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2008年7月

2008年7月31日 (木)

老いを考える

08nairikusen_kayabuki11「生老病死」人は生まれ、老いて、病んで死んで行く、誰も同じで、不老なんてあったら世の中太陽が西から上がる。しかし、いま年をとり初老となって尚人生の迷いがあるようで、今自分の存在価値とか、この世にいることの意味など考えることがある。

最近、隣町の同級生の農家に野菜などを分けてもらいに良く出かける。その家の家族構成は、同級生の夫婦と86歳の腰の曲がった、お婆さんの3人暮らしである。牛4頭と、一町4反(約4200㎡)を耕作し、アパート(24個)2棟持ている。そのお婆さんが2ヶ月前に胃がん手術をして、元気がないが、野菜を売ってくれる。

そのお婆さんがしみじみ、言った。「何も欲しくない、死んでいくのに、お金も、着物も、美味しい食べ物も、何もいらない」、私はこの家に嫁いで来て、苦労ばかりの人生であった。でも昔の人は皆同じ苦労してきていまがあるんだ」・・・。そして、夫婦でいまの財産を築いてきた。もう財産も何もいらない。百姓なんてしたって、水も飲めない。近郊農家では朝から晩まで休みなく働いても、税金で、土地を維持して行くだけで精いっぱい。涙ながら話した。

本当に何の為に生きてきたのだろう?考えてしまった。 そこでちょっと、こんな事を。

光陰矢の如し”と言われるように、時はあっという間に過ぎ去ってしまう。誰もが、いつか必ず老いを迎えなければならない。何歳位から老いると考えるかは人によって千差万別であるが、どのように老いを迎えていくかは、大変重要なことであると思う。今日は、この「老い」ということについて、日ごろ思っていること記して見たい。

字が見えにくくなり、顔のしわや白髪が目立ち始める・・・色々な処に衰えを感じ始めるのが「初老期」である。早い人は40才位から感じ始まる。この時期は「思秋期」ともいわれている。「思春期」が、大人になる前の心や体が大きく変化する時期であり、それにどう対処し乗り越えて行けばよいか思い悩む時、誰もが通る苦しい戦いの時であるのと同じ様に、「思秋期」もまた人生の大きな転機、戦いの時なのである。

前に出来たことがだんだん出来なくなる、新しいことがなかなか覚えられない・・・そういう変化を受け止めがたく、不安やあせりが出てきてしまう。ここで、そういう自分をそのまま受け止められないと、何度も同じことを聞くのが躊躇され、初めからもうダメだと逃げて自分の世界を狭くしてしまう。むしろ今は新しいことを覚えるのに3倍の時間がかかるんだと認めれば、ちゃんとマスターしていける。(ある人が、記憶力は7歳の子供と70歳のお年寄りと同じという)

また、この時期は「ウツ状態」になりやすい時でもある。「ウツ」は喪失感からやってくる。今までの体力が失われ、また子供も親のもとから離れて行く。それは子供の自立という喜ばしいことの筈だが、子供が自分の所らから失われていくと感じてしまう。

この時期は、あらゆる意味でウツになる要素を兼ね備えた時であり、また私達が人生の新しい局面に向かう時なのでだから、誰でも不安になるのはむしろ当然である。こんなはずはないと否定するのではなく、そういう年代になったのだと正しく受け止めるなら、かえってそれほどひどく落ち込まなくてもすむと思う。

やがて更に年を重ね、「老年期」を迎える。がんばりがきかなくなり、否応なしに自分の体の衰弱を認めざるを得ない時が来る。そしてついには「老衰期」を迎え、この地上での生涯を終える。

ある牧師婦人が年をとり、やがてボケの症状も加わって言葉を失っていきました。そして最後に残ったのは、たった3つの言葉でした。それは、「まあステキ!」「ありがとう」「良かったですね」。最後には、どんな言葉が残るのだろうか。それぞれの時をふさわしく生き、美しく老いていきたいものだ。そのために必要なことは何であろうか。

『白髪は光栄の冠、それは正義の道に見いだされる。』

正しく生きる時、美しく老いることが出来るのだ。では、正しく生きるとはどういうこは・・・。

正しく生きることは、年を重ねて、どんな状態であってもそのままに受け入れ、認めることが出来る心である。
ひがみやねたみは出てきません。かえって心から「ありがとう」と言うことが出来る。それは、自分が価値ある者として受け入れられていると知ることから来る心の想いである。

たとえ私達の肉体は衰えていくとしても、内側から日々新しくされる命に生きることができる。この命の中に心豊かに生き、美しい老いを迎えていきたいものだ。

絶対に「死を待つだけの日々とならないよう」に祈りたい。

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誰が世界を保護主義から守るのか

Sira61世界経済はここに来て、局面を迎えた。原油暴騰・穀物高騰・アメリカのサプライムローンなど、そしてアメリカ景気は影をさしてきた。一国支配いやG8の力は、いまやブリックス諸国無しには世界経済を語れない。そしてイスラム諸国の金余りと増え続ける人口で、アフリカ開発途上国、相当に世界経済は、見極めが難しい。

スイスのジュネーブで、開かれた、ドーハラウンドを年内妥結すべくで行われた、WTO(世界貿易機関)日本の位置づけは、そして先進国、日本の役割は果たされたのか、甘利経済産業大臣は、寝る暇もなく、橋渡し役に奔走したと言うが、交渉決裂となった原因はアメリカとブリックスの新興国達の、力学的構造の支点が違ってきたのだ。発展途上国と先進国の中間に位する。新興国にも言い分があり、調整役の日本は、何をしたのか、日本の保護防衛に心血注いで世界をリードするところまで、余裕がなかったのかもしれない。

日本では、福田康夫首相の内閣改造で自民党内外でも大騒ぎであり、甘利経済産業大臣・若林農林水産大臣の11日間の交渉結果報告を受けて、どうやら8/4頃発表になるらしい。

日経新聞の社説でも以下のないようである                                   保護主義という名の亡霊が息を吹き返そうとしている。世界貿易機関(WTO)の閣僚交渉が土壇場で決裂した。貿易自由化を進めるはずの多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)は当分、凍結が避けられない。世界経済の成長を支えてきた自由貿易体制が大きな危機を迎えた。

決裂の直接的な原因は、米国が農業問題で中国、インド両国と対立したためだ。それぞれ10億人以上の人口を擁する両国は、米国の農業にとり巨大な輸出市場となる。逆に中印は自国の農業を守りたい。先進国の代表である米国と、新興経済大国の対立は先鋭化する一方だった。

米欧などの先進国が国際ルールづくりを主導し、途上国が従う時代は終わった。今回のWTO交渉の挫折は、その世界秩序の力学が変化した冷徹な事実を語っている。

交渉では米国と欧州連合(EU)が譲歩案を示した。大筋合意への道筋が見えた局面もあった。だが途上国代表を自任する中印が合意案に反発。いわば「拒否権」を発動する形で交渉はあっけなく頓挫した。

中印だけでなく、ブラジルも主要な交渉国として常に議論の中心に座り続けた。指導力が薄れた先進国に代わって存在感を見せつけたのは、これらの新興経済大国である。グローバル化が進むほど、世界経済の秩序を統治する力は拡散する。国際ルールづくりは、今後ますます難しくなると覚悟しなければならない。

日本の働きはどうか。今年の主要国(G8)首脳会議の議長国である日本には、米欧や中印以上にWTO交渉に深く関与し、大筋合意に向けて貢献する責任があったはずだ。

実際には、農業分野の防戦に躍起になるだけで、交渉の流れにすらついていけなかった。本来ならアジアの仲間の中印と米国の間に立ち、進んで調整役を買って出るくらいの意欲を持つべきではないか。

海外市場と貿易で経済成長力を保つ日本が、途上国に「保護主義国」と呼ばれるようでは情けない。交渉決裂に胸をなで下ろした農業関係者や政界の農林族もいる。農産品の関税削減は先送りとなるが、安心している場合ではないはずだ。

高齢化と生産性の低迷に悩む日本の農業は存亡の危機に直面している。今こそ農業改革に果敢に取り組むべき時だ。耕作放棄地の対策や次世代の農業担い手の育成、企業の参入機会の拡大などを早急に進めなければならない。

日本農業の行く末を真剣に案ずるのであれば、進むべき道は市場閉鎖ではない。耕地規模を拡大する改革と、高率関税に頼らずに農家を支援する方策を考える必要がある。

米国で来年、オバマ大統領候補が率いる民主党政権が誕生すれば、同国の経済外交は、保護主義の色彩が一段と強まるだろう。オバマ氏は米国内の雇用保護を理由に、北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓自由貿易協定(FTA)などの見直しを明確に主張しているからだ。

EU内でも、保護主義が台頭しつつある。サルコジ仏大統領は、域内農業が不利益を被るとして、合意を急ぐマンデルソン欧州委員を名指しで批判した。

WTO交渉が再開できても米欧の内部事情をみる限り、今まで以上に各国の意見の調和は難しくなる。米欧に次ぐ経済規模の日本などは傍観者であってはならず、果たすべき役割と責任は大きい。

多国間のWTO交渉の難しさに嫌気が差し、二国間のFTA戦略を加速する国も増えるだろう。だがFTAはWTOを補完する手段である。米欧や中国などの大国の主導で、特定の国々だけで貿易を自由化するFTAには、排他的な側面があることを忘れてはならない。

世界全体が自由貿易の恩恵を享受できる新たな枠組みは、約150カ国・地域が加盟するWTOでしか築けない。各国が保護主義に走り、FTA競争だけに猛進すれば、自由貿易体制の進化は望めない。

第二次大戦の終結後の世界経済の安定を目指すため、世界各国は1944年にブレトンウッズ体制を打ち立てた。同体制の下で戦後の世界経済の柱として設立したのが、国際通貨基金(IMF)と世界銀行、そしてWTOの前身である関税貿易一般協定(GATT)だ。

世界各国は60年代のケネディ・ラウンドや、70年代の東京ラウンド、80―90年代のウルグアイ・ラウンドまで、何度も自由化を目指して難交渉を重ね、保護主義の誘惑と闘ってきた。その努力の積み重ねの結果、実質国内総生産(GDP)でみた世界経済に占める貿易の比率は、06年には25%に達した。

今ここでドーハ・ラウンドを立ち消えにし、自由貿易体制を後退させてはならない。日本を含め各国は気を緩めず、早期再開に動くべきだ。

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小さい事の積かせね

07_sl_kurosawa21「大記録とは、小さい事の積重ね」昨日イチローがインタビューに答えていた。

常日頃から、一つ一つ積み重ねていけば結果が出るという事だ。大きな目標を立て努力すると言うことかも知れないが、イチローはそうは思っていないのではないかと思う。毎日々の小さい数字(努力)の積み重ねで通過点に過ぎないと言う。

それは、イチローたりとて人間で感情の起伏もあれば、体調の波もあるだろう、しかし日常の摂生した生活がある。精神力・体力などのモチベーションを最高の条件にする事で小さな数字がでる。

毎日の小さい数字を出す努力し続けることが大事だ。古い諺で「ローマは一日にしてならず」だ。そして、楽しんでする事だ、辛かったら続かない。

産経新聞社説でも、                                             米大リーグ、シアトル・マリナーズのイチロー外野手イチローが日米通算3000本安打(日本で1278安打)を達成した。日本球界出身者としては、張本勲氏の3085本に次ぐ史上2人目の記録だ。

同選手は1992年、ドラフト4位でオリックスに入団後、当時の仰木監督らに才能を見いだされて力をつけ、パ・リーグで7年連続首位打者に輝くなど日本を代表する選手に成長した。

2001年にメジャー移籍すると、いきなりMVP、首位打者、新人王に輝いた。04年にはシーズン最多記録の262安打で首位打者となり、今季は8年連続200安打に挑戦中だ。

変化球で打撃フォームを崩されてもボールをしっかりとらえることができるバットコントロールに加え、持ち前の俊足でヒットの山を築いてきた。

いとも簡単に見えるが、磨きあげられた巧みな技術と鍛え抜かれた身体能力があるからこそだ。努力する姿を見せることを嫌うタイプだけに、人知れずバットを振り込む。才能だけで通用するほど、勝負の世界は甘くないことを知り尽くしている。

常に「準備を怠るな」と自らに言い聞かせながら試合に臨む。対戦する投手の情報を細かく分析して、イメージトレーニングを重ね、打席に向かう前の屈伸運動で心身ともにリラックスする。準備さえできていれば何事にも対応できる。だからこそ、8年間の大リーグ生活で大きなケガもせず、最高のパフォーマンスをファンに見せ続けられた。

こうした努力する姿勢は、スポーツ界にとどまらず、人生を生き抜くなかで挫折感にとらわれやすいとされる日本の若者たちの鑑(かがみ)ともなるはずだ。

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これから暑さは本番

今日の名言

わたしたちは、いわば、二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために。

ルソー『エミール』(中)

Hasu41ほらごらん猛暑日なんか作るから 中原幸子

それにしても暑い。おおせの通り、言葉が現実を作り出すのでしょうか。「夏日」「真夏日」に加えて「猛暑日」が作られたのが去年。そんな看板に合わせてどんどん気温がうなぎのぼりになっているのかもしれない。「酷暑」「極暑」なんて季語も、いかにも暑そうだけど「猛暑」となると一枚上手、暑さがうなり声をあげて息巻いていいそうである。

いまや30度の「真夏日」なんてまだ涼しい、と思ってしまう自分がこわい。冷房の効いたビルから一歩外へ踏み出せば、灼熱の日差し、アスファルトの照り返しに頭がかすんで息も詰まるばかり。そんなとき、この句がぐるぐる頭を回りだす。

「ほらごらん」とは、「猛暑日」を作ったお役人とともに作者も含め快適さを享受しながら暑さにおたおたする私達へも向けられているのだろう。今までの最高気温は去年熊谷で記録された40.9度ということだったけど、今年はどうなのだろう。みなさま熱中症にはくれぐれもお気をつけください。「船団」75号(200712/1発行)所載。(三宅やよい)

暑い、本当に暑い、暑いねえ、なんて挨拶する日が多い。それにしてもカンカン照りで、草むしりを毎日やっている。何んとか 中農を保とうとすると、毎日取らないと・・・。

「気をつけて!水は!帽子は!タオルは!」、女房に去年熱中症になった経験があるから出かけるたびに言われるのである。一日に3回下着取替えシャワーを浴びた事がある。2回は毎日である。

顔は、真っ赤凄く疲れた様子で帰って来ると、シャワーで生き返る、そしてまた出かける。

10日間も真夏日が続いたので、ホッとする日があるかなあ・・・と思ったら暑さはこれからで、太平洋の高気圧がどっしり居座って、天気予報はこれから夏本番という。気合を入れていこう。

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2008年7月30日 (水)

人生修行

03kisyoubu11_6 こんな事初めてであるが、【別な(BIGLOBE ウエブリング)http://335059.at.webry.info/のblogに書いたものをコピー貼り付けたものだが、多くの人に環境問題をアピールしたかったから行ったのである。】毎朝4時半に外に出て(日の出4時48分)ゴミ拾いをしている。不思議な事に毎日同じ道路などを行っているのだが、毎日レジ袋に一杯になる。
一体拾わなかったら、どうなるのかと思うと三日拾わないと三日分のタバコの吸殻がある。何故やっているかと言うと、理由の一つに自分が若いときに、タバコを吸って道路でも、駅のホームでも車で投げ捨て、何でもござれだったので、反省?いや、罰で行っている。棄てていた期間が13年ぐらいだから、13年拾うという事で自分の意思で行っているのである。これも人生修行でもう13年間拾い続けている。
しかし、ちょっと考えて見ると、もうそんなことは言っておられない。地球環境があらゆるところで叫ばれているが、実感する。もう待ったなしである。
そういう意味で、もう私一人で拾うのではなく、誰か一緒に拾ってくれる人が一人でも二人でも賛同してくれる人がでてくるまで拾い続けるのが修行だと思いたい。

そして、何より大事なのは、「私はゴミを拾ってます!」何んてアピールしないで影で、人目に付かないように行動をすることが修行だと思う。もう少し続けて実践していきたい。
そうすればきっと何かが見えてくると思う。その証拠に「怒らない」という事出来ている。何があっても怒らない、怒ったら負けだと言うことに気がついたのだ。これってとても大事な事だとおもうが・・・。人間的に丸みを・・・・持った。自覚できた。

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バラマキ復活?

07bonchi_asayake_kumo112009年度予算」で今日の毎日新聞の記事から、「バラマキ復活」の下地づくり…衆院選意識?

重要課題推進枠」の扱いなどを年末の予算編成に先送りした09年度予算案概算要求基準(シーリング)が29日、閣議了解された。懸案先送りは裏を返せば「バラマキ復活」の下地づくりであり、次期衆院選を強く意識したものだ。政府は同日、社会保険庁の後継の「日本年金機構」基本計画も閣議決定したが、これも「社保庁たたき」をアピールするイメージ戦略。与党の「選挙シフト」が鮮明となる一日だった。

「昨今の災害を見ても、ただ歳出を削減すればいいという話ではなく、公共事業の慎重な取り扱いが必要だ。予算編成で十分に対応していきたい」

自民党の二階俊博総務会長は29日の記者会見で、シーリングへの直接的な評価は避けつつもこう語った。

同党では6月の「骨太の方針」の議論以来、歳出増を求める声が噴出。原油高などにあえぐ国民に対して何らかの姿勢を見せなければ、本来は金城湯池だった農村部で大敗した昨年の参院選の二の舞いになるとの危機感が背景にある。シーリング決定過程でも「このままでは民主党に政権が転がり込む」など、バラマキ復活を求めるかのような意見が相次いだ。

シーリングを了承した28日の政府・与党政策懇談会では、自民党の伊吹文明幹事長が「バラマキはしないが、やるべきことはやる」と訴えると、福田康夫首相は「とにかく選挙に勝たなければならない」とあからさまに応じた。谷垣禎一政調会長も同日の講演で「これまで予算は削る、削るの一方だったが、積極的な政策を打ち出す」と語った。

年末に向け、党内の「バラマキ派」がモデルケースとしそうなのが、28日発表された漁業者に対する総事業費745億円の支援策。厳しい財政事情と他産業との兼ね合いから政府は当初、「直接補てん」には慎重だった。しかし、漁業者の不満を背景にした与党が押し切る形で、実質的な直接補てんをすることになった。

党内には財政規律の堅持を訴える意見はあるものの、衆院選への危機感からかき消されがちになっている。

日本年金機構基本計画も財政措置ではないが、ほぼ同様の構図。政府は当初、懲戒処分を受けた社保庁職員の一律不採用はためらったが、年金記録問題で大敗した参院選の「トラウマ」が根強い与党内で異論が噴出。「厳しい姿勢を見せなければ国民の理解を得られない」と、政府方針を覆すことになった。

どう見ても、ちょっとやり過ぎである。深刻な世界経済を見据えた日本の経済を考える事が大事で一部の人間の利益にだけを考えている自民党と言う感じでは日本の将来を任す事は出来ない。もっと子供・孫の時代を想定し、今やらなければいけない問題があるであろう。

財政再建などは、考えていないようでは、政権は取れない。

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蓮と睡蓮

今日の名言

慣習であるが故にこれをなすという人は、何らの選択をも行なわない。

J・S・ミル『自由論』

Aaoooogaha1酔ひふしのところはここか蓮の花 良 寛

蓮の花で夏。「ところ」を「宿(やどり)」とする記録もある。良寛は酒が大好きだったから、酒を詠んだ歌が多い。俳句にもほろ酔の足もと軽し春の風」「山は花酒や酒やの杉はやしなどと詠んだ。酒に酔って寝てしまった場所というのは、ここだったか・・・・。

傍らには蓮の花がみごとに咲き香っている。まるで浄土にいるような心地。「蓮の花」によって、この場合の「酔ひふし」がどこかしら救われて、心地良いものになっている。良寛は庵に親しい人を招いては酒を酌み、知人宅へ出かけては酒をよばれて、遠慮なくご機嫌になった。そんなときぶしつけによく揮毫を所望されて困惑した。

断固断わったこともたびたびあったという。子どもにせがまれると快く応じたという。基本的に相手が誰であっても、酒はワリカンで飲むのを好んだ、というエピソードが伝えられている。良寛の父・以南は俳人だったが、その句に酔臥(よひふし)の宿(やどり)はここぞ水芙蓉があり、掲出句はどうやら父の句を踏まえていたように思われる。

蓮の花の色あいの美しさ清々しさには格別な気品があり、まさに極楽浄土の象徴であると言ってもいい。上野不忍池に咲く蓮は葉も花もじつに大きくて、人の足を止めずにはおかない。きれいな月が出ていれば、用事を忘れてしゃがんでいつまでも見あげていることのあった良寛、「ここ」なる蓮の花に思わず足を止めて見入っていたのではあるまいか。今年は良寛生誕250年。『良寛全集』(1989)所収。(八木忠栄)

蓮といえば睡蓮と混同しがちであるが、葉の違いで覚えておくといい。睡蓮も蓮も葉は円形である。でもよく見ると違う。睡蓮は基本的に葉に切り込みが入るが、蓮には入らない。

蓮と睡蓮は両方とも抽水(ちゅうすい)植物、水の底の土や泥に根を張り、水面(水上)に葉と花を展開する。また、花も同じ性質があり、日中に花びらが開き午後になると閉じる。(蓮と睡蓮では時間が少し違う)。これを3日繰り返して花の寿命は終わる。しかし、3日間の寿命だからといって心配は無用。夏場には次から次へと蕾が現れ毎日楽しめるという。(なるほど3日夜に眠る花だ)

近くにいる同級生が趣味で蓮を植えている。勿論大きな桶で花を楽しんでいる。風呂桶を利用したり、大きなポリ容器などに植えている。道路の通り縁にあり、通る人の目を楽しませている。

蓮根(レンコン)は蜂巣(ハチス)とも呼ばれるが,ハチスをかな漢字変換すると「蓮」となる。 ハチスは(蜂巣)で,花の終わった後につく実がついている部分が蜂の巣に似ているからだろう。

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2008年7月29日 (火)

脳科学者茂木健一郎さん

282_field111今日のNHKの「スタジオパークでこんにちは」に脳科学者の茂木健一郎さんが、出演された。茂木さんは、他に「プロの流儀」と言う番組を担当している。

そこで、その内容は、                                                          脳を化学する究極の目的は、やっぱり人間を理解するってことでした、人間の中で一番大切な臓器が脳だ、っていうことなんだ。脳という物質をもちろん研究するんですけれど、その研究を通して人間を理解する、っていうのが脳科学だと思うので、そういう意味でいうと、通常の科学とちょっと違うところがある。

物質を科学するっていうのとはちょっと違ったニュアンスが、脳科学にはあるんじゃないかと思う。それが、人間を理解する。確かに、茂木さんの本を読ませていただくと、脳科学の本と言うよりも、哲学書、思想書、みたいな感じである。そうすると、茂木さんが脳科学を始めた理由っていうのは、人間を知りたいと思った。

自分を理解したいと思ったら、科学者って、自分を棚に上げている人が多い。変な言い方なんだけれど、自然現象を理解したいと思っているんだけれど、そういうことを理解したいと思っている自分は何なのかということを棚に上げていて。
棚に上げていたツケが出てくるのが、たとえば恋愛問題とか、自分の生き方の問題とかで。まあ、ぼくにもそういうツケが回った時期があった。
科学者っていうのは客観的な真実を理解したいと思ってやっているつもりなんだけれど、自分がどう生きるかっていう一人称の問題が、どうしても避けられない時期がある。
そういうときに、科学者と言えども一人の人間だってことに気づくわけで。普通の科学というよりは脳科学をやることによって、自分というのも理解できるし、人間一般も理解できるだろうということを考えた時期があって、それで脳科学を始めたと言う。

過去の昔の経験を思い出し新しい未来に生かす。だから、遠い昔の思い出が、知らず知らず何十年前の経験と現状をミックスして対応が取れるのだと言う。だから、過去に囚われていいんだという。

人間は忘れる動物である。しかし何とか思い出しする事が脳の活性化になる。また、同じことを繰り返し行う、そうすればそこには脳の活性化が起きているのである。

朝起きて直ぐにプログを書くという、一番脳がクリエイテイブになれるというが私も同じで、朝起きて、まず、ブログを書いているところは同じである。それを3年ばかり続けているが、果たして脳の活性化になっているかなあ・・・。自分ではそう信じていたいのだが・・・。

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お施餓鬼から思う

13_10241_4お施餓鬼(セガキ)

施餓鬼(セガキ)とはどういう意味があるか、調べると。

人間が亡くなると、仏教では因果応報と言われるように、生前行った功徳の結果において、次の世の六道世界に振り分けられると言いう。六道世界とは

1地獄 2餓鬼 3畜生 4修羅 5人間 6天 の六つの世界のこと。

その中で餓鬼の世界とは、生前、欲張りで嫉妬深い人が陥る世界で、餓鬼の世界には様々な欲求不満の人間がおり、決して満たされることの無いおのれの欲望の炎によって、自身の身を焼く地獄の世界のことである。

最近、今自分がなぜ生きているのか、真剣に考えたことがある。まだ結論はでないが、今までの考えをまとめて見ると。

1.自分生んでくれた親があった。2.その(親・先祖)があった。

この世に生きている時に何をなすべきか、○子孫を残す○。(動物学的に考えると)

子孫を残す、という事は、結婚することだが、人間と他の動物と違いは、進化して文明の社会で生活を営まれなければ生きられない。大事なことは、一人では生きていけないということである。人間社会があって初めて生きられることだ。

魚に鰯がいる。鰯は大きな魚やクジラの餌にされる。自己防衛で集団の塊になって相手より大きく見せる。哺乳類・昆虫の世界も同じである。

生存競争の世界は動植物も同じである。弱肉強食・食の連鎖と言う、自然界にとっては大事な生きる術なのである。だから、この世の中に、人間だけでは、生存なぞありえない。

この地球上に、68億人の人間が生存していると言われる。このままだと、あと30年後には40億人が増えると言う。いまや、地球上の資源や食料が今環境問題と大きな問題となっている時に・・・。

そして、人間の知恵で寿命も延びたが、そこに精神的なケアー・心を持つ人間が大事なこととなって、「心の時代」など心の安らぎを求める運動がクローズアップされてきた。

心の安定と言うと宗教であるが、その宗教の捉え方で、激しくぶつかり、地球上で戦争になり、終局が見えない。

人間が生きるには隣人を愛し理解してあげること、子供の教育には、1.我慢をすること。2.人間愛 3.親を大事に尊敬の念 4.先祖を敬う心 をしっかり教えることだ。そして、弱いものを助けることが、自己を強くすることだ。

そんな、纏まりのない、事を考えている。

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水と人間生活

05oirase31朝日新聞のコラム                                                らちの明かない議論を「水掛け論」と言うが、水争いから生まれた言葉ともされる。農家にとって水は命である。かんがい施設の整う以前は、日照りが続くと、水をめぐるいさかいが頻発した。

争いは、他人同士ばかりではなかったようだ。狂言に「水掛聟(むこ)」というのがあって、婿と義父が田へ引く水を奪い合う。顔に泥を塗り合ってけんかを始める。ときには身内の仲も裂くほどに水は貴重だった。

きびしい「水争い」がいま、アジア各地で起きているという。食糧需要の高まりや、工業用水の急増が背景にある。インドでは、借金をして井戸を掘ったものの、水が出ずに自殺する農民が後を絶たない。くみ上げすぎで、地下水の層が年々深くなっているためらしい。

タイでも、穀倉地帯の水不足が深刻だという。農業と工業で、取り合いをしている。「限られた水資源の中で生産は目いっぱい」と憂える現地の声を、本紙記事が伝えていた。豊かな大河の流れるかの国でも、いまや安泰とはいかないようだ。

宇宙から見れば地球は青い。色のとおりの水の惑星である。とはいえ、ほとんどは海水で、淡水は2.5%にすぎない。東京大の沖大幹教授の試算によれば、水を安定的に得るのが困難な人たちは、いま世界で約25億人にのぼっている。

それが、今世紀半ばには約40億人に増えるそうだ。私たちとは無関係、と思うなかれ。食糧輸入の多い日本は、農畜産物を育てるための膨大な水を、実は外国に頼っている。わが食卓が世界の水につながっていることを、忘れまいと思う。

“水”に悩むということで、これも自然界に刃向かう愚かな人間ののお陰で、昨日神戸の灘区の都賀川が激しい雨で急激に増水し、学童保育で遊びに来ていた子どもや橋の補強工事をしていた作業員など少なくとも11人が流されて、4人が亡くなったと言う。

鉄砲水で、僅か10分で水位が130センチ上がったそうだ。川の直線化や川の両岸・川底までコンクリートで固めてしまたためと言う。自然の川が蛇行していて、両岸はブッシュで、柳や葦などが生えている。勿論生物だって生息している。便利さ、人間の都合だけを考えて改修したためだ。水は人間が生活するに上手に利用しなければならないが、自然を侮っていけない。

しかし、こちら東京都多摩西部は10日間も熱帯夜が続くが雨は降らない。遠く北西の空は毎日午後3時ごろ黒雲が覆い、雷鳴が轟いているが、こちらには、影響がない。畑の作物や山の木々も雨を望んでいるが、中々旨くいかない。我が家の前の砂利道は、砂埃で毎日水撒きをしなければと思っているが、焼け石に水に終わってしまうようで・・・。

そして、今朝6時45分頃、九州の戸畑区飛幡町の新日本製鉄八幡製鉄所構内から出火して、何時間も燃え続けているそうだ。暑さと水は関係が深い。大きな被害で鎮火して欲しいと願うのだが・・・。

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我が家の庭に空蝉が

今日の名言

コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。

『寺田寅彦随筆集』(四)

035691わが死後は空蝉守になりたしよ 大木あまり

ずいぶん前になるがパソコン操作の家庭教師をしたことがある。ある女性詩人の依頼で、その一人暮らしの部屋に入ると、玄関の上に大きな駄菓子屋さんで見かけるようなガラス壜が置かれ、キャラメル色の物体が七分目ほど詰まっていた。

それが全部空蝉(うつせみ)だと気づいたとき、あまりの驚きに声をあげてしまったのだが、彼女は涼しい顔で「かわいいでしょ。見つけたらちょうだいね」と言ってのけた。「抜け殻は残されたものだから好き」なのだとも。

その後、亡くなられたことを人づてに聞いたが、あの空蝉はどうなったのだろうか。身寄りの少なかったはずの彼女の持ち物のなかでも、ことにあれだけは私がもらってあげなければならなかったのではないか、と今も強く悔やまれるのだった。

掲句が所載されているのは気鋭の女性俳人四人の新しい同人誌である。7月号でも8月号でも春先やさらには冬の句などの掲載も無頓着に行われている雑誌も多いなか、春夏号とあって、きちんと春夏の季節の作品が掲載されていることも読者には嬉しきことのひとつ。

石田郷子蜘蛛の囲のかかればすぐに風の吹く〉、藺草慶子水遊びやら泥遊びやらわからなく〉、山西雅子夕刊に悲しき話蚊遣香〉。「星の木」(2008年春・夏号)所載。(土肥あき子)

我が家の狭い庭にも、 紫陽花の葉裏で空蝉が見かけれれる。夜に何年も地中から這い出して羽化して僅か1週間の命を、子孫を残す事に力を出すのだと思うと、無事に羽化が出来たのだと思うと、感慨深い。

 空蝉の 鉄中に爪が  突き刺さり 

 一粒の 夜露を乗せて 蝉静か

最近みんみん蝉がスッカリ少なくなったようだ。山の開発が進んで居場所がなくなったのかかなあ・・・。昔は7/25日に鳴き出すと、陽気は平年並みと親父は言っていたが・・・。

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2008年7月28日 (月)

無駄ゼロと構造改革推進

Katidoki241NHKのwebニュースによると、                                        自民党は、原油高による燃料価格の高騰で深刻な影響を受けている漁業者を支援するため、省エネに取り組む漁協を対象に、燃料費の増加分のうち90パーセントを、国が直接補てんすることを柱とした対策の素案をまとめたと言う。

それによると、燃料使用量の10パーセント以上の削減を目指す漁協を対象に、去年の12月を基準にして、燃料費の増加分のうち90パーセントを、国が直接補てんするとしており、補てんを受けられるのは原則として1年とし、最大2年まで延長できるものだ。

また、素案には、漁業者が省エネ効果の高いエンジンを購入できるよう、国と都道府県による無利子の融資枠を拡充することや、燃料価格の高騰の影響で漁を休み、収入が減っている漁業者への支援を強化すること、それに漁協などと小売り業者が、直接水産物を取り引きする機会を増やすことで流通コストを減らし、漁業者の手取りを増やすことも盛り込まれている。

自民党は28日に水産部会などの合同会議を開き、この素案をたたき台にして意見を交わしたうえで、党としての対策をまとめ、政府にその実現や、必要な財源の確保を求めることにしている。

そこで、原油価格暴騰で、苦しんでいるのは、漁業関係だけではない。農業・運送業・いや、あらゆる産業に影響はある一般市民だってガソリンの高騰などで分かっている。

だから、漁業関係業者に支援するのは、良いが他産業、一般市民に支援を考えないと不公平だ。

もともと流通機構に問題があるとされる構造改革推進は手をつけないで、支援だけすればいいのではない。漁民の取り分は14㌫では、何と言ってもおかしい。

ガソリン税を含め、もっと税の公平さをこの際見直し、そして、福田康夫首相の「無駄ゼロ」をもっと真剣に考えて欲しいと思う。

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林住期に思う

07akitakoma_sumire11_3林住期=古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。「学生期」(がくしょうき)、「家住期」(かじゅうき)、そして、「林住期」(りんじゅうき)と「遊行期」(ゆぎょうき)。
「林住期」とは、社会人としての務めを終えた後、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。

古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。「学生期」(がくしょうき)、「家住期」(かじゅうき)、そして、「林住期」(りんじゅうき)と「遊行期」(ゆぎょうき)。
「林住期」とは、社会人としての務めを終えた後、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。

人は何の為に生きるのか?働く為ではない。子供を育てる為ではない。家庭を維持する為ではない。

人は何の為に生まれてきたのか?一生の中で、一体、どの時期が人の絶頂期といえるのだろうか。人生の黄金期、ハーベストタイムとは、はたして何歳から何歳くらいまでの時代を指すのだろうか。インドには古くから人生を4つに分ける考え方があった。古代インドのバラモン教の思想にある『林住期』。それは人生の終わりの日々ではなく、その時期を人生の最も重要な時期と捉える。

定年は人生の終点でも折り返し地点でもない。そこから始まる重要な歳月の出発点である。かつて「人生50年」といわれた時期を過ぎ、今は「人生100年」の新時代へ突入する!現在『林住期』の真っ只中の世代の方。会社員なら定年がそろそろ見えてきた人。すでに定年退職をした人。

または定年後に新しい職場に転じた人達はもちろんの事、これから誰しもが迎えるだろう『林住期』予備軍の若い世代全員に贈る新しい人生論。人は何の為に生まれて来たのか?それをまともに考える、第三の人生の目的、人生のクライマックスがここにある!

老いとは高齢者の老いのみをさすものではない。老いは自然なものであり、細胞は絶えず生まれ死にしていますから、細胞の新陳代謝において、若い人であっても老いは生じる。高齢化にともない肉体の老いはさけがたいものである。

長寿社会が急速に到来しました、60歳以上の旅行客が多くなった。旅行や、リュックをかついでのハイキングや登山などは、いずれも日常を捨て帰ることのない旅ではなく、非日常を楽しみ、わが家に帰る旅である。
 生活の場を郊外に移したり、農業を始める人もいます。逆に生活に便利な都市の中心部や介護を受けられる施設などに居場所を移す人もいる。 

幸いにも長寿を生きることができれば、さまざまな人生の喜びを経験する事だろう。むろんさまざまな苦悩も伴うが、苦悩も味わい深いもので、喜びそのものであると受容できるようになれるように努力したいものだ。

ほろにがきものや淡白なものにも深い味わいを感じたり、雲の動きや川の流れなど無情なるものの輝きに心躍らせ、小さな野の花や草木の芽吹き、生きものの息づかいなど無常なるものへ哀れさと愛しさを感じ琴線に触れる。これも老いのゆえに感じることかも知れない。こういう感動が得られることは老いの特権でだろう。

還暦~古希~喜寿の時期は、人生にとって最上の時期であるかも知れない。孔子の言葉では「六十にして耳に順ふ、七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」である。

インドの人の生き方に「妻子を養うことも、そして家の職業も安定した段階で家長が一時的に家を出て、それまでにやろうとして果たし得なかった夢を実行に移そうとする人生のステージ」林住期がある。

「七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」と述懐している。この一言こそ、われわれ老境に入った者がめざすべき理想の境地と言えるのではないだろうか。

酒を呑むにしても、他人とつきあう場合にも、自己規制をかけることもなく、思いのままに振舞っても、結果として人間としての常識、社会的な規範を踏み外すことがないようになる、それは本当にすばらしい境地だと思う。

不可能に近いほどむずかしいことかもしれないが、それをめざして老いを生きるのは、何となく楽しみが与えられるような気がする…。

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アフガニスタンと国際貢献

Hiroshima101NHKの深夜便を聴いていたら、2時のニュースでアフガニスタンの東部で、タリバン武装兵士が100人が国際部隊にロケット砲で攻撃を仕掛けて来たという。NATOのヘリコプターが応戦、タリバン兵50人を射殺したと言う。イラクの治安も収まらない中、中東のアフガニスタンが戦闘が激化しているようだ。

今、世界は地球温暖化・原油暴騰・穀物高騰などで、国際感覚でどうもそちらの方に向いてしまっているが、しっかりこちらも目を向けないと、やがては世界的な大きな問題となってくるのは必定である。

そこでNHK解説「おはよう日本」7/16日を記して考えて見た。

アフガニスタンでは反政府武装勢力タリバンが攻勢を強め、国際部隊の月別の死者がイラクを上回るなど7年前のタリバン政権崩壊以来最悪の事態となっています。

タリバンが復活したおととしから激しい戦闘が続いています。治安は今最悪の状態で、国際部隊の犠牲者も目立ってきています。これはアフガニスタンとイラクの国際部隊の死者を比較したものです。アフガニスタンでは先月、月別の死者がこの7年間で最も多い45人に達しました。さらに注目されるのはアフガニスタンの死者が5月、6月と連続してイラクを上回ったことです。この傾向は今月も続いています。イラクでは治安の改善が見られるのに対し、アフガニスタンでは逆に情勢が悪化しています。

国際部隊の死者はなぜ増えているのだろうか

1つはタリバンが攻撃力を強め、強力な武器や爆発物を使って非常に大胆な攻撃を行なうようになったことがあります。3日前にはアメリカ軍の前線基地がタリバンのロケット砲などの攻撃を受け、アメリカ兵9人が死亡しました。もう1つは国際部隊が史上最高の6万7000人と大幅に増強され、より多くの兵士が危険にさらされるようになったことがあります。特に激戦が続くアフガニスタンの南部や東部ではアメリカやイギリスなどの国際部隊に大勢の犠牲者が出ています。

戦闘が激化する中で、今何が一番の問題になっているか

隣のパキスタンからのタリバンの越境攻撃が増えていることです。パキスタンと国境を接するアフガニスタン東部ではタリバンの攻撃が去年より40%も増え、国際部隊の犠牲者も増えています。問題はタリバンが国境地帯に隠れ、そこから越境攻撃をしているのに、パキスタン政府が軍事作戦を中止し、彼らと和平を結ぼうとしていることです。アメリカやアフガニスタンはこれに強く反発し、パキスタンとの関係が悪化しています。

アフガニスタン情勢、今後の見通しはどうですか

アメリカはタリバンの攻撃は今年さらに増えると見て、増派を検討しています。国際社会も軍事、復興支援の両面でアフガニスタンへの関与を強めています。日本政府も自衛隊の活動を含め、陸上での復興支援活動ができないか検討していますが、情勢の悪化はそうした議論に影響を与えることも予想されます。戦闘は今後長く続くと見られ、国際社会にとってはイラクに加えてアフガニスタンが再び重い課題になりつつあるように思います。

日本も、海上自衛隊のインド洋での補給艦の派遣延長問題が国会で審議される。日本としても無関心ではいられない。

大事な事は、情勢を正しく掴んで、日本は貢献が何が出来るか検討する事が大事であると思う。

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大豆と冷奴

今日の名言

恋はほどほどにするものだ。そのような恋こそ長続きする。

シェイクスピア『ロミオとジューリエット』

Mutsumefuta21冷奴大和島根は箸の国 渡辺恭子

食べ物の句は、とにかく美味しそうでなければならない。美味しいという感覚は、むろん食品そのものの味にまず関わるが、それだけではなくて、それを食するときの「お膳立て」いっさいに関わってくる。冷奴などは料理とも言えない素朴な食べ物であるが、なるほどこれは箸で食べるから美味いのであって、スプーンでだったら美味さも半減してしまうだろう。

句の「大和島根」は島根県のことではなくて、大和(日本)の島々、つまり日本の国のことだ。戦前戦中に流行した大八洲(おおやしま)などとという呼称に似ている。したがっていささか旧弊な神国日本の影を引く言葉ではあるけれど、この句はたかが冷奴に神国の伝統をあらためて持ち出し、「神の国」ならぬ「箸の国」とずらせてみせたことで、現代の句として面白い味を出している。

猛暑のなかの食卓につつましくのせられた一鉢の冷奴。この句を思い出して箸をつければ、他のおかずもいろいろに美味さが違ってくるかもしれない。今夜の一品はだんぜん冷奴に決めました。たまには揚句のように、冷奴も気合いを入れて食べてみなければ。月刊「俳句」(2008年8月号)所載。(清水哲男)

冷奴 (豆腐)と言えばその土地・土地に名産があって、神奈川県伊勢原の大山豆腐が有名だ、大山参りに行く途中に、豆腐料理を食べさせてもらえる、料理屋が参道に立ち並んでいる。何と言っても素朴で冷奴はいい。特に暑い夏の食欲のない時に、蛋白源を補給に適している。

大豆は昔田んぼの周りに植えていた、確か枝豆で食べたとおもった。手作りの籠に入れて、お袋が野良から持ち帰って来たのを茹でて食べたのを思い出す。

豆腐は、何と言っても水の良し悪しで決まるそうだ。山あいの湧き水が豊富なところで作る豆腐が美味しい。富士の忍野などは美味しい。

それだけではない、国産大豆が貴重で、外国産が殆どであるが最近外国産が暴騰して、お豆腐屋さんも、経費節減で大変だろう。豆腐に限らず大豆を使った製品、納豆・お味噌・お菓子なども値上げせざるを得ないと思う。

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2008年7月27日 (日)

福沢諭吉先生も嘆く

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東京新聞社説(抜粋)より、                                      大分の教員汚職事件にはあきれました。郷土が生んだ偉人、福沢諭吉に顔向けができないでしょう。腐敗を許す土壌が広がっているのではと恐れます。

今回の教員採用汚職とは似て非なる不祥事があります。2001年5月から6月にかけて、山形大、富山大、金沢大で400人を超す受験生が誤って不合格とされていたことが発覚したのです。

得点集計するコンピュータープログラムの合否判定ミスが原因でした。ミスは数年間続きました。

多くの若者の人生が変わりました。浪人して翌年遠方の私大に進学した人や2年連続で「不合格」とされ、専門学校を卒業してその春に就職した人もいました。

 底なしの様相呈す疑惑

大学側は「遅すぎた合格通知」を被害者に送る一方、慰謝料をはじめ、他大学への入学金や学費など、総額で7億-8億円の損害賠償金を支払うことを決めました。

大分の事件は、影響の大きさは似ていても原因は異なります。こちらは贈収賄という犯罪です。県警の調べや関係者の証言から、ひどい話が次々に浮かんでいます。

2 口利き許す体質と構造

さらに由々しい事態は、合否連絡をめぐる国会議員秘書や県議といった地元有力者の口利きの横行です。名古屋市教委など多くの教育委員会が、特定の受験者の合否を個別に事前連絡していました。

3 「門閥制度は親の敵」

福沢諭吉が「福翁自伝」に書いています。「先祖代々、家老は家老、足軽は足軽、(略)何年経(た)っても一寸(ちょい)とも変化というものがない。どんなことをしても名を成すことが出来(でき)ない」。そうした封建制度を憤り、わが子を僧職にしようとした亡父の心中を察し、「門閥制度は親の敵(かたき)で御座る」。

こう語ったのは110年前。世襲制は、諭吉が敵視した門閥制度につながりかねません。

今、当事者はどういう心境だろう、何も申し開きが出来ない。昔なら打ち首獄門である。

門閥制度とは=    「門閥制度は親の敵(かたき)でござる」 福沢諭吉の生涯は、 この武士としての意地から始まったのではないか。「親の敵」とは比喩ではない。諭吉の父親は学問を志しながらも、下級武士として細々とした事務的な仕事しか与えられずに、45歳の 短い生涯を終えた。

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断罪が導く地道な時代

15401

朝日新聞社説【抜粋)より

かつての「時代の寵児(ちょうじ)」が再び断罪された。元ライブドア社長の堀江貴文被告に対する控訴審で、東京高裁は一審判決を支持し、懲役2年6カ月の実刑判決を言い渡した。

堀江被告は、自らに不利な元部下の証言内容は信用できないなどと反論し、無罪を主張していた。裁判長はこれらをことごとく退け、「最高責任者の被告の指示・了承がなければ犯行はありえない」「犯行について反省の情はうかがわれない」と厳しく断じた。

派手なM&Aに頼らず、最近の傾向は、長い目で会社を発展させるにはどんな戦略が大事なのか、地道に見きわめようとしているようにみえる。事件の高い授業料が生きているといえよう。

とはいえ課題は多い。株主利益の偏重に陥らずに、社員や顧客や社会のあいだでどうバランスさせていくのか。他方、1500兆円の個人金融資産を日本経済の発展に回す役割を、株式市場はまだ果たせていない。

事件を機にIT業界では世代交代が進み、堀江被告よりも若い70年代半ば以降に生まれた社長たちが活躍している。たとえば、ネット上でコミュニティーを提供しているミクシィ。事件後に上場したが、M&Aには慎重で、長期的な成功を目指して地味な技術開発に根気よく取り組んでいる。

それにしても、わずか2年半前だった「ホリエモン逮捕」の衝撃が、ずいぶん昔の出来事のように感じられる。堀江被告が控訴審に一度も出廷せず、メディアにも姿を見せないせいもあるが、株式市場の状態が当時からは様変わりしたのが原因だ。

プロ野球に放送局。ライブドアは派手な企業合併・買収(M&A)を仕掛けて自社の株価をつり上げ、ふくらんだ時価総額をテコに次のM&Aへ乗り出す。肝心の事業内容はイメージばかりで、実態は買収ファンドに近い。株価引き上げのため利益を不正に大きく見せたのが今回の事件だ。

こんなマネーゲームができたのは、バブル後の長期不況から抜け出す道をそんな手法に夢見た一般投資家が、同調して株を買ったからである。

だが事件をきっかけに、一時の熱狂は急速にしぼんだ。続いて摘発された村上ファンド事件では「もの言う株主」にも懐疑が広がった。その後も外国系ファンドによるM&Aや株主提案の試みが続いているが、一般株主の反応は打って変わり冷静だ。

あの教訓を踏まえ、若い経営者たちは「苦境に陥った時に会社を守ってくれるのは何か」と常に考えているようだ。頼みになるのは顧客や従業員、そして社会からの支持だ。事業を通じて社会にどう貢献するか。ここに心を砕く経営者が増えるよう期待したい。

昔から、地道な考えが信頼、安心の社会は求めている。宇宙旅行は、そんなに旨くはいかないものだ。

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暑さが続く

今日の名言

沈黙しているとき私は充実を覚える。口を開こうとするとたちまち空虚を感じる。

魯迅『野草』

0563001涼しさや寝てから通る町の音 使 帆

季語は涼し、夏です。夏そのものはむろん涼しくはありませんが、暑いからこそ感じる涼しさの価値、ということなのでしょうか。この句では、風や水そのものではなくて、町の音が涼しいと詠んでいます。

マンション暮らしの長いわたしなどには、到底たどり着くことの出来ないひそやかな感覚です。たしかにマンションの厚い壁に囲まれて暮らす日々には、町の雑多な音は届きません。

思い出せば子供の頃には、銭湯へ行く道すがら、開けっ放しの窓から友人の家の団欒がすぐ目の前に見えたものでした。一家で見ているテレビの番組さえ、すだれ越しに見えていた記憶があります。当時は家の中と外の区切りはかなり曖昧で、眠っている枕元すぐのところで、町の音はじかに聞えたものです。

この句を読んだときに印象深かったのは、書かれている意味でも、また音の響きでもなく、並んだ文字のたたずまいの美しさでした。実際、柴田宵曲氏の解説を読むまでは、省略された主語がどこにかかっているのかもはっきりとせず、句の意味を正確につかまえることができませんでした。

暑い夏の一日を終え、やっと体を横たえて眠ろうとしています。その耳元に、人々のそっと歩く足音が聞えてきて、その音の涼やかな響きにいつのまにか眠りへ誘い込まれてゆく。そんな意味なのでしょう。『古句を観る』(1984・岩波書店)所載。(松下育男)

 欄干は  驚くほどの  熱さなり

 草いきれ ここにも命  宿る虫

すだれ越しに、打ち水で涼を取る。老夫婦のだけの家から、テレビが映っていた。若い娘達がが浴衣姿で花火を見に出かけていった。雷雨があるのかと思ったが、とうとう降らなかった。昨日は、岐阜県の多治見市で気温39度という熱さとなったそうだ。

日中こげるような太陽の陽射しは痛く感じるほどだった。それでも草むらに潜んでいるキリギリスが、「ギーチョ・ギーチョ」と鳴き声が聞えた。住吉橋の欄干に手を添えて川上を眺めようとしたら、火傷をするほど熱かった。

10日以上熱帯夜が続き、いささか寝不足気味だ。水分補給を考えないといけない。

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2008年7月26日 (土)

親子の日 今こそきずなが問われている

035831毎日新聞 2008年7月26日 東京朝刊(社説)より、確かに「親子の日」があって親子の絆のあり方など、考える一日があっていい、親子お互いに“きずな”を見直す事は、意義深いものがある。

7月の第4日曜日(今年は27日)は「親子の日」。米国人写真家、ブルース・オズボーンさんの呼びかけに賛同共鳴の輪が各界に広がり、今年も親子のきずなを確かめる写真やエッセーコンテストなどがある。

親子のきずな。今こそ重い意味がある。相次ぐ親子間の殺傷や、親との激しい対立を背景に子が暴力を無関係の人々に向ける無差別襲撃事件。かいま見える肉親とのきずなの希薄さはどうしたことか。今後連鎖的に事件が誘発されないためにも、真摯(しんし)に考えたい。

06年発表のこんなデータがある。日本青少年研究所が日本、米国、中国、韓国の4カ国の高校生の日常意識を幅広く比較した。

親子関係をみると、例えば「親に自分のことをわかってもらうことが大事」としたのは、日本がわずかに7・9%。米36・5%、中38・4%、韓25・6%に比べ、際立って低い。「家族が仲良くすることが大事」とするのも、日本13・8%に対し米57・7%、中42・0%、韓35・2%だった。

好悪は別にしても家族のことは気になるものだが、日本は「関心がない」「あまりない」を合わせて20・5%。米11・1%、中11・3%、韓5・3%で、ここにも開きがある。

親は自分にどう対しているか。父でみると「私への期待が大きい」と思っている高校生は日本が24・4%にとどまるのに、他国は米62・1%、中53・4%、韓67・1%と高い。また「私を一人前の大人と扱う」は日本18・7%、米52・3%、中44・3%、韓30・8%▽「一緒にいる時は楽しい」が日本は32・9%なのに米58・1%、中45・6%、韓45・9%という具合だ。

一方、親が子を他人と比べたり、子の趣味や好みに反対する度合いは4カ国中、日本が一番低い。子への期待はさほど大きくなく、あまりおせっかいでもない、というところか。

中央教育審議会は昨年、青少年育成に関する答申で「日本では父親が子供と過ごす時間が短く、子供のしつけを主に母親が担う傾向がある。子供は規律や社会ルールを直接保護者からしつけられることが少ない」と、親子のコミュニケーションの不足を指摘した。また、子育てに不安を感じる親が以前より増え、親子間に「衝突」のない傾向も挙げている。表面上の穏やかさの一方で、関係の空疎化が進んでいるともみえる。

行政にも相談窓口の増設、カウンセラー配備や支援制度の拡充、法整備など、必要な対応策は多くある。

ただ、一律に即効薬的なすべがあるわけではない。親子の時間を少しずつでも充実させ、時には口論してでもきずなを確かめ合う。家庭、地域、職場で共通認識を持って、そうした機会づくりを進めよう。

親子の日は改めてそう決意し合う日としたい。

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談合損害125億円回収できず

05sikotuko31あきれて、物が言えない。人間の欲望は、際限がないのは良く分かるが、一体自分で骨を折って勝ち取ったお金ではない。予算の分捕りで合戦である。国民の汗で作り上げて税金をこんな形で使われるとは、犯罪でる。

日本の行政に関する犯罪は、発見が難しい、その上罪が甘い、どうもその辺で、我がもの顔で、その役所(省庁)ために、自分のために、頭をめぐらして、口八丁で、相手を手玉に取る輩いて、それが出世したと自他共にのさばれせる風潮があるようだ。

こんな事では、日本は潰される。許せない。もういい加減にしてもらいたい。

府省庁など国の機関や国の出資を受けた国立大学法人などが昨年11月までの約5年半の間に結んだ民間企業との工事などの契約で、談合による損害が340億円を超え、そのうち125億円を回収できていないことが25日、会計検査院の調べでわかった。

契約に「違約金条項」を盛り込んでいなかったため、契約相手方が請求に応じないことが主な理由だ。検査院は「税金を使う各機関は積極的に条項を盛り込むべきだ」と指摘している。

調査対象は、39の国の機関と、独立行政法人や国立大学法人など国が2分の1以上を出資する207の法人。2002年4月から07年11月の間、工事、設計、物品購入、役務に関して結んだ契約で、談合発覚後に違約金を請求できる条項の有無と、損害の回復状況を調べた。

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宮が瀬ダムに思う

今日の名言

過ぎてかえらぬ不幸をくやむのは
更に不幸を招く近道だ。

シェイクスピア『オセロウ』

05tasiroike11みちのくの蛍見し夜の深眠り 大木さつき

七月も終わりに近づき、蛍の季節には少し遅いかもしれないけれど。子供の頃に住んでいた官舎の前の小さな川は、今思えばそれほど清流であったとも思えないのだが、毎夏当然のように蛍が飛んでいた。

仕事帰りのほろ酔いの父が、橋の上で捕まえてきた蛍の、ほの白い光が指の隙間から洩れるのを、じっと見ていた記憶がある。ゆっくり点滅していたのであれは源氏蛍だったのか、この作者がみちのくの旅で出会った蛍は、星がまたたくように光る平家蛍かもしれない。昼間は青田風の渡る水田に、頃合いを見計らって蛍を見に。

蛍の闇に