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2008年5月

2008年5月31日 (土)

米・中・ロも賛同を!

07_sl_kurosawa21_2クラスター爆弾の全面禁止

日本は4種類のクラスター爆弾を保有していると言われ、その一種類の処分でも100億円掛かるという。全部処理したら400億とも言われている。なぜ、世界でも軍事力では、最右翼のアメリカ・ロシア・中国が参加すらしていない。何とも片手落ちのきらいがある。

先の環境の問題でも、京都議定書などもアメリカは、極めて消極的であった。それに対し世界国々では、不信の声が余り上がらない。しかし7月の洞爺湖サミットで環境問題を重要ターまで取り上げ議論をするそうなので、アメリカも前向きな姿勢で望むとのことである。

クラスター爆弾の前面禁止は福田康夫首相の政治決断であるとされ、今日の新聞で、朝日・毎日・日経が社説で取り上げている。日本の決断に評価している。

しかし、世界でも一番保有しているとされているアメリカ・ロシア・中国の賛同得られないとは、余りにもおかしいせかいの世論の力で、廃絶する方向に向かわせ無ければならない。

イラク戦争で、アメリカは多くのクラスター爆弾を使ったという。不発弾の処理が厄介であるという。この事は、強国の勝手な解釈で保有しているだろうが、賛同しない国でその爆弾が落とされたらどのように、民衆は、思うのだろうか、自分の肉親が犠牲になった事を考えて、もらいたいものだ。

日経新聞社説は、                                          クラスター(房の意)爆弾は1つの容器に数個から数百個の子爆弾を詰め、空中で開いて広い範囲に落とす。不発に終わる子爆弾が多く、それに触れ死傷する事故が後を絶たない。そうした事故で死傷したのは1万人を上回り、その3分の1は子供、という推計がある。

 アイルランドで開いた国際会議では「爆弾に自己破壊装置が付いている」などにより不発で残る恐れが低い高機能のものを除いて事実上、全面禁止する条約を採択した。12月に署名する。この実質全面禁止の案に英、仏、独は当初、反対していたが同意に回り、日本もそれに続いた。日本が持つクラスター爆弾はすべて禁止の対象になり、8年以内に在庫を全廃する。

 ところが米、中、ロは今回の会議に参加すらしなかった。大量保有国が条約を支持しないのでは悲惨な事故の根絶は到底望めない。実効ある条約にするために、これら3カ国の参加は欠かせない。日本を含む先進各国は米中ロに粘り強く参加を呼びかけるべきだ。

 もし米中ロが参加すれば発展途上国がクラスター爆弾を持ったり、増やしたりするのを防ぐ効果も大きい。また核兵器や生物・化学兵器など大量破壊兵器の削減や廃止に向けた国際社会の動きを加速することにもつながるはず。

 さらに、この問題で欧州と日本が手を結び、米国や中ロを説得できたなら、地球温暖化対策など多くの課題に応用できるかもしれない。そのためにも米中ロの説得へ日欧が結束して当たるときだ。

 今回、防衛専門家らの消極論を踏まえつつも条約案への同意を指示した首相の決断を評価したいが、クラスター弾被害根絶への闘いはこれからが本番ともいえる。

団塊の世代

05tasiroike11肩書きが とれて肩凝り しなくなり」 

サラリーマン川柳の入選作品

団塊の世代昭和22~24年(1947~49)ごろの第一 次ベビーブーム時代に生まれた世代。他世代に比較して人数が多いところからだが、去年・今年と一斉に退職された。長年勤め上げた末の定年退職であればいいのだが、 リストラでやむなく退職されたお方もいる。 企業の命運と我が人生は一心同体、家庭をも顧みず自らの心身を没頭して、ひたすら企業の活動に全身全霊を傾倒してこれまでやってきた。そして今、その企業人ではなく自由人となった自分を見つめ直した時、何かホットするとともに、ちょっと寂しい思いがする。

定年退職して、夫々の第二の人性を心待ちにしている人もいると思うが、ボランテアで地域のために力を貸して欲しい。最近テレビで、地域の町会や自地会の役員がなかなかいないという番組があったそうだが、世間一般そうなのか・・・。

私の町会も役員のなり手がいなくて、困っている。町会で地域の必要性を訴えているのだが、どうしてか理解してくれない。

長年の勤めで確かに疲れているは分かるが、地域の連帯と発展には今まで培われた才能をお借りしたいのである。特に勤め先での実績を生かして欲しいと思うのだが・・・。

防犯防災・交通安全・独り暮らしの見回り・環境美化・学校ボランテア・公園アドプト要員などで、防犯パトロール、交通指導員、防災隊員、一人暮らし見回り隊・ゴミ拾いなどがある。その他連帯感を深めるため、町会行事で盆踊り・老人の集いなどを主催している。

一人の人のが全てをやるのでは無く、一人一人が何か地域の事に力を貸してもらい。そういった、団塊の世代の方にお願いしているのだが・・・。

 

五月蝿と書いて“うるさい”

彼は、決して、あまり面白く遊んでいるような風(ふう)は見せない。玩具を取り返されるのが怖(こわ)いからだ。  ルナアル『にんじん』

23581_2叩きたる蠅の前世思ひけり 小松月尚

蠅といえば、むしむしし始めた台所にどこからともなく現れて、そこにたかるんじゃない、というところにちゃっかり止まるので、子供の頃は、できた料理にたかりそうになる蠅を追い払うのもお手伝いのひとつだった。

強い西日をうけてさらにぎとぎと光る蠅取り紙も、蚊取り線香の匂いや、色よく漬かった茄子のおしんこのつまみ食いなどとともに、夏の夕暮れ時の台所の思い出である。そんな蠅だが、最近はめっきり見かけなくなった。

先日玄関先で久しぶりに遭遇、あらお久しぶりという気分だったが、昔は、とにかくバイ菌のかたまりだ、とばかり思いきり叩いた。同じように叩いてしまってから、ふとその前世を思っている作者である、真宗大谷派の僧であったと知ればうなずけるのだけれど。

蠅の前世、という表現は少し滑稽味を帯びながら、作者の愛情深い視線と、飄々とした人柄を感じさせる。句集の虚子の前書きの中には「総てを抛(な)げ出してしまつて阿彌陀さまと二人でゐる此のお坊さんが好きであります。」という一文があり、その人となりを思う。『涅槃』(1951)所収。(今井肖子)

うるさいと 書いて五月蝿い 蝿のやつ

飛び交うや 蝿つまみ取る 武蔵なり

最近こそ蝿は滅多に家の中に現れないが、昔は、やたらにいた。蝿取り紙を天井からぶら下げておいたり、蝿たたきを腰元に置いたりした。天井にとまっている蝿を長いガラス管(フラスコ状なもの)で取った経験がある。

それだけ衛生状態が悪かったのだろうが、あんまり気にし無かった。よくテレビでアフリカや東南アジアの現地の家族など食事風景などを放映されることがあるが、蝿が顔や、食べ物にとまっていることがある。その場面を見ると終戦直後などの貧しい頃を思い出すのである。その頃は疫痢や赤痢で子供が死んだ。平均寿命も50なん歳だったという。

今では、ゾットすることだが、よく足の脛などに“デキモノ”ができた。その化膿したウミを目がけて蝿がたかるのである。それを追い払うのが大変だった。今から60年以上前のことだ。

2008年5月30日 (金)

介護のこと

1020208_img1 今朝の朝日新聞社説「介護の人材ー賃金の改善を最優先に」を読んで

実際の年寄りを抱えて、大変な思いをしている家族のことを本当に考えているのか、また誰だって、介護師のお世話になるのである。このことを思って、「必要があると認めるときは、必要な措置を講じるものとする」。不真面目な、表現の法律だ。

私も、両親、長兄の夫婦の終末期のすざましい闘いをかいま見ているが、言葉に表さない壮絶な思いがある。そして、亡くなった義母が施設にお世話になっているときに言った言葉が忘れられない。本当の親切にしてくださった介護師の○○さんが、結婚するので辞めるとの報に涙して話した。「どうしてなの」の答えに「介護師は給料が安く、結婚しても食べていけないので、別な職業に探すというのだ」なんとも情けない。

今まで一家の大黒柱で、支えてくれた両親は、最後は子供たちでは、介護で来ず、施設にお願いするしか方法がなかった。家の事情もあった。もし面倒を見るというなら、会社を定年を待たずに辞めるしか方法がなかった。(実際そういう人もいるそうだ)

今の行政の年金・後期高齢医療制度に、もの凄く不安である、誰だって誰かの介護の面倒を見てもらう終末期は、必ずやって来る。

このことは社会問題であり、また、一番不安な気持でいる方が多いと思う。人間は動物であるが唯一自分の必ず死ぬということ分かっている動物である。世の中「安全・安心」が保障される政治行政がなされる事が人間の本当の政治と思うが・・・。

社説内容                                               「来年4月までに、必要があると認めるときは、必要な措置を講じるものとする」

 何ともとぼけた表現の法律が今国会で成立した。介護を担う優れた人材を確保するための法律なのだが、条文はたった1条だけで、中身がない。

 介護の現場の人手不足は深刻さを増す一方だ。現在100万人あまりが働いているが、毎年20%が辞めていく。景気が回復している都市部が特にひどい。介護保険が始まった00年以来、増え続けてきた訪問介護の事業所も、人が集まらないのと経営難で、去年12月ごろから減少に転じている。 不安なのは、介護福祉士を養成する各地の専門学校や大学で定員割れが続いていることだ。

 厚生労働省によると、07年4月の定員合計2万6千人に対し、入学者は64%にすぎない。07年度中に12校が養成課程を閉鎖した。若者が介護の職場をめざそうとしなくなったのだ。介護職員の平均月収は20万円あまり。重労働なのに、他の仕事より10万円以上低い。介護保険制度研究会の調査では「賃金が低い」が退職理由の1位で、他を大きく引き離している。身分も不安定で半数近くが非正社員だ。多くがワーキングプアのような状態に置かれて、将来の夢が描けない。

 介護職員の人件費を含め、介護サービスにかかる費用は政府が決める介護報酬でまかなわれている。 介護保険の利用者が年々ふえ、介護報酬の総額がふくらみ続ける。それを抑えようと、厚労省は2度にわたって介護報酬を引き下げた。賃金が低いのは、それが原因だ。財政面にばかり気を取られているうちに、担い手が次々に逃げ出している。

 現在410万人いる要介護認定者が10年後には600万人を超える。少なくともあと50万人の介護職員が必要だ。このままでは、せっかくの介護保険制度が人材面から崩壊しかねない。  法律がいう「必要な措置」の最優先は、賃金を上げることだ。介護報酬を上げたうえで、値上げ分が確実に人件費へ回るよう工夫したい。

 問題は財源だ。介護報酬は、9割を保険料と税金から支出し、1割を利用者が負担する。保険料も自己負担も限界に近いので、ここは税金からの支出を考えざるをえない。そのために、予算配分を見直す必要がある。

 世界で例のないスピードで高齢化が進む。限られた予算をこれまでと同じ配分でダムや河川や道路などに使うのか、介護や医療、教育へ大胆に移すのか。国民も選択を迫られている。 もしそれでも足りなくなったら、増税も避けられなくなるだろう。 介護の担い手とサービスを守るためには、私たちも少し、ふところを痛める覚悟が必要かもしれない。

法事に思う

10005i1法事に呼ばれている。そこで考えてみた。

 同い年の小渕恵三元首相が現役で病に倒れ亡くなった。橋本竜太郎元首相も同い年であるが亡くなった。2人とも輝かしいご功績を残された。そして、血の出るような苦労と努力を重ね、財や地位を築かれた人も近所にもいる。その人の生きざまをかえりみる時、心の琴線に響かないこともある。では、人の幸せとは何か、生きている時が花や、死んでしまったらおしまいだ、などと、短絡な言葉は慎みたいものですが、つきつめていくと「今、生きている」その事に尽きると思う。 

 人がこの世に生まれてくることは、「受け難き人身を受けたのだ」とお釈迦さまは、教えたと言う。それは先祖から父母へと続く命をいただいたということで、しかもさまざまな命に支えられ生かされているという事実にもとずくものである。先祖や天地自然に畏敬の念をもち、謙虚な姿勢を生き方の基本として、ただひたすらに今生を生きぬくということだろうと思う。

 病院での死は自宅での場合と違い肉親との距離をつくってしまう、遺体に触れることさえない場合もある。家族3世代はつい30年位前まで普通であったが、今は核家族が進んで、なかなか子供が人の死を見つめる事がない。人間は生・老・病・死の体感させる事が如何に大事か、71歳の年を数えて、つくづく感じるのである。

 人の死、それが身近な人である場合は、悲嘆、落胆は大きいだろう。その程度は深く、長く続きます、場合によってはそのショックから立ち直れずに、自分の命をちぢめる人もある。 
 日本人は欧米人と比べると、この悲嘆、落胆からの回復の程度が早いと言われているようだが、死が突然である場合と、病床看護がある程度なされた場合と、老若、男女によっても違いはあるが、死別しても追善供養(死者の冥福をいのり、供物をそなえて回向する)をとおして、死者は永遠に消滅したのではなく、亡き人と一体感をもち続けることができるからだと思う。

今回の法事は義姉の3回忌である。普通の人間であったと思うが、有名人と同じ、一人の人間である。人は皆同じ一生を生き抜き終える。確かに、死んでしまえば皆同じであるが、残された子孫は、そのDNAを継いで生きているのである。もし、先祖がいなければ今はない。

そう考えると、先祖を敬い今を大事に生きなければと思う。そして子孫をしっかり受け継ぐことだろう。

五月雨

今日の名言

面とむかって人を誉めたがるやつは、また影にまわると悪口をいいたがる。

『荘子』(四)

271五月雨や上野の山も見あきたり 正岡子規

明治三十四年、死の前年の作。子規は根岸の庵から雨に煙る緑の上野の山を毎日のように見ていた。病臥の子規にとって「見あきたり」は実感だろうが、人間は晩年になると現世のさまざまの風景に対してそんな感慨をもつようになるのであろうか。

「見るべきほどのことは見つ」は壇ノ浦で自害する前の平知盛の言葉。春を病み松の根つ子も見あきたりは西東三鬼の絶句。三鬼の中にこの子規の句への思いがあったのかどうか。この世を去るときは知盛のように達観できるのが理想だが、なかなかそうはいかない。

子規も三鬼も「見あきたり」といいながら「見る」ことへの執着が感じられる。思えば子規が発見した「写生」は西洋画がヒントになったというのが定説だが、この「見る」ということが「生きる」ことと同義になる子規の境涯が大きな動機となっていることは否定できない。

生きることは見ること。見ることの中に自己の瞬時瞬時の生を実感することが「写生」であった。『日本の詩歌3・中公文庫』(1975)所載。(今井 聖)

五月雨や 鯉の動きは はつらつと

一日中  五月雨降って 火がこいし

窓ガラス 切れ葉をつけて 驟雨かな 

前の日は27度の夏日で、涼風が気持がよかったが、昨日は一日中雨で16度で火が恋しい。コタツにももぐってしまった。温度差が10度は70歳をちょっと超えたくらいでも、結構身体に堪える。雨戸に雨粒が付いているところから、風もあるのかなあ・・・。

湯殿川は、鯉が沢山見えるが今日は水が濁り見えない。一体何処に行ったのだろうか、ちょっと心配になった。

2008年5月29日 (木)

中国へ自衛隊機が派遣

Yangtzeinthreegorges1_2NHKwebニュースの焦点の記事から、

日本政府は、中国政府からの要請に応え、四川大地震の救援にあたるため、航空自衛隊のC130輸送機を中国に派遣して、自衛隊が所有するテントや毛布などの物資を輸送し、無償で譲渡する方針を固めました。
自衛隊機が派遣されれば、中国に自衛隊の部隊が入るのは初めてのこととなります。
四川大地震では670万人以上が家を失って、不自由な避難生活を余儀なくされ、テントや毛布などの救援物資を行き渡らせることが課題となっています。
こうしたなか、町村官房長官は28日午後の記者会見で、中国政府から27日、北京にある日本大使館に対して、救援物資とその輸送の要請があったことを明らかにし、「自衛隊のテントや毛布などを自衛隊機で中国の空港まで運んでもらいたいという趣旨だと理解している。中国国内での輸送までは望んでいないようだ」と述べました。
そのうえで、町村官房長官は「できるだけ早く答えが出るように急いでいる」と述べました。
そして政府は、国際緊急援助隊法に基づいて、航空自衛隊のC130輸送機を中国に派遣して、自衛隊が所有するテントや毛布、それに医薬品などの救援物資を輸送し、無償で譲渡する方針を固めました。
これまで、航空自衛隊が運用する政府専用機が総理大臣の訪問などで派遣されたほか、旧日本軍が中国に残したとみられる化学兵器の回収などに自衛官が派遣された例はありますが、自衛隊機が派遣されれば、中国に自衛隊の部隊が入るのは初めてのこととなります。
これについて高村外務大臣は、記者団に対し、「相当大きな被害が出ているので、隣国としてお役に立つことはできるだけのことをしたい。テント、毛布、医薬品、電灯のようなものを送ることになるのではないか。具体的な要請があれば、応えられるものについては応えていきたい」と述べました。

zakzakの記事にあったものだが、中国問題評論家の石平氏は「驚くべき話だ。ロシア機ならまだしも、自衛隊機を中国領空で飛ばせるなど常識では考えられない。中国で輸送機が不足しているとは思えず、単純な人道的要請ではないはず。この機会に日米同盟にクサビを打ち込むなど、国際政治を見すえた政治的要請のような気がする」と語っている

人道上の問題だ。ロシア・アメリカ・パキスタンなどが、輸送機を派遣して毛布・発電機などを輸送しているとのことだ。特にロシアは大型ヘリコプターを出し重機をせきとめ湖近くに運んでいて、他15機以上で400トンを輸送しているとことだ。

しかし、現地の成都市の住民は、過去の歴史から、必ずしも自衛隊を歓迎する人ばかりではないようだ。これが実現したら、中国・日本の関係、アメリカ・日本の関係など、今までと違った視点で対応が迫られることになる。

梅の実と桑のみ

今日の名言

嫉妬に御用心なさいまし。嫉妬は緑色の目をした怪物で、人の心を餌食(えじき)にしてもてあそびます。 シエクスピア『オセロウ』

05ainokura11おにいちゃんおこられながらバラ見てた須田知子

家々の門口に美しく咲き誇っていた薔薇も週末の雨でだいぶ散ってしまった。四季咲きの薔薇も多くなっているけど、やはり五月の薔薇が一番美しい。平仮名の表記と幼い口調に、小学生ぐらいの自分に引き戻された。

そういえば昔はよく説教をされたっけ。けんかをしたとき、物を壊したとき、怖い顔で怒っている親の顔と正面から向き合っているのは気まずい。とは言え神妙な顔をしていないと、くどくどくどくど説教はいつまでも続く。

子供ながらに視線の置き方が難しかった覚えがある。自分は悪くない。と、くやしい気持ちに涙をこらえて頑なに横を向き、関係ないものをじっと見詰めていたときもある。この男の子もきっとそんな気持ちでふと目に止まったバラを見ていたのだろう。それが、そのうちバラの美しさにひきつけられて、怒られていることは忘れてバラに見入っているのかもしれない。

そんな兄の変化を少し離れたところからじっと見ている妹。単純なようでバラを中心に、少年の心の変化と家族の情景が鮮明に浮かび上がってくる句だと思う。『さあ現代俳句へ』(1997)所載。(三宅やよい)

怒鳴り声  桑の実食った 口を見て

梅の実や すっぱい思い出 幼子ころ

畑道を散歩していたら、大きな桑の木のがあった。見上げるむらさき色の実が一杯付いていた。これは食べられるぞ!と一つ口に入れたら、ほのかに甘い。ああ・・・むかしの頃一杯取ってビンに入れ持ち帰ったことを思い出す、懐かしい味がした。

梅の実を、漬けて見ないかと町会長にもらった。小梅である、洗って一夜水につけて置き、水を切て、塩一割で漬けるのだと教えられた。さーて漬けて見るか。

2008年5月28日 (水)

信頼失くせばこういうことに

287_field111始船場吉兆の廃業は、なるべくしてなったものと思う。「ワンマン経営」ならまだしも、お客を裏切ることしばしばでは、どんなに、心を入れ替えたと言っても、お客は信用しない。お客から、信頼が無くなれば、お客は来ないのは当然である。

ごく最近の大相撲の千秋楽の結びの一番で、横綱同士の対決で勝負が付いた後に見苦しい場面を見てお客は、眉をひそめたのだ。一斉に新聞・テレビで取り上げられたが、相撲協会の北の湖理事長は、白鳳のみに注意して朝青龍には注意しなかった。それはおかしいと横綱審議委員会で両成敗だ。といって、理事長に話し。2人の横綱を呼んで注意したという。相撲協会もなんとも品格がない。

いかに、自分勝手な、お客さんそっちのけの態度で相撲協会も分かっているはずだが、一向に良くなっていない。こんな心構えでは、相撲協会も廃業になるかも?・・・。

世間一般に自己主張が強く、相手の立場に立って考える心のゆとりがなくなってしまった人が多くなって極端だが、人を殺しても、相手が悪かったから、と自分勝手ないい訳をするなんて、世も末だ。何とかしなくては・・・・相撲ファンだから・・・。

NHKwebより「船場吉兆」の廃業の記事

大阪・中央区に本店のある料亭「船場吉兆」は、28日午前10時から本店と博多店で従業員への説明会を開き、廃業する方針を説明しました。「船場吉兆」は、牛肉の産地偽装など一連の不祥事を受けて料亭の営業を自粛したあと、経営陣を刷新し、ことし1月、裁判所に民事再生法の適用を申請して経営の再建を図っていました。しかし、その後、営業を自粛するまでの期間に4つあったすべての店舗で、客が食べ残した料理を使い回していたことがわかりました。関係者によりますと、営業を再開したあと以前の半分ぐらいまで回復していた客は、使い回しの発覚後、一気に減るなど客離れに歯止めがかからないことから再建を断念し、廃業する方針を決めたということです。「船場吉兆」は、昭和5年に大阪で創業した料理店が発祥の料亭「吉兆」グループの一つで、一時は大阪で2店、福岡で2店を運営していましたが、相次ぐ不祥事で信頼を回復できないまま、廃業することになりました。福岡市博多区にある「船場吉兆」の博多店でも、28日午前10時から従業員への説明会が開かれました。説明会は、従業員10人ほどが出席して1時間余りにわたって行われました。博多店では、店の前に「都合により営業を中止しております」と書かれた紙がはり出され、入り口は閉じられたままになっています。

自然に生きる

Shibutoge61自然の生きものたちは、ただ無心に生きている

 東の空が白みはじめる黎明の時刻になると、帳の中にいた野鳥のさえずりが最初に聞こえてくると、それまで静まりかえっていた空気を破るかのように、さえずりが聞こえてくる。すると、それに呼応するかのように他からも鳥の鳴き声が聞こえ始め、そして、あちらからも、こちらからも、さまざまな鳥たちの「今日が始まるよ」という声が、言葉のように聞こえてくる。生きものたちが最も活き活きしているのが、朝の一時である。

 5月は生命が躍動する時節。木々の緑は深みを増し、花を咲かせる、生きものの多くがこの時期に子孫を産み育て、鳥や昆虫、動物たちが一年で最も命の輝きを見せるのもこの時期である。
 生きものたちは、生きるということになんの疑問もなく、自然現象の如くに命を躍動させている。それは子孫を残すという遺伝子のはたらきのままに生きているという姿のように見えるのである。

季節の移り変わりを、味わうことなく過ぎてしまう現代の忙しい社会で、生き物すべてが、動き出すこの時期に、朝の始動を、たまには、じっくり感じて見てはいかがと思うのである。

春夏秋冬の季節がある自然環境のもとでは、この時期に生きものたちの新しい命の誕生が集中している。だから、生きものたちにとっては短い一生の中で最も命輝く時節である。自然の流れのままに生かされている生きもたちは命が輝いているように見える。それはあたえられた命をただ無心に生きているからだろう。

どんなに、文明が発達しても、所詮人間は生身の生き物で暖かい、血の通った動物である。ロボットで動いている訳ではない。ニュースで、アメリカNASAの火星探査機『フェニックス』が、日本時間26日午前8時53分ごろ、火星に着陸したとのことである。こんなに宇宙に切り開いたとしても、人間の力も自然の力には及びもしない。

人間は、自然の中で生きられるのであって、忙しい時代であるが自然をじっくり見直しながら生きることに、心がけることが大事だと思う。

夏の海

Photo今日の名言 [実をいうと古美術の研究は自分にはわき道だと思われる。今度の旅行も、古美術の力を享受することによって、自分の心を洗い、そうして富まそう、というに過ぎない。]              和辻哲郎『古寺巡礼』

石載せし小家小家や夏の海 田中貢太郎

貢太郎は一九四一年に亡くなっているから、この海辺の光景は大正から昭和にかけてのものか? 夏の海浜とはいえ、まだのどかというか海だけがだだっ広い時代の実景であろう。粗末で小さい家がぽつりぽつりとあるだけの海の村。

おそらく気のきいた海水浴場などではないのだろうし、浜茶屋といったものもない。海浜にしがみつくようにして小さな家が点々とあるだけの、ごくありきたりの風景。しかも、その粗末な家の屋根も瓦葺ではなく、杉皮か板を載せて、その上に石がいくつか重しのように載っけられている。

いかにも鄙びた光景で、夏の海だけがまぶしく家々に迫っているようだ。「小家小家」が打ち寄せる「小波小波」のようにさえ感じられる。何をかくそう、私の家も昭和二十五年頃まで屋根は瓦葺でもトタンでもなく、大きな杉皮を敷きつめ、その上にごろた石がいくつも載っかった古家だった。よく雨漏りがしていたなあ。

貢太郎は高知出身の作家。代表作に『日本怪談全集』があるように、怪談や情話を多く書いた作家だった。そういう作家が詠んだ句として改めて読んでみると、「小家」が何やら尋常のもではないような気もして謎めいてくる。貢太郎の句はそれほど傑出しているとは思われないが、俳人との交際もさかんで多くの句が残されている。

豚を積む名無し小駅の暑さかなという夏の句もある。「夏の海」といえば、渡邊白泉の夏の海水兵ひとり紛失すを忘れるわけにはいかない。『田中貢太郎俳句集』(1926)所収。(八木忠栄)

 海開き 暑きすな浜 足の裏

 海の家 よしずにはためく 氷旗

6月になると、各地で海開きが始まる。すでに沖縄では4月ごろに行っているという。沖縄といえば、もう梅雨に入っている。湘南の江ノ島は7月1日だそうだ。

昨日は、晴れて気温は高かったが湿度が低かったので過ごしやすかった。夜になって防犯パトロールで回っている時に、涼しい風が気持ちよかった。さーて今日の天気はどうなるのだろう。

2008年5月27日 (火)

人間形成

Center171現代の歪が出ているのも人間形成時期に、おなざりになっていた教育方針が、はっきりしないままに、人が育つ環境が急速に変化してしまっている。少子・高齢社会の到来による社会構造の変化、産業・雇用状況が及ぼす家庭への影響、地域社会における人間関係の希薄化、各家庭における価値観の多様化など、この変化は、人が学び、育っていく家庭・学校・地域・社会の各階層において進行しており、さまざまな歪みが問題を引き起こしている。
人の一生を学びの過程と考え、幼児期、学校教育期、社会人、それぞれの段階における学びとその環境構築について考察・研究していくことが大事なことである。したがって、人の健康、心のあり方、家族関係、教育問題、教養、生涯学習基盤の問題等々について検討し、より良い人間形成と発達が保障される環境作りをしなければならない。

地域社会での日常生活をフィールドにして、
地球環境問題を見据える・・・・
人と自然が共生し、
人と人が共生できる社会を目指すためである。

 「何気なく生きる」のは悪いことではない。しかし「何も知らずに流される」のは不幸である。私たちはどこに住み、何を食べているのか。それは誰が作り、どこから運ばれてきたのか・・・食べ物だけでなく、水や空気でさえ、誰かが作り、そして誰かが汚している。家を建てたとき、その土地に以前に住んでいた人、そこに生えていた植物や、その植物と暮らしていた虫はどこへ行ったのだろう?

他人の心を思う自分の心のあり方を
明確に把握するため、
心理学の必要性の認識することである

 人にやさしくしてあげたくなるのはなぜ? いじめを見てみぬふりをしてしまうのはなぜ? 食卓に花が飾ってあると、どうして気持ちが和む。公園に緑が少ないと落ち着かないのは、どうして。人の心を理解することは、まず自分を見つめることからはじまる。

環境相会合―歩み寄りの芽を育てたい

06oga_toga11_2 今日の新聞社説は、朝日・読売・毎日・日経・東京が環境相会合の事が載っていた。

温暖化対策の長期的な目標について、世界共通のゴールが示されたということだろう。

毎日新聞では、                                               神戸市で開かれたG8(主要8か国)環境相会合は、温室効果ガスの排出量を「2050年までに世界全体で半減する」という長期目標を北海道洞爺湖サミットで最終決定することで合意した。

 会合には、G8のほか、京都議定書で削減義務を負っていない中国やインドなどの主要排出国も招待国として参加した。

 先進国だけでなく途上国まで含めた環境政策の代表が参加した会議で、気候変動対策にどこまで合意できるか。洞爺湖サミットに向け踏み込んだメッセージが期待されたが、26日に採択した議長総括をみると肩透かしの感がぬぐえない。

 長期目標については、昨年の独ハイリゲンダム・サミットで「全世界の排出量を2050年に少なくとも半減させる」との目標を真剣に検討することが合意された。洞爺湖サミットでは、これをさらに一歩前に進める必要がある。

 ところが、環境相会合の議長総括では明確な数値や基準年は示されず、「世界の排出量を半減するために、先進国が大幅な削減を達成する」との表現にとどまった。前日の議長総括案にあった「先進国は50年に50%を大幅に上回る削減をめざす」という内容は盛り込めず、後退している。

 長期目標の達成に道筋をつけるには、中期目標の設定も欠かせない。科学者を中心に組織する「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、先進国に対し「90年に比べ20年に25~40%の削減」を求めている。

 今回の議長総括には、世界の排出量を今後10~20年で減少に転じさせるために、先進国は国別総量目標を掲げて取り組むことが盛り込まれた。途上国の行動の必要性も指摘された。

 ただ、中期目標については「IPCCの科学的知見を考慮して、実効的な目標を設定する」との表現にとどまった。具体的数値も、排出を頭打ちにするための道筋も示されていない。

 ここからは、京都議定書の第1約束期間が終了した後の13年以降、世界が一丸となって排出削減をしていくための明確な意思が読み取れない。

 その背景には、議長国である日本自身の覚悟のなさもあるのではないか。排出削減をめぐっては、相変わらず環境省と経済産業省や産業界が対立し、日本としての姿勢が見えにくい。

 政府は洞爺湖サミットに向け、地球温暖化対策に関する「福田ビジョン」を公表するという。この中で「2050年までに現状比で60~80%削減」との長期目標を示す方向という。具体的な長期目標を示すことは重要だが、それだけでなく、中期目標についても日本としてのはっきりした姿勢を示すべきだ。そうでなければ、長期目標が絵に描いた餅になってしまう。

 温暖化対策に消極的だった米国も、大統領が誰になるにせよ、次期政権は積極策に向けて大きくかじを切ると考えられる。それを十分に見据え、日本の戦略を確立する時がきている。

英語教育の見直しとは

0107ukisima11 今朝の産経新聞社説より

教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)が、1次報告で小学3年からの英語必修化を目指すなど英語教育の抜本見直しを提言した。

 中学から大学まで10年間勉強しても身に付かない日本の英語教育は長年、見直しが求められてきた。だが、小学校から英語を必修化することには専門家でも賛否が割れる。小学校で何をどう教えるのかという意義を明確にし、国際社会で通じるコミュニケーション能力の充実を議論すべきだ。

 文部科学省の調査では既に小学校では97%の学校で総合学習などを利用して英語に触れる学習を行っている。平成23年度から完全実施の新学習指導要領では、小学5年から週1時間、英語活動が必修になることが決まっている。

 ただ新指導要領では小学校の英語は教科とは位置づけず、点数評価はしない。これに対し、1次報告では中国、韓国などが「日本の中学相当の英語教育をすでに小学校で行っている」とし、新指導要領よりさらに早期の小3からの英語必修化を打ち出した。まず5000校程度のモデル校で始めることを提案している。

 小学校の英語必修化に対しては、指導要領の議論でも当時、文部科学相の伊吹文明氏が「美しい日本語が話せないのに、外国語を必修化しても駄目」と発言するなど反対があった。

 英語教育の専門家を含め小学校からの英語への賛否はこうだ。賛成派は「10歳程度までの幼少期に英語を始めなければ身に付かない」と早期教育を訴える。慎重派は「根拠がない」とし、英語教育の素人が教える小学校の態勢では英語力向上につながらないと疑問視する意見もある。

 1次報告は、小学校から大学まで各段階の目標を立てた英語教育の強化を訴えるとともに、最終的に「日本の伝統・文化を英語で説明できる日本人を育成する」とうたっている

 小学校では国語など基礎学力向上が急務だ。小学校の英語を進めるには利点や弊害を踏まえ、教えるねらいを明確にしたうえで、指導法を工夫し、中学以降の英語教育の充実につなげるべきだ。1次報告の提言でも示されたように日本を語り、情報発信できる人材が求められている。国際社会の中、自分の言葉で話せる人材育成に議論を深めたい。

確かにグローバル化した現代で、英語は必要であることは理解できる。しかし、伊吹自民党幹事長の言う通り、正しい日本語も話せないのに英語を必修化してもどうか疑問である。ゆとり教育の弊害や、道徳教育の不完全なままでは困るのである。

また、語学力に力をいれても心の教育をなおざりでは人間形成に必要な基礎教育にはならないだろう。そうして、益々学力の平準化は、難しくなってしまうことになる。

青い梅の実

今日の名言

弱いということは哀れなことだ、あえて事を行うにしろ、事を忍ぶにしろ!

ミルトン『失楽園』(上)

07kitayamazaki31

打ち返す波くろぐろと梅雨の蝶 一 民江

日本列島もちらほらと梅雨入りの声が聞かれるようになった。先日、雨降りのなかで、美しかった空の思い出を話していたら、山で見た空は青を通り越し黒く見えたという方がいた。あまりに透明度が高く、その向こうにある宇宙が透けているのだという。

それが科学的根拠に基づいているのかそうでないかは別として、聞いている全員がふわっと肌が粟立つ思いにかられた。美しさのあまり、見えないはずの向こうが見えてしまうという恐怖を共有したのだった。

掲句の波も、見えるはずのない海のくろぐろとした奥底を映し出してしまったような恐ろしさがあり、そこに梅雨のわずかな晴れ間を見つけ蝶が波の上を舞う。春の訪れを告げる軽やかな蝶たちと、夏の揚羽などの豪奢な蝶の間で、梅雨の蝶はあてどなく暗く重い。

タロットカードに登場する蝶は魂を象徴するという。もし掲句のカードがあったとしたら、「永遠に続く暗雲に翻弄される」とでも言われそうな衝撃の絵札となることだろう。〈よく動く兜虫より買はれけり〉〈梅を干す梅の数だけ手を加へ〉〈送り火のひとりになつてしまひけり〉『たびごころ』(2008)所収。(土肥あき子)

曇り空 青梅の透きに 晴れ間あり

沖縄は 梅雨入りとなる この暑さ

きのう、青い梅の実を口にしたら、子供の頃の思い出が甦った。竹の皮で梅干を包み、皮ごとしゃぶるのである。ああ!そんなことをして遊んだなあ・・・。そして食べ終わると種を割って中の芯まで食べたことも・・・。

昨日も、早朝ゴミ拾いのボランテアをおこなった。「掃けば散り掃けばまた散り積もる人の心も庭の落葉も」を思い出す。

「拾えば捨て、拾えばまた捨て、拾わなければ荒れるのみ、人の心も自然環境も」

2008年5月26日 (月)

自分自身を輝かせる

Takabotti111自分自身を輝かせる

 この世の中は、光に満ちあふれて輝いている。私達はこのことに気づかないでいる。輝きを美しいと受け取れない、何かが心の奥ににあるからだ。

 自分の気持ちに差し障りがあるから、素直に受けとれない。このぼやっとした差し障りのことを煩悩というのだ。その煩悩を捨て去り、ぬぐい去れば、ほんの一時でも、美しいものを美しいと思え、美しいと見ることができる。

 でもまたすぐにその煩悩の差し障りが、目の前をふさいでしまう。それで常に自らの心を磨く努力をしなければいけないのである。これを精進というのだろう、日々そういう生き方を心掛け実践することを修行ということが出来る。

 少しでも精進し、修行していれば、美しいと思う心を、美しいと見る目を、美しいと聞く耳を持つことが出来てくるのである。

 煩悩を滅除して、無我になれた時、自他の区別はなくなり、一切が空であることをお釈迦様は覚られたそうだ。悩み苦しみの原因を他に求めようとするのが現代の風潮です、親、友達がこうだからとか、世の中みなそうだ、社会が悪い、などと、悩み苦しみから逃れるすべを他に求めてしまいがちである。

 自分自身の見方、聴き方、思う心を変えて見ることだと思う、輝けるこの世界に生きる自分自身を輝かせること、そうすれば日々が輝きの喜びの世界に変わって来るの筈である。

修行とは、世の中のできごとを悪いこと良いこと全てを、快く受け入れることのできる心だと思う。そして「人生死ぬまで修行である」               

(大辞泉では、 悟りをめざして心身浄化を習い修めること。)

人も花も立派に咲かせるには同じ・・・

今日の名言                                            ものごとが実行に移されたら最後、迅速に匹敵する秘密保持はない。『ベーコン随想集』

05gihu_hana_festa21中肉にして中背の暑さかな 加藤静夫

この句、どことなくおかしい。「おかしい」と言うのは、変であり滑稽でもあるという意味だ。すらりと読み下ろせば、この「中肉にして中背の」形容は「暑さ」に掛かることになる。つまり、暑さを擬人化していると読める。

しかしいくら擬人化しているとはいえ、中肉中背の暑さとは不可解だ。どんな暑さなのか。強いて言えば季節に頃合いの暑さと受け取れなくもないけれど、その暑さの程度はわかったようでわからない。でも読者は馬鹿じゃないから、ここで瞬時に読みの方角を転換して、中肉中背とはすなわち作者のことであり、その作者が感じている暑さのことだと頭を切り替える。が、そう読んでしまうと、さあっとシラける。

せいぜいが肥満体にして長身の人の暑がっている姿などを想像し、それに比べれば楽そうだなどと思うだけで、句全体はさして面白くなくなるからだ。そこでまた馬鹿じゃない読者は最初の読みに戻り、いや待てよとばかりに次の読みに行き、そうこうしているうちに、この読み方の揺れ自体に句のねらいがありそうだと気付き、気付いたときには作者の術中にはまってしまっているのである

つまり前者と後者の読みが揺れながら重なったり離れたりすることで、この句はようやく精彩を発揮するというわけだ。そこらへんに、変であり滑稽であると感じさせる仕掛けの秘密があると読んだ。『中肉中背』(2008)所収。(清水哲男)

私は、「中肉にして中背」は、人間の理想の体型であると思う。だからちょうどいい頃合だろうと言うことで、暑いがそんなに暑くない、いわゆる薄暑なのかなあ・・・と思う。今の時期24・25度位の気温で湿度が30%位の陽気かだ。快適な暑さ?と解釈したい。

確かに何処となくおかしいと思う発想がユニークである。こんな表現方法もあるんだなあ・・・もう硬くなった私には考え着かない。

昨日で一段落した大相撲も、場所前の予想を覆す、角番大関の琴欧州の14勝1敗の優勝とは、誰も予想出来なかったことだと思う。気の早いNHKのアナウンサーが、解説の北の富士さんに質問していたが、来場所「横綱」の綱とり場所?になるののかの質問に答えは「なんともいえない」だった。そうだと思う「横綱」は、最高の強さと品位が無ければいけない。                                                  品位といえば、横綱同士の千秋楽最後の取り組みで、勝負がついた後で土俵上でにらみ合いは、土俵を汚し、見ているお客さんも失礼である。「問題だ」。

だけど、日本人の力士は如何したのだろう。横綱候補が現れない。希世の里を期待したいのだが・・・

雑草の中にコスモスを育てようと4・5日間一生懸命に雑草取りをしていたが、立派な力士や、一流の人間でも、草花一本でも、育て上げるには、環境と栄養と、道徳、など教育・躾があって、立派な、大輪の花が咲き、皆から中目されるのだと、オーバーラップしたしまった。

昨日雑草とりを夢中になってしまって夕方疲れてしまい、早く寝てしまった、今朝は、目が覚めてしまい、今朝は、ななんと!!!1時半に起きてしまた。shock

2008年5月25日 (日)

見直されるアフリカ

07bonchi_asayake_hi11 今朝の朝日新聞社説より

アフリカと聞いて、何を思い起こすだろう。雄大な自然と、象やライオンなどの動物たち。貧困や飢餓、紛争、エイズ。さまざまなイメージが浮かぶが、「成長」の2文字を思う人はあまりいないのではないか。

それがここ数年、アフリカは「成長大陸」ともいうべき様相なのだ。02年ごろから経済が拡大に転じ、年率5%を上回る成長ぶりを見せている。 最大の理由は、資源価格の世界的な急騰である。

アフリカには石油をはじめ、ダイヤモンドやプラチナ、金などの天然資源が多く埋蔵されている。冷戦終結で、東西対立のあおりを受けていた紛争がおさまり、新しい開発が始まっていた。そこに資源高騰が重なり、収入が跳ね上がった。

たとえば、長い内戦に苦しんできたアンゴラ。6年前の停戦合意の後、原油やダイヤモンドの採掘が本格化し、07年の国内総生産(GDP)は27%も成長したと推計されている。

同じように、産油国のスーダンは11%、赤道ギニアが9%、ナイジェリア7%といったぐあいだ。アフリカ全体で見ると、域外輸出の6、7割を原油や希少金属などの資源が占めている。

この地下資源を求めて欧米や中国、インドからの投資やビジネスが殺到している。いまや、産油国の首都には高層ビルが立ち並び、富裕層は消費ブームにわいている。

福田康夫首相もアフリカ向けのODAを増額するという。いま原油暴騰が止まらない状況の中、資源の豊富なアフリカに世界の国々は当然注目せざるを得ない。

環境問題でクリーンエネルギーも考えていかなければいけないが、なんと言っても、鉱物資源の豊富なアフリカは魅力的である。日本も開発援助に力を入れてアフリカの国と相互の利益に貢献できるようにすべきである。

朝顔・昼顔・夕顔

今日の名言

ただ過(す)ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢(よはひ)。春、夏、秋、冬。

清少納言『枕草子』

05ainokura11

朝顔やすこしの間にて美しき 椎本才麿

朝顔は秋の季語ですが、気分的には夏に咲く花という感じがします。思えばこの花はいつも、生活にごく近いところで咲いていました。子供の頃は、ほとんどの家がそうであったように、我が家もとても質素な生活をしていました。それでも小さな家と、小さな庭を持ち、庭には毎年夏になると、朝顔の蔓(つる)が背を伸ばしていたのでした。

子供の目にも、朝に咲いている花は、その日一日の始まりのしるしのような気がしたものです。考えてみれば、「朝」という、できたての時の一部を名前にあてがわれているなんて、なんと贅沢なことかと思います。

この句では、「朝」と、「すこしの間(ま)」が、時の流れの中できれいにつながっています。「朝顔の花一時(ひととき)」と、物事の衰えやすいことのたとえにも使われているように、句の発想自体はめずらしいものではありません。

それでもこの句がすぐれていると感じるのは、「すこしの間」というものの言い方の素直さのためです。たしかに、少しの間だから儚(はかな)いのだし、儚さにはたいてい美しさが、伴うのです。『俳句の世界』(1995・講談社) 所載。(松下育男)

  すまないと 夕顔咲いて 朝に散る

  夕がほや 男結の  垣にさく  一茶

  昼顔や 上手に咲いて 棘の上

朝に咲く朝顔・昼に咲く昼顔・夕方に咲く夕顔と朝・昼・夕の時間に咲くが三種類がある。花の形は似ているが、夕顔だけが、大きい実になる。ウリ科の蔓性一年草。ヒョウタンはこの変種だそうだ。夜咲いて朝に散るとい言うところから名前が付けられたという。

昼顔は何処の道端にも、見かける。よく朝顔の花に似ている。フェンスなどに絡みつき咲いているのをよく見かける。あんまり、人には喜ばれないで、雑草として処分されてしまう。

  

2008年5月24日 (土)

新聞の見出しから

07_sl_kurosawa21 各誌の新聞の見出しをみても世の中、歯車が狂ってしまった。修正は、なかなか厳しいぞ・・・。

産経新聞

衝撃事件の核心】判事をストーカーに変貌させた“執着心” カギは「異動直前」          

現職裁判官を“ストーカー”へと変貌させた執着心とは何だったのだろう。しかも自身はストーカー殺人の審理も経験していたのに。前代未聞の“ストーカー裁判官”はさっそく私選弁護人を付け、取調室で堂々の法律論争を繰り広げているという。

朝日新聞                                                 

大学に「過保護者」急増 入学式は満杯、就職相談に同伴

大学生の入学から授業、進級、就職など、過剰なまでに干渉する「過保護者」が目立っている。大学教職員の多くは、近年に急増したと言う。だが「子離れ不全」として放置できなくなった。大学間の生き残り競争が激しくなる中、各校は保護者サービスにも腐心する。

読売新聞

児童の胸に「うそつき」と張り紙・体罰も、釧路の小学校教諭

北海道釧路市立鶴野小の男性教諭(43)が、担任する1年生の男子児童の胸に「うそつき」と書いた張り紙をしたり、頭をたたいたりする体罰を加えていたことが24日、わかった。

毎日新聞

職場のいじめ昨年度27%増 相談6千件 厚生労働省まとめ

厚生労働省は、全国の労働局で実施している総合労働相談の件数や内容を公表した。07年度の職場でのいじめに関する相談が前年度に比べて約6000件(約27%)も増えたのが特徴だ。労組や弁護士グループの労働相談でもいじめ相談はここ数年増加しており、職場でのいじめが深く広がっていることをうかがわせた。

日経新聞

過労自殺81人、過去最悪・07年度労災認定、厚労省まとめ

過労や職場のストレスが原因でうつ病などの精神疾患にかかり自殺した(未遂を含む)として、2007年度に労災認定された人が前年度を15人上回る81人と、2年連続で過去最悪だったことが23日、厚生労働省のまとめで分かった。自殺を含む精神疾患の認定者は268人で前年度比3割増。厚労省は「長時間労働に加え、仕事の重圧なども精神疾患の原因になる」として労働環境の改善を求めている

東京新聞は日経と同じ過労自殺を取り上げていた。どの新聞内容も世の中の歯車が狂っているのに気付かないようだ。このままだと恐ろしい事になる。どんな方法でも、舵を修正しなければならない。舵とは道徳である。「道徳教育」大きく叫ばれてきているが、家庭・学校・地域が一体になって、取り組まねばならない問題だ。

早朝のボランテア

今日の名言

男も、女も、わかくきよげなるが、いとくろき衣(きぬ)を着たるこそあはれなれ。

清少納言『枕草子』

05tasiroike11径白く白夜の森に我をさそふ 成瀬正俊

日本では体験できないが、白夜は夏季。白夜(はくや)とルビがあり、調べると、びゃくや、が耳慣れていたが、本来は、はくや。「南極や北極に近い地方で、それぞれの夏に真夜中でも薄明か、または日が沈まない現象」(大辞林・第二版)とある。

地軸が公転面に対して、23.4度傾いていることから、緯度が66.6度近辺より高い地域で起こる現象だが、理論はさておき、どことなく幻想的である。東山魁偉の「白夜光」は、彼方の大河をほの白く照らす薄明と、手前に広がる河岸の森の深緑が、見たことのない白夜のしんとした広がりを目の当たりにさせる。

掲出句を含め四句白夜の句があり、作者も北欧へ旅したのだろう。北緯60度位だと、北から上った太陽は、空を一周して北に沈むという。そして地平線のすぐ下にある太陽は、大地に漆黒の闇をもたらすことはない。それでもどこか暗さを秘めている森に続く道、まるで深海にいるかのような浮遊感にとらわれるという白夜の森へ、作者は迷い込んで行ったのだろうか。

ノルウェーのオスロ(北緯60度)の、5月24日の日の入りは午後8時20分、5月25日の日の出は午前2時14分で、夏至をほぼ一ヶ月後に控え、そろそろ白夜の季節を迎える。『正俊五百句』(1999)所収。(今井肖子)

今日のこよみ  大安 二十四節季 

小満(5/21~6/4) 草木の葉が繁る季節

日の出 04時30分 日の入り 18時47分  (東京)

 早朝の 露草はなに 露ひかる

最近は、夜の明ける時間が早くなったので、野鳥の鳴き声で目が覚める。外に出ると昨日の色々な出来事が一変し、今日が始まる。今日も何が起こるかわからないが、心の中でそして、体が自然に、この大地に生き続ける準備ができる。

ボランテアでゴミ拾いを、4時30分から1時間行う。幸せを感じるが、何時まで続けられるか?道端の雑草の中に紫の花に目を引かれると朝露の玉が光り輝いていた。

        

2008年5月23日 (金)

啐啄同時

10081啐啄同時(そつたくどうじ)

1週間前に、湯殿川に鴨の親子が泳いでいるの目にした。5羽の鴨はまだ巣立って何日でもない、一体無事に育つのは何羽なのかなあ・・・自然の厳しさと命の尊さと、そして禅の言葉に啐啄同時ということを何となく思い出した。

啐啄同時とは(鶏の雛が卵から産まれ出ようとするとき、殻の中から卵の殻をつついて音をたてる。これを「啐」と言い。そのとき、すかさず親鳥が外から殻をついばんで破る。これを「啄」という。そしてこの「啐」と「啄」が同時であってはじめて、殻が破れて雛が産まれる)

野鳥は巣立ちの時にも「啐啄同時」しているのである。自分で餌をとり自活していく能力が雛に具わったとみると、親鳥は雛に巣立ちを促す、雛もこれに応じて巣から出る、自立の瞬間である。

しかし人間は子離れしない親、親離れしない子がいかに多いように思える。「啐啄同時」の機会をなくしてしまっているのかなあ・・・・。

親の指導と子供の自発性とが一致した時、はじめて効果をあげるのだが、ほんのちょっと待っていれば子供がひとりでに覚えたり行動したりするのに、教えなくてはならない大事な時期をはずして手遅れになったりしている。

子供は知らないと思っても、親の身勝手はちゃんと見抜いていることもある、また寂しい子供の心は、親の愛情をもとめているのである。教えをうける側と教えをあたえる側とが一致した時、真の教育が行われるのであって、子供の教育は、その心身の成長の段階に応じて適宜適切におこなわれなくてはなりません、タイミングが大切である。

人間関係に於いても、相互の啐啄が時間的に間髪入れずに意気投合しているようであればうまくいく。機縁とは、あることが起こるようになるきっかけを言うのだが、自ずとおとずれてくるものであって、作ろうとして作れるものでもない。機縁とは熟するもので、この機縁が熟した時こそ、啐の時であり、啄の時なのである。いま、その機縁を失ってしまっている親子が多い。

世の中を 憂(う)しと恥(やさ)しと 思えども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば 山上憶良

この世の中を 憂(うれえ)うとも、恥ずかしいとも 思うけれども どうしても飛び去るわけには行かない 鳥ではないのだから・・・

思い出す。

のみとり粉

今日の名言

心の中の自我を抑えることのできぬ者ほど、自身の驕慢(きようまん)な心のままに、隣人の意志を支配したがるのです。

ゲーテ『ファウスト』(第二部)

34391のみとりこ存在論を枕頭に 有馬朗人

蚤取粉の記憶はかすかにある。丸い太鼓型の缶の真中をパフパフと指でへこませて粉を出す。蚤はそこら中にいた。犬からも猫からもぴょんぴょん跳ねるところがよく見えた。犬を洗うときは尻尾から洗っていってはいけない。水を逃れて頭の方に移動した蚤が最後は耳の中に入り込み犬は狂い死ぬ。

かならず頭から洗うんだぞ。そうすれば蚤は尻尾からぴょんぴょんと逃げていくと父は言った。父は獣医だったので、この恐ろしい話を僕は信じ、洗う順序を取り違えないよう緊張して実行したが、ほんとうだったのだろうか。蚤取粉を傍らに「存在」について書を読み考えている。

蚤というおぞましくも微小なる「存在」と存在論の、アイロニカルだがむしろ俗なオチのつくつながりよりも、アカデミズムの中に没頭している人間が蚤と格闘しているという生活の中の場面が面白い。

西田幾多郎も湯川秀樹も蚤取粉を枕頭に置いてたんだろうな、きっと。『花神コレクション・有馬朗人』(2002)所収。(今井 聖)

戦後の昭和22・23年の頃に学校で、女の子はDDTを頭からかけてもらっていた。みんな真っ白になっていた。今では想像がつかないが、それだけ、ノミやシラミがいたのだ。

布団にもいて、掲句のように枕元に蚤取粉を置いた。しらみは卵を着物の襟などに産み付けてなかなか落ちない。洗濯には煮え湯をかけて洗濯した。

僅か60なん年前のことである。こんな時代を経て今がある。それにしても、不衛生の時代だった。文化・文明の進化は、有難いと思うが、その反面失った人間愛・絆は、はかり知れないものがある。「向こう横丁の隣組」「言いつぎ」などの言葉もなくなったしまった。

 青い実の 梅の木の下 風匂う

昨日は全国的によい天気であった。東京地方も27度となった。湿度35パーセント位だったそうだ。梅の木陰に入ったら、気持ちのよい風が吹いて気持が良かった。大分梅の実も大きくなっていた。  

  

2008年5月22日 (木)

当然な判決だ

Katidoki181私は経験がないが、殴り合いの喧嘩なんて世の中しょちゅうあると思う。意地の張り合いで、話し合いでは決着付かず挙句の果ての殴り合い。で,こんな判決が出たという。もっともな事で、最初に手を出してしまった事が悪い行為で、暴力はいけない。

産経新聞5/22の記事より     殴った相手に反撃され、さらに殴り返した場合、殴り返した行為が正当防衛に当たるかが争われた傷害事件の上告審で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は、「正当防衛には当たらない」と判断して被告の上告を棄却する決定をした。決定は20日付。

この論点での正当防衛の成否ついて、相手からの反撃を予測できなかった場合は正当防衛が成立する余地があるとされていた。最高裁決定は、被告の不正行為が原因との場合、原則として正当防衛にはならないとの判断を初めて示した。

上告していたのは、東京都三鷹市の派遣社員の男性被告(44)。被告を懲役6月、執行猶予3年とした2審東京高裁判決が確定する。

1、2審判決によると、被告は平成17年11月、東京都府中市の路上で、男性を素手で殴打。男性は、立ち去った被告を約90メートル追跡して素手で反撃したため、被告が特殊警棒で殴り返して男性にけがを負わせた。

第2小法廷は、被告が殴られたのは、先に手を出したせいだと認定。その上で、男性の反撃が被告の暴行の程度を大きく越えるものではないと評価し、こうした状況下では被告の反撃は正当ではなかったと結論づけた。

新派女優水谷八重子という人

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水谷八重子さんは、昭和12年生まれで、私は同い年である。方や日本の一流の新派女優である。長い年月を経て今がある、今も現役で活躍されているのは、時代の移り変わりを上手に乗り切って今がある。演技一筋に精進して来た裏には、時代の流れや、お客さんの意向も踏まえて並大抵の努力では今はない。

過ぎてしまえば、何のことはないが、今を現役で、生きることは大変であることは理解できる。そして、自分も今まで生きてきた事はそれなりに価値はあると思う。

人生ゴールが見えないマラソンランナーと思うときがある。来年こそは、と思っていても、苦労ばかりの夢追い人生!で、ゴールがない。

産経新聞【話の肖像画】より、

○時代の風景に同化を○                                           必修なのは着物を着られることです。立ち居振る舞いは日舞で覚える。着物がジーパンを履いているのと同じにならないとだめ。ただ、日舞だけを身につけても演技が“踊っちゃって”日常の所作にならないことがある。

ではどうすればといことだが、 お芝居はね結局、板(舞台)の数を踏んでなんぼですよ。教室があるわけでも、こうしたらうまくなるという方法もない。最近は、新派の舞台数が減ったので、今の若い人たちはかわいそうです。

舞台経験だけでなく勉強も必要ではない。まずはお芝居の邪魔をしない、お客さまの気にならないことからです。熱心な子は役の生い立ちや、どういう思いでこの橋を渡るかなどを、一生懸命考えて歩くのですが、そういう演技は逆に目について、「とっとと引っ込め」と言われます。その時代の風景に同化するのが大事です。

ひと昔前でしたら、物売りの声ひとつで、お客さまは季節や時間帯をイメージしてくださった。けれど、今はそれがないでしょう。そこが昔の新派にはなかった難しさです。これからこういうことがもっと増えてくる。

教えてできることではない。それぞれの役の経験がある先輩が教えるのですよ。その役を最近やった方の所へあいさつに行き、「教わって役をもらってくる」というのが習慣です。こうしたことが最近は、なおざりにされつつあるのですが、大事に守っていかなくてはいけない。

自身で演技で気をつけていることは、女形さんがやる新派が終わってしまった今は、リアル、自然な演技でいたいと思っています。「生(なま)の人間」をさらけ出す。その具合が非常に難しいのです。

一方で、新派を見たことがない観客も増えているが、芝居が好きでさえいてくだされば、(新派の芝居でなくても)いいんですよ。反対に、面白そうだと選んでくださったのがたまたま新派で、将来、「120年記念公演を見たんだよ」とお客さまの自慢になっていただければいい。私たちは、それだけでやりがいがあるのです。

自然の怖さと優しさ

今日の名言

人が四十三歳にもなれば、この世に経験することの多くがあこがれることと失望することとで満たされているのを知らないものもまれである。

島崎藤村『夜明け前』第二部(下)

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魚屋に脚立などあり夕薄暑 小倉喜郎

やや汗ばむ日中の暑さも遠のき、涼しさが予感できる初夏の夕暮れは気持ちがいい時間帯だ。一日の仕事を終え、伸びやかな気分で商店街をぶらぶら歩く作者の目にぬっと置かれた脚立が飛び込んでくる。その違和感が作者の足を止めさせる。

と、同時に読者も立ち止まる。「どうして魚屋に脚立があるのだろう。」ただ、はっとさせるだけでは謎解きが終ったあと俳句の味が失せてしまうが、置かれている脚立にさして深い意味はないだろう。それでいてやけに気になるところがこの句の魅力だろう。

その魅力を説明するのは難しいが、脚立から魚屋の様子を思い浮かべてみると、水でさっぱりと洗い流されたタイル張りの床や濡れた盤台が現れてくる。そこに立ち働いていたおじさんが消えて脚立が店番をしているようにも思えておかしい。ある一点にピントを絞った写真が前後の時間やまわりの光景を想像させるのと同様の働きをこの脚立が持っているのだろう

アロハシャツ着てテレビ捨てにゆく」「自販機の運ばれている桐の花などあくまでドライに物を描いているようで、「え、なぜ」という問いが読み手の想像力をかきたててくれる楽しさを持っている。『急がねば』(2004)所収。(三宅やよい)

 軒先に 巣作り始める  薄暑かな

 長袖に 半袖にするか  木陰あり

 はんけちの たしなみ清き 薄暑かな 万太郎

昨日、宮が瀬ダムを見てきた。新緑と、もう一層緑を濃くした木々と山一面に同色の筆を使った画面に湖面の漣に揺れる鴨が浮かんでいる。自然の雄大さと、調和の取れた一服の画になっていた。人間の心に癒してくれるのは、この自然が一番ではないかと思えた。自然の力はここにおいて尊い。吾人の性情を瞬刻にして急成長させ純粋に詩境に入らしめるのは自然である。

苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世はつきものだ。
私が欲するものはそんな世間的の人情を鼓舞する様ではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持になれる詩が読みたい。

ミャンマーや、中国の四川省では自然の恐ろしさに、感じてしまっているが長い歴史ののなかにこう言った自然災害は、何度もあって今日があるのだろう。

人はこれを学び、こういった災害を乗り越えて、生き延び将来に向けた備えていかなければならない、「自然の怖さと優しさ」つくづく感じさせられた。

毎日新聞(余禄)抜粋から、                                    ミャンマー人のいう「五つの昔からの敵」とは火事、飢饉、洪水、疫病、そして政治権力だという。火事は別としても、洪水、その後の飢饉と疫病に加え、政治の非情まで一度に降りかかってきては国民もたまらない。

この間の中国の地震災害とは対照的に情報公開を渋るミャンマー軍政すら死者・行方不明13万人と認めた惨状だ。支援物資は被災者の4分の1程度にしか届いておらず、現地からは被災孤児を狙う人身売買の暗躍や援助物資の横流しまで伝わってくる。

そんな自然の脅威であるが、その自然を愛して人間は生きている

2008年5月21日 (水)

命の尊さ

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今朝(5/21)の産経新聞に載っていた記事を見て、日本人1億2000万人の中には色々な人がいる。間違いなく、犯人はいるはずである。どんな事情があるかは分からないが、名乗りを上げてもらいたい。人間までもゴミ扱いされては、たまったものではない。

私も今朝も町内や駅前を、ゴミ拾いをして来たが、以前車で撥ねられた、猫がいた。その時猫は虫の息で、これは助からないな、と思ったが命の尊さを感じたのである。暫く様子を見ていたがその猫は息を引き取った。そして丁寧に埋葬してあげた。そんな経験を思い出した。

記事の内容(抜粋)                                                1年前の早朝。都心のごみ集積場に生まれたばかりの女の赤ちゃんが捨てられていた。口を固く縛った袋の中に入れられ、ごみ同然の扱いだった。たまたま通りかかった男性が、か細い泣き声に気付かなければ、収集車で運ばれていたかもしれない。一命を取りとめた乳児は、生まれた5月にちなんだ名前をもらい、今、乳児院ですくすく育っている。(太田明広)

昨年5月22日午前7時過ぎ、男性が東京都豊島区北大塚のマンションのごみ集積場近くを通りかかった。かすかに聞こえる泣き声。半透明のごみ袋をほどくと、へその緒がついた裸の赤ちゃんにバスマットがかけられ、ステンレス製のたらいの上に置かれていた。

乳児は生後5~7日の女の子。体重は約2000グラム。体温は33度しかなく、低体温症と診断された。その日はごみの収集日で、発見が遅ければ生命の危険があった。警察に通報した男性は「自分は子供はいないが、捨てるなんて許せない」と憤った。

赤ちゃんには、戸籍法に基づき、豊島区長が“名付け親”となり、戸籍が作成された。「5月というさわやかな季節にちなんだ名前」(同区)だという。誕生日も病院と警察の意見を参考に決められた。

現在は都内に10ある乳児院のうちの1つで生活。発見時2000グラムだった体重は、1歳女児の平均的体重の約10キロまで増えた。最近は、壁に手をつき、立つことができるようになった。心配された低体温床による障害もなく、元気に暮らしているという。

さつき風

今日の名言

幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。

トルストイ『アンナ・カレーニナ』(上)

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暫くは五月の風に甘えたし 柳家小満ん

草木の緑がすっかり濃くなった。若いときは草木の緑などには、目などくれていなかったように思うけれど、年齢を重ねるとともに緑に目を奪われるようになった。緑をさらさら洗うように吹きわたってくる風の心地よさ。寒くもない、暑くもない。

掲出句の「五月」は「さつき」と読むべきだろう。薫るようなさわやかな風に身も心もあずけて、いつまでもそうしていたい、「甘え」ていたい――「五月の風」はそんな気持ちにさせてくれる。しかし、もうすぐ汗ばむ暑い夏はすぐそこである。

特に近年は、春も初夏もあっという間に過ぎていってしまう。風であれ何であれ、人はふと何かしらに甘えたくなってしまうことがある。それはおそらく束の間のことだろうけれど、許されても良いことではないか。小満ん(こまん)はあの名人桂文楽(八代目)の高座に一目ぼれして、大学を中退して入門した。

文楽の内弟子時代に「お前なんぞ、まだ噺家の卵にもなっていないんですよ」と叱られながら厳しく育てられた。小満んには『わが師、桂文楽』という名著がある。他にも何冊かの著書があり、年に一回刊行している句集も二十七冊をかぞえる。

「文人落語家」と呼ばれる所以である。その高座は落ち着いたいぶし銀の江戸っ子を感じさせる。歯切れのいい本寸法の口調には、しばし酔わされる心地良さがただよう夏帯を一つ叩いて任せあれというイキな句もならぶ。『狐火』(2008)所収。(八木忠栄

 顔撫でる いつの間にかに 五月風

 草萌える 命を見つめる  我一人

近所の有志で、河川管理道路にコスモスを毎年植えている。今年も何度か除草をしたのだが、また延びてきてしまった。2.3日前から除草作業を行っているが、草の伸びる速さを見たとき自分も、生きているんだと、実感した。

今朝は、4時半に起きて、外へ出た。昨日の雨はすっかり上がって気持がいい。そこで雨で出来なかったゴミ拾いを行い大きなレジ袋にいっぱいになるまで拾った駅前から、町内一回りした。そして、健康の幸せを感じることが出来た。

2008年5月20日 (火)

頑張れ東芝

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5/20日経新聞の記事より

東芝、原発燃料会社を買収・ウランから機器まで世界で一貫体制

東芝は古河電気工業と住友電気工業が折半出資する原子力発電用燃料会社、原子燃料工業(東京・港)を買収する。今夏までの正式合意をめざし、買収額は二百数十億円になるもよう。世界では今後20年間で150基以上の原発が建設される予定で、燃料需要も急拡大が見込まれる。ウランの有力埋蔵国であるカザフスタン政府と連携した東芝は、燃料加工会社も傘下に収めて機器から鉱石、燃料までの一貫事業体制を築き、世界の原発商戦で優位に立つことを目指す。

東芝は買収を機に国内に限られてきた燃料販売を海外に広げる意向。世界各地の電力会社に対し燃料供給を同時に提案することで機器の売り込みを有利に進められる。 (07:01)

エネルギーでは、今世界で大きく揺れている原油暴騰で経済は大きく変換を迫れている。この時期に東芝がどう動くのかは、世界各国の注目するところだ。

他に太陽光・風力などによるクリーンなエネルギーがあるが、環境問題で、日本の洞爺湖サミット主たるテーマである。

今中国ではエネルギーで石炭に力を入れているそうだが、二酸化炭素の排出の問題も、深刻な状態である中国はそのことも真剣に考える時が来たと思う。

東芝OBでもある私は、大いに期待したい「頑張れ東芝」だ。

じっと耐えていることだ

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屋根にうちつける雨音で目が覚める。ちょっと早めの台風の北上だそうで、今年はもう4号である。直ぐ前の湯殿川の水の量も増えた事だろう。しかし、台風と言っても、風が意外と弱いのでよかった。

今年は、北海道で真夏日があったと思うと次の日が大雪とか、東京地方も、暑かったり、寒かったり、異常に陽気が不順だ。気象庁の長期予報では、今年は暑い夏という、暑いといえば太平洋の海水温が平年より1度以上上がると、台風の発生が多くなるらしい。何か台風の当たり年だという。不安である。

不安であると言えば、ミャンマーのサイクロン・中国の四川省大地震は、日本でも大きな災害がある予兆かも知れない。

原油高・穀物の暴騰や、アメリカのサプライムローンによる金融不安と日本の政治の不安定さ、どうなる暮らしになるのか、不安ばかりが頭をよぎる。

こう言う時は、先ず落ち着いて、行動すること。病気怪我・交通事故・火災など自分で守れる事は、しっかり守る。「じっと耐えている事だ」と思う。

夏落ち葉

今日の名言

一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである。

プラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』

035691刻いつもうしろに溜まる夏落葉 岡本 眸

樫(かし)や楠(くす)などの常緑樹は緑の葉のまま冬を過ごしたあと、初夏に新葉が出てから古い葉を落とす。常磐木(ときわぎ)落葉とも呼ばれる夏の落葉と、秋から冬にかけての落葉との大きな違いは、新しい葉に押し出されるように落ちる葉なので、どれほど散ろうと決して裸木にならないことだろう。

鬱蒼と青葉を茂らせたまま、枯葉を降らせる姿にどことなく悲しみを感じるのは、常緑樹という若々しい見かけの影のひそやかな営みが、ふと顔を見せるためだろうか。紅葉という色彩もなく、乾ききった茶色の葉が風にまかせてぽろりぽろりと落ちていく。

しかも、常緑樹はたいがい大樹なので、ああ、この茂りのなかにこんなにも枯れた葉があったのかと驚くほどきりもなく続き、掃いても掃いてもまた同じ場所に枯葉が落ちることになる。

掲句はまた、時間は常にうしろに溜まっていくという。「うしろ」のひと言が、ひっそりと過去の時間をふくらませ、孤独の影をまとわせる。生きるとは、きっとたくさんの時間の落葉を溜めていくことなのだろう。『流速』(1999)所収。(土肥あき子)

 夏落葉  掃除すほど  延びる枝

 夏近し  代謝の時期や 常緑樹

一昨日、昨日と我が家の庭木の剪定をした、楠木・椿・つつじ・金木犀などである。金木犀などは毎日のように路面に落葉を落ちし始めると、掃いても掃いても、落る夏落葉である。それだけ新芽伸びる。

しかし真木は、素人では剪定は出来ない。高さと枝振りになった今年の暮れに植木屋さんに頼もう。真木といえば、一年中葉を落し、葉が小さく掃除が大変である。

青い葉を取って水に浮かべると威勢良く動くので、子供たちで遊んだ記憶がある。遠い昔のことである。

2008年5月19日 (月)

社会構造の変革

Hiland051東京新聞社説(抜粋)

この夏から医療や介護の現場に働くインドネシアの人々の姿がみられそうです。外国人への門戸開放の一歩。高齢社会日本の希望と不安が交錯します。

高度経済成長に入る直前の昭和三十年代の東京の下町の「夕日町三丁目」とそこに暮らす人々を描いた二〇〇五年の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は記録的な大ヒットでした。

美化しすぎのきらいがなきにしもあらずですが、木造の住宅と商店、都電やオート三輪、三種の神器だったテレビなどが懐かしさを誘いました。売れない純朴な青年作家と少年の共同生活や小料理店のおかみとの不器用な恋、それを見守り励ます近隣の人々の物語は心をほのぼのともさせました。

同じ農耕社会。稲作文化や仏教儒教を共有したせいでしょうか、タイでもカンボジアでもベトナム、インドネシア、ミャンマーでも優しき気づかいの人々がいて、取材で「言葉の壁を越えられる」との思いを強くしたものでした。

 日本はその東南アジア各国との間で、経済活性化のための経済連携協定(EPA)を結び、十六日の国会承認によって、この七月にもインドネシアから看護師、介護福祉士の第一陣が来日する見通しとなりました。

 協定での受け入れ枠は二年間で看護師四百人、介護福祉士六百人の千人。半年間の日本語研修などのあと病院や施設で働くことになりますが、専門的、技術的分野に限定していた外国人労働者受け入れをそれ以外に広げるのは初めてで、門戸開放の転換点とも。フィリピンからも看護師ら千人の受け入れを決定、タイ、ベトナムからも受け入れを求められています。

 日本社会の高齢化は急激で、厚生労働省は、要介護認定者は二〇〇四年の四百十万人から一四年には六百万人以上となり、介護労働者は、十年で百万人から最大百六十万人に増やす必要があるなどの数字をはじき出しています。

 少子化と労働人口の減少で、介護もいずれは外国人に頼る時代がくるのかもしれません。気くばりの東南アジアの人々にはその適性があるかもしれません。しかし、介護現場を現状にしたままでの門戸開放は問題が大き過ぎます。限定的とされる今回のインドネシアからの受け入れでさえ、両国の未来にとって最悪のシナリオとなる恐れなしとはいえません。

 二〇〇〇年四月スタートの介護保険制度は、制度存続の危機に直面しています。矛盾が噴出、とりわけ財政の悪化や二度の介護報酬引き下げは、介護現場への重労働・低賃金のしわ寄せとなって、大量離職となっているからです。

 〇五年調査で離職率20%、離職者は二十万人。そんな介護現場への外国人看護師、介護士は、重労働・低賃金労働固定化の道具として利用されかねません。労働者同士が反目する惨状を招きかねません。若者たちが希望と情熱をもち、資格のある潜在看護師、介護福祉士七十五万人が働ける職場であってもらわなければ、われわれ国民が困ってしまうのです。

日本人の生活環境の激変は、頂上が見えない発展に、一直線で駆け上った後ろを返り見ないで、なりふり構わず、上っている。我先にと自己主張はいまだに続いている。

しかし、こうなったら、外国人の力を借りなければ仕方がないのか、特に医療・介護は高齢者でなくても、不安である。安い給料で働く若者は嘆く、こんな重労働で働いても、結婚して生活ができないと言う。

高度成長と日本の身の丈にあったもでなかった“つけ”が来たのだろう。しかし、自分の始末を出来ない日本人の多さに、国民は反省すべきだ。

朧月夜

今日の名言

(よろづ)の事は頼むべからず。愚かなる人は、深く物を頼む故(ゆえ)に、恨(うら)み、怒(いか)る事あり。

兼好法師『新訂 徒然草』

07oomori__kiri_ike11 二重にじ青田の上にうすれゆく 作者不詳

昨日につづいて虹の句。こちらは農村の光景だ。どこまでも広がる早苗そよぐ青田の上に、虹がかかった。それだけでも美しい絵になるが、かかった虹は珍しい「二重にじ」だった。

作者以外、周辺には人影がない。月並みな言い方だが、まるで夢を見ているみたいだ。空に写った天然の色彩のグラデーション。それが見ているうちに、外側の虹(副虹)からうすれていき、主虹もはや消えかかってきた。虹は空に溶けていくわけだが、このときに作者もまた風景の中に溶けていく感じになっている。

束の間の至福のとき、とでも言うべきか。「虹」と「青田」の季重なりなどと野暮なことは言いっこなし。自然がそれこそ自然にもたらす光景や風物は、いつだってどこでだって季重なりなのである。こしゃくな人間の知恵などは、この圧倒的な季重なりのシーンの前では、吹けば飛ぶようなものではないか。

作者はおそらく子供なのだろうが、この素直な汚れのない感受性には打たれるし、大いに羨ましいとも思ったことである。国定教科書『国語・四学年(下)』(1947)所載。(清水哲男)

環境は恐ろしい程の速さで変わってしまった。僅か50年の半世紀に青田は勿論、山が無くなてしまた。そして、50年前の場所名も消えてなくなり、今使われない。私のごく近く例であるが、下河原=湯殿川から田んぼに水を引き青田が広がっていた。                 富士谷戸山=雑木林に松がよく似合う山、ウサギや、キツネなどが棲んでいた。       大ぱら(原)=高台大地に畑が広がっていた。                            

その他、数えれば沢山あると思うが、今住んでいるところでさえも、50年前は、時田の腰巻きという場所で桑畑であった。今は勿論使っていないし、殆どの人は知らない。

だから、人間によって、住みよくしたつもりが、今は住み難くなってしまった所などがあり、そしていかに、他の動植物を失ったかを、認知すべきだ。人間の生活で、肉体と精神の維持と向上がなければ、開発はすべきでない。

そして、掲句のような虹を見ることが出来なくなってしまった。それにしても、今の子供は米の稲や藁・ 麦の麦がらを知らない小学生がいるという、悲しいことと思う。

昨夜、外に出て空を見上げたら、朧月夜であった、こんな地球の環境の移り変わりなどをどんな思いで眺め返しているだろうか。そんな思いがした。

2008年5月18日 (日)

年寄りの冷や水

041昨日、近所の有志で、親睦会を町会会館で、行った。久し振りの顔合わせで、会費はゼロで各自が、夫々に持ち込み、お酒・ビール・焼酎や、赤飯・天ぷら・煮物・サラダ・漬物などを持ちより総勢13人だった。

5時半から9時ごろまで、宴会を行い、カラオケを歌い盛り上がった親睦会であった。

私の持参した、果樹酒は、1升は栓を抜くことなく、近所もお世話して貰っている方ん家に帰り道に預けに行った。

家に帰りいつも飲んでいる脳外科医からもらっている薬を飲んで、暫くすると、どうもお腹が痛くなった。そして、気持が悪くなり、早々と床についてしまった。

朝方何時ものようにトイレに起きてが、そのつど気持の悪さと、頭がふらふらするのとで、閉口した。「ああ・・ちょっと飲みすぎたか?」

朝7時何時もより大分遅い起床だ。頭がふらふら完全に二日酔い、お腹は痛くなり、3度のトイレ、それでも落ち着かない。もう2度トイレに行った酷い下痢だ。

朝食は昨夜のあまりで済ませることで、牛乳を沸かす、ポットに湯を入れる、そして新聞を取りに外にでる。曇っているのにまぶしい。

しかし、今日は、市の主催の「歩け歩け」で、安協から出働要請で交通整理を依頼され返事をしてしまったので、九時半に配備しなければならなかった。

何とか軽めの朝食も済み、お腹が収まっていたで、約束どおり指定された場所に配備することが出来た。約1時間歩行者の誘導を(参加者1200名ぐらい)無事任務終了し帰宅する11時となっていた。

女房は、カラオケの発表会で留守であった。昼食を取って、ベットに寝てしまった。この諺がぴったりだ「年寄りの冷や水」 が、今日は参った!一日だった。

年寄りの冷や水=老人が冷水を浴びるような、高齢に不相応な危ない行為や差し出がましい振る舞いをするのを、警告したり冷やかしたりしていう

また、年寄りが飲む冷たい水。老人に相応しくない危ないことをするという江戸のいろはがるたの一句である(三省堂編・・ことわざ辞典)

突然の雷雨

今日の名言

女の子は、結婚がなによりもお好きだが、たまにちょっと失恋するのも、わるくないと見えるね。

オースティン『高慢と偏見』(上)

06oga_toga11並木座を出てみる虹のうすれ際 能村登四郎

季語は虹。どの季節にも見られる現象ですが、光、太陽、雨上がり、噴水などが似合う季節は、やはり夏なのでしょう。この句に惹かれたのは「虹のうすれ際」という、静かであざやかな描写よりもむしろ、「並木座」の一語のためでした。

あくまでも個人的な読み方になってしまいますが、銀座にあったこの名画座に、わたしは若い頃、足しげく通ったものでした。特に大学生の頃には、キャンパスは時折バリケード封鎖され、授業の休校も多く、ありあまる時間に少ないお金で過ごせる場所といったら、図書館と名画座しかありませんでした。

一日中映画館の古い椅子に沈みこむように座って、どこか投げやりな気分に酔いながら、当時の映画をうっとりと見ていたものでした。「八月の濡れた砂」も「初恋地獄篇」も「旅の重さ」も、この映画館で見たのだと思います。最前列の席からは、足を伸ばせば舞台に届いてしまうような、小さな映画館でした。

ある日には、映画の帰りに、階段を上がったところの事務室の中に、毛皮のコートを着た秋吉久美子の姿を見て、胸が震えたこともありました。わたしはたいてい夜まで映画を繰り返し見ていましたが、この句の人は、まだ陽のあるうちに並木座を出てきたようです。暗いところに慣らされた目がまぶしく見た銀座の空に、虹がかかっていたのです。

虚構の世界が現実にさらされて少しずつ日常に戻って行く。その変化を虹のうすれ際に照らして読むことには、無理があるでしょうか。『角川 俳句大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

まさか、この時期に雷雨とは?、昨日太陽の陽が強くこれでは、外にいるのはよくないなあ・・と思って河川敷もコスモスの間引きながら除草していて思った。1時間ぐらいで終わりにしたが、何時に間にか、黒くもが空を被い風が吹き出しきた。やがて、大粒の雨が落ちてきた。

夏特有の雷雨であった。路面は見る間に水路と化した、運動靴はたちまち、びしょ濡れとなった。何度か、雷鳴が響きわたったが、アッという間に止んだ。暫くすると元の青空が見えてきた。夜に近所の方と、会館で、親睦会をするために、会館の鍵を借りにいた帰りのこと、奥さんに傘を借りて帰ってきた。午後2時ごろだった。

2008年5月17日 (土)

こんな行政と政治では国民は信頼できない

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5/16日本経済新聞社説より

社説「ダムありき」の河川行政を改めよ(5/16)                           関西の淀川水系で計画中のダム建設に対して、国土交通省近畿地方整備局が設けた有識者委員会が「待った」をかけた。しかし、委員会の意見を無視して、国交省は建設を強行する方針だ。同省の姿勢には首をかしげざるを得ない。今こそ「ダムありき」の河川行政を改める時だ。

問題になっているのは大戸川ダム(大津市)、天ケ瀬ダム(京都府宇治市)など4つのダムだ。委員会はダムの治水効果や事業費などを検証し、ダム建設は「適切ではない」という意見書をまとめた。流域の堤防強化など他の対策も検討し、比較することを提案している。

大戸川ダムの場合、200年に1度の規模の洪水時でも下流の水位を19センチ下げるだけの効果しかないというのだから、委員会の指摘はもっともだろう。事業費をみても3つのダムだけでも約2700億円と当初計画よりも大幅に膨らんでいる。

大戸川ダムが多目的ダムとして計画されたのは30年前だ。その後、水需要が見込みよりも少ないことがわかり、2005年に事業は凍結された。ところが国は昨年夏に、ダムの下底部に放流口を設ける治水専用ダム(穴あきダム)として建設する方針を突然打ち出した。

小泉純一郎内閣の時にダム建設を見直す動きが広がったが、最近各地で復活している。多くが今回と同じ「穴あきダム」だ。川の流れをせき止めないために環境への影響が小さいとされるが、巨大な構造物を自然の中に造ることに変わりはない。

有識者委員会は意見書のなかで、環境の保全と再生のために「治水・利水の考え方を根本的に転換する」ことを国に求めた。堤防整備、河川改修、自治体間の水利権の調整などで、ダムに頼らなくても住民の安全・安心を守る道はあるはずだ。

国がダムに固執するのは用地買収や住民移転が進み、今さら計画をやめられないというメンツだろう。建設予定地では確かに早期着工を求める声が多い。しかし、過去の経緯にとらわれるのではなく、代替案をまず検討することが必要だ。

住民や学識経験者の意見を河川計画に反映しようと、1997年に河川法が改正され、その後、有識者委員会が設置された。このままダム事業を強行するならば、河川法の精神を国が踏みにじることになる。

今後は滋賀、京都、大阪の3府県の知事の判断が焦点になる。岐阜県の徳山ダムのように完成した今でも必要性が疑問視されている事業もある。知事は国にはっきりと計画の変更を求めるべきだろう。

一度変えたら元の環境に戻すのは大変なこと、そして、原油高、穀物高の時代に、国の予算を使うのは、もっと他にあるだろう。一部の人間の利権であるとしか思えない。有識者の「待った」の結論を無視するとは、言語道断である。

この役人と一部政治家の思惑で事を進めるという考えは、どう見ても時代感覚にずれた考えである。こういう緊迫した時代に、メンツ・馴れ合い行政は許されない。

こんな行政と政治では国民は信頼できない。

気になる出来事

Kamejima41 昨日、夕方5時半ごろ散歩していたら、小学生低学年の子4人が、みんな泣いていたので、「どうしたの?」と聞いたら、4人で遊んでいたら、夕方になり、寒くなり、お母さんが心配いするから帰ろうと言って遊びは終わりにすることになったが、そのうちの1人が家が離れているので、4人で1人の子の近くまで一緒に行く約束で途中まで来て、それじゃまた明日と「バイバイ」しようとしたら、1人の子が家まで来ないと帰れない。

という事だったようだ。そんな事で泣いているところに、出会ったのである。「じゃーおじさんが1人の子を家まで送って行ってあげる」と言ったがその子はおじさんとでは駄目だと言ったので、学校ボランテアの腕章を見せて、「これ知っているでしょう」と言って安心するかと、思ったら、そうではなく、3人に一緒の家まで送って言って欲しいとのことだった。

丁度そこは、家のない河川管理道路で家のある橋には500メートルぐらいのところであって、夕方で、遊びすぎてしまって、心細くなる時間であった。

通りか掛かった何人かの人がいたが、4人が大声で泣いているのに、声も掛けずに通り過ぎてしまう大人たちがいる。ようやっと、4人の子の1人のお婆ちゃんが遅くなったので、迎えに来てくれて、理由を聞いて、一人の子をやっと言い聞かせ家まで送っていて貰った。そして私は、3人の子を家近くまで送ってあげた。あの子は、わがままな子なの、「クラスで先生もこまっているよ」と言っていた。「おじさん迷惑かけてすみません」と声を掛けてくれたのに驚いた。

いかに親の躾「道徳教育」の必要性を感じた。同じ子供でもいい訳を聞かない子、話して道理が分かる子は、家庭環境にあるのかなあ・・・子供は家庭・学校・地域で育てることが大変大事だということを痛感した。

いや、丁度私の孫も4人と同じ年頃一緒に生活していないので、分からないがどうだろう。と考えながら家に戻った。

さくらんぼ

今日の名言

革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄(ぶどう)だと嘘ついて教えていたのに違いない。

太宰治『斜陽 他一篇』「斜陽」

0107ukisima11器ごと光つてをりぬさくらんぼ 小川みゆき

葉桜の間に、小さい桜の実がついている。熟すと赤紫になり舗道を染めたりするが、桜桃(おうとう)、いわゆるさくらんぼは、桜の実とは異なり、西洋実桜の実。昔は、桜の木にさくらんぼがならないのはなぜ?と思っていたが。その名の由来は、桜ん坊から来たとか、さくらももの転訛など諸説ある。

桜桃は、ゆすらうめとも読むが、ゆすらうめというと子供の頃摘んでは食べた、赤褐色の小さな粒と甘酸っぱくて心持ちえぐい味がよみがえる。さくらんぼを摘んで食べる、という経験はなかったのだが、昨年、初めてさくらんぼ狩りというのを体験した。

かなりの高木に、真っ赤な実が驚くほどたわわに実っているのを、次々とって食べる。天辺の方の、お日さまに近いところになっている実の方が甘いので、脚立で木に登る。この木の方が甘い、こっちの方が大粒、などと大のおとな達が夢中になった。

そんなさくらんぼだが、かわいらしい名前と色や形に反して、果物としては高価である。きれいに洗って、ガラスの器に盛られたさくらんぼ。食べるのがもったいないような気分になってしばし眺めている。

つやつやとした赤い実一つ一つについた水滴と器に初夏の日ざしが反射して、こんもりと丸い光のオブジェのようである。先だって、さくらんぼカレーというのが思いのほか美味、と聞いた。それこそもったいないような食べてみたいような。同人誌「YUKI」(2008・夏号)所載。(今井肖子)

さくらぼは、山形の佐藤錦が有名である。バス旅行で、群馬の草津白根山に行った帰りに寄った長野県の観光農園により、さくらんぼを、食べたことがある。果物屋さんやスーパーに売っているのは、アメリカ産と国産がある。

国産のさくらんぼと言っても13種類もあるなんて知らなかった。その中で佐藤錦の名前は知っていたが高くて買えない。アメリカ産ぐらいしか庶民は食べられない。

佐藤錦は、1912年にナポレオンと黄玉を交配してできたと推定される実生から育成。以来、品質が良好でおうとうの主力品種となっている。果肉の色は乳白色で核が小さく可食部が多い。肉質は柔らかく果汁が多く緻密であるが、過熟ぎみになると色がくすむウルミ果が出やすい。糖度は14度以上、酸度0.5%程度あり、甘酸適和でオウトウ品種のうち最も美味しい。と言うことらしい。

それにしても、高価である、昨年あたりは、折角丹精し出荷前に盗難にあったニュースが遭ったが今年はどうだろう。


2008年5月16日 (金)

夜明け

035571 「春眠暁を覚えず」今朝は、何時もの通り3時30に起きて、パソコンをいじっていたら雨戸の向こうで、小鳥の鳴き声がして来た。時計を見ると、4時30分だった。雨戸の隙から僅かに明るさが漏れている。早速雨戸を明け、庭におりたつと小鳥達は、空を鳴きながら飛び交っていた。

小鳥の鳴き声で目を覚まし

雨戸明け庭に下り立つ

沙羅の若葉の葉陰より

空ながむれば東方に雲の空き

将に陽が登らんとする

過去を未来に引き継ぐ今日が始まる

そう言えば、一昨年シャラの木を植えたが今年も、新緑となった。シャラの木で思い出すのが、吉田兼好の徒然草である。

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ

また、「青葉の笛」の歌は3年まえに亡くなった長兄が私の5・6歳の頃、よく歌っていて覚えてしまった歌詞も懐かしく思い出す。

①一の谷の戦やぶれ 討たれし平家の公達あわれ あかつき寒き須磨の嵐に 聞き出しこれが青葉の笛                                            

②更くる夜半に門をたたき わが師に托せし 言の葉あわれ いまわの際まで 持ちし箙に残れるは「花や今宵」のうた

時の経つのは早い。

     

おたまじゃくしは、いま・・・

今日の名言

あの人は本当は頭がいいから阿呆の真似ができるのね。上手にとぼけてみせるのは特殊な才能だわ。

シェイクスピア『十二夜』

05ainokura11玻璃くだる雨露病児へ蝌蚪型に 香西照雄

お世辞にも形の良い句とは言えない。雨露で切れる。破調だがリズムはある。それにしても言葉がぎくしゃくと硬い。流麗な言葉の自律的な結びつきを嫌って、凝視への執着をそのまま丁寧に述べた感じだ。

雨露が蝌蚪のかたちに見えるという比喩が中心。玻璃の内側に病気の子どもを閉じ込めて、外側を無数の雨滴が降りてくる。蝌蚪型は比喩だから季語ではないという見方もあろうが、蝌蚪の季節だからこその比喩だという見方もできよう。

そう思えば季感はある。蝌蚪型という素朴で大胆な把握はまさに草田男譲り。口あたりの良い流麗な句にない魅力がある。形式のリズムのよろしさが内容より出しゃばると、一句は軽く俗な趣になる。その軽さを「俳諧」と見誤ってはいけない。

定型もリズムも季語も「写生」という方法もみんな一から見直すように仕掛けられたこの句のような立ち姿にこそ「文学」が存するのではないか。「俳句とエッセイ」(1987年10月号)所載。(今井 聖)     玻璃=ハリ(水晶) 蝌蚪=カト(おたまじゃくし)季語が春

  今日は雨  蝌蚪の泳ぎは  忙しく

   森深く  孤独蝌蚪の  尾が沈む   斌雄

  零なり 無限を追ひて  蝌蚪泳ぐ

10年前のむかし、直ぐ前の公園の池には、おたまじゃくしが沢山いたが今は見ることが出来ない。ということは、カエルがいなくなったという事だ。それがけ環境破壊が進んでしまったのかたった10年ぐらいだ。従って池にすむ昆虫類もすっかりいなくなってしまった。

小川・土手が、コンクリートになって、生態系が変わってしまったのだ。だから、童謡の「春の小川」「どじよっこふなっこ」などの歌は、今の子供には分からない子もいるだろう。ちょっと寂しい思いだ。

2008年5月15日 (木)

中国、日本を初の人的援助受け入れ国に決定

24191中国、日本を初の人的援助受け入れ国に決定した。

(毎日新聞)                                               中国外務省は15日、四川大地震で道路事情などを理由に受け入れに難色を示していた国際救援隊などの人的援助に関して「日本からの緊急援助要員を受け入れる」と発表した。各国から申し出がある中で、日本は中国が人的援助受け入れを決定した最初の国となった。

胡錦濤国家主席は今月初めに訪日したばかり。日本を受け入れ第1号に選んだことは、中国政府が、日本の豊富な災害救援経験を認めただけでなく、日中関係を重視したことを意味している。

中国外務省によると、日本以外の国に関しても近く人的援助の受け入れを発表していくという。

(朝日新聞)                                               中国はこれまで、災害で外国救援隊を受け入れたことはほとんどなく、当初は受け入れない意向だった。しかし救助が進まず、「日本は早い段階で支援を申し出ており、時間的にも救助の限界に近づいている」(中国筋)として、受け入れに踏み切ったという。

中国政府の発表を受け、総務省消防庁は救助チームの派遣を決め、各消防局に準備を要請した。

どうせなら、もっと早い時期に行けば、効果的だったと思うがお国の事情で仕方がない。救援に行かれる方の活躍と安全を祈る。

豪華さでは鳥の王様

今日の名言

今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である。

マルクス、エンゲルス『共産党宣言』

06oga_toga11 孔雀来て羽をひろげる緑雨かな 須田保子

作者の目の前にやってきた孔雀がそれまで閉じていた羽を大きく広げる。豪華なその羽を背景として今まで気づかなかった細かい雨が作者の目にはっきりと見えたのだろうか。茂り始めた緑を滴らすような「緑雨」と孔雀との取り合わせがエキゾチックな雰囲気を醸ししている。

広辞苑によるとインド孔雀は藍色、マクジャクは緑がかった羽を持っているらしいが、掲句の孔雀はどちらだろう。小さい頃家の近くにあった動物園にも孔雀がいて3時きっかりに羽を広げるという噂を友達から聞いたことがある。何回か動物園に通い、夕暮れまで檻の前でじっと待ってみたが、全て空振りに終わった。

それ以来目の前で孔雀が羽をひろげる幸運にめぐりあったことはあまりない。最初から羽を広げている孔雀ではなく、長い尾羽を引きずりながら悠然と歩み寄ってきて、「はいっ」とばかりに気合を入れて羽を広げてくれるのがいいのだ。

作者の眼前にやって来てするすると羽を開いた孔雀は金のまじった豪華な羽を夢のように揺らしているのだろう。うらやましい。『方寸』(2004)所収。(三宅やよい)

3年前に亡くなった長兄の趣味で孔雀を飼っていた。餌を上げるのが日課で、孔雀用雑穀を買ってきては朝夕に与えていた。時々羽を広げて見せたことがあったが、その時は存在をメスにアピールしていたのだと思えた。

鳥は、元来どの種類でも、オスの方が派手である。が特に孔雀は目を見張ってしまう素晴らしい色のバランスと豪華さは、鳥族でも最右翼だ。そして、鳴き声もオスの方が優雅で品格がある。

見ると、聞く鳥も競い合う鳥の中で、尾長鳥は、四国の高知県で飼われているそうだが、国の特別天然記念物、交配や改良を重ね10mもの尾羽をもつようになった。龍河洞の龍河洞珍鳥センターで実物を見ることができる。桂浜の闘犬センター内にも飼育されているとか。

それと、鳴き声が、とてつもなく長い(1分ぐらい延ばす)鳥も飼育されているとか。いずれにしても豪華さでは、孔雀は鳥の王様だ。

 「行く春や鳥啼き魚の目は涙」 芭蕉                               (春が去ろうとしている。そして我々も旅立とうとしている。その心細さに、鳥の鳴声が泣いている様に聞こえ、魚の目には涙が浮かんでいる様に思えるよ) 

  

2008年5月14日 (水)

政治の停滞を取り戻せ

05gihu_hana_festa21朝日新聞社説より

またまた、衆院で「3分の2」の多数決である。道路特定財源を10年間維持するという特例法改正案が、衆院での再可決を経て成立した。

自衛隊がインド洋から引き揚げてまた行ったり、ガソリンの値段が下がってまた上がったりと、これまでの政治では考えられない事態が起きた。民主主義のコストとも見えるが、それにしても政治の知恵のなさにはあきれた、という有権者は多いだろう。

自民党は2年8カ月前の総選挙で大勝し、民主党は10カ月前の参院選で第1党の座を占めた。ともに「勝ち」を主張して譲らない。それが、ことあるごとに政治をエンストさせる元凶だ。 この停滞を打開するには、結局、勝敗をつけるしかないのだ。福田首相は一刻も早く衆院を解散し、総選挙で国民の信を問うべきだ。

ところが、首相はとうぶん、解散しそうにない。内閣支持率は2割に低迷し、自民党の政党支持率は民主党に追い越されている。 皮肉なことに、内閣支持率が下がれば下がるほど、与党内には「解散されたら自分たちが困る」と総選挙の先送り論が広がり、福田政権の命脈を保つことにつながっている。だが、このまま決着を先延ばしすれば、秋にかけて政治はどうなるか。

・道路特定財源を何にでも使える一般財源にするとして、では何に使うのか。道路族は簡単には譲るまい。首相は民主党に政策協議を呼びかけているが、応じるわけがない。

・基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1に引きあげるため、秋には消費税問題の決断が迫られる。いずれにせよ、民主党は協力しまい。

・来年1月で切れるテロ特措法を延長するなら法案を通さねばならない。

どれも3分の2の多数で押し切っていくことは不可能ではない。だが、昨年来の「ねじれ国会」で経験した長期の混乱をまた繰り返すことになる。「すんなり決められない政治」への国民の失望はさらに深まろう。 むろん、解散したからといって、与党が勝てば「ねじれ」は続く。3分の2の多数は失われるだろう。だが、新しい民意に基づく政治が生まれる。政策合意や連立、政界再編などの動きが起きるにしてもそれからのことだ。

首相はサミットや内閣改造で局面を転換したいところだろう。だが、勝ち負けに決着をつけないままでは「エンスト政治」が長引くだけだ。与野党は、来るべき総選挙に向けてマニフェストを磨くべきだ。首相はまず、一般財源化した道路財源をどう使うのか、具体的に示す義務がある。高齢者医療や年金制度のあり方、消費税率など「国のかたち」にかかわる基本政策を、与野党は勇気をもって示さなければならない。

何と言っても、民意を反映した政治を、従って今の福田康夫首相の信頼度は20パーセントであり、80パーセントの国民はNOの判定である。この事を忘れないで欲しい。

どう見ても道路特定財源の10年継続は無理がある。首相も一般財源化を口にしたのだから、それなりの考えがあると思うが、どうも私には伝わってこない。小泉前首相当時の切れを感じた、官房長官時の印象ではない。族議員の排出し独自の考えを出した福田カラーを出せないものか?

片倉城址

今日の名言

徳性は宝石のようなもので、あっさりした台に嵌(は)めこまれたものが最上である。

『ベーコン随想集』

Photo城址になんにもなくて風薫る 江國 滋

私事。数年前、所用で大阪へ行った際、時間が妙な具合にあいてしまった。どうしようかとしばし思案。「そうだ」と思いついて出かけたのが大阪城だった。その思い付きが恥ずかしいような嬉しいような・・・。何十年ぶりだった。どこの城も、遠くから眺めているぶんには晴れやかだが、いざやってきてみると観光化してしまい、何かあるようで何もないのが一般的。

城主に関する功績なぞも、だいたいが底上げして退屈極まりない。かつての権力の象徴の残骸など好もしいはずがない。民の苦渋と悲鳴が、石垣の一つ一つに滲みついている。城址となれば一層のこと、石垣や草木が哀れをさらしているばかり。歴史の時間などとっくにシラケきっている。観光客がもっともらしく群がっているだけである。

辛うじて今時のさわやかに薫る風にホッとしている。あとはなんにもない。なんにもいらない。さて、滋(俳号:滋酔郎)がやってきたのは、「荒城の月」ゆかりの岡城址(大分県)。「東京やなぎ句会」の面々で吟行に訪れた際の収穫。

その時、滋は目によいといわれ万緑みつめおりという句も投句して、結果二句で優勝したという。小沢昭一著『句あれば楽あり』の吟行報告によれば、城址では、ここは籾倉があった、ここは馬小屋の跡、ここが本丸でした――と「何もない所ばかりのご説明」を受けたという。いずこも似たようなものですね。しかし、眼下にはまぎれもない新緑の田園風景がひろがっていた。ご一行が「なんにもなくて」に共鳴した結果が、最高点ということだったのかもしれない。『句あれば楽あり』(1997)所載。(八木忠栄)

  大杉の 森の城址は 夏もよう

  腰掛ける 城址の石に 苔青く

  青紅葉 木漏れ日揺れる 城址かな

  城址より  遠く広がる  青田かな

  高台の  城址の森は  風薫る

の家から歩いて3分目の前に大きな杉に囲まれて、片倉城址がある。今は市民の憩いの場所として市で管理する片倉城址公園となっている、室町時代に築城された片倉城の城跡と自然環境の保全を目的に昭和46年より整備されている。

片倉城は大江広元を祖先とする長井氏によって築かれたと伝えられ規模こそ小さいが外敵に対して堅固な山城だったようである。
丘の上に片倉城本丸と二の丸があった場所は現在広場となっている。

夏の蝉取りや、かくれんぼ、木登りなどで遊んだ小さい頃の思い出がある。本丸跡に住吉神社があり、夏祭りがたのしみだった。

高台の公園のベンチから眺める湯殿川に沿った田園風景は、今は開発され見ることが出来ない。

2008年5月13日 (火)

益々巧妙化してきた詐欺師

07bonchi_asayake_kumo11毎日新聞余禄より

相手に信頼される、市役所・税務署・警察などの最も影響力のある肩書や機関名が利用される。そして世の中には、なけなしの年金や医療制度に頼って暮らすお年寄りに対してもこの悪知恵を用いる憎むべき連中がいる。

後期高齢者医療制度や年金制度の混乱が続くなか、市町村や社会保険庁の担当者を名乗る振り込め詐欺が急増しているという。医療費や年金の「還付金」があると偽り、銀行の現金自動受払機(ATM)を操作させ、振り込ませる手口だ。

実際の手続きではATM操作を求められることはない。なのに電話の指示に従ってしまうのは「手続き期限が迫っている」などと相手を動揺させる巧妙な手口のためという。ATM操作では当人が気づかぬうちに振り込みをさせられた例も多い。

人の心の弱みにつけ込む詐欺師には、年金や医療制度をめぐる高齢者の不安や不信こそ悪事の温床なのに違いない。ろくな説明もない医療制度の改変や、ずさんな年金行政は、振り込め詐欺の材料を次から次へと提供してきたようなものだ。

来月には振り込め詐欺に使われた銀行口座を凍結し、そこのお金を被害者に返す救済制度が始まる。ただそれとて被害者にしっかり知らせる仕組みを欠けば、新手の還付金詐欺に利用されかねない。恐るべきは人の悪知恵だ。

還付金詐欺の月別統計がとられるようになったのは、昨年(2007年)の1月からである。法改正によってATMでの10万円を越える現金振り込みができなくなったことや、“オレオレ詐欺”が広く知られてきたことから、新たな方法として“還付金詐欺”が台頭してきたともいわれている。

いわば相手は詐欺のプロ。いくらニュースや新聞記事で詐欺事件のことを見聞きしていても、いざ自分の身にふりかかってきたら、冷静さを欠いてしまうのも無理はない。

防御策として、先ず落ち着いて自分ひとりの判断で、大金を振り込まない事である。必ず夫や、妻に相談することである。我が家ではそう決めている。

椎の花

今日の名言

幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするがごちそうにはならない。  むだなもの、無用なもの、よけいなもの、多すぎるもの、何の役にも立たないもの、それがわしは好きだ。

ユーゴー『レ・ミゼラブル』(四)

041どこまでが血縁椎の花ざかり 山崎十生

祖父母、父母、兄弟姉妹、叔父叔母、従兄弟。どうかすると、同じ名字を持つというだけで、近しい気持ちになることさえある。種族を血によってグループ分けする血族は、一番たやすく結ばれる共同体である。

しかし、容易に断ち切ることのできない血の関係は、そこかしこでうとましく個人の人生につきまとう。マルセル・プルーストは『失われた時を求めて』で、焼き菓子のマドレーヌの香りと味覚を過去への重大なキーワードとしたが、掲句は椎の花の形状や濃厚な匂いを先祖から脈々とつながる血を意識するきっかけとした。

椎の花房は咲くというより、葉陰から吹き出すようにあらわれ、重苦しい病み疲れたような匂いを放つ。そして、まるで望まれていない花であることを承知しているように、あっけないほどあっさりと花の時期を終え、細かな残骸をいっしんに散り敷き、漂っていた匂いもまたふいに消えてしまう。

花の盛りを意識すればするほどに、しばらくすれば一切が消えてしまう予感にとらわれる。裾広がりの血のつながりに思いを馳せることは、うっとおしさと同時に、別れの悲しみをなぞっていくようにも思えてくる。『花鳥諷詠入門』(2004)所収。(土肥あき子)

  旅人の心にも似よ椎の花 松尾芭蕉

今頃木曽の山中では椎の花がひっそりと咲いていることであろう。この花の侘びた姿が旅行く人の心を慰めてくれたらよいのに。

昨日、心臓手術を3年前にして、九死に一生を得たような?兄と風呂に行って来た。掲句の解説にあるように、血縁とは、「絆」のようなものである。絆とは「愛・優しさ」なのかも知れない。老いて、病に見舞われてしまう血縁者がいれば、無意識に手を差し伸べる。これ血縁と所以であると思う。

椎の花とは、実が「どんぐり」となって独楽などで子供ころに作って遊んだ。しかし「どんぐり」といっても種類があるそうで今更ではあるが、コナラ・カシワ・ミズナラ・シラカシ・クヌギ・アラカシ・アベマキ・ウバメカシ・マテバシイ・スダシイがあるとう事だ。

椎の花といえば、昔から芭蕉はじめ沢山の人に短歌・句などの詠まれている。

椎の花 人もすさめぬ にほひかな  与謝蕪村

お若いと言われこのごろ椎のはな   池田澄子

などがあるが、匂い気になる事と、花はどう見ても葉陰で目立たないところから、人間に例えたら、細やかさにかけるが、血縁・子孫を大事にして、質実剛健というところか・・・?。

2008年5月12日 (月)

出鼻をくじかれる

07akitakoma今日は、車で出かけるので車を磨いて置こう思い拭き始めたら、左後輪が空気が抜けている、「あれ!」どうしたのだろうと思ってよく見たら「パンク」と分かり、「何んていこったぁ」今日に限ってと思ったが仕方がない。

早速、あまり得意でないタイヤ交換作業をしなければしょうがない。ジャッキはどう使うのだろう・ホイールはどうすれば外れるのか分からない、過去一回位しか交換作業はしたことがない。思考錯誤しながら何とか交換出来た。

早速車をちょっと移動させて見たが、大丈夫のようで安心した。原因は釘が刺さっていて刺さったまま曲がった状態であった。早速パンクを直さねばと、電話帳で修理屋さんを調べたが分からない、結局以前、オイル交換をお願いした東京トヨペットに決め9時開店と同時に電話する。オイル交換・タイヤ修理で、結果午後4時30分からの予約で決まる。

それまで、兄と約束をしていた、多摩テッククワハウスに行く事にする。3時30分家の戻り少し休んで4時15分に東京トヨペット北野店行く、タイヤは新規に交換する。(修理しても安全は保障できないとの判断によって)従って、オイル交換(ボトルキープ制であったので無償)タイヤ効果のみで済んだ、費用は9120円だった。

普段からオイル交換は、5000キロ走ったら行うように注意されたが、6200キロ走ってしまった、反省する。メンテナンスに配慮しないといけない思った。

出発前の始業点検・乗り終えたときの、保全点検は、必ず行うように心がけたい。

ミャンマーのサイクロン

Tombi061毎日新聞  不明22万人、死者6万~10万人とミャンマー当局と大分違うようだ。                                                    

ミャンマーを直撃したサイクロン「ナルギス」の被害について、国連人道問題調整事務所は11日、「行方不明者は22万人に上る」との推計を発表した。死者数は6万3000~10万人、救援が必要な被災者は122万~192万人と推計している。70年に最大55万人が死亡したとされるバングラデシュでの被害に次いで、20世紀以降では過去最悪級のサイクロン被害となる可能性も出てきた。

国連は、被災地入りしている現地スタッフの情報などを基に、死者、不明者数を推計している。ミャンマー軍事政権は同日、国営テレビを通じて、死者2万8458人、不明者3万3416人と発表。国連の推計と大きな食い違いを示している。

私も子供のころ、台風の恐ろしさを経験したことがあるが、泥水が家の中に入り畳を上げて様子を見ているといわゆる床上浸水である。泥水に混じって木の葉やゴミなどが押し寄せて来る。隣の家の豚小屋が流され、豚が流されたと言う、暗闇のなかで、よく様子が分からない、情報が入らないので不安であった。そんな記憶がある。

ミャンマーの災害は尋常ではない。軍事政権でよく分からないが、何故外国の支援を受け入れないのか?一刻も早く救援をしないと、死者は増えるばかりと思うが、そして、二次被害というか、劣悪な環境で伝染病などが発生したり、怪我人の処置など急務だ。バングラデシュのような被害にならないように、人道上から、速やかに対応して欲しいものだ。

岩に咲く百合の花

今日の名言

淳朴(じゆんぼく)と、善良と、正義のないところに、偉大はない。

トルストイ『戦争と平和』(四)

07kitayamazaki31二の腕を百合が汚してゆきにけり 河野けい子

百合の花は好ましいが、ただ花粉の量が多くて厄介だ。部屋に飾っておくと、いつの間にやら花粉が飛散して、そこらじゅうを汚してしまう。服やテーブル・クロスなどに付着すると、なかなか取れなくて往生する。だから花屋によっては、最初からオシベを取ってしまって売っていたりする。

句は、ノースリーブの作者が街中で百合の束を持った人とすれ違った直後の情景だろう。二の腕が花に触れたか触れないかくらいのことだったろうが、気になってぱっと見てみたら、やはり汚れていた。とっさに花粉を払いのけながら、しかし作者は汚れを不快に思っているわけではない。

むしろ、思いがけずも自然と腕とがジカに触れ合ったことを、微笑しつつ受け入れている。男の私から言えば、瑞々しく健康的なエロティシズムすら感じられる情景だ。

余談になるが、マリアの受胎告知の絵に添えられる百合には、オシベが描かれていないのだそうである。むろん花粉を心配して描かなかったのではなく、マリアの処女性に配慮してのことだろう。「俳句界」(2008年5月号)所載。(清水哲男)

 急峻な 岩肌に咲く 百合一輪

 松に百合 岩まで届く 水しぶき

 雑木みち 百合は静かに 咲き誇る

私は野山に咲く百合の花が好きだ。何時だったか、昇仙峡に行ったとき高い岸壁の割れ目に咲く百合の花を見つけた。人を寄せ付けない荒らしい岩肌に咲いていた。何とも誇らしく咲いているので感動してしまった。

また、城ヶ島に行ったとき、潮風が吹き付ける岩山で、松に守れれるよう咲いている百合の花を見つけた「あっ!あんな処に百合の花が!!」自然の生命力に驚かされた。

我が家の庭にもあるが、毎年咲いているが、朝、雨戸を開けると匂いで開花したことに気づく、百合の花の匂いは庭じゅうに流れる。

秋ぐちに、前の雑木林にいき、百合の根を取って食べた思い出がある。焼いて食べたのだが美味しかった。

2008年5月11日 (日)

白鳥から新型インフルエンザ

282_field111今朝の産経・朝日新聞の社説に新型鳥インフルエンザの対応が記されていた。(この問題は4/29にも取り上げている)

突然、人間に感染した鳥インフルエンザが見つかったら、大きな被害が出る恐れがある。(日本では4人に1人がかかり、数十万人の死者が出ると予測されている。)日本政府も必死で対応をしているのだと思うが、昨年の宮崎から秋田・最近北海道サロマ湖で相次いで発見されている。

世界中の鶏や野生の鳥などに大流行していることで、防疫は、日本だけでは出来ない。各国が協力体制も必要であり、その認識周知することも大事なことだ。

ハクチョウから『H5N1』と呼ばれる毒性の強いウイルスが確認された。もとはカモなどの渡り鳥が運んできたらしい。

死んだ鳥に触れないよう気をつければ、心配することはない。 人に感染する新型のインフルエンザウイルスが現れる警告としてとらえることである。鳥のウイルスが広がるほど、突然変異を起こすなどして、人に感染しやすい新型ウイルスになる可能性が高まるからだ。

鳥のウイルスには、これまでアジアを中心に380人余りが感染し、約240人が死亡している。素手で病気の鶏を扱っていたような人が多い。 このウイルスが人に感染しやすい性質に変わったら、人から人へと簡単にうつる。しかも、だれにも免疫がないため、大流行の恐れがある。

政府の対策は、海外から新型インフルエンザが入るのを防ぐ水際作戦や、入っても一定の範囲で封じ込める作戦に重点が置かれてきた。

水際や封じ込めの対策には限界がある。新型がいったん国内に入ってくれば、広がりは避けられない。

大勢の患者をどこでどう診るのか。備蓄した薬をどうやって配るのか。交通機関や商品の流通をどこまで制限するのか。学校はどうするのか。各自治体は具体策を練っておく必要がある。それには政府の支援も欠かせないところだ。

母の日

今日の名言

世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、この人は、思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なむありける。

『伊勢物語』

06_12801 薄紙にひかりをもらす牡丹かな 急 候

柴田宵曲は『古句を観る』の中で、この句について次のように解説しています。

「牡丹に「ひかり」という強い形容詞を用いたのは、この時代の句として注目に値するけれども、薄紙を隔てて「ひかりをもらす」などは頗る弱い言葉で、華麗なる牡丹の姿に適せぬ憾(うらみ)がないでもない。」

なるほど、これだけ自信たっぷりに解説されると、そのようなものかといったんは納得させられます。ただ、軟弱な感性を持ったわたしなどには、むしろ「ひかりをもらす」と、わざわざひらがなで書かれたこのやわらかな動きに、ぐっときてしまうのです。薄紙を通した光を描くとは、江戸期の叙情もすでに、微細な感性に充分触れていたようです。

華麗さで「花の王」とまで言われている牡丹であるからこそ、その隣に「薄さ」「弱さ」を置けば、いっそうその気品が際立つというものです。いえ、内に弱さを秘めていない華麗さなど、ありえないのではないかとも思えるのです。句中の「ひかり」が、句を読むものの顔を、うすく照らすようです。『古句を観る』(1984・岩波書店)所載。(松下育男)

 クレマチス 思い出散らす  五月雨 

 母の日や 地面を染めて  牡丹散る

 牡丹花   雨に流れて   道のすみ

 五月雨に 牡丹の花や   静まれリ

きょうは、母の日である。日本では、昭和時に皇后(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)に行われていたが、1949年ごろからアメリカの例に倣って5月の第2日曜日に行われるようになった。と言われている。

私は、母を1949年(昭和24年)に亡くしているので「母の日」に関する思いではない。その当時は、カーネーションと言えば、ナデシコと思っていた。畑の土手に紫色のナデシコを採ってきて仏様に上げた記憶がある。

しかし、デパート・スーパーでは、商戦逞しく宣伝に懸命である。我が家に孫たちがやって来て、賑やかになるかなあ・・・。

昨日からの雨が車庫の屋根に今朝も雨音を響かせていた。異常に寒い。気温は7度ぐらいか?ストーブを使い、暖房をする。そして、台風2号がやって来るという。

今朝の日本列島に起きた地震は北海道国後沖と、宮崎県沖・沖縄地方で今日の未明に起きた。震度4という幸い津波の心配はないという。

2008年5月10日 (土)

夫々に生きている

Yuu0031009_m1 生きていると、初めての経験ばかりである。なかなか前年度と同じにはいかない。時節も変わるが、経済(サブプライムローン・原油暴騰)などで、人間の営みにもも、大きく移り変わりあるということを改めて知る。

今日は、3月末から4月上旬の陽気に逆戻りで13~14℃寒いくらいだ。北海道では、夏日の後、北海道に住んで50年でも、経験がないという温度差30度で雪が降るという珍事があった。また、北海道では秋田に次いで、白鳥が、鳥インフルエンザで死んだ。半径30キロメートルの養鶏場は要注意である。その予防に全力で対応しないと大変なことだ。何しろ『H5N1』という病原菌は強力とのことである。

そして、台風2号で12日(月)13日(火)に東日本に接近の予想図である。ミャンマーのサイクロンの未曾有の被害が起きたばかりである。ちょっと心配になる。

町会の用事で、雨の中を歩き回り7・8軒をお邪魔した。町会の関係団体の責任者に町会からの助成金を渡すためである。夫々の家庭で、暮らす人は、家族構成は違うがみんな一生懸命生きているだなあ・・・と思った。

一人暮らしの人、二世代のご家庭、老夫婦の家、若夫婦のご家庭、家族にご病気の人がいる家、などである。夫々が生活様式、考えは違いはあるが、基本的には町会の趣旨や行事に理解して頂いているので、町会の役員として、有難いと思う。

中国の 胡錦濤主席は今日は京都・奈良・大阪を経て帰国する。結果はどうなんだろう。世界も動き、季節も動き、世の中「無常迅速」である。でも一生懸命生き生きなければ、みんな夫々に一生懸命生きることだ。

牡丹・芍薬・百合

今日の名言

一袋の智慧は一つなぎの真珠にまさる。

『旧約聖書 ヨブ記』

Photo_4ぼたん切て気のおとろひしゆふべ哉 与謝蕪村

蕪村には牡丹の佳句が少なからずある。〈牡丹散て打重りぬ二三片〉をはじめとして〈金屏のかくやくとして牡丹かな〉〈閻王の口や牡丹を吐んとす〉など。幻想的な句も多い蕪村だが、牡丹の句の中でも、閻王の句などはまさにその部類だろう。

桜の薄紅から新緑のまぶしさへ、淡色から原色へ移ってゆくこの季節、牡丹は初夏を鮮やかに彩る花である。それゆえ牡丹を詠んだ句は数限りなく存在し、また増え続けており、詠むのは容易ではないと思いながら詠む。

先日今が見頃という近所の牡丹寺に行った。小さいながら手入れが行き届き、正門から二十メートルほどの石畳の両脇にびっしり、とりどりの牡丹が満開である。そして、朝露に濡れた大輪の牡丹と対峙するうちに、牡丹の放つ魔力のようなものに気圧され始めた。それは美しさを愛でるというのを通りこし、私が悪うございましたといった心持ちで、半ば逃れるように牡丹寺を後にしたのだった。

掲出句、丹精こめた牡丹が咲き、その牡丹に、牡丹の放つ妖気に気持ちがとらわれ続けている。そんな一日を過ごして、思い切ってその牡丹を切る。そのとたんに、はりつめていた作者自身の気もゆるんでしまった、というのだろう。牡丹にはそんな力が確かにある。おとろひし、は、蕪村の造語ではないか(正しくは、おとろへし)と言われている。『與謝蕪村句集 全』(1991・永田書房)所載。(今井肖子)

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

我が家の庭にも芍薬、牡丹、百合は植えられているが、手入れが不届きで、いい花は咲かない。「美人の姿を形容する言葉」だが、どうして、この三種類を選んだか分からないが、まあ・・他にはなかったのかなあ・・・。

牡丹にも、芍薬にも、また百合にも色々種類があって、趣が違っていいものだ。この花びらを見ると、到底人工的には作れない。しかし、しゃくやくと百合は、球根である。三年に一回位植えかえるとよい花が咲くという。

三つの花は同時期に咲くが、山で自生に咲くのは百合だけである。

2008年5月 9日 (金)

茂木健一郎の脳活用法スペシャル

05gihu_hana_festa21茂木流 鶴の恩返し方法                                       誰しも試験などでぶつかる「暗記」の悩み。茂木には学生時代から続けてきた暗記法がある。それが「鶴の恩返し勉強法」だ。姿を隠して機織りをする鶴の姿に自らの姿をなぞらえた。その方法は、まず声に出しながら、ひたすら書くこと長い記憶に関わる脳の部位は、見たり、聞いたりという五感をつかさどる部分と近い場所にあるという。そのため、大声を出し、多く書くほどその部位が活性化され、効果があると茂木は考えている。さらにポイントがある。一旦覚えたいテキストから目を離し、思い出しながら行うことだ。一度思い出しながら行うことで、脳の中には、「覚えろ」という信号が出る。こうする事で記憶の定着を向上させることにつながると茂木は考えている。

短時間集中法                                                仕事や勉強を行うとき、集中している最中に横やりが入り中断をしてしまう事は良くあること。携帯電話などが普及している現代では、その中断は避けられない。そこで、茂木のアドバイスは、その中断からの立ち上がりをなるべく早くできるよう、トレーニングするというものだ。その方法は、あえて短い時間で一つでもいいから仕事をすること。短い時間で何度も何度も集中のスイッチを入れると、脳の中では、集中するための回路が鍛えられるという。このとき、重要なのは何かを考えるのではなく、具体的な行動を伴って行う事だと茂木は語る。脳は思考している状態よりも、行動をしている状態の方が、コントロールしやすいと茂木は考えている。そのため、集中のスイッチもトレーニングにより早く入りやすくなるのではないかと考えているのだ。

褒めのアスリート                                             茂木は学生が発表している時、いい発言があると、その瞬間にほめる。それが学生たちを育てることにつながると茂木は考えている。快感や喜びに関係のある物質ドーパミンは、褒められたときやうれしいときに多く放出される。そして、ドーパミンが多くでた時、その直前にしていた行動を繰り返したくなる事が実験で判っている。そのため、学生がいい発言をした瞬間を逃さずに褒める事が大切だ。この方法は子どもにも通用する方法だと茂木は考える。瞬間的に褒めるには、相手の事をよく見る必要がある。その事も、子どもには良いメッセージとして伝わるという。                            (NHKwebより)

                                            

ふるさと納税

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東京新聞(筆洗)から                                            作家の故藤沢周平さんはふるさとの風景を目にするといつも、いくぶん気はずかしい気持で、やはりここが一番いい、と思っていた。『日本海の落日』と題した随筆にある。

なぜ気はずかしい気持ちになるのか。その地に生まれた自分にとってはかけがえのない風景でも、よその土地から来たひとたちにとって、それほど賞美に値するものかどうかは疑わしいからである。

石川啄木もかにかくに渋民村は恋しかり/おもひでの山/おもひでの川と望郷の念を詠んでいる。その地に愛着があるだけで、どこにでもある風景が特別な風景に変わっていく。

財政難に悩む全国の自治体が、藤沢さんや啄木のような人たちに熱い視線を送っているふるさと納税」制度が今月から始まったのだ。自治体に寄付した金額に応じて居住地の住民税が控除される。

利用の際、五千円が手数料のように持ち出しとなることや、寄付の文化が日本で根付いていないことを理由にさほど普及しないとの声がある一方で、PRが進めば利用者は急増するとの見方がある。

自治体の工夫次第で、魅力が増していくことは確かだろう。図書館の児童書の充実や高校スポーツの活動支援など、使い道を指定できる仕組みにした県もある。室生犀星の詩にあるようなふるさとは遠きにありて思ふものだけでなく、応援するものになっていこう。

趣旨(総務省)                                              最近、地方公共団体の長などから、都会に転出した者が成長する際に地方が負担した教育や福祉のコストに対する還元のしくみができないか、生涯を通じた受益と負担のバランスをとるべきではないかとの意見が、また、都会で生活している納税者からも、自分が生まれ育ったふるさとに貢献をしたい、自分と関わりの深い地域を応援したいという事からだ。

米国の大統領選挙資金と寄付                                     アメリカの大統領予備選挙は、各候補者は2億ドルを集める必要があるとしている。なお、前回の2004年の大統領選挙においてブッシュ・ケリーの両候補はそれぞれ予備選挙段階で2億ドルを超える選挙費用を調達している。日本円で200億円以上であり、寄付が殆どという。インターネットで振り込むとの事だ。

日本はアメリカなどに比べ寄付の認識が低いと言われている。従って、地方の公共団体では、「ふるさと納税」制度制定し魅力をましていきたいとの趣旨はわかるが、使い道を誤ると大変なことになる。

地方の独自のいい面を生かし、本当の意味のふるさと創生の自助努力を忘れてはならない。

無常迅速

今日の名言

もっともよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ。

マルクス・アウレーリウス『自省録』

Img_01111507221生れ月につづく花季それも過ぐ 野澤節子

花季は、はなどきとルビがある。一九九五年に七五歳で亡くなられる三年前の作。自分の生れた月が来て、ひとつ歳を取り、つづいて桜の季節が来てそれも過ぎて行く。無常迅速の思いか。

実作者としての立場から言えば、「それも」の難しさを思う。こんな短い詩形の中で一度出した名詞をさらに指示してみせそこに生じる重複感を逆に効果に転ずる技術。晩春の空気の気だるさにこの重複表現がぴったり合う。

森澄雄の妻がゐて夜長を言へりさう思ふの「さう思ふ」も同様。こんな「高度」な技術はその作者だけのもの。誰かが、「それも過ぐ」や「さう思ふ」を使えば剽窃の謗りをまぬがれないだろう。野澤節子は三月二三日に生まれ、四月九日に逝去。没後編まれた句集『駿河蘭』の帯には「野澤節子は花に生れ花に死んだ」とある。『駿河蘭』(1996)所収。(今井 聖)

 山在りし つつじの花の  色の中

 青紅葉  木漏れ日揺れる 石たたみ

 五月風  いらかに光る  建長寺 

無常迅速といえば、60歳代は、夢のように過ぎてしまった。人生に悔い無しとはいかない。反省してみても遅い。鎌倉の建長寺は、何度か訪れたが、このお寺は、そういった人生の懺悔をするようなところのような気がしてならない。

建長寺は、                                              鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派の大本山。 建長5年(1253)北条時頼が蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として創建した、わが国最初の禅の専門道場。

最盛期には塔頭が49院あったが火災により焼失。現存する建物は江戸時代以降に再建または移建されたものである。

総門、三門、仏殿と一直線に並ぶ伽藍の周囲を10の塔頭寺院が取り囲む。 寺宝も豊富で木造漆塗りの須弥壇、木造北条時頼坐像などの国重文がある。絵画、書の優品も多数。境内は史跡。という事だ。

2008年5月 8日 (木)

実質二倍の人生

07tamurano_yuhi31実質二倍の人生をどう生きるか

88歳の元気のおじいさんと一緒に散歩をした。人間の成長期間を生まれてから成人までの20年とすると、寿命が50年の時代では大人期間が30年間であった、ところが今や平均寿命が80歳超ですから、大人期間が60年間と2倍、多く生きるようになった。

すなわち、人生が50年の時代においては、子を産み育て終えるや命尽きたのですが、21世紀になって多くの日本人がさらに30年間も生き続けるようになったのである。
子を産み育てる第一ステージの30年間は気力体力ともに充実しているのだが、、50歳を超えた人生の第二ステージでは、加齢とともに健康を維持しにくくなり、体力が衰え気力も弱くなり、社会との接点をも縮小していく。この人生の第二ステージをどう楽しく生きるかが、人々の課題でなんだよな。

高齢化社会では、悩める老人の姿と重なりあって見えてくる人もあり、老いを悩む、病や死を嘆く、満たされない気持に沈み込み勝になる。悩みを脱却するためにも、背筋伸ばして姿勢を正したほうが前向きな気持になれる。

しかし、体が悪くて、病院に入院しても老衰の場合、的確な治療方法はない。今の医療制度では3ヶ月で退院させられるという。家庭では介護が必要となってくるのであるが家族は出来ない家庭が多い。そんな悩みを年よりはしなければならない。長く生きればそれだけ苦労はあるものだが、国はこのことをどのくらい理解しているだろうか?

この時代を生きる人々にもそれぞれの生き方が見えてこないのである。60歳を超えて、心身ともに健康で社会の担い手として活き活きと活動できる、経験と技術を生かして仕事ができる、社会に貢献できる、生き甲斐や楽しみを求め持つことができる、そうありたいものだ。

日本の年金・医療・介護の問題を皆で考え年をとっても、楽しく暮らせる世の中にしたいものだ。何時もより足取りが重く疲れた。

ビル・ゲイツ会長と胡錦濤主席

0008tyokai1 今朝 windows xp servise pack3 を1時間かけupdate した。

SP3は、SP2以降にリリースされたセキュリティアップデートやホットフィックスなどを含んでおり、性能や安定性、セキュリティなどを向上させる。機能面では新たにブラックホールルーターの発見やNAP(Network Access Protection)などが追加されるとの事。

そのため、何時もの時間が起床する作業が大分狂ってしまった。まあ仕方がない。しかし、昨夜のデジカメの操作(江ノ島水族館に行って21枚の画像を操作ミスで消してしまった)ミスがあり、気分がブルーであったので、苛着いてしまった。

2年前マイクロソフトのビル・ゲイツ会長と胡錦濤主席はアメリカで会っている。偶然ではあるが二人は今、日本にいる。二人とも世界で最も注目される人物である。胡錦濤主席とビル・ゲイツ会長の一緒にうつっているテレビの映像を見ると、なんだか同じタイプの人のような感じがする。どちらも「power」が大好きで、「独占」する事が大好き、そんな「におい」を感じさせる人のような感じがする。なんだか不思議な“縁”のような感じがするのある。

ビル・ゲイツ会長は、6兆円に資産を52歳で作った世界一の事業家であり、方や13億人の中国主席である。このすべてを超越した「power」は目を見張るものがある。

二人は、日本では会わないのかなあ・・・。私もパソコンと生活用品(食料・衣類)を見て二人のお陰のよって今の生活があるような気がしてならない。

ラジオのこと

今日の名言

旅はどんなに私に生々としたもの、新しいもの、自由なもの、まことなものを与えたであろうか。旅に出さえすると、私はいつも本当の私となった。

田山花袋『東京の三十年』

Ota21今生のラジオの上のイボコロリ 中烏健二

私が子供の頃ラジオは生活を彩る大事な電化製品だった。夕暮れ時の商店街のあちこちからは相撲や野球の中継が流れてきたし、中学になると深夜ラジオのポップな音楽やおしゃべりにうつつを抜かした。

掲句のラジオは寝床で気軽に聞けるトランジスタラジオではなく、茶の間に置かれた旧式の箱型ラジオだろうか。ラジオの上にひょいと置かれたまま忘れられているクスリ類としては、常備薬として出番の多い「正露丸」や「メンソレータム」でなく、痛い魚の目やイボができたときだけ集中的に使う「イボコロリ」を選んだのは絶妙の選択と言っていい。

ラジオの上に「イボコロリ」がある風景は、たとえその事実がなくとも、ああ、そうなんだよねぇ。と自分が住んでいた家に重ねて共感を呼び起こす説得力を持っている。たまたまそこに置いた家族の誰かがいなくなったとしても、片付けられずにそこにあるものがどの家庭にもあるだろう。

埃をかぶったラジオもイボコロリも家族の視界にありながら半ば存在しないものとして、四季を通じてそこに在り続ける。些細で具体的なものに焦点を絞ることで、「今生」の生活の内部にありながら生活の外側で持続する時間を感じさせる無季句だと思った。「ぶるうまりん」(2007/11/25発行 第7号)所載。(三宅やよい)

昔、親父は連れ合いに早く死なれて、私の妹暮らしていた。親父も妹(当時5歳)が母親を亡くし不憫と言うことで、長らく一緒に暮らしていた。親父も妹を嫁には積極的には出したくないようで、婚期を逸してしまった。親父が死んで、暫くしてして、めぐり合い結婚したが・・・。

一人になって寝る時は何時も、ラジオを聴いていた。チャンネルはNHKだけである。そんなこを思い出していたが今、自分もNHKだけのチャンネルで、ラジオを聞きながら寝るのである。年をとると人と話をするのが面倒くさい。

 春眠や 夜明けのラジオ  鳥の声

 春の宵 時報の音や    台所

 夏近し 年寄り夫婦の  ラジオかな

 さわさわと ラジオ音する アカメ垣

 アカメモチ 隣を塞ぐ   葉が燃(萌)えて 

年をとると、耳が遠くになり、ラジオのボリュームを上げているのに気づかない。アカメモチの垣根の散歩道からラジオの声が聞こえる、おばあさんは元気にしているんだ。

 

2008年5月 7日 (水)

酒饅頭の味の思い出

今日の名言

生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。

『古今和歌集』

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府中の大国魂神社お祭り5/5写す

ふるさとの笹の香を咬むちまきかな  小杉天外

ちまき(粽)は端午の節句の頃に作る。関東では柏餅。笹の葉で巻いて蒸したモチ米または団子である。笹の葉で包むと日持ちがいいばかりでなく、笹の香がおいしさをいっそう引き立てる。天外は秋田県の生まれ。

ふるさとから送られてきたちまきは、格別なごちそうというわけではないけれど、笹の香に遠いふるさとの香り、ふるさとの様子をしばししのんでいるのだろう。「笹の香」ゆえに「食べる」というよりも「咬(か)む」とアクティブに表現したあたりがポイント。その香を咬めば、ちまきの素朴なおいしさばかりでなく、すっかりご無沙汰しているふるさとの懐かしい人々や、土地のあれこれまでが思い出されるのだろう。

かつて笹だんごは家々で作っていたから、私は子どもの頃、裏山へ笹を採りに行かされた。白いモチ米で作ったちまきの笹をむいて、黄粉(きなこ)を付けて食べた。それよりも子どもたちには、なかにアンコが入り草餅で包んだ笹だんごのほうがおいしかった。砂糖の入手が困難だった戦時中は、アンコのかわりに味噌をなかに入れていたっけ。あれには妙なおいしさがあった。

食べることもさることながら、祖母や母に教わりながら、慣れない手付きでゆでた笹でくるみ、スゲで結わえる作業に加わるのが、ヘタクソなくせに楽しかった。「越後の笹だんご」は名物として、私のふるさとの駅やみやげもの店で盛んに蒸篭でふかしながら売られているけれど、見向きもしなくなってしまった。夏目漱石の粽食ふ夜汽車や膳所(ぜぜ)の小商人(こあきうど)という句も忘れがたい。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)

 めかい籠  青々とした  笹の束

 昼下がり  蒸篭のけぶり 祭りかな

 人ごみと  はだか電球  夏祭り

笹団子は作らなかったが、お袋はお祭り、お盆などのもの日には、よく酒饅頭を作ったものだ。ほんのり匂う酒の匂い、甘いあんの味は、50年前のことだがその味は今でも忘れない。

その頃は、甘いものは貴重で、砂糖などは、配給の時代に育ったので、子供ながら、尊いものと思っていた。何かお使いに行かされた時の貰える、飴玉一つが懐かしい。

2008年5月 6日 (火)

雨奇晴好

 Tombi061                                                                                  胡錦涛国家主席は、(10年前の江沢民国家主席以来の来日)6日午後2時前、羽田空港に到着する。

大型のサイクロンに襲われたミャンマーで多数の死者が軍事政権下の国で、西欧諸国では国交を控えている国が多いが、死者25、000人以上が出るなど被害が広がっているため支援のを相次いで名乗りを上げている。

大型連休が終った。成田空港では43800人がその他高速道路で各地で帰り車で渋滞とか。

我が家の風鈴は五月の風を受けて、何事もなかたように、澄んだ音色で鳴っていた。世の中のすべてを、お見通したかのように聞こえてならない。

雨奇晴好(うきせいこう)(=晴れても雨でも、それぞれによい景色で、趣のあること。)

まさに、何とも世の移ろいの哀れさを感じた一日であった。

手放してこそ大切なものが手に入る

0107ukisima11手放してこそ大切なものが手に入る           

   (神応寺和尚の講話参考)
自然界の命のいとなみとは、ただひたすらに子孫を産み育て、それぞれの遺伝子を残すことです。風が吹けば風に吹かれ、雨が降れば雨に降られて、ただひたすらに、それぞれの種の命を残すことが、すなわち生きること。自然界ではあらゆる生きものの命が直接に、また間接的に関係し合って、すべての生きものがその種を残せるようになっていて、大自然の法則である。

人間も生きものの一つの種であるのですが、知能が発達してきたから、他の生きものとちがって欲というものがあるので、欲のために自然界の絶妙な命のバランスを壊してしまい、多くの種が地球上から消してしまた。そして地球温暖化と人口増加がさらなる拍車をかけいる。
                                                       また欲のために人間は他の生きものとちがった生き方をするようになって、ただひたすらに子孫を産み育て、遺伝子を残すことだけを生き方の基本としなくなってしまった。

長寿社会では子を産み育て終わっても、なお長く生きることになり、それで人々は老化に伴う苦しみと、さまざまな悩みを抱えることが多くなた。現代人は子を産み育てることのみに生きる意義を見出さなくなって、少子化現象をきたし、また子育ての様子も変わってきてしまった。

そして経済のグローバル化は、新たな格差社会の歪を作ってしまった。高齢化に伴う悩み苦しみ、ストレス社会を生きることによる心身の悩み苦しみ、また格差社会の広がりに順応できない人の悩み苦しみ等々が増大してしまった。

あれも欲しい、これも欲しいと思えば思うほどに手に入れることができない。ああもしたいこうもしたいと思えば思うほどになにもできない。どのように自分は生きていくべきかと思えば思うほどにわからなくなり、欲しいものを手に入れようとすれば、もっと大切なものを失ってしまうことになる。
欲のこだわりからしばし離れてみると、とてもつまらないことにこだわっていたのかと気づく。そして、大切なものがなんだったのかが、自ずとはっきりする。

人には貧瞋癡(とんじんち)(むさぼり、いかり、おろかさ)の三毒の心がある。

(仏教=三つの根本的な煩悩(ぼんのう)。すなわち、対象を求める貪欲、怒りである瞋恚(しんい)、真理を見失う愚痴のこと。)

この三毒の心がはたらき悪しき行いをしてしい、人はこの三毒の心のはたらきを抑えて、大地自然の道理に則して生きる理想的人間像である仏に近づこうとするのですが、どうしても三毒の心を消滅できない。この三毒の心のおもむくままに勝手気ままな自分本位の生き方をしてしまう、これが普通の人すなわち凡夫である。

凡夫の生きざまを業という、悪しき行いは凡夫の悪業。天の声やご先祖の視線が倫理となり、三毒の心のはたらきが抑えられるのだが、現代人には自己の権利意識のほうが強くなりすぎたようだ。

鑑真忌

T_kieika2003_0504ba1_3                                                                                

毎日新聞(余禄)より

奈良・西ノ京の唐招提寺では「瓊花(けいか)」が見ごろとなり、特別公開されている(6日まで)。白いガクが美しいこの花は、開祖、鑑真和上の故郷(中国・揚州)、大明寺で育てられ、没後1200年を記念して1963年、中国仏教協会から贈られた。

天平の昔、鑑真は大明寺で日本の留学僧に渡日を懇願され、「仏法のために命を惜しむべきでない」と決意。「山や川の景色は国によって違っても、風や月は同じように天にある。たくさんの仏の弟子を集めて、ともに縁を結ぼう」と語っている。

暴風や周りの妨害などで5度失敗、高弟を失い、両目の失明という苦難の末に宿願を果たしたことはよく知られる。「苦しんでいる者を何としてでも救いたい」という大乗仏教の「慈悲」の精神があふれ、鑑真は日中の仏教をつなぐ象徴的存在だ。

きょう6日は、その命日(旧暦)。若い留学僧たちと鑑真の生涯を名作「天平の甍(いらか)」で鮮やかに描いた作家、井上靖の誕生日でもある。さらに中国の胡錦濤国家主席が来日、歴史に新たな一歩が刻まれる。

あすの首脳会談で、両国は中国製ギョーザ中毒事件や東シナ海のガス田開発について打開の道を探ってほしい。人権侵害と文化的抑圧を訴え、国際社会に「慈悲」を求めているチベットの問題に日本は隣人として率直に助言すべきだろう。

若葉の季節、鑑真和上座像(国宝)を目にした芭蕉の一句。「若葉して御目(おんめ)の雫(しずく)拭(ぬぐ)はばや」。日本の地を踏んだものの、緑の山河を見ることができなかった鑑真の目に芭蕉は涙のしずくを見た。「瓊花」もその涙に見えてくるが、鑑真のまぶたに今、日中の未来はどう映っているだろうか。

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日本と中国とのかかわりは歴史的にも深いものがある。鑑真和上は、唐の僧で、日本律宗の開祖。上海の北、長江河口の揚州(ようしゅう)出身。701年、13歳の時に父に連れられ大雲寺を訪れた際、仏像を見ているうちに身体の奥底から感動が込み上げてきて出家したという。律宗や天台宗をよく学び、揚州・大明寺の住職となった。そんなある日、鑑真のもとへ2人の日本人僧侶が面会を求めてきた。入唐僧,榮叡・普照の二人である。

唐招提寺を来日中の中国の胡錦濤国家主席が訪問する予定である。

胡錦濤国家主席が来る

今日の名言

政治にとって決定的な手段は暴力である。

ヴェーバー『職業としての政治』

Photo肉の傷肌に消えゆくねむの花 鳥居真里子

傷が自然に治癒していく様子、といってしまえばそれまでのことが、作者の手に触れると途端に謎めく。血の流れていた傷口がふさがり、乾き、徐々に姿を変え、わずかな傷痕さえ残さず元の肌に戻ることを掲句は早送りで想像させ、それはわずかにSF的な映像でもある。

外側から消えた傷は、身体のどこかにある傷の蔵のような場所に格納されていくのだろうか。はたして長く生きていると蔵に掛けた大きなかんぬきが弛んで、過去の傷がこぼれて、涙もろくなったり、傷つきやすくなったりするのだろうか。眠りに落ちるわずかの間に、傷の行方を考える。

夜になると眠るように葉が閉じる合歓の木は、その名の通り眠りをいざなう薬にもなるという。習性と効用の不思議な一致。

同じ句集にある〈陽炎や母といふ字に水平線〉も、今までごく当然と思っていたものごとが、ずっと昔から作者のために用意されてきたかたちであるかのように思えてくる。これから母の字の最後の一画を引く都度、丁寧に水平線を引く気持ちになることだろう。幽霊図巻けば棒なり秋の昼〉〈鶴眠るころか蝋燭より泪〉『月の茗荷』(2008)所収。(土肥あき子)

 中国や 五輪もちかし  平和の火

 夏近し 騒動ばかりの ガソリン税

 次はなに 痛いとろろの 夏はきぬ

5月5日は立夏であった。「境内の 木ごれ日歩く  人の群れ」一昨日府中の大国魂神社にお祭りに、久ぶりに行ってきた。子供のみこしが、あちこちから集まって来て、出店で通路に立ち並ぶ境内を通り過ぎていく、初夏の太陽が、暑く感じるようになって参拝客はケヤキで影になったところ選んで神輿を見入っていた。江戸川柳に「夏春をふらふらまたぐ藤の花」もある。

今日は、中国の胡錦濤国家主席が、国家元首として平成10年の江沢民国家主席(当時)以来、約10年ぶりに来日し、7日に福田康夫首相と会談する。

痛ましい歴史があるが、双方この認識の上に立って、未来志向で、有意義な会談が出来れば良いと思うが・・・。

2008年5月 5日 (月)

限られた資源・環境保全を子孫に残す努力

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自然の生きものたちは、ただ無心に生きている

東の空が白みはじめる黎明の時刻になると、【5/4(子供の日)東京の日の出 04時45分 : 日の入 18時32分である。】それまで静まりかえっていた空気を破るかのように、第一声の鳥のさえずりが雨戸の向こうに、聞こえてくる。すると、それに呼応するかのように他からも鳥の鳴き声が聞こえ始め、そして、あちらからも、こちらからも、さまざまな鳥たちの「今日が始まるよ」という声が、言葉のように聞こえてくる。生きものたちが最も活き活きしているのが、朝の一時である。

5月は生命が躍動する時節である。木々の緑は深みを増し、花を咲かせる、生きものの多くがこの時期に子孫を産み育て、鳥や昆虫、動物たちが一年で最も命の輝きを見せるのもこの時期である。今まで草木をよく観察する余裕がなかったので、太陽の暖かさで大地が暖められ、水と大地の養分吸収し、一斉に芽を出し伸びるそして、殆どの植物は、花を咲かせる。
生きものたちは、生きるということになんの疑問もなく、自然現象の如くに命を躍動させています。それは子孫を残すという遺伝子のはたらきのままに生きているという姿のように見える。

生きものたちの命が最も輝く季節であるが、、人間社会ではこの時期に悩み苦しむ人が多くなるようで、五月病などともいわれている。4月から新年度が始まり、仕事や勉学で、また生活環境でも変化がある季節である。そして、ようやく慣れてきたのがこの5月。はつらつとして仕事や勉学にとりくみ、新しい生活環境を楽しんでいる人もあれば、変化に馴染めないとか、疑問を感じたり、意欲がわかなくなったり、明暗が別れてくるのもこの時期だろう。

春夏秋冬の季節がある自然環境のもとでは、この時期に生きものたちの新しい命の誕生が集中する。だから、生きものたちにとっては短い一生の中で最も命輝く時節である。自然の流れのままに生かされている生きもたちは命が輝いているように見えてくる。それはあたえられた命をただ無心に生きているからだろう。

多くの生き物は先祖のDNAを引き継ぎ子孫に受け渡していくことを本能であり、無心である。自分は何時か死ぬと言うことが、地球上で分かっている生きものは、人間だけである。

分かっているなら、限られた資源・環境保全を子孫のためにも、残していくことに腐心したいものだ。

道徳教育の欠陥

05ainokura11 細く長い首が優雅な白鳥や黒鳥を、どうして力まかせに殴ってしまったのだろう。 連休のさなかに流れたニュースに、なんともやりきれない思いがする。

ことの起こりは1週間ほど前だ。水戸市にある湖で、頭や首などに傷を負った7羽が無残な姿で死んでいるのが見つかった。

「いったいだれが?」。地元の怒りが膨らむなか、市内に住む男子中学生たちが警察の調べに、「棒で殴った」と認めたという。警察は動物愛護法違反などの疑いで話を聴いている。

中学生といえば、まだきちんとした判断力が備わっているとはいえない。おもしろ半分だったかもしれないし、仲間でふざけているうちに、いたずらが過ぎたのかもしれない。

しかし、それにしても、と暗い気持ちにならざるをえない。かれらが生きているものへのいとおしさを肌で感じられなくなっていたのではないか、と思うからだ。

少年たちも幼いころ、生きた動物や昆虫に興味を抱き、飽かずに眺めた時期があったはずだ。生きるものの不思議さ、愛らしさに、目を輝かせもしただろう。そんな思いをいつしか忘れてしまったとすれば、なぜなのか。 まるでゲームをするかのような感覚だったのだろうか。

だが、あと少しの想像力があれば、こうはならなかったと思いたい。ハクチョウにも命があり、懸命に生きていることに思いを至らせる。殴られた時の鳥の痛みに、ほんの一瞬でも想像を及ぼしてみる。そうすれば、棒を振り下ろしたりはしなかったろう。

生きものを大切にできなくなっている。それは少年たちだけの問題ではあるまい。

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」には昭和30年代の風景がふんだんに出てくる。そこに欠かせないのが近所のおじさん、おばさんの存在だ。つかず離れずの関係を保ちつつ、よその子でも、悪いことをすればしかり、良いことをすればほめた。

だが、向こう三軒両隣の近所づきあいは希薄になり、隣人の孤独死にも気づかない世の中になってしまった。 そんな時代だからこそだろう。家庭や学校だけにまかせず、地域で子どもたちの面倒を見ようというさまざまな取り組みが必要だ。

私はボランテアで、10年以上、ゴミ拾いを毎朝行っている。タバコの吸殻が多い。何か道路とか交差点で、灰皿でもあるように捨てられている。ある日、サラリーマンが私が掃除をしている前で、火の点いたまま捨ていった。「ちょっと私が掃除をしているじゃないか!困るよ」と言った。そうしたら「電車が来るから忙しいから」と言って行ってしまった。

吸殻一本ぐらいいいじゃないかと無意識に捨てていく大人の行動を子供たちが見ている。ゴミを捨てるのは何のためらいもなく捨ててしまう。「子供は大人の後ろ姿を見て育つ」と言われている。知らないから仕方がないという理由は分かる。

白鳥や黒鳥を、棒で殴って殺しても、そんなに大変な事を意識はなかったものだと思う。昔の近所の「うるせい親父」的な人間がいなくなったのも原因なのかもしれない。

悪さをしている子供を見て、注意をするには、親を教育しなければと思う事がしばしば問題になっている。「モンスターペアレント」何んて言葉は何時からか、道徳教育の欠陥が悔やまれる。(朝日新聞社説参考)

百姓と夏

今日の名言

人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない。

芥川竜之介『歯車 他二篇』

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4日府中大国魂神社にて

火のようにさみしい夏がやってくる 近三津子

夏は来ぬ。実感的にはまだかな。それはともかくとして、まだ猛暑に至らないいまどきに「夏」と聞くと、気分が良くなる。少なくとも、私の場合は、だ。一般的に言っても、おそらくそうではないかと思うのだが、揚句の作者はそのようには思わないと言うのである。逆である。

しかし、句にその根拠は示されていない。だからして独善的で一方的な物言いかと言うと、あまりそうは感じられないところが、俳句ないしは詩歌の妙と言うべきか。そう言われてみれば、何かわかるような気もしてくるのである。この句の生命線は、もとより「火のようにさみしい」という比喩にある。

さみしさも高じると、火のようにめらめらと燃え上がり、手がつけられなくなるほどに圧倒されてしまう。その手のつけられなさが「夏」という言葉と実際とににかかるとき、そこには常識から言えば一種パラドックスめいた納得の時空間が成立するのだ。「夏」と「火」とは合う。でも「火」と「さみしさ」とは、なかなかに合い難い。

作者はそこを強引に「私には合う」と言ってのけていて、それをポエムとして仕立て上げているわけだ。自由詩の世界ではままあることだけれど、俳句ではあまり見かけない表現法である。したがって揚句は、読者の感受性を調べるリトマス試験紙のようなものかもしれないと思った。この断言肯定命題にうなずくのか、それとも断固忌避するのか。

そのことは、読者のいわば持って生まれた気質にかかわってくると思われるからである。もちろん、どちらでも良いのである。ともかく、また今年もやがて「火の」夏がやってくる。愉しくあって欲しい。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

それしても、我が家の狭い庭に生える雑草の伸びるのが、恐ろしく早い、草萌えるというか、10日も、経つとアット言う間に埋め尽くしてしまう。改めて、雑草の生命力・繁殖力の強さに驚かされる。

むかし、親父言われた。「百姓の夏は、草との闘いである。」こんなことも、「上農の教え」

 上農は、草を見ずして草を取る。」  shock

 「中農は、草を見てから草を取る。」  sad

 「下農は、草を見ても草を取らず。」  wobbly

上の言葉は、むかしから稲を作る(人を育てる、自己の取り組みに対する教訓)人の心構えとして、伝えられている言葉である。あらゆる立場に通用する言葉である。

確かに、のびきった草を見て、これを刈るのかと思うと、いやになって行動も渋リがちになり、余計にやらないという悪循環が起こるもんだ。

こんなことを思い出した。

2008年5月 4日 (日)

世界で注目の中国

035571 今世界の国々が、注目されている中国、日本の長野での聖火リレーは、無事に終った?かも知れないが、応援に集まった中国人留学生の行動をめぐり日中の間で評価が大きく分かれている。日本では日中友好運動に長く携わってきた人々にも、おおむね不評だ。

留学生たちが中国国旗で沿道を埋めチベット支援者と小競り合いを起こしたことに「日本人の反感を買っただけ」と嘆き、日本の対中感情悪化を心配する。中国人の間では、冷静に日中関係を見守ってきた人々の中でも支持する意見が強い。聖火リレーに対する、しつこい妨害やチベットの肩を持つ「西側報道」に若者たちが愛国心を募らせ、立ち上がったとみる。

三年前の「反日」デモでは、ともに日中関係の険悪化を憂い、感情的な民族主義への懸念を共有した中国人研究者の中でさえ、留学生批判には反発が強い。

それにしても、報道が統制されている中国とは違い、多様な情報や意見に触れているはずの留学生の中から、チベット支援運動に示された激しい敵意は一体、何だったのか。

各地の大学で留学生と交わり、彼らの冷静で理性的な態度に感銘を受けてきただけに、あらためて考え込まざるを得なかった。

チベット騒乱から聖火リレーまで、中国の内外で示された激しい愛国心。今後の日本、いや世界と中国の関係にとって、もっとも手ごわい課題が、中国ナショナリズムへの対応であることを、あらためて示した。

日本の年配の政治家は、中国を昭和11・2年頃の日本のナショナリズム時代のようであり、その時代の日本を彷彿させられると言う。

そして、歴史的な出来事になるが、胡錦濤・国家主席がやってくる。前任の江沢民氏以来、最高指導者の日本訪問は実に10年ぶりという。

「来年を日中関係、飛躍の年にしたい」。昨年暮れ、北京を訪問した福田首相は温家宝首相にそう語った。胡氏の来日に続き、北海道洞爺湖サミットや北京五輪もある。中国との外交に長年心を砕いてきた政治家としての、決意を込めた言葉だったに違いない。

それから、わずか4カ月余り。あのころ日中間に吹いていた順風はすっかりやんでしまった。中国製冷凍ギョーザの中毒事件、チベット騒乱と聖火リレーの混乱、東シナ海のガス田開発をめぐる行き詰まり。「飛躍」どころか、冷え冷えとしたすきま風が両国の間を吹き抜ける。

そんな中、NHKニュースによると、胡錦涛国家主席は3日、北京大学で行われた座談会で「愛国の情熱は学習や仕事に振り向け、社会の安定を維持する自覚を持たなければならない」などと述べ、若者の愛国心が行き過ぎることのないよう呼びかけたとの事である。

今や中国なしで世界を語れない時代となった。日本のアメリカ一辺倒から、北東アジアに視点を置くことの重要性は、否めない事実だ。

(参考は東京・朝日新聞・NHK)

八十八に弁才の天祭礼

今日の名言

新しい御馳走(ごちそう)の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。

ブリア‐サヴァラン『美味礼讃』(上)

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八王子市打越町の弁財天のお地蔵さん

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               境内はツツジが色とりどりに咲いていた             

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弁才天の入り口

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境内で、催しもの

ことごとく箱空にして春惜しむ 川村智香子

明日は立夏、もう夏です。ということで本日は、春を惜しむ句です。季語「春惜しむ」は過ぎゆく春を惜しむこと、と歳時記にその意味が説明されています。さらに「惜しむ」とは、「あるよきものが今に失われてしまうことを知りながらいとおしむこと」とあります。なかなかきれいな説明です。下手な詩よりも、物事の緻密な説明文のほうが、よほど心に入ってきます。

掲句を読んでまず思ったのは、「この箱は、なんの箱だろう」という疑問でした。季節の変わり目でもあり、服を入れるための箱の中身を入れ替えてでもいるのかと思いました。あるいはこの箱は、人の中にしまわれた、さまざまな感情の小箱かとも思われます。

でも、そんなことを詮索してゆくよりも、与えられた語を、そのままに受けとる方がよいのかなと思います。「箱を空にする」という行為の中で、空(から)は空(そら)を連想させ、心の空(うつ)ろさをも思いおこさせてくれます。その空ろさが、行くものを惜しむ心持につながってゆきます。

また、「ことごとく」の一語が、数多くのものに対面している気持ちのあせりや激しさを感じさせ、行くものを見送る悲しみにもつながっているようです。句全体が、春を失って、空っぽになった人の姿を、美しく思い浮かべさせてくれます。『角川俳句大歳時記』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

夏も近づく八十八夜♪♪

「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る♪」
十八夜というと、弁財天のお祭りである。4・5歳の頃母親に手を引かれ急な坂道を越えて 連れられていった。夜店が出ていて、水鉄砲を買ってもらった記憶がる。そうして冒頭の歌詞は、茶摘みの唄として有名であるが、山の緑が燃えるようになって来るのである。

八十八夜とは立春から八十八日目のことである。この頃から本格的に気温も上がるので、昔は農作業が忙しくなる節目の日とされていた。私の家は農家で、今までの筵織りや縄綯いを止めて、田んぼに水を引き苗代作りが始まり、お蚕を“はく”(孵化)させ、畑に野菜の種を蒔くのである。牛にやる餌の草刈は小学生の頃は学校に行く前の私の仕事でもあった。
八十八夜といえば茶摘みの時期として知られる事が多い。私の家でも茶作りもして、茶を摘み、茶揉みを手伝わされた。茶揉みは、火を使うので熱く、手のひらを火傷を良くした記憶がある。
新芽を摘み取ってもまたすぐに生えてきて。その年の一番始めの葉を摘み取ったものが一番茶となる。そして順に二番茶、三番茶となる。

2008年5月 3日 (土)

くらやみ祭

Photo 5/3産経抄より

この連休中、東京の多摩地方は「くらやみ祭」でにぎわうらしい。府中市にある大国魂神社の例大祭で、新緑のケヤキ並木の下を神輿(みこし)や山車が練り歩く。「関東の三大奇祭」のひとつに数えられ、期間中40万人の人出が予想されるという。

かつてはクライマックスの神輿の渡御が、町中の灯(あか)りをすべて消した中で行われていた。そのため「くらやみ祭」と呼ばれ、「奇祭」となった。にぎわいのほどは江戸時代から変わらないらしく、司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』は、土方歳三がこの奇祭に出かけるところから始まる。

小説には辺りの灯が消えると「男も女も古代人にかえって…」とある。つまり、暗闇の中で「自由恋愛」が繰り広げられていたという。といっても、農作業が本格化する前につかの間だけでもハメをはずしてみよう、という程度のものだったのだろう。

むろん今はそんな風習はなく、祭りの大部分は明るいうちに行われる。それでも人々が「暗闇」の中に、神聖さとか楽しみとかを見いだしてきた名残をとどめているようだ。そんな暗闇なら結構なのだが、気になるのはネット社会が生み出してきたような現代の「闇」の方である。

今、問題となっている硫化水素による自殺の増加もインターネットがきっかけだった。ガスの発生方法を細かく説明した書き込みから広まったのだという。「有害情報」に指定されたものの、誰が書き込んだかわからない。心が凍りつくかのような暗闇の世界だ。

学校裏サイトなどネットを使い、匿名で他人を中傷する。「闇討ち」以外の何物でもない。これだけのネット社会になれば決定的な防ぎようはないらしい。せめて明るい「くらやみ祭」がそんな陰湿さを吹き飛ばしてくれるといい。

府中の大国魂神社は、京王線府中駅から歩いて3分のところにある。大きな欅並木が神社まで続いている。時々、植木市があり、賑わっている。

40年勤めた会社が府中だったので、会社の安全祈願や交通安全祈願などで、私のとっては、普段から親しみのある神社である。

大国魂神社は武蔵の国の総社として江戸時代以前は六所宮の名で伝わり、その歴史は古く、「総社」としているところは、武蔵の国内にある有力な神社を一度に詣でるもので、律令時代から国司が国内社の奉幣巡拝(ほうへいじゅんぱい)、又は神事執行等の便により国内の諸神を配祀した。これが即ち武蔵総社の起源である。

したがって一ノ宮、小野神社、二ノ宮、秋留小河神社、三ノ宮、大宮氷川神社(氷川神社は武蔵一ノ宮で)、四ノ宮、秩父神社、五ノ宮、金鑽(かなさや)神社、六ノ宮、杉山神社等の、武州を代表するそれぞれの祭神を一箇所に祀って六所宮としている。 祭神は大国魂の大神を武蔵の国の護り神として祀り、この大神は素盞鳴尊(すさのう)の御子神で、昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭(いやくきんよう)等の方法をも教えられこの国土を経営されたが、天孫降臨(てんそんこうりん)に際してその国土を、天孫瓊々杵尊(てんそんににぎ‐の‐みこと)たてまつり、出雲の杵築の大社に鎮座された神であると、伝えられいる。
神社は府中の武蔵国分寺の2キロ南で、古くは鎌倉街道、東山道武蔵道もここを通り、その他幾つかの道が交わる交通の要所として栄え、武蔵国の国衙の斎場として置かれたとされている。

花みずき

今日の名言       君、時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものなのだよ。

シェイクスピア『お気に召すまま』

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   近くの湯殿川に咲く花みずき 4/25写す                

一つづつ花の夜明けの花みづき 加藤楸邨

桜が人を惹きつける大きな理由は、下を向いて咲くからだ、と数日前テレビで誰かが言っていた。桜の花下に立った時、まさに花と対峙している心持ちになるのは、それもあるのだろうか。

ふつう花というのは、太陽をもとめて空に向かって咲くのが一般的だという。花みずきは、萌えだした葉の間に、ひらひらとまさに空に向いて開く(実際の花は真ん中の緑の部分らしいが)。

最寄り駅までの下り坂、花水木の並木道を十年以上ほぼ毎日歩いているが、新緑も紅葉も、赤い実も枯れ姿も、それぞれ趣があり、街路樹として四季折々楽しめる。でもやはり、真っ白な花が朝日をうけて咲き増えてゆく今頃が、最も明るく美しい。芽吹いてきたな、と思うと、花がちらほら見え、朝の日ざしに夏近い香りがし始めると、ほんとうに毎日輝きを増し、一本一本の表情がぐんぐん変わってゆく。

この句を読んだ時、毎年目の当たりにしながらはっきりと言葉にし得なかった花みずきの本質が、はらっと目の前に表れたという気がした。特にこの一語が、というのではなく、五・七の十二音の確かさと詩情、一句から立ちのぼる香りが、まさに私の中にあった花みずきなのである。『俳句歳時記 第四版』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)

アメリカヤマボウシとも呼ばれる。日本からワシントンに贈られたソメイヨシノの返礼として贈られた。近年は園芸品種も多く作られ、花色も白からピンク、赤に近いものまで様々。初夏に樹冠いっぱいに咲く花や、美しい秋の実と紅葉など、1年を通して楽しめ、一般家庭でも多く植えられられる。

花言葉は、『返礼』だそうだ。

  冬枯れの  小枝も寒し 花みずき   山帰来  

 

2008年5月 2日 (金)

休みたいならやめればいい

20080120990742131日本電産(京都市)の永守重信社長が「休みたいなら会社をやめればいい」との趣旨の発言をしたと報じられ波紋を呼んでいる。コンプライアンス(法令遵守)にうるさいご時世だけに、連合の高木剛会長から「言語道断」と批判され、同社は慌ててホームページ上で発言を否定した。永守氏は猛烈な仕事ぶりで知られるカリスマ社長で業績も絶好調。経営者の鑑か、サラリーマンの敵か、賛否両論が飛び交っている。

 騒動の発端は、4月24日付の朝日新聞朝刊。08年3月期決算発表の席で、永守氏が「社員全員が休日返上で働く企業だから成長できるし、給料も上がる。たっぷり休んで、結果的に会社が傾いて人員整理するのでは意味がない」「休みたいならやめればいい」などと話したと報じた。

 これに連合の高木会長がかみついた。同26日に都内で開かれたメーデー中央大会で「まさに言語道断。労働基準法という法律が雇用主に何を求めていると思っているのか」と名指しで“糾弾”したのだ。

 日本電産は2日後の同28日に公式HPで発言自体を、「そのような事実はなく、誠に遺憾に思っております」と否定したが、永守氏は過去にも著書やメディアで強烈な個性を発揮してきた。

永守氏は職業訓練大学校を卒業後、音響機器メーカーに就職し、28歳で独立して日本電産を設立。M&Aを繰り返す経営手法で、創業30年余で売上高7000億円超のモーターメーカーに育て上げた。毎朝5時50分に起床し、7時前には出社。夜も10~11時まで働く。「仕事の邪魔になる」と酒もタバコもゴルフも一切やらない。

 「経営者は社員の2倍、3倍働かなくてはいけない」が持論。自著『人を動かす人になれ!』では、「創業以来、365日フル出勤、正月もなければ、夏休みもない」と告白する。そんな“効果”からか、同社の08年3月期の営業利益は前期比20%増。今期も2ケタ増益の見込みだ。 (zakzakより)

今はこれでは通用しない。人権と安全第一を会社の理念としないと、経営は成り立たない。だから、「社員を人間扱いしていない。小泉改革以降、社員は『仲間』でなく『道具』になった。これでは連合の高木会長も批判するのは当然である。

しかし、今回は口に出したから問題になっただけであり、経営者の多くは同じことを考えていると思う。声をあげると冷遇されるから、サラリーマンは何もいえない」のが現実なのだ。

ガソリン価格「連休中は値上がりしない」はずが…甘い政府

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5月1日読売新聞

ガソリン税の暫定税率が復活した1日、首都圏のガソリンスタンド(GS)は、軒並みガソリンの値上げに踏み切った。

GSの業界団体「全国石油商業組合連合会」が東京、神奈川、千葉、埼玉の4都県にあるGS約100店舗の価格調査を行ったところ、80%の店舗が前日より値上げしていた。値上げ幅は大半が1リットルあたり30円前後で、同会は「首都圏だけでなく、全国的な傾向」としている。

東京都江戸川区内のGSでは前日より32円高い153円に。店員は「税率の復活で上昇した仕入れ価格分を値上げしないと店の経営に影響が出る」と話した。36円値上げした西東京市のGS店長も「4月は高い仕入れ値分を安売りした。早めに値上げして、赤字分を穴埋めせざるを得ない」と苦しい胸の内を明かした。

しかし、国民の7割が暫定税率法案が反対という。政治は国民のためにあるものだが・・・

そうだからといって、頭のよい先生達の事だから、この法案は正しいと判断されたことだと信念をもって言い切ることができると思っている人ばかりではないだろう。

政治家の頭の中には、今までの利権を守るという個人や、地域限定だけの綱引きのためだけの政治ではいけない。国民が平等である精神がなければ政治ではない。
どうもそれを忘れてしまっているのではないかと思われることが多い。

記憶を逆る

今日の名言

どんな奇矯(ききょう)で無茶苦茶な説でも、それを真理だと主張した哲学者が何人かはかつていたはずだ。

スウィフト『ガリヴァー旅行記』

06oga_toga11桃つぼむ幼稚園まで附きそひし 室生犀星

つぼむには窄む(すぼむ)という意味と、まったく逆の蕾をつけるという意味の二つがあるが、この句の場合は後者だろう。

人はどこまで記憶を遡ることができるか。僕は四歳のときに幼稚園で石段から転げ落ちて頭に怪我をしたのがもっとも遠い記憶。両親は共稼ぎだったため、朝家から三百メートルほどのところにある幼稚園に一人で通わされた。

協調性がなかった僕は幼稚園がいやでいやでたまらず母に抱きついては通園をしぶった。家を出たところで僕にしがみつかれた母は、しかたなく、通りすがりの女子高生に同行を頼んだ。

僕はほとんど毎日見もしらぬ女子高生に手をひかれて幼稚園に到着した。犀星が付き添ったのは子どもか孫か。泣いてしがみつかれたためか、何かの用向きがあったか。あの犀星の異相とも言える風貌を思い浮かべると幼稚園までの風景が微笑ましい。折りしも春たけなわ。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(今井 聖)

私の記憶を遡ると3歳ぐらいであったか、母親の乳房をまさぐっていたことが微かに残っている。勿論6人目の子供で、物のない時代である。子供をなだめるのは一番安易な方法であったのかもしれない。

それと、2・3歳の頃か2男にねんねこ半纏でおぶされて、暖かかった。そして歌っていた歌を覚えてしまったことだった。「愛国行進曲」だった。

作詞 森川幸雄   作曲 瀬戸口藤吉  昭和13年

見よ東海の空あけて
旭日(きょくじつ)高く輝けば
天地の正気(せいき)溌剌(はつらつ)と
希望は躍る大八洲(おおやしま)
おお晴朗の朝雲に
聳(そび)ゆる富士の姿こそ
金甌(きんおう)無欠揺るぎなき
わが日本の誇りなれ

自分でも不思議で、その場所までも記憶にある。かなり回数が多かったのだろう。

しかし子供のころの記憶といえば、自分の孫が4歳で、九九を覚えていたのはびっくり!。姉の声を出して覚えているのを、聞いて覚えたという。だから、全く意味は分からない。子供の記憶は、何か恐ろしさえ感じるのだが・・・。

記憶力は、70歳と7歳と同じレベルという。人間は年を重ねるごと記憶力はおとるのかなあ・・・。脳科学者の茂木健一郎さんが言っていたが、年をとっても、記憶の仕方で大丈夫という。何かホッとしたような気分になった。でもね・・・。

2008年5月 1日 (木)

利権にしがみつく政治家

200414towada1今年も、何んだかんだと3分1が過ぎてしまった。

いま、政治が生活に係わって大きな影響を肌で、感じている。ガソリンの値段が1か月だけの値下げで終わって、今日から、1リットル32円上がって160円になった。

与党は今月半ばにもう一度、衆院で道路特定財源を10年間維持する法案を再可決する方針という。ねじれ国会は道路予算の実態をめぐる論戦や混乱の揚げ句、最後は数の力をぶつけ合う寒々しい景色になってしまった。

それにしても、首相や与党がここまでガソリン税に熱心なのを見ると、やはり道路予算は聖域なのか、という思いを深くする。二階 自民党総務会長、古賀自民党選対委員長などのにんまり顔が目に浮かぶ・・・。

聖域を守ろうとするのは、自民党の道路族議員たちだ。その下には建設業界や地方自治体の首長、議員らが連なる。道路は「土建国家日本」の岩盤であり続けてきた。

道路が住民の利便性だけでなく、公共事業という形で地域経済を底支えしている現実は事実だ。しかし、少子高齢化や財政の悪化を考えれば、「道路は別枠」の考え方はもはや通用しない。まず一般財源化するのは避けられない選択だ。首相が「道路特定財源を09年度から一般財源化する」と言い切ったのは大きな決断だった。

それにもかかわらず、道路特定財源を温存する法案を再可決して成立させるというのは矛盾である。首相はこの法案を断念すべきなのだ。

今回の再可決は、小泉政権時代の郵政選挙で得た衆院の巨大議席があればこそ可能になった。当時の小泉首相は一般財源化を言っていたのに、それとは逆の方向にその時の1票が使われようとしている。釈然としない思いの有権者は多いに違いない。

福田内閣は自民党内の首のすげ替えで誕生し、その後、自民党政治は総選挙の審判を受けていない。再可決の説得力のなさは、政権の正統性の乏しさをいよいよ浮き彫りにした。

古賀選挙対策委員長の山口2区の選挙結果を全国民の民意反映した結果ではないと、言いたかったのだろうが、この発言は自民党内部からも批判が出ているように、選挙とは、何んなんだと言いたい。こんな発言を許すようでは自民党の 明日はない。利権にしがみつく政治家はいらない。

海のギャングのうつぼ

今日の名言

だからねえ、コペル君、あたりまえのことというのが曲者(くせもの)なんだよ。
わかり切ったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかり切ったことだなんて、言っていられないようなことにぶつかるんだね。

吉野源三郎『君たちはどう生きるか

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歯を剥いて先帝祭のうつぼの子 菊田一平

下関は海峡の町である。小高い丘に上がると対岸の門司の山々が目睫の間に迫り、源平合戦の行われた潮流を一望することが出来る。竜宮の形に模した楼門を持つ赤間神宮では毎年この時期に幼帝の霊を慰める「先帝祭」が行われる。

このあたりには安徳天皇陵と伝えられる墳墓が残り、お向かいの小倉には命からがら逃げてきた幼帝を藁で匿った謂れにちなむ祭事の残る土地もある。下関、北九州と延べ6年ほど暮らしたことがあるが、そうした事物を見聞きするたびに土地の人々が源氏よりも平家と幼帝に惻隠の情を持っていることが伝わってきた。

この句を一読したとき、通り過ぎるだけではわからない地元の感情と共鳴するところがあるように思った。

うつぼは荒々しい性格を持ち、敵と戦うときにはその鋭い歯で相手の肉を食いちぎるまで容赦しないという。小さいながら敵に向かってくわっと歯を剥く様が幼帝を守って滅びた平家武士の生まれ変わりにも思え、その気の強さがかえって哀れを誘う。

ゴールデンウィークには「先帝祭」にあわせて「しものせき海峡まつり」が催される。なかでも源氏に模した漁船が赤、平家が白の幟をたて、初夏の馬関海峡に繰り出す様は見事だ。『百物語』(2007)所収。(三宅やよい)

海を見たことのない小学生の5年生の遠足で、江ノ島に行った。まず、海は広く大きい事に驚いた。そして青く深い海の色は、半世紀も経った今でも頭に焼き付いている。

蛇の青大将に似たうつぼがいることが分かったのは、どこかの水族館で見たのが中学生3年生の時であった。沖縄の海に沢山いるという。マムシのようなどう猛さで魚を食べている、海のギャングということか・・・。

歯が内側に曲がっているのでかまれると簡単にははずれない。この特徴をうまく利用して、腕にぼろ布を巻いてかみつかせ、捕獲する漁法がある。穴の中にいるときはおとなしいが、体全部を出して泳いでいるときは攻撃的なこともあるので注意を要するとのことだ。

しかし、料理して食べると栄養価が多く、美味しいそうだが、、まだ食べたことがない。

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