今日から2月
今日の名言
死の事は考えるに及ばない。我々が手伝わなくても、死は我々の事を考えてくれるから。 |
| シェンキェーヴィチ『クォ・ワディス』(下) |
一月二月丸暗記しています 阿部完市
早いもので2009年も1月がすでに終わってしまい、あたりまえのことながら、切れ目もなしに2月がやってきました。ちょうどそんな時期に、1月2月が並んだこのような句に出会いました。とはいうものの、この句は決してあたりまえに出来上がっているわけではありません。
いったい、「丸暗記」が1月2月とどう繋がっているのでしょうか。受験期の最後の追い込み勉強としての丸暗記がここに置かれていると、考えられないわけではありません。しかし、そのような詮索はなんの意味もないようです。特に、「しています」という言い方が、なんともとぼけた味を醸しています。
この句が目に留まったのは、生真面目に書かれた多くの句の中にあって、身をずらすような書かれ方をしていたからなのです。句の内容よりも、創作の姿勢そのものが作品の魅力になっているという点では、作者の特異な才能を認めざるをえません。型を熟知しているものにしか、型を破ることは出来ないからです。
思い出せば昨年の暮れ、明治大学の講堂で行われた世界の詩人が集まった朗読会で、この作者の朗読をじかに聴いたのでした。読まれてゆく句はどれも、意味の関節を次々にはずしてゆくような内容でした。朗読とは、もっともかけ離れた位置にある作品を、滔々と読み続ける姿に、ひたすら感心して聴いていたのでした。「俳句」(2009年1月号)所載。(松下育男)
「型を熟知している者にしか型を破ることはできない」なるほど、納得!である。世の中での出来事で、こういったことに反して起きていることがあるが、直ぐに消えてしまう。長続きはしない。本当に型を熟知しているものが新しい流れをつくる。
アァ今日から2月。月の日の移り代わりは早い。年を重ねるたびに、早く感じてしまうようでならない。三日後には立春である。今日はテレビ放送記念日 という。
1953(昭和28)年、NHK東京放送局が日本初のテレビの本放送を開始した。1953(昭和28)年2月1日午後2時、東京・内幸町の東京放送会館から「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声が放送された。当時の受信契約数は886台、受信料は月200円。その年の8月には日本テレビ、翌1954(昭和29)年3月にNHK大阪と名古屋、1960(昭和30)年4月にラジオ東京(現在の東京放送(TBS))でもテレビ放送が開始された。
我が家では先だって、「地デジ」対応で工事を済ませた。地上波のテレビ放送は、2011年7月24日までにアナログテレビ放送が終了し、地上デジタル放送に完全移行する。デジタル放送への移行はスムーズに進んでいるのかなぁ・・・
何だか、テレビのチャンネルがやたらと多くなったが、こんなことをしないでも良いと思ったのは私だけではないだろう。
|
| 固定リンク



コメント