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2009年5月

2009年5月31日 (日)

やっぱり人間って芋虫と同じ

Imomusi66881_3 やっぱり人間って芋虫と同じで、偉そうにしても所詮利益誘導し自分だけは、生き残られる事ばかり考えている。地球という舟に乗って安全地帯に這いずっていても、地球は丸いので元いた場所にもどってしまい、今までの努力が無意味であるのも分からない芋虫と同じである。

だってそうじゃないか、人のこと真剣に考えてくれているかと思ったら突然に梯子を外されて屋根に取り残され、どうする事も出来ないで、もがいてアッチへ行ったりコッチへ行ったり、そんな哀れな状態になっていても、見て見ぬ振りをして通り過ぎてしまう。

最近「友愛」なんて言葉使う人が現れて芋虫どもを席巻しようと考えている。これとて、内心は何を考えているか分かったものではない。用心して見守んなきゃなるまい。

たいして大きくなく、やせ細っている芋虫の奴らが毒をもって脅かし、餌をねだって騒ぎを起こしている。弱い芋虫に周りの虫どもが手を焼いているが、意固地になってしまった芋虫の対応に音をあげている。

もっと共存共生を考えて、芋虫同士で話し合いを出来ないものか・・・。

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生活保護者の認定は慎重に

08nairikusen_kayabuki11失業率4.8%派遣社員のホームレス化が問題になる程の不景気である。また深刻な、ワーキングプアーが200万人を超える時代である。そして不正受給の生活保護者が蔓延していて、北海道で逮捕者まで出ているニュースがあったばかりである。

北九州市の裁判では、生活保護者の自家用車は所有は、福岡地裁は、障害者で高齢問いということで処分は違法と言う判断がでた。確かに法律と人情では相反するものがある。福祉は考えでは、人間の欲望と同じで際限がない。

この判例が出たことであちこちに訴えが起きる心配がある。年金受給者の金額より生活保護者がよい生活とは、どう見てもおかしい。生活保護者の認定は慎重にしてほしい。

ZAKZAK記事・・・高齢や障害のため外出に不可欠な自家用車の売却を迫られ、拒んだところ違法に生活保護を一時停止されたとして、北九州市門司区に住む男性(68)と妻(77)が同市の処分取り消しなどを求めた訴訟の判決で、福岡地裁の増田隆久裁判長は29日、処分は違法として取り消した上、市に慰謝料計60万円の支払いを命じた。

夫婦の弁護団は「妻はほとんど歩行ができず、夫にも心臓の持病があり、通院などの生活に車は欠かせない」と主張。判決理由で増田裁判長は「妻がタクシーや公共交通機関を利用することが困難であったことは明らか」と判断、自動車の所有は認めずに保護を停止した処分を違法とした。

さらに「保護停止の期間が7カ月強に及んだ。その間の生活は困窮し、食事を切り詰め、光熱費などを滞納する状況にまで至った」と指摘、一人30万円の慰謝料も認めた。

市側は「妻のリハビリは自宅近くの病院でも可能で、タクシー通院もできた」と反論していた。

判決によると、夫婦は2000年11月から生活保護を受け、直後から車の処分を迫られた。04年には文書指示を受け拒否すると、同年9月から翌年4月まで生活保護を停止された。

当時の厚生労働省の保護実施要領によると、生活保護受給者の自動車所有は原則認められていなかったが、障害者の通院に必要で、公共交通機関の利用が著しく困難な場合などは保有を認めるとされていた。

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5月の運動会

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今日の名言

善とは一言にていえば人格の実現である。
西田幾多郎『善の研究』

05tasiroike11物申の声に物着る暑さかな 横井也有

物申(ものもう)と読みます。今なら「ごめんください」とでもいうところでしょうか。いえ、今なら呼び鈴のピンポンなのでしょう。マンション暮らしの長い私には、人が声をあげて訪ねてくる場面には、ほとんど出くわしません。子供たちが小さな頃でさえ、「遊びましょ」という呼びかけを、聞いたことがありません。

訪ねてきた人は、子供であろうと大人であろうと、いつも同じ大きさの「ピンポン」です。そこには特段の思い入れが入る余地はありません。この句を読んで思ったのは、「普段着」のことでした。昔はたしかに、家の中にいるときには夏でなくてもひどい格好をしていました。

国ぜんたいが貧しかった頃ですから、子供だったわたしはそれほど気にしていませんでしたが、思い出せばいつも同じの、きたない服を着ていました。夏はもちろん冷房などはなく、この句にあるように、暑さに耐えるためには服を脱ぐしかありませんでした。

今は真夏でも、人が訪ねてくればともかく、すぐに会える姿をしています。それがあたりまえのことではなかったのだと、この句はあらためて思い出させてくれます。一瞬の動作と、時代を的確に描ききっています。『日本名句集成』(1991・學燈社)所載。(松下育男)

梅雨曇り コタツこいしや 老夫婦

五月雨に 中止の知らせの 運動会

梅雨のはしり?3日も降り続いてしまった雨で、南葛西・立川の孫の小学校の運動会は中止で31日(日)延期となってしまった。私の近くの小学校も延期になてしまった。残念ながら、町会の行事と重なり観に行けない。

年寄りには、雨の日寒くて辛い。片つけたコタツをセットし直してしまった。なんだか4月初めの陽気になってしまったようだ。

小・中学校の運動会と言えば、爽やかな秋空の下で行なうイメージがあるが、今の時期に運動会を行なってしまうのは、何時頃からだろう。

都市部では、それが当たり前のようだ。私も運動会は『秋』と思っていたが秋口は、受験へのラストスパートになる時期が関係してるからだろう。秋には、ほかにも文化祭やバザーとか、スポーツ大会などが、秋にあるので行事を分散させたいのが、学校側の本音かな・・・

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2009年5月30日 (土)

加賀美幸子さんの魅力

05gihu_hana_festa21昨日NHKの昼の番組金曜バラエティーで、加賀美幸子アナウサーの「高橋系吾のその一言の重み」がとても魅力的で、印象的であったので、記して見た。

  「その一言の重み」

  その一言で 励まされ

  その一言で 夢を持ち

  その一言で 腹が立ち

    その一言で がっかりし、泣かされる

そのほんのわずかな一言が・・・不思議な大きな力を持つ、ほんのちょっとの一言が・・・  高橋系吾

「気がつき直せるゆとりがあれば、人生も怖くない。」・・・ 加賀美幸子

NHKのアナウサーの加賀美幸子さんは講演は人気があるそうだ。

毎年秋にあるNHK全国短歌大会での司会と朗読も、加賀美さんが行なうが、ここでも、加賀美さんが朗読すると、歌が数倍よく感じられる。まさに加賀美マジック。魅惑な声と、間合いの良い語り口は人を引き付ける不思議なものを持った方だ。

  

   

      

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麦秋に雲雀

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 今日の名言

復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である。
ニーチェ『善悪の彼岸』

Tombi061麦秋の縮図戻して着陸す 藤浦昭代

麦は夏に実りの季節を迎えるので、麦秋(ばくしゅう・むぎあき)は夏季。陰暦四月の異称でもあるという。二十年近く前、一面の麦畑に北海道で出会ったことがある。確か夏休みで7月だった。黄金色のからりとした風と草の匂いに、あ~麦酒が飲みたい、と連想はそちらに行ってしまったが、風景ははっきり記憶にある。

掲出句の作者は、ところどころに麦畑がある街から、初夏の旅に出たのだろう。少し傾きながら離陸する窓の中、みるみるうちに小さくなる家や畑。見渡す限りの緑に囲まれて、あちこちに光る麦畑が、遠くなるほどいっそうくっきり見える。

上空からならではの、その離陸の時の感動を抱えたまま旅を終え、無事に着陸。縮図を戻しながら、色彩のコントラストと、何度体験しても慣れない着陸時のスリリングな心持ちを体感した。『ホトトギス新歳時記』(1986・三省堂)所載。(今井肖子)

麦秋や 懐かし里に 雲雀なく

私の住む町には麦を耕作している農家は少なくなった。ちょっと車で神奈川県の津久井に出かけたら、小麦畑があって昔を思い出した。

子供の頃今の時期麦刈りと田植えで、農家は猫の手を借りたいくらい忙しかった。よく学校から帰って来ると手伝わされたしかったなぁ。麦を刈っていると突然雲雀が空高く鳴きながら飛び立つことがあった。麦畑に巣があって卵が3・4個あった。

麦をリャーカーで家まで運び、納屋に積み込むのであるが、首の汗に麦の穂が痛い、赤くミミズ腫れになり、風呂の入るときにひりひりとして大変だった。

二毛作だった田んぼの仕事は麦刈り終わし、直ぐに田植えの準備である。親父は良く言っていた「朝は朝ぼし・夜はよ星」で野良に出ないと間に合わないと。忙ー・・・。

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2009年5月29日 (金)

「月面2足歩行ロボット」

60mangetsu1月面二足歩行ロボットが一体何の意味があるのか分からない。

麻生首相が本部長になっている「宇宙開発戦略本部」あるという。確かに日本のロボット技術は世界でもトップクラスだろう。しかし、「二足歩行ロボットで月探査」何をしたいのか、分からない。

もうそんなに競いあて、月にロケットを打ち上げてどうなる事もない。開発する費用は、もっと有効な使い方があるだろう。

JーCASTニュース・・・(抜粋)政府が策定を進めている「宇宙基本計画」が、思わぬブーイングに見舞われている。この計画自体は、情報収集衛星を増強したり、有人での月探査を目指したりする意欲的なものなのだが、「二足歩行ロボットでの月探査」という項目に、批判が続々と集まっているのだ。

■「お金をかけて何がしたいかわからない」

日本の宇宙開発についての基本方針を定めた「宇宙基本法」が2008年8月に施行され、これに基づいた国家戦略「宇宙基本計画」の策定が進められている。麻生首相が本部長を務める「宇宙開発戦略本部」が案をまとめ、09年4月28日から5月18日にかけてパブリップコメント(パブコメ)が募集された。

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原爆症認定裁判

3612テレビで「18連勝」と幟を広げて応援者の前に見せた。東京高裁前からの映像である。みんな年老いて人訴えである。原告の中にも亡くなっている人も多くいる。裁判が長すぎるからである。政府は認定基準の再見直しをして、早く決着をつけるべきだ。

審査会の医療分科会の意見をもとに、厚生労働相が可否を決める。申請を却下された被爆者たちが処分の取り消しを求めて、03年春から全国17地裁に集団訴訟を起こした。

当時の認定基準では、爆心地からの距離をもとに被曝(ひばく)放射線量を推定し、病気が起きる確率を出した。一連の判決で「機械的すぎる」と。

朝日新聞社説・・・裁判で負け続けながら責任を認めない。法治国家の政府として、これでいいのだろうか。原爆症の認定をめぐる集団訴訟への対応である。

昨日の東京高裁判決で、政府は「18連敗」となった。だが、麻生首相は参議院予算委員会で「一連の司法判断を踏まえ、対応を検討させていただきたい」と述べるにとどまった。

原告306人のうち、68人がすでに亡くなっている。政府は一連の判決を受け入れ、全員救済をはかって訴訟をいち早く終結させるべきだ。

広島、長崎に投下された原爆の放射線が原因で、がんなどになったと認められれば、医療費のほか、治療中は月額約13万7千円が支給される。それが原爆症の認定制度だ。

認定にあたっては、専門家による認定審批判され、厚労省は昨年4月に基準を改めた。

だが、新しい認定基準も、被爆による健康被害の実態を的確にとらえたものとは言い難い。認定の対象を事実上、がんや白血病など特定の五つの病気に限っているからだ。

新基準になった昨春以降も、特定の5疾病以外の病気で原爆症と認める判決が相次いだ。原告らは再び基準の見直しを求めたが、政府は東京高裁の判決を待って検討するとしていた。

東京高裁判決も新基準ではじかれた人を原爆症と認めたうえ、新基準を「原爆症認定の判断基準として適格性を欠く」と断じた。原告らが認定対象への追加を求めていた肝機能障害と甲状腺機能低下症の2疾病についても「原爆放射線と関連性があるとして審査にあたるべきだ」と指摘した。 政府はその言葉通り、認定基準の見直しに着手しなければならない。

ただ2疾病を追加しても、認定の対象からこぼれ落ちる被爆者は少なくない。個別に審査して総合的に判断する方法があるが、担当する医療分科会には「機械的」とされた従前の評価方法にこだわる委員の多くが残っている。厚労相は、被爆者団体が求めるように半数の委員を入れ替え、審査を待つ7800人の認定作業を急ぐべきだ。

被爆者には生涯いやすことのできない傷跡を残し、不安のなかでの生活をもたらした。原爆の放射線による健康被害は特殊なものであり、国の責任において総合的な援護対策を講じる。 そう宣言した被爆者援護法の精神に立ち返り、政府には救済のための手立てを尽くしてもらいたい。

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めけいに青梅

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今日の名言

或ることをなしたために不正である場合のみならず、或ることをなさないために不正である場合も少くない。
マルクス・アウレーリウス『自省録』

爆笑せしキャンプファイアーの跡と思ふ 加倉井秋を

キャンプ地で焚火の痕跡があればキャンプファイアーの跡だと思うのは当然。そんなのは発見でも何でもない。この句は「爆笑せし」という捉え方に詩の核心がある。爆笑せしはキャンプファイアーにかかるけれど、キャンプファイアーは跡にかかっているから爆笑せしは詰まるところ跡にかかる。爆笑せし跡。

つまり作者は焚火の痕跡をみて爆笑の声を思っているのである。焚火跡は視覚。臭いもするから嗅覚も混じる。爆笑は聴覚。つまりこの句は視覚と嗅覚を入口にして聴覚に到る。

人間の五感の即時的な反応がそのまま言葉に載せられている。これを機智と見るのは少し違う。「知」よりも「感覚」が優先される。しかも三つの別次元の感覚を力技でひとつにまとめ「思ふ」に引き込むのは「知」を超えた才能そのもの。角川書店編『第三版俳句歳時記』(2004)所収。(今井 聖)

Mutsumefuta21 累々と 目籠にうぶ毛の 青梅かな

かつて農家の副業として、旧南多摩群由木村(現八王子市)、多摩村(現日野市)を主産地にした「めかい」といわれるものがあった。めかいとは「目籠」と書き「めかご」「めけえ」とも呼ばれたもので、多摩に自生する篠竹を素材とする手作り籠である。

昨日、今日と雨が降ったり止んだりの天気だ。梅雨めいてきたが。昨年の関東甲信・近畿東海の入梅は6月2日だった。

私も由木に親戚があって、めかいを作っていたおばさんがいて、一個もらった事がある。そろそろ梅を漬ける頃である。丸々と膨らんだ青い梅の肌に産毛が生えて太陽に透けてみえる。

梅酒にするには手で一個一個傷をつけないように丁寧に“もぐ”のである。めけえに入れてよく水で洗い漬ける。酒はそんなに好きでないので、十年以上経った親戚のおばさんからもらった古いものがある。暫く合っていないがどうしているかなぁー。

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2009年5月28日 (木)

敵基地攻撃をめぐる議論

05sikotuko31

麻生太郎首相は28日の参議院予算委員会で山本一太議員の質問に、北朝鮮の核実験に関連し、適地攻撃をめぐる議論について言及した。

麻生首相は「法理的には憲法で認められている自衛の範囲に含まれ可能だ」と明言。そのうえで「現実には敵基地攻撃を目的とした装備体系を自衛隊は保有していない。日米安全保障体制をきちっとした上で、日本の平和と安全を期したい」との認識を示した。

この議論は自民党の有力議員からも議論になっていたという。しかし、自衛隊には、そこまでの装備・技術があるわけではない。それには予算を計上しなければならず、実行に移すということになった場合、本当に日本のリスクも考えなければならず、まだこの議論はまだ早すぎると思う。国際世論も国民世論もしっかり、確認し慎重に言動しなければならないことだ。

5月6日FNNweb・・・4年ごとに見直しを行う次期防衛大綱の自民党が作成した原案の全容が、FNNの取材で明らかになった。北朝鮮を念頭に置いた「敵基地攻撃能力」の重要性や、感染症対策への積極的な取り組みなどが柱となっている。
自民党の原案では、「専守防衛の範囲で、わが国自身による座して死を待たない防衛政策としての策源地攻撃能力が必要」と明記され、北朝鮮による「テポドン2」の発射の際に指摘された、敵基地攻撃能力の必要性が明記されている。
中谷元防衛庁長官は「ミサイルの発射基地そのものをたたいて、それを阻止する能力というのも、わが国が持たなければいけないと」と述べたうえで、「積極的宇宙利用」として、独自の「早期警戒衛星、情報収集衛星の研究開発」が重要と指摘されている。
また、新型インフルエンザの感染拡大を背景に、「国内のみならず、海外での危機発生の影響を直接受けやすい」と指摘し、「早期に情報を入手し、先行的な対応が求められる」として、感染症対策への自衛隊の積極活用が盛り込まれている。原案は、26日午後の国防部会で提示される予定となっている。

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口呼吸に注意しよう

Taka0611 最近・・・夜中にトイレに2・3回行くようになったが、年だか仕方がないが、どうも気になることがある。それはトイレに起きた時に口の渇きで喉がヒリヒリするのであるが、その原因は口呼吸をしているからだと思う。だから水を一口飲んで湿らし、寝ることにいている。

マスクをして寝る訳にも行かずこれはいけないと思っている。起きているときは、口呼吸はしていない。何とか対策を考えないと・・・・。

yahoo!web・・・「口呼吸」にはシーズンがあるとされていた。花粉症や風邪のせいで鼻詰まり → 鼻呼吸しづらい → 息苦しい → 口呼吸にシフト → 一件落着、と言いたいが、そう簡単ではない。“詰まり期”だけでなく、最近は口呼吸が年中常態化している人も少なくなく、ビジネスマンにも悪影響を与えているらしい。

千葉大学大学院医学研究院教授(耳鼻咽頭科)の岡本美孝さんは語る。
「鼻呼吸の主な役割は、吸う空気を温め、適度な湿度を与えること、また“ゴミフィルター”機能で細菌やウイルスをブロックし、肺などを守ること。一方、口呼吸ではウイルスが除去されていない冷たく乾燥した空気が喉にダイレクトに入ってくる。その結果、免疫力が低下し、疲労感が高まる。様々な病気も引き起こしてしまう」

眠時無呼吸症候群の原因のひとつも口呼吸といわれる。鼻呼吸なら気道を確保できても、口呼吸は口をぽかんと開けているため、口の周りの筋肉が弛緩し、舌が気道を塞いでしまうのだ。悪くすると心臓に負担をかけ高血圧や突然死をも誘発しかねないというから、聞き捨てならない。さらには、舌の粘膜の乾燥による味覚障害、鼻の機能低下による嗅覚障害の可能性も示唆されている。

「調査の結果、無意識に口を開いていることがある人のなかで、楽だからと答えた人は全体(20~49歳の男女624人)のうち、口呼吸族で約31.4%、鼻呼吸族では約16.8%。鼻呼吸族のほうが集中力が長く続き、睡眠の質が高いという傾向が出ました。逆に、口呼吸族は口臭やイライラ、肌荒れなどに悩んでいる人が多かった」とは、鼻詰まり感を軽減する鼻腔拡張テープを販売するグラクソ・スミスクライン広報の話である。
この調査結果に明治大学の齋藤孝教授も、鼻呼吸は「息を整え、心を落ち着かせ、(仕事やテストの)パフォーマンスを向上させる」と。業績アップのためには鼻呼吸あるのみ!?

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畦塗り

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今日の名言

君知らずや、人は魚の如し、暗らきに棲み、暗らきに迷ふて、寒むく、食少なく世を送る者なり。
『北村透谷選集』

Photo2005_71浮苗に記憶はじめの夕日射 宮入 聖

確か三島由紀夫が産湯につかった盥のふちが金色に光るのを覚えていると『仮面の告白』に書いていたように思う。自分自身の「記憶はじめ」を遡ってみると、親から繰り返し聞かされた話や古ぼけたアルバムの映像が入り混じってどれを「記憶はじめ」にしていいやら自信がない。

ただ、記憶をたどるその先に夢と区別のつかないぐらい曖昧ではあるが、対象をはっきりと見ている自分が確かに感じられる。自他の区別なく渾然一体としていた世界が自分と外の世界にある距離感を生じることが「記憶はじめ」なのかもしれない。

田植えが終わったあと、しっかりと根が固定されずに頼りなく浮いている苗にふと目をとめた作者。ほかの苗が整然と直立しているからこそ浮き沈みする苗に視線が釘付けになり、頭の中の記憶が揺らされるように思ったのだろう。

田水を金色に光らす夕日射が記憶の隅に焼き付けられた浮苗と重なったのかもしれない。記憶はじめとする一枚の映像にその人の美意識が感じられる。『聖母帖』(1981)所収。(三宅やよい)

畦塗りや 親父の顔の 記憶あり

田んぼでは「畦塗り(あぜぬり)」作業が始まる。「畦」はちょうど左官屋さんが塗るように泥をぬり、水が漏れないように「土手」を作る作業。
この作業がうまくいかないと、田植えをした後の、水もちが悪くなり、しょっちゅう水をかけることになり、田んぼの水温が上がりにくくなる。水温が上がらないと稲の生育も悪くなってしまうので気を使う作業である。

ちょっと昔(十年前)に近くの田んぼには、沢山の蛙がいて夕方になるとうるさいほどの鳴き声が聞えていたが、開発が行なわれて、蛙の棲む場所がなくなってしまった。昨日、散歩で、少なくなった田んぼ畦道を歩いていたら、水を張って耕す前の、田んぼに蛙が鳴いていた。「ケロケロ」となく鳴き声が懐かしかった。

親父は畦塗りの事を「くろうつける」と言っていたが、どうしてなのか聞きもしないで、そろそろ親父の亡くなった年になってしまいそうである。

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2009年5月27日 (水)

党首討論

Natsu1 自民党麻生太郎首相と民主党鳩山由紀夫代表の党首討論が今日3時から行なわれた。NHKのテレビ中継を見た感想であるが、麻生首相の討論が、回りくどいといった印象であったのと、討論が噛み合わなかった。

内容は、まず、今回の北朝鮮の核実験の話は、アメリカ・中国には事前に通告があったというが、日本はどのような形で情報があったのか、と、鳩山代表の質問をしたが、麻生首相は、この種の問題は、発表は差し控えているのが通例で何とも言えない。との答弁であった。これには、国民は納得はいかないだろう。そして、鳩山代表の持論であった「友愛」精神で政治は官僚指導ではなく、国民の目線で行なう新しい体制で政治姿勢で日本再生していくという説明であった。それに対して、この「友愛」お父さんの鳩山一郎首相当時の持論であって、ことさらコメントはなかった。

小沢代表代行の秘書の逮捕についての説明が国民になされていない、その説明がなされていないことを認めた鳩山代表の真意が分からない。それの対し鳩山代表は、西松に関係する人間は自民党に大勢いるではないか。検察の一方的な取調べは偏っていると述べた。

今の自民党政府は、官僚指導であり、補正予算でも官僚の指導で組まれている。全くおかしい、地デジ対応のテレビ・エコカーでも真っ先に役所に導入するというその額580億円とも補正予算にくみこまれている。そんな無駄なお金が12兆円もある。

天下り490団体に何と25000人がおり、その団体に発注しているのが半数が随意契約となっている、とても国民には理解できない。などが鳩山代表からあったが、このことには麻生首相は答えがなかった。

私の評価は6:4で民主党鳩山代表に軍配は上がった。その理由の一つに麻生さんは、国民の最大関心事は、「西松問題であろう」と言った。そうではないだろう、「年金・子育て・老後の生活」だろう。全く的を射えていない。

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国連安全保障理事会に注目

07akitakoma_sumire11 核は何の為に必要なのか、戦争・人殺しのためにある。世界でも日本だけが核の体験国家である。広島・長崎で40万人が犠牲となったと言われている。

今、世界で核保有国はアメリカ・ロシア・イギリス・中国・インド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮となった。その一方核軍縮の話が進んでいるようだがこれも定かでない。

核を持って脅迫する外交は、今や世界の趨勢に逆行している。国連の安全保障理事会も、今回の北朝鮮の核実験は世界中から批判の声が上がった。

脅し外交で自国に援助を求めていく瀬戸際外交は北朝鮮の常套手段だがもうその手には乗らないで、国連の場に金正日北朝鮮総主席の言い分を聞き、話し合いで解決していくしかないだろう。そんな事出きる訳がない?後は中国・ロシアの説得で核の廃絶しかない。

基地攻撃?以前から、北朝鮮のミサイル発射を受けて議論されていているが「誘導弾等による攻撃を防ぐために他に手段がないと認められる限りにおいて誘導弾等の基地をたたくことも法律上の問題としては自衛権の範囲内として可能との(国会)答弁がある。日本国民と国家を守るために何をすべきかという観点から、つねに検討研究を行うことは必要ではないか」いう。06年安倍官房長官の発言がある。

国連安全保障理事会の対応と今日(27日)党首会談での話が注目される。

朝日新聞社説・・・北朝鮮の2度目の核実験を受けて、世界の目は国連安全保障理事会がどう対応するかに注がれている。 06年の初の核実験をめぐる決議は結果的に失敗に終わった。安保理の存在自体が問われかねない深刻な事態だ。国際社会として一致した強い意思を北朝鮮に突きつけなくてはならない。

安保理の緊急会合では、新たな決議をつくることで一致した。オバマ米大統領は麻生首相、李明博韓国大統領との電話協議で「強い決議が必要だ」と述べ、合意づくりに向けて3カ国が協力していくことを確認した。

3年前の決議は、二つの点で画期的だった。北朝鮮に対する初の決議であり、大量破壊兵器の開発につながる資金や物資の移動を止めるなどの制裁措置を加えたことだ。

だが残念ながら、制裁の履行は加盟国の判断に委ねられ、現実にはほとんど機能しなかった。いきなりの制裁には北朝鮮の暴発を招きかねないというためらいがあったし、制裁する側の結束を保つために強制色を弱める必要もあったからだろう。

実際、北朝鮮をめぐる各国の思惑にはかなりの違いがある。北朝鮮の核保有は日米韓にとって深刻な脅威だが、中国やロシアにとっても受け入れられる現実ではない。北朝鮮が開放的な政策への転換をとげることが好ましいというのも両国の本音に違いない。

ただし、朝鮮半島の混乱が自国に波及するような事態は避けたい。だから、北朝鮮にあまり強い圧力をかけることには慎重だ。こうした違いは、先月の弾道ミサイルの発射実験をめぐって、安保理決議とするか、議長声明にとどめるか、という形でも表面化した。

だが今回、北朝鮮は核とミサイルで国際社会への脅しを強め、「核保有国」への野心を一段とあらわにした。いまこそ各国は違いを乗り越え、核放棄を厳しく迫らなければならない。 どんな制裁を盛り込むかが注目されているが、大事なのは決議の実効性であり、それを支える加盟国の結束だ。

その点で、中国の重要性を改めて指摘したい。北朝鮮の核問題で地域の緊張がこれ以上高まるのは中国にとっても好ましくないだろうし、核不拡散や平和に対して大国としての責任があることも自覚すべきである。

日本は決議の草案づくりに参画する。ほかにもすべきことがある。拉致問題を含めて北朝鮮が政策を改めれば国交を正常化し、経済支援をする用意が日本にはある。それをもっと強く訴えて国際社会の結束を促すことだ。決議が万能薬でないことは、中東和平やイラン問題を見れば明らかだ。だが、今ここでいかに実効性ある内容を決議に盛り込めるか、安保理としての正念場を迎えている。

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宇宙から地球を見れば・・・

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今日の名言

経る時の中に機会は含まれている、しかし機会は長い時を含んではいない。治療は時の経過による、しかし機会によることもある。
ヒポクラテス『ヒポクラテス 古い医術について 他八篇』

2007102400000912reuintview0001 ひねれば動く電気仕掛の俳句かな 小林恭二

俳句は思うように、満足のいく作品はなかなかできない。ひねってもたたいても、なかなか……。いっそ電気仕掛でポンとできあがる俳句というものがないものか。四苦八苦した挙句にできたのが掲出句かもしれない。

シロウトはシロウトなりに、専門家は専門家なりに、そんな空想にあそぶこともあろう。苦しまぎれのわりにつらい句ではない。むしろユーモラスに仕上がっているのはさすがである。いや、四句八句して戯れながらできた俳句かもしれない。無季句だが、春夏秋冬を通じて電気仕掛を所望したい気持ちを読みとることができる。

「電気仕掛」が懐かしい響きをともなって愉快ではないか。たしかに電気文化の時代があったよなあ。今どきなら「コンピューター仕掛」とでもなるのだろうけれど、二十年ほど前の作ゆえ「電気」。「電気仕掛」が切実でありながら、同時にユーモラスな電磁波を放っている。俳句は「詠む」とも「ひねる」とも言われる。

世におびただしい俳句が日々量産されているけれど、「ひねれば動く電気仕掛」とは、飽くことなく量産されている俳句に対する、強烈なアイロニーを含んでいるようにも解釈できる。恭二の初期句集『春歌』には遊戯する胸に皺ある怪獣よ」「はっきり言ふお前は異常な日時計だなど、奔放な無季句がいくつもおどっている。『春歌』(1991)所収。(八木忠栄)

五月空 宇宙ステーションも 星となり

日本の若田光一さんらも働いている。宇宙空間で建設中の国際宇宙ステーション(ISS)。完成するとサッカー場くらいの大きさになると言う。条件がそろえば、日の出前と日没後の2時間ほどの間に地上から肉眼で見ることができるとのことである。国際宇宙ステーションを探してみましょう!

今地球上で何が起きているが、アフガニスタンで紛争が収まらない。昨日もアメリカ人と現地の人がテロで6人亡くなったという。今年で犠牲者が100人を超えた。そして、北朝鮮の核実験である。宇宙から見ると、「つまらない紛争などやめろ!」と一括したくなるのではと思う。

宇宙船の乗組員の一番大事な条件は、協調性で絶対条件だそうだ。広くないスペースでお互いに信頼し協調性がなければ暮らしていけない。地球の星に住んでる人間も協調性が大事だ。お互い話し合い信頼し合い、助け合っていけないもか、空を見上げて思ってしまった。

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2009年5月26日 (火)

北朝鮮という国

15401北朝鮮のお家事情は金正日総裁の独裁政治はそう長くは続くまい。金主席の健康問題もあり,2012年に高英淑氏との子である次男の正哲氏(23歳)実権を譲る?。
後継者は進展段階にあるようだ。正哲氏を後継者として内定している可能性が高いとみられる。

国家体制は、「金正日の独裁国家以外の何者でもない。相互監視体制が在る国家である。偽札麻薬其の他作れるものは何でも造り外貨を金正日一族の為の国家で国民不在である。仕事に就けるのも、一部の特権階級の関係者だけのようである」と。見る人もいるが実情は、良く分からない。

国交がある主要国ではイギリス・イタリア・カナダ・オーストラリア・ロシア・中国などとだある。日本はまだ北朝鮮を国家として承認していない。(ただし、北朝鮮の国連加盟には反対しなかった)

いまだに国交が正常化していないことに加え、その特異な政治体制により、日本では「謎のベールに包まれた国」というイメージが定着している。面積  120,540平方km 人口 2300万人である。

北朝鮮の幹部は、国民が餓死しようが、関係ない。国益のために、軍事主義が世界に対抗できると信じているようである。アメリカに、核保有国と同レベルで扱って欲しく、核保有で脅しで経済の援助を取り付けたい。いわゆる瀬戸ぎわ外交の手段で対抗しようとの狙いがある。

実験や核兵器を作ることで他国が脅威にしたいのである。 それによって、世界が譲歩して、援助してくれると思ってるのである。援助がない場合は、戦争で自滅と敵の壊滅を選びのではないのではないだろうか・・・

経済は 147位, 軍事力は 4位 である。北朝鮮の 1人当り GDPは $1,900 (147位) なのに軍事力は世界で 4番目に大きい規模を保有している。

義務兵役制度で 2008年の韓国の国防白書によると現在兵力は約 119万人に推定される。陸軍 102万名,海軍 6万名,空軍 11万名で,兵力だけでは世界で 4番目に大きい規模だ。しかし装備が旧式であるせいに有事時に備えた十分な戦闘力を持つことはできなかったことで見なされる。

北朝鮮のGDPは(島根県)の約1兆4千億円と言われている。核保有国になったことを公言しているが、日本政府が何故か朝銀系信用組合の破綻を救おうとつぎ込んだ金額が北朝鮮のGDP相当額である、約1兆4千億円であった。

総連経由でどこかに消えてしまった。その後北朝鮮は核保有宣言まで行ない、挙げ句に米朝二カ国協議にまで漕ぎ着け米国を意のままにしようと企んでいるのである。6者協議での日本の存在を倭国と軽蔑語で呼び、日米間にクサビを打ち込もうと画策しているのである。

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言語力

08sirakawago_zenkei11 活用力や読解力が外国人と比べ、落ちていると言われている。戦後の「ゆとり」教育の問題もあるが、確かに正解は一つではないが言語力は大事なことだ。読解力を高めて学力の向上を考えないといけないと思う。

戦前からの教育方針は「答えは一つしかない」であったが、今はそれぞれ教育現場の考えで行なえばいいことである。ただし、お互いの研修などを通じお互いに情報交換して効果を確かめることが重要である。

「言語力」・・・・自分の考えを文章やことばで表現する力。小中高生の文章やことばで表現する力が、学力とともに衰えていることが指摘されている。

そのため中央教育審議会は「ことばは学力向上のために欠かせない手段」と位置づけて、小学校の低学年から、国語だけでなく全ての教育活動を通じて言語力を育成することにしている。

例えば、小学校低学年では、体験学習で感じたことを作文にまとめたり、発表したりして、他の人と比べる学習を重視する。

中学の理科では、予想や仮説を立てた上で実験や観察を行い、結果を論述させる。体育の授業でも、筋道を立てて練習計画や作戦を考え、状況に応じて修正させる訓練を積むことなどを想定している。

毎日新聞社説・・・小中学校は11年度に新学習指導要領に全面移行するが、多くの学校は前倒し実施を始めている。新要領は「ゆとり」を見直し、授業時間を増やし学習量を復活させたと注目されたが、もう一つ大きな特徴がある。全教科で「言語力」育成を求めたことだ。コミュニケーション力だ。

2000年代に入り、高校1年生対象の経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)で、日本は続けて順位を下げ、活用力や読解力に問題があると指摘された。これが新要領に強い影響を与えた。筋道立てた説明や受け答え、討論などをする力は家庭や社会のありようにも根ざし、学校教育にすべてがかかるものではない。しかし、これによって、一方的に知識を授けることになりがちだった学校の授業が大きく変わる可能性がある。

新要領は教科学習でどんなことを通じ言語力育成を考えているのか。例えば、小学校の算数では数、式、図を用いて考え、説明させる。理科では推論を促す。中学校の社会では地図や資料を読み取り、論述、意見交換をさせ、理科では分析、解釈、音楽では根拠をもった批評を求める。こうしたことが全教科に「言語活動」として盛り込まれている。

教材をどう生かし、課題設定し、展開するかは学校現場それぞれの工夫だが、基本姿勢は「正解は一つではない。異なる意見を聞き、なぜそう思うかを理解し、自分の意見も理由をつけて説明し、協力して課題を考える」ことといえよう。実は大人社会が十分にできていないことだ。

明治以来の義務教育は概して「一つの正解」を出させ、覚えさせるものだった。基礎知識や定式は必要だが、一方で懐疑的な視点、多様な見方など、独創的思考や表現に欠かせない力の育成には十分ではない。戦後の受験過熱は学習を暗記に傾かせ、さらには読書離れやゲーム、携帯電話普及など子供たちの環境は移り変わった。そしてグローバル化の中で、主張、討論する力の不足は大きな問題と指摘されてきた。

こうした状況を踏まえ財団法人「文字・活字文化推進機構」が今秋始める「言語力検定」は、資料を理解して考えを整理し、記述するなど、従来の語彙(ごい)力試しや一つの正しい解釈を選ばせるようなものとは異なる。学校現場でも参考になるだろう。

小学校の英語導入も、異なる言語文化に触れ、コミュニケーションに積極的になる態度を育てることが目的とされている。窮屈な受験英語の先取りに化けては元も子もない。

言語力育成という発想が生き、ノウハウが充実するには実践の積み重ねと情報が必要だ。研修などでそれを共有できる工夫が欠かせない。

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葉脈の鼓動・・・

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今日の名言

男と女というものは、これは危険な組み合わせでな、時とすると、ものの言い方一つで夫婦別れや人死ひとじに、などという事件が起る。
伊藤整『変容』

Shiraito_fujinomiya1今生を滝と生まれて落つるかな 岩岡中正

単調な山の景色のなかで、ふいに水音が高まり、唐突に目の前が開ける場所。そこに滝はある。足元ばかり見続けていた視線が大きく動かされることや、清冽な自然の立てる轟音、そして正面から浴びる豊富なマイナスイオン効果もあいまって、五感のすべてが澄みわたる気分になっていく。

掲句の「今生」とは、この世。滝を前にして、ひたむきに水を落し続ける滝に吸い込まれるように魅了される。岩間から湧いた清水であったことや、この先海を目指している水の生い立ちなど一切構わず、眼前の水とのみ対峙すれば、滝上から身を投げ、深淵に泡立つまでの距離が現世として迫ってくる。

この一瞬こそが滝の一生。葛飾北斎の「諸国滝廻り」では8箇所の滝が描かれているが、流れ落ちる水の様子がひとつずつまったく違うのに驚かされる。あるものは身をくねらせ、またあるものは天空から身を踊らせる。そしてそのどれも大きな眼が隠された生きもののように見えてくる。北斎もまた、落ちる水にわが身を重ねるようにして描く魅入られた人であった。『春雪』(2008)所収。(土肥あき子)

清冽に 葉脈の血潮も 鼓動する

暫く乾燥したお天気が続いたが昨日の雨で、今日は一息ついた感じである。雑木林の山をくぐり抜けて隣の部落に行った。太陽に葉を透かして見える一葉一葉の葉脈の血潮が流れているのが見えるようだった。

静かに耳を澄ましていると鼓動すら感じるような感覚さえ覚えた。新鮮な酸素がみなぎっていて、生まれ変われたような新鮮さえ味わえた。

そのひと時だたったが幸福感は、素晴らしく感動した。日ごろ忙しくしていると、なかなか感じることが出来ない世の中である。心身をリフレッシュすることが大事だと思った。

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2009年5月25日 (月)

北朝鮮の核実験

07bonchi_asayake_kumo11国際世論の反対を押し切って、またもや北朝鮮は、核実験を行なった。北朝鮮の思惑は経済援助を取り付けなのだろう。こんな方法しかないのか、日本を始め国際世論の出方を試したいのだろうか・・・。全く無茶な行為だ。中国も今回は黙っている訳に行かないだろう。今後の中国の出方が注目される。

25日午前9時54分にマグニチュード(M)4以上の揺れを観測、北朝鮮が核実験を実施した。前回より数段上の物らしい。前回の核実験時のM4・2から、今回は4・7に大きくなっている。爆発の規模は約5倍になった。インドやパキスタンの核実験とほぼ同規模で、技術的にも前回と比べ、高度になったとみている。

国内の専門家の多くは、今回、TNT火薬に換算して数キロ・トンの威力を持った爆発があった可能性があるとみる。

また、北朝鮮が核実験と射程130キロの短距離ミサイル発射を実施したのに続いて、同日午後5時ごろ、北朝鮮北東部の咸鏡北道舞水端里(ムスダンリ)からさらに地対空短距離ミサイル2発を発射したと明らかにした。

麻生太郎首相の声明を発表は、北朝鮮による核実験は、北朝鮮が大量破壊兵器の運搬手段となり得る弾道ミサイル能力の増強をしていることをあわせ考えれば、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安全を著しく害するものとして断じて容認できない。

家族会事務局長の増元照明さん(53)は「北朝鮮は一体どこまで暴走するつもりなのか」と驚きを隠せない様子。「核実験実施が本当なら、米国はテロ支援国の再指定など厳しい態度を取ってほしい」とした上で、「日本政府も、人や金の出入りの全面的禁止を進めてほしい。本来なら、ミサイル発射や核実験実施の前段階で厳しい経済制裁を実施して、止めるべきだった」と政府の対応に注文を付けた。

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移ろい易い世間の風

035571 移ろい易い世間の風は、小泉純一郎前首相の自民党をぶち壊すと、息巻いて首相を勤め、持論であった郵政民営化を成し遂げてしまった。
不況・不況の嵐が吹き荒れ、おまけに新型ウイルスの風まで吹き荒れてしまっている。民衆の心は、将来の暮らしの不安で堪らない。本当の変革に期待しているのである。

政治の信頼こそが第一で、自民党の長期政権に、代わり映えのしない政策に飽き飽きしているのだ。この辺りで政界再編という思い切った動きを期待している有権者が多いのではないだろうか、新鳩山民主党代表に嬉しい、さいたま市長選挙に民主党県連が推薦していた清水勇人氏が大差で当選して、さい先が良い。

東京新聞社説・・・のぞいた晴れ間もまた曇り空に逆戻り。移ろいやすい世間の風に麻生さんの自民党が翻弄されています。で、続くお天気は曇りのち晴れ? それとも…。

前回2005年秋の“劇的”衆院総選挙から3年8カ月半がたちます。衆院議員任期は4年ですから、改選へ残る日数もわずか。時の流れの速さを実感します。

06年秋に退陣した小泉純一郎首相に代わって「先発・完投」のつもりでマウンドに登った安倍晋三氏。「自民のエース」は野党打線に捕まって、わずか一年での降板でした。自民・公明の与党は福田康夫氏をリリーフ起用。が、やはり一年で力尽き、麻生太郎首相が残るイニングを粘投中です。

間延びが過ぎた延長戦

成熟した政党政治と民主主義の国なら、この間のどこかで総選挙の洗礼を受けるのが当たり前。そこをほおかむりして「表紙」だけ違う政権が続くなんて、不健全も甚だしいと思いませんか。

連続三代で首相がかかわってきた政治のありさまは、だから「勝負を避けた延長戦」のように映ります。それも、間延びが過ぎて、メリハリのない延長戦-。顧みれば勝負の場面はいくつかあったのに、振るわぬ支持率に腰が引け、政権は機を逸してきたのです。

それでも「政界、一寸先は闇」のようでして、待てば海路の日和ありだと、政権が粘り腰を自賛する事態に。雲が切れ、向かい風も収まって、首相も与党も息を吹き返す。

ライバルの民主党代表、小沢一郎氏の腹心に検察の手が入り、小沢氏と民主党は批判にさらされます。西松建設事件が民主の支持離れを招いたのでした。

世論調査の「ふさわしい首相」で麻生氏が小沢氏をしのぎ、自民の支持率も民主を逆転。与党のだれもが「好機」を確信します。政権を奪われることはない、と。

世論が翻弄される政治

けれども久々の晴れ間は長くはありませんでした。民主の後継代表が鳩山由紀夫氏なら「くみしやすい」はずだったのに…。再び曇り空が広がって、政権与党はがっくりです。

小沢氏は「院政」をささやかれるほどの実権を握ったまま。民主も表紙の顔を変えただけなのに支持率が回復するのなら、われわれだって-と、「麻生降ろし」の声も自民の一部に。といって、ベンチをのぞけば「控え投手」がもういない。トップの首のすげ替えは物理的にも時間的にも難しい。

かくて延長戦は続きます。ただし、時間切れ・引き分けはありません。国会は大幅延長らしい。解散のタイミングを計りながらの、サドンデス(一回勝負)、スリリングな延長戦です。

麻生首相のテレビCMが頻繁です。新型インフルエンザの感染拡大に「冷静な対応を」と訴える政府広報。首相が? かえって不安をあおるんじゃないの? と、思惑をあれやこれや勘繰る人も。

メディアへの露出度は世論をしばしば左右します。そういえば民主の鳩山新代表も首相並みに、メディアの“ぶら下がり取材”を毎日受けるんだとか。後継代表に世論の後押しのある岡田克也氏が選ばれていたら、民主支持率はもっと上がっていた、なんていわれている鳩山氏の気持ち、よくわかります。

自民党元幹事長の加藤紘一氏が著書「劇場政治の誤算」でパフォーマンス全盛時代を批判しています。ところが与党も野党も、劇的だった4年前の総選挙が頭から離れないようです。

世論をどう味方につけるか、政治が工夫を凝らすのを一概に悪いとはいえません。が、世論の“ムード”におもねるようでは大衆迎合のポピュリズムでしょう。

世論調査結果に「一喜一憂しない」といいつつ、選挙で優位に立てそうにないとなると決断を先送りしてきた三代の政権を見れば、世論に翻弄されているだけか、との思いが募ります。

「曇りのち晴れ」が「晴れのち曇り」になった感もある自民は、総選挙へ議員の「世襲」立候補を制限する方針と伝えられます。行する民主に対抗してみせるのと、有権者の目を引く話題づくりが狙いなら、天候の回復は保証の限りではありません。

「曇りのち晴れ」に胸をなで下ろしている民主も、それはほんの一瞬の晴れ間かもしれません。世論のムード頼みでは、自公の執曇りのち晴れ」に胸をなで下ろしている民主も、それはほんの一瞬の晴れ間かもしれません。世論のムード頼みでは、自公の執念の壁に、はね返されましょう。

党首討論が緒戦のヤマ

幸いなことに今週の27日に「麻生VS鳩山」の初党首討論が設定されました。戦後最悪の経済の減速、国民生活の困窮、政治倫理…と論点は多岐にわたります。

演技でない、実のある論戦、政権を担う資質を競っていただきたい。くれぐれも視聴者から「なーんだ」の声が出ませんように。

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年寄りのつぶやき・・・

Sekiseiinko_m1 年を重ねると身体のどことという訳ではないが、衰えを感じて仕方がない。その上記憶力がなく、物忘れが多い。

いわゆる「身体的機能の衰退・知的能力減退」を感じるのである。不老長寿なんて言葉通りの薬がある訳ではないし仕方がないか。これも自然の法則だ。

あそこが治ったら、今度はこっちが悪くなって医者にかかり、同時に何箇所も悪くなり、病院の梯子?という時も。「爺さん元気で医者通い」・・なんて?自分で行けるうちはいいか・・・。

「老いては子にしたがえ」という諺を思い出したりする毎日だ。それでも健康を維持して生きたいと思い、散歩は毎日心がけている。「足から年をとる」というから・・・。

頭の方も同じで、記憶力の衰えは嘆かわしいほどだ。ある人が言っていた。70歳の老人と7歳の子供の記憶力は同レベルだという。

私の孫が2歳のことで、驚いたことがある。5歳の姉が「九々」を習っていたがそれをそばで聞いていて覚えてしまった。好きな汽車のモデルを絵本で見て、30種類ぐらいある全てを暗記してしまったり、この記憶力には驚いてしまた。

何だこんな簡単な字を忘れてしまい、辞書を引いて調べたいが眼鏡がないと駄目で、面倒になってしまう。そして、買い物などのお釣りは、相手まかせ、自分で確認なんかしない。何て日常生活である。

まあ・・・せいぜいパソコンで、くだらないブログを書いたり、その辺を散歩したりの毎日を送っていて平穏に過ごしていくしかない?・・・。

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蛇イチゴ

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今日の名言

青年時代は知恵をみがく時であり、老年はそれを実践する時である。

ルソー『孤独な散歩者の夢想』

Top_image1 水音は草の底より蛇苺 ふけとしこ

私のように田舎で育った人間には、ごく当たり前の情景ではあるが、それだけにいっそうの郷愁を呼び起こしてくれる句だ。細い山道を歩いていたりすると、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。周囲には雑草が繁茂しているので、小さな流れは「草の底」にあって見えないのである。

そんな山道には、ところどころに「蛇苺」が真っ赤な実をもたげている。この苺は食べてはいけないことになっていたからか、路傍に鮮やかでもどこかよそよそしく見える。しかも私には、蛇苺は日を遮られた薄暗い場所を好むという印象があるので、情景は一種陰気な情感を醸し出す。それがかえって、もうほとんど忘れかけていたかつての自分のあれこれまでをも想起させることになった。

この情景をいま、たとえばビデオカメラで撮影してくっきりと蘇らせることは可能だ。でも、それは句のようには郷愁につながってはいかないだろう。なぜなら、ビデオカメラには水の音や蛇苺の姿を忠実に再生する力はあっても、あくまでもそれは人為的に切り取った断片的な情報以上の情報をもたらさないからである。このあたりに、文芸の力がある。

句はたしかに情景を切り取ってはいるのだけれど、しかし、それは切り取った情景以上の時間や空間をいっしょに連れて来るものだからだ。掲句にも、切り取られた情景よりもはるかに多量の情報がつまっている。この点を肯定しなければ、第一、俳句のような短い様式は根本から成立しなくなってしまう。言葉とは、面白いものである。最近、蛇苺を見ない。『インコに肩を』(2009)所収。(清水哲男)

荒れ畑や ひと尻目に 蛇苺

農家の人手が足りないというか、山あいの「あらく」と言われていた山を切り崩し開発した畑は今は、人の手が入らず荒れ放題となって、元の山化しつつある所がある。雑草の中に赤い実つけた蛇苺があった。

入梅もそろそろ入る頃となると、梅の実がふっくらとなって来た。桑の実(どどめ)が紫色のぶどうの房の形で桑の葉陰で揺れている。少なくなった土手に「ひどめ」の実がついている。まだそんな自然が残っている。

桑というと、河川敷の草を刈っていて気がついたのだが、桑の木が所々に生えている、不思議だなぁーと思ったが、野鳥が桑の実を食べて、糞を落として生えたのだ。自然は凄いと思った。

桑のみを食べ、青梅を塩をつけて食べ、 しどめを食べて空腹を紛らした。この時期になると子供の頃を思い出す。

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2009年5月24日 (日)

のたりのたりかな

287_field111なるほど、今日は朝から雨模様である。パソコンのキー叩いて見てもつまらない。現代訳語で「吉田兼好の「徒然草」をネット拾った。現在の井戸端会議にも通用する話だ。

十二段・・・心を通じ合う人と、しみじみと世間話をして、笑い話や、世のちょっとした話にも、裏のない透き通った気持ちで談話することこそ喜ばしいことなのに、そのような打ち解けられる人なんているわけないので、結局は相手の話を遮ってはならぬと気遣いしながら向かい合うことになり、いつまでも孤独な気持ちから抜け出せない。

お互いに何かを言うにしても、「いかにも」とそれを聞く価値のあるものから、いささか違う意見のある人に、「俺は違うと思う」などと反発しようとしたり、「そうだからこそああなのだ」と議論することは、退屈からは遠ざかることができる、そうはいえ少しでも、嫌な方向へと傾いていきそうな場合には、特に私と違った価値観を持っている人とは、肯定か否定かをはっきり言わない程度にとどめるのが道理であり、その相手が誠実な心の友であったなら、遥か遠くへ行ったかのような壁を感じてきて、寂しくなってくる。

19段・・・季節の移り変わりこそ、事象の妙味はない。
もののあわれは秋にこそ強まると人々はいうけれど、それもまた一理あるものの、それ以上に華やかに奮い立つのは、春の景色ではないだろうか。鳥の声なども、格別に春の到来を実感させ、のどかな日陰の垣根から生えてきた草の芽が浮かぶころに、ようやく春は広大に舞っていき、花もほつほつ咲き開こうとする矢先、待ち構えていたかのように雨風なる日々は続いて、なんとも心の落ち着く暇を与えないままに散ってしまう。青葉へと変わるまで、心はゆらりゆらりと揺られ通しである。橘《たちばな》の花は追憶を誘うことで有名であるけれど、それよりも梅の香りのほうが、過去の記憶へと帰還して、思い出の日を恋しくさせてしまう。山吹の花の清らかさに、藤の花の消えそうな咲き模様に、この想いを投げ捨てるなんてできやしない。

四月八日の灌仏《かんぶつ》の頃、同月の賀茂祭り《かものまつり》の頃、若葉の梢は涼しいと茂っていくときこそ、世の中の趣きある風味も、人恋しくなる気持ちも満ち溢れていくとある人は言っており、全くもって同感である。五月、あやめの咲く頃、早苗を取るころ、水鶏の叩くような鳴き声など、なんだか寂しくならないか。六月、貧相な家に夕顔は白く開花しており、蚊を追い払う煙を黙々眺めているとしんみりする。六月祓いもまた愉楽。

七夕祭りは艶がある。次第に夜は冷気となっていき、雁鳴くころ、萩《はぎ》の下葉は色づいて、早稲田の稲を刈り干すなど、様々な事柄を一つとして済ますのは秋が多いのだ。また、嵐の過ぎた朝なんか惚れ惚れしてくる。こんな感じに言い続けてみると、源氏物語・枕草子の真似ではないかと言われそうだけど、別にかまわん、だからといって今さら方向を変えた所で何もならないだろう。書きたいことを文にしなければ不満が溜まる一方であるのでそれを弾き飛ばすかのように、筆に思慮をさらけ出して、不快感の慰みぐらいにはなるだろうという、書いては即座に捨てていく駄文でしかないのだから、他者に見せる代物ではない。

閑話休題、冬枯れの景色なんか、秋と比較しても少しも遜色を見せない。水際の草に紅葉の散った葉が落ちており、霜が真っ白に降りてくる朝、遣り水から湯気が昇っていく様は見るからにおかしい。年も終わりを迎え、誰彼もが一同に慌しくする模様なんて、またとなく風情がある。異次元に存在するかのように誰も眺めることのない月の、冷寒な二十日過ぎの星空なんか、寂しいものだ。御仏名《おぶつみょう》の会、荷前の使いが立つなど、今年の終わりをしみじみさせられる。朝廷の公務はたくさんあり、新春の準備の忙しさと重なって行われるのでご苦労さまとねぎらいたくなる。追儺《ついな》で豆をばら撒いて鬼を追っ払ってから、元旦の四方拝の祈りへと続いてしまうのは愉快に感じる。大晦日の夜になり、深い闇の中で、松明を灯し、夜中を越すまで門を叩いては走り回って、何をしているのやら、ぎゃーぎゃーと叫んで、地面に足を着けることすらもったいように慌しく走っており、それも夜明けが来れば、静寂へと戻っている、暮れの名残に心は寂しくなる。死者の来訪の夜であるけど、魂を祭る行いは、このごろ都では行うことはなくなったが、東の方では今でも行っているようだ、いいものだ。

そして明けた空の景色。昨日と変わりはないけれど、不思議と新しくなったような心地がしてくる。大通りは、門松が並んでいて、そのにぎやかで嬉しげな様子に、もののあわれを感じてくる。

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盧武鉉前大統領の死

06oga_toga11「エッ」と驚くニュースだ。疑惑の渦中にあった韓国の前国家元首の尋常ではない。盧武鉉前大統領が、自宅付近の山を登山中、転落して死亡した。側近によると、遺書があり、自殺だったという。

盧武鉉氏は、収賄容疑で最高検察庁の事情聴取を受け、近く在宅起訴されるのではないかと見られていた。夫人と、実兄の娘婿が有力後援者から計600万ドル(約6億円)の外貨を受け取った疑惑に直接関与したとの疑いである。

その最中の突然の死だ。収賄疑惑が関係したに違いないだろう。パソコンに打ち込まれていたという遺書に、「私のせいで人々が受けた苦痛はあまりにも大きい」「小さな石碑を残してほしい」など、心情がつづられていたようだ。

どうも韓国の歴代の大統領は、こういう問題が多いのは何故だろう。
産経新聞・・・今回のような退任後の自殺は初めてだが、初代の李承晩大統領は海外亡命、長期政権だった朴正煕大統領は暗殺、全斗煥、盧泰愚大統領は逮捕・投獄、金泳三、金大中大統領は息子の逮捕・投獄…。

この背景には、南北分断が続くなかで対立が激しい政治状況などのほか、強力な大統領中心制からくる権力の集中度の高さや、相変わらずの血縁を中心にした家族主義・縁故主義などがあるように思える。

今回の盧武鉉氏の場合、在任中の金銭疑惑が原因になっているが、全斗煥、盧泰愚両氏のような財閥企業などからの巨額政治資金疑惑というのではない。夫人や息子など家族、親戚(しんせき)が、以前から知り合いの業者から金銭的支援を受けていたというものだ。

そこで盧武鉉氏の支持者たちは「昔の大統領疑惑に比べるとたいしたことはない」「いわば生活型犯罪だ」などと弁明、擁護している。しかしそれだけに、同じ疑惑でもスケールが小さく見栄え(?)はよくない。

過去、全斗煥氏も金泳三、金大中両氏の場合も家族が金銭疑惑で逮捕されている。権力者の家族や親戚、縁者に群がれば、その口利きなどで利を得ることができるという縁故主義の結果だ。これには「権力を背景にすれば法律や規則など無関係に何でも可能になる」という権力の大きさが作用している。

みんなが権力を利用し、権力に群がって甘い汁を吸おうとする。韓国では現在の李明博政権下を含め「自分は大統領官邸に知り合いがいる」といって詐欺をはたらく者が依然、後を絶たない。

韓国では血縁をはじめ地縁、学縁、その他…人と人のつながりが何より重要という「法より人情」の社会が続いている。みんなが日常的に“有力な人脈”を求めて必死だ。これが変わらない限り、権力にまつわる金銭疑惑事件はなかなかなくならない。

盧武鉉氏は左派・革新系勢力をバックに政権の座についた。そのため「持てる者と保たざる者」とか「エリートと非エリート」「保守と革新」などといった左翼的二元論に基づく他者批判は得意だった。

しかし家族や血縁重視など、自らを含む伝統社会の弊害には関心が弱かったようだ。政治的に改革、革新、過去否定、変化…などを強調しながら、多くの歴代大統領と同じく自分自身を含む本当の改革や変化、過去否定には失敗した。

その意味では「過去の大統領とは違う!」という本人の意気込みとは逆に、盧武鉉氏は意外に平凡な指導者だった。ただ過去の指導者と違って自殺で責任を取ったところが、盧氏が最後に見せた「盧武鉉らしさ」かもしれない。

この「権力と人脈」の問題は生活文化といってもいい。だからすぐには変わらない。現在の李明博大統領もその中にいる。しかも李大統領は財閥企業経営者出身であり、韓国社会における「権力と人脈とお金の危うさ」は数多く経験してきた人だ。

盧武鉉時代に金銭疑惑の規模が小さくなったことはいいことだ。露骨な“財閥政治資金”もかなり改善されたといわれる。しかし金額の大小にかかわらず盧武鉉氏は自殺に追い込まれた。李明博大統領は“盧武鉉研究”に真剣に取り組むことで、歴代大統領がやれなかった本当の改革と新しい時代を築くことができるのではないか。

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月夜の今昔

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今日の名言

雨は金持の上にも降れば、貧乏人の上にも降る。善人の上にも降れば、悪人の上にも降る。とはいえ、雨はけっして公平とはいえぬ。もともとが不公平な世の中の上に降るからだ。
老舎『駱駝祥子』

60mangetsu1月に柄をさしたらばよき団扇かな 山崎宗鑑

山崎宗鑑は戦国時代の連歌師・俳諧作者です。生計は主に「書」で立てていたということです。今日の句は、読んでいただければわかる通り、内容はしょうもないといえば確かにしょうもない。月に柄(え)を付ければ団扇(うちわ)のようだ、この暑い夜に涼やかな風を送ってくれないものか、とでもいう内容でしょうか。

だれしも月を見上げて、ちょっと考えれば、似たような発想はいくらでも出てきます。串をさせば団子にも例えられ、障子にあけた覗き窓にも例えられる。今なら「子供の詩」にでも出てきそうな、単純で素朴な例えです。でも、そう言ってしまっては、宗鑑にも、今の子供にもたいへん失礼にあたるかもしれません。

どれほど高邁な文学の発想であれ、つきつめれば月を団扇に見たてたものと、さほどの違いがあるわけではありません。珍しい発想ではないけれども、いえ、ありふれているからこそ個人にすっと入ってくるのです。

どうしてこんなものに惹かれるのかという疑問をもちつつも、600年も昔に考えられたものからさほどに進歩していない自身の感性を、いとおしくも感じるわけです。卑俗に徹し、ともかく威張っていないところが、とても好ましく。『日本名句集成』(1991・學燈社)所載。(松下育男)

夏の月 宇宙ステーション 見えませぬ

今どうしているかなー若田さんは、夜空を見上げても宇宙ステーションは全く見えないが、この大空に、日本人の宇宙飛行士が宇宙ステーションにもう2ヶ月以上飛び続けている。不思議な感じである。

地球を90分で一回りすそうだが、全く肉眼では見ることは出来ない。でもステーションからは、地球が見えるという。日常の生活にかまけて、若田さんの活躍しているステーションの存在を忘れてしまう気ままな人間だ。

車のGPSは使用が危ないとか?これも宇宙にある人工衛星を利用しているが故障?寿命?とかで心配である。

若田光一宇宙飛行士は、STS-119(15A)ミッションで打ち上げられ、2009年3月12日より、日本人として初めてのISS長期滞在を開始しました。約3ヶ月半、ISS第18次/第19次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに滞在し、STS-127(2J/A)ミッションで帰還する予定とのこである。

宇宙に滞在なんて600年前のむかしは、考えられなかったことだが、夢はあったことだろう。私も、月に行って見たいと子供頃は思ったものだ。

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2009年5月23日 (土)

今を生きる心構え

05detohama11価値観の多様化、グローバル化した世界、複雑化した世の中は益々進むだろう。今、地球上に住む人間68億人と言われているが、世界での人口は増え続けている。
食料需給率の問題は深刻である。限られた資源で、如何に生命を維持して行くか、大きな問題である。世界中で一日に、4万人以上で年間1500万人餓死者がいる。

世界同時不況で、経済が低迷しているが、また、ウイルスの問題で世界中で人々の動きがグローバル化している事実があることに思い知らされえる。
大事なのは、人間の生きる基本は単純に必要な分だけ取り、生きる最小限の摂取量で留めて置くことが、地球に優しい思いやりだと思う。日本の年間食料廃棄の半分以上1000万トンは家庭から であり、その額は11兆円である。これでは、地球資源(石油・ガス)が枯渇すると言われ、ある学者は70年は持たないだろうと言う説もあるくらいだ。

46億年の地球の歴史が続いてきたが後どれだけ生物が生存できるか保障はない。人は今まで勝手に人間の欲のため取り尽くさんとしている現状を、恐ろしい事に、まだ深刻に受け止められない人間がいる。

一方文明の進歩は止まるところ知らない。これも人間の本当の豊かさを知らない盲目の心を持った見栄と自惚れの人間が多く、人間同士の争いが耐えないのである。

結論は、生きるために必要なだけ頂き、物事を単純に考え処理し行く事が今を生きる現代人が最も大事なことだと思う。   続く・・・

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田原総一郎の発言問題

0563001いくら何でも、全く拉致被害者家族の思いを汲んでいない発言である。暴言では済まされない。何の根拠があっての発言なのか分からないが全く分からない。

外務省の誰かの個人的発言だけで、判断したとならば口から出まかせと言うしかない。無責任な発言だと思う。

評論家佐高信氏の権力に追従するものはジャーナリスとではない。早々に退場すべきだ!「田原総一朗への退場勧告」の本を出した。

また中曽根外務大臣はジャーナリストの田原総一朗氏が4月25日のテレビ朝日の番組で、拉致被害者の横田めぐみさんと有本恵子さんは「外務省も生きていないことは分かっている」と述べた問題について、「大変遺憾で非常に誤解を与える発言だ」と反論している。

「外務省は安否不明の拉致被害者はすべて生存しているとの立場、前提に立っている。田原氏の発言はまったくの誤りで残念に思う。一日も早い拉致被害者の帰国に努力している人たちに失礼な話だ」と指摘した。

毎日新聞web・・・北朝鮮による拉致被害者の安否についてジャーナリストの田原総一朗氏がテレビ朝日の討論番組で「外務省も生きていないことは分かっている」などと発言したことを巡り、拉致被害者家族会と支援団体「救う会」は22日、田原氏からおわびの文書が届いたと発表した。

文書は「乱暴な言い方でご家族や関係者のお心を傷つけたことをおわび申し上げます」と記されている。これに対し、家族会などは「『乱暴』などという表現ではすまされない人命軽視の暴言で、重大な人権侵害」とする共同声明を出した。家族会側は番組放送後、田原氏側に抗議文を送っていた。

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森林国日本

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今日の名言

鉄が使用せずして錆び、水がくさりまたは寒中に凍るように、才能も用いずしてはそこなわれる。
『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(上)

05oirase31万緑のひとつの幹へ近づきぬ 桜井博道

東京の緑を見て万緑を詠んじゃいけないよ、と言われたことがある。万の緑、見渡す限りの緑であるから、まあ確かにそうなのかもしれない。それでも、時々訪れる目黒の自然教育園など夏場は、これが都心かと思うほどの茂りである。

どこかの島の、圧倒的な緑の森に迷い込んだような錯覚に陥りながら歩いていると、星野立子の恐ろしき緑の中に入りて染まらんの句を思い出す。「万緑」は、それだけで強い力を感じる言葉なので確かに、万緑や、などと言ってしまうと後が続かなくてただぼーっとしてしまって、なかなか一句になりにくい。

そんな万緑も、大地に根を張った確かな一本一本の木からできている。森を来た作者の視線の先には今、一本の大樹の太い幹があるばかりだが、読者には、作者が分け入ってきた、それこそ万の緑がありありと見えてくる。ひとつの、の措辞が、万に負けない力を感じさせる。『図説俳句大歳時記 夏』(1964・角川書店)所載。(今井肖子)

大木の 幹の水音 蝉の声

空を被うような杉の大木に耳をあてると水の音が聞えるようだ。秋田のブナ林などは水を汲み上げている様子が分かるほどだという。自然の森が多くの生き物を育んでいるかは誰でも知っている。

日本は国土の7割近くが森林である。そしてその約半分が自然林、後の半分が人工林である。いずれにしても日本は森林の国なのだ。
日本人は、この森林と共に生活し、この森林を大切に利用して来たのである。日本国土はこの森林があるために現在がある。森林こそが日本の国土を守っていると言っても過言ではないと思う。そして、我々民族は木と共に生き、木を上手に利用して来た『木の民』とも言える。

島国日本は、豊富な山の資源と海の資源に恵まれて文明が発達したと言っても過言でない。山の樹木は人間にとって、心の故郷でもある。これからも後世に自然林を残して行きたいものだ

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2009年5月22日 (金)

厚労省改革

24191昨日、参議院予算委員会の国会中継を見ていて気がついたのだが、桝添要一厚労大臣の答弁する時間(回数)が多かった。世界同時不況での失業問題・新型ウイルスの対応の問題だけで、殆ど時間が費やされた感じである。もっとも喫緊の課題はこの2点である。

他にも年金・医療・介護 そして失業・派遣労働など膨大の量である。桝添大臣も、仕事量の多さに答弁で、そのことで弱音を吐いた?。誰がやっても大変さは分かる。

福祉を重みを加えた政策である。ならば厚労省の改革で、国民の信頼回復を図るとするならば分割することは当然である。むしろ遅すぎた感がある。

売新聞社説・・・厚生労働省は大きすぎる。多くの人がそう感じているのではないか。

麻生首相が厚労省を分割する考えを示し、与謝野財務・金融・経済財政相に検討を指示した。総務省や内閣府などの分割・再編もにらんでいるようだが、社会福祉行政の信頼回復を図るためにまず厚労省改革に絞って具体案を練るべきだろう。

厚労省の大きさは予算規模からも明らかだ。政府の今年度当初予算では、一般歳出52兆円のうち厚労省予算が25兆円を占める。暮らしにかかわる施策の大半を受け持つ厚労省は、国民の関心が高い問題を数多く抱えている。

インフルエンザ、雇用対策、年金記録問題、医療・介護の人材確保――。挙げればキリがないほどの難題を1人の厚労相で担当しているのが現状だ。これでは、重要問題のすべてを十分に検討し、迅速に判断するのは難しい。所管分野が広すぎて大臣の監督権が弱体化していたことが、社会保険庁などで数多くの不祥事を招いた一因でもあろう。

現在の厚労省は2001年に厚生、労働の2省を統合して発足した。しかし、組織は縦割りのままで、効率化された面は少ない。一方で、医療政策は厚労省に一本化されておらず、文部科学省が医学教育と大学病院を、総務省が自治体病院を所管している。少子化対策も内閣府や文科省、経済産業省などに分散している。

厚労省の仕事とこれに近接する他省庁の仕事を、国民のニーズに合わせて仕分けし、適正規模の官庁に集約する必要があろう。麻生首相は、医療・介護・年金などを所管する「社会保障省」と雇用・少子化対策などを受け持つ「国民生活省」に再編する案を示している。

ほかにも、雇用、年金、生活保護といった、主に経済的な安全網を所管する「雇用・年金省」と、医療や介護、保育などの社会サービスを受け持つ「医療・介護省」に再編することも考えられる。さまざまな選択肢を検討の俎上にのせるべきだ。

経済が低迷し、社会に不安感が漂っている。だからこそ、厚労省の刷新を急ぐ必要がある。分割・再編して、問題ごとにきめ細かく対応する体制をとれば、国民は政府の意気込みを感じ、社会福祉行政への期待は高まるのではないか。将来への安心感が増すことで、消費者心理が改善し、景気も明るさを取り戻していくだろう。

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日本列島夏模様

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今日の名言

心をはげまして高尚にふるまい、世間から離れて俗習に背をむけ、高踏な議論をして世を怨んだり誹そしったりするのは、昂(たか)ぶったことをしているだけである。
『荘子』(二)

07akitakoma_sumire11たべのこすパセリのあをき祭かな 木下夕爾

中七の連体形「あをき」は下五の「祭かな」にかからずパセリの方を形容する。この手法を用いた文体はひとつの「鋳型」として今日的な流行のひとつとなっている。もちろんこの文体は昔からあったもので、虚子の「遠山に日の当りたる枯野かなも一例。

日の当たっているのは枯野ではなくて遠山である。独特の手法だが、これも先人の誰かがこの形式に取り入れたものだろう。こういうかたちが流行っているのは花鳥諷詠全盛の中でのバリエーションを個々の俳人が意図するからだろう。この手法を用いれば、掛かるようにみせて掛からない「違和感」やその逆に、連体形がそのまま下五に掛かる「正攻法」も含めて手持ちの「球種」が豊富になる。

今を旬の俳人たちの中でも岸本尚毅桜餅置けばなくなる屏風かな」、大木あまり「単帯ゆるんできたる夜潮かな」、石田郷子「音ひとつ立ててをりたる泉かな」らは、この手法を自己の作風の特徴のひとつとしている。夕爾は1965年50歳で早世。皿の上のパセリの青を起点に祭の賑わいが拡がる。映像的な作品である。『木下夕爾の俳句』(1991)所収。(今井 聖)

ゴミ一つ 拾って空は 五月晴れ

半袖に 着替えし今日の 暑さかな 

日本列島早くも夏本番を思わせる暑さとなる。天気予報で沖縄入梅に入っている。北海道は7月下旬の暑さになったとか・・・。日中は暑くて、冷房が欲しいくらいだ。コタツも片付けないで冷房とは、例年この時期は寒暖のさのある日が続くので中途半端な生活スタイルとなっている。

この暑さででは、長袖の下着は厚くて堪らない、半袖に着替えた。そしてタンスも夏の下着に置き換え整理した。この時期になると川で遊ぶ子供たちが増える。必ずといって、海・川での事故のニュースが流れるのもこの時期である。

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2009年5月21日 (木)

GDP急減=戦後最悪

Hiland051ドルが94円では、輸出関連企業(電機・自動車・精密機器)などは、赤字経営にならざるを得ない。

その大きなカギを握るのは米国経済の動向だ。米国でも最近は明るい経済指標も出始めているそうだが、危機で傷んだ金融機能の回復は道半ばだ。米国向けの輸出が危機前の水準にすぐに戻るとは考えにくい。日本の輸出企業も収益回復の道筋はまだ描けず、雇用や所得も当面厳しい状況が続くだろう。

警戒すべきは、デフレと雇用の落ち込みだ。国内の消費者物価は石油製品などの値下がりで3月はマイナスに転じた。これが消費不振によって加速するようだと企業経営をさらに圧迫し、失業の増加に拍車がかかりかねない。3月の失業率は4.8%だったが、いずれ5%を突破するだろう。雇用悪化→消費減→デフレという悪循環を避けるべく、細心の配慮が必要だろう。

急激な悪化に歯止めをかけるため、まずは追加経済対策の実施に欠かせない補正予算関連法案の成立を急がねばならない。世界不況のあおりを受け、1~3月期は輸出の減少に拍車がかかった。さらに設備投資、消費、住宅という内需の3本柱がそろって大幅に減少した。文字通り「総崩れ」である。

09年度は政府経済見通しのマイナス3・3%でさえ、潜在成長率の2倍の成長を続けないと達成できない。大幅なマイナス成長になると予想される。

ただ、先行きに明るい兆しも見えてきた。例えば、売れ残りで企業が抱えた在庫がようやく減り始めた。最近は急激な減産に歯止めがかかりつつある。景気は最悪期を脱し、4~6月期にプラス成長に回復するとの見方もあるが・・・。定額給付金の効果は、クエッションだ。

政府・日銀は今後も景気動向に応じて機動的に効果のある政策を打ち出して行き、日本経済を持続的な成長軌道に戻すには、産業構造の転換を促す規制改革など成長力の強化につながる構造改革も必要だ。

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八王子にも感染者が・・・

07rose_ame21新型ウイルスが八王子でも新型ウイルスに感染した人が出た、でもそんなに恐れることはないと思う。弱毒性といい、症状は季節的な風邪と変わりはないという事らしい。ただ糖尿病患者や、手術後の人や妊婦の方は、要注意だ。

産経新聞web・・・新型インフルエンザの感染が20日、東京都と川崎市でも確認された。近畿圏以外での国内感染の確認は初めて。滋賀県でも感染が確認されており、国内広域に感染が広がっていることになる。厚生労働省や東京都、川崎市などによると、感染が確認されたのは、いずれも川崎市高津区の私立洗足学園に通う東京都八王子市在住の女子生徒(16)と、川崎市在住の女子生徒(16)。生徒らは19日に米国から帰国しており、近畿で拡大している感染ルートとは異なるルートで感染したとみられる。

東京都によると、八王子市在住の生徒は今月11~18日まで、同じ学校の生徒5人と英語教師1人とともに米ニューヨークに滞在。19日に成田空港に帰国した。帰国の機内ですでに発熱症状を訴えていたが、機内検疫の簡易検査では陰性だった。

帰宅後に、症状が収まらなかったため、20日に八王子市内の医療機関を受診。簡易検査で陽性反応が出たため、都健康安全研究センターの遺伝子検査(PCR)を行い、20日夜に感染が確認された。すでに感染症法に基づく入院措置がとれらており、発熱やせきがあるが快方に向かっているという。

渡米した生徒らには、すでに自宅からの外出自粛要請がされている。帰国後に高校には登校していない。

これとは別に、同日、滋賀県で新型への感染が確認されたのは大津市の男子大学生(23)。渡航歴はないが15~17日にかけて神戸市を訪れていた。

これで感染が確認されたのは兵庫、大阪に続いて5都府県となった。厚労省などによると20日夜時点の兵庫県143人、大阪府117人、東京都、神奈川県、滋賀県が各1、成田での検疫で確認された4人を合わせ計267人になった。

また、厚労省は20日、国立感染症研究所と神戸市保健所が行った感染者43人の症状分析結果を公表した。分析は「季節性と症状が類似しており、全例を医学的に入院させる必要はないことが示唆される」と結論づけている。週内にとりまとめる予定の行動計画の改訂の中に、分析結果を反映させ、地域ごとに柔軟な対応策がとれるようにする。

分析結果によると、感染者の平均年齢は17歳。男女比は男1に対して女1.3。90%以上に38度以上の高熱があり、抗ウイルス薬を投与したところ、42例は「入院の必要なし」と判断された。

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夏の鳥

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今日の名言

愛したい思いを抑えるために自分の心に加える強制は、しばしば、愛するひとのつれなさよりも辛つらいものである。

『ラ・ロシュフコー箴言集

0107ukisima11愛鳥の週に最たる駝鳥立つ 百合山羽公

愛鳥週間の休日、御岳山の茶店の餌台に向日葵の種をつつきに来た山雀を見かけた。オレンジ色の胸が可愛い。バードウィークと言えば山雀や四十雀のように可憐な野鳥を思い浮かべるが、その視線をすっとはずして、飛べない駝鳥を登場させたところがこの句の眼目だろう。駝鳥は大きい。駝鳥の卵も大きい。
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肉の味が牛肉に似ているとかで駝鳥を飼育する牧場も生まれたようだけど、お尻をふりふり駆けてゆくあのユーモラスな姿を思い浮かべると食べるのはちょっとかわいそうな気がする。
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熱帯の土地でこの鳥がどんな生活を営んでいるのかよく知らないが、厳しい日差しと他の動物から卵を守るのに、オス、メス交代でじっと座って卵を暖めるらしい。大きくてやさしい駝鳥が鳥の最たるものとして立ち、うるんだ瞳で人間たちを見返している。『百合山羽公集』(1977)所収。(三宅やよい)
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名も知れぬ 鳥のざわめき 田を起し
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田植えのための田お越しが始まった。昨日は、関東地方でも真夏日になったところもあるくらい暑かった。とても外に出ていられない陽射しであった
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普段は気に留めないが、田んぼの仕事が始まる頃になると、しぎ?の仲間がやって来て餌を探しをする。ミミズなどの地中にいる生物を狙っているようで、今まで関心がなかったが、最近田んぼ少なくなて気になって仕方がない。
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夏になると,ツバメ・カッコウがやって来る。「カッコウーカッコウー」と近くの森から聞えてくる。そうなると夏本番になる。
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2009年5月20日 (水)

理不尽な問題が多すぎる

05_12801かんぽの宿の譲渡問題で鳩山邦夫総務相は19日午前、任期が切れる日本郵政の西川善文社長の続投を同社の取締役人事を審議する「指名委員会」が支持したことについて、西川社長の再任を拒否する可能性に重ねて言及した。

一方、鳩山邦夫総務相は、日本郵便の幹部逮捕で、平謝りであった。制度の条件を満たさない違法なダイレクトメール(DM)と知りながら約270万通の発送を承認し、広告主の企業などが本来支払う料金との差額約3億円を免れさせた疑いだ。ただ、これは氷山の一角に過ぎない。チェック機能の働かない日本郵便の無責任体質が不正を助長させてきたと言える。

障害者団体は発行回数などの条件を備えていれば格安で刊行物を郵送できる。日本郵便は発送時の審査、定期調査などで違反がないかを確認する。ところが、少なくとも両支店は返送先として広告主の企業名が記載されていても黙認したり、返送先を障害者団体に変えるよう指示するだけの漫然とした対応だった。

こういった不正な問題は、日本の官僚では、ごく当たり前のことだったのか?甘い汁を貪っていたのでは、と勘ぐりたくなる。鳩山邦夫総務相には、こういった、理不尽な不正を解明し、国民に明らかにして欲しい。

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銀座の柳

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今日の名言

生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。そして、おそらくそれ以上に不思議に思われるであろうが、生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。
セネカ『人生の短さについて 他二篇』

L1鶯のかたちに残るあおきな粉 柳家小三治

鶯は「春告鳥」とか「花見鳥」とも呼ばれるように、季語としては通常は春である。けれども、東北や北海道では夏鳥とされ、「老鶯」の場合は晩春から夏にかけてとされるのだから、この時季にとりあげてもよかろう。鶯はきれいに啼く声や鮮やかな鶯色、つまり声と色彩に注目して詠われることが多い。

俳句では「鶯」の一語に、すでに「啼いている鶯」の意味がこめられているから、「啼く鶯」とも「鶯啼く」とも詠む必要はない。小三治は、ここでは鶯の「かたち」から入って、青黄粉の「あお」に到っている。そこに注目した。餅か団子にまぶして食べた青黄粉が、皿の上にでもたまたま残った、そのかたちが鶯のかたちに似ていることにハッと気づいたのであろう。

青豆を碾いた青黄粉の色は鶯色に近いし、そのかたちに可愛らしさが感じられたのであろう。黄粉も青黄粉も、今は和菓子屋でなければ、なかなかお目にかかれなくなった。この投句があった東京やなぎ句会の席に、ゲストで参加していた鷹羽狩行はこの句を“天”に選んだという。

そして「すばらしい。歳時記を出す時には〈鶯餅〉の例句に入れたい」とまで絶賛したと、狩行は書いている。青黄粉といえば、落語に抹茶とまちがえて青黄粉と椋の皮を使ったことで爆笑を呼ぶ「茶の湯」という傑作がある。その噺が小三治の頭をちらりとかすめていたかも……。小沢昭一『友あり駄句あり三十年』(1999)所収。(八木忠栄)

窓越しに 柳にツバメ 雨が降る

昨日は、朝は晴れていたが、夕方ちょっと雨が降って、移り変わりが忙しかった空模様だった。 ニュースで、早くも沖縄では入梅に入ったという。それでも例年に比べ一週間ぐらい遅いそうだ。

むかし親父が柳の木を一本庭に植えた。垂れ下がる枝の先に青芽になる頃ツバメがやって来きた。田んぼに苗が植えられる頃に入梅に入る。親父の蓑傘すがたを思い出す。雨が降っても、田の仕事をしたのだ。

柳というと、東京銀座に柳があった。昔歌謡曲(西条八十作詞・中山晋平作曲)を思い出した。明るい、夢のある歌だ。

植えてうれしい 銀座の柳
江戸の名残の うすみどり
吹けよ春風 紅傘日傘
今日もくるくる 人通り

巴里のマロニエ 銀座の柳
西と東の 恋の宿
誰を待つやら あの子の肩を
撫でてやさしい 糸柳

恋はくれない 柳は緑
染める都の 春模様
銀座うれしや 柳が招く
まねく昭和の 人通り

そして、岡晴夫の東京の「花売り娘」♪青い芽を吹く 柳の辻に花を召しませ 召しませ花を どこか寂しい 愁いを含む瞳いじらし あのえくぼ ああ東京の 花売娘♪ーがあったなぁー

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2009年5月19日 (火)

サイトカインストーム

Hiland051新型ウイルスエンザで、メキシコなどで比較的若い人(20代~40代)の人が亡くなる。何故なのか?
サイトカインとは何か、一言で言うならば「主に免疫を担当する細胞が分泌し他の細胞に影響を与える物質」となる。

リュウマチなどの治療でインターフェロンなどが知られている。細胞から放出され、免疫・炎症反応の制御、抗ウイルス作用や細胞増殖の調節などに必要な細胞間の相互作用を媒介するタンパク質の総称をサイトカインと呼ぶ。インターフェロンなどを含む数十種類が発見されている。
また、サイトカインが過剰産生している状態のことをサイトカインストームとよび、多臓器不全を引き起こし死に至る場合がある。

つまり免疫が過剰に反応することでサイトカインが多量に産生され、それによって免疫細胞が暴走して自らの組織を痛めつけることにより発生すると考えられている。そのメカニックは解明されていないが、新型ウイルスで、若い人の死亡が多いのはこの為なのかと思うが・・・。

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インドの総選挙

05detohama11世界が注目ブリックス(中国・インド・ロシア・ブラジル)世界同時不況の中にあってインドの動向は世界中が注目される総選挙であった。その結果はインド国民は、政治の安定化を求めた結果だろう。インドをアジアの成長センターに押し上げた過去5年間の実績を認め、今後の政治的安定を求めたと言える。

7億人を超える有権者を抱え、「世界最大の民主選挙」といわれるインド総選挙は、ほぼ1か月に及ぶ投票の結果、マンモハン・シン首相率いる国民会議派が勝利した。最大野党・インド人民党との接戦とされていたが、それを覆す大勝だった。

朝日新聞社説・・・5年ぶりのインド総選挙で、国民会議派を軸とする与党連合が過半数に迫る議席を獲得した。与野党接戦という事前の観測を覆す勝利だ。04年から政権を率いるシン首相(76)の続投が確実となった。

インドでは、独立闘争以来の国民会議派と、ヒンドゥー至上主義のインド人民党(BJP)が長く拮抗(きっこう)してきた。だが最近は、地域小政党や左翼政党が勢力を伸ばし、大政党はそうした中小政党と連立しなければ政権を維持できない不安定な状態が続いていた。

今回もその傾向が強まると予想されたが、国民会議派は545議席のうち単独で200議席以上を確保する見通しだ。中小政党との連立は変わらないが、基盤は格段に強くなり、安定した政権運営が可能になりそうだ。

さまざまな要因が絡まっての結果だが、結局のところ、貧困対策を重視してきたシン政権の実績と姿勢が評価されたと見るべきだろう。

BJP中心の前政権は市場経済化を推し進め、結果として貧富の格差が広がったと批判されていた。世界経済危機の波が押し寄せる中で、国営企業の民営化や規制の緩和などに慎重だったシン政権の経済政策が、有権者に安心感を与えたのではないか。

米国と原子力協定を結ぶなど対米関係を劇的に改善し、中国とも良好なつながりを築いてきた。こうした外交面での手腕も評価されたに違いない。

選挙戦で国民会議派は、ネール初代首相、第2代のインディラ・ガンジー首相らを生んだ「ネール・ガンジー王朝」の4代目、38歳のラフル・ガンジー氏を将来の指導者として前面に立てた。これも、古い政党のイメージをぬぐう大きな効果があったようだ。

インドの周囲を見回してみれば、イスラム過激派の攻勢にさらされるパキスタンやアフガニスタン、内戦に揺れたスリランカ、軍政が続くミャンマー(ビルマ)など、いずれもきわめて不安定な状況にある国ばかりだ。

この地域に人口11億人のインドが、安定した民主主義国家として存在する意味は大きい。シン政権には引き続き、南アジア地域の安定のために建設的な役割を果たしてもらいたい。

情報技術産業などを中心に高度成長を続けてきたインド経済だが、世界経済危機の波は押し寄せている。07年に9%台だった国内総生産の伸びは今年、5%程度となる見込みだ。

だが、中国とともに、世界経済を回復させる牽引(けんいん)役としての期待は高い。貧困対策と同時に、より開放的な経済への改革を続ける必要がある。

地球温暖化対策や自由貿易体制の強化などでも、新興国のリーダーとして担うべき国際責任は大きい。安定した政権基盤を生かして、大胆な指導力を発揮すべきだ。

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夏草と戦い

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日の名言今

われ)事におゐて後悔をせず。
宮本武蔵『五輪書』

07murasugi_watasuge11蝉の羽化はじまつてゐる月夜かな 大野崇文

月は満ち欠けする様子や、はっきりと浮きあがる模様などから、古今東西神秘的なものとして見られている。また、タクシードライバーが持つ安全手帳には、満月の夜に注意することとして「不慮の事故」「怪我」「お産」と書かれていると聞いたことがある。

生きものの大半が水分でできていることなどを考えると、月の引力による満潮や干潮の関係などにも思い当たり、あながち迷信妄信と切り捨てられないようにも思う。

蝉が何年もの間、長く暮らした土中から、必ず真夜中に地上に出て、夜明けまでに羽化するのは、月からの「いざ出でよ」のメッセージを受けているのではないのか。地中から出た蝉の背を月光がやわらかに割り、新しい朝日が薄い羽に芯を入れる。

今年のサインを今か今かと待つ蝉たちが、地中でそっと耳を澄ましているのかと思わず足元を見つめている。〈ラムネ玉こつんと月日還りけり〉〈蟻穴を出づる大地に足を掛け〉『夕月抄』(2008)所収。(土肥あき子)

靴濡らす 早朝散歩 夏の草

夏の夜明けは早い。いまの東京地方は、日の出 04時33分 : 日の入 18時42分である。ちょと小高い公園に行く道すがら、草道通って行くのであるが、気がついたら運動靴が夜露に濡れてしまった。

ボランテアで、湯殿川の河川管理道路にコスモスを植えているが、そのスペースには一年中雑草が生える。一ヶ月もすると30センチも伸びて、被い尽くされてしまう。大きくなって種がこぼれてしまったら、手が付けられなくなってしまうので、しょっちゅう取るようにしている。昨日も、午前中2時間かけて草とりをした。

花の移り変わりは早いが、草の(種類)移り変わりも早い。早春・晩春・夏・秋・冬と一年中雑草は生える。「雑草」の事を、「根性」と例えられれいるが、コンクリートの割れ目にも生え、踏まれても、生き延びて子孫を残そうとすることは逞しい。思い出す「百姓は、草との戦いだ」と親父が言っていた。

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2009年5月18日 (月)

国民はチェンジ志向

06_12801 政治に対する国民の思いは、変革を夢見ている。ましてアメリカの変革を売り物にして政権奪取したオバマ大統領の影響もあるだろう。戦後の古いイメージの自民党では、誰が総裁になっても代わり映えしない。先の小泉純一郎首相の自民党を「ブチ壊しても改革をする」を信条に絶大なる期待を集めることが出来た。

麻生太郎首相の100兆円の景気刺激予算組んだが、費用対効果はクエッションである。民主党が批判している官僚指導の政治も、素人が見ても不透明である。そこにメスをいれるのは当然である。霞ヶ関を改革すれば20兆円の出るといっていのだが・・・。

西松問題で、小沢前民主党代表を自民党細田幹事長は国民に説明していない。と言っているが、自民党の有力議員も「ダンマリ」決め込んでいるではないか。だから、この問題をハッキリさせる事は自民党・民主党この問題に係わった人全てを明らかにすべきである。その事を細田幹事長が言うなら説得力があるのだ。自分に厳しさを持たない人は信頼されない。

毎日新聞社説・・・「一度、政権を交代させてみたら」というチェンジ志向はやはり有権者の間に根強いとみるべきだろう。それを示した調査結果だ。

民主党の新代表に鳩山由紀夫氏が就任したのを受けて毎日新聞が16、17日実施した世論調査で、民主党の支持率は30%に上昇し、23%の自民党を再逆転した。代表選前の調査では鳩山氏より岡田克也氏の方が代表にふさわしいと答える人が多く、鳩山新体制には小沢一郎前代表の影響力が残って「二重権力」になるとの批判も出ていた。そんな中での調査だった点に留意する必要がある。

注目すべきは、鳩山氏と麻生太郎首相のどちらが首相にふさわしいかとの問いに対し、鳩山氏が34%、麻生首相が21%となった点だ。4月の調査では麻生首相が21%、小沢氏は12%と逆転されていた。今回も「どちらもふさわしくない」が42%と最も多かったとはいえ、世論の動向が変化したのは確かだ。

その一方で鳩山氏本人に対しては「期待する」と「期待しない」が拮抗(きっこう)し、民主党への評価が今回、上がったか、下がったかの質問に対しても「変わらない」が68%だった。

この結果は何を物語っていよう。有権者はクールに政治を見つめており、鳩山新代表がブームを呼ぶような状況ではない。だが、小沢氏の進退問題という足かせがなくなったことは民主党にとっては大きくプラスに働き、しぼみそうになっていた政権交代への期待をつなぎ留めたということではなかろうか。

次の衆院選で自民、民主どちらに勝ってほしいかとの質問では、民主党は56%と大きく上昇し、政党支持率以上に自民党に差をつけたことが、それを表している。

「鳩山氏ならくみしやすい」と見ていた自民党にはショックだろう。麻生内閣の支持率も24%と再び下がった。新型インフルエンザへの政府の対応が問われている最中に、鴻池祥肇前官房副長官が静岡県熱海市のホテルに女性と宿泊していた問題が発覚し、辞任した大失態も影響したと思われる。衆院解散・総選挙にいつ打って出るのか、今後の戦略にも影響する可能性もある。

いずれにしても次の総選挙は一大政治決戦となる。自民、民主いずれにも一種の「風」が吹いていないことも決して悪いことではない。その分、どの政権がこの国にとって望ましいのか、有権者が政策を冷静に吟味する選挙となるからだ。

無論、鳩山氏も問われるのは今後だ。どんな新体制にするかだけでなく、小沢前代表時代、二の次になっていたマニフェストをいかに精緻(せいち)なものとするか。政策の中身が勝負を決めるに違いない。

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食物連鎖

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今日の名言

何か遺産を譲り受けるという喜びは、死者を思いやって人が感じる、ごく自然な悲しみをやわらげたり、かき消したりするものだからである。
セルバンテス『ドン・キホーテ』後篇(三)

05sikotuko31 筍と若布のたいたん君待つ日 連 宏子

句の命は「たいたん」という関西言葉だ。関東言葉に直せば「煮物」であるが、これではせっかくの料理の「味」が落ちてしまう(笑)。この句には、坪内捻典・永田和宏による『言葉のゆくえ』(2009・京都新聞出版センター)で出会った。

出会った途端に、美味しそうだなと唾が湧いてきた。ただし関西訛りで読めない人には、お気の毒ながら、句の味がきちんとはわからないだろう。同書で、捻典氏は書いている。「女性がやわらかい口調で『たいたん』と発音すると、筍と若布のうまみが互いにとけあって、えもいえぬ香りまでがたちこめる感じ。『たいたん』は極上の関西言葉なのだ」。

ついでに言っておけば、関東ではご飯以外にはあまり「炊く」を使わないが、関西では関東の「煮る」のように米以外の調理にも頻繁に使う。冬の季語である「大根焚(だいこたき)」は京都鳴滝の了徳寺の行事だから、やはり「煮」ではなく「焚(炊)」でなければならないわけだ。

同じ作者で、もう一句。「初蝶や口にほり込む昔菓子」。これも「ほうりこむ」では、情景的な味がでない。言葉の地方性とは、面白いものである。なお、句の季節は「筍」に代表してもらって夏季としておいた。『揺れる』(2003)所収。(清水哲男)

若布食べ DNA思う 夏の海

私は、若布の酢のも意識的に食べる。人間もその昔は海から陸にあがって生息したという。いま地球上の生物が海から生まれたのだ。

海野菜は、人間のDNAが海にあるようで仕方がない。海には生命を維持していく栄養素が沢山含んでいる。また、海の魚や生物が多く棲む条件は、地上の豊かな土壌にある。陸の豊穣土地に植物や自然があって、海へ雨で流れた養分が、海の生物プランクトンが発生する。食物連鎖で、多く海中生物が生き続けらる。

そんな思いがするのである。自然を保護と自然に感謝して生きることの大切さを知るのである。昨日は、草刈をして腕が痛くなってしまうほど一生懸命行なった。草が伸びる、刈り取った草はやがて、連鎖によって次の生き物を育む大事な役目があるのだ。そんな思いがした。

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2009年5月17日 (日)

鳩山新代表に期待するもの・・・

05tasiroike11 民主党の代表に鳩山幹事長が選ばれた。清廉潔白な民主党のイメージは岡田副代表のほうが国民に強いと思う。鳩山幹事長は、小沢一郎氏の崇拝者だったイメージがあるからでまだ払拭しきれないところがあるからだ。
日本の政治を二大政党し政権争いをし安定した政治体制を作る事は理想であるが、果たして国民はどう反応するだろうか、いづれにしでも、政権公約を通じて新しい政治の姿をアピールする発信力だ。鳩山氏が掲げる「愛のある政治」との表現は抽象的だ。

鳩山新代表の使命ははっきりしている。民主党の首相候補として麻生首相と「党首力」を競い、そして政権交代を実現することだ。 そのために、第一に重要なのは、政策である。

年金制度の一元化、農家への戸別補償制度、子ども手当の創設、高校教育の無償化。鳩山氏が掲げた政策メニューは小沢代表の時代と変わらない。

野心的に見えるが、問題は巨額の財源をどこから調達するのかだ。鳩山氏の説明は「霞が関の税金の無駄遣いをやめることによって20兆円くらいの財源は捻出できる」というにとどまった。日本の政治を変えるアメリカのオバマ大統領のような、変革を期待したいが・・・。

毎日新聞社説・・・小沢一郎代表の辞任に伴う民主党代表選は鳩山由紀夫幹事長が岡田克也副代表を破り、新代表となった。党首を辞して6年以上を経ての再登板であり、4カ月以内に迫る衆院選で麻生太郎首相と首相の座を争う。

鳩山氏は代表選勝利を受け党の結束を訴え「日本の大掃除をやろう」と政権交代に向け党の反転攻勢を誓った。とはいえ、小沢氏の後押しを得てあわただしく代表に選ばれた過程は、国民に閉ざされた印象を与えたと言わざるを得ない。

首相を選ぶ「決勝戦」となる衆院選は、党首力の勝負である。小沢氏との二重権力構造がみえれば、民意は離れよう。政権公約重視の原点に立ち返り、独自の力量を証さなければならない。

鳩山氏を党首に引き上げた力の源泉は小沢氏である。世論調査などの支持で岡田氏に後れを取りながらの約30票差の勝利は、参院を中心に鳩山、小沢両氏のグループなど基礎票の優位を物語った。小沢氏の影響力は厳然と維持された。

小沢氏の辞任は守勢に回った党が出直す好機だった。しかし、一騎打ちも結局は「親小沢VS非小沢」の内向きな闘争に終わってしまった。

いったん続投宣言した小沢氏が辞任に追い込まれたのは、政治とカネをめぐる古い体質が国民に拒まれたためだ。公設秘書起訴の責任を語らぬまま代表から身を引き、なお党の実権を掌握するのであれば、あたかも自民党時代の権力の二重構造の再来である。だからこそ、鳩山氏は小沢氏の処遇も含め、自前の人事で党の亀裂を修復できるかが、まずは厳しく問われよう。

重要なのは、政権公約を通じて新しい政治の姿をアピールする発信力だ。鳩山氏が掲げる「愛のある政治」との表現は抽象的だ。かつて「(甘く溶けやすい)ソフトクリーム」とやゆされたことを受け、芯のある「アイスキャンディー」と討論で反論したが、まだまだか細い。特に消費税の引き上げ論議を当面封印したままで、社会保障の財源など政権担当能力を証明できるだろうか。代表選で前面に掲げた「脱官僚」の実現にしても、具体的な政権構想が示されたとは言い難い。

新代表誕生に伴い、焦点は麻生首相による衆院解散の判断に絞られる。与党は早くも「小沢院政」批判に力を入れるが、内閣支持率が依然3割に満たぬ厳しさに変わりはない。

消費税など財源問題、政治資金規制、「政と官」のあり方など、代表選をめぐる議論は極めて短期ながら衆院選の争点の輪郭を浮かび上がらせたことも事実だ。自民党もまた、明確な政権公約を国民に早急に示さなければならない。

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緑のなかの結婚式

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今日の名言

頭脳にはおよそ三種類があるから――第一は自分の力で理解し、第二は他人の理解を聞き分け、第三は自分の力でも他人の力でも理解しない場合だが、第一は格段に秀れ、第二も秀れているが、第三は無能である。

マキアヴェッリ『君主論』

08adachi_bizyutukan11大の字に寝て涼しさよ淋しさよ 小林一茶

一茶の句はなぜこれほどわかりやすいのかと、あらためて思います。変な言い方ですが、どうもこれは普通のわかりやすさではなくて、異常なわかりやすさなのです。わかりやすさも極めれば、感動につながるようなのです。ずるいわかりやすさなのかもしれません。「淋しさよ」と、直接詠っています。

いったい一茶はどれだけ淋しいといえば気がすむのかと、文句を付けたくなりますが、なぜか納得させられてしまうのです。体の部位や姿勢が、悲しみや淋しさに結びつくことは、だれでもが知っています。なぜなら悲しみや淋しさを感じるのは、ほかでもない自分の体だから。

この句では姿勢(大の字)を涼しさに結び付けて、さらに付け加えるようにして淋しさに付けています。淋しいとき人はどうするだろう。むしろ身をかがめて膝を抱えるものではないのか、といったんは思いはするものの、いえそれほどに単純なものではなく、身を広げても、広がりの分だけの淋しさを、ちゃんと与えられてしまうようです。『新訂俳句シリーズ・人と作品 小林一茶』』(1980・桜楓社)所収。(松下育男)

結婚や 緑を映す 大ガラス

昨日、結婚式に出席した。式場の大窓の向こうは、樹木の緑が風で棚引いて見えた。このところ、陽気の変動が大きい。30度を超す夏日が何日かあるかと思うと、18度とコタツを入れないといられない日が続いている。いやに北風が冷たく感じた日であった。

家に帰って来て、何だか疲れた出てしまい横になってうたた寝をしてしまった。年のせいか、睡眠不足か?何だか寂しさも感じてしまった。

結婚式も、大分様子が違ってきて、戸惑ってしまう、現代風といえばいいのか、茶髪で大胆の服装には古い人間には、ちょっと馴染めない雰囲気があった。

夜は町会の理事会があり、町会費徴収という仕事があり、好きなお酒を控えてしまったちょっと残念だ。

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2009年5月16日 (土)

渡航暦がない高校生が感染?

07_10241NHKラジオ深夜便を聞きいていたら、2時のニュースで「神戸市の高校生、感染か=海外渡航暦ない人が新型インフルエンザ」という。最終確認はまだだが・・・。恐れていたことが日本でも起こりそうだ。その対応で、また新たな段階になって来たのではなかろうか。厚労省の対応が注目される。

時事通信web・・・厚生労働省は16日未明、海外渡航歴のない神戸市の男子高校生が新型インフルエンザに感染している疑いがあると発表した。同市の環境保健研究所の遺伝子検査(PCR)で陽性とみられる反応が出た。国立感染症研究所に検体を運び、最終検査する。同日午後にも結果が判明する見通し。

同省や同市などによると、生徒は同市内の高校の3年生。5月11日に悪寒を訴え、12日に37.4度の熱を出し、医師の診察を受けた。簡易検査でA型陽性となったため、医師が検体を市に提出。15日にPCRを行ったところ、新型インフルエンザの陽性とみられる反応が出た。

高校生は現在はせきがあるが、体温は36度台に下がっている。抗インフルエンザ薬を投与し、12日から学校を休んで自宅療養中という。検査の方法に問題があった可能性もあるため、神戸市はさらに詳細な再検査を行っている。

海外渡航歴がなく、国内での2次感染の可能性も否定できないため、同市は高校生の最近の行動や接触者について、調査を進めている。これまで国内で4人の感染が確認されたが、同省は「水際で食い止めた」とし、政府は行動計画を「海外発生期」に維持してきた。

しかし、海外渡航歴のない高校生の感染が確定した場合、行動計画は学校の休校や企業の事業縮小などを含む「国内発生早期」の段階に移行する可能性がある。

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土手と雑草

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今日の名言

科学の目的は、無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつの終止符を打ってゆくことだ。
ブレヒト『ガリレイの生涯』

03kisyoubu11白菖蒲みにくき蝶のはなれざる 竹内留村

白菖蒲とあるので、いわゆる花菖蒲。もう咲き始めている。花菖蒲の紫は色濃く、大和紫とでもいいたくなるようなしっとりとした風合いだが、そこに混ざって咲く白は、初夏の日差しを受けてひときわまぶしい。まっすぐな葉と茎の上に、ゆるやかな花がひらひら咲く姿、それ自身が蝶のようにも見えるが、そこに白い蝶が見え隠れしている。

みにくい芋虫から美しい蝶になったはずが、みにくき蝶とは気の毒だが、同じ白でも動物と植物、かたや体液が通い、かたや水が通っている。強くなってきた日差しと風に、少し疲れた蝶。明日には、菖蒲田の水にその姿を沈めるかもしれない。そんな蝶に、どことなく愛着も感じているのだろう。

ひらがなの中の、白菖蒲と蝶、ふたつの白が交錯してゆれている。句集には、〈毛を風に吹かせて毛虫涼しげに〉という句もありこちらは、あまり好かれることがなく句の中ではたいてい焼かれている毛虫が気持ちよさそうで、なんだかうれしくなる。『柳緑花紅』(1996)所収。(今井肖子)

あざみ咲き あげは蝶舞う 今は昔

昨日、河川管理道路の通路の草刈をした。外来種 稲科(キシュウスズメノヒエ)の雑草の生命力に驚かされる。ほとんどの人は外来種・在来種の区別なんて関心はないだろうが・・・。地下茎で凄い繁殖力で害草といわれている。

あざみ・オオバコ・芝草などがなくなり、キシュウスズメノヒエに被いつくされてしまった河川管理通路である。もっとも、「土手」が開発により少なくなってしまった。法面は工事を行なった河川などで見られるが、殆どが石垣やブロック変わってしまった。

曲がりくねった坂道に芝草が伸びて、人間の歩く僅か50センチぐらいの土面しかなくなってしまう夏になると朝、そこを通るときは靴やズボンの裾がビッショリ濡れてしまった。そして草の実が着いてしまった思い出がある。0261

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2009年5月15日 (金)

アウン・サン・スー・チーさんのこと

08gozo_beachl_11今年11月に拘束の起源の6年が過ぎるところだったが、ミャンマーの民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんが14日朝、軍政に無断でアメリカ人男性を自宅に宿泊させた容疑で裁判所に出廷し、そのまま収監される見通しとのことだ。
アウン・サン・スー・チーさんは5月3日、湖を泳いで自宅にたどり着いたアメリカ人男性と面会し、男性は、5日夜まで自宅に滞在したという。

これだけの国際的に、非難されても民主化は進まず、軍事政権が自宅軟禁するとは、何とも恐ろしい国だ。健康面でも心配である。

国際的に非難があっても、一人の人間を拘束できるのは軍事政権に取引している国があるから続けられるのだろう。ミャマー・中国などの周辺国に厳しい、経済制裁が必要だ。特に人権問題に意見しない中国の対応が気になるところだ。

東京新聞社説・・・ミャンマー軍事政権が、自宅軟禁中の民主化の象徴アウン・サン・スー・チーさんを新たな罪で起訴した。拘束を延ばす口実だろう。来年の総選挙にスー・チーさんが邪魔との思惑が見え見えだ。

スー・チーさんが地方視察中に拘束され間もなく六年になる。最大都市ヤンゴンの自宅に閉じ込められてきたが、今年十一月に期限が切れるはずだった。

ところが、軍政は、米国人男性が今月、湖を泳いで湖畔のスー・チーさん宅に入り、三日間滞在して逮捕された“事件”を取り上げ、許可なく自宅に入れた国家防御法違反に当たるとした。

男性の動機はよく分からないが、スー・チーさんが招いたわけでなく、自宅を厳重に監視してきた軍政自らの失態を棚に上げての起訴は、このまま拘束し続けるための茶番劇にしか見えない。

スー・チーさんは判決が出るまで刑務所内に拘束されるという。六十三歳で既に体力が落ち、今月に入り血圧低下と脱水症状で点滴を受けた。最高で禁固五年という判決の行方とともに体調も心配だ。一刻も早い解放を求めたい。

スー・チーさん率いる最大野党「国民民主連盟」(NLD)は一九九〇年の総選挙で圧勝した。民主政権が誕生するはずだったが、軍は居座り続けてきた。

二十年ぶりとなる総選挙を来年実施すると約束してはいる。しかし、議員の四分の一は軍の指名とした。外国人と結婚した者の立候補を禁止し、英国人と結婚したスー・チーさんを除外するなど、軍政に都合のいい規則が多すぎる。

国民の人気が高くノーベル平和賞に選ばれるほど活動が評価された「民主化の象徴」抜きに総選挙を強行しても、真の民主化とは言えるはずがない。国内の声が力で封じ込められた現状では、国際社会が軍政に圧力をかけるしかないが、一枚岩でないことが問題だ。

欧米諸国が経済制裁を強化しても、経済発展著しい中国やインドとの交易で穴埋めできる。天然ガスなど豊富な資源を欲しがる中国への輸出額は二年間で倍増した。人権問題に口を挟まない中国への依存を深め、国際批判に聞く耳を持たない状態である。

各国とも、自国の利益を離れ、軍政に影響力を行使して説得することが必要だ。日本はミャンマーが親日国であり同じアジア諸国として欧米とは一線を画する支援をしてきたが、情勢が変わらない現状では、再考すべきだろう。

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青梅の思い出

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今日の名言

悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない。
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(下)

Top_image1 累々として今生の実梅たり 廣瀬直人

見事な句と思う。累々というのだから実梅が地に落ちている情景。「たり」には一個一個の存在感が意図されている。「今生」つまりただ一回きりの自分の生の或る瞬間の風景として実梅を見ている。品格も熟達の技術も一句の隅々まで行渡っている。

ところで、今生の或る瞬間の風景として、たとえば自転車や自動車やネジやボルトやパソコンやテレビや机や椅子が「累々」としていては「今生」を意識できないか。できないとするならばなぜかというのが僕の中で持続している問題意識。

「今生」の実感を引き出すのに「実梅」が持っている季語としてのはたらきや歴史的に累積してきた「俳句的情趣」が不可欠なのかどうかということ。特段に自然の草木の中に身を置かずとも僕らが日常見聞きし感じている万象の中にこそ「今生」の実感を得る契機は無数に用意されているのではないか。

病床六尺の中にいて「今生」の実感を詠った子規が生きていたら聞いてみたいのだが。『新日本大歳時記』(2000)所収。(今井 聖)

 累々と 葉影に生まれし 実梅かな

もう少しで梅もぎができる。二月に花が咲きそれから100日すると実梅となる。梅酒づくり、梅干しにしたりする家があるが、毎年だから多くはいらないのだが・・・。

梅の木肌は荒れていて素手では登れない、子供頃梅ノ木に上って、シャツ破いてしまって母に怒られた思いがある。何も食べるものがない年代では青梅を取って食べた。その頃、衛生状態も良くなかったかもしれないが、「疫痢」「赤痢」で子供が亡くなった話を聞かされた。「青梅」の季節になると、「子供の死」という、イメージがある。

梅が熟れて黄色くなって実生の木となったものを、本家からもらって、植えたが4メートルぐらい大きくなった。しかし、30年経った頃、どんな訳か分からないが枯れてしまった。残念だった。

あぁそうそう、梅といえばこの頃、竹の皮で、梅干の包んで、しゃぶって遊んだこともあった、その味を覚えていている。懐かしいなぁー。

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2009年5月14日 (木)

鴻池副長官の失態の大きさ

08yokotesigai_yuukei21麻生太郎首相は、国会内で記者団に責任はないとの考えである。野党のみならず政府・与党内からも「首相としての任命責任は避け得ない」との声が出ており、首相の認識の甘さに批判が出ることは、まず間違いない。

鴻池氏が女性と温泉旅行に出かけたのは、政府が新型インフルエンザへの対応を強化していた4月末だったが、首相は「担当は鴻池副長官じゃなかった。連絡が取れるところにいれば別に問題はない」と述べ、鴻池氏を擁護したという。そして、民主党鳩山幹事長は、首相がいない時に、さぼって遊びに行ったのは許せない」と指摘したうえで、「首相の任命責任は極めて重い」と記者会見で述べた。麻生政権そのものの大失態である。

毎日新聞社説・・・鴻池祥肇官房副長官が13日辞任した。同日発売された「週刊新潮」に自身の女性問題が掲載されたのが理由だったのは明らかだ。本人も報道を否定していないという。麻生政権そのものの大失態である。にもかかわらず、麻生太郎首相は「健康上の理由でやむを得ない」「事実関係を知らない」などと人ごとのような受け止め方だ。この対応にも驚く。

同誌によれば鴻池氏は4月28日から2泊3日で静岡県熱海市のホテルに女性と宿泊。この間、ゴルフなどをしていた。新幹線での往復は国会議員の公務用に支給されるJRの無料パスを使用したという。

28日は世界保健機関(WHO)が新型インフルエンザの警戒レベルをフェーズ4に引き上げ、政府は対策本部を設置して航空機の機内検疫などに本格的に乗り出した日だ。

官房副長官は官邸と国会との連絡調整役を担うほか、官房長官を補佐し、時に代役を務める重要ポストだ。鴻池氏は対策本部に出席した後、熱海に向かったとされるが、その後の政府のあわただしい動きを、どう見ていたのだろうか。

今回の新型インフルエンザの対応については麻生首相も「国家の危機管理の問題だ」と強調している。ところが官邸の中枢を担うはずの官房副長官には緊張感も危機感もなかったということだ。危機管理を担う資格はなきに等しい。

国会議員の公務のため支給される無料パスを使った点も許されまい。官房副長官というより、国会議員としての資質が問われる事態だ。鴻池氏の弁明が聞きたいところだ。鴻池氏は12日夜、循環器系内科に入院したというが、辞任したから済む話ではない。官邸として事実関係をきちんと確認すべきだ。

今年1月にも、鴻池氏が同じ女性を東京都内の参院議員宿舎に宿泊させていたとの記事を同誌は掲載している。この時も麻生首相は「個人の問題だ」と擁護した。そうした甘い対応が今回につながったのではなかろうか。鴻池氏は麻生派に所属し、いわば首相の「お友だち」だ。女性問題だけでなく、これまで放言も目立った。首相の任命責任は避けられないとの考えを示した河村建夫官房長官の方が首相よりまともな感覚だ。

あきれるほどの緊張感の欠如という点では、記者会見でろれつが回らない姿を世界にさらした中川昭一前財務・金融担当相にも通じる。

新型インフルエンザの今後の広がり次第では、国民生活にも大きな影響が出てくる事態も想定される。麻生政権に果たして危機管理を任せられるか。国民にそんな不安を抱かせた責任を、麻生首相はまるで感じないのだろうか。

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朴の木と柏餅

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今日の名言

我々が空想で描いて見る世界よりも、隠れた現実の方が遥かに物深い。
柳田国男『遠野物語・山の人生』

05ainokura11 朴の花朝の卵を二つ割る 河西志帆

東京では日中、夏のように暑い日が続いたけれどひんやり、さっぱりした朝晩の空気はこの季節ならではのもの。毎年開くのを楽しみにしている近所の泰山木の花はまだ固い蕾だけど朴の花が咲くのはいつごろだろう。

「群生する梢の先に黄白色の大きな花を開く」と歳時記にあるが、朴の葉は大きく茂るので、下から見上げても花の全容は定かでないだろう。それでも泰山木と同じく青空に凛と咲く立ち姿を想像するのも味わいがある。

「二つ割る」は卵の数であって、卵を二つに割るという意味ではないのだけど、卵をボールに割りおとしときの黄味の盛り上がりとぱかんと割れた卵の殻が朴の花のイメージと重なる。

初夏の爽やかな朝の空気と新鮮な卵を割りおとしたときの感覚がよくマッチしていて気持ちがいい。卵を割る何気ない日常の動作と朴の花。どこか手放せない新鮮な印象がこの取り合わせから生まれている。『水を朗読するように』(2008)所収。(三宅やよい)

吾が背子が  捧げて持てる  ほほ柏  あたかも似るか  青き蓋(きぬがさ)」  恵行(えぎょう) 万葉集 (蓋)人間の善智や善心を覆い隠すもの。すなわち、煩悩。

もくれん科で、この木の蕾を見ると仏様に供える蝋燭の火(炎)をイメージしてしまうのだが、形が似ているからだろうか・・・?しかし五月の爽やかな青空に向かって突き刺すようなイメージでもある。

青い大きな葉っぱは、子供の頃丸めて水を飲んだり、泥団子包んで遊んだ記憶がある。柏餅で利用されている。 柏餅・朴葉焼きなどがある。

柏餅は、平たく丸めた上新粉の餅を二つに折り、間に餡をはさんでカシワの葉などで包んだ和菓子である。餡の種類は、粒餡、漉し餡のほか、みそ餡がポピュラーである。

5月5日の端午の節句の供物として用いられる。カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、「子孫繁栄(家系が途切れない)」という縁起をかついだものとされる。

元々は東日本の文化の中で育まれた物であり、柏餅が登場したのは徳川九代将軍家重~十代将軍家治の頃。その為、武家文化とかかわりが深い。

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2009年5月13日 (水)

代表の辞任のことで・・・

07akitakoma とうとうと言うか、やっとと言うか、小沢一郎民主党代表辞任を表明した。確かに政治家の経歴は波乱万丈であったが、信念は日本の政治は二大政党を構成させることにあったようだ。

辞任の決断は、やはり西松建設の、不正取引の嫌疑が係わったて、国民の批判をかわすことが出来なかったことで、政権奪取することに不利であると自ら判断したものと思う。

麻生太郎首相のぶら下がり会見では、辞める理由が、どうもよく分からない。もっと説明責任があるだろう。とのことだった。

国会解散の国民総合唱の中で、何時解散なのか喧々諤々マスコミ・世論であった時期の秘書逮捕であっただけに、裏に何かあったのは、嫌疑が晴れない検察当局である。

私の家の前にマスコミの記者がいなくなった。自民党の二階俊博大臣の公設第一秘書の家があるから、スクープを狙っての取材合戦が2ヶ月も続いた。どうも逃げ切った?

確かに小沢民主党代表の秘書が逮捕されたが、二階俊博大臣のパーテイ券835万円、他にも自民党実力者の名前も取り立たされていたが、この方は雲散霧消となってしまったのは、片手落ちで仕方がない。

国民は、「政治と金」の歴史は忘れない。検察当局の説明責任はあるだろう。まだこれで一件落着とはいかない。二階大臣を初め自民党有力者の結末も忘れはしない。

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透明なさつき空

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今日の名言

愛とは、人間という謎にみちた独特の存在が、ふしぎに融けあっていくことなのだね。
ノヴァーリス『青い花』

287_field111深川や低き家並のさつき空 永井荷風

上五「深川や」のすべり出しで、下町の景色がパノラマのように広がる。もちろんノッポやデブの建物などない時代、かつての下町風景である。しかも五月晴れの空が果てしなく広がっている。初夏の空気はどこまでも澄んでいただろうし、時間もゆったり刻まれていたことだろう。五月晴れの空の下に、肩寄せ合っている「低き家並(やなみ)」がうれしい。

そこに慎ましい日々を、マメに営む人々の姿も見えてくるようだ。「さつき」は「早苗月」の略とするのが一般的だそうである。江東区深川は下町の代表とされる。地名のおこりは、江東の湿地帯を開拓した深川八郎右衛門にちなんでいるとか。隅田川と荒川にはさまれて、運河や小さな川などが縦横に走る一帯である。

小石川生まれの荷風が好んで浅草や深川あたりを逍遥し、数々の名作や日記を残したことは改めて記すまでもない。さつきを詠んだ荷風の句に青梅の屋根打つ音や五月寒がある。風景の広がりを詠んだ掲出句に対し、こちらの句は音を詠んでいる。

今年は荷風没後五十年。好んで郊外を散歩したわけを、荷風は「平生、胸底に往来している感想によく調和する風景を求めて、瞬間の慰謝にしたいため」と書き残している。『荷風句集』(1948)所収。(八木忠栄)

葉脈や 透けて見えて 木陰かな

陽射しが強くなってきて、日中に散歩するには道路は日陰側を選んで歩く事にしている。昨日、散歩の途中急坂の雑木林を抜けた。雑木林の木陰が涼しく、気持がいい。上を見上げたら楢の木が若い葉の葉脈が透けて見えて、さつき空が広がっていた。5月は湿度がないので雑木林の下を散歩は特に気持が良い。

体調を崩していた、知り合いのおばさんが心配になって、隣の方に様子を聞いたが、まだ臥せっているようだ。早く元気な顔を見たいものだ。

いつも散歩しながら、同級生が生産している新鮮野菜を買ってくるのが楽しみだ。腰の曲がったお婆さんと、世間話しをして、まけてもらうのが嬉しい。

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2009年5月12日 (火)

家族の気持を踏みにじる発言

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24191人気番組?「テレビ朝日の朝まで生テレビ」で、ジャーナリスト田原総一郎氏に抗議が出されたという。

主権国家の日本で、何の責任もない日本人の多くの人が、北朝鮮の国策で拉致されて家族ともども人に言えない苦しみや、無念さは計り知れない。
そして今なお生きていると信じて、帰りを待ち続けている拉致被害者家族は、一縷の望みをかけて活動をしている。
日本国民の願いでもあり家族の願いでもあるそういった思いを逆なでする発言は許されない、謝罪すべきだ。


毎日新聞web・・・北朝鮮による拉致被害者の家族会と支援団体「救う会」は11日、横田めぐみさん(行方不明時13歳)と、有本恵子さん(同23歳)の安否を巡り、テレビ番組で根拠のない発言をしたとして、ジャーナリストの田原総一朗氏とテレビ朝日の君和田正夫社長に抗議文書を送付したと発表した。

家族会などによると、田原氏は4月25日放映のテレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」で、2人について「外務省も生きていないことは分かっている」などと発言した。

東京都内で会見しためぐみさんの父滋さん(76)や恵子さんの父明弘さん(80)ら家族会側は「確実な証拠もないまま死亡説を唱えるのは家族や国民の気持ちを踏みにじるもの」と批判した。

田原氏は「家族のお気持ちは分かる。ただ、情報源は言えないが情報を得ている」と説明。テレビ朝日広報部は「内容を詳細に検討し、誠意をもって対応したい」と話している。

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臓器移植法改正案のこと

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07rose_ame21臓器移植法は長いこと,棚ざらしになっていたものだが、WHOの移植指針の改正案が議論の動きがでてきたために日本人、難病患者の海外での臓器移植が出来なくなるという問題が急浮上して、関係者が慌て始めたと言うことだろう。

そこに潜む臓器売買の闇が東南アジアなどで起こる可能性を否定できないから、余計心配だ。また人の生・死観いわゆる「脳死は人の死」と考えていない人がいる。この問題もクリヤーしないといけない。

家族の同意があれば、臓器移植は増える可能性は高まるだろうが・・・D案の12歳以下は家族の同意があれば臓器提供が出来るというものだ。しかし、ドナーの普及(カード)のPRを大々的に進めることが大事だ。

毎日新聞社説・・・何年もたなざらしにされてきた臓器移植法改正案をめぐる議論にこのところ動きがある。世界保健機関(WHO)が移植の指針を改正し、海外での移植が難しくなるのではないかとの見通しがあるからだ。

ただ、指針の主眼は臓器売買にからむ「移植ツーリズム」の規制と考えられる。通常の渡航移植がどこまで制限されるかは必ずしもはっきりしない。しかも、新型インフルエンザ対策に追われるWHOは、指針改正を1年先送りする見通しだ。

臓器移植法の変更は、人々の死生観や医療への信頼にかかわる重い課題である。国会議員が勉強不足のまま「一夜漬け」で採決することは避けたい。WHOの動向もにらみ、腰を落ち着けて議論すべきだ。

現行法では、脳死となった人から臓器を取り出して移植するには、本人と家族の両方の同意がいる。長年の議論を経て、「脳死は人の死」とは考えない人にも配慮した内容で、15歳未満の子供からは臓器摘出できない。

これに対し、河野太郎衆院議員らが推す改正「A案」は、脳死と判定された人を一律に「死者」とみなす。年齢にかかわらず、本人が拒否していなければ、家族の同意で臓器を摘出できる。

確かに、国内で移植が受けられないから、海外で受けるという実態に問題はあるだろう。家族の同意だけでよければ海外に頼っている子供の心臓移植も可能になる。国内での提供も増えるかもしれない。

ただ、子供は大人より脳死判定が難しいとの指摘もある。脳死の背景に虐待がないことを、どう確かめるかといった課題も残る。加えて、「脳死は人の死」と考えない人も提供者となりうることを国民が受け入れるか、よく検討する必要がある。

現行法の土台は変えず、臓器提供に同意できる年齢を12歳まで引き下げる「B案」や、15歳未満は家族の同意などで臓器提供できるようにする「D案」も提案されている。子供の移植を可能にしようとの考えだが、大人でも難しい問題を12歳の子供に決めさせることの是非などは、よく考えるべきだ。

現行法の規定は脳死移植が中心だが、生体移植にも提供者保護など課題は多い。「C案」が提案するように、生体移植を法規制の対象とすることは必要だ。

どのような改正をするとしても、提供者を増やそうと思ったら、ドナーカードの普及に力を入れることが大前提だ。人々が普段から脳死移植について考え、家族で話し合っておくことも欠かせない。そうでなければ、たとえ「A案」を選んでも、脳死になった家族の意思を推し量ることさえできない。

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急な暑さに・・・

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あすもまた、同じ日が来るのだろう。幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。
けれども、きっと来る、あすは来る、と信じて寝るのがいいのでしょう。
太宰治『富嶽百景・走れメロス 他八篇』「女生徒」

05ainokura11裁ち台のウエディングドレス風薫る 長谷川祥子

立夏を過ぎ、梅雨に入るまでの東京の気温と湿度は、わずかに高原の夏にも似た快適さを感じることができる貴重な一ヵ月である。一年のなかでもっとも清潔感あふれる陽気ではないかと思う。明るい日差しに、緑の香を濃く溶いた風を、半袖になったばかりの腕に受けるのは、まるでミントの葉が添えられたアイスクリームのように心地よい。そしてその明るさは、木陰の闇を一層意識させるまぶしさでもある。

掲句の裁ち台に置かれているのが、未完成のウエディングドレスであることに大きく胸が波立った。初夏の風は窓辺のカーテンを船の帆のようにふくらませたあと、純白のサテンやシフォンが渦巻くなかに、紛れ込んだのだ。

何の樹、何の花とも判然としないが、しかしはっきりと含まれる芳香が、結婚というおごそかな儀式の美しさと、ほのかな秘密の気配を引き寄せる。まだ形をなしていないなめらかな生地が、ゆっくりと裁断され、ミシンをかけられ、六月の花嫁を包むウエディングドレスになっていく。『野外奏』(2008)所収。(土肥あき子)

きのう今日 急ぎ夏くる 白い腕

雨が3日降った後の昨日今日は、真夏を思い出す暑さとなった。長袖のシャツから半袖着替えて、いやに腕の白さに、自分の腕の肌の白いのに驚く、急に暑かったりすると、体調がついていけない。特にお年寄り、幼児は大変である。

NHKテレビのニュースで、暑さで熱中症になり、救急車で病院に運ばれたという。私と一緒に毎日ボランテアでごみ処理をしていた奥さんが体調を崩してしまった。そのため一時中止することにした。

ちょと早いが、恒例の一族・孫達夏休み一泊旅行の予約をする。場所は伊豆の伊東とした。楽しみがふえた。

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2009年5月11日 (月)

小沢民主党代表を辞任の表明

15401 小沢一郎民主党代表は、代表を辞任する意向を表明したという。やはり世間の目には勝てなかった。大久保秘書が3月3日逮捕されてから2ヶ月以上が経ったが、今日5時からの記者会見での説明で、挙党体制、選挙に臨み、何としても民主党に政権交代を実現したいとの意志を表明した。

総選挙に臨み、民主党のマイナス要因を少しでも、無くして行くことに専念し決断をしたという。そして、これからも国民に信頼される民主党が政権をとることに全力で当たる。

これにより、衆議院選挙には、代表は、岡田副代表または、鳩山幹事長が有力視されるところだが、もう少し決断を早くと言う声もあったと思うが・・・。

NHKweb・・・民主党の小沢代表は、西松建設の政治献金をめぐる事件に関連して、次の衆議院選挙に影響が出ることは避けたいとして、代表を辞任する意向を複数の党幹部に伝えました。
民主党の小沢代表は、西松建設の政治献金をめぐる事件で公設秘書が起訴されたことを受けて、3月24日に開かれた党の緊急の幹部会などで、政治献金をめぐる認識に検察側とは違いがあり、潔白だという主張は変わらないとして引き続き代表を務める意向を示し、了承されました。

そして、その後に開かれた衆・参両院の所属議員を集めた会合でも、小沢氏の続投には、1人からしか異論は出ませんでした。このため、小沢氏は、先月20日から地方遊説を本格的に再開するなど、国民のための政治を実現するため、みずから代表として次の衆議院選挙に臨み、政権交代を果たしたいという考えを繰り返し示していました。

しかし、党内からは、渡部最高顧問が、世論は厳しさを増しているとして、小沢氏は自発的に代表を辞任すべきだという考えを示していたほか、「小沢氏がこのまま代表を続ければ、次の衆議院選挙に大きな影響が出かねない」という声も出ていました。

こうしたなか、小沢氏は、次の衆議院選挙に影響が出ることは避けたいとして、代表を辞任する意向を複数の党幹部に伝えました。小沢代表は、11日午後5時から記者会見し、正式に表明することにしています。

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乗り放題1000円は考えもの

07akitakoma高速でどこまで行っても1000円でどこまでも、という訳で早速ETCを取り付けて(2万円)、いざドライブ、5月2日東北自動車道で那須高原に行った息子家族が、言った言葉が、「イヤー参った渋滞は半端じゃなかた」ということだ。

本当に景気刺激策なったものだろうか、何か思いつきのようで仕方がない。そうであったなら、もっと方法があったのではなかろうかと思うのであるが・・・1000円で乗り放題と言うけれど、税金で補填しているのだからだ。

この政策で大いに迷惑を被っている人がいる運送業者や海運業者などがいる。本来、輸送コストを下げることで消費コストを改善すべきと言う声も聞き入れ、対比しての経済効果を考えることをすべきと思う。どうも選挙目当てのばら撒き?が否めない。

毎日新聞社説・・・今年の大型連休は、予想されたこととはいえ、高速道路の渋滞が大幅に増えた。料金割引の結果で、前年のほぼ倍の頻度で渋滞が発生した。

高速道路料金の上限を1000円とする割引は3月に始まり、大都市近郊を除き、休日はどこまで走っても通行料は1000円だけだ。ただし、割引は自動料金収受システム(ETC)の搭載車に限られる。

東・中・西日本と本州四国連絡の高速道路4社によると、4月25日から5月6日の間に10キロ以上の渋滞は414回で、うち30キロ以上は58回にのぼった。前年は10キロ以上が215回で、30キロ以上が28回だった。

交通量が増えた結果、高速道路のサービスエリア、パーキングエリアでの売り上げも増え、郊外型のアウトレットモールも好調だった。

一方、JR旅客6社のまとめでは、大型連休中に主要48区間の利用客が前年比7%減となった。景気が悪化したこともあるだろうが、利用者が高速道路に流れたことも影響しているのは間違いない。

また、ETCが使えず通常の料金を支払わなければならなかった人たちは不満を募らせているという問題もある。ETCの車載器は、供給が追いつかない状態が続いている。さらに、トラックやバスはETCを取り付けていても割引対象とならない。渋滞に巻き込まれ、迷惑千万というところだろう。

そもそもETCは、料金所で通行料のやり取りをなくし渋滞を防ぐことを目的に導入された。二酸化炭素の排出も減り、環境にもやさしいという触れ込みだった。ところが、逆に渋滞が多発し、排ガスの量も増えるという皮肉な結果になってしまった。

高速道路料金については、民主党が無料化を主張している。今回の割引はその対応策として出てきた面が強い。しかも、財源が十分ではないため、期間は2年で、休日に限定したうえ、トラックやバスを除くという変則的な形でスタートした。

そうした解散・総選挙をにらんだ拙速の対応が、渋滞の倍増という形で表れ、さまざまな方面に余波を及ぼした。今年は9月にも5連休がある。連休前後にも割引を行うなど、渋滞を緩和するための方策を検討してもらいたい。

高速道路をめぐってはこの大型連休の最中に、整備計画に新たな路線が追加された。追加経済対策に便乗しようと急いで決めた形だ。

渋滞に巻き込まれたとしても、割引を受け、得をしたと感じている人が多いだろう。しかし、新たに整備計画に追加した分も含め、最終的に負担するのは国民であることも忘れてはならない。

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季節の花の移り変わり

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啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜けでることである。
カント『啓蒙とは何か 他四篇

05gihu_hana_festa21おばさんのような薔薇園につかれる こしのゆみこ

ははは、ホントホント。毎年夏になると、バスで十五分ほどの神代植物公園に出かけるが、この季節の目玉は薔薇園である。全部で三十万輪も咲くというから、壮観だ。現代薔薇の始祖とされる貴重な「ラ・フランス」も咲いてくれる。それはそれで結構なのだけれど、見ているうちにどんどん疲れが増幅してくるのは何故なのか。

いつも不可思議に思っていたが、掲句を読んで納得できたように思う。言われてみれば、何かの拍子におばさんたちの輪の中に入ってしまったときの疲れように、確かに似ている。中高年女性を一口で「おばさん」と括ってしまうことの是非は置くとして、総じておばさんなる人たちは押しの強いのが特徴だ。

饒舌であれ寡黙であれ、彼女たちの自己主張ぶりには辟易させられることが多い。とにかく無視は許されない雰囲気がある。だから、会話には気を使う。あちらを立てたら、こちらも立てなければならない。薔薇だって同じこと。豪華な花もあるし、清楚に通じるそれもある。でも、そのいずれもが、押しの強さでは負けていない。

お互いに妍を競いつつ、こちらの顔色をじいっとうかがっているように見えてしまう。疲れるのは当たり前なのである。しかも、この句は同性の作だ。してみると、おばさんたちは同性の仲間内にあっても、男と同じように疲れるというわけか。いやはやご苦労さんとでも言うしかないけれど、意地悪な句のようであって、そうではないくすくす笑いを誘うところに、作者の人柄を垣間見たような気がした。『コイツァンの猫』(2009)所収。(清水哲男)

 薔薇好きな お婆さんちに 声を聞く

近所に住む、一人暮らしお婆さんがいるが、薔薇が好きで毎年大きな花を咲かしている。薔薇は夏の季語であるが、春や秋にも咲いている。

3年前に子供が母の日のプレゼントで、棘のないモッコウ鉢植えの薔薇をもらったものを庭の片隅に植えたものだが今年は垣根に、黄色い花が咲き見事であった。年々伸びて幅広く垣根一杯になってしまった。

季節の移り変わりは花でも感じられる。つつじが咲き終わり、クレマチスが真っ最中で、これからは、さつきが咲き出すのが楽しみだ。百合・芍薬が蕾を膨らませている。

昨日は30度を超す暑さとなった。こんなに急に暑さが来ると体調が狂ってしまう。何時ものごみ拾いはせず、家で冬・夏の衣服の整理をした。

暖房器具からいきなり冷房器具に置き換えたい忙しい陽気に戸惑ってしまった。もちょっとゆっくり季節な巡りになって欲しいものだ。

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2009年5月10日 (日)

老後の不安

539571少子高齢化が益々進み、日本の老人医療・介護が大きな社会問題となって来ている。

「老いと向き合う」ためには、衰えて行くことを受容れることが必要なのではないだろうか。その上で老化といわれる一つ一つの現象を排除したり先延ばしすること、特に健康管理や栄養バランスの管理などは必要条件である。

知的好奇心を持ち、みずみずしい感性を持ち続けることは、他人との関わり合いの中で花開くことにつながる。孤独で淋しい老いた天女になることは何としても避けねばならない。

人間いや生物全てが、「生老病死」は受け入れない訳にはいかない。いわゆるこの世の無常である。

誰にも老いはある。如何に老いを上手に送るることが出来るか人間だったら考えるのは当然である。現下の日本は急激な少子化・核家族化が進んで老後の社会保障が不安定である。高齢化して硬直化した社会全体の、不安を解消してこそ一流の国である。政治が解決していくしか方法がない。

小林一茶の桜の句を探していると、こんな句に出会った。

  散る花やすでにおのれも下り坂

  花さくや欲のうき世の片隅に

  夕ざくらけふも昔になりにけり

  死に支度致せ致せと桜かな


一茶の人生観の一端を垣間見るような句ばかりだ。この句を読みながら、つくづくと感じるのは、自分の感性を高みに置かず、取るに足りないひとりの人間として、花を傍観して得た素直な感情を、句にしていることだ。

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北方領土返還のこと

05sikotuko31_4 日本国民の長年の願いであった「北方領土返還問題」は21世紀の日本の最も大きな関心事である。今北海道で初め日本各地に北方領土から引き上げてきた人間も少なくなってしまって関心が薄れてきた感がある。

プーチン首相が来日するという、この機会に北方領土問題で麻生首相との会談で、日本の長年の意志を何としても叶える話し合いを期待したいする。北海道民の中にも忘れかけたり、関心のない方も出てきているかと思うが、北方領土は返してもらいたい。国民の関心を高める事が大事だ。

北海道新聞(9日)・・・ロシアのプーチン首相が週明けに来日し、麻生太郎首相と12日に会談する。 プーチン氏はメドベージェフ大統領との「双頭体制」で実権を握り、外交政策にも大きな影響力を持つ。

日本訪問は大統領だった2005年以来4年ぶりだ。日ロ間の最大の懸案である北方領土問題について、日本側の基本的な立場と交渉の原則をあらためて確認する。その良い機会だ。

大統領時代のプーチン氏は領土強硬派で知られた。04年に歯舞、色丹の二島返還で決着させる方針を示し、領土交渉は膠着(こうちゃく)状態に陥った。

背景にあったのはロシア経済の躍進だ。冷戦終結後の混乱から抜け出し、ナショナリズムが高揚する。領土問題では一歩も譲歩しないという姿勢が明確だった。

その前提が揺らいでいる。世界的な金融危機と原油価格の下落でロシア経済も急激な減速に苦しむ。首相として危機対策に取り組むプーチン氏が対日戦略で変化を見せるか。注目したいのはその点だ。

サハリン州の大規模石油・天然ガス開発事業「サハリン2」などを通じた経済協力の積み重ねが、領土問題の前進には欠かせない。ロシアからはけん制の発言が聞こえる。

経済をてこに四島の政治問題を動かすというのは日本の基本戦略でもある。ただ、これまでは経済分野での協力が「先食い」され、肝心の政治は空回りを続けてきた。

経済と政治の両輪が回転しなければ日ロ関係は前へ進まない。麻生首相は、このことをプーチン氏によく理解してもらわねばなるまい。

もう一つ大事なのは、交渉の出発点をめぐる混乱の芽をつみ取ることだ。前外務次官の谷内(やち)正太郎政府代表が「三・五島でもいいのではないか」と述べたとされる問題である。

これは、まず四島の帰属を確認するという政府の基本的な立場に反する。麻生首相は政府の立場に変更はないと繰り返している。そうであればロシア側に直接伝え、誤解の余地がないようにする必要がある。 首相は七月に開かれる主要国首脳会議(サミット)の際にメドベージェフ大統領と会談する予定だ。

両首脳は先に「独創的なアプローチ」で領土問題の解決を目指すことで一致した。首相はロシア側に次の会談で新たな提案をするよう求めている。大統領はプーチン氏の意見も聞いて対応を判断するだろう。

出入国カード問題で、日ロ双方は互いの原則を崩さずに現実的に折り合う解決策を見いだした。その経験を領土問題に生かすためにも、プーチン氏には紛れのないメッセージを託すことが重要である。

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母の日

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今日の名言

母国に帰る敵軍はひき止めてはならず、包囲した敵軍には必らず逃げ口をあけておき、進退きわまった敵をあまり追いつめてはならない。
『孫子』

05_12801女學院前にて揚羽見失ふ 浅井一志

季語は「揚羽」、夏です。揚羽蝶の大ぶりな美しさは、たしかに夏の季節にふさわしく感じられます。この句に惹かれたのは、なんと言っても「女學院」の一語ゆえでしょうか。目の前をさきほどから、まるで自分の行く先について行くように、派手な柄の蝶が舞っています。

その姿に見とれながら歩いていたのが、つい見失ってしまい、気がつけばそこは女学院の前だったというわけです。生の真っ只中での、揚羽蝶と女学生のいきいきとした美しさが、見事に競い合っています。

たしかに見失った場所が別のところだったなら、このようなくっきりと鮮やかな句にはならなかったでしょう。ペギー葉山の歌を持ち出すまでもなく、学生の日々の出来事や友人を思い出せば、いつも同じ場所の切なさにたどりつきます。

その心情はまさに、いつまでもまとわりつく蝶のようでもあり、目で追い続けていたのは蝶の姿と、遠く懐かしい日々だったのです。「俳句」(2009年4月号)所載。(松下育男)

孫むすめ 日焼け顔に 野球帽 

今日は、母の日だが、毎年離れて暮らす子供夫婦が孫娘を連れてくる。感謝の気持で、カーネーションの鉢を持ってきた。小学1年生と3年生である孫娘であるが、日に焼けた顔は、元気に学校に通っているようである。

小学3年生で150センチと背が高い、3年生では一番高いという。今の子は平均して大きいのだが、驚いてしまった。1年生の娘は小さい方で前から3番目と言う。

3日ぶりに晴れて、真夏を思い出すような陽気になった。つつじの花も終わり、さつきに変わっていく我が家の小庭である。3年前に植えた双樹の新緑が映えている。何と言ってもこの時期は一年で一番過ごしやすい時期を実感した一日だった。

「母の日」の起源を調べて見ると、5月の第2日曜日は「母の日」。誰もが知っている行事であるが、母の日を祝う習慣はどのようにして 生まれたか?その起源には諸説あるようだが、よく知られているのは「100年ほど前の アメリカ・ウェストヴァージニア州で、アンナ・ジャービスという女性が亡き母を追悼するため、 1908年5月10日にフィラデルフィアの教会で赤いカーネーションを配ったのが始まり」という話だ。

日本で、これだけ定着したのは、デパートなどで贈り物の宣伝の効果だだろう。

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2009年5月 9日 (土)

<東芝>3月期決算3435億円の赤字

06oga_toga11世界同時不況は、輸出関連事業の車・電気などの企業は苦しい赤字に落ち込んでいる。その中で、家電・半導体事業が酷い状況だある。元社員・小株主である者にとっては心配である。何とか乗り切って欲しい。

毎日新聞web・・・芝が8日発表した09年3月期連結決算は、最終(当期)損益が過去最悪の3435億円の毎赤字となった。また、6月中旬をめどに公募増資と劣後債発行の組み合わせで総額約5000億円の資本増強を行う方針も併せて発表した。

公募増資と劣後債の発行で約5000億円規模の資本増強を実施すると発表した。財政基盤を強化し、原子力発電などの成長分野への投資にあてる方針だ。また、同日発表した09年3月期連結決算は、最終(当期)損益が過去最悪の3435億円の赤字で、10年3月期も業績の急回復は見込めず、500億円の最終赤字となるとの業績見通しを示した。

09年3月期の連結売上高は半導体部門や家電などの不振で前期比13%減の6兆6545億円で、最終損益も7年ぶりの赤字。

東芝は大幅な赤字決算に伴い、自己資本比率(総資産に占める自己資本の割合)が1ケタ台(8.2%)に転落。市場で株価が下落するなど信用力が低下しているため、6月中旬をめどに大規模な増資を決断した。

東芝が公募増資を行うのは81年以来、28年ぶり。5000億円の増資が実現すれば、自己資本比率は13%台に回復するとしている。

09年度は原子力や半導体など2500億円の設備投資を計画。会見した村岡富美雄専務は、大規模増資の方針について「手を打たずに放置すれば、グローバル経済の成長に遅れてしまいかねない」と説明した。【高橋昌紀、和田憲二】

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米金融検査公表

06_12801 この所の株価は少しは底割れの心配がなくなって、陽射しが差し込んできたような雰囲気だ。今日の、朝日・読売・毎日新聞各誌とも、注目されていたアメリカの大手金融機関向け特別検査の結果を米金融当局が公表した。その内容で社説に載せていた。

朝日・・・これで楽観できるのか・・・読売・・・まだ道半ばの安定化策・・・毎日・・・まだ楽観するのはまだ早い・・・と各誌、特別検査の結果に、まだまだ道半ばで、楽観は禁物と警鐘を鳴らしている。

19社中9社が“合格”、残る10社は合計約7.4兆円の資本増強という宿題を与えられた。

市場はひとまず安心したようではある。しかし特別検査は最初の通過点に過ぎない。米経済の本格回復に不可欠な金融機能の正常化に向けた道のりはこれからが本番だ。とても、手放しでは楽観できない。

朝日新聞社説・・・米金融当局が、大手19銀行に対する特別検査の結果を公表した。これをもとに当局は楽観的な空気を広めようと努めているが、そんなにうまく事が運ぶのか、疑念は消えない。

検査は、今後2年で米経済が一段と悪化した場合に、銀行の自己資本がどれだけ不足するかを推計した。19行で最大5992億ドル(59兆円)の損失が生じ、うち10行が計746億ドル(7.4兆円)の資本不足に陥る可能性があると指摘された。

不足行は半年以内に資本を増強しなければならない。独力で調達できない場合は、政府が公的資金を注入する。ただし、各行は「政府の資金は必要ない」と説明している。

連邦準備制度理事会のバーナンキ議長も「今回の結果は投資家や世論に安心感を与えるだろう」と胸を張った。議長はこのところ「米景気は今年遅くに上向くと期待している」と語るなど、強気の見通しを語っている。ニューヨーク市場の株価も歓迎して、一時8500ドル台を回復した。しかし、米銀の損失や資本不足がこの程度で済むのだろうか。

国際通貨基金(IMF)は4月時点で、米銀全体に2兆8千億ドルの損失があり、資本増強が最大5千億ドル必要になると推計している。

一方、大手19行の資産は米銀全体の3分の2を占めるといわれる。検査結果を単純に1.5倍しても損失は9千億ドル、資本増強は1100億ドルにしかならない。その差はざっと3倍、5倍にもなる。「IMFの推計は過大」と議長は言いたげだが果たしてどうか。住宅価格の下落もまだ続いている。

日本のバブル崩壊後をたどれば、旧大蔵省が当初発表した不良債権は18兆円だったが、その後発表し直すたびにずるずると増え、結果的には100兆円前後にまでふくらんだ。裏には、公的資金の投入に猛反対する世論と、銀行行政の失敗を表面化させたくない旧大蔵省の思惑があった。

米当局もいま苦しい立場にある。銀行に注入できる公的資金の残額は1346億ドルしかない。議会は高給を享受した金融界に不信を募らせており、資金枠の追加を通すのは極めて難しい。もし話を切り出せば金融界に対する責任追及論に火がつき、官民共同で基金を設け不良債権を買い取っていく、というオバマ政権の金融再生策が空中分解しかねないところにいる。

そうした事情から当局は事を荒立てるのを避け、検査結果が手持ちの資金枠に収まるよう穏便に済ませたのではないか。そんな疑念もぬぐえない。

米当局は楽観シナリオに賭けた。当面は共同基金での不良債権買い取りに軸足が移る。だが、もし損失処理を先送りすれば、経済の落ち込みを長引かせ、傷を深めることになる。

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雨も温む

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今日の名言

世界は偉人たちの水準で生きることはできない。
フレイザー『金枝篇』(三)

08adachi_bizyutukan11噴水の底に集まる祈りかな 三木基史

噴水の底、といわれると、どこなのだろう、と思う。噴水の撒き散らした水を集める泉の底なのか、それとも噴水の吹き上げるあの水の中に底があるのか。その中に祈りが集まる。誰の、どのような祈りか、いくつもいくつも重層的な連想が膨らむ。

が、句はどこまでも静謐な居住まいを崩さない。静かだが意外だ。「樫」(2009年5 月号)より。作者は昨年、現代俳句教会新人賞を受賞した関西の新進気鋭。

しばしば伝統俳句(主に花鳥諷詠)に対するアンチテーゼ的な表現理論として、取り合わせを見、そこに新しさを求める人がいて、びっくりすることがある。違うんじゃないかな。

テーゼ・アンチテーゼとしての「取り合わせ」観は、取り合わせをかなり狭義に落とし込んでいる感じ。技法的な閉塞感はここから抜け出すことと思う。(塩見恵介)

降る雨も 温む頃や 皐月かな

昨日の空は、気まぐれの空だった。それもそのはず台風が房総沖を北上していた影響だと思うが、朝のうちは前の晩から霧のような雨がの降り続いたと思ったら、8時に病院に出かける時には、大雨となって雷がなった。

雲の流れが速い、南からどんどん流れていく、(北海道は気温が何と30度を超える夏日だったという)病院に着いたら陽射しが出て、これで台風1号も遠ざかったのだろうと思わせた。

久し振りちょっと遠回りでして昼食でもしていこうと車を走らせた。相模原のいつも行くファミリーレストラン「さがみ野」に寄った。

食事を済ませ帰りにはまた、雨が降りだして、1時間ぐらいで雨は上がった。さすが5月である。雨に濡れたが、温かく感じた夏の雨だった。

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2009年5月 8日 (金)

衆議院補正予算委員会

Natsu1 国会中継補正予算案を聴いていての感想・・・100年に一度と言われる世界同時不況・新型ウイルス問題などで大慌ての対応で、麻生太郎首相の舵取りがかってない局面にきている。100兆円を超える予算になるが、11年にプライマリーバランスの正常目標は降ろさないと言うが、消費税アップが待ち構えている?

特に弱者の救済政策が注目される。医療・介護・失業などの福祉が大きな問題である。その上ウイルス問題である。したがって桝添要一厚生労働大臣の出番が多くなるのは当然である。安心・安全の暮らしは、当面福祉政策に全力で対処しなければならない。

民主党の菅直人代表代行と前原誠司前代表の論戦があったが、税金の無駄遣いを追求したが、いまいち迫力に欠けた内容だった。

小沢代表の公設秘書が違法献金事件で逮捕、起訴されてからの、民主党の失速を象徴するかのようだ。事件を質問でとりあげた菅氏は、次のように述べた。

「西松建設の献金をめぐって、与党関係者への捜査があるのか、小沢代表への捜査が終わったのか、はっきりしない。国民の政権選択があと4カ月に迫った段階で、こんな中途半端な状態をいつまで続けるのか」

麻生太郎首相の洞察力とも言うべきか、予算組を4回もしなければならないとは何とも・・・そして、得意の外遊で点数を稼ぎたいと言うことなのかどうか成果がでているのだろうか?

きのうの審議では、民主党が掲げる対案の財源を問う声が閣僚らから相次いだ。菅氏らは論戦を避けるつもりはないと反論したが、守勢は明らかだ。この閉塞状況を打ち破る一つのステップとして、党首討論を行なうこと、また国民の判断材料にすることも大事なことだと思う。

連休前の朝日新聞の世論調査では、57%の人が麻生内閣を「支持しない」といい、61%が小沢氏は「代表を辞める方がよい」と答えた。国民の6割が2大政党の党首にそろってNOを突きつける異様な状況だ。

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けやき並木と山車

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今日の名言

飲食は飢渇をやめんためなれば、飢渇だにやみなば其上にむさぼらず、ほしゐままにすべからず。
貝原益軒『養生訓・和俗童子訓』

08iwakisan_zinzya11白粉を鼻に忽ち祭の子 深見けん二

端正な句。品格といってもいい。気品のようなものの出処をあれこれと思うのだが、表現内容はさることながら、切れにその要因があるように思った。「白粉を鼻に」でちょっと切れる。

一拍短く置いて、「忽ち」に繋がる。意味からいってそこで切れるが、「写生」の被写体の動きとも時間的に並行してゆく。ぱたぱたと白粉を鼻に塗られ、一拍あって、さあ、祭の子の出来上がりである。

祭の子の装いや化粧などを詠んだ句は山ほどあるけれど、この切れが文体のオリジナルを強調し、そこに品格が生じる。繊細丁寧で欲を見せない自然体。『蝶に会ふ』(2009)所収。(今井 聖)

005_21_6大国の けやき並木に 山車が行く 

先だって(5日)は、東京府中の大国魂神社のお祭であった。毎年大勢の観客で賑わうお祭である。天然記念物馬場大門けやき並木は大木で昔から神社のシンボルでもあった。

一ノ宮、小野神社、二ノ宮、秋留小河神社、三ノ宮、大宮氷川神社(氷川神社は武蔵一ノ宮)、四ノ宮、秩父神社、五ノ宮、金鑽神社、六ノ宮、杉山神社等の、武州を代表するそれぞれの祭神を一箇所に祀って六所宮としている。

神社は府中の武蔵国分寺の2キロ南で、古くは鎌倉街道、東山道武蔵道もここを通り、その他いくつかの道が交わる交通の要所として栄え、武蔵国の国衙の斎場として置かれたとされている。

祭礼は暗闇祭りと呼ばれ、昔は毎年5月の5日は無礼講で、人々は闇夜の中で繰り広げられる出来事を黙認していた時代もあったそうだ。氏子講中の範囲は武州全域に至り、各地から人々が集まってきた。

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2009年5月 7日 (木)

白洲次郎と言う人

05sikotuko31 武相荘は町田市鶴川にある。一度行って見たい。麻生太郎首相も、幼少の頃この武相荘で、遊んだと言う。今日の衆議院予算委員会での話があった。NHKのドラマにもなった。歴史上の人物だ。

カッコよく、生きてた人間だと思う。ホームページ「武相荘」(ブアイソウ)より・・・

百八十センチを超す長身、端正な顔立ち、英国流の洗練された身ごなし。趣味は車と大工とゴルフ。そんな次郎を夫人・正子は「直情一徹の士(さむらい)」「乱世に生き甲斐を感じるような野人」と評しています。「しょせん平和な世の中に通用する人間ではなかった」とも。

次郎は明治三十五年、兵庫県芦屋に生まれた。大正八年、中学を卒(お)えた次郎はイギリスに渡り、ケンブリッジ大学クレア・カレッジに入学し、生涯の友ロバート C. ビンと出会う

ストラッフォード伯爵家の御曹子。車好き、英語でいう「オイリー・ボーイ」で、次郎の車熱に拍車がかかった。ベントレー、ブガッティを所有し、週末はレースに熱中。ロバートとベントレーで長い旅行にも出た。一方、寄宿舎では英国流の紳士道を徹底的にたたきこまれる。

昭和三年、家業が倒産したため帰国。翌年、正子と結婚する。倒産の影響で、次郎の肩には十人以上の家族の生活がかかっていた。にもかかわらず、英字新聞の記者、英国商社、それから日本の貿易会社と、職業は安定しない。

「そういういわば風来坊的人間に、目をつけたのが吉田茂氏である」と正子は言う。吉田茂は終戦直後の内閣で外務大臣に就任すると、直ちに次郎を中央で終戦連絡の事務に当たらせる。GHQの矢面に立たせた。

それより先、昭和十五年に次郎は、日米戦争は不可避だが、参戦すれば日本は負けると断じて職を退き、疎開の準備に入る。十八年に東京郊外・鶴川に移転してからはもっぱら農業に従事した。

地方に住みながら中央の政治に目を光らせ、いざ鎌倉というときには中央へ出て、彼らの姿勢を正すといった人間を、イギリスでは「カントリー・ジェントルマン」と呼ぶが、いかにも次郎にふさわしい言葉である。占領下でありながら、言うべきことを堂々と主張する次郎に、GHQ側はほとほと手を焼いた。本国には「従順ならざる唯一の日本人」と報告している。

昭和二十五年には首相となった吉田茂の特使として、アメリカに渡って平和条約のお膳立てを果たし、翌年のサンフランシスコ講和会議には全権団顧問として出席した。

晩年の次郎が心血を注いだのが、軽井沢ゴルフ倶楽部である。芝の手入れから、従業員の生活、会員の行儀にいたるまで、ひとつもゆるがせにしなかった。正子は「歴代総理大臣には随分迷惑をかけたに違いない」というが、会員でなければ、総理大臣でも追い返す、SPをコースに入れるなどもってのほかという姿勢を崩さなかった。

その生涯を貫いたのは「プリンシプル、つまり原則に忠実である」という信念である。「まことにプリンシプル、プリンシプル、と毎日うるさいことであった」と正子は回想している。

八十になるまでポルシェ911を乗り回した根っからの「オイリー・ボーイ」。最後に残した言葉は、「右利きです。夜は左……」。注射のため利き腕をたずねた看護婦に、そう答えたそうである。 

いよく書かれた遺書にはたった二行葬式無用、戒名不用」とある。

代表的なエピソードが二つある。昭和20年12月のクリスマス。マッカーサー司令長官に白州次郎は天皇陛下からのプレゼントを届けた。部屋のテーブルの上はプレゼントでいっぱいだった。マッカーサーは床のどこかに置いていけというという仕草をした。すると次郎は「いやしくも天皇陛下の贈り物である。床などにおけない」と怒りを爆発させた。驚いたマッカーサーは、急いで新しい机を運ばせた。

GHQ民政局長ホイットニー将軍が「白州さんの英語は大変立派な英語ですね」とお世辞を言った。そこには、勝者としての奢りが込められていた。これに対して、白州次郎は「あなたももう少し勉強すれば立派な英語になりますよ」と答えたという。

本人が歴史上最も自信を喪失し、卑屈になっていた時期、支配者に対し、日本人の気概を示した人物が白州次郎だった。この姿こそ、まさに「カッコいい」と言える。

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ネットでは自民・坂本発言を「評価」?

06oga_toga11J-CSTニュースに一ヶ月前に問題になった「日本も核武装をすべき」ネットででは自民・坂本発言を「評価」と見出しにアクセスが多いという。
私は自民党山崎拓衆議員の「誠に憂慮すべきだ。極端に言えば人類を破滅に導く議論だ」と厳しく批判。北朝鮮に対しても「6か国協議の再開に向けて対話の努力をしたほうがいい」との意見に賛成である。

北朝鮮の「ミサイル」発射問題に端を発し、「核武装」論議が盛り上がっている。自民党内でも「核」への議論が活発化しており、「核武装」、「国連脱退」との発言まで飛び出した。テレビ局の調査では「核武装」について反対意見が圧倒的だが、ネット上ではむしろ賛成の声が多く見られると言う。

自民党内では、国防についての議論が活発に行われている。中川昭一前財相は09年4月5日、記者団に対し、北朝鮮の動きに対抗するため「核に関する議論もあっていい」と述べている。また、翌6日に行われた同党外交、国防両部会の合同会議では、山本一太参院議員が「対北朝鮮に対しては、自衛権の範囲内での敵基地攻撃を本気で議論することが抑止力につながる」と主張するなど、自衛隊の「敵基地攻撃能力」保有についての意見が相次いだという。

ニューヨーク国連本部で開かれている核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会が4日から始まった。

秋葉忠利広島市長と田上富久長崎市長は5日、秋葉市長は演説で、核廃絶というオバマ米大統領の目標を共有する国際社会の多数派(マジョリティ)を「オバマジョリティと呼ぶよう提案する」と述べ、大統領と一緒に核兵器廃止に取り組むよう訴えた。

秋葉市長は「核廃絶を実行できるという新たな希望を大統領はわれわれ全員に与えた」と指摘。12歳で亡くなった広島の被爆者、佐々木禎子さんが回復への願いを込めて折った折り鶴を掲げ、「子供がこうした鶴を折ることのないよう力を合わせよう」と呼び掛けた。

田上市長も「大統領の言葉に被爆地は感動に包まれた」と述べ、米政府の提案する世界核安全保障サミットを「長崎で開催するようお願いする」とアピール。被爆体験を語った日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の木戸季市事務局次長は「原爆は悪魔の凶器」と強調した。

北朝鮮の核開発の再開の動きがある中で、こうした議論がある事は国民に政治の力が平和に道づくという意識が高まることで大いに結構だと思う。

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猫と虎

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今日の名言

武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。
どの路でも足の向く方へゆけば必ずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物
(えもの)がある。
国木田独歩『武蔵野』

0107ukisima11夏野原ねこのしっぽはまっすぐに わたなべじゅんこ

どこまでも広がる夏野の真ん中をぴんとしっぽを立てて歩いてゆく猫。単純な構図がたっぷりとした空間を想像させて気持ちがいい。亜熱帯が原産の猫にこれから訪れる夏は似合いの季節かもしれない。この頃は野良犬を見かけないが、路地裏に、家々の隙間に野良ネコたちはあいかわらず自由に元気だ。

猫も犬もしっぽに表情があって、元気がない時はだらりと垂れ下がって、見るからに情けない。尾っぽの先が曲がっていたり、丸まって短いのもいるけど、猫の感情表現にしっぽは欠かせない。

身近にいる犬を見ているとしっぽを立てているのは自信たっぷりに他の犬に近づいたり、喜びいさんで散歩に出かけるときのように思うが猫はどうなのだろう。掲句の猫は夏野をわたって自分の家に帰るところなのか、それともどこか遠くに自分の居場所を見つけにいくのか。ぴんと立てたしっぽの気持ちを想像してみるのも楽しい『seventh_heaven@』(2008)所収。(三宅やよい)

生い茂る 雑草にいる 虎に似て

雑草をむしっていたら、近所の猫が雑草の中にいた。獲物がいたのか、昆虫?猫の性格は人には慣れず、住む場所に慣れるという。どうも野生の動物の本性を現すようだ。

猫丈以上の草の中を歩くさまは、熱帯地方にいる虎が、草むらに入って獲物を探しているような感じがした。虎も猫科である。

獲物を狙うときの、姿勢は低くして、ゆっくり近付き距離を測って、一気に飛び掛る。その時の尻尾は当然真っ直ぐ伸びている。緊張している度合い分かる。

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2009年5月 6日 (水)

オードリヘップバーンの思い出

3612 今朝の朝日テレビスーパーモーニングで「ローマの休日」衝撃デビューで有名な、オードリヘップバーンの「生き方・人生観?」の紹介ががあった。
私も、「ローマの休日」を映画で見たが、今まで生きて、これほどまで、魂を揺り動かしてしまった感動的な事はなかった。それ以後、「テファニーで朝食を」・「戦争と平和」などすっかりオードリヘップバーンのファンとなってしまった。
「ムーンリバー」は今でも、彼女窓越しで、ギターを弾いていた映画の場面を記憶している。


歌詞(日本語訳)
頭をあげて渡ろう ムーン・リバー いつの日か昔の夢を いつくしみ
はりさける思い でもその流れに 私もついて行こう
ただようふたり 世界を見よう 胸をはずませて
ともに追う― はるかな虹 その河の角に待つ―
幼い思い出の友 ムーン・リバー心の夢


オードリヘップバーンは二度来日している。東京・京都・奈良などを家族で旅をしているが、いつも笑顔と素顔(年代を隠さず)今を生きることがモットーだたそうだ。そして少しも奢らず現在を勢いっぱい生きた。そして晩年アフリカの貧しい人々に慈善活動をしたという。

私には、その生き方も魂を揺さぶる衝撃的な人だった。

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アイルランドの危機

05detohama11 何処かのテレビで観たのだが、EU(欧州連合)のなかでもアイルランドは、世界同不況の中で、失業率が9・2%に達するなど世界的な経済危機の影響が深刻なアイルランドの首都ダブリンで21日、政府の経済危機への対応などが問題となっているという。

多額の財政赤字を抱え、EU(欧州連合)から赤字削減を求められているアイルランド政府はこのほど、公務員らに対する年金保険料徴収の強化案や教育予算を含む政府支出の削減案を公表。政府は経済運営の失敗のつけを国民に押しつけているとして、労働組合が反発している。

拡大する財政赤字や過去最悪の失業問題に見舞われるアイルランドは、欧州でも経済の衰弱が最も進んでいる国の一つであり、デフレが今、同国を過去80年で最悪のリセッション(景気後退)に陥れかねない状況という。

FujiSankei Business iニュース・・・他のユーロ圏諸国でも物価上昇が止まり、アイルランドはテストケースとして、ECB(欧州中央銀行)に物価下落を深刻な問題として受け入れるよう迫る可能性がある。

3月のアイルランド消費者物価指数は前年同月比0.7%低下と、1999年のユーロ加盟以来初のマイナスだった。家計は支出を過去最大のペースで削減しており、銀行は融資を引き締めている。スペインでも3月の消費者物価指数は前年同月比0.1%低下。ドイツの卸売物価指数は前年同月比8%低下と、過去22年で最大の落ち込みだった。ユーロ圏全体の消費者物価は0.6%上昇と、96年の統計開始以降で最も小幅な伸びにとどまった。

リスクは、消費者が長期的な物価下落を見越して消費を切り詰め始めると、欧州が「失われた10年」と呼ばれた90年代の日本のような状況に陥りかねないことだ。

FRB(米連邦準備制度理事会)やイングランド銀行などはデフレ回避のため国債などの買い取りを通じて国内に資金供給しているが、ECB当局者は対応策で意見が割れている。

ECB政策委員会メンバーのウェーバー独連銀総裁は、証券の買い取りや現行1.25%の政策金利の大幅引き下げを支持しない考えを表明しているが、キプロス中銀のオルファニデス総裁はこの2つの選択肢の検討を支持しており、4月14日には「デフレリスクは幾分高まった」との認識を示した。トリシェECB総裁は同3日、消費者物価指数は年後半に「再び上昇する前に今後数カ月はマイナスになる可能性もある」と述べている。

ソシエテ・ジェネラルのエコノミスト、ジェームズ・ニクソン氏(ロンドン在勤)は「ECBは依然、デフレリスクに対しあまりに楽観的だ。年後半までには政策委メンバーはかなり重大な問題に直面することになり、資金供給拡大のための資産買い取りを考慮し始める必要が生じるだろう」と指摘した。

ECBは4月2日の政策委で、新たな措置に関する決定を次回5月7日まで先送りした。ブロクサム・ストックブローカーズ(ダブリン)のチーフエコノミスト、アラン・マクウェイド氏は「デフレは確かにインフレよりも大きな頭痛の種であり、アイルランド経済には今最も望ましくないことだ」と述べた。

「ケルトの虎」と呼ばれたアイルランド経済は昨年、金融危機から打撃を受け、特に不安定な状況が見込まれる。同国政府の予測によると、今年のGDP(国内総生産)は約8%減となり、ユーロ圏全体の2倍以上の落ち込みとなる見通しだ。(Simone Meier、Louisa Nesbitt)

EU(欧州連合)の中でも特に不況の波が酷いと言われているようだ。今後の動きに注目していきたい。

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新緑と落ち葉

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今日の名言

人間のすべての性質のなかで、嫉妬は一番みにくいもの、虚栄心は一番危険なものである。
心の中のこの二匹の蛇からのがれることは、素晴しくこころよいものである。
ヒルティ『眠られぬ夜のために』(第二部)

05oirase31落梅の多少の径や夏に入る 安西冬衛

歳時記の「立夏」には、傍題として「夏に入る」「今朝の夏」「夏来たる」等々がある。立夏は陽暦の5月6日頃とされる。つまり暦の上での夏は、今日あたりから立秋8月8日の前日頃までということになる。

♪卯の花のにおう垣根にホトトギス……夏は来ぬ。掲出句では卯の花ではなくて落梅である。「梅」は春の季語だが、「落梅」は歳時記にはないようだ。「青梅」や「梅干す」となると夏。「落梅」には「散る梅の花」の意もある。けれども、ここでは「落ちた梅の実」の意である。梅の花につづいて桜の花も散りはてた新緑のこの時季、梅の木の下で見上げると、もうかわいい青梅が葉かげに幾粒も寄り合っている。季節の移り変わりと植物の律儀さには、改めて感心させられる。

「径」はこみちとか山路などの意味がある。こみちを歩いていて、ふと梅の木の下にいくらかの梅の実がパラパラと落ちているのを発見して、思わず「ああ、もう夏か」という驚きを、今さらのように噛みしめているのである。「落梅」と「夏に入る」のとり合わせがとてもすがすがしい。

安西冬衛と言えば、春に「韃靼海峡」を越えた「てふてふ」は、今頃どのあたりを飛んでいるのだろうか? どんな虫になったか?―――と想像をめぐらしてみたくなる。冬衛が残した俳句は少ないが、ほかに喰積の減らでさびしき二日かなという新年の句もある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)

新緑や 堅き古葉を 脱ぎ捨てる

今の時期、樫・楠木・などの常緑樹は、新芽がのびる。そのかわりに一年光り光合成で、養分を取り込んで樹木を成長に活躍した葉は交代である。

毎日毎日、新緑の成長の数だけ落とすわけで、庭に植えてある金木犀の落ち葉を掃除しながら、昆虫で言えば、脱皮しているんだな!と思った。

その古葉は地面に落ちて、腐って肥料になり、腐葉土となる。腐葉土はをふかふかにし保水性・排水性を高める。 腐葉土は、中の空気の層を増やし微生物などの活性を高めて、土の中で分解されて、団粒化されて、沢山の肥料を蓄える力を持ち保水効果が出て来る。

自然界では、大事な循環機能がある。栄養分たっぷり含んだ土壌は、樹木を成長させるだけでなく昆虫などを増殖させて、動植物は勿論・川や海の魚の繁殖まで、影響を与えるそうだ。

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2009年5月 5日 (火)

児童福祉週間

06_12801 子どもや家庭、子どもの健やかな成長について国民全体で考えることを目的に毎年5月5日の「こどもの日」から1週間を「児童福祉週間」と定めて、児童福祉の理念の復旧・啓発のための各種事業及び行事が行われている。

平成21年度児童福祉週間の標語は

「ありがとう つたわるこころが うれしいよ」です。

子供には罪はなく、勝手に生まれてきたのではない全てが両親に責任はある。子供は親を選べない。離婚・再婚など親の勝ってにより子供が犠牲になる事で社会問題化している。

自分の子供がいなくなったと警察に捜索願をだし、近所の方・警察で必死に捜索をしたら、親が犯人だった。一晩中ベランダに立たされ、食事も与えず、放置すればどうなる位は分かるはず、近所の方毎晩のようにベランダで子供泣き声が聞えていたという。ごく最近、そんなニュースが流れた。そんな親は子供を生む資格がない。

私が住む八王子市のホームページ・・・子どもたちが健やかに育つこと、これは社会の宝である子どもたちに対する国民全体の願いであり、すべての子どもが家庭や地域において、豊かな愛情に包まれながら、夢と希望を持って、未来の担い手として、個性豊かに、たくましく育っていけるような環境・社会をつくっていくことが重要です。

政府では平成16年12月に「子ども・子育て応援プラン」を策定し、平成21年度までの5年間に、すべての子どもと子育てを大切にする取組みを進めています。また、こうした社会づくりを大人任せにするのではなく、どのような社会が理想なのか、子どもたちの一人ひとりがそれぞれの意志で新しい未来を築いて行こうとする取組みを進めていくこと、そして、それを応援する環境を整備していくことも求められています。

こうした中、子どもや家庭、子どもの健やかな成長について国民全体で考えることを目的に、毎年5月5日の「こどもの日」から1週間を「児童福祉週間」と定めています。

さしのべよう 子供に優しい 愛の手を

子は宝 皆で見守る 地域の目

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子供の日

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今日の名言

子供というものは両親の分身ですぞ。したがって、よい子であろうと悪い子であろうと、われらに生命を与えてくれる魂を愛するように、愛さねばなりません。
セルバンテス『ドン・キホーテ』後篇(一)

Sagakoi041したたかに濡るる一樹やこどもの日川村五子

本日「こどもの日」。いつ見ても子供は濡れているように思う。お日さまの下、やわらかい髪を汗で貼りつけ、駆け回っているイメージがあるからだろうか。それはまるで、子供が太陽エネルギーで動き、また汗をかくことで、一センチずつ成長しているかのように。

掲句の一樹は健やかに発育する子供の象徴であり、それぞれの未来へと向かうまぶしい手足が見えてくる。強か(したたか)とは、人格を表すときには図太いとか狡猾など、長所として使われることはないが、一旦人間を離れ、自然界へ置き換えた途端に、その言葉はおおらかに解き放たれる。

掲句の核心でもある「したたかに濡るる」にも、単に雨上がりの樹木を描くにとどまらず、天の恵みの雨に存分に浄められ、滴りを光らせている樹木が堂々と立ち現れる。

初夏の鮮やかな木々が、世界を祝福していると感じられる甘美なひとときである。〈空容れてはち切れさうな金魚玉〉〈朝顔の全き円となりにけり〉『素顔』(2009)所収。(土肥あき子)

雨もよし 晴れればまたよし 若葉かな

今日は立夏である。団地のベランダに人サイズの鯉のぼりが初夏の風に泳いでいた。今は五月人形なのか、本格的な鯉のぼりは見られない。

旧暦(陰暦・・)五月五日は端午の節供である。
端午は「月の初めの五日」と言うこと(さらに古くは月初めの「午」の日)で、本来は五月に限った呼び名ではなかった。これがいつしか重日思想(月数と日付が一致する日付を特別な日だと考える思想。古代中国にあった)と相まって五月の五日だけを特別に指すようになったそうだ


少子化・核家族化では無理なこと、日本の伝統の鯉のぼりと、五月人形は衰退してしまた。先だって、津久井の相模川の高田橋を車で通ったら、川幅一杯に鯉のぼりが張られて壮観であった。1200匹だそうだ。

相模原市と愛川町の境を流れる相模川河川敷(相模原市田名)で住民有志が端午の節句に合わせて開催するイベント「泳げ鯉のぼり相模川」が二十九日から始まった。

そして、今日は東京府中大国魂神社の暗闇祭である。生き物全てが躍動する、本格的な夏を迎えるのである。去年は観に行ったが、今年はどうするか・・・。

柱のきずは一昨年の五月五日の背くらべ」と始まる唱歌が懐かしい。

海野厚作詞 中山晋平作曲

のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
ちまきたべたべ 兄さんが
ってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ 何
のこと
やっと羽織の 紐のたけ

柱にもた
れりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに背伸
 していても
雪の帽子
を ぬいでさえ
一はやっぱり 富士の山

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2009年5月 4日 (月)

緑の日に思う

Tko0310170481高尾山は、標高600メートルである。都心から1時間圏にこれほどの自然はなく、仏ミシュラン社の旅行ガイドは富士山や京都と同じ三つ星をつけた。

薬王院がある。薬王院は今から約1200年前に開山された真言宗の寺院で、正式には「髙尾山薬王院有喜寺」という。現在は成田山新勝寺、川崎大師平間寺とともに真言宗智山派の三大本山として広く知られている。

ケーブルーに乗ると、頭上を覆うイロハモミジやイヌブナの若葉に、柔らかな陽光が透ける。なま乾きの絵のように、山全体が緑にぬれ、木もれ日までが色づいて見える。新緑が人間の心まで新緑に染めてしまう。ストレス社会では、都会に近い里山の価値はひとしおだ。緑という色は誕生や永遠のイメージと結びつき、心身を癒やす効果があるそうだ。

木々の息吹が体に悪いはずがない。この時期、森にみなぎる「生」の色や香りを浴びれば、日ごろの不養生をいくらか埋め合わせた気にもなる。自然に寄り添う時間が命を温め、抵抗力を養ってくれる。

日本の、荒廃した山林を守る事が叫ばれている。

朝日新聞社説・・・荒廃する森林をよみがえらせ次世代へ渡すには、木を間引く間伐が欠かせない。これが全国的に滞っている。

間伐材の売却代金に国や県からの補助金を足しても、作業道の開設、作業や輸送にかかる経費の方が高くなってしまうからだ。その結果、間伐をしても伐採した木を運び出さず現場に放置する「切り捨て間伐」が増え、間伐実施分の6割までになっている。

そんな窮状を打開する仕組みを、東京の環境NPO「オフィス町内会」が考え出し、実施している。

間伐を支援するサポーター企業を募り、間伐材でつくった紙を買ってもらうのだ。間伐費用の不足分を紙代に上乗せするので、普通の紙より10%ほど割高になる。そうすれば、製紙メーカーに間伐材を市価の約2倍で買ってもらえる。あらかじめ「間伐に寄与した紙」の予約発注を受け、売れ残る心配もなくす。そんな仕組みだ。

このおかげで、岩手県岩泉町では間伐作業が経済的に成り立つようになった。4年前に6社で始まったサポーター企業は70社まで増えた。企業にとっては紙代が少し上がるだけなので、支援しやすいのが利点だ。

販売する紙は年間360トンを超す。間伐面積は当初の1.8ヘクタールから25ヘクタールへ広がった。この2月から岩泉町の隣の葛巻町が加わり、5月からは青森県三沢市も参加する。成功を聞いて静岡県庁と浜松市がこの方式の導入準備を進めている。

「オフィス町内会」は18年前、職場から出る古紙の共同回収システムを考案し全国の先例をつくった。当時はまだ、企業の古紙回収は手つかずだった。初めは30社だった参加企業がいまや1200社に。同様の活動は全国の50カ所以上へ広がっている。扱い慣れた「紙」を仲立ちに、みどりの支援にも乗り出したのだ。

間伐材で作った割りばしの普及に取り組むNPOもある。東京の「樹恩(じゅおん)ネットワーク」だ。いま全国64の大学生協で年間1千万膳(ぜん)が使われている。こうした間伐支援モデルを、森林整備の足がかりにしたい。

山主側も知恵を絞る。京都府南丹市では森林組合が複数の山主の所有林を集約した。高性能機械の導入などで経費を削減し、組合の経営も維持しつつ森林の再生に取り組んでいる。

林野庁によると、日本の森林面積2510万ヘクタールの4割を占める人工林のうち、間伐が必要なのは465万ヘクタールで、半分近くにのぼる。日本は温室効果ガスの排出量を90年より6%削減することを約束しているが、3.8%分は二酸化炭素を吸収する森林に担ってもらう。森林への期待は大きい。

低迷する林業を一朝一夕に立て直せるわけではないが、みどりを守り育てる試みをふくらませていきたい。

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外来雑草のこと

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今日の名言

知恵の最後の結論はこういうことになる、自由も生活も、日毎(ひごと)にこれを闘い取ってこそ、これを享受するに価あたい)する人間といえるのだ、と。
ゲーテ『ファウスト』(第二部)

03kisyoubu11にんげんに吠える草あり春の山 鈴木光彦

季語「春の山」といえば、春風駘蕩、まことにおだやかなたたずまいの山をイメージさせる。たいていの句は、そのようなイメージから作られてきた。だが、作者はそんな常識的なイメージを踏まえつつも、山という自然はそうそう人間の都合の良い解釈や見立てどおりにはならないことを知っている。

一見やわらかくおだやかな色彩で私たちを招くかのごとき春の「草」のなかにも、突然「吠えかかって」くるような凶暴さを示す草だってあるのだ。とりわけて他に誰もいない山中にあるときなど、少し強い風が出てくると、丈の高い雑草の群れがざわあっという感じで揺れる様子には、どこか不気味な恐さを感じるものだ。「にんげん」の卑小を感じる一瞬である。

「そよぐ」という言葉には、漢字で「戦ぐ」と当て、「戦」には「おそれおののく」の意もあって、これはそういう意識につながっているのかもしれない。

その意味からも、掲句は既成の季語に対する反発、吠えかかりなのであるが、山をよく見て詠んだ至極忠実な写生句ともなっている。句作りで安易に季語に寄り掛かるなという警鐘としても、拳拳服膺する価値があるだろう。『現代俳句歳時記・春』(2004・学習研研究)所載。(清水哲男

抜いてまだ 外来多き 春の土手

最近道端の雑草が、外来種の草が多いのに気づく、外来種(キシュウスズメノヒエ?)
がよく目立つ。この植物は気温が高いと見る間に繁茂し、旧来の植物を押しのけてしまう、鎌で刈っても根があると、伸びてくる。したがって根がしっかりしていて根こそぎ取り除かないと退治できない。その上、成長が早く、実がつけるのも早い。背丈は90センチ位で麦に似ている草である。

外来種で困るのは、背高泡立ち草である。他にアレチウリ・西洋タンポポなど繁殖力が強い雑草がある。柴の土手が外来種の雑草に被い尽くされて昔の景観を望む事ができない。

昔の、レンゲ・すみれ・タンポポの、野道は今はない。麦に似たキシュウスズメノヒエ?が大きくなり、地味な花をつける。その花粉が、花粉症のある方の大敵である。妻は多く生えている河川敷を歩く時は、ゴーグル・マスクをしないと大変な事になる。

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2009年5月 3日 (日)

デフレスパイラルに陥る?

05detohama11大手スパーの価格引下げ競争がすざましい。お隣のスーパーではいくらで売っているがうちではそれ以下にする。と言った具合で、スーパー、食品メーカーが商品価格を値下げする動きが広がってきた。主婦は、折込広告を見ながら、スパーを走り回る。一円でも安い買い物をすると、凄く得をした気分となる。

昨年までの穀物相場の“暴騰”を牽引(けんいん)した投機資金が、金融危機で相場から流出、原料価格が急落したためで、調達コストの下落分を価格還元し、販売増加につなげる狙いがある。

パンやマヨネーズなどで先行して実施しているが、景況感の悪化で消費者の節約志向が高まる中、今後、幅広い食材に値下げが波及する可能性もある。ただ、家計にとって朗報とはいえ、物価下落に拍車をかけかて、日本経済のデフレを一段と加速させる恐れもある。

読売新聞社説・・・デフレ経済へと通じる扉が、再び開いてしまったようだ。3月の全国消費者物価が1年半ぶりに0・1%の下落に転じた。前年に急騰していたガソリンなどが値下がりした影響が大きいが、エネルギー関連の品目を除いた指数も3か月連続で下がっている。

原油高の反動という特殊要因が招いた「一時的な下落」では片づけられまい。日銀は経済や物価の見通しを示す「展望リポート」で、2009年度に消費者物価の下落率が1・5%と戦後最大を記録し、10年度も1・0%下がると予想する。今後は物価下落が拡大し、デフレに逆戻りすると見るべきだろう。

主因は景気悪化に伴う需要不足にある。昨年10~12月期の日本経済の需要不足は、20兆円に達した。今年1~3月期にさらに拡大したと見られる。モノの値段が下がれば家計は楽になりそうだが、企業の売り上げが減ってリストラや賃金カットが起きる。収入減で生活が苦しくなることで消費が低迷し、さらに企業は値下げを迫られる。

こうした負の連鎖の兆候は、3月の経済指標にもうかがえる。失業者が70万人近く増え、失業率は約4年半ぶりに4・8%に上昇した。サラリーマン世帯の収入は2か月連続で減り、一般世帯の消費は13か月もマイナスが続いている。新型インフルエンザという新たなリスクも加わった。

デフレは経済を萎縮させる難病だ。「失われた10年」のように初期の手当てを誤ると重症化し、完治に時間がかかる。早期治療が肝要である。まず、需要不足を補うため、追加経済対策の着実な実施が欠かせない。補正予算と関連法案の成立を急がねばならない。

雇用情勢は、予想を上回るペースで厳しさを増している。これが景気を一段と悪化させることのないよう、雇用対策には特に細心の目配りが必要だろう。

日銀の金融政策も重要だ。デフレが深刻化するとの弱気な見方が増えると、経済活動がさらに縮小し、景気悪化と物価下落が連鎖的に加速する「デフレ・スパイラル」の危険が高まる。

日銀がかつて、消費者物価が下落を脱するまで量的緩和策を続けると表明したように、金融緩和継続の基準を明示すれば、弱気の払拭に役立とう。

ゼロ金利政策の復活や量的緩和策の拡大など、大胆な金融政策を検討すべき時ではないか。

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人間も虫けらと同じ

Imomusi66881先月の事だが、寒かった日に散歩していたら突然、胃が胸が焼けて、吐きそうになった。しばらくしら、胸に槍を突き通されたような痛さを感じたのであった。

家に帰り、買い薬(ガスター10)飲んだがどうもよくならない、2・3日して消化器病院に行って診てもらって薬を飲んだが、十日後に胃と大腸の内視鏡検査をした。

胃の内視鏡は自分でもモニターを見ることが出来るので最初から目をそらさず見ていたが、自分の身体ではないような錯覚なった。食道・胃・十二指腸と見ていくと、それは、“芋虫”のような感覚となった。

人間も昆虫のような生き物と同じで、60兆の細胞から出来ている物体でなんら変わらない生き物だ。

この世にたまたま、生を受けたのが人間であったのだが、ひょとしたら虫けらだったかも知れない。そうだとしたら、この地球上に生存している生物はそれぞれ生きる目的があって生きているのであるから、生きている生物を尊重することが、自分自身を周りの生き物に支えられて生きられることだと思った。

しかし、弱肉強食の世界である。人も、虫けらの昆虫でも、食べて生き続けられるのであるのであるから、少なくても、必要最低限の食料調達で済まし、頂く時は他の命を頂くという感謝の念を持って、頂く心がけが大事だ。

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弁天様まつり

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今日の名言

世間恐るべきは猛獣毒蛇にあらず 壮士暴客にあらず ただ勉強家と沈黙家と謙遜家とのみ
正岡子規『筆まかせ抄』

0261日をたたむ蝶の翅やくれの鐘 望月宋屋

翅は「つばさ」と読みます。句を読んでまず目に付いたのが「たたむ」の文字でした。今更とは思うものの、手元の辞書を引けば「たたむ」の意味は、「広げてある物を折り返して重ねる。折って小さくまとめる。」とあります、なんだか辞書の説明文がそのまま詩になってしまいそうな、詩歌向きのきれいな語です。

望月宋屋(そうおく)の生きていた江戸期にも、「たたむ」は今のようなひそやかさをたたえた語だったのでしょうか。少なくともこの句に使われている様子から想像するに、数百年の時の流れは、語の姿になんら影響を与えることはなかったようです。「日をたたむ」の「たたむ」は「店をたたむ」のように「やめてしまう」の意味。

もちろん「たたむ」は「蝶の翅をたたむ」ことにも通じていて、こちらは「すぼめる」の意味でしょうか。さらにくれの鐘の音が「日をたたむ」にもかかってきて、きれいな言葉たちは句の中で、何重にも手をつなぎあっています。そうそう、「心にたたむ」という言葉もありました。もちろん意味は、「好きな人を心の中に秘めておく」という意味。『日本名句集成』(1991・學燈社)所載。(松下育男)

山寺や 緑に映る 池に風

昨日八十八夜であった。ボランテアで近くの斟珠寺(しゅしゅじ)の池の周りを、町内の老人会の皆さんと掃除を行なった。すっかり緑に衣替えして夏を迎える準備が出来た感じであった。陽射しは一日一日力強くなって、木陰が欲しくなる暑さとなった。

池には弁天様が祭られていて、お坊さんがお経を上げて供養された。池には鯉が、産卵期に入ったのか忙しく泳ぎ回って、波紋を作っていた。

作業は一時間で終わって、木陰でしばらく休んでいたら、汗をかいた素肌に、木陰から緑の風が心地よく吹いていた。そして、あげは蝶が舞ってすっかり夏模様になった斟珠寺であった。

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2009年5月 2日 (土)

どうなる西松事件

05gihu_hana_festa21三月初旬頃から、我が家の前の道路に突然報道関係の記者、カメラマンが、毎日のように来て取材陣が押し寄せていた。多いときのは15.6人がきて一日中、意中の人の現れるの待っていた。二階俊博経済産業大臣の公設第一秘書の方の帰りを待っていたが、一向に現れない。何とか経緯を聞きたいとのこと、そして本人の行方は、全く分からないそうだ。

4月30日ごろまで2.3人の取材スッタフのかたが見えていたが、スクープニュースを狙っていた・・・どうも諦めたようだ。(ある記者に聞いてみた)

6000万円に上る裏金疑惑をマスコミは報じた。他にも事務所費用疑惑など、その悪質さは小沢氏の比ではなく、誰もが「摘発は時間の問題」と固唾を飲んで見守っていた。

ところが、東京地検の記者クラブに所属する担当記者から「最高検と協議をしている模様だが、検事などの動きから終結が近いようだ」との情報が漏れ聞こえてきた。麻生太郎総理大臣が解散を匂わす発言で東京地検の出鼻を挫き、二階氏の逮捕という最悪の事態を回避したようだ。実に巧妙なやり方と言えるようだ。

二階俊博経済産業大臣の疑惑騒ぎは静まりかえってしまって今までの騒ぎは何だったのか疑いたくなる。そして小沢一郎民主党代表の言う、『東京地検も選挙を意識しての動き?』も頭をもたげたくなる「国策捜査」?。
捜査は停滞気味だが、「二階氏側が立件されれば内閣には大打撃。されなくても『やはり与党は捜査しない』?

二階経産相の政治団体事務所の家賃を西松建設が肩代わりしていたなどと報道され、東京地検も重大な関心を持っているとされる事は間違いない。内閣「支持率が上がった原因は、民主党の小沢一郎代表の敵失であり、調子に乗らぬことだ。

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事件の背景を考える

05oirase31【「死刑にしてほしい」9人殺傷被害者の調書朗読 】茨城の土浦市で起こった事件は初公判がひらかれ、テレビのニュースでみた。

茨城県土浦市の9人連続殺傷事件で、殺人と殺人未遂などの罪に問われた無職の被告の初公判は1日午後も引き続き水戸地裁で開かれ、被害者や目撃者の供述調書が検察側証拠として提出され、検察官が主な内容を朗読した。

調書は、JR荒川沖駅で被告に切りつけられた当時高校3年の男性(19)は当日、駅で友達と待ち合わせ中にふと人の気配がし、頭を上げようとした瞬間に強い衝撃が走った。足元に血だまりができ、手が震え、寒けがしたという。男性は被告に対し、「勝手に人を巻き込むのはおかしい。死刑にしてほしい」と結んだ。

犯罪学者は、家庭環境や、社会が閉塞状態だと不満を爆発させるような事件が起きる例が多いという。少年など社会の弱者がストレスに一番反応しやすいことだ。
被告は、「死刑になると思った」、少年は「刑務所に行きたい」調べに対しこう供述し、「破滅願望」を示唆した。


その上で、「日常的にテレビゲームなどに接してきた若い人は、殺人の場面に触れる機会も多く、他人を『人形』や『キャラクター』として想像し、人を傷つけることにも抵抗感が薄くなっている」


ゲーム脳はともかくとして時代の閉塞感は、いつの時代でも使われる解説語彙に過ぎない。何か目的意識を持って生きることの大切さは、幼少時代からの親子の接し方、躾が問題があったものであろうと思う。

「子供の悪戯を注意するなら親の教育をしないと駄目」の世の中になったようだ。このことは、一部教育関係者は、日教組の存在が影響しているという。

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ピカピカの一年生

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今日の名言

外国へ行く者が、よく事情を知らぬから、知らぬからと言うが、知って往こうというのが、善くない。
何も、用意をしないで、フイと往って、不用意に見て来なければならぬ。
勝海舟『新訂 海舟座談』

07akitakoma_sumire11お祈りをして遠足のお弁当 山田閏子

慌ただしく始まった新学期も、オリエンテーション、新入生歓迎会、遠足などを経て、ゴールデンウィークで一息。つい数日前も、真新しい黄色い帽子が二人ずつ手をつなぎ、あとからあとから曲がり角からあふれてきた。千代田区の小学校も結構人数が多いなあ、と思いながら、小さいリュックの背中を見送ったが、そんな遠足の列を詠んだ句はよく見かける。

この句は、最大の楽しみであるところのお弁当タイム。ミッション系のおそらく一年生で、さほど大人数ではないだろう。芝生の上に思い思いに坐って開いたお弁当を前に、日頃そうしているように小さい手を合わせ、お祈りの言葉をつぶやいてから、大きく「いただきます」。かわいい。

描かれているのは、日差しや草の匂い、囀りに似たおしゃべりと笑い声、それを見ている作者の幸せ。お祈り、お弁当、二つの丁寧語があたたかい。句集のあとがきに、「平凡な主婦の生活の中で、俳句に佇んでいる自分自身を見つけることができた」とある。俳句との関わり方も句作態度も、こうあらねばならない、ということはない、それぞれだと思う。『佇みて』(2008)所収。(今井肖子)

草むしり 声をかけて 一年生

通路の草取りをしていると、「おじさん何している」のとピカピカ一年生が聞いてきた。「草を取っているの」黄色い帽子をかぶり、ランドセルに黄色いカバーをかけている見るから一年生と分かる。「ママまっているよ!」といったら、駆けて行った。近くの路地にお母さんが、子供帰って来るのを心配して待っている姿があった。

「じーじ、お祝い有難う」と電話があった、私の孫も一年生、遠くに暮らしている孫の顔を思い出した。

昨日は全国的によく晴れて暖かいを通り越して日中は暑いくらいだった。雑草の伸びるのが早い、そして花を咲かせ実をつける。草の種類により違うが、それぞれに、子孫を残そうと懸命に生きているのが分かる。タンポポの白い綿毛種が風に吹かれて飛んでいる。

程よい汗をかいて草取りの作業をした。

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2009年5月 1日 (金)

八十八夜の思い出

Mutsumefuta21八十八夜(はちじゅうはちや)は雑節の一つで、立春から数えて88日目の日。毎年5月2日頃。あと3日ほどで立夏だが、「八十八夜の別れ霜」「八十八夜の泣き霜」などと言われるように、遅霜が発生する時期である。そのため、農家に対して特に注意を喚起するためにこの雑節が作られた。八十八夜は日本独自の雑節である。

又、この日に摘んだ茶は上等なものとされ、この日にお茶を飲むと長生きするとも言われている。五月二日はまた、弁天様のお祭でもある。母親に手を引かれ一山こえた山裾に弁天様があって、お参りに行った出店があってオモチャを買ってもらうのが楽しみだった。

“お蚕さん”と言ってとても有難いもの(昆虫)だった。子供私には、部屋はとられ、ただ忙しくなる季節になるのだと、自分の事は自分でしなければならないのは当然で、桑摘みから家事を手伝わされた。

弁天様のお祭が終わると、いよいよ百姓の一番の現金収入でもあるお蚕の孵化させて養蚕が始まるのである。50グラムぐらいの蚕卵を仕入れて、28度位の温度を保った部屋で育てるのだが、蚕室は母屋の座敷を畳を上げて、障子に目張りをして炭火で、温度管理をする。

孵化から繭まで一ヶ月、カイコは卵からふ化してマユを作るまでに4回の脱皮を行い成長する。
脱皮を行う時期のことを「眠(ミン)」といい、眠になるまでの期間を「令(レイ)」と呼んでいます。4回目の脱皮を行ったカイコは、成長したのちにマユを作り、その中で脱皮してサナギとなる。
油単(白い布で湿気や汚れを防ぐため、袋状にしたもの)に入れて繭をリャーカーで出荷した親父の笑顔を今も忘れない。

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老老介護の将来を考えよう

10247681長門夫妻の認知症の「老老介護」の問題で生々しい生活の一部がテレビで放送があった。誰でも通る道である。それだけに視聴率が高かったのかもしれない。自分がそうなったら、どういう対処できるかであるが、経済的・精神的に大丈夫だろうか甚だ不安である。

私も何年も義両親・実兄夫婦の終焉の生活のすざましい光景を体験してきただけに、あの放送内容などカッコよすぎる内容である。一般人の送れる生活ではないようにみえる。「老老介護」の問題は誰でも予想しなければならないが、具えはできない。あらゆる場面を想定すると将来の不安は募るばかりである。

家族が仕事を辞めて両親の介護に当たらねばならない、自宅介護では、家のリホームを考え、生活内容も変えなければ・・・政治でなんとか解決・・・難しい?・・・。

J-CASTニュース・・・女優の南田洋子さん(76)が認知症にかかり、夫の長門裕之さん(75)が介護をするドキュメント番組が放送された。社会問題化している「老老介護」を社会に問うた意欲的な番組だとの評価がある一方、この番組の内容を巡り、医師、介護士、認知症患者を持つ家族から「キレイ事だ」といった多くの非難が上がっている。さらに、芸能界からも「南田さんを晒し者にするな」との声が出ているのだという。

介護の現場はまさに修羅場

この番組は2009年4月20日にテレビで朝日系で放送された「報道発ドキメンタリ宣言」。08年11月に、同じ番組で「今日の洋子は明日にない~消え行く妻の記憶」を放送した。視聴率が20%以上と高く、08年11月から撮影を開始を再開、今回の2回目が製作された。

番組では、認知症になった南田さんが自宅で長門さんに介護されている場面が登場する。しかし、自分が誰なのか、長門さんの存在が何なのかわからない。脳梗塞も併発し入院。退院したものの、まもなく意識が混濁し再入院。南田さんは病院のベッドで笑顔を見せながら

「洋子が(長門さんを)愛しているよ」と、話す姿などが流された。

「老老介護」の実態を社会に示し、「夫婦愛」の感動も与えた、との評価もあるが、日本認知症ケア学会によれば、放送後、医師や介護士、認知症患者を持つ家族から、「キレイ事すぎる」「介護の実態が伝わらない」など相当な非難が学会に寄せられたのだという。

認知症患者を持つ家族は、仕事を辞め介護に専念する場合が多い。介護保険を使ったケアに頼るが、収入が減るため、自費でヘルパーなどは雇えない。それなのに、長門さんは役者の仕事をし、家には自費で雇ったと思われるヘルパーが入っている。「老老介護」の場合は、介護保険に入っていても、お金がかかるため簡単に介護士を呼ぶこともできない。そんな「老老介護」を支えているのは地域のボランティア。にもかかわらず、ここの部分に全く触れていない。夫婦愛も結構だが、認知症関係者にとっては夢のような話で、「老老介護」の実態とは関係のない「お金持ちの世界」だというのだ。

同学会は、「各種の施設、制度、機関など社会資源を使い認知症のケアをするのが常識なのに、この部分に全く触れなかった。介護の現場はまさに修羅場。番組のような介護ができるのはお金持ちだけはないですか」 と指摘し、真実を伝える報道機関としての見識を問いたい、とまで言うのだ。

「南田洋子『晒し者』にするな」という記事もある。もう一つの問題は、認知症患者がこうした放映を望んでいるかだ。

芸能界から上がっているのは南田さんの扱い。「週刊大衆」は09年5月11・18の合併号で「南田洋子『晒し者』にするな」という記事を掲載した。ファンから 「隠し撮りのようなことをして、彼女の人権はどうなるんだ」 という批判も出ている、としている。

先の日本認知症ケア学会によれば、テレビ局などからドキュメンタリーを作るため認知症患者を紹介して欲しいという申し込みがあるが、全て断っている、ということだった。患者本人が望めば別だが、望んでいるかどうかなど、わからないからだという。

実は長門さんも、南田さんの様子を放送してもいいのかどうか悩んだという。最近発売された著書「待ってくれ、洋子」に書かれている。初めは放送の誘いを断ったものの、老老介護の実態を知ってもらうべきだとし、バッシング覚悟で承諾したそうだ。しかし、その思いは、現実に認知症患者の介護に関わる人々には届かなかったようだ。

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初夏の雑草

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今日の名言

無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。
ショウペンハウエル『読書について 他二篇』

07akitakoma歯に咬んで薔薇のはなびらうまからず 加藤楸邨

ああ、まさしく楸邨の世界だ。句の世界のここちよい、整った「完成度」など最初から度外視。薔薇にまつわる従来のロマンの世界も一顧だにされない。薔薇嗅ぐ、薔薇抱く、薔薇剪る、薔薇渡す、薔薇挿す、薔薇買う…僕らは薔薇のこれまでの集積した情緒を利用し、そこにちょっとした自分をトッピングしようとする。

その根性がもうだめなんだとこのものすごい失敗作は教えてくれる。五感を動員して得られたその瞬間の「自分」をどうしてもっと信頼しない。そこが無くしてどうして自己表現、ひいては自分の生の刻印があろうか。楸邨は眼前の薔薇を実感するためについには薔薇を口に入れて「うまからず」とまで言わねば気すまない。

一般性、共感度、日本的美意識。そんなものは鼻っから考えてもいない。それらがあたまの隅にあったとしても、対象から得られる自分だけの「実感」が最優先だ。こういう句を俳諧の「滑稽」で読み解こうとするひとがいたらヘボだ。『吹越』(1976)所収。(今井 聖)

雑草は 負けじと初夏の 競い合い

雑草にも色々な種類があって、春夏秋冬で違いがある。なんと言っても初夏の雑草は伸びるのが早い、一週間もするとしっかり根を張ってしまう。

河川管理道路に毎年コスモスを育てているが、去年の種がこぼれてその芽が一斉に出て青々としてきた。それと同時に夏草の雑草も負けじと、コスモスを被い尽くさんばかりの勢いではびこってきた。生存競争の激しさを感じさせられる。

踏まれても、刈り取られても、どっこい生きて子孫を残そうと頑張っている、雑草の猛烈な生命力を感じるのである。昨日は、2時間かけて、除草作業して汗をかいた。

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