1955年の保守合同以来、もっぱら自民党を中心とする政治が続いてきた。

その長期支配こそが日本の安定的な経済成長に役立ったという見方がある一方で、政治や官僚機構の「金属疲労」はもはや限界との声もある。いずれにせよ、日本独特の戦後体制について有権者の歴史観が問われる選挙でもあるはずだ。

しかし、17日に日本記者クラブで開かれた党首討論会を聞いて釈然としないものが残った。社会保障や雇用、子育てなど、暮らしに直結する問題を重点的に論じるのは当然だが、政権選択の判断材料はそれだけではない。外交や安全保障も含めて「日本をこういう国にしたい」という将来展望を国民にきちんと示すことも大切だ。

そもそも各党のマニフェストが外交・安保に割いたスペースは少なく、党首討論会での議論も限られていた。大きな曲がり角の選挙なのに、曲がり角の先に将来の日本の姿が明確に見えてこないのが実情だろう。

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自然を侮るな

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今日の名言

人間は、努力をする限り、迷うものだ。
ゲーテ『ファウスト』(第一部)

06oga_toga11 台風の目の中にあるプリンかな 蔵前幸子

気象情報などで日本列島を鳥瞰する映像を見ると、なるほど台風の目とはよく言ったもの、という具合のつぶらな中心がある。災害であるから、つぶらなどという言葉は適切ではないが、「大型で強い」「超大型で非常に強い」などの形容にも、台風に対してまるで命あるもののように思わせる力がある。

台風の踏み荒らす進路がこういくか、はたまたああいくかと、地図上の経路線は入り組み、しかし渦巻きは、いかに気象衛星を飛ばそうが、科学が発達しようが百年前とまるで変わらない気ままさで動き回る。

予想図があるために天災でありながら、地震や噴火などの畏怖とは若干異なり、大きくて荒っぽい神さまのお通りのように思えるのかもしれない。現代では雨戸を打ち付けたり、蝋燭の準備をしたりすることもなくなったが、あの「いよいよ来る」というハラハラと高ぶる気持ちは忘れがたい。

台風の目の中は、もうしばらくしたら必ずまた来訪される「ひとつ目」の神さまのご機嫌を予感しながらの、束の間の平安である。ふるふると震えるプリンのてっぺんに乗るカラメルの茶色が、怖れず天を睨み返す目玉のように見えてくる。『さっちゃん』(2009)所収。(土肥あき子)

開発し 台風地震で 山怒る

人間の仕業で地球温暖化が進み、異常気象が今年現れたようだ。山口県・兵庫県では甚大な被害である。そして11日に東名高速道路の崩落を起こした地震はまさしく、山の神が怒ったようだ。

東海沖地震・関東地震が起きたら何十万人もの死者がでるか分からないと専門家いっている。山口県防府市・兵庫県作用町で被害にあった人が言っていた、今まで生きてきて、こんなに大雨が降った記憶ないと。そうだろう1時間の雨量が100ミリ以上あったという、すざましいことが想像できる。

専門家は想定外だったと、釈明するが現実に大被害が起きている。想定外で片付けては困るのである。また人間のいけないことで「のど元過ぎれば暑さ忘れる」である。

寺田寅彦の「災害は 忘れたころに やって来る」である。警鐘を鳴らしたい。自然を侮るな!

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2009年8月17日 (月)

ノムさんのつぶやきから

199912070922111東北楽天イーグルスのマー君(田中将大投手)の事で、野村監督が、「初心の心がけを継続することの難しさ」を話を話された。

第88回全国高等学校野球選手権大会に出場、大会直前に体調を崩し大会中も苦しんだがチームは3年連続で決勝進出。早稲田実業との決勝戦では3回途中からリリーフ登板して延長15回まで1失点に抑えたが、相手の斎藤佑樹も15回7安打1失点で完投し1-1の引き分け。

37年ぶりの決勝再試合となり、翌日の再試合でも1回途中からリリーフしたが3-4で敗れた。この試合の最後の打者は田中で、斎藤に三振で打ち取られ試合終了。そして斉藤祐樹は早稲田大学にすんだ。

2006年9月25日プロ野球ドラフト会議で、東北楽天イーグルスの野村監督が射止められた。マー君(田中将大投手)は、入団時から大きくマスコミに取りざたされ注目をされた。

恵まれた体と精神力には、野村監督も両親が立派な方であり、家庭環境・親の躾・道徳教育など、同世代の模範となるような人物だったという。

東北楽天では、岩隈投手などと、ピッヤーのローテーションに入った。そして、'09 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表メンバーに選ばれて大活躍した。

しかし、楽天のエースは岩隈投手である。岩隈投手の何年もプロ野球先輩である。岩隈投手は100球を超えると監督に「一杯一杯だ」交代を訴えることがある。そのまねと言うのではないが?マー君も、言うような事があるという。

まだ、二十歳で、監督も経験から選手の動きなどからある程度分かるそうだ。何か楽をしたがることを覚えたようだという。

巨人の大スター長島・王選手は、超ベテランの域にあっても日頃の練習・態度・振る舞いなど後輩も見習うところがあった。だから能力以上の向上心を持ってチームを引っ張っていった。大選手になるなら、長島・王選手のようにひたむきな努力が必要なんだという。

マー君も、その素質は十分あるのだから、チームの模範となるような行動をしてもらいたい。ということだ。

高校野球、真っ盛りである、野村監督のひたむきな練習・野球に対する考えは、人間までも成長させる一般社会人にも通ずる話だ

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夕方に、こうもりが!

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今日の名言

世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、この人は、思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なむありける。
『伊勢物語』

Shibutoge41ジャンケンの無口な石が夕焼ける 西本 愛

夕焼けの情感を描いて、革新的な句だ。大正期の有名な童謡に「ぎんぎんぎらぎら 夕日が沈む ぎんぎんぎらぎら 日が沈む」ではじまる「夕日」(葛原しげる作詞)がある。この歌を紹介する絵本などの絵の構図は、例外なく大夕焼けをバックにして遊ぶ子供たちの小さなシルエットが浮かんでいるというものである。

歌詞の内容がそうなのだから、そのように描いてあるとも言えるのだけれど、この構図が示しているのは、もっと深いところで私たち日本人の美意識につながっているそれなのだと思う。

大自然の前の点景としての人間は、自然の永遠性と人間存在のはかなさを物語っているのであり、この構図を受け入れるときに、束の間にせよ、私たちの情感は安定する。島崎藤村ではないが、「この命なにをあくせく」と、自然に拝跪する心が生まれてくる。

掲句を革新的と言うのは、句がそのような予定調和的な情緒安定感を意識的に破ろうとしているからだ。子供らのシルエットをぐいっと精度の高い望遠レンズでたぐり寄せたような構図が、作者の従来の情緒に落ちない意思を明示している。

ここで昔ながらの美の遠近法はいわば逆転しているわけで、人間中心の美意識が芽生えている。と、ここまではひとつの理屈にすぎないけれど、たかが「ジャンケンの石」に夕焼けを反映させてみせただけで、いままでには無かった夕焼けの情感が生まれていることに、私は覚醒させられたのだった。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

こうもりや 夕焼け空に 影二つ

最近見たことがなかったが、うす暗くなった夕方、こうもりが飛んでいた。「あれーまだいたんだ」しかし、何処から来たのかなぁーと考えてしまった。

飛ぶことが出来る唯一の哺乳類動物である。山の洞窟や大木の洞穴にすんでいて、夜行性である。昔は夕方、何匹も飛び交う光景を見て、ツバメのような大きさで結構すばやく飛んでいた。

ウキぺデイア・・・目は翼をもち、完全な飛行ができる種類である。多くの鳥類と同様、はばたくことによって飛行するが、鳥類の翼と異なり、コウモリの翼は飛膜と呼ばれる伸縮性のある膜でできている。 哺乳類では他にムササビなどが飛膜を広げて滑空するものの、完全な飛行をするのは哺乳類中でもコウモリ目のみ。

コウモリの前足は、親指が普通の指の形で鉤爪あることをのぞけば、すべて細長く伸びている。飛膜はその人差し指以降の指の間から、後ろ足の足首までを結んでいる。腕と指を伸ばせば翼となって広がり、腕と指を曲げればこれを折りたたむことができる。さらに後ろ足と尾の間にも飛膜を持つものも多い。

また、鳥と異なり、後ろ足は弱く、立つことができない。休息時は後ろ足でぶら下がる。前足の親指は爪があって、排泄時など、この指でぶら下がることもできる。また、場合によってはこの指と後ろ足で這い回ることができる。

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2009年8月16日 (日)

気概のある政治家

1020208_img1衆議議員総選挙は、8月30日行われる。今地方自冶が大きな問題であり、与野党の争点の一つとされ注目を浴びている。国と地方の自冶のあり方どうあるべきかちょっと歴を逆上って考えてみる。

自由党党首板垣退助が岐阜で襲われた際、急ぎ往診して一躍有名になった。「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだとされるあの事件であった。 「自治の本能がある」は東京市長になるころ出した「自治生活の新精神」(1919年)と題する小冊子の文の冒頭に掲げられた。

理由は医師らしく生物的自衛と説いた。つまり生物は牙や甲羅で身を守るけれど、人間は集団で助け合ってこそ自分たちを守ることができる、それが自治なのだというわけである(藤原書店「後藤新平とは何か・自治」所収)。 単純な比喩(ひゆ)に聞こえるが、彼が言いたいのは自治は洋の東西を問わぬ人類共通の観念ということなのだろう。

明治政府が参考にした欧州の自治、セルフ・ガバメントはもちろん知っていて、それを日本の村の助け合い、結いに比してもいる。大礼服の高官も印半纏(しるしばんてん)の庶民も等しく談笑できる自治会館が欲しいと述べている。今で言うなら公民館だろう。(東京新聞社説抜粋)

後藤新平とはyahoo!辞書・・・明治~大正時代の政治家。安政(あんせい)4年6月4日水沢藩士の家に生まれる。福島の須賀川(すかがわ)医学校を卒業後、愛知県病院長を経て1883年(明治16)に内務省衛生局に入る。

2年間のドイツ留学ののち、92年に衛生局長となり、公衆衛生行政の基礎を築いた。 この間、相馬(そうま)家の財産騒動に巻き込まれ入獄も経験した。98年より8年間、児玉源太郎 総督のもとで台湾総督府民政局長を務め、島民の反乱を抑え、諸産業の振興や鉄道の育成を図るなど植民地経営に手腕を振るった。

その実績を買われて1906年(明治39)には南満州鉄道株式会社初代総裁に就任した また貴族院議員に勅選され、08年第二次桂(かつら)太郎内閣に入閣し逓信(ていしん)大臣兼鉄道院総裁、12年(大正1)第三次桂内閣でさらに拓殖局総裁を兼ね、16年寺内正毅(まさたけ)内閣では内務大臣、鉄道院総裁を務め、のちに外務大臣としてシベリア出兵を推し進めた。

20年に東京市長に就任、8億円の東京市改造計画を提案し、22年には東京市政調査会を創立し、関東大震災(1923)後の復興にあたっては第二次山本権兵衛(ごんべえ)内閣の内務大臣と帝都復興院総裁を兼任するなど都市改造に力を尽くした。また23年にはソ連代表ヨッフェを招き会談、ソ連との国交回復を図った。

東京放送局総裁、東京連合少年団団長を務め、政治倫理化運動を行い、28年伯爵。昭和4年4月13日に73歳で没した。 明治国家の発展とともにその最先端の領域を歩き、衛生行政、植民地経営、都市政策に多くの業績を残した。

それは新たな方式による国家利益誘導の試みであった。しかしその試みはしばしば既存の体制と衝突し、東京市改造計画案は「大風呂敷(おおぶろしき)」と評され、40億円の震災復興計画は規模、費用、計画主体などすべての点で後退を迫られた

地方自治について欧米には「民主主義の学校である」という格言があるそうだ。

町や村など最小の社会共同体で首長や議員を選び、住民は監視する。むろん失敗もあるので首長、議員の解職請求もできる。直接民主制の一形態で、利点の第一は住民が学び、うんと賢くなること。だから学校というわけである。市長も議会も役所もわれわれ住民がしっかり監視が大事な事なのだ。(東京新聞社説)

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新型インフルエンザで死者が

0261かかっても殆んどの人が軽く済んでしまっているとのことだが、沖縄で(57歳男性)とうとう新型インフルエンザで死者がでてしまった。

報道によれば、厚生労働省は「新型インフルエンザの病原性が強毒化したものではない」との見解を示しているが、今回の場合、感染が確認されたのは患者の死亡後で、病院と自治体などとの連絡体制には課題も残した。専門家は「これを機に危機感を新たにし、感染の拡大防止に力を入れるべきだ」と指摘している。

慢性腎不全のため透析治療中であったという。新型インフルエンザに感染して死亡したことが確認され、15日午後5時から那覇市の同県庁で開かれた記者会見では、全国初のケースという事態に、同県の担当者たちは一様にこわばった表情だったという。

この秋には再び感染の拡大が恐れられているが、「新型インフルエンザの病原性が強毒化したものではない」としているが強毒化が心配である。私も夏風を引いてなかなか抜けないで酷い目にあってしまったから、余計心配だ。

毎日新聞社説・・・新型インフルエンザの感染者が増えれば、重症者や死亡者の増加は避けられない。多くの人が軽症で治る一方で、一部に重症化しやすい「ハイリスク」の人がいるからだ。

日本で初の犠牲者となった沖縄の男性も、ハイリスクだったようだ。急性脳症や肺炎で重症化する患者も出てきている。必要以上に恐れることはないが、今後も重症者や死者が出ることは覚悟すべきだ。症例をきちんと検討した上で、感染者の重症化防止にいっそう力を入れなくてはならない。

新型でも季節性でも、ハイリスクと考えられるのは、循環器病や呼吸器疾患、糖尿病、腎臓病などの持病のある人、それに妊婦や乳幼児だ。新型では、持病のない若者や成人の中にも重症化する人がいる。米国では、肥満もリスク因子のひとつと考えられている。

今回、死亡した50代の男性は、慢性腎不全で人工透析を受けていた。過去に心筋梗塞(こうそく)で治療を受けたこともあり、重症化のリスクが高かったと考えられる。

どこで感染したかは不明だが、ハイリスクの人は人ごみや感染リスクのある病院を避けられれば、それに越したことはない。しかし、透析を受ける人などは病院に行かないわけにはいかない。ハイリスクの人が訪れる病院では特に、院内感染を防ぐ手だてを徹底する必要がある。

抗インフルエンザ薬投与のタイミングも検討の余地がある。死亡した男性もそうだが、簡易検査では感染していても「陰性」と出るケースがかなりある。ハイリスクの人に対し、疑わしければ陰性でも投与するのかどうか、指針が必要ではないか。

子供のいる家庭では、急性脳症が増えてきているのが気になるところだろう。家庭や小児科での対応についても、政府や自治体が情報をまとめ、共有しておくことが大事だ。

ワクチンの使い方も重要な課題だ。作成中の新型ワクチンは量に限りがある。誰に優先的に打つか、政府は早く考え方を示し、議論を進めるべきだ。抗インフルエンザ薬も有効活用し、犠牲者を減らす戦略を早急に立てなくてはならない。

日本では現在、夏場にもかかわらず、インフルエンザの拡大が続いている。推計では毎週全国で2万~3万人の患者が発生しているとみられる。秋冬の大流行は避けられないだろう。

多くの人にとって季節性並みとはいえ、誰がハイリスクかはっきりしない部分もある。あなどらず、早期に診断・治療を受けることが重症化を防ぐことにつながる。自分は軽症でも、人にうつさないための注意も欠かせない。大量の感染者に対応できる医療体制の整備も急務だ。

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台風の猛威は人災?

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今日の名言

戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない。
クラウゼヴィッツ『戦争論』

15401肩が凝るほど済みきつている空だ 青木澄江

肩が凝るという表現が、秋の空を表すのに適しているかどうかについては、人によって考え方も違うでしょう。ただ、空が高くから下りてきて、目の中をいっぱいにする様子は、容易に想像できます。

あふれるほどの空は、まぶたから外へこぼれることなく、視神経を通過して人の奥へ入り込んでゆきます。この視神経の疲れが、目と、肩こりを結びつけているのだと、一応理屈は付けられますが、そんなことはどうでもよいでしょう。むしろ、肩が凝るほどに澄んだ空を見つめ続けるこの人に、いったい何があったのかと、つい想像してしまうのです。

思えば文学作品で読む空のほうが、現実で見上げる空よりも、実際は多いのかもしれません。鳥が飛んでいなければ、空のことはもっと分かりづらかった、という詩が、そういえばありました。

具体的な出来事はわからないけれども、なんにもないものをひたすら見つめていたい心持は、だれだって理解できます。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

朝くもり 日中は晴れて 残暑かな

台風9号が東に海上を通り過ぎても、台風一過でスッキリしないで梅雨空のように、雨が心配する毎日が続いている。兵庫県では17人の死者の被害となった。

また、台風8号が台湾に大きな被害を出して死者500人と報道があった。政府の情報の遅さに避難が寄せられている。馬総統は、台風による死者は南部・高雄県などで500人以上に上るとの見通しを示したが、公に謝罪したのは初めてだそうだ。

台湾メディアによると、馬総統は「もっと適切に、もっと早く(対応)できたが、われわれはそうしなかった。大変申し訳なく思う」と述べたという。その台風が中国東部に上陸し中国では400万人が避難するという大きな被害となったという。

原因は自然ではないように思えてくるのは私だけではないと思う。深刻な地球温暖化で人間の勝手な振る舞いでなってしまった。被害に会われ、何十年も生きてこんな大きな被害は初めてという人ばかりであった。

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2009年8月15日 (土)

お盆に墓参り

13_10241 日本の風習で「お盆に墓参り」は日本列島人の移動で道路は大渋滞となる。故郷に帰って、墓参りするのである。家族が顔を合わし、そして同級生や幼馴染と話をする。心の洗濯でもある。

ちょっと気になることだが、同じ日本人で仏教だけではない、他の宗教を信仰している方はこの時期どうしているのでしょうか?(よけいなこと)一般サラリーマンは夏休みで長期休みになり、家族の交流を故郷に帰り、お互いに信頼を深めるとことは大事なことかも知れません。

いつの間にか70歳を過ぎ、夫婦二人暮しであるが、子供たちの同居は考えられない、今後心配している健康も何時までもつか?、そして医療・介護となっていかざるを得ない人生である。そこにはお金の問題が絡んでくる。子供達に介護なんてとても無理(経済的・精神的)である。

墓は確保していないが、墓の維持費や管理が出来ないという人がいて無縁墓地に移行していく人が年々増えていると聞く、そのことから墓はいらない主義だ。

これからの生活スタイルを考えて、現在の戸建から、出入り口一つのマンションに住み替えを考え、高齢化にあった生活環境(買い物・交通・医設備)を模索したい。

柳田国男の祖霊を供養することは、人間の心の安定を保ち、安らぎをもたらすこと必要である。しかし、難しさは現実問題となってきた。だから多くの人は将来が不安でたまらないのではないでしょうか。「どう年を取り・どう死んでいけばよいのか」が最大のテーマとなってきた。

今朝の産経新聞主張は・・・お盆のテレビニュースにはしばしば、墓参りをする家族連れの姿が映し出される。見ている者まで心の安らぐ思いがするのは、祖霊が慰められることへの幸福感のようなものが伝わってくるからだろう。

民俗学者の柳田国男が「われわれの祖霊が血すじの子孫からの供養を期待していた…」(「明治・大正期/世相編」)と書いたように、墓は恐らく、子孫らが参ってくれることを願って建立されるものに違いない。しかし現実には、子孫が絶えるなどして参り手のなくなった無縁墓が急増している。

この傾向は急激な少子化により、ますます顕著になっていくだろう。第一生命経済研究所が平成17年に発表した資料は、将来自分の墓が無縁墓になる可能性を感じている人がほぼ4人に1人、子供のいない人に限れば約半数にも上ると示した。

核家族化の進行や若者の都会志向といった要因も無視できない。「平成20年国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省)によると、65歳以上の者がいる世帯の22%は単独世帯だといい、平成元年調査時の14・8%と比べても、いかに急ピッチで“独居”高齢者が増えているかが分かる。

ただ無縁墓の増加を、先に挙げた少子化などの社会的要因につなげるだけでは、日本人として何か大切なものを見失うような気がしてならない。墳墓の地である「ふるさと」への愛着が薄れ、「家」や「祖霊」に対する意識も変容してしまった現代人の「心のかたち」にまで踏み込んで考える必要があるだろう。

戦後になって「家よりも個」の風潮が強まると、「家」の継承は大きな関心事でなくなり、情緒豊かな「家」のしきたりも忘れられていった。お年寄りの知恵を大事にするなど、大家族が一つ屋根の下で暮らしていたころには当たり前だった世代間の相互理解という美風も失われようとしている。

祖霊を供養するのは、わが身が先祖からの「命のつながり」によって生かされている事実を知ることでもある。自分の命の意味がわかれば、他者をいたわる心も自然とわいてくる。

柳田は先著で「家永続の願い」とも書いた。せめてお盆の帰省時くらい、「家の永続」に思いを巡らしてみるのも、よいのではないだろうか。

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終戦記念日

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今日の名言

戦争は帝王にとっては、けっきょく遊びの一種にすぎない。
中江兆民『三酔人経綸問答』

06oga_toga11棲まぬ島にもみ霊敗戦忌 松本泊舟

日という日もこの句も、言わずもがな、だろう。棲、という文字が語る、太平洋上の名もない島に眠る戦没者への鎮魂の心は、戦争を体感していない者にも伝わってくる。

季題として考える時、終戦の日か敗戦の日か、戦争体験世代の意見はさまざまのようだ。だいたい終戦記念日というのはおかしいのでは、いや後世まで忘れない、という意味で記念なのだからいいのだ等も。この句の場合、敗戦忌。

終戦忌、敗戦忌は俳人による造語、というが、掲出句は『文学忌俳句歳時記 大野雑草子編』(2007・博友社)に載っていた。

文人の忌日をまとめた歳時記なのだが、そこに、個人の忌日に混ざって、原爆忌(広島忌)、長崎忌(浦上忌)、終戦記念日(終戦忌・敗戦忌)が立てられている。

数々の個人の忌日同様、忘れることなく詠み継いでいって欲しい、という編者の祈りにも似た願いが感じられる。(今井肖子)

敗戦と 玉音放送 遠くなり

私は、終戦記念日のラジオの玉音放送を子供ながら覚えている。昼の12時に家族・近所の大人たちがラジオの前に、集まってきた。一体何が起きたのかと思った。天皇陛下の大事なお言葉があると言うことだった。

内容は、その当時は分からなかったが日本は戦争に負けたんだと言うことだった。近所の悪餓鬼先輩から日本人の男は全員殺されると言われた。殺されるなら、自分で死んだ方がいい、橋の欄干に手を添えて真剣に考えた事を思い出す。

64年前の夏の暑い日であった。いつも近くの湯殿川で泳いでいたのだが、その日は、泳ぐ人はいなかった。64年の歳月は遠くになってしまった。

 

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2009年8月14日 (金)

無駄使いは相当ある

05sikotuko31_2選挙前の党首討論でも麻生首相は、民主党の政策は財源が不明であり、財源の裏づけがないものは政策ではないと言っている。民主党は無駄をなくせば、財源は確保されると言う。

霞ヶ関の官庁を改革するといっているが、今まで自民党の政権が続いてなんとしても、出来なかった厚い壁は壊されなかった。果たして民主党が出来るか疑問である。

そうならば、行政のノウハウを上手に利用する。例えば予算編成から、一般会計と特別会計の費目別資料を開示してもらい、国民にも分かりやすい資料を提供してもらうことが大事なことだと思う。

本当に財務省の税金の使い道を開示し、政策で使い道の順序を決めることが大切である。

東京新聞からこんな記事を見つけた。「無駄使いは相当ある」財務省が民主党に提出した予算資料を入手した。国の2009年度一般会計と特別会計の合計206兆円について、公共事業や庁費、補助金などを費目別に総ざらいした資料だ。

民主党はマニフェスト(政権公約)で206兆円のうち、年金保険金などどうしても削れない分を除いた約70兆円について、9.1兆円を削減する方針を明らかにしている。

A465ページに上るこの資料を見れば、国がどんな事業にいくら使っているのか一目瞭然(りょうぜん)だ。どの河川のダム事業に何十億円、これこれの調査委託費に何億円などと税金の使い道が全部出ているのだ。

国の予算に無駄や非効率が残っているのは、財務省が毎年実施している予算執行調査でも明らかである。にもかかわらず、当の財務省や自民党からは「民主党提案には財源がない」といった批判が相次いだ。

この資料はそんな財源論争に終止符を打つかもしれない。たとえば、役人天下りの受け入れ先になっている独立行政法人の施設整備費に対する補助金一つとっても、削減余地が相当あるのはひと目でわかる。

特別会計が各省の隠しポケット状態になって「役人は離れですき焼きを食べている」と批判されたのは、よく知られている。政権交代があろうとなかろうと、財務省はことしの予算編成から、一般会計と特別会計の費目別資料を開示すべきだ。13日(私設・論説)

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豪雨・地震・お盆と高校野球

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今日の名言

恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる。
プラトン『パイドロス』

24191 見られゐて種出しにくき西瓜かな 稲畑汀子

わかるなあ。西瓜にかぶりついて、ぺっぺと口から種を吐く人。なんとなくあれが西瓜を食べる作法かと思っているが、どうにもそれがうまくできない。技術的に無理なのだが、その風情にもなじめない。

フォークで種をほじって出してからかぶりつくが、どうも見た目が悪いし、かぶりついた中にまだ種が残っているとそれはそれで口から吐かねばならない。これもみっともない。

先日中国人の友達に、食事中になんでも床に捨てる中国式のマナーにクレームをつけたら、日本人は蕎麦を食うときどうしてあんなに汚い音を平気で立てるのかと逆襲された。食の作法もさまざまである。

花鳥諷詠は、作者の「私」が作品に現れないことが多い。また現れないことをもってしてよしとする傾向にあるが、この句は「私」がちゃんと出ている。『ホトトギス季題便覧』(2001)所収。(今井 聖)

汗が飛ぶ 高校野球 真っ盛り

連日、夏の全国高校野球選手権が、甲子園で行われている。今年は91回という。今年は今のところ雨で、9日と10日の2日間中止されているが、台風9号の影響である。

兵庫県の作用町は台風9号による豪雨災害で、兵庫県佐用町で13日、女性1人の遺体が新たに見つかり、兵庫県ではの死者数は17人、行方不明者は7人となった。兵庫県警は14日も400人態勢を維持し、これまでに5人の遺体が見つかった佐用町円光寺地区を中心に捜索するという,大被害であった。

お盆をふるさとで高校野球をテレビ観戦しながら、ゆっくり過ごそうと首都圏から脱出する人間が沢山いる。高速道路1000円ということもあって記録的な渋滞が、テレビの中継で見られた。

東名高速が6弱の地震は、東名高速開通は1969年。強い地震にも耐えられるよう設計されていたが、中日本高速道路によると、震度6弱で崩落するのは「想定外」だったいう。台風9号の大雨と重なることはそうだったかもしれない。

日本の風習でお盆に帰省する人が多いが今年は、今年は高速料金が1000円という安さからで、大渋滞がとなってしまった。崩落の修復は昼夜を問わず懸命の作業が行われているが下りは開通したが、のぼりは13日一杯には開通すると言うことである。しかし、忘れてはいけないことは安全第一である。

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2009年8月13日 (木)

最初で最後の党首討論?

15401選挙戦を前にして、昨日、麻生首相と民主党の鳩山代表の党首討論が行われた。今日の朝日・読売・毎日各誌の社説に取り上げられていた。それだけ混迷する現状から抜け出そうと必死であるが、なかなか糸口が見出せない。自民政策は「不満」、まだ政権担当していない民主党の「不安」は率直に言って国民の多くの感情であろう。

首相は長年、政権党として日本の政治を担ってきた自民党の「責任力」を強調したが、盛りだくさんのマニフェストがすべて実現されれば、確かに日本は活力のある安心社会に生まれ変われるかもしれない。

だが、それではなぜ、これまでの自民党政権がそれらを実現できなかったのか。今の政治の閉塞(へいそく)状況を招いてしまったのはなぜなのか。そこを語らなければ、いくら新しい政策、意欲を並べられても有権者は納得できまい。

鳩山氏にしても、新しい政治への「チェンジ」を呼びかけたのは分かるが、これまで政権を担った経験のない民主党に日本のかじ取りを任せても、本当に大丈夫なのか。信用してくれというなら、それなりの根拠、説得力を見せてほしい。(朝日)

自民党に対する「不満」と民主党に対する「不安」。今回の衆院選は有権者がそのどちらを重視するかの選択だという指摘がある。その意味では不満も不安も解消されなかった討論といえるだろう。(毎日)

財源の問題は、自民・民主との主張に大きな開きがある。ならば、基本的に最初から組み直し、日本再生をするために順序をつけたらと思う。

民主党の主張に「官僚主導」から「政治指導」にするといっているが「不安」がある。自民党の「天下り」はなくすと言いながらなくせない官僚の壁に押し返されてしまった「不満」が残る。

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日陰作りにひょうたん棚

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今日の名言

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの
『室生犀星詩集』「小景異情」

Photo2005_71朝顔の顔でふりむくブルドッグ こしのゆみこ

最初に読んだとき心にどんときて、それでいてその良さを説明しがたい句というのがあるけど、この句もそうだ。朝顔と顔のリフレインが軽快だけど、「朝顔の」でいったん小休止を置いて読んだ。

チワワやプードルのように軽快な動きができずに、大きな顔でぐいっと身体ごと振り向く動作の重いブルドッグと爽やかにひらく朝顔は質感といい、形といいなんら繋がりはない。にもかかわらず「顔」で響き合うこの取り合わせはどこかおかしい。いかめしいブルドッグの顔のまわりにひらひらフリルがついて大きな朝顔になってしまいそうだ。

ブルドッグもこのごろは小型化してフレンチブルドッグを連れている人はよく見るけれど、頬が垂れて足の短い大型のブルドッグはほとんど見かけない。ダックスフンドといいコリーといい家のサイズに合わせて小型化する時代なのだろうか。

そのむかし、ブルドッグは追っかけられると怖い犬の代名詞だったように思う。そう言えば、ポパイの天敵ブルートもごついブルドッグを連れていたっけ。『コイツァンの猫』(2009)所収。(三宅やよい)

一窓の ひょうたん秋に なりにけり    

むかし、夏の熱い太陽から、避けるた軒先にひょうたん、へちまなどの葉っぱの大きな植物を植えた家があった。ひょうたんでも、いろいろ種類がある多きいいのは50センチぐらい長い物や、5センチぐらいの小さいものもある。

窓の向こうの道路に麦藁帽子をかぶった、アイスキャンデイー売りのおじさんが、チリンチリンと鐘を鳴らして通る、懐かしい昔の風景を思い出した。ひょうたんの棚の下は涼しい、野良から帰った親父が、汗をぬぐう姿も遠い記憶にある。

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2009年8月12日 (水)

静岡県で震度6弱

3612朝食の支度をしていて、ガスでお湯を沸かしてした「グラッ」と来た。一番先に行うのは何かと頭に浮かんだ。ガスの火を消すこと、二階に寝ている女房を起こすこと、とにかく落ち着くことだと自分自身に言い聞かせた。

僅か10何秒ぐらいだったと思うが、びっくりしてしまった。まだ先と思っていた地震が突然やってきたのだ。恐怖心は誰でも感じたと思う。

昨日の地震は、静岡県で震度6弱を記録したのをはじめ、揺れは関東から中国地方までの広範囲に及んだ。

マグニチュード(M)6.5という地震の規模以上に人々を緊張させたのは、東海地震の震源域として想定されている駿河湾で起きたためだ。

M8が予想される巨大地震、東海地震の前兆かどうかを判断するため、1979年にできた気象庁の地震防災対策強化地域判定会の臨時の打ち合わせが初めて開かれた。専門家たちは、この地震がただちに東海地震に結びつくものではないとの結論を出した。

とはいえ安心はできない。地震の性質を詳しく分析し、東海地震との関係について慎重に見極める必要がある。

私の町会でも、防災訓練を、毎年2回行っているが、参加者が少ないのが残念である。地震なんてまだ先と思っているいるのだろが、地震は突然やってくるものだと感じた人は多いだろう、そしてその怖さを実感したと思う。

しかし、喉元過ぎれば何とやら・・・で、時間が経つと忘れてしまうのが人間でもある。地震に対する日頃の備えが問われるのであるが、今回の地震で家具の転倒防止・非常持ち出し・避難場所など地震にあったときの対処仕方や、「自助 共助 公助」の意味を教わったことを思い出してみる。

「自らの安全は、自らが守る」これが防災の基本である。

地震は、揺れの中では誰もが自分の身を守ることしかできない。揺れが収まったとき、目の前の火災を最も早く消すのも、けがをした家族の手当てを行うのも自分である。自分の手で自分・家族・財産を守る備えと行動を「自助」とう。

「わがまちは、わが手で守る」これが地域を守る最も効果的な方法で、自分を守ることにもつながる。地震の揺れが収まり、自宅が無事でも、隣から出た火を放っておけば燃えてしまうかもしれない。阪神淡路大震災では、倒壊家屋から救助された人の約4分の3は地域の住民に救助されている。こうした隣近所と協力して、地域を守る備えと行動を「共助」という。

そして、市や警察、消防などの行政機関やライフラインなどの防災機関が行う応急対策・活動を「公助」という。

「自助・共助・公助」の3つの力の連携が被害を最小限に抑える。防災に対する「自助」意識を高め、普段から隣近所と交流を図り「共助」の輪を広げることが大切である。

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花火の思い出

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今日の名言

道に迷うこともあったが、それはある人々に取っては、もともと本道というものが存在しないからのことだった。
トオマス・マン『トニオ・クレエゲル』

08yokotesigai_yuukei21群集の顎吊り上げし花火かな 畑貴志

夏の夜を彩って、日本各地であげられていた花火も一段落といった時季。これまでの幾歳月、じつに多くの土地でさまざまな花火を見てきた。闇が深くなる花火会場に押し寄せてくるあの大群集は、異様と言えば異様な光景である。

花火があがるたびに、飽きもせずひたすら夜空を見あげる顔顔顔顔。その視線や歓声ではなく、掲出句ではあがる花火につり上げられるがごとき人々の顎に、フォーカスしている。そこにこの句のユニークな味わいがある。視点を少々ずらした発見。たわいもなく顎を吊り上げられてしまうかのような群集の様子は、ユーモラスでさえある。

花火があがるたびに、夜空へいっせいに吊り上げられてゆく顎顎顎顎。老若男女それぞれの顎顎顎顎。絵師・写楽なら、表情のアップをどのような絵に描いてくれただろうか、と妄想してみたくなる。張子の玉が勢いよく夜空へ上昇して行くにしたがって、群集の顎たちも同時に吊り上げられて行き、空中で開いたり、しだれたりするさまを、目ではなく顎そのものでとらえているのである。

コピーライターである貴志には日向ぼこ神に抱かれているごとくという句もある。『角川春樹句会手帖』(2009)所載。(八木忠栄)

遠花火 開いて消えて 闇となり 

私が住む町、八王子市は8月1日雨が心配されだが盛大に行なわれた。今年の関東地方は花火大会は、雨が心配するところが多かったと思う。その上、景気が悪くスポンサー不足で例年行っているところが中止せざるを得ないところあったという。

花火大会の会場に行き、殆んど真上に席をとったことがある。花火が打ち上げられるたびに、顔を上げなければならず、途中で首が痛くなり、疲れて酷い目にあった事がある。それ以来、遠くから見ることにしている。

元来、人ごみのところは苦手である私は、遠くから見る花火が風情があり好きだ。パッツと開いて後からついてくる音がいい。ゆっくり部屋の窓から見るのである。

夏の間、毎週土曜日に熱海で見られる。ホテルに両親を連れて見にいたことがある。もう15年前こととなってしまった。いい思い出である。

    

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2009年8月11日 (火)

安心できる生命のサイクルを!

                              287_field111                       「安心できる生命のサイクルを! 目指す政治を」・・・高齢化が進み、活力のない社会は、何の魅力もないのは当然である。従って投資して事業を始める人はいない。近隣の状況は少子高齢化は深刻である。山でウサギを追ったり、川や田んぼでフナやどじょうを捕って遊んだ故郷は、大規模な開発がなされ一つの町となってしまった。

新しい生活を求めて、多くの人がやって来て町を作ってしまって、新婚夫婦や、静かなところで第二の人生を送る人たちである。しかし、やがて子供たちが独立して出て行ってしまい、子供の少ない、活気がなくなってしまうのではないかと今から心配である。

少子高齢化の問題は政治家ならずも気がかりである。高齢化の行き着くところ医療・介護である。人生80数年「生・老・病・死」の一生の人間の生命である。人間の動物的本能である子孫を残すという大原則も危うくなった感じさえする。

政治家は社会のルール作りをするたの仕事である。政治家を志す人は多いが、人間生活の原点を忘れない「安心して暮らせる社会」を目指して仕事をする政治家を選びたい。

毎日新聞社説・・・「みんなが日本の人口減少は大問題だと思っている」「変化が望めない国は買えない」

世界の金融機関の経営者らが京都市に集まった今年6月の国際金融会議年次総会。ある大手証券の首脳は、海外参加者の厳しい言葉を多く耳にした。投資のプロの見方は一般の一歩先を行く。「国としての魅力が薄れ、存在が軽くなっていくのが世界の共通認識になったら大変だ」と思ったという。

各党の政権公約やリーダーの主張に、そうした視点はあるだろうか。「日本を守る、責任力」(自民)「国民の生活が第一」(民主)「生活を守り抜く」(公明)「国民が主人公」(共産)「生活再建」(社民)。違いがあるようで、どこも「国民の生活を守る」という普通の政党として当たり前を言っているにすぎない。実にもどかしい。

そもそも各党が重視し、本位に考える「生活者」とは誰なのだろう。生活者を脅かす者、苦しめる者は? 「生産者重視から生活者重視へ」と訴えるなら、農家や町工場の経営者らは敵なのか。英語に「生活者」にあたる言葉はない。あえていうならpeople。国民だ。だから「生活者の目線に立ち」といったはやりのセリフも特別な意味はなく、優しく聞こえるどころか当たり前すぎて空々しい。

当たり前ができていないから、やっとその気になったのだろうか。いや、日本の政治はそこまでひどくないはずだ。

前回衆院選から4年。穀物や資源の価格高騰でロシア、ブラジルなどの地位は向上した。米国発の金融危機が世界中を混乱させ、欧州の拡大にブレーキがかかり、貧困に苦しむ途上国は一層の窮地に立つ。オバマ大統領が誕生した米国で、あのGMがついに破綻(はたん)した。まもなく中国は経済規模で日本を抜く。

ごく簡単に振り返っても「世界」は大きく変わり、変わろうとしている。そうか21世紀が動き出したのだな、と実感する。そんな中で内向きの「国民生活死守」に傾斜するだけなら、有権者は息苦しいし政治家もつまらない。せめて、小泉政権が進めた構造改革の評価くらいはやらないと、乗り越えるにしてもご破算にするにしても、先に進めない。

内閣府が8日発表した「国民生活に関する世論調査」によると、現在の生活にどの程度満足しているかの問いに61%が「満足」と答えた。有権者の関心が今の生活にあるのは確かだが、意外に満足度も高い。足るを知った先に、次の世代のことや世界とのかかわりに思いをはせている人は多い。(論説委員・中村秀明)

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核家族が進み老後が心配

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今日の名言

ぼくは元来、あけっぴろげの単純な人間を信用しないことにしている、ことにやつらの話がすじみち通ってる場合はなおさらだ。
ヘミングウェイ『日はまた昇る』

10247681三人の棲む家晩夏の灯を三つ 酒井弘司

三人家族が一軒の家のなかで別々の灯を持つことは、個別の夜を過ごしているということだ。父はリビングでナイター、母は風呂場、娘または息子は部屋でパソコン、というところだろうか。掲句は夏の盛りを過ぎた季節のなかで、家族のありようも描いている。

いつか清水哲男さんが「家族にも旬のときがある」と書かれたことがあったが、夫婦から子どもが誕生し、にぎやかな笑い声や厳しい叱咤などに囲まれながら親も子も成長していく毎日が旬と呼べる時代なのだろう。いわば、大きなひとつの明かりのなかに集う時代を家族の頂点とするならば、かの家族は旬を過ぎようとするひとコマといえる。

分裂していく小さな部屋の明かりは、そこに生活する人間そのものが灯っているようにも見えてくる。それぞれの影を胸に畳みながら、大人同士が生きていくのも、また家族の風景なのである。句集名となった「谷風(こくふう)」は、『詩経国風』から。東から吹く春風、万物を生長させる風の意であるという。『谷風』(2009)所収。(土肥あき子)

老夫婦 一つの明かりに 夏に虫

核家族が進んで近所に住んでいる方の平均年齢は上がる一方である。爺さん・婆さんの二人暮しお宅が多い。たまに子供たちが孫を連れてくるのが楽しみであるが、その対応がしんどくなってしまった。

すなわち、過疎化と高齢化が年々進んで活気がなくなってしまったということだ。半世紀前までは後とりなど三世代が当たり前であったが、二世帯住宅に改築しても人間関係が難しくなり息子夫婦は1年もしないで出て行ってしまうお宅の話を聞くことが多くなった。

それならば年を取って嫁に気を使って一つの屋根の下で暮らすより別な暮らしをしたほうが良いという人が多い。それでも寄る年にはかなわず、身体が弱くなり、病気が心配となって健康の不安がいつも頭を離れない。

平均年齢70歳近い地域の行事も参加者がだんだん少なくなくって盛り上がらない。したがって子供数が極端に少なく10年前の三分の一となってしまった。

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2009年8月10日 (月)

経済成長と環境

035571 リーマンショックからの世界経済は下降から抜け出しに各国懸命である。経済成長のなくしては生活は改善されない。成長戦略手段で、赤字国債の発行で景気の底上げを図り格差是正を解消させるという。もう一つ考えられる地球温暖化の問題である。如何にこのバランスを取るかで真の経済成長が必要である。

地球温暖化問題は避けては通れない問題で、政府の政策もさることながら、国民一人ひとりの意識付けが大事なポイントである。家庭・地域・行政一体なって、取り組まなければならない問題である。

毎日新聞社説・・・経済の拡大を促す成長戦略のあり方が問われている。低金利で円安を維持し、輸出主導で成長を図るというこれまでの路線は、世界的な経済危機でつまずいた格好だ。そして、格差の解消やセーフティーネットの機能強化、所得の再分配により経済の底上げを図ろうという方向で論議が展開されている。

この成長戦略に絡んでもうひとつポイントとなっているのが地球温暖化問題への取り組みだ。二酸化炭素など温室効果ガスの大幅削減と経済成長の両立が課題だ。先進国の責任として日本も高い目標を掲げ、世界をリードしていくというのがあるべき姿だろう。しかし、話はそう単純ではない。

世界の温室効果ガスの総排出量に占める日本の比率は4%で、米国や中国といった排出大国が大幅に削減しない限り、効果は乏しい。そして、途上国が日本に求めているのは資金と技術の供与であり、その一方で、先進国からも日本は、排出量取引で重要な役割を果たすことが期待されている。

日本が高い削減目標を掲げることは、こうした日本に対する期待を満たすことになる。しかし、それにはコストがかかり、最終的には国民全体でその負担を担うことになる点も考えておかねばならない。

もちろん、温暖化対策は日本にとって大きなチャンスでもある。長年培ってきた省エネ技術を用い、省エネビジネスで世界をリードすることができれば、日本が受けるメリットは大きい。

2013年以降の地球温暖化対策の国際枠組みについては、12月にコペンハーゲンで開かれる締約国会議(COP15)で合意を目指す。

それに合わせる形で、政府は2020年時点の削減目標を2005年比で15%と決めた。一方、民主党は1990年比で25%というより高い目標を掲げている。

日本としては、年末に向け各国がさまざまな駆け引きを展開する中で、バランスの取れた対応をする必要がある。ただし、基盤が揺らいだ状態で交渉に臨めば、日本の存在感は薄くなってしまうだろう。そのためには、目標実現のため政策手段に裏打ちされたプランを提示することが欠かせない。

政府より高い目標を掲げる民主党は、国内排出量取引制度の創設や地球温暖化対策税の検討などを示している。しかし、現実的にみて目標を実現できるのか判然としない。より具体的なプランを提示し、これからの交渉に向けて日本の基盤固めができるようにしてもらいたい。

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お祭りの交通整理

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今日の名言

善や悪はただの名目にすぎず、容易にくるくるどちらにでも移し変えることができる。
『エマソン論文集』(上)

08iwakisan_zinzya11 秋日差普通のひとが通りけり 笹尾照子

前書きに「左足骨折入院」とある。このところの私は、いささか歩行に困難を覚えるときがある。腰痛と加齢によるものだろう。時々ふらついてしまう。むろん骨折による歩行不能に比べれば、はるかに軽度な障害だけれども、この句にはしみじみと納得できる。

いつか歩行不能の人が「人間には歩ける人と歩けない人の二種類ががいる」と言ったのを覚えているが、これまた納得だ。入院してベッドに縛りつけられた作者は、たまたま窓外を通りかかった人を見て、猛烈な羨望の念にとらわれた。

どこの誰とも知らないその人は、ただいつものように歩いているだけなのだが、作者にしてみると、そのこと自体が羨ましくて仕方がない。ふだんなら気にもならない「普通の人」が、こんなにも生き生きとまぶしく写るとは……。「普通の人」という普通の言葉が、それこそこんなにも普通ではなく輝いて見える句も珍しいのではないか。作者の手柄は、この「普通の人」の措辞を発見したところにある。

当たり前の言葉のようだが、けっしてそうではない。そしてたまたま秋の入院なのだが、秋の日差しには透明感があり、事物の輪郭をくっきりと描き出す。この「普通の人」もくっきりとした輪郭と影を持ちながら歩いていった。それがまた、作者の羨望の念をいやがうえにも掻き立てたのである。『音階』(2009)所収。(清水哲男)

雨上がり 祭り囃子や 音涼し

昨日は、八王子のお祭り三日目であった。このところの雨降りで心配されたがパラパラ降った程度であった。午後から交通安全協会の出動要請で、神輿と山車の練り歩く、信号機のない交差点での交通整理である。車と歩行者の混み合いを安全第一に誘導するのであるが、責任重大で、緊張の連続であった。暑さと重なって4時間は、非常に疲れた。

それにしても、神輿に興奮している人間や観衆を、交通ルールを守らせるには難しい。少しの自制心が欲しいと感じた。

今年の夏は、夏らしいくない夏でいつの間にか立秋となってしまった。日本列島の特に北九州・中国地方は、大雨で大被害が出た。今朝も台風九号が発生四国・近畿が大雨・土砂災害情報が出て、場所によって1時間に100ミリ以上の雨量があって河川の氾濫の危険情報が気象庁から出たようだ。

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2009年8月 9日 (日)

衆議院選挙に当たって

15401 一日100人の自殺者・農業の需給率40パーセント危機・・・子育て環境の不備、若者の勤労意欲減退・老後不安(家族・お金・健康)・生活保護の需給より、働いても年間所得が200万円以下の人口が1000万人という我が国の実態である。

このところ、ベストセラーとなっている、元一ツ橋大学教授の中谷巌氏の著書「資本主義はなぜ自壊したのか」でも指摘しているが、日本の官僚指導の政治が戦後60年以上続いている。このままでは日本の将来はない。アメリカのリーマンショックでアメリカの経済が見直しされきている。オバマ大統領「CHANJE」「チェンジ」を訴えている。資本主義の行き過ぎを見直そうとしているのである。

アメリカの企業重役は一般社員の何百倍の報酬を受けていることが常識とされて、自動社の三大メーカーの倒産危機にアメリカ政府の公的資金を受け入れる説明にフオード社長は自家用飛行機でホワイトハウスに乗り込んだと言う。

「市場主義」あるいは「市場経済」という現在の日本と世界の大半では、「市場主義」をベースに経済活動が成り立っている。「官」の統制下にある日本の公的サービス分野はむしろ例外に属する。ただし、市場経済はあくまでツールにすぎない。企業活動や消費生活を円滑にするためのまさしく道具なのである。

これからの社会の理想像とは、福祉社会に移行の度合いを強めていく方向になる。もう資本主義の「強者と弱さ」は見直されて行くべきである。

8月30日の衆議院選挙には「安心と幸福感」の味わえる日本にする政党に一票を投じたいと思う。

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突然の雨に

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今日の名言

「これが最悪」などと言える間は、まだ実際のどん底なのではない。
シェイクスピア『リア王』

08yokotesigai_yuukei21 放課後の暗さ台風来つつあり 森田 峠

作者は学校の先生でしょうか。教室の見回りに歩いているのかもしれません。あるいは何か、授業をした時の忘れものを取りにもどったのでしょう。「放課後」「暗さ」「台風」の3語が、みごとにつりあって、ひとつの世界を作り出しています。湿度の多い暗闇が、句を満遍なく満たしています。

教室の引き戸を開けて中に入り、外を見れば、窓のすぐ近くにまで木が鬱蒼と茂っています。その向こうの空には、濃い色の雲が性急に動いているようです。この句に惹かれるのは、おそらく読者一人一人が、昔の学生時代を思い出すからなのです。

昼間の、明るい教室に飛び交っていた友人たちの声や、輝かしいまなざしが、ふっと消えたあとの暗闇。一日の終わりとしての暗闇でもあり、学校を卒業したあとの日々をも示す、暗闇でもあるようです。

句はひたすらに、事象をあるがままに描きだします。学生が去ったあとを訪れようとしている遠い台風までにも、やさしく懐かしい思いが寄り添います。『合本 俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)

祭り夜の 突然の雨 浴衣帯

昨夜は八王子のお祭り2日目で、4000人の民謡流しで甲州街道を埋め尽くした。お天気の不順でこのところ、曇り・雨の日が多い。昨日も朝のうちは晴れ間があって今日は雨は降らないかと思ったのだが、夕方南の空から急に暗くなって黒くもが覆ってきた。

民謡流しの音楽が流れたときには雨がポツポツ落ち始めた。しかし音楽が流れ浴衣姿の踊り手は道路いっぱいに繰り広げられた。4時半から2時間の予定であったが、とうとう本降りとなり30分切り上げ終わった。

昨夜は、花火大会をするところもあって、雨が気になるところで、主催者は頭が痛いところだったと思う。私も地域の盆踊りで、お天気を心配したので、祈るだけで、自然に人間の力は及ばない歯がゆさを二週間前に経験した。

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2009年8月 8日 (土)

タレント不祥事は許せない

05tasiroike11 最近タレント不祥事がテレビを賑わしている。合成麻薬MDMAを使用したとして警視庁麻布署に麻薬取締法違反の疑いで3日に逮捕された歌手で俳優の押尾学容疑者である。訳の分からぬ言い訳をしているようである。そして、酒井法子容疑者の覚せい剤に絡む失踪事件である。

フアンがあってタレントである。憧れの人が不祥事で多くの人に大きな衝撃を与えて世間を騒がしてしまった罪は、計り知れない。

あまり、芸能人の行動には興味がないので感心は薄いがこれほどまで連日報道されると嫌気がしてしまう。いま人気の俳優・歌手が麻薬に溺れて人生を台無しても、おごりの気持ちが直らない甘い考えは絶対許せない。

芸能人と麻薬事件は、跡を絶たない。芸能人だからいいということでない。意識感覚の麻痺で、モラルも法律も、自己意識管理が出来ない環境があるのだと思う。なんともやるせない。

NHKwebニュース・・・タレントの酒井法子容疑者が覚せい剤を隠し持っていた疑いが持たれている事件で、酒井容疑者の自宅から押収された覚せい剤を吸引する器具の付着物のDNAの型が、酒井容疑者のものと一致したことが警視庁の調べでわかりました。警視庁は、酒井容疑者が覚せい剤を使っていた疑いがあるとみて、行方を捜査しています。

警視庁の調べによりますと、タレントの酒井法子、本名、高相法子容疑者(38)は、東京・港区南青山にある自宅のマンションの部屋に覚せい剤を隠し持っていたとして、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕状が出ています。

酒井容疑者の自宅からは、微量の覚せい剤や覚せい剤を吸引する器具が押収されていますが、その後の警視庁の調べで、吸引器具の付着物のDNAの型が酒井容疑者のものと一致したことがわかりました。

警視庁によりますと、酒井容疑者の夫で今月3日に覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕された高相祐一容疑者(41)は、これまでの調べに対し「見つかった覚せい剤は自分のものではない」と供述しているということで、警視庁は、酒井容疑者が覚せい剤を使っていた疑いがあるとみています。

また、酒井容疑者は、夫が逮捕されたあと所在がわからなくなっていますが、警視庁によりますと、その日の朝、東京・新宿の量販店で衣類を購入していたほか、ATM=現金自動預け払い機から現金数十万円を引き出しているのが確認されているということです。

警視庁は、酒井容疑者が逃走している疑いがあるとみて行方を捜査していて、見つかりしだい逮捕する方針です。

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立秋に誕生日

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今日の名言

遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の中。
清少納言『枕草子』

一本の白樺に秋立ちにけり 広渡敬雄

立秋、今朝秋、今日の秋。今年は昨日、八月七日だった。手元の歳時記に、鬼貫の「ひとり言」の抜粋が載っている。「秋立朝は、山のすがた、雲のたたずまひ、木草にわたる風のけしきも、きのふには似ず。心よりおもひなせるにはあらで、おのづから情のうごく所なるべし」。

今日から暦の上では秋なんだなあ、と思えばそれに沿うように、なんとなくではあるけれど目の前のものも違って見えてくる、ということか。この句の作者は、白樺の木の幹のわずかなかげりか、木洩れ日のささやきか風音か、そこにほんの一瞬、今日の秋を感じたのだろう。

一本、が、一瞬、に通じ、すっとさわやかな風が通りすぎる。今日からは残る暑さというわけだが、東京はいまひとつ真夏らしさを実感できないまま、秋が立ってしまった感がある。異常気象とさかんに言われるが、蝉だけは今日もいやというほど鳴いていて、それが妙に安心。「ライカ」(2009)所収。(今井肖子)

立秋や 七十二回 誕生日

いつの間にか72歳の誕生日が来てしまった。体力の減退を身をもって感じてしまう今日この頃である。今年の夏のようにいつの間にか梅雨が明け、季節の変わり目が分からぬ年であった。

このことは、地球温暖化という環境からの原因が一つにあるらしい。ペルー沖の太平洋の海水の温度が高くなっているという。最近気象庁では、エルニーニョ/ラニーニャ現象に関連して、インド洋熱帯域、西太平洋熱帯域の海面水温の状態も日本の天候に影響を及ぼすことが分かったことから、平成21年7月以降のエルニーニョ監視速報には、これら海域の海洋変動の監視・予測情報を加えている。これにともない、「エルニーニョ/ラニーニャ現象」のページに公表するそうだ。

世の中の不透明な時代の中、気象の不安定さが重なり、人生観も見直しをせままれているようでならない。昨日、娘と孫が来て祝ってくれた。そして小学2年生となった孫と一緒に風呂に入った。

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2009年8月 7日 (金)

初の裁判員の裁判

3612「懲役15年に処する」昨日多くのマスコミ取材で報道された。初めての裁判員の裁判の4日間の法廷の様子がテレビで見られた。突然、民間から選ばれた人たちが、人を裁くという重大な責務を担って、緊張してしたことだろう。

民間の常識で事件を判断し結論を出さなければならないことは戸惑いは大変だ。しかし、今回は、犯人が事件の認め、量刑の問題が主だったので、単純な裁きであった。

もしこれが罪を認めなかったらどうだろう、今後はそんな裁きの法廷に民間人の素人がその判断で裁かなければならないとなると、裁判日数は勿論・事件の証拠となる物証などの考察など深入りしないと裁くこと出来ない。

年間2万人の人たちのボランテアで人を裁くという重責は、プロの裁判官達の、ストレスの配慮は十分行い、負担を少なくすることに心がけることが必要だ。

守秘義務は一生守らなければならないという、違反したら罪になる。このことも心に大きくその人の人生観も変えなければならないこともあると思う。

そして、なぜ裁判員の裁判の制度を取り入れたかという原点を振り返り見つめなければいけないことを痛感した。

毎日新聞の社説・・・今回は殺意の程度と刑の量定が注目されたが、被告が起訴内容を認めたため、当初から事実認定や法令の適用については意見の相違がないだろうと予想されていた。今後は被告が否認し、捜査段階の供述や鑑定を巡って議論が分かれるケースも出てくるだろう。司法を身近なものにする裁判員裁判が定着するために、改めて課題を指摘しておきたい。

まず、4日間という審理と評議の日程は適切だったかどうか。裁判員の負担も考慮しなければならないが、比較的単純な構図の事件でも審理時間の足りなさを感じた裁判員がいたことが気になる。初公判前に証拠や争点を絞り込む公判前整理手続きはすでに各地裁で事件ごとに進められているが、実際の公判がこのような短期間では、手続き次第で裁判員裁判は形だけのものになる恐れがある。検察官は求められる証拠はすべて出し、弁護人も争点を示して審理計画を立てるとされているが、非公開で行われるため国民の目でチェックすることはできない。

今回はマスコミが注目したこともあってか、裁判官のきめ細かい配慮がうかがえたが、これから各地裁に登場する裁判員も初体験の人ばかりであり、より一層の配慮を求めたい。裁判員も不明な点はおくすることなく質問してほしい。難解な専門性を砦(とりで)としてシロウトを踏み込ませなかった司法に国民感覚の風を吹き込むのが裁判員の役割である。

また、裁判官は評議をどのようにリードしたのか、裁判員の意見はどう反映されたのかという点は最も関心の高いところだが、裁判員に課せられた守秘義務が壁となる恐れがある。裁判員は記者会見で「大役を終えたという実感だ」などと感想を述べたが、やはり評議の中身についても意見や疑問を聞きたい。不断の検証が国民の信頼を獲得するということを改めて強調しておきたい。

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お中元のこと

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今日の名言
結婚したほうがよいでしょうか、それとも、しないほうがよいでしょうかと訊ねられたとき、「どちらにしても、君は後悔するだろう」と彼は答えた。
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(上)「ソクラテス」

0261 紙伸ばし水引なほしお中元 高浜虚子

いまどきのデパート包装のお中元を考えていたものだから、どうして紙は皺になったのか、水引の紐は直さざるを得ない状態になってしまったのかと不思議に思った。運ぶ途中で乱れを生じたと単純に考えればよかった。でも虚子のことだから何かあるなと考えたわけである。

これはひょっとしたら人からもらった物を使いまわして誰かに持っていったのかも知れぬ。それなら紙を伸ばし水引をなおす理由があるだろうと。これはきっとそうに違いないと考えて、一晩置いてもう一度この句をみたら、いや、これは単に大切な方にお中元を出すとき失礼のないように整えて出したというだけではないかと思い始めた。

つまり日頃の感謝というお中元の本意だ。そう思った途端、自分の想像が恥ずかしくなった。そういう可能性を考えたということは自分の中にそういう気持ちの片鱗があるということだ。

ああ、俺はなんてセコイことを考えるんだろうと自己嫌悪に陥ったが、この句、単なる感謝の配慮なら当たり前の季題の本意。どこかで僕の解釈の方が虚子らしいんじゃないかとまだ思っている。『ホトトギス俳句季題便覧』(2001)所収。(今井 聖)

お中元 隣が気になる 宅急便

自分の付き合いが、めっきり縮小し、いわば隠遁生活状態?になって現在では、中元の数が少なくなってしまった。それがいつの間にか気にならなくなってしまった。自分の生活は年を取ることにより当然変化しているのだが・・・。

お隣の国会議員の秘書をして、一時問題になり、マスコミの取材で、記者連日押し寄せていたのだが、そのお宅は、年間問わず宅急便がひ切りなしにきていて、特にお中元の季節は一日何回も付け届けが届き、車の音だけ住宅街を響かせるのである。

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2009年8月 6日 (木)

東芝・営業利益を3.5倍の中期計画

041どうも気になる(株)東芝の経営である。昨日のFjiSakei Business i 記事から・・・東芝の佐々木則夫社長は5日、都内ホテルで社長就任後初の記者会見を行い、連結決算の営業利益を平成24年3月期までに22年3月期見込みの3・5倍に引き上げる3カ年の中期経営計画を発表した。東芝は21年3月期決算で過去最悪となる3435億円の最終赤字を計上した。その苦境から脱するため、景気に左右されにくい原子力発電設備などの社会インフラ事業に軸足を置く「選択と集中」を加速。“脱・総合電機”の色彩をさらに強める方針を示した。
 「贅(ぜい)肉をそぎ落とし、しっかりとした筋肉質の会社にする。不況下でも安定した会社にしたい」
 佐々木社長は記者会見でこう強調した。東芝が発表した中期計画は、24年3月期の営業利益が22年3月期見込み比で3・5倍となる3500億円、売上高は同17・6%増の8兆円に引き上げるというもの。そのカギを握るのが、原発や太陽光発電、鉄道などの社会インフラ事業だ。
重電畑の佐々木社長にとって社会インフラへの思いは強く、自ら買収を主導した原子力大手米ウエスチングハウスの事業との相乗効果を高め、米国などの先進国のほか新興国も含めて、さらなる受注拡大と供給態勢の強化を図る。これらにより、22年3月期の社会インフラ部門の売上高を部門別売上高トップに引き上げる計画だという。
東芝が社会インフラ事業に軸足を置くのは、景気の影響を比較的受けにくいという事情がある。もともと東芝は、ほかの電機メーカーに比べて事業の選択と集中を積極的に行ってきたといわれ、これまでは社会インフラと半導体、デジタル家電を主力3事業として経営資源を集中してきた。
ただ、主力の半導体は昨年以降の景気低迷で大幅に収益が悪化し、過去最悪の最終赤字の“元凶”となった。薄型テレビなどのデジタル家電市場も景気の影響をもろに受けて低迷。「利益ある持続的成長に向けて再発進」(佐々木社長)していくためにも、さらなる選択と集中が不可欠だというわけだ。
一方、半導体事業については、フラッシュメモリーなど世界市場で強みを持つ事業に軸足を置く。逆にデジタル家電に使われるシステムLSI(大規模集積回路)については「外に任せることも選択肢の一つだ」(佐々木社長)と製造の外部委託を検討する考えを示すなど、不採
算事業の見直しを急ぐ方針だ。

元社員であった私は、退職して10年以上経過したが東芝の経営状況が気になる。今年3月期決算で過去最悪となる3435億円の最終赤字を計上した。新社長の佐々木則夫氏は重電出身という。特にインフラ関係に重点を置くようだ、原子力発電で新興国からの受注に力を入れるようだ。

半導体の低迷で不透明な景気見通しである。24年3月期の営業利益が22年3月期見込み比で3・5倍となる3500億円、売上高は同17・6%増の8兆円に引き上げるという。大いに期待したい。

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原爆投下の日

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あなたがたの実力以上に有徳であろうとするな! できそうもないことをおのれに要求するな!
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(下)

06oga_toga11蛇口ひねれば黙祷といふテレビ 渡辺信子

八月六日広島へ原爆投下された朝である。八時十五分の投下時間になると広島の平和の鐘とともに「黙祷」と、祈りが捧げられる。死者を悼むとはどういうことなのだろう。戦後生まれの私にとって戦争はおそろしいという感覚以外、子供の世代に伝えるものを持たなかったように思う。

テレビを通じて運ばれてくる「黙祷」の声に何を持って和することができるのか。この時期になるたびに思う。原爆投下で家族を失った義母は追悼番組が始まると「見とうない。」と、テレビを切っていたそうだ。ちょうど朝食の後片付けの時間、蛇口をひねったら聞こえてきたテレビの声に作者は手を止めることなく汚れた皿を洗い続けるのかもしれない。

その日常の行為に作者の鎮魂がこめられている。昭和二十年三月十日、義母と同年齢の作者も家族を失った。「私の中で生きつづける母、弟、妹、空襲に遭って東京の下町に消えた近隣の人々、戦場に散った人々、その鎮魂をと祈りつつ生きてまいりました。俳句を作る中で言霊をいただいて歩んでこられたことに、感謝しております。」と帯には作者の言葉が書かれている。『冬銀河』(2009)所収。(三宅やよい)

赤錆びた 手漕ぎ井戸 原爆の日

広島・長崎に原子爆弾が投下されて64年が経つ、私は8歳で、近所の友達のお父さんが、広島に兵隊でいたという。復員してその恐ろしさを何度か聞かされて、子供心に恐ろしいと思った。焼け爛れた人が水を求めて川で死んでいった話から連想した。

近所に畑の真ん中に手漕ぎの井戸が取り残されている。井戸を取り付けた当時は、住宅があったのだが家を取り壊し畑にしてしまったのだが、井戸だけが残してある。真っ赤に錆びて今は使われていないが10年ぐらい前まで使っていたようだ。台座もなく鉄管に水をくみ上げるポンプのみとなってしまったものを見て、何故か終戦当時を思い出した。

原爆に関して昨日、話題の記事が二つあった。その一つがアメリカで世論調査で「6割超が原爆投下は正当」という、根強い肯定意見があると言う。米キニピアック大学(コネティカット州)の世論調査研究所が行った調査で、64年前の広島と長崎への原爆投下について、米国人の61%が「投下は正しかった」と考えていることが4日、分かった。投下を支持しない人は22%にとどまった。
オバマ大統領は「核なき世界」の実現を訴えているが、米国では依然、原爆投下を肯定する意見が根強いことが浮き彫りになった。

もう一つは、長年、原爆症、で苦労されてきた人たちの原爆症認定集団訴訟をめぐる被爆者救済問題に関し、麻生首相と舛添厚生労働相と最終協議し、306人の原告全員を救済することで合意したという。内容は、1審で勝訴している原告は高裁判決を待たずに政府が原爆症と認定し、敗訴している原告には基金を創設して手当てする。

64年も時が経ち、核の廃絶を訴え続けて戦争のない地球を懇願している人々はどう思うのだろう。今日は世界で始めて広島に原子爆弾が落とされた日である。

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2009年8月 5日 (水)

クリントン氏の訪朝

06oga_toga11日本の拉致被害者のご家族の苛立ちには察するに余りあるところだが、日本政府も手をこまねいている北朝鮮の理不尽な態度はなんともなさけない。

6っ各国協議は無視され、国連でも北朝鮮の無謀な核開発を阻止する制裁が採決されている。にも拘らず、突然の前アメリカ大統領のクリントン氏が、北朝鮮にアメリカの新聞記者2人が拘束され12年の刑を受けての訪朝である。

そして、新聞記者の2人を取り戻すために、交渉をするということである。それにはニューヨークで水面下の交渉がされたと言う。そこでクリントン国務長官の夫を北朝鮮に派遣したしたオバマ大統領の考えは、日本政府も驚きであっただろう。

北朝鮮で、金正日総書記とクリントン前大統領の二人揃った写真を公表され、日本国民・拉致被害者ご家族の思いは日本は取り残された思いは否めないだろう。とにかく先を越されてしまい、これが成功したら、日本政府は完全に無視されてしまったようだ。日本政府も考え直さないといけない。

毎日新聞社説・・・米国のクリントン元大統領が平壌を電撃訪問した。北朝鮮側の報道によれば金正日(キム・ジョンイル)総書記と会談し、幅広く意見交換したという。成果を期待しつつ、冷徹に見守りたい。

この訪朝の目的は3月以来、北朝鮮に拘束されている米国人女性記者2人を帰国させることである。中国側から川を渡って北朝鮮に越境したとして捕まり、懲役にあたる労働教化刑12年という判決を受けていた。

だが2人は越境に誘い込まれたとの見方もあり、私たちは判決後に早期解放を主張した。同時に、米国が自国民保護を優先するあまり北朝鮮の核実験やミサイル発射を容認する結果にならないよう注文もした。

この点、米政府の配慮は利いているのか。2記者の案件を核問題とは切り離して交渉したといい、クリントン氏も「政府特使」などではなく、個人の資格での訪朝だとされるが、実態はどうなのか。

北朝鮮の要求に応じる形で元大統領が平壌に乗り込んだ以上、2記者を連れて帰る見通しはついているのだろう。焦点は、それ以外にも今後の流れにつき何らかの事前合意があったのか、あるいは平壌での交渉で新たな展開があるかどうかだ。

例えば94年、いわゆる第1次核危機の際に訪朝したカーター元大統領は、やはり個人の資格ではあったが金日成(キム・イルソン)国家主席と会談して米朝対話への劇的転換をもたらした。

当時のクリントン政権は以後、米朝枠組み合意による北朝鮮核開発の凍結、北朝鮮による米国人抑留2件の解決、北朝鮮軍高官の特使訪米、オルブライト国務長官の訪朝など、米朝蜜月の時代を築いたのである。クリントン氏本人も任期終了間際に平壌訪問や金総書記のワシントン招請を望んだが果たせず、ひどく残念がったという。

北朝鮮がクリントン氏の来訪にかけた期待は想像に難くない。米紙ワシントン・ポストが「人質」と表現した2記者の釈放を活用して、オバマ政権との交渉を実現し、有利に進め、国連安全保障理事会の制裁決議による締め付けも逃れたいのであろう。これは容認できない。

2記者の釈放は歓迎する。これを機に、北朝鮮が危機を演出し脅迫で利益を得ようとする従来の路線を転換し、挑発的な行為をやめるなら実に有意義なことだ。そうした路線変更が確実であれば、形式上、核問題をめぐる6カ国協議より米朝交渉が先行しても許容範囲だろう。

しかし信頼の基盤は既に失われている。私たちは改めて米国に、北朝鮮の術中にはまらないよう慎重な判断を求めたい。日米韓の結束を崩し核やミサイルを既成事実化させるのが北朝鮮の狙いなのだ。

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蚊帳の思い出

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今日の名言
暗黒のなかでは、我々の想像力は、明るい光におけるよりもたくましくはたらくのを常とする。
カント『啓蒙とは何か 他四篇』

20080120990742131たつぷりとたゆたふ蚊帳の中たるみ 瀧井孝作

今や蚊帳は懐かしい風物詩となってしまった。蚊が減ったとはいえ、いないわけではないが、蚊帳を吊るほど悩まされることはなくなった。蚊取線香やアースノーマットなるもので事足りる。よく「蚊の鳴くような声」と言うけれど、蚊の鳴く声ほど嫌なものはない。

パチリと叩きつぶすと掌にべっとり血を残すものもいる。部屋の隅っこから何カ所か紐で吊るすと、蚊帳が大きいほどどうしても中ほどにたるみができる。蚊帳の裾を念入りに払って蒲団に入り、見あげるともなくたるみを気にしているうちに、いつか寝入ってしまったものである。

小学生の頃には、切れた電球のなかみを抜き、その夜とった蛍を何匹も入れ、封をして蚊帳のたるみの上にころがして、明滅する蛍の灯をしばし楽しんだこともあった。「たつぷりとたゆたふ」という表現に、そこの住人の鷹揚とした性格までがダブって感じられるではないか。昔の蚊帳は厚手だった。

代表作「無限抱擁」のこの作家は、柴折という俳号をもち自由律俳句もつくる俳人としても活躍した。『柴折句集』『浮寝鳥』などの句集があり、全句集もある。蚊帳と言えば、草田男に蚊帳へくる故郷の町の薄あかりがある。『滝井孝作全句集』(1974)所収。(八木忠栄)

蚊帳を吊り 闇の中へ 夢を誘う

6畳の座敷に蚊帳を吊って家族6人で寝た昔を思い出した。4隅柱にくくり付けてもどうしても真ん中はたるんでしまい奥の方に行くにはしゃがんでいかなければならない。

まん丸の月が障子を開け放してみられ、虫たちの泣き声、涼しい夜風が蚊帳の中に流れてくる。お袋が妹に子守唄を歌って寝かせつかせて、そっとタオルをかける。しかし、両親・小さかった子供4人の6人が一塊に寝るのは、現代では考えられない。

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2009年8月 4日 (火)

世の中不透明真只中

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05detohama11体調が戻らない、今日は、北野駅前に新規オープンの開業した「岩本脳神経科クリニック」(6月まで野猿峠脳神経外科病院医院長)に行き診察を受ける。採血をする。=脳梗塞診断結果で定期的に脳神経科で投薬を貰っていた。

風邪が治りきっていない?症状は、だるい・身体の節々が痛い・よく眠れない・息をすと胸が苦しい・である。先だって近くの内科に(7月17日・21日・30日の3回診て貰う)どうも「気管支炎」という診断?だ。しかし、何時までもこんなことをしていては駄目で、帰りは25分かけ徒歩で帰宅した。

夏に風邪を引くとは今までに例がないので、夏風の辛さをしみじみ味合わされた。と、いう感じである。

9日は、八王子祭りの交通指導に午後から出かけるが、なんだか自信がなくなった?早く復帰しなければと思う。

梅雨が明けたが、ハッキリしない日本列で島北九州・中国西部山口・広島・島根などの豪雨と土砂災害で多くの被害が出ている。

地球温暖化?でエルニーヨ現象で、どうも例年の真夏の日本がない。農作物にも日照不足で被害がでているようだ。

そんな変調な日本列島、災害は、自然・人災両方が考えられえるが、山口の老人施設の災害で、ある役人が、避難訓練をしていなかったとか、非常時に対応の日頃の対応が甘かったとか非難されたが、このことを取り上げても無理があることだ。実際私たちの災害訓練でも、参加者が少なく、実質効果があるか疑問である。今年も本格的台風の季節が来るので心配である。いわゆる想定外で、県にも市にも責任があるということだ。

その上、衆議院総選挙が8月30日に行われる。景気は、底を打ったと言うが、まだまだ軌道にのるには先である。失業問題・犯罪多発で世の中、左を見ても右を見ても不透明じゃ御座いませんか?何とか晴らしてもらいたい。

信じるのは自分だけ?御身大切だ!

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2009年8月 1日 (土)

風邪を治し真夏を乗り切りたい

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Sunflower_0041新型ウイルス?いやいや違う。熱はないから、ただの風邪?しかし加齢で体力が落ちて風邪などを引いてしまって参ったのだ。

3・4日してから医者に掛かり薬を貰った。最初は鼻水である。一週間して鼻水は止まったが喉が痛くなって、医者に診てもらい喉の痛みを抑える薬を処方してもらう。それから更にに4日目、咳・たんがでて胸が苦しく、医者に行き、咳・たんの抑える薬を処方してもらう。

風邪の症状が出てから、3週間ぐらいになる。夏風邪を引くなんて、初めての経験である。でも一日も寝込んだ訳ではない。寝込むことが出来なかった理由がある。町内会最大のイベントがあったのでその準備から実施(2日間)そして後片付けがあったからである。

そんな訳で、ブログは7月18日で、更新していない。全く書こうと意欲がなくなってしまった。よぅやっと、体調も復帰しそうであり、イベントの整理も明日(8月2日)で終了する。従って明日から本格的に更新を毎日行うように頑張る。

衆議院選挙・家族旅行(一族10名)も8月が予定され、八王子祭り(9日)の交通整理(交通安全協会の出動)車の免許更新もある。気合を入れて乗り切りたい。

また私の誕生日月でもある。入梅が後戻りしたようでハッキリしない空模様が続いているが来週辺りから本来の夏となるだろう。風邪を治し真夏を乗り切りたい。

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