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2009年1月

2009年1月31日 (土)

ルームシェア

Odaiba971ルームシェア」とは・・・辞書でみると気のあった友人やインターネットで募集した相手といっしょに賃貸マンションや戸建ての賃貸住宅を借りて、家賃を折半して暮らすこと。それぞれがひとりになることができて鍵のかかる部屋と、共同で使うことのできるリ.部屋がある。

出口の見えない不況では、家賃が大きな問題となる。正規の会社員でも残業・休日出勤で凌いできていたと言う人には家賃は安いほうがいい。多少の不都合さはあっても我慢しなきゃ・・・こんなご時世で、ルームシェアは一つの選択肢だろう。

J-CASTニュース・・・マンションの部屋を友人とシェアする「ルームシェア」が今、脚光を浴びている。未曾有の不況下ともあって、紹介ブログがネット上で話題になっている。もちろん、トラブルもあるようだが、ちょっとした贅沢気分が味わえるのが魅力というのだ。

「アパートじゃないところがミソ。マンションまじ良いよ」こんなフレーズでルームシェアを紹介した「はてな匿名ダイアリー」のブログが話題になっている。その2009年1月4日のエントリーでは、一人でアパートに住むより良い点として、「広い、綺麗、トイレバス別、新しめの自動湯沸かし・保温付いてる」「シンク広い。ゴキブリでない」などを列挙。また、管理人がゴミや荷物受け取りまで面倒を見てくれたり、給料が少なくても毎月貯金ができたりするメリットがあるとする。

さらに、精神面のメリットも強調。きつい仕事から帰ってきて相手がいるとホッとし、休日は馬鹿話を肴に飲んだりできるとしている。新卒1年目でマンションに住めたのは、2人のシェアだからだとも。住んでいるのは、新宿まで電車で15分、家賃10万円、2LDKの賃貸物件。この不況下で、「ルームシェア可と謳ってない物件でもかなり受け入れてくれてる」と言う。

欧米などの留学先では、一般的なルームシェア。日本でも、増えてきているのだろうか。

日本で最もアクセスが多いというサイト「ルームシェアジャパン」は、開設当初の2004年に比べ、現在は20倍もの月間100万ページビューに増えた。また、交流を重視するシェア形態のゲストハウスは、民間のサイト「ゲストハウス白書」によると、そのベッド数が05年に比べ2.4倍にも達している。正確には分からないが、増加傾向にはあるようだ。

  なぜ、日本でもルームシェアが人気となったのか。

一番大きいのは、メディアの影響だという。映画化された漫画『NANA』や昨春のフジテレビ系ドラマ『ラスト・フレンズ』でルームシェアを知り、『そういう暮らし方があるのか』と関心を持つ人が増えてきた。

シェアするマンションの相場は、都内なら10~30万円ほどで、3~4人で住むこともあるという。年齢は20~30代が多く、男女に偏りはあまりないとも。地域は、関東やアメリカ文化の影響が強い沖縄で多いとしている。

都会の生活も時代と共に変わっていくものだと改めて知らされた。

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「渡り」は撤回が筋だ

08nangodake_sandou11官僚の壁は厚くて高い、本当の日本再生は遠い。今世の中自己主張が強すぎると言う事で青少年のいじめ、家庭内のいざこざによる殺人、学校での暴行、引きこもりなどが問題となっている。

そんな世代を熟と親からの強制的に勉強をさせられれ、超一流の大学を出て、官僚となった。理屈ばかりの行政に、国会の諸先生もたじたじでいつの間にか、白が灰色になってしまっているものも分からず、認めてしまう。

官僚の保身は驚くほどの認識は高い。今回の「渡り」の問題でも麻生首相の認めないと断言したが、何時まで首相の座にいられるか分からない。政令が閣議決定してしまった。というか、官僚の強い圧力?が垣間見える。

政府が官僚を指導するべきであるが、これが出来ずむしろ官僚に指図されるようでは、国民は堪ったものでない。

東京新聞社説・・・官僚OBが天下りを繰り返す「渡り」あっせんの禁止を麻生太郎首相が表明した。ただし、あっせんを認める政令はそのままというのでは世間の理解は得られない。撤回でけじめをつけよ。

官僚OBが公益法人や民間企業への再就職を繰り返し、そのたびに高額な報酬や退職金を受けるのが渡りだ。経済危機が庶民の雇用を直撃している折でもある。「役人天国」の代名詞ともいえる特権を放置していいはずがないのは論をまたないだろう。

一昨年に成立した改正国家公務員法では、三年の移行期間で、省庁ごとに行っていた天下りのあっせんを「官民人材交流センター」に一元化し、渡りのあっせんは禁止することを定めていた。にもかかわらず、「必要不可欠な場合」は首相の承認で渡りを可能とする政令が昨年末に閣議決定された。これが今回の騒動の発端だ。

首相は当初、原則として承認しない意向を表明。その一方で、改正国家公務員法では三年以内の渡りは認められているとして、個別ケースは認めざるを得ない、と煮え切らない態度に終始した。

野党の反発に加え、自民、公明両党からも不満の声が上がったことで、代表質問の答弁で「今後申請が出てきた場合も認める考えはない」と全面禁止の考えを明らかにした。当然のことだが、撤回しないのでは画竜点睛を欠くというものだ。

政令決定に当たって、政権内で内容を十分吟味した様子はうかがえない。首相や閣僚の目をすり抜けるように渡りへの抜け道となる規定を役人が潜り込ませたというのが実情のようだ。

官僚に甘くみられている。麻生政権の情けない現実を大いに反省すべきであり、毅然(きぜん)とした姿勢を示すためにも撤回が筋だ。メンツの問題でもあるまい。

政府は過去三年間に省庁の渡りあっせんが三十二件あったとしている。民主党が疑問視するように本当にこれだけなのか。仮に首相が禁止するにしても、省庁が承認手続きを経ずに水面下であっせんをすれば、渡りは事実上永続することになりかねない。実態解明へ国会で大いに議論してもらいたい。

究極的には天下り根絶が政治の責務である。政府は国家公務員制度改革の手順を示した工程表を来週にも決定するが、根絶への取り組みが分かりにくいとの指摘もある。ここは指針を明確に書き込むことで強い決意を示すべきだ。

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折り紙

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今日の名言

文明とは道の普(あまね)く行はるゝを賛称せる言にして、宮室の壮厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。

西郷隆盛『西郷南洲遺訓』

08take_yuki21雪積むや嘴美しき折鶴に 津高里永子

折り紙で鶴を折る時、最後に折るのがくちばし、嘴(はし)だ。そして羽を広げると完成。いつ誰に教わったのか、確かな記憶のないまま、鶴の折り方は手が記憶している。私が勤めている学校では、中学一年数学の立体の授業で折り紙を使う。

糊もはさみも使わずに、正方形の折り紙を折り込むだけで、正三角形や正五角形のユニットができ、それを組み立てると、さまざまな正多面体と呼ばれる立体ができあがる。余った折り紙で、器用にあれこれ折っている子もいれば、最近は、鶴を折ったことがない、という子もいてさまざま。この句の折鶴は、屋外に置かれた千羽鶴だ。

願いをこめて、あるいは祈りをこめて、ささげられた千羽鶴。目の前の千羽鶴に雪が降っているのかもしれないが、千羽鶴の置かれた地を、遠く離れて思っているような気がする。雪は、もののかたちに積もり、やがてすべてを覆いつくす。

美し、は、限りなく、悲し、に近いけれど、尖った折鶴の嘴の先に美しい雪解雫の光る春が、かならずめぐって来る。『地球の日』(2007)所収。(今井肖子)

折り紙と言えば、私の孫で6歳の女の子が折り紙が好きで、上手に折る。確かに折り紙は色々なものが折れる。想像力や、思考力などの訓練では非常にいいと思う。これがお魚・これが自動車など、考えて折る。

千羽鶴を折るのが大変だが、願い・祈りなどを込めて時間をかけて折る。一日では折りきれない。折っているときに、願い・祈りが通じるように念じて折る。そうして願いが叶った時はことさら感激する。しかし、折り紙の本を見て、よく考えたものだと感心するくらい色々なものがある。とても私には考えられない。

古くは千代紙(ちよがみ)と呼ばれる彩色豊かな紙を使用した。この為、折り紙の紙を千代紙という場合もある。また、近年では伝統工芸品としても千代紙が販売されている。

現在の折り紙は、多くの場合、使用する紙は一枚で、はさみや糊などは使用しないが、2枚の紙を使うもの(例: 手裏剣)やはさみで切り込みを入れるものもある。また、複雑な作品や折り目がつきにくい場合などにはヘラを用いることもある。

緻密に、折ったり、折り目の間の空間に折り目の一端を挟み込むなどして、形を作り上げていく。折り続けていくため、折り始める前の紙の大きさに比べ、出来上がった形はかなり小さなものになることもある。

折り紙は昔からあったようだが井原西鶴の『好色一代男』(1682年)に或時はおり居をあそばし、比翼の鳥のかたちは是ぞと、給はりける。花つくりて、梢にとりつけ、連理は是、我にとらすると、よろづにつけて此事をのみ忘れず とあるのが、最も古い記録である。(ウィキペディア)

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2009年1月30日 (金)

北方四島支援中止

Ota21麻生政権になって懸案である北方四島のロシアとの交渉は全く情報がない。どうも麻生首相は、景気対策に追われそれど頃でないのか、それでも、日・中・韓の三国会談は開催されたし、日・韓の首脳会談も行った。しかし、ロシアとの会談はない。

そんな中で、27日鳥取のカニ漁船がロシア警備艇に日本海で拿捕された。乗り組み員10人の安否が心配である。そんな出来事があった間もない時の出来事である。確かに今までフリーに支援物資を届けていたのが、入国手続きをしないと出来なくなるのでは、北方四島はロシアのものと認めてしまう事になる。引き返すのは当然である。

NHKweb・・・焦点のニュースから(抜粋)・・・北方四島への人道支援物資を積んだ日本の船にロシア側が入国手続きを求め、支援事業が中止になった問題について、ロシア外務省は声明を発表し、「結果として日ロ関係が悪化することになってもロシアの責任ではない」と強硬な姿勢を示しました。

この問題は、北方四島への人道支援物資を積んで27日に国後島の港に入港した日本の船に、ロシアの国境警備局が入国手続きとして出入国カードへの記入を求めてきたもので、政府は、北方四島は日本固有の領土であり、法的な見地から入国手続きには応じられないとして船を引き返すことを決めたものです。

平成16年から毎年行われてきたこの人道支援事業が中止になったのは今回が初めてで、政府は遺憾だとしてロシア側に抗議しました。
これに対して、ロシア外務省は28日、声明を発表し、出入国カードへの記入はロシアの法

律に基づいたものだと主張しました。
そのうえで「ここ数年よい雰囲気になっていた日ロ関係が、結果として悪化することになってもロシアの責任ではない」と強硬な姿勢を示しました。
ただ、声明は「双方が受け入れ可能な解決策を模索することからは逃げない」ともしており、ロシア極東サハリンでの麻生総理大臣とメドべージェフ大統領の会談が検討されているなか、解決に向けて日本側と協議することに前向きな姿勢も示しています。

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越冬ツバメ

                      1000P 妻籠宿 S71-810                 Swallow71                                       

「ツバメ」と言うと、子供頃に実家の軒先に毎年巣を作って、4・5羽の雛を孵し育っていった。巣立ちの時は、ドラマティックな思いで見ていた。

教科書の一文を今で覚えている。「寒い冬を乗り越えて、ツバメの来る事は、誰とっても喜びだ。暖かくなる春、そして夏にかけて子育てしていくのだ。」というフレーズである。

一部のツバメは西日本各地で集団で民家の家内や軒下にねぐらをつくり越冬することが知られている。

これらの越冬ツバメが、日本で繁殖した個体がそのまま日本で越冬しているのか、もしくはシベリアなど日本より北方で夏に繁殖したものが日本で越冬しているのか、よく分かっていない。

しかし、今朝の読売新聞webにビックリする記事が載っていたので記して見た。鹿児島県蒲生町の岡久江さん(72)方で、推定1400羽ものツバメが越冬しているという。餌はどうしているのか、冬でも餌となる虫がいるからだと思うが、これも温暖化の影響なのだろうか?

1983年秋から毎年飛来し、年々増えた。「こんな大集団での越冬例は聞いたことがない。近場にえさが豊富にあり、外敵にも襲われない好条件なのだろう」と山階鳥類研究所(千葉県)の尾崎清明・標識研究室長は驚いている。

同研究所によると、ツバメの寿命は通常3~4年。親子で一緒に渡りをすることはなく、集団行動する習性から何世代にもわたって引き継がれ、岡さん宅に来ているらしい。毎年10月末~12月に飛来し、5月ごろ飛び立つ、という事だ。

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東芝がワークシェアリングを検討

08hatuyuki_sannai11戦後最大の景気の落ち込みと騒がれているが、電機大手メーカーの東芝は、これまた過去最大の損失2800億という。非常事態である。西田厚聰社長もこの決断は勇気がいったと思うが、生き残るには仕方がない。

NHKのweb・・・大手電機メーカー「東芝」は、派遣などの非正規労働者の削減を進める一方で、正社員については、1人当たりの労働時間や賃金を減らしながらより多くの雇用を確保する「ワークシェアリング」の導入で雇用を守る方針を明らかにした。

東芝の西田厚聰社長は会見で、世界的な景気の悪化で半導体事業が急激に悪化したことから、ことし3月期の1年間の決算で営業損益が2800億円の過去最大規模の赤字に転落する見通しを発表したうえで、収益の改善に向けたリストラ策を打ち出した。

この中では、派遣などの非正規労働者については、半導体の生産拠点などで3月中に4500人を削減する一方で、半導体と液晶の2つの事業の正社員を対象に、緊急避難措置としてワークシェアリングを導入する方針を示した。

具体的には、2月と3月、半導体事業の社員1万3000人余りに対しては、給与を80%保障する代わりに平均で12日間一時帰休を実施する。

さらに半導体の生産拠点で、現在は2交代で行っている勤務を3交代とすることで、1人当たりの労働時間や賃金を減らす仕組みを4月以降に導入するということである。

これについて西田社長は「現在の半導体事業の激しい落ち込みによる稼働の低下を踏まえて、ワークシェアリングを導入する必要があると考えた」と述べた。

一方、東芝・NECが業界再編の動きがあるようだ。(共同)
東芝とNECが半導体事業の統合に向けて交渉に入ったことが30日、明らかになった。家電や電子機器などに使われる半導体は世界的な景気悪化で価格下落が続いており、統合による規模拡大で収益性を高める狙いだ。

半導体事業で提携相手を探している富士通も将来、参加する可能性がある。実現すれば半導体業界の再編が一気に進む。

東芝は、半導体部門のうちシステムLSI(高密度集積回路)事業などの分社化を検討している。交渉は、NECの半導体子会社「NECエレクトロニクス」と統合する案が軸になるとみられる。

東芝とNECは最先端のシステムLSIの開発で提携しており、統合を視野に入れて協力を深めやすい関係にある。一方、昨年3月に半導体事業を分社化した富士通は合理化を進めて利益を確保できる体制にした後、2社との提携交渉を本格化させる構えだ。

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鴉の悪戯

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 今日の名言

何の苦労もなしに手に入った法などというものは、鸛(こうのとり)が持ってきた赤ん坊のようなものだ。
イェーリング『権利のための闘争』

13_10241寒鴉やさしき屍より翔てり 坊城俊樹

職場に着くやいなや「許せねえよ、鴉の奴。轢かれて死んだ猫の死体にむらがってやがる」と、車通勤の同僚が吐き捨てるように言った。年末まで木に残っていた柿を食べ尽すと鴉には食べ物が無くなる。

ゴミ収集の日、きれいに分別され網を掛けられた大量の袋の前でいつまでも粘っている鴉をよく見かける。この句、鴉が動物の死体から飛び立つ。そういうふうにまず読める。そうすると「やさしき」の解釈が難しい。

猫や犬や鳩など、死んだ動物の優しさを言うのは発想が飛びすぎる。この屍は鴉自身かもしれない。鴉が飢えの果てに力尽きる。息絶えた鴉の体から鴉の魂が飛び立つ。

そう思うと「やさしき」が、憎まれ嫌われながら死んだ鴉の本性を言っているようにも思えてくる。『別冊俳句平成秀句選集』(2008)所収。(今井 聖)

鴉の被害で悩む人が多い。我が家でも、ゴミの収集日にちょっとの空きに散らかされた。気がついて追い飛ばしたが、未練があるのか遠くに飛んでいかず近くの電線にとまって、片づけの様子を見ているのである。暫くにらめっこをしていたが、なかなかしっこい鴉であった。

鴉は遠くの山で鳴いているのが一番いい。近くで見ると、こんなに大きかったんだと感じた。くちばしの頑丈さ、足の爪は、凶器となるようで、恐ろしさえ感じる。

家の近くに来て、悪戯するようになったのも人間の影響が大きいと思う。人間のゴミの出し方、と言うより処理の方法が問題がある。昔はゴミは自分の家で畑に処分していたり、家畜の餌にしたりしていた。

ゴミ収集の制度になってルールを守らない人がいるためだと言う人もいる。袋に入れないで食べかけのパン・ご飯などを路上に捨てていく人間もいる。これでは鴉に餌をあげているようなものである。

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2009年1月29日 (木)

信念なき政策では・・・施政方針演説

06oga_toga11演説とは、自分の考えを言葉で訴えて、聞く人に感動を与えることが大事で、聞いている人が居眠りするようでは説得力は弱い。

オバマアメリカ大統領の演説と比喩されるが、麻生首相の施政方針演説が昨日の国会で行われた。オバマ大統領は、与野党何はさて置き景気浮揚策を考えよう。そしてこの難局を一丸となって乗り切ろう。と訴えたが、麻生首相の演説は、国民の不信をかっている定額給付金・政策が揺れいるかのような印象さえ覚える言動では、国民の感動することはない。さらに、スピード・タイミング逸し、そして、政策が一貫したものがない。

朝日新聞社説・・・4カ月前の挑戦的な姿勢はすっかり影をひそめ、ひたすら経済重視。きのうの麻生首相の施政方針演説だ。昨年9月末、就任直後の所信表明で、首相は民主党に五つもの質問をぶつける異例の演説をした。

ねじれ国会での合意形成ルールをつくるつもりはあるか。対案を出すなら財源を示せ……。早期の衆院解散・総選挙を考えていたのだろう。露骨に対決ムードをあおったものだ。 今回は様変わりである。代わりに首相が強調したのは、いまの不景気、雇用危機などへの対応だ。「異常な経済には、異例な対応が必要だ」と、09年度予算案の中身を並べた。

こんな時に選挙どころではない。そこに国民の共感を得たいのだろう。しかし、衆院議員の任期は9月で満了するから、それまでに必ず総選挙がある。長くてあと7カ月余りの政権運営なのに、その後に控える選挙には全く触れなかった。4年ぶりの政権選択の機会に向けて首相がなにを訴えるか注目していた国民は、肩すかしにあった思いではなかろうか。

国民が今、政治に求めるのは「金融危機の津波から国民生活を守ること」だと首相は言う。「迅速に結論を出す政治だ」とも語った。 その言やよし。では、衆参で多数派が異なる国会のねじれをどう克服して結論を出すつもりなのか。その手だてについて「野党にも良い案があるなら大いに議論をしたい」と簡単に済ませたのはなんとも物足りない。

もっと本腰を入れて野党に話し合いを呼びかけ、大胆な妥協の構えを示すべきだったのではないか。内閣支持率が低迷する中で、解散はしたくない。さりとて9月までにはある政治決戦をにらめば、妥協もしたくない。演説には、そんな首相の苦境が色濃くあらわれていた。

「『官から民へ』といったスローガンや、『大きな政府か、小さな政府か』といった発想だけでは、あるべき姿は見えない」と首相は言った。問われるのは政府の大小ではなく、機能するかどうかだ、というオバマ米大統領の演説を思い起こさせる。市場や競争を重視し、政府の関与は小さくあるべきだという小泉元首相の構造改革路線と明確に一線を引く思いを述べたのだろう。

景気対策としての公共事業への封印を解き、財政再建の青写真も描き直す。そうした大転換をするには、本来なら有権者の信任に支えられた強力な政権が必要だ。首相の言葉がいま一つ胸に迫ってこないのは、信任の問題、つまり総選挙から逃げているからだ。まして小泉時代に得られた与党の議席数を使って押し通すというのでは、著しく説得力を欠く。

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養老孟司氏の講演

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昨日、八王子市立由井第三小学校で「養老孟司氏」の講演を聞きに行くチャンスがあった。解剖学に留まらず、人間の脳に関すること、人間の真の生き方、環境、幅広い視野から、これからの生きる糧となるような講演であったと思う。ちょっと難しかった。

そこで、ネットで、こんなものを見つけたので記して見た。

紙面から学ぶ

「補助金が林業を崩壊させた 誰が森林を救うのか」 朝日新聞 02 6 15

環境問題への関心が高まるにつれ、森林の役割の大きさが見直されるようになった。市民の手で森林を生き返らせようという動きは出てきたが、本来、持続可能な森林経営を担うべき林業の衰退には歯止めがかかっていない。 コストの安い外材に押され、ビジネスとして成立しえないといわれる日本の林業が、復活することはないのだろうか。 日本の森林面積は、国土の約7割を占める。10%台の中国や英国と比べれば水源涵養や土砂流出防止、二酸化炭素の吸収といった森林の機能は安泰のように思える。

 のんき過ぎる見方だ。
こう一喝するのは、和歌山県田辺市の生物学者後藤伸さんだ。元高校教諭。
「カメムシ先生」と呼ばれた。 発見したカメムシの新種は数知れないそんな後藤さんは、日本中の山々で木を枯らすことをたくらんでいる。枯らせるのにはちゃんと理由がある。 ブナ、ミズナラ などの照葉樹の原生林なら、人間の片足の下に数万匹の土中生物がいるという。ところが、日本の大半の森林では数千匹に過ぎない。「スギとヒノキばかり植えたから、生物の多様性が著しく損なわれた。手入れされずに放置された人工林なら、ゼロに近い場所もある。
(以上抜粋)

このことから、昆虫博士とも評価されているようだ。また環境も問題も提言されているようだ。講演で冒頭に草の生えている家があって、隣に家から、虫が出たり蚊が発生するので、何とか処理をして欲しいとの苦情が申し入れられた。

よく観察すると、逆に周囲から草の生えている家に虫は集まるのだ。確かに草むらが虫たちにとって棲みやすい環境だ、という。

この発想と言うか現実があるということは「ショック」さえ覚えた。よく考えて見たら「なるほど」と思った。

08omitake_buna_aki11

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探梅

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  今日の名言

素朴、善、真実のないところに、偉大さはないのだ。
トルストイ『戦争と平和』(六)

Mejiro11探梅や遠き昔の汽車にのり 山口誓子

そろそろ暖かい地方では梅が開き始める時期だろうか。浅ましくも「開花情報」をネットで検索してから出かけるのでは「探梅」の心には遠く、かと言ってこの寒さにあてなく野山をさすらう気持ちにはなかなかなれない。

昭和49年に鉄道が無煙化して以来、汽車は観光のための見世物になってしまった。汽車が生活の交通手段にあり、会話の中でも汽車と電車を使い分けていたのは私たちの世代が最後かもしれない。

「遠き昔の汽車」とは、むかし乗ったのと同じ型式の汽車にたまたま乗り合わせたという意味だろうか。そればかりでなく鳴響く汽笛に心をはずませた幼い頃の気分が甘酸っぱく甦ってきたのかもしれない。

探梅は冬の寒さ厳しき折に先駆けて咲く梅を見つけにゆく旅。「遠き」が時間と距離の双方にかかり郷愁と同時に春を探しに行く未知の明るさを句に宿している。硬質な知的構成がとかく強調される誓子だが、この句にはみずみずしい叙情が感じられる。『凍港』(1932)所収。(三宅やよい)

探梅や天城出て来し水ゆたか 飯田龍太

早咲きの梅を探し求めて山野を歩くことを探梅という。梅といえば早春を代表する季語であるが、探梅の頃はまだまだ寒く、芭蕉により冬期と定められた。ささやかな春を求める心が尊いのである。

作者は、山や谷などの日溜りを辿りながら、梅を求めて彷徨ったのであろう。未だに冷たい風を肌に感じながらも、木々の梢の肌合いにも、春の近さを思わせるものがある。

また近くを流れる沢の水量もいつからか増えており、豊かな水を思わせる。天城を出てきたと殊更に述べるのも、寒さに閉じ込められてきた思いの発散をうかがわせる。探梅は冬からの解放の心でもあるようだ。

昨日ほんのり春の兆しを、感じる光景をみた。まだ梅のつぼみが固い枝に、普段見ることが出来ない鳥で、「めじろ」2羽が花が咲いているか、確認をするかのような姿が見られた。

しばらくして、梅の木の隣にある、ピラカンサの赤い実に興味が移ったのか、ついばめ始めた。雀より一回り小さく、濃い緑の姿と目の縁がしろい輪は、何とも可愛らしい。春をつれてくるような、のどかな風景で、ちょっと暖かな感じさえ覚えた。

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2009年1月28日 (水)

猫のひるね

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今日の名言
急な山を登りつめて頂上に腰をおろす旅人は、ほっと一息いれるのがもうかぎりもない喜びだろうが、もし永久にそうやって休息していろと無理じいされたら、彼は幸福であるだろうか?

スタンダール『赤と黒』(上)

座布団を猫に取らるゝ日向哉 谷崎潤一郎

冬の日当りのいい縁側あたりで、日向ぼこをしている。その折のちょっとしたスケッチ。手洗いにでも立ったのかもしれない。戻ってみると、ご主人さまがすわっていた座布団の上に、猫がやってきて心地良さそうにまあるくなっている、という図である。

猫は上目づかいでのうのうとして、尻尾をぱたりぱたりさせているばかり。人の気も知らぬげに、図々しくも動く気配は微塵もない。お日さまとご主人さまとが温めてくれた座布団は、寒い日に猫にとっても心地よいことこの上もあるまい。

猫を無碍に追いたてるわけにもいかず、読みさしの新聞か雑誌を持って、ご主人さましばし困惑す――といった光景がじつにほほえましい。文豪谷崎も飼い猫の前では形無しである。ご主人さまを夏目漱石で想定してみても愉快である。心やさしい文豪たち。

「日向ぼこ」は「日向ぼこり」の略とされる。「日向ぼっこ」とも言う。古くは「日向ぶくり」「日向ぼこう」とも言われたという。「ぼこ」や「ぼこり」どころか、あくせく働かなければならない人にとっては、のんびりとした日向での時間など思いもよらない。日向ぼこの句にはやはり幸せそうな姿のものが多い。

うとうとと生死の外や日向ぼこ」(鬼城)「日に酔ひて死にたる如し日向ぼこ」(虚子)。「死」という言葉が詠みこまれていても、日向ゆえ少しも暗くはない。潤一郎の俳句は少ないが、他に提燈にさはりて消ゆる春の雪という繊細な句もある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)

猫は、変な習性があることは最近分かったのであるが、鼠も獲らないで、近所の家の庭ばきのサンダル・干してあるタオル・草取り用の軍手など持ち去って、獲物代わりのつもりなのか?どうも困ってしまうのである。

何処へ持っていくのかと言えば自分が、意心地がいい場所に置くのである。これには参った。だから、サンダルの片方がなくなっていたら、その場所に行って探すのである。

猫達も 三々五々の 日向ぼこ

わぁーいるいる!10匹以上が道路の端・濡れ縁・車の屋根などで、おもいおもいのスタイルで居眠りをしている。何か憎めない風情である。しかし、猫はよく眠る。猫好きのおばあさんの話だと一日20時間は、寝ていると言う。

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2009年1月27日 (火)

3月決算で増える?倒産

08muhyo_omono_tyokai11経済は、不安定で底が見えない。ここでの出番は政治だが、国会は与野党の激しい駆け引きで、第2補正予算案は、衆院と参院で異なる議決になった2008年度第2次補正予算は27日午後、両院協議会の意見がまとまらず、衆院の優越を明記した憲法の規定によって成立した。
野党が多数を占める参院では、2次補正から2兆円の定額給付金を削除した野党の修正案を可決していた。2次補正予算は、定額給付金などの景気対策や税収の減額修正などで総額4兆7858億円である。

中小企業の倒産は増えると予想されるが、国会は国民の意思に反して定率減税法案を成立させた与党の強引さは、吉と出るか凶とでるか、70%の国民はもっと他に使い道はあるだろうとの意志だ。それにしても、事務費825億円もかかり、年度内の支給は出来ないとの声がある。これで景気が浮上とはとても考えられない。

日経新聞・・・期間の最終的なもうけを示す最終損益が赤字になる上場企業が、2009年3月期に200社を超える見通しとなった。金融危機に端を発した世界同時不況に加え、急激な円高進行、株価下落などで収益環境は急速に悪化している。今週から本格化する08年4―12月期の決算発表で業績予想の下方修正が相次ぐとみられ、赤字企業がさらに増える可能性もある。集計対象は3月期決算の上場企業(新興3市場、金融除く)で、01年3月期から比較ができる1569社。

26日時点の集計では最終赤字は215社。対象の約14%を占めており、7社に1社が最終赤字となる。すでに前期の185社を上回っており、200社を超えるのは、株安で保有株の評価損計上が相次いだ03年3月期(378社)以来、6年ぶり。ITバブルの崩壊で上場企業全体の最終損益が赤字に陥った02年3月期の506社には及ばないとみられるが、近年ではかなりの高水準となる

NHK・中日新聞・・・
東芝は、世界的な不況で半導体の需要が減少していることから、今年春に予定していた三重県四日市市と岩手県北上市の新工場の着工を延期する方針を固めた。同社は「市況をみながら着工時期を決める」としているが、デジタル家電などの不振は深刻で、着工が1年以上遅れるのは確実な見通しだ。

東芝は、総額1兆7000億円を投じ、携帯電話やデジタルカメラに使われる「NAND型フラッシュメモリー」と呼ばれる半導体の新工場を2カ所建設し、生産能力を大幅に強化する計画だった。

現在4棟ある四日市工場では、隣接地に最新設備を備えた5棟目を造る計画。しかし、造成工事の遅れで半年以上の着工延期は確実となっている上、半導体需要の急激な減少や価格下落により四日市工場では今月から約3割の減産を実施。着工時期はさらに遅れる見込みとなった。

NAND型フラッシュメモリーの東芝の世界市場占有率(シェア)は韓国のサムスン電子に次いで2位。新工場への投資でシェア拡大を目指す予定だった。

東芝は半導体事業の不振により、2008年9月中間連結決算で、384億円の純損失を計上し、5年ぶりに赤字となった。

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政治のリセットを

Iwao1702c1国民の声を無視した政策は結果が出ないと良し悪しは分からないと言うことか、定額給付金を含んだ2次補正予算案は、与党の力で成立させることになりそうだ。

善政、悪政とは、人それぞれ価値観が違う。だから見方によっては、選挙で選んで国造りしたので、国民から見れば、現状が善政と言わざるを得ない。人それぞれ価値観が違う。だから見方によっては、選挙で選んで国造りしたので、国民から見れば、現状が善政と言わざるを得ない。

民主主義は、目的でなく、ルールの決め方なのである。したがって善政、悪政とはルールの善し悪しだと思う。だから民主党が主張しているように、解散し総選挙をして民意を問うことが大事なルールではないかと思う。

毎日新聞社説・・・2兆円の定額給付金を盛り込んだ08年度2次補正予算案の成立をめぐる与野党攻防は26日深夜まで続き、結論を持ち越した。だが、政府案通り成立させる与党の方針に変わりはないようだ。毎日新聞は定額給付金について目的も効果も明確でないと再三指摘し、撤回を求めてきた。世論調査でも賛同する人は少数だ。にもかかわらず、麻生太郎首相や与党はこうした声にまるで耳を傾けない。極めて残念だ。

毎日新聞の世論調査(24、25日)で定額給付金を評価すると答えた人は22%。評価しない人は74%に上った。厳しい見方となった第一の要因は消費刺激策なのか、生活支援策なのか、首相自身がぶれ続け、国会審議でも明快な説明ができなかったからだろう。

与党は実際に給付されれば世論の風向きは変わると考えているのかもしれない。しかし、増税などではなく、国民に税金が還元される話に、これほど異論が出るのは過去、ほとんど例がない。「2兆円を使うならもっと別の政策に」と考える人も多いはずだ。税の使い方に対する国民意識の大きな変化に、なぜ、首相や与党は気づかないのか。

26日、参院では定額給付金部分を削除した民主党など野党の修正案が可決された。衆参の議決が異なった際に開かれる両院協議会は実際には形式だけになっており、そのあり方を見直すべきだと、かねて私たちも提案してきたところだ。

両院協を予算案修正の場とみなし、給付金の削除や削減を求めるという今回の野党の対応は、ねじれ克服の一つの方法だ。だが、与党はそんな提案にも聞く耳を持たないようだ。

麻生内閣の支持率は今回の毎日調査で19%。不支持率は65%と歴代ワースト2位となった。自民党の支持率も低落。山形県知事選では従来、圧倒的に優位とされる2期目をねらった現職を地元選出の自民党衆院議員らが支援しながら、民主党支援の新人に敗れた。

いずれも今の政権が国民の信頼を著しく失っている表れではなかろうか。

だが、そこまで窮地に陥っているのに与党は相も変わらず何ら譲歩しない国会運営を進めようとしている。これでは国民の支持はますます離れていくはずだ。国民の信頼がない政権が厳しい経済状況に立ち向かっていくのは不可能だ。

毎日調査によれば、麻生首相が衆院解散・総選挙は少なくとも来年度予算成立までは行わない考えを示していることに対し、評価すると答えた人は32%で、評価しない人は61%だった。

景気対策は緊急課題だが、早期に解散・総選挙を行い、政治をリセットする方が先だと考える人が再び増えてきたということだ。首相はそんな声も無視しようというのだろうか。解散先送りのツケもまた、大きくなるばかりだろう。

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冬日向

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今日の名言
死に至る病(やまい)とは絶望のことである。
キェルケゴール『死に至る病』

Mutsumefuta21パー出した人の集まり冬日向 久保エミ

グループをおおまかにふたつに分けるときに採用するグーパーじゃんけん。各地にさまざまな種類があるようだが、だいたいは「グッとパッ」や「グーパーじゃん」など、安易な掛け声を伴い、グーとパーだけが使われる。

あっちとこっちに分かれた組が、たまたま日向と日陰に移動した。何の根拠もないけれど、二択を選ぶときそれぞれの形から性格を反映するものだとすると、パーを出す人は明朗活発、グーを出す人は努力家というように思えてこないだろうか。

そしておそらくパーを出す明るい人たちがぞろぞろと日向を陣取り、きゃっきゃと声をあげている様子が掲句から伝わってくる。輪郭のぼんやりした冬の日差しのなかで、思いがけず分割されたグループの明暗が、しかし全てに通じているようでなんだか可笑しい。

そして、こういう句を出すひとはやっぱりパーを出す人なのだろうなぁ、などと深く納得するのである。わたしはといえば、最初にチョキを出す癖があるらしく、グーパーじゃんけんでも必ずチョキを出してしまい、「あーあ、もう一回」と仕切り直しをされるのだった。「船団第77号」所載。(土肥あき子)

日向ぼこというと、昨日居眠り出そうに気持良さそうにして、お爺さんが手押し車に座ってうたた寝していた。お爺さんとと言っても、私と4.5歳上の方である。足腰を悪くしてすっかり老け込んでしまったようだ。

話しかけたら、驚いたように目を開けた。「今日は、風もなくあたたかいねー」と言ったら、「暖かいねー」元気に返事が帰ってきた。

その前を、小学校の低学年の女の子が二人でおしゃべりしながら、通って行った。見るとかばんを背負っていたので学校帰りだった様子である。「お帰り」と声を掛けたら、「ただいまーー」と返事がかえってきた。

地域のコミニケーションはなかなか取れなのは、問題の一つになているようだが、こんな何でもないところに、コミケーションの原点があるのかなぁーと思った。「一声運動」なんて難しく考えなくても、当然のことのように映った。

もう30年前のことであるが、日向ぼこと言うと、近くに籠屋さんが日当たりの良い作業場で作る籠がなぜか印象がある。前掛けの竹屑が一杯つけて、両足を器用にに使った籠は芸術品だ。作業場で昼寝をしている猫が居眠りをしている風景である。

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2009年1月26日 (月)

子供想像力を高めるには

08nangodake_sandou11子供の創造力を高めることが大事で、その力をつけるためにはどうしたらいいのかという悩みを持つ親が多い。どういうことかと言うと、本を最後まで読み、その後の展開を創造する、つまり物語を「創(つく)る力」を育てる。にはどうしたら良いかという悩みである。ご参考に・・・・

小泉浩明氏(学習指導や教材の研究者及び教務コンサルタント)の記事を見て参考になればと記して見た。それにによると・・・。
一般的に本をたくさん読んでいるお子さまは、お話を創ることも上手である。おそらく今まで読んだ話のパターンが記憶にインプットされていて、それらを与えられた設定に沿って自在に組み合わせることで、その後の展開をうまくまとめられる。
このように考えると、物語を創る力を育てるにも、読書の習慣が非常に効果的であると言える。しかし読書の習慣があまりないお子さんもいると思うので、読書以外の方法を紹介すると。実際に私の教室で行ったもので、子どもたちは楽しく物語を創れていたと思います。

「物語を創る」という授業は、小学2年生、3年生のクラスで行った。楽しくできるように、物語の設定は子どもたちがよく知っているお話を拝借します。たとえば「ある日、ジャックは牛と豆を交換したが、怒った母親に豆を庭に捨てられてしまった。ところが次の朝、その豆は大きな木に成長していた……。」という、有名な『ジャックと豆の木』の冒頭を借ります。

有名な冒頭のほうが、子どもたちの多くがお話の展開を知っているので、新たに物語を創る時の参考になるのです。ところがこれだけの条件で、「さあ、新しい物語の続きを考えてごらんなさい」と手を放しても、なかなかうまく創れない場合が多いと思います。

もちろん、上手にお話の続きを考える子どもたちもいますが、考えつかないかあるいは面白みのない物語しか書けないケースも少なくありません。たとえば、ジャックのように豆の木に登って行ったらロボットが出てきて、ジャックがそれらをやっつけて終わりのような話です。

ところがここで話の方向性としての「型」を与えると、子どもたちの動きが違ってきます。

与える「型」は、中学校の入試問題にもよく出てくる「成長の物語」にします。すなわち「最初は劣っていた主人公が、何か試練を得ることで、人間的に成長(成功)する」という型です。「成長の物語」の型について話をして、これから作るお話もこの「型」に沿って作るようにと指示するのです。すると、子どもたちの手が動き始めます。しかもでき上がった作品は、面白いものがかなり多いのです。
たとえば、体の弱かったジャックが、雲の上にある道場で体を鍛えて帰ってくる話。また、お母さんの言いつけを守らないジャックが、雲の上の巨人に説教されて、すっかり良い子になる話。あるいは、貧乏だったジャックが、雲の上の国で商売を始めて、大金持ちになる話など、なかなか読んでいても楽しい力作でした。
子どもたちにとって、何もないところから物語を創り上げることは難しいですが、スタート地点(設定)と方向性(型)が与えられると、物語が創りやすくなるのでしょう。

「型」というと何か自由な創造性を奪うように感じますが、経験のない子どもたちには「型」は必要です。もし「成長の物語」の「型」に飽きたら、他の「型」(たとえば、欲張ったために貧乏になってしまう失敗の物語など)を増やしていけば良いでしょう。

最初にお話しした、読書の習慣があり、お話を作るのが上手なお子さまは、こういった「型」をたくさん持っているのです。そして本当に自由に「型」が使いこなせるようになると、いままでにないような「型」の物語を創れるようになるのだと思います。さらに物語を創るのが上手になったら、読む人に何かを訴えるような物語を創れるようになると良いでしょう。上の例で言えば、「勇気のすばらしさ」とか「努力の大切さ」でしょうか。

物語を創るのが苦手なお子さまには、ぜひ「型」という方向性を与えてみてください。またこのような練習は、物語文を読んでいる途中で、あとの展開を想像するのにもきっと役に立つと思います。

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確定申告と定額給付金

3612「確定申告」退職してから、毎年一回面倒な計算をし税務署に提出する。今年も用紙が送られてきた。

収入と源泉徴収の税金、保険料、医療費などの控除対象の金額を計算するのであるが、毎年、還付金はある。昨日は、朝から、計算するのに午前中かかってしまった。マニアルを毎年見ているのだが難しい。

ネットで(E-TAX)処理してみようと挑戦したがどうも旨く出来ない、来年度再度挑戦することした。まだまだ、パソコンの技量が未熟を知らされた。2/15~3/15までだから、ゆっくりやれば出来そうだが?昨年と同じに計算し、税務署に提出したい。

還付金と言えば「還付金詐欺」が大きな社会問題となった、そんなテクニックあるならもっと違う方に使ったらどうかと思うが、年寄りが引っかかってしまう。

この計算をしながら、2兆円の定額給付金ことを思い浮かべた。私も、金の使い方は、他にあると思う。決して景気効果にはならないと思う。74%の人がお金の使い方に反対または、疑問視しているという。

毎日新聞世論調査では、麻生政権の支持率は、19%となってしまったそうだ。

そして、定額給付金に対しては、「評価しない」が前回比4ポイント増の74%で、「評価する」は1ポイント増の22%。内閣支持層も「評価する」が53%にとどまり、自民支持層では「評価しない」52%と「評価する」45%が逆転した。という。(26日のwebより)

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夜回りと「寒柝(かんたく)」

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今日の名言

一袋の智慧は一つなぎの真珠にまさる。
『旧約聖書 ヨブ記』

20080120990742131寒柝のはじめの一打橋の上 本宮哲郎

季語は「寒柝(かんたく)」で冬、「火の番」に分類。火事の多い冬季には火の用心のために夜回りをしたものだが、その際の拍子木が「寒柝」だ。いまの東京などではすっかり廃れてしまったこの風習だが、まだ健在のところもあるようだ。

掲句、一読してすぐに、芝居の一場面の印象を受けた。いわゆる「チョーンと柝(き)が入る」シーンである。すこぶる格好がよろしい。だが、句に詠まれているのは現実だ。いっしょに回る人以外には、真っ暗闇のなか、観客どころか人っ子一人いやしない。

だから、ことさらに意識して橋の上から拍子木を叩きはじめることもないのであるが、そこはそれ、これから表で大きな音を出し、周辺の人々の日常世界を破るのであるからして、何らかのけじめをつけておいたほうがよい。

そして同時に、しばし非日常を演じる自身への景気づけの意味からも、橋という絵になりそうな場所からはじめたというわけだろう。こういう時、ただ何となく打ちはじめ、何となく終わるわけにはいかないのが人情というものだ。

観客など一人もいなくても、夜回りをする人の気分は、ほとんど役者のようにたかぶってもいるのだと思う。それにしても二度と聞けないだろが、寒夜ふとんの中にいて聞こえてきた「ヒノヨージン……」の声と拍子木の音。懐しいなあ。回っていた人には申し訳ないけれど、私には冬の風物詩なのであった。「俳句界」(2009年2月号)所載。(清水哲男)

夜回り、子供のころ、年の暮れに親父達が、夜になると、村の寄り合い所に集まって、4・五人づつで班になり、村を回った。その寄り合い所は、普段は誰もいないが、夜回りする時は窓に灯りが見えた。寒空に、「火の用心」「火の用心」の野太い声を聞いた。

現在は、親父の年になり時代も移り変わり、警察・防犯協会での指導で町内の有志で毎週火曜日・木曜日の夜8時から夜回りをしている。防止・蛍光つきのチョッキと腕章姿で拍子木を打ち鳴らし一年中回っている。ちょうど5年目になる。一班3・4人である。

お陰で、盗みなどは、少なくなったようだ。「寒柝(かんたく)」と言う言葉は知らなかった。辞書で見ると、「冬の夜に打ち鳴らす夜回りの拍子木。また、その音。」となっている。

恥ずかしながら、「寒柝」と言うことは今まで知らなかった。ネットで調べたら、以下のような句があったので記して見た。

寒柝や真直ぐになほす掛時計 白岩三郎

寒柝や真夜を灯して漁支度  塙三千男

仕舞風呂寒柝強く打ち込まる 永野秀峰

寒柝の一打一音にも気性   大西昭子

寒柝が合掌村の夜気破る   塩路隆子

寒柝や念入りに打つ村はづれ 西川よし子

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2009年1月25日 (日)

恐ろしい火事

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今日の名言
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望みをもちましょう。でも望みは多すぎてはいけません。
『モーツァルトの手紙』(上)

08omitake_buna_aki11火事跡の貼り紙にある遠い町 林 菊枝

季語は「火事」。こんなことまで季語になってしまうのかと、いささか驚きました。もちろん火事は一年中起きるもの。ただ、冬は暖房に火を使うことも多く、また、関東地方は特に乾燥していることもあって、火事が冬の季語になっているのは頷けます。

火事で思い出すのは、子供のころのこと。ある夜、細い道を挟んで向かい側の家屋が全焼したことがありました。まさに我が家の目の前の三軒が、すさまじい炎を上空に舞い上げていました。空を見上げながらその赤色が、恐ろしくてならなかったことを今でも覚えています。

さて、本日の句が目に留まったのは、「遠い町」の1語によります。遠い町の上に広がる空が、句のはるか向こうに見えてきそうです。たいへんな騒ぎだった火事の跡地に、棒杭が立てられ、その上に手書きの紙が貼られています。「ご迷惑をおかけしました。臨時の転居先は下記のようになっています。」とでも書いてあるのでしょうか。

見れば転居先は、すぐには場所が頭に浮かんでこないほどの遠い町です。どんな理由によって家を燃やしてしまったのか。この家の住人に責任の一端でもあったのか。理由は定かではありませんが、「遠い町」へ行かなければならなかったということが、近所の人々への申し訳なさのようにも、読み取れます。『新日本大歳時記 冬』(1999・講談社)所載。(松下育男)

火事と言えば、第2次世界戦争の昭和20年3月10日 B-29が300機以上の爆弾受け、何百万人に被害がでた。その時は8歳の子供であった私は、東の空が赤々と見えたことを今でも記憶にある。将に地獄絵そのものだったと想像がついた。

「地震・雷・火事・親父」と怖い代表である。家を留守にするとき、一番気をつけなければいけないのが火の始末であり、次は戸締り・水まわりである。昔から、「泥棒に入られても家まで盗まれないが、火事は家まで持っていかれる。」と言われていた。

最近火災で人が亡くなるニュースが多い。お年寄り・幼児の死亡は痛ましい。この時期、関東地方には湿度20%代の乾燥した日が続く、火災には気をつけたいものである。

今、火災の原因の主なものは・・・たばこ4,048件(11.8%)  放火3,437件(10.0%)放火の疑い3,053件(8.9%)焚き火3,043件(8.9%)こんろ3,027件(8.8%)火遊び1,572件(4..6%)(総務省資料より)

私は、たばこは喫煙していないが、寝たばこ・ポイ捨てなどでの火災が多いらしい。

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2009年1月24日 (土)

傷害:女子中学生が集団暴行-八王子

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           08tubaki_takegaki11                        

                                                 「幸せそうでお金持ちの子を見るとむかついた」
毎日新聞22日地方版・・・児童や生徒に集団暴行したとして、警視庁少年事件課は21日、いずれも八王子市の中学3年で14歳と15歳の女子生徒を傷害容疑で逮捕したと発表した。また、中学1~2年の女子生徒3人も同容疑で補導。うち2人を児童相談所に送致し、1人を通告する方針。同課によると、15歳の女子生徒は「私は母子家庭で不幸。幸せそうで金持ちそうな子を見るとむかついた」と供述しているという。

逮捕容疑は、昨年12月11日、八王子市旭町のショッピングセンターのトイレで、塾帰りだった私立中1年の女子生徒(13)の顔を殴るなど暴行し、3週間のけがを負わせたとしている。また11月23日には、同市の小学校グラウンドで、遊びに来ていた品川区立小6年の女子児童(12)を殴るなどして10日間のけがを負わせたとしている。

近年、全国各地でこの種の事件が多発し、一向に減らない、いじめは日常茶飯のことのようだ。さみしい不安定な気持ちで子供達の心は揺れ動いている、子育ての自信を失った親も多い。

学校関係者においては自分のところでもこの種の事件が生じないだろうか、親たちは自分の子供が事件に遭遇しないだろうか、自分の子がこうした事件を引き起こさないだろうか、と不安や心配が尽きないようである。

60年前の終戦時からタイムスリップしたとすれば、昨今の学校をめぐるこれらの事件のいずれをも理解することができない、豊かな国であるはずの日本で、なぜこのような事件が多発するのだろうか。お互いを思いやり、やさしさの心で励まし合い、慰め合う温情の強い命の絆が切れてしまったのだろうか。

子育てを終わり、老夫婦だけの生活では、八王子市の奨めで学校ボランテアを協力させて貰っているが子供同士に遊びことや、話題などは分からない。しかし「幸せでお金持ちの子がむかつく」というのは、親の価値観「幸せ」という事が何であるか教えられない家庭に不幸があるのかと思う。

無責任な言い方をすれば「社会が悪い」物質幸福から精神幸福の移行、すなわち、物から心の大切さの教育が家庭・学校・地域が教育指導が世の移り変わりに馴染んでいなかったのではなかろうか・・・?
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多剤耐性菌のこと

07rose_ame21抗生物質が殆ど聞かない「多剤耐性アシネトバクター」という病原菌だそうだ。何とか感染ルート究明し解決をはかって、拡散を防いで欲しい。

時事通信・・・福岡大病院(福岡市)の入院した重症患者23人が、抗生物質が効きにくい細菌「多剤耐性アシネトバクター」に院内感染し、うち20~60歳代の男女4人が死亡していたことが23日、分かった。同病院は2人の死因は感染でなく、残り2人も可能性は低いとしているが、国立感染症研究所とも連携し、感染ルートの究明などに当たる。

アシネトバクター菌は自然界に広く存在し、健康な人には通常無害だが、免疫力が低下した状態で感染すると、肺炎や敗血症になり死亡する恐れがある。感染報告は国内では少ないが、欧米では約10年前から相次いでいる。

韓国から帰国した人からという?今朝のNHKニュースであったが・・・。

多剤性耐性菌と言うと院内感染を注意しないと拡散し大変な脅威となる。

過去には、2002年1月に,東京都内の病院で多剤耐性セラチア菌(Serratia marcescens )による院内感染で7人が亡くなられたのに続き,翌2月には新潟市内の病院で多剤耐性緑のう菌(緑膿菌,Pseudomonas aeruginosa )による国内での初の死者が出た。

以前からMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)が問題になっていたが、抗生物質に対する耐性菌の出現が原因となっている。

               

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鮟鱇とホテルの景観

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今日の名言
きのうの出来事に関する新聞記事がほとんどうそばかりである場合もある。
しかし数千年前からの言い伝えの中に貴重な真実が含まれている場合もあるであろう。
『寺田寅彦随筆集』(四)

05detohama11鮟鱇の句ばかり詠んでまだ食はず 大串 章

季語は「鮟鱇(あんこう)」で冬。食べる機会がなかったのか、食べたくないので食べなかったのか。いずれにしても句の素材にはよく使ってきたのだが、「まだ食はず」。ははは、なかなか正直でよろしい。かくいう私も、これまで一度も食べた覚えがない。美味というが、どんな味がするのだろう。

実はこの冬にある詩人に誘われて、本場茨城まで鍋を食べに行く予定だったが、彼の突然の入院で、あえなく中止となってしまった。この分では、一生食べないままで終わりそうだ。私の場合は食べたいとは言っても、とりあえず「ハナシのタネに」程度の願望だから、それはそれで構わないのだけれど……。

ところで掲句の味は、正直がおのずからユーモアに転化しているところにある。作者も、そこを意図して詠んでいる。だが、何でもかでも正直に言えばユーモラスな味が出るかといえば、そうはいかないところが微妙である。

季語の使用に際しては、詠む当人はもとより、読者もその物や事象をよく知っていることが前提だ。この約束事を無視してしまえば、有季定型句は崩壊する。だから句の鮟鱇などは、作者が食べていなくても姿を知っていることで前提は崩れないけれど、他の季語ではいわゆる知ったかぶりでしかない使用句も散見される。

例えば何故か人気の高い「涅槃(ねはん)」句の半分以上は、私の偏見からすると、その意味で同意できない。このときに仮に「涅槃句を作りつづけて本意知らず」と正直に言う人がいたとしても、絶対にユーモアには転化しないのである。掲句は、そうした知ったかぶり句に対し、あえておのれを道化役にして、やんわりと皮肉っているようにも読めてくる。『天風』(1999)所収。(清水哲男)

鮟鱇かあ・・・私もあのグロテスクな魚を見るとあんまり食は進まない。茨城の海岸沿いの「名勝大洗海岸』の近くのホテルに一泊したことがある。そのホテルの「売り」は「鮟鱇の解体ショー」であった。一階のロビーで大きな鮟鱇をぶら下げて、料理人が二人で始めて、アット言う間に終わった。

茨城の観光と言うと、伊豆などと比べあんまり知れれていないが、東京から近いのと、料理が美味しかった印象がある。そして、太平洋を望む景観は心を洗われる思いがした。

岩礁と白波―太陽と月と雲が描いた大空が広がる、美しい海辺に建っているホテルで。沖から吹く潮風の香りと、寄せる波の音に包まれた特別な場所である。豊かな海辺の癒し空間で心がなごむようだった。

               

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2009年1月23日 (金)

夫婦別寝

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199912070922111私は、もう30年も別寝である。別寝は、仲が悪いからではない。いつも一緒というわけにはいかないもの。またトイレ起床やラジオを聴く等の好みの差、いびきなど寝室が一緒であるための弊害もあった。

また別寝したことで、「ストレスが減った」「夫婦で過ごす時間を新鮮に感じるようになった」「夫婦の時間も大切にしようという気になる」などの効果もある。

「夫婦の寝室は同じだから」という思いこみや惰性だけで同寝室を続けるよりも、互いの個性を尊重することで、自分の時間とふたりの時間、どちらも有意義に過ごせるようになると実感した。 「夫婦別寝」スタイルは、夫婦の絆を深めるという意味でも重要な役割を果たすと思う。



今日の日経新聞web・・・に「夫婦別寝(べっしん)」が一段と定着してきた。パラマウントベッドの調査によれば、「恋人または配偶者が別の部屋で寝ている」と回答した人は50代では31%に達した。3組に1組の夫婦・カップルが寝床を分けている計算で、しかも年齢が上がるほど別寝室になる傾向が強まっている。

夫婦・カップルが別寝室で寝ている割合は、20代で10%、30代で17%と2割を切っているが、40代になると23%、50代では31%にのぼる。愛情と年齢にはっきりした相関関係があるわけでもないだろうが、年齢が上がるほど「別寝」率はアップしている様子がうかがえる。

50代は他の年代に比べ、寝つきと目覚めがよい傾向も分かった。普段、眠ろうとしてから眠りにつくまでの所要時間は、50代では18%の人が「5分未満」と回答。全世代平均の14%に比べて高く、50代ではすぐに眠りにつける人の割合が高いと見える。

目覚めもいいようだ。50代では39%の人が「疲れが(どちらかというと)すっきり回復し目覚めが良いことが多い」と回答。全世代平均の29%より10ポイントも高く、50代では目覚めが良い人の割合が高いことがわかった。

年代が上がるほど早寝早起きになる傾向も裏付けられた。「平日、普段24時までに寝る人の割合」は、20代で36%、30代で37%、40代で43%だったが、50代になると一気に63%に跳ね上がる。50代の3人に2人は日付が変わる前に寝床に入っているわけだ。

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正社員にアルバイトを認める

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08muhyo_omono_tyokai11アメリカの自動車産業の ビック3(GM・クライスラー・フォード)の公的資金注入で、大きな話題となったが、日本の経済を支える産業界の自動車・電機業界ではかってない深刻な状況になって来た。

しかし、公務員改革も削減も進んでいない国会である。そして、天下りの仕組みは残してしまった麻生内閣である。昨日市役所に行ってみて、こんなに民間企業は苦戦しているのに、違う世界に住んでいるかのように、平然と何の苦労ないなんてどうも不公平であると思うのは、自分だけだろうか?考えてしまった。

NHKwebニュース焦点(抜粋・要約)岡山県倉敷市の三菱自動車工業水島製作所が、大幅な生産調整に伴う給料の減少を補うため、正社員にアルバイトを認める異例の措置を取っていることがわかった。

水島製作所では、工業の操業を停止する日は賃金の85パーセントを支払っているが、親の介護や子どもの教育にかかる費用など家計の状況を考慮して、会社側が必要と認めた場合、アルバイトを許可しているということだそうだ。
これについて、三菱自動車工業水島製作所は「自動車産業の不況の影響が生活に及んでいるなか、社員の声にできるだけ配慮し、対応を決めた」と話しているとのこと。


一方、世界的な景気の悪化で、電機大手の「ソニー」は、2600億円の大幅な営業赤字に転落する見通しになり、国内外で正社員およそ8000人を削減する計画で、来月にも希望退職の募集に踏み切り、収益の改善を急ぐことになった。
また、大手メーカーの間では、ソニー以外にも、国内の正社員の削減に踏み切る動きが広がっている。

日本の製造業全体の状況について、マクロ環境の悪化で、ただでさえ物が売れず、赤字は今後、2、3年続く可能性もある。赤字という現実から脱皮するためには、とにかく人に手を付けるしかない。電機業界にとっても自動車業界にとっても、そうしなければ、会社が無くなる、そこまで追い込まれている状況である。

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フラストレーションの問題

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今日の名言
真理はそのままでもっとも美しく、簡潔に表現されていればいるほど、その与える感銘はいよいよ深い。
        
ショウペンハウエル『読書について他二篇』「著作と文体」 

3612着ぶくれてこの世の瑣事も夕焼す 櫻井博道

忙しくかかわっていることが、ふと瑣事(さじ)に思えてくることはよくある。人間、糊口をしのがねばならぬのは言わずもがなだけれども、それにかかわらないことにもどれほど意を砕いて日々を送っていることか。

「瑣事」ということへの発想は一般的だが、病臥の歳月を重ねた作者が平成三年、六十歳で世を去る前の感慨であることを知ると、「着ぶくれて」に現在只今の「生」の実感が込められ、「夕焼」にこの世への賛歌やエールが贈られているように思う。

「こんなつまらないことにかかずらっている」という否定的な自覚ではなくて、「この世の瑣事」に没頭できる時間と存在への肯定である。『季語別櫻井博道全句集』(2009)所収。(今井 聖)

些細な事の積み重ねで一日一日がある。しかし人の思いは夫々である。いかに大波のような案件を平然と受け流す人もいれば悩んで悩んでうつ病になってしまう人もいる。そして自殺する人さえいる。

これは、現役のことであるが、職場配置転換をした時のことに経験がある。なかなか新しい職場の仕事や人間関係に慣れず、悩んでいた時に、上司に「そんな瑣事な問題で悩むなんて 私なんかもっと大変なんだから・・・」「確りしなきゃ」と言われてしまった。

その話を聞き余計滅入ってしまった経験がある。人間仕事で,ストレスやフラストレーションが起きる事は、その人の性格・考え方・受け止め方で違ってくる事だと思うが・・・。

アメリカのオバマ大統領はいきなり分刻みのスケジュールをこなさねばならないそうだ。殆ど自分の時間がないと言っても過言でない緊張の連続だと思う。そうとうフラストレーション溜まるだろうが、どうしてクリヤーしていくのだろう?

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2009年1月22日 (木)

オバマ大統領しなやかに・したたかに

Tombi061アメリカの人口2億8千万人の国、そして世界一経済大国である。世界に及ぼす影響は最大である。合衆国アメリカの歴史は新しい。オバマ新大統領が尊敬する第16代リンカーン大統領の奴隷解放宣言を行って146年。初の黒人のオバマ大統領の就任演説は、様々な記念碑が立ち並び、アメリカの歴史が凝縮された首都ワシントンの緑地帯ナショナル・モールに響き渡った。200万人の観衆だったという。

朝日新聞社説(参考)・・・経済危機など現実の厳しさを率直に認めたうえで、「アメリカよ、それは解決できる」と、米国民に勇気をもって試練に立ち向かうよう求めた。 オバマ新米大統領が国民に直面する困難の重さと、指導者としての責任感がそうさせたのだろう。

そんななかに「すべての国の皆さんや政府に知ってほしい」という異例の呼びかけがあった。 イスラム世界に対し「私たちは、新たな道を模索する」と述べ、これまでとはアプローチを変え、共通の利益と相互の尊敬に基づく関係を築きたいという。

9・11同時多発テロから端を発し、それ以来イスラム教の偏見から、フセイン大統領のイラク戦争発展した。イラク戦争で4千人を超える米軍兵士が命を落とした。イスラムとの対話を呼びかける新大統領の言葉を、米国民も納得して聞いたのではないか。

今から思うとブッシュ元大統領には、冷静さが欲しかったと思う人はアメリカでは増えてきて、あの戦争は間違っていたという人も多くなった。

公約したイラクからの米軍撤退を軌道に乗せ、戦争の収束に誠実に取り組むことがイスラム世界の対米不信を解く第一歩だ。イスラム世界もこの絶好の機会を真剣にとらえて、対話に踏み出してほしい。

ブッシュ政権が敵視してきた独裁政権などにも、手をさしのべる用意があると表明した。北朝鮮やイラン、キューバなどが念頭にあるのだろう。オバマ氏は、途上国の貧しい人たちにも呼びかけた。日本などの先進国には、貧困や環境・資源問題にともに取り組もうと語った。

目新しい主張ではないけれど、ブッシュ時代には欠けていた他者への共感と謙虚さを感じさせた。国際協調主義への明確な転換である。

「世界が変わったのだから、米国も変わらなければならない」。この難題をどう実行して見せるか、世界は期待しつつ注視している。

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雪のこと

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<p> 今日の名言

永遠に生きるが如く夢をみろ、今死んでしまうがごとく生きろ。

                        ジェームス・デーン

08nangodake_sandou11_2雪靴をもてセザンヌの前に立つ 田川飛旅子

初雪の報はあったが、私の住む地域ではまだ雪を目にしていない。寒は早く明けてほしいけど、雪を見ずに冬が終わってしまうのは寂しい。掲句は都会では珍しく雪の降り積もった日のひとコマだろう。ぎしぎし雪を踏みしめてきた靴で作者はセザンヌの絵の前に立っている。

先日ブリジストン美術館にある自画像を見たときこの句を思い出した。絵にはところどころ白いキャンパス地がそのまま残されていた。それは塗り残しというより、絵を引き立てるタッチそのものなのだろう。水彩や墨で描く日本画では余白の部分が色や光の役回りを担う。

しかし油絵で空間演出としてキャンパス地をそのまま使った人はセザンヌ以前にいなかったのではないか。掲句の「雪靴」は多分登山靴のようにずっしりと重い靴だろう。

セザンヌの絵のタッチと雪靴のところどころに残る雪が響き合う。生々しく実感に訴えてくる表現は飛旅子の得意とするところだが、この句にも彼のその特色がよく生かされているように思う。『現代俳句全集』第六巻(1959)所収。(三宅やよい)

東京地方に雪は年に2・3回しか降らない。寒が過ぎて2月の入ってから降ることが多い。低気圧が日本列島の南側の太平洋岸を西から進んできて、東に抜けるときに低気圧が発達しところに、北からの寒気が重なると降るというメカニズムがある。

したがって雪は水気を含み電線を切り、樹木や、竹を折る事になる。いわゆる重い雪が降るのである。

雪には色々な種類がある。粉雪・綿雪風花・牡丹雪・根雪・新雪・べた雪・締雪・粗目雪・細雪・吹雪・地吹雪・斑雪・沫雪などがあるという。

雪と言うと、草葺屋根から、氷柱が垂れ下がり、猫はコタツでまるくなり、そしてミカンを食べている。むかしの光景を思い出す。30センチぐらいは降ったこともあったなあ・・・。

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2009年1月21日 (水)

「渡り」・・・天下り

07kitayamazaki31予算委員会の中継を見ていたが、どうも麻生首相の答弁は分かりにくい。本音はなんだんだろうと勘ぐられてもしかたがない。いい訳に苦労しているようである。「渡り」をなぜ全面禁止に出来ないか、官僚の圧力なのか、一度言い出した事は撤回したくないのか、意地でのことなのか、真意がつかない説明である。

日新聞社説・・・やはり麻生内閣の感覚は、ずれているのではないか。国家公務員の天下り問題への対応に、そう思わざるを得ない。

公務員OBが出身省庁のあっせんで天下りを繰り返す「渡り」を首相の承認で可能とする政令が先月、閣議決定された。3年間の経過措置とはいえ、次官経験者らが民間団体を渡り歩き、退職金を重ねて得るような慣行にお墨付きを与えるようでは、公務員制度改革への姿勢が問われる。

与党からでさえ、批判が出るのは当然だ。麻生太郎首相が撤回を拒み続けていることは、問題がある。方針を改め、即時禁止を明確にすべきである。

国家公務員の天下りは新設された「官民人材交流センター」に3年後までに一元化され、各省によるあっせんはできなくなる。それと同時に公務員の「渡り」、つまり再々就職のあっせんは全面禁止される。

問題となったのは、それまでの経過措置だ。もともとは「再就職等監視委員会」が省庁があっせんする天下りの是非を判断する予定だったが、委員会人事は野党の反対で参院で否決された。このため、政府は先月、首相が天下りの承認を代行する苦肉の策を政令として閣議決定した。

ところが「必要不可欠と認められる場合」に「渡り」のあっせんも容認する文言が盛り込まれた。首相は例外的ケースと説明するが、官僚が抜け道を最大限に活用することは明らかだ。

監視委が予定通り稼働しても「渡り」は容認されたはず、とも政府は説明する。確かにその間の「渡り」あっせんを禁じる規定はないが、首相が通常の天下りを承認すること自体、窮余の策とはいえ問題が多い行為だ。ましてや、いずれ全面禁止する「渡り」の承認は、天下り規制の趣旨を逸脱している。

中央省庁が「渡り」の存続にこだわるのには訳がある。一度天下りした人の再々就職が決まらないと省庁からの再就職先のイスが空かず、非公式に築いた人事体系が乱れるためだ。

公務員退職を含め「渡り」をすれば通常、最低でも3度の退職金が官僚OBに支給される。政府答弁書によると、03~07年の5年間に官僚OBがあっせんを受けたケースは61件に達し、氷山の一角との指摘もある。行き先の多くは公益法人であり、行財政改革の視点から容認は疑問である。

首相はさきの自民党大会で、消費税増税について「大胆な行革が大前提」と強調した。だが、こんなけじめもつけないようでは、その信ぴょう性もかすんでしまう。

自民党からさえ、禁止の議員立法を目指す動きが起きたことは、国民と麻生官邸の目線のずれの表れでもある。首相がメンツにこだわるような問題ではない。抜け道は自らがふさがねばならない。

                                                                             

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一人一人が責任を

06oga_toga11世界中から注目された、アメリカの44代の新大統領に、バラク・オバマ氏が就任された。日本時間1時30分だった。冒頭の言葉が一人一人が責任を持ち団結を訴えた。(NHKラジオの実況中継聞いて)

読売新聞web・・・米国のバラク・オバマ前上院議員(47)は20日午前11時半(日本時間21日午前1時半)から、ワシントンの連邦議会議事堂前で大統領就任式に臨み、宣誓を行い、第44代米国大統領に就任した。

黒人の大統領誕生は、奴隷制など人種差別の過去を持つ米国史上初めて。就任演説でオバマ大統領は、金融危機やイラクやアフガニスタンでの戦争を踏まえ、「我々に必要なことは『新時代の責任』だ」と述べ、緊急の課題を乗り切るため国民に協力を要請。大統領はまた、「米国再生の仕事に着手しよう」とも述べ、ブッシュ共和党政権のもとで失墜した米国のリーダーシップの復活に取り組む姿勢を鮮明にした。

大統領は演説で、経済情勢について、「大胆で迅速な行動が必要だ」とし、その具体策として、「太陽や風力や地力を活用する」と述べ、環境分野に予算を重点配分する「グリーン・ニューディール」の必要性に改めて言及。また、イラク問題については、「我々は責任を持ってイラクを国民に委ねる」と駐留米軍の早期撤退への意欲を示すとともに、アフガニスタンでの和平構築に力を入れる考えも表明した。さらに、核の脅威削減や地球温暖化対策にも取り組む考えを示した。国や宗教の違いによる対立にも触れ、人種や党派を超えた国民の団結の必要性を強調した。

就任式は「自由の再生」をテーマに行われ、大統領は演説に先立ち、「奴隷解放の父」エイブラハム・リンカーン第16代米大統領が1861年の宣誓で使ったのと同じ聖書に左手を置き、「私、バラク・フセイン・オバマは、合衆国大統領の職務を誠実に遂行し、全力を尽くして合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う」と宣誓の言葉を唱えた。

副大統領には、ジョゼフ・バイデン前上院議員(66)が就任した。

就任式会場や引き続き行われるパレードルート周辺には、就任式史上最多の約200万人とも言われる市民が集まり、祝賀ムードに包まれた。反面、就任式を狙ったテロに対する厳重な警備態勢が敷かれた。

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人間の神経のこと

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今日の名言

政治家とは情熱と判断力の二つを駆使しながら堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。                    

                           ヴェーバー『職業としての政治』

08nangodake_sandou11冬草にふかくも入るる腕かな きちせあや

季語は「冬草」。こういうことを詠めるのが、俳句という文芸ジャンルに許された特権だろう。あやまって何か落したのだろうか。枯れてはいるが丈の高い冬草のなかを、作者は手探りで探している。なかなか見つからないので、もっと奥の方かなと「腕(かいな)」をなお「ふかく」伸ばしてゆく。

手を動かすたびに、脆そうに見えていた枯草が、しぶとく腕にからみついてくる。このときに作者が感じたのは、草の意外な強さに反発している自身の「腕」の存在だった。ああ、私には腕があるのだ……、と。

日常生活では、怪我をするとか余程のことでもないかぎり、私たちは腕の存在など忘れて暮らしている。腕に限らず、五体の全てをとくに意識することはない。その必要もない。けれども、何かの拍子にこのように、ふっとその存在を知らされることはある。

たいていの人はすぐに忘れてしまうが、作者はそのことをきちんと書き留めた。特別な感動を受けたり感興を催したというわけでもないのに、しかし、このことに気づいたのは確かだし、その様子を含めて書いておくことにしたのだった。

普通にはまず書き留めようという気にもらない些事を、作者には慣れ親しんだ俳句という表現様式があったがゆえに、このように定着できたのだ。このことに、私は静かな興奮を覚える。俳句があって良かったと思うのである。『消息』(2003)所収。(清水哲男)

人間の身体の何処の部位であっても「血」は通っているところには、神経も付随している。その箇所が傷めると血は流れ、痛いと感ずる。髪の毛一本でも故意に抜こうとすれば、痛いと感じる。  

普段は、存在すら忘れてしまっている手の甲にちょっと腫れたので、昨日整形外科医に行って見てもらった。ガングリオンという、注射を患部射して、処置は終わった。たった1分だった。

痛くないと、異常に気がつかないこともある。癌などであるが自覚症状がない内に侵されていることがある。これは命に係わることもあり、非常に怖い。しかしこういう神経が察知出来ないことがあるのも人間の身体だ。

普段から、健康診断をうけて、いつも健康チエックが大事である。また風邪などで、潜伏期間があって、ある期間が過ぎると発症すると言うこともあり、人間の神経だけで防御するのは難しい。

                                

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2009年1月20日 (火)

驚くほどの報酬

24351何処か似ている大企業の考え、アメリカの自動車のビッグスリーの社長は自家用ジェット機でニューヨーク入りし、公的資金を申し入れにやって来たという。これでは全く受け入れられない。とうことで自動車で自分で運転し再建に公的資金を出していただけるなら、今後の報酬はゼロといって、お願いが通った。

世界のトヨタも赤字という、非常事態を日本の大企業の役員は、この経済不況を人員削減することで、利益を確保して行こうと考えているのか・・・。

日刊ゲンダイ記事・・・。ついに正社員にまで及んできたリストラの嵐。日本IBM1000人、日興コーディアル800人、三洋電機500人、大京450人、西友350人……。1万人規模の正社員が人員削減されている。さらに、経団連は派遣社員の雇用維持を名目にして「ワークシェアリング」を導入し、正社員の給与を下げるつもりだ。

確かに、このままでは3月までに8万5000人の非正規社員が職を失うだけに、ワークシェアリングは必要だろうが、これ以上、サラリーマンに負担を押しつけるのは、限界というものだ。6年間も景気拡大がつづいたのに、サラリーマンの給料は9年連続で下がりつづけた。

その一方、上場企業の役員報酬は2倍に膨れ上がっている。実際、年収200万円以下のワーキングプア世帯が全世帯の2割に達するというのに、ベラボーな役員報酬を平然と受け取っている経営者があふれかえっている。

例えば、日産自動車は3億円以上、ソニーも3億円近い金額をもらっている。もっともこれはあくまでも平均額。役員一人一人の個別の金額は明らかにされていないので、役員報酬総額を役員人数で割って平均を出すしかないが、当然、社長は平取より高額に決まっている。日産のカルロス・ゴーン社長やソニーのハワード・ストリンガー会長は推定10億円はもらっているというから、フザケルナだ。

株主総会で役員報酬の個別開示を求める活動を続けているNPO法人「株主オンブズマン」の松丸正・事務局長がこう言う。

「ストックオプションを導入する会社もあり、ここ数年、企業の役員報酬は確実に増えました。しかし、日本の企業は役員報酬を総額しか開示せず、どの役員がどれだけもらっているかは隠されている。米国などでは役員報酬は個別開示されています。特に、リストラが断行されている今は、報酬金額が本当に妥当なのか、説明責任が求められます」

派遣切りやリストラの前に、経営者は自らの報酬額を明らかにすべきだし、少なくとも半分に減らしたらどうか。

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大寒

08muhyo_omono_tyokai11大寒 (だいかん)

冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也 (暦便覧) 

一年で一番寒さの厳しい頃 。逆の見方をすれば、これからは暖かくなると言うことである。春はもう目前である。

一年で最も寒いころとされる二十四節気の「大寒」の20日、首都圏は朝の冷え込みが緩んだものの、日中は気温上昇が鈍く、前日の陽気から一転して暦通りの寒さとなった。

昨日は最高気温が16度と異常なほど暖かかったが、今日の東京都心の未明の最低気温は5.6度で、平年より3.7度高く3月下旬並み。八王子(東京)の氷点下0.7度、寄居(埼玉)の同0.3度など氷点下になった所も、平年よりは高かった。都心は正午すぎでも8度台。雲に覆われ風が冷たく、真冬並みの寒さに逆戻りしたといいうことだ。

町に出ると、やたらとマスクをかけた人が目に付く、そう、町田市の鶴川サナトウリューム病院でインフルエンザで一躍有名になった。もっとも3人がインフルエンザで亡くなったというから大変である。感染者は110人とか院長も感染し、マスクをしての記者会見であった。

やはり寒さと、乾燥だと思う。中国では、鳥インフルエンザで死者が出たというニュースがあった。これは、放っては置けない。人から人に感染したら、世界では、何億人が亡くなるだろうと言われている。日本でも64万人がなくなると予想されからである。

そして、注目のオバマアメリカ大統領就任式 が行われる。
西暦年が4で割り切れる年の翌年。 アメリカ合衆国憲法修正20条で、大統領の任期は1月20日の正午に終了することとされており、その瞬間から次の大統領の任期が始りまる。

大寒や北斗七星まさかさま」 村上鬼城

今夜の防犯パトロールは、ちょっと曇っているので星は見えない。そうか星を観察するに冬の夜空がいいと聞くが・・・。

     堀内敬三 訳詞
     W・S・ヘイズ 作曲

一、 木枯らしとだえて、さゆる空より 地上に降りしく 奇しき光よ 
    ものみな憩える しじまの中にきらめき揺れつつ 星座はめぐる

二、 ほのぼの明かりて 流るる銀河 オリオン舞い立ち すばるはさざめく
    無窮を指さす 北斗の針と きらめき揺れつつ 星座はめぐる

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インフルエンザの脅威

08tubaki_takegaki11 今朝のNHKラジオ深夜便を聞いていたら、2時のニュースで中国で鳥インフルエンザで、27歳の女性が亡くなった、H5N1型と言う。中国では旧正月を祝う行事があり、人の行き交う時期を控えて、政府は、その対応に頭を痛めているそうだ。今年のなって二人目だという。

鳥インフルエンザ菌が人から人に移ったら、爆発的の伝染され世界規模の問題となり死者は何億人と予想され、日本でも60万人以上の死者がでるとの恐ろしい予想である。

鳥インフルエンザではないが、東京の町田市に病院で106人が感染しお年寄り3人がなくなったという。予防接種していたというが、院長までが感染したと言う。

その原因は、徹底的に調べないといけないと思うが、素人判断で言うならば湿度の問題あったのではないかと思う。関東地方は乾燥注意報はが出っぱなしで湿度が10%代という日が続いている。予防接種をしているから大丈夫と思い込んでしまってのことだろう。

タミフルという風邪の薬は、確かに効くらしい。そして、風邪の予防薬としても効果があるというが、現在では、事前の服用は保険適用されないので、使用はされないそうだ。

人には全く免疫のない新型インフルエンザの出現が心配され、対策も検討されている。だがそれ以上に大切なのは、毎年流行する普通のインフルエンザに対する備えだ。それができなくては新型どころではない。

インフルエンザは風邪とは全く別のこわい病気だ。全身に重い症状が出て、子どもや高齢者では命にかかわることもある。過去に大流行したインフルエンザを「スペイン風邪」などと呼んでいることが、日本で誤解を招く原因になっているかもしれない。まず認識から改める必要がある。

何れにしても、中国の鳥インフルエンザといい、町田市の病院の問題といい恐ろしいことである。とりあえず、新型インフルエンザ対策を真剣に政府が音頭とらないと大変な事になる。

人の命の問題もさることながら、経済的ダメージも大きいと思う。

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自転車のこと

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今日の名言

   愛があると思うのも錯覚、ないと思うのも錯覚。

               (女のおっさん箴言集、田辺聖子)

08nangodake_sandou11自転車を嘶く形にそろへ冬 小林貴子

坂の多い東京の町を自転車で走るとき、ときおり人馬一体という言葉が頭をよぎる。上り坂ではがんばっているのは自分ひとりのはずなのに「がんばれがんばれ」と自転車も励ましている。

その中にすとんと体を収める自動車は移動する自室という感覚になるが、サドルにまたがりペダルを漕ぐという肉体的な動作を伴い、外気と触れ続ける自転車は、歩くや走るの延長線上にあり、尚かつ愛着のある自転車ともなると愛馬に抱く感情に近い。

掲句もきれいに並べられた自転車置き場に自分の一台を加えたとき、ふとつながれた馬の姿を重ねたのだろう。足音が遠ざかったのち、ほうぼうの自転車は嘶きの白息をこぼすのかもしれない。

自転車を使ってスポーツのなかで「サイクルポロ」という競技を見つけた。その名の通り自転車を使ったポロが起源で、馬を飼うのが大変だったので自転車を使うようになったのだという。

しかし、さすがに流鏑馬のかわりに自転車で、という競技は今のところないようだ。〈マント羽織るときに体を半回転〉〈遠き冬針焼いて棘抜きしこと〉『紅娘』(2008)所収。書名「紅娘」はてんとうむし。(土肥あき子)

最近は、自転車に乗らない。どうも国道は車の交通量が多くて危ない(場所によっては国道を走らねばならないところもある)歩道を走るのだが、狭く歩行者に接触が怖いのと起伏が多いので乗りづらい。と理由からである。

橋の上は歩道が1メートルと狭いので、乳母車などが通ったらすれ違いも出来ないので車道を走らねばならないので車に接触したら大事故になる恐れがあるので怖い。(国土交通省に改善を申し入れているが・・・)

私は、もっぱら買い物は車で済ませるが、ちょっとの用事の場合歩くことにしている。歩いて1時間ぐらいなら、運動を兼ねて理想的と思っている。

それにしても、駐輪場の風景を見ても、マナーが問題である。整理をして、多くの人の利用をお願いしたいのだが、勝手に置いてしまい、整理係りをお願いしなければならい。歩道にはみ出し、車椅子が通れないのは大きな問題である。そしてゴミと放置自転車は何処の駅前でも、頭の痛い問題となている。

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2009年1月19日 (月)

先端医療に熱視線

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08tubaki_takegaki11「東芝は、蛋白質解析装置」を「NECは、ITを利用した最新システムを慶大やKDDIと実証実験を実施」など電機メーカーは景気後退で収益が見込まれる医療機器に注目が集まる。

FujiSankei Busunnss i・・・電機メーカーが電子部品や薄型テレビの得意技術を応用し、医療機器分野への進出や事業強化に乗り出した。東芝は半導体の微細加工技術を使い、疾病予防で注目されるタンパク質解析装置を開発した。診断画像を映す高精細ディスプレーや、過疎地の遠隔医療のIT(情報技術)システムも登場。景気後退で一般消費者向け市場が冷え込む中、収益が見込みやすい「医療」の魅力が高まっている。

最先端の生命科学の対象は、これまでのDNAから、さらに微小な単位のタンパク質に移っている。東芝は、そのタンパク質を解析する新手法「マイクロSPRパーティクル」を英ケンブリッジ大学と共同開発した。

開発に役立ったのは、半導体の先進技術だ。新手法では、半導体の材料でもあるシリコン片を利用。シリコン片は直径約100マイクロメートルの六角形で、特定のタンパク質に反応する分子を付着させて反応をカメラで観察する。最大50個のシリコン片を一括して解析できるという。

タンパク質解析は創薬や疾病診断に応用でき、新手法により「疾病に関係するタンパク質を探し出す創薬の初期の作業時間が大幅短縮できる」(研究担当幹部)という。2年後には実用化を目指しており、東芝には複数機関から共同事業化などの提案が持ち込まれている。

医師不足が心配される過疎地での医療の充実に、ITを利用した最新システムを提供するのがNECだ。東京都奥多摩町で、慶大やKDDIとともに3月末まで実証実験を実施。現地の複数の集会所などに、健康管理のための専用タッチパネル端末や血液のサラサラ度を測定する装置などを設置。都心部のクリニックや健康センターをネットワークで結び、テレビ電話を通じた遠隔診断や健康状態の管理・指導を手がけている。

液晶ディスプレーを扱う日立ディスプレイズは、X線CT装置のモニターなどに使う高画質ディスプレー(パネル)を拡充した。誤診が許されない医療用モニターは、静脈や動脈の識別などで不可欠な正確な色彩表現が求められるといい、「忠実に色を映し出せる特徴を生かした製品数を今年中に倍増させる」(同社)という。薬の保冷庫を得意とする三洋電機も、市場拡大が見込まれる再生医療や細胞治療といった先端医療分野向けの機器に力を入れる方針だ。

国内の医療機器市場は2兆円超とされるが、高齢者人口が増える今後は成長が確実。高い収益性や保有する技術の転用が可能なため、蘭フィリップスや米ゼネラル・エレクトリック(GE)など海外の電機大手も進出、強固な足場を築いている。

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元横綱「輪島」の解説

08nangodake_sandou11懐かしい人がテレビに映っている、昨日NHKの初場所で元横綱『輪島』がゲスト解説をしていた。『黄金の左』という今は、「出島」・「栃の洋」の力士がいる、石川県出身の力士だった。なかなか、懐かしく、また当時の取り組みなどの思い出を語ってくれて楽しかった。

大相撲初場所(東京・両国国技館)は8日目の18日、元横綱の輪島大士さん(61)がNHK中継のゲスト解説者として両国国技館に顔を出した。81年春場所で引退して花籠部屋を継いだが、年寄名跡を担保にしたことが発覚、85年12月に廃業を余儀なくされて以来初の本場所観戦で「来て良かった。また来たいな」と上機嫌だった。

NHKは「国技館の名が付いて100周年なので招いた」と説明したが不祥事で廃業した関係者が本場所に顔を出すのは例がない。輪島さんは「遠慮もあるから」と協会関係者へのあいさつもなく、取組が終わると「古巣」を後にした。

学生相撲出身初の横綱であり、横綱になっても本名を四股名にしていたのは大相撲の歴史上でも輪島のみ(外国出身力士が帰化し四股名を本名とした例を除く)。右手の引きが強いこともあって左の下手投げを得意とし、トレードマークの金色の廻しとかけて「黄金の左」と言われ一世を風靡した。

下手投げを得意とする力士は大成しないというジンクスを破っている数少ない例である。当時の大相撲では「力士は走ると腰が軽くなる」(相撲は「摺り足」が基本で、足の裏を地面から離す「走る」行為は基本に反する、という考えからか?)と言われていたが、輪島は通常のスポーツ選手と同じように積極的にランニングを行い(元祖は横綱・玉の海らしい)、「稽古」を「練習」と呼ぶなど、あらゆる面で型破りだった。こういった点から「相撲を取るために生まれてきた男」「天才」という声もあった。

千代の富士、鷲羽山等小兵力士には絶対的な強さを見せたが、高見山等の巨漢力士に対しては脆さを見せる事も多かった。高見山には、当時最多記録だった金星12個のうち7個を与えており、現在に至るまで同一横綱からの最多金星獲得記録となっている

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バードストライクと言う事故

Jaz41FNNニュース・・・15日アメリカ・ニューヨークで、離陸したばかりの国内線の旅客機が、マンハッタンの西側を流れるハドソン川に不時着した。乗客乗員155人が全員救助され、犠牲者はいなかった。
機体は、コックピットの窓と主翼の一部、そして尾翼が見えるだけで、あとはすべて水の中に漬かった。
救出された人々は、まるで水面に立っているかのように見えるが、立っているのは少し前まで彼らが乗っていた飛行機の翼。
日本時間16日午前6時前、ニューヨークのラガーディア空港を飛び立ったUSエアウェイズ1549便が、離陸からわずか3分後、マンハッタンの西側を流れるハドソン川に緊急着水した。
乗客は「左のエンジンが突然爆発して、火が噴いたんだよ」と話した。目撃した人は「こんなこと9.11以来よ。恐ろしいわ。こんな近くで...」と語った。飛行機が着水したハドソン川には、多くの救急車が集まり、救出活動が行われた。15日の気温は氷点下8度で、時折雪が舞い降りる中、乗客乗員あわせて155人が救助された。


飛行機には、日本人2人も搭乗しており、当時の様子を生々しく語った。事故機に搭乗していた瀧川裕己さんは「(けがは?)けがはないです。全然、大丈夫です。(落ちた時の状況は?)割とスムーズに。落ちたって感じじゃない」と語った。


事故機に搭乗していた出口 適さんは「5分、10分後ぐらいに大きな音を聞いて、そのあと。(大きな音がした?)そうですね。(それが結構大きな衝撃だったということですか?)そうですね、はい」と話した。FAA(アメリカ連邦航空局)は、この事故の原因は、鳥だったとの見方を強めている。離陸直後の飛行機が鳥の群れにぶつかり、鳥がエンジンに巻き込まれた可能性があるという。

乗客によると、不時着前、パイロットは「衝撃に備えてください、降下します」とアナウンスをし、不時着に備えたという。

航空評論家・鍛治壮一さんは「パイロットの判断がよかったんだと思いますよ。もし、途中のマンハッタンみたいなところに落ちたら、9.11と同じくらいの大惨事になるから。ハドソン川の上に降りる方が安全だというふうに、どこかに飛んでいく方が危険だと思って、パイロットが判断したんじゃないかと僕は思います」という。

それに対し、初めてサレンバーガー機長と副操縦士に対する聞き取り調査を実施。機長らは「破滅的な結末」を避けるため不時着を選んだと言う。

ベテランパイロットの冷静な判断が全員救助と言う素晴らしい結果となった。2009年年初めのハッピーニュースとなった。

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水餅の思い出

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今日の名言

ひとを罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな!
ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(上)

08take_yuki21餅切てゐるらし遠のく思ひのよろし 河東碧梧桐

餅を切る音を久しく聞かない。今はスーパーで、手ごろな大きさに切ってある餅を売っていたりする。といって、掲句の「餅切る」は、雑煮や汁粉のために少量を切っているのではないだろう。

昔は正月に入ってからもう一度餅を搗き、保存食として「かき餅」にしたものだ。箱状の容器に薄く伸べた餅を、包丁で細く短冊状に切ってゆく。たくさん切るのだから、この単純作業には手間がかかる。面白い作業ではない。厨のほうから、そういうふうにして餅を切る音というか気配が伝わってきた。切っているのは、おそらく作者の妻だろう。

その人は、何か深刻な「思ひ」を抱えているのだ。さきほど、聞かされたばかりである。いかし、しばらく静かだった厨から餅を切る音がしはじめた。そこで、作者がようやくほっとしている図だ。餅を切るという単純作業に入ったということは、その間だけでも「思ひ」は遠のくはずだからである。

でも、この「よろし」は作者自身の自己納得なのであって、切っている当人の心持ちは「よろし」かどうかはわからない。こうした自己納得は日常的によく起きる心象で、こんな気持ちを繰り返し育てながら、誰もが生きている。大正六年の作。冬の句だろうが、とりあえず無季句に分類しておく。短詩人連盟刊『河東碧梧桐全集・第一巻』(2001)所収。(清水哲男)

「水餅」と聞いて、昔のお勝手を思い出す。水餅は三戸ぐらいの大きなカメに一杯になるまで長方形に切った餅を水につけてカビを防いで、長く保管できた。家族が7人・8人の家族だったので、一人3個として20個ぐらいに一度に雑煮に使った。今では2・3人の家族では、その量は考えられない。

朝早くから、囲炉裏に火を燃やし消し炭で“鉄器”に並べて、焼いて、芋・大根の入った大きな鍋に入れ食べた。煙と灰のもうもうとした囲炉裏は大きく5・6人が座れる。囲炉裏は、最高のコミニケーションの“場”だったなあ・・・。

カメに残った水餅は、最後は長方形のかどが崩れていまうと言う欠点があった。水の中から取り出す時の水は凍っていた事もあった。

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2009年1月18日 (日)

寒中に咲く花

191104011 散歩していると、梅の枝先に白い花が開いているのが確認できる。近くに行ってよく見ると、しっかり、寒風に耐えて、咲き始めてることが確認できる。こんなに寒くても、時期を感じ取って咲くことに、今更ながら感心させられた。

しかし、花は咲くことは実をつける前提で咲くのであるが、受粉などは、一体どんな具合で行われるのだろう?この時期、昆虫はいないし、鶯もいないしかし、健気に存在を示している。

もっとも寒の内に咲く花も少なくはない。寒椿(つばき)、寒梅、寒菊、寒薔薇(ばら)、寒木瓜(ぼけ)など歳時記に並ぶのも色とりどりだ。このうち最もあでやかなのは寒牡丹(ぼたん)だろうか。晩春に花を咲かせる品種の多い牡丹を、手をかけてこの厳冬に咲かせたのだ。

防寒のワラ囲いの中から顔をのぞかせる赤やピンク、白の花弁を見れば、寒中に大輪の花を求めた人の技に心が奪われる。唐から贈られたという伝承のある奈良県の長谷寺や、鎌倉の鶴岡八幡宮などが、ちょうど今ごろの寒牡丹の名所である。

この時期子供の頃のことを思い出すと・・・「垣根の 垣根の曲がり角 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き…」と、無意識にハミングしたりする童謡「焚き火」がある。

山茶花・椿の花は、寒中でも咲いている代表的な花でもある。その近くで落葉を集めてする『焚き火』は楽しかった。芋を焼いて食べるのである。煙が目に沁みて頭は灰だらけになってしまってもかまわず、息を吹きかけ風を送って落葉を燃やした。その落ち葉の中に赤い山茶花の花びらが入っていた。

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寒ガラス

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今日の名言

何人も、その良心に反して、武器をもってする戦争の役務を強制されてはならない。
『人権宣言集』「ボン憲法基本権」(ドイツ)

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寒鴉己が影の上におりたちぬ  芝不器男

先だって、湯殿川の河川管理通路(川の両側の整備された通路)を散歩していたら烏の群れにであった。1羽・2羽では驚かないが、その数40・50羽ぐらいになると、怖いくらいだ。鳴き声と、近くに行っても逃げないので、ちょっと立ち止まっしまった。

烏のいたずら?には閉口した。生ゴミの収集日に目をつけて、中身を道路に散らかされてしまった。それから、収集車が来る直前まで出さないようにしているのだが、時間がずれたり、出すタイミングを考えたり、面倒な事になった。

寒鴉とは冬の烏のこと。春夏秋冬いつでも見かける烏が何故冬の季語なのだろう。人間の暮しがあるところには必ずといっていいくらい烏がいる。人間の捨てた残飯は烏の餌だ。

烏は、食物の少ない冬になるとますます人間の生活圏に大挙して押し寄せ、様々な害をもたらす。兎や仔犬などを襲ったり、時には幼児を威嚇したりと、ほとんど害鳥である。そうは言っても、烏も生きるためなのである。最近は熊や猪、猿までが害獣扱いされる。彼らの安住圏が次第に狭められてきた結果なのであり、何とか共存の道を探って欲しいと願うばかりだ。
この句の作者は、けっして烏に敵意のまなざしを向けることはない。自分自身の影の上に降り立った「寒鴉」に心を移す作者がいるばかりである。精悍な面構えの烏ではあるが、遠くを見つめながら時折啼く姿は侘しさを窺わせるものがある。満目蕭条とした冬野に立つ作者とその影に降り立つ烏の存在。そこには作者の倦怠感が垣間見えるであろう。

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2009年1月17日 (土)

公務員改革を確り

Center171「お役人天国」という日本になってしまったようで、しかたがない。いわゆる霞ヶ関の役人は、頭が良いので、国家議員のアドバイスには、納まらないで、自分達の保身に精一杯汗をかいている。決して国民のためとは思えない。

先週衆議院予算審議で、民主党の仙石衆議院の質問で「渡り」の問題を麻生首相に糾していたが、政令で決めたという事はどうも憲法違反だという。回答は例外的にあることで、本来はないとの回答であった。

今後消費税の増税を訴えているが、その前に、税金の無駄使いを徹底的になくすことでなければ国民は承服し兼ねるところだろう。

日経新聞社説・・・麻生内閣の下で公務員制度改革が後退するのではないかとの懸念が強まっている。自民党行政改革推進本部の公務員制度改革委員会(石原伸晃委員長)が政府の方針に異を唱え、天下りに関する政令の再検討を求める方針を決めたのが、その象徴的な出来事である。

政府は昨年末に閣議決定した「職員の退職管理に関する政令」で、国家公務員OBが公益法人などへの再就職を繰り返す「渡り」のあっせんを容認する規定を盛り込んだ。しかし公務員制度改革委員会の議論では、官僚OBが「渡り」を繰り返して多額の退職金をもらうことなどに批判が集中した。

政府は「渡り」が認められるのは「極めて例外的」(河村建夫官房長官)として、見直しには応じない考えだ。だが「渡り」は有権者の理解を得られまい。抜け道になりかねない規定はそもそも不要であり、撤回するのが筋である。

安倍内閣で成立した改正国家公務員法では、各省庁があっせんしている天下りを廃止して、官民人材交流センターがその役割を担うことに改めた。経過期間の3年間は、首相の委任を受けた再就職等監視委員会の承認を条件に、各省庁のあっせんを認めることになっていた。

官民人材交流センター構想に反対した民主党が、監視委員会の委員の国会同意人事を認めず、監視委が立ち上げられなくなったため、迷走が始まる。政府は苦肉の策で、退職管理に関する政令で、監視委が発足するまでの間は首相が権限を行使すると読み替えた。民主党はこの読み替え自体を批判している。

「渡り」容認の規定は、霞が関がこの機に乗じて盛り込ませたものだ。公務員制度改革委は重要な政令を党にはからずに閣議決定した手続きも問題視している。「渡り」の規定の是非を政府内で真剣に検討した形跡がないのは深刻な事態である。首相の求心力が低下し、霞が関にあなどられているようにみえる。

自民党を離党した渡辺喜美元行政改革担当相は江田憲司衆院議員とともに記者会見し、「脱官僚」や「地域主権」などを掲げた政策集団を設立すると発表した。渡辺氏は自民党にいたころから「渡り」のあっせんを全面禁止するよう求めていた。

次期衆院選で民主党は天下りの禁止を掲げる方針で、公務員制度改革は大きな争点になる。首相は2011年度からの消費税の増税を訴える考えだが、その前提として行財政改革の徹底は不可欠だ。公務員制度改革への強い決意を示す必要がある。

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この緊急事態時に・・・

08nangodake_sandou11不倫疑惑が炸裂した鴻池祥肇官房副長官(68)は16日午前の閣議後、「申し訳ありませんでした」と閣僚らに陳謝した。15日夜、記者会見を行い不倫関係や辞任を否定、首相官邸サイドも幕引きに自信を見せている。ただ、野党の追及や続報次第では、さらなる窮地に追い込まれる危険性もはらんでいる。

衝撃スクープを報じた週刊新潮によると、ちあきなおみ似の40代の女性は、5、6年前から議員宿舎に出入りするようになり、複数回、部屋に泊まっていたという。ただ、女性は同誌の取材に「女性トイレで寝ていた」と答えていた。

15日夜、首相官邸で会見した鴻池氏は、「男女の仲というのは天地神明に誓って全くない。家族ぐるみで(交際している)強烈な支持者で、世間が想像するような了見ではない」と不倫疑惑を否定。

さらに、「住人がカードキーを信頼する友人に渡すのは問題ない。泊まったことはない。政府の機密情報を漏らしたことはない」とも強調した。報道については「私自身の不徳だ」と述べたが、自らの進退については「できる限り麻生内閣の一員として役に立ちたい」と述べ、辞任しない意向を示した。

「トイレで寝ていた」なんてどう見ても不自然である。誰も信用なんてしないだろう。どう見ても、非常事態の時期の麻生内閣の一人として、してはいけないことを週刊誌スクープされてしまったことは大きな問題であろう。

どういう人かといえば、過去の経歴で、2002年9月30日発足の第1次小泉内閣第1次改造内閣で、防災担当大臣、構造改革特区担当大臣として初入閣(翌2003年6月、青少年育成推進本部副本部長(担当大臣)職追加、同年9月22日、内閣再改造により大臣退任)。

2003年9月から2005年10月まで参議院決算委員長。政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。そして、郵政民営化は反対の立場であった。

財閥の御曹子というキャラクターが否めない。いい加減な政治家とイメージの肩書きがついたようだ。

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冬の月

今日の名言

偶像にふれてはならない。金箔がはげて手に残る。
フローベール『ボヴァリー夫人』(下)

60mangetsu1冬満月枯野の色をして上がる 菊田一平 

先週の金曜日、東京に初雪という予報。結局少しみぞれが落ちただけだった。少しの雪でも東京はあれこれ混乱する。一日外出していたのでほっとしたような、やや残念で物足りないような気分のまま夜に。

すっかり雨もあがった空に、十四日の月がくっきりとあり、雫のようなその月を見ながら、掲出句を思い出していた。枯野は荒漠としているけれど、日が当たると、突き抜けたようなからりとした明るさを持つ。

凩に洗われた凍て月のしんとした光には、枯野本来のイメージも重ね合わせることができるが、どちらかといえばぱっと目に入る明るさが脳裏に浮かんだのではないか、それも瞬時に。

城山に城がぽつんと雪の果〉〈煉瓦より寒き首出し煉瓦積むなど、目の前にあるさまざまな景色を、ぐっとつかんで詠むこの作者なら、枯野の色、という表現にも、凝った理屈は無いに違いない、と思いつつ、細りゆく月を見上げた一週間だった。『百物語』(2007)所収。(今井肖子)

冬の満月は、先週(11日)防災・防犯パトロールをしながら、フッと気がついて思わず、仲間に存在を教えた。何か街の大き目のネオンサインかと思った。

冷えたさむ空にネオン以上明るさと、威厳を漂わせていた。東の空で家々の間に見えたので時間的には早い頃8時20分だった。

地球上の人間が起した、環境破壊・地震や、津波などの自然などを眺めているのだろう。しかし、人間のように温もりが感じれないのも受け取る人間の心のもち方なのかも知れない。地球から384.400キロ㍍と離れているが、人類は月に立つまでの科学の発展をしてしまった。

Wikipedia・・・太陽系の中で地球に最も近い自然の天体であり、人類が到達したことのある唯一の地球外天体でもある。地球にとっては地球から見える天体の中で太陽の次に明るいが、自ら発光はせず太陽光を反射し白銀色に光る。

英語では Moon(ムーン) 、ラテン語では Luna(ルーナ) と呼ばれる。古くは太陽に対して太陰ともいった。漢字の「月」は三日月の形状から変化したものである。日本語では「ツキ」というが、奈良時代以前は「ツク」という語形だったと推定されている。

また、広義には、ある惑星から見てその周りを回る衛星を指す。例えば、フォボスは火星の月である。月は天球上の白道と呼ばれる通り道をほぼ4週間の周期で運行する。白道は19年周期で揺らいでいるが、黄道帯とよばれる黄道周辺 8 度の範囲におさまる。月はほぼ2週間ごとに黄道を横切る。

恒星が月に隠される現象を掩蔽、あるいは星食という。惑星や小惑星が隠されることもある。一等星や惑星の掩蔽はめったに起こらない。天球上での月の移動速度は毎時 0.5 °(月の視直径)程度であるから、掩蔽の継続時間は長くても1時間程度である。

地球上から月を観測すると、毎日形が変わって見え、約29.5日周期で同じ形に戻る。このため、原始的な暦法では、この周期を「月」という、天体名と同じ単位として扱った文明が多い。このような暦法を太陰暦という。

日本語では暦を読むことを月を読む、ツキヨミ(ツクヨミ、月読)と言った。これは古代の暦が太陰暦であったため、月を読むとはすなわち暦を読むことであった。また、暦はカヨミ(日を読む)ことが転じた語彙という説が有力で、古代人にとって暦・月・太陽の関係は非常に密接なものであったと考えられる。

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地デジ対策

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4594万台、BSデジタル 約4799万件 1月8日(木)、NHKは、地上デジタル放送とBSデジタル放送の12月末現在の普及状況(速報値)を発表した。

それによると、地上デジタル放送は、地上デジタル放送受信機が12月単月で約223万台増加して累計約4463万台。これに地上デジタルチューナー内蔵PCが累計約131万台(JEITA発表値/11月末現在)を合わせると約4594万台となった。

また、BSデジタル放送は、BSデジタル放送受信機が12月単月で約218万台増加して累計約4663万台、ケーブルテレビでデジアナ変換して視聴している世帯が約136万世帯で、合わせて約4799万件となった。

地デジ」で我が家も昨日その工事をお願いし終わった。ちょっと聴取料が上がると言うが仕方がない。正直言ってよく分からないと言う事だが・・・。

本音は、今のテレビのチャンネルの数で不満はなかったので、工事費や聴取料が高くなるのは考えたが、時代の流れに引っ張られる感じであった。チャンネルの数には驚いた。

全ての家庭で対応が出来るのか、何時までに出来るのか、問題はないのか、無関心であった私でだが、ちょっと気がかりである。

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2009年1月16日 (金)

東山三十六峰

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今日の名言

世の中のおとろふると申は、日月(ひつき)の光(ひかり)のかはるにもあらず、草木(くさき)の色のあらたまるにもあらじ。人の心のあしくなり行(ゆく)を末世(まつせ)とはいへるにや。
北畠親房『神皇正統記』

月日はひかりの世の中が衰えるというのは、太陽や月の光が変わるというのではなく、草木の色が改まるというのでもない、人の心が悪くなって行くことが、「末世」ということになるのではないか。と解釈した。

0107ukisima11_2東山三十六峰懐手 西野文代

八文字の句である。句の表記について漢字にするか、ひらがなにするかはときどき迷うところ。例えば、桜と書くか、さくらと書くか。(もちろん櫻と書く選択もあろうが)ひらがなにするとやわらかい感じになる。あるいはさくらのはなびらの質感が出ると思われる方も居るかも知れない。

一方で、桜と書くと一字であるために視覚的に締って見える。さくらは拡散。桜は凝固である。俳句は散文や散文的な短歌に対し凝固の詩であるとみることもできる。一個の塊りのような爆弾のような。

この名詞をどうしてひらがなにしたのですかと尋ねると、あまり漢字が多くて一句がごつごつするのでと言われる作者もいる。僕なら凝固、凝集の効果の方をとる。

この句、だんだん俯瞰してゆくと一行がやがて一個の点にみえてくるだろう。俳句表現が一個の●になるような表記。俳句性の極致。別冊俳句『平成俳句選集』(2007)所収。(今井 聖)

私は何回か京都には行ったことがあるが東山三十六峰を見たことがない。物の本に・・・京都の東に緩やかな峰が続き、京都の街の境界の如く見え、京都の街の一つのシンボルになっている。「東山三十六峰」という事で昔から聞き及んでいる。標高は低いが、山の経験のある人から見れば「東山連峰」と感じるらしい。

江戸末期頃からか「東山三十六峰」と呼ばれている。京都の街中から見ると、三十いくつかの峰が見られ、日本人特有の語呂合わせからか、中国の嵩山三十六峰からの擬えからか、「東山三十六峰」と呼ばれたのに相違ない。

そもそも峰の定義すら怪しいのであるから、本当に三十六峰あるのかという問いも愚かであるが、過去に「三十六峰の特定」作業がいろいろなところで行われてきたという。

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2009年1月15日 (木)

イスラエルとハマスの停戦は・・・

Kamejima41 ブッシュ政権の任期中徹底的にハマスを叩いておきたいイスラエルである。オバマ政権では、ブッシュ大統領と対応が違ってくる事を恐れているという見方もある。

アメリカでは、ユダヤ系アメリカ人の存在価値が大きいらしい。オバマ大統領となって、その対応が注目されるとこである。しかし、このままでではいけない。パン・ギムン国連事務総長も動き出した。これ以上の犠牲者が出て放って置くことは出来ない。

NHKの出川解説委員が現地の取材から戻って安倍渉キャスターのインタビューから・・・。
イスラエル軍によるパレスチナ暫定自治区のガザ地区への激しい攻撃が続き、大勢の死傷者が出ている。イスラム原理主義組織ハマスとの停戦は可能なのか、現地での取材から戻った出川解説委員に聞きくところによる。

(出川展恒 解説委員)ガザ地区は、まるで地獄だ。パレスチナ人の死者は、930人を超えた。学校までもが砲撃され、大勢の子どもたちが亡くなっている。

「ハマスのロケット弾から国民を守る」という理由があるにしても、これほど多くの民間人の命を奪う攻撃は、決して許されない。

国際社会が結束し、一刻も早く、「停戦」を実現しなければならないが、超大国アメリカが、イスラエルの軍事作戦を容認し、歯止めがかからない。

ようやく「停戦」を模索する動きも活発になってきた。フランスとエジプトの調停に続いて、「即時停戦」を求める国連の決議があり、パン・ギムン事務総長が、きょうから中東を訪問する。

当面は、エジプトの停戦案が軸になるが、イスラエル側は、ハマスのロケット弾攻撃が将来も起きない保証がない限り、停戦に応じない姿勢である。

予備役の兵士も投入して、本格的な市街戦の準備を進めている。来月の総選挙を前に、
オルメルト首相やリブニ外相の連立与党は劣勢が伝えられ、今回の軍事作戦で、ハマスを完全に抑え込まなければ、政権を失ってしまうという危機感もあるようである。

一方のハマス側は、イスラム世界に広がった民衆の支持を背景に、徹底抗戦する構えである。

双方は、停戦の条件として、何を求めているかというと、イスラエルは、武器の密輸ルートの根絶を要求している。先月まで半年続いた「停戦」の間、ハマスは、エジプトとガザ地区の境界線に掘った多数の地下トンネルを使って、ロケット弾などを手に入れた。

イスラエルは、地下トンネルをすべて破壊したうえで、国際部隊による監視を求めている。一方のハマスは、イスラエル軍がガザ地区から撤退し、封鎖を解除しなければ、停戦には応じないとしている。

停戦実現のポイントは何かというと、イスラエルとハマスの主張の隔たりは大きく、直接の交渉を拒否しているので、エジプトなどの調停が重要になってくる。

しかし、そのエジプトも、国際部隊が展開すると、主権が侵されるとして、受け入れに強い難色を示している。停戦実現の見通しは立っていない。

そして、今回の戦争で、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長など和平推進派への住民の支持が失われてしまった。「最大の敗者は、“中東和平”」という、極めて憂慮すべき事態になりつつある。

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病院の待合室で

08tubaki_takegaki11一昨日、ある脳神化病院の待合室で、腰がへアーピンのように曲がったお婆さんと会った。そのお婆さんは、脳のMRI検査を終えて出てきたところであった。腰が痛くて、仰向けに寝られず、無理やりに仰向けに寝かされ縛られて痛くてどうしても動いてしまい時間が掛かってしまったと、話された。

そのお婆さんから、こんなに腰がこんなに曲がってしまった理由を話した。百姓の家に嫁いて農作業に励んだ。急勾配の畑と山林での仕事で、夫に一生懸命ついて頑張った。10年前に夫が具合が悪くなり、自分ひとりで何反もの畑を耕作してきた。そして、介護が必要な夫の世話しながら、子育てをし、今現在も野菜作りをしていると言う。

遠く山形の会社を辞めて、ようやっと、長男が帰って来てくれた、夫の介護と農作業を手伝ってくれるようになり、助かっているという。しかし40歳を過ぎても結婚していないので、先が心配だとも言っていた。

患者が多かったので、診察の呼び出しにイライラしていた。私は寝たきりに夫がいる早くしてくれないか・・・。と看護士に話し、私は本当に、夢中で人生を送ってしまった。今考えると私の人生なんだとのかわかない。旅行も行かず・自分の楽しみも出来ず・人に馬鹿にされ・取り返しの出来ない年になり、病院通いとは情けない・・・。

こんな話も聞いてくれる人が回りにいなかったのも不幸と言うべきか、すっかりお婆さんの話を聞いて上げた。そして、「兎に角、身体に気をつけて頑張ってください」と言って席をたった。

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小正月

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今日の名言

勇気と力だけがあっても、慎重さを欠いていたら、それは無に等しいということを忘れないでいて欲しい。
ウィンパー『アルプス登攀記』(下)

08iwakisan_zinzya11 女正月眉間に鳥の影落つる 飯島晴子

長らく今日の日を「成人の日」として馴染んでいたが、それも昔のこと、ハッピーマンデーの導入で「成人の日」は第2月曜日と相成り、休日でない15日は未だに居心地が悪い。もっとむかしは小正月を女正月と呼び祝っていたようだが、私にとっては死語に近い。

歳時記を読むと「十四日の夜や女の年取りと呼んで、男が女の食事を全部作ることもあり、また十五日の昼夜に女だけ酒盛りをする地方もある」と書いてある。(平井照敏編「新歳時記」より)要するに正月に忙しかった女が家族や男の世話をせずに、大手を振って出かけられる日。というわけだ。

掲句をみると、眉間に落ちる鳥の影は眉をひそめた女の顔も連想させる。家事を置いて出かけることにどこか後ろ暗さが伴うのだろうか。今はわざわざ旦那の許可を得なくとも奥方達はさっさと何処へでも出かけてゆく。

昭和30年生まれの私にしてこの馴染みのなさであるから、女と男の性差にもとづいた季語などはますます遠くなることだろう。作者にとって思い入れのある季語なのか、いくつか作例があるが、いずれもどこか翳りを宿しているように思う。「大根葉の青さゆゆしき女正月」「石鹸の荒き日影や女正月」「俳句研究別冊」『飯島晴子読本』(2001)所収。(三宅やよい)

一月十五日は、古来民間では、十五日(小正月)が本来の年越しであったということで、郷土色豊かな行事や、しきたりが、一年の中でもっとも多い日になっている。
一般によく行われているのが、小豆粥を炊くことで、粥の中に竹筒を入れて、筒の中に入った粥の多少で、今年の米の出来を占う。
このように、豊年を予祝する行事が非常に多いのが小正月の特徴で、餅花、繭玉といって、柳や水木の枝に餅を花のように付けたものを、米や繭の豊作を祈って座敷に飾ったり、また、削り花、削り掛けといって、竹柳の枝先をササラ状にして、稲の穂垂れの様子をかたどった物を、門前や家の中に吊るした。

火を焚くことも、広く行われていた。 これは、宮中の儀式、左義長が民間にも広まったもので、どんど焼き、さいと焼きなどとも呼ばれ、松の内が過ぎて、不要になった門松や注連飾りなどを、氏神の境内へ持っていき、焚き上げるのが一般的である。
「どんど」は、火がどんどん燃える様を表したもの、あるいは、本来は「とんと」で、「尊と」なのだと言われている。また、「さいと」は、道祖神を祀ってある所を表す言葉で、この行事が道祖神信仰と結びついていた地域が多いことを物語っている。

十五日は小正月で、我が家でも、昔は餅を搗き、むしろ織り・縄ないの藁仕事は休んだ。そう言えば、母親の手のあかぎれがむしろ織りでヒゴの先が当たって、痛そうにしていた様子が目に浮かぶ・・・。

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2009年1月14日 (水)

つれづれなるままに

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「木枯し」
ユーラシア大陸から日本に向かって吹いてくる季節風が日本海を渡るときに水分を含む。日本海側ではこの風をともない大雪を降らせ、太平洋側では、水分を失い乾燥した空気が木枯らしとなる。

何んと正月も14日である。今日はこの冬一番の朝の冷え込みと思える。良く晴れたが、風は冷たい。軒先の吊るしている籠のセキセイ・インコ、の胸元の羽毛がフサフサと膨らむように広がっている。しっかり止まり木に爪を立て、風に耐えているようだ。籠が風で揺れている。

「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。(序段)」

時の過ぎ行くを、寒中の空を窓越しに見て吉田兼好の「徒然草」のごとく心境を勉強して見ることに。

徒然草第10段

原文
家居のつきづきしくあらまほしきこそ、假の宿りとは思へど、興あるものなれ。よき人の長閑に住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一際しみじみと見ゆるぞかし。今めかしくきらゝかならねど、木立ものふりて、わざとならぬ庭の草も心ある樣に、簀子・透垣(すいかい)のたよりをかしく、うちある調度も、むかし覺えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。多くの工匠(たくみ)の、心を盡して磨きたて、唐の日本(やまと)の、珍しくえならぬ調度ども竝べおき、前栽(せんざい)の草木まで、心のまゝならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。
さてもやは存(ながら)へ住むべき。また時の間の煙ともなりなむとぞ、うち見るよりも思はるゝ。
大かたは、家居にこそ事ざまは推しはからるれ。後徳大寺の大臣の、寢殿に鳶ゐさせじとて繩を張られたりけるを、西行が見て、「鳶の居たらむ何かは苦しかるべき。この殿の御心さばかりにこそ」とて、その後は參らざりけると聞き侍るに、綾小路の宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや繩を引かれたりしかば、彼のためし思ひ出でられ侍りしに、「まことや、烏のむれゐて池の蛙をとりければ、御覽じ悲しませ給ひてなむ」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそとおぼえしか。
後徳大寺にも、いかなるゆゑか侍りけむ。
       
住処が住む人に似つかわしく、好もしい感じなのは、現世のことであるから仮の宿りとはいえ感興をもよおすものである。
教養があり趣味のいい人が、のどかに住んでいる家には、射し入る月の色までもが、ひときわ心にしみて見えるものである。
華美なかんじではなく木立が何となく古びて、自然のままの庭の草も趣のある様子で、縁側は簀子(すのこ)、それに竹をすかして編んだ垣(透垣・すいかい)も作り工合に趣があり、何となくちょっと置いてある調度類がけばけばしくなくて、安らかなのが奥ゆかしい。
多くの工匠(たくみ)がぎょうぎょうしく磨きたて、舶来物や日本の珍品の道具類を、これ見よがしに並べ、庭の草木まで、ねじ曲げて作りこんでいるのは、見る目も苦しく、やりきれない。
そんなにしても、何時まで長生きできるのか、時が過ぎれば、たちまち消失してしまうものをと思えてしまう。
住処で住む人の人柄や趣味が推し量られる。
      
後徳大寺の大臣(藤原實定)の邸宅に鳶(トビ・トンビ)が来ないようにと縄を張っておられるのを、西行法師が見て、「鳶が来ても何の差し支えがあろうか。ここの住人の心は、そんなに殺伐としたものであろう」と考えて二度と訪れなかったと聞く。
だが、亀山帝の皇子である綾小路の宮(性惠法親王)のお住まいの小坂殿の棟に、いつか縄を張られたので、西行法師の前例が思い出されたが、「カラスが集まると池の蛙をとるのが可哀想なので、カラス防ぎをしておられる」と人の話にあるのを、なるほどと思ったことがある。
そうすると西行法師が非難した後徳大寺の御殿のトビ防ぎにも理由があったのかも知れない。

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第二次補正予算案、衆議院可決

Shibutoge61不人気の定額給付金の第二次補正予算案と関連法案が衆議院で可決された。7割近くの国民に不評と言う事は、麻生太郎首相・自民党総裁としても不人気の現われだ。ジャーナリストの多くが選挙目当てのばら撒きだ。素人の私でも分かる。公明党の顔色を見ての判断だとしか映らない。

不景気が雇用や消費などに深刻な影響を広げている。政府の評判が悪くなるのは仕方ない面はあろう。だが、そのために2兆円もの巨費を投入するのは、懸命な国民にいかされない。

民主党が反発するのは当然だ。小沢代表が「定額給付金を分離して採決すれば、その他のことには前向きに取り組む」と発言し、定額給付金をはずせば補正予算の成立に協力するとのボールを首相に投げていたからだ。

首相が歩み寄れば、雇用対策や中小企業の資金繰り対策などは迅速に実行できるようになったはずだ。それでは敗北に等しいというのが首相の思いなのだろうが、世の中の厳しい空気を読み違っているのではないか。

自民党内にも首相への批判がないわけではない。渡辺喜美元行革相がきのう離党に踏み切り、加藤紘一元幹事長は「定額給付金はあまり出来がよくない制度というのが7、8割の自民党議員の心だが、総選挙で公明党にお世話になるから賛成する」と述べている。

加藤氏の言葉が事実なら、自民党は公明党・創価学会の支援欲しさに「出来のよくない」政策に甘んじるということなのか。何とも情けない政党になってしまったものではないか。

このまま与野党がにらみ合っていては「60日ルール」での衆院再議決に頼る政治がまた繰り返されることになる。福田前政権のときの、インド洋での自衛隊の給油支援やガソリン税をめぐる混迷の再現である。

国民の暮らしがますます厳しくなるなかで、そんな愚かな政治を続ける余裕がいまの日本にあるはずがない。

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寒さと不景気

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今日の名言

不安を知らない精神はわたくしをいらだたせるか、あるいは退屈させる。

アナトール・フランス『エピクロスの園』

08take_yuki21 サラリーマン寒いね東スポ大切に 清水哲男

昨年からの世界的な不景気のことを、新年早々からくり返したくもない。けれどもサラリーマンに限らず、自営、新卒の人たちも含めて、このところのニッポンの寒さは一段と厳しい。何年も前に作られた哲男の句がピッタリするような世の中に相成りました。

もっとも景気の良し悪しにかかわらず、通勤するサラリーマンがスポーツ紙に見入っている図は、どこかしら寒々として見える。私もサラリーマン時代には、電車のなかや昼休みの喫茶店でよく「東スポ」や「スポニチ」を広げて読んでいた。売らんかなのオーバーでバカでかい見出し文字や大胆な報道が、サラリーマンの鬱屈をしばし晴らしてくれる効果があった。

掲出句の場合、いきなり「サラリーマン」ときて「寒いね」の受けがピシリと決まっている。せつなくもやさしく同病(?)相憐れんでいるのかもしれない。この場合、冬の「寒さ」ばかりではあるまい。かつて「♪サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ・・・・」とも歌われたけれど、私の経験から言えば気楽な反面、憐れな稼業でもあることは骨身にしみている。

おそらく若いサラリーマンであろう。広げている新聞が日経でも朝日でもなく、東スポであるところが哀しくもうれしいではないか。若いうちから日経新聞(恨みはございませんが)に真剣に見入っているようでは、なんとも・・・・。下五の「大切に」に作者の毒を含んだやさしい心がこめられている。憐れというよりもユーモラスで暖かい響きが残された。『打つや太鼓』(2003)所収。(八木忠栄)

いま仕事 どうだと聞く お正月

お正月11日に、子供たち二家族が孫達を連れて帰ってきた。一族が会うのは去年の夏の旅行以来である。昨年来の景気の低迷で、サラリーマンも厳しい環境になったと思う。

酒を酌み交わしながら、社会情勢を話し合った。ご多分に漏れず厳しい話ばかりである。しかし、こちらも生活援助してあげられる余裕はない。

とにかく家族が、健康であれば何とかなる。一年を健康に気をつけて頑張ってくれ、と言うだけだっだ。

2兆円の、人気のない定額給付金は、どうなるのだろう。給付金を貰って、消費税を上げると言う麻生首相、早く衆議院解散して国民の真意を聞く総選挙をしたらいいと思うが・・・。

20にアメリカのオバマ大統領が就任される。一挙手一投足に世界の人に注目される。この人に期待は大きい。

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2009年1月13日 (火)

ヘリコプターペアレントと、モンスターペアレント

Galleryplayer24_web自分さえ良ければ、過保護の親の自己主義が高じて現在の社会問題となってしまっている。格差社会を増長させている現象がある。

アメリカでは「ヘリコプターペアレント(Helicopter Parent)」という言葉が、注目されつつある。

日本でも似たような言葉が流行っていたのを、覚えている人も多いと思うが、"モンスターペアレント"という言葉である。たぶん聞いたことあると思う。そもそも、モンスターペアレントというのは、"理不尽なクレーム"や"無理な要求"を学校や担任教師などに押し付けてくる保護者のことをいう。

幼稚園や保育園などの場合だと、発表会で「自分の子供は主役にしてください」など、「どうして自分の子供が、悪者の役なのか。変えてくれ。」みたいなことを、園や先生に言ってくる保護者も結構いるそうだ。いくら自分の子供が好きで、可愛いからと言って・・・やりすぎなんじゃないだろうか。モンスターペアレントのせいで、精神的に参ってしまった教師も少なくはないという。

アメリカで注目されている「ヘリコプターペアレント」も、モンスターペアレントに多少似ているが、ヘリコプターペアレントというのは、携帯電話などを使ったりして子供を監視する過保護な親をいう。

"過保護"と言うところに関しては、モンスターペアレントと似ているかも知れない。だが、モンスターペアレントは幼稚園や保育園、小学生の子供の保護者に多いのだが・・・ヘリコプターペアレントは、大学生の保護者に多いというから驚きである。

いずれにしても、変な世の中になってしまったなあ・・・

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脳の科学こと

Galleryplayer4_flower 日本の国民の高齢化は急激に進み、世界一である。そんな高齢化で一番の悩みが、医療・介護である。特に介護で問題になっている。認知症であろう。その認知症のメカニズムは、専門化が研究されていると思うが・・・。

認知症などの神経疾患は急増していて、国内の認知症患者は170万人にも達するそうだ。こうした脳の病気の原因解明や予防、治療法の開発は、ますます重要になっている。

読売新聞社説・・・わかったようで、分からない。脳科学の現状を要約すると、そう表現できるだろう。

それとは裏腹に、社会の期待は先走りしているのではないか、という懸念が随所ににじむ報告書を、文部科学省の脳科学委員会がまとめた。

脳は人の「心」の基盤だ。これまでの研究で、個々の神経細胞の性質や脳の特定部分の役割は、かなり解明されてきた。しかし、それだけで、全体の機能が分かるほど単純なものではない。

その限界が無視されていると報告書は嘆く。「神経神話」と言われるような科学的根拠に乏しい取り上げ方も多い。「右脳人間、左脳人間」のように、人間を単純に類型化する例もあると言う。

報告書は、もともと、どう脳研究を進めるか、基本構想を取りまとめたものだ。文科相の諮問を受けて議論してきた。今後の答申のたたき台となる。その中で、あえて神話化を取り上げたのは、生命科学のフロンティアとなる脳科学が信頼を損なうことを恐れたためという。

福祉分野では、神経細胞の活動を読み取ってパソコンなどの機器を操作する技術も登場し、実用的な機器の開発につながるかもしれないとの期待が高まっている。さらに、人間の脳の機能を参考にすれば、人型ロボットの開発に貢献できる可能性がある。

人間の「心」についても、神経回路網の機能探究を基礎に、解明が進むだろう。その際、生物学者だけでなく、人文・社会学など幅広い分野の研究者の協力も必要になる。学際研究を円滑に進めるうえでも、脳科学の現状と目標は明確にしておく必要がある。

報告書は5~10年後の成果として、記憶と学習の仕組み解明、脳の老化制御、ストレス克服法の開発といった目標を掲げている。ただ、それを目指す日本の脳科学研究の現状には課題も多い。年間約300億円の予算を投じているが、欧米に比べて少ない。大学にも、脳科学の専攻がない。世界の研究競争は激しい。まずは、研究基盤をしっかりと築く方策を詰めねばならない。

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本格的に始動

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今日の名言

改革の精神は必ずしも自由の精神ではない。なぜならば、改革の精神は、改革を欲しない民衆に対してそれを強制しようとするかも知れないからである。
J・S・ミル『自由論』

Sira61サーカスの去りたる轍氷りけり 日原 傳

故郷の静岡には毎年お正月にサーカスが来ていた。「象がいるからサーカスは暖かくなるまでここにいるんだ」などと、勝手に思い込んでいた節もあるので実際毎年必ず来ていたのかどうか定かではないが、サーカスのテントは見るたび寒風のなかにあった。

冬休みが終わり、三学期が始まり、学校の行き帰りに大きなテントを目にしていたが、実際に連れて行ってもらったかどうかは曖昧だ。さらにトラックの行列や設営のあれこれは見ているのに、引き上げるトラックを見かけた記憶はなく、いつもある日突然拭ったような空間がごろり放り出されるように広がって、ああ、いなくなったのだ、と思う。

掲句はさまざまな年代がサーカスに抱く、それぞれの複雑な思いを幾筋もの轍に込めている。そしてわたしも、どうして「行きたい」と言えないのだろう、と大きな空地になってから思うのだった。

花の名を魚に与へてあたたかし〉〈伝言を巫女は菊師にささやきぬ書名「此君(しくん)」は竹の異称。『此君』(2008)所収。(土肥あき子)

鯉の群れ 日向ぼっこに はやひかる

昨日、湯殿川の水面を見ていたら、鯉の群れの中に小さな“はや”が日向ぼっこしていた。場所を得たりと言わんばかり、鯉の群れにあり、安心して腹を見せてキラキラ、冬の陽射しを光らせていた。

一昨日、2泊3日で来ていた孫達家族4人は、東京江戸川区葛西のマンションに帰って行った。昨日から本格的な三学期が始まるとのことだ。

昨日、デズニーランドの近くにある浦安市では、成人式をデズニーランドで毎年行っているそうだ。テレビで晴れ着姿の20歳になった女性がミッキーマウスと一緒に写真を撮っている様子を見た。孫達が住んでいる所から自転車で15分ぐらいで行けるらしい。

ようやっと正月気分も落ち着き、仕事に一段と集中していく時期である。そういえば何となく日が伸びた感じがする時期でもある。百年に一度と言われている世界的な不況である。20日のアメリカのオバマ新大統領の就任式のリハーサルが行われたという。景気回復に世界中の人々の大きな期待である。その手腕に注目したい。

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2009年1月12日 (月)

多値的なアナログと二値的なデジタル

07rose_ame21最近デジタル化した物が多くなってせいか人間もデジタル化した考えの人が多くなった。このデジタルとアナログを考えて見ることに・・・。二値的なものをデジタルとし、これに対して多値的なものがアナログとみなされる場合もある。

「善か悪か、白か黒」他の色で決める選択肢も考える余裕を持つことで、人間性の暖かさを感じることがある。例えば比喩的に、物事を割り切らず、曖昧さを残しつつ理解する人のことを「アナログ人間」と呼ぶことである。行き過ぎたデジタル的人間よりアナログ的人間も見直ししたらいいと思う。

暑い、寒いで分けてしまうと、涼しいとか温かいとかぬるいが抜けてしまう。多値的になろう。選択肢の幅を広げよう。中間で考える場所を作ろう。そのことが現在の閉塞して社会を変えられるかも知れない。

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時間は戻らない

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199912070922111歩きながら考えた『時間は戻らない』ということを・・・。

「『いつかしよう』と思っていることの「いつか」は決してやってくることはありません」。こちらはスコットランドの諺である。

あの時こうしていたら・・と後悔する事がある。でも、過ぎ去った時間は戻らない、過去を悔やむよりも先のことを考え、今を精一杯行動する。そうすれば、何かしら道は開けて来る。

じっとしてても時間は進んでいく、同じ時間を過ごすなら後悔に使うよりもこれから先に使った方がいいから・・・。

先の事は分からない、だからこそ今やったことが結果になって現れてくる見えない先の為に今を過ごす。当たり前の事かもしれないけど、なかなか出来ないから、こうやって活字にしてみた・・・。

しかし、「人生悔いないし」なんてある訳はない。だから考えるのだ。「いいじゃないか一生懸命生きれば」と思う。

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点滴バーが人気

3612さすがに、麻生首相もお疲れではないでしょうか、衆議院予算委員会から、韓国に行き、首脳会談である。お付のある方の話で、この所ちょっと痩せた?ようだと言う。内閣支持率が20%切ってしまった、首相ならずとも、不景気のとばっちりで、失業してしまった人も沢山いる。そんな東京都心で『点滴バー』なるものが開店したそうだ。

なかなかの人気だそうだが、かなり問題が起きそうな感じがすると思うのだが・・・。

朝日新聞web・・・東京都心で滋養強壮や美白を売り文句にした「点滴外来」が増えている。おしゃれな内装で「点滴バー」と名乗るところも。サプリメント(栄養補助食品)と比べて体内に直接取り入れるため吸収率が高く、抜群の効果があるというのだが――。

金曜の夕方。恵比寿ガーデンプレイス(東京都渋谷区)のTENTEKI10にはひっきりなしに利用者が訪れていた。「今日はブルーパックで」 「イエローにビタミンCを足して」

予約不要、10分で終了の手軽さが売りだ。08年1月に開店してから約3500人が訪れた。男女比は半々という。渋谷区に住む婚礼用生花店員の女性(23)はビタミンCを点滴した。「疲れ切ってます」。結婚式が立て込む春と秋には、朝4時の出勤や午前2時までの仕込みがざらだ。「点滴はやってる最中から元気になる。値段は張るけど、即効性には代えられない」

会社員の男性は、女性看護師につぶやいた。「週末も仕事なんで。いま元気つけておかないと」 同じビルには外資系証券会社が入る。点滴を打つ間も惜しんで、持ち込んだ資料を読み込む社員もいるという。年末年始には「風邪対策」や「宴会準備」と銘打ったメニューが好評だった。

担当医によると、以前から疲労や風邪を理由に点滴を望む患者は多かった。だが医学的には、点滴をするほどでない場合も多い。「現代医療では疲れは置き去りにされている。でも睡眠不足やストレスは万病のもと。

何とか要望に応えたかった」。点滴スペースを設けてからは「こういうのを待っていた」という声が多いという。広報担当の矢ノ倉利幸さんは「医者は『ゆっくり寝て栄養をとって』というが、寝られないほど忙しいからみんな困ってここに来る。これが社会の実情です」。

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医師赤羽桂子さん

08gozo_beachl_11小さいときからの夢、発展途上国の「医療協力」そして、2008年4月にエチオピアに入った。国際協力に熱意は、実現され、医療活動に活躍された。素晴らしい心がけと人道支援である。

赤羽桂子さんは、以前から国際協力に強い熱意を持ち、「世界の医療団」の専門家ボランティアとして、医療体制整備が遅れた国での人道支援に自ら飛び込んだと言う。小児科医として、国際協力への興味が強かった。エイズの母子感染など子どもの感染症の研究を続けていたという。

その後、本格的に国際協力に携わるため、熱帯医学研究所のある長崎大に。感染症対策をテーマに研究を続け、元同僚にも「長崎にいって本当に良かった」とやりがいのある研究ができることを喜んでいた。

インタビューで、まずは帰国して休養を取りたいという赤羽さんは「また、このようなところで活動できたら」とも語った。 多くの人々に支えられながら人道支援の志が受け継がれていく事は素晴らしいことである。応援したい。現代の野口英世?

朝日新聞社説・・・アフリカ・エチオピアで昨年9月に誘拐された医師赤羽桂子さんが、3カ月半ぶりに無事解放された。 「生きてこの日を迎えることができてうれしい」。所属する国際NGO「世界の医療団」本部のあるパリで記者会見した赤羽さんはこう語った。

元気な表情に家族や友人はほっと胸をなでおろしていることだろう。その喜びを分かち合いたい。 途上国の医療協力にたずさわることが小さい頃からの夢だった赤羽さんは昨年4月、現地に入った。

武装集団に誘拐され、隣国ソマリアに連行された赤羽さんは当初、犯人の銃の触る音がするたびに「もう終わりかと思った」という。 そんな恐怖の日々に耐えられたのは、家族への強い思いからだった。同僚のオランダ人看護師との日々の会話や読書も心の支えになったようだ。

ソマリアは破綻(は・たん)国家の状態にある。治安悪化によって最近は、外国人を狙った身代金目的の誘拐事件が続発している。ソマリア沖に出没する海賊も国際社会を悩ませている。 そうした状況を「世界の医療団」はどこまでつかんでいたのだろうか。

「世界の医療団」は80年に創設された。年間100億円余りの資金を使って約50カ国で活動している。いわば人道支援のプロ集団といえる。赤羽さんたちは現地で毎朝一番に情報を集め、安全を確かめていた。そこまでやっても国境を越えて忍び寄る武装集団の動きを察知できなかった。これが紛争地の現実である。

犯人グループとの交渉は「世界の医療団」自身が担った。要請を受けて日本政府も事態の推移を見守った。ソマリアに頼れる政府はない。かといって日本政府の関与を求めても、かえって交渉が複雑になってしまう。そんな判断が結果的に功を奏した。

忘れてならないのは、同種の事件が日本のNGOに起きたら、そんな交渉能力を到底望めないことだ。やはりそこは日本政府が自国民保護の責務を果たさねばならないだろう。日本のNGOによる人道支援活動は80年代から本格化し、国際社会での日本の評価を高めるために大きな役割を果たした。だがその活動はいつも危険と隣り合わせだ。

昨年8月にはアフガニスタン東部で活動中の伊藤和也さんが武装グループに誘拐され、直後に殺害された。しかし彼の属したNGOペシャワール会は彼の遺志をかそうと、現地での水利や農業事業を続けている。

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成人式

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 今日の名言

人間は他人の嘘にはたやすく気づくものであって、ただその嘘が自分におもねるときか、あるいはちょうど都合のよいときだけ、それを信じるのである。

ヒルティ『眠られぬ夜のために』(第一部)

Img_miharayama1 成人の日ひかる唇イエスと言う 山口可久美

作者自身の「成人の日」ではないだろう。我が子の式典に参列したのか、あるいは役目上での出席か。「イエス」はおそらく、新成人の若者がこの日の誓いの言葉か何かにいっせいに和した様子だと思われる。

「ひかる唇」が効いている。べつに唇がひかって見えたわけではないけれど、そのように感じられたということだ。つまり「ひかる唇」という表現には、作者の若さへの憧憬を秘められているのだ。異口同音に「イエス」と言える若さの素朴は、作者が失って久しいものなのだろう。若いって、いいなあ……。

私なども年齢を重ねるにつれて、この思いが強くなってきた。しかし一方で、自分が若かった頃を思い出すと、そう簡単に「イエス」などとは言えなくて、いつも「ノー」が先行していたのだった。自宅から歩いて五分で行ける公民館で催された式典にも、意識的に欠席した。

でもそんな若い私を見ていた年配の人がいたとしたら、やはり私の若さを眩しく感じたには違いない。人生は順繰りだ。いまは素直に、自信の若さの生意気を懐しいなと思えるようになった。『現代俳句歳時記・冬 新年』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

今日は成人の日。私の成人式は良く覚えている。何だか遠い昔であったが、貯蓄を下ろしオーバー・スーツを買って、式に出かけた。その記念に女二人男二人で伊豆大島へ船伯で行ってきた。三原山ののぼり、買ったばかりの靴が疵だらけでなり、がっかりした。

今から考えても、若い男女4人でよく女親が許してくれたものだと思う。若かかった時代はよかたなあ・・・。

以前、成人式はあちこちでの開場で、問題を起して警察の厄介になった記事がある。昨日一日早い成人式が沖縄であった。成人になったと言う事で、お酒飲んで、暴れて、式をめちゃくちゃにしてしまったり、街に繰り出し道路を占拠したりしたニュース映像が、テレビに映像に流れた。

今日本番だが、平穏なのかなあ・・・。

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2009年1月11日 (日)

どうも分からぬ政策

07tamurano_yuhi31改めて日本の政治の歪んだ政策は、本当に国民の目線に立っているのか甚だ疑問である。本音は自分達の保身を考えているのだろう。選挙を意識し、公明党に気を使っているところが良く分かる。麻生太郎首相の2転3転の発言では、国民は戸惑うばかりである。

何と言っても国民の不安はなんであるか、認識していない・お役人の考えでは日本の再生はない。この辺で国民に選挙で信を問うたらどうだろう。これが民主国家である。

東京新聞社説(抜粋)・・・貧富の格差拡大、地方・農村部の疲弊などは昭和恐慌当時もあった矛盾ですが、現代日本に特有の矛盾も生まれている。

たとえば少子高齢化で生産人口が急激に減少し、外国人労働力の導入論議まであるほどマクロでは働き手不足なのに、今回の景気悪化では8万5000人の派遣切りや、内定取り消しが出るという矛盾。また急速な高齢化で介護や福祉関係の需要は増大しているのに、その分野で働く人たちの報酬は低水準に抑えられ人手も足りないといった矛盾。

さらには財政再建自治体(歳入に対する借金返済割合が35%以上)の基準でいえば長野県王滝村や北海道夕張市より悪い破産状態の日本国なのに性格があいまいな定額給付金に2兆円の税金が使われる矛盾などなど。

1500兆円の個人金融資産を抱えながら、先行き不安から大半が高齢世代のタンス預金になり、欧米並みの企業投資に活用されていないという問題もある。

厳しい経済情勢だけに、政治の基本は「成長政策」と「公平・公正な分配」であるべきである。民間産業を元気づけ、パイの拡大を図る一方、国のありさまに関する設計図を早期の総選挙において国民に問いかけるべきでだろう。

国民のニーズと現実政治がミスマッチ、擦れ違っているのが今日の大きな問題である。

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電話の功罪

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今日の名言

まったくこの愛というやつはどんな大きな過ちの言いわけにもなりうるのです。
『セルバンテス短篇集』「愚かな物好きの話」

08iwakisan_zinzya11ポケットの底に届きし初電話 酒井秀次

季語は「初電話」、その年に初めて電話で交わす会話を意味しています。すでに新年も11日を過ぎてしまい、今頃初電話でもないだろうと言われそうですが、かくいうわたしは、友人の少なさのせいか、会社の内線以外の電話を今年はまだしていません。

年初の電話ということですから、多くは、今年一年の変わらぬ友情を約するためのものと思われます。電話がポケットの底に届いたということは、携帯電話をポケットの中にでも入れていたのでしょう。

「底に届く」という言葉は、どこか、郵便受けの底に小さな落下音をたてて落ちてきた封書を連想させます。まさか、電話の届いてくる音が聞こえてくるわけもなく、届くときにはいきなり着信音が鳴り出すだけのものです。

それでもこの句を読んでいると、願いを込めてはるばる上空を飛んできた電波が、その人までようやくたどり着き、ポケットの中にストンと落ちてゆく音まで聞こえてきそうです。

落ちてきたものは、年初の型どおりの挨拶だけではなく、受け取る人の気持ちを晴れやかな方向へ向けさせるような内容であってくれと、おせっかいながらも願わないではいられません。『角川 俳句大歳時記 新年』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

携帯電話、本当に便利になったものだ。私は散歩する時や、必ず懐に入れて行く、しかし機能を全部使って利用している訳ではない。メールのやり取りはしていない。

銀行のATMの機械の前で、なにやら慣れない機械の操作をしている中年のご婦人がいる、心配顔から、ホッとするような顔になっている。アッ、振り込め詐欺に遭ったのだ。こんなことに使われたりもする。

旅行で、遠くに出かけているときに、どうでもならい相談を聞かなくてはならない事もある。

そして今問題の小学生の携帯電話の学校持込みの問題である。確かに学校の生き返りの誘拐事件が多発している。親として子どもと、目の届かぬ所にいると不安であるが、それ以外に、心配な使い方をして事件の巻き込まれたりする。フリタリングなども問題である。

便利と言うものは、便利の裏側に、恐ろしいことに使われる。便利が不便?気をつけたい。

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2009年1月10日 (土)

過疎化「限界集落」救えるか

08sirakawago_zenkei11限界集落は、どんどん進んでいる。私が住んでいる都心より40キロないの都下の市でも、末恐ろしい状態である。これでは日本は将来はない。少子化を含め政治が真面目に取り組む問題である。物→人の時代か。集落支援制度に期待したい。

J-CASTニュース・・・この3月から、「集落支援員制度」がスタートする。国の過疎対策の大転換である。これまでの対策は、道路や施設作りなど公共事業が中心だった。1970年の「過疎法」制定以来、これに75兆円が投じられたが、過疎化の波を食い止めることはできなかった。新制度は、モノから人への転換だという。

その発想のもとになった集落がある。新潟・上越市中ノ俣、人口90人の半数以上が65歳以上という、いわゆる限界集落だ。58歳の男性がいう、「多分オレが最後で、戸を閉めて出ていくと思っていた。人間1人じゃ住めないからね。いま、そうじゃなくなった」。何があったのか。

7年前、森林を守るNPO法人のメンバーの若者8人が移り住んできた。かれらが開いた子どもたちの環境学習で、お年寄りたちが山の生活を伝える先生になったのが、始まりだった。いま若者たちは、一人暮らしのお年寄りに声をかけ、道路の整備や川の清掃など集落の共同作業を一緒にやっている。お年寄りに笑顔が戻った。

ただ、NPOの運営はきびしい。上越市から環境学習の委託費が出る。これに野菜の通信販売などを加えても、生活するのに精一杯だ。「これを国が負担できたら、過疎対策になる」--これが、新制度の発想につながった。

「支援員」は市町村が任命する。過疎の集落に住み込んで住民の生活上の問題を聞き取り調査し、お年寄りの支援もする。そのうえで対策をたてるのが役割だ。その人件費や活動費を国の交付税でまかなう。

山口県立大の小川全夫教授は、「お年寄りは、若い人を鏡にして自分たちの日々の生活を再認識する。支援する側も、都会では得られないものが得られる」と。また、平成の大合併は、従来の行政とのおんぶにだっこをしにくくした。「その間隙を若者たちの活動が埋める」のだという。

一足早く2年前から支援員を送り込んでいる島根県の例が紹介された。島根県は面積の8割が過疎地域だ。いま9人が動いている。月給は22万円、2年間契約だ。

雲南市波多地区には、大阪の女性が入った。16の集落172軒をいま、聞き取り調査の最中だった。農業、医療、交通と問題は多岐にわたる。「イノシシが出て」なんて話も。まだ2か月、調査は遅々として進まない。

一方、浜田市弥栄地区の支援員は、すでに2年。「1人で草刈りができない」というおばあさんに、大学の学生たちを呼んだり、放置されていたゆず畑に目を付け、果汁にして町の料亭に売り込んで、学生のバイト代を出したり。アイデアが回転し始めていた。

新潟・上越市では、若者たちが150年の古民家を改修して民宿にすることになり、その改修作業体験を募った。講師は、大工や左官の腕をもつ地元民だ。これが大当たり。これまでに全国から200人が参加。1回2800円で、講師代にもなった。ささやかな利益で次の事業を、というサイクルが始まっている。

国谷裕子は、「若者の確保はできるのか?」と聞いたが、小川教授は楽観していた。

「都会では自分の出番のない若者は多い。支援員は、総合的な企画力を身につけるチャンスだから、出てくるのは当然」と自信ありげだ。「ただ、その仕事を評価する仕組みが必要だ。アメリカの平和部隊(途上国での支援活動が、就職で高く評価される)のような」

案外これが難物かも知れない。日本社会は「大卒即入社」が当たり前。企業にはまだ、そうした多様な体験を生かす柔軟性に欠けているからだ。ある意味、社会制度の変革ともいえる。

いま全国には7900の限界集落があり、5分の1は将来消滅すると見られている。新制度が、どれだけ救えるだろうか。

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少子化対策は待ったなし

08muhyo_omono_tyokai11定額給付金は分離すべきである。同じ税金を使うのだから、(埋蔵金)を将来の日本を担ってもらう子供達に使って貰いたい。少子化対策などに回し、将来の日本に供えては・・・未来のことも忘れては困る。また、従業員が育児しながら働き続けられるよう育児・介護休業法改正も必要だ。育児中の従業員に短時間勤務の拡充や残業免除を認める内容だ。それに対し、経営側は「百年に一度の金融危機」という事で、制度拡充に消極的なのが気になるところでもある。

東京新聞社説・・・雇用情勢は悪化の一途だ。若者たちの雇用確保など早急な対策が必要だが、将来の日本社会を支える子供たちのことを忘れては困る。少子化も「待ったなし」。政府も企業も対策を進めてほしい。

政府は「仕事と育児」を両立させるための少子化対策として、昨年二月に「新待機児童ゼロ作戦」を策定した。昨年十月に打ち出した新総合経済対策では、保育所整備などに充てるため「安心こども基金」を各都道府県に設置することが盛り込まれた。

保育制度改革も議論が進んでいる。先月に厚生労働省がまとめた制度改革の素案では、保育所を利用できる対象を、専業主婦世帯にも広げる。ニーズに合わせるなど保育所運営により柔軟性を持たせる。これまで開所を認めるかどうかの裁量を都道府県が持っていた認可保育園の仕組みも変え、一定基準を満たしていれば機械的に指定事業者として認めるなど、保育事業への参入をしやすくする。

課題は財源だ。昨年十一月にまとめられた社会保障国民会議の最終報告では、少子化対策に二〇一五年度に最大二・一兆円が必要と試算した。小渕優子少子化担当相は「消費税アップの1%分を少子化対策に」と訴えるが、国民の理解が必要だ。増税へは景気低迷の“逆風”が吹くが、少子化対策が私たち社会全体の問題であることを粘り強く訴える必要がある。

保育サービスの充実とともに対策の「車の両輪」は、「仕事と生活の調和(ワークライフバランス)」の推進だ。厚労省の審議会では、従業員が育児しながら働き続けられるよう育児・介護休業法改正に向けた案がまとめられた。育児中の従業員に短時間勤務の拡充や残業免除を認める内容だ。ただ、議論の過程で、経営側は「百年に一度の金融危機」を理由に、制度拡充に消極的だった。

だが、経営環境の悪化を口実に、少子化対策を棚上げすべきではない。従業員が育児や介護をしながら働ける労働環境を整えることは、優秀な人材を確保でき、結果的に企業体力を向上させることを理解するべきだ。

長時間労働は依然、改善されていない。長時間労働抑制を狙い労働基準法が改正され、残業代の割増率が引き上げられるが、リストラで職場の人材が減れば、残った従業員の負担は増えかねない。経営側は危機だからこそ、対策に取り組んでほしい。労働組合も雇用問題と同時に、引き続き目配りしてほしい。

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かんぽの宿の問題

08yokotesigai_yuukei21 山邦夫総務相の人柄が良く分からない。以前に「アルカイダの友達の知人の発言」があったり、今回の『簡保の宿』問題を衆議院予算委員会で9日午前に民主党枝野議員は、鳩山氏発言に良識ある発言と受け止めているが、この人の真意を推し量るのは、難しい?しかし、まあ・・・私は一度も利用した事がないが・・・。

読売・産経webより抜粋・・・日本郵政によるオリックス子会社のオリックス不動産への「かんぽの宿」70施設の一括譲渡契約に対し、鳩山邦夫総務相が再考を求めたことに、日本郵政とオリックスは困惑し、総務省も真意を測りかねている。

郵政民営化は現在、政府の委員会(田中直毅委員長)や自民党で見直し論議が進んでいるが、資産を売却してしまうと後戻りできなくなる。このため「日本郵政の資産を凍結しておく意図があるのではないか」(総務省幹部)との見方もある。

今回の譲渡には総務相の認可が必要で、日本郵政は1月下旬、認可申請を提出する予定だった。総務省は日本郵政が譲渡先をオリックスに決めた選考過程を調査し、今月中をめどに総務相に報告する方針。認可が得られなければ、売却が白紙になる可能性もあり、先行きは不透明だ。

「かんぽの宿」は郵政民営化にあたり、24年9月までに民間譲渡または廃止が法律で決まった。これを受け、日本郵政は昨年4月に一括売却に向け、公募を行い、27社が応札。2度の入札の末、昨年12月にオリックスへの売却が決まった。売却額は109億円だったとされている。

9日午前の衆院予算委員会でも取り上げられた。民主党の枝野幸男衆院議員は鳩氏の主張に対し、「良識ある発言だ」と賛意を示した上で「オリックスが応札したこと自体が理解不能だ」と述べた。

国民新党の亀井久興幹事長は「なぜ焦って売るのか」と質問。鳩山氏は「国民は『出来レースだ』『こんなときに安売りするのか』と怒る。日本郵政が目指す会社分割での譲渡には私の認可が必要なのに日本郵政からは一度も相談がない。おかしいものはおかしい」と憤りをあらわにした。

一方、参考人として委員会に出席した日本郵政の西川善文社長は「かんぽの宿は不採算部門で早く売却してしまいたい」と説明した。

「かんぽの宿」は郵政民営化にあたり、24年9月までに民間譲渡または廃止が法律で決まった。これを受け、日本郵政は昨年4月に一括売却に向け、公募を行い、27社が応札。2度の入札の末、昨年12月にオリックスへの売却が決まった。売却額は109億円だったとされている。

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雪国名物「かまくら」

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今日の名言
。。。
自分は愛されている、と思っている女はいつも魅力があるものだ。
伊藤整『変』

Dsc_7019s11かまくらに莨火ひとつ息づけり 横山房子

かまくらは、元来小正月(旧正月十五日)に行われたもの。現在は二月十五、十六日に秋田県横手市で行われる行事として名高い。

もとは「鳥追(とりおい)」に由来し、かまくらの名も、鳥追の唄の歌詞から来ているともいわれるが、だんだん雪室が主となり、雪室自体のことを、かまくらと呼ぶようになったようだ。この句は、そんなかまくらの中にぽっと見える、莨(たばこ)の火を詠んでいる。

吸うと赤く燃え、口から離すと小さくなる莨の火。小さく鼓動するその火に感じられるのは、子供達のかまくら、という童話の世界でも、幻想的な美しさでもなく、人の息づかい、存在感だ。青白い雪明りの中、かまくらそのものにも生命があるように感じられたのだろう。

あれこれ調べていると、出前かまくら、から、かまくらの作り方、まで。出前かまくらは、今日、十日から3日間、横浜八景島シーパラダイスで、とある。いろいろ考えるものだなあ、と。「新日本大歳時記 新年」(2000・講談社)所載。(今井肖子)

冬の秋田内陸(横手地方)は雪ばかりであるが、その雪を利用してイベントがある。昔から行われ無病息災・家内安全・商売繁盛・五穀豊穣などを祈願するという。中に入って正面に祭られた水神様にお賽銭を上げて祈願をする。

「かまくら」の中には子供たちが入っていて、「はいってたんせ(かまくらに入ってください)」「おがんでたんせ(水神様をおがんでください)」といいながら、甘酒やおもちをふるまう。

まつり期間中、市内に100個ほどできるかまくらの中では、甘酒(あまえこ)やおもちやお菓子などを食べながら、夜が更けるのも忘れて”話っこ”に花が咲き、400年の伝統を誇る雪国のメルヘン「かまくら」になる。最近は、観光にも「かまくら」をテーマにして集客に力を入れいるようだ。

東京地方は昨日、雪の予報があったが、都内では、この冬の初雪が降った。でも、年々降らなくなった。これも温暖化のためだろう。春先に水気を含んだ重い雪が降ることが多い。

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2009年1月 9日 (金)

地球に優しく資源は大切に

08hatuyuki_sannai11 拾った後の直ぐ捨てる。捨てる人は、意識しないで捨てているだろうが、ビンは、半永久に形を変えない。そしてアルミ缶も、二年・三年は腐らない、スチール缶だって直ぐには腐らない。ビニール・ゴムなどのなかなか風化しない。誰かが拾ってくれるから、いいだろうという意識さえないのだ。本当に「塵も積もれば山となる」である。

生きていくには、人間社会にルールがある。責任がある。責任があれば、義務がある。環境のことは、家庭、学校、地域で、教える義務がある。子供の教育と同じだ。大人になても違反する人がいれば、罰するくらいは必要だ。

万物の命が輝く再利用できる資源はとことん再利用し、 再利用できない物は消費を少なくする。

せめて私たちの生活の場である道路や沿道・公園に、空き缶や さまざまな物を捨てない、どんな物でもどんな食べ物でも、自分の眼睛(目の玉)のごとく、大切にしたい。

一木一草や生きとし生けるものの命を尊び、すべての命のつながりを断絶させない。
どんな人も、 どんな生き物も、大地の高さから見れば、みな等しく尊く輝く命なり、 万物の命輝かせる人類共通の価値観を持つ時代にしたいものだ。

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定額給付金の行方

08nangodake_sandou11昨日、テレビで、衆議院予算委員会を見た。民主党の管代表代理の、定額給付金の受給するかの質問に、いま決まった訳ではないから、分からないと答弁は避けた。この問題でも麻生太郎首相の考えがは揺れている。

どうも、納得のいく説明はしていない。景気刺激策とするならば、もっと方法があるのではないかと思う。政治は、スピードとタイミングだ。

国民の生活は落ち込んでいる人達は、派遣社員ならずとも、中小企業などの零細企業も資金繰りが厳しく、毎日が辛い人たちは、沢山いる。派遣社員・期間社員は8万5000人と言われているが、それ以上の人があえいでいると思う。

そう考えると、この不況を党派を超えた、救済の手を差し伸べていく、歩みよりは出来ないものか、国民の命に係わってている問題となってきている。

毎日新聞社説では・・・

やはり疑問はふくらむばかりだ。08年度2次補正予算案を審議する衆院予算委員会の質疑が始まり、国会の論戦が本格化した。焦点の定額給付金について麻生太郎首相は今度は景気刺激策の意図を前面に出し、高額所得者も受給し「盛大に」使うべきだと説明した。かつて否定していた自身の受け取りについても態度表明を避けた。

制度設計の責任者である首相自らが態度をはっきりできないようでは、国民に必要性を説得しようがあるまい。与党は給付金の予算案からの分離をあくまで拒む構えだが、強行採決すれば国会は混乱し、焦眉(しょうび)の雇用対策の議論にも悪影響を及ぼすだろう。深刻な状況と言わざるを得ない。

民主党の菅直人代表代行の質問に対する首相の答弁には首をかしげざるを得なかった。首相は経済情勢の変化を理由に、給付金の性格は消費刺激の比重が増したと説明した。かつて批判していた高額所得者の受給も望ましいと答弁した。

給付金については所得制限を前提とする社会保障政策なのか、それとも景気刺激策なのかの位置づけがこれまでも揺れ動いた。その揚げ句、所得制限の判断を自治体に丸投げしていたが、今さら景気刺激策だと強調しても生煮えぶりを露呈したようなものだ。制度の性格を変えるのであれば、自治体への丸投げも撤回すべきだろう。

それ以上に解せないのが、首相が自身が受け取るかの態度表明を予算案の未成立を理由に拒み、「その時になって判断する」との姿勢を崩さなかったことだ。「個人の判断」の側面も強調したが、制度設計の責任者である首相の立場は一個人とはもちろん異なる。そもそも、成立どころか予算案を提出する前から「人間の矜持(きょうじ)」を理由に受領拒否を表明していたのは、当の首相である。

今国会から給付金をめぐる首相の発言のトーンが変化したのは、自民党の細田博之幹事長が国会議員も受け取るよう政府に統一見解を出すよう求め、河村建夫官房長官も同調した事情がある。首相は「以前と経済情勢はすごく変わった」と語るが、変転しているのは政府・与党の対応の方ではないか。

肝心の雇用問題の議論も具体的に進まない。参院本会議は政府と企業に雇用の維持などを求める決議を全会一致で採択したが、実効性に乏しい。しかも、文言調整などをめぐる与野党の駆け引きが先行した。国民の危機感からかけ離れた攻防と言わざるを得ない。

与党は2次補正予算案の13日の衆院通過を目指すが、野党の反発を無視すれば国会は混乱し、参院での審議はもちろん、09年度本予算案審議にも影響を来しかねない。政治への不信を加速させぬためにも、矛盾を深める給付金の分離に首相は応じるべきである。

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竹の思い

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なるほど、神はある種の快楽を禁じておいでになる。しかし、神と折り合いをつける道がないわけじゃありません。

モリエール『タルチュフ』

08take_yuki21 一月や裸身に竹の匂ひして 和田耕三郎

女性の裸身ではない。「一月」に「竹」とくれば、もうどう考えたって(考えなくとも)男の裸体に決まっている。たとえば、真新しいふんどしをきりりと締め上げた「竹を割ったような」気性の男気が連想されよう。

その裸身から竹のような匂いが立つというのだから、他人の裸体ではなく、自分自身の裸だ。おのれの若い肉体の勢いに、半ばうっとりしているのである。俗にいうナルシシズムを、きわめて抑制したかたちで表現したところに、この句の華がある。女性の読者にとっても、少なくとも気持ち悪くはないはずである。『水瓶座』所収。(清水哲男)

私は、生まれも育ちも土着である。昔は竹薮がたくさんあった。孟宗竹・真竹である。この時期雪が降ると雪の重みで、弓のようにしなる。枝を揺すって雪を落とすと雪の塊が頭にかかって雪の重さに驚いたりした。それでも、雪の重さに耐えられなく、折れてしまてしまうものが多くあった。

しかし、今は開発で殆ど竹林はなくなってしまった。川の護岸が整備され竹の出番はなくなった。(竹の根は、すざましい勢いで伸びるのが早いので土砂崩れ防止によく植えられていた。)

籠作り、農家の草刈籠などの作りを生業としていた竹職人がいたが、その人も、需要がなくなったのと、年を取りすぎて10年前に辞めてしまった。でも、今も元気でいる。

今日の東京地方はこの冬初めての雪の予報であるが、竹が折れるほどの雪にならないでほしいが・・・。

                     Mutsumefuta21  Top_image1

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2009年1月 8日 (木)

リセットとネット社会

07rose_ame21今まで生きて人生の信条・目標などを、繰り返しリセットという行為に慣れてしまっているリセット世代の若者の多くは、インターネットコミュニティにおける自分の存在そのものも、いとも簡単にリセットしてしまう傾向がある。これは、非常に危険である。

エゴが強いと言うか、自意識が強烈な人がリセットすることが多い。リセットすると人間関係が何をもたらすか。それは、相手に対する敬意、思いやりの喪失である。それによって、多くの人は、我儘、自己中心的に振舞うようになってしまう。なぜなら、それこそが人間の本性であり、普段、理性によって抑制されている部分であるからだ。それが大人の世の中である。

リセット世代にとって、ネットでのコミュニティの中で自分を抑制することの必要性は皆無である。インターネットはあくまで日常とは違う自分を楽しむことができる、いわばゲームであり、そして、ゲームの中では当然、
自分が主人公となる。

気に入らない友人がいれば、敵意をむき出しにして糾弾し、逆にそのように好意的でない態度を取られれば、迷うことなく退会する。自分の思い通りのコミュニティが形成されるまで、何度でも退会、再登録を繰り返すのだ。

このインターネット上での行為に麻痺し、実際の人間関係のそれと混同し始めたときの結果は、みなさんも容易に想像がつくだろう。

最近の凶悪犯罪の低年齢化や、犯罪自体の凶悪化の一端に、こういったインターネット上でのコミュニケーションの影響があることは間違いない。

未成年者による凶悪犯罪の抑止を考える上で、インターネットにおけるコミュニケーションのあり方を子供達にどのように認識させるかが、非常に大きなカギとなってくるだろう。

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火の用心

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05detohama11正月早々、消防自動車のサイレンに驚かされた。どこかで火事があったのかな、窓を開け見ても分からない。ただ、マイクで「緊急車両通過します左側に寄って止まってください!」の声が聞こえる。

63件・81人・65歳以上の人が62%とのこと、そして、子供6人・・・一体この数字は、NHKの調べでによる、年末年始の火災の発生件数である。松戸市の火災で亡くなったが、4歳・2歳そして0歳の幼子は痛ましい。23歳の母親が、医者に行っていた留守と言っていたが、今朝のニュースでは男友達とパチンコに行っていたという。母親の責任が責められるは当然である。

東京地方は11日間、連続で乾燥注意報が出されている。マッチ・たばこで、火事になりやすい。湿度が20%位になると、柱に直接燃えるそうだ。

乾燥は火災ばかりではない。風邪などを引きやすいと言われている。部屋の湿度を保つようにしたい。

我が家でも、やっと今朝、煙感知器をお勝手・階段の踊り場・寝室×2の4箇所に取り付けた。これは昨年買ってああったものだが、最近のニュースでつけた。

煙感知器をつけたからと言って大丈夫だとは言えないが、大事な命は守れるという。NHKの今朝7時のニュースで報道されていた。町内を、防災・防犯パトロールを率先している人間である。間違っても火災は起してはならないことだと認識を新たにした。

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朝のひびき

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今日の名言

愛というものと、一夫一婦という堅い形式との間には、明らかに、幸福な偶然によってのみ解決するような矛盾がある。     ジンメル『愛の断想・日々の断想』「愛の断想」

07_sl_kurosawa21蓋のない冬空底のないバケツ 渡辺白泉

正月からしばらく東京では穏やかな晴天が続いた。雲ひとつなくはりつめた空はたたけばキーンと音がしそうだ。人も車も少ない正月は空気も澄んでいて山の稜線がくっきり間近に感じられた。

冬空と言ってもどんよりとした雪雲で覆われがちな日本海側の空と太平洋岸の空では様相が違う。掲句の空は冷たく澄み切った青空だろうが、こんな逆説的な表現で冬空の青さを感じさせるのは白泉独特のもの。

たたみかけるように続く「底のないバケツ」は「冬空」とのアナロジーを働かせてはいるが、単なる比喩ではない。蓋と底の対比を効かせ、「ない」「ない」のリフレインも調子がいいが「冬空」の後に深い切れがある。

見上げた空から身近に転じられた視線の先に「底のないバケツ」が無造作に転がっている。虚から実へ、とめどなく広がる冬青空を見上げたあとのがらんと寂しい作者の心持ちが錆びて底の抜けたボロバケツになって足元に転がっている。『渡邊白泉全句集』(1984)所収。(三宅やよい)

機関車の、車輪・押し棒・ブレーキ環・排管などの発車前の点検は、点検ハンマーで叩きその音の響きで、ボルトの緩み・ひび割れ・磨耗度などを聞き分ける。

白い蒸気の煙の中、コーンコーンと打ち鳴らす音が聞える操作場で、駅のホームから作業者のカンテラで姿も分かる。夜の開けない冬の今頃は、よく晴れていると、その音も違うらしい。乾燥した空気は、ピーンと張った音であるが、曇ったり、雨が降ったりすると鈍い音になるらしい。

静かな早朝に、電車の響きや・汽車の汽笛を雨戸を越えて聞えてくる。聞えてく響いてくる調子で、アア今日は、よく晴れているとか、曇っているとかが分かったものだが、今は、国道を走る車で感じる事は出来ない。

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2009年1月 7日 (水)

老後が不安

3612誰でも通る道である。長寿国日本の老後は深刻である。不安な老後をなくし、安心安全な老後送れるよう考える事が急務だ。

高齢化社会には、人間の寿命が伸びて、不都合な社会構造が寿命に合わないでギャップ出て来た。平均寿命が60歳ぐらいの社会構造で、83歳の寿命の社会構造ではない。

人間の生きていく最低条件は、住宅・食である。年をとるということは、身体の機能が衰えていくことでもある。今まで出来ていた事が出来なくなるのは当たり前である。年寄りをどう支えていくかが大きなテーマである。

朝日新聞社説・・・世界一の長寿国、日本の平均寿命はますます延びている。そうなると老後の暮らし方も変わらざるを得ない。そのひとつが住まい方だ。子ども世帯との同居から、核家族化が進んだうえ親世代も同居を希望しないようになった。高齢者だけの世帯は今後増える一方と予測されている。

そんな高齢者世帯で、年をとって体がきかなくなったら、そして連れ合いが先に逝ったら、このまま同じ所に住み続けられるのだろうか。こころは不安に満ちている。賃貸アパートに住んでいる人は、年金暮らしのなかで家賃の支払いが一層負担になるだろう。

持ち家の人でも、郊外や地方ではすっかり車社会になっていて、不便を感じることがあるかもしれない。社会学者の上野千鶴子さんが書いた「おひとりさまの老後」が最近、ベストセラーになったのも、こんな不安が背景にあるからかもしれない。

住宅政策担当の国土交通省は、昨年10月、社会資本整備審議会に高齢者の住宅政策のあり方を諮問した。これまでの住まいと施設の中間にある高齢者住宅への関心が、ようやく高まってきたといえそうだ。

高齢者住宅のポイントは見守りや生活支援にある。高齢者だけでは、ちょっとしたことで日々の暮らしが立ちゆかなくなることも多くなるからだ。例えば電球が切れても取り換えられない。段差に足をとられて転び、骨折して入院などということもある。最悪の場合、孤独死もあるかもしれない。

生活の自立ができていて介護はまだ必要ではない人に、安全と安心を保障するのが高齢者住宅といえるだろう。 実は高齢者住宅は、20年余り前から試行されている。公営住宅の「シルバーハウジング」がそれだ。英国の高齢者住宅がお手本だった。バリアフリーの安全な住まいというハード面は住宅行政が、生活支援員の配置による安心というソフト面は福祉行政が提供する。行政の壁を超えた画期的な施策だった。

しかし、その後の景気の低迷などで戸数は伸びず、現在、全国でわずか2万2千戸余りしかない。その後、建設費や家賃の補助がある高齢者向け優良賃貸住宅や高齢者居住法など、法律や制度の整備は進んできた。だが、多くの利用者が望む安くて便利な立地の住まいは数が少ない。

安全、安心の高齢者住宅に住むことで、自立した生活が維持できる。介護費用の抑制につながり、国の財政に寄与することにもなるだろう。住まいは暮らしの基本である。未曽有の長寿国での高齢者住宅に、お手本はない。これまでの蓄積を検証して知恵を集め、独自のあり方をつくり出していこう。

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七草

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今日の名言
戦争や戦闘は野獣的な行為として、そのくせそれを好んで用いる点にかけては人間のかなう野獣は一匹もいない。                        トマス・モア『ユートピア』                                                              

08tyokai_zenzinnuma11七くさや袴の紐の片むすび 与謝蕪村

一般に元旦から今日までが松の内。例外もあって、十五日までという地方もある。人日とも言う。七草とは、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。これら七種を粥にして食べれば万病を除く、とされるこの風習は平安朝に始まったという。

蕪村の時代、ふだんは袴などはいたことのない男が、事改まって袴を着用したが、慣れないことと緊張とであわてて片結びにしてしまったらしい。結びなおす余裕もあらばこそ、そのまま七草の膳につかざるを得なかったのであろう。周囲の失笑を買ったとしても、正月のめでたさゆえに赦されたであろう。

七草の祝膳・袴姿・片むすび――ほほえましい情景であり、蕪村らしいなごやかさがただよう句である。七草のことは知っていても、雪国の田舎育ちの私などは、きちんとした七草の祝膳はいまだに経験したことがない。

ボリュームのある雑煮餅で結構。もともと雪国の正月に七草など入手できるわけがない。三ケ日の朝食に飽きもせず雑煮餅を食べて過ごしたあと、さすがにしばし餅を休み、「七日正月」とか何とか言って、余りものの大根や葱、豆腐、油揚、塩引きなどをぶちこんだ雑煮餅を食べる、そんな〈七草〉だった。

江戸時代に七草を詠んだ句は多いと言われるけれど、蕪村が七草を詠んだ句は、この一句しか私は知らない。志太野坡の句に七草や粧ひかけて切刻みがある。『与謝蕪村集』(1979)所収。(八木忠栄)

確かに、雪国の田舎の正月に七草が手に入るわけがない。この風習は平安京に始まったとされるが、万葉集にも既に前日に七草用の若菜摘みをしたことが詠われていることから料理こそ違え奈良時代には既に現在に近い行事があったと思われる。

ただし、奈良時代のそれは、米・粟・稗・ミノ・ゴマ・アズキ・キビなどの穀類を使ったらしい。日付も正月十五日と現在の七草の節供とは異なる。
思うに現在の七草行事は、元もと存在していたこの宮中行事と中国伝来の七種菜羮が組み合わさった形なのだろう。
聞くところによると、宮中で行われる七草粥の行事では、前述した穀類が使われ、日付も正月十五日。「古式」に則った行事が生きているらしい。

源氏物語の注釈書「河海抄」の中で  七草のことを記載している。それが後年、よく知られる。       「せりなずな  御形はこべら  仏の座  すずなすずしろ  これぞ七草」 

君がため 春の野に出て 若菜摘む 我衣手 雪は降りつつ・・・光孝天皇 『古今集』 

があるが、実際に若菜(七草)はつめたのだろうか?

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2009年1月 6日 (火)

東芝、太陽光発電システムに参入

15401環境の問題・省エネの問題をクリアーするエネルギー確保すと言う将来性を考えても大いに有望だと思う。しかし、三洋電機・三菱電機・京セラ・パナソニックなど先発メーカーがあり、どの程度のシュア確保が出来るかである。世界シュア9%を目標としているが、果たしてどうだろうか・・・期待したい。

FujiSankeiBusinessi・・・東芝は5日、電力・産業用の太陽光発電システム事業に本格参入すると発表した。同事業を統括する専門組織を新設し、2015年度に約2000億円の売上高を目指す。

地球温暖化防止に向け、大規模な太陽光発電システムの普及が見込まれている。東芝は既存の技術や装置、法人販売ルートなど総合力を活用し、成長市場に本格進出することにした。太陽光発電市場では国内外の電機メーカーなどが販売競争を繰り広げており、東芝の参入で競争がますます激しくなりそうだ。

1日付で社内カンパニーの電力流通・産業システム社に「太陽光発電システム事業推進統括部」を設置した。約20人の陣容でスタートし、順次増やす。戦略策定やマーケティングを行うほか、他の社内カンパニー、グループ会社にまたがる同事業を横断的に統括する。

同社は高効率インバーターや、独自開発の新型リチウムイオン充電池「SCiB」など太陽光発電システムに不可欠な製品を生産しているほか、電力系統のシステム技術も保有している。これまで顧客の要望に応じ、各社内カンパニーなどが太陽光発電システムを納入する例はあったが、事業全体を統括する組織がなかった。

東芝は海外の拠点も活用し、グローバルな供給を目指す。同システムの心臓部にあたるパネルは外部調達する方針。また、住宅向け太陽光発電システムは手がける考えはないという。

東芝によると、電力・産業用の太陽光発電システムの世界市場規模は08年度が約1兆2000億円だったのに対し、15年度は1兆円増の2兆2000億円に膨らむと予想している。

電力・産業用特化で高い競争力

電機業界で「選択と集中」が際立つ東芝が、太陽光発電という新たな成長分野に足を踏み入れる。電力・産業用に焦点を絞るのは、保有する電力のシステム技術、販売ルートなどを最大限生かし、後発ながら高い競争力が発揮できると踏んでいるためだ。現在の売上高はわずか数億円に過ぎないが、2015年度に売上高2000億円、世界シェア約9%のアグレッシブな目標がその自信を裏付ける。

住宅用を含む太陽光発電市場はシェア10%以下のメーカーが乱立し、勝者がまだ固まっていない状態。投資負担の重いパネルを外部調達する東芝の戦略は、国内外で存在感を示す液晶テレビ事業と全く同じだ。東芝の参入は業界地図を塗り替える可能性を秘めている。(小熊敦郎)

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インターフェイス

539571人間の心理をつく使いかって良さを追求することであるが、そこには人間の歴史・文化・価値観などがあり、統一した考えで開発は出来ない。

インターフェイスとは、境界を意味する言葉ある。たとえば、人間がドアを開けるとき、ドアのノブをつかむ。その接したときにできる状態をインターフェイスと言う。

簡潔に言ってしまえば、人間にとって良いものが良いインターフェイスなのである。

物のインターフェイスは簡単に変更できても、人間の設計は、変えられるものではない。

それゆえ、良いインターフェイスにするには、モノの設計の方を人間にとって良いものにすればいいのである。

しかし、「人間にとって良い」とは何であるか?道具として良いためには、まず作業を効率良くすることができなければ道具を使う意味がないので、効率を良くすることが良いインターフェイスを作る上では重要になってくる。しかしその効率がまた問題である。

一概には言えるものではなく、目的やその状況も考慮しなければならないのである。

結局インターフェイスを考える際に最も重要なことは『「いかに人間が主体的に、中心的に作業や活動ができるか』ということだと思う。

それは、ようするに「人間のため」を考えるということだと思う。そして、「人間を知る」という根本的な面から深く考えていく必要がある。

ヒューマン・インターフェイス・・・人とコンピュータをつなぐソフトやハードのことで、人が直接操作する画面などが含まれる。銀行のATMなどは、システムについて何も知らない人が使っていますが、実際には巨大なメインフレームのシステムを操作し、利用しているわけである。

よほど良く整理された、使いやすいインターフェイスを持っていなければ、とうてい使うことはできない。一方、実際にATMを操作していると、金額などを入力してから「暗証番号が違います」と言われたり。「最初に言ってくれよ」と思わせてしまうのは、あまり良いインターフェイスとは言えない。

人間にとっていかに優しく、使い心地の良いシステムにできるか。これはせっかく開発したシステムが利用してもらえるかどうか、が最大のポイントである。例えばインターネットを閲覧するブラウザソフトでも、最初に登場したときは、ボタンが大きく盛り上がったデザインになっており、いかにも「ボタン」然としたデザインになっていたが、使い慣れていない人でも、ひと目で「ここを押すと何かが起こるのだな」と分かった。

しかし、世界中の人がブラウザの基本を理解した今では、あまり大げさにボタンを出っ張ったデザインにしなくても大丈夫である。このように、改良し進化して行くのである。大事なことは原理原則を忘れないでいる事であると思う。

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政治の出番だ

06oga_toga11日比谷の派遣村に500人が年を越した。今朝の毎日新聞社説に、「年越し派遣村・今度こそ政治の出番だ」のタイトル書かれていた。

東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に男性(55)がたどり着いたのは年明けの2日。それまでの3日間、上野公園で野宿したが、新聞で村のことを知った。群馬県の自動車部品工場の期間従業員だったが、昨年10月に景気悪化を理由に突然契約を切られ、職を探しに上京した。

「テントで寝ることができ、1日3食。本当にありがたい。人間の温かさを感じました」。男性は5日、村の撤収とともに次の宿泊場所となる東京都の施設に移動した。そこで新たな仕事探しを始める。「地方にもこうした動きが広がってほしい」と男性は願う。

派遣村は、仕事と住まいを失った派遣社員や期間従業員らを支援しようと、NPO法人や労働団体などでつくる実行委員会が開設した。12月31日~1月5日の期間中、村に入った労働者は約500人と、実行委の予想をはるかに上回った。茨城から歩いて来た人、自殺しようとしたばかりの人もいた。昨年秋以降急増する「非正規切り」の深刻さを改めて痛感する。

しかし、日本中では、派遣社員・期間社員の失業は85000人と言われている。日比谷公園の派遣村が、マスコミにクローズアップされているが九州初め地方の失業者は一体どう年を越したのだろう。もっと深刻な状態だろう。地方の現状をクローズアップして欲しい。

5日から通常国会が始まる。09年度予算と補正予算などが審議される。関連法案で定額給付金2兆円がある。どうも人気がない。民主党・毎日新聞でも切り離しを訴えている。

麻生首相の政局より政策が優先と言っていたが、どうもタイミングが悪くスピードがないのでは、口先ばかりで実りがない。国民生活は、待ったなしである。

野党の民主党も妥協するところは、妥協し政権交代だけを掲げていても、時間がない案件もある。緊急性が必要な瀕死の状況にある人間を放って置けない。何をさて置き手を打たなければならないこともあるだろう。とにかく人の命が大事である。

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「 草石蚕(ちょろぎ)」のこと

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今日の名言

由来、人間というものは、自分の姿が見えないので、得てして他人の心の中に理想の姿を持ちやすい。
シューマン『音楽と音楽家』

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草石蚕(ちょろぎ)」左から草→根っこを赤く染めて物→黒豆に添えた正月料理

膝くずし草石蚕をすこし齧りけり仲 栄司

昨日から仕事始めの方も多いなか、今さら正月料理を出すのも心苦しいが、一度紹介してみたかった「草石蚕(ちょろぎ)」をぜひ。実際に目にする機会は、黒豆とともに添えられたおせちのお重のなかでしかないと思われるシソ科イヌゴマ属の多年草の根の部分である。

百合根のような風味なのだが、見た目は名前の通り、蚕というかグロテスクな幼虫のかたちをしており、しかも真っ赤に染められている。初対面ではひと齧りするのもおっかなびっくりという具合であろう。

掲句では膝をくずしたあたりのタイミングも絶妙。一体甘いのやら酸っぱいのやら、果ては食べてもよいものなのかということまで含み、皆目見当のつかない物体なのである。

ちょろぎがおせちに紛れ込んでいる理由のひとつにその名が「長老喜」と当て字されるおめでたい食べ物ということもあり、「せっかくなのだから食べてみたら」と再三勧められたのちおそるおそる伸ばした箸なのか、それとも興味津々の我慢の末、場がなごんだのを機会に「えいっ」と伸ばした箸なのかも気になるところ。愛すべき草石蚕『ダリの時計』(2008)所収。(土肥あき子)

この風変わりな名前は、中国語の「朝露葱」を日本語読みにしたものだろうとされている。根が蚕に似ていることから普通は「草石蚕」と書きますが、「千代呂木」や「長老喜」という字を当てて、長寿を表すおめでたい食べ物としておせちなどに使われているそうだ。

「ちょろぎ」は、江戸時代に中国から伝わったシソ科の多年草で、食用にするのは根にできる塊茎である。黒豆に入れる場合は梅酢で赤く色付けしてあるが、生のときは白く、加熱するとゆり根のような味がする。 山形や岩手が主な産地で、収穫期は10月末~11月。産地では漬物、煮物、吸い物、てんぷらなどに使う。また、中国からイギリスやフランスにも伝わって栽培されている。特にフランスではクリーム煮やサラダなどに利用され、好評だったようだ。

実際私は見たこともないし、食べたこともない。草は見たことがあるかな?

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2009年1月 5日 (月)

現実を把握して!

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Shibutoge41麻生首相の記者会見で、「安心に暮らせる日本 活力ある日本この思いを年始めの字に込めたい」と切り出した麻生首相が、用意していた色紙に書いた言葉が「安心 活力」。

年頭会見で、書き初めを披露したのは極めて異例という。昨2008年来、何度かあった会見、あの手この手で言い繕うが、その度に空虚な言葉が響く首相も異例だ。

しかも今回、ご念が入っているのは、冒頭に取ってつけたように引き合いに出したフランスの哲学者アランが書いた『幸福論』の一節。「『悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである』、好きな言葉であり、ある哲学者の言葉です」。

第171通常国会は、今日から始まった。会期は6月3日まで150日間である。政府・与党が今月中旬に予定する第二次補正予算と関連法案の衆院採決が最初のヤマ場となる。民主党は第二補正予算案からの定額給付金切り離し要求。

今後、総額2兆円の定額給付金を「選挙目当てのばらまき」として削除を求める修正案を提出、自民党内の造反を誘う構え。首相が切り離しを拒否したことを受け、民主党は修正案提出を与党側に通告した。

衆院では2次補正、関連法案ともに与党の賛成多数で可決される見通しだが、自民党内から17人以上の造反が出れば、関連法案の参院否決などの場合に3分の2以上の賛成が必要となる衆院再可決が難しくなり、政権は窮地に追い込まれる。

しかし、通常国会の初日にフランスの哲学者の言葉を引用したかその心情が分からない。

作家の吉永みち子氏は、テレビのスーパーモーニングで、「失政の本人がこれを言ってしまう神経が分からない。楽観って意志だけではない。悲観的な状況をすべて、実際に見た上で、前を向いていこうと…。でなければ、単なるノーテンキ」と

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真剣に国民の目線で

Natsu1今日から国会が始まるが、麻生太郎首相が「政局より政策」と言ったものの、対決姿勢を崩さない以上、2次補正の提出をここまで遅らせたのも、衆院解散に追い込まれるのを恐れる政府・与党の、政局への思惑あってのことだ。

派遣労働者の失業問題は、東京渋谷の派遣村だけではない。地方の失業者は、明日の命も保障されない人達がいる。企業の資金繰りはますます厳しくなり。それに間に合わせるのは与野党共通の責任だ。

野党の側も、単に政府与党の足を引っ張るだけでは済まされない。 その責任を果たすために、与野党に提案したい。予算の成立が遅れていちばん困るのは国民なのだから、早期成立を最優先に譲歩することだ。

主権は国民である事を忘れては困る。真剣に国民の目線で政治を!

朝日新聞社説・・・総選挙の年が明けた。混迷と停滞が続く政治に、ようやく民意をぶつける機会がやってくる。 引き続き自民、公明両党に政権を委ねるか、民主党中心の政権に交代させるか。「国のかたち」について、有権者の側も真剣に考える年になる。

そんな決戦の年の幕開けとなる通常国会の開会を前に、麻生首相、小沢民主党代表がきのう、来るべき総選挙への決意を語った。「効果的な経済対策を迅速に打てるのは自民党だ」。首相がそう胸を張れば、小沢氏は「自公政権では危機を克服できない」と切り返す。対決ムードは高まるばかりだ。

だが、この国会の最大の使命は、何と言っても昨年来、急激に深刻化する景気と雇用の危機の中で国民の生活をどう守っていくかにある。政府が出す2次補正予算案には、中小企業への保証・貸出枠の拡大、09年度当初予算案には財政出動による景気対策や非正規労働者への雇用保険適用などが盛られている。与野党の突っ張り合いで実現が遅れてしまうのは、何としても避けねばならない。

首相が「政局より政策」と言いつつ、対決姿勢を崩さない以上、野党側も簡単には譲れないというのはその通りだろう。2次補正の提出をここまで遅らせたのも、衆院解散に追い込まれるのを恐れる首相や与党の、政局への思惑あってのことではなかったか。

一方で、3月の年度末に向けて、企業の資金繰りはますます厳しくなる。それに間に合わせるのは与野党共通の責任だ。野党の側も、単に政府与党の足を引っ張るだけでは済まされない。 その責任を果たすために、与野党に提案したい。予算の成立が遅れていちばん困るのは国民なのだから、早期成立を最優先に譲り合うことだ。

まず首相は、野党がこぞって反対する定額給付金を2次補正から除く。引き換えに、民主党など野党はそれ以外の2次補正を速やかに受け入れる。当初予算についても、同じように双方の歩み寄りが必要だ。そのためには、首相が予算や関連法案の成立後ただちに衆院を解散すると約束することが欠かせまい。

だが、首相はきのうの記者会見で、野党との「話し合い解散」の可能性を明確に否定した。60日ルールによる衆院の再議決で押し通す構えのようだが、それでは混迷は長引く。対決一辺倒では政治の無責任というほかない。

首相には解散を口にした途端、与党内の求心力が失われ、政権が失速する恐怖があるのかもしれない。しかし、いまの政治の機能不全は、2年前の参院選での惨敗以後、3代の自民党政権が総選挙の洗礼を先延ばししてきたことに起因する。政治のリセットから逃げ続けることはもう許されない。

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仕事初め

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08iwakisan_zinzya11今日の名言

議論なんか、いくらしたって物事は、はかどるもんじゃありません。行うべし言うべからずですよ。          
                 モリエール『ドン・ジュアン』

仕事始のスイッチ祷るが如く入る 啄 光影

仕事始め。この不況下だから、今日から通常業務とする会社が多いかもしれない。私が二十代のサラリーマンだった頃は、ずいぶん暢気なものだった。定時までに出勤はするが、朝一番に社長の年頭の挨拶があり、終わると酒が出た。

仕事熱心な者は、それでもあちこちに新年の挨拶の電話をかけたり、年始回りをやったりしていたけれど、たいがいは飲みながらの雑談に興じたものだった。あとは三々五々と流れ解散である。なかにはこの状態を見越して計画的に欠勤する人もいたくらいだ。

平井照敏によれば、昔は大工は鉋だけ研ぎ、農家は藁一束だけ打ち、きこりは鋸の目立てだけしたそうである。掲句はいつごろの句か知らないが、昔の句だとすると、工場の機械の点検だけの「仕事始め」と受け取れる。日頃調子の良くない機械なのだろう。

明日からの本格的な仕事に備えて、正月明けくらいはちゃんと動いてくれよと、祷(いの)るような思いでスイッチを入れている図だ。そしておそらく、試運転は成功だった。安堵した作者の顔が見えるようだ。今日は、同じような思いで会社のパソコンのスイッチを入れる人も、きっといるはずである。『新歳時記・新年』(1990・河出文庫)所載。(清水哲男)

昔、百姓だった我が家では、正月は色々な行事があった。
「農立て」は農家における田畑の初鍬入れで、仕事始めの儀式であり、田畑の神をことほぐ行事である。「山入り」と共に、正月の大切な行事のひとつである。
「鍬入れ」「鍬入り」「農立て」「みさぎ」「おからす」「農はじめ」「鍬開き」「田の神さま」など、いろいろに言われるそうだ。

この日まで田畑に入らず、年男が早朝入浴して身を清め、紙垂をつけた松と榊を持ってゆき田畑に立てる。餅と饌米とを供えて、その年の恵方に向かって鍬で三度耕し、一年の豊穣を祈念する予祝行事である。

そんな百姓に行事も、忘れさせるように、開発が進み、田畑がマンションが建ち昔の面影がなくなってしまった。

いま、政府は食料の自給率を上げるため、遊休地を開発することに力を入れるそうだが、3Kの農作業を希望する人がいない。後継者の農業従事者は深刻な事になっている。

派遣村の人たちが農業に転職とはいかないものかな・・・。国会も仕事始めだ。

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2009年1月 4日 (日)

総選挙と混乱する国会

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Center171今年は選挙の年でもある。7月は都議選である。そして衆議議選挙は9月までには行われるが、麻生太郎首相は、天下の宝刀は9年度予算が成立してからという考えだ。そうなると4月以降となる?らしい。

民主党の、解散、総選挙の大合唱も、気に留める訳にはいかない。内閣支持率で急落では、自民党の顔がいない。いないのでは勝ち目はない。どうも国民重視と言っているが、自民党内からも足をすくう輩が顔を上げてきた。そんな状況では、解散総選挙できない。しかし今年は選挙の年である事は間違いない。

東京新聞社説抜粋)より・・・総選挙の前哨戦となる5日召集の通常国会は、自民党幹部いわく「民主党との何でもありの戦い」の始まりである。与党の至上命令は第二次補正予算と2009年度予算の早期成立であり、関連法案は衆院再可決で中央突破する方針。「解散の『か』の字も考えずにひたすら予算成立へ努力するのが首相の考えだ」-。普段は地味系の河村建夫官房長官も強気である。

厄介なのは後ろから鉄砲玉が飛びかねないこと。例えば二次補正には評判の悪い定額給付金が盛り込まれ、自民党若手に不満がくすぶる。17人の造反で再可決に必要な「三分の二」を割り込む。

昨年の衆院解散要求決議案で麻生批判の急先鋒(せんぽう)である渡辺喜美氏が造反しました。「第二、第三の渡辺」が現れて予算関連法案の成立が阻まれれば政権は失速。取りざたされる09年度予算成立後の解散はおろか総辞職の可能性もある。20%前後の内閣支持率の下落が続けば、多数の鉄砲玉が飛びそうである。

ここは考え時。民主党が要求する通り、給付金部分を分離して二次補正を提出してみてはどうか。頼みの綱の「三分の二」以上の勢力も、05年の郵政選挙がもたらした「遺産」であることを忘れてもらっては困る。

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公訴時効の見直し

Galleryplayer3_desert平成12年12月に起きた東京都世田谷区の一家4人殺害事件の遺族らも、時効制度の見直しを訴えている。被害者の側から公訴時効見直し求めているのは当然だ。

遺族の方は、有力情報には、賞金を賭けてでも犯人を捜して恨みを晴らしたい気持が分かる。なのに時効という厚い壁に遮られてしまうのは、何とも虚しいことだ。

今朝の読売新聞webの記事から・・・法務省は3日、殺人などの重大事件の公訴時効を見直す方向で検討に入った。刑事訴訟法は殺人など「死刑に当たる罪」の時効期間を25年と定めているが、期間の延長や時効の撤廃も含めて検討する。

 今月中旬に法務省内に刑事局を中心とする勉強会を設置し、3月に報告書をまとめる方針だ。

 勉強会での具体的な検討事項としては、重大事件に限り時効を撤廃することの可否や時効期間を40~50年に延長したり、遺族らが裁判所に請求した場合は、時効の進行を停止する制度を設けたりすることなどが想定されている。

 公訴時効は犯罪が終わった時点から一定の期間を経過したら起訴できなくなる制度で、〈1〉時の経過で遺族や被害者の処罰感情が薄れる〈2〉証拠が散逸して公正な裁判の実現が難しくなる〈3〉捜査機関が長期捜査に伴う様々な負担から解放される――などが、時効の存在する理由とされている。法務省によると、2007年中に時効が成立した殺人事件は58件に上る。

これに対し、「全国犯罪被害者の会」が08年11月の大会で「被害感情は時の経過で薄くなることはなく、むしろ日に日に増していく」として、時効廃止を求める決議を行った。

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キャラが立ち過ぎ?

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今日の名言

信用というものは、求められすぎると種切れになってしまうものですよ。
                    ブレヒト『ガリレイ生涯』

Galleryplayer20_van_gogh万歳やもどりは老いのはづかしく 加賀千代女

いつの世も、歌と笑いは感性の先端を行くものであり、若い人の心を捉えてはなさないものです。我が家にも若い娘が二人いることもあって、最近はお笑いの番組がテレビに映っていることがしばしばあります。

言葉への接近の仕方、ということでは確かに漫才に学ぶところは多く、時代そのものをからかう姿勢は、とても若い人にはかなわないと感心しながら、わたしも娘の後ろからテレビを見ています。

この句の季語は「万歳」。新年を祝う歌舞の意味ですが、滑稽味を表してもいるその芸は、漫才の起源といってもよいのでしょう。「ピエロの涙」に言及するまでもなく、笑いの裏側には悲しみの跡がついているようです。人を笑わせた後の寂しさは、その対比がはっきりとしていて、見るものの胸を打つものがあります。

面白おかしく演じたその帰り道に、芸の緊張から解かれた顔には、はっきりと老いの徴(しるし)が見られます。それを「はづかしい」と感じる心の動きを、この句は見事に表現しています。

老いがはづかしいのはともかく、万歳といい、句といい、自分の表現物を人前にさらすことはたしかに、はづかしい行為です。でも、このはづかしさなくして、人の胸に届くものはできないのかなとも、思うのです。『角川 俳句大歳時記 新年』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

お正月のテレビ番組は、お笑いが多い。どのチャンンネルでも組まれている。売れていない芸人が出てきて、そう言えばこんな人もいたっけなあ・・・なんていう人もブラウン管に写っている。

最近、関西の漫才で、新人が多いように思う。どうも関東人の私には早口で、関西弁は苦手であり、お笑い番組は見ない。しかし若い人には人気があるらしい。

若い人が今どんな、事に興味があるのか、特に若い女性の歌手・お笑い芸人、スポーツ選手などを知ることは、大事なことだと思う。

麻生太郎首相の「キャラが立ちすぎ」なんて言葉は、漫画好きな人でないと出てこない。それだけ世代層を意識しているのかも知れないが、大衆の心を掴むことは、政治家として大事なことかもしれないなあ・・・。

荒川アンダー ザ ブリッジ (中村光) などが人気があるらしい。

荒川の河川敷・・・そこにはとっても愉快で、とっても電波な人が住んでいる。勝ち組のエリート青年『リク』とホームレス美少女『ニノ』を中心に展開する新感覚のストーリー。だそうだ。

それに対して、ある若い女の子のコメントは、私的には★10個!かなり面白い。キャラが立ちすぎです。なのに若干シリアスでラブコメだから笑える。と言うものだ。

私はちょっと年をとりすぎたかな・・・

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2009年1月 3日 (土)

V字回復いちるの望み

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Sira81「元旦や 静かに祝う 老夫婦」2009年三が日も晴天で、穏やかなお正月を迎えることが出来幸せである。

さて、今年の景気は、暮らしはどうなるのだろう。日銀白川総裁は、サブプライム・ショック、リーマン・ショック、トヨタ・ショック、ソニー・ショック…。日本経済がショックの連続に見舞われた2008年が終わり、09年が幕を開けた。

産経新聞web・・・(抜粋)昨年9月15日の米大手証券リーマン・ブラザーズの破綻(はたん)を境に国内景気は一変した。かつて経験したことのない猛烈なスピードで経済指標が大幅に悪化。企業の減産と人員削減は、急激な変化に追われ、歯止めがかからない。

「朝が来ない夜はない」「出口のないトンネルはない」の言葉通り、不景気の後には必ず好景気が来るといわれるが、坂道を転げおちるどころか、真っ逆さまに急降下する日本の景気は、いつ底を打ち、回復に転じるのだろうか。

「100年に1度の大津波」の震源となったリーマン破綻は、世界の金融市場を一瞬で凍りつかせた。各国の株式市場が急落。金融機関同士がお金を融通し合う短期金融市場では、「次はあそこが危ない」と疑心暗鬼になり、債務不履行(デフォルト)を恐れ、誰も市場にお金を出さなくなる「信用収縮」でマヒ状態になった。

09年もショックは続くのだろうか。
現実味を増すのがGMショックだ。もし米自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)が破綻すれば、影響はリーマンとは比較にならない。部品メーカーやディーラーなど幅広い業種に破綻が連鎖し、「最大300万人の失業者を生む」といわれている。

100年の歴史を刻んできたGMの破綻は、自動車産業の崩壊を意味し、世界最大の市場である米国をドル箱にしてきた日本メーカーにも深刻なダメージが及ぶのは不可避だ。

ブッシュ政権は、本来は金融機関を対象にした金融安定化法の公的資金を流用し、つなぎ融資による延命策を講じたが、抜本的な再建策は1月に発足するオバマ新政権に委ねられた。その帰趨が日本を含めた世界経済の行方を左右するといっても過言ではない。

景気予測も大混乱

誰も経験したことのない超高速の景気後退は、政府や民間シンクタンクの予測も大混乱に陥れた。例えば、日銀の金融経済月報の景気見通しは、11月25日時点の「停滞色の強い状態が続く」としていたが、12月22日には「厳しさを増す」へとわずか1カ月で大幅な下方修正を余儀なくされた。

12月19日に発表された09年度の政府経済見通しは、実質GDP(国内総生産)の成長率を0・0%と予想した。しかし、市場では「達成は到底不可能で、目標どころか、希望にしか過ぎない」(民間エコノミスト)との辛辣(しんらつ)な声が飛び交っている。

では国内景気はいつごろ底を打ち、回復に向かうのだろうか。

政府や日銀内には「景気急角度で落ち込めば、それだけ底を打つのも早く、調整が早ければ、一気に上昇する『V字回復』となる可能性もある」と、希望を託す声がある。

一方で、「従来の景気循環の法則は通じない。どこまで落ちるか予測困難なうえ、底を打った後も、調整局面が続き、底をはい続ける『L字型』になる懸念もある」(民間エコノミスト)との悲観的な声も聞こえる。

日本経済は、07年10~12月期に戦後最長の景気回復が終焉(しゆうえん)し、景気後退局面に入ったといわれている。今年後半に底を打ったとしても、後退局面が2年も続くことになる。

しかも、外需依存の日本の景気回復は「欧米に加え、アジアなど新興国が成長を取り戻すことが条件になる」(同)という“他力本願”だ。

日本とほぼ同じ時期に景気後退局面に入った米国経済が底を打つのは早くても今年後半とみられており、戦後最長の景気後退が確実視されている。

日本の景気が底を打ち、回復に向かう時期は、米国よりもさらに後ズレする。しかも賃金や雇用の改善を通じて一般の国民が景気回復を実感できるのは、さらにその後になりそうだ。春は遠く、長く厳しい景気後退が続く可能性が高い。

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不透明な日本経済

Natsu1「アメリカの ナスダック気になる 三が日」

不透明な日本経済の2009年は開けた。投信や株、そして生活で、気になる経済である。

日本の金融市場は正月休みでニューヨークの金融市場が気になる。注目は5日から始まる日本の景気はどうなるかである。

何と言っても経済・暮らしを左右するのが政治である。通常国会は5日からであるが、民主党は、「ばらまき」との批判が強い定額給付金については、第2次補正予算案から分離して審議するよう求めていることを山岡委員長は改めて明らかにし、「分離するようにとの法案をわが党も用意して提出予定である」としている。

いずれにしても、解散総選挙を目指している民主党と支持率急落の麻生太郎内閣の自民党のつばぜり合いは、激しさを増すだろう。大事なことは、不景気な世界経済の中で、追い詰められた派遣社員などの失業者対策は最優先の課題だろう。

麻生首相は、不況から先ず日本が一番先に脱出するとしているが、大型予算でテコ入れをすると息巻いているが、プライマリーバランスの目標は見直しせざるを得ない。

スピード・タイミングが重要としているが、どうも政策が2転3転し振れては、国民は信用しない。

早期解散(2008.10.26)の予想が、支持率凋落で解散できず、民主党の解散大合唱にも耐えていて、国民の窮状を本当に感じているのか、国民も我慢が限界に来ているのではないだろうか。

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箱根駅伝

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今日の名言
花は半開を看(み)、酒は微酔(びすい)に飲む、此の中に大いに佳趣あり。洪自誠『菜根譚』

Taka0611三日はや木綿のやうな風とゐる 野木桃花

確かに、年が改まったからといってすべてリセットできるわけではない。でも年末、あれこれ溜まったゴミを捨て、そちこち拭いたり磨いたりしていると、あ~まことに不愉快、といったこびりつきが、うすくなっていくような感じがする。

そうこうするうちに迎える元旦、いつもの窓から見える朝日を、初日として眺めながら、よし、と新たな気持ちにもなれる。そして正月三日。今年は明日が日曜なので、少し趣が違うむきも多いだろうけれど、さて正月気分も終わりだなという三日である。

木綿のような風、というこの日常的でないちょっと不思議な表現、木綿の飾り気のなさと親しさによって、始まってゆく日常へすっと気持ちを送りこんでくれる。長期休暇を取るなどして、大きく気分転換を意識しなくても、正月という節目を利用して、自分の中のこもごもをうまく切り替え、いちはやく平常心で前を見ている作者であろう。『新日本大歳時記 新年』(2000・講談社)所載。(今井肖子)

天気予報を見ていると日本海側の国々は、毎日雪が降っているようだが、東京地方は、この冬はまだ雪が降っていない。私は雪が苦手で、生活するのに雪が降らないので、生活するには、楽で助かる。

今年も三日であるが、年末から雨も降っていない。しかし、乾燥した空気で、昨日は湿度が20%代となってしまった。風邪・火事には要注意である。

喪中であり、年賀状はなし、初詣もなし、家でテレビをみて過ごす。特に第85回東京~箱根大学駅伝を観る。ドラマがあり、感動する場面があり、面白い。今日の復路の箱根の下り坂の走りは、見ごたえのある。

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2009年1月 2日 (金)

良い頃加減

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08hatuyuki_sannai11世の中、右を見ても左を見ても、競争競争でうんざりしていませんか?負けている自分を手放しで認められなくて、他人を認めることもつらくなっていませんか?

また、お金・お金で、お金だけが唯一の味方となってしまい、お金にまつわる、人間ドラマすなわち、消しても消しても、消せない三毒が心の奥から沸き起こり。人間社会を支配して揺るごうとしない。そこには信賞必罰の世界の歴史があり、上下の差あって社会が構成される以上、決してこの三毒の怒り・愚かさ・貪りは、消え去る事が出来ない。

競争に負けて疲れてくると、人は自信をなくして自暴自棄になったり、羨ましさを越えてひがみっぽくなったりする。でも、それはあなたがいけないんじゃなくて、競争社会では避けがたいなるべくしてなる心理である。

そこで、勧めしたいのが『いいかげんのすすめ。』健全な精神は、『いい加減』な心身に宿る?。

勤勉をよしとする日本人気質から言えば、この"いい加減"ほど嫌われる言葉はないかもしれない。でも、『いいかげん』は"良い加減"であることが必要となってそのファクターは大となってきている。「良い頃加減」のことである。

日本人って、やるからには完璧にしなくちゃとどこかにある。「~でなくちゃいけない」 といった言葉が日常会話や自分へ向けてよく出てくるが、その結果、身も心もボロボロになってしまって…癒されたい人がなんと多いことだろう。

そして、お金儲けに、命を賭ける。その結果、人生終わりに近づいて、気がつけば、大事な『心の充実感』『豊かさを』を味わえず一生を終る。

楽器の弦は、緩めすぎてもいい音色が出ないし、張り過ぎたら切れてしまう。弦は程よい加減に張ってこそ、初めて美しい音色を出すことができる。

人間も同様に、程よい張り加減の中でこそ力を存分に発揮できる。私たちは、ダレ過ぎても活力が発揮できなくてやりがいを感じられな、張り切り過ぎても空回りして効果が出ずに疲れてしまうようにできている。「己を知る」とは、自分の弦の張り加減を知ることだと思う。

輝いて生きたい。

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今年の干支は「丑」

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035571今年は私の年である。干支は、丑(うし)年の始まり。早速、自分なりに考えて見たが、今の社会情勢から一気に良くなる事は考えられない。黙々と牛歩するだけかなあ・・・

<牛の歩みも千里>ということわざがある。たとえ遅い足取りでもこつこつと進んでいけば、大きな成果をあげることができるという意味である。
沖縄の渡嘉敷村の民話に、「鯨になった牛」というのがあるそうだ。海にいるあの大きなくじらは、昔は牛だった、牛は陸にいるとき、あんまり人間にこき使われたので、「陸にいるときついから、もう海に逃げた方がいい」と言って、海に逃げていった。
ところが、この牛が海に逃げて、龍宮に行くと、また龍宮であんまりこき使われたので、「ここからも逃げてしまおう」と言ってすぐに逃げていき、泳いでいるうちに鯨になった。そのとき、龍宮の神様は、鯨に似ておるアヤビトゥ(シャチ)というのに、「鯨が逃げたから追いかけろ。見つけ出したら殺してこい」と命じられたので、それからアヤビトゥ(アヤとは縞のこと。 ヒートゥはイルカのこと)は鯨を見つけると突き殺すようになった。 鯨というのは牛だったから、それで、鯨も鳴くときには、牛のように、「ンモー」と鳴くんだよ。

東京新聞「筆洗」から・・・『ものをいう牛』と題された民話がある。名護市など沖縄県の北部で語り継がれている、ある長者の召し使いが、年季明けの給金として「金がいいか、話がいいか」と言われて、話を選んだ。ところが「綱につながれた牛」という短い内容。

訳が分からずに泣く泣く山道を歩いていると、やせた牛が木につながれて捨てられている。「これか」と思い近づくと、驚くことに話せる牛だった。頼まれたので水を飲ませて助けると、牛はいろいろな提案や忠告をしてくる。

素直に従った結果、大きな財産を手にした。牛は自分の先祖だったのである。お金よりも経験のある人の言葉や知恵を大切にする人、困っている牛を助けるような心やさしい人が、最後には大きな幸せを手に入れる。こんな意味がくみ取れる。今年一年、牛をまねて反すうしたい民話である。

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富士山の伏流水

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今日の名言

人は自分の魂の平穏のために毎日ふたつの嫌な事をせよ。 モーム『月と六ペンス』

Shiraito_fujinomiya1_2手を入れて水の厚しよ冬泉 小川軽舟
 

液体に対してふつうは「厚し」とは言わない。「深し」なら言うけれど。水を固体のように見立てているところにこの句の感興はかかっている。思うにこれは近年の若手伝統派の俳人たちのひとつの流行である。

長谷川櫂さんの春の水とは濡れてゐるみづのこと」、田中裕明さんのひやひやと瀬にありし手をもちあるく」、大木あまりさんの花びらをながして水のとどまれる」。水が濡れていたり、自分が自分の手を持ち歩いたり、水を主語とする擬人法を用いて上だけ流して下にとどまるという見立て。「寒雷」系でも平井照敏さんが、三十年ほど前からさかんに主客の錯綜や転倒を効果として使った。

山一つ夏鶯の声を出す」「薺咲く道は土橋を渡りけり」「秋山の退りつづけてゐたりけり」「野の川が翡翠を追ひとぶことも」等々。山が老鶯の声で鳴き、道が土橋を渡り、山が退きつづけ、川が翡翠を追う。

その意図するところは、「もの」の持つ意味を、転倒させた関係を通して新しく再認識すること。五感を通しての直接把握を表現するための機智的試みとでも言おうか。『近所』(2001)所収。(今井 聖)

泉は富士山の伏流水で、忍野八海や白糸の滝が有名である。また、湧き水と言うと有名な静岡県清水町である。富士山に降った雨や、雪が地下に沁み込んで60年経って湧き水として再び地上に出てくると言う。

その水は、冷たく、多くのミネラルを含んでいるので、魚などの生物が生息するに条件がいい。

狩野川水系柿田川は一日百万トンの水量を誇る東洋一の湧水を水源に、日本最短の一級河川(1,200メートル)として知られている。誕生は約八千五百年前。また、この柿田川湧水群は、環境庁「名水百選」「二一世紀に残したい日本の自然百選」に認定されている。

豊富な水量に加え、年間一五度前後の一定した水温、そのまま飲める水質。その清流域で営まれる生態系が一つとなって豊かな自然を創りだしている。ミシマバイカモ、クレソンなど15科21種の水生植物と、流域周辺で見られる94科281種類の陸上生物。

                     

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2009年1月 1日 (木)

費用対効果を考えたら・・・

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08hatuyuki_sannai11こんな議論まで、飛び出してきている。J-CASTニュースの記事にあった。

非正規社員のクビ切りが社会問題化している中、正社員の過剰な保護はやめるべきだ。という意見が出てきた。

非正規社員を切るよりも、たいして働かずに年俸1000万円以上の中高年をリストラするほうが費用対効果は大きい、という主張がその一つだ。一方、正社員と非正社員の垣根をなくしてフラットにするべきだ、つまり、正社員にも賃下げや解雇を認めたらどうか、という意見もある。正社員だから安心、とはいえない時代に突入したらしい。

ソニー、トヨタ自動車、キヤノンといった世界企業は米国発の金融危機の影響で輸出が減り、相次いで数千人規模の解雇を進めている。真っ先に切られるのは派遣社員や期間工といった非正規社員だ。

「非正規社員を切ったって、コストカットの効果はたかが知れています。それよりも、大した働きもせずに年1000万円以上をもらっている部長クラスを切るほうが、よっぽど費用対効果がありますよ」と話すのは、人事コンサルティング「Joe's Labo」代表の城繁幸氏だ。

さらに、正社員と非正規社員の垣根をなくしてフラットにし、正社員にも賃下げ、クビ切りを実施するのがいい、というのが持論だ。「年齢に応じて支給される『年齢給』を止めて、仕事量・内容で判断される『職務給』に切り代えるべきです。年齢給は日本独特の給与制度で、欧米ではむしろ職務給が当たり前なんです。また年齢給のせいで、非正規社員が増えているという現状も無視できません」労働者全体に占める非正規の割合が4割を超えたが、このままだとすぐに5~6割になる、と同氏は推測する。

例えば、35歳の元フリーターを正社員として雇用する場合、能力や経験が年齢に見合うだけない場合でも、年齢給制度があるとそれなりの給料を支給しなければならないが、非正規社員なら仕事量に応じた賃金で雇うことができる。その結果、安く雇えるという理由で非正規社員の雇用が増えていった。ところが景気が悪くなると簡単に切り、景気が回復して人材が必要となれば非正規で雇う。正社員は雇わず、非正社員が増える一方だ。こうした「負のスパイラル」に陥り、従来の雇用システムは破綻した、と城氏は見ている。

どうしても格差を増長するような、労働派遣法の改正は必要だろう。頭のいい人でないと、入れない一流大学も金次第と言う現実にある。社会構造は問題だ。

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宇宙飛行士になるまで

2007102400000912reuintview0001宇宙飛行士に必要な資質は、「健康」「協調性」「英語力」の3要素という。以外だった「協調性」だが、限られれた空間と制約された生活環境で如何に自分の意見はしっかり持つことは重要だが、ロケット内の人間と外部からの情報を聞き入れてクルーが一体で行動する事が最も重要視される。

元旦朝のNHKラジオ深夜便で、財団法人日本宇宙フォーラム参与 寺門邦次氏の話であった。
協調性とは異なった環境や立場に存する複数の者が互いに助け合ったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する素質である。

宇宙飛行士は、地上とちがった環境である無重力状態に体をなれさせる必要があるので、まず健康でなければならない。それに、限られたシャトルの空間の中で数人が共同生活するので、協調性やチームプレーの精神が必要だ。また、機内での会話や地上との交信はすべて英語でおこなわれるので、英語力も欠かせない。この3つが宇宙飛行士になるのに最低限必要になる。

この「協調性」では、この春から社会生活になっていく若い人に必要な心構えだと思う。

元々日本社会は農村社会の延長線上に位置づけられ、協調性が最重要視されてきた。企業活動においても、高いパフォーマンスを発揮するがスタンドプレーが多い人間よりも協調性が高い人間の方が評価される傾向にあった。

しかしバブル崩壊後、成果主義を導入する企業が増加し、そういった傾向も薄れつつある。また社会全体でも少子化、核家族化の影響から他人と接する機会が減少し、協調性のない子供が増え学級崩壊のように社会問題化しつつある。こうした現象は子供に止まらず、モンスターペアレントのように社会的協調よりも自己利益を優先する大人も増加している。

ただ社会における協調性の重要度は低下したわけではなく、むしろ高まりつつあり、労働者は協調性の欠如が原因で普通解雇となる場合すら存在する。また企業も、協調性の高い人物が入社する事により人間関係がより明るくモチベーションも上がり、その結果企業全体の業績も上がると考える事から、新入社員の採用において協調性の有無を重要視している。

そのため、学校教育の中における協調性教育の重要性は高り、これまで人格的に成熟した大人のための高等教育の場であったはずの大学や専門学校の中にすら、教育理念に協調性の教育を掲げるところが出現している。

今宇宙飛行士を募集しているそうだ。例年900人ぐらいの応募があるが、最後は二人に絞り込んでいくそうだ。その間厳しい試験をクリアーするには、7日間の監視された日常生活を送るという「協調性」テストがあるという。一億円位のお金もかかると言う。

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2009年元旦

今日の名言

要望と現実とをすりかえてはならない。無いものはあくまで無いのである。欠けているものはあくまで欠けているのだ。率直に先ずそれを疑視することから初めるべきだ。

                                   『林達夫評論集』「歴史の暮し方」

08yokotesigai_yuukei21年毎に 手を抜くばかり お正月 

「まあ・・・いいか」夫婦二人の生活では、お正月はお飾り、料理など年毎に手を抜くばかりである。特に掃除などが省略してしまう。

よく考えてみると、身体の具合が悪いとかではないが、加齢で行動が面倒になってしまたのかなあ・・・無意識になることは仕方がない。でも、他所から見たら「おかしくなった」とメッセージを発しているのかも知れない。社会構造・認識相違などで正月に対する意識が違ってきている事がある。

三が日 こゝろおきなき 朝寝かな

我が家では、普段の朝は、5時に起きて朝食の支度をするが、三が日は、朝食と昼食が一緒になってしまうほど遅い。10時ごろにしている。

元旦や 何時もと変わらぬ 空の色

2009年元旦は、東京地方は一点の雲は無く快晴である。その空の色は何時もと変わらぬ輝きで朝を迎えることが出来た。今年も平和な年になるように願いたい。そして健康第一・安全・安心な生活が出来るよう願いたい。

 

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