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2009年5月11日 (月)

季節の花の移り変わり

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啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜けでることである。
カント『啓蒙とは何か 他四篇

05gihu_hana_festa21おばさんのような薔薇園につかれる こしのゆみこ

ははは、ホントホント。毎年夏になると、バスで十五分ほどの神代植物公園に出かけるが、この季節の目玉は薔薇園である。全部で三十万輪も咲くというから、壮観だ。現代薔薇の始祖とされる貴重な「ラ・フランス」も咲いてくれる。それはそれで結構なのだけれど、見ているうちにどんどん疲れが増幅してくるのは何故なのか。

いつも不可思議に思っていたが、掲句を読んで納得できたように思う。言われてみれば、何かの拍子におばさんたちの輪の中に入ってしまったときの疲れように、確かに似ている。中高年女性を一口で「おばさん」と括ってしまうことの是非は置くとして、総じておばさんなる人たちは押しの強いのが特徴だ。

饒舌であれ寡黙であれ、彼女たちの自己主張ぶりには辟易させられることが多い。とにかく無視は許されない雰囲気がある。だから、会話には気を使う。あちらを立てたら、こちらも立てなければならない。薔薇だって同じこと。豪華な花もあるし、清楚に通じるそれもある。でも、そのいずれもが、押しの強さでは負けていない。

お互いに妍を競いつつ、こちらの顔色をじいっとうかがっているように見えてしまう。疲れるのは当たり前なのである。しかも、この句は同性の作だ。してみると、おばさんたちは同性の仲間内にあっても、男と同じように疲れるというわけか。いやはやご苦労さんとでも言うしかないけれど、意地悪な句のようであって、そうではないくすくす笑いを誘うところに、作者の人柄を垣間見たような気がした。『コイツァンの猫』(2009)所収。(清水哲男)

 薔薇好きな お婆さんちに 声を聞く

近所に住む、一人暮らしお婆さんがいるが、薔薇が好きで毎年大きな花を咲かしている。薔薇は夏の季語であるが、春や秋にも咲いている。

3年前に子供が母の日のプレゼントで、棘のないモッコウ鉢植えの薔薇をもらったものを庭の片隅に植えたものだが今年は垣根に、黄色い花が咲き見事であった。年々伸びて幅広く垣根一杯になってしまった。

季節の移り変わりは花でも感じられる。つつじが咲き終わり、クレマチスが真っ最中で、これからは、さつきが咲き出すのが楽しみだ。百合・芍薬が蕾を膨らませている。

昨日は30度を超す暑さとなった。こんなに急に暑さが来ると体調が狂ってしまう。何時ものごみ拾いはせず、家で冬・夏の衣服の整理をした。

暖房器具からいきなり冷房器具に置き換えたい忙しい陽気に戸惑ってしまった。もちょっとゆっくり季節な巡りになって欲しいものだ。

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