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2008年11月

2008年11月30日 (日)

老老介護に思う

3612ちょっと待てよ!誰だって、年をとり行く道だ。夫婦で元気に生きられるのは幸せだが、長く生きれば「老老介護」をしなければいけないかも?将来が不安だ。少しの蓄えがあっても、そのお金で何年生きられるか分からないし、今日は大丈夫と思っていても、ある日突然、どちらか介護しなければならないとなることを想像したら、今の日本ではどうする事もできない。哀しい・・・。

老々介護に介護離婚、独居老人や日中独居、嫁姑関係や金銭に関わる問題など、ちょっと並べてみてもこれだけあり、介護される側もする側も人それぞれ容態や状況が違うため本当に様々で、とても一口では語れるものではない。

核家族化がこれだけ進んでしまった現代では、祖父母と暮らした経験がなく介護とはどんなものなのか実感としてよくわからない、という人も多い。

老老介護が初めて3割を超えたとのニュースがあった。老老介護も深刻な問題である。介護されるほうが老いているのはある程度当然のことあるが、介護する側もそうだとなるとより大変である。

なぜなら人間ある程度年を取ってくれば持病のひとつやふたつ、必ずと言っていいほど持っているものである。そんな状態で介護をするとなったらとても大変で。ヘルニアや変形股関節症等で腰や膝が痛かったり、甲状腺関連や軽い糖尿病、痛風などの持病を持っていて自分の親の介護をしている、そんな人も少なくない。

気力・体力ともに衰えがちな年齢は仕方がない、そういう人が介護するには、大変である。老老介護は国の恥だ、という考え方もあるようだが、その通りだと思う。

一生懸命介護しても、回復する訳でもなく、むしろ日々症状は悪化していく、そんな状態を見守らなくてはならない。介護される人も、肉体的にも辛く、なによりすまない気持ちで精神的にもとても辛い。介護サービスの利用料も、日々の生活がきびしい。最近は原油高などで物価が上がっているから、よりしんどい。過疎化が進み専門店・スーパーが近くにない。

現状では介護されるほうも介護するほうも体力的、精神的、金銭的にも辛い、それが老老介護の当必然成り行き・・・?無理心中などの悲惨な事件が後をたたないのも分かる。高齢者虐待、介護放棄による餓死、介護殺人。

これらは家族や親族によるものが多く、その数は増えこそすれ減りはしない。こうした事件の背景には介護そのものの負担だけでなく、家族関係の問題なども折り重なっていることが多い。福祉サービスだけでは解決できない部分も多いと思う。

その家庭を介護サービスが訪問していたり、介護者が生活保護の窓口を訪れていたにもかかわらず事件が起こってしまった、そんなケースも少なくないそうである。

どうしたらこういう痛ましい事件が防げるだろう。単なる介護制度の改正などだけでは難しい気がしますが、施設や制度はまだまだ利用しにくく問題点が山積みである。その上その運用にも予算や人材の不足など問題は山積み。
介護、ひいては日本の福祉はこれからどうなっていくのか、不安である。

今国会でも介護福祉士の待遇改善が問題となって、予算を盛り込んでいると言うが・・・?いずれにしても、人材不足で、施設が閉鎖に追い込まれているという、暗いニュースがあった。

高齢化はますます進む日本で、最優先で考えなければならない問題の一つと思う、早急に、真剣に国会で討議されることを望むものである。

「子供叱るな、来ただもの。 年寄り笑う、行くだもの。 これから通る今日の、通り直しのできぬ

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裁判員候補

08ringo_tyoukai11まあ殆どの人は、素直に受け入れられないだろう。まず、戸惑うだろう。裁判員制度である。しかし、決まったからには実施しなければならない。候補の通知が来たからといって絶対しなければならないと言う事ではないが、「どーも面倒だ」と言う人殆どだと思う。

朝日新聞web・・・

フリーター、単身赴任の会社員、交通の便が悪い遠隔地の住民……。「あなたが来年の裁判員候補者に選ばれました」という通知が29日、続々と届いた。「どうしよう」「行かなきゃいけないの?」。人を裁くかも知れない現実に直面し、戸惑う声があちこちで聞かれた。

「うわー、こんなの来ちゃったよ」。思わず叫び、封筒のあて先を見直した。横浜市のフリーターの男性(25)は29日の昼過ぎ、郵便受けに、はみ出さんばかりに入っている大きな封筒を見つけた。

管理職のためになかなか行けないが、「できることなら裁判員をやってみたい」とも思う。ただ、「わざわざそのために遠くまで行くかというと、単身赴任者は普通は断るでしょうね」。

転居などで「住所が裁判所の管轄外にあり、出頭が難しい場合」は裁判員を辞退できる。この会社員も、希望すれば辞退が認められそうだ。

〈裁判員候補者への通知〉 選挙人名簿から選ばれた約29万5千人に対し、最高裁が28日に発送した。受け取ってもすぐに裁判所に行く必要はない。職業上の制約などで裁判員になれない人や、辞退が認められた人を除く候補者から、事件ごとに数十人がくじで選ばれ、来年5月以降に改めて通知を受ける。実際に裁判所に足を運ぶことになるのは、来年7月以降の見通し。

                                            

                     

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生きる勢い

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今日の名言

知識においての真理は直(ただち)に実践上の真理であり、実践上の真理は直に知識においての真理でなければならぬ。

西田幾多郎『善の研究』

Photo_2欲しきもの買ひて淋しき十二月 野見山ひふみ

新聞に折り込まれたチラシに興味がなくなったら、欝(うつ)の前兆だと、かつて聞いたことがあります。特にスーパーの安売りのチラシに目を凝らしているうちは、生きることに貪欲な証拠であり、サラダ油の値段を比較することが、大げさに言うなら、生きることの勢いにつながっているのかもしれません。

本日の句に詠まれている「欲しきもの」とは、しかし、もうすこし高価なものなのでしょうか。長年欲しいと思い続けていたものを、決意して買ったあとの、ふっと力の抜けた感覚が、見事に詠まれています。その店を通るたびに、いつかは買おうと思っていたのです。

幾度も迷ったあげく、なにかのきっかけがあって、手に入れてはみたものの、心はなぜか満足感に満たされることがありません。むしろ、買いたいと思うものがなくなったことの淋しさのほうが、強く感じられるのです。

12月といえば、クリスマスプレゼントや年末の買い物などがあり、また、多くの会社ではボーナスの支給される時期でもあり、「買いて淋しき」という言葉が、素直に結びつきます。

街はクリスマスのイルミネーションで明るすぎるほどに輝き、そのまぶしさがいっそう、個人の影を色濃くしているようです。『角川俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

我が家でも、12月となると色々買いたい物がある。欲しいと思うこと、何処かの温泉に出かけようかとか、気持があるうちは、生きることの勢いがある証だろう。まして、旨いもが食べたい、綺麗な洋服がほしい、などは生きる意欲がある。

映画をもる、音楽を聴くことや、趣味の発表会などに出場するなどは高齢になても若さを保つ事だろう。カラオケが大好きな、妻などは、カラオケ人生で終りそうだ。

そういった、何もかも意欲がなくなったら、後は死ぬのを待つばかりの人間になってしまう。と何時も言っている。

夏目漱石の「草枕」の文を思い出す。『ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるいは音楽と彫刻である。こまかに云えば写さないでもよい。ただまのあたりに見ればそこに詩も生き、歌も湧く。』・・・

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2008年11月29日 (土)

年金改ざん組織的

Sira71ヤッパリ、そうだったのか組織的に改ざんしていたのか、かたくなに調査を拒んでいたが、問題の徹底的に解明し、責任の所在をはっきりさせて、従事者の処分を行うし、改ざんされて受け取る年金額が減ってしまった人の保障しなくてはなるまい。その具体策を早急にまとめて、公表するべきである。

厚生年金記録の改ざん問題で、舛添厚生労働相直属の調査委員会(委員長・野村修也中央大法科大学院教授)は28日、社会保険事務所が組織的に改ざんに関与したとする内容の調査報告書を公表した。

NHKweb・・・厚生年金の記録改ざん問題で、舛添厚生労働大臣直属の調査委員会が「社会保険事務所の現場では記録の改ざんが半ば仕事として定着していた」とする報告書をまとめたことを受けて、舛添大臣は、全容解明に向け、社会保険庁による徹底した内部調査を行う方針で、具体的な方法を早急に検討することにしています。

厚生年金の記録改ざん問題で、舛添厚生労働大臣直属の調査委員会は「社会保険事務所の現場では、滞納する事業所が増えて保険料の徴収率が下がらないよう、職員どうしが手法を教え合うなど、記録の改ざんが半ば仕事として定着していた」とする報告書をまとめ、28日夜、発表しました。報告書は、こうした実態を把握せず、対策をこうじなかった厚生労働省や社会保険庁の責任も厳しく追及しており、調査委員会の野村修也委員長は記者会見で、「報告書をもとに、社会保険庁自身に徹底した調査を行わせることが大事だ」と強調しました。これを受けて、舛添大臣は、問題の全容解明に向けて、社会保険庁による徹底した内部調査を行う方針で、外部の監視の目を入れるなど具体的な方法を早急に検討することにしています。そして、改ざんが明らかになれば関係者の処分を行うとともに、改ざんによって受け取る年金額が減った人をどう救済するかについても、具体策の検討を急ぎたいとしています。

           

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初めての党首討論

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Natsu1国民の生活への危機感と、駆け引き主導の政治のギャップは極めて深刻だ。

これで国民への説明になったとは思えぬ。麻生太郎首相と民主党の小沢一郎代表の初の党首討論が行われた。小沢氏は首相が2次補正予算案の国会提出を来年に先送りした対応に絞り、論戦を挑んだ。首相はこれまでの説明を繰り返すだけで、まともに答えようとしなかった。

解散について、麻生首相がこれだけざっくばらんに語るのは初めだ。党首同士の論戦ならではのことかもしれない。ただ、その結論にはとても納得いかない。

2次補正と来年度当初予算がともに成立し、執行できるようになる来春までは解散しない。とも受け止められる麻生首相の考えだ。今の政治の停滞が何時まで続くのか心配だ。

金融危機の影響が深刻になるのはこれからだ。危機が深ければ深いほど、一刻も早く国民の信任に支えられた政権をつくる必要がある。国民あっての政治である。

総選挙で自民党が勝てば、民主党も自民党の政策実行には協力せざるを得ない。つまり、これまでのように参院での多数を使った抵抗戦術は控える事も視野に入れる。いずれにしても、深刻な危機・不安感は国民生活に重く覆いかぶさってくる。一刻も取り除く政策を待ち望んでいる国民をないがしろにしてはならない。

朝日新聞社説っでは・・・こんな討論をこそ、有権者はもっと聞きたいのではないか。道路特定財源の一般財源化をどうするのか。年内撤収が決まった自衛隊のイラク派遣をどう総括するのか。消費増税をどう考えるか……。テーマはたくさんある。

臨時国会の会期は12月25日まで延長された。残り1カ月弱、毎週でも党首討論をやってみてはどうだろう。

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湯殿川の鯉

今日の名言

どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。

ガリレオ・ガリレイ『天文対話』(上)

Yudono11_2 近々と山のまなざし冬ごもり 手塚美佐

先日「水と俳句」という宇多喜代子氏の講演を拝聴する機会があったのだが、その中で氏は、「祖母はいつも、山は水のかたまりだ、と言っていた」と話された。不動の山に息づいている水の鼓動。

雪に覆われていても、すっかり枯れ山となっていても、冬の山は、ただ眠っているわけではないのだと、あらためて気づかされた。

掲出句の作者は、冬日のあたる縁側にいるのだろうか。山そのものが間近にあるわけではなく、じっと見ているうちに、山と共に暮らしているということを、山の存在を感じた、というのだろう。まなざし、の語に、命の源としての山を敬う心持ちが感じられる。

この句は、『筆墨 俳句歳時記 冬・新年』(2002・村上護編著)より。この歳時記には、多くの作者自筆の色紙や短冊が掲載されている。掲出句の色紙は、中央に、山のまなざし、が高く置かれて語りかけてくる。作者の個性が強調され興味深い。(今井肖子)

  砂を上げ 水汲み上げる 冬の朝

昨日、散歩しながれ流れてい小川を遡り源まで行ってみた。そこは一年中、涸れることのない泉であった。滾々と砂を巻き上げて湧き上がっていた。辺りの木々はすっかり葉を落とし冬のモードであった。

その小川は、湯殿川に注いでいる。コスモスを片付け、雑草を取り除きサッパリした両側堤防も茶色になった斜面にな変色している。川の水は昨夜の雨でちょっと増したようだ。

大きな鯉が黒々としたうろこの背中で、静かにひれを動かしている。その数20匹ぐらいだ。来春まで、じっと我慢し、半冬眠の状態?動きは緩慢だ。風が冷たい朝であった。

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2008年11月28日 (金)

境界型糖尿病

271何を食べても血糖値が上がらない人がいる。日本人の潜在糖尿病(予備軍)は500万人とも1000万人ともいると言われている。糖尿病には1型と2型があるそうだ。1型は、小児糖尿病と言われ、遺伝?的にである。2型、食事の欧米化と運動不足で起こると考えられる。そこで現在血糖値が110のガイドラインにいる人の境界型糖尿病について調べてみた。

境界型糖尿病

境界型糖尿病が2型糖尿病の前段階と考えられている。糖尿病の診断基準を満たしていないという意味では厳密には糖尿病ではない。しかし、糖尿病と同様に大血管障害、即ち心筋梗塞などを起こすリスクが高いということ、食事療法、運動療法以外に経口血糖降下薬を用いた薬物療法を行うことで慢性期合併症を予防できる可能性が示唆されているため、病気として扱い治療を受けた方がよいという意見もある(ガイドライン上は推奨されていない)。2型糖尿病と同様に生活習慣病である。

この時期の糖尿病は、肝臓病としての側面が強く、糖新生を行う肝臓をターゲットとしたインスリン抵抗性を改善する薬がよく用いられる。またNASH脂肪肝といった肝疾患との関連やめたボリックシンドロームとの関連が示唆されている。NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)といった概念が確立されつつある。肝障害の起こり方によって血糖コントロールの仕方が今後変わってくる可能性がある。

FjiSankeiBusinessi・・・『血糖値下げる神経系を解明』の記事を見た。多くの患者の朗報になるか・・・肝臓で特定のタンパク質を活性化させ、血糖値を抑えるインスリンを作る膵臓(すいぞう)の細胞を増殖させる仕組みを、東北大の片桐秀樹教授(代謝学)らのグループがマウス実験で発見した。糖尿病の新しい治療法につながる成果で、米科学誌サイエンスに発表した。

グループは肥満になると(1)肝臓にあるタンパク質「ERK」が刺激を受け活性化(2)インスリンを分泌する膵臓のβ細胞が増殖-することに着目。

ERKの活性化がβ細胞増殖の引き金ではないかと考え、ERKが活性化しやすくなるようにマウスの肝臓に遺伝子を導入。その結果、β細胞が増え血糖値が下がることを確認した。多くのβ細胞が死んだ糖尿病のモデルマウスでは同じ方法でβ細胞が再生した。

この現象は肝臓や膵臓と脳をつなぐ特定の神経回路を閉ざすと生じず、β細胞の増殖を導く神経ネットワークの存在を示している。ERKの活性化はがんを招く恐れがあるが、神経ネットワークのどこかを刺激することでERKと同じ効果が期待できるという。

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投げ出していいのか財政の健全化

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15401米国から津波が襲ってきたからといって、投げ出していいのか。 政府の財政再建への取り組みには、不安をもたざるを得ない。

朝日新聞社説・・・「基礎的財政収支」を11年度に黒字化する、という目標を小泉政権が06年に打ち出した。国債の利払いや返済を除けば、借金に頼らず支出をまかなえる状態にすることだ。以来、公共事業費や社会保障費を削り歳出を抑制して財政赤字を縮小してきた。 しかし、ここで様相が一変した。

米国発の金融危機をきっかけに景気が失速し、法人税収が落ち込んできたのだ。今年度の税収全体は当初予算を6兆円程度も下回りそうだ。当初予算で5.2兆円の赤字だった基礎的財政収支は大幅に悪化する。不足する財源の確保のため、来月に編成する補正予算では、赤字国債の発行増に踏み出さざるを得なくなっている。

景気の後退はまだ入り口なので、来年度の税収はもっと落ちるだろう。一方の歳出は、景気対策のため当面は拡大するのが避け難い。

「11年度に黒字化」の目標達成はもはや不可能に近い。健全化目標は有名無実化した、といわざるを得ない。 しかし政府は、こうした現実に対して正面から取り組まず、目をそらそうとしているように見える。

たとえば、今週まとまった財政制度等審議会の意見書は、健全化目標の「堅持」を求めるというこれまでの表現から、「目標達成に向けた取り組みを怠ってはならない」と軟化させるだけで、やり過ごした。

日本は、国と地方を合わせた長期債務の残高が国内総生産(GDP)の1.5倍近くある。主要先進国で最悪の財政だ。歳出の削減が続き予算要求の圧力が高まっているなかで、守れもしないルールを形だけ掲げていると、堤防が破れたときのように、赤字が一気に拡大する危険がある。

当面の景気や国民生活を支えながら、赤字を中期的に縮小し財政を再建していく。この二つを両立させるには、厳しくかつ柔軟な新目標が不可欠になっている。同時に、政策に優先順位をつけ、定額給付金のような愚策を排除する決意が政治に必要だ。

欧州連合は毎年の財政赤字をGDPの3%以下に抑えるよう加盟各国に課している。だが、経済成長がマイナス2%を超える不況になったら、このルールを外す例外条項がある。

ルール作りは政府与党だけの問題ではない。政権交代をめざす民主党にはいいお手本がある。英国労働党は97年に政権奪回する際、公約で財政支出に厳しいタガをはめ、赤字拡大に不安をもつ産業界や金融界を納得させた。

自民、民主両党は、いまこそ新ルールの提案で競い合う時である。

   

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水仕事とひび

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今日の名言

科学の目的は、無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつの終止符を打ってゆくことだ。

ブレヒト『ガリレイの生涯』

1205661さも貞淑さうに両手に胼出来ぬ 岡本 眸

胼は「ひび」。出来ぬは「出来ない」ではなくて「出来た」。完了の意。「胼ありぬ」なら他人の手とも取れるから皮肉が強く風刺的になるが、「出来ぬ」は自分の手の感じが強い。自分の手なら、これは自嘲の句である。

両手に胼なんか作って、さも貞淑そうな「私」だこと。自省、含羞の吐露である。「足袋つぐやノラともならず教師妻は杉田久女。貞淑が抑圧的な現実そのものであった久女の句に対し、この句では貞淑は絵に描いた餅のような「架空」に過ぎない。

貞淑でない「私」は、はなっから自明の理なのだ。含羞や自己否定を感じさせる句は最近少ない。花鳥や神社仏閣に名を借りた大いなる自己肯定がまかり通る。含羞とは楚々と着物の裾を気にする仕種ではない。仮面の中に潜むほんとうの自分を引きずり出し、さらけ出すことだ。『季別季語辞典』(2002)所収。(今井 聖)

辞書では・・胼=繰り返し圧迫を受けた皮膚の部分が角質化し厚くなったもの。骨の出っぱったところにできやすい。ペンだこや座りだこ、肘(ひじ)だこなど。べんち。「耳に―ができるほど聞かされた」とあるが・・・。

ひびとは、手にひびが切れる。あんまり待たせるのでひびが切れた。と解釈していいのか?よく分からない。

ひびと言うと、子供の頃は不衛生でよくひびが切れたものだ。冷たい水遊びをしてそのまま放っておき、寒風にさらしていると、切れる特に手の甲である。しもやけ症状からなる。あかぎれの手前だ。

お袋の手の思い出がある。わら仕事や、洗い仕事などが続き、手を休める暇がないしもやけ~ひび~あかぎれである。ちょっとぶつかって、顔をしかめていた。膏薬を貼るのであるが、辛そうでであった。ちょっと手伝おうと思った。でも、「いいよかあちゃんやるから・・」と言って、また水仕ごと、かわいそうだなあ・・・と思った。

      

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2008年11月27日 (木)

“過緊張”

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへSira111                                                               

ハハ~ン、私も現役時代に「過緊張」ということだったのかあ・・・。几帳面、真面目、がんばり過ぎが過緊張を引き起こすそうだ。

朝、時計が鳴る前に目が覚める。働き盛りに多いという。過緊張を放っておくと危ない。ノイローゼ、うつ病、神経症になる恐れがある。

J-castニュース・・・(抜粋)毎朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。結構なことのようだが、本当は危ない症状なのだ。「過緊張」といい、それが疲れの原因になっているというのだ。働き盛りに見られる不眠、肩こり、体のだるさ、ほてり、女性に多い冷え症もそうだ。病気とまではいえないが、ほっておくとよくない。

「過緊張」とは、心や体の緊張が進んでしまい、ゆるめたくても自分ではゆるめられない状態をいう。病気というほどではないが健康でもない、いわゆる「未病」を引き起こす「元凶」ともいえる。

たとえば、毎朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。体内時計が朝起きる時間を覚えているなどと自慢げに話す人がいるが、そんなことを言っている場合ではない。仕事へ出かけなければならないという緊張状態からくる一種の症状で、ストレスが溜まっていく前ぶれなのだ。

眠りが浅く夜中に何度も目が覚める、トイレに起きる。暑くもないのに汗をかいたり、あまり気づかないが喉や胸につかえを感じて呼吸が浅くなったりする。寝起きなのに肩が凝り固まっている。こうした症状も、過緊張が原因とされる。

何事にも一生懸命で几帳面、まじめ、頑張りすぎる人に多い。たとえば、緊張をほぐすために「運動をしなさい」というと、それがかえってプレッシャーになってしまう人は、自分の知らないうちに「未病」に陥るタイプだ。

就寝前の風呂、音楽を聞く、薬酒を飲むなどで、リラックスすることだそうだ。ご用心・ご用心だ。

未病とは・・・未病とは何でしょうか。未病は元々、中国語で、東洋医学の文言である。書き下すと「未ダ病ニナラザル」となる。

従って、病気ではないことになる。しかし、「未ダ」と成っているのでそこには病気を予期している意味が内在している。

そこで学会では、未病とは「健康状態の範囲であるが病気に著しく近い身体又は心の状態」を言うと一応に定義している。(西洋医学では疾病又は疾患の言語表現を使用すが敢えて病気と表現させて頂く。病気とは「気を病む」事。)

病気には自覚症状がある場合と無い場合がある。検査結果も出る場合と出ない場合がある。検査結果が出た場合等をここでは仮に他覚症状と言う。

学会の考え方は、自覚症状又は他覚症状の何方かがある場合を病気と考える。

未病の場合、自覚症状も他覚症状も無く、一応健康であるが、病気に近い健康状態を言う。従って、未病は東洋的な考え方であるが、西洋的な考え方から未病を分類すれば未病管理は、健康管理又は予防医学の一分野と考えられる。

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故郷

05sikotuko31_2

『故郷』は、なんて言葉の響がいいのだろう。故郷は誰にもある。それは母親に胎内の中にいるような、暖かく、安心して母親の心音を聞くことが出来るところである。

歌に『故郷』がある。   高野辰之作詞・岡野貞一作曲/文部省唱歌

一 (うさぎ)追いし かの山
  小鮒
(こぶな)釣りし かの川
  夢は今も めぐりて、
  忘れがたき 故郷
(ふるさと)

二 如何(いか)に在(い)ます 父母
  恙(つつが)なしや 友がき
  雨に風に つけても
  思い出
(い)ずる 故郷

三 志(こころざし)を はたして
  いつの日にか 帰らん
  
山は青き 故郷
  水は清き 故郷

この歌を口ずさむと、何だか涙が出てしまう。今までの歩んだ人生振り返ってみて、これから先の人生を、どう送ればいいのか、考えてしまう。

今日は、比較的暖かい朝で今にも泣き出しそうな空模様だった。この故郷に生を受け、育て今も行き続けることが出来る、幸せは本当に有難い。

1時間ばかり、ボランテアのゴミ拾いをしてきたが、雨が降りだして来て、少し濡れたが思うとおり、出来たので、良かったと思う。健康って有難い。

何だか突然だが、ゴミ拾いをしながら思い出して、口ずさんでしまった。

 

                              

                                              

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第2次補正予算

08ringo_tyoukai11「何故だ」何故なんだ?ちょっとおかいい。日本でも金融危機が起こっている。風邪引いて取り返しのつかない病気になったらどうするのか、医者だったら、そうならないように処方するだろう、そうして健康な身体に回復させる。瀕死の中小企業や低所得者は路頭に迷い始めている。一刻も猶予はない。

日本の国民の安心・安全で生活出来る保障は政治の役目だろう。麻生首相もどうも政策が定まらないし一貫性がない。

メンツや意地を張っても仕方がない。内閣支持率が落ち、定額支給付金などで所得制限問題でおかしくしてしまって迷走する事態を脱出することである。野党と接点を見出し、国民に目線を合わせて欲しい。

日経新聞社説26日・・・政府与党は景気対策を具体化する第2次補正予算の今国会提出見送りを決め、この方針を民主党など野党側に伝達した。麻生太郎首相が「政局より政策」「景気対策最優先」と言って衆院解散を先送りしたにもかかわらず、この国会に補正予算を提出せず、景気対策を先送りするのは筋が通らない話である。麻生内閣の政権運営は一貫性に欠けると言わざるをえない。

世界的な金融危機の広がりで、日本の景気も深刻な後退局面に入りつつある。いま、日本がやるべきことは各国と協調して危機対応と景気対策に全力を挙げることである。中小企業に対する信用保証枠の拡大などは早急に実施すべき施策である。それなのに、なぜ2次補正を先送りするのか、理由が明確でない。

麻生政権は定額給付金に所得制限を設けるかどうかなどで迷走した。補正予算を今国会に提出すれば野党の批判攻勢を受けて不測の事態に追い込まれかねないと警戒する声が与党内に高まった。景気対策に責任を負う立場にある政府与党として情けない話である。もっと危機感を持って政策運営に当たるべきである。

麻生首相は2次補正見送りの理由について外遊先で「小沢民主党は信用できない」と語ったが、これにも首をかしげざるをえない。2次補正を今国会に提出して、民主党がその成立に協力しないなら、民主党を批判するのは当然だが、2次補正の提出見送りを民主党のせいにするかのような発言は責任逃れである。

政府与党の2次補正先送り方針を受けて、民主党は金融機能強化法案とインド洋における給油活動継続法案の会期内の参院採決に応じない方針だ。この結果、30日に会期が切れる今国会の会期延長は不可避になった。2次補正の扱いとは切り離して両法案は1日も早く、参院で採決して成立させる必要がある。

2次補正の今国会提出を強く求めながら、金融機能強化法案の採決は引き延ばす民主党の国会戦術は矛盾している。党首討論を速やかに行い、景気対策のあり方をめぐって麻生首相と小沢一郎代表が論戦を展開すべき時期である。小沢代表は麻生首相に対して、なぜ2次補正を先送りしたのかをただす責任がある。

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不思議な光景

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今日の名言

世間では驚嘆されながら、妻や召使から見れば、何一つすぐれたところのなかった人もいる。家中の者から称讃された人というのはほとんどない。

モンテーニュ『エセー』(五)
(赤 509-5)

09_12801言ひかへてみてもぱつちに違ひなし 平石和美 

月だったか、この欄で阪神の選手のインタビューに出てきた「必死のパッチ」という言葉について話題になっていた。そのことについて大阪の友人と話したが、さして深い意味はなく冬下着のパッチとの語呂合わせであるまいか、という結論に落ち着いた。

「ぱつち」という言葉にはパチパチたたく音がその響きに感じられて何となく威勢がいい。ロングパンツ、スパッツ「ぱつち」を現代風に言い換える言葉はいくらでもあるだろうが、股引であることに変わりはない。

おじいさんのラクダの股引とブランドもののロングパンツの違いはどこにもない。句の通り気取ってみてもぱっちはぱっちなのだ。このあたり関西弁のあっけらかんとした物言いに関西出身の私などは「ほんと、そうやねぇ」と相槌を打ちたくなる。

キャミソールやタンクトップで過ごしていた娘たちも「ばばシャツ貸して」と、お願いに来るこのごろの寒さ、颯爽と街をゆく若者たちがいつ頃から「ぱつち」をお召になるのか、興味は尽きない。『桜炭』(2004)所収。(三宅やよい)

穿かなくても慣れてしまえば、結構過ごせてしまう経験がある。「ズボン下」は殆ど穿かない。ステテコである。

昨日駅のホームで電車を待っていたら、向井側のホームに高校生が5・6人楽しそうに話し合っていた。その服装が何ともだらしがない格好であったので親が見てどう思うのか、心配になった。ズボンをウエスト下でずり降ろし、かかとの上で纏まって靴のかかとで踏んでしまっている。ズボンのベルトに下着のパンツが見える。不思議な光景であった。

ちょっと走ったら、脱げてしまいそうである。そんなのが流行っているのかと思ってしまい、高校はどちらの高校か着てみたくなるほどである。何とも不健康で仕方がない。

いったい将来の日本はとか、将来の夢は、生き甲斐とは、人生観はとか聞きたくなってしまう。自分の子供であったら、とても許せない、と思った。

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2008年11月26日 (水)

クロマグロの漁獲規制

1020208_img1俳優の松方弘樹さんが、昨日クロマグロの一本釣りで300キロを超える大物をしとめた映像がテレビで見た。離島の見島(山口県萩市)で11月23日開かれた「萩クロマグロトーナメント」にゲスト参加した松方弘樹さんが釣り上げた特大マグロは、見島周辺で08年で一番の大物マグロで、約1時間の格闘の末に一本釣りしたそうである。釣り上げた大物マグロは11月24日に築地市場(東京都)に空輸されるという。

そんな超大物を釣って、インタビューで、私の子供の頃はマグロの刺身は食べられなかった。今の子供は、好きなだけ食べている。いまちょっと我慢して自分でお金が取れるようになってから食べたらいいのではないか、だから貴重な資源を大事にする意味で漁獲高規制は賛成である。とコメントしていた。とても印象的であった。

私もマグロは美味しく好きである。しかし、食べなくても他の魚を食べれば良いと思う。貧乏人なんて言わないが、少しでも資源を後世に残す事が大事だと思うからである。どんな資源でも有限である。確かに、お寿司屋さん、回転寿司の営業は大変だが、漁獲規制を決める国際委員会の日本代表も賛成したことは、先々のことを考えてのことで懸命だあったと評価する。

クロマグロの総漁獲枠 来年2万2000トン(2㌫減)・3年後1万8500トン(35㌫減)と決まった。                             

東大西洋と地中海でとれるクロマグロの漁獲規制を決める国際委員会は、モロッコで開いた会合で、漁獲枠を段階的に削減し、3年後には今より30%余り減らすことを決めた。
日本のスーパーや回転ずしなどで多くが消費されるクロマグロが、今後、値上がりすることも懸念される。
日本やEU=ヨーロッパ連合など47の国と地域で組織する「大西洋まぐろ類保存国際委員会」は、年に1度の会合を17日からモロッコで開き、資源の枯渇が懸念されるクロマグロの漁獲規制について協議した。

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枯れ葉舞い散る

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今日の名言

邪魔なもの、自分を苦しめるものを殺そうとするのは、女にとってはあたりまえの思いつきだわ、とくに嫉妬する女にとってはね……

コレット『牝猫』

08yokotezyo_koyo31木の葉降り止まず透明人間にも 望月昶孝

本格的な冬の訪れである。木の葉があっけなく降るがごとくに盛んに散っている。地上に降る。つまり地上に住むわれら人間に降りかかってくる。それどころか、じつは私たちのすぐ傍らにいるかもしれない透明人間にも、降りかかって止まない。

透明人間ゆえに、木の葉は何の支障もなく降りかかっているにちがいない。ものみな透けるような時季に、懐かしい響きをもつ透明人間をもち出したところに、この俳句のおもしろさと緊張感が立ちあがってきた。透明人間の存在そのものが、それとなく感じられる冬の訪れの象徴のように思われる。

いや、この季節、人々は着ぶくれているけれども、それこそ透け透けの透明人間になってしまっている、と作者はとらえているのかもしれない。葉をなくしてゆく樹木も、次第に透き通ってゆくように感じられる。「木の葉降り止まず」で想起されるのは、加藤楸邨の名句木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよである。

作者には、おそらく楸邨の句も意識のなかにあったと思われる。両句は「透明人間」と「いそぐないそぐなよ」がそれぞれのポイントになっている。昶孝には「地虫出づ兵馬俑を引き連れての句もある。昶孝は詩人で、詩人たちの「ハイハット句会」のメンバー。俳号は暢孝。「長帽子」70号(2008)所載。(八木忠栄)

前の公園の雑木林も、黄金色に燃えたと思ったら、アッという間に、冷たい北風に舞い散っている。風の加減で、川を挟んで我が家にまで積もってしまう。そして今まで見えなかった雑木林を散策する人影が透けて見えるようになる。

そうだ、昔は山の下刈りをし、くず葉を掃いて堆肥にするため、大きな籠に詰め込んで家まで運んだ。そしてさつま床の苗を作る準備をするのである。首が葉屑でチクチク痛かったなあ・・・。

なら・くぬぎ・くり・しゃらなどのである。丸坊主になった枝の先には芽を出る準備をして、暖かくなる春を待っているのだ。自然の営み人間は従順に、従うことが今さながら大切だと思う。

          

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2008年11月25日 (火)

世界デフレの色強まる

15401ガソリンの小売価格が一時リッター200円を超えるのかと思えるほどの勢いであったが、漁業関係者のデモ行進まで起して、一時はどうなるかと思えた。しかし、原油・鉱物・穀物などが急落している。この現象は、需要が無いということである。つまり、世界景気は後退局面に入ってきた証拠である。いわゆる実体経済が悪化して、デフレに移行してきたとも言える。

世界の経済を左右される、アメリカの経済の建て直しが注目される。時期大統領オバマ氏の手腕が見ものである。

FujiSankei BusinessI記事から・・・今夏まで未曾有の高騰を続けてきた資源価格が一転、足元では原油、鉱物、穀物などあらゆる商品相場が急落している。原材料価格の下落は、後退局面に突入した世界景気や悪化する企業業績にとって下支え要因となるが、日米欧とも7~9月期はマイナス成長に陥っており、物価下落と経済活動の収縮が同時進行するデフレ懸念が急速に高まっている。

◆冷え込む消費

資源価格が下がれば、コスト安から企業の生産活動が活発化し、製品値下げを通じて消費が盛り上がり、景気回復に転じる-。数カ月前まで、こんなシナリオに期待が集まっていたが、思惑は完全に外れてしまった。

商品相場の下落にもかかわらず、実体経済はむしろ悪化しているからだ。いわゆるデフレだ。政府が21日発表した11月の月例経済報告では、景気の先行き不安から基調判断を2カ月連続で下方修正、景気浮揚の望みは遠のいた格好だ。

原油価格の世界的指標とされるニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)原油先物市場の米国産標準油種(WTI)は21日、1バレル=49.93ドルで取引を終了。7月に史上最高値の147.27ドルを記録してから4カ月で約100ドルも急落した。

ロンドン金属取引所(LME)では今夏、銅先物が1トン=8865ドル、アルミ先物は3271ドルを付けたが、21日にはそれぞれ3518ドル、1713ドルまで下落。シカゴ商品取引所の小麦先物も、1ブッシェル=4.99ドルと今年最高値(12.80ドル)の半分以下に落ち込み、今年最安値を更新した。

商品市況の下落は、資源小国・日本に多大な恩恵をもたらすはずだが、現実には多くの企業が業績悪化を予想し、設備投資計画の縮小に走っている。

◆価格転嫁できず

「鉄鋼、電機、自動車などが設備更新を先送りしている。(需要減少による)市況悪化で通期予想が立てられない」

非鉄金属大手の三井金属の西田計治財務部長は、資源安でメーカーからの引き合いが増えるとみていたが、需要見通しすら立たない現状に頭を抱える。先行き不透明から下期の設備投資を320億円と当初予定より70億円圧縮した。

夏までの銅相場急騰を価格転嫁できないまま急落局面を迎えた古河機械金属。購入済みの高値の銅を精錬しても安値販売せざるを得ず、差損は避けられない。2009年3月期の営業利益は前期比53.5%減の67億円にとどまる見通しだ。

総合商社最大手の三菱商事は、09年3月期の最終利益予想を期初の5800億円から5200億円に下方修正した。銅・アルミの生産減や価格下落に加え、海外も含めた実体経済の悪化で150億円の減益が生じるためだ。

資源の調達コストが下がっても企業が苦しむ原因は、価格変動と需要後退が想定を超えて急速に進んだことによる。

さまざまな石油化学製品の原料となる国産ナフサは3カ月ごとに基準価格が改定される。7~9月期は過去最高の1キロリットル=8万5800円だったが、10~12月期は5万3000円に下落した。しかし、直近のスポット取引価格は2万円台に下がっている。

ゴールドマン・サックス証券の横尾尚昭マネージングディレクターは「スポット価格を見ていれば、年明けには基準価格がさらに下がるのは明白で、需要家は買い控えている」と指摘する。石化業界では夏までのナフサ高騰分を価格転嫁できていない上、今後の需要減少というダブルパンチを受け、10年3月期は赤字に陥る企業が出る可能性があるという。

◆時間差 影響これから

物価下落と景気低迷が同時進行するデフレの到来はどうやら避けられそうもない

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不景気を緑で回復?

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08matukawakeikoku_koyo11アメリカのサプライムローンで始まって、世界中に金融危機が実体経済に影響が心配されたが、我々の庶民まで影響している。グローバル経済は一気に世界中まで浸透している。

したがって、原油高騰が一気に暴落?しているようだ。しかし、株価は、毎日乱高下しているので、投資家は目が離せない。その乱高下で売買し儲けている人もいるという。

何れにしても、アメリカの政府の舵取りが難しい、アメリカのシテイグループに2兆円の融資を決めたニュースが流れたことで、ダウが300ドル前後急上昇するという。非常に神経質になっている市況だといえる。オバマ政権で地球温暖化を真剣に取り組むアメリカになれば13年以降の排出削減策の枠組みをつくる国際交渉に弾みがつくだろう。期待したい。

そうした環境対策に予算を向ける政策は景気回復につながる可能性は高くなると思う。

朝日新聞社説(抜粋)であるが『不況と温暖化―「緑の内需」』の題である。

出番だ世界はいま、100年に1度ともいわれる経済危機に直面している。不況から脱出するのが最優先だ。何十年も先の地球温暖化を防ぐため、大金を注ぐ余裕があるのか?

そんな疑問をはね返すように、米国のオバマ次期大統領は新たな発想で不況に挑もうとしている。

オバマ政権で転換へ

道路やダムをつくる従来型の公共事業ではなく、脱温暖化ビジネスを広げていくことで環境と経済の危機を同時に克服する、というのである。

太陽光や風力など再生可能エネルギーの拡大、食用ではない植物によるバイオ燃料の開発、家庭のコンセントから充電できるハイブリッド車の普及……。エネルギー分野だけで10年間に1500億ドル(約15兆円)の国費を投じてグリーン内需を拡大し、500万人の雇用を生むと訴えてきた。

こうした脱温暖化への投資を他の分野へも広げれば、経済への波及効果もさらに高まるだろう。 オバマ氏の政策は「グリーン・ニューディール」とも呼ばれる。1930年代にフランクリン・ルーズベルト大統領が公共投資によるニューディール政策で大恐慌を乗り切ったように、こんどは環境への投資で危機を打開したい。そんな期待がこもる。

温暖化防止のためのさまざまな取り組みに対して、「経済成長を妨げる」と背を向け続けたブッシュ路線から、百八十度の転換である。

世界最大の二酸化炭素(CO2)排出国が「チェンジ」を決断すれば、13年以降の排出削減策の枠組みをつくる国際交渉に弾みがつく。

主要8カ国は「温室効果ガスを50年までに少なくとも半減する」という目標を世界で共有しようと呼びかけている。コンサルタントの米マッキンゼー社は6月にまとめた報告書で、「それには炭素生産性を現在の10倍にしなければならない」と指摘した。

炭素生産性とは、CO2排出1トン当たりの経済規模のことだ。生活水準を下げずに目標を達成するには、再生可能エネルギーへ大転換し、化石燃料の効率も飛躍的に高めないといけない。

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枇杷の花

今日の名言

不思議なものは数あるうちに、人間以上の不思議はない。

ソポクレース『アンティゴネー』

08sirakawago_zenkei11枇杷咲くや針山に針ひしめける 大野朱香

季語は枇杷の花。今頃が盛りといえば盛りの花だが、夕焼け色の美しい果実に引きかえ、人間に愛でられる可能性を完全に否定しているような花群は、本当にこれがあの枇杷になるのか、と悲しくなるほど地味な姿だ。

一方、針山に針が刺されていることに別段不思議はないのだが、先の尖った針がびっしりと刺さっている様子もなにかと心を騒がせる。これらのふたつは「ひしめける」ことによって、まったく違う質感であるにも関わらず、お互いに触れ合っている。

群れ咲く枇杷の花は決して奥ゆかしくもなく陰気で、どちらかというと貪欲な生命力さえも感じられる。針山という文字から地獄を連想される掲句によって、それは地獄に生える木なのだと言われれば、なんとなく似合う風情もあるように思えてしまう。

と、ここまで書いて、これでは枇杷の木に対してあんまりな誹謗をしているようだが、そのじつ枇杷の実は大好物である。果実が好ましいあまり、花も美しくあって欲しかったという詮無い気持ちが本日の鑑賞の目を曇らせている。

ダッフルコートダックスフンドを連れ歩き〉〈年の湯や両の乳房のそつぽむき〉『一雫』(2008)所収。(土肥あき子)

枇杷は常緑樹である。したがって玄関先に植えてあるお宅を見かける。しかし、実を食べるまではならない。

ビワの主な産地は亜熱帯や温帯地域です。年平均気温15度以上、最低気温は-5度以下にならない場所が栽培に適しているといわれている。このため日本では千葉県より北では本格的な栽培は行われていない。ただし近年の温暖化による影響により、栽培可能地域が北に広がる可能性があるようだ。

確かに白い剣山の形で、見栄えは良くないが、青い大きな葉っぱと白い花が一杯付くと目立つ、何となく落ち着きがある。だから、実を食べる事は期待しないのだろう。

                                 

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2008年11月24日 (月)

インターネトと老化防止

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Sira61インターネットで検索して脳に刺激を与えれば脳は活性化され脳の老化防止につながると言う。人間の欲望は際限がない。その一つには何時までも若く呆けないで、足腰がしっかりとしていたい。

究極的に何時までも元気で、呆けないで長生きしたい。しかし、まあ・・・そうは言っても、何時か死ななければならない宿命である。人間の身体も新陳代謝する60兆個の細胞で、形成されているので、その機能は永遠不滅ではない。どんな事があっても自然には、逆らえない。

そんなことを考えていたら、ネットでこんな記事をさがした。

お年寄りや中高年の人がインターネットを使った検索を行うと、脳が刺激されて活性化し、脳の老化防止につながるという研究成果を、アメリカの大学の研究チームがまとめました。

これは、アメリカのUCLA=カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームが、14日、明らかにしたものです。それによると、研究チームは、55歳から76歳までのあわせて24人について、ふだんからインターネットを使っている人と使っていない人の2つにグループ分けて脳細胞の動きを調べた。

その結果、読書をしてもらったところ、どちらのグループでも、言語や記憶などの働きをもつ側頭葉などの部分で脳細胞が活発になることが解かったという。

ところが、インターネット検索をしてもらったところ、普段からインターネットを使っている人のグループでは、意思決定や複雑な思考をつかさどる前頭葉などの部分の脳細胞の活動の量が、インターネットを使っていない人たちの活動の2倍になることが分かった。

実験結果について、研究チームでは、インターネット検索は、求める情報にたどりつくうえで、検索することばを能動的に考えて選ぶ作業が必要なため、脳に刺激を与えるのではないかと分析している。

そして、クロスワードパズルなどと同様に、インターネット検索も、お年寄りや中高年の人の脳に刺激を与え、結果的に脳の老化を遅らせるのにつながるのではないかとみている。

一方、最先端の生命科学は、現在120歳ぐらいが限界といわれる人間の寿命を延ばすことを可能にするのだろうか。国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の下方浩史・疫学研究部長(46)は慎重だ。「寿命を延ばすために遺伝子操作をしたり、老いた体をクローンと入れ替えたりしたら、もうヒトという生物の種を超えることになる」と言う。

確実に延びていくのは、平均寿命の方だ。予想される超高齢化社会では、お年寄りだけでなく介護する家族にとっても、病気にかからず健康に暮らすことが重要になる。遺伝子と老化、病気の関係のデータが蓄積されれば、生活習慣病などの予防や治療に役立つ。

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「シューカツ」の秋

08yokotezyo_koyo31 今朝(24日)の毎日新聞コラム(余禄)に、【「シューカツ」の秋】という見出しで載っていたのでああなるほどとおもった。面白い記事であったので記して見た。確かに今年の金融危機に始まり、景気後退が問題視されている。そんな世情で、就職戦線に勝ち抜く事は、並大抵ではない。

一般常識・健康・人生観・専門知識など、企業は選ぶ基準(価値観)で採用しようとするのは当然である。女なら、同じ能力がでもチャーミングな人であった方が人は注目する。

コラム記事内容・・・女子大の構内で「面接に勝つ口元チャームアップ講座」というポスターを見かけた。就職活動への入れ込みようがいじらしく思える。学生言葉で「シューカツ」の秋たけなわだ。

96年に企業・大学間協定が廃止され、活動時期が早まった。大学3年の夏から、インターネットの就職情報サイトに登録して企業データを集め、インターンシップで現場を体験する。適性を自己分析し、エントリーシートに記入する志望動機などを練り上げることも欠かせない。

「筆記試験の勉強のばからしさ、準備ができないために筆記よりも怖い面接やグループディスカッション、ほんとうにこの業種や企業でよかったのかという不安。生まれて初めて自分の人生を選択する迷いのなかに、誰もがいるのだ」(石田衣良「シューカツ!」文芸春秋社)。

学問はどうした、とか、言動がマニュアル化されて個性がない、という批判はある。そう言う中高年だって、ジーンズをスーツに着替えて会社説明会を掛け持ちした日々があるだろう。人材を選別し、より早く確保したい企業の論理が働く限り、せめぎ合いに果てはあるまい。

不況の今、売り手市場が終わり、就職氷河期再来のおびえが渦巻く。来春入社予定者の内定取り消しも出始めた。正社員と非正規雇用の格差も一向に解消されない。そんな現実を前に、学生の焦燥感が募るのも無理はない。

「就活の秋は今年限りにしたい。振り返って悔いのないよう、秋の夜長を活用したい」。毎日新聞「みんなの広場」への女子学生の投稿だ。思い切り迷って、自分のやりたい仕事を探し、挑戦してみてほしい。あまり力にならない応援だけれど。

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たばこを止めた動機

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今日の名言

学者はたゞ、道を尋ねて明らめしるをこそ、つとめとすべけれ、私に道を行ふべきものにはあらず。

本居宣長『うひ山ふみ・鈴屋答問録』

08kakunodate_koyo61煙草火の近づいてくる寒夜かな 盛生高子

寒くて真っ暗な淋しい夜の道である。肩をすぼめるようにして家路を急いでいると、ちらっと遠くに小さな赤い火の玉のようなものが見えた。何だろう。目を凝らすと、だんだんそれは明滅しながら近づいてくる……。なあんだ、煙草の火か。

作者はそう納得して一瞬ほっとはしたものの、しかしながら、なんとなく不気味な感じは拭えない。体感的な寒さに、心理的なそれが加わった図だ。誰にも似た経験はあるだろうけれど、暗闇から煙草の火が近づいてくるのは結構こわいものがある。明滅するからなのだ。

近づいてくるのが懐中電灯の明かりだったら、さして不気味ではないけれど、煙草の火は暗くなったり明るくなったりするだけにこわい。つまり火の明滅の正体はわかっていても、その明滅は人の息遣いを伝えるものであるから、かなり生々しく「人」を意識してしまうことになるのである。

夜の道で人の息遣いを感じさせられているこわさが、よりいっそう周囲の寒さを助長してくるという句だ。ところで、闇の中で煙草を吸うのは、同じ状況で饅頭を食うのと同様に、ちっとも味がしないと言ったのは開高健だった。

逆に、饅頭とは違い、闇の中でも煙草だけは美味く感じると書いているのは古井由吉である。私は美味い派だが、あなたが煙草好きならば、どちら派でしょうか。『現代俳句歳時記・冬』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

たばこは、10年前に止めた。止めた動機は、退職・咳・部屋が汚れる・お金・たばこ税の使い方・たばこの値上げである。いわゆる政府はたばこ税で旧国鉄民営化で負債をたばこ税で当てるとした政策が納得できなかった。そして、40年勤めたサラリーマンを退職したこと。である。よく言われるのが『百害あって一利なし』である。

止めるときは、大変だった。数を減らして、徐々に止めることも考えたが、堪らない中毒症状を抑え込んで、一気にやめた。大袈裟だが,人生を賭けたつもりであった。止めないと死ぬのであると。

         

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2008年11月23日 (日)

思春期の子供の叱りかた

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05sikotuko31親となると誰でも子供叱り方で、悩むことだが、思春期は特に難しい、ちょっと間違うと子供人生そのものを狂わしてしまうから、落ち着いた理に叶った叱り方をしたいものだ。

毎日新聞web『思秋期の子供の叱り方』があったので記してみた。               

思春期の子どもの扱いは難しい。学校マガジン「おそい・はやい・ひくい・たかい」編集人で名古屋市の小学校教員、岡崎勝さんは「善悪を明快にシンプルにしかって」と勧める。10代の子どものしかり方はもともと気を使うものだが、10年ほど前から子どもの反応が変わったと、岡崎さんは指摘する。

目立つのは次のタイプだ。

(1)しかられることをどう受け止めていいかわからず笑ったりする。立ち直りが早く同じことを繰り返す。
(2)暴力をふるわれてきたため、男女関係なく粗暴。言葉でしかっても通じにくい。

(3)理屈をこねて言い返し、通用しないとキレる。

岡崎さんは「幼少時に善悪を明確に教えられない親が増えた」とみている。「学校の物を壊さない」などの基本的な事柄を理解していない子が増えた。(3)のタイプは、親が理詰めで納得させようと試みて、何をしかられているのかの焦点がぼけてしまった状態のことをいう。

「親は自分の正義感や怒りをぶつけていい。社会の規範が崩れ、大人も迷うのでしょうが判断に悩むことはしからなくていい。私は生徒に茶髪は『いけない』ではなく、『先生は良くないと思う』と伝えています」。

悩みなどはしかった後で聞く。小学校高学年ともなれば大人と同様に自尊心が傷つく。事後のケアが大切だ。良くないのは母親が父親の顔色をうかがってしかるケース。子どもに何が問題なのかが分かりにくいからだ。ぜひ把握しておきたいのは、しからない方が良いケースだ。

長崎県大村市の精神科医、宮田雄吾・大村共立病院副院長は「効果的にしかる技術が必要だ」と提案する。

宮田医師のしかる技術5カ条                                     ① 八つ当たりに注意・・・大人がストレスを子供にぶっつけることは良くある。『早くしなさい』など大人の都合でしかる場面が多いので認識する。                          口調や表情に注意・・・『なぜ○○なの』など挑発する言葉の響きは反発を招く。自分の口調や表情が相手にどう感じられるか意識する。                        ③ 環境に注意・・・騒音、他の子供の好奇の目など、子供が気をとられる要因を除く。しかられることを集中できる環境。                                      指導は具体的に ・・・どう振舞えば良いか戸惑う子もいる。『ちゃんとしなさい』『やめなさい』より『○○しなさい』                                         人格を責めない・・・『だめなやつ』など人格を攻撃は自尊感情を傷つけ反発を招く。暴力も同じ。行為だけ指摘し、『君ならできる』という思いを伝える。                                

人を陥れるうそは厳しくしかるべきだが、周囲に調子を合わせようとしたり、本人が体面を保つためにうそをついた場合がそれ。「そう?」と受け流し、子どもの気持ちを肯定してから他の言い方を教えるといい。知識や能力が足りず失敗した場合や不登校などで悩んでいる時も同様だ。「分かっていてできないことをしかられたら大人でもつらい。問題解決を話し合うなど対応を変えましょう」と宮田さんは指南する。【大和田香織】

教育情報誌「プレジデントファミリー」は今夏、学習塾の市進学院と共同で小6親子295組を対象に、成績上位層と普通層のしかり方を調べた。「スパッと短くしかる」は上位層で親53%、子31%、普通層で親44%、子20%だった。「親の体験を話す」「たとえ話をする」などしかり方に工夫している割合はいずれも上位層が普通層より少なかった。鈴木勝彦編集長は「コミュニケーションをとり、子どもをよく観察することが大切」と話している。

                                  

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「深夜営業は是か非か?」

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06oga_toga11

                                          最近、景気が悪くなって、専門店が、大型スーパーにお客を取られてしまい、お店がなくなってしまった。コンビニが近くになくなて不便で仕方がない、と話を聞くが・・・。

温暖化対策として、コンビニの深夜営業の自粛を求めるかどうかをめぐって、一部の自治体で検討が進められている。しかし、賛否の意見が大きく分かれているようだ。

具体的には、京都市でこの問題をめぐる二回目の市民会議が開かれた。コンビニの深夜営業の是非をめぐっては、大きく意見が分かれているようだ。

自粛に賛成という人は、やはり、多いのは、環境対策。二酸化炭素の排出量を減らすためという観点からの意見である。日本は、京都議定書の約束で、1990年より二酸化炭素の排出量を減らしていかなければなない。

店舗などから出される二酸化炭素の量は、40%あまりも増えてしまっていて、これをどうやって減らすかが、大きな課題になっている。コンビニもこの中に含まれるが、業界全体の排出量は、90年の3倍余りに増えている。

店の数が増えているが、おでんや中華まんじゅうを温める機械、ATMなど、設備の数が年々、増えている。利用者にとっては、それだけ便利になっているわけだが、今、コンビニの数は、全国で4万2千店。その95%が24時間営業という。

確かに、もったいないと感じる気持はわかるが、コンビニ業界の試算では、例えば、夜11時から朝の7時まで、店を閉めて、16時間営業にしても、照明は消せるけれど、冷蔵庫や冷凍庫は消すわけにはいかない。

深夜営業の自粛をめぐっては、環境面だけでなく、別の効果を期待する意見もある。

例えば、治安面で。コンビニが深夜、開いているから、強盗の被害にあったり、若者の夜間のたまり場になったりする。地域の治安の悪化に結びついているという指摘がある。

これに対しては、話が逆で、交番の数が年々減っている中、コンビニは駆け込み寺になっているという意見もある。具体的には、「痴漢に襲われた」「誰かに後をつけられている」と言う人が、コンビニに逃げ込んでくる事例は、あるという。

それだけでなく、最近、多くの自治体が、地域のコンビニと「大規模な災害の時には、被災者におにぎりなどを配る。また、歩いて家に帰る人たちに、トイレや水を提供したりする」という協定を結んでいる。こういう形でコンビニを頼れるところがある。なかなか難しい問題だ。

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日常生活に自動的機械

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今日の名言

自然はわれわれの知性にとっては限りなく驚嘆すべきことを最高度の容易さと単純さとで行なっているのです。

ガリレオ・ガリレイ『天文対話』(下)

06hatimantair341_11自動ドア閉ぢて寒雲また映す 松倉ゆずる

自動的に動くものに対して、わたしはなかなか慣れることができません。自動改札では、いくども挟まれたことがありますし、自動的に出てくるはずの水道も、蛇口の下にどんなに手をかざしても、水が出てこないことがあります。

本日の句に出てくる自動ドアも、ものによって開くタイミングが異なり、開ききるまえに前にすすんで、ぶつかってしまうことがあります。それはともかく、この句を読んで思い浮かべたのは、ファーストフード店の入り口でした。

つめたく晴れ渡った空の下の、繁華街の一角、人通りの多い道に面した店の自動ドアは、次から次へ出入りする人がいて、なかなか閉じることがありません。それでもふっと、人の途切れる瞬間があって、やれやれと、ドアは閉じてゆきます。

そのガラスドアに、空と、そこに浮かぶ冬の雲の姿がくっきりと浮かんでいるのが見えます。やっと戻ってきてくれた空と雲も、早晩、人の通過に奪い去られてしまうのです。次にやってくる客は、自動ドアの中の雲に足を踏み入れて、店に入ってゆくのです。『角川俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

日常生活において、自動的に働くものに多く利用している。経てば、トイレの水道、新幹線や色々なお店・トイレの自動乾燥機・エレベーター・熱感知器の電灯などがある。しかし、このもたちが故障していることに出会ったことは沢山ある。

便利なもなが使えなくなって、一つや二つ手動式なものがあった方がいいと思うことがある。この装置を修理は、複雑で素人にはできないものがあると思う。

ドアを手で開けるローカル電車に乗ったことがあるが、降りようとしてドアーの前に立っていたが何時までたっても開かない。後ろにいた人が手で開けてくれて、恥ずかしい思いをしたことがある。

              

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2008年11月22日 (土)

水との交わり

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447141宇宙の彼方3億2000万キロも離れた火星にNASAの火星探査機マーズ・フェニックス・ランダー(フェニックス)が地下氷河を発見したという。それだけ“水”(HO)は生命にとってはなくてはならない大事なものであり、尊いもである。

昔から水の神さまと言って水が沸く泉を崇めてものである。水を大切にすることは地球環境に大変に良いことだ。

永平寺を開いた道元禅師の言葉に「杓低一残水、汲流千億人(しゃくていのいちざんすいながれをくむせんおくのひと)」というのがある。

「柄杓の底に残ったわずか一滴の水でも川に戻せば、多くの人間がその恩恵を もらえる」という意味なのだが、常に半杓の水を子孫のために残したという話の 真意は「勿体(もったい)ない」という精神そのものだ。  

水といえば山里に住む人たちは、裏山から湧き出る豊かな清水を、それぞれの家に引き込んだ、自前の洗い場(水屋)を持っている。流れ落ちる清水を一段目、 二段目と区分けし、上は飲料水に用い、下の段では野菜を洗い、夏野菜などを冷やす。

家によっては洗面所も兼ねた水屋があり、森羅万象の息づかいに耳を澄ましながら、朝のひんやりした空気の中で顔を洗うひとときは、考えてみればなんとも贅沢な話である。

水屋には山川草木に宿る「いのち」を大切に使わせていただき、再び母なる川へお返しするという原始的な営みがあるが、最近では山里にも上水道が完備し、 水屋を見ることは少なくなった。

「若いもんは冷蔵庫でチンチンに冷やすけど、わしゃ、ここで冷やしたビールが好きやな」持ち主は水屋を指差し、少し恥ずかし気に語った。

清水は夏・冬にかかわらず水温は同じで、雨量に関係なく流れる水量も一定だ と聞いた。天然なるゆえの不思議さが清水にはある。

           

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火星で地下氷河を発見!!

火星で地下氷河を発見、氷河期の名残か

『明るいニュース』

とうとう発見したか、人間の夢は、宇宙に向けて大きく羽ばたいたようだ。次は生物がいたのか、いるのか想像は科学の力で確認されそうだ。

yahoo!記事・・・火星のヘラス盆地東部にある3つのクレーターに存在する珍しい地下氷河地形のコンピューター画像。右は可視光で表現した火星表面で、左は埋もれた氷河の覆いを外した状態を描いている。

 2008年11月に発表された研究によると、レーダー探査により、謎の堆積地形は岩石破片の層に覆われた氷の塊でできている可能性が高いことが判明したという。

(Image courtesy NASA/Caltech/JPL/UTA/UA/MSSS/ESA/DLR Eric M. De Jong Ali Safaeinili Jason Craig Mike Stetson Koji Kuramura John W. Holt)

NASAの火星探査機マーズ・フェニックス・ランダー(フェニックス)が困難に直面している。探査ミッションに関わる科学者らによると、火星の北極で分析対象とする氷のサンプルを収集するための切削作業が難航しているという。

もっとも、この星の氷の大地が極めて硬いことはあらかじめ予想されていた。そのため、フェニックスにはこれを解決するための機器も装備されていると研究チームは述べている。とはいえ、3億2000万キロも離れた場所で起きている問題を解決するのは容易なことではない。同チームでは毎回、これが最後かもしれないと想定しながら火星の地表分析を試みている。

  

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冬の水仕事

今日の名言

大笑いをするな、多くのことに笑うな、しまりなく笑うな。

エピクテートス『エピクテートス 人生談義』(下)

Omoide31汲みたての水ほのめくや冬桜 三橋迪子

満開という言葉はあまり似合わない冬桜だが、ご近所のそれは日に日に花を増やして咲き続けている。最初の一輪を見てからもうずいぶん経つが、立ち止まって眺めている人はほとんどいない。

白く小さい花は花期の長さも梅に似ているが、まさに冬桜野の梅よりも疎なりけり 沢木欣一〉の風情だ。掲出句の背景はそんな冬桜のある庭。ほのめく、という、淡さを思わせる言葉によって、冬桜の静かなたたずまいが思われる。

そう感じてから、あらためて、ほのめくの主語は何かな、と考えると、やはり水か。水がほのめく、とはどんな様子なのか。おそらくこの水は、水道からバケツに汲まれたのではなく、井戸から手桶へ汲み上げられたのだろう。

寒いと、汲みたての井戸水にはわずかにぬくもりが感じられる。外気が冷たければ、はっきりとではないが、なにかゆらゆらとたちのぼるようにも思われる。そんな水の質感が、ほのめく、で表現されているのだろう。

ほのめく、には、ほのかに見える、の他に、ほのかに匂う、の意味もあるというが、この場合は前者と思う。本棚でふと目にとまった濃淡の茶に白のラインが、紙本来の美しさと、なんとなく冬を感じさせる装丁の「俳句歳時記(藤原たかを編)」(2000・ふらんす堂)所載。(今井肖子)

朝晩の寒さは一段と厳しくなる。しかしまあ・・・陽気は一気来るのではなく、寒暖の織り交ぜて除々に寒くなる。手の切れる冷たさを感じる事は、一晩汲み置きした水で、水道の水が温かく感じる初冬である。水仕事をしてもあまり苦にならない。

冬の水仕事といえば、思い出す学校へ行く前の仕事で、縁側を拭き掃除である。今の時期は、まだまだ、良いが正月開けになると、氷が張る。手漕ぎ井戸が凍って、お湯を沸かしてやかんでかけて溶かすのであるが、中々水を汲み上げて出るまで時間が掛かる。しかし、出てしまえば、水は意外と温かい。

水蒸気が立つほどである。しかし、しもやけが中々治らなかったなあ・・・手の甲・耳は、日中になると、痒くて大変であった。

                                      

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2008年11月21日 (金)

なぜ騙されるのか

05sikotuko31欲得ずく」「思い込み」が落とし穴である。最近問題になっている「振り込め詐欺」も人間の真理をついた、一種の妄信だ。後ずさりし、また一呼吸し心を落ち着かせ、判断することである。

産経新聞web・・・霊視や前世占い、占星術といった「スピリチュアル(精神的な、霊的な)世界」がブームだ。それらを扱うテレビ番組は軒並み高視聴率を獲得し、ベストセラーになる出版物も多い。だが、中には疑似科学やオカルト現象を妄信し、だまされて被害にあう人もいる。科学の視点で批判してきた立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長の安斎育郎さんは「『思い込み』と『欲得ずく』が錯誤への落とし穴」と注意を呼びかける。(伐栗恵子)

今月中旬に大阪市内で行われた関西消費者協会の講演会。安斎さんは趣味の手品を生かしながら、超能力やオカルト現象のトリックを暴いていく。

例えば、スプーン曲げ。丈夫な金属のスプーンを指で軽くさすっているうちに、ぐにゃりと曲がり、客席からは驚きの声が上がる。だが、これは支点、力点、作用点をうまく利用しただけ。要領さえつかめば簡単に曲がるという。

「目の前で自分の理解を超えたことが起こったとき、超能力と思わずに、なぜ、こんなことが起きるのか、と考えてほしい」と安斎さん。「人間は、だまされやすい」ということを肝に銘じるのが大切であって、一番危ないのは「私だけは、だまされない」という「思い込み」と指摘する。

「あの人の言うことだから、本当だろう」という主体性の放棄も、自らの心をだます行為だ。「自分の目でしっかり確かめ、自分の頭で判断する習慣を」と呼びかける。

不幸に陥ると、その原因を霊に求める人がいる。問題の根本的な解決にはならなくても、「悪霊(あくりょう)のたたり」などのせいにした方が心の平安を得られやすいからだ、と安斎さん。「霊は、人の不幸の消しゴム係」と絶妙の表現をする。

もし霊が目に見えるのならば、霊そのものが光を発しているか反射しているはず。「たたる」には記憶や認識といった高度な仕組みを持った有機体でなければならない。霊を信じるかどうかは個人の自由だが、「科学的な意味では存在し得ない」と断言する。

科学技術が進歩したこの時代に、人はなぜ、「スピリチュアル」にはまるのか。安斎さんは、それこそ、「なぜ」と問う力が弱まっているからだと嘆く。

例えば、携帯電話やDVDの仕組みは、説明されても理解するのが難しい。科学が進歩したがゆえに、人は自分の理解の範疇(はんちゅう)を超えたものをそのまま受け入れてしまいがちで、それが超能力などを簡単に信じる傾向となって表れていると説明する。

「ささいなことでも、『なぜ』と意識的に問い直してほしい。その背景には必ず理由があるのだから」さらに、“インチキ”を見破るには、「そんなことができるのなら、どうしてこうしないのか」と考えてみることが大切だと言う。

スプーン曲げができるのならば、どうして金属加工技術として役立てないのか。そんな能力をもった人を生産ラインにずらりと並べれば、次々と金属加工が施され、たちまち製品が出来上がる。

簡単に大もうけができる話なら、その勧誘員自体が大金を手にしているはずであり、そもそもそんなおいしい話を他人に教えるのか。「3週間で英語がペラペラになる教材」といった宣伝文句が本当なら、なぜ、その販売員はペラペラではないのか…。そう考える心のゆとりが必要だ。

楽して得を取りたいという「欲得」と「思い込み」、それに「非合理的思考」が結合するとき、人はとめどもなく危うい「だまし」の深みにはまっていく、と安斎さんは警告する。

               

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荒れる(学校)子供たち

1040423_img1パソコンを使う事が普通なことで、小学生の友達同士でネールのやり取りをしている。いじめの方法も昔と違って来ている。親御さんが学校へ車で送り迎えし、家に帰ればパソコン弄りである。公園・広場で遊ぶ子が少なくなって、子供同士のコミニケーションがなくなった。そんな、子供の生活ぶりはすっかり変わってしまった。

モンスターペアレントなんて言葉が作られてしまう。家庭環境も原因しているのだろうか。いじめは陰湿で、心に与える傷は大きく、後々まで残り消えない。朝夕の登下校に地域の住民として防犯見回りをしているが、実際には、よく分からない。まあ私にも孫が4人学校へ通っているが、あんまりそんな話題がない。

毎日新聞社説・・・データの向こうにすさむ学校の風景が透けて見えるような気にもなる。80年代に全国的に広まった「荒れる学校」の状況に似ているとの指摘もある。

文部科学省が年1回集約する「児童生徒の問題行動」調査で、小・中・高校生の暴力行為が約5万3000件と2割近く増え、過去最高を記録した。いじめの認知件数は約10万1000件で前年より2万4000件減ったものの、文科省は「件数は多く、油断できない状態」と愁眉(しゅうび)を開くにはほど遠い。何が起きているのか。

文科省の教育委員会への聞き取りでは「感情をコントロールできない」「規範意識が低い」「コミュニケーション能力が足りない」という子供が増え、「家庭の教育力の問題」も挙がったという。

一見もっともなようで、抽象的過ぎてなすすべもない。肝心なのは、生の実態や事例に即して有効な対策を講じていくことだ。この調査は数値(件数)の取り寄せと、種別や対応パターンの整理などにとどまっており、具体的な状況がなかなか見えてこない。

文科省は「この全国調査の目的は、児童生徒を指導する施策の参考にしてもらうための統計で、個別のケースは出さないことにしている」という。実際のところ、具体事例が出るとなると学校現場や教委が渋るという懸念もあるだろう。しかし、統計数値だけでどれほどの参考になるだろう。

06年秋以降、学校や教委で、いじめ自殺を伏せたり、原因を明らかにしないなどの隠ぺい問題が相次いで表面化した。背景には不祥事は表ざたにしたくないという体質がある。文科省は「いじめはどの学校にも起こりうる。多いからといって指導を怠っている学校とはならない」という考え方を示し、隠ぺいを戒めた。

今回、暴力行為増加が注目され、その背景に何があり、緊急にどのような対処が必要なのか方策が求められている。机上論や内輪話にとどめないためには、実例に立ち、経緯や要因、対応の成否や工夫など現場の経験と教訓を広く共有しなければならない。

事態は旧来の経験則より先に進んでいる。

例えば、携帯電話やパソコンを使って中傷する「ネットいじめ」は、加害者、被害者の立場が簡単に入れ替わったり重なったりする。外からは気づきにくく、調査では、いじめ認知件数全体の6%足らずだが、前年より2割も多い増え方をしており、かなり潜在している可能性が高い。

学校のありようは社会を映しているともいわれる。不安や不信、疎外感などが醸し出す暴力を黙過するような風潮。そこに学校教育が全く無縁であるはずはない。今回の調査を傾向」を見るためにとどめず、きちんと「対策」に結実させなければならない。

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数え日や

今日の名言

女の忠告なんぞ取るに足らねえ、だけどそれに耳を貸さないやつは、ひどい阿呆(あほう)だと思うんですよ。

セルバンテス『ドン・キホーテ』後篇(一

06hatimantair341_11数へ日や数へなほして誤たず 能村登四郎

俳句が老年の芸だという説に一理ありと思うときはこういう句を見たとき。年も押し詰まったころ、残りの日々を数える。そんな句は山ほどある。そもそもそれが季語の本意だから。

だが、「誤たず」(あやまたず)はほんとうに老年でないと出てこない表現だろう。花鳥諷詠を肯定する若い人の句で一番疑問に思うのは、素材のみならず感受性も老齢のそれに合わせていると思うとき。

例えば「煤逃げ」とか「女正月」とかの季語をいかにもそれらしい情緒で四十、五十の人が詠うときだ。ナイトシアターで洋画の社会派サスペンスなんか観てる「自分」が、俳句を詠む段になるといきなり水戸黄門やありきたりのホームドラマや青春ドラマの情緒設定を描く。

自分が観ても、感動もしない情緒を「俳句」となると肯定してしまうその神経がわからない。この句、「誤たず」には真実がある。同時代的と言っていいかどうか。「自分」の感性と、生きている時間の関わりに嘘がない。『芒種』(1999)所収。(今井 聖)

今年も後半年・あと3ヶ月・後1ヶ月なんて数えてしまうと、何だか追いかけられている感じになってしまう、今年はあと40日である、今年も色々あったものだ。泣いても、笑っても、時は過ぎる。

何でもなく、人は亡くなり、生まれている。しかし、何十億年もこの地球は存在しつけているが、年を経っているか生滅してしまうのだろうか、そして新しい星がうまれるのだろうか、この地球は人間の勝手な仕業で大きく変えてしまった。

まだ、人間同士では争いが耐えない。本当の幸福とは、人を踏み台にして生きる人なのか、人を利用して生きるのか、人間同士で争えば、格差の上で得られるのだろうか?

個人対個人であり、本質的には戦いで、勝ったものが幸福を勝ち取る事が出来る。まあそんなことを考えていくと、味も素っ気ないのない。そこで感情を落ち着かせる知恵が人間にはある。それが、画であり、詩であり、音楽である。俳句もそうだ。

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2008年11月20日 (木)

"常識が欠落"とは!

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麻生太郎首相のKYが読めない、失言?本音?ちょっと疲れているのかと思えるほどに、頭を傾げたくなる発言が多いようだ。分かったような振りをして、発言してしまうのが性格なのか、社会的常識が欠落しているようなところが『逆』にある。

これには、閣僚・自民党内でも不信をかってしまっている。単なる勘違いでは済まされぬ問題である。言われた当事者のである医師は日夜努力している。誤解を与えてしまう。

毎日新聞web・・・麻生太郎首相が医師について「社会的常識が欠落した人が多い」と発言したことに対し、舛添要一厚生労働相は20日午前、「現場の勤務医も悲鳴を上げながら頑張っている。そういう方々に勇気をくじく誤解を与えるようなことがあれば残念だ」と述べ、苦言を呈した。東京都内で記者団に語った。

 舛添氏は、医師不足対策などに取り組んでいることを強調したうえで、「政府の姿勢を示すためにも、誤解を招く発言は気を付けられた方がいいと思う」とも述べた。

 これに関連し、河村建夫官房長官は同日午前の記者会見で、「首相自身が謝罪しており、あれこれ言うつもりはない」と述べたうえで、「政府は一丸となって産科、小児科、救急医療の医師を確保しなければいけない。勤務医の環境改善も必要で、取り組みを急がなくてはならない」と医師不足対策に取り組む姿勢を強調した。

 一方、全国の開業医・歯科医で構成する「全国保険医団体連合会」は同日、「深刻な医師不足を解決しようとする姿勢がまったく見えない」などと首相の発言に抗議する声明を発表した。

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KYが読めない首相

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麻生太郎首相の「KY」空気が読めない・・・が漢字が読めないとなって巷では話題で持ちきりである。誰でも現役を引退し、70歳を過ぎて活字離れをしてしまうと、字か書けない。読むほうはまだいいのだが、恥ずかしいほどである。言っている意味は解かっているのかそれまで疑われえる。信頼が大事なのに・・・。

日本のトップで日本丸の1億2千万人の運命を左右する船長である。赤がクロ・上が下・左が右という単純な間違いでないから言いという訳でもない。全く逆な意味となってしまったら、本人はもとより日本そのものが大変な事になる。取り返しのつかないことになったとしたら日本の損失だ。

この前のワシントンで行われた、金融サミットで記者会見で、英語で答弁していたがそのほうは大丈夫なのか?ちょっと心配だ。

JANJAニュースの白坂氏・・・確かに漢字は難しい。私自身、初めて目にする地名など、漢字の読みが分からない場合が多々あるし、長年思い込んできた読みの間違いに気が付いて恥ずかしい思いをすることもある。だが、麻生首相の演説を聴いていると、平均的な日本人よりも漢字の読みを知らないのではないかと疑いたくなる。

ビデオニュースでも、麻生首相が「前場(ぜんば)」を「まえば」と言い、「有無(うむ)」を「ゆうむ」と読んだ話が失笑交じりに紹介されていた。私がテレビやネットの麻生演説で気が付いた誤読?だけでも、「詳細(しょうさい)」を「ようさい」、「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」と読んでいた。

「KY(空気を読まない)」と揶揄された首相もいたが、麻生首相の「KY」は、「漢字が読めない」の略のようだ。ビデオニュースによると、麻生首相の所信表明演説や「文藝春秋」の論文は、朝日の記者が書いたらしいが、漢字の読み方の誤りを教えてあげる人はいないのだろうか。「太郎ちゃん、マンガばかり読んでいないで、少しは勉強もしなさい」と。

日中青少年友好交流年の閉幕式でのあいさつで、「ちょうど半年前の今日、四川省で発生した大震災、みぞうゆうの自然災害というものを乗り越えて……」と「未曽有(みぞう)」を「みぞうゆう」と間違えた。

さらに、日中の交流について、「1年のうちにこれだけ煩雑に両首脳が往来したのは日中関係史上過去に例がありません」。「頻繁(ひんぱん)」を「煩雑(はんざつ)」と間違えたようだ。

国会答弁でも「踏襲(とうしゅう)」を「ふしゅう」と誤読するなど、日本語の間違いが目立つ首相。12日、記者団に「んーそうですか。単なる読み間違い。もしくは勘違い、はい」とかわした。

一寸漫画の読みすぎか?単なる勘違いでは済まされぬことにならなければいいが・・・。

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皆で守ろう

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07kitayamazaki31何と言うことだ。「テロ」?これだけの仕業は通りすがりの物取り、などと違いは素人でも分かる。そして、あまり事件を想定しなかった、普通のお宅に、宅急便が来る事は、まれではない。そんなお宅で事件が起きた。

確かに二人のご家庭は、元厚生省の年金のエキスパートで活躍されていた人と聞く、犯人は埼玉・東京中野区と同一犯人の疑いが強いという。犯人は、年金問題で不満がある人だあるとわかるが凄惨な殺人を行う行為は、卑劣極まりない。

困った事に模造犯が出るのが不思議で非常に怖い。真面目に、宅配業者も疑われて仕事もやりづらくなるのかな・・・。そしてお宅でも、いきなりドアーは開けないことである。用心だ。ドアー先に犯人いる。

大事なことは、地域で犯罪が起こらないように皆で守る意識を持ち注意し合うことだ。そのためには防犯パトロールなどで防犯意識を高める事がだいじだ。

今朝の朝日新聞社説・・・厚生事務次官の経験者とその妻が、埼玉県と東京都の自宅で相次いで殺傷された。自由な社会を不安に陥れる、憎むべき犯罪である。

9年前に次官を退任した山口剛彦さんが、妻とともに命を奪われた。その惨劇が報じられた日の夕方、今度は社会保険庁長官も歴任し、18年前に退官した吉原健二さん方で、宅配便を装った男に妻が胸などを刺された。 ともに自宅の玄関で繰り返し刃物を突きたてられている。強い殺意があったとしか思えない。

犯人も、動機も、背景もまだわからない。だが、官僚の元トップと家族が続けざまに狙われるとは、きわめて異様な事態である。 問答無用の暴力は、これ以上ない卑劣な犯罪であり、私たちの社会に対する重大な挑戦だ。どんな理由があろうとも、断じて許すわけにはいかない。

警察は連続テロの可能性もあるとみている。一刻も早く犯人を逮捕し、真相を解明してもらいたい。厚生労働省には、緊張と不安が走っている。歴代の次官経験者や幹部らの身辺警戒も始まった。同種の事件が起きないよう万全を期してほしい。

年金記録や後期高齢者医療の問題など、厚労省はいま厳しい批判の矢面に立たされている。「爆破する」という脅迫電話が庁舎にかかったこともあるほどだ。

元次官2人の経歴は重なり合っている。いずれも旧厚生省に入り、年金局長、次官と上りつめる中で年金改革に取り組んだ。三重県への出向経験も共通している。そうしたことは事件にかかわりがあるのだろうか。

二つの事件が本当に結びつくかどうかは、今後の捜査を待たねばならない。犯人は官僚機構や政策への怒りを短絡的にぶつけたのか。それとも個人的な腹いせだったのか。もしも仕事や職場がからんでいるとするなら、退任からかなり年数がたつ元次官らを、なぜ今狙ったのか。警察当局は一つひとつ、慎重に見きわめてほしい。

その上で気になることがある。事件のあと、インターネット上に「狙われて当然だ」というような書き込みがあった。ごく一部の人だろうが、あまりにも無責任で、背筋が寒くなる。

過去にも、長崎市長や警察庁長官が撃たれる事件があった。行政や官僚のトップを暴力でねじ伏せようとする行為は、民主主義を脅かすものだ。

今はけがをした被害者の早い快復を祈るとともに、一刻も早い事件の解決を望む。犯行の連鎖はなんとしても防がなければならないし、厚労省も決してひるんではならない。社会を守るために総力をあげたい。

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リンゴが美味しい

今日の名言

良書の要約というものはすべて愚劣なものだ。

モンテーニュ『エセー』(五)

7081林檎買ひくる妻わが街を拡大せり 磯貝碧蹄館

謎は「拡大せり」の部分である。そのまま読めば林檎を買ってきた妻が自分が住んでいる街を大きくするのだろうが、いったいどんな具合なのだろう。魚眼レンズで覗いたように巨大な妻と林檎がいびつに大きく句の全面へ張り出してくるようだ。

しかし、今までつまらなく見えていた街を拡大するのは「妻」だけでなく妻が抱えている「林檎」の鮮烈な色と香りなのだろう。林檎はいつだって暗い世相や街を明るくしてきた。

戦後の荒廃した街には並木路子の「リンゴの唄」が流れ、うちひしがれた人々を力づけたというし、北原白秋の「君かへす朝の敷石さくさくと雪は林檎の香のごとく降れ」の短歌などは、林檎の香りを雪と結びつけたモダンな抒情を描き出している。

くすんだ現実から別次元の世界へ拡大してくれるのが、赤くつやつやとした林檎の力と言えないだろうか。この句にはそんな林檎を抱えて自分の元へ帰ってきてくれた妻への賛歌とともに詠まれているように思う。『磯貝碧蹄館集』(1981)所収。(三宅やよい)

最近、野菜不足が健康に大きく影響すると言うことで、意識してとるようにしている。そして朝食にリンゴを食べるように心がけている。リンゴの種類は解からないけれど何でも良い。毎朝美味しく食べている。

リンゴは一年中スーパーにある。今の時期が瞬なのかなあ・・・果物といえば、みかん・グレープフルーツ・柿・などが今の時期美味しい。

しかし、あまり取りすぎても良くないという。ほどほどにしておこう。野菜は、取りすぎでの問題はないだろう。朝の食事の支度は自分で行っている。朝のご飯は、最近は殆ど食べていない。野菜サラダを中心に、牛乳に大豆・黒豆・ウコンなどをミックスしたものを700度で電子レンジで2分ぐらい熱くして飲んでいる。

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2008年11月19日 (水)

思いやりの心

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09_12801茶の心・禅語をwebで調べていたら次のような内容があったので、記して見た。「思いやりの心」の大切さは茶道の精進の第一歩である。

「淡交」平成九年一月号より「知足安分」、淡交タイムス 平成九年五月一日より「一挨一拶」いより。

「一挨一拶」

茶道の精進において大切なことは、相手の立場に立って考え、行うこと、すなわち、思いやり、仕え合いの心です。そして、その心を伝えて互いに信じ合うための行為が挨拶であり、挨拶の言葉により良き人間関係が生まれ、保たれるのです。

ところが、最近は言葉を忘れて頭をぺこりと下げるだけですます、心の伴わない虚礼が多く、親子の間でする挨拶が出来ていない家庭があるようです。挨拶によって心を交わす人間本来の姿が失われる傾向は本当に嘆かわしいことです。

「一挨一拶」という語句があります。禅の商量といって、日々の挨拶から相手を知るという、修行における大切な意味があるのです。「挨」は、ひらく、おす、せまる、ちかづく、という意味があり、「拶」も同じく、せまる、ちかづく、という意味があります。だから、互いに心を開いて接すること、ひいては互いに認め信じ合うということになります。人間関係を大切にする茶道において挨拶は精進の基本です。

素直に挨拶が出来ることは、人間本来の姿であり人間社会の秩序の基であります。功利主義、合理主義、能力主義など智に聡い今日の世の中で、挨拶なんて何の役にもたたないし、「しち面倒だ」と無視する向きさえあります。

江戸時代の名僧・至道無難禅師が「万事の本は信なリ、信のすたるもとは智なり」と戒めている言葉を今一度かみしめてください。

禅宗では「一揆一拶(いちあい いちさつ)」と言って打てば響く様に問答を繰り返す事で悟りの深さをはかるのだという。これが挨拶の由来である。すざましい迫力の問答を繰り返すことによって自分の未熟さを知りまた修行に励んだことだろう。日常交わしている挨拶「おはよう」「こんにちわ」「さようなら」~夫々相手をねぎらったり~気遣ったり~無事を祈ったりなど、そらぞれ意味がある。

「型(かた)と形(かたち)
「淡交」平成八年四月号「巻頭言」より

茶道に限らず、なにごとにも「型」や「ルール」があります。スポーツやゲームも、ルールを守らなければ、競技することも楽しむこともできません。点前の修練においても、まず基本となる「型」をしかりと自分のものどし、その上で自分自信之個性が活かせるようになれば、それがその人なりの茶道のあり方につながっていくのだと思うのです。

私はそれを「型から形」への昇華だと考えます。「型」に自分の「霊(チ)=血」をそそぐことによって、それが「形」になるのです。

古来より日本人は、「霊(チ)」を非常に大切なものと考えてきました。山霊と書いて「おろち」、田霊と書いて「たち」、水霊と書いて「みち」。じつに「霊(チ)」こそは、人間の理解力を想像力を超えたものであったのす。

点前の動作が美しいとか、難しい点前が間違いなくできるとか、もとよりそれは「型」の取得という点では重要なこでありますが、さらに、その点前に自分の「血」を入れて「形」となるような指導が望まれるのであります。

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国会混沌「政局?政策?」どっちが先

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Natsu12兆円の定額給付金の支給自体国民に評判が良くない。支給方法も思うようにまとまらない。ただでさえ慌しい師走を向かえ、国民もあきれ返っている人も多いと思う。インド洋給油活動延長法案も大事たと思うが、自民・民主の歩みよりは出来ないものか?無駄な空白は、税金の無駄遣いだ。

国民をイライラさせている国会は、自民と民主の党首会談が物別れに終わり、重要法案の国会審議が空転している。成果のない我慢比べになれば、政治空白を長引かせるだけだ。第二次補正予算案の速やかな提出を首相が決断しなければ駄目で、その時期である。

毎日新聞社説・・・民主党は18日、参院外交防衛委員会で予定していたインド洋給油活動を延長する新テロ対策特別措置法改正案の採決に応じず、参院審議は空転した。17日行われた麻生太郎首相と小沢一郎代表との党首会談が決裂したのを受けたもので、臨時国会の行方は混とんとしてきた。

混乱の責任はまず麻生首相にある。党首会談で小沢氏が総額2兆円の定額給付金などを含む08年度第2次補正予算案を今国会に直ちに提出するよう求めたのに対し、首相は「今の段階で答えることはできない」と明言を避けたからだ。

麻生首相は「政局よりも政策」、「衆院解散より景気対策」と強調し、解散・総選挙を先送りした。

ところが、景気対策が緊急課題と言いながら、自民党内では補正予算案を今国会には提出せず、年明けの通常国会に先送りし、今月末までの臨時国会の会期も延長せずに閉会させるとの声が強まっている。首相が明言できなかったのは、そのためだろう。

毎日新聞は目的も効果もあいまいな定額給付金は白紙に戻すよう主張してきた。しかし、政府・与党が別の対策を作り直すのならまだしも、単に先送りするというのでは、まったく筋が通らない。これこそ政治空白というべきである。

しかも、対策には中小零細企業への資金繰り支援も含まれている。多くの中小零細企業が年が越せるかどうか厳しい状況に追い込まれているから盛り込まれた対策のはずなのに、これも先送りするというのだ。なぜ先送りか。

定額給付金は既にほころびが次々と明らかになっている。与党側には厳しい審議を乗り切る自信はないようで、会期延長した場合には、いよいよ野党に追い込まれた形で衆院を解散せざるを得なくなる可能性がある。そんな不安があるのだろう。要するに政策でなく、「政局判断」なのだ。もちろん、民主党もほめられたものではない。

民主党はあれだけインド洋での給油活動に反対していたのに、「早期解散をうながす」との理由で衆院では、ろくに審議もせずに改正案を通過させた。解散がないとみるや一転、採決せず、日程を引き延ばすというのでは「民主党も政策は二の次だ」と国民に見られても仕方あるまい。

米国発の金融危機の影響は日本でも日増しに深刻になっている。世界各国が協調して乗り切ろうとしている最中に、このまま与野党は、国民不在のがまん比べを続けるというのだろうか。

与野党が国会を動かせないのなら、有権者が動かすしかない。やはり、一刻も早く、総選挙で国民の信を問うべきだと重ねて指摘しておく。首相は民主党の対応を批判するより前に、まず解散から逃げないことである。それが「政策優先」の近道である。

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三拍子のリズム

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1020208_img1綾小路きみまろの人気の秘訣に、話す間・三拍子に言葉・話題・刺激・下げの工夫だと思う。日常気分よく過ごすには、リズム感の良い三拍子が良い。

リズムと言っても音楽にあわせてしゃべる事ではなく話しに抑揚(よくよう)をつけてしゃべることで、自分がしゃべろうとしている事がスムーズに出て、しかも相手も心地よく聞く事が出来る。
綾小路きみまろの話し方は、ネタも面白いのでだがそのしゃべり口調がリズムに乗ってしゃべっている。
だから、しゃべりやすく、お客さんも楽しくなりネタ以上の笑いがまきおこる。

1・2・3。2・2・3。3・2・3――。 三拍子は、何かにつけ調子も良く覚えやすい、説得力ある。
この覚えやすく、調子が良い三拍子を、家事や生活の上で、生活の知恵?。

「もっと速くできないか、もっと楽にできないか、もっと安くできないか」などは、コストダウンの極意。 いいかえれば、その方法や、やり方を「やめる、へらす、かえる」

年寄りを励ます言葉に「転ぶな、怒るな、風邪引くな」がある、セールスは、「義理、人情、プレゼント」いわゆるGNP、三種の神器が鉄則だ。 不況で旅行は「安近短」と短時日に近場で安くあげる。

新郎新婦へ「はなむけ」として、媒酌人は「感謝の心、信じ合う心、健康への思いやりの心」と、これも三拍子でした。 身体や手足で調子良く覚えてしまう言葉や諺、行動などが、数多くある。

「感動・感謝・感激」の三感がある。「一人一日一工夫」。 マンネリを打破するためにも、三拍子に乗せ、三拍子揃で・・・。

日常生活に、こういった話術を考えて会話をすると楽しい人生を送ることが出来る。

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転ぶな・怒るな・風邪引くな

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今日の名言

理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる。    ルソー『エミール』(上)

24351哲学も科学も寒き嚔哉 寺田寅彦

嚔(くさめ)とは、さても厄介な漢字である。この漢字をさらりと書いてのける人は果たして何人いらっしゃるか? くさめ、くしゃみ、くっさめ、はくしゃみ・・・・いろいろな呼び方があって、思わずくさめをしたくなるようなにぎやかさである。

嚏は通常、冷気が鼻の粘膜を刺激することで出るわけだが、それだけではなくアレルギー性の嚏もある。しかし、咳とちがって悲壮感とかやりきれなさはない。それはさておき、寅彦はご存知のように地球物理学者にして文学者。

筆名は吉村冬彦。掲出句で「文学も科学も・・・・」としなかったのは、今さら「文学がお寒い」と詠ったところで始まらない、という気持ちがあったのか、と愚考するが、いかがなものか。

「寒き嚏」ではなくて「寒き」で切れる、と解釈することもできそうだけれど、その場合、すっきり切ろうとするならば「寒し」だろう。ここでは哲学や科学を、嚏と同等なものと茶化したとらえ方をしているのだろう。

「寒き嚏」とはくどいとか何とか、決まってとやこう云々する人もいるだろうが、そのあたりのことは十分承知したうえで、寅彦はこう言い切ったのではないか。哲学が寒いのも、科学が寒いのも、季候の次元の問題などではない。

ノーベル科学賞受賞者が日本で今年四人も出たことを知ったら、寅彦は掲出句を修正しただろうか? 寅彦は第五高等学校時代(熊本)に、俳句を見てもらいに漱石先生を頻繁に訪ね、「ホトトギス」に掲載された。

蛇足だが、寅彦一家を題材にしたマキノノゾミの芝居「フユヒコ」は大傑作。『俳句と地球物理』(1977)所収。(八木忠栄)

最近、朝はストーブを焚かないといられないが、日中はちょっと動くと汗をかくほどの陽気である。朝晩と日中の温度差が大きいので風を引く人が多い。自分も不摂生で風邪を引いてしまった。昨夜は、防犯パトロールで、町内は回ったが一段と寒さかった。

しかし、年をとると、空気が乾燥して来るこの時期、「肌がかさかさ」になる。親父が晩年「背中が痒いから、掻いてくれ」と言っていたのが自分でも実証出来る年になってしまった。

「年寄りは、転ぶな・怒るな・風邪引くな」とよく言われるが、その通りである。気をつけよう。                                                         

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2008年11月18日 (火)

「オグシオ」ペアー解消

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10247681女子ダブルスで全日本選手権で優勝した16日のNHKテレビ中継を見て、手に汗をかくほどの熱戦だった。最後4ポイント差を跳ね除けて、末綱・前田組を倒した瞬間は、感動した。5連続くの優勝である

しかし、これが最後のペアーと聞くととても残念だ。しかし、惜しまれてペアーを解消もいいかも知れない。だが、解消の理由は何かあると思ったがJ-CASTニュースでその理由の記事見たので記してみた。

内容・・・バドミントンの全日本総合選手権。『オグシオ』こと小椋久美子と潮田玲子ペアが、ペア最後の試合を有終の美で飾った。実力、人気ともに日本一を証明した試合だった。さて、ペアー解消の真相とは??

11月16日の東京代々木体育館、女子ダブルス決勝。『オグシオ』最後の試合を見ようと詰めかけた観客は約2800人。これ以上、観客をいれると消防法に触れるとあって、札止めされるほどの人気だった。

結果は、『オグシオ』が北京五輪4位の『スエマエ』こと末綱聡子・前田美順ペアを2-0で破り、5年連続5度目の優勝を飾った。で、試合後の記者会見で質問したのは「来年以降、『オグシオ』の復活を期待してもいいか?」。

これに、しばらく考えていた潮田が口を開いた。「そうですね。かける言葉は『ありがとう』しかなくて……。今回ペアを解消するが、その中の(理由の)一つで、オグッチが言えなかったことがあって……。オグッチの中で、新しいペアリングで4年後を目指してみたいという思いがあると言われたんで。来年以降の復活はないと思う」

その小椋は「違う子と組んで一回やってみたいという気持ちがあって、そういう話をして、それを玲ちゃんが分かってくれて今回こうことになった。自分できめたので、復活はないと思う」と。

記者は「小椋さんがやりたがって、少し潮田さんが離れたがっているかなと思っていましたが、実は小椋さんが別の子と組みたかった。ペア競技ならではの非情さかなという感じでした」と。

潮田がテレビ局からの誘いに惑わされたなどというのはゲスの勘繰り(?)話は逆だった。では、なぜ小椋は「違う子」と組みたかったのか?

番組に生出演したバルセロナ五輪バドミントン代表の陣内貴美子は「潮田さんは『1年、1年やった後でロンドンが見えてきたら……』と言っていましたが、あの時4年後もやると言ってくれれば、こうはならなかった」と。

話がまた振り出しに戻ってしまうようなコメントも困る。

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酒酔い運転

07_sl_kurosawa21酒酔い運転の問題は、大きな社会問題となって来た。車社会の今の世の中では、事故は100%なくなることはない。しかし、酒酔い運転だけは避けられる。意志に問題であるからでそう思う。運転のミス、未熟、居眠り、脇見、過労などは意識の問題であるが、これらはある程度防げる度合いが高いと思う。

しかし酒酔い運転は、人間の意識を不透明にする麻薬のようなもので、「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」である。

最近悪質なひき逃げ事件が多発している。なんだか逃げて何時間もすると酒が冷めて血中濃度が下がるので逃げたほうはいいと、言った人がいるらしい。福岡の追突し幼子が二人犠牲になった事件でも、時間が経ち、水を飲んでの飲酒量の測定は出来なかったという。

だから、法律を厳しくしても、後を絶たない。人間神経を麻痺させる酒は、車の運転することは恐ろしい凶器となってしまうのである。

車を運転したとき、酒を飲んでいたら、酒の匂い、アルコールなどに反応し、エンジンがかからない車の開発が必要だという、専門家もいる。

最近に事故は・・・大阪府富田林市で起きたひき逃げ死亡事件である。新聞配達中の16歳の少年が軽ワゴン車にはねられ、6キロ以上引きずられて死亡した。先月21日、JR大阪駅前で30歳の男性会社員が約3キロ引きずられて死亡する事件があった。

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ミッキーマウス

今日の名言

ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに行動することができる。

キルケゴール『現代の批判 他一篇』

0008tyokai1ミッキーの風船まるい耳ふたつ 今井千鶴子

本日ミッキーマウス80歳の誕生日。ミッキーマウス俳句を探したため、季節外れはご容赦ください。ディズニーランドで販売しているキャラクターの形の風船は、勢いで買ってしまって、帰りの電車で後悔するもののひとつである。

ディズニーランドを一歩出れば、徐々に日常を取り戻すのと比例するように、手にした風船にも微妙な違和感を覚え始める。かぶりモノなどと違って鞄にしまうこともできず、「夢の国」のなかのものを連れ出してはいけない、という教訓めいた気分にもっともさせられる。

他に年玉の袋のミッキーマウスかな 嶺治雄〉もあり、すっかり日本に定着している傘寿のミッキー翁である。手元にある『別冊太陽子どもの昭和史(昭和十年~二十年)』を見ると、昭和9年から11年にかけてミッキーマウスそっくりの赤い半ズボンを履いたミッキーラッシュがあったようだ。

アメリカ直輸入のミッキーマウスもすでにカラーのトーキー映画で登場し、各地で子どもたちが映画館へ押しかけていたというが、大事に繰り返し読んでいたまんがでは、著作権から離れた和製ミッキーがミニー嬢ともりそば食べたり、日本刀振り回して山犬退治をしたりしていたのだった。

昨年中国のニセモノキャラクタ-がニュースになっていたが、こちらのミッキーもなんだかとっても生き生きして見え、愛すべきキャラクターの日本での生い立ちを垣間見たのだった。『過ぎゆく』(2008)所収。(土肥あき子)

ミッキーマウスと言えば、ディズニーランドである。娘が住んでいる所から花火が見えるくらい近いのであるが、一度もいった事がない。近くのホテルの招待券を貰ったが、娘にあげてしまった。どうしてかというと、場内乗り物に何時間待たされたり、人ごみが得意でないからである。

1980年に開園で、昨年の入場者は、なんと2400万人だそうだ。一日何万にも入場者がおり、混雑しているようだ。

京成電鉄、三井不動産、朝日土地興業(当時、後に三井不動産に吸収合併)が主要株主である株式会社オリエンタルランド(OLC)がディズニーとのライセンス契約のもと施設を所有運営しているそうだ。

                           

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2008年11月17日 (月)

景気はどうなる

06oga_toga11景気はどうめたGDPの発表は0.1%マイナス(2期連続)となった。東京市況は、荒っぽい動きがあったが、先週末より終値なる。注目を集で60円高に終った。

NHKのwebより・・・ことし7月から9月までのGDP=国内総生産の伸び率は、設備投資の落ち込みなどから前の3か月に比べて0.1%のマイナスで、2期連続のマイナス成長となり、年率に換算して0.4%のマイナスとなった。

これを受けて与謝野経済財政担当大臣は、戦後最長の回復を続けていた日本の景気が後退局面に入ったことを認めた。

内閣府が発表したことし7月から9月までのGDPの伸び率の速報値は、物価の変動を除いた実質で前の3か月と比べて0.1%のマイナスで、2期連続のマイナス成長となり、「ITバブルの崩壊」の影響を受けた7年前以来の連続のマイナス成長となる。

この伸びが1年間続いた場合の「年率」に換算しますと、0.4%のマイナスとなる。主な項目を見ると、企業の設備投資は輸出企業の業績が悪化している影響で1.7%のマイナス、個人消費はガソリンや食料品の値上がりが続いたことから0.3%のプラスにとどまった。

一方、輸出もアメリカやヨーロッパ経済の落ち込みを受けて低い水準にとどまり、輸出から輸入を差し引いた外需はGDPの成長率を0.2%押し下げた。また、7月から9月までの物価の変動を除く前の名目のGDPの伸び率は、前の3か月と比べてマイナス0.5%となり、7期連続で実質成長率を下回った。

これを受けて与謝野経済財政担当大臣は会見で「景気は後退局面にあることを示している」と述べ、平成14年2月に始まり「いざなぎ景気」を超えて戦後最長の回復を続けていた日本の景気が後退局面に入ったことを認めた。

河村官房長官は午前の記者会見で、「これまでの景気の見方を大きく変えるものではない。ただ、先行きについては、アメリカやヨーロッパの金融危機の深刻化や、景気が下振れする懸念、それに株式や為替の大きな変動によって、景気の状況がさらに厳しくなるという危険性に、当然、留意しなければならない」と述べた。

そのうえで河村官房長官は「さきに成立した補正予算の迅速な執行や、生活関連の追加の経済対策と来年度予算案の編成と連結させながら、連続的な政策を実施することで、金融市場の安定化や経済の活性化につなげていきたい」と述べた。

麻生首相の金融サミットでIMFの10兆円を出すという。これは政府・与党の判断で発表したので野党は、反発は必至である。2兆円の定額給付も、国民の人気が薄い、内閣支持率も30パーセント切るという。麻生内閣は、この荒波にどう対処していくか、インド洋給油法案も関連し難しい舵取りとなった。本日党首会談を実施、衆議院解散はどうなるか。

金融サミットで、ブッシュ大統領は、市場の規制が行き過ぎると経済の活力を損ねると各国を牽制したが、その背景には、巨大化した金融市場に対して、一気に規制を強めると資金が循環せずに企業の資金繰りが厳しくなることが予想されるので、慎重に対応するべきだという考えが根強くある。従って、市場規制のあり方ひとつとっても、具体策になると、そう簡単に事は運ばないと。金融サミットで示された考え方が今後、着実に実行されないと、政策不信が増幅しかねない危うさをはらんでいるからであると思う。(NHK百瀬解説委員)

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インドネシアで地震

23581NHKのラジオ深夜便を聴いていったら、地震情報で今朝方2時3分にインドネシアに大きな地震があったというニュースが流れた。津波が心配されたが、大丈夫という事でほっとした。

午前4時10分、日本への津波の心配はないと発表したようだ。

この地震の震源からおよそ130キロ離れたスラウェシ島北部のゴロンタロにあるホテルの従業員は「やや強い揺れが30秒ほど続き、宿泊客がパニックになって外に飛び出したが、ホテルの設備に被害は出ておらず、電気や水などのライフラインも通常通り機能している」と話しているという。

米地質調査所(USGS)によると、インドネシア東部スラウェシ島付近で17日午前1時2分(日本時間同2時2分)ごろ強い地震があった。地震の強さを示すマグニチュードは7.5。震源の深さは約21キロ。震源は同島北部ミナハサ半島の北のセレベス海とみられる。被害の有無は不明。

AFP通信によると、ハワイにある太平洋津波警報センターは、震源から半径1000キロ以内の地域に津波警報を発令。海岸線の住民に直ちに避難するよう呼びかけた。 USGSによると、約30分後の同1時34分(日本時間同2時34分)ごろにも、同じ地域を震源とするマグニチュード5.6の地震があった。                                     

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落馬するとは

Iwao1702c1まったく興味がない競馬であるが、ジョキーの武豊さんの名前ぐらい知っている。たまたま、昨日テレビで競馬中継を観て、いきなり馬がコケて騎手が落ちた。武豊騎手だった。ヒヤーとした。三番人気だったそうだ。怪我はたいしたことがなく良かった。

何だかこの馬はトラブルが続いたという過去があるらしい。

エリザベス女王杯の合計発売金169億万円のうち、この約40億円分の馬券がスタート直後に紙くずになったことになるという。

およそ5万5千人のファンが集まった京都競馬場からは、大きな悲鳴とどよめきが起こった。
 

ポルトフィーノはカラ馬のまま、一着?完走。同馬を管理する角居調教師は「左前脚に外傷があったのと、右トモ(後肢)のつなぎも痛めたみたいですが、ほかは大丈夫です」と、ポルトフィーノのレース後の状態を説明。大きなケガはなかったようだ。 

桜花賞はレース前日に左寛ハ行で出走取り消し、オークスは11日前に骨折が判明し休養、秋華賞はフルゲート18頭中賞金が19番目で除外、そして、エリザベス女王杯でのスタート直後の落馬……。素質満点のポルトフィーノだが、GIでは完全に運に見放されてしまったことだそうだ。

また、騎乗した武豊は、両肩打撲の診断がJRAにより発表。こちらも大きなケガはなかった。

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駅前の自転車

今日の名言

恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる。

プラトン『パイドロス』

0006_2 葱買ひにゆくだけのことペダル踏む フレザー文枝

とりたてて上手な句ではないし、ましてや凄い句でもない。でも私が着目したのは、ほとんど習慣になっている自分の行為を客観視してみたところだ。葱であろうが大根や人参であろうが、それを買いに行くのに自転車を使う。

そういうことは多くの人が日常的にやっていることだし、何の変哲もないことではあるのだけれど、作者はペダルを漕ぎながら、多分ふと自分はいま、何のために自転車に乗って急いでいるのだろうかと思ってしまった。

たかが葱二三本を買うために、一生懸命ペダルを踏んでいる自分をあらためて意識してみて、なんだか可笑しいような不思議なような気分になっているのである。人はふつう、自分の行為をいちいち見張るようにして生きているわけではない。

とくに習慣や癖などについては、無自覚であるのが当たり前だろう。しかしこの句のように、その無自覚な部分に自覚の光を当ててみると、なかなかに面白い発見やポエジーが潜んでいないとも限らない。

案外、揚句の視線は句作りの盲点かもしれないと思ったのだ。作者は故人。片仮名の姓は、夫君がアメリカ人だったことによる。句集は娘さんが「ママ、あなたの句集ですよ」と纏めたものである。『バラ百本』(私家版・2008)所載。(清水哲男)

あれが、足りない、あれが欲しい物を頭にいれて、スーパーに行き、帰ってきたら、肝心のものを買い忘れたりする。また、ちょっと安かったので余計なもを買ってきてしまった事って良くあることだ。

上手な買い方は、メモする事・チラシを見て行くことである。しかし、買いものは、歩道が狭く整備されていないので、自転車では怖くていけない。大抵歩いていくようにしているが、遠くに行く場合は、車で行くようにしている。

東京のある駅に行って、驚いた。駅前のスパーの前に自転車の数に、駐輪場が狭いのか、マナーが悪いのか、歩道に溢れている。これでは通る人に邪魔になる。まして車椅子の方では通れない。どうも、通勤・通学の人が置くらしい。何とかならないのかなあ・・・。

この事は、あちこちで問題になていることだが、マナーの悪さを象徴する場所だ。置く場所が少ない、駐輪場が遠い、という言い分だが勝って過ぎる。

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2008年11月16日 (日)

高齢者の犯罪が多発が深刻だ

09_12801高齢化は、ますます進む日本、経済の発展も大事であるが、国民の安全・安心は政府が守る。事こそが真の政治である。社会構造の変革で家族の崩壊?が原因で高齢者の犯罪に繫がっている証拠である。独り暮らしは400万人という。

話相手はいない、家族は遠く離れているといった人はこれからも増え続けるだろう。地域社会で見守れ、とは言っても、地域も過疎化・高齢化が進んで他人のことに目を配らせる人も少なくなってしまった。そして振興住宅に済んで二代目は少ない。地域社会の活動には無関心、これでは、先行きが不安である。

お金はあるうちは、寄ってくるが無くなれば、早くどうにかなてくれ、子供達に邪魔扱いされ、ますます孤独になてしまう。そんな世の中である。景気も大事だが、誰でも通る道の年寄りになっていく事である。姨捨山の現代版では困る。そして高齢者の犯罪が増える原因を突き止め、政治は動かなければいけない。

朝日新聞社説・・・耳の遠い人、軽い認知症が見られる人がいる。食べやすい刻み食が欠かせない人もいる。どこかの老人ホームの話ではない。いまの刑務所の実情だ。そこに入る高齢者が増え続けているのだ。

昨年、交通事故を除く刑法犯罪で検挙された約37万人のうち、65歳以上の人は約4万8600人だった。10年間で4倍近くに跳ね上がった。お年寄りの人口の伸びをはるかに上回っている。何がお年寄りを犯罪に走らせるのか。今年の犯罪白書から二つの大きな要因が浮かぶ。

まず経済的な苦しさだ。お金と住む家に事欠いて、盗みに走る高齢者がいる。お年寄りは、働きたくてもなかなか雇ってもらえず、アパートも借りにくい。そんな暮らしにくさが、時に事件の引き金ともなる。

もう一つは社会での孤立だ。白書によると、罪を重ねた高齢者ほど独り身の割合が高く、親族との音信も途絶えがちだという。家族や地域とのつながりを失った高齢者は、追いつめられやすい。孤独や喪失感が募る。困ったことがあっても、だれにも相談できない。

ある67歳の男性は、刑務所を出て所持金が底をついたとき、「福祉に頼ろうとしても、どこに相談したらいいのかわからない」と盗みをした。路上生活のはてに万引きや無銭飲食で捕まり、「刑務所なら寝床と食事がある」と語った70代や80代もいる。

残念で、やりきれない現実だ。もしも誰かが親身になって相談に乗っていたら。そう考えずにはいられない。犯罪は社会を不安にする。犯罪が増えれば、それだけ多くの被害者が生まれる。受刑者の更生にかけるコストも膨らむ。

塀の中の高齢化は、本人にとっても社会にとっても不幸なことだ。高齢者の犯罪を防ぐには、摘発や防犯対策だけでは足りない。かぎを握るのは、刑務所と医療・福祉関係者との緊密な連携だ。

受刑中から出所後の住まいや生活手段について、もっと手厚く相談に乗らねばならない。福祉担当者も加わって、職探しを手伝い、身よりがない人には老人ホームや更生保護施設を探してほしい。

地域社会でもできることはある。民生委員だけでなく、住民もお年寄りが孤立しないよう目配りする。生活に困っていないか声をかけ、生活保護など福祉への橋渡しをする。NPOの力を借りる手もある。

手間はかかるが、高齢者の暮らしを安定させることで犯罪を防げるなら、世の中にとっても望ましい。日本社会の高齢化はますます進む。対策は待ったなしだ。

                      

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大麻:今度は早大生逮捕…自宅で栽培 

3612『若者の汚染深刻』である。ちょっとの好奇心・遊び心などから手を出してしまうのだろうが、あまりにも、若者が汚染されているのが多く心配だ。親の躾や・教育が悪いからと世間ではいうけれど、容疑者の親御さんは、これは世の中が悪いから、と責任をなすり合いをするらしい。

突き詰めて原因を考えると、自覚のなさ・誘惑に負ける意志の弱さ・判断力の欠如などからだと思う。確かに世界ではオランダなどでは法律が緩いそうだと聞いているが、日本では厳しい法律がある。徹底的に取り締まらなくてはいけない。

家庭教育・躾・道徳教育と「日本の健全化」を真剣に考えるべきだ。

毎日新聞web・・・商学部3年の男子学生(21)が8月、大麻取締法違反(栽培)容疑で関東信越厚生局麻薬取締部に逮捕された早稲田大(東京都新宿区)で、今度は国際教養学部の学生2人が東京理科大の学生1人とともに千葉県警に同法違反(所持など)容疑で逮捕されていたことが分かった。早稲田大生2人は既に執行猶予付きの有罪判決を受けている。

 逮捕されたのは、早稲田大が▽マレーシア国籍の元国際教養学部の2年生(22)=7月16日付で退学処分▽日本・米国籍の元国際教養学部の3年生(20)=9月10日付で退学処分。東京理科大が工学部の夜間部に通う学生(27)。いずれも男。

 3人は、5月に大麻草約15グラムをビニール袋5袋に分け、オランダから国際航空郵便で密輸しようとした疑い。成田空港で税関職員に見つかり、6~7月に千葉県警に逮捕された。3人は友人だった。

 一方、早稲田大商学部の学生は、インターネットのサイトで6月に10粒を計1万1500円で購入したことが麻薬取締部の調べで新たに分かった。4株を自宅マンションで育てていた。

 早大広報室は15日、「本学学生が有罪判決を受けたことは遺憾。十分反省し、社会に復帰することを希望する」とのコメントを出した。東京理科大は「報道で知ったばかりで事実を確認中だが、事実とすれば大変遺憾だ」とコメントした。

また、学生達は、次のように言い訳をしたという。

「友達の家に遊びに行って、酒でテンションあがったときに勧められたらみんな軽く吸っちゃうでしょ。副作用ないことがみんな分かってるし、興味はあるから…」

「大麻って、外国では合法でしょう。タバコより身体に悪くないらしいし、日本の法律もおかしい。マスコミも騒ぎすぎ」

これでは開いた口が閉まらない!

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日暮れが早い

今日の名言

美女は、命を断つ斧(をの)

井原西鶴『好色一代女』

07tamurano_yuhi31短日や一駅で窓暗くなり 波多野惇子

季語は短日で、冬です。つり革につかまりながら、窓の外を見るともなく見ていたのでしょうか。前の駅で停車していたときには、夕暮れの駅舎の形や、遠くの山並みがはっきりと見えていたのに、つぎの駅についたときにはもう、とっぷりと暮れており、駅の灯りもまぶしげに点灯しています。

むろん、駅と駅の間にはそれほどの距離があったわけではなく、だからこそ、日の暮れの早さに驚きもしているわけです。そういえば、わたしの働くオフィスには、前面に空を映した大きなガラス窓があり、最近は窓の外が、午後もすこし深まると、にわかに暗くなります。

まさに「いきなり」という感じがするのです。冬の「時」は徐々に流れるのではなく、性急に奪い去られるものなのかもしれません。「一駅」という語は、その後ろに、駅と駅の間に流れ去って行く風景をそのまま想像させてくれる、うつくしい語です。

句が横の向きへ走りさっていってしまうような、名残惜しさを感じます。うしなうことのさみしさを、読むことのできる季節になりました。『角川俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

我が家の隣にマンションが出来て、日の陰るのが気になる時期となる。今に時期は午後2時には洗濯干し場が日が当たらなくなる。何か冬の季節になると、太陽の有り難さを感じるのである。我が家では、日が陰るが、隣の二階家には冬日がまぶしく当たっている。不公平と思ってしまう。

不公平というと、世間には一杯ある。人間同士仲良く生きていくためには、多少の我慢はしなければいけない。そこで、人間は法律で決めてあるのだから、その法律を作るのは、政治である。その政治家を決めるのが選挙である。政治家(議員)を自分達が選挙で決めるのだ。

それにしても、日暮れが早くなったものだ、特に曇った夕方は、4時に雨戸閉める?相撲のテレビ中継を見ていて、私が住む東京はもう暗いのに、福岡国際センターの上空を映し出した時、まだ明るい。なにか羨まし気感じてしまう。しかしまあ・・・夜の明けるのが遅いから仕方がないか・・・今の時期日の出日の入りの福岡と東京では40分ぐらいの差があるのでは・・・

                          

        

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2008年11月15日 (土)

老後の暮らし方

041「モーニングスター」webでちょっと、面白い記事があったので記して見た。

死のデザインといっても自殺のすすめではありません。自分が人生の最後の時を迎える時のために、どんな準備をしておく必要があるかという話です。人は結婚にはあれほどエネルギーをかけて結婚式や新婚旅行・新居の準備などを前もって入念にプランニングするのに、人生の終わりについてはそれほど熱心に準備をしているようには思えません。

準備すべきことはたくさんありますが、その中でお墓をどうするかは大切な問題の一つです。横浜の外人墓地に行くと外国人のお墓を見ることができます。それらは夫婦で一つのお墓になっており、日本のように先祖代々といったスタイルではありません。イタリアのお墓に行くと、大きな墓地では大理石で作った彫刻のようなお墓がたくさんあります。

アメリカにはお墓のデザイン会社があり、生前読書が好きだった人は本の形をしたお墓、夫婦でずっと愛し合ったことを大切にしたい場合はハートの形のお墓、といったように様々なデザインのものがあります。他方ロンドンには壁墓地といって、コンクリートの壁の一角15cm四方程度の大きさの小さいお墓がたくさん壁に整理されているものもあります。京都に行くと女性だけのお墓があるそうです。
ところで最近は散骨というやり方があります。つまり火葬して残った灰や骨を海などにばらまく、という形で自然に帰してあげるという葬儀の方法です。このやり方だと、お墓はいらないことになります。

昔学生の頃、哲学の教授がゼミの雑談で「ところで僕は、死んだら当然仏式で葬儀をし、先祖代々続くお墓に入る」と言っていた事が記憶に残っています。西欧哲学専門の教授でとりたてて仏教の信仰が厚いわけでもないのにどうしてこんな古風なことを言うのだろうかと、ふと疑問に思いました。

死はいつやってくるかわかりませんが、必ずやってきます。自分らしい有終の美とは何か、そのためにお墓をどうするかということは、信仰の問題でもありますが、機会のある時に真剣に考えておくべきことではないでしょうか。
danger

本当に葬式、お墓・お寺などのの「死」にまつわる事柄で、夫婦で話をする機会が多くなった。実際テレビや雑誌などで、葬式の費用は250万円が標準だとか?墓地は幾ら掛かるとか、気になる。

そして、子や孫が「お墓を守る」(維持経費)には幾ら掛かり、それらが負担が子や孫になり、お墓はないほうが良いのではとか、話し合っているが、結論は出ない。

テレビで紹介さたもので、お骨を10×50×150センチの大きさに化粧板状に固め名前を彫刻し、家の好きだった場所において貰う。というその費用は30万円位で出来るとか、だからお墓は要らない。などに興味を持った。

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食物が健康にどのように影響しているのか

1020208_img1日本人は、世界一長寿国である。何故か、大阪府立大学生命環境科学研究科中野長久教授の、ある日あるところで中学生、高校生対象の講演内容である。

私たち日本人の寿命が世界一で、長生きすることは皆さんも良くご存知と思います。これは、日本人が他の国より、元気で健康であることを意味しています。

皆さんはなぜ健康なのかを考えたことはありますか。病気をしない元気な身体はなぜ保たれるのかを考えたことはありますか。運動をしていますか。そしてどんなものを食べていますか。

運動は世界の若者が常にいろいろの形で元気な身体を作るために頑張っていますね。ところが食事は皆さんの中でさえ、本当にいろいろなものを違った形で食べています。すなわち、日本食(和食)がすぐれた食事で、これが長寿の大きな原因を作っています。

これは、みそ、しょう油、納豆、酢等の発酵食品、海藻や魚等の海産類、野菜の煮付け等の食物繊維を他の国の人たちより多く食べることによるとも言われています。

ところが最近になって、和食を食べる機会がだんだん少なくなりつつあることが心配されています。この状況と平行して、アレルギー(アトピー性皮膚炎)や肥満に悩む若者が増えてきています。

肥満は運動能力を低下させますし、いろいろな病気の原因になることも知られています。食事の摂り方によってこれらの病気を防ぐことが出来ます。

将来病気に悩まされることなく、元気に、健康を維持して、大きな夢を持てるように、本プログラムにより、食事と健康の関係を理解して、現在の食生活の改善も共に考えていきましょう。

飽食の我が国の食生活の中で、食品加工工程で数千万トンと言われる廃棄物あるいは食品加工副産物が生み出され、巨費を書けて廃棄されたり、せいぜい燃料代わりに燃やされているか。あるいは少量が家畜の飼料として利用されているに過ぎない。

翻って、我が国の食糧自給率は40%と言われて久しい。一方では、国民の健康は有り余る食に囲まれての食生活(飽食)を反映して、生活習慣病が増加の一途である。健康食品の多用にも関わらずである。果たして正しく使われているかも疑問でもある。

「メタボ」何んて言葉は最近知った。「メタボリックシンドローム」と正式には言うそうだ。市の健康診断に測定しチエックがなされるようになった。(男が85cm女90cm)

やはり和食が長生きの秘訣?欧米でも繊維質・魚(特に青身の魚)日本食が人気が出てきたという。人間誰でも長生きしたいからだ。

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新型鳥インフルエンザ対策急ぐべし

24351新型鳥インフルエンザが世界的な発症したら4000万人~5000万人の犠牲者が出るといわれている。日本でも50万人~60万人の犠牲者が出るといわれている。

新型インフルエンザとは?

近年、鳥インフルエンザ(H5N1)が鳥から人に感染する事例が数多く報告されている。この鳥のインフルエンザウイルスが変異し、新型インフルエンザが発生する可能性が危惧されている。

新型インフルエンザとは、人類のほとんどが免疫を持っていないために、容易に人から人へ感染するものであり、世界的な大流行(パンデミック)が引き起こされ、大きな健康被害とこれに伴う社会的影響が懸念される。

NHKweb・・・政府は新型インフルエンザの発生に備えた行動計画を定め、同計画に基づいた準備を進めています。新型インフルエンザ発生時には、感染の広がりを抑え、被害をできる限り小さくするために、国や自治体における対策はもちろんの事、一人一人が必要な準備を進め、実際に発生した際は適切に対応していくことが大切です

新型インフルエンザに変化することが懸念されている鳥インフルエンザについて、対策を話し合う国際的なシンポジウムが、14日、東京で開かれ、感染を拡大する原因となる野鳥の飛行ルートの解明など、国際協力による対策を急ぐべきだという意見が出ました。

新型インフルエンザに変化することが懸念されている鳥インフルエンザについて、対策を話し合う国際的なシンポジウムが、14日、東京で開かれ、感染を拡大する原因となる野鳥の飛行ルートの解明など、国際協力による対策を急ぐべきだという意見が出ました。

東京・文京区で開かれたシンポジウムには、日本や中国、それにインドネシアなどアジアの21の国と地域の担当者や専門家など、およそ120人が参加しました。

はじめに北海道大学の喜田宏教授が、この4年余りの間に世界で387人が鳥インフルエンザウイルスに感染して、このうち245人が死亡していると説明し、人から人に爆発的に感染する新型インフルエンザの発生が懸念されていると指摘しました。

そのうえで、症状を抑えるためのワクチンを鳥に接種している国ほど人への感染が多いと説明し、「ワクチンは感染の広がりを見えなくしてしまう。あくまでサポート用として使い、感染が見つかれば、まず鳥の処分を徹底してやるべきだ」と述べました。

このあとパネルディスカッションが行われ、新型インフルエンザに変化することが懸念されている鳥インフルエンザの感染の拡大を防ぐためにも、世界規模で移動する渡り鳥の監視を強め、野鳥の飛行ルートの解明など国際協力で対策を急ぐべきだという意見が出ました。

          

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企業のテレビCM離れ始まる

Odaiba971景気の波は、テレビ局にも現れた。「余裕があれば出る」という。いわゆるサービス産業は、景気の影響は厳しい。

J-CASTニュース・・・在京キー局5社の2008年9月中間決算が出そろい、日本テレビ放送網とテレビ東京が赤字に転落、フジ・メディア・ホールディングスを除く4社が営業減益になった。各社とも広告主の業績悪化の余波でテレビCM収入が落ち込んだのが響いた。その一方で、広告主にとってテレビCMは「余裕があれば出すもの」といった具合に、テレビCMそのものの広告価値にも疑問符がつき始めている。

「自動車・食品など製造業を中心とする広告主の業績が悪化しており、変動的要素の強いスポットCMのみならず、固定的要素の強いタイムCMにも影響が出た」

テレビ東京は北京五輪で増収になったにもかかわらず、収支ではマイナスの3億円の赤字となった。テレビ東京の島田昌幸社長は決算説明会のなかで、番組の前後に流す「スポットCM」と番組のあいだに流す「タイムCM」の両面で思うような収入が得られなかったと指摘した。「タイムCM」への影響は深刻で、同社の放送事業単体の「タイムCM」収入は08年通期で39億3900万円の減少を見込んでいる。

TBSの第2四半期の「タイムCM」の収入は、北京五輪、サッカー欧州選手権「EURO2008」、「東レ パン・パシフィック・オープンテニス」関連の番組を放送したにもかかわらず、前年同期比で4.1%の減収。「スポットCM」に至っては前年同期比11.7%の減収となった。

日テレは、北京五輪の収入で「タイムCM」での収入は0.8%の微増となったが、「スポットCM」は9.6%と大幅に減らした。営業増益となったフジ・メディアHDの豊田皓社長も「今年に入って追い討ちをかけるようにアメリカ方面から金融危機というさらに強烈な突風が吹き荒れている中で、いまだ予断を許さない」

と話し、番組制作費など大幅なコスト削減を行うとするなど、今後も放送事業をめぐる先行きが明るいわけではないとの見方を示している。

一方、広告主側の企業もテレビCMから手を引き始めた。モスフードサービスは08年9月中間連結決算で減収となったことを受け、「テレビCMを大幅に縮小する」と発表。今後は店舗発信型の広告や携帯電話サイトなどを使った販売促進を中心に広告費を充当する。

テレビCMの出稿を止めた別の大手企業の広報担当者は、「テレビCMは不特定多数が視聴するため販売促進という点では効率性はそれほど高くない。テレビCMを使った新規顧客の開拓も後々はしたいとは考えているが、うちではそのような余裕は今のところない」

と話しており、経営の苦しい企業にとってはテレビCMに「広告価値」をなかなか見い出しにくい、という現状があるようだ。

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税の無駄遣いをなくせ

06oga_toga11国民の公僕であったはずである。政・官・財の癒着ではないのか?本気で税の無駄を無くさないと日本は沈没する。

税の無駄遣いが、明るみに出るたびに、一体どうなっているのか、3日前にブログでり上げた淀川水系で国土交通省近畿地方整備局が計画している大戸川ダムもそうだ。役所のメンツで、それとも自分達の仕事作りなのか・・・。

朝日新聞社説(抜粋)・・・国の財布の危機的状況などどこ吹く風とばかり、納税者をばかにした国費の無駄遣いや不適正な経理が相変わらず横行している。

政府職員が架空の領収書でつくった裏金で飲食する。自治体職員が生活保護費を国に過大請求する。建設のめどが立たない施設に巨費を投じる。

そんな事例が昨年度中に判明しただけで981件、1253億円にのぼったことが、会計検査院の報告で明らかになった。件数、金額とも過去最高だ。この金額は、勤労者20万世帯分の納税額にあたる。

あきれることは、まだまだある。検査院が過去に税金の無駄遣いを指摘したにもかかわらず、それをいまだに改善していない役所や団体が29もあり、その合計は465件、131億円になるというのだ。

例えば農林水産省では、景気対策のために自治体経由で支出した林業への補助金が目的通りに使われていなかった。自治体から返させるべき約5億7千万円分がまだ返っていない。郵便事業会社では、郵便局長が11年間に計12億円の料金を着服した。この局長は起訴されたが、まだ5億6千万円分が返済されていない。

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ヌートリア(カワウソ)

今日の名言

「ああ! 過ぎ去ったことを悔むのはやめましょう。」と、彼女は小声で言った。「もう頁(ページ)はめくられてしまったのですもの。」

ジイド『狭き門』

Tenma00005t1練乳の沼から上がるヌートリア 小池正博

何年前だったか小春日和の川べりを歩いているときに巨大ネズミのような生き物が川面にぬっと顔を突き出したので、心臓がずり落ちるほど驚いたことがある。後で調べてヌートリアという名前を初めて知った。

関西や中国圏に多く住んでいるらしいが、もともと軍事用の毛皮をとるために移入して養殖された帰化生物ということだ。ヌートリアと冬日を分かち合ひにけりと大阪に住む俳人ふけとしこが詠んでいる。

今は作物を荒らしたり堤防に巣穴を作ったりして危険ということで、駆除の対象になっているらしい。人間の勝手で移入されて、生態系に害を与えると駆除される。沖縄のマングースをはじめ、人間の浅知恵に振り回されて生きる動物たちも楽ではない。

ねっとりと白く汚染された練乳のような沼から顔を出すヌートリア。まったく私たちの生きる世の中だって練乳の沼と同じぐらい底の見えない鬱屈に覆われた場所なのだから、お互いさまと言ったところか。

沼から上がるヌートリアの姿に実在感がある。作者は連句に造詣の深い川柳作家。俳人の野口裕と立ち上げた冊子「五七五定型」からは同じ韻律をもつ詩型を従来にない視点で捉えようとする二人の意欲が伝わってくる。「五七五定型」(第2号2007/11/10発行)所載。(三宅やよい)。

「ヌートリア」とはスペイン語でカワウソ」(の毛皮)を意味し、原産の南米では本種のことを「Coipo」と呼ぶ。英名でも「Nutria」より「Coypu」の方が一般的である。かつての日本では、海狸鼠(かいりねずみ)、沼狸(しょうり、ぬまたぬき)などとも呼んだ。

「ヌートリア」の名は、知らなかった。あア・・・「カワウソ」なら、川で見たことがあるが、現在では近くでは生息を確認できない。生態系が半世紀(50年)で随分と変わってしまった。キツネやタヌキが近くまで姿を見せていたものだ。

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2008年11月14日 (金)

マナーの悪さに悲鳴

282_field111最近、あまりにも自分勝手な行動を取る人が多く見かける。環境破壊・モラルの低下・マナー悪さが叫ばれているがひとり一人の心と意識の問題だ。

京都新聞webに【マナーの悪さに悲鳴、京都宇治田原「弘法の井戸」洗車・水浴びの遊び】のみだしを見た。こういう若者が、何を考えてするのか、問いただしたい。良い事・悪い事の判断がつかない5・6歳の幼児ならいざ知らず、車を運転できる年齢である。

親の躾・学校の教育などが取りだたされるが、これでは日本の将来は先は暗いといわざるを得ない。

弘法大師にまつわる伝説で知られる京都府宇治田原町高尾地区の「弘法の井戸」を管理する住民が、よそから水をくみに来る一部の人のマナーの悪さに泣かされている。
井戸は昔、通りがかった弘法大師が、住民に親切にされたお礼に霊験を発揮、清水がわき出したとされる。以来、住民が野菜を冷やしたり、風呂水に使ったりしてきた。現在は地元自治会が管理している。

10年ほど前、新聞などで取り上げられて「おいしい水」と評判を呼び、近隣市町のほか大阪など遠方からも週末に水をくみに来る人が増えた。お礼状と一緒にさい銭を置いていく律義な人がいる一方、ポリタンク10杯分を1度に取水したり、車を洗ったり、その場で水を浴びたりする非常識な人まで現れるようになった。

井戸の周辺は細い山道のため路上駐車による通行トラブルも発生。また、井戸のそばには取水者が連れてきた飼い犬のふんが落ちていることもあるという。
地元ではマナーを守るよう注意する看板を設置しているが効果がなく、住民は困惑気味だ。井戸の周辺の掃除をしている新芳子さん(76)は「誰がくみに来てももちろん構わないが、マナーだけは守ってほしい」と訴えている。

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こんな人が内定取り消しに

386351金融危機から、景気後退は経済界で「来年度新卒者の内定者の取り消し」深刻な問題が起きている。日本は比較的欧米に比べ影響は少ないとされているが、今後は社会的問題化しそうである。アアやっぱりこういう人からか、分かるような気がする。

nifty web・・・高校生や大学生の就職がピンチだ。景気後退の影響で内定、内々定の取り消しが相次ぎ、社会問題化しつつある。

厚生労働省は11月4日時点でハローワークから大学生の内定取り消しの報告を3件受けたという(昨年は0件)。たった3件か……と思うが、泣き寝入りが相当数に上るようだ。

メディアの報道でも業績悪化を理由に辞退を促された大学生のケースが広島、高知、愛媛にあり、香川では高校生の内定取り消しが報じられた。

内定取り消しは企業にとってもダメージになる。不況の深刻さが浮かび上がるが、学生の対処法は限られている。内定取り消しは解雇とは違うので労働法では争いにくい。裁判も面倒なので「辞退」を受け入れざるをえない学生が多いのだ。

人事コンサルタントの菅野宏三氏によれば、内定取り消しを受ける学生には共通パターンがあるという。

◆コミュニケーションができない

志望企業への願書にはしっかりした文章を書くくせに、いざ面接となるとまともにしゃべれない。こんな学生は少なくない。当然ながら取り消し候補の筆頭に挙げられてしまう。

◆自分の夢を語るアホ

面接でトンチンカンなことをしゃべる学生も多い。「あなたの夢は?」と言われて「世界一周です」と答えるようなタイプだ。

◆努力をしない人

スキルがあるかどうかは評価の大きなポイント。英検1級や行政書士など資格を持っている人は強い。何もせずノホホンとしている学生は涙をのむ。

今春から就職状況は一変した。それを覚悟しておいたほうがよさそうだ。

(日刊ゲンダイ2008年11月11日掲載)

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湯殿川の鯉

思考という要素を何ら含まないでは、意味をもつ経験はありえない。
デューイ『民主主義と教育』(上)

Img_0103尾へ抜けて寒鯉の身をはしる力 加藤楸邨

楸邨の東京文理科大学国文科時代の恩師能勢朝次が昭和三十年に逝去。氏は、楸邨のライフワークとなった芭蕉研究の師であり「寒雷」創刊号にも芭蕉論を寄稿している。

前書きに「能勢朝次先生永逝 三句」とあるうちの一句。この句だけを見たら、追悼の句と思う読者がどれほどいようか。およそ追悼句というものは、渡り鳥だの露だの落花だののはかないイメージを持つ花鳥風月に故人への思いを託して詠うというのが古来より今日までの定番になっているからだ。

しかし考えてみれば故人と、故人の死を悲しむ者とのかけがえのない一対一の関係と思いを定番の象徴を用いて納得しうるものか。黒い太い寒鯉の胴をぐいとちからが抜けていく。

大いなるエネルギーの塊りが今鯉を離れたのだ。こういう時はこう詠むべきだとの因習、慣習を排して、一から詩形の広さを測り、そのときその瞬間の自分の実感を打ちつける。楸邨の俳句に対する考え方の原点がここにも見られる。『まぼろしの鹿』(1967)所収。(今井 聖)

最近前の湯殿川に、鯉が増えたようだ。いくらか水の浄化に役くだっているのか、水もきれいになった。そこに泳ぐ鯉は黒く、丸々太ってみえる。特に風原橋の下にいる鯉は元気である。よく餌を与えているからか、餌を投げると盛り上がるほどの勢いがある。

そして、何十匹もの鯉が一斉に口を開ける様は5月の鯉登りを連想させる。こんな川を大事に見守っていこうと思う。また、むかしいた鮒・はや・くちぼそ・どじょう・八目うなぎなどが棲んでいる川にしたい。

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2008年11月13日 (木)

大戸川ダムは中止し、整備局の解体を

539571これでは、行政の体をないていない。財政の無駄の削減が叫ばれているおり、役人のメンツ!可笑しいよ、そんな考えの役人入らない。これが政治ではないか、こうゆう所に古臭い因習があるのだったら政府・与党もだらしない。

この問題は新聞各誌取り上げている問題であるが。

今朝に日経社説・・・淀川水系で国土交通省近畿地方整備局が計画している大戸川ダムについて、大阪、京都、滋賀、三重の4府県の知事が建設中止を求めた。利害が対立しがちな流域自治体が共同提出した意見は重い。国交省はダムに固執することはやめ、新たな治水対策を早期に検討すべきだ。

4県の知事は環境への影響や財政負担の重さを反対の理由にあげた。治水対策としては他のダムの再開発などで対応でき、大戸川ダムの優先度は低いと主張している。

同ダムが最初に計画されたのは40年前だ。その後、水の必要量の減少で大阪府などが利水事業から撤退し、2005年に事業は凍結された。ところが国は昨年夏に、ダムの下底部に放流口を設ける治水専用ダム(穴あきダム)として再び建設する方針を突然打ち出した。

この急な方針変更もそうだが、近畿整備局の姿勢には首をかしげる点が多い。今春には有識者委員会がダム建設を「適切ではない」という意見書をまとめた。同整備局はそれを無視して、ダムを盛り込んだ河川整備の計画案を作った。

今回も、同整備局はダムを凍結する場合、滋賀県内の関連道路の整備を中止する意向を事前に伝えたという。大阪府の橋下徹知事らは「国の圧力だ」と強く反発している。

知事の意見には法的な拘束力はないが、国の事業といえども地域の理解と協力が前提になることは論をまたないだろう。「ダムを認めないなら道路もつくらない」などという高飛車な姿勢は言語道断である。

国交省がダムに固執するのは用地買収や住民移転が進み、今さら計画をやめられないというメンツだろう。実際、大津市の建設予定地では早期着工を求める声が多い。しかし、ダムに頼らなくても住民の安全・安心を守る道はあるはずだ。

9月には熊本県の蒲島郁夫知事が川辺川ダム計画の白紙撤回を求めた。治水対策に対する民意はダムで洪水を抑え込む方式から、堤防強化や危険地域の宅地化抑制、災害情報の迅速な提供などを組み合わせた「減災」に移り始めている。河川行政の抜本的な転換が必要だ。

近畿整備局の予算は約1兆3000億円に上る。京都府と滋賀県の一般会計予算を合わせた規模だ。地方分権が求められる現在、こんな公共事業の巨大機関などいるのだろうか。


麻生太郎首相は先週、地方整備局など出先機関の見直しを指示した。近畿整備局の姿勢が煮え切らないようなら、真っ先に解体して権限と財源を自治体に移してはどうか。

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定額給付金

Iwao1702c1麻生太郎政権の看板政策である定額給付金をどう配るか。政府与党の調整がようやくまとまった。 金額は1人あたり一律1万2千円。18歳以下と65歳以上には8千円を上乗せする。必要な約2兆円は各市町村を通じて支給するという。

さて最大の焦点、所得制限とのかかわりはどうなったか。与党の合意文書にはこう書かれている。「各市町村が実情に応じて決定する。所得制限を設ける場合の下限は、所得1800万円とする」

何のことはない。所得制限を設けるか、設けないか。強制的に制限するのか、自発的な受け取り辞退を求めるのか。制度の根幹にかかわるこうした点について、判断をそっくり各市町村に任せたのだ。何とも場当たり的で、無責任な政策というしかない。

これでは、民主党の鳩山幹事長の言っている、選挙目当てのばら撒きである。支給方法も二点・三点~6点でよううやっと決まった支給内容は、自治体に丸投げである。

自治体には困惑が広がっている。支給基準をどう定めるか。住民にどう説明するか。予想される窓口の混乱を抑える手だては。これらの問題を政府与党が真剣に考えた形跡は乏しい。

国民の、不人気度60パーセントであり、自治体の混乱と手間は・・・、半端ではないという。無策ぶりは、選挙に悪影響が与党に出るのは間違いない。

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東京暮色

今日の名言

男はしばしばひとりになりたいと思う、女もひとりになりたいと思う、
そしてその二人が愛しあっているときは、そういう思いをたがいに嫉妬するものだ。

ヘミングウェイ『武器よさらば』(下)

Kamejima41正午すでに暮色の都浮寝鳥 田中裕明

東京の夕暮れは早い。この地にずっと住んでいる人には違和感のあるセリフかもしれないが、鹿児島、山口、大阪、と移り住んできた身には4時を過ぎればたちまち日が落ちてしまう東京のあっけない暮れ方は何ともさびしい。

体感だけでなく、この時期の日の入りを調べてみると、東京は16時38分、大阪は16時57分、鹿児島は17時22分と40分以上の差がある。この都では3時を過ぎればもう日が傾きはじめる。

関西に住み馴れた作者にとっても、たまに訪れる東京の日暮れの早さがとりわけさみしく思えたのかもしれない。この俳人の鋭い感受性は、太陽が天辺にある華やかな都会の真昼にはや夕暮れの気配を感じとっている。

その物悲しい心持ちが、おのが首をふところに差し入れ、波に漂いながら眠る水鳥に託されているようだ。すべてがはぎとられてゆく冬は自然の実相がこころにせまってくるし、自分の内側にある不安をのぞきこむ気分になる。

この句を読んで、頼りなく感じていた日暮れの早さが、自分の人生の残り時間を映し出しているような、心持になってしまった。『夜の客人』(2005)所収。(三宅やよい)

誠に日暮れが早いと感じる今日この頃である。この日暮れの早さに人生の儚さを感じて仕方がない。現役時代は一年中忙しく働いていたのであんまり感傷的に感じられなかった。

今は、それだけ心に余裕がでてきたのかなあ・・・。昔から晩『晩秋の日暮れは釣瓶落とし』と言われていたとおり、お袋が農作業で庭をかけずり回っていたはるか昔を思い出す。

そして「一番星 見つけた!」夕焼け空を見上げながら、みんなと一緒に遊びから帰った遠い記憶がある。そして、赤から、むらさきに移り変わっていき星降る夜空となる。そんな光景が目に浮かんだ。

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2008年11月12日 (水)

兵庫県知事“震災はチャンス”発言で謝罪

Center171役人の浅知恵だ。他人の不幸をチャンスと言うのは、どうも納得がいかぬ、航空幕僚長の発言といい、こういう立場の人が言うのは、発言の自由のはきちがえだ。阪神淡路大震災に経験した県の知事にしての発言ではない。

謝って済むことではない。発言には気をつけてもらいたい立場をわきまえて発言して欲しい。

産経新聞web・・・兵庫県の井戸敏三知事役人の浅知恵だな。他人の不幸をチャンスと言うのは日本人の感性に合わないは12日、自身の「関東大震災が起きればチャンス」との発言について、「皆様を混乱させてしまったことついて、お詫び申し上げなければならない」と述べ、陳謝した。

井戸知事は11日に開かれた近畿ブロック知事会議で、経済の東京一極集中を挙げ、関西経済にとって「関東大震災が起きればチャンス」と発言。会議後、同席していた大阪府の橋下徹知事が「不適切発言ばかりしている僕が言うのも何だが、あの場面で言うのは不適切だったと思う」と批判。

京都府の山田啓二知事も「ちょっとどうかなと思った」と疑問を呈した。

東京都の石原慎太郎知事は12日、「役人の浅知恵だな。よく言えばバカ正直」と苦笑いした。そのうえで、首都圏の地震が発生する確率が向こう30年で70%であるとし、「東京の地震を期待されるなら30年先の話になるが、それは自分で努力したらいいんじゃないの」と突き放した。

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任命責任が問われる

08nairikusen_kayabuki11こんな訳の分からぬ人を航空自衛隊のトップに、以前にも問題発言があったという人物を歴代の安倍・福田・麻生首相に引き継がれた政権で放置されていたというのも、どうも納得いかない。言論の自由だからと言って、シビリアンコントロールで成り立っている自衛隊である。航空幕僚長という職務についている人の論文の内容ではない。考えが幼稚である。当然懲戒免職である。

となると、任命責任が問われる事になるということだ。

朝日新聞社説(抜粋)・・・事態の深刻さが、そして何が問われているかが理解できていない。航空自衛隊の田母神(たもがみ)前幕僚長を招いての参院の参考人質疑は、そんな懸念を強く抱かせるものだった。

田母神氏は「自衛官にも言論の自由がある」「言論統制はおかしい」と繰り返し発言した。自衛隊のトップにまでのぼり詰めた空将が、こんな認識の持ち主だった。戦後の日本は、軍部の独走が国を破滅させた過去を反省し、その上に立って平和国家としての歩みを進めてきた。自衛隊という形で再び実力組織を持つことになった際も、厳格な文民統制の下に置くこと、そして旧日本軍とは隔絶された新しい組織とすることが大原則であった。

むろん、自衛官にも言論の自由はある。だが、政府の命令で軍事力を行使する組織の一員である以上、相応の制約が課されるのは当然ではないか。航空自衛隊を率い、統幕学校の校長も務めた人物が、政府方針、基本的な対外姿勢と矛盾する歴史認識を公然と発表し、内部の隊員教育までゆがめる「自由」があろうはずがない。

問題が表面化した後、防衛大学校の五百旗頭(いおきべ)真校長は毎日新聞のコラムでこう書いた。「軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することは……きわめて危険である」「軍人は国民に選ばれた政府の判断に従って行動することが求められる」 百旗頭氏は歴史家だ。戦前の歴史を想起しての、怒りを込めた言葉に違いない。

田母神氏の行動が処分に相当すると考えるのは当然だ。きちんと処分すべきだった。そうでなければ政府の姿勢が疑われかねない。自民党国防部会では田母神氏擁護論が相次いだという。そうであればなおさら、麻生政権として明確な態度を示さねばならない。麻生首相の認識が聞きたい。

ほかにも、参院での審議で驚くべき事実が次々と明らかになった。防衛省はなぜ省をあげての調査体制をつくらないのか。政府の腰が重いのなら、国会が国政調査権を発動して乗り出すしかあるまい。

田母神氏は、論文が問題になったことについて「今回は多くの人の目につき騒がれたからだ」と語った。従来の主張をしているのに、報道されたために更迭された、というのだ

日の社説は、朝日・読売・毎日・日経・東京が取り上げていた。

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寒さ一段と

他を嘲(あざけ)るものは同時にまた他に嘲られることを恐れるものである。
芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』
(緑 70-11)

Yudono11冬隣裸の柿のをかしさよ 坪内逍遥

秋は急ぎあしで深まり、もう冬はすぐそこ。葉っぱもほとんど落ち尽くした木に、まだ残っている柿の実の姿であろう。色も変わってしまって今にも落ちそうである。柿の実は当然裸であるわけだが、この場合、あえて「裸」と言いたいくらいに寒々とした眺めなのである。

たまたまとり残されrた柿は、特に落ちたいわけでも残りたいわけでもなかろうが、どこやら未練たっぷり枝にしがみついているようで、なるほど、可笑しいと言えば可笑しい裸んぼの風情である。およそ明治の文豪らしからぬ着眼が、可笑しく感じられる。

ここで「あはれ」や「さびしさ」と表現してしまったのでは月並俳句になってしまう。「をかしさよ」はさすがである。逍遥は六十歳を過ぎてから短歌とともに、俳句を始めたのだという。したがってなまなましい野心もなく、折にふれての感懐を詠んだ句が多い。

俳句は眦(まなじり)を決するというよりも、それでいいのだ、とも言える。逍遥にはそそり立つ裸の柿や冬の月」という句もある。「そそり立つ」と、柿の孤高を映した表現がいかにも可笑しい。逍遥は「裸の柿」に寒々とした可笑しさと同時に、愛しさも感じていたのではあるまいか。『歌・俳集』(1955)所収。(八木忠栄)

 萱葺きの 屋根の軒下 吊るし柿

 冬隣    晒し柿に  富士の山

毎日散歩をしているんだが、昨日は一段と北風が寒く感じられた。気がつけば、稲刈りが終わって田んぼには雀の群れが、落穂拾いをしているのか、ピチピチ鳴きながら探している。晩秋から冬に見られる光景である。

何だか今年も年賀はがきの印刷承りますのポスターがコンビニに出される頃となた。遠くに見える富士山も雪で白く頂上が化粧してきた。

麻生太郎首相の衆議院解散宣言は何時になるのか、定額給付金はいったいどのように配布されるのか、標準家族で6万円という。2兆円の財源は何処から、そんなに余裕の無い財政は国民も分かっている。後世に付けを回すだけだ。だから、定額給付金支給は人気がない。こう考えると年末は、一層寒く長い冬になりそうだ。

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2008年11月11日 (火)

定額給付金

271「定額給付金」という、経済対策は、配布の仕方で意見がまとまらず困っている。給付金で経済効果はあるかということでNHKがアンケートを実施したところ、70パーセントの人が「ない」という。社会保障の立て直しや雇用対策、教育や子育て支援など、本当の安心につながる分野への税金投入を考えるほうが効果があると思う。

朝日新聞社説・・・経済対策の目玉に掲げた定額給付金の支給の仕方をめぐって、麻生政権が迷走している。

麻生首相が「全所帯に実施する。規模は2兆円」と明言してから10日あまりがたつ。なのに「全所帯」に高額所得者は含まれるのか、含まれないならどこでどう線を引くのか。政府与党内の意見はなかなかまとまらない。

「全所帯にあまねく」なのか、それとも「所得の低い所帯のために」なのかは制度の根幹の問題だ。そこが定まらないのでは、これが何のための政策なのかを疑わせる。

首相はきのう、高額所得者には自主的に辞退してもらう方式がいいとの考えを示した。所得制限を設ける立法の手間を省くためのようだが、いくら緊急性を強調しようと、2兆円もの税金を使うのに、そんな泥縄が許されるだろうか。 なぜ、こんなことになったのか。

首相自ら認めたように、麻生政権の使命は早期の解散・総選挙で「ねじれ国会」を打開することにあった。政権を譲った福田前首相も、与党も、そう考えていたに違いない。だからなのだろう、この政権には選挙対策への構えはあっても、腰のすわった政策を打ち出し、実現させる用意が欠けていた。

首相の解散先送りで、事態は一変した。選挙前に花火のように有権者受けのする政策を打ち上げて、具体的なつじつまは選挙に勝ってから合わせる。そう踏んでいたのに、いきなり政策を具体化する必要に迫られたのだ。

定額給付金に熱心だった公明党に対し、自民党内には消極論も根強かった。経済効果に疑問があったし、選挙向けの露骨なバラマキととられることへのためらいもあったからだ。

実際、内閣府は次のように試算していた。所得税や住民税を2兆円減税しても、その4分の3は貯蓄に回り、消費にはつながらない。実質国内総生産を引き上げる効果はわずか0.1%。

もちろん、最近の物価上昇や景気の後退を思えば、「4人家族で約6万円」(首相)という一時金を、ありがたいと思う人は少なくあるまい。

だが、朝日新聞をはじめとする報道各社の世論調査では、6割前後の人が定額給付金を「必要な政策と思わない」などと否定的に答えている。

膨大な財政赤字を抱え、使える財源は限られている。狙いを絞り、効果のあるものにしなければ、借金をつけ回しされる次世代に顔向けできない。そんな考え方からではないか。

景気浮揚は重要だが、社会保障の立て直しや雇用対策、教育や子育て支援など、本当の安心につながる分野への税金投入を国民は求めているはずだ。

今からでも遅くはない。政府与党はこの給付金の構想を断念し、頭を大胆に切りかえてはどうか。

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生命の起源

今日の名言

隠れて、生きよ。

『エピクロス』

2007102400000912reuintview0001児いま魚の時代冬の月 山田真砂年

胎児は十ヵ月を過ごす母胎のなかで、最初は魚類を思わせる顔から、両生類、爬虫類を経て、徐々に人間らしい面差しを持つようになるという。これは系統発生を繰り返すという生物学の仮説によるものであり、掲句の「魚の時代」とはまさに生命の初期段階を指す。

母なる人の身体にも、まだそう大きな変化はなく、ただ漠然と人間が人間を、それも水中に浮かぶ小さな人間を含んでいる、という不思議な思いを持って眺めているのだろう。

おそらくまだ愛情とは別の冷静な視線である。立冬を迎えると、月は一気に冷たく締まった輪郭を持つようになる。秋とははっきりと違う空気が、この釈然としない胎児への思いとともに、これから変化するあらゆるものへの覚悟にも重ってくる。

無条件に愛情を持って接する母性とはまったく違う父性の感情を、ここに見ることができる。〈秋闌けて人間丸くなるほかなし〉〈虎落笛あとかたもなきナフタリン〉『海鞘食うて』(2008)所収。(土肥あき子)

生命の起源は人間も海であったという。多くの科学的な仮説はチャールス・ダーウインの進化論を適用することによって、単純な原始的な生命の中からより複雑な生命が進化することを予想している。原始地球の海において、海水に溶けた有機物の化学進化を通じて生じたというのが、現代科学において最も有力な学説である。

最近のことであるが、7000メートルの深海に生物が確認されたという。また、深海に硫黄を大量に含んだ温泉が沸いている付近で生物が確認されている。

火星探査で、生命の起源もある程度推測できるのではと思うが、ロードアイランド州ブラウン大学の惑星地質学者ジャック・マスタード氏がリーダーを務めた研究チームは、NASAの火星探査機マーズ・リコナイサンス・オービタを通じて、火星表面にある粘土鉱物の詳しい調査を行った。

調査が行われた粘土鉱物はフィロケイ酸塩と呼ばれ、水が存在していたことの裏付けとなる物質だ。そして今回行われた調査の結果、クレーターや渓谷、デルタ地帯、砂丘など火星表面のいたる所にこのフィロケイ酸塩が存在することが判明した。

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2008年11月10日 (月)

肺がんよる死亡者数でトップ

Sekiseiinko_m1肺がんといえば、元職場の同僚で亡くなられた方がいる52歳だった。病死でも「ガン』は悲惨で、夫婦離婚し男手一つで二人のお子さんを育て、小学生になった男の子と6歳の女の子が遺族として残された。闘病の悲惨さは、想像を絶するものがあった。

肺がんは、喫煙者が多い。私もたばこを止めて、11年になるが止めて良かったと思う。ガン以外にも病気になる確率が高い・お金がかかる・人に迷惑かけるなど「百害あって一利なし」である。

zakzak・・・7日、肺がんで死去したジャーナリストでニュースキャスターの筑紫哲也さん(享年73)。昨年5月のがん告白から1年半の闘病の末に力尽きる格好となったが、筑紫さんは昔からの喫煙派のたばこ好きだった。彼を鬼籍に送った肺がんをどう防いだらよいのか。

肺がんは、現在日本人のがんによる死亡者数でトップ。その理由はいくつか考えられるが、最も懸念すべき点は「早期発見の難しさ」にある。

「肺がんの症状には血痰や息苦しさ、長く続く咳などがあるが、いずれも症状が出た頃には病気が進んでいることが多い。症状が出る前に発見できるか否かが分かれ道になってきます」

定期的な検診が重要ということになるが、これも単に受けていればいいというものではない。

50歳あたりから発症頻度が高まり始め、70歳前後でピークになる。会社や自治体の健康診断では単純レントゲン撮影しかメニューにないことが多く、これだと小さながんは見落とす危険性がある。手術が可能な早期の段階で見つけるためには、年に1度は胸部CTを撮るのが理想的。そのためには人間ドックを受けて、メニューに胸部CTがない場合はオプションで加えるくらいの積極的な姿勢が必要になってきます」(長医師)。

もう1つ、気をつけなければならないのが喫煙だ。筑紫さんはヘビースモーカーだったが、「肺がんは喫煙者だけにおきる病気ではない」と長医師は警鐘を鳴らす。

「肺がんには大きく分けて小細胞がんと非小細胞がんの2種類があり、最も多いのは非小細胞がんに分類される腺がん。これは喫煙の有無とは関係なく発症する危険性が高く、たばこを吸わないからといって安心はできません」と長医師は注意を促している。

肺がんは、がん死の首位の座に君臨するだけあって、手ごわい相手だ。50歳を過ぎたら、十分な心構えを持つべきだろう。

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入試の裏基準

1205661J-castニュースで興味のある『コラム』があったので記して見た。確かに、人間を評価するには概観で判断することは、如何と思うが昨今の道徳の崩壊や若者の社会常識の変容は目に余るものがある。道徳教育の在り方が話題になてきている。私も学校側の考えに賛成である。

記事内容・・・神奈川県の県立高校の入試で、本来ならば合格圏内の受験生を、服装の乱れなどの「裏基準」で不合格にしていたとして、学校側が謝罪し、校長は事実上更迭されることになった。「学ぶ機会を奪った」として学校側を非難する声もある一方で、教育委員会などに寄せられた声や、ラジオやネットのアンケートでも、学校側を擁護する声が圧倒的だ。この「裏基準」そんなに悪いものなのか。

「真面目な生徒を」という学校の苦しい胸の内

「裏基準」が明らかになったのは、神奈川県平塚市にある県立神田高校(生徒数347人)。神奈川県の県立高校の入試では、(1)学力調査(2)面接'(3)調査書を点数化し、上位から合格を決めていくが、合格点に達していても、評価基準として公表されていない「裏基準」で22人が不合格になっていたのだという。

この「裏基準」によるチェックは、05、06、08年度入試で行われていたといい、その内容は「軍手をつけたままで願書提出時の受け渡しをした」「服装がだらしない」「化粧をしている」といったもの。

「裏基準」は08年7月に内部通報で発覚、県の教育委員会が08年9月末まで調査を続けてきた。10月28日には、同校の渕野辰雄校長が会見し、「選考基準から逸脱しており、大変申し訳ない」と謝罪した。その一方で、渕野校長は、同校からは退学者が年間100人以上出ているという状況を明かした上で 「大人への不信感を持つ子が多く、生徒指導に苦慮していた。

教諭の負担を軽減したかった」真面目な生徒を多く取り(入学させ)たかった」 と、苦しい胸の内を語った。確かに、情報サイト「All About」などで紹介されている複数の入学難易度ランキングを見比べてみると、いずれのランキングでも、同校は「底辺」に近い位置にあるというのが現状で、生徒指導面では相当な困難があることが推察される。

こんな状況に対して、ネット上や放送局、教育委員会に寄せられた声の多くが、学校側の声を支持するものなのだ。例えば、ライブドアが同社のポータルサイトで「服装、態度で不合格にしてもよい?」というアンケートを実施したところ、10月30日17時現在で5万4000件以上の声が寄せられ、「不合格にしてもよい」と回答したのは、全体の93.9%。

「勉強をしたい、授業を受けたいならそれなりの態度や服装をすべき」 舐めた態度で受験に臨むなという事」といった声が圧倒的だ。

ラジオでも学校「支持」が圧倒的

BSラジオの報道番組「アクセス」が10月29日夜に行った 「あなたは、公立高校の入試の合否判断に身なりを加えていいと思いますか?」というアンケートでも、「身なりも加えていい」と回答したのが456人に対して、「そうは思わない」は129人。「推薦入試ならばいいが、一般入試ならばいけない」といった、それ以外の答えも65人。やはり、学校側の対応を支持する傾向も目立つ。

今回の問題の当事者とも言える、神奈川県教育委員会にも意見が殺到している。10月29日17時までに、メール70件、電話50件が寄せられたのだという。中には「子どもが学ぶ機会を奪ったのは間違い」などと学校側を批判するものもあったというが、割合としては全体の1割未満。残り9割が、「態度や服装の乱れで不合格になるのは当然」「校長が記者会見で謝罪するのはおかしい」といった「同情論」だった。

それでも、やはり県教委としては「『裏基準』は不適切」との立場で、同日には渕野校長を11月1日付けで総合教育センター専任主幹に異動させる人事を発表した。事実上の更迭だ。

県教委には10月30日になっても意見が相次いで寄せられているというが、「まだ件数や内容などは集計できていない」と話している。一方、ネット上では、校長に同情的な声が増えつつあるようだ。

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葬式も変わる

今日の名言

身体を訓練しない者は身体を使う仕事をなし得ないごとく、精神を訓練しない者はまた精神の仕事を行なうことができない。

クセノフォーン『クセノフォーン ソークラテースの思い出』

13_10241_2寒し肉片のごと時計垂れ 今井 勲

客もほとんど帰ってしまった通夜の席ではなかろうか。冬の寺はだいたいが寒いところだが、夜が更けてくるにつれ、しんしんと冷え込んでくる。私にも経験があって、火の気の無い冬の寺で夜明かしするには、とりあえずアルコールでも補給しないことには辛抱しきれないのであった。

線香の煙を絶やさないように気配りすることくらいしかやることもなく、所在なくあたりを見回していた作者の目にとまったのは、いささか大きめな掛け時計であった。何もかもが動きを止めているようなしんとした堂内で、唯一動いている時計。それが作者には、肉片のように生々しく思えたのだろう。

ここで私などは、どうしてもダリの描いた柔らかい時計、溶ける時計を思い出してしまうが、作者にも無意識にせよ、ダリの絵の情景と交叉するところがあったに相違ない。寺の調度類は総じて固く見えるから、ひとり動いている時計がそれだけ柔らかく見えたとしても不思議ではないと思う。

もう少し突っ込んで考えてみれば、死者の棺を前にして、故人との思い出深い時間が直線的な時系列的にではなく、だらりと垂れた時計のように行きつ戻りつ歪んで思えてきたということなのかもしれない。いずれにしても、読後しばらくは、それこそ「肉片のごと」生々しく心に引っかかって離れない句ではある。遺句集『天樂』(2008・非売)所収。(清水哲男)

シナリオ通りにドラマチック、に生きた人間なんていやしない。最近如何に老後(現在)を生きていけばいいのか、またどうすればカッコよく死ぬことが出来るかなんて、馬鹿なことを考えることがある。

70歳代になると、同級生の訃報がいやに気になり寂しい思いがする。ここまで人生を懸命に走ってきて倒れてしまい、起き上がれない。手を貸してやりたいが、自分も犠牲になって共倒れになってしまう。これは人生の闘いである。

しかし、人間の欲望とは限りがない。具合が悪いところがあったら、医者に掛かって治そう、検査して悪いところを見つけて、早めに治療して一日でも長く生きられるように考える。

いまは、世界一の長寿国となってしまった。まあ・・そのことで、医療・介護・家族の絆が大きな問題となってきている。そして地域社会でも過疎化が進み、老人ばかりの限界集落となってしまう。いわゆる政治では解決しない、社会構造の問題となって来た。

ところで、最近テレビは雑誌などで、葬式しない、墓地はないなどのお金の掛からぬことで実例があって話題になっているようだ。確かに、墓地の開発・後世までの維持管理・葬儀費用などが問題となってくる。

家に仏壇がない、位牌もない、あるのは遺骨をプレートにしてしまい、日に当たる窓際に常置して置くという家族の紹介を観た。

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2008年11月 9日 (日)

遊びのつもりが大変な事に・・・

24191以前会社で厚生課に在籍していた事がある。仕事は、寮・社宅担当であった。社宅のお風呂があって、年配のご夫婦に住み込みで働いていただいた。入浴券を発行したのだが、大人・中大人(ちゅうどな)子供入浴券を発行していた。

中学生は、ちゅうどなである。腕力・身体は大人に近い、しかし判断力が未熟である。思春期であり、冒険心があっていいと思うが大人から見れば危ないところばかりである。

しかし、死ぬかも知れない行為を、遊びだからと言って判断できないのは恐ろしい事だ。死んでも生き返る?なんて考えてはいないだろうが、こんなことで、尊い命を落とすとしたら、親は悲しく、残念だ。

NHKweb・・・8日、宇都宮市の小学校の校庭で、同級生と砂場に埋まって遊んでいた中学生が、気分を悪くして意識不明の重体となり警察は当時の状況を詳しく調べています。

事故があったのは宇都宮市大谷町にある城山中央小学校の校庭の砂場で、8日午後5時半ごろ、砂遊びをしていた城山中学校2年生の13歳の男子生徒がぐったりしているのを、近くを通りがかった女性が見つけ消防に通報しました。

消防の救急隊が駆けつけたところ男子生徒は校庭にあお向けに倒れ口に砂が入っていたということで、男子生徒は病院に運ばれましたが、意識不明の重体だということです。

警察の調べによりますと、この男子生徒は、8日午後3時すぎ、同級生5人と砂場に来て「砂風呂遊び」と称して、深さ70センチ程の横長の穴を掘り4人で並んで座って、首の下まで砂に埋まって遊んでいたということです。

このあと、3人は自力で砂から出ましたが、男子生徒が砂の中でぐったりとした様子だったため同級生たちが引き上げたということで、警察は同級生などから事情を聴いて、当時の状況を調べています。

城山中学校によりますと、この男子生徒など6人は部活動のあと、現場の砂場で遊んでいたもので、6人のうち3人がこの小学校の卒業生だということです。

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何だか凄い、これは夢では終わらせたくない

Mammoth1マンモス復活に道 クローン新技術によって、

FjiSankeiBusinessui・・・16年間冷凍保存されていた死んだマウスの脳組織から、生きたクローンマウスをつくることに理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の若山照彦チームリーダーらが成功し、米科学アカデミー紀要電子版に発表した。

マウスのクローン技術は確立しているが、冷凍死骸(しがい)からの成功は世界でも初めて。永久凍土に近い零下20度で保存したもので、若山さんは「凍土から発掘されたマンモスなどの絶滅動物を復活させる技術に将来つながるかもしれない」としている。

研究チームは、冷凍マウスの脳組織をすりつぶして細胞核を取り出す技術を開発。これをマウスの卵子に入れるクローンの手法で胚(はい)性幹細胞(ES細胞)をつくり、さらにこの核を別の卵子に入れて雌のマウスの子宮に戻した。4匹が正常に生まれて成長し、生殖能力があるのも確認した。

絶滅動物の復活には、死骸から採取した精子を現存する近縁動物と交配させるアイデアが古くからあるが、クローン技術を応用すれば純粋種をつくることができる。若山さんは「マンモスのクローンの場合、ゾウの卵子を利用する方法が考えられる。技術的課題は多いが原理的には可能だ」と話している。

Wikipedia=マンモスMammoth)はゾウ科マンモス属に属する大型の哺乳類の総称である。現生のゾウの類縁にあたるが、直接の祖先ではない。約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していたとされる。

全長3.2mに達することもある巨大な牙が特徴である。日本では、シベリアに生息し太く長い体毛で全身を覆われた中型の毛長マンモス(Mammuthus primigenius)を指す場合が多いが、実際にはマンモスは大小数種類あり、シベリア以外のユーラシア大陸はもとより、アフリカ大陸・アメリカ大陸に広く生息していた。特に南北アメリカ大陸に生息していたコロンビアマンモスは、大型・短毛で且つ最後まで生存していたマンモスとして有名である。現在は全種が絶滅している。

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お酒の好きな首相

Center171「立ち飲み」に通っていた麻生首相 「俺は安くてウマい酒が飲みたいんだ」

吉田茂元首相の孫という麻生太郎首相の福岡の豪邸3万坪の広大の敷地にゴルフ場があるという、外からは高い塀で見えないが・・・。どう見ても、お坊ちゃんというイメージは拭いきれない。

J-castニュース・・・連日のホテルバー通いが物議を醸している麻生首相が首相就任以前に通っていた立ち飲み居酒屋がある。日本酒にはこだわりがあって、熱燗好き。大吟醸のような高級酒はダメで、「俺は安くてウマい酒が飲みたいんだ」と言っていたそうだ。

しかし、幾ら庶民感覚を肌で感じたいと言っても、一寸居酒屋で、取り巻きを引き連れて飲んだからとて、感覚は味わえないだろう。どう見ても生まれも育ちもお坊ちゃんである。酒はかなり好きそうであるが。

最近、歯切れの良さが持ち味である麻生太郎首相の発言がここにきて、ちょっとスッキリしない。定額給付金や消費税などの重要政策で基本方針に言及し、政府・与党内から意見が出て軌道修正を迫られるケースが目立つ。

早期の衆院解散を視野に見切り発車で発言した要素があるほか、「選挙の先送りで首相や党幹部の緊張感が薄れた」との指摘もある。

「いろんな意見が出され、結構だと思いますけどね」。首相は7日夜、総額2兆円の定額給付金の配分方法や所得制限の有無などを巡り、閣内からも異論が多い点を記者団に指摘されてやんわり受け流した。

首相が表明した「全世帯への給付」はその後、「所得制限付き」へと変更され、現時点でも調整はついていない。

高額所得者は、ご遠慮していただくという。何だかどう線引きえをしたらいいのか、ややっこしい理屈になった。この辺からも、お坊ちゃまの感覚が抜け切らない証拠だと思う。

本当の国民の目線での政策は、何かを見極めることが出来ない。

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ボランテアをしながら

今日の名言

すべて物事を間に合せにするのはよろしくないが、わけて飲食において最もよろしくない。

袁枚『随園食単』

24351生きるの大好き冬のはじめが春に似て池田澄子

詩人の入沢康夫がむかし、「表現の脱臼」という言葉を使っていました。思いのつながりが、普通とは違うほうへ持っていかれることを、意味しているのだと思います。もともと創作とはそのような要素を持ったものです。

それでも脱臼の度合いが、特に気にかかる表現者がいます。わたしにとって俳句の世界では、池田澄子なのです。読んでいるとたびたび、「読み」の常識をはずされるのです。それもここちよくはずされるのです。

「生きるの大好き」と、いきなり始める人なんて、ほかにはいません。特に「大好き」の「大」が、なかなか言えません。もちろん内容に反対する余地はなく、妙に幸せな気分になるから不思議です。

生死(いきしに)について、どのように伝えようかと、古今の作家が思い悩んでいるときに、この作者はあっけらかんと、直接的なひとことで済ましてしまいます。では、なんでも直接的に対象に向かえばよいのかというと、それほどに単純なものではなく、ものを作るとは、なんと謎に満ちていることかと思うわけです。

ともあれ、読者としては気持ちよく関節をはずされていれば、それでよいのかもしれません。『角川俳句大歳時記 冬』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

人間には甘えというものがある。誰かにより架かって生きている人間がいる。自分は何時も助けられて生きていることを忘れてしまって、自分の力で生きていると錯覚している。そういう人間が多すぎる。こういう人の集まりが町であり、市であり、国がある。

そういう我儘な人間が多いと、どんな事になるかは、説明しなくとも分かる。人間関係は、ギスギスして、誰も信頼できないで、人の足を引っ張りあって、弱いもは、生きられない社会となってしまう。

昨日ゴミ拾いをしながら、毎日道路をゴミ捨て場、歩いても、動いている車の窓からも棄てる。そのままにしていたら、ゴミの山となってしまう。このままで、世の中でいいのか、誰かが掃除をしてくれると思っているのでは困るのである。

話はそれたが、生きるのが好き、そしてこの町が大好きと思える環境は人が信頼できる絆があって始めて喜べることである。この町で生きるのは、皆で協力しあって生きることだと思う。

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2008年11月 8日 (土)

秋惜む

09_12801秋もいよいよ終わりか・・・と言うよりは、身体も気分も全く季節に同調していない。現代の慌しさ、ふと気がつけば、秋も終わり、冬になっていた。と去りゆく秋を愛惜する思いもないまま何とも勿体無い。

花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に 小野の小町

桜の花の美しさは、長雨が降る間に、むなしく褪せてしまったなあ。私の容色も、世の中を生きて物思いに沈んでいる間に、むなしく衰えてしまったなあ。

日本人にとっての春・秋は特別だったのである。春を待ち、春を惜しむ。秋を待ち、秋を惜しむのである。こういう心にゆとりを持ちたいものである。

冬支度(ふゆじたく)

朝晩の冷え込みが気になり出す頃になった。冬に備えと言っても北国や大雪に見舞われない東京地方では、着るものの入れ替えぐらかも知れないが、暖房機器の準備なども該当しよう。しかし、我が家ではエヤコン使わない。だから、コタツを出すぐらいかなあ・・・。

冬支度の内容は大きく様変わりをしてしまい、冬を迎える節目という意識も薄れ、冬支度は日常化しつつあるようである。

   冬支度 鴎もとほる 村の空  大峯あきら

鴎もとほる村」というのだから、掲句の冬支度は当然都会のものではない。薪を割ったり、障子を貼り替えたり、北窓の目張りをしたり、あるいは箪笥の衣類を冬物に入れ替えたりしているのかも知れない。ある家では松の手入れもしていることであろう。そして空には渡り鳥を見ることが出来る。渡り鳥といえば、一般的には雁や鴨、鶴などを指す場合が多いが、掲句の村は鴎の通りみちにも当たるらしい。鴎の向かう先には海があるはずである。冬支度をする村のたたずまいがよく見える句である。

  きつつきや 落ち葉をいそぐ 牧の木々 水原秋桜子

きつつきがこつこつと木をつつく音が聞こえる。それに合わせるかのように、牧場の木々がしきりに葉を落としている。 季語:きつつき(秋)・・・・落ち葉は冬の季語

これは有名な句であるが、現代の忙しい世の中にちょっとかぶせて見ると面白い。しかし、短い人生、もっと余裕を持って生きたいものだ。

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再生のカギ「IMV」「環境」

Katidoki181金融危機を世界を被う、企業はどう対処するかは、指導者の洞察力・決断力の実力でサバイバルに勝ち残れる。パナソニックが三洋を子会社化する。主は狙いは、「環境」に関係し「電池」の太陽であったり、リチューウムの開発である。

電気メーカーの合併は今後も考えられるが、基本は「環境」であることは間違いない。世界のトップメーカーのトヨタ自動車が大きく営業利益を減少させている。再生はやはり「環境」であり、振興途上国などの需要に対応する「IMV」の開発である。

FujiSankeiBusineesi・・・より、日本の製造業を代表するグローバル企業のトヨタ自動車の拡大路線に急ブレーキがかかった。6日発表した2009年3月期の営業利益予想は前期比73.6%減の6000億円、世界販売台数(連結)見通しも前期実績より67万台減の824万台に下方修正した。金融危機の影響による世界的な需要減と急激な円高によって、当初見通しに比べ営業利益が1兆円吹き飛んだ計算だ。下期もほとんど営業利益が出ない「緊急事態。いまだかつて経験したことのない厳しい環境」(木下光男副社長)が続く。トヨタ再生の処方箋はあるのか。

 ■新興国需要も鈍化

トヨタの誤算は、金融危機の傷が深い欧米だけでなく、頼みの綱だった新興国需要も鈍化したこと。9月の中国の販売実績は、前年同月比7.3%増の4万9000台。かろうじて前年水準を上回ったが、1~9月累計が前年同期比24%増だったことからすれば、減速感は鮮明だ。輸出主導で好業績を続けてきたトヨタの苦境は、日本の製造業全体の苦悩を象徴しているが、危機克服のカギは何か。

経営コンサルティング会社ATカーニーの川原英司シニアアドバイザーは特定市場に依存するのではなく、「世界中に散らばる成長国に競争力のあるクルマを効率的に供給し、多くの国で販売台数を少しずつ積み上げる手法が有効」と強調。その布石は、すでにトヨタの手中にあると指摘する。

それは、複数の海外拠点がエンジンなどの主要部品や完成車を相互に供給し合う04年始動のプロジェクト「IMV(革新的国際多目的車)」だ。

IMVは、1つの車台を共有して新興国の多様なニーズに即応。現在、ピックアップトラックとミニバン、SUV(スポーツ用多目的車)の3タイプを日米を除く各国に供給。主要な生産・輸出国はタイや南アフリカなど5カ国だ。IMVで生まれた世界戦略車の1~9月実績は、生産が57万3000台(前年同期比13%増)、販売が53万7000台(8%増)。需要や為替変動に収益を左右されないIMVに絞ってみると、一定の競争力を死守している。

 ■研究開発費は維持


一方で、トヨタは大幅減益でも今期の研究開発費の下方修正は見送り、9200億円と前期並みを確保する。経営環境が悪化し、燃費基準や排ガス規制の厳格化で開発負担が増す中で「プロジェクトを精査し、成長に不可欠なところに重点投資する」(木下副社長)方針だ。

世界的に需要減が続くとはいっても、ハイブリッド車や小型車への需要シフトは加速するとみられる。「全方位の環境戦略」は回復に向けた最大のキーワード。なかでも次の成長を牽引(けんいん)する環境技術として重視するのが、家庭用電源で充電できる「プラグインハイブリッド車(PHV)」で、09年末の実用化に向けて日米欧で試験を展開中。

次世代事業の育成も急務だ。トヨタは車載用電池の開発・生産でパナソニックと連合を組む。パナソニックはPHVなどの次世代環境対応車に使う基幹部品「リチウムイオン電池」で最大手の三洋電機の買収に動いており、三洋とも関係が深まれば、トヨタにとっては“渡りに舟”。将来「エンジンに取って代わる」(業界関係者)可能性のある電池ビジネスで主導権を取れば、新たな収益源になるのは間違いない。

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匂いの記憶

今日の名言

ああ寒いほどひとりぼっちだ!

井伏鱒二『山椒魚・遥拝隊長 他七編』

08iwakisan_zinzya11二の酉の風の匂ひと思ひけり 佐藤若菜

毎年一の酉は、朝のテレビのニュースにもなる、今年は十一月五日。二の酉が十七日、三の酉まであって二十九日、そして一の酉と二の酉の間に立冬。

風がかおるといえば、緑の頃のすがすがしさをいう薫風だが、この句は二の酉の頃の風、冬を実感し始める風だ。冬の匂いというと、子供の頃使っていた、ブルーフレームという石油ストーブの匂いを思い出す。

今はストーブは使っていないが、少し前まで近所にあったラーメン屋の前を通ると、真夏でもなぜか灯油の匂いがして、炎天下汗をふきながら、そのたびにふと冬を思い出した。

匂いの記憶というのも人それぞれだろうなと思いながら句集を読んでいたら三月の森の匂ひをまとひ来し〉。

二の酉の風の匂ひ、三月の森の匂ひ。その具体的な叙し方が、匂いの記憶を呼び起こし、読み手の中に季感をもたらしてゆく。『鳥のくる日』(2001)所収。(今井肖子)

匂いの思い出というと、今は野外で焚き火はしないが、今の季節落葉をはいて農家の庭の片隅で炊いたものだ。そして焼き芋である。枯葉燃えるけむりのなかから、芋の焼けた匂は忘られない。

そういえば、昨日コスモスの花が咲いている道を歩いていて、すれ違った女性がいた、すれ違った時は、気にしなかったが、香水をたっぷりつけていたのだろう。通り過ぎてから、強烈な匂いに、思わず振りかってしまった。だからアレ、 どんな顔の人か記憶にない。後ろ姿で年齢を想像するしかない。

しかし、混んでいる電車の中で、香水の匂いで気分が悪くなることがある。公衆の中では、控えめにいてもらいたい。自分ではいいと思っていることかも知れないが、迷惑している人もいることを、考えてほしい。

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2008年11月 7日 (金)

『おふくろさん』の歌

1231森進一がようやく『おふくろさん』を歌えるようになった。

原曲にないセリフを勝手につけて歌っていたことで、作詞した故・川内康範さんの逆鱗に触れ歌うことを禁じられていた。その川内康範さんは、歌唱を禁じたまま今(2008)年4月、亡くなられた。森進一が再び歌えるようになった背景に何があったのか、番組が取り上げていた。

芸能デスクの前田忠明によると、川内康範さんは生前「ちょっとやり過ぎたかな~」と語っていたという。

そんな意向を汲んで「仲介役」に立ったのが、川内康範さんの長男の飯沼春樹弁護士。飯沼弁護士は昨日(11月6日)、森進一も同席して行われた記者会見で、心境を次のように語った。

「このまま、いつまでも封印しておくのはよくない。川内康範自身、振り上げたコブシを、機会がなくて降ろせなかったのではないか……。川内康範の胸の内をおもんぱかって、私が封印を解く決断をいたしました」 封印を解いた背景には、次のようなこともあったという。

『おふくろさん』を他の歌手に歌わせたらという話が持ち上がっても、生前の川内康範さんは他の歌手には「歌わせたくない」「歌わせない」と頑なに拒んでいたというのだ。

ただ飯沼弁護士は、封印を解くにあたり森進一には「原詞で歌うこと」という条件をつけたという。

これに応えて森進一も「『おふくろさん』は自分の人生の一つ。これまで以上に心をこめて歌いたい」とで、森進一は何時、どこのステージで歌い始めるか、に関心が移ってきた。

「やっぱり大晦日のNHK紅白で」と見方の人は多いと思う。

だが、森進一は、この歌は「森進一の歌になっている」と公言していたことが更に怒りを強くしてしまったという人がる。確かに、曲があって・詩(台詞)があって、歌えるのであって、歌手は3番目である。この曲のお陰で、今の森進一があるのは事実である。このことは絶対に忘れてはなるまい。

五木ひろしと山口洋子(横浜たそがれ)も同じだ。

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前次官実刑 防衛省体質の再点検を

Jaz41マンモス組織は、最高責任者にはチエック機能は、働かなかったのか、霞ヶ関にはこういった類の犯罪は、他の部署にもあると国民は不信を抱かざるを得ない。前防衛事務次官の守屋武昌被告の逮捕時に、襟を正し、信頼を取り戻すために全力を尽くすと言っていた方は・・・。極最近、話題を呈した田母神俊雄・前航空幕僚長の論文であるが、何と300万円の賞金がでたと言う。さらに、このある民間の募集に78人応募した防衛省の人間がいたそうだ。

防衛省の基本的なシビリアンコントロールの機能?、まったく自衛隊そのものを、勝手な解釈で、判断されては日本の航空自衛隊きはダッチロール、防衛の意味が失せてしまう。反国家策略者が潜在しているのではと疑念は晴れない。したがって、厳しく断罪されたのは当然だ。そして、防衛省体質の再点検をすることである。

東京新聞社説・・・前防衛次官守屋武昌被告に実刑判決が出た。納入業者との癒着が厳しく断罪されたのは当然だ。チェックできない組織の問題でもある。再発防止はできるのか。防衛省の体質の再点検を望みたい。

業者丸抱えの旅行や、長年にわたる妻同行の接待ゴルフ。さらに長男の借金返済目的で、次女の留学費用で…。まさに「家族ぐるみ」の様相で、計約千二百五十万円もの巨額なわいろを受け取っていたのだ。

国家公務員倫理法や自衛隊員倫理法ができたとき、守屋被告は官房長だった。事務次官のときは、「倫理監督官」でもあった。収賄事件はその時代のことだ。頂点まで上り詰めた“大物次官”に対し、東京地裁は「規範意識の乏しさに驚きを禁じ得ない」と、厳しい言葉を用いた。

次期輸送機CXエンジンなどの防衛装備品をめぐり、業者に便宜を図っていたのだから、悪質というほかはない。「国家の存立にかかわる防衛行政の根幹を揺るがせた」とし、懲役二年六月の実刑を下したのも、事態の重大性、深刻性を判断したためだろう。

防衛装備品の調達では、メーカーに価格を問い合わせるなどの改革に手をつけてはいる。だが、兵器の価格自体が、不透明そのものだ。さらなる適正な調達の在り方を模索してほしい。

不正の背景には、四年もの長きにわたり、次官として君臨したおごりもあったろう。公務員に対する国民の信頼をも傷つけた罪は重いといわざるを得ない。自衛隊を統括する地位にある事務方のトップが、腐敗していたのでは、文民統制の上でも示しがつかない。

文民統制が危ういことは、田母神俊雄・前航空幕僚長が、政府の基本方針を無視し、侵略戦争を正当化した論文を発表したことにも表れている。更迭といっても定年退職扱いで、反省の弁もない。

守屋被告はまさに公務員の資質が断罪されたが、今なお背広組も制服組も、視の届かない部分で“暴走”しているのではないか。そんな懸念が残る。防衛省の体質そのものに、さらなる点検が求められよう。

防衛汚職事件では当初、「政・官・財」のかかわりが指摘されていた。再発防止に欠かせ政府や国民の監ない、その暗部の解明はいまだ不十分、という印象もぬぐいきれない。

その後も防衛省で続発している不祥事をみれば、守屋被告の悲願だった「省昇格」も、時期尚早だったと言いたくなる。

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日本も「チエンジ=change」しないと

Hiroshima101アメリカの大統領が「チエンジ=change」を掲げて、僅か議員暦4年というオバマ氏に決まった。一国で世界を支配しようとする開拓魂の志は、方向転換し、堅実な国家を目指すとの方針のようだ。保護貿易・テロ対策にそれなりの対等の負担などが要求されるだろう。

同盟国としてのアメリカは、ブッシュ大統領との違いは明らかである。日本もこの機会に考えを変える必要に迫われることになる。日本とアメリカの利益のためだ

旭新聞社説・・・どなたが大統領になられようと、50年以上の長きにわたり培ってきた関係を維持していく」。米国の次期大統領にオバマ氏が当選したことについて、麻生首相はこう感想を述べた。

これは、のんきすぎないだろうか。祖父の吉田茂元首相の時代から日米関係は外交の基軸だったのは事実だし、それを保ちたいと思うのは当然だが、「ブッシュ後」の米国が、そして世界が大きく変わろうとしているという鋭敏な時代認識が感じられない。選挙中、オバマ氏が発したメッセージを思い出してみよう。

突出した軍事力を背景とした単独行動主義の誤り。他国を単純に敵か味方かに分けてしまう二元論的な外交の浅薄さ。対話や国際協調、多国間外交の重要性……。さらには、小泉元首相以来、安倍、福田、麻生の歴代首相の政権が支持してきたイラク戦争への反対を主張していたのではなかったか。

冷戦後、そして9.11テロを経た世界が米国の一極支配と呼ばれる様相だったのは確かだ。その中で日本の歴代政権は日米同盟の重要さを強調し、米国に寄り添うことが日本の国益にかなうと言ってきた。「日米関係が良ければ良いほど、アジア諸国との関係もうまくいく」と語った小泉氏の発言はその象徴である。

だが、その米国の次期大統領が一極支配型の外交からの脱却を語る。イラク戦争とテロとの戦い、押し寄せる経済の危機を思えば、そうせざるを得ない世界の現実があるということだ。日本政府にとっては、ハシゴをはずされた感があるに違いない。あれほど無理を重ねて自衛隊をイラクに派遣したのに、この戦争には反対だったと米国の指導者に言われてしまうのだ。

開戦の大義が失われたことや戦争の誤算が判明した時にイラク攻撃への支持表明を修正していればまだしも、こだわり続けたつけが回ってきた。むろん、米国との関係が日本外交の基軸であることは今後も変わらない。だが、とにかく米国の戦略に付き従うことが自動的に国益にかなうと言い張れた時代は過ぎ去ろうとしている。

いや、米国自身が自らの再生と世界の立て直しのために、同盟国や友好国の力の発揮を必要とする時代がやってくる。アフガニスタンやイラクの再建から核拡散の抑止、温暖化への対策まで、各国ができることで力を合わせる。そうしたイメージだろうか。

米国と協調しつつ、日本も独自の主張と行動を組み立てていかなければ国際的な発言力を確保できない。その意味ではオバマ時代の世界には、日本の外交力を発揮する絶好の機会が開けていると見るべきだ。この50年と同じ日米ではなく、新しい日米協力を築く気概を日本の政治に求めたい。

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蟹漁解禁

今日の名言

ラディカル(Radical=急進的)であるとは、事柄を根本において把握することである。だが、人間にとっての根本は、人間自身である。

マルクス『ユダヤ人問題によせて・ヘーゲル法哲学批判序説』

05detohama11秋風や甲羅をあます膳の蟹 芥川龍之介

詞書に「室生犀星金沢の蟹を贈る」とある。龍之介と仲良しだった犀星が越前蟹でも贈ったものと思われる。夏の蟹のおいしさも侮れないけれども、秋風が吹く向寒の季節になると、蟹の身が一段とひきしまっておいしさを増す。食膳にのった蟹は大きいから、皿からはみ出してワンザとのっている。

越前蟹は脚が長いので、甲羅が大きければなおのこと大きい。蟹の姿がいかにも豪快な句である。外は秋の風が吹きつのっているのだろうが、視線は膳の上にのった蟹に注がれて釘付けになり、思わず「おお!」と感嘆の声をあげているにちがいない。北陸の秋の厳しい海のうねりが、膳の上にまで押し寄せてきているようだ。

贈り主に対する感謝の思いもそこに広がっている様子が、「甲羅をあます」に見てとれる。同時に「・・・・あます」の一語によって、まだ生きているかのように蟹のイキのよさも感じられる。蟹をていねいにほじりながら、犀星のことを思ったりして、酒も静かに進む秋の夕餉であろう。私事で恐縮だが、新潟の寺泊へ出かけると、必ず蟹ラーメンを好んで食べる。

ズワイガニがまたがる姿で、ワンザとのったラーメンが運ばれてくる。食べる前にしばし目を細めて堪能する一時はたまらない。龍之介の句も、まずは堪能しているのだろう。秋風といえば「秋風や秤にかゝる鯉の丈」という一句もならんでいる。

いずれも、食べる前に目でじっくり味わって、「さあて、食うぞ!」という気持ちが伝わってくる。『芥川龍之介句集 我鬼全句』(1976)所収。(八木忠栄)

今日は立冬である。昨日北陸の漁港から山陰地方の冬の風物詩ズワイガニ蟹の解禁で、水揚げの様子がテレビ中継があった。今年は燃料価格が高騰して、大変な事と、サプライムローンで、景気が冷え込んでいて、売り上げが悪いという事で漁民の深刻な顔が映しだされていた。

しかし、漁業に携わる方、観光に関係する旅館や料理屋さんは大変であると思うが、高級食材の蟹をどうしても食べなくても別な食材で賄えばいいのであって、仕方がない。まあ冬の北陸といえばカニ料理ときまっているが、いま、景気は、世界中に広がって、中小企業は倒産・自己破産などの嵐が吹き荒れている状態である。

どちらかといえば贅沢食材である。はっきり言って食べなくても生きて行ける。ここまで言ったら身も蓋もないか・・・。言いたいのは、日本中景気は冷え込んできてしまったと言う事である。

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2008年11月 6日 (木)

高齢化と先の読めない社会

287_field111普通の人が突然、「認知症」になる。高齢化社会はどんどん進む、先が読めぬ不確定な社会で不安になる個人の将来の生活、俳優の長門裕之というスター夫婦の“老老介護”の現実と愛の絆に密着した内容で、22.9%の高視聴率を記録したという。介護・医療の安心保障は薄れていく、身内にも、誰にもに頼りに出来ない、逃げ場のない現実は深刻だ。政治が解決するしかないのか?

俳優の長門裕之(74)が、結婚47年を迎えた妻、南田洋子(75)の認知症について語り始めた。3日、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演、介護について涙ながらに打ち明けている。

長門によると、3年前から南田に物忘れの症状が出始めたという。「洋子がすべてを忘れていく中で、2人きりの生活を楽しく過ごし、最後に『楽しかった』と思わせて2人で(人生を)まっとうしたい」。振り絞るように告白する長門に、南田と同じ年の黒柳徹子も、もらい泣き。

長門は介護がしやすいように、と長年住んだ豪邸を売り、暮らしやすいマンションに引っ越したといい、「洋子への恩返し。男として夫として充足感がある」と振り返っている。

南田の認知症については2月に「週刊女性」で、南田の記憶が薄れていき、深夜に徘徊することや、排せつ物の世話を長門が引き受けていることを告白。9月14日放送のフジテレビ系「ボクらの時代」でも弟の津川雅彦(68)、めいの真由子(34)と3人で出演。長門は「妻に何もしてこなかったが、今は、介護が必要となった妻の世話ができてよかったと感じている」と話している。

介護費用の捻出も大変だ。長門は、18日公開の映画「夢のまにまに」に主演、津川が監督した「次郎長三国志」にも出演するなど俳優活動に再び力を注ぐ。演技力に定評があるベテラン俳優とはいえ、津川の後押しが頼みの綱だ。

芸能界きってのおしどり夫婦といわれた長門と南田は1961年に結婚。南田は長門の父(俳優の沢村国太郎さん)の介護を15年近く続け98年には当時を振り返った著書も出していた。その南田を長門が介護するとは、なんという運命の巡り合わせか。

マンション住まいに切り替えるも、会話が成立せず、時に妄想を口にするようになった南田を長門が献身的に看病する“老老介護”の現実に迫った同番組。かつて長門の父で俳優の沢村国太郎を介護した経験を持つ南田が介護される側になるという悲しい現実を長門は「同じ状況に苦しむ人達の励みに少しでもなれば…」とTVで放送することを決意し、多くの視聴者の胸を打った。

記憶障害になった妻・南田洋子を献身的に看病する夫・長門裕之というスター夫婦の“老老介護”の現実と愛の絆に密着した内容で、22.9%の高視聴率を記録したことがビデオリサーチ調べでわかった。

同番組では、今後も長門・南田夫婦の様子を追った続編や、「先天性四肢欠損」という障害を抱えながら、パラリンピック金メダルを目指すスイマーなどを放送していくという。

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退職金返納求める 防衛相

386351

                                 防衛省の田母神(たもがみ)俊雄前航 空幕僚長(60)=3日付で定年退職=が、先の大戦に関し政府見解と異なる内容の論文を投稿して更迭された問題で、浜田靖一防衛相は6日、田母神前幕僚長に退職金の自主返納を求める考えを示した。

公明党または、与党の中でも異論はないのか、民間会社に当てはめれば、会社トップの方針に逆らう言動があれば、会社では不要人間で即、懲戒免職扱いだ。しかし、今までの政府見解を十分知り尽くした人間で航空自衛隊のトップにいた人が、こういう考えでいたと驚きである。

日本は民主国家である。国民ひとり一人の主張はあっていいと思うが、立場をわきまえないといけない。この論文は日本政府に挑戦しているようなものである。もっと言えばクーデターを起こしかねないいわゆる政府にとっても、大多数の国民から見ても、危険な考えであるとみなされても仕方がない。村山談話に遡って、ここまで言うのか、こんな分別もつかない幼児的発想の人物に退職金は、不要だ。返納要求は当然だ。

政府与党でも疑問を呈しているようだ。5日時事通信web・・・公明党の北側一雄幹事長は5日午前の与党幹事長・国対委員長らの会談で、日本の過去の戦争を正当化する論文を書いて更迭された田母神俊雄前航空幕僚長を防衛省が定年退職としたことについて、「あのまま退職金を渡していいのか。退職という格好になっているが、懲戒免職でなくていいのか」と述べ、同省の対応に疑問を呈した。

政府・与党幹部で、田母神氏を退職扱いとした防衛省の判断を批判したのは北側氏が初めて。この後、自民党の大島理森国対委員長も国会内で開かれた党正副国対委員長会議で、「前空幕長の退職金の問題は、国民感情としてやっぱりすっきりしないところもある」と同様の考えを示した。 

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甲虫の同性愛行為、繁殖に影響していた

Top_image1コクゾウムシと言うと、昔は米びつに長く置くと発生していた事があった。その繁殖はどういうプロセスなのか分からなかったし、知ろうともしなかった。ただ長く置くとコクゾウムシが出てくるよしか、覚えていない。ただ、取り除けば、ご飯に炊けて、害は気にしなかったようだ。一寸酷かったのは、くもの巣のような糸状に何匹も固まっていた事だ。

虫が出てしまった米はお袋が、虫を取り除いて、日に干していたことを思い出す。

web・・・体長 3ミリ程度 体色 赤褐色 被害
米の表面に卵が産み付けられ、幼虫は米の胚の部分や糠の部分を食べて成長する。成虫は米の胚を中心に食べながら1年もの間生存する。特に玄米の被害が大きい。 
防除方法
米びつの中に糠がたまらないようにする。7分づき米、玄米の場合は特に注意して清掃を行い保管する。

Yahoo! webで、興味のある記事があったので記して見た。(コクゾウムシに良く似ているコクヌストモドキの研究である)

コクヌストモドキという甲虫のオスは同性愛行為に及ぶことがある。この行為によって、実際には繁殖の機会が増えていることが新たな研究で明らかになった。

 コクヌストモドキ(Tribolium castaneum)は小麦の害虫で、温帯地域に広く生息している。この虫の同性愛行為自体は、数十年前から指摘されていた。だが、その理由については、進化の観点から見て説明のつかない謎として残されていた。進化の理論に基づけば、オスはメスとの生殖行為にエネルギーを集中するはずだからだ。

 アメリカ、マサチューセッツ州メドフォードにあるタフツ大学の進化生態学者で、研究を率いたサラ・ルイス氏もこの点に着目した。「コクヌストモドキのオスは繁殖につながらないような行為に多大な時間を費やしている。何か理由があるのか、突き止めるために実験に着手した」と同氏は語る。

 この研究は「Journal of Evolutionary Biology」誌に掲載されている。

 同性愛行為はほかにも昆虫、ペンギン、霊長類などで行われることが知られている。理由についてはさまざまな仮説も提唱されてきた。メスとの交尾の前にできるだけ練習を積んでおくため、劣化した古い精子を事前に排出しておくため、ほかのオスに対して社会的に優位であることを誇示するため、などといった考えが出されている。

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新嘗祭とは

今日の名言

結婚というものは、男子の魅力がどうのこうのといったことよりは、男子の思慮分別の有る無しのほうが、ずっと大事な問題なのよ。

マリヴォー『愛と偶然との戯れ』

05sikotuko31立冬のクロワッサンとゆでたまご 星野麥丘人

クロワッサン、と聞くと私などは長年親しんだ女性雑誌の名前が思い浮かぶ。ちょっと小粋なパンの名前が醸し出すおしゃれなイメージに期待して命名されたのだろう。確かにこのパンの名前にはアンパンやメロンパンとはひと味違うよそいきの雰囲気がある。

掲句はもちろん三日月形のパンそのものだろうが、このクロワッサンはおいしそうだ。かさこそ音をたてる落葉道を散歩していると、店先からパンを焼く香ばしい匂いが流れてくる。思わず買ってしまったパンのぬくみを紙袋に感じつつ帰宅。

濃くいれた熱いコーヒーにゆで玉子を添えて朝の食卓を囲む。そんなシーンを思い描いた。パリパリと軽いクロワッサンの感触とつるりと光るゆでたまごの取り合わせも素敵だ。一見何の技巧もなく見えるが、これだけの名詞を並べるだけで立冬の朝の気分をいきいき感じさせている。

この句集には立冬の水族館の大なまず」(「なまず」は魚偏に夷の表記)などの楽しい句もあって、気負いなく寒い冬を受け入れようとする作者の自在な心持が感じられる。『雨滴集』(1996)所収。(三宅やよい)

立冬は7日である。七五三は15日、で勤労感謝は23日であるが昔は新嘗祭で祝日であった。新嘗祭を調べてみた。

新嘗祭(にいなめさい)とは
新嘗祭の語源は「新饗(にいあえ)」と考えられている。新穀を捧げて饗応するという意味である。では誰が誰を饗応するのかというと。それは戦前の新嘗祭の説明にある通り、「天皇が神々を饗応する」のである。

戦後はこの新嘗祭は皇室典範に記載された儀式から外れたそうだが、法的にはこの儀式を行う必要はなくなっても、皇室においては重要な宮中行事として継続されている。
儀式は、23日の夕方から始まり翌日の未明まで行われるという。

新嘗祭の歴史は古く日本書紀では「天武天皇六年(AD 677)十一月乙卯の日」に行った記録がある。日本書紀での記録と言うことでは仁徳天皇四十年にも新嘗祭の記述があるが、まあここまで来ると史実と言うより神話になってしまうので、年代は定かではない。
ただ、十分に古い儀式だと言うことは判る。

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2008年11月 5日 (水)

44代アメリカ大統領誕生

Iwao1702c1アメリカ史上初めての史上初の黒人大統領として当選を果たした。バラック・フセイン・オバマ・ジュニア(Barack Hussein Obama, Jr) 1961生まれ47歳である。

オバマ氏のキャッチフレーズとなった「Yes, we can」(そう、私たちはできるんだ)に代わり、「Yes,we did」(そう、私たちはやったんだ)

読売新聞web・・・アメリカ新時代の幕開けを告げる偉大な風が吹いた。超大国のかつてない威信低下を招いた「ブッシュの8年」との決別を期し、米国民は、民主党の若き黒人政治家バラク・オバマ氏に、米国の変革と再生を託した。

初の黒人大統領誕生は、1776年の独立宣言ですべての人の平等をうたいながら、奴隷制を廃止せずに建国した“原罪”を持つ米国が、232年を経てたどり着いた歴史的道標だ。しかし、それ以上に、2001年の9・11同時テロ、それに続くイラク、アフガニスタンの二つの戦争、そして、「経済の9・11」と言われた金融激震という危機と混迷の複合が、米国民に劇的な政治変革への渇望を生んだ側面が大きい。

米国が悪い方向に進んでいると考える国民は8割に達する。米国の誇る民主主義が、中東やアジアで、恐怖と混乱をもたらすものとみなされ、米国自身、テロとの戦いの中で、人間の自由と尊厳をないがしろにする行為に手を染めた。そんな幻滅と自省が、白人支配の続いてきた米国にあって、「黒人大統領」という未体験の選択を実現させる誘因となったことは否めない。

だが、オバマ氏がこの歴史的選挙を制したのは「黒人だから」ではない。白人を母に持ち、黒人差別撤廃を目指した公民権運動の指導者とも世代が二回り違うオバマ氏は、怒りを捨て、知的でハンサムな黒人として、白人に優しくほほ笑み、端正な発音で希望の言葉を投げかけた。これが白人社会に受け入れられた。何より、人種や性、年齢の差、また、この8年間に亀裂を深めた共和・民主、保守・リベラルという党派の対立を超え、国民全体に手をさしのべたからこそ、アメリカが輝きを取り戻すための最良の指導者と判断された。

一つのアメリカ--すべてを「包含」しようとするそのメッセージは、「(黒人に限らない)すべてのアメリカ人のための、より包括的な21世紀版公民権運動」(ロナルド・ウォルターズ・メリーランド大教授)とも言える。共和党のマケイン陣営が逆に、「真のアメリカ」の結束を訴え、「我々(白人、保守)」と「他者」との区別を図ろうとしたのとは対照的だ。

オバマ氏の呼びかけは同時に、単独行動主義に走ったブッシュ時代の米国に不安を抱き、多極化の様相を濃くする世界への協調と和解のメッセージでもある。

しかし、まだ、オバマ氏の理念は「言葉」だけに過ぎない。氏を待つ現実の厳しさは、歴代のどの大統領就任時と比べても引けをとらない。金融危機の足かせは重く、テロとの戦いも続く。黒人だからこそ、ミスは白人以上に指弾されよう。オバマ氏が掲げた夢が米国を救う「革命」に結実するのか、幻に終わるのか。ドラマの続きはこれからだ。(アメリカ総局長 岡本道郎)

さーて日本どう対応すればいいのか、金融危機・貿易赤字・輸出入での注文などの変換を求めてくるだろう。何れにしても、期待と不安はつきない。

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道徳教育の再構築をしないと

1205661家庭の躾・道徳教育・モラル低下など世間では言っているが、今日もゴミ拾いしながら考えた。拾えど拾えど毎日拾っているが、道路を灰皿・屑篭と思っているのか、モラルなんて糞食らえと言わんばかりの様相である。

一方地球温暖化だの、環境破壊だの、言っているお方が、歩行喫煙禁止看板があるにも係わらず、吸いながら道路を歩いている。注意すれば、何をするか分からない。恐ろしい時代だ。こう言う、世の中に誰がしたと言いたい。

その無責任時代の“悪”の象徴のような事件である。捕まえてみれば「酒を飲んで、無免許だったんで逃げた」これでは遺族は、堪ったものでない。厳罰に処すべしである。しかし、こういった類の事件、道徳観念の腐敗で必然的おきたもである。各方面で道徳教育の再構築をしないと止まらないと思う。

産経新聞web・・・2008年10月21日の未明、大阪・梅田で男性会社員が車にはねられ、そのまま約3キロ引きずられて死亡した。

もうすぐ2人目の父親になる予定だった男性の命を無残にも奪った男は、のうのうと夜の繁華街を闊歩していた。5日、大阪・梅田のひき逃げ事件で殺人などの疑いで逮捕された吉田圭吾容疑者(22)は、事件後行方をくらまし、とび職人からホストに“転身”していた。無免許と飲酒運転がばれるのを恐れ、アクセルを踏み続けた身勝手すぎる逃走と無反省な態度に、「ふざけている」。遺族や関係者からはやり場のない怒りの声があがった。

5日午前3時55分。大阪・ミナミのラーメン店から出てきた吉田容疑者は異様な雰囲気を察知し、いきなり駆け出した。吉田容疑者の顔写真を手に行方を追っていた府警の捜査員たちが待ちかまえていた。しかしすぐに足がもつれ転倒、そこに捜査員が飛びかかった。任意同行された吉田容疑者は当初、ひき逃げ容疑を否認していたという。

目撃情報や物証が乏しい中、捜査が大きく動いたのは1日。犯行車両とみられる乗用車が大阪市此花区で見つかり、所有者の建築会社の従業員だった吉田容疑者が「会社を辞めます」という置き手紙を残して行方をくらましていることが判明した。

「もしかして…」。容疑者の自殺が頭をよぎった捜査員もいたが、結果はまったく違った。曽根崎署捜査本部が知人や元同僚らから事情を聴いたところ、吉田容疑者がミナミでホストとして働いているという情報を入手した。

店名までは分からなかったが、捜査本部は4日夜から5日未明にかけて、捜査員を大量投入。顔写真を頼りに探したところ、午前3時半ごろ、ラーメン屋に入ろうとしていた2人組の1人が吉田容疑者と酷似しているのを確認。別の捜査員も駆けつけ、店から出てくるのを待ち受けていた。

吉田容疑者は逮捕後、「酒を飲んでいた。無免許で捕まるとまずいので逃げた」と供述したが、謝罪の気持ちなど被害者については何も話していないという。

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地域再生は日本再生だ

06oga_toga11政治家が、地方の景気が問題と地方を活気づけることが日本を再生するのだと、力を入れているが、遅々として進んでいない、何かこれも選挙目当てだったか・・・と言いたい。都心から40キロに住んでいる私だが、商店街はシャター通りと化し、独り暮らしの人が増え、街を歩いているのは年寄りばかり、子供は少なくなり、遠くまで行かないとスーパーない。近郊に住んでも過疎化を感じるのだから、もっと地方は大変だと思う。

そして、町をまとめる、町会の行事・環境などの無関心さ・町会役員の選出は、非常に大変である。したがって、議員連中は、掛け声ばかりで、冬枯れに空風が吹き初めている。木戸の戸板を空風が揺らしている。人は家に閉じこもり、静か過ぎて気持が悪い。

本気で、地域再生を考えないと、日本再生はない。

今朝の朝日新聞の社説・・・高齢化と過疎化で町や村はますます住みづらくなり、人口減に拍車がかかるばかり。そんな状況になんとか歯止めをかけようという「定住自立圏構想」が来年度から具体化する。

小さな町や村、あるいは市でも、自前であらゆる行政サービスを提供するのは難しい。それなら人口5万人以上の市を「中心」にして周辺の市町村と協定を結んでひとつの圏域とし、その内で役割分担しようという構想だ。

まず18の圏域で来年度から先行的に取り組む。役割分担の中身は自治体側のアイデアに任せ、総務省が財政面や権限の移譲などで支援する。

中心市に都市機能を集約し、周辺の住民が共同利用することで生活の利便性を高めていく。それによって大都市圏へのこれ以上の人口流出を食い止めようというわけだ。

この構想を提唱した総務省の研究会は、限界集落をはじめ地方で進行する疲弊の深刻さを強調し、「もはや、すべての市町村にフルセットの生活機能を整備することは困難だ」と認めた。横並びから役割の分担し合いへ、発想の転換が必要だと求めた。

総務省の公募に応じた30以上の自治体の中から実施が決まったのは、例えばこんなプランだ。

長野県飯田市などでは、中心市の病院に総合病院の機能を集約し、圏域内の町村には診療所を整備して医師を派遣したり、総合病院には圏域内の住民のための病床を確保したりする医療連携に取り組む。周辺のお年寄りらが中心市に通院や買い物に行きやすいよう、バス路線を整備する。

岡山県備前市と兵庫県赤穂市のように県境をまたぐ圏域もあり、生活実態に合わせることを優先しているという。滋賀県彦根市では、地域の農産品などを使う学校給食センターを中心市につくり、圏域内の学校に提供するという計画もある。

いずれも今、町村に残っている住民の安心や暮らしを考えたものだ。

だが、人口流出を食い止め、さらには逆転させる最大の手だては何といっても雇用、働き場の確保だ。中心市の多くは人口5万~10万人だが、その規模で新たな雇用を生み出すにはよほど知恵を絞らねば苦しいだろう。

この構想の限界ではあるけれど、かといって手をこまぬいていれば地域はさらに衰えてしまう。まずは踏みとどまるための足場をつくることの意味は小さくない。合併しなかった小さな町村も地方分権の権限移譲の受け皿になれるという効用もある。

人口減に財政難、医師や介護の担い手不足など、地方の厳しい現状は一朝一夕に解決できるものではない。分権改革と同時に、自治体の側もそれにあわせて工夫し、変身する。地域の再生はそれなしに進まない。

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月の出・入り

今日の名言

愛は男や女を臆病者にはしないわ。むしろ勇敢に、意志堅固にするものよ。

ニム・ウェールズ、キム・サン『アリランの歌』

Hiroshima101それぞれに名月置きて枝の露 金原亭世之介

仲秋の名月をとうに過ぎ、月に遅れて名月の句をここに掲げることを赦されよ。芭蕉や一茶の句を挙げるまでもなく、名月を詠んだ句は古来うんざりするほど多い。

現代俳人・中原道夫は名月を載せたがらざる短冊よと詠んだ。掲出句は月そのものを直に眺めるというよりは、何の木であれ、その枝にたまっている露それぞれに宿っている月を観賞しているのである。雨があがった直後にパッと月が出た。

この際「名月」と「露」の季重なり、などという野暮を言う必要はあるまい。実際にそのように枝の露に月が映って見えるかどうか、などという野暮もよしましょう。露ごとに映った月、露を通した月は、直に眺める月よりも幻想的な美しさが増幅されているにちがいない。

露の一粒一粒が愛らしい月そのものとなって連なり輝いている。名月で着飾ったような枝そのものもうれしそうではないか。「置きて」がさりげなく生きている。名月の光で針に糸を通すと裁縫のウデが上達する、という言い伝えがあるらしい。

うまいことを風流に言ってみせたものである。世之介は10代目馬生(志ん生の長男。志ん朝の実兄)に入門し、勉強熱心な中堅落語家として、このところ「愛宕山」や「文七元結」などの大ネタで高座を盛りあげてくれている。「かいぶつ句集」43号(2008)所載。(八木忠栄)

昨夜、防犯パトロールをし町内を拍子木を打ち鳴らし、一回りしていた時、異様な大きさに見えた三日月がちょうど前の山の頂上に腰を架ける様に見えた。その辺りがうっすらと明るく、なっているようであった。

つきといえば、最近は日がつまって、釣瓶落としの日暮れと感じるころだ。ところで日の出、日の入りは気になるところだが月の方は、あんまり気にしない。

今日の東京地方は、                                                 日の出 06時07分:日の入 16時43分 月の出 12時04分:月の入 22時18分となっている。

ところで暦では11月7日が立冬 (りっとう) である。

   冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也(暦便覧)

この日から立春の前日までが冬。日は短くなり時雨が降る季節。北国や高山からは初雪の知らせも届き、関東では空っ風が吹く頃。

季節に関係なく、世の中、いよいよ慌しくなる。アメリカの大統領選挙・衆議院解散・総選挙?不景気風と空風が吹き荒れる?その上、鳥インフルエンザが吹いたら、それは大騒動だ。

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2008年11月 4日 (火)

ストレスでの心身症に注意

05oonumakoen11 今の世の中混迷は、予測がつかない不安定さである。精神的にもストレス高まり、疲れも、取れることがない。人は疲労が溜まると、どうしても身体の具合が調子が悪くなるものだ。それは頭痛であったり、肩こりであったり、耳鳴りなどである。

そして、何時も精神的に怒りやすくなり、イライラしたりする。そうして最悪は暴力を働いてしまう人がでたり、自分を追い込んでうつになったり、悪いほうばかり歯車が回ってしまう。

また、変な癖がでて、自分でも不思議だと思うくらいになる。疲れた時に出る妙なクセがある。“ひとりごと”だ。当人は気付いていないのだが、周囲から見るとかなり奇異に見える。そのせいか彼には友達がいない。どうにかならないものだろうか…。

ある精神科医は、「軽い心身症の一種と思われます。忙しい中に身を置きながら、心は休養を欲している。そのかなえられない欲求が、ひとりごとという現象になって現れている。入社3-10年目くらいの忙しいビジネスマンに多く見られる現象です」とのことだ。

ここは早めに休んだほうがよさそうだ。そうすればいずれは友達もできて、ひとりごとではなく、相手のある会話が楽しめるようになりますよ。

「無理するなと、言いながら、無理を言う」以前どこかの会社のトイレに書かれていた落書きだ。最終的には「自己管理」で処理される。死ぬほど頑張っても「過労死」何んて家族にとってこんな結末だけは迎えたくない。

いずれにしても、ますます複雑混迷の社会は避けられないだろう。心している事が肝心だ。

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大麻所持で逮捕相次ぐ

041きっと初めは興味本位だったのだろう。不良っぽく見えてスリルがある。そんな気持ちもあったかもしれない。 だが、許されることではない。

大麻を売買したなどとして慶応大生が逮捕された。大学によると04年以降、ほかに5人の学生が逮捕され、退学などの処分を受けていたという。

大麻の所持や譲渡は、法律で規制されている。今回の学生も知らなかったはずはない。それなのに、よりによって大学のキャンパス内で売買していたというのだから、あまりにも思慮に欠ける。

このところ大麻に手を出す若者が目立っている。つい最近も、同志社大の4年生が大麻草を自宅に隠し持っていたとして起訴された。

アパートのベランダで鉢植え栽培していたとか、種をインターネットで買ったり、山奥や、河川敷の草むらに植えていたりして逮捕された。ニュースは後を絶たない。芸能人・大学生・などがあいついて逮捕されている。そしてロシア人の関取達である。

一度味わってしまうと、中々辞められない、確かに興味・スリル・自己陶酔をためしてみたい、若者の気持から、手を出してしまうのだろうが、はっきり法律では規制があることは承知しているのだろうがついついでは、許される事ではない。

吸っていたか、検査を行えばわかる、使用している人の近くに行き、副流煙で反応が出ることはなからろう。もし出たとするならば、使用していた場所が不適切なところだったと思う。外国で、特にオランダなどはある程度認められているそうだ。注意が必要だ。

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臍(へそ)のこと

今日の名言

時の翼に乗って悲しみは飛び去る。

ラ・フォンテーヌ『寓話』(上)

10247681十一月自分の臍は上から見る 小川軽舟

臍には「へそまがり」「臍(ほぞ)を噛む」など、身体の中心にあることから派生したたくさんの慣用句がある。そして、掲句の通り、確かに自分の臍は、鏡に映さない限り、普段真上から見下ろすものだ。

身体の真ん中にある大切な部位に対して「上から見る」の視線が、掲句にとぼけた風合いを生んでいる。自分の身体を見ることを意識すると、足裏のつちふまずはひっくり返してしか見ることはできないし、お尻は身体をひねってやっぱり上からしか見ていない。

つむじやうなじなど、自分のものであるはずなのに、どうしたって直接見ることのかなわない場所もある。

十一月に入ると、今年もあとたった二ヵ月という焦燥感にとらわれる。年末というにはまだ早いが、今年のほとんどはもう過ぎていった。上から眺める臍の存在が、十一月が持つとらえどころのない不安に重なり、一層ひしゃげて見えるのだった。夜に眠る人間正し柊挿す〉〈偶数は必ず割れて春かもめ〉『手帖』(2008)所収。(土肥あき子)

年を取ったせいか、最近身体のあちこちの部品が具合が悪い、油切れ・磨耗・疵・色あせるなどが、気になって仕方がない。

人間どの部位でも要らないものはない、しかし足が痛くて歩けない時には、もう痛んで仕方ない時は、痛いところから切って棄ててしまいたいと思うことある。切ってどうすると後から思い返すのであるが、しょうないなあ・・・。

臍(へそ)なんか普段は何もあっても無くても関係ない。良く考えてみると臍は身体の中心でにあり、とても大事なところで、人間と人間のコミニケーションの始まりで母親から栄養分を補給してもらって育ったところである。いわゆる命の絆でもある。

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2008年11月 3日 (月)

自殺者のこと

15401景気が落ち込み、不況風と鳥インフルエンザが世界中駆け回る。ひょっとすると何百億人が亡くなるかもしれない?。病気や自然死はある程度諦めはつくが、自ら命を絶つ人が日本には年間30、000人を超えているそうだ。不安定な世の中で、人間の絶望感から、救い出すのも、人間しかいない。

私も以前会社在籍中にうつ病になり、死ぬことばかり考えていた時があった。今から思えば会社の理解と家族の支えがあって立ち直れた。本当に感謝をしている。不幸にしてな、亡くなられた人のことを思うと、周りの相談者・理解者がいなかったのか、とても残念だ。

自殺者が多いのは、環境や、その人の意志の弱さだけではない、人間同士で生きることに支えあって生きることの大事さは、思いやりでありである。政治・地域・家族などがもっと真剣に取り組んで、原因を究明し対策を取る必要がある。

毎日新聞社説(抜粋)・・・職場の配置転換→過労→仕事の失敗→うつ病→自殺▽事業不振→生活苦→多重債務→家庭の不和→自殺▽親子間の不和→引きこもり→うつ病→将来への不安→自殺……。

人が自殺する理由は決して一つではない。NPO法人などが自殺した305人の遺族らから聞き取り調査したところ、1人が抱えていた要因は平均して四つあり、それらが連鎖して死に至ったことがわかったという。したがって自殺対策は、問題を点でとらえるのでなく、線や面でとらえて総合的、重層的に取り組む必要がある。

政府は閣議で、自殺対策の指針として昨年策定した「自殺総合対策大綱」の追加策を決定した。硫化水素による自殺者が多発したことを受け、インターネット上で自殺方法などを紹介する有害情報の対策▽統合失調症やアルコール依存症などの対策▽市町村に自殺対策担当部局を設置するよう働きかける--などだ。

年間の自殺者は昨年まで10年連続で3万人を超え、先進国の中で突出している。政府には、対策に本腰を入れるようになっても一向に歯止めがかからないことへの危機感がある。社会全体でこの異常事態を深刻に受け止め、変えていかなければならない。

これまで自殺は、遺族も口をつぐむことが多く、「語られにくい死」だった。しかし、NPO法人や国の機関の調査などで実態が少しずつ明らかになってきた。有効な対策を進めるには、まず政府が率先して詳細な実態解明を行い、国民に情報公開することが重要だ。

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フランク永井さん

              Center171                       

フランク永井さんといえば、「有楽町で逢いましょう」、この曲の流行った昭和三十二年の頃を思い出される。

就職難の時代で、学校を卒業したが、片親がいないだけで、就職は出来なかった。臨時工でやっと、会社に入ったばかりのであった。会社では、正社員食堂と臨時工食堂と分かれていて差別されいたが当然と誰も疑う事も無かった。ただ、給料は安くても、身分は保証されなくても、働けることだけで有難いと思っていた。2ヶ月ごとの契約更新であった。私は4年間臨時工で、ようやっと採用された。

そんな時先輩の方たちと忘年会に出席させて頂いた。その時に自分より25歳も年上の方が、歌った歌がフランク永井さんの「有楽町で逢いましょう」であった。ラジオで何回か聞いた事があったが、居酒屋の2階で、アカペラで歌った(カラオケなかった)はその後忘れず自分も好きになりラジオの歌番組があるときは、よく聞くようになった。

仕事を教えてもらい、優しい人柄、低音でフランク永井さんのようなイメージのような人であった。東京荻窪の自宅までよくお邪魔させてもらった。その後、近くのバーなどに行くと決まって「有楽町で逢いましょう」の曲が流れ、仕事がうまくいかないで落ち込んいた時に、慰めてくれた一曲である。

そんなフランク永井さんが、二十三年の闘病生活続いて10月27日に亡くなっていたと言う。七十六歳という、テレビの特集番組を見て、華々しくデビュー・愛人問題・自殺未遂・闘病・リハビリ生活・離婚などの波乱万丈の人生を送った人だったと聞きびっくりしてしまった。

何だか、女の人が子供の認知の問題で多額のお金を要求していたがその原因で自殺?したとか?しかし、後で解かった事だが、DNA鑑定で違っていた事が分かったそうだ。

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記憶にある釣瓶井戸

今日の名言

恋する男にとっては、相手がどんな身なりをしていても、そんなことはどうでもいい、相手もかれのことを考えていることがわかればいいのだ。

ルソー『エミール』(下)

08nairikusen_kayabuki11よく喋る女に釣瓶落の日 飯田綾子

ずいぶんと古い言い回しに思えるが、山本健吉が提唱して定着したというから、「釣瓶落(し)」はかなり新しい季語なのだ。でも、もうそろそろ廃れる運命にはあるだろう。肝心の「釣瓶(つるべ)」が消えてなくなってしまったからだ。

日常的に井戸から釣瓶で水を汲んだことのある人も、みんな高齢化してきた。句意は明瞭だ。暗くなる前にと思って買い物をすませてきた作者だったが、家の近所でばったり知り合いの主婦と出会ってしまった。

そこで立ち話となったわけだが、この奥さん、とにかくよく喋る人で、なかなか話が終わらない。最初のうちこそ機嫌よく相槌など打ってはいたものの、だんだん苛々してきた。そのうちに相槌も曖昧になり生返事になってきたというのに、相手はまったく頓着せず、油紙に火がついたように喋りつづけている。

なんとか切り上げようとタイミングを計っているうちに、ついに釣瓶落しがはじまって、あたりは薄暗くなってくる。冷たい風も吹き出した。しかしなお、延々と喋りやめない「女」。夕飯の支度などもあり、気が気でない作者のいらだちは、他人事だから可笑しくもあるけれど、当人はもう泣きたい思いであろうか。

結局、別れたのは真っ暗になってからだったのかもしれない。滑稽味十分、情けなさ十分。とかくこの世はままならぬ。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)

本当に最近は日が詰また感じである。特に曇った時はなお更だ。帰宅合図のチャイムも11月より夏の時5時から4時となった。なり始めの電源が入る何秒間が“プッス”となるのが面白く一瞬であるが、アッそうか、もう4時かと解かるのである。

時刻といえば、昔は時計代わりに、汽車の汽笛を聞きいて今は9時・11時半・2時半とか、野良仕事をしていて、判断していたものだ。

釣瓶井戸は私も記憶がある。大きな井戸の中に魚を入れたり、夏はスイカ・トマトなど冷やしておいた。終戦後に手漕ぎに変わり、電気のポンプに変わって、家の中のお勝手まで引いた。そして昭和40年私は、家を建てたその時は水道を引いた。

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2008年11月 2日 (日)

北朝鮮の動きに思う

Kamejima41北朝鮮の金正日総書記の動行が気になるが、今までの独裁国家を維持は将来はありえない、もしそうだとするならば、国民は悲しい。今までの、国際社会から逸脱している国では、話し合いも出来ない。アメリカのテロ支援国家指定の解除をしたが、六カ国協議の目途は立っていない。本当に核放棄する意志があるのか、判断が出来ない。

ならば、日本としては、アメリカが北朝鮮に援助を求めてくると思う、その時に拉致問題を解決する目途つけて貰うように、話を付けることに努力することだ。

健康問題で、マスコミは、神経を使っているが、体の具合は悪いのは韓国のマスコミでも報道している通りだと思う、それならばそんなに目くじら立てることもないだろう。

しかし、つくづく北朝鮮という国は訳のわからぬ国だ。拉致被害者と、そのお家族の心労は言葉で言い尽くせないもどかしさ、辛さはあるだろうが、北朝鮮の殆どの民衆も虐げられた生活を送っていると思うと、国連はじめ、国際社会で救うことをしないければならない問題だ。

毎日新聞web・・・北朝鮮の朝鮮中央通信は1日付で、金正日総書記が第11回人民体育大会の関連行事として行われた朝鮮人民軍のサッカー競技を観戦したと報じ、写真も配信した。

金総書記の活動報道は、軍中隊を視察したことが10月10日に報じられて以来。観戦の日付や場所は伝えなかったが、同体育大会は10月31日に平壌で閉会式が行われている。

金総書記は、選手たちの競技水準の高さを評価。「体育を発展させることは革命闘争を成功させるだけでなく、海外諸国との親善関係を強化するのにも重要な意義を持つ」と述べた。

軍の玄哲海、李明秀の両大将、金総書記の義弟でもある朝鮮労働党中央委員会の張成沢部長など軍や党の幹部がともに観覧した。(共同)

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お寒い医療現場

                    Shibutoge61                 

産婦は、脳溢血で8箇所の大学病院などでたらい回しされ、死んでしまった。日本でも最も充実した医療条件であるにもかかわらず、「さぶい将来不安だ」という国民の声である。

政府・都も原因や、対策を急遽考えているが誠に失政の感はまぬがらない問題だろう。国民の声は、確かに医師の増員はお金は掛かるのは解かる。「道路作るより、医師を増やして!」の声を素直に聞いて欲しい。

産経新聞web・・・東京都内で妊婦が8病院に受け入れを拒否され死亡した問題を機に、産科救急医療の窮状がクローズアップされた。緊急処置の必要な妊婦や赤ちゃんを受け入れる都内の「総合周産期母子医療センター」では、産科医の厳しい勤務や絶対数の不足、慢性的にベッドが足りないといった切実な声が聞かれる。母子の命を救う「最後のとりで」といえるセンターは“綱渡り”を余儀なくされていたという。

こんな事は、石原慎太郎都知事も知っていたはず、また厚生省も当然わかっていた筈である。奈良県での事例は生かされていなかったのでは済まされない。

本当の政治は国民の生活の安全・安心作りであろう。高齢化が進む日本、道路や、インド洋の補給艦も大事かも知れないが、先ず国民の「命」を守ることが先と思う。

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姿が違えど・・・

今日の名言

だれしも離別は悲しいものにきまっている。それは相手が何者であろうとも、離別ということ自身のうちに悲しみがあるのである。

谷崎潤一郎『蓼喰う虫』

1020208_img1子蟷螂生まれながらの身の構え 松永昌子

我が家には、今年で5歳になる犬(ヨークシャーテリア)がいます。むろん成犬ですが、からだはいつまでも小さく、散歩時に抱っこをして歩いていると、永遠に子供でいるような錯覚を覚えてしまいます。

両腕で抱えて顔を寄せると、きまって顔をなめてきますが、そのたびに、なんと大きく口が裂けているものかと、自分の顔とは違った形に、あらためて驚きます。生き物というものは、ものみな種としての固有の形を持っており、そのことの驚きを感じればこそ、自分とは異なる生き物をいとおしく思う気持ちは、さらに増してきます。

本日の句も、感じ方の根は同様のところにあるのではないでしょうか。子供の蟷螂(かまきり)は、まだ生まれたばかりなのに、すでに蟷螂の形をし、親と同じような姿で、鎌を空に上げています。

その不可思議さを、あたらしい驚きとして、あるいは生きることの静かな悲しみとして、あらためて受け止める姿勢を、わたしは嫌いではありません。「読売俳壇」(「読売新聞」2008年10月27日付)所載。(松下育男)

蟷螂は、秋に泡の塊のような卵を生んで年を越して春になって、小さな子がぞろぞろ出てくる。山に行くと見ることある。子供の頃はとても小さいが、確かに親の姿である。

人は勝手に名前をつけてしまうが、生まれてか成魚になる段階で幾つもの名を変えて呼ぶ魚があるが、どうしてだろう。全く違うテーマかも知れないが、これから、高級魚で「出世魚」と言われる魚「ぶり」に、魚好きな私であるのでブリについて調べて見た。

ブリは九州周辺、南で産卵、孵化し、その稚魚は北上、北は北海道まで到達する。北の豊富な餌をむさぼるように飽食したブリは、秋には南下を始め、能登半島には初冬から真冬に到達する。この南下の途中、いちばん脂ののった時期に漁獲されたものが名立たる佐渡ブリ、能登ブリ富山湾に入ったものが氷見のブリである。冬の日本海を旅するとき、代表的な味覚として嫌でも目にするのがこのブリとズワイガニ。これがあるから冬の日本海側、観光地はもっている。
また、あまり目立たないものの冬から春には大平洋側でも「ぶり(10キロ近いもの)、そして
わらさ3~5キロのもの)」が大量に揚がる。三重県尾鷲市などではシーズンには定置網に2万本近いブリが揚がるし、千葉県外房では巻網でとる「わらさ」が港をにぎわせる。この大平洋のブリ、日本海のブリがときに築地などではキロ/10000円近い値段、とても庶民には手が届かないのに対して、キロ/1000円前後と手頃。しかも味わいもそこそこいいので庶民としては狙い目である。
北上するブリの稚魚、若葉が芽吹く頃ともなると駿河湾や相模湾にも大量に姿を見せる。これが駿河湾での
わかなご」、相模湾でのわかしである。そして梅雨の時期ともなると30センチ近くになり釣りの対象となる。これがいなだである。これが年を越してブリに育つのだ。このように成長とともに名の変わる魚を「出世魚」というがブリは最たるものである。

わかなご→いなだ→ぶりとなる。

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2008年11月 1日 (土)

未熟な修行

Sekiseiinko_m1未熟な修行だ。

毎日ゴミ拾いを行っている。何故か女房には言っていない。ただ、ゴミ拾いをしないと、そのひは気分が悪い。誰の為でもない、自分自身のために・・・。続けたい。

今、地球環境が問題で、世間では大騒ぎしているが、それほど関心がないのか、棄てていく人は毎日多い。道路を灰皿の如く火のついたまま棄てていく人もいる。そういう人は家の中でではどうしているのだろう、窓から吸殻を道路に投げ捨ててしまうのだろうか。

人前では、CO2の問題で、意見は言うが、実際は歩行中に喫煙してそのまま棄てていく人がいる。実際目にしているのである。

環境破壊だの一酸化炭素だの一応は意見は言うが実際にゴミが落ちていても見て見ぬ振りをして素通りしてしまう。ペットボトルを人が見ていなければ棄ててもいいだろう。道路の植栽のなかえ棄てて見えなければいいとか。

実際に目にしたのである。子供が通学している歩道にたばこの吸殻を棄てていく大人がいれば、子供はどんな気持でいるか、考えて貰いたいものだ。

そして言いたい、自分の家の周りは家に住む人の責任で清掃する。このくらいの責任はあると思う。出来れば自分の家の周りとプラスαである。

今振り込め詐欺、防犯だの警察も真剣に対策を考えているようだが、町の中が汚れたり、活気がなかったり、防犯意識が薄れていれば、犯罪は多くなり、安心・安全は心配になり、増すのは不安ばかりである。

一人一人の心がけで明るい町で平和な町になる。明日からもゴミ拾い続けたい。今日ゴミを拾いながら考えた。

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全てを受け入れよ!

Iwao1702c1災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。 良寛(1758~1831)

人生は、良いこともあれば悪いこともある。良いことばかりが続けば良いが、そううまくはいかない。そして、悪いことが起こると悲観的になったり、あるいは誰かの責任にしてみようとしたりするものである。
良寛さんは冒頭の句で、災難に逢った時、苦しい状況にある自分がどのような心構えでいればよいのかを示した。それは、自分の置かれた苦しい状況を素直に受け入れて生きるということなのだ。多くの人がこの教えによって今まで随分救われてきたと思う。

いやな事が続くと、何故こんな目に遭うのだろう、と過去を悔やみ愚痴を言言いたくなる。でも仕方がない。いつか良くなるだろう、と未来をみてもしょうがない。ひとまず何もかも現状を素直に受け入れ、それならば、今休む事が必要と思えば、休むことに専念することが精一杯生きるということであろう、と。

そう考えると一見災難や病気が、いつしか災難でなくなっている。それどころか前向きで積極的な生き方へとつながっていくような気がして来る。

躓けば躓くままにコスモスの花美しみ臥せて今日を嘆かず 井伊文子

結核を患い闘病生活を余儀なくされた井伊さんでしたが、いつしか躓いた自分を素直に受け入れられるようになりました。そして、躓いたおかげでものごとをじっくり味わうことの出来る時間を楽しんでおられる様子がうかがえる。これが災難を逃れる一番の方法だと良寛さんは言っている。

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とんでもない考えの持ち主

05detohama11毎日新聞の記事より・・・航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長(60)=空将=が、日本の過去の戦争をめぐって「我が国が侵略国家というのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」と主張する論文を執筆していたことが31日、分かった。侵略と植民地支配を謝罪した95年の「村山談話」などの政府見解を大きく逸脱する内容。このほか、集団的自衛権の行使を禁ずる憲法解釈などを「東京裁判のマインドコントロール」と批判しており、事態を重視した政府は31日夜、田母神氏を更迭し、航空幕僚監部付とした。

「論文に書いたことは持論であり、変更するつもりもない」と本人は強気である。

論文公表は、空自トップとして立場をわきまえない大変偏った考えだ。日本に単純思考のタカ派が台頭しているのではないかとの警戒感を世界に与える恐れがある。国家の存亡を左右する組織トップの不祥事だけに、厳しく処罰されるべきだ。

本当にシビリアンコントロールが働いているのかと思わざるを得ない。旧満州や朝鮮半島が、日本政府と日本軍の努力によって生活水準が向上したなど、とんでもない妄想である。

政府は31日深夜、持ち回り閣議で、航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長(60)を更迭し、航空幕僚監部付とする人事を了承した。という。

一連の騒動で、アジア諸国の反応がどう出るか心配だ。日本政府の航空自衛隊トップの航空幕僚長に任命した責任は重い。

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老骨に鞭を打つ

今日の名言

恋に悩む者なら誰でも、言葉が追いつかないほどの真情を吐露するものですよ。

『セルバンテス短篇集』「愚かな物好きの話」

0107ukisima11卓拭いて夜を切り上げるそぞろ寒 岡本 眸

今年の秋の印象は、月が美しかったことと、昨年に比べて秋が長い、ということ。そして、日中はいつまでも蒸すなあ、と思っているうちに、朝晩ぐっと冷えてきた。やや寒、うそ寒、そぞろ寒など、秋の冷えの微妙な表現。

秋冷、冷やか、を過ぎて、どれも同じ程度の寒さというが、語感と心情で使い分けるようだ。うそ寒の、うそ、は、薄(うす)、が転じたものだが、語感からなのか、なんだか落ち着かない心情がうかがえ、そぞろ寒、は、漫ろ寒、であり、なんとなく寒い感じ。

この、なんとなく、が、曖昧なようで妙な実感をともなう。秋の夜、いつの間にか虫も鳴かなくなったね、などと言いながらつい晩酌も長くなる。さてそろそろ、と、食器を片付け食卓をすみずみまで拭く。きびきびとしたその手の動き、拭き終わった時にもれる小さいため息。

今日から十一月、と思っただけで、やけに冬が近づいた気のする今夜あたり、こんなそぞろ寒を実感しそうだ。『新日本大歳時記 秋』(1999・講談社)所載。(今井肖子)

11月1日3連休かァ、こしとらあ毎日サンデーであんまり関係がない。しかし、冬の便りがとどく季節だ。あちらの山で紅葉が見ごろとか、こちらでは、初氷が張ったとか、聞かれるようになった。

秋田にいる姪は、半年前に会ってから、ご無沙汰だ。今日の空は厚い雲に覆い尽くされ、北の空に続いている。一寸高台で北の空を眺めていると、頑張っている姪のことが頭をよぎる。

だんだん年を重ねると、一日一日が勝負だ。身体は衰えを感じるが、生きる元気は・・気合で何か動作をするのでも「どっこらしょ」「よいしょ」とつい言葉に出てしまう。老骨に鞭を打つか。

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