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2008年12月

2008年12月31日 (水)

除夜の鐘

Taka0611除夜の鐘幾谷こゆる雪の闇  飯田蛇笏

雪国の、そして山里に除夜の鐘が鳴り出した。その音色は、谷から谷を経巡りつつ谺しながら、殷々と鳴りわたる。山国に暮らす一人一人の心に静かに染み渡るかのようにその音は谷々を越えて行く。掲句の格調の高い調べは、除夜を迎える心にいかにも適い、1年のけがれが浄化されていく思いを自ずから伝える。

雪降る静かな闇夜間を引き裂くかのような除夜の音は、何処から打ち出してくるのだろう。ズシーンと思いを揺り動かす。今年一年の悪事が清浄される思いである。

私の住んでいるところではない、永平寺の除夜の鐘で有名な大梵鐘は、ゴーンと鳴って余韻がすっかり消えるまで1分50秒かかるそうです。

百八の鐘とも言う。除夜の夜、百八の鐘を撞き、百八の煩悩を一つずつ消してゆく年中行事である。行く年来る年を厳かな鐘の音色が鳴りわたる。1年の良い事悪い事のすべてを除き、清浄な心で新しい年を迎えるのである。

一年の区切りと言う解釈でも構わない。とにかく、諸々の一年の出来事を払拭して、平和な世の中に清浄にして希望と勇気を与えてくれる。

何が何んであろうと時は巡り来て過ぎ去って行く、「幸せ」とは何だろう。もう一度考え直して見ては如何だろう。  

東京は良く晴れ星がきれいな、夜空である。2008年12月31日18時10分記す。「生かして頂いて有難う。」

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年を越す疵だらけの日本丸

199912070922111

毎日新聞社説より参考・・・日本丸は、地球温暖化の日本の責務・エネルギー資源の高騰・穀物価格の暴騰、世界同時不況の大荒れの大海原に遭遇してしまった1億2000万人を乗せてあちこちか軋みが出てきた。その上、年金問題や天下りなどの役人達の不正は相変わらずだ。内に病気を持ち、外に金融・経済の荒波を受けながらの航行である。

あえぎながら2008年の峠を乗り越える。多くの失業という犠牲者をふるい落としながら進まざるを得ない。麻生太郎首相もとうとう、「日本丸」必死で舵取りのハンドルは離さなかった。

さーて、次々に襲う山のような波を「日本丸」は乗り切れるか、それとも激しい風雨にもまれて黒い波の谷間に落ち込んでいくのか--。ネジの締め直しや部品交換では済まず、船体の大幅改修やかじ取りらの交代も検討せざるを得まい。

まずは政治である。操縦担当の福田康夫前首相が9月に突然辞任し、後を受けた麻生太郎首相も不安定で信用されあい。安倍晋三元首相に加えて2代続けての政権投げ出しは、『日本丸」の舵取りへの信頼を失墜させた。

しかも、早期に選手交代するはずだった麻生首相は、海図を失った船のようにとにかく浮かんでいる格好だろう。庶民から見れば漂流とも迷走とも映る。

数々の不祥事を抱える社会保険庁では年金記録の組織的改ざんが発覚し、国家機能の「腐食」は目を覆わんばかりになった。庶民感情を逆なでした点では、新しい医療制度もそうだ。「後期高齢者」という言葉などに対するお年寄りの反発は、静かな「一揆」ともいえるものだった。

派遣労働者は過去最多となり、「派遣切り」や新卒者の「内定取り消し」も横行した。頻発する非正規雇用労働者らのデモは、労働運動が低調な日本にあって、精いっぱいの抵抗ともいえよう。これも「一揆」だ。

格差問題で勝ち・負け、日本が実質二つの「くに」に分かれつつあるようだ。そう思えるほど雇用や福祉をめぐる問題が深刻化した。それが高じて、秋葉原17人殺傷や元厚生事務次官宅連続殺傷に見るように凶悪事件も続発した。

安全保障のシステムもきしんだ。発言の自由と、個人の思想信条の自由は、職責に伴う義務とは別問題だ。国家の意思として兵員・装備を最終的に動かす制服組幹部が、政府方針に公然と異を唱えるようでは国が危うい。

6者協議は北朝鮮の核問題を解決できない上、日本への直接的な脅威(核兵器とミサイル)は手つかずで残り、拉致問題も進展しない。そんな危うい現状を日本人は認識していない。

イラクやアフガニスタンをめぐる論議も低調だった。流血が続くパレスチナへの対応策も見えない。山積する国内問題への対処に忙しかったとしても、特に国際分野について「考えたくないものは考えない」では一流国家とは言えない。

 

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生涯未婚率が心配

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08tubaki_takegaki11日本人の未婚率が大きな問題となって来ている。一生独身でしまう人が増えてきている。そして、晩婚化が増えている、そのため少子化に拍車がかかってしまう。具体的には、30代前半男性の未婚率が急上昇している。42.9%、ほぼ2人に1人が独身という状況だ。(30代前半女性の未婚率は26.6%)急激な未婚率上昇には、フリーターなど不安定雇用の増加も拍車をかけているという。
内閣府によると、フリーターは、93年の215万人から01年には417万人に倍増。国立社会保障・人口問題研究所は「フリーターの増加は、特に男性の結婚意欲を損なう効果が大きい」と分析する。その一方で、高学歴で高収入であるにも関わらず結婚しない、結婚できない男性も増えてきている。
30代独身男性がここまで増えたのはなぜか?結婚できないのか、それともする気がないのか?

年収が1000万円以上で、1人で楽しく生きていくだけでなく、経済的成功をも目指す30代独身女性が増えているという。この30年間で、女性たちの結婚に対する意識は劇的に変わった。女が男を選ぶ時代になったが、選びたい男がいない!?

世話焼きおばちゃんが少なくなって、近所や親戚紹介のお見合いが少なくなった。さらに会社の上司が善意でお見合いを紹介しても、今や女性社員にとってはセクハラとなる。35年前には男性の98.3%が結婚していたが(1970年の男性生涯未婚率1.7%)、その大きな力となっていた社会の仕組みが完全に崩壊してしまった。

2008年、生涯未婚率は男性が15.96%、女性は7.25%となっていて、年年増えていく傾向にあるようだ。

豊かさの、価値観でも、多様化した社会では複雑な社会構造に原因があると感じられる。豊かさとはお金という人が25%もいるという。お金に奔走している人が多く、結婚など面倒だということか?

人生観・結婚観などを、話し合う場も必要であるのだが、結婚できる生活環境作りも充実させなければならない。政治・社会が問われるのは当然と思う。

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正月飾り

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今日の名言

武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。
どの路でも足の向く方へゆけば必ずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物(えもの)がある。

国木田独歩『武蔵野』

Omoide31ただひとり風の音聞く大晦日 渥美 清

大晦日とぞなりにけり。寅さん・・・・じゃなかった、渥美清の句でこの一年をしめくくりたい。渥美清がいくつかの句会に熱心に参加して、俳句を残していたことはよく知られている。彼は「芝居も暮らしも贅肉がない人」と言われた。残された俳句にも、もちろん贅肉は感じられない。

人を笑わせ、人を喜ばせておいて、自分はひっそりとただひとり静かに風の音に耳をかたむけている、そんな図である。まだ売れなかった昔をふと回想しているのかもしれないが、この人は映画「男はつらいよ」で売れっ子になってからも、そのような心境であったものと思われる。しゃしゃり出ることはなかった。俳号は風天(フーテン)。掲出句は亡くなる二年足らず前の「たまご句会」で作った。

彼の大晦日の句にはテレビ消しひとりだった大みそかという、これまた淋しげな句もある。風天さんの代表句と言われているのはお遍路が一列に行く虹の中である。どこやら、「男はつらいよ」の一カットであるかのようでもある。『カラー版新日本大歳時記』春の巻に、虚子や多佳子らが詠んだお遍路の句と一緒に収められている。

ところで、「男はつらいよ」シリーズは第48作「寅次郎紅の花」が最後になったけれども、山田洋次監督は第49作目に「寅次郎花へんろ」を撮る予定だったという。森英介著『風天 渥美清のうた』には、著者が苦労して集めた風天さんの二二〇句が収められている。

さまざまな大晦日の過ごし方があろうけれど、今日は大晦日の風天句をしばし心に響かせてみたくなった。『風天 渥美清のうた』(2008)所載。(八木忠栄)

誰が聟ぞ歯朶に餅おふうしの年 (たがむこぞ しだにもちおう うしのとし) 芭蕉

この地方では、年始に新妻の実家に羊歯を添えた鏡餅を贈る風習があった。丑年の春、牛の背中にその鏡餅を載せて、牛を追いたてて行く若い婿の姿は、芭蕉にとって久しぶりに見る懐かしい光景だったのであろう。のどかな句。

むかしは、お供え用の神棚をこしらえて、鏡餅を供えた。暮の行事は、農作業も午前中で終わり、神棚に飾りつけをする、親父の姿を思い出される。

そう言えば、確か鏡餅には、譲葉・熨斗鮑・海老・昆布・橙などを載せるのが通例となり、これは具足餅(武家餅)と呼ばれたそうだ。今では、三方に半紙を敷き、その上に裏白(羊歯の一種=
ウラジロ科の常緑、多年生のシダ)を載せ、大小2つの餅を重ね、その上に串柿・干しするめ・橙・昆布などを飾るようになっている。それも、親父の時代で終わり、今では、殆どお飾りはしない。

鏡餅が現在のような形で供えられるようになったのは、家に床の間が作られるようになった室町時代以降のことであるらしい。来年の干支は丑である。黙々と我慢の年だ。

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2008年12月30日 (火)

株価年間下落率42%

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035571経平均、年間下落率42%で過去最大 大納会、終値8859円だった。一年前には、エコノミストは誰でも、これほどになるとは想定してしていなかったろう。

アメリカのサプライムローンから始まった世界不況は、とんでもない広がりを見せてしまった。リーマンブラザーズ倒産に火がついた。そして自動車のビック・スリーの公的資金援助するという非常事態、日本でも自動車産業に大ショックをももたらし、世界のトヨタまで赤字に転落してしまう始末となった。

●私の3ヶ月先予想、日経平均株価8000円~10000円であろう。景況感は、下向きが続く。

●私のスタンスとして考えられる事は、

①急激な円高や、金利など外部からの環境の不透明感が増幅する。

②個人消費の低迷は当分続く。

③企業の破綻増加や、雇用情勢の悪化は避けられない。

今日の納会での内容では(日経新聞)・・・今年最後の取引となる大納会を迎えた30日の東京株式市場は、外為市場の落ち着きを背景に買い注文が優勢となった。

日経平均株価(225種)の終値は、前日比112円39銭高の8859円56銭と4営業日続伸した。昨年大納会終値からの年間下落率は42・1%となり、バブル崩壊直後の平成2年(38・7%)を超え、過去最大となった。

今年は、大発会で平均株価が7年ぶりに下落、大発会としては史上最大の下落幅を記録する波乱の幕開けとなった。9月、米証券大手リーマン・ブラザーズの破たんで金融危機が拡大、平均株価は3月の安値1万1787円を更新した。

10月には平均株価が前日比10%前後も下げる歴史的な暴落が何度も起きた。27日には、15年4月に付けたバブル後最安値を大幅に更新。終値は7162円と昭和57年10月以来、26年ぶりの安値となった。

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物価の問題

08tyokai_zenzinnuma11NHK解説委員室より・・・要約した。
26日発表された11月の消費者物価指数は、上昇幅が大幅に縮小し、物価の上昇に歯止めがかかりつつあることを示したが、物価は、今後、再び下がるだろうか?

▼食料品の価格は、4.4%の値上がりと、高止まりしている.
▼ガソリンの価格が、マイナス10.7%と、1年2ヶ月ぶりに、前の年よりより安くなった。それで、全体の物価上昇を和らげている。
つまり、原油の国際価格が、最も高かった今年7月の時点と比べると、今、4分の1近くまで値下がりしている。その恩恵が、本格的に小売価格に反映されてきた形である。

穀物の国際価格も下がっている。小麦の場合、もっとも高い時と比べて半分以下になっている。ガソリンは、国際価格の動きが、比較的、速やかに国内の小売価格に反映される仕組みのようだが、穀物の場合、輸入されて、麺類やパン、お菓子などに転嫁されるまでに、数ヶ月単位の時間がかかる。

これから値上げというものもある。当面は、値上げと値下げ、両方の動きが入り交じる形になるようだ。
値上げが、1月から電気料金と大手都市ガスの料金が、大幅な値上げとなる。
▼例えば、東京電力は標準的な家庭の場合、ひと月、409円、沖縄電力では567円の値上げである。
▼都市ガスも、東京ガスは、ひと月、253円、大阪ガスは248円の値上げである。
電気もガスも、来年1月から3月までの料金は、最も原油が高かった、今年7から9月の輸入価格が反映される仕組みになっているためである。ただ、4月以降は、値下げに転じる見通しである。
▼当面の値上げで言うと、牛乳やバターなどの乳製品も、3月から値上がりする。

他に1月からは、国際線の運賃。燃料代に応じて加算している特別運賃が安くなるためで、例えば、アメリカやヨーロッパ向けの場合、往復で今より2万2千円の値下げ。ガソリンや灯油もさらに値下がりする見通し。
また、円高も値下げを後押しする。ファミリーレストランなどでも「円高還元セール」を実施する動きがあるようだ。
今後は、資源価格の値下がりを受けて、自動車など値下げの動きが広がることが期待されている。年明けには、ゼロ近辺になり、春ごろには、マイナスになる。再び「値下げの時代」が訪れるという見方をしているエコノミストの話である。

雇用への不安も高まっている。家計が非常に厳しい中、値下げの動きは、正直、ありがたい。

ただ、いい事ばかりではない。景気の悪化で、消費者がモノを買わない。値下げして、なんとか買ってもらおうという面もある。消費者にとっては、それでもありがたいのですが、経済全体で見ると、こうした値下げは、原材料費の値下げや効率化によるものではないため、企業の業績の悪化につながる。

結果的に、さらに雇用や賃金の抑制につながる、デフレの悪循環に陥る懸念もある。
そうは言っても、家計は厳しい、少なくとも、円高や原材料費の値下がりの分は、高止まりしている食料品を含め、消費者に還元してほしいものだ。

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贈答品のこと

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今日の名言

海のほか何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探検家ではない。

ベーコン『学問の進歩』

08ringo_tyoukai11さしあたり箱へ戻しぬ新巻鮭 池田澄子

日、実家の母と「蜜柑とレンコンを送る」「いらない」でひと悶着があった。結局「蜜柑はいるけどレンコンはいらない」で決着がついたが、だいたい実家からの荷物は問答無用で唐突に送られてくる。もらう側としては文句を言っては申し訳ない、と思いつつ、その頭数を想定していない量に途方に暮れることも多い。

掲句の新巻鮭も、あらかじめ承知している届け物では決してないはずだ。サザエさんの時代には、お歳暮の花形として堂々と迎えられていたようだが、今やあまり目にすることはないしろものである。

大きな箱を前にして、途方に暮れたまま荷を開き、あたらめてその巨大な全身をしかと目にしたのちの行為は、呆然と「とりあえず見なかったことにする」現実逃避派と、腕まくりして「利用法、収納法などあれこれ考える」という実直派とが大きく分かれることだろう。

前者ももちろん、一瞬ののち「どうせなんとかしなくちゃいけないのに」と思い直すのだが、掲句の「さしあたり」がまことに浮遊する虚脱感を言い当てているのだと、現実逃避派であるわたしは深く共感するのである。『たましいの話』(2005)所収。(土肥あき子)

私も、昨日二人の子供家族に、お米と餅を送ってあげた。確かに物よりお金の方がいいかも知れないが、あれこれ文句を言ってこないので、毎年送っている。

掲句のように新巻鮭は、包丁も普通のものでは切れない、そして保存も冷蔵庫が一杯になってしまい、頭を悩ます事になってしまう。

私も現役時代は、贈答の品選びには悩んでしまった思いである。しかし仲人の家に30年も付け届けをしていたが本人も亡くなっても届けた。律儀といえば律儀だと今さながら思うことだ。今年のように不景気で贈答品の売り上げはどうなるのだろう。

昨日、秋田の姪がリンゴを送ってきてビックリした。嬉しかった。早速食べたのだが美味しかった。

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2008年12月29日 (月)

真剣に温暖化を考えよう

06oga_toga11地球の危機は目の前に迫っている。自分は大丈夫と思っている人、先進国が勝手に排出しておいて、途上国に抑えろとは納得出来ない、一番影響をもたらしているアメリカが温暖化防止に積極的でない。深刻さに国によって、温度差がある。

地球上に如何に子孫を残し、平和に暮らせるかと言うと、先ず温暖化を止める。食料の安定供給。石油の代替エネルギー。人口統制。等の施策を世界の人々の知恵で考えていかなければ、この地球上では人間おろか生物だって将来はない。

今年の原油暴騰、穀物高騰などから、食料のトウモロコシなどをエタノールなどを抽出して、代替燃料にすることまでになって、その影響で飢えで亡くなっている人が増えたと言う。

卑近の例だが、50年前の近くの山や、川にいる生物・植物は全くいなくなったり、数減らしてしまっている。そんな環境の激変で将来はどうなるのだろうと心配してしまうのは、私一人ではないと思うが、誰かがやってくれるだろうであると思っている人ばかりである。

今年洞爺湖サミットが、地球温暖化のテーマで話し合いが行われたが、発展途上国のブリックス4各国とG7の国との意見の相違は埋まらない。

今年の重油の高騰、穀物の暴騰などで、穀物の代替エネルギーとして多く使われている。暮らしの改善に使う化石燃料を天然(風力・地熱・波・太陽熱など)に変えていく事が重要ではないだろうか・・・。

あるwebの記事にこんな内容のがあったので記して見た・・・。
ミネソタ州西南端ロック郡の小さな町ルバーンでマイク・ビス氏は、穀物貯蔵庫からトウモロコシをポンプで吸い上げる。ビス氏が生産する穀物の約95%は人間や家畜向けではない。圧搾、発酵、蒸留しエタノールに精製後、1000マイル離れたヒューストン郊外まで鉄道輸送され、そこでガソリンと混ぜて自動車燃料になる。1回の製造工程で消費されるトウモロコシは91人分の年間の食をまかなえる量。これで車が走れる時間は21秒だ。

今や世界人口68億人のうち、ほぼ10億人が飢餓状態だ。飢餓人口が最多に達しているのに、米国やブラジル、EU(欧州連合)ではトウモロコシや大豆、サトウキビなどの穀物を燃料として燃やす政策をとっている。

国連に対し飢餓人口を減らすための助言を行うコロンビア大学地球研究所長のエコノミスト、ジェフリー・サックス氏は、「食料をガソリンタンクに投入するなんて支離滅裂だ。もちろん健全な“連鎖”とはいえない」と批判する。

ブッシュ米大統領は2005年にガソリンの代わりにトウモロコシを原料とするエタノールの利用を義務づけ、オバマ次期米大統領も、この政策の支持を打ち出している。

デビッド・コルスラッド氏が、ロック郡のトウモロコシ農家200軒から300万ドル(約2億7000万円)を募り、地元の金融機関から融資を受けて10年前に穀物エタノール事業を立ち上げたころ、国内でエタノール精製工場を所有する農業経営者は12人足らずだった。政府による命令ではなかった。当時の原油価格は今年つけた過去最高値の7分の1にすぎない1バレル=20ドル近辺で推移していた。

2001年までにこのビジネスは、ロック郡のトウモロコシ供給量の3分の1を購入し、加入農家には1ブッシェル当たり市価に1ドル上乗せして支払うまでに成長した。成功を背景にコルスラッド氏は他のエタノール工場や風力タービン会社を支援。今や、全米エタノール蒸留施設数は180にも達した。

ビス氏は以前、病に伏せる父親のため家族で養豚場を経営していた。22歳のころ、近所で穀物エタノール事業を立ち上げたが、2年後に破産。そのとき自身の畑を任せ、この若い隣人を保護したのがコルスラッド氏だった。ビス氏にとってエタノールは家畜の飼育以上に信頼できる生活の糧になっている。


一つの製造工程を4516回繰り返して作られたエタノール混合のガソリンを、愛車フォードマスタングコブラに給油する映画製作者ウィリアム・コリンズ氏に、飢餓問題を踏まえ、ミネソタのトウモロコシをどうすべきか尋ねたところ、同氏は「食べる方がいいね」と答えた。(Peter Robison)

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労働者派遣法の改正を!

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08yokotesigai_yuukei21昨日、我が家でも、恒例である餅が搗けた。隣の家では大勢で、臼と杵で本格的な餅つきを行っていた。当たり前の年の暮れの光景である。しかし、一生懸命働いていても、会社の都合で失職してしまう、当事者にしてみれば不運である。その数8万5千人という。

世界的不況で企業も、ギリギリの判断?だったのか、企業幹部・株主優先の考えがあるのだろうか?まさかアメリカの三大自動車の社長のように、何億円の収入があることはないと思うが、ホームレスにならざるを得ない人達がでる社会で、いいとは言わないだろうが、政府の対応の遅れが気になって仕方がない。それにしても、“労働者派遣法”はおかしい、ならばどう変えたらいいのか早急に検討し改善して欲しい。

企業のクッション役は、血の通った人間扱いではない、物としか扱っていない法律では、社会は成り立たない。

それにしても、政府や国会の動きの鈍さはどうしたことなのか。麻生首相に提案したい。冷え込む夜の街を歩き、職と住まいを失った人の切実な声をまず直接聞いてはどうか。

雇用崩壊というべき事態である。新たなホームレスを生まないために、失業や倒産でつまずいた時の安全網を今こそ張り直さなければならない。明日はわが身かもしれない。もしいま解雇されたら、自分はどんな手だてや制度で身を守れるか。支えの弱さを実感する人も少なくないはずだ。

雇用保険に入っていなければ、職を失った時が心配だ。来年は生活保護に頼る人もいっそう増えるだろう。「働きなさい」と若い世代を門前払いにしてきた一部の自治体の対応も、早急に改めてほしい。

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五徳の思い出

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今日の名言

世には情死というと、一概に愚(ぐ)だという者がある。そういう者には、得て情死さえ為(な)し得ぬ薄(うすつ)ぺらな奴が多い。

二葉亭四迷『其面影』

20080120990742131五徳なるものが揃ひて村滅ぶ 福田 基

五 (ごとく)はもう茶の道具くらいにしか使われない。昔はどこの家にもあって、その上に薬缶や鉄瓶を置いていたものだ。五徳というくらいだから、なにやらありがたい道具のように思えるが、なんのことはない。大昔のそれは輪を上にして使っており、「竈子(くどこ)」と呼ばれた。

それが安土桃山期の茶道の発達とともに、それまでとは逆に爪を上にして使われるようになった。だから「くどこ」を逆にして「ごとく」と呼んだのだという。したがって「五徳」は当て字。仁・義・礼・智・信の五徳などとは、何の関係もないのである。

句ではしかし、実際の道具としての五徳と観念的な五徳との両義がかけてある。村中、どの家にも五徳がある。すなわち、五つの徳目がが全て揃っている。なのに、村は滅びつつある。それはすなわち、全てを備えるには至難の徳目が容易に揃ったことで、もはや村には求め極めるものが消失してしまい、逆に自壊の方向に向かっているということなのだ。

何であっても、極まればあとは崩れるしかない。なんとも皮肉たっぷりの句だけれど、過疎地をこのように捉えた句はめずらしく、作者の哀感もよく伝わってくる。福田基は昭和八年生まれ、林田紀音夫直門。あとがきに「われ老いたり、心身とも老いたり」とあるのが、私などには身につまされる。『回帰回想』(2008)所収。(清水哲男)

五徳というと、戦後25年ごろまで私の実家で使っていた。大きな“ひじろ”の中にいつも置いておき、餅・団子・魚などを焼いていた。ひじろ(囲炉裏)は4尺×4尺だった。中央に自在鍵が吊るされて鍋・薬缶など吊るして、煮炊きしていた。

燃やすものは、“もや”(雑木を切って薪以外に枝)桑の枝、などを燃やしていて桑の木の根っこは、“おき”(火の塊~消し炭)ができ、五徳を使う時になくてはならないも・・・。

草葺屋根の土間の近くにあって、百姓仕事をして、地下足袋のまま、暖をとったり、食事をしたり、したものである。煙とほこりと、灰だけの頭になってしまった思い出がある。

薄暗い土間には、竃(へっつい)・水がめ,があって近くに、火事にならぬように荒神様が祭ってあった。

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2008年12月28日 (日)

温度差(価値観)のこと

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24351温度差とは=「温度差」(おんどさ):温度差とは文字通り二つの物質における温度の違いのその量の差であるが、1990年代初め頃から日本では一つの物事や案件に対して複数の関係者間での熱意、考え方や思惑などの違い、価値観の違いなどを比喩的に「温度差」と表現されることがある。

これはそれぞれの関係者の考え方や思惑などを、熱い思いと冷めた思いと捉え、その違いを物理的な温度の違いとして例えた言葉である。

今、環境や、道徳などを論ずる時に価値観の相違で大分混乱している。教育の欠陥があるのは、歴然としている。多様化した社会構造に変革してし、グローバリゼーション化されてきてきた。その上、個人の人格尊重、人権保護で、「温度差」を感じてしまう。

一つの目標を組織だった行う場合は民主主義に多数決で決める事だが、小数意見の尊重などもある程度認ないといけない。多数決で決まった組織の目標に、異論がある人も協力し達成する事が社会人ルールであり責任である。

「温度差」は、あって当然なのだが、価値観の違いでお互いに認目あう心のゆとりを持ちたいものである。

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歯車で思う

Odaiba971歯車と言えば、ぜんまい仕掛けの時計を思い出すばねでコチコチ動いて、正確な時を刻む。しかし、一日10分ぐらいの誤差は良しとしたので一日一回の修正をしなければならなかった。
精巧に出来た歯車と歯車で一定の時を刻んで時を表示させた。その歯車の歯が一本無くなったり、磨り減ってしまったら時計は動かない。

人間社会に当てはめてみると、人と人のつながり、町と町のつながり、市と市のつながり、国と国のつながりの修正、修正してきた歴史的バランスが旨く取れて正常な生活が出来る。

その歯車の一つが調子が悪かったり、動かなくなってしまったら構成している組織に大いに影響が出てしまう。だからお互いに関係するところは気になってしまう。何とか正常にもどうとする努力をしている所に注意を払い。連帯意識を強く持って行くことが、大切である。

それが家族の場合を想定すると、1人が具合が悪くなったしまうと家族全員が狂ってしまうことは当然である。

普段から、1人1人が関係する歯車を正確さを保つよう努力し、関係する他の歯車を見守ってこそ素晴らしい構成となって生きられるのである。

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健康であったから・・・

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今日の名言

一々のことばを秤(はかり)の皿(さら)に載せるような事をせずに、なんでも言いたい事を言うのは、われわれ青年の特権だね。

森鴎外『青年』

06oga_toga11差引けば仕合はせ残る年の暮 沢木五十八

本日の句を読んで、人というのはなんとも健気なものだと感じたのは、わたしだけでしょうか。それなりに幸せだったと、この一年の結果に納得したいと思っているわけです。もちろんだれに判定してもらうわけでもなく、問いかけているのも、やさしげに答えているのも、自分自身でしかありえません。

経ってしまえば、一年はとても短く感じられはするものの、日々、さまざまなことに一生懸命に取り組んできた時間は、恐ろしいほどに長く、濃密なものです。つらかったことと、よかったと思えること、それを左右に積み上げて「はかり」で計れるわけのものではなく、所詮は来年へ向けて生きようとする勢いに役立てようとして、自分に問いかけているだけのことです。

また、今は不幸せの部類に仕分けられた事柄も、将来大きな「仕合せ」に転じるかも知れず、一概に一年を「仕合せ」か「不幸せ」かで締めくくるのは、無理があるのかなとも、思います。

ともかくも、人と比べてどうかではなく、作者はあくまでも自身の中での問題として考えているわけですから、詳しい事情はわかりませんが、「それでいいんじゃない」と、答えてあげたいと思うのです。『角川 俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

最近、思うに12・3年前に、これほど大変な年はなかったと、来年こそは良い年であって欲しいと思っていて、次の年の暮は今年ほど大変な年はなかったと思った。毎年毎年、大変でと思っているうちに、とうとう古希を過ぎてしまった。

とにかく、良しにつけ悪しにつけ初めての経験である。「片道切符の人生」で、茫茫たる宇宙の旅であり、そのコースは分からない。自分自身が運転して行かなければならない。

今年などは、100年に一度という世界同時不況で、アレアレどうなるのだろう。大勢の失業者出たり、住むところも失いホームレスの路上生活を余儀なくされた人もいるとか。さすがに私も、大きく心の土台を揺すられた感じである。

今年を振り返って見ると大津波・大地震・原油・穀物の高騰・その上に大不況の一年であった。パキスタンの暴動・チベット暴動が起きた。アフガニスタンでは、戦争が激しくなって、日本人が犠牲になった。たった今のニュースで中東ガサで爆撃でパレスチナ人が200人以上の犠牲が出たという生々しい記事が続いた。そして、元派遣社員の無銭飲食で捕まったニュースもある。

東南アジアでは、何と言っても北京オリンピックで盛り上がったが、北朝鮮の6ヶ国協議も何回か行われたが成果はなかった。拉致被害者はそのままである。環境問題で洞爺湖サミットが開かれたが、環境問題は改善されるのか心配である。

健康であったから・・・。しかし明日はわが身も分からない・・・。

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2008年12月27日 (土)

顔と顔のコミニケーション

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08sagiso21には目、口、鼻、耳、がある。元来人間の部位いはどれをとっても不要なものはない。そのうち一番、感情を表すことで、人格、思考、人生観、などが表される。また、今まで生きてきた、積み重ねられた歴史を読み取る事が出来る。
顔の表情で何を考えているのだろうか。脳の障害により表情を作れない人や、他人の顔や表情を認識できない人、事故や病気で顔や表情を失った人にとってはどうだろうか。

そもそも筋肉や神経が表情を作る仕組みは?他人や自分の顔や表情を見て、それを脳が認識する仕組みは?テクノロジーにより、顔と顔を合わせたコミュニケーションがますます希薄になる現代にこそ人間の豊かな顔の表現力を活かし、人間本来の基本であるコミニケーションは顔の出会いで信頼出きる、安心で心豊かな社会生活を送れのだと思う。

電子メールなどが蔓延化し、人間の心と心の結びつきが薄れては、本当の信頼・思いやり・愛情などは伝わらない。

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介護の人材確保

3612深刻な介護問題である。安月給では、人は集まらない。今不景気だが、労働人口のバランスが悪いのか、農業・介護・医療関係が人手不足といわれている。いわゆる3K職場である。その一つで介護従事者がいないから、東南アジア人を募集する考えは、どうも後ろ向きの政策である。安い報酬で、文句を言わないから、言葉の不自由さをクリアーしてその上、介護は非常に難しいし、時間も掛かる。

昔の社会制度に戻る事は出来ない。現在の社会で、介護の問題は全ての人に関係する問題でもある。誰でも通る道であり、お金だけの問題ではない、精神的な安心して向かえる老後は誰でも願うことだろう。

毎日新聞社説で・・・介護サービスの価格を意味する介護報酬が来年4月から3%引き上げられる。00年度から介護保険制度が始まって以来、初めてプラス改定となる。

改定の最大の狙いは介護従事者の人材確保と処遇改善だ。介護分野では過酷な労働に見合う賃金が支払われない現状が放置されてきた。低賃金などを理由に3年以内に75%が離職しており他産業と比べて離職率が高い。毎日新聞は処遇の改善による人材不足対策の必要性を主張してきた。

高齢化によって介護のニーズは今後ますます高まっていく。その一方で、介護を支える人材不足が一層深刻になっている。今回の報酬改定で、介護職員の賃上げが実現することで離職者が減り、同時に人材確保が進むことを強く望みたい。

報酬改定は夜勤業務など負担の大きな業務のサービス単価を引き上げること、介護福祉士などの有資格者の割合が高い施設の評価を手厚くして介護従事者の定着を促進すること、さらに都市部と地方によって違う人件費の差を踏まえた見直しを行うこと--の三つが柱となっている。いずれも必要な見直しなのだが、肝心なことは介護報酬の引き上げに見合う質の高いサービスを提供し高齢者や家族に満足してもらうことだ。

課題もある。介護報酬引き上げの結果、職員の賃金が実際にどれだけ上がるかだ。報酬引き上げ分は介護事業主の収入となり、ここから職員に賃金が支払われる。引き上げ分は約80万人の職員に月2万円の賃金アップとなる計算だが、厚生労働省は「一律アップにはならない」と説明する。介護事業所の規模やサービス内容によって介護報酬の額が異なることや、正職員か非正規職員か、また勤続年数などによっても賃金が違うため、全職員一律に賃上げが行われることはないという。

実際には、事業主が報酬改定分をどれだけ賃上げに回すかによって、処遇改善の中身は変わる。厚労省は、いくつかの施設を対象に介護報酬改定の結果、賃金がどうなったかを事後的に検証する作業を行う経費を新年度予算案に盛り込んだ。また、介護の業界団体や事業主に処遇改善の取り組みをホームページなどで公表するよう要請する。

だが、この措置だけで、介護報酬の引き上げ分が職員の賃金アップになっているかの確認は難しい。介護事業者は今回の改定の目的を十分に理解した上で、積極的な処遇改善を行うよう求めたい。今回の改定が職員の賃上げにつながらなければ、人材確保と処遇改善は絵に描いた餅になってしまう。

介護分野は「雇用の受け皿」として期待があり、その可能性も大きい。今回の改定が呼び水となって求職者が介護分野に進出することになれば、介護事業の活性化にもつながる。

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寒波襲来

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今日の名言

人はパンのみにて生くものにあらず、されどまたパンなくして人は生くものにあらず。

河上肇『貧乏物語』

05detohama11カレンダーふはりと揺れし湯気立てて 栗林眞知子

季題は湯気立(ゆげたて)。ストーブや火鉢の上に、やかんや鉄瓶など水を入れた容器をおいて、湯気を立てて湿度を保つ。いわゆる加湿器の役目をするわけだが、それだけでなく、そのお湯でお茶をいれたりもした。

エアコン生活となってしまった現在の我が家にはない光景だけれど、昔はその湯気で母が、ほどいて編み直す毛糸を伸ばしていたことなど思い出す。十二月、ストーブの上の大きいやかんの口から勢いよく出てきた湯気に、最後の一枚となったカレンダーがふわりと動いた、というのである。

揺れし、は過去、厳密に過去回想だと考えると、そんなこともあったなあ、ということだろうか。終わろうとしている一年に馳せる思いと、遠くなってゆく昭和に馳せる思いが重なっている。今年最後の土曜日は朔にて月も見えませんが、みなさまよいお年を。俳誌「花鳥」(2007年3月号)所載。(今井肖子)

今日は新月 である。
。月と太陽の黄経差が0°となる日。旧暦ではこの日が暦月の朔日となる。

「言ひかけしことを忘れたる嚔かな」 長谷川かな女

昨日(26日)は強い冬型の気圧配置となった。全国的にこの冬一番の冷え込みとなり、各地で降雪や積雪を観測した。気象庁によると、積雪は27日午前0時半現在▽青森市142センチ▽福島県檜枝岐村89センチ▽群馬県みなかみ町80センチ。26日の最大瞬間風速は、山形県酒田市で34.7メートル、東京・三宅島で29.8メートルを記録した。

強風で体感温度は増す、まして、不景気風が吹きまくっている日本列島の日本人の心は冷え切ってしまいそうである。

東京地方は乾燥して空気はカラカラである。風邪に注意である。一回くしゃみをすると、身体が風邪の注意信号を出していることで、風邪引きには気をつけなければいけない。

「年寄りは、怒るな・転ぶな・風邪引くな」 寒波襲来警報?である。

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2008年12月26日 (金)

当たり前

08tubaki_takegaki11_2 日々の暮らしで、一日無事に過ごせたという事は当たり前であると無意識に日々を過ごしている人は多いと思う。一日24時間の間には、地球上では飢えで死んでいく人何万人もいるそうだ。また、交通事故・自殺などで死んでいく不幸な人もいる。

人間社会では多くの人と係わりあって行かなければ生きられない。憎しみ・ねたみなどの嫌な感情を味わうことも、そして暖かさ・優しさなどで勇気貰うこともある。感動・心ときめかす事もあるだろう。そんな自分の周りに起きている様々な事柄を、一日を終わって考えていくことが大切である。

そして、一日を振りかって見ることが、明日の生き方に大きな励みになる事になる。一日終わって、「感謝」の気持を表す事で「幸せ感」を感じる事が出来るよう心がけたいものである。

当たり前に「無事に生きられたことに手を合わす」ことは、幸せの人生を送る秘訣なのかも知れない。

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車のもみじマークのこと

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Sekiseiinko_m1私も古希を過ぎて高齢者の仲間入りである。車を運転していいるが、自分でも、反射運動がにぶったと大いに感じるこの頃である。車の事故は、注意だけではなくならない。

75歳以上のドライバーの、もみじマークが義務化が罰則のない努力義務に戻すという。警察庁の話である。なんせ高齢化が進みあまりにも多くなった。

察庁は、マークを表示している高齢者ドライバーの割合が、ことし9月の調査で75%に上ったことや、一律の義務化が国会で批判されたことから、道路交通法の一部を改正し、当面、罰則のない努力義務に戻す異例の措置を決めたという。

また、マークのデザインも「枯れ葉のようでイメージが悪い」という不満の声もあるため、変更を検討するようだ。


今回の道路交通法の改正案では、増加する高齢者ドライバーを支援するため、役所や福祉施設の周辺道路に専用の駐車エリアを設けることや、高速道路での無理な割り込みなどの危険な運転に対する罰則を強化する。 道路交通法の改正案は来年の通常国会に提出される予定とのことだ。

しかし、相変わらず、高齢者の事故は多い。不必要な車の運転はしない。近くの所は控えめにする。夜・雪道など、想定事故のありと思われる運転しない。特に身体の調子が悪い時などは運転は控える勇気をもつことである。

 

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海賊対策に自衛艦

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Img1451ソマリア沖の海賊なんているんだぁ・・・、映画で見る海賊は白い布を頭に巻いて、片目に黒の眼帯を掛け片手に抜刀して船の上でチャンチャンバラバラと言う光景を思い出されるのであるが、今の実際出没する方法は、銃も持って、7・8人のモーターボートで近づき船に忍び込んで甲板に上がって「静かにしろ、しないと撃つぞ」なんてしているのかなあ・・・

それにしても、ソマリア沖は日本から遠いアフリカの東北に当たる。インド洋の西に位置している。日本のタンカーなどが多く行き交いしていると言う。そんなところで、海賊が出るらしい。

読売新聞のwebニュース・・・麻生首相は25日、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策に関し、自衛隊法の海上警備行動発令による海上自衛隊艦船派遣の検討作業を加速させる方針を固めた。
26日にも浜田防衛相に指示する。政府は海賊対策のための新法制定も検討中だが、国際社会の求めに早期に応えるためにも、現行の自衛隊法活用を念頭に、政府・与党内の調整を急ぐ必要があると判断した。海自艦船を派遣する場合は、インド洋で給油活動中の護衛艦とは別に、改めて護衛艦を派遣する方向だ。

素人の私には、よく分からないが護衛艦を出してどれだけの効果あるのか、武器は使用していいのか、どの程度の武器を使っていいのか?程度が難しい。費用をかけていくのだから、効果が上がらなければ、意味がない。憲法問題もクリアーしなければならないのは言うまでもない。

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♪カッチャン数の子

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今日の名言

芸術は長く、生命は短いというが、長いのは生命だけで、芸術は短い。
芸術の息吹きが神々のところまで高められるにしても、それはわれわれにとってつかの間の恩恵にすぎないから。

ベートーヴェン『ベートーヴェン 音楽ノート』

08gozo_beachl_11数の子の減るたび夜を深くせり 星野高士

新年、大皿に盛られた数の子が次第に減っていく。年賀の客が現れて歓談は深夜に及ぶ。数の子とともに正月も去っていく。年々、クリスマスや「新年」がきらいになる。さあ、祝えといわれて聖者の生誕を祝い、早朝、並んで神社の鐘を鳴らし、正月は朝から漫才だ。

僕のような思いの人は多いのだろうと思うが、そういう発想自体が陳腐なのだろう。とりたてて言うほどのこともないとみんな黙して喧騒が過ぎるのを待っているのだ。葬式のように作法が多く考えるひまもないほど慌しいのは、遺されたものの悲しみを軽減するためだというのも定説。

だとすると国民的行事はどういう思考を人にさせないように用意されたものなのか。庶民の鬱憤を解消させるガス抜きなのか。そう簡単にはガスは抜かれないぞ。そんなことを数の子を噛みながら深夜まで考えてみよう。『無尽蔵』(2006)所収。(今井 聖)

数の子と言えば、「♪カッチャン 数の子 にしんの子 」なんて歌っていた頃の昭和の終わり思い出す。北海道ではにしんが、獲れて獲れて大変活況だった時期である。にしん御殿なんて出来た漁師の家が沢山出来たとも伝え聞いていた。

そうは言っても、数の子はやはりお正月だけしか食べられなかったが、安かったのだ。貧しい我が家では、唯一豊富に食べられた。

“猫またぎ”なんて言葉が思い出す、数の子はその当時豊富にあったんだろう、うちに親父が数の子を見て、口にしていた。しかし、本当の数の子は食べらたかなあ・・・

「3月鮃は猫も食わない」と言うことわざと同じだ。3月に獲ったヒラメは、冬を越して産卵が終わったヒラメは脂が抜けて急激に味が落ちる。という事だ。

しかし、数のこの方は、干してあって水に戻して、味付けして食べた。とても生の数の子は、食べられない。乾燥した鰯の卵は、猫でも食べられないと思うが、、、。

                      

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2008年12月25日 (木)

(株)東芝の投資

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1540140年勤め、お世話になった会社は、退社してからも、気になる動きである。たった一社の持ち株であるが、世界的不況の中、半導体関係では、減産を余儀なくされてしまう状態であろう。これからの2・3年は生き残りを賭けた激しい競争であらゆる部門でもあるだろう。そんな中で元気が出るFujiSankei BusinessIニュースである。

東芝は24日、リチウムイオン充電池と産業用モーターの新工場を内外で相次いで建設すると発表した。投資額は、新潟県に建設する充電池工場が200億~300億円、ベトナムに建設するモーター工場が7700万ドル(約70億円)。

景気後退色が世界的に強まり、主力の半導体で減産を余儀なくされているが、中長期的な需要拡大が見込める有望分野に重点投資することで、収益基盤を強化したい考え。

充電池の新工場は、新潟県柏崎市を第一候補に来年秋をめどに着工する。製造する充電池は「SCiB」=写真=と呼ばれ、発火しにくいほか、電動アシスト自転車の場合で急速充電器を使って5~7分で充電できる独自製品「SCiB」を製造する。

SCiBは、4月から製造を始め、カナダの自転車メーカーに納めている。現在は長野県佐久市の佐久工場で製造しているが、今後は車載用を中心に産業分野で需要が拡大すると判断、本格的な量産工場を立ち上げる。15年度にリチウム電池で10%のシェア獲得を目指す。

このほか産業用モーターでは、ベトナム・ホーチミン市近郊に製造販売会社「東芝産業機器アジア社」を24日設立。東芝が60%、残りをグループ会社が出資した。

工場は09年4月に着工し、10年9月に製造を始める。ベルトコンベヤーや工作機械に組み込む製品を中心に、低騒音でエネルギー損失が少ない100馬力以下の高効率モーターと関連部品を製造する。

不況の影響で産業用モーターの需要は冷え込んでいるが、中長期的には得意とする高効率製品の採用が進むとみられることから、建設を決めた。

100馬力以下の産業用モーターは、シーメンス(ドイツ)とABB(スイス)が世界シェア(市場占有率)の上位を占めている。東芝では新工場建設により、日本、中国、米国と合わせ4カ国での生産体制を築き、07年に5%だったシェアを15年度には倍以上に引き上げ、トップ3入りを目指す。

       

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これでは生活防衛できない

Taka0611とにかく、目の前に何人も世間の荒波で重症人がいる。そして心に傷ついた人は何十万といる。その惨状に対処していくのは、やはり政治の責任で行うことだ。「政局より政策と」と言っていた麻生太郎首相、10月解散でなった首相の座と言って民主党の解散決議案に1人賛成した渡辺前行革大臣が話題になった。そのために自民党内でも、流動的動きが出てきたという。政治の再編があるとの見方もある。

しかし、それどころではない。国民の「命」を救うこと、その上で生活防衛である。

朝日新聞社説・・・解散だ、政界再編だと言っているヒマはない。いまの経済危機にいかに機敏に対応し、国民生活を守るか。それが政治の責任だ。

総額88.5兆円、過去最大の09年度当初予算案を発表した麻生首相は、そう言いたかったようだ。「生活防衛のための大胆な実行予算」と自ら命名し、「世界で最初にこの不況から脱出することをめざす」と決意を語った。 その意気やよし、と言いたいところだが、素直にうなずける人は少ないに違いない。

麻生政権は発足してちょうど3カ月になる。この間、首相からはちぐはぐなメッセージが連発され、これで日本は立て直せるのか、疑問と不信が膨らんでいるからだ。超低空飛行の内閣支持率がそれを裏付けている。

まず10月末、解散・総選挙を先送りし、緊急の経済対策を発表した。「100年に1度の金融災害」「政局より政策」と首相は言い、スピーディーな対応の必要性を強調したものだ。

なのに、それを実行するための第2次補正予算案は来年の通常国会に先送りしてしまった。民主党など野党3党が出した緊急の雇用対策法案も、衆院で葬り去った。

スピードが大事なのではないのかという批判には、正月が明けたらすぐに通常国会を召集し、短期間で2次補正を成立させるから大丈夫と言う。

だが、その2次補正には野党が反対する2兆円の定額給付金が入っている。民主党は定額給付金の切り離しを求めているが、首相は「その考えはない」と言う。衆院の3分の2の多数で再議決してでも実現させる構えだ。

これでは民主党にけんかを売ったに等しい。野党が参院で抵抗すれば、再議決まで60日間もかかる。2次補正が執行できるのは3月半ば。来年度予算はさらに先の話になる。

首相は本気で「大胆な実行」を急ぐつもりがあるのか、それとも総選挙での政治決戦に向けて民主党との対決をあおろうとしているのか。国民は戸惑うばかりではないか。

スピード最優先と言うなら、民主党との対決は封印し、妥協を探るべきだろう。解散を約束して協力を得るしかあるまい。対決で行きたいなら早く総選挙をすることだ。さもなければ政治の停滞が続き、雇用や暮らしの困難に直面する国民は迷惑だ。

民主党が出した衆院解散要求決議案に、自民党の渡辺喜美・元行革担当相が賛成したのは、そうした矛盾への不満が与党内にもくすぶっていることを物語っている。道路特定財源の一般財源化が名ばかりに終わったことにも批判が強く、当初予算をめぐっても相当の曲折が予想される。不況はいよいよ深刻さを増す。首相にこそ「大胆な実行」を求めたい。

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クリスマスの日に思う

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今日の名言

出会いがあってもベストパートナーは別のどこかにいる、という幻想にとらわれ、多く時間を費やしてはいけない。
                (雑誌クロワッサン、中山庸子)

08tubaki_takegaki11ペンギンと空を見ていたクリスマス 塩見恵介

今朝枕もとのプレゼントに歓声をあげた子供たちはどのくらいいるだろう。クリスマスは言うまでもなく世界中の子供たちが夜中にこっそりやってくるサンタさんを待つ日。わくわくと見えないものを「待つ」気持ちがこの句に込められている。

ヨチヨチ歩きで駆けまわるペンギンは愛嬌があって可愛いが、好奇心が極めて強い動物だそうだ。時折3,4匹かたまって微動だにせずじっとしているが、あれは何を見ているのだろう。

掲句のように、「空を見ていた」と言われてみれば飛べないペンギンが空の彼方からやってくるものをじっと待っているようにも思える。柵の向こうから眺める動物園の観客の視線と違い、作者はペンギンと肩を並べて空の向こうを眺めている。

待っているのはトナカイに乗ってやってくるサンタさんか、降臨するキリストか。クリスマスは期待に胸ふくらませ何かがやって来るのを待つ日。

ペンギンと並んで空を見上げる構図が童話の中の1シーンのようで、今までにない新鮮なクリスマスを描き出しているように思う。『泉こぽ』(2007)所収。(三宅やよい)

4年前の話で、私には、離れたところに可愛い孫が4人いる。男の子が4歳の時電話で弾んだ声で、「あのネ、ぼくんちサンタがきたよ!」「ババんっちきたぁ」と言って大分興奮していた。「こなかったよ!」と言ったら、「ふーん」おりこうでしていないなかたんだ」汚れなき童心でいいなあ・・・と思った。なにやら好きなオモチャヲもらったようだった。
今年は1年生で腕白坊主である。今年はどうだろうなあ・・・

クリスマスと言うとアンデルセン『マッチ売りの少女』を童話を思い出す。一節に・・・

ひどく寒い日でした。雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜 ―― 今年さいごの夜でした。この寒さと暗闇の中、一人のあわれな少女が道を歩いておりました。頭に何もかぶらず、足に何もはいていません。家を出るときには靴をはいていました。ええ、確かにはいていたんです。でも、靴は何の役にも立ちませんでした。それはとても大きな靴で、これまで少女のお母さんがはいていたものでした。たいそう大きい靴でした。かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき、少女はその靴をなくしてしまいました。二台の馬車が猛スピードで走ってきたからです。

今年は100年に一度の不景気で、職を失い住むところもない人がいるそうだ。ますます格差出てしまう世の中で、一陣の嵐より酷い不況風に、命を落とす人がでる。人命救助は、迅速にしないと益々被害者が増える。救うのは政治の力しかない。

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2008年12月24日 (水)

制服自衛官の99%が私を支持し

07kitayamazaki31前航空幕僚長の発言に99%が制服組がいるというこれまたショキングな内容の講演を、している。なんだか懲戒処分にされた人が、右翼団体の招きで講演が行われているのか知らないが、ちょっと恐ろしい。

シビリアンコントロールは、抑止力にならない。なんてこんな人を野放しにして置いていいのかと思うほどである。まあ・・氏の発言は、一般人とみなさない事を知りながら、この言動である。

12月21日に田母神前空幕長は名古屋市内の団体が主催した講演に出席。冒頭に、このタレントがネタを締めくくる際に発する言葉を挙げ「あの時に『オッパッピー』までやっておけばよかった」と会場を沸かせた。講演では「侵略国家との誤った歴史観を改めなければならない」と持論を展開した。

23日、熊本市内で講演し「制服自衛官の99%が私を支持していると思う」と自身の影響力を強調した。講演に先立ち記者会見した田母神氏は「(講演では)一民間人の立場で話すが、前空幕長として見られるだろう」と発言。「日本は自衛官に発言させまいとする力が常に働いているが、自衛官はもっと自分の思ったことを言っていい」とぶちまけた。

講演では「専守防衛は抑止力にならない。自分の国がより強い方がより安全だ」「核ミサイルの発射権を日本に与えてくれという(米軍との)交渉は、私はできると思う」などと、核武装を容認する考えを並べ立てた。

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殺されて命を落すことは・・・

15401人は、必ず死ぬ。しかし、一生を終わるには、病死・老衰死は仕方ないとして、人に奪われる死は、何ともやるせない、悔しい。戦死も同じだ。何とか防ぐ事は出来なかったと無念である。自殺の場合は自分で自分の命を絶つのだからこれまた防ぐ事が出来ると思うが、その背景には、本人を取り巻く環境で自分自身に負けてしまった精神的な敗北者である。

だが、現下の不況のなかで、派遣社員や期間工などの失業・家なしは、師走の寒風が厳しい。今朝のテレビのスーパーモーニングで観光地の東尋坊では、派遣切りで職を失って思い余って飛び込み自殺を図る人が増えているという。

また、理不尽な殺され方をした、世田谷一家は、8年前の12月30日だ。そして犯罪撲滅を願う自作のラップソングを録音したカセットテープが見つかったと言う。遺族にとっては堪らないことだろう。

理不尽な殺されて命を落とすことは、絶対になくさねばならない。

スポーツ報知・・・DJを夢見ながら、志半ばで若い命を奪われた健太さんは、理不尽な少年犯罪が横行する世の中への思いを一本のテープに「遺作」として託していた。

「今の世の中」と題したラップソングの歌詞にメッセージを込め、全編を無伴奏で歌っている。「YO! 近ごろ多い少年犯罪 意味もなく人殺して 『ただ金がほしかった』と顔色一つ変えずに言った 被害者だけ公表される名前と顔 加害者は守られる もう戻ってくることはない 今の世の中 本気で変えなきゃダメだろう」(抜粋)。

自身の事件を予見したかのような健太さんの歌詞は、04年に長崎県佐世保市で発生した小6女児殺害事件について書いた中学時代の作文がきっかけとみられ、亡くなる1年ほど前に作詞された。

兄・智之さん(23)の影響で、社会問題へのメッセージを直接的な言葉で表現する日本のグループ「キングギドラ」のCDを聴き、ヒップホップ好きになった健太さん。学校から帰宅すると、自宅でラップやギターの練習を重ね「DJになりたい」と夢を語っていた。智之さんは「詞を書いていたとは知らなかった。普段は口下手で、妹思いの優しい弟だった」と話している。

自ら予見か テープは、物置にしまってあった健太さんのラジカセの箱の中から母・正子さん(50)が発見。再生すると、思いがけず健太さんの歌声が流れ出し、涙が止まらなかった。正子さんは「健太が自分の命と引き換えに教えてくれた命の重さ、尊さを(テープの曲が)伝えてほしい。多くの人に聴いてもらえたら」と胸の内を語っている。

テープが発見されてから、加害者少年の担任教師が「この曲を少年にも聴かせたい」と少年院に持っていこうとしたが、手続きがうまくいかずに聴かせることは出来なかった。

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「里海」創生 海を身近に

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08gozo_beachl_11_2里山(さとやま)という言葉は、温もりのある言葉のイメージが湧いてくる。故郷の山は人の心を優しく包んでくれる。これからも大事にしたい。
その心の郷愁を「里海(さとうみ)」として、呼び戻そうと言ういう発想は、いいと思う。環境保全にも繫がることだと思うし、子供達の健全な育成と心の故郷作りになり、素晴らしい事だ。

そんな内容の記事が毎日新聞社説にあった。

「里海(さとうみ)」という言葉が近年注目されている。人里近くにあり、人々がマキ拾いをしたり、キノコ採りを楽しんだりできる「里山」を海に置き換えた考えだ。親子連れが潮干狩りを楽しめるような浜辺を思い描いてもらえばよい。環境省が今年度から3カ年計画で里海創生支援に乗りだし、初年度は2500万円、来年度も2100万円の予算が認められた。この機運を生かし、豊かな海を実現するため市民も積極的に参画していきたい。

今年は兵庫県・赤穂海岸や長崎県・大村湾など四つの支援海域を選定。市民団体などによるアマモ増殖や自然観察会などの活動をサポートしながら、他地域でも役立つマニュアルづくりを進めるという。

里海づくりは何も昔懐かしい海岸風景へのノスタルジーからではない。瀬戸内海や東京湾、伊勢湾など閉鎖性の高い海域は水質汚染の影響を受けやすく、漁業生産の低下も深刻だ。このままでは生物の多様性が失われる恐れもある。こうした海域の環境を改善し、健康な海を取り戻す有効な手だてになると期待されているからだ。

この言葉を1998年に最初に提唱した九州大学の柳哲雄教授(沿岸海洋学)は「人手が加わることにより、生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」と定義している。赤潮の発生メカニズムなど瀬戸内海の環境を長年研究するうちにたどりついた概念だ。

具体的には何が必要なのか。それは山から川、川から海へと続く物質の滑らかな流れを保つことだ。森林や里から溶け出した栄養分が川を通じて海に流れ込み、プランクトンを養い、それを魚や貝が食べる。この食物連鎖が断ち切られると赤潮の原因になる。海中に酸素がほとんどなくなり、生物が死んでしまう貧酸素水塊も発生する。海のメタボリック症候群だ。

自然海岸をコンクリート護岸で埋め尽くし、ダムで川を寸断すると滑らかな循環は守れない。稚魚が育つ藻場や、水質を浄化する働きのある貝類のすみかとなる干潟を埋め立てでつぶすこともご法度だ。公共事業による埋め立ては極力抑制し、港湾の改修などに際して護岸を自然海岸に近いものにし、生物が生息しやすくすべきだ。

豊かな森を守ることも欠かせない。「森は海の恋人」の合言葉で宮城県のカキ養殖業者らが山で植林を始めて20年になる。これを見習う漁協の動きが全国に広がっている。漁協が行う植林や海岸清掃、藻場づくりに一般市民が参加しだしたことは心強い限りだ。

一方で瀬戸内海の海ごみの多くは河川を通じて都市から流れ込んだものだ。都市住民が海の汚れに無関心では環境改善などおぼつかない。里海づくりは市民が海を身近に考えるチャンスととらえたい。

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クリスマス・イブ

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191104011今日の名言

石橋を叩いて安全を確認してから決心しようと思ったら、おそらく永久に石橋は渡れまい。
やると決めて、どうしたらできるかを調査せよ。      
第一次南極観測隊隊長 西堀栄三郎

聖菓切るためにサンタをつまみ出す 松浦敬親

クリスマスイブです。わたしの勤める会社は外資系企業なので、オフィスの中にもクリスマスツリーがいくつも飾られています。この季節になると、一ヶ月くらい前からさまざまな場所のさまざまなものに、光の服が着せられます。

ついでながら、サンタクロースに赤い服を初めて着せたのは、コカコーラのコマーシャルでした。それがそのままサンタの服として定着してしまったもののようです。掲句、クリスマスケーキをテーブルに置いて、イブの夜、家族の顔がその上に並んでいるのでしょう。

わたしもこの日は、横浜ダイヤモンド地下街をうろうろします。毎年、イチゴのショートケーキにするか、チョコレートケーキにするか、家族の反応をしばし想像し、楽しく迷います。この句の家には小さな子どもがいるようです。

「サンタをつまみ出す」という言い方が、なんともぞんざいな響きで、笑いをさそいます。「さあケーキを切りますよ」というお母さんの声に、ずっと目をつけていたサンタに手を伸ばしたのは、たぶん末っ子です。

どのデコレーションをだれがとるかで、子どもたちの間でひと悶着あるのかもしれません。「つまみ出す」という言葉が、これほどにやさしい響きをもつことができるのも、この日だからなのでしょう。では、素敵なイブの日になりますように。

メリークリスマス。『角川俳句大歳時記 冬』(角川書店・2006)所載。(松下育男)

あっ!そうか今日はクリスマス イブだ。自分が子供頃は全く関係なかった。私の子供の時は会社帰りに、買って来て家族4人で食べた。玄関に普段は来ないのだが、イブの時はクリスマスケーキを買って来ることが分かっていたので駆け寄って、ケーキを受け取った。そんな光景を思い出す。

まあ・・・今年の暮は、不況の嵐が吹き荒れて、クリスマスどころではない人が沢山いるようだ。職場を失くし、住むところさえ、奪われて路頭に迷わされている人もいる厳しい師走の風に、晒されている。百年に一度あるかどうかの不況と言うが、何とか乗り切らないと。

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2008年12月23日 (火)

仕事に対する報酬

08gozo_beachl_11日本では、製造会社の自動車・電気などの製造業はリストラは盛んに行われ期間社員・派遣社員は師走に路頭に放りだされた。しかし、官庁役人や、天下り役人は、何処吹く風である。日本は「役人天国」と言われても仕方あるまい。

まだまだ、生きるための本当の厳しさを知らない。騙しあい私利私欲で、頭を使うだけの役人だけが勢力を維持しているようでは、日本の将来は暗い。

アメリカの自動車ビック3のG.Mの社長は公的資金を調達に自家用ジェット機でニューヨークにやって来た。さすがに、アメリカ議会員にとがめられ、早速売却したと言う。

東京新聞筆洗・・・仕事に対する報酬は、一体どの程度がふさわしいのか。時代によって考え方は変わるのだろう。19世紀末英国の社会主義思想家ウィリアム・モリスの作品『ユートピアだより』では、そもそもお金が仕事の報酬になっていない。

労働によって何かを<創造>するという喜び自体が、報酬になるのである。それで暮らしていける仕組みがあるのなら、確かに理想郷と呼んでもいい。

モリスは21世紀の世界を想定して書いたともいわれているが、現実は違った。お金という報酬はなくなるどころか、極端に差をつける世界になっていた。高額報酬の代表例は金融危機の発信源、米国のウォール街に見いだすことができる。

経営立て直し中の金融機関の経営陣が昨年、一人当たり平均で約2億3000万円の報酬を受け取っていた。自家用ジェット機で通勤する経営者までいたという。公的資金を調達にニューヨーク乗り込んだ自動車のG.Mの社長はアメリカ議会に惨憺たる非難を浴びせられた。

最も高額だったのは証券大手メリルリンチの最高経営責任者で、約74億円。それでも過日、最大で約9億3000万円のボーナスを要求したのだから、あぜんとする。社内外からの強い反発で撤回したのは当然である。

利欲は飽きることを知らないのだろうか。そんなことはあるまい。誰もが恐らく、いびつな世界になったと感じている。希望する人がみな仕事に就いて、必要な報酬を得る。最低限のことも実現できないようでは情けない。

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福祉と人間の欲望

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福祉とはの問いに『幸せに生きること』と言う。辞書では、公的配慮によって社会の成員が等しく受けることのできる安定した生活環境。

私は製造会社にいて2年間、総務部厚生課福祉担当の経験がある。社宅600世帯・寮生2000人の担当として、本当に日夜頑張った。そこで考えた会社生活『福祉』とは、・・・考えて悩んだ。

会社の方針に理解し、会社に貢献できる生活条件を整えて提供すること。を目標に心がけた。人間の甘え、欲望は際限がない。少しでもより高い生活を望むもので、会社の方針と予算などが基本であった。

現在の不況で、派遣社員の契約解約されて、収入も住むところも失った人が問題となっている。企業の存続には、リストラは仕方がない。世間の不況の犠牲者となった人間の生活の保障するのは、福祉である。それは国なのか地方自治なのか、地域なのか夫々が何が出来るかを考えて応援する事が、『福祉』の評価される。

我慢すること、要望することの均整とれた生活を教育するいわゆる福祉教育の重要性を広めていくことが大事なことを痛感するである。

人の涙や、悲しみを理解すること。相手の気持ちや立場に立って、その人がどうすれば幸福になれるかを考え、実行することが大切である。支援者の側から見下ろしているようではダメです。当事者の中に溶け込んで、その中で、ともに喜び楽しめる生活を築いてゆくことが本当の支援であると思う。

あらゆる人が日々を「幸福に暮らすこと」であり、どんな形であれ、そのことが一番大切である、これこそが「福祉」の本当の意味なのだと思う。その福祉のベースがあって、その上での自立や就労がある。                                              

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ネット通販は、是か非か

08sagiso21どうも、ネット通販なんて利用した事のない者にとっては、よく分からないが、問題があるだろう。対面販売が基本であると思っている人には、当然であり安全性の点からも、規制強化は必要であると思うが・・・。

人間の命にかかわる問題であるので、安全・安心が保障される事が第一だ。慎重な議論をし結論を出して欲しい。

医療介護情報CBニュース・・・一般用医薬品のインターネットを含む通信販売の規制をめぐって、政府の規制改革会議(議長=草刈隆郎・日本郵船会長)と厚生労働省の間で激論が続いている。

同会議は12月16日、厚労省に「インターネットを含む通信販売による一般用医薬品の販売規制」に関する公開質問状を送った。厚労省は19日に文書で回答し、来年6月から省令で販売の規制を強化する考えをあらためて明らかにした。

これに対し、同会議の委員からは「ネット販売は対面販売と比べてなぜ安全性が劣るのか、きちんとエビデンス(ある治療法がある病気怪我・症状に効果があることを示す証拠、検証結果)を出してほしい」などと反発する声が上がっている。同会議はこの問題を今後の最重要テーマと位置付けて、規制強化の撤回に向け議論を重ねていく構えだ。

 

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餅つく音が・・・

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今日の名言

る時の中に機会は含まれている、しかし機会は長い時を含んではいない。治療は時の経過による、しかし機会によることもある。

ヒポクラテス『ヒポクラテス 古い医術について 他八篇』

08omitake_buna_aki11許されてゐる昼酒の大くさめ 榎本好宏

小原庄助氏を引き合いに出すまでもなく、お日さまの高いうちから飲酒するというのは好ましくないという日本の良俗がある。くしゃみやげっぷも生理的現象とはいえ、人前ですることは恥ずかしいという西洋風のお行儀がすっかり浸透したようだ。

そういえば、萎んだ芙蓉みたいなくしゃみばかりになり、打上げ花火のような豪快なくしゃみを聞くことも稀になった。さらに、セクハラ、パワハラ、モラハラとハラスメントが声高に言われるなか、ずいぶん堅苦しいお約束が増えたが、それによってより健全で快適な社会になったのかは心もとない。

昼酒も大くさめも、どちらも禁忌を破るゆえに成り立つ快感がある。昼酒飲みながら、遠慮がちにくしゃみなんかしなさんな、というたっぷりした空気のなかの掲句である。

さらに『食いしん坊歳時記』(角川学芸ブックス )の著者でもある作者のこと、さぞかしおいしい匂いが並んでいることだろう。垂涎(あ、これもお行儀委員会に叱られそうな言葉ですね)の昼酒である。煤逃げをしてはみたもの出たものの〉〈梟にリラの匂ひを聴きにゆく〉『祭詩』(2008)所収。(土肥あき子)

最近、横文字が多くなかなか、理解出来ないでいるのだが、理解しないうちに忘れてしまい。後になてその単語を思い出して、また悩んでしまう。もう諦めてしまう他な。

昼間から、飲んでいることは、駄目オヤジの代名詞であった。

 ♪小原庄助さんなんで身上潰した  朝寝・朝湯・朝酒画がだいすきでと歌にあった。

 野良猫に欠伸のうつる小六月」角川春樹

いよいよ押し詰まって来た。近所で餅つきの音が聞えてきた。名物の大福餅の御裾分けを頂いた。クリスマスを通り越して、正月が近づいた感じである。隣の猫が濡れ縁で、気持が良さそうに居眠りをしていた。昨日は南風で気温は19度になった。

ちょっと離れた雑木林のくぬぎ・なら・くりなどの枯れ葉が、舞い飛んで、我が家の庭に落ちていた。11月の初めの陽気とか・・・。

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2008年12月22日 (月)

景気判断「悪化」 

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08kakunodate_koyo11

我々庶民にも、ひしひしと厳しさが分かる。町の人通りにも何となく分かる。忘年会シーズンであるが、今年は倹約して予算をつめて行う傾向だそうだ。その中でも期間作業員・派遣社員は、失業しても再就職も出来ない。その上、住むところもなく、路上生活?何んて人もでるとか。

政治の力で、助けなければならない。スピードとタイミングと言っていた、麻生太郎首相であるが、定額給付金・失業者対策などのタイミングは、ずれてしまっては、助かる人も助からない。

毎日新聞記事・・・謝 野馨経済財政担当相は22日、12月の月例経済報告を関係閣僚会議に提出した。景気の基調判断を「悪化している」と3カ月連続で下方修正した。基調判断を「悪化」としたのは、IT(情報技術)バブル崩壊後の不況期の02年2月以来、6年10カ月ぶり。今年7回目の下方修正で、11月は「景気は弱まっている。さらに、世界経済が一段と減速する中で、下押し圧力が急速に高まっている」としていた。

景気の先行きをめぐっても、国内外とも底打ち感が見通せないため、「当面、悪化が続くとみられる」とし、日本の景気後退が長期化・深刻化することに懸念を表明した。

政府が「悪化」の表現を採用したのは、国内外の販売不振や円高で企業業績の悪化が一段と鮮明になり、派遣社員の雇い止めや新入社員の内定取り消しに加え、正社員のリストラも始まるなど景気悪化の影響が雇用にも本格波及しているため。報告は、「雇用」情勢について「急速に悪化しつつある」と指摘、雇用不安の拡大に強い警戒感を示した。

また、トヨタ自動車やソニーなど有力企業が相次いで業績予想を下方修正し、生産調整の動きを本格化させていることを踏まえ、景気判断の主要項目のうち、「企業収益」と「生産」を11月の「減少」から「大幅に減少」にそれぞれ下方修正。さらに、企業の「業況判断」も前月までの「悪化」から「大幅に悪化」に認識を厳しくした。設備投資も11月までの「弱含み」から「減少」に変更するなど、大幅な外需落ち込みと急激な円高で、企業活動が急速に萎縮(いしゅく)していることを認めた。

海外経済の動向は、欧米の景気後退に加え、アジアも「減速」と評価。中国経済についても、輸出や生産が急減速しているため、月例報告で判断対象に中国を加えた94年以来初めて、判断を「減速」とした。【尾村洋介】

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3億円事件を思い出す

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今日の名言

戦争はお愛想じゃなくて、人生における最大な醜悪事だ。われわれはこの点をよく理解して、戦争をもてあそばないようにしなきゃならん。

トルストイ『戦争と平和』(三)

23581もののけの銀行かこむ師走かな 井川博年

師走の銀行で思い出した。三十代のはじめころ、年末年始を無一文状態で過ごしたことがある。暮の三十日だったかに、家人が買い物の途中で貰いたてのボーナスを袋ごと擦られてしまったからだった。

たしか五万円ほどだったと思うが、我々には大金である。それだけあれば年は楽に越せると踏んでいたので、お互い真っ青になった。銀行にいささかの預金はあったのだけれど、昔の銀行は年末年始は休業で引き出せない。大晦日には、私の原稿料が小切手で送られてはきたものの、これまた現金化は不可能だ。

要するに「金はあるけど金は無し」状態となったわけで、大いにうろたえた私は、もしかすると銀行が開いているかもしれぬと出かけてみたものの、むろん徒労に終わったのである。このときの銀行の前の私は、おそらく小さな「もののけ」のようであったに違いない。

この句のそれらは私のようなちっぽけな存在ではなくて、貸し渋りなどで倒産した企業主や従業員の恨みや呪いをまとった「物の怪」たちである。夜となく昼となく、それらが銀行をかこんでいるのだ。

この大不況の中だから、この句は異様に切実な実感を伴って迫ってくる。読み捨てにできる読者は、よほど恵まれた人なのだろう。こういう句が二度と詠まれることのない世の中の到来を願いつつ、あえて愉快ではない句をご披露した次第だ。『余白句会』(第80回・2008年12月20日)出句作品より。(清水哲男)

昭和44年12月、3億円事件で被害者の1人であった。当時は会社の塀の中では、一体何が起きたのか、全くわからず。ボーナスはその日はもらえなった。家に帰り、テレビで大騒ぎで始めて分かった。しかし、この事件で、支給されたのは翌日だったと記憶している。それだけ遠い昔になってしまった。

そして、そのお金の処理方法はどうしたかも知ろうとしなかったのか、関心がなかった?なあ・・・確かに後日現金で貰った記憶はある。

盗まれた3億円は、日本の保険会社が支払った保険金により填補された。その保険会社もまた再保険(日本以外の保険会社による)によって損害の填補をうけてたために、日本企業の損失はなかった。

このように史上例を見ない金額の事件だったにも関わらず、実質的に国内で損をした者は1人もいないという事だった。

                           

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2008年12月21日 (日)

「職はない」は本当か?

Yokohama1農業も接客業も「人手不足」「定職がない」は本当なのか?】
とJ-CASTニュースで記事にあった。ああそうなのかとうなずいてしまった。これまた政治の歪なのか、人間の甘え・奢りなのか?それとも他に・・・。

企業の業績悪化の影響で、派遣労働者の契約を途中で打ち切る「派遣切り」が相次ぐ中、居酒屋チェーンやタクシー会社などに人材を募集するところがたくさん出てきた。農業や介護などでも人手不足の傾向が続いている。厚労省では「肉体労働がきつくて、給料が安い仕事が敬遠され、人手不足になっている」といい、どうやら「どこもかしこも全く仕事がない」ということでもないようだ。

居酒屋「白木屋」「魚民」などを展開するモンテローザは2008年12月19日、雇用調整で失業した派遣社員や正社員を対象に、全国で最大500人を同社の正社員としてあらたに雇用する、と発表した。採用職種は居酒屋でホールやキッチン業務を行う店長候補で、年齢や経験は問わない。同社は「年間100店舗をあらたに出店する予定で、店長候補として人材を確保するため」と説明しており、「派遣切り」などが多い地域で有能な人材を確保する構えだ。

08年12月に入ってからは、MKタクシーが、従業員を1年間で1万人増員する計画を発表している。九州のタクシー会社も大量採用の方針を明らかにしている。ほかにも名乗りをあげた会社があり、企業がリストラをすすめる一方で、「有能な人材を獲得するチャンス」と見て、あえて採用を増やす企業が一部で出てきているようだ。

厚生労働省が発表した2008年10月の一般職業紹介状況によると、10月の有効求人(8~10月に有効の求人)は前月に比べ2.1%減っている。求職者1人あたりの求人数を示す有効求人倍率は0.80倍で、前月を0.04ポイント下回った。正社員の有効求人倍率はさらに低くて0.52倍となり、前年同月を0.10ポイント下回っている。

これだけ見ると「仕事がない」という雇用情勢の悪化が見て取れるかたちだが、一部では、「人材不足」を意味する、有効求人倍率が1倍を超えている職業もある。医師、歯科医師、獣医師、薬剤師(6.05倍)、保健師、助産師、看護師(2.4倍)、医療技術者(2.04倍)で、主に医療関係で人手が足りていない。ホームヘルパーなどの介護関係職は2.36倍だった。また、「接客、給仕」が3.08倍、保安の職種4.16倍、ドライバー1.27倍と、人手不足は深刻だ。

厚生労働省職業安定局雇用政策課はJ-CASTニュースに対して「求人数は増えていないが、肉体労働がきつく、給与が安い仕事は敬遠され、結果的に人手不足になっているようだ」と指摘する。

大分市は、JAおおいたと連携して、農業生産現場で失業者50~60人のパート従業員を確保する失業対策を打ち出した。大分キヤノンや東芝大分工場で働く非正規社員が大量に解雇されていることから、市がおおいたJAに働きかけて実現した。

おおいたJA大分市地域本部は、「全般的に人手が足りない状況が長年続いていた」としており、市園芸畜産課によれば、キヤノンの工場などに「もっといい仕事がある」ということで、長続きせずに辞めていくケースも多かったという。市では今回の失業対策は、人手不足の解消の機会になるとも考えているようだ。

市園芸畜産課の担当者は、「これまでは、農家が求人情報を掲載してもなかなか人が来ないという現実があった。探せば、人手不足のところがある。全く仕事に携われない人に、農業の仕事をして頂き、人手不足を少しでも補えれば」と話している。

今も、農業の人手不足は深刻で、農業の後継者問題は更に深刻であり、日本の自給率を上げる意味から、製造業から、農業に転職するという事にも政府は支援してもいいと思うし、支援すべきである。

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巨星墜つ

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08yokotesigai_yuukei21作曲家、遠藤実さんが6日なくなった。76歳だった。戦後歌謡界を代表する日本の作曲家である。「北国の春」はアジア各国に愛される曲である。

座右の銘も「春の来ない冬はない」。少年期に極貧の中で見た疎開先の自然が豊潤なメロディーの源という。数々の名曲だけでなく、歌い手を育てた功績は大きい。

東京新聞『筆洗』・・・人には原点となる日々があるように、歌手を目指し、疎開先の新潟から家出同然で上京した貧しい若者にとっては、盛り場での日々がそれに当たる。
「流しのエンちゃん」と呼ばれ、客から声がかかるとギターを手に、百円で三曲歌った。そこそこ知られてファンもできたため、レコード会社のオーディションを受け始めたが、採用されない。

ある時、切り忘れのマイクを通じ、別室の審査員の<あんな汚い格好で、しかもあの顔で歌手になれると思っているのかね>との声と、冷笑が聞こえてきた。瞬間的に決意した。「よし、歌手はあきらめる。作曲家になる」と。

国民栄誉賞の受賞が決まった作曲家の故遠藤実さんの逸話である。楽譜は書けなかった。それでも流しで歌を覚えていくうちに、喜びや悲しみを旋律に乗せるためには何が大事なのか、分かった気がしていた(自著『涙の川を渉(わた)るとき』から)。

代表作の一つに『星影のワルツ』がある。奈良・薬師寺の名物住職だった故高田好胤さんから<あれは仏の調べです。あの歌でどれほどわが心が癒やされたか…>と言われたという。いずれの曲の底流にも流れている持ち味なのかもしれない。
座右の銘は「春の来ない冬はない」。紆余(うよ)曲折の多かった自分の人生と重ね合わせているようだ。言葉をかみしめながら、遠藤メロディーに浸っていたい気分である。

今、歌手でも作曲家でも、何十年も人々に感動と夢と勇気を与えた。吉田正・服部良一・古関裕而などの作曲家と藤山一郎・春日八郎・近江敏郎など長くファンに愛され歌われた曲がない。いわゆる名曲と言われ歌謡曲である。

その前は古賀政男・万条目正などが記憶にある。そして霧島昇・コロンビアローズである。歌謡曲はその時代を反映していると言われているが、果たして、これからどんな歌手・作曲家が人々の心を捉えて、感動を与える歌が出るのだろうか・・・。

作曲家、遠藤実の死で、氏の偉大さに今更ながら知るところであるが、その悲しみはひとしおである。「巨星墜つ」感である。

     

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京都の舞妓さん受難

08sagiso21今朝,読売新聞webをみたら、「京都の舞妓さん受難、外国人観光客のマナー違反で、 堪忍」と言う。

NHK朝の連続ドラマ、「だんだん」双子の三倉茉奈、三倉佳奈。吉田栄作、石田ひかりなどの出演で、なかなか人気があるようである。そんなドラマのなかで、舞妓の代名詞である祇園の芸者や遊女を抱えている家。料亭・待合・茶屋などの客の求めに応じて芸者や遊女を差し向けるいわゆる置屋と芸者と外国人の人気の都踊りなどの場面がある。

いじめ、格差社会、戦争…。"断絶"や"孤立"が生み出す問題があふれる現代社会――。
数奇な運命を背負いながらも、姉妹二人で歌手を目指し、絆を深め、明るくたくましく生きていく双子の成長物語を通じて、人と人との出会いと縁、そして、共に生きていくことの尊さを伝えていきます。という内容だ。

京都の花街・祇園甲部で、芸舞妓(まいこ)の人気が過熱し、外国人観光客やアマチュアカメラマンが取り囲むため、住民らがパトロールする事態になっている。

テレビや映画で芸舞妓が取り上げられる機会が増え、被害がエスカレートしているという。京都市などは、海外向けホームページで「Donot follow Maikos in the streets(舞妓さんを追いかけないで下さい)」などと、異例の呼びかけを始めた。

市などによると、東山区の祇園甲部は、「一見さんお断り」のお茶屋が並んでいるが、数年前から花見小路沿いに飲食店などが増加。昨年は、市の観光客数が4944万人、宿泊した外国人も92万人と、ともに過去最高を記録した。

日本の伝統である『歌舞伎』・京都の『舞妓』は、外国人にとって人気があるのも分かるが、過熱してしまっては、有難迷惑である。

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コートの思い出

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今日の名言

人は決して倖(しあわ)せを避けて通る者ではない、花を見ないで道を通ることはできない。

室生犀星『犀星王朝小品集』

Odaiba971まつ白いセーターを着て逢ひにゆく 伊藤政美

句が、個人的な思い出をまざまざと呼び覚ますことがあります。句に描かれた情景そのままではないにしても、どこかで結びついてしまうことが、時折あります。この句がわたしに思い出させたのは、若いころに恋人が着ていた白いコートでした。

まだ決まった仲ではなかったけれども、それでもお互いがお互いを選ぼうとしていた頃に、有楽町そごうの前で待ち合わせたことがありました。緊張して待っていると、白いコートを着たその人が、むこうから歩いてきます。

それまでに、その服を着ているのを見たことがなかったために、わたしはひどく驚くとともに、白という色に包まれた姿に、決定的に惹かれてしまいました。むろん、服の色が人生を決めたわけではありませんが、思いの速度をはやめたことは、間違いがありません。

この句で詠まれているのは、コートよりもずっと身近にある「セーター」です。ただ、わざわざ「まつ白い」と宣言しているところや、「逢ふ」という文字にこめられているものを考えますと、状況はかなり似ているようです。

それからわたしにもずいぶん月日が経ち、<共有のセーターに夫若返る(中井陽子)や、セーターにもぐり出られぬかもしれぬ(池田澄子)(増俳2000年2月2日参照)という句を、わが身にあてて考えるような年齢に、いつのまにかなってしまいました。『角川 俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

「襟巻や今月今夜の月明し」佐藤左千代

デート、なんて遠い昔の事になってしまった。昭和30年代、ダスターコートが流行ったことがあった。それも白色系のものでカッコよかった。太陽の季節などで、華々しく映画にデビューした。そして『夜霧よ今夜は有難う』で着ていた。石原裕次郎のコートが印象的であった。

また、襟巻きと言えば『君の名は』の真知子捲きが有名で、その後何処の街角でも見られた。確かにカッコよさが映画などの影響であろう。それが“流行り”という事だ。
氏家真知子役の岸恵子、後宮春樹役の佐田啓之の数奇屋橋でのシーンは今でも忘れられない思い出である。

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2008年12月20日 (土)

海水と二酸化炭素

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地球の二酸化炭素(CO2)の問題で、大変な事が起きている。海のサンゴに大きな変化があるという事だ。このまま、放置すると2020年頃には、人間を含め地球上の生態系を大きく変わってしまうだろう。それこそ経済危機どころではない。地球上のあらゆる生物まで影響してくるのだ。将に放って置けない人類最大の危機と言わざるを得ない問題だ。

産業革命以降に放出された大量の二酸化炭素(CO2)の影響で、本来弱アルカリ性の海水が酸性化する現象が起きており、これに歯止めがかからないと今世紀半ば以降、サンゴ礁など海の生態系に深刻な悪影響が出るとする報告書を、米環境保護団体「オシアナ」の研究グループがまとめた。

グループは「海水が酸性化すると、アルカリ性環境を好むサンゴの骨格や貝の殻ができにくくなる。カキや真珠の養殖業の崩壊や漁獲量減少など、人間の経済活動にも打撃になる」と指摘。各国に排出規制の強化を呼び掛けた。CO2が海水に溶けると酸性のイオンができ、溶け込む量が増えるほど海水の酸性化が進む。

グループによると、海水の表層の酸性・アルカリ性の度合いを指数化した水素イオン指数(pH、中性は7.0)は、1750年には8.19の弱アルカリ性だったが、2008年は8.09とやや酸性化し、このままのペースだと今世紀末には7.78になるという。pHが1減ると酸性度は10倍になる。

水のアルカリ度とサンゴの生息状況に関する実験などから、大気中のCO2濃度が450PPMに近づく2020年ごろにはサンゴが骨格をつくることが難しくなる。

海水酸性化は、サンゴだけでなくカキなどの貝や、カニやエビなどの甲殻類の成長を鈍化させることも判明。漁業や観光業なども深刻な影響を受けることになるという。

他に、気象庁の資料では・・・2005年から2006年にかけては、エルニーニョ現象ではなくラニーニャ現象が起こったにもかかわらず、高い濃度年増加量が見られたと言う。これは、化石燃料の消費による排出の増加に加えて、世界の平均気温が記録的に高かった(北半球で2005年は過去最高、2006年は第3位)ことも関係していると考えられる。これら変動は、世界の濃度変動にも見られる特徴だという。

産業革命以降、特に20世紀に入ってからは急速に、二酸化炭素、メタン、人工物質であるハロカーボン類などの温室効果ガスが増加しつつあり、これがもたらす地球温暖化は、自然の生態系や人間社会に大きな影響を及ぼし、人類の生存基盤を揺るがす問題となっている。と危機を募らせている。

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支持率UP?

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Sira81とうとう内閣支持率17%という(事時通信)。もう民主党の解散要求決議案が出されても仕方がないとおもうが、麻生太郎首相もなんとか藁をも掴む思いで人気回復の策を考えているのか?18日夜、人気タレントのビートたけしと極秘に会談していたことが分かった。永田町では解散・総選挙も取りざたされているだけに、さまざまな憶測を呼んでいる。

スピードとタイミングと10月ごろの発言であったが、ずるずるとなって効果的な手は尽くされなかった。もっと大胆さを国民は、願っていたと思うがジリ貧である。まして瀕死にあえいでいる解雇や派遣切りで、路頭にさ迷っている人たちの対策が遅い。

ここは誰が悪いとかではない。政治が采配を振るって、さ迷っている人たちの救助を真っ先に対応すべきだと思う。台風や地震で被害者と同じ考えで対処すべきである。

朝日新聞社説・・・不況風が吹きすさぶなかで、年末まで残すところ10日あまり。突然の解雇や派遣切りで職と住まいを追われた人々が、街に放り出されている。27日の土曜日から年末年始の休みに入れば、役所や企業などが動き出すのは新年5日の月曜日だ。その間、凍える夜をどう明かし、食いつなげばいいのか。目の前が真っ暗になる思いの人たちも少なくないに違いない。

今回の不況は、働く人の3人に1人が非正規労働者という、新しい雇用環境にある日本社会を直撃した。企業はこうした人々を調整弁と見て、いとも簡単に切る。不景気があっという間に雇用に大きな影響を及ぼす。そのスピードの速さは、これまで経験したことのないものだ。

政治の機敏な対応が求められている。だが、国会で繰り広げられている与野党のどたばた劇は、そうした切迫感、危機感があまりに乏しい。

あきれるのは、民主党など野党3党が出し、参院で可決された緊急の雇用対策法案を、衆院で葬ろうとする首相や与党の姿勢である。法案の中身は、職と住まいを失った人への公的な住宅の提供や支援金の支給など、政府が発表している案と重なるものが多い。

与党は「野党のパフォーマンス」と決めつける。年明けの通常国会で雇用対策などを盛った第2次補正予算案を成立させるのだから、それを待てばいいではないか、と言いたいのだろう。確かに、2次補正などを先送りした麻生政権の無策ぶりを印象づけようという、戦術的な狙いが野党側にあるのは間違いない。十分な審議をせずに採決を強行した乱暴さもある。

それでも、大事なのは対策を実行に移すスピードであり、職を失った人々に早く手当てが届くことだ。いくら案はあっても立法や予算措置が必要なら、年末年始には間に合わない。そんな野党の批判は的を射ている。

民主党の求めた党首会談を首相が拒んだのは解せない。これだけの緊急事態なのだから、2大政党の党首が話し合い、必要なら法案の修正をしてでも対策を急ぐべきではないのか。民主党の小沢代表も、自ら記者会見して党首会談を呼びかけるほどの真剣さをもっと出せなかったか。

首相はきのう東京・渋谷のハローワークを視察し、求職者に「これをやりたいという目的意識がないと、雇う方もなかなかその気にならない」と語りかけた。励ましのつもりかもしれないが、求職者の心に本当に響く言葉だっただろうか。国民が首相に期待するのは就職相談員の役割ではあるまい。

国会の会期切れまでまだ6日ある。首相は休日を返上してでも野党に協力を求め、緊急の雇用対策に必要な立法を実現したらどうか。

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年惜しむ程・・・

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今日の名言

愛したい思いを抑えるために自分の心に加える強制は、しばしば、愛するひとのつれなさよりも辛(つら)いものである。

『ラ・ロシュフコー箴言集』

Sira111駅の鏡明るし冬の旅うつす 桂 信子

その鏡にうつっているのは、一面の雪景色なのだろうか。いずれにしてもよく晴れている。そんな風景を背にして、着ぶくれて、頬がちょっと赤くて、白い息を吐きながらも、どこかわくわくしている旅人の顔。非日常の風景の中の自分を、現実の自分が見つめている。

冬の旅という言葉を、ありきたりな旅情と結びつけるのではなく、冬の旅うつす、としたことがひとつの発見。出典から見て、昭和三十年より前に作られた句である。こんなさりげない句にも、この作者の自由な詩心が感じられる。

さほど大きくはないこの駅で降り立った作者は、ずっと握りしめていた旅の証である切符を駅員に渡して、見知らぬ街へ歩き出したことだろう。

なんだか懐かしい、小さくて少し硬めの切符だ。〈それぞれの切符の数字冬銀河〉(坂石佳音)切符に刻まれた数字の数だけ旅人がいて、それぞれの夜空を仰ぐことだろう。『図説俳句大歳時記 冬』(1965・角川書店)所載。(今井肖子)

年惜しむ程のよきことなかりけり 松崎鉄之介

今年も後10日となった。毎年そうであるが、元旦、夢と希望を胸をときめかすのだが、いつの間にか、夕顔の花のようにつぼんでしまう。「一年は早く過ぎ去り年の暮れ」長く感じたひともいるだろう。

のんびり、旅行にでも出かけて見たい。正月の旅行はしたことがない。是非一度出かけて見たいのだが、孫達が押しかけて来るからなあ・・・まあそちらも楽しみだし・・・

今年を振り返って見ると、母の死から始まり、経済不況に晒されていい事がなかった?。しかし、よく考えて見る私は健康で過ごせたのだから良かったとするか・・・。また来年に期待するか・・・。

   

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2008年12月19日 (金)

512ギガバイトSSDの製品化

08tyokai_zenzinnuma11気になる株価の東芝でるが、300円前半で、何とも情けない。まあ・・・世界的経済不況で仕方ないか、私も40年近くお世話になっていて、東芝の動向が気になる。ほんの少しの株を持っているためで、技術の力で、この難局を乗り切って欲しい。

そんな中での情報であるので記してみた。

モーニングスター・・・東芝 <6502> は18日、パソコン向けに業界最大級の512ギガバイトSSDを製品化、09年1~3月からサンプル出荷を始めると発表した。パソコンに搭載されるストレージデバイスの大容量化、高速データ転送化が進む中、今後、搭載が進むSSDの大容量化、データ転送速度の高速化へのニーズが高まっていることに対応する。
新製品は、10種類をラインアップし、4~6月から量産を始める予定。09年1月8日から米国ラスベガスで開催される「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー2009」に参考出展するという。

FJiSanki Business.i・・・
『台湾 デジタル家電任せろ 東芝・ソニー生産委託拡大』

日本のデジタル家電の生産拠点として、台湾が重要性を増している。日本メーカーが液晶テレビを筆頭に、製造工程を台湾などの設計・製造受託業者に外部委託する割合を増やしているためだ。自前の工場で製造する「垂直統合」の事業モデルがこれまでの日本流だったが、外部委託する「水平分業」は設備投資が不要で、コスト低減につながるメリットがある。東芝は2年後までに、液晶テレビの生産委託量を3倍に増やす計画だ。景気後退が招く店頭での値下げ合戦が、外部委託シフトを加速する可能性もある。

≪高い技術力≫ 「台湾では日本メーカーの仕事の受注競争が激化している」

「EMS」と呼ばれる電子機器の受託製造サービスを手がけるある台湾企業関係者は、こう打ち明ける。EMSで成長著しい台湾の電子機器業界にとって日本企業は上客だ。東芝は今年度の液晶テレビ出荷台数が700万台後半となる見込み。このうち生産委託は200万~250万台程度とみられるが、これを2010年度までに「600万台に引き上げる計画」(大角正明テレビ事業部長)という。出荷量の5割超の規模になる。

ソニーは今年度1600万台の出荷目標を掲げるが、テレビ事業の赤字は確実だ。来年の市場の伸びは鈍化すると予想される中、高い伸び率を維持する新興国向け製品を重視。コスト改善に取り組む中鉢(ちゅうばち)良治社長は「普及価格帯の製品は生産委託の積極活用も一つの方策だ」と話す。

台湾企業の技術は高く、高度な設計まで引き受ける受託契約も増え、製造工程の“丸投げ”を引き受けられるほどの実力がある。急成長を遂げた米国の薄型テレビベンチャー「ビジオ」は、台湾のEMSに製造を委託する「水平分業」の典型だ。

景気後退が薄型テレビの外部委託シフトを後押しするとの見方は根強い。調査会社の米アイサプライは、「経済の不透明さが液晶テレビ生産の外部委託を促す」とみている。世界の液晶テレビ生産に占める外部委託比率は07年の28%から、12年には41%に高まると予想する。

すでに携帯電話やパソコンはEMSの活用が盛んだ。ただ日本勢は、これら分野で圧倒的な販売規模を持つ欧米など巨大メーカーの後塵(こうじん)を拝している。テレビ市場の成長は新興国向けの低価格品が中心となる中、テレビもパソコンや携帯電話と同様に「規模の勝負」の様相が強まっている。

フレーフレー東芝

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失業者を見殺しするな

08omitake_buna_aki11急激な、アメリカのサプライムローンで端を発した大きな現象は、不況の嵐となって吹きまくっている日本列島である。その矢面に立たされている派遣会社社員・期間労働者は深刻である。失業とは、明日でも死ねという、(転職もできないから)何も悪い事をしない人間に死刑の通告をするよなものだ。

確かに輸出国日本である。その一番の相手国であるアメリカが100年1回あるかどうかの大きな落ち込みでは、物は売れない。デフレは酷くなる。金利は、ゼロという処置をとらざる得ないほどである。

そんな世界の経済危機であるから、仕方がない面もあるが、政府が失業者に何とか救いに手を差しのべて欲しい。そして、失業→死・・・だけは避けてあげなければいけない。

今朝の産経新聞では・・・急速な景気後退で解雇や契約打ち切りが進むなか、自治体が仕事や住居を失った人を支援する動きが活発になっている。臨時職員としての採用や、県営住宅への入居を通じ、数カ月間をひとまず安心して過ごしてもらう緊急措置だが、契約が打ち切られる派遣社員らの人数と比較すると“救済”は限定的で、多くの人には厳しい年末年始が控えている。

神奈川県の松沢成文知事は18日、解雇や契約終了で社員寮からの退去を余儀なくされた求職者83人を、県営住宅40戸に期限付きで入居させると発表した。松沢知事は「市町や住宅供給公社に働きかけて同様の手法を広げたい」としている。愛知、山口の両県でも同様に、県営住宅の一部を、契約打ち切りで退寮に追いやられた派遣労働者らに優先的に提供する方針を公表している。

また、新潟県長岡市と上越市は、解雇対象となった派遣社員や契約社員を短期間の臨時職員として計130人雇用すると発表。福岡県も、内定取り消しなどで就職先が決まらない高卒者を、臨時職員として採用する方向で検討を始めた。

緊急雇用対策として約20人の臨時職員を採用するとともに、ホームヘルパー研修費用の助成を実施することを表明した群馬県太田市の清水聖義市長は「将来的に安定して生活できる場を作りたいと検討を重ねてきた。泣いている市民を見過ごすわけにはいかない」と話す。

民間でも、進学塾経営の学究社(東京)が、10月以降に倒産、契約打ち切りなどに遭った失業者を対象に、首都圏の塾で軽作業などに従事する臨時職員の募集を始めた。採用するのは最大100人で、雇用期間は今月24日から最長4カ月としている。

河端真一社長は「対策は限定的で“貧者の一灯”に過ぎないかも知れないが、報道でクリスマス、正月を無業で迎える人を見るのが忍びなく、『助け合い』のつもりで、できる範囲の支援をすることにした。塾の子供たちは社会に出ることに怖い印象を持ち始めており、教育的な面も考慮した」と話している。

格差問題が大きくクローズアップされている、政治の力で改善できる。と思う。

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鶏の卵

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今日の名言

自分のつらが曲がっているに、鏡を責めて何になろ。

ゴーゴリ『検察官』

Iwao1702c1卵落した妻睨れば妻われを視る 野宮猛夫

睨には「み」のルビあり。貧しさの中で、とげとげしくなる夫と妻。卵を落した妻をとがめる視線を夫が送れば、妻はあんたこそなによと夫を鋭く見返す。

「オイ、もったいないじゃないか」「そんなこと、あんた、わたしに言えるの?」無言のうちに交わされる二種類の視線、「みる」が夫婦の関係、生活を浮き彫りにする。卵の貴重さも時代を映す。貧しさがテーマの句は「社会性俳句」の時代にはデモやストの句と並んでひとつの典型だった。

しかし、それらの多くは貧しい庶民の「正しさ」「美しさ」を強調したため、政治宣伝のポスターのような図柄になった。ヘルメットを被りハンマーをもった青年が「団結」と叫んでいるようなどこかの国のポスターと同じである。

「社会性俳句」は個別の内面に入ることを為し得なかったために「流行」に終わる。人間の、自己の心理を自己否定のようにえぐりだすこんな句は俳句の可能性を確実に拡げている。こんな切迫した瞬間の感覚に季節感の入り込む余地はない。『地吹雪』(1959)所収。(今井 聖)

何十年も値段の変わらぬ鶏の卵、しかし、貴重だった時もあったのだ終戦直後、栄養失調の人が沢山いて、農家で取れる、鶏の卵や山羊の乳は、なかなか手に入らなかった。いま、牛乳・卵・肉等が安く手に入るがその当時を知っている人も少なくなってしまった。

裸電球一つの灯りで、丸いちゃぶ台の上に卵があれば、最高のご馳走、一家の楽しい夕飯の光景が思い出される。だから、掲句の訳が痛いほど分かる。

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2008年12月18日 (木)

ふんどしが・・・

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3612_2最近、おかしな現象が起きているとか、いわゆる男性がブラジャーをつけたり、女性の下着と思っていたが、何か静かなブームになっているそうだ。
それに、反してと言うか、女性が“ふんどし”をつけるという、これまた、売れゆきがいいらしい。

ふんどしと言えば、明治生まれの親父が、死ぬまでしていた事で感心したのだが、私も子供の頃、学校帰りに、川遊びをするときは、手ぬぐいと紐で、ふんどし風にしてつけて遊んだが結局、最初だけで、最後は“ふるちん”になってしまっていた記憶がある。

しかし、女性がふんどしとは、恐れ入った。まあ・・・楽なんじゃないかな・・・と思う。

朝日新聞webにあったので記してみた・・・女性用のふんどしが、少しずつ市民権を得ている。今月発売した下着メーカーに問い合わせが相次ぎ、抵抗感を薄めるため、「パンドルショーツ」という名前で売り出す会社もある。締めつけない心地よさや、ファッションとしてのインパクトがインターネットでも話題になり、支持を広げているようだ。

腰の細いひもから、前掛けのように長細い布が垂れる。ワコールの子会社・ウンナナクール(京都市)の女性用ふんどしだ。おなかの前でひもを結んだら、後ろに垂れた布を前に持ってきて、おなかとひもの間を下からくぐらせて前に垂らす。男性用と同じはき方を解説したパンフレットもつけ、4日から売り出した。首の後ろでひもを結ぶブラジャーもあり、ビキニの水着のように見える。

上下ともフリーサイズで上は1890円、下は1260円。発売前から問い合わせが相次ぎ、発売から5日間で上下で計300枚以上が売れた。友人へのプレゼントに買う若い女性や、カップルで訪れて「楽なんじゃない」と勧める男性も。「ふんどしをずっと探していた」という主婦もいるという。

福岡市中央区の同社ソラリアプラザ店は、上下を着けたマネキンを店頭に飾った。派遣社員の女性(24)は「すごい。でも、いつ着るの? トイレに行く時は?」と戸惑い気味だ。寝る時に使っているという森山香織店長は「気持ちいいですよ。トイレの時は普通の下着と同じように下げれば大丈夫です」と応じる。

 ウンナナクールは半年前から商品の開発を始めた。締めつけが少ないブラジャーを作りたいという思いから、ふんどしにも着目した。約280人の社員のほとんどが女性。「キワモノでは」「売れるのか」と会議で賛否両論が出たが、試着して心地よさに驚く人が多かったという。

     

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為替相場

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07bonchi_asayake_kumo11これは、経済に無関心ではいられない、大変な事にになってしまってその影響は、輸出産業の自動車・電気などのメイカーは大きな痛手である。そこに働く従業員は大きな問題の失業は、言うまでもない。派遣労働者などは、深刻である。毎日、国会でも巷でも大きな関心事である。そんな中で今朝のニュースで1ドルが87円台と言う。

日銀の介入してドルを変え支えるか、どこまでかが注目されるだろう。

売新聞でも・・・17日のニューヨーク外国為替市場は、前日の米連邦準備制度理事会(FRB)によるゼロ金利政策決定を受け、円買い・ドル売りの動きが強まり、円相場は一時、1ドル=87円15銭前後まで円高が進んだ。

市場で87円台を付けたのは、1995年7月以来、約13年ぶり。午前10時30分(日本時間18日午前0時30分)、前日比1円62銭円高・ドル安の1ドル=87円38~48銭で取引されている。

FRBがゼロ金利政策に踏み切った結果、日米の政策金利が逆転し、政策金利が高い円が買われ、低いドルが売られている。また、米景気の先行き懸念が広がっていることもドル売りの材料となっている。

一方、ニューヨーク株式市場は、米金融大手モルガン・スタンレーの赤字決算を嫌気した売りが先行して、ダウ平均株価(30種)は下落し、一時、前日より140ドル以上、値下がりした。午前10時30分(日本時間18日午前0時30分)、前日比122・58ドル安の8801・56ドルで取引されている。

午前4時50分現在、前日比38円安の8、890円である。

       

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猫と鳩に餌やり

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今日の名言

子供は眠っているときが一ばん美しい。

キェルケゴール『不安の概念』

13_10241やはらかに鳩ゐて冬の屋根瓦 中里夏彦

引き締まった空気と屋根瓦の堅さ、冷たさ。その感触は鳩がいてこそだろう。屋根にきている鳩は冬毛をぷわぷわふくらませ、霜の降りた瓦をいっそう冷たく感じさせる。

むかし屋根に鳩小屋をしつらえ、朝などにいっせいに飛ばして訓練している様子があちこちで見られたものだ。メールが飛び交う現在、伝書鳩を使うこともないし競技用に飼われる鳩もめっきり少なくなったことだろう。町のあちこちで迷惑がられている土鳩の先祖は役目から解放された伝書鳩かもしれない。

いったん鳩が棲みつくと屋根やベランダが糞で真っ白にされて大変だと聞く。「餌をやらないでください」といった貼り紙も目にする。冬の瓦に乗る鳩もそれを眺める人間も離れているうちはいいが、密集した都会で共に暮らすには難しくなってきている。『俳句の現在 3』(1983)所載。(三宅やよい)

近所の一人暮らしのお婆さんが、野良猫に餌を与えてしまい、数が増えて7・8匹になってしまった。その餌のおこぼれを雀が飛んできてついばんでいる。その様子をカラスが見ていて横取りするのである。朝と夕方、えさやり場が、賑やかになる。

他に問題の鳩に餌をやるのである。が、こちらも大変で10数羽が時間になると餌待ちで近くの電線にとまって、お婆さんの餌を待っているのである。

ある日近くの大きな、楠木の枝を剪定作業があった。そこに鳩の巣あって、業者は枝とも切り落としてしまった。鳩の巣にはまだ飛べない雛がいて、家に持ち帰り、餌を与えて育てている。

確かに生き物に餌をやることは、可愛い・可哀相などからの行為であるがそこには、人間との共生と言う意味から、自然の姿が大事であり、人間が餌やりをしてしまうと生態系に変化を与えてしまい大きな間違いを起してしまう。

その結果、猫はねずみを獲らず、近所のサンダル・靴など持ち去り、糞の問題で大変、また野鳥のカラス・鳩の糞では、やね・ベランダが糞で困っているお宅もある。

そろそろ、お婆さんに餌やりを中止するよう申し入れしなければいけないかも?。まあ・・・将棋の加藤一二三九段のような裁判沙汰になったらもっとやかいの事に?面倒だし・・・。

             

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2008年12月17日 (水)

アッ!魚がいる

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川に小さな魚がいるぞ!戻ってきたんだ。私は胸を熱くした。何時もながめている家の前の湯殿川に小魚が見える。
一生懸命、ゴミ拾いをし、川の浄化に気を使っているが、何とか思いが通じたのか一人で喜んでいた。そして町内の皆に教えたい。

そう言えば、最近ショウビン(かわせみ)がきれいな姿を見せていた。そして川に飛び込み、くちばしに銀色に光る小魚が目に入った。

やれば出来るんだ。川の浄化も、しなくてはいけないんだ。昔の川を取り戻すことが・・・。

看板を作った「君しだい、きれいにするも、汚すのも」そしてフェンスに取り付けた。

                 

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18歳成年の議論

1020208_img1「成人」は世界では18歳としている国は殆どであるという。少子高齢化が進む日本では、20歳から18歳でもいいのではないかと思う。それには、社会的な安全柵を設けて、社会教育を含め一定の施策が必要である。

成年を20歳とする民法4条は明治時代の1896年に制定した時のままである。選挙権を与える年齢は1945年に25歳から20歳に下げて以来、改定していない。という事からも考えて、引き下げを前提に検討すべきだ。

日経新聞社説・・・民法上の成人年齢を引き下げるべきかどうかを法相から諮問された法制審議会が中間報告を出した。引き下げに賛成か反対かは「意見が分かれている」ので結論を控え、ただ、引き下げる場合は社会的安全網となる「一定の施策が必要とする点で意見が一致した」旨、記している。

安全網を例示して中間報告は「親の同意なしに民法上の契約行為ができるようになる若者が悪質商法の被害に遭わないよう消費者教育を充実させたり、若年者を保護する制度を創設する」などをあげた。

諸外国の成人年齢、選挙権年齢は18歳が圧倒的に多い。物事を判断する力や自活能力は、この年なら身に付くと考えられているわけだ。

そうした“国際標準”に加え、少子高齢化が進む日本では特に、若年層の意見を強く政治に反映させる工夫をしないと世代間の公平が保てない恐れもでてくるから、選挙権年齢の引き下げは実現させたい。

法相が法制審に民法4条改正の当否を諮問したのは、国民投票法(2010年5月に施行する)で18歳以上に投票権を与える条項を設け、同規定を実施する条件として選挙権年齢と民法の成人年齢の見直しを求めるからである。

法制審では「民法の成人年齢と選挙権年齢は必ずしも同じ必要はない」で意見が一致したという。しかし社会の構成員として一人前と認めて選挙権を付与するのだから、他の成人としての権利も授け、また義務も負わせるのが自然ではないか。

民法以外に年齢によって権利、義務に区別を設ける法令は300本を超す。それらの法令への影響は「考慮しないということで進めている」法制審だが、中間報告の「要点」で次のように指摘している。「我が国の将来を見据えて、政府全体で(成人年齢を引き下げた場合に必要な)施策の実現に取り組むべきである」

18、19歳の若者を成人とした場合に社会的安全網としてどんな施策が要るのか、法制審のほかにも議論の場を広げなければなるまい。

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減税一色(09税制改正大綱)

08iwakisan_zinzya11自民党の元幹事長、中川秀直氏が麻生太郎首相が景気回復を条件に3年後、消費税率引き上げの方針を示すことに、「公務員給与や国会議員定数削減などをせず、増税だけを言うならば、国民や次世代に無責任極まりない」と批判している。

全くその通りで消費税論議をする前に、やらなければならない事がある。そう言った事を先に議論して実を挙げないで消費税を3年後と言うのは国民が納得しないだろう。

今日の毎日新聞社説・・・自民、公明両党の与党が決めた09年度の税制改正大綱は、個別の施策では減税一色となった。国、地方を合わせた減税額は平年度ベースで約1兆700億円となっている。世界的な景気後退の中、日本も4~6月期、7~9月期と2四半期連続で実質マイナス成長になるなど、経済状況は悪化していることや、次の総選挙を意識してのことだ。

当初、今年末の税制改正の中心議題とされていた消費税や法人税、個人所得税などを含めた抜本改革の扱いはどうなっているのか。「経済状況の好転後、速やかに実施する必要がある」と具体的時期や内容に踏み込むことはしなかった。ただ、10年代半ばまでの持続的な財政構造の確立に向けて、「必要な法制上の措置をあらかじめ講じておく」と、放置しておくわけではないことも明記した。

麻生太郎首相は依然、3年後の消費税率引き上げに意欲を示している。与謝野馨経済財政担当相も近く決定する社会保障と税制改革の中期プログラムに、消費税などの引き上げ時期や率を盛り込みたい意向だ。

09年度から実施する基礎年金の国庫負担引き上げや、雇用や医療、介護など社会的セーフティーネットの強化を図るためには、安定的な財源の確保が欠かせない。その道筋は示さなければならない。

景気の局面からみれば、個人消費や経済活動に悪い影響を与えかねない増税は避けた方がいい。また、政策効果が期待できる減税は実施した方がいい。景気が拡大していた中でも恩恵が及びにくかった中小企業への法人税減税は適切な措置である。ただ、大型住宅ローン減税や証券優遇税制は富裕層向けであり、必要性は高くない。景気重視といいながらも、中途半端な内容になっている。

同時に、財政健全化と財政による社会サービス機能の維持・強化こそが国民に安心をもたらし、政府への信頼もたかめる。そのためには、増税という負担増も隠してはならない。

必要な法制上の措置が、消費税、個人所得税、法人税という基幹税の見直しの立法化や閣議決定であるのなら筋は通る。この場合にも、社会サービスの内容にも言及しなければならない。満足できる給付であれば、国民はそれを支える負担も受け入れるだろう。

しかし、この点で政府・与党は揺れており、今回の減税も定額給付金と同様に、選挙向けの有権者を意識した「アメ」となりそうだ。増税隠しを意図するとなれば問題である。財源確保の将来展望を中期プログラムでははっきりさせるべきだ。

唐突な増税は経済を害するが、場当たりの減税は景気をわずかに持ち上げてもそれ以上に財政状況を悪くする負の効果の方が大だ。さらに増税隠しは国民をだますことである。

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師走に思う

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今日の名言

実でさえ、時と方法を選ばずにもちいられてよいということはない。

モンテーニュ『エセー』(六)

05detohama11師走何ぢゃ我酒飲まむ君琴弾け 幸田露伴

師走という言葉を聞いただけで、何やら落着かないあわただしさを感じるというのが世の常だろう。ところが、師走をたちどころに「何ぢゃ」と突き放しておいて、あえて自分は酒を飲もうというのだから豪儀なものだ。

しかも、傍らのきれいどころか誰かに向かって、有無を言わさず琴を所望しているのだから、恐れ入るばかりである。時代も男性も軟弱でなかったということか。せわしなく走りまわっている世間を尻目に、我はあえて泰然自若として酒盃を傾けようというのである。

「君」はお酌をしたその手で琴を弾くのだろうか。「ほんまに、しょうもないお人どすなあ」と苦笑して見せたかどうか、てきぱきと琴を準備する、そんなお座敷が想像される。擬古典派として、史伝などの堅い仕事のイメージが強い作家・露伴であったればこそ、このような句を書き、あるいは実際に琴を弾かせ、鳴物を奏でさせたと想像することもできる。

押しつまった師走という時季だからこそ、おもしろさが増して感じられるし、共鳴も得られるのかもしれない。約二十五年を要して成した露伴の『評釈芭蕉七部集』は労作であり、芭蕉評釈として今も貴重である。別号を蝸牛庵と称し、『蝸牛庵句集』がある。

ほかに吹風(ふくかぜ)の一筋見ゆる枯野かな」「書を売つて書斎のすきし寒(さむさ)哉といった冬の句もある。『蝸牛庵句集』(1949)所収。(八木忠栄)

師走なんかこない方がいい。昔おふくろがよく言っていたことを思だした。その言っている訳がいま良く分かる。孫達がやってくる、おおいそがしで、対応で疲れてしまう。嫁に気を使い、お金を使い大変である。これでは、全く『来てよし・帰ってよし』である。帰った後三日も寝込みたい。と言って事が良く分かる。

そんな悩み出きるのは幸せである。一族みんな元気で、正月を迎えられるのだから・・・。そうして一年が終わり、新しい年を迎えるのである。

太陽が1日に空を一回りするは地球の自転運動であるが、地球が自転で1回転する間に、地球は太陽の周りの軌道を約1度ほど移動しているので、この1度を加えた「1回転+1度」あまり自転する時間が太陽を基準とした1日となる。

1日の長さを太陽の動きで決めるようになったのは、おそらく数千年以上も前と言われている。決めた時刻は実際に視た太陽を基準にしたと言うことから、視太陽時または、真太陽時と呼ばれているそうだ。

真太陽時による時刻系の発明時期は、天文学の黎明期であったと考えられている。それから数千年、この視太陽時は日常生活を送る上で重要な時刻系として使われてきた。

つくづく、人間は壮大な宇宙・自然の恵みに支えられて生きているんだと感じてしまう。そうして何十億年も続いている宇宙の歴史・何億年の人間の歴史の上にいまいるんだ。と考えて見た。

   

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2008年12月16日 (火)

公園は安心して遊べる

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33s1今日(16日)付けの東京新聞webに公園の休憩所の壁の落書きを消して安心して遊べる公園に再生に100人も参加して絵を描いて完成したそうだ。

公園というと、お年寄りから、幼児まで、交通事故のない防犯的にも安心する場所として位置づけられていると思う。その公園が一部の心無い人のために、子供達が「怖い」と言って近寄らないでは、何の意味もない。

私も、公園内の空き瓶・空き缶などの危険物や、ゴミ・タバコの吸殻など、幼児には危険物と思われる。環境を再生する取り組みは、防犯対策につながることから、ボランテアで微力ながら収集している。もし事故でもあったらでは遅い。

しかし、マナーの悪い人間はどこにもいる。公園で食事をしてそのまま帰ってしまうマナーの悪さにはあきれてしまう。

都治安対策課は、こうした活動を支援している。割れた窓ガラスや落書きを放置すると、その施設が管理されていないと認識され、さらに荒廃が進み、治安悪化につながるとする「割れ窓理論」に基づき2004年度から取り組む。本年度は公園など10件の環境再生を支援したという。

こういう取り組みをもっともっと広げて、安心・安全の町づくりを進めていきたい。そして公園は安心して遊べる所として守って行く。

          

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公明党と協力見直し?

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191104011自民党・公明党の連立政権は最近どうも、ギクシャクしているようで仕方がない。本来自民党のキャステイングボートの立場であるべきであるが、その立場がうまく作用していないように見受けられる。

そんな中で自民党古賀誠選挙対策委員長の発言は、公明党のショックを与えそうである。

自時通信・・・自民党の古賀誠選対委員長は15日夜、都内で各派事務総長らと会談し、次期衆院選について「180の比例代表をみすみす公明党に渡していいのか。

自民党の政策で選挙を戦わないと弱体化する」と述べた。比例での公明党との協力関係を見直し、同党への投票呼び掛け禁止を徹底する考えを示唆した発言で、公明党の反発は必至とみられる。

古賀氏の発言について、公明党幹部は15日深夜、「真意を確かめないといけない」と語った。また、別の幹部は「本気で言ったのなら(選挙協力を)どうするかという話になる」と不快感を示した。

自民党は公明党と連立を組んで以降の衆院選で、小選挙区候補が当選を確実にするため、比例は公明党に投票するよう呼び掛けることを事実上容認してきた。次期衆院選は苦戦が予想されるとして、これを取りやめる方針を既に打ち出しているが、古賀氏の発言はさらに踏み込んだものだ。

古賀氏は会談で、「小選挙区は自民、比例も自民(と訴えるべき)だ」とも発言。同席した菅義偉選対副委員長は「わたしも古賀氏も公明党から推薦を受けていない」と語った。 

    

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子供の躾

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今日の名言

われわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。

岡倉覚三『茶の本』

06oga_toga11いつ見ても駆けてるこども冬休み 前田倫子

いよいよ12月も半ば。大人の年末への気の焦りや荷の重さなどとは一切関係なしに、クリスマスやお年玉などお楽しみ満載の冬休みを前に胸をおどらせている子どもたちを心からうらやましく思うこの頃である。

ひたすら走ったり、ジャンプしたり、ぐるぐる回ったりして費やされる子どもの無尽蔵のパワーは一体どこから湧いてくるのだろう。2008年の流行語に「アラフォー(アラウンドフォーティー=40歳前後)」があった。

従来女性の年齢に対しての微妙な言い回しは、24歳までの商品価値を「クリスマスケーキ」、31歳の未婚を「大晦日」など、すべて上限を使用することで、孤立した崖っぷち感を強調していたが、今回のアラウンドには上下もろともに含んでいるという曖昧さにより、俄然現代風の語感を与えた。

30代後半から40代前半まで約10年という大きな幅は、過ぎていく日々が年々加速されていくのを直視することなく、当分同じ時間が繰り返されるように思わせる心地よさも備えている。子どものいつまでも駆けることのできるエネルギーを、擬似的に体験させているような言葉である。〈教室に三十匹の雪兎〉〈山茶花や無口の人とゐて無口〉『翡翠』(2008)所収。(土肥あき子)

子供は何時も動き回っている。の大人しくしていると、どこか具合が悪いのかと思ってしまう位だ。私のも小さな孫がいるが、何時になったら静かにしてくれるのか、お付き合いも疲れてしまう。

電車の中で動き回るのは困る。また転んで怪我でもしたら大変である。ハラハラしながら見る光景を経験したことがある。子供と言っても、マナーは大事だ、親御さんの躾が疑われる。親が一緒にいるのだが、子供だから仕方がないとでも言うのか、イライラしてくる。

幾つになったら、静かに出来るのかなあ・・・しかし、親の躾の仕方で、大分違ってくる。私の小さな子供の頃は、かなり厳しかったと思う。いわゆるスパルタ式?、直ぐに親父のげんこつが落ちた。そのためか、ちょっと引っ込み思案になってしまった?

何だか難しい。自分の子供にも躾・教育には、悩んだ事を思い出す。

       

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2008年12月15日 (月)

政界再編の可能性

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Sira81参議院決算委員会、は15日午前、麻生太郎首相と全閣僚が出席して、2007年度決算に関する質疑を行った。首相は、先に発表した総額23兆円の「生活防衛のための緊急対策」の財源について、「財政投融資特別会計や外国為替資金特別会計などいろいろなものがあるが、生活対策はその中から充てたい」と述べ、特別会計積立金などの「埋蔵金」を活用する考えを示した。

一方、首相は「(特別会計は)法律で定められた目的のために積み立てられている。今度の特別会計の積立金の活用といった措置は、あくまで一時的なものにすぎない」と強調した。民主党の神本美恵子氏への答弁。 

民主党小沢代表は、政府の景気対策23兆円、定額給付金などで批判していたと言う。

フジテレビ系「新報道2001」が14日発表した世論調査で、ついに麻生内閣の支持率が19.8%に急落し、20%台前半とされる「退陣水域」からさらに落ち込んだ。一方、内閣不支持率は75%にまでアップした。

これは、フジテレビが首都圏の成人男女500人を対象に電話調査したもの。

支持率は前回調査の22.6%から約3ポイントも下落したが、逆に不支持率は5ポイント以上も増えた。

また、民主党支持率が39.2%だったのに対し、自民党はわずか16%で、民主が自民に比べ2倍以上も支持を集めた。

永田町には「内閣支持率と政党支持率を合計して50%を下回ると、政権は終わり」という退陣方程式が存在するが、今回の合計は35.8%。国民はほぼ、麻生自民党を見限ったようだ。

一方、自民党最大派閥の町村派で、町村前官房長官、中川元自民党幹事長の間で、軋轢が生じている。麻生首相の擁護問題である。発言を聞いていても大分違う、分割となると政界再編となる可能性もある。

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睡眠

20080120990742131最近、人間は何ぜ、睡眠をとらないといけないのかとか、ノンレム睡眠・レム睡眠の違い、睡眠時間の理想など知りたくなり調べてみた。また、エジソンは3時間の睡眠だったというはなしもあるが・・・。

睡眠とは、人間を含む背柱動物にみられる自発的に生じる静的状態のことをいう。

睡眠には2通りあり、属にいわれるノンレム睡眠・レム睡眠である。ノンレム睡眠は、脳が寝ている状態を指し。浅い眠りから深い眠りに進み、この深さのピークを過ぎるとレム睡眠へと移行していく。レム睡眠は、身体は深く眠っているのにに対し、脳は起きている状態を指し目覚めの準備状態でもある。

従ってこの時に目覚めるとスッキリ目覚めることができる。そもそも睡眠の目的とは、身体の休息だけでなく、記憶の再構成など脳の休息のためでもある。(脳の休息とは、精神的な疲労を回復するということを指します。)私たち人間(ヒト)に必要な睡眠時間とは」どれくらいでしょうか?

個人差はあるものの平均として6~8時間とされている。ちなみに、最も平均寿命が長くなるのは7時間とされている。しかし、日々の生活で睡眠不足な方も多いのでは・・?

この睡眠不足が身体や精神活動に大きな悪影響を及ぼしているのである。身体には免疫力の低下や、体重の減少、精神活動においては、集中力の低下などである。脳の高欠機能の障害で、妄想や幻覚症状などもみられるのである。

睡眠中には、成長ホルモン(筋肉、内臓の疲労回復や修復をしてくれるもの)が分泌されるため、子供の成長や、お肌の新陳代謝が促進される。以上のように睡眠は、私たちの生活にとってとても大切なもである。

偉大な発明王エジソンは、眠ることが嫌いでした. 世の中には、睡眠時間がとても短い人達がいる。 ... また、発明王のトーマス・エジソンは、「4時間以上眠ると、かえって気分が悪くなる」とまで言っていたという。一方アインシュタインは10時間の睡眠と言われているのだが・・・。

果たして、これからの人生眠り時間の目標は7時間だが、はたしてどうなるだろうか

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雑木林の維持

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今日の名言

三七七八メートルの富士の山と、立派に相対峙(あいたいじ)し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、よかった。富士には月見草がよく似合う。

太宰治『富嶽百景・走れメロス他八篇』

06hatimantair341_11皆伐の淵に泡古る年のくれ 竹中 宏

見慣れない言葉だが、漢字を眺めているうちに、おおよその見当はつくはずだ。「皆伐(かいばつ)」とは、森林などの樹木を全部または大部分伐採することを言う。反対に、適量を抜き切りするのが「択伐(たくばつ)」である。

したがって、この「淵」は川の淵ではなく、奥深い山の湖沼のそれだろう。私は、つげ義春の漫画にでも出てきそうな沼を想像してしまった。もともとは鬱蒼たる樹木に取り囲まれていた沼だったのが、いまでは痛々しくもその淵までをも赤裸に姿をさらしている。周囲にはかつて盛んに元気よく水分を吸い上げてくれていた樹木の影もない。

生気を失った沼はひどく淀んでいて、淵には泡がぶつぶつと浮いたまんまだ。それらは古びて茶褐色に変色し、沼の淀みをますます露(あらわ)にしているのである。まさにそんな感じの「年のくれ」だと、作者は喩的に述べているのだと思う。

とりわけて今年の暮は、嫌でもそんな印象が濃い。淵にこびりついているような古びた泡は年が明けても消えることがないように、今の世の中の淀みも汚い泡も露なままに、そう簡単には消えてくれる可能性はないのである。まったく、なんという歳末であろうか。俳誌「翔臨」(第63号・2008年11月)所載。(清水哲男)

以前私は奥多摩の奥多摩湖でかい皆伐された茶色の山肌をさらけ出した場面を見た。人間の勝っての仕業だが、奥多摩の顔に引っかき傷がついたような痛々しいかった。主に檜であった。檜・杉など類は、一度切ってしまうと、そこには植林するしかない。

楢、椚、などの雑木は、根元から伐採してもまた若い芽が出て、何十年もすれば成木になる。したがって、昔は下刈りをし屑を掃き、肥料にした。成木は燃料にした。大体30年~40年ぐらいの周期で伐採していたようだった。

今雑木林の公園で、自然保護という名目で木を切らない考え方あり問題だ。雑木は切らないと枯れてしまい、緑が途絶えてしまう危険がある。だから、昔のように40年周期伐採しなければ、雑木林は維持できない。

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2008年12月14日 (日)

補助金で復習させる

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08ringo_tyoukai11産経新聞web記事より・・・希望すれば誰でも大学に進学できる「全入時代」に事実上突入するなか、文部科学省は来年度から、新入生に高校時代の授業内容を復習させる補習授業などの取り組みに補助金を交付する方針を決めた。大学生の学力不足が指摘されるなか、各校が学生の学力向上に取り組むよう促す狙いだ。

どこか狂っている。モンスターペアレントの変な圧力?おかしな事態、我が国の教育が世界と比較しても低下してしまっていることの証拠であろう。

文科省の調査によると、高校時代の補習授業を導入している国公私立大は平成18年度時点で33%(234校)。国立では、香川大工学部が18年度から新入生を対象に、数学と物理の補習授業を始めている。

少子化の一方で大学数が増え続けて進学が容易になり、「全入時代」に事実上突入し、学生数を確保するために推薦・AO入試で一般入試を経ない大学生も増えている。このため、大学関係者からは「高校の授業内容の理解が乏しいため、大学の専門教育についていけない学生が増えてきた」との指摘が上がっている。

このため、文科省は、大学生らに高校の授業内容を復習させる機会を広げる必要があると判断した。

来年度から行われる取り組みは、大学、短大、高等専門学校から公募。同省設置の有識者委員会の審査で合格すれば、年間2000万円以内の補助金を1~3年間交付する。

大学生の学力向上策として、高校の授業内容の復習のほか、文科省は、安直な単位認定を厳しくし単位を実質化させるための学習支援策▽成績評価の厳格化-など学生の学力向上を支援する取り組みも各校に促す。

大学生の学力低下に詳しい和田秀樹国際医療福祉大教授は「中学レベルの学生を受け入れてきた大学側にも問題がある。補習授業などへの補助金交付を否定はしないが、大学入学段階で一定の学力を保証する『高大接続テスト』を導入し、入学時点で厳しくすることが先決ではないか」と話している。

産経新聞(平成20年10月25日)の「談話室」に高校の英語の先生が指摘しているが、大学入学者のなかには中学1年の程度のものが合格しているそうだ。「 do と does の使い分けが出来ず、I、my、me さえあやふやなまま堂々と推薦入試で大学に合格している。最高学府の大学で高校どころか中学の復習をしなければならないなんて漫画のような状況だが、・・・・」と述べている。

                            

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宝くじ

Katidoki241どうせ当たらないから買わない。毎年恒例の年末ジャンボの宝くじである。確率は気の遠くなるほどである。

宝くじは昔からあったようだが、世の中景気が悪いと売れゆきいいらしい。で、今年は我が家でも買って見た、ささやかな夢をみることにした。人によっては、神棚に供えて、当選を神頼みである。そうか、神頼みか。

しかし、当選したら人生が狂ってしまう人もあるという。実際当選を公表したら、いろんな人から話が来るだろう。銀行・証券などはじめ、郵便局などの金融機関や、施設の寄付要請などである。今年も岩手県で女性が殺人事件が起きた。どうも宝くじ当選者と聞く、俄か億万長者は、どう取り扱っていいか分からない。

まあ・・・3000円ぐらいしか買わない私には当たる確率、何億分の1ぐらいだから、そのほうは心配ないとおもうが・・・。

南半球のニュージランドの国のことの話で、妻から口やかましく宝くじを買うように言われていたニュージーランドの男性。

たまたま目についた宝くじ売り場で1枚購入したところ、420万ドル(約3億9000万円)の大当たりに。男性は、閉まりかけた売り場に駆け込んで宝くじを手に。翌日、妻に頼まれたソーセージを買いに出掛けたが代金が足りず、くじを調べたところ1等と判明した。

「妻に感謝だ」と話すが、当せんを知った妻は驚きのあまり床に倒れ込んでしまったという。

こんな話しんじられない!

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スケート思い出

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今日の名言

歴史家は、その主要着眼点を第一にかれこれの時代において人間が如何(いか)に考え如何に生活したかというところに置かなければならない。

ランケ『ランケ 世界史概観』

Poinse1スケートの紐むすぶ間もはやりつゝ 山口誓子

こころときめくものが、まだそれほどになかった時代。パソコンも、携帯電話も、ファミコンも存在しなかったわたしの中学生時代は、遊びの種類も限られていました。せいぜいボウリングや、クラスの仲間で行ったアイススケートは、それだけに特別な思い出として、よく覚えています。

あるとき、クラスの男女20数人でスケート場に行って、無断で担任の先生の名を責任者として申し込み、団体割引で入ったことがありました。のちに先生に、そのことをこっぴどく叱られたことを、40年経った今でも思い出します。

天井の高いスケート場は、場内に入ったとたんに、別の世界に迷いこんでしまったかのように明るく、多くの人の熱気に満ちていました。貧しい生活の、とくにこれといって華やかなことのない日常にとっては、かけがえのない晴れやかな体験でした。

めったに履くことのないスケート靴は、不慣れなために、なかなかうまく紐が結べません。友は一人二人と先に靴をはき、細いエッジにふらつきながらも、すでに氷へ向かって歩いてゆきます。自分もはやくそうしたいというあせった思いの向く先は、自分の未来そのものだったのかもしれません。『合本俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)

解説者と同年代である。スケートと言えば、むかしボート場があって冬には凍って人が乗っても割れないくらい凍った厚さは10センチぐらいだったと思う。竹を割って火に暖めて曲げた。いわゆる手作りスケートである。それを長靴に縛りつけて滑るのである。

結構楽しむ事ができた。高校生ぐらいになるとスケート場に行って滑ったが、とうとう上手にならないで、終わってしまった。

昨夜、18歳のライバルで話題の、フィギアグランプリが韓国で行われた。今シーズン序盤から味わった苦難の先に、歓喜が待っていた。逆転でつかんだ「GP女王」の座。浅田真央は「3年ぶりだし、とてもうれしい」と喜びをかみしめた。

前日のSP首位のキム・ヨナ(金妍児)0.56ポイントを追い、2位で迎えた自由演技。冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)-2回転のコンビネーションをしっかりと跳んだ。次の単独の3回転半もきれいに着地。女子の国際大会では初の快挙となる、2本の大技を見事に成功させた。

暗いニュースの多い中で、久々の明るいニュースであった。

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2008年12月13日 (土)

2008漢字一文字「変」

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2008漢字一文字は『変』に決まった。私の今年のテーマは『環境を守ろう』だ。しかし、漢字一文字と言うなら「麻」なんかあってもいいと思うが・・・。何故なら安倍・福田と来て、今年のラストランナーの麻生首相の「麻」だから、大きな曲がり角に来た日本経済と国民の暮らしは、一気に急勾配の坂道を駆け下りるようだ。何とか、暴走してしまいそうな事態を藁をも掴む思いで、23兆円の減税を含む経済対策を昨夜発表したが、上手に投げないと、掴み損なってしまう人が多くなってしまう。

加速がついてしまう坂道の暴走化しないうちに、しっかり国民の手に渡さないと止めることは出来ない。遅くなればなるほど奈落に落ち込んでしまう。100年に1度という不況だと言う人もいるが・・・。

「麻」と言えば、今年の大学生の大麻汚染は、名門大学の慶応・早稲田など摘発が進み、高校生まで進んでしまっていて低年齢化が懸念されてきた。こちらも見過ごせない。

朝日新聞web・・・今年を表す漢字は「変」――。日本漢字能力検定協会(本部・京都市下京区)が全国公募した「今年の漢字」が12日、京都市東山区の清水寺で発表された。同寺の森清範貫主が縦1.5メートル、横1.3メートルの和紙に、一気に書き上げた。

日本の首相の交代やオバマ次期米大統領の「チェンジ」(変革)など政治の変化、株価暴落や円高ドル安など経済の変化、地球温暖化の深刻化などの気候異変、スポーツ・科学分野での日本人の活躍に表れた時代の変化など、良くも悪くも変化の多かった一年を象徴した。森貫主は「政治、経済、社会を変えてほしいという皆さんの思いを込めて書いた」と話した。

11月からの約1カ月間で、11万1208人がはがきやインターネットを通じて応募し、「今年の漢字」を開始した95年以来過去最高となった。「変」は全体の約5%にあたる6031人で一番多かった。2位は「金」(3211人)、3位は「落」(3158人)。4位以下は「食」「乱」「高」「株」「不」「毒」「薬」。去年は「偽」、一昨年は「命」が選ばれた

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景気対策と消費税

Katidoki241昨夜、麻生太郎首相の記者会見を聞いた。消費税3年後を目途に上げるという考えは、与党の税制改正大綱で、消費税率の引き上げ時期を特定しなかったことと、ニュアンスが違いがある。今までの“振れ”があって不安がある。この考えを堅持して欲しいのだが、、、。

朝日新聞社説では・・・麻生首相が「生活防衛のための緊急対策」と銘打った23兆円規模の政策を発表した。同時に、3年後の消費増税の可能性を明言し、危機克服と財政規律の両立を図る姿勢を強調した。

この二刀流の取り組み方は正しい。しかし、これまでの税や財政をめぐる迷走ぶりを見ると、首相が果たして二刀を操る司令塔として機能できるのか、深刻な懸念を抱かざるを得ない。

政府の財政運営の大枠を定めた06年の骨太方針では、増え続ける社会保障予算について、毎年2200億円ずつ伸びを抑制することになっている。しかし、福祉の現場からは「これでは切り捨てだ」と悲鳴が上がり、首相自身が方針見直しの考えを示していた。

抑制を緩めるなら、その分の財源を見つけてこなければならない。そこで首相が目を付けたのが、1箱60円程度のたばこ税の増税だった。これに与党内から猛反発が起きた。増税はたばこ離れに拍車をかけ、目算通り税収があがるかどうか保証がない。葉タバコ農家などにしわ寄せが及ぶ。総選挙を控え、とても認められない。そんな理屈だ。

首相の期待ははずれ、与党の税制調査会はたばこ増税の見送りを決めた。社会保障費抑制を緩めるための財源探しは、まったくめどが立っていない。 さらに混迷したのは、将来の社会福祉の安定財源をどう確保するか、消費増税を含めて税制改革の中期プログラムを明らかにするという問題だ。

首相は、与謝野経済財政相に消費増税の時期を「3年後」と明記するよう指示したのに、その日のうちに与党税調は税制改正大綱に時期を盛り込まないことを決めた。連立相手の公明党が強く抵抗したためだが、やはり選挙を意識して増税には触れたくないという議員心理が働いたのは否めない。

首相は記者会見で、改めて「3年後」に言及した。与党を説得して何とか残したいとの意欲を見せたが、衰えた求心力でそれが可能か疑問だ。こんな状態で、今後の09年度予算案や第2次補正予算案づくりを通じて、どこまで財政規律という筋を通すことができるのだろうか。

社会保障の財源手当ては、埋蔵金や国債をあてようという議論が高まるだろう。タガがはずれれば、道路や地方支援に名を借りたバラマキへの要求が堰(せき)を切ったように押し寄せる。すでに前兆はある。緊急対策に盛り込まれた地方交付税増額と新設の経済緊急予備費の各1兆円などに旧来型の公共事業費が潜り込んできそうだ。

不景気や雇用への手当ては必要だ。だが、それを口実に、選挙への思惑を絡めてあれもこれもと盛り込めば、それこそ放漫財政そのものではないか。漫然と財政赤字を膨らませるだけなら、国民はとても安心できまい。

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手が悴む

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今日の名言

夫婦の仲はあまりつづけて一緒にいると、冷めやすいし、くっついてばかりいると損なわれやすい。知らない女性はどれも愛想がよく見える。

モンテーニュ『エセー』(五)

Shibutoge61冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏

と、言われて、フユ、と云ってみる。ほんとうに口笛を吹くように口とが少し尖って、何度も繰り返すと、ヒュウ、と音もする。ハル、ナツ、アキ、とついでに声に出してみると、いずれも二音がはっきりとしていて、くり返してもただただ続くだけだ。

ヒュウ、は口笛と同時に、風の音も連想させる。北風はピープー吹くけれど、ヒュウ、は隙間風や、落ち葉を舞い上がらせる一陣の風を思わせる。云う、の方が、言う、より、口ごもるニュアンスらしい。

はっきり意味を伝えようとしているわけではなく、ふとつぶやいている感じ。少し悴んだ両手をこすり合わせながら、フユ、とぽつりと言葉にした時、それはため息のように小さい白い息となって、かちんかちんの空気を一瞬見せて消えてしまうだろう。

ほらね、という作者の微笑んだ顔が見えるようであたたかい。『俳句歳時記 第四版・冬』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)

悴んだ両手と言うと昔を思い出す。学校へ行く前に、廊下を拭き掃除をしなければいけなかった。氷みずのような冷たさで雑巾を入れて振り出すと、手は悴んで旨く絞れない。水気の多い雑巾で拭き始めたら、手は棒のような感じになって麻痺状態、両手を口に当てハーハー息をかけたが駄目・・・

しかし、もの凄く遠くなったが、60年前のこと今では自分ながら考えられない。そんな貧しく厳しい時代(終戦直後)であった。母親が病死したり、女の手がなかったからだ。

だけど廊下は今で言うと縁側で、雨戸も何もなかったので吹き晒しだったなあ・・・

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2008年12月12日 (金)

心に響く言葉

24351言葉というものがひどく粗末に扱われている世の中だ。メディアで伝えられるのも、およそ見たくない、聞きたくないような言葉ばかりが氾濫している。

さんざん言われたことだが、一国の首相からして、あきれるような言葉ばかり発しているのだからどうしようもない。「たらたら飲んで食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」などとはまるで酔いまぎれの捨てぜりふだ。

経済人や高級官僚、自治体の長といった面々にも同様の例が少なくない。多くの人々に何かを伝えよう、理解してもらおうとして語るのが責任ある立場での発言というものだ。が、彼らの暴言、失言からは「伝えたい」という思いが感じられない。言葉の重みなどすっかり忘れ去っているのだろう。

知らない言葉の意味を考えなかったかというと、「自分が知らないことは、知る価値のないことだ」というふうに推理したからである。

バラク・フセイン・オバマ・ジュニア(Barack Hussein Obama, Jr., 1961年8月4日 - )から、アメリカ大統領選挙勝利演説(2008.11.6 朝日新聞)見ると感動を覚えるところがある。

今回の選挙で初めて起きたこと、そして多くの話が、何世代にもわたって語り継がれるだろう。しかし、今夜私の心に浮かぶのは、アトランタで1票を投じた女性のことだ。他の数百万人の有権者と同様に、行列に並んで投票した。ただひとつ他の人たちと違っていたのは、彼女、アン・ニクソン・クーパーさんが106歳だということだ。

彼女は奴隷制が終わってわずか1世代後に生まれた。まだ道には車がなく、空には飛行機が飛んでいなかった時代だ。彼女のような人が、女性であるということと、肌の色という2つの理由で投票ができなかった時代だ。 今夜、この1世紀に米国で彼女が見たすべてのことに思いをはせたい。         

傷心と希望、努力と進歩、「不可能だ」と言われ続けたことに対して、「我々はできる」という米国の信条を進めようとした人々。 女性が声を出せず、希望が踏みにじられた時代もあったが、女性が立ち上がって発言し、投票を求める姿を、彼女は目の当たりにした。

(30年代に中西部で起きた)土埃の嵐の絶望や全土の恐慌の時にも、この国がニューディール政策や新たな雇用、そして新たな共通目標の意識によって、恐怖そのものを克服するのを、彼女は見た。我々はできるのだ。

我々の港が爆撃され、独裁体制が世界を脅かしたが、彼女は、一つの世代が立ち上がり、民主主義が守られるのを目撃した。我々はできるのだ。(黒人解放運動のきっかけとなったアラバマ州)モンゴメリーの通学バスのボイコットやセルマのデモ、「我々は勝利する」というキング牧師の言葉も聞いた。我々はできるのだ。

人類が月に到達し、ベルリンの壁が崩壊し、世界は科学と想像力でつながった。そして今年、この選挙で彼女は指で画面に触れて一票を投じた。106年の生涯で良いときも暗い時代も経験し、彼女は米国がいかに変化するかを知っているからだ。我々はできるのだ。

米国よ、我々はここまで来た。いろんなものを見てきた。だが、やるべきことはまだまだある。だから今夜、自らに問おう。我々の子どもたちは次の世紀を見られるのか。私の娘たちがアン・ニクソン・クーパーのように長生きできたら、どんな変化を見るのか。我々はどんな進歩を遂げているのか。これらの問いに我々が答える好機だ。今は、我々の時代なのだ。

人々に仕事を戻し、子どもたちに機会の扉を開こう。繁栄を再建し、平和の大義を推進しよう。アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つであるという根本的真実を再確認しよう。希望を持つことは息するくらい当たり前だ。皮肉や懐疑心に出会ったり、「できやしない」という人に出会ったりしたら、米国民の精神を要約する不朽の信条で応えよう。「我々はできる」

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6か国協議はアメリカが負けた

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154016か国協議は、全く北朝鮮の思惑通りのシナリオで終わりそう?、あちこち飛び回って「ヒルさん本当にご苦労さん」であった。北朝鮮のしたたかさに、脱帽のアメリカで、あまりにも譲歩しすぎだ。とても日本の懸案である拉致問題は交渉もほど遠い感じがする。それではいけないのだが・・・。読売新聞社説・毎日新聞の記事を見ると・・・。

いったい、いつになったら、北朝鮮が申告した核計画の検証作業が始められるのか。

5か月ぶりに開かれた6か国協議は、今回も検証細目を定める合意文書作りで結論を得られぬままに終わった。北朝鮮に検証受け入れの意思がない以上、合意できなかったのはやむを得ない。重要なのは、明確で厳密な検証の枠組みを明文化して、北朝鮮の言い逃れを許さないことだ。合意を急ぐあまり安易な妥協に走ってはなるまい。

北朝鮮は、検証をめぐる協議継続の意向は示した。だが、核兵器の原料であるプルトニウムの生産量確認に不可欠な「サンプル(試料)採取」の明文化は拒んだ。検証作業の開始時期についても、核施設の「無能力化」と、その見返りの経済・エネルギー支援が「完了した後」と主張し、検証を先送りにする姿勢を示した。

相手からなにがしか譲歩を得ようとする遅延戦術は、全く変わらない。検証手続きの合意をなお先延ばしするなら、エネルギー支援の実施ペースを落とすことも検討していいのではないか。北朝鮮には、退陣まで残りわずかとなったブッシュ米政権を揺さぶるだけ揺さぶって、検証に抜け道を作る狙いもあるのだろう。

そして、「口頭での合意」を得るために、米国は北朝鮮のテロ支援国家指定解除という「最後の交渉カード」まで切っていた。

6カ国協議は、ブッシュ政権1期目の03年に発足。同政権は、協議の枠組みが「実績」としてオバマ次期政権に継承されることを望んでいる。米国家安全保障会議(NSC)のワイルダー・アジア上級部長も協議前「他の参加国が、次期米政権の北朝鮮対策に関心があるのは理解できる」として、まずは「次期政権が価値を見いだす交渉の場」にすることが大切と強調した。

そのためには今回、検証の枠組みの文書化と、第2段階措置(核施設の無能力化と核計画の申告)完了に道筋を付け、進展を印象付ける必要があった。

「(合意文書に)試料採取が盛り込まれないと、我々の負け」。協議直前、ヒル米国務次官補はこう語っていたが、それが現実となってしまった。

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記憶力

07tamurano_yuhi31最近、特に記憶力が落ちたことに自分ながら、驚きである。意外と昔のことは忘れず思い出すのだが、ごく最近のことが忘れてしまう。また簡単な漢字や、人の名である。なるべく手帳に記して置くようにしたり、ブログに日記を書くようにしているが、日記はノートだったがブログにしたのが、よくなかったのかなあ・・・漢字の忘れは酷い。

しかし、いかなる人も老化に伴って起こる記憶力の低下から逃れることは出来ない。

人の場合80歳(平均寿命)以前では日常生活に大きな支障をきたすような記憶障害を示す割合が極めて低い(5%以下)が、80歳を過ぎたあたりからその割合は急激に上昇する(約50%)。

このような老化による記憶力の低下(加齢性記憶障害=老人ボケ) を改善する方法を確立することは、高齢者の社会参加、また高齢化社会におけるQuality of Lifeの達成のためには重要な課題である。

そしてある研究者は、70歳の記憶力と 7歳の記憶力と同じ?というが、どうも経験からすると7歳の子供の記憶力のほうが勝っていると思う。

高齢化社会におけるQuality of Lifeは、特に心がけることが大事であるが、体力・知力・判断力など身体の全てが衰えていく事で生活の質を変えていくことが重要だと思う。

今朝は、フトこんなことを考えて、目が覚めた。

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野良猫に餌やり

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今日の名言

日本人は素描をするのが速い、非常に速い、まるで稲妻のようだ、それは神経がこまかく、感覚が素直なためだ。

『ゴッホの手紙』(中)

271山中の吹雪抜けきし小鳥の目 福田甲子雄

野生の動物にとって厳しい冬がやってきた。烏も鳶も雀も狸も狐もみんな飢えている。山は削られ海は埋め立てられ宅地やマンションに造成されて、人間と共生する野生は次第に追い詰められていく。

デパートの地下食品売り場を歩いたり、回転寿司の席に腰掛けるとき、月に一日くらい動物たちにこの場を開放してやったらと夢想する。デパ地下に烏や鳶や犬猫が溢れ、満腹なるまで食べる。

回転寿司の席に座った犬は遠くから流れてくるお目当てのマグロを尻尾を振りながら待つ。公園や街角で野良猫に餌をやっている人よ、烏にも少しお裾分けしてやってくれないか。

金の都合ばかりで、こんなに自然を痛めつけたのにまだ人間と一緒にいてくれている友だちのために。『白根山麓』(1982)所収。(今井 聖)

猫も数増えれば、公害となってしまう、最近近所の一人暮らしのお婆さんが猫を飼っている、そして野良猫に餌を与えている。その数10匹近くだ。一人暮らしの寂しさと、猫の可愛さは分かるが、近所では迷惑至極である。我が家の庭で糞をするのである。

我が家で飼っているインコを、空きあれば狙っている油断できない。

それどころではない、庭履きのサンダルや脱ぎ忘れた、靴などを持ち去るのである。干してあるタオル・草取り用の手袋などアッと言う間に持ち去り、お婆さんの家まで運んでいくのである。中には重いから、途中で置いて行くので探すのが大変、それでも、我慢している近所であるが、これには困った。

この問題で、昨日読売新聞で、将棋の加藤一二三九段が裁判騒ぎになった記事を見た、またテレビでもあったそうだ。

東京都三鷹市の集合住宅の住民17人と管理組合が、同じ集合住宅に住む将棋の加藤一二三(ひふみ)九段(68)を相手取り、野良猫への餌やりの差し止めと、慰謝料など645万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁八王子支部に起こしていたことが分かった。

訴状によると、加藤九段は約15年前から、自室の玄関前や周辺で野良猫に餌をやり始めた。

ほかの居住者は、猫の排せつ物や鳴き声に悩まされ、餌やりをやめるよう求めたが、加藤九段は応じなかったという。一方、加藤九段は、2002年に自室前で見つけた猫の親子に餌をやり始め、自費で猫を去勢したなどと主張している。

猫には、一匹で家の中で飼うようにして欲しいと思う。

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2008年12月11日 (木)

何とかしなければ・・・

154016ヶ国協議も、難航しているようだ、北朝鮮の徹底した水際作戦で「核」だけを武器協議国を翻弄させている。北朝鮮国民は一体どんな暮らしなのか心配である。こう見るとアジア平和を維持するのは、波が高い。

今世界は、同時不況で大騒ぎをしているが、それは先進国・発展途上国で後進国では、一刻も猶予もない人間の命にかかわる重大なことが起きている。

世界の飢餓人口9億6300万人ーアジア・アフリカに集中という、ショッキング見出しで読売新聞webにあった。

国連食糧農業機関(FAO、本部・ローマ)は9日、2008年の世界飢餓人口が昨年比約4000万人増の9億6300万人に達するとの見通しを発表した。

世界的な金融・経済危機で、飢餓状況はさらに悪化する恐れがあるという。

FAOによると、世界各地に食糧危機をもたらした穀物などの価格高騰は、今年前半に下落に転じた。ただ、肥料や種子の価格は、依然高水準にあるため、開発途上国では穀物生産が増加せず、深刻な食糧不足が続いている。さらに、金融・経済が農業投資などに悪影響を及ぼせば、「2009年に食糧価格が再び急騰することも考えられる」という。

飢餓人口はアジアとアフリカに集中しており、インド、中国、コンゴ民主共和国など7か国だけで、全体の65%を占めている。

そして、WHOは、ジンバブエのコレラは、感染者が6万人に上る可能性があるという。

(CNN) 世界保健機関(WHO)は9日、アフリカ南部ジンバブエで流行しているコレラの感染者が、最大で6万人に達するとの推計を発表した。ジンバブエ政府は4日、コレラの大流行で非常事態宣言を発表。国連機関や各国に対し、支援を求めている。

WHOによると、コレラ感染者は今月だけで1万4000人に上り、死者はすでに600人となっている。この数は、病院や医療機関で診察や治療を受けた人数を元に算出しており、ジンバブエの経済疲弊状況や、保健衛生政策の欠如を考慮すれば、死者はこの数を大きく上回るとしている。

感染者数についてWHOは、ジンバブエの人口120万人から算出したと。人口の半数に感染リスクがあり、このうち1%が感染すると見て、6万人とはじき出した。

また、感染者が治療を受けて回復した後も、ジンバブエ国内の衛生状況から、再感染リスクは非常に高いと指摘。国を挙げて抜本的な対策が必要だと訴えている。

政治情勢の混乱が続くジンバブエでは、長期独裁政権を敷くムガベ大統領が国際的に批判を受けている。政治だけではなく、年間インフレ率が2億3100万%を記録するなど、経済的にも崩壊状態に陥っている。

そんな世界情勢で、ギリシャの暴動・パキスタンのテロ・アフガニスタンの紛争など不安は尽きない。世界の平和は、永久に尽きない感じである。

何とかしなきゃいけない人類のひとり々が、何かをしなければいけない。「限られた資源」で「共生」 「地球環境維持」命の尊さを、考えようと呼びかけたい。

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雪女郎

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今日の名言

愛とは、人間という謎にみちた独特の存在が、ふしぎに融けあっていくことなのだね。

ノヴァーリス『青い花』

08tubaki_takegaki11帰るバスなくなつてをり雪女郎 火箱游歩

雪女と雪女郎とはどこが違うのか?講談社版「日本大歳時記」の説明には「雪女郎は雪女よりさらに妖怪じみて悪性であると考えられているようである。つまり雪夜に人を迷わすのは雪女郎とか雪鬼、雪坊主といわれるものの場合が多い」とある。

しかし掲句の「雪女郎」はそうワルに思えない。一時間に一本あるかないかのバスを逃してしまい、この雪女郎は呆然と時刻表を見ているのだろうか。ひとり取り残されてしまった雪女郎は仕方なく吹雪をひゅーひゅー巻き起こして人を脅かしているのかもしれない。それとも反対に、この雪女郎は麓の町で遊びすぎて山へ帰るバスに乗り遅れたのかもしれない

電気に照らされて乾いた町の夜は雪女郎には辛かろう。「瀬に下りて目玉を洗ふ雪女郎」(秋元不死男)なんて雪女郎にはおどろおどろしい句が多いようだが、バスに乗り遅れた雪女郎に親しみがわくのは、彼女同様私もドジだからだろう。『雲林院町』(2005)所収。(三宅やよい)

もみじ葉の 枝の先まで 雪かぶり

最近は、東京地方では、年3.4回降るぐらいで、10センチ位で大雪である。それでも交通には、影響が大である。特に道路は大変で、交通渋滞になったり、交通事故が多くなる。バスなどで通勤・通学などは、遅れてしまう。

雪女郎・雪女なんて恐ろしい、イメージがする。灯りでかすかに見える、長い乱れ髪で顔の輪郭があって、目と口に特徴がある。垂れ目、口はちょっと開いている。何と言っても手の表情である。垂れ下がった柳のような指である。こうなると「うらめしーい」なんて聞えてくるようだ。

今は、雪はふらないし、町の防犯灯が、整備されているから、こういうスシチュエーションは、なかなか味わえない。

まだもみじや、楓、真っ赤の葉が残っている。その上にそっと、白粉をかけたような場面はなかなか風情があっていい。

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2008年12月10日 (水)

3億円事件

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191104011今から40年前、結婚して2年目の今日私も被害者の一人だった。東芝府中工場に勤務して13年目であった。3億円の何千分の1を貰う予定でいたが支給日の10日には貰えなかった。いったい何が起きていたかは、工場内では全く、分からなかった。

暫くして何日かして、3億円強奪事件で、大騒ぎ工場の近くの聞き込み、は連日続いてアリバイを立証しなければならない人がいたと言う。あらぬ疑いを掛けられれ、工場内でも話は持ちきりであった。ボーナスは、後日しっかり貰った。

しかし、現金支給なんて、あったんだ。懐かしいなあ・・・。

Wikipedia・・・1968年(昭和43年)12月6日、日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行(国分寺)支店長宛に脅迫状が届く。翌7日午後5時までに指定の場所に300万円を女性行員に持ってこさせないと、支店長宅を爆破するというものであった。当日、警官約50名が指定の場所に張り込んだが、犯人は現れなかった。

4日後、12月10日午前9時30分頃、日本信託銀行国分寺支店(現存せず)から東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へ、工場従業員のボーナス約3億円(正確には2億9430万7500円)分が入ったジュラルミンのトランク3個を輸送中の現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所裏の府中市栄町、学園通りと通称される通りに差し掛かった。

そこへ警官に変装して擬装白バイ(オリジナルは青)に乗った犯人が、バイクを隠していたと思われるカバーを引っ掛けた状態のまま輸送車を追いかけ、輸送車の前を塞ぐようにして停車した。現金輸送車の運転手が窓を開け「どうしたのか」と聞くと、「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と言って行員を輸送車から降ろさせた。

4日前に支店長宛ての脅迫状が送り付けられてこともあり、その雰囲気に行員たちは呑まれてしまっていた。犯人は、輸送車の車体に潜り込み爆弾を捜すふりをして、隠し持っていた発煙筒に点火。「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と避難させた直後に輸送車を運転し、白バイをその場に残したまま逃走した。この時行員は、警察官(犯人)が爆弾を遠ざけるために輸送車を運転したと勘違いし、「勇敢な人だ」と思ったという。しかし、バイクに詳しい行員が残された白バイが偽物と判断できたことから偽警察官による現金強奪事件が早くも判明した。

この出来事の目撃者には銀行員のほか府中刑務所の職員、近くにいた航空自衛隊員などがいた。しかし、これらの目撃者の証言は曖昧だったり勘違いだったりすることもあった。

直ちに緊急配備が敷かれ、要所要所で検問が実施されたところ、杉並区内の検問所で“銀色のトランクを積んだ灰色ライトバン”を捕捉したが突破された。これが最後に目撃された犯人の姿といわれる。

被害金額約3億円(2億9430万7500円)は現金強奪事件としては最高金額であった。当時の3億円は現在の貨幣価値に直すと約80億円にあたる(計算方法によっては30億円とする意見もある)。捜査には9億円が投じられた。

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理数をもっと好きにさせたい

06hatimantair341_11私の孫は、小学生の低学年が4人いる、教育が心配である。何処にこの問題はあるのだろうか考えてみると、環境にも一因あるのだろう、何故言えば、マンション暮らしで、普段自然の野山・川などに触れられない。山や、畑、川などので大人の働く事に触れられない、いわゆる自然科学が学べない環境にrと思う。読売新聞の12/10の社説に書かれていた。

学力を伸ばすには、まず意欲や関心を持たせることが大切だ。

国際教育到達度評価学会が、小学4年生と中学2年生を対象に行った2007年の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果からは、そんな日本の教育課題が浮かぶ。日本は、小4が算数、理科ともに参加36か国・地域中4位、中2では48か国・地域中、数学5位、理科3位だった。得点も含めて、前回の03年と同レベルで、上位を維持した。

近年、理数系の学力低下が指摘されてきたが、文部科学省は「歯止めがかかった」としている。だが、果たしてそうなのか。心配なのは、同時に実施された意識調査における学習意欲の問題だ。小学生は改善の兆しが見られたが、中学生は深刻である。

算数・数学と理科の勉強が「楽しい」と答えた子どもは、小4ではそれぞれ7割と9割だが、中2では4割、6割と、国際平均より約20~30ポイントも低い。また、理数の学習が「日常生活に役立つ」と思う中2の割合はいずれも最下位レベルで、「希望する大学進学や就職に良い成績が必要」とする回答も少なかった。

こうした傾向が続けば、以前に比べて低下している大学や大学院の理工系学部・課程への進学率は、ますます下がりかねない。小中学校の理数は、新学習指導要領が来年度から前倒し実施され、授業時間と内容が増える。

まずは、理数をもっと好きにさせることから取り組みたい。教科書の内容を補う教材をどう使ったらよいのかなど、教育現場の努力や工夫が重要になる。文科省は07年度から、小学校の理科の授業に大学生や退職教師らが「支援員」として参加し、実験の準備をしたり児童の質問に答えたりする事業を始めている。

来年度からは、小中学校の理科授業の中核となる教師を、主に大学の理工系学部で養成する計画もある。豊富な知識に裏づけられた興味深い授業で、子どもの意欲と学力を高めたい。今年は日本人が相次いでノーベル物理学賞と化学賞を受賞した。物理学賞の益川敏英・京都産業大教授は、「若者が科学に取り組む原動力は、偉大な科学者に対するあこがれや好奇心だ」と話す。

学問や研究を究めた格好のモデルが、日本にもある。資源の乏しい日本では、優れた科学技術が、国づくりに大きな役割を果たしていることも教えたい。

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外国人の登録者

今日の名言

人が寛大おうようの評判をとることは結構である。しかし寛大は用いるにあたって当を得なかったならかえって有害である。

マキアヴェッリ『君主論』

Center171極月や冬という名のデザイナーホーカン・ブーストロム

以前、このサイトでスウェーデン人の俳句を紹介したことがある。それと同じ日本とスウェーデン初の俳句アンソロジー『四月の雪』から掲出句を採った。原句の直訳は「十二月の今日/冬という名のデザイナーは/そのコレクションを披露する」(舩渡和音訳)。これを清水哲男が翻案した。

ちなみにスウェーデンの俳句界では、季語は定められていないそうだから、ここでは「極月」と「冬」の同居に目くじらをたてる必要はあるまい。「冬という名のデザイナー」が効いている。たしかに雪や寒さだけでなく、冬の諸々をデザインする者がどこかにひそんでいるのかもしれない。

やさしいデザイナー、きびしいデザイナーなど、いろんなタイプのデザイナーが季節を操っているにちがいない、と考えると愉快ではないか。冬に限らず、春の、夏の、秋の腕っこきのデザイナーももちろんいるだろう。彼が持っている折々のコレクションを次々に披露してくれる――そんなふうに季節の変化を受けとめるロマンを持てたらすばらしい。

海外での俳句熱は年々盛んである。日本とスウェーデンに限らず、俳句を通して日本と他の国の人々の感性、あるいは文化のちがいや共通性を見出してゆくことの意義は大きい。同書からもう一句ご紹介しよう、高圧線凍れる国に弦を張る」。『四月の雪』(2000)所収。(八木忠栄)

外国人、最近多く見かけるようになった。そして近くのアパートにも、マンションにも住んでいる。彫りが深い、外人の子供は、可愛い。でも、東南アジア系、中国・韓国・台湾などの人は全く分からない。道であっても、気がつかない。言葉のイントネーションが違うのでそこで分かる。

いま、日本人の人手不足で深刻な介護士である。確かに介護の仕事は、大変でいわゆる3-K職場で給料が安い・きつい・危険・汚い、である。インドネシア人を養成して、人材を確保しようしているようだが、待遇改善しなければ、長く勤められないだろう。

実際、2007年末現在の日本における国籍別外国人登録者数を調べたら、総数2530千人で、国別では中国・607千人、韓国・605千人、ブラジル317千人、ヒィリピン・60千人、アメリカ・51千人、その他・3220千人である。

やはり、国際化・少子高齢化で人口は減少してくる。もっと外国人を、受け入れていかないと、日本の将来は危うい。しかし日本人の結婚適齢期は何歳だろう。また未婚者が多い、40歳過ぎても結婚しない男女が近くでも、多くなった。

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2008年12月 9日 (火)

「すっぴん」見せたがる女性たち

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08tubaki_takegaki11最近の女性の化粧は、アイ(目)に時間をかけているらしい、カラーのアイコンタクトが、目に支障をきたすという事で、販売を規制するそうだ、NHKのニュースであった。それと爪である。ネール(爪)アートと言って、とても家事は出来そうもない長く伸ばして、昔では考えられなかった。趣向が変わったといえばそうかも知れないが、どうも何だか変だ。「すっぴん」美人は、健康的であり、そして濃い目の化粧で、お遊びは結構だと思うよ・・・。

そう思う女性は、仕事も出来、お付き合いも出来る方が、男性に好まれるのだろう。

J-CASTニュース・・・「ヤフー!」の週刊特集で、誰が一番の「すっぴん美人」かを選ぶ投票が始まり、ネットで話題になっている。2008年は女優の深田恭子さん(26)が写真集で「すっぴん」を初公開、「メイクよりも可愛い」などと評判になった。今なぜ「すっぴん」なのか。「自分を隠さず素の自分で戦いたい」という女性が増えてきたことが背景にある、という人もいる。

メイクは濃い目とすっぴんの二極型

一方、女性の回答は、初めて彼氏とお泊りする日に「すっぴん」がアリは38人(76%)。彼氏に「すっぴん」が別人と言われたことがあるのは7人(14%)。「すっぴん」のほうが可愛いと言われたことがある、は31人(62%)で、無いが19人(38%)だった。最初の質問で「すっぴん」はアリ、と答えた理由は、

「はじめに見せておかないと、すっぴんを見せるタイミングを失いそうだから。(27歳・会社員)」「素顔を好きになってくれたらもっと嬉しいから。(24歳・プロダンサー)」というものがあった。

美容・健康商品の通信販売会社ラグランジュ社長で、「ミクシィ」で6万4000人が参加するコミュ「最上級のすっぴん美人」を主宰する谷川明日香さんはJ-CASTニュースに対し、「女性がメイク時でも、すっぴんでも、キレイでありたいとの願望は過去も現在も同じだけれど、特にすっぴん指向が顕著になったのは07年から」と指摘する。きっかけになったのは「オーガニック」と呼ばれる無添加で安全性の高い化粧品が注目されてから。「肌力」を付け、「すっぴん」でもキレイな自分になろう、と努力をしているという。

「自分を隠さず素の自分で戦う、という感覚ですね。彼氏と泊まりに行ったときなど、どうしてもお化粧は取れますよね。そんな時でも、キレイでいられたほうが、自分も安心、ということもあります」

女性のメイクのトレンドとしては、雑誌「小悪魔ageha」に代表される濃い目の独特なものと、「すっぴん」の2極化が進んでいるそうだが・・・。

                                

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いま由井正雪を思う

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13_10241由井正雪は,江戸時代でも優秀な軍学者で、各地の大名はおろか幕府からも仕官の誘いが来ていた。しかし、正雪はどの大名に対しても仕官には応じず、軍学塾「張孔堂」を開いて多数の聴衆を集めていた。

この頃、幕府では第3代将軍・徳川家光の下で厳しい武断政治が行なわれ、関が原の合戦や大阪の役以来、多数の大名の減封、改易により巷では多くの浪人があふれていた。幕府や諸藩での再仕官の道も厳しく、一種の社会問題となっていた。浪人の一部には、自分達を浪人の身に追い込んだ幕府政治に対して批判的な者も少なくなく、また生活苦から盗賊や追剥に身を落す者も多く、社会不安にも繋がっていた。

正雪はそういった幕府の政策を批判し浪人の支持を集めた。また、幕府からの仕官の誘いを断った事への共感もあり、張孔堂には幕府を恨む浪人が多数集まるようになっていった。

毎日新聞・・発信箱の記事(抜粋)・・・戦に備えて抱えておく必要はない。加えて幕府の強引な「合理化」政策で大名が次々に取りつぶされ、江戸や上方の都市には仕官の口や職を求めて浪人たちが集まった。

侍とはいえ富裕の者は一握りで、いきなり主家が廃絶になって路頭に迷う者の風体は哀れなものだったという。幕府はこうした浪人たちが市中に居着くのを嫌い、宿を貸すことも厳禁して追い立てる。職を突然奪われた者に対する非情と無神経は、いつの世も似通うらしい。

だが、正雪の乱に幕府は揺れ、浪人追放やお家取りつぶし策を転換する。東大史料編纂(へんさん)所員だった進士慶幹(しんじよしもと)氏の「由比正雪」(吉川弘文館)は史料に広くわたり実証に徹した名著だが、乱の摘発をしながら浪人の窮状も熟知し、就職あっせんに奔走した町奉行を紹介している。

正雪は反骨の相だったと伝わる。肖像は残っていない。乱発覚時の人相書きによると「小柄で色白、額短く総髪黒く、眼くりくり」という。案外、愛嬌(あいきょう)のある顔立ちだったかもしれない。

由井正雪で軍学士、慶長10年(1605年) ~慶安4(1651年)の時代で、今のような社会があったようだ。

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鯨のこと

今日の名言

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの

『室生犀星詩集』「小景異情」

282_field111勇魚くる土佐湾晴れてきたりけり 濱田順子

勇魚(いさな)とは鯨の古称。土佐湾といえば「♪おらんくの池にゃ、潮吹くさかなが泳ぎより(よさこい節)」と歌われるように鯨はとても親しい存在。11月頃、子を生むためにオホーツク海から日本海を通って南下し、3月頃子鯨とともに北上すると思われていた鯨だが、最近の調査では一生を土佐湾で過ごす個体もあるらしい。

昔から「一頭捕えれば七郷の賑わい」と言われていたように鯨捕りはもちろん、鯨が回遊する鰹や鰯の大群を追っているため、鯨は鰯や鰹の大漁のシンボルとして漁師にも喜ばれていたという。

その白波を立てた大きな姿を認めたときの歓喜は、時間を超えて引き続き現在も身体に組み込まれているように思う。掲句の下五「晴れてきたりけり」では、この湾を風土に持つ作者の誇らしさが海原を晴々と照らしているようだ。

今年の春、「そりゃもうしょっちゅう見えちゅう」と聞いていた桂浜に行く機会を得て、鯨との出会いを楽しみにしていたが、残念ながら叶わなかった。勇ましい魚が語源という勇魚の悠々と泳ぐ姿をいつか見てみたい。〈夜噺に投網しつらふ音のして〉〈一駅は白でうづもり遍路笠〉『若菜籠』(2008)所収。(土肥あき子)

かっては、日本は世界でも1・2争う捕鯨国であったが、1970年代に鯨の捕獲が制限されて最近では、日本がクロミンククジラとナガスクジラを捕獲対象に第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)を開始し、調査捕鯨で獲れる位である。

いま問題になっているのが、ノルウエーから鯨をゆにゅうした?として捕鯨反対のグリンピースなどが目を光らせていて、とんでもない暴力行為を心配している関係者である。

昔、白ナガス鯨をみたことがある。トレラーで運ばれてきて、その大きさに驚いた。長さが30メートルもあり、体重何十トンもすると聞かされ、人など何人も飲み込んでしまう口が印象的であった。

鯨肉と言えば、今は貴重であり、なかなか食べられない。終戦後食べたことがあったが、他に肉類は食べられなかったので、凄く美味しかった記憶がある。どんな種類の鯨だったのか分からないが種類の多い鯨である。

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2008年12月 8日 (月)

大東亜戦争とふいご祭

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06oga_toga1112月8日は、忘れてはならない大東亜戦争の勃発である。ハワイの真珠湾を日本軍が攻撃したのが始まりで、中国、東南アジアの進出し後戻りの出来ない泥沼の戦闘が続いた。そして多くの犠牲者を出した。1945年8月6日広島・9日長崎に世界で初めての原子爆弾を投下して両市合わせて30万人の死傷者だして8月15日終戦を向かえた。この戦争の始まりの日をあんまり意識しない人が多い。

もっと意識を持って戦争は絶対してはいけないという事を意識付けて欲しい。何故なら、私は戦闘機(グラマン)2機で狙われ、九死に一生を得た経験があるかである。昭和20年6月のある日のこと、爆音と共に手が届きそうな低空に飛んできて、田んぼの中で田植えをしてい私を目がけて機銃掃射である。1㍍さきにプツプツプツと水柱をあげていた。もしその一発でも身体に当たっていたら、今はない。

ふいご祭は、会社での思い出である。会社は昭和30年代の事であるが、その当時D-51などの汽車の押し棒を鍛造で打っていた。鉄の材質はFC-60という300ミリ位の鉄棒を800度Cまで熱して、5トンハンマーで伸ばし形作るのである。汗と腕力の仕事である。

そんな職場によく出入りしていたので、気の荒い人たちと何故か仲良くなり、話を聞いたり教えてもらった。そんな鍛造工の中に刀鍛冶の経験をしたかたがいて、日本刀を見せてもらった。そして組長の持論であったのは、鍛冶屋は、何にもないところから、いろいろな形を想像して、製品にする。美意識がないと駄目なんだ。と言っていたのが印象的だった。

刀匠等が玉鋼を使用して、ふいごを用いて、水締めを行なう。その後、刀剣鍛錬神事があり、刀匠による鍛錬の実践が行なわれるふいご祭は日本中に数ある。製鉄・製鋼・機械工具等を商う金物業界の守護神として、あるそうだ。また各家庭のカマドの神さまとして12月8日に祭をするという風習もあったそうだ。
神饌には餅・ミカンを供える(火中にミカンを投じると風邪を引かない民間信仰が伝承している。

その当時3時ごろに仕事は終わりで、神棚を設け、お神酒を上げて、職場の人に振舞った。そして、風邪予防にミカンを振舞った。はそんな日であった。遠い昔になってしまった

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内閣支持率急降下の21%

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Natsu1 とうとう、限界水域を下回ってしまった。大雨で堤防が決壊する危険があるよなものではないかと思う。麻生太郎首相のキャクターは、漫画好きな、ユニークな一見若者受けするようだが、あまりにも、政策が振れたり、失言が多いでは信頼度は下がっても、仕方がないのなあ・・・

毎日新聞の世論調査・・・毎日新聞は6、7の両日、電話による全国世論調査を実施した。麻生内閣の支持率は21%で10月の前回調査から15ポイント下落、不支持率は17ポイント増の58%だった。

「麻生太郎首相と小沢一郎民主党代表のどちらが首相にふさわしいと思うか」という質問への回答は、麻生首相が21ポイント減の19%、小沢氏が3ポイント増の21%で両者が初めて逆転。「選挙の顔」と「党首力」を期待されて就任した首相が今後、厳しい政権運営を迫られるのは必至の情勢となった。

内閣支持率21%は安倍政権最低の07年8月調査の22%を下回る数字。自民党が大敗した参院選直後の調査で、安倍晋三元首相は1カ月余後に退陣を表明した。また福田政権下の08年5月の18%、6月の21%、7月の22%と同水準となった。

支持理由は「首相の指導力に期待できるから」が前回調査比14ポイント減の19%。不支持理由も「首相の指導力に期待できないから」が14ポイント増の27%となり、政策決定を巡る政権の「迷走」や首相の失言などが支持激減に影響したとみられる。

首相の不用意な発言や漢字の読み間違いへの評価は「首相の資質を疑う」が48%で「目くじらを立てるほどのことではない」の42%を上回った。

どちらが首相にふさわしいかは「どちらもふさわしくない」が14ポイント増の54%。9月は麻生首相42%、小沢氏19%、10月は麻生首相40%、小沢氏18%だったことから、麻生首相と答えた層が「どちらもふさわしくない」という回答に流れたことがうかがえる。

一方、定額給付金への評価は「評価しない」が70%で「評価する」の21%を圧倒。政府が08年度第2次補正予算案提出を09年1月召集の通常国会に先送りしたことも「支持しない」61%、「支持する」24%で麻生内閣が政策的にも支持を集めていないことが浮かんだ。

世論調査には次期衆院選に関する質問も盛り込んだ。いつ解散すべきだと思うかを五つの選択肢で尋ねたところ(1)「直ちに解散すべきだ」28%(2)「来年度予算成立後の来年春」25%(3)「来年1月の通常国会冒頭」17%(4)「任期いっぱいまで解散の必要はない」15%(5)「来年夏ごろ」2%--の順で、早期の衆院選を求める世論が浮かび上がった。

「自民と民主のどちらに勝ってほしいか」との質問への回答は民主46%、自民29%。自民は前回調査比7ポイント減で、民主も2ポイント減だったが、両党の差はさらに広がった。

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年末の人混み

今日の名言

人間のすべての性質のなかで、嫉妬は一番みにくいもの、虚栄心は一番危険なものである。
心の中のこの二匹の蛇からのがれることは、素晴しくこころよいものである。

ヒルティ『眠られぬ夜のために』(第二部)

20080120990742131人込みに又逢ふ人や十二月 植田 航

新年を迎えるための買い物客でごったがえしている「人込み」だろう。歳末の人込みは、普段のそれとはだいぶ違う感じがする。物理的には変わらないにしても、普段のそれが人々の目的意識がばらばらであるのに比して、年末のそれはおおかたが年用意のためとわかっているからだ。

見知らぬ他人にも、なんとなく連帯感のような感情すら覚えてしまう。この「又逢ふ人」は見知らぬ人であっても構わないけれど、むしろ顔見知りのほうが面白い。そんなに親しくはないが、道で会えば会釈をかわすくらいの関係である。

だから最前、人込みですれ違ったときにも、お互いにすぐに気がついて、軽く頭をさげあったばかりなのだ。が、作者が買い物に手間取ってうろうろしているうちに、またその人に出会ってしまった。先方も、たぶんうろうろと同じところを歩き回っていたのだろう。

こういうときは、なまじ顔看取りであるだけに、バツが悪い。もう一度会釈をするわけにもいかないので、半分は口の中で「やあ」などと言いながら苦笑ともなんとも言い難い表情をつくるしかないのである。いかにも「十二月」ならではの人情の機微を良くとらえた佳句である。『半日の旅』(2008)所収。(清水哲男)

せんだって、久し振りに電車に乗って立川のアミューに行った。12月に入ると気分が違うのか何か人の意識違うのか、せわせわしているようで仕方がない。船の出港するドラがなっているようなきがするので。

中国は、旧正月を祝うそうなので年の暮れはどんな雰囲気なのだろう。世界でも日本ほど大袈裟になるところも無いと思うが、これも古くからのしきたりなのだろうから、今更どうのこうのはないが。

最近は夫婦二人のの生活であるから、子供・孫が来るのが楽しみぐらいで、正月も普通の月ぐらいの感覚であった方がいいと思うようにしている。毎日サンデーでは、あえて混みあうところにはいかないようして、買い物はウイクデーしている。

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2008年12月 7日 (日)

片倉城址の歴史を探る

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片倉城の歴史                      

Mouri1_3                                             毛利氏の家紋は、一文字に三星

                                                                                                                                                                                        

毛利氏の家紋は、「一文字に三つ星」として知られている。毛利元就が用いた軍旗に「摩利支天の旗」があるが、それには「八幡大菩薩」「九万八千軍神二千八百四天童子」「摩利支尊天王」の文字が三行に書かれ、その下に「一文字に三つ星」の紋が据えられている。
そもそも「一文字に三つ星」の紋は大江氏の家紋であり、毛利氏も大江広元の子季光から出たもので、「一文字に三つ星」を用いたのである。

一文字三つ星紋の由来は、大江氏の遠祖阿保親王が「一品」に叙されたことから、「一品」の字を「一文字三つ星」に表体化して大江一族の紋にしたと伝えられている。とはいうが、大江氏は、菅原氏と同じく土師氏の後裔であることは、『日本書記』『六国史』『新撰姓氏禄』などによって知られており、阿保親王のことは後世の仮冒といえものであろう。

大江氏からは毛利氏のほかにも長井氏、那波氏、寒河江氏、越後の毛利氏など多くの一族が分かれたが、いずれも「一文字に三つ星」を家紋に用いいる。『羽継原合戦記』には、「永井と那波は 三つ星に一文字にて 昔の因幡守広元か末葉毛利の一家にて 一品と云字の表体也。」とあり、『見聞諸家紋』にも、大江氏の一族である長井・毛利・竹藤・萩氏の家紋として「一文字三つ星」が記されている。

片倉城は、八王子市片倉町にある中世城郭で、大江姓長井氏が築城したといわれている。「伝え云。応永の頃、大江備中の守師親在城せりと。此城古は東南北の三面は沼にして西には高き平地あり。その所に侍の屋敷町などありしと云。今見る所は西より片倉村の真ん中にさし出て、五六丈山なり。

大手口は西の方山上にて、広さ南北百間あまり。狭き所五六十間、僅かなる芝原なり。東の山上に住吉の神社の社あり、この所に櫓(やぐら)あとと云伝ふる所あり。この山の北の際を小川流る。これを湯殿川と呼ぶ。又南に小川あり、宇津貫川と云。この二流の川、城山の東の方4丁ほどすぎて落ち合へり。

小名川窪の東こざす場と云う所あり、南北より山足張いて狭窄の地にて、昔水流をつきとめし所なりと云。かヽりければ城下は尤池沼とも成しなるべし」。

この地域は横山氏の所領で、「横山荘」(船木田荘)と呼ばれた。建暦三年(1213)和田義盛の乱にくみして横山氏が滅亡したあと、大江広元の所領となった。その後、大江広元から出羽の国長井荘の地頭職を譲られた次男大江時広が長井姓を名乗り、横山荘を領有することになったという。この間の細かい経緯については詳らかでないが、康応二年(1390)、荘内山田に公園寺を開基したのは、長井道弘である。道弘は法名で、彼の本名ついても諸説があって、いまのところ明らかではない。

『新編武蔵風土記稿』は、大江氏の居館が公園寺の大門先にあったとする。それは、この辺り馬立場というところがあり、馬立の跡だといわれるからだという。一方、『武蔵名勝図会』は、大江氏が片倉に居城の頃、時々公園寺に参詣し、大江師親は毛利氏の租であり、片倉在城は不審という、当を得た見解を記す。

いずれにしろ、片倉城が長井氏によって築かれたとする点は、異論はなさそうである。この城跡を実測調査した加藤晋平は、その占地方法や縄張りきわめて類似する調布市深大寺城と、近い時期に構築されたものとしている。ふたつの城は文明年間(1469~87)、ともに扇谷上杉方の城であった。十六世紀初頭、扇谷方の長井氏は衰亡したとみられ、永正七年(1510)に上杉顕定が敗死した頃、片倉城も廃城したと考えられている。

その後、この地域は大石氏の支配下に入ったと思われるが、十六世紀中頃には北条氏支配下となる。具体的な記録はなにも残されていないが、北条氏照の滝山領における出城の一つとして機能していたと考えられるいる。そのため天正十八年(1590)豊臣勢の八王子城攻めの際には、この城も攻められただろう。山田の公園寺が焼討ちされたのは、このときであった。〈土井義夫氏〉

きょう八王子公園アドプト 【みなみ野つどいの森の会】主催で『片倉城址の歴史を探る』

講師 土井 義夫氏(郷土資料館学芸員)が、レクチャーをされた。(10時~11時)Katakurajoc21参加者約30名だった。

片倉城付近の概略図

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世界亭主サミット

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07kitayamazaki31今朝の毎日新聞の『トピックス』夫婦円満が目的の「世界亭主サミット」が6日、東京のJR新橋駅SL広場で開かれ、寒風の中、日本や各国の20人が妻への愛の言葉を叫んと言う。

多様化された、思想・グローバル化した国際社会・生活形態・文化の違い・宗教などのどろどろの器の中で、煮えたぎってしまった人間は、男と女しかいない。

人間の歴史は夫々お国で違いはあるだろうが、後世に命を繋げて行く指名がある。これからの理想の夫婦像とはどうあるべきか、大いに議論する価値があると思う。

「信頼」と「思いやりの心」を大事にして、その上で成り立つ人間尊厳の生き方をして、最後に「間違ってなかった!自分の人生もそう悪いものではなかった」とモーパッサンのような幸せな気持ちで終焉に幕を引ける人生を送ることが目標であるが・・・。

雑記帳内容・・・の夫婦円満を切実に願う男性たちの「世界亭主サミット」が6日、東京のJR新橋駅SL広場で開かれ、寒風の中、日本や各国の20人が妻への愛の言葉を叫んだ。

離婚防止の指南役として注目を集める「全国亭主関白協会」(福岡市)が主催し、3回目。「夫婦の悩みは万国共通」と欧米やアジアの外国人が初めて参加した。

外国人たちの告白は「これからも愛し続けます」とストレートだが、日本人は「ゴミ出しやります」「子供が生まれても見捨てないで」とひたすら低姿勢。「給料減ってごめん」と世相を反映する訴えには聴衆から同情の視線も。

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5W3Hをキチット

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今日の名言

金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いとずいぶん害をなす。

内村鑑三『後世への最大遺物 デンマルク国の話』

271入れものがない両手で受ける 尾崎放哉

自由律俳句といっても、その表れ方は作品によってさまざまです。ですから読み手も作品ごとに、受け止め方を変えなければなりません。今日の句に限っていうなら、この短い作品には、もともと具体的なものや人、あるいは季語があったのに、なんらかの理由で取り払われてしまったのではないかと、感じさせるものがあります。

読者としては、とうぜん失われたものがなにかということに思いを馳せることになります。作者はいったい何を受け取ろうとしていたのか。あるいはどんな姿勢をとっていたのか。手の形はどうしていたのか。しばらく考えをめぐらせたあとで、そんな詮索が意味のないことであると知るのです。

結局、作者が詠みたかったのは、失われた「入れもの」自体であったと気づくのです。何ものも媒介するものがなく、この世をじかに受け止めていることの心細さ、といってしまっては解釈が単純すぎるでしょうか。

五七五という熱い「入れもの」を手放した作者の思いを、両手でじかに受け止めさせられているのは、ほかならぬ読者なのかもしれません。『底のぬけた柄杓』(1964・新潮社)所載。(松下育男)

最近妻に、会話がおかしい、主語が後になり動詞や形容詞が先になり、内容が英語ののようで分かりにくい。と注意される。

例えば、 事故があったよ!驚いちゃった。どこどこで、車が電柱に衝突したよ・・・である。会話は難しいが、新聞の文章の基本ともなっている。日常会話で注意いなければならないのが5W3Hだ。

「いつ【When】」・・・「どこで【Where】」・・・「誰が」【Who】」・・・「何を【What】」・・・「どのように【How】」・・・(「いくつ【How many】」・・・「いくら【How much】で」)「なぜ【Why】」そうしたのか?といったフレームワークを頭の中のいれて話すようにしたい。5W3Hをキチットしないとね・・・

しかし、長年連れ添って生きていれば、何を考え、何を言いたいか分かるのでいいと思うが・・・。

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2008年12月 6日 (土)

大事な事を忘れてはならない

24351不景気風が吹くと、宝くじや、懸賞に人気が出て来るそうだ、デパートの福引券や、福袋も売れ行きがよくなるらしい。大阪人は福袋の中身を見てしまうそうだ、だから、中身の見える透明の袋に今年からするそうだ。と今日のNHKのニュースであった。

いずれにしても、定額給付金より、真っ先に対策をしなければいけない、内定取り消し、企業のリストラで職を失う、派遣社員が自動車関連で起きているこの方の雇用対策に当てたらという今朝の日経新聞の社説である。

何か幸せは神頼みか、東京新聞コラム「筆洗い」12/4に載っていた記事である。三百五十二人に一人の確率と聞けば、宝くじなら当せんをかなり期待して買うことになる。ちなみに「年末ジャンボ宝くじ」の五等一万円の当せん確率は千分の一、六等三千円は百分の一だという。

もともと、くじ運がいい方ではない。まだ届かないということは十中八九、選ばれなかったようだ。来年五月から始まる裁判員制度に向け、有権者の中から裁判員の候補になったことを知らせる通知書のことである。

候補者になったからといって、裁判員になるとは限らない。実際に選任される確率は、約五千人に一人に絞られるらしい。とはいえ、いつ裁判所から呼び出しがあるか分からない。責任重大である。

候補者になって、くじ運が悪いと思った人の方が多いのかもしれない。「被告の人生を左右すると思うと責任が重すぎる」「自分に人を裁くことなどできない」。こんな不安の声が聞こえてくる。法律の知識は不要。日常生活と同様の判断でといくら言われても、初めてのことだけに当然の反応である。

ただ今までと同様に、プロに任せておけば問題がないのかといえば、えん罪一つとっても「問題なし」とは言えまい。新しい息吹が必要な時代なのだろう。

候補者になった五十歳の主婦の言葉が新聞に載っていた。「裁判官だって完璧(かんぺき)じゃない。自分だったら『こう考える』と議論したい」。その意気である。

さて明日は、大雪 (たいせつ) 十一月節 太陽視黄経 255 度 「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」(暦便覧) 朝夕には池や川に氷を見るようになる。大地の霜柱を踏むのもこの頃から。山々は雪の衣を纏って冬の姿となる頃。

慌しさにもっと大事なことを忘れないようにしたい。

と暦では、あるが今から50年前の事で、今は、霜柱や池・川に氷が張ることはない。(東京地方)地球の温暖化は、ますます深刻である。

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患者に送るメセージ

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08tubaki_takegaki11医師の診断で『ガン』と聞いて、誰でも『死』を考えるだろう。死の恐怖は病気以外にも経験している事だろうが、病気と旨く付き合うしかない、前向きに考えること「いい人生を送ることができた」と言えるように生活を送って!とのメセージである。

小倉恒子さんは、21年前(1987年)に乳がんが発病し、全摘手術を受けた。その後、2000年に再発、05年に再々発、07年に全身転移。病状は悪化し続けているが、現在も週1回の抗がん剤治療を続けながら、耳鼻咽喉科医としてフルタイムで働いている。

小倉恒子さんの医療介護CBニュースの取材のインタビューで、力強く生きるためのメッセイージがyahoo!webが載っていた。その心に残る一部を記して見た。

早期発見できなかった人、再発や再々発してしまった人、全身転移してしまった人でも、夢と目標を持ってがんと共存しながら、強く生きてもらいたい。長い闘病生活を送ることになったとしても、自分の目標に到達する努力は続けてほしい。そして、人生を終える時も、「いい人生を送ることができた」と思えるような、そんな生き方をしてほしい。
わたしはこれまで21年間、がんと闘ってきましたが、臨床的に見ると、どんどん悪くなっています。「がんに効く」といわれている民間療法や薬は何でも試し、選択肢がどんどん少なくなっています。嘔吐、脱毛などの副作用にも苦しみながら8年間、何種類もの抗がん剤を打ちましたが、同じ抗がん剤の使用を続けると、耐性ができて効かなくなってしまいます。国内で承認されているもので、わたしの体に効果が期待できる抗がん剤は、あと2つしか残っていません。
がんの再発、再々発、全身転移を経ていくにつれて、目の前の道はどんどん細くなり、暗くなっていくばかりでした。同じような境遇の人はたくさんいると思いますが、わたしが皆さんの一歩前を歩き、暗くて細い道に少しでも光を照らしたい。後に続く人たちに、少しでも希望を与えたい。そんな思いを込めて、この本を書きました。
患者やその家族からよく「治療の苦しみにどうやったら耐えられるのか」と質問を受けますが、同書ではわたしなりの「精神訓練法」「副作用などの苦しみを乗り越える方法」も書いています。どんなにつらくても、決してあきらめないでほしい。わたしが“生き見本”です。
がん患者でなくても、挫折してしまった人、精神的に弱っている人、体調を崩している人にもぜひ読んでいただきたいと思っています。

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焚き火

今日の名言

恋は燃える火と同じで、絶えずかき立てられていないと持続できない。だから希望を持ったり不安になったりすることがなくなると、たちまち恋は息絶えるのである。

『ラ・ロシュフコー箴言集』

191104011原人の顔並びをり夕焚火 小島 健

寒い時、温かいものはありがたい。たとえばお風呂、湯船に首までつかると心身共にくつろぐ。でも、お風呂が心地よいのは温かいからだけではない、浮力が大きい要素なのだと思う。体が軽く感じられることが、心地よさを増している。

そして焚火。街中ではもうできないが、ともかく焚火をしていると自然に人が集まってきたものだ。もちろん温かいからなのだが、これもそれだけではない。炎には人を惹きつける何かがあるからだろう。

ものが燃えるさまには、つい見入ってしまう。焚火を囲んで、不規則にゆらめく炎に照らされた顔は、みなじっとその炎を見つめている。

まったく違った顔でありながら、炎を見つめるどこか憑かれたような表情には、初めて火を自ら作り出した原始の血の片鱗が、等しく見えているのだろう。そして変わらず地球は回り続けて、短い冬の夕暮が終わる。『蛍光』(2008)所収。(今井肖子)

焚き火は、今は出来ない。野火も出来ない。京都の大文字は毎年行っている。今年も行われた。11万人に感動を与えた。

京の盛夏を送る伝統行事「五山送り火」が16日夜、京都市内で行われ、市民や観光客が空に浮かび上がった「大文字」や「船形」に見入った。お盆に迎えた精霊を送る宗教的行事として始まり、室町から江戸時代以降は庶民の年中行事に定着した。

人間と火との係わり原始の頃からあって、使い方によっては、恐ろしいものだが、火がなかったら今の人間生活はなかったろう。したがって神にまつわることが多い。

しかし、現在は核の問題とか、クラスター爆弾、などの恐ろしい凶器まで火力で最大の威力までなってしまった。また平和的に使う。原子力発電まで火の利用するまでとなった。

焚き火の歌を思い出した。

垣根の垣根の 曲がり角
たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ
北風ピープー ふいている

さざんかさざんか 咲いた道
たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ
しもやけ おててが もうかゆい

木枯らし木枯らし 寒い道
たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ

相談しながら 歩いてく

季節感に溢ふれた歌で、伴奏を聞いただけで情景が目に浮かぶ素敵な歌、大好きな歌である。『焚き火』振りかってみれば、焚き火と言うものが楽しかった。落葉をあつめて、焼き芋を作った今と違ってアルミフォイルなどがないから、直接灰だらけの黒こげなった芋をほおばる美味しさは忘れられない。

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2008年12月 5日 (金)

砂上の楼閣か?

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200810170013a11_3 東京にも、スカイツリーが(東武鉄道)第2東京タワー600メートルが計画されているが、夢の1キロメートルのビルが、金持ち国のアラブ首長国連邦で計画されているとの報道であったが、世界の経済不況は石油王国まで及んだようだ。景気後退で石油の価格が急落(1バレル50ドル)しここにも影響が出ているようだ。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 津本朋子)・・・「ドバイがエミレーツ航空をアブダビに譲渡する」――。アラブ首長国連邦(UAE)の新聞では連日、こんな仰天情報が飛び交っている。後日、ドバイ政府が否定コメントを出したが、未曾有のバブル崩壊で窮地に陥っているのは間違いない。

世界最高の800mビル「ブルジュ・ドバイ」が完成する前に、さらに海辺に1000mのビルを計画するなど、「世界一」をキーワードに驚くような開発を進めてきたドバイ政府。大規模ホテル、テーマパーク、コンドミニアムなど、政府系デベロッパーが旗を振り、「世界中の建設クレーンの3割がドバイに集まっている」と言われるほどの開発をしてきた。

こうした開発にお金を出してきたのは、欧米の有力銀行や投資ファンド。サブプライム問題と原油価格急落の影響で一斉に投資資金を引き上げ、あっけなくバブルが崩壊した。

ドバイ開発資金の貸し手上位には、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドやシティバンクといった欧米系金融機関の名前が並ぶ。これらの銀行には公的資金による資本注入が実施されており、これからも融資を継続するとは考えにくい。しかも「ドバイへの融資契約は、3年くらいの比較的短いタームで返済期限がくるものが多い」(金融関係者)という。

11月下旬のドバイ政府の発表によれば、ドバイ政府と政府の傘下企業が抱える負債は合計およそ7.4兆円。普通に考えれば、借り換えがうまくいくことはまずありえない。

そこで注目されるのが、お隣のアブダビだ。豊富な石油資源を持つアブダビは、UAE予算の約8割を負担している。7つの首長国が集まってできているUAE連邦政府は必ずしも一枚岩ではないが、ドバイはすでにUAEのGDPの3割を稼いでおり、アブダビもそう簡単に見捨てるわけにはいかないというわけだ。

しかし、世界同時金融危機は原油をはじめとする資源価格急落に波及している。アブダビの支援余力も決して十分とはいえず、ドバイの開発バブルは文字通り「砂上の楼閣」で終わる可能性が小さくはない。

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自動車産業の危機

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15401昭和35~45年時代日本経済は右肩上がりに経済、大阪万博(昭和45年3月14日から9月13日までの会期中に6421万8770人もの人々が訪れた過去最大の国際博覧会)には、会社でも何人か車を持っていて、数多くの人間が車で出かけた。一般サラリーマンでは、なかなか新車を買うまでは行かなくて、中古である。

その頃の車にはクーラーがない。暑い時は窓を開けるしかない。ラジオも性能が悪く、思うようには聞けなかった。それでも、車を持つったことで社会が広くなったようなきがして、やっと月賦で買い、毎日のように磨きピカピカにワックスをかけて宝物のように扱った。

その頃のアメリカの車でキャでラック、と言う名前は雑誌などで知っていたが、見たことがなかった。

それから50年、自動車産業は世界で氾濫してきた。日本・韓国・中国なども生産され、自動車の産業が経済のバロメーターの役割をして来た。その先駆者であるアメリカの自動車産業が経営危機にさらされている。

しかし、今問題になってる『ITバブル』のような、現象が起きているのではないかと思う。アメリカの議会も、3兆円以上の資金援助、すんなりとは行かないようだ。と言っても、もし、承認されなかったら、それこそ世界を巻き込んだ、実態経済は、未曾有の危機となり、とんでもないことになってしまいそうである。ハッキリ曲がり角に来た自動車産業である。

自動車産業の行方は、エコ機能装備充実・省エネ・コンパクト化などの思考を取り入れて、ますますサバイバルに知恵が求められるだろう。

天声人語・・・では、その昔、米国の若者は父親の車で運転を覚え、それを転がしてデートに出撃した。次にポンコツをいじってメカに慣れ、いい車に乗り換えていく。瀬戸山玄(ふかし)さんの『ライ麦畑のキャデラック』(小学館)にそうある。そして、キャデラックこそ「人生双六(すごろく)の頂点に輝く、上がりの星」だった。

広い北米大陸で、自動車は独自に進化した。50年代末には、巨体の尻に垂直尾翼のようなテールフィンが生えもした。アメ車(しゃ)という言葉には、あか抜けず、ガソリンがぶ飲みといった侮りと、ゆったり乗れて華があるという憧(あこが)れが同居する。良くも悪くも米国の生活スタイルを映す姿である。

その車文化を担ったGM、フォード、クライスラーが、未曽有の危機にある。強大な米国経済と自由競争のシンボルだったビッグスリーがうちそろい、税金による計3兆円強の支援を請うている。

3社の再建計画には、何十億円も稼いできたトップの反省が盛り込まれた。専用ジェット機を売り払い、年俸を1ドルにする。年末の資金繰りさえ危ない窮状を週末の公聴会で訴えるが、世論は冷ややかという。

第2次大戦中、米国の自動車産業は軍用車のほか、爆弾や戦闘機用エンジンの多くを生産した。自動車は経済の一部門というより、戦時も平時も、米国そのものだった。関連業界を合わせて数百万人が働く。

ぶすには大きすぎ、惜しすぎ、悲しすぎる、でも……。ビッグスリーの境遇は、省エネと環境の壁に立ちすくむアメ車の姿に重なる。産業の双六は「上がりの星」をつかんだ後が難しい。

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月日の巡りは早い

今日の名言

君知らずや、人は魚の如し、暗らきに棲(す)み、暗らきに迷ふて、寒むく、食少なく世を送る者なり。

『北村透谷選集』

08yokotezyo_koyo31雪嶺の古びゆくなり椀のふち 岡本 眸

雪の山脈の峰々を木の椀の縁に並べてみている。この椀はなんとか塗りの逸品などではなく、日常、飯など盛って使い古した椀だ。椀とともに人間の営みがあり、人生が展開し、それを外側から大きく包みこんで雪嶺がある。

雪嶺が山ばかりの国、日本の象徴だとすれば、椀は貧しい戦後の日本人の生活の象徴。「私」の老いもそこに重ねて刻印される。ひとつの椀とともに日本も私も古びてゆくのだ。

作者は山口誓子門。誓子の言う「感性と知性の融合」をまた自己の信条とする。「雪嶺」は概念や象徴としての雪嶺。

そのときその瞬間の個別の雪嶺とは趣きを違える。感性と知性のバランスに於いては、師よりも知性重視の傾向が見える。そこが個性。『あらくれし日月の鈔』(1995)所収。(今井 聖)

早朝の 寒々とした 4畳半

朝早く起きてパソコン弄りも扇風機を使った夏だたが、いよいよ暖房を使い出したそういえば、寒さは12月の入って一段と寒くなった。綿入りの半纏を着て、ひざ掛けを使ってみてもまだ寒い。

前の雑木林は、茶一色である。木枯しが吹くと、音を立てて落ち始める。雑木林を抜けて丘の上に上がると遠く山が見える。丹沢の山々は白く雪くなりはじめた。富士山はすそ野まで真っ白に見える。

一年の過ぎ去るのは早い、3月の母親を送って、6月に兄夫婦の3回忌行った。人間の儚さを実感する。そろそろ大掃除をしなければいけない。月日の巡りは早い。

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2008年12月 4日 (木)

東久留米市の全盲の副議長

08yokotezyo_koyo31全盲の議長は全国的にも極めて珍しい事だという。毎日新聞の都内版で、記事を見た。「目が見えない障害を理解してもらえた」。と感想だそうだ。障害者は周りの理解があって初めて生きられる。これに習って、障害者への理解を深め、全国に広がれば・・・と思う。

記事内容・・・東久留米市の全盲の宮川豊史副議長(35)が3日、同日開かれた市議会本会議で議長の代行を務めた。発言する議員や市長を指名し、予定時間内で質疑をまとめるなど、2時間にわたって議事進行した。

「午後から議長交代します。質疑を再開します」。午後1時、手を添えられて議長席へ登壇した宮川副議長が元気よく宣言した。宮川副議長の議長代役は、21人が質問する本会議で議長の負担を減らすために実現した。

普段の議員活動でも欠かせない、音声変換ソフトの入ったノート型パソコンを議長席へ持ち込み、事前に提出された各議員の質問の一覧を、イヤホンで聞き返しながら進行した。「発言や進行に漏れがあってはいけない」と気を配ったという。

右隣に挙手や起立者を数える中村三夫・議会事務局長が座り、質疑の残り時間や発言者の順序などを宮川副議長に伝えた。

宮川副議長の議長役を想定していた同市議会では、氏名を述べてから質問に立つよう、市議会会議則を徹底することを確認していた。この日の発言者は議長に対して「議長、福祉保健部長」などと発言前に自身の肩書を伝えて挙手したため、その声を元に副議長が指名して発言を促すことができた。

宮川副議長は2市議の質問とそれに対する答弁を進行させた。大役を終えて、「議事は予定通りにいかないものなので緊張しっぱなしだったが、皆さんに協力してもらえてうまくいったと思う。目が見えない障害を理解してもらえた」と声を弾ませた。【内橋寿明】

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『命』を守るのが先・・・壮絶介護

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05sikotuko31今朝のスーパーモーニングで、痛ましい事件を取り上げていた。ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは日本政治の貧困である。国民の命を守ることが政策の第一で、必要な道路は作るのは良いが、先ずこういった人の命を救うのが先決だ。といっていた。人間の態をなさない「認認介護」となると、落合恵子さんはいう。

全く同感である。独居老人の世帯が、増えてくる。放って置くことはできない。

ZAKZAK記事参考・・・昨年12月、宮崎市の自宅で35年間も介護を続けていた当時100歳の実父を殺害し、殺人罪に問われている主婦(71)に、6000人近い減刑嘆願書が寄せられていることが分かった。そして、主婦は地域での評判すこぶるいい。主婦は人生の半分(35年)を介護に費やし、ここ10年は認知症になった実父から激しい暴力や叱責を受けていたという。“老々介護”の壮絶極まる実態に、宮崎市民の多くが同情を寄せている。誰でも主婦の立場に立ったら・・・とやりきれない思いである。

起訴状などによると、主婦は昨年12月24日午後2時ごろ、自宅で寝ていた実父の首、腹部などを包丁で刺し、失血死させた。犯行後、主婦も腹部や首を刺して自殺を図ったが、帰宅した夫に見つかり一命を取り留めた。クリスマスイブの惨劇だった。治療に当たった医師はあと5分遅かったらたら、助からなかったという。

主婦は36歳だった1973年ごろ、当時65歳の父の介護を開始。認知症を発症した98年以降は、毎日のように激しく叱責され、つえで威嚇されるようになった。その一方で父親は深夜徘徊やガラスの破壊、真夜中に大声を出し続け、主婦は昨年4月、うつ病を発症。そんな娘を父親は他人と誤解し、「盗った物を返せ」などとののしっていたという。

自宅に人を招くことも困難になったため、主婦は家族と話し合い、父親を昨年12月25日に施設に入れることを決めた。しかし前日の24日、「施設には入らん。死んだ方がまし」と激しく抵抗され入所を断念。「父親を残せば、夫や妹にも迷惑をかける」と無理心中を図った。別の時期にも自殺を考えていたといい、帰宅して見つけた夫に「ごめん、死なせてちょうだい」と語ったという。

逮捕後、地元の宮崎では主婦の減刑を求める嘆願書に市民ら約6000人が署名。弁護側は「遺族にも処罰を求める声はない」として、検察の求刑5年に対し執行猶予付きの判決を求め、今月1日に結審した。

元鹿児島県庁高齢者対策課職員で、宮崎公立大准教授(行政学)の有馬晋作氏は「宮崎などの地方ではまだ、嫁や娘が年老いた親の面倒を最後まで見るべきという考えが根強い」と語る。

「特養老人ホームは全国的に満床状態が続いている。介護保険でデイケアを利用しても負担は軽減されない。しかも、知人やヘルパーを自宅にあげて手伝ってもらうことが恥ずかしいと考える人もまだ非常に多い」(有馬氏)

福井市の介護施設「うさごえ介護サポート」経営者の石川貴世子さんは「暴れるタイプの認知症老人は想像以上に力が強い。女性1人の介護は現実的に無理。行政のサポートを介護者、要介護者のいずれかが拒否するケースも多い。(今回の事件も)周囲は主婦の状況を知りつつも受け入れられなかったのではないでしょうか」と語る。そのうえで、「危害を加えられれば、実の親でも敵意は芽生える。それが虐待に発展するケースもありますが、今回は同情を禁じ得ない事件です」と言葉を詰まらせた。判決は今月26日に言い渡される。

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道路財源はどう使う

06hatimantair341_11道路族は前福田康夫首相の、画期的な発想?で、期待していたが、道路族の壁は頑丈で破れそうもない。何だか変な理屈を掲げ抜け道?曲解?してしまいそうだ。政治家の思惑は、今更ながら驚きである。白を黒にするような事はしないで欲しい。もっと素直な気持にならないのだろうか。

毎日新聞社説・・・これではとても一般財源化と言えぬ。道路特定財源の見直しを進めていた自民党は、道路整備に加えて関係する事業にも使途を広げた新たな交付金制度を創設し、地方自治体に1兆円を配分する方針を固めた。

使い道を広げるといっても新交付金は「道路」中心に用いる事実上のヒモ付き財源とみられ、使途を定めぬ一般財源化との違いは明らかだ。国土交通省が将来の交通量予測を下方修正したにもかかわらず、道路予算確保に向けた与党の圧力も強まるばかりだ。閣議決定までした政府の約束である一般財源化の骨抜きは到底、容認できない。

福田康夫前首相は今年3月、ガソリン税の暫定税率の期限切れを控え、道路特定財源の09年度からの廃止を表明、社会保障などに配分されるかが注目された。麻生太郎首相は3・3兆円の財源のうち1兆円を地方自治体に配分する方針を打ち出し、使い道が自由な地方交付税とすることまでいったんは明言した。

ところが「地方道路整備臨時交付金」(約7000億円)の財源が奪われかねないと危ぶんだ国交省や自民党道路族は反発し、使途と金額を拡大したうえで新たな交付金に衣替えする案が浮上した。「交付税」増額は道路財源と別枠で処理される方向だ。

国交省が新交付金の配分を統制すれば道路財源だった従来の交付金と同様に道路関連に用いられ、見直しどころか3000億円分の「焼け太り」にすらなり得る。これでは国民に嘘(うそ)をついたと言われかねない。

やはり福田前首相が表明した現行の道路整備中期計画の作り直しも懸念すべき状況だ。国交省が先月公表した将来の自動車交通量の推計では30年の推計値が02年の従来推計より13%も下方修正された。

今後10年間の道路整備費用を59兆円とする現行計画の根拠が崩れたのだから、新計画は大幅に改定されるべきだ。ところが、新計画では、目標とする総事業費が示されないという。これでは道路予算見直しの具体像が見えないではないか。

歳出抑制見直し機運の高まりも重なり、与党では国の直轄事業や地方への補助金など道路関係予算の確保を求める声が加速している。補助金と新交付金も合わせれば地方に配分される道路関係予算は結局、前年の水準が保たれそうだ。一方で自民は、ガソリン税などの暫定税率も当面維持する方針を固めた。やはり「道路」は聖域なのか。

私たちが一般財源化方針を評価したのは、税体系、歳出構造を抜本的に改め「土建国家」の仕組みを変える跳躍台になり得ると期待したためだ。結局は春の「道路国会」を乗り切るための方便だったのか。首相がいったん語った「交付税」の言葉の軽さをみると、そう思わざるを得ない。

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十二月の奥多摩

今日の名言

「あたしたち、今夜ね――なんだと思う?――あたしたち、今夜ね。あたたかいジャガイモがたべられるのよ!」そして女の子の顔は幸福に光りかがやきました。ろうそくがその顔をまともに照らしました。

『アンデルセン童話集』(七)「ろうそく」

09_12801くちびるへ鞭のにほひの冬の雲 須藤 徹

十二月に入り寒さも本格的になってきた。「くちびる」を意識するのは冷たい空気に唇が乾燥して荒れるこれからだろう。細く裂けてざらっと舌に触れる唇の皮、それをそっと歯先にはさんで痛いぎりぎりまで引っ張ってみる自虐的な気持ち。

その気分が「鞭」という言葉で表わされているようだ。ひゅっと宙を切る鞭の鋭い音や口に感じる皮の味を「にほひ」に転化させることで鞭が実在感をもって迫ってくる。感覚に直接的に訴えかける物の匂いを「冬の雲」に繋げることで、内部へ向かいかけた読み手の気分が雲に閉ざされた空を見上げる視線へと切り替わる。

言葉と言葉の連関をたどることで味覚、嗅覚、視覚と感覚が立体的に立ち上がり、冬ざれの景へと広がってゆくのだ。そのとき初めて、何気なく置かれているように見える言葉が作者によって周到に配置されたものであるのに気づかされる。こんなふうに言葉で別の世界へ誘われるたび俳句が好きになる。『さあ現代俳句へ』(1989)所載。(三宅やよい)

昨日、車で出かけた、多摩の秋川を渡り御岳方面見ると手前に見える山々は、茶色一色でその奥に見える奥多摩方面は空の色に溶け込んで青い。その色合いが何ともいえないバランスで素晴らしい。

こんな光景は、よく晴れて、太陽の陽射しでライトアップされたいたからだろう。東京タワーのライトアップが、より美しく、華やかに、力強く見えるのと同じだと思った。

風景は見る人の感情・思いなどで、受け止め方は違う。葉の全てが落ちたけやきの立ち木を見て団扇の骨のように見えた。あれで、顔を叩かれた痛いだろうなあ・・・と。

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2008年12月 3日 (水)

自動産業の金融支援

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07tamurano_yuhi31アメリカの経済、いや世界の経済の将来を占う経営再建策は発表された。ビックスリーと言われる、GM・クライスラー・フォードである。もし3社が経営破たんした場合300万人の失業者が出ると言われているまた、アメリカの休業者の10人に1人が車に関する仕事に従事しているといわれている。

3社がアメリカ政府と議会に公的金融支援を依頼している勿論、リストラや経営改善策を提出し、将来の展望計画を議会が承認されなければならないが、特定企業にのみ支援するという事にい議会も賛否両論あって、果たしてどうなるか、世界中から注目を集めている。

NHKweb・・・経営難に陥り、アメリカ政府と議会に公的な金融支援を求めているGM=ゼネラル・モーターズなど大手自動車メーカー3社が経営再建策をまとめ、経営トップの年俸を1ドルにすることや大規模な人員の削減とともに環境に優しい車の開発を急ぐといった計画を議会に提出しました。

GM、フォード、クライスラーのビッグスリーと呼ばれる大手3社は、2日、議会から求められていた経営再建策を発表しました。それによりますと、GMは、保有する複数の自動車ブランドのうち、今後はシボレー、キャデラック、ビュイック、GMCの4つのブランドに経営資源を集中するとしています。

それ以外のサーブなどのブランドについては、戦略の見直しや生産縮小を図るとしており、売却も視野に検討を進めるものとみられます。さらに、4年後の2012年までにアメリカ国内で最大で3万人を削減する計画を打ち出したほか、GMとクライスラーは、それぞれ経営トップの来年の年俸を1ドルにするとしています。

また、フォードは、世界じゅうの幹部社員などのボーナス支給を来年見合わせるほか、経営幹部が出張で利用している専用のジェット機5機を売却しコスト削減を図るとしています。そして、3社とも、電気自動車など環境に優しい車の開発を急ぐことをあわせて計画に盛り込みました。

こうした再建策を議会に提出したうえで、GMは総額180億ドル、およそ1兆7000億円の金融支援を求めており、特に40億ドルを年内に融資するよう求めています。また、クライスラーも年内に70億ドルの融資を求めているほか、フォードは最大で90億ドルの公的な融資枠を設けるよう要請しています。

   

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企業の資金繰りの支援策について

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06oga_toga11年末・不景気・政情不安消費抑制など、限りなく景気後退のモードに入った。ここで、踏ん張ってもらはなければならないのが、政府・日銀だ。腰を据えて、クリーンヒット打ち出して欲しい。

日銀は2日、臨時の金融政策決定会合を開き、厳しさを増す企業の資金繰りを支援するため、年末から年度末にかけて金融機関が貸し出しを円滑に実施できるよう必要な資金を融通する制度を10年ぶりに導入することを決めた。(NHKweb)

日銀が企業の資金繰り支援に動き出したことは大きな意味がある。しかし、この措置で銀行が日銀から資金を調達しやすくなっても景気が悪くなるなかで企業の貸し倒れリスクが増しており、中小・零細企業まで貸し付けを増やすことは難しいのではないかと思う。

アメリカでは、中央銀行が金融機関などに資金を貸し付ける一方で、金融機関から受け入れている担保に損失が生じれば政府が穴埋めをするなど、政府と中央銀行が連携している。

日銀も同じように政府と連携できるかどうかが、今後、課題になるだろう。

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「欧米より体質強い」は幻想だった

Omoide31倒産・リストラ・失業・閉店などの新聞の記事が大きな活字で踊っている。歳末と不況風は人の心も冷え込ませる。スパーの折込広告は、安さを強調しているが、消費者のふところは、固い。

日本大手銀行の業績急降下である。欧米より体質は強いと言われていて欧米の銀行に資金を援助したが、自銀行の資本増強に動き始めたようだ。

麻生太郎首相も、金融危機対策でアメリカ・ペルーなどの会議で日本の健全さをアピールしていたが、ちょっと雲行きが怪しくなったようだ。

今朝の産経新聞で・・・『無制限に資金を貸し出す』とのことだ。

日銀は2日、臨時の政策委員会・金融政策決定会合を開き、企業に対する円滑な融資を促すことを狙いに金融機関への資金の貸し出し条件を緩和する措置を導入することを決めた。

金融機関が資金を融通し合う短期金融市場が混乱し、融資資金の調達が難しくなっているためで、金融機関に政策金利と同水準の金利で無制限に資金を貸し出す。来年1月から導入し、企業の年度末の資金繰りを支援する。

大手銀行6グループの08年9月中間連結決算は、最終利益が合計3983億円と前年同期から58パーセント減と04年9月期以来4年ぶりの低水準にとどまった。金融危機による不良債権急増と株安のダブルパンチを浴び、米欧金融機関に相次いで出資した「救済役」から一転、自らの身を守るために大型増資に奔走する羽目に陥っている。

このまま、不況の波は日本も大きな渦となって、飲み込んでしまいそうである。

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夜の交差点

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今日の名言

海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西(フランス)人の言葉では、あなたの中に海がある。

『三好達治詩集』「郷愁」

Center171木枯やズボンの中に折れ曲 嶋岡 晨

木枯を詠んだ俳句は古今、いったいどれだけの数にのぼるだろうか。それにしても、ズボンの中に木枯を呼びこんだ例は他にあるのかしらん? しかも、その木枯は「折れ曲が」っているのだから尋常ではない。

いや、そもそもズボンは折れ曲がるものなのだ。ズボンの中の木枯は脛毛に戯れ、寒そうな脛の骨を容赦なくかき鳴らし、ボキボキと折れ曲がっているのかもしれない。痛々しく折れ曲がったあたりが一段と寒く感じられる。そもそもズボンの中というのは暖かいはずなのに、妙に寒々しさが感じられる場所ではないか。

冬の早朝に、ズボンに脚を通す瞬間のあのひんやりとした感触は、男性諸氏ならとっくに実感済みのはず。大きいワザとユーモアとを感じさせる句である。晨(しん)は詩人で、エリュアールやアラゴンの訳詩でも知られる。句集の跋文冒頭に「昭和が平成に改まったころから、何故か意識的に俳句(のようなもの)を書きとめるようになった」とある。

もともと詩の仲間でもあった平井照敏に兄事したこともある。他に木枯に肋の骨のピチカートという一句もある。木枯が脛の骨と肋の骨とを吹き抜けて、寒々とした厳寒を奏でているようではないか。『詩のある俳句』という著作もある。『孤食』(2006)所収。(八木忠栄)

木枯しの吹く季節である。昨夜、一週間の歳末交通事故抑止運動で国道16号の交差点に立った。全長18メートルの超大きなトレラーが右折する時は、タイヤ軋み車体が傾き、風を巻き起こし、通過すのであるがその前を歩行者が横断歩道を渡るのである。幼児の手を引いて渡る親子を今にも飲み込みそうであり恐ろしい。

真っ暗な、中からライト前方を照らしながら近づいてくる。目が眩んで、立ち止まる、正に横断歩道を渡るのも命がけである。まして、冷えた北風が顔に痛く吹きつける。立っているのも一時間が限界だ。

帰ってきた、夕食をとって、防災・防犯パトロールである。拍子木を打ち鳴らし町内を30分かけて一回りして来るとさすがに、身体の芯まで冷える感じである。こんなボランテアをしながら考えた。こういう活動をもっと理解して欲しいと、いま住民に協力をお願いしているが、全く無関心の人が、多くなって、協調性がなくなり、こちらの方も寒々としてきた。

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2008年12月 2日 (火)

一つしかない命

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15401一つしかない命、殺人事件は後を絶たない。幼子を親の都合で邪魔になり虐待し何の抵抗も出来ない人間を殺してしまう。また身勝手な考えで、我慢できない若者、ルール無視は交通だけではない。役人・学校の先生・お巡りさんまでも・・・ 

我慢が出来ないで「きれる」て「自由と責任」を忘れてしまって、自己中心主義の成人が多すぎると感じる。

今、一番大切なものは?と問うと、ほとんどの人が、「命」「家族」などと、答えるであろう。しかしそれは、今現在口先だけになっていないだろうか?

この人たちは、殺す気持ちはなくても、相手を傷つけようと一瞬でも感じていたから、あのような悲惨な事件が起こったのだ。人は、どんな理由があっても、相手を傷つけたり、相手の生命を絶っていいという理由にはならない。そのことすら考えてないのかもしれない。

しかし、相手の命だけではなく、自分の命も粗末に思っている人がいるのも事実である。つまり、自殺者が後を絶たない。今年も自殺者が30000人を超えると言う。 

なぜこのように自ら命を絶つ事が出来るのだろうか、こういうことを聞くとと決まって「自ら命を絶つ勇気があれば、これから襲い掛かるどんな苦難にも立ち向かえるのに・・・。」と思うのだが・・・。

少なくともこれだけは間違っていないのだと思う。人間が死んで嬉がる人なんていない。もし、嬉がる者がいれば、それは悪魔であろう。

人を殺す事は、殺される恐怖を持ち合わていないのだろうか?、何の抵抗もしないで殺される事は出来ないだろう。いかなる理由があったにせよ、一つしかない命を、人の手で奪い去り、自らを消してしまう事は許される行為ではない。『一つしかないそして、たくさんの生命に対して、もう一度考え直して見ては・・・』たった一つの命だから・・・。

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ポインセチアと心

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Poinse112月に入ると街中がクリスマスムードとなり、木々が金銀やイルミネーションでデコレートされ、遠くから眺望すると、降り注ぐ白銀の世界を思い起こす。 年々温暖化が増し、東京ではなかなかホワイトクリスマスになることはないが、反面私たちに温かさと季節感を感じさせ、もっともクリスマスへと誘ってくれるのは、ポインセチアではないだろうか。

今では、ポインセチア=クリスマスの花としてすっかり定着し、温暖化の影響や耐寒力に優れた品種が出回ったおかげで、ホテルの正面玄関や歩道の植え込みに路地植えされているのをあちこちで見かけるようになった。

ポインセチアは、メキシコなど中南米が原産で、現在のように広く園芸用として栽培されるようになったのは、19世紀になってからで、植物学者でもあり、メキシコ駐在のアメリカ大使でもあったジョエル・ロバート・ポインセット氏(1779-1851)が、1825年にアメリカに持ち込み栽培したのが、世界中に広まったきっかけだそうだ。
冬の寒い時期に、ここまで色鮮やかな赤と緑を持つ植物は貴重というのが、世界中に広がった理由である、

クリスマス近くに、花を咲かせているので、寒さに強いイメージがあるポインセチアだが、原産がメキシコという温かい地域ということもあり、意外にも寒さには弱いのだ。明治の初めに日本に入ってきた時も、西洋式の温室を持っていた小石川植物園で栽培されたという記録が残っている。日本では、寒さに弱いためなかなか冬を越すのが難しいが上手く育てれば何十年と栽培することができるということだ。

人間、高い理想を掲げ、その実現に向けて努力するのは立派なことである。し かし、理想に囚(とら)われるあまり、現実を見失うことがあってはならない。足元をしっかりと見つめ、ほんの小さな事柄もおろそかにせず、地道に生きるのも大切なことである。

寒さこらえて真っ赤の花で、人の心を華やかにさせてくれるポインセチアはクリスマスに相応しい。花を眺めながら、思うのであるが、素晴らしい花を咲かせて、心を和ませ、焦る気持を落ち着かせ、生きる希望・夢を与えてくれる。

ちょっとした道端の花でもいい。自然を慈しみ、花を愛する気持を持って、小事を積み重ねることの意義を深く心に刻み、一日いちにちを怠りなく過ごしたいものだ。

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年金改ざんに思う

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08yokotezyo_koyo31悪い事して、謝るのは当然である。しかし、謝って済まないことがある。これが日本国家の役人が組織的に行っていた。厚生省年金の記録改ざんしていたとは許せない。責任をとるのは国民感情から当然である。

しかし、その当時の方はもう退職されいる人が殆どだと思う。今反省の気持があるのだろうか、上からの命令だから仕方がなかったと言うだろうか・・・。実際責任追及までは出来まいと、高を括っているだろうか、それとも自責の念があって、毎日悩んでいるだろうか、当然悪いことと思わないでいた人もいるだろう。

いったい何処に責任があるのか、雲散霧消になってしまうだろうが、それでは不正に改ざんされた人は堪らない。国は責任をもって対処して貰いたいのは当然である。

何だかいやな言葉だが『役人根性』とは、『要領』のうまい人『言い訳』うまい人である。これが『国民の公僕』なのか・・・悲しい。

朝日新聞社説(抜粋)厚生年金の記録改ざんは、社会保険事務所の現場レベルでやはり組織的に行われていた。舛添厚生労働相がつくった直属の調査委員会が、そう認める調査報告を発表した。

従業員の記録には手をつけずに事業主の記録だけを改ざんして、保険料の滞納がなかったことにする手口は、一部の社保事務所で「仕事のやり方として定着していた」という。三文判を買ってきて偽造したり、証拠が残らぬよう書類をシュレッダーで破棄したりした、といった証言まである。

保険料の徴収率を高くして仕事の成績をよく見せるため、公務員が役所ぐるみで文書偽造を繰り返していたことになる。恐るべきことだ。

調査は職員へのアンケートや調査委への情報提供、聞き取りをもとにしており、すべて裏付けがとれているわけではない。調査委は法科大学院の教授や弁護士ら4人だけで、限界がある。今後は調査委が監視役になって、厚労省と社保庁が合同した調査チームをつくり、全容解明と責任の追及を進めていかなければならない。

かつて薬害エイズ問題の際に、当時の菅直人厚生相は、辞令を出して省内に調査専門のチームをつくり、埋もれていた資料を発掘させた。うやむやな調査を許さない、そうした態勢をつくることが大事ではないか。

責任の追及は当然として、この問題で最優先に行うべきなのは、記録を元に戻し、正しい金額の年金を支払うことである。

社保庁では、いま年金を受給している人で改ざんされた恐れのあるケース2万件から、まず戸別訪問を始めている。これをできるだけ早く完了させることだ。

その次には、調査の対象者をもっと広げる必要がある。現在の対象は、半年以上さかのぼって記録が大幅に修正されている、といった条件に当てはまる人に限られるからだ。

これらは不正の「一類型に過ぎない」と調査委も指摘している。埋もれている改ざんを掘り起こして被害を救済するのには膨大な作業が必要だが、放置するわけにはいかない。

少子高齢化を受けて社会保障を再構築すべきときに、社会保障を担う役所の驚くべき不正と怠慢が次々と明らかになる。この事態がいかに深刻か、政府は自覚しなければならない。

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雪と竹馬

今日の名言

内に人なく、共に住む同胞のなくして、城の櫓(やぐら)も軍船(いくさぶね)も、いったい何になりましょうぞ。

ソポクレス『ソポクレス オイディプス王』

Sira111ひよめきや雪生のままのけものみち 恩田侑布子

原句は「生」に「き」のルビ。上五の「ひよめき」とは見慣れぬ言葉だが、「顋門」と表記し、広辞苑によると「幼児の頭蓋骨がまだ完全に縫合し終らない時、脈拍につれて動いて見える前頭および後頭の一部」とある。

身体の一部とはいえ、「思」という漢字が使われていることや、大人になれば消滅してしまうものでもあり、幼児期だけに見られる、思考が開閉する場所のように思えるのだ。

掲句では、雪野原のなかで踏み固められた一筋のけものみちに、ひよめきをそっと沿わせた。乱暴に続く雪の窪みが幼児の骨の形態を連想させるだけでなく、ただ食べるために雪原を往復するけものの呼吸が、熱く伝わるような、ひよめきである。〈刃凍ててやはらかき首集まり来〉〈ひらがなの地獄草紙を花の昼〉『空塵秘抄』(2008)所収。(土肥あき子)

近年は雪の少ない、東京地方であるが、大雪に慣れていないため、ちょっと降ると交通はじめ多くの障害がでる。雪といえば竹馬で遊んだ子供の頃を思い出す。親父が竹馬を作ってくれて、雪の中を歩くのである。

ある日の朝大雪が降った。学校に行くには履物がない。勿論長靴などあるわけがない、ヅック靴ではいけないし直ぐ濡れてしまう。下駄では駄目だし、そういう時は家から竹馬で行った記憶がある。しかし貧しかったために足袋も、靴下もない、素足である。約1.5キロぐらいだったが、学校についた時には、足の感覚がなくなっていた。終戦直後の事だ。

だから、竹馬は、雪の中を歩く時に使うものだと思っていた。「雪といえば竹馬」が今でも頭に浮かぶのである。

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2008年12月 1日 (月)

景気建て直しは・・・

06oga_toga11世界経済は後退局面に入った。日本は、さほど影響は少ないという人の中には政治家もいる。が、大学生の内定取り取り消し・スパーの売り上げ減少などである。金融危機が実態経済に現れてきた。

元金融・財政担当相の竹中氏(慶応義塾大学教授)がテレビで今後の回復見通しは、「早くて一年半ぐらいかかるだろう」と言っていたが・・・。

日本の各企業はリストラを迫られているがこうした中でも積極的に資金の投入を続けているのが環境技術の分野だろう。しかしその開発には膨大な資金が必要で、日本自らまかなうことが難しい。

そこで今、頼りにし始めているのが中東の政府系ファンドのマネーだ。中東も今回の金融危機で経済的な影響が出始めているが、各国の政府系ファンドは自国の将来に役立つ世界中の技術への投資は減らさず力を入れている。

アブダビの「ムバダラ開発」は石油代替エネルギーを活用した都市を作り出す「マスダール計画」を打ち出す一方、水処理技術を持つ企業への投資を今年発表。日本の企業・大学共同グループが開発した太陽熱発電も出資を受けることに成功した。

一方、国際協力銀行はカタールの政府系ファンドのマネーを日本に呼び込もうと精力的に動いている。政府系ファンドと日本企業の新たな動きを伝える。

こうした世界の動きの中で、日本の環境技術のノウハウをこれから生かし、先手必勝で力を入れていくことで、日本経済を立て直す事だ。

日本の将来像は、少子高齢化の対応と、環境技術の推進で決まる。

世界的に見ると、環境問題・テロ対策・発展途上国の援助促進・石油代替エネルギーの開発・食料・医療・疫病などの対策が考えられる。

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川びたり

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08matukawakeikoku_koyo11十二月一日は、川びたりであった。この奇妙な風習は、東京八王子にもあって、終戦直後の子供頃の思い出であるが、お袋がぼた餅を作ってくれて食べた。そして前の川(兵衛川)に行きお尻を出して冷たい水につけるのである。何故か子供だけであった。

ある年、氷が張って乗って遊んでいるうちに氷が割れて、落ちてしまいお袋に大分叱られた。肝心の尻は水につけるどころか、全身ずぶ濡れであった。

何でお尻をつけなければいけないのか、その当時分かっていなかった。四・五年経ってようとやっと分かった。尻を冷たい水につけて、風邪を引かない丈夫な身体にするためだ。

最近の川は、冬でも凍らない。この事を子供に話しても納得しない。これだけ温暖化は進んでしまったのだ。僅か半世紀のうちにだ。このことから地球温暖化は深刻なことで、何とか現状維持をしないといけないと思う。後50年後はどうなる事に心配である。

冬に池の水が凍りスケートが出来て遊んだ。川で鮒・どじょうを取ったり、山でウサギを追いかけたり、正月は凧揚げしたりして遊んだ昔、今はできない。

川びたり風習は、千葉の銚子や、木更津にあったそうだが、今でもあるのかなあ・・・。

ブログで・・・ある釣り好きの人が、小櫃川【(おびつがわ)は、千葉県を流れ東京湾に注ぐ二級河川。流路延長88kmは、千葉県内では利根川に次いで2番目に長い川である。】の淵で魚を釣っていたところ、何か水の中から浮き出て来たものがある。

不思議に思って、よく見るとそれはカッパでした。そして馴れなれしく近くにきて、「もし、ちょっと教えてやるが、今夜この村に生まれる子どもは、可愛そうだが、七才までしか生きられないよ」と。

「どうしたら長生き出来るか」と聞いたところ「それは言えないが、水神様によくお願いするんだなあ」と。

そこで家に帰ったら、その夜玉のような元気な男の子が生まれました。そしてその子はすくすくと丈夫に育ち、「こんな丈夫な子が、七つまでしか生きられないなんて、あれはうそだろう」と思ってはいたが、水神様には時折お参りしていたそうです。

子どもが七つになったある日、あんころ餅を作ったので川辺の水神様へその子に供えに行かせたところ、川の中からカッパが顔を出したので子どもは、あんころ餅をカッパに投げてやりました。
カッパは喜んで食べ、「お礼にお前を長生きさせてやろう」と言って、水の中に消えたそうです。

丁度その日が十二月一日であったので、その事があってから毎年十二月一日は、『川びたり餅』をつき、あんころ餅を作って水神様に供えるようになったといいます。

戦前までは、この辺でも十二月一日は『川びたり』といって、『あんころ餅』を作って神様に供えたですよ。また、『あんころ餅』を食べて、川へ行ってお尻をひたしてくると、痔にならないと言われていたので、家の人に「行って来い」と言われましたが、でも私など娘の時代で恥ずかしかったのでしたりはしませんでした。

※「川びたり餅」を「かびたれ餅」と言うところもあります。 とな。。。

ぼた餅と、子供の健康の係わりを、そんな話の内容で何となく理解できた。

              

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猫のこと

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08sirakawago_zenkei11猫と言えば、子供の頃、飼っていた。三毛猫だった。親父が三毛猫でないと駄目であった。農家の草葺の家では、ねずみ住んでいて困っていたためだと思うが、コタツにいると必ず膝に乗ってくる。喉を鳴らして、確かに猫は寒がりやである。親父が言っていた「猫は、土用の三日しか暑いと感じない」なんて・・・。

夜座敷にねずみをくわえてきて、遊んでいる。弱ったねずみを弄んでいたのだ。逃げるねずみを捕まえる練習しているんだと子供心に思った。そうして動かなくなったねずみを、頭から食べてしまう。そして口の周りを拭くのである。

三毛猫でも、尻尾が丸いお団子のメス猫である。寒い冬に布団に喉を鳴らし入って朝目が覚めると抱いていたことに気づいて、猫の存在を知った経験が度々あった。

どういうわけか、三毛猫だけを飼っていた。「三毛猫の雄は滅多にいないんだ」と親父が言っていていたが、天気を予想できるらしいとも言っていた。何かシグナルを示すそうだ。

今猫は飼っていないが、近所の一人暮らしのお婆さんが、6・7匹飼っている。一日3回の餌さを与え、ちょっと具合が悪いと病院に連れて行き、可愛がっている。そんな猫であるが近所では、大変迷惑しているのである。

庭に糞をする為で、匂いがたまらないのと、片付けが大変である。しかも何だか分からないが、車を拭く雑巾・草取りをする手袋・干してあるタオル・外に出してあるサンダル・靴を口にくわえて持ち去るのである。

飼い主おばあさんの家のまわりに、戦利品(盗品)が毎日散乱するのである。おかしな習性の猫がいるのは、近所の方も言っているのだが・・・。アッ?・・・サンダルがない。猫のお婆さん家に行き探すのである。

お婆さんも、そのことは、気の毒と思っているのであるが、今のところ猫に言っても効き目がない。戦利品(盗品)をフェンスに吊るして引取りをお願いしているのだが・・・。こんな猫がいるとは・・・。

どうしたらいいのか思案にくれている。

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夕焼け小焼け

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今日の名言

善や悪はただの名目にすぎず、容易にくるくるどちらにでも移し変えることができる。

『エマソン論文集』(上)

E6_02xga谷内六郎のおかつぱ冬夕焼 山田富士夫

おかっぱ頭でいちばん有名なのは、サザエさん家のワカメちゃんだろう。戦後すぐに登場したこの女の子の髪形は、現在まで一度も変わっていない。漫画ならではの特権だが、作者や私が子供だったころの女の子は、ほぼ全員が同様におかっぱだった。

学校での集合写真が、そのことを証明している。谷内六郎が好んで描いたのも、おかっぱや三つ編みの少女である。そして、誰もが同じ顔をしている。ノスタルジーにとって重要なのは、このようなキャラクターや周辺の風景などの単純化だろう。

むろん実際にはやんちゃな子、内気な子などいろいろいたのだけれど、振り返ってみればそのようなキャラクターなどはどうでもよくて、みんな同じに幼かったという一点で、郷愁の焦点は絞られるものなのだ。長い歳月が、過去の細々とした現実を洗い流してしまうとでも言うべきか。

このときに冬の夕焼けは、ノスタルジーの深度をより増幅させるのに効果的だ。時刻も早く、すぐに消えてしまう冬の夕焼け。作者は谷内六郎の絵を見ながら、思い出しているのは実は女の子のだれかれのことではなくて、おかっぱの女の子たちと一緒だったそのころの自分のことなのだと思う。

その自分のありようからしてもはや単純であるという思いが、歳月茫々の観を深め、ふたたび三度おかっぱの絵に戻っては、ここまで生きてきた人生の不思議を思っていると読んだ。そう言えば天野忠に『単純な生涯』という凄い詩集がある。『砂丘まで一粁』(2008)所収。(清水哲男)

今住んでいるところは、東京の郊外だけれど、ちょっと表に出れば富士山が見える。そして丹沢山塊がみえる。今の富士山は雪に覆われている。太陽が沈むコースが夏と冬で、当然違う。夏は富士山北側であるが冬は左側に沈む。だから、太陽は南側に移動する。そして、日の暮れの時刻が早い。

夕焼け小焼けの、チャイムが午後4時になるが、夏は5時である。昨日散歩で4時のチャイムを聞いた。西の空振り返ってみたら、夕焼け空であった。近くの公園で子供達の元気のいい声がしていた。この分だと明日も晴れるだろう。

今日から12月である。なにやかや忙しい師走である。しかし、「年よりは怒るな、転ぶな、風邪引くな」頭に入れて、落ち着いて過ごそう。

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