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2008年4月

2008年4月30日 (水)

物価上昇拡大 「しょうがない」では済まない

(毎日新聞社説)

Katidoki181消費者物価上昇が拡大してきた。今年3月は生鮮食品を除いた全国の総合指数で前年同月比1・2%の上昇となった。消費税率引き上げで上昇幅が高まった時期を除けば、14年7カ月ぶりの上げ幅だ。

ガソリン税の暫定税率廃止が反映している4月の東京都区部の物価は生鮮食品を除いた総合指数で同0・7%上昇である。前月より0・1ポイント高い。穀物市況高騰に伴うパンやめん類などの価格引き上げなど生活関連物価の上昇のためである。

原油などの資源にせよ、穀物にせよ、このところの市況は投機的色彩が濃い。ただ、途上国の経済発展を考えれば、中長期的には上昇傾向が続くと見ざるを得ない。

これまでの政府のデフレ脱出戦略は経済活動の活性化が、賃金上昇などを通じて消費拡大をもたらし、需要サイドから物価が正常化していくというものだった。ただ、原油価格の急騰がきっかけであっても、日本はもはやデフレ経済ではない。国際的にも新価格体系に移行中であることも間違いない。

当然、経済政策はこうしたことを前提に進められなければならない。

ガソリンへの暫定税率が復活する見通しであることなどを考慮すれば、1~2%程度の消費者物価上昇は当面続くとみられる。ただ、商品市況が過熱するなどの事態になれば、上昇が加速することもあり得る。欧州中央銀行がこのところ物価重視の姿勢を強めているのも、そうした危険性をにらんでのことだ。米金融当局も景気一本やりではない。国際的にもインフレを事前に抑え込むことが重要課題になっているのだ。

福田康夫首相は最近の物価上昇を「しょうがない」と表現したが、その認識は誤っている。1~2%の消費者物価上昇ならば、日本銀行にとっても、インフレ目標設定論者にとっても、望ましい水準だ。ただ、その場合でも、中身をよく見なければならない。

デフレ下で明らかになったことは、技術進歩の速い情報技術(IT)関連商品・サービスの物価下落と、教育費などの上昇である。食料や衣料品の物価水準は大きく変わっていない。パソコンや薄型テレビ、携帯電話料金などの大幅値下がりによるデフレだ。

生活実感では、物価はそれほど下がっていなかったということだろう。このところの、1%に満たなかった上昇でも、家計への影響は大きかった。物価が上昇しても、賃金がそれ相応に上がれば、家計が苦しくなることはないが、今年の春闘での賃上げは昨年を下回った。

それだけに、物価安定は一層、重要になっている。景気が微妙な局面に入りつつあることは事実だが、政府も日本銀行も従来以上に、物価に軸足を置いた政策運営を心掛けるべきだ。(以上毎日新聞社説)

私も同感だ。福田康夫首相の、人ごとのような話し振り、道路財源を一般財源にすると言ったり、後期高齢医療制度・年金など、分かり難いことばかりである。これでは支持率も下がるばかりであろう。

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聴衆をひきつけるコツ

今日の名言

この世でなにが悲しいといって、自分がいろいろのことを知りながら、無力のためにそれをどうにもできぬことほど悲しいことはない。

ヘロドトス『ヘロドドス 歴史』(下)

06_12801真実の口に入れたし春の恋 立川志らく

ローマにある、あの「真実の口」である。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の柱廊にあって、今や観光スポットの一つ。一見無気味な海神トリトーネの顔が口をあけていて、そこへ手を突っこむ。「ウソつきは噛まれる」という愉快な言い伝えがある。

私も旅行した際、右手を突っこんだが、幸い噛まれなかった。噛まれなかったことも含めて、その時の私の印象は「がっかり」の一言。ローマ時代の下水溝の蓋だったという説がある。ま、どうでもよろしい。掲出句は恋人同士で手を入れたわけではない。

「入れたし」だからまだ入れていなくて、恋人の片方が相手の「真実」をはかりかねていて、試してみたいという気持ちなのだろう。女の子同士や夫婦の観光客が、陽気に手を入れたりしているようだが、そんなのはおもしろくもない。愛をまだはかりかねていて「入れたし」という、ういういしい恋人同士だからスリリングなのだ。

しかも、ここは「春の恋」だから、あまりねっとりと重たくはない気持ちがうかがわれる。「真実の口」は言うまでもなく映画「ローマの休日」で有名になってしまった。志らくは映画監督と劇団員の合同句会を毎月開催していて、その宗匠。

志らくの「シネマ落語」はよく知られているが、シネマ俳句も多い。「抹茶呑む姿はどこか小津気どり」「晩春や誰でもみんな原節子」などの句があり、曰く「小津は俳句になりやすいが、黒澤は俳句になりません」と。「真実の口」はミッキー・カーチスに似ている、とコメントしている。ハハハハ♪「キネマ旬報」(2008年2月上旬号)所載。(八木忠栄)

志らく師匠の人物評があるが、ちょっとざzakzakにあったのを見たので記して見た。

普段、話していると、とても落ちついていて、高座のテンションの高さはない。その落差の大きさも素顔の志らくに初めて会った人には不思議に映るかもしれない。

「これほど集中してネタを覚えたのは、前座のとき以来」と、平成5年から始めたネタおろしの会も順調で、1年間に20席のネタおろしをした。「愛宕山」「お直し」「お七」「代脈」と、師匠の立川談志のやらない噺も、志らくの大きな財産になりそうだ。

「もしも10年前に同じ噺をやっていたら、目先の面白いギャグを入れて、違ったものになっていたかもしれない。映画や芝居をやるようになって、他の視点で落語を作るようになった」 そのことが志らく落語の大きな成長だという。もう目先のギャグだけに走らない。

「今は充実した時期にある。落語をやっていても面白い」。自身の落語を聴いて、「うまくない。下手だな」と思うこともある。 だが、落語では悩むことはないという。

「笑いのない『もう半分』なんかを普通にやるとうまいのだが。かつての名人の落語も今、聴けるのは演出の違い。自分の良さは思ってもいない発想のギャグを入れるから聴いていて面白い」 そう客観視する。

「嫌なことはやらないし、これが好きだから楽しくやっている。極端なプラス思考で、悩むことはない。やっちゃえば何とかなると思うから」 それができるのが“天才”志らくでもある。

基本を学んで、自分のキャラクターを生かすことが、聴衆をひきつけるコツだと感がえさせられた。

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2008年4月29日 (火)

鳥インフルエンザウイルス

200414towada1                NHKwebより、             秋田県の十和田湖で白鳥から鳥インフルエンザウイルスが検出された問題で、このウイルスには強い毒性があることが研究機関の検査でわかり、環境省は周辺でほかの鳥にも感染が広がっていないか、早急に詳しい調査を行うことにしています。

この問題は今月21日、秋田県の十和田湖畔で、白鳥4羽が死んだり衰弱したりしているのが見つかり、検査の結果、H5型の鳥インフルエンザウイルスが検出されたものです。茨城県つくば市の動物衛生研究所が詳しく調べたところ、このウイルスには強い毒性があることが確認されました。

環境省はすでに現地に職員を派遣して、十和田湖周辺の野鳥に異常がないか見て回っていますが、強い毒性があることが判明したのを受けて、今後、野鳥のフンを採取するなどして、ほかの鳥に感染が広がっていないか早急に詳しい調査を行うことにしています。環境省は「弱った野鳥や死がいには、むやみに近づいたり素手で触ったりしないでほしい」と呼びかけています。

このウイルス菌が、鶏に感染でもしたら大変である。何とか防ぐ手立てが旨く出来ればいいんだがちょっと心配である。

白鳥はもう暖かくなり、そろそろ北国シベリアに帰る頃なのじゃないのかなあ・・・

  • 200703042145521

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昭和の日

Yuu0031009_m1昭和の日← 緑に日←天皇誕生日 となった祭日で旗日だが今は家庭で国旗を掲げる人が少なくなった。また“愛国心”が議論が出て来たようだ。中国の聖火リレーで現れたナショナリズムは、問題があると思うが・・・・。

4/29産経抄から                                             昭和26(1951)年12月、昼間は出版社の経理事務員として働き、夜は大学に通っていた。月給は手取りで5890円。母親に4500円渡した残りから、通学の定期代などを引くと、520円しか残らなかった。

昭和5年生まれの作家、澤地久枝さんは、一日の終わりにお金の出入りを細かく書き留める習慣があった。その出納記録をもとに、自身の昭和の暮らしを振り返ったのが、『家計簿の中の昭和』(文芸春秋)だ。

39年6月当時のある日の支出をみると、パーマ代1200円、ざるそば70円。驚くのは、ナイロンストッキングの伝線を1本10円で直してくれる店があったことだ。作家として独立後、ミッドウエイ海戦の取材のために、貯金をおろし、さらに数千万円の借金をする場面は、さすがというほかない。つましいながらも、よく働き、少しずつ豊かになっていく。

昭和を生きた多くの日本人の生きてきた道と重なっているはずだ。そんなお年寄りの怒りが、日曜日の衆院山口2区補選で、民主党を大勝させた。与党幹部は、後期高齢者医療制度の導入に踏み切った小泉元首相に責任をなすりつけたいようだ。桝添厚労大臣は早速何らかの対応策の検討を表明したという。なんという政治の軽さだ。

48年秋、澤地さんの食料品、日用品の買い物が急に増えた。オイルショックの余波で、トイレットペーパーが店頭から姿を消したのはその直後のこと。14歳のとき満州で敗戦を迎え、一家は着の身着のまま引き揚げてきた。

いざというとき、「この国の政治は、市民一般救済の緊急性を無視すると体験で知っているから」だという。小手先の政治の積み重ねが、昭和の悲劇を招いた。福田首相は覚悟を決めた方がいい。

昭和25年朝鮮動乱で、アメリカ軍の装甲車が国道16号を横浜から横田基地に何十台の車列を作って北に南に走っていた。そして横田基地から、ジェット機や軍用機が轟音を響かせて南の空に飛び立って行った。
そんな時期、金偏景気ということで、子供の私は、小遣い欲しさに、銅線・鉄くずなどを、探して売った。(買い付け人が来た)
近くの山に戦争中に日本軍が掘った防空壕に入り銅線や鉄くずを夢中で探した。丁度青葉の雑木林の中を友達と行って収穫があった。確か天皇誕生日で、学校が休みだった。そして150円ぐらいになった記憶がある。

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ペットボトル

今日の名言

名誉をうける中心にはなるな。策謀を出す府(くら)とはなるな。事業の責任者にはなるな。

『荘子』(一)

05tasiroike11春昼や魔法の利かぬ魔法瓶 安住 敦

掲句の初出は1965年に発行された『歴日抄』であるから、おそらく魔法瓶が家庭に普及した頃だろう。真空状態を作って保温するという論理的な英語「vaccum bottle」に対し、何時間でもお湯が冷めない現象に着目し、日本では「魔法瓶」と命名された。

他にも、どんなものにもよく書けるマジックインキ、愛犬に付いた草の実(おなもみ)がヒントとなったマジックテープなども、今までにない不思議な力を強調した「魔法/マジック」の用法であろう。掲句は、その仰々しいネーミングにくすりと笑う大人の視線だ。

しかし、いかにもうららかな春の昼が、その笑いを冷笑から、世の中には面白い名前を考える人もあるものだ、という好意的な笑いへと救っている。それこそ「春昼」というおだやかな語感が与える魔法であろう。

お湯といえば先日、自販機に並ぶペットボトルのなかに「暖かい天然水 」を見つけた。飲料水を持ち歩くことが普通になって現代では、驚くことではないのかもしれないが、白湯にはいささかびっくりした。『柿の木坂だより』(2007)所収。(土肥あき子)

ペットボトルは、簡単に出来コストも安く出来るようだ。そのお陰で、街の自販機があちこちに設置され利用されている。

しかしリサイクル率が低いのか環境問題化している。いつも思うが自販機の脇の回収箱には溢れてこぼれ、付近に何本も落ちている光景を目にする。また、モラルの問題化と思うが、捨ててある場合は、そのままにしても、腐らないのは当然だあるが、公害となっている。頭の痛い問題となっている。リサイクル利用率は低いのではないのかなあ・・・。

ペットボトルの材料はプラスチックの一種で、ポリエチレンテレフタレート(PolyEthyleneTerephthalate)だ。この英語の頭文字PETをとってペット樹脂(じゅし)と呼(よ)ばれているそうだ。
ペットボトルはメーカーによって色んな工夫をこらして作っていて、そのため企業秘密になっていることが多く、その製造の様子は見られないことが多い。

日本では、一日1600万本作られているそうだ。ペットボトルは、ペット樹脂を熱でとかし、ペットボトルの素をつくる。それを更に加熱して軟らかくし、射出成型で、膨らませて作る。ペットボトルの原料は石油である。その性質が分かると、ペットボトルは使い終わった後で、またとかして再利用することができる。
ペットボトルは昔はゴミとして捨てられていたが、今ではリサイクルされるようになっているのだが・・・

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2008年4月28日 (月)

生きる姿勢を変える

Photo_2

ここは、旧多摩丘陵ハイキングコース御殿峠4/25写す。

ストレスを貯めないような気分転換は必要だが、根本的には生きる姿勢を変えることが大切だろう、それは自己への気づきです、生かされていることに気づくことで、父母のもとに生まれてきた生命体が自己である、生き死にをしている60兆個の細胞の集合体である、その生命体は遺伝子によって特徴づけられている。

 生命体は自分の意思にかかわらず60兆個の細胞が生き死にしている、心臓は動き肺は呼吸している。けれども悩みや心配、恐怖や不安の気持ちが心臓や肺などの働きを刺激しているから、正常な生命体をゆがめてしまうのである、ストレスは生命体が病む原因になる。

そこで根本的には生きる姿勢を正すことが大切であある、いつも背筋を伸ばして前向き姿勢を心掛けることであり、前かがみで背中を丸めた下向き姿勢では気持ちがふさがってしまいまう。次に呼吸法を変えることであり、寝ている時のみならず普段の生活でも無意識に呼吸しているが、時々意識して息をゆっくり吐ようにすると、不思議と落ち着きがでてくるものです、
ゆったりとした、安らいだ気分になれる。

背筋のばして息をゆっくり吐く呼吸法を一日のうち時々意識しておこなう、いつでも、何処でも、誰にでも、できることで、これで生き方が変わると言われている。姿勢を正し意識して吐く呼吸法によって、前向きな、いつも心新たな生き方に自分を変えていくことができる。

ここで改めて呼吸について、確認しておくと・・・・。

細胞呼吸
肺から取り込んだ酸素は血液に乗って各細胞に送り届けられる。つまり、細胞は酸素を取り込み不要になった二酸化炭素を血液中に放出するのである。これが細胞呼吸である。

一日2万回                                                通常は、1分間に14回前後と言われています従って一日に約2万回となる。

感謝呼吸に至る《(感謝呼吸com)より抜粋》                                   呼吸の安定、想像の浄化が進むという段階が過ぎてゆくと、新たな局面を迎える。自分の健康、環境や人間関係、人として生きていられる現実など、さまざまなことが「ありがたく」思えてくる。

ここまで来ると、感謝というのは、道徳的に大事なことでも、他人から強制されることでも、運命を開く道具でもないということが分かる。

自分の存在が何らかの理由で許されている。生かされている。何らかの使命を帯びて生まれてきている。そんなことが信じられるようになる。いわば感謝とは、主張すべき権利でもある。そういう意味では、人間はどんな立場であっても平等に扱われている。

感謝できることがどれほどありがたい人間の機能であるか。それがつくづく分かってくる。

私たち人間をお作りになった天の誰かは、感謝できることも人間に与えてくれてる。これも万物の霊長たるゆえんで、他の動物が感謝している姿を見かけたことはあまりない。感謝呼吸は、いわゆる呼吸法ではない。なぜなら、日常的にやってる息、呼吸だからだ。

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山口2区の補選

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シルクロード、八王子市鑓水の道了堂付近 4/25写したもの                                                      

昨日、 福田政権で始めての選挙は、山口2区の補選だった、22,000票の差民主党に軍杯が上がったのである。投票率66パーセントだった。

読売・朝日新聞から(抜粋)参考

医療や年金に対するお年寄りの不安を、政府・・与党が甘く見ていたツケがきたのだろう。福田政権発足後、初の国政選挙となった衆院山口2区補欠選挙は、民主党前議員の平岡秀夫氏が自民党新人の山本繁太郎氏を破って当選した。

民主党は、次期衆院選の前哨戦と位置づけ、ガソリンの暫定税率の復活阻止や、75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の廃止などを訴えた。与党は、国政課題の争点化を避けるため、地域活性化を前面に押し出し、組織戦を展開した。だが、結果的には、自民党支持層すら固めきれなかった。

敗因の一つに、後期高齢者医療制度をめぐる政府・与党の対応のまずさが挙げられる。不安を抱える高齢者に対し、十分な準備や説明を怠り、混乱を招いた。

その意味では、今回の補選を福田政権に対する中間評価と見てもいいだろう。全国に300ある小選挙区のひとつで有権者が示した選択に過ぎないのは確かだが、それが政府与党に突きつけたメッセージは鮮明だ。

ひとつは再可決、つまりガソリン再増税への疑問だ。数々のでたらめな使いぶりが明らかになった道路特定財源のために、以前と同様に1リットル25円もの税金を払う必要があるのか。納得できない人は多いということだろう。

特定財源の仕組みをあと10年継続するという特例法改正案を、与党は来月12日に再可決して成立させる方針だ。首相が言うように本当に1年後には廃止されるのか、人々が疑念を募らせても不思議はない。

もうひとつは高齢者医療制度だ。首相は「制度の考え方は悪くない」と不満そうだが、お年寄りの怒りと不安を理解できているのだろうか。どんな制度でも、国民の信頼がなければ機能しない。そこが揺らいでいるところに問題の深刻さがあるのだ。

福田康夫首相の特定財源は、1年後に廃止されるのか?されても骨抜きにされ、名前を変えて、継続?なのか!すっかり信頼がなくなってしまった。世論調査でも20パーセント台に落ち込んだと言う。

私が感じるのは、決断力がない。人ごとのような対応。国民の信頼はなくなる。誠実・実直の政治理念はいいが、スピードに欠けては時期を逸してしまう。

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メーデーの思い出

今日の名言

子供の難渋は母の心を動かし、若い男の難渋は若い娘の心を動かすが、老人の難渋はだれからも顧みられないものである。

ユーゴー『レ・ミゼラブル』(三)

0105tutuzi21メーデーの手錠やおのれにも冷たし 榎本冬一郎

メーデーが近づいてきた。と言っても、近年の連合系のそれは四月末に行われるので、拍子抜けしてしまう。メーデーはあくまでも五月一日に行われることに大きな歴史的な意義があるのだ。

このたった一日の労働者の祭典日を獲得するまでに、世界中の先輩労働者たちがいわば血と汗で贖った五月一日という日付を、そう簡単に変えたりしてよいものだろうか。私は反対だ。句の作句年代は不明だが、まだメーデーに「闘うメーデー」の色彩が濃かった頃の句だと思われる。

家族連れが風船片手に参加できるような暢気な状況ではなかった。作者は警察官の立場から詠んでいるわけだが、所持した手錠を何度も触って確認している図は、おのずからメーデー警備の緊張感を象徴している。

触って冷たいのだから、まだ祭典が始まる前の朝早い時間かもしれない。手錠は心理的にも冷たく写るので、やがて遭遇することになるデモ隊からは、所持者たる警察官にもそれこそ冷たい視線が浴びせられることになるだろう。作者はそのことを十分承知しながらも、しかし「おのれにも」冷たいのだと言っている。触感だけではなく、心理的にもだ。

作者は苦学して警察官になったと聞く。だから、民間労働者の苦しみもよくわかっている。立場の違いがあるからといって、そのような人々と争いたくはない。できれば手錠を使う機会がないことを願うばかりなのだ。そんな気持ちの葛藤が、作者をして心理的にも手錠を冷たく感じさせる所以だと読めてくる。『現代歳時記・春』(2004年・学習研究社)所載。(清水哲男)

メーデーに参加の経験は10回ぐらいある。5月1日に決まっていて、その日は振り替え休日にしていた。青葉の香る大きな公園で、ほこり紛れで主催者の演説を聞き最後はシュピレシュコールをあげ、デモ行進 になり、街を歩くのである。

各会社ごとに組合の旗を掲げ、鉢巻をして、労働歌を歌った、♪がんばろ⌒う・・・ つき上げる空に♪なんて歌ったことが懐かしく思い出される。

昭和25年ごろ、レッド‐パージ(red purge)がり、共産主義の思想・運動・政党・に関係している者を公職や企業から追放された。いわゆる赤狩りがあって、私の勤ていた会社も大変だったと先輩から聞いた。

そんな季節だ。そして、5月2日は夏も近づく、八十八夜である。近くの弁天様のお祭りである。

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2008年4月27日 (日)

聖火リレー

Omoide31昨日長野で北京五輪の聖火リレーが行われた。厳重な警備に支えられ、80人のランナーで18・7キロを走った。中国の留学生を中心に3000人以上の赤い旗の中国の国旗、チベット国旗とが入り乱れていた。これが、中国でなく、2012年に開催されるイギリスのロンドンであったならこんなことには、なっていなかったと思う。

もともと、平和のシンボル的オリンピックで、中国国内の問題で、世界中を騒がせているのだから中国以外の国は大変迷惑なんだ。でもよく考えると、チベット人は、長い間苦しめられてきたという事だから人権に係わることで、ヨーロッパを中心に唯で見過ごすことが出来ないことだ。

かっては、チベットは独立主権国家として固有の文化や宗教を持ち、その存在を内外から認められていた。
毛沢東主導のもと1949年に中国による侵略が始まり、中国の圧倒的な武力によってチベットは瞬時に陥落したのである。1959年、指導者のダライ・ラマ14世がインドに亡命し、北インドのダラムサラにチベット亡命政府を樹立した。
チベットという国はなくなり、チベット自治区や四川省などに組み入れられ中国の一部となっているのである。
そして、15万人以上の亡命したチベット人が隣国の難民居留地で生活を送っている。
占領と弾圧によってチベットは国家としての独立、文化、宗教、基本的人権を奪われているのだ。女子供関係なく「チベットは独立国家だ」と口にしたならば酷い拷問や死刑が待ち受けているのが現実なんだそうだ。

中国のナショナリズムが活発になって、世界中で「愛国心」ぶりを示しているようだが、今までの世界の大国の歴史にあるように小民族の独立で多くの血を流した経緯がある。中国13億の民というけれど、民族は数えきれないほど多い。

解決策はダマイ・ラマ14世との中国の指導者と、直接対話から解決策が見いだせられることだと思う。

行く先々で、これほど混乱を呼ぶ五輪聖火もめずらしい。受け入れる国は、注射の順番を待つ子どものように緊張して待つ。そして聖火は、終わったあとの安堵(あんど)を置きみやげに、次なる国へと旅を続ける。

その旅路のハイライトが、来月のチョモランマ(エベレスト)登頂という。ネパール側の登山コースにも、中国の要請で武装部隊が配置された。必要と見れば発砲するといい、活劇映画さながらだ。

中国は先ごろ、五輪のために人権侵害を強めている懸念を、国際的な人権団体から指摘された。大会本番は日々に近い。広く国際社会の普通の国で、迎えられる歓迎には、どうしたらいいか。中国政府に分からないはずはない。

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孫と遊ぶ

今日の名言

人間の最も基本的な分類として、〈知を愛する人〉、〈勝利を愛する人〉、〈利得を愛する人〉、という三つの種類がある。

プラトン『国家』(下)

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水や子を抛る真似しては止め 高浜虚子

春の川べりを子供と歩き、抱き上げて抛る真似をする。「ほらあ、落ちるぞ」子供は喜んではしゃぎ声をあげる。ああ、こんなに子煩悩な優しい虚子がいたんだ。普通のお父さん虚子を見るとほっとする。

「初空や大悪人虚子の頭上に」「大悪人」と虚子自身も言ってるけど、俳句の天才虚子には、実業家にして政治屋、策士で功利的な側面がいつも見えている。熱狂的追っかけファンの杉田久女に対する仕打ちや、「ホトトギス」第一回同人である原田浜人破門の経緯。そして破門にした同人に後年復帰を許したりする懐の広さというか老獪さというか。そんな例を数え上げたらきりがない。

とにかく煮ても焼いても食えない曲者なのだ。虚子は明治七年生まれ。同じ明治でも中村草田男の啓蒙者傾向や加藤楸邨のがちがちの求心的傾向、日野草城なんかのモダンボーイ新しがりと比べると、幅の広さが全然違う。

上から見るのではなく、「俗」としっかりと四つに組む。ところでこの句、抛る真似をするのは、他人の子だったら出来ないだろうから自分の子、とすると虚子の二男六女、八人のうちの誰だろう。子の方はこんなシーン覚えているのかな。『五百五十句』(1943)所収。(今井 聖)

子供は3・4歳の時期は大きくなるのが早い。3ヶ月も経つと大きくなったなあ、欲目でか、感じてしまうことがある。自分もそれだけ老けてしまうのが寂しいのだが、これが自然であり仕方がない。その孫も今年は一年生だ。

「若草や 孫に押されて 年を知る」何年前かなあ・・・暖かくなり片倉城址公園の芝生の上で座ったいると、孫が胸に飛び込んで来た。不意をつかれて押し倒れてしまった。元気がいいから喜ぶべきか、私が年をとり過ぎ力がなくなって悲しむべきか、力のバランス加減の支点を移動しないといけないと思った。

この公園に、珍しい名前の木があり、「なんじゃもんじゃ」と言う。見上げるような高木で、枝の先にプロペラのような形で白い花が咲いている

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こんな表札の内容である、webで探した。

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2008年4月26日 (土)

思いやり予算

10_10241 基本的には、財政難であえぐ日本政府とっては、軽いとはいえない。バーデンダー・宴会マネジャーの給与など不適切な支払いが明るみに出て参議院では、否決された。2007年度には2173億円の予算が計上されている。(内訳は、労務費1150億円、光熱水料等253億円、訓練移転費5億円、提供施設の整備457億円、福利費等205億円、格差給等給与102億円)。近年は、日本の財政難などを理由に、予算額は削減傾向にある。

産経新聞                                                「思いやり予算」に関する新特別協定案が、19年度内に承認されなかった上、参院で否決されたことは、日米同盟に暗い影を落とした。ただ、国会審議では、民主党など野党の指摘で遊興施設の労務費など不適切な支出が次々に指摘された意味合いは大きい。

財政難にあえぐ日本政府にとって、思いやり予算の負担は軽いとはいえないだけに、経費の透明性をめぐる論議は今後ますます活発になりそうだ。

「思いやり予算はあまりにも高くなりすぎている。もう一度原点に立ち返って議論することが必要ではないか」

25日の参院本会議では、民主党の白真勲参院議員が反対討論で「思いやり予算」を厳しく批判。賛成討論した自民党の浅野勝人参院議員も「野放図な財政支出は許されない。今回の負担軽減は到底満足できる数字ではない」と政府に苦言を呈した。

実際には、日本側は新協定締結に向けた日米協議で光熱水費や労務費の大幅な削減を求めてきた。石破茂防衛相も米軍基地で働く日本人従業員の給与水準が高いことなどを問題視。思いやり予算についてゼロベースから見直しを進めるべきだとの考えを示していた。

日米安保をめぐっては、ミサイル防衛(MD)システムの整備に加え、駐沖縄海兵隊のグアム移転費用など今後も巨額な負担が発生する。納税者の理解を得ながら着実に防衛力を整備していくには「米側にも目に見える努力が必要だ」(政府高官)との思いがある。

これに対し、米政府は、イラク、アフガニスタンでの巨額の戦費に苦しんでおり、中国の軍備拡大など北東アジア情勢の不安定化を理由に日本側に「応分の負担を」とさらなる財政負担を要請。結局、減額したのは8億円だけだった。

新特別協定案の審議を通じ、野党は経費支出の不適切さを徹底追及。民主党の渡辺周衆院議員は「思いやり予算」にボウリング場マネジャーやバーテンダーの給与まで含まれることを指摘し、「なぜ私たちの国家が米兵の休日の遊興費にまで税金を出さなければいけないのか」と批判した。

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爽やかな朝を味わう

07akitakoma_tinguruma21今朝、5時にボランテアでいつも通りゴミ拾いに出かけた。空はどんより曇っていたが、家の前の湯殿川の河川維持管理道路をタバコの吸殻、空き缶、ペットボトル、紙くずなどを拾って国道16号片倉交差点から、京王片倉駅のガードのしたまでいったら、6・7人の人が、箒に、塵取りで掃除をしていた。

ここは、以前からゴミが多く1週間に1回ぐらいだが、ボランテアを行っていたが、気になる場所であった。そんな人に、声を掛けたら、私たち真如会のものです。近くに在住している人ばかりでボランテアで行っているとの事である。

真如会とは・・・・                                                 私たち真如会の仲間は、平凡な者ばかり。年齢にも職業にも制限はない。ただお互いに仲間のひとりひとりを大切にし、家庭を明るくし、職場を明るく立派にし、ひいては社会全体、世界全体を明るくしたいと願っている者の集まりであるそうだ。

人間は人を信じ、神仏を敬う生きかたが大切で。私たちは、真如会というこの集まりの中で互いに尊敬し信頼し合う喜びや、深いめぐり合いの感動を味わいつつ、人間性を深め、永遠につながる生き方を探りあてたい。仏陀が常にすすめられていた「集いの力」を私たちの手で作り出し、世界人類の平和を祈り、神仏に生かされている自分を感謝できる存在でありたいと願う。

集いの背骨になっているのは仏教である。しかし、宗教などにとらわれず、すぐれた仏教者の自在な生き方にならって、明るい近代的な、しかも、深く、重く、奥行きのある人間性を持ちたいと願っている。ということだそうだ。(webで調べ)

その一人の60前後の女性に、「何時の一人でボランテアをしているのですか?」と問われたので、「そうです!」と言ったら、「偉いねえ」と言われた。そこで付け加えて「そんな!、人として、当たり前のことをしているだけです。」「出来る事が幸せでなんです健康だから。」と爽やかな気分と生きている幸せを実感した朝だった。

朝早くボランテアは、大変とは思わない。「自分が納得しての行為で、出来ることが幸せなのだ。」といつも思っている。確かに始めた15年前は勇気がいった。家族に「みっともないからお父さん止めて」と言われてショックだったが、二人の子供は、別に所帯を持って生活しており、孫も4人も出来た。最近は夫婦二人の生活であり、近所の人にボランテアでゴミ拾いのおじさんで「認知」されたようである。今朝は、ちょっと肌寒いが爽やかな風が気持がよかった。

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シリアの核開発を北朝鮮が支援

05gihu_hana_festa21 北朝鮮のシリアへ核開発を支援していたとアメリカは映像で証明した問題で今朝の毎日・読売・産経・朝日の各誌がこの問題を取り上げている。アメリカの北朝鮮のテロ支援国家の指定を解除をされてはたまらない。なだめすかして、好き勝手なならず者国家の北朝鮮は、もう観念してすべてをさらけ出してしまったほうが国民に幸せをもたらせるのだろうと思うが・・・。各誌(抜粋)

毎日新聞

やっと認めたか、という印象がある。米政府は24日の声明で、シリアの核開発を北朝鮮が支援していたとの見解を示した。昨年9月、イスラエル軍機がシリア領を空爆してからくすぶっていた疑惑を、米国は約7カ月後にようやく事実と認めたわけだ。

北朝鮮とシリアはこの疑惑を否定してきた。私たちも米国の発表をうのみにする気はない。だが、映像で示された「証拠」を踏まえて、少なくとも二つのことは言えるだろう。

北朝鮮とシリアは、国際原子力機関(IAEA)に報告していない核開発と技術支援をめぐる疑惑を、国際社会にきちんと説明すべきだ。もう一つは、こんな状況で北朝鮮に対する米国の「テロ支援国家」指定が解除されてはたまらない、ということである。

指定解除は基本的に米朝2国間の問題である。しかし、北朝鮮が昨年中に果たすべきだった核施設無能力化や核計画の完全な申告は遅れに遅れ、6カ国協議を構成する日米韓中露の5カ国は、北朝鮮への対応に苦しんでいる。

読売新聞

北朝鮮が核拡散に関与したことを裏付ける新たな証拠の提示だ。北朝鮮の核廃棄を目指す6か国協議の行方は、混沌としてきた。核計画の申告をめぐる米朝協議も、仕切り直しを迫られるのではないか。

ブッシュ米政権が、北朝鮮とシリアが核兵器開発で協力していたとする声明を発表した。

ホワイトハウスの声明は、昨年9月、イスラエルが空爆で破壊したシリアの秘密施設について、核兵器開発用に建設中の原子炉であり、北朝鮮が支援していたと確信する、と断じている。

この空爆については、イスラエルもシリアも詳細には説明せず、謎が多い。米政府も、コメントを避けてきたが、事件から8か月近くたって初めて、入手したビデオ映像や写真の一部を公表し、シリアに真相解明を求めた。

産経新聞

米政府はシリアが北朝鮮の支援を受けてプルトニウム生産が可能な原子炉建設を進めていたことを確信するとの声明を発表、米議会に提示した画像資料などの一部を公開した。

問題の施設は昨年9月、イスラエルの空爆で破壊され、北朝鮮・シリア間の核拡散協力を示す疑惑として注目されていた。声明によれば、核施設は完成まで数カ月の段階にあり、放置すればアラブ国家として初の核兵器生産能力の獲得につながった恐れが強い。

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田螺の思い出

今日の名言

だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうその幸福を引き受けるということである。

ブリア‐サヴァラン『美味礼讃』(上)

05oonumakoen11春陰や眠る田螺の一ゆるぎ 原 石鼎

春陰について調べていた。影、が光の明るさを連想させるのに対して、陰、はなんとなく暗さを思わせるので、抽象的なイメージを抱いていたらそうではなく、花曇り、とほぼ同義で、春特有の曇りがちな天候のことだという。

花曇りが桜の頃に限定されるのに対して、春陰はその限りではないが、陰の字のせいか確かに多少主観的な響きがある。日に日に暖かさを増す頃、曇り空に覆われた田んぼの泥の中に、蓋をぴったり閉じて冬を越した田螺がいる。

固い殻越しにも土が温んでくるのを感じるのか、じっと冬眠していた田螺は、まだ半分は眠りの中にありながらかすかに動く、なんてこともあるのではないかなあ、と作者自身、春眠覚めやらぬ心地で考えているのか。

あるいは、ほろ苦い田螺和えが好物で、自ら田螺取りに行ったのか。いずれにしても、つかみ所なく広々とした曇天と、小さな巻き貝のちょっぴりユーモラスな様子が、それぞれ季語でありながらお互い助け合い、茫洋とした春の一日を切り取って見せている。『花影』(1937)所収。(今井肖子)

タニシといえば、田んぼに水を抜いて暫くすると泥土に穴が空いている所がある。そこを掘ると取れた。よく食べたものだ。今なら、エスカルゴ風 パセリソースで臭みをよくとって、食べるだろうが、終戦後だったので、身を取って醤油で煮付けたものだったかな・・・。

ザル一杯にとってきて、お袋に渡し、料理?して貰った。殻は潰して鶏にあげた。今は田螺は近くでは見られない。もっとも田んぼがなくなってしまったからなあ・・・。

そう言えば、今では考えられないが、田螺・川ニナ・シジミなどの貝類が、フナ・どじょうすくいをしているとザルに入ってきたものだが、何だか、田螺を連想して懐かし思い出がよみかえったようだ。

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2008年4月25日 (金)

多摩丘陵と絹の道

新緑の旧ハイキングコースを散策する。天気もよく、気候も体調も良かったので、遠出をしてみたくなった。今から50年前に多摩丘陵ハイキングコースがあって、御殿峠から、野猿峠・平山城址公園・高幡不動まで12.3キロあるだろう丘陵伝いにハイキングコースがあって、何回か歩いた経験がある。

御殿峠から、道了堂までも今は行く人はほとんどいない。

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footfoot昔はこんな道をハイキングしたものだ。今は開発されて東京工科大学のキャンパスが出来たり、16号バイパスが出来て昔の面影がなくなてしまった。鎌倉時代の絹の道の道標が道了堂の参道の石段前に建てられているsmilecamerafootfoot

画面をクリックしてカスタム30~35%でみると・・・

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平均寿命

07_10241毎日新聞2008-4-24

こんな事が気になる年になってしまった。

厚生労働省は24日、5年ごとに調べている全国市区町村別の平均寿命(05年現在)を公表した。1位は男性が横浜市青葉区(81.7歳)、女性が沖縄県北中城(きたなかぐすく)村(89.3歳)、最下位は男性が大阪市西成区(73.1歳)、女性が東京都奥多摩町(82.8歳)だった。
厚労省統計情報部は「詳細な分析はできないが、三大死因(がん、心臓病、脳卒中)の死亡率が低い沖縄県や、自殺や事故の死亡率が低い神奈川県、東京都などの市区町村が上位に多い」としている。【清水健二】

■平均寿命の上位10市区町村
(カッコ内は年齢)
《男性》
(1)横浜市青葉区(81.7)                                                    (2)川崎市麻生区(〃)                                                 (3)東京都三鷹市(81.4)         
(4)東京都国分寺市(〃)          
(5)東京都練馬区(81.2)         
(6)長野県箕輪町(81.1)         
(7)長野県小布施町(81.0)        
(8)東京都小金井市(〃)          
(9)熊本県益城町(80.9)         
(10)東京都目黒区(〃)           
《女性》
(1)沖縄県北中城村(89.3)
(2)兵庫県猪名川町(88.7)
(3)長野県高森町(88.5)
(4)沖縄県豊見城市(〃)
(5)沖縄県南城市(88.3)
(6)長野県宮田村(88.2)
(7)横浜市青葉区(88.0)
(8)北海道壮壮瞥町(〃)
(9)沖縄県北谷町(87.8)
(10)神奈川県開成町(87.7)

■平均寿命の下位10市区町村
《男性》
(1)大阪市西成区(73.1)
(2)青森県板柳町(75.2)
(3)青森県鰺ケ沢町(〃)
(4)青森県五所川原市(75.5)
(5)福岡県大任町(〃)
(6)青森県田舎館村(75.6)
(7)青森県藤崎町(〃)
(8)青森県平川市(〃)
(9)青森県中泊町(〃)
(10)高知県室戸市(75.7)
《女性》
(1)東京都奥多摩町(82.8)
(2)青森県大鰐町(83.1)
(3)東京都日の出町(83.3)
(4)大阪市西成区(〃)
(5)北海道浦河町(83.5)
(6)大阪市大正区(〃)
(7)愛知県甚目寺町(83.7)
(8)北海道福島町(〃)
(9)宮城県本吉町(83.8)
(10)千葉県旭市(〃)

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石廊崎の思い出

今日の名言

金は貸すのも借りるのも、罷(まか)りならぬ。貸せば、金と友、両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る。

シェイクスピア『ハムレット』

05detohama11灯台は立たされ坊主春の富士 小林恭二

俳句評論で活躍している小林恭二に、『春歌』という一冊の尋常ならざる句集がある。「初期句集」と記され、九十三句を収めた句集らしくない趣きの句集。加藤裕将の楽しい挿絵多数。

あとがきに「大学二年で俳句を始め、卒業と同時に本格的な句作から手をひきました」とある(在学中は「東大学生俳句会」の一員だった)が、時どき彼の俳句を目にすることがある。中学校時代に「立たされ坊主」をよく経験した者(私)にも、ほほえましく享受できる句である。

近くに灯台があり、遠方に富士山が見えていると解釈すれば、ゆるやかな春の光と風のなかに突っ立っている灯台と、彼方にモッコリと立っている(聳えているのではない)富士山とのとり合わせが、いかにも駘蕩としていて、対比的で好ましいのどかな風景になっている。

灯台を富士山に重ねる解釈も成り立つだろうけれど、ここはやはり両者が同時に見えているワイド・スクリーンとしてとらえたほうが、春らしい大きな句姿となる。さらに穿った解釈が許されるならば、作者は「東大は立たされ坊主」というアイロニーを裏に忍ばせているのかもしれない。

小林恭二は「俳句研究」に毎号「恭二歳時記」を五年間にわたって連載中だが、同誌四月号のインタビューで「(句作を)毎日やっていればまた別なのかもしれませんけれども、二年とか三年に二句詠む、三句詠むなんて、もう面倒臭くて」と答え、実作者としての目は「限りなくゼロに近い」と述懐している。句集には昼寝覚マッチの頭燃え狂ふ」「ひねくれば動く電気仕掛の俳句かななどがある。『春歌』(1991)所収。(八木忠栄

日が長くなってくると何処か旅行をしたくなる。海が見える温泉宿がいい。それも富士が見える、伊豆方面がいい。そうだ西伊豆の松崎あたりのホテルで、富士を見ながら温泉に入って一杯飲んで美味しい料理を食べる。いいじゃあないか・・・・。

伊豆といえばい伊豆半島の最南端のにある、石廊崎の灯台に行った時の思い出がある。しっかり重みのある、真っ白い塔に夕日で輝いて、バックの青い海で何ともいえない光景が、目に焼きついている。石畳に打ち寄せる白波とリズム感のある音は、心に沁み込んでくるようである。

はるか遠くを船が行き交っているのが見える。黒い船体は夕日で鈍く影を落としていた。目に入る太平洋の彼方は、確かに地球は丸いと感じることが出来る。

そんな心が洗われる旅行をまたしたいと思う。

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2008年4月24日 (木)

ハナミズキがきれい

Hanamizuki21

東京新聞(筆洗)より、    街を歩いていると、草木の緑が日ごとに濃くなっていることを感じる。都心の公園では桜に代わり、ハナミズキの花が目を楽しませてくれる。元気をもらった気分になるから不思議である。                                                                   日本の植物学の父といわれる牧野富太郎は自叙伝などで、人間は植物がなくては生活できないので<植物に向こうてオジギをせねばならぬ立場にある>と記している。「衣食住」に欠かせないなど理屈はいろいろあるのだが、この季節は特に、感性として納得できる。

牧野が生まれたのは百四十六年前の今日になる。植物研究五十年を回顧し<草を褥(しとね)に木の根を枕、花と恋して五十年>という都々逸をつくったように、植物を愛し抜いた人生だった。採取した標本は約六十万点、命名した新種や新変種は二千五百種以上に及ぶ。生きていたら激怒しているに違いない。全国各地で花を荒らす事件が相次いでいる。

前橋市内では警察が警戒中も含め、三度にわたり市民が育てていたチューリップの花が切断されている。花は何をされても黙ったままで、抵抗などしない。だから日ごろの不平や不満をぶつけやすいのだろうか。いずれにしても、感謝をしたり愛する対象にはなっていない

植物を愛好することで慈愛に富んだ人間が育っていく。牧野はこう確信していたという。器物損壊事件としての捜査だけで終わる話ではなかろう。

NHKテレビの昼のニュースで、ビデオカメラを一般公開した、サラリーマン風の男が傘で、なぎ倒している映像が映されている。警察はこの映像で情報があったら寄せて欲しい。との事だ。

ハナミズキは、北アメリカが原産、明治42年、当時の尾崎行雄東京市長が平和の使者として、ワシントンに桜を贈った際、アメリカからのお返しがアメリカハナミズキだった。

花びらに見えている部分は実はがくが変化したもので真ん中にある緑色の部分が花の本体です。花色は白や薄紅色で秋には赤い実ができる。花もきれいだが紅葉も美しく季節ごとに楽しむことができる。
アメリカではポピュラーな花木の一つでバージニア州の州花にもなっている。英名はフラワリング・ドッグウッドというが、これはハナミズキの樹皮を煎じたものを犬のノミとりの薬として使用したところから名付けられたそうだ。

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インターネット功罪か

282_field111インターネット功罪か?レンタンで集団自殺が一時ニュースで、話題になった。年間、自殺者が3万人以上がいると言われている。

今回の近所に住んでいる人が80人も避難するという、大きな迷惑騒ぎとなった。これもインターネット調べると、で簡単に作れるようである。ちょっと調べたが、事件が多発しているので、良心の呵責からか、閉鎖してしまって所が多いでも、全てではない。

インターネットの文明の利器は世の中を変えるが、功罪あり、使い方によっては、犯罪に利用や、プライバシー侵害などのTOOLとなってしまう事を、つくづく思い知らせた。だから、フルタリングの議論があるが、未成年者のには、規制する法律の整備を急ぐべきである。

毎日新聞 2008年4月24日ニュースより                               23日午後8時ごろ、高知県香南市の市営住宅で、公立中学3年の女子生徒(14)が硫化水素によるとみられる自殺で死亡した。玄関に「ガス発生中」の張り紙があった。救出しようとした近隣住民が硫化水素を吸って一時意識不明になったほか、住民70~80人が近くの体育館に避難し、うち約10人が気分が悪くなって病院搬送された。

県警香南署や関係者によると、女子生徒は母親と2人暮らし。母親とは連絡が取れないという。現場は市営住宅の3階。付近住民は同8時半ごろから、体育館に避難。香南市は職員を体育館に派遣し、住民に布団を配るなどしている。

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藤の花に想う

今日の名言

人間が馴れることのできぬ環境というものはない。ことに周囲の者がみな自分と同じように暮しているのが分っている場合はなおさらである。

トルストイ『アンナ・カレーニナ』(下)

Fuji1師系図をたぐりし先や藤下がる 三輪初子

七で「あれっ」と思わされる。一般的に言って、系図や系統図は「たどる」ものであって「たぐる」ものではないからだ。両者を同義的に「記憶をたぐる」な中どと使うケースもなくはないけれど、「たぐる」は普通物理的な動作を伴う行為である。

つまりここで作者は「師系図」を物質として扱っているのであり、手元のそれを両手で「たぐり」寄せてみたところ、なんとその先には実際の「藤(の花房)」がぶら下がっていたと言うのだ。この機知にはくすりともさせられるけれど、よくよく情景を想像してみると、かなり不気味でもある。たとえば子規や虚子の系統の先の先、つまり現代の「弟子」たちはみな、人間ではなくて群れ咲いている藤の花そのものだったというわけだから、微笑を越えた不気味さのほうを強く感じてしまう。

だからと言って掲句に、師系図に批判的な意図があるのかと言えば、そんな様子は感じられない。二次元的な系統図を三次元的なそれに変換することを思いつき実行した結果、このようないわばシュール的な面白い効果が得られたと見ておきたい。