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2008年6月22日 (日)

退職

今日の名言

親鸞は弟子一人ももたずさふらふ。

唯円『歎異抄』

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退職の言葉少なし赤き薔薇 塚原治

い頃は、人と接するのがひどく苦手でした。多くの人が集まるパーティーに出ることなど、当時の自分には想像もつかないことでした。けれど、勤め人を35年もしているうちに、気がつけばそんなことはなんでもなくなっていました。

社会に出て働くということは、単に事務を執ることだけではなく、職場の人々の中に、違和感のない自分を作り上げる能力を獲得することでもあります。ですから、たいていの人は知らず知らずのうちに、人前で挨拶をしろといわれれば、それなりに出来るようになってしまうものです。

しかし時には、何年勤めても、そういったことに慣れることのできない人がいます。この句を読んで感じたのは、もくもくと働いてきた人が、定年退職を前に、最後の挨拶を強いられている場面でした。その人にとっては、何十年間を働きあげることよりも、たった一度の人前での挨拶のほうが、苦痛であったのかもしれません。

幾日も前から、その瞬間を考えては悩んでいたのです。言葉につまる当人を前に、周りを囲んでいる人たちも気が気ではないのです。言葉などどうでもいい、もうなにも言わなくてもいいからという思いでいっぱいなのです。はやく大きな拍手でたたえて、見事に咲き誇った薔薇を、熱く手渡したかったのです。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2008年6月16日付)所載。(松下育男)

「退職」というと、人性の大きなメモリー的な事である。私の場合も40年勤めたのだが、さすがに、女房も会社に呼ばれて、工場長、部長、などと一緒に会食をした。12000人の従業員の中で100名ぐらいだったが、一緒に退職した。(退職は、毎月100名位)

大勢のスタッフや、お世話になった人に見送られ、大きな花束をいただき、勤めて初めての経験、タクシーで家までおくってもらった。その時はあんまり感激はしなかった。なぜかと言えば、送別会を何度も行ってもらったからだと思う。

財務省の役人は、仕事が遅くなったと言ってタクシーを使ったそうだが、私の会社では、遅くなったら、会社に泊まる。連続の場合は、近くの寮で泊まる。深夜遅く帰って、翌日はどうしたのだろう、と考えてしまった。

人性の大半を過ごした勤めて来た事、たいした業績は上げられなかったが、大過なく勤められたことは、素晴らしいことだ。人の評価は夫々だが、「自分を褒めて上げたい」と思った。

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コメント

はじめまして、こもれびです。5月にブログを始めた初心者です。今日始めてこちらにお邪魔させていただきました。そして・・一気に読ませていただき、感動しました。
まずは、退職、お疲れ様でした。
うちの主人は今年定年退職で、新しい職場に勤めています。
今思うのは、少々メタボではありますが、
倒れることなく退職でき幸せだということです。転勤で息子達にかなり大変な、つらい思いをさせてしまいましたが、人の気持ちを大切にする優しい人間になり、思い出せば申し訳ないことばかりですが感謝しています。
こちらの記事を読ませて頂きながら、うん、うん、とうなずくことばかりでした。
そして反省することも。
人として大切なことをもっと考えなくてはいけないですね。
長くなってすみません。又お邪魔させてくださいね。

投稿 こもれび | 2008年6月22日 (日) 11時25分

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