宮が瀬から伊勢原へ
今日の名言 人間という者は、少しやさし過ぎるくらいでなくちゃあ、十分やさしくあり得ないのだ。 |
| マリヴォー『愛と偶然との戯れ』 |
さはやかに湯をはなれたるけむりかな 安藤恭子
昨日に引き続き「爽やか」句。人が何をもって爽やかさを実感するかは、まことにそれぞれと思う。掲句は一見、「熱湯」と「爽やか」とはまるで別種なものであるように感じるが、熱された水のなかで生まれた湯気がごぼりと水面へと押し出され、そして「けむり」として空中へと放たれる。
立ち上る煙が秋の空気に紛れ、徐々に薄れ溶け込んでいく様子は、心地よく爽快な気分をもって頭に描かれる。「煙」も「けむり」と平仮名で書かれるだけで、水から生まれた透明感を感じさせている。
また、水が蒸発して雲になり、雲が雨を降らせ、また地に戻り、という健やかに巡る水の旅の一コマであることにも気づかされる。俳句は語数が限られているだけに、たびたび立ち止まって考えてみることが必要な、ある意味では不親切な文芸である。しかし、そこに含まれている内容が意外であるほど、理解し、共感しえたときの喜びは大きい。
一方句集のなかには〈烏賊洗ふからだの中に手を入れて〉という作品も。こちらは掲出の頭に描かれる景色とはまったく逆の、内蔵を引き抜かれ、ぐったりとしたイカの生々しくもあやしい感触を手渡しされた一句であった。〈小揺るぎもせぬマフラーの上の顔〉『朝饗』(2008)所収。(土肥あき子)
いわしぐも 宮が瀬越えて 伊勢原へ
最近、ボーリングで1500メートル堀り、温泉施設の大きな“スパ”が出来ている。だから、気軽に温泉気分を味わえる。しかし、規定の温度まで上がらず、沸かしているところもあるそうだ。
昨日片道30キロもある神奈川県伊勢原市に行ってきた。途中、箱根芦ノ湖と同じ水量があると言われる宮が瀬ダムを経由して行くのであるが、高台から見るダムの風景は、すっかり秋風情であった。
秋を感じる、いわし雲、百舌の鳴き声、と農家の家の周りに柿がたわわに実り枝が折れそうである。それにしても、減反政策からか、田んぼが少なく、ちょっと寂しい。
秋空に 笑顔が絶えない 老夫婦
よく行く、農家に行き野菜をかう。日に焼けた皺だらけの顔は、笑顔が絶えなかった。こういう屈託のない笑顔に出会うと、今日の一日が幸せを感じる。
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