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2008年4月25日 (金)

石廊崎の思い出

今日の名言

金は貸すのも借りるのも、罷(まか)りならぬ。貸せば、金と友、両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る。

シェイクスピア『ハムレット』

05detohama11灯台は立たされ坊主春の富士 小林恭二

俳句評論で活躍している小林恭二に、『春歌』という一冊の尋常ならざる句集がある。「初期句集」と記され、九十三句を収めた句集らしくない趣きの句集。加藤裕将の楽しい挿絵多数。

あとがきに「大学二年で俳句を始め、卒業と同時に本格的な句作から手をひきました」とある(在学中は「東大学生俳句会」の一員だった)が、時どき彼の俳句を目にすることがある。中学校時代に「立たされ坊主」をよく経験した者(私)にも、ほほえましく享受できる句である。

近くに灯台があり、遠方に富士山が見えていると解釈すれば、ゆるやかな春の光と風のなかに突っ立っている灯台と、彼方にモッコリと立っている(聳えているのではない)富士山とのとり合わせが、いかにも駘蕩としていて、対比的で好ましいのどかな風景になっている。

灯台を富士山に重ねる解釈も成り立つだろうけれど、ここはやはり両者が同時に見えているワイド・スクリーンとしてとらえたほうが、春らしい大きな句姿となる。さらに穿った解釈が許されるならば、作者は「東大は立たされ坊主」というアイロニーを裏に忍ばせているのかもしれない。

小林恭二は「俳句研究」に毎号「恭二歳時記」を五年間にわたって連載中だが、同誌四月号のインタビューで「(句作を)毎日やっていればまた別なのかもしれませんけれども、二年とか三年に二句詠む、三句詠むなんて、もう面倒臭くて」と答え、実作者としての目は「限りなくゼロに近い」と述懐している。句集には昼寝覚マッチの頭燃え狂ふ」「ひねくれば動く電気仕掛の俳句かななどがある。『春歌』(1991)所収。(八木忠栄

日が長くなってくると何処か旅行をしたくなる。海が見える温泉宿がいい。それも富士が見える、伊豆方面がいい。そうだ西伊豆の松崎あたりのホテルで、富士を見ながら温泉に入って一杯飲んで美味しい料理を食べる。いいじゃあないか・・・・。

伊豆といえばい伊豆半島の最南端のにある、石廊崎の灯台に行った時の思い出がある。しっかり重みのある、真っ白い塔に夕日で輝いて、バックの青い海で何ともいえない光景が、目に焼きついている。石畳に打ち寄せる白波とリズム感のある音は、心に沁み込んでくるようである。

はるか遠くを船が行き交っているのが見える。黒い船体は夕日で鈍く影を落としていた。目に入る太平洋の彼方は、確かに地球は丸いと感じることが出来る。

そんな心が洗われる旅行をまたしたいと思う。

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