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2008年4月

2008年4月30日 (水)

物価上昇拡大 「しょうがない」では済まない

                                                       Katidoki181                                                                           

消費者物価上昇が拡大してきた。今年3月は生鮮食品を除いた全国の総合指数で前年同月比1・2%の上昇となった。消費税率引き上げで上昇幅が高まった時期を除けば、14年7カ月ぶりの上げ幅だ。

ガソリン税の暫定税率廃止が反映している4月の東京都区部の物価は生鮮食品を除いた総合指数で同0・7%上昇である。前月より0・1ポイント高い。穀物市況高騰に伴うパンやめん類などの価格引き上げなど生活関連物価の上昇のためである。

原油などの資源にせよ、穀物にせよ、このところの市況は投機的色彩が濃い。ただ、途上国の経済発展を考えれば、中長期的には上昇傾向が続くと見ざるを得ない。

これまでの政府のデフレ脱出戦略は経済活動の活性化が、賃金上昇などを通じて消費拡大をもたらし、需要サイドから物価が正常化していくというものだった。ただ、原油価格の急騰がきっかけであっても、日本はもはやデフレ経済ではない。国際的にも新価格体系に移行中であることも間違いない。

当然、経済政策はこうしたことを前提に進められなければならない。

ガソリンへの暫定税率が復活する見通しであることなどを考慮すれば、1~2%程度の消費者物価上昇は当面続くとみられる。ただ、商品市況が過熱するなどの事態になれば、上昇が加速することもあり得る。欧州中央銀行がこのところ物価重視の姿勢を強めているのも、そうした危険性をにらんでのことだ。米金融当局も景気一本やりではない。国際的にもインフレを事前に抑え込むことが重要課題になっているのだ。

福田康夫首相は最近の物価上昇を「しょうがない」と表現したが、その認識は誤っている。1~2%の消費者物価上昇ならば、日本銀行にとっても、インフレ目標設定論者にとっても、望ましい水準だ。ただ、その場合でも、中身をよく見なければならない。

デフレ下で明らかになったことは、技術進歩の速い情報技術(IT)関連商品・サービスの物価下落と、教育費などの上昇である。食料や衣料品の物価水準は大きく変わっていない。パソコンや薄型テレビ、携帯電話料金などの大幅値下がりによるデフレだ。

生活実感では、物価はそれほど下がっていなかったということだろう。このところの、1%に満たなかった上昇でも、家計への影響は大きかった。物価が上昇しても、賃金がそれ相応に上がれば、家計が苦しくなることはないが、今年の春闘での賃上げは昨年を下回った。

それだけに、物価安定は一層、重要になっている。景気が微妙な局面に入りつつあることは事実だが、政府も日本銀行も従来以上に、物価に軸足を置いた政策運営を心掛けるべきだ。(以上毎日新聞社説)

私も同感だ。福田康夫首相の、人ごとのような話し振り、道路財源を一般財源にすると言ったり、後期高齢医療制度・年金など、分かり難いことばかりである。これでは支持率も下がるばかりであろう。

聴衆をひきつけるコツ

今日の名言

この世でなにが悲しいといって、自分がいろいろのことを知りながら、無力のためにそれをどうにもできぬことほど悲しいことはない。

ヘロドトス『ヘロドドス 歴史』(下)

06_12801真実の口に入れたし春の恋 立川志らく

ローマにある、あの「真実の口」である。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の柱廊にあって、今や観光スポットの一つ。一見無気味な海神トリトーネの顔が口をあけていて、そこへ手を突っこむ。「ウソつきは噛まれる」という愉快な言い伝えがある。

私も旅行した際、右手を突っこんだが、幸い噛まれなかった。噛まれなかったことも含めて、その時の私の印象は「がっかり」の一言。ローマ時代の下水溝の蓋だったという説がある。ま、どうでもよろしい。掲出句は恋人同士で手を入れたわけではない。

「入れたし」だからまだ入れていなくて、恋人の片方が相手の「真実」をはかりかねていて、試してみたいという気持ちなのだろう。女の子同士や夫婦の観光客が、陽気に手を入れたりしているようだが、そんなのはおもしろくもない。愛をまだはかりかねていて「入れたし」という、ういういしい恋人同士だからスリリングなのだ。

しかも、ここは「春の恋」だから、あまりねっとりと重たくはない気持ちがうかがわれる。「真実の口」は言うまでもなく映画「ローマの休日」で有名になってしまった。志らくは映画監督と劇団員の合同句会を毎月開催していて、その宗匠。

志らくの「シネマ落語」はよく知られているが、シネマ俳句も多い。「抹茶呑む姿はどこか小津気どり」「晩春や誰でもみんな原節子」などの句があり、曰く「小津は俳句になりやすいが、黒澤は俳句になりません」と。「真実の口」はミッキー・カーチスに似ている、とコメントしている。ハハハハ♪「キネマ旬報」(2008年2月上旬号)所載。(八木忠栄)

志らく師匠の人物評があるが、ちょっとざzakzakにあったのを見たので記して見た。

普段、話していると、とても落ちついていて、高座のテンションの高さはない。その落差の大きさも素顔の志らくに初めて会った人には不思議に映るかもしれない。

「これほど集中してネタを覚えたのは、前座のとき以来」と、平成5年から始めたネタおろしの会も順調で、1年間に20席のネタおろしをした。「愛宕山」「お直し」「お七」「代脈」と、師匠の立川談志のやらない噺も、志らくの大きな財産になりそうだ。

「もしも10年前に同じ噺をやっていたら、目先の面白いギャグを入れて、違ったものになっていたかもしれない。映画や芝居をやるようになって、他の視点で落語を作るようになった」 そのことが志らく落語の大きな成長だという。もう目先のギャグだけに走らない。

「今は充実した時期にある。落語をやっていても面白い」。自身の落語を聴いて、「うまくない。下手だな」と思うこともある。 だが、落語では悩むことはないという。

「笑いのない『もう半分』なんかを普通にやるとうまいのだが。かつての名人の落語も今、聴けるのは演出の違い。自分の良さは思ってもいない発想のギャグを入れるから聴いていて面白い」 そう客観視する。

「嫌なことはやらないし、これが好きだから楽しくやっている。極端なプラス思考で、悩むことはない。やっちゃえば何とかなると思うから」 それができるのが“天才”志らくでもある。

基本を学んで、自分のキャラクターを生かすことが、聴衆をひきつけるコツだと感がえさせられた。

2008年4月29日 (火)

鳥インフルエンザウイルス

200414towada1                NHKwebより、             秋田県の十和田湖で白鳥から鳥インフルエンザウイルスが検出された問題で、このウイルスには強い毒性があることが研究機関の検査でわかり、環境省は周辺でほかの鳥にも感染が広がっていないか、早急に詳しい調査を行うことにしています。

この問題は今月21日、秋田県の十和田湖畔で、白鳥4羽が死んだり衰弱したりしているのが見つかり、検査の結果、H5型の鳥インフルエンザウイルスが検出されたものです。茨城県つくば市の動物衛生研究所が詳しく調べたところ、このウイルスには強い毒性があることが確認されました。

環境省はすでに現地に職員を派遣して、十和田湖周辺の野鳥に異常がないか見て回っていますが、強い毒性があることが判明したのを受けて、今後、野鳥のフンを採取するなどして、ほかの鳥に感染が広がっていないか早急に詳しい調査を行うことにしています。環境省は「弱った野鳥や死がいには、むやみに近づいたり素手で触ったりしないでほしい」と呼びかけています。

このウイルス菌が、鶏に感染でもしたら大変である。何とか防ぐ手立てが旨く出来ればいいんだがちょっと心配である。

白鳥はもう暖かくなり、そろそろ北国シベリアに帰る頃なのじゃないのかなあ・・・

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昭和の日

Yuu0031009_m1昭和の日← 緑に日←天皇誕生日 となった祭日で旗日だが今は家庭で国旗を掲げる人が少なくなった。また“愛国心”が議論が出て来たようだ。中国の聖火リレーで現れたナショナリズムは、問題があると思うが・・・・。

4/29産経抄から                                             昭和26(1951)年12月、昼間は出版社の経理事務員として働き、夜は大学に通っていた。月給は手取りで5890円。母親に4500円渡した残りから、通学の定期代などを引くと、520円しか残らなかった。

昭和5年生まれの作家、澤地久枝さんは、一日の終わりにお金の出入りを細かく書き留める習慣があった。その出納記録をもとに、自身の昭和の暮らしを振り返ったのが、『家計簿の中の昭和』(文芸春秋)だ。

39年6月当時のある日の支出をみると、パーマ代1200円、ざるそば70円。驚くのは、ナイロンストッキングの伝線を1本10円で直してくれる店があったことだ。作家として独立後、ミッドウエイ海戦の取材のために、貯金をおろし、さらに数千万円の借金をする場面は、さすがというほかない。つましいながらも、よく働き、少しずつ豊かになっていく。

昭和を生きた多くの日本人の生きてきた道と重なっているはずだ。そんなお年寄りの怒りが、日曜日の衆院山口2区補選で、民主党を大勝させた。与党幹部は、後期高齢者医療制度の導入に踏み切った小泉元首相に責任をなすりつけたいようだ。桝添厚労大臣は早速何らかの対応策の検討を表明したという。なんという政治の軽さだ。

48年秋、澤地さんの食料品、日用品の買い物が急に増えた。オイルショックの余波で、トイレットペーパーが店頭から姿を消したのはその直後のこと。14歳のとき満州で敗戦を迎え、一家は着の身着のまま引き揚げてきた。

いざというとき、「この国の政治は、市民一般救済の緊急性を無視すると体験で知っているから」だという。小手先の政治の積み重ねが、昭和の悲劇を招いた。福田首相は覚悟を決めた方がいい。

昭和25年朝鮮動乱で、アメリカ軍の装甲車が国道16号を横浜から横田基地に何十台の車列を作って北に南に走っていた。そして横田基地から、ジェット機や軍用機が轟音を響かせて南の空に飛び立って行った。
そんな時期、金偏景気ということで、子供の私は、小遣い欲しさに、銅線・鉄くずなどを、探して売った。(買い付け人が来た)
近くの山に戦争中に日本軍が掘った防空壕に入り銅線や鉄くずを夢中で探した。丁度青葉の雑木林の中を友達と行って収穫があった。確か天皇誕生日で、学校が休みだった。そして150円ぐらいになった記憶がある。

ペットボトル

今日の名言

名誉をうける中心にはなるな。策謀を出す府(くら)とはなるな。事業の責任者にはなるな。

『荘子』(一)

05tasiroike11春昼や魔法の利かぬ魔法瓶 安住 敦

掲句の初出は1965年に発行された『歴日抄』であるから、おそらく魔法瓶が家庭に普及した頃だろう。真空状態を作って保温するという論理的な英語「vaccum bottle」に対し、何時間でもお湯が冷めない現象に着目し、日本では「魔法瓶」と命名された。

他にも、どんなものにもよく書けるマジックインキ、愛犬に付いた草の実(おなもみ)がヒントとなったマジックテープなども、今までにない不思議な力を強調した「魔法/マジック」の用法であろう。掲句は、その仰々しいネーミングにくすりと笑う大人の視線だ。

しかし、いかにもうららかな春の昼が、その笑いを冷笑から、世の中には面白い名前を考える人もあるものだ、という好意的な笑いへと救っている。それこそ「春昼」というおだやかな語感が与える魔法であろう。

お湯といえば先日、自販機に並ぶペットボトルのなかに「暖かい天然水 」を見つけた。飲料水を持ち歩くことが普通になって現代では、驚くことではないのかもしれないが、白湯にはいささかびっくりした。『柿の木坂だより』(2007)所収。(土肥あき子)

ペットボトルは、簡単に出来コストも安く出来るようだ。そのお陰で、街の自販機があちこちに設置され利用されている。

しかしリサイクル率が低いのか環境問題化している。いつも思うが自販機の脇の回収箱には溢れてこぼれ、付近に何本も落ちている光景を目にする。また、モラルの問題化と思うが、捨ててある場合は、そのままにしても、腐らないのは当然だあるが、公害となっている。頭の痛い問題となっている。リサイクル利用率は低いのではないのかなあ・・・。

ペットボトルの材料はプラスチックの一種で、ポリエチレンテレフタレート(PolyEthyleneTerephthalate)だ。この英語の頭文字PETをとってペット樹脂(じゅし)と呼(よ)ばれているそうだ。
ペットボトルはメーカーによって色んな工夫をこらして作っていて、そのため企業秘密になっていることが多く、その製造の様子は見られないことが多い。

日本では、一日1600万本作られているそうだ。ペットボトルは、ペット樹脂を熱でとかし、ペットボトルの素をつくる。それを更に加熱して軟らかくし、射出成型で、膨らませて作る。ペットボトルの原料は石油である。その性質が分かると、ペットボトルは使い終わった後で、またとかして再利用することができる。
ペットボトルは昔はゴミとして捨てられていたが、今ではリサイクルされるようになっているのだが・・・

2008年4月28日 (月)

生きる姿勢を変える

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ここは、旧多摩丘陵ハイキングコース御殿峠4/25写す。

ストレスを貯めないような気分転換は必要だが、根本的には生きる姿勢を変えることが大切だろう、それは自己への気づきです、生かされていることに気づくことで、父母のもとに生まれてきた生命体が自己である、生き死にをしている60兆個の細胞の集合体である、その生命体は遺伝子によって特徴づけられている。

 生命体は自分の意思にかかわらず60兆個の細胞が生き死にしている、心臓は動き肺は呼吸している。けれども悩みや心配、恐怖や不安の気持ちが心臓や肺などの働きを刺激しているから、正常な生命体をゆがめてしまうのである、ストレスは生命体が病む原因になる。

そこで根本的には生きる姿勢を正すことが大切であある、いつも背筋を伸ばして前向き姿勢を心掛けることであり、前かがみで背中を丸めた下向き姿勢では気持ちがふさがってしまいまう。次に呼吸法を変えることであり、寝ている時のみならず普段の生活でも無意識に呼吸しているが、時々意識して息をゆっくり吐ようにすると、不思議と落ち着きがでてくるものです、
ゆったりとした、安らいだ気分になれる。

背筋のばして息をゆっくり吐く呼吸法を一日のうち時々意識しておこなう、いつでも、何処でも、誰にでも、できることで、これで生き方が変わると言われている。姿勢を正し意識して吐く呼吸法によって、前向きな、いつも心新たな生き方に自分を変えていくことができる。

ここで改めて呼吸について、確認しておくと・・・・。

細胞呼吸
肺から取り込んだ酸素は血液に乗って各細胞に送り届けられる。つまり、細胞は酸素を取り込み不要になった二酸化炭素を血液中に放出するのである。これが細胞呼吸である。

一日2万回                                                通常は、1分間に14回前後と言われています従って一日に約2万回となる。

感謝呼吸に至る《(感謝呼吸com)より抜粋》                                   呼吸の安定、想像の浄化が進むという段階が過ぎてゆくと、新たな局面を迎える。自分の健康、環境や人間関係、人として生きていられる現実など、さまざまなことが「ありがたく」思えてくる。

ここまで来ると、感謝というのは、道徳的に大事なことでも、他人から強制されることでも、運命を開く道具でもないということが分かる。

自分の存在が何らかの理由で許されている。生かされている。何らかの使命を帯びて生まれてきている。そんなことが信じられるようになる。いわば感謝とは、主張すべき権利でもある。そういう意味では、人間はどんな立場であっても平等に扱われている。

感謝できることがどれほどありがたい人間の機能であるか。それがつくづく分かってくる。

私たち人間をお作りになった天の誰かは、感謝できることも人間に与えてくれてる。これも万物の霊長たるゆえんで、他の動物が感謝している姿を見かけたことはあまりない。感謝呼吸は、いわゆる呼吸法ではない。なぜなら、日常的にやってる息、呼吸だからだ。

山口2区の補選

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シルクロード、八王子市鑓水の道了堂付近 4/25写したもの                                                      

昨日、 福田政権で始めての選挙は、山口2区の補選だった、22,000票の差民主党に軍杯が上がったのである。投票率66パーセントだった。

読売・朝日新聞から(抜粋)参考

医療や年金に対するお年寄りの不安を、政府・・与党が甘く見ていたツケがきたのだろう。福田政権発足後、初の国政選挙となった衆院山口2区補欠選挙は、民主党前議員の平岡秀夫氏が自民党新人の山本繁太郎氏を破って当選した。

民主党は、次期衆院選の前哨戦と位置づけ、ガソリンの暫定税率の復活阻止や、75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の廃止などを訴えた。与党は、国政課題の争点化を避けるため、地域活性化を前面に押し出し、組織戦を展開した。だが、結果的には、自民党支持層すら固めきれなかった。

敗因の一つに、後期高齢者医療制度をめぐる政府・与党の対応のまずさが挙げられる。不安を抱える高齢者に対し、十分な準備や説明を怠り、混乱を招いた。

その意味では、今回の補選を福田政権に対する中間評価と見てもいいだろう。全国に300ある小選挙区のひとつで有権者が示した選択に過ぎないのは確かだが、それが政府与党に突きつけたメッセージは鮮明だ。

ひとつは再可決、つまりガソリン再増税への疑問だ。数々のでたらめな使いぶりが明らかになった道路特定財源のために、以前と同様に1リットル25円もの税金を払う必要があるのか。納得できない人は多いということだろう。

特定財源の仕組みをあと10年継続するという特例法改正案を、与党は来月12日に再可決して成立させる方針だ。首相が言うように本当に1年後には廃止されるのか、人々が疑念を募らせても不思議はない。

もうひとつは高齢者医療制度だ。首相は「制度の考え方は悪くない」と不満そうだが、お年寄りの怒りと不安を理解できているのだろうか。どんな制度でも、国民の信頼がなければ機能しない。そこが揺らいでいるところに問題の深刻さがあるのだ。

福田康夫首相の特定財源は、1年後に廃止されるのか?されても骨抜きにされ、名前を変えて、継続?なのか!すっかり信頼がなくなってしまった。世論調査でも20パーセント台に落ち込んだと言う。

私が感じるのは、決断力がない。人ごとのような対応。国民の信頼はなくなる。誠実・実直の政治理念はいいが、スピードに欠けては時期を逸してしまう。

メーデーの思い出

今日の名言

子供の難渋は母の心を動かし、若い男の難渋は若い娘の心を動かすが、老人の難渋はだれからも顧みられないものである。

ユーゴー『レ・ミゼラブル』(三)

0105tutuzi21メーデーの手錠やおのれにも冷たし 榎本冬一郎

メーデーが近づいてきた。と言っても、近年の連合系のそれは四月末に行われるので、拍子抜けしてしまう。メーデーはあくまでも五月一日に行われることに大きな歴史的な意義があるのだ。

このたった一日の労働者の祭典日を獲得するまでに、世界中の先輩労働者たちがいわば血と汗で贖った五月一日という日付を、そう簡単に変えたりしてよいものだろうか。私は反対だ。句の作句年代は不明だが、まだメーデーに「闘うメーデー」の色彩が濃かった頃の句だと思われる。

家族連れが風船片手に参加できるような暢気な状況ではなかった。作者は警察官の立場から詠んでいるわけだが、所持した手錠を何度も触って確認している図は、おのずからメーデー警備の緊張感を象徴している。

触って冷たいのだから、まだ祭典が始まる前の朝早い時間かもしれない。手錠は心理的にも冷たく写るので、やがて遭遇することになるデモ隊からは、所持者たる警察官にもそれこそ冷たい視線が浴びせられることになるだろう。作者はそのことを十分承知しながらも、しかし「おのれにも」冷たいのだと言っている。触感だけではなく、心理的にもだ。

作者は苦学して警察官になったと聞く。だから、民間労働者の苦しみもよくわかっている。立場の違いがあるからといって、そのような人々と争いたくはない。できれば手錠を使う機会がないことを願うばかりなのだ。そんな気持ちの葛藤が、作者をして心理的にも手錠を冷たく感じさせる所以だと読めてくる。『現代歳時記・春』(2004年・学習研究社)所載。(清水哲男)

メーデーに参加の経験は10回ぐらいある。5月1日に決まっていて、その日は振り替え休日にしていた。青葉の香る大きな公園で、ほこり紛れで主催者の演説を聞き最後はシュピレシュコールをあげ、デモ行進 になり、街を歩くのである。

各会社ごとに組合の旗を掲げ、鉢巻をして、労働歌を歌った、♪がんばろ⌒う・・・ つき上げる空に♪なんて歌ったことが懐かしく思い出される。

昭和25年ごろ、レッド‐パージ(red purge)がり、共産主義の思想・運動・政党・に関係している者を公職や企業から追放された。いわゆる赤狩りがあって、私の勤ていた会社も大変だったと先輩から聞いた。

そんな季節だ。そして、5月2日は夏も近づく、八十八夜である。近くの弁天様のお祭りである。

2008年4月27日 (日)

聖火リレー

Omoide31昨日長野で北京五輪の聖火リレーが行われた。厳重な警備に支えられ、80人のランナーで18・7キロを走った。中国の留学生を中心に3000人以上の赤い旗の中国の国旗、チベット国旗とが入り乱れていた。これが、中国でなく、2012年に開催されるイギリスのロンドンであったならこんなことには、なっていなかったと思う。

もともと、平和のシンボル的オリンピックで、中国国内の問題で、世界中を騒がせているのだから中国以外の国は大変迷惑なんだ。でもよく考えると、チベット人は、長い間苦しめられてきたという事だから人権に係わることで、ヨーロッパを中心に唯で見過ごすことが出来ないことだ。

かっては、チベットは独立主権国家として固有の文化や宗教を持ち、その存在を内外から認められていた。
毛沢東主導のもと1949年に中国による侵略が始まり、中国の圧倒的な武力によってチベットは瞬時に陥落したのである。1959年、指導者のダライ・ラマ14世がインドに亡命し、北インドのダラムサラにチベット亡命政府を樹立した。
チベットという国はなくなり、チベット自治区や四川省などに組み入れられ中国の一部となっているのである。
そして、15万人以上の亡命したチベット人が隣国の難民居留地で生活を送っている。
占領と弾圧によってチベットは国家としての独立、文化、宗教、基本的人権を奪われているのだ。女子供関係なく「チベットは独立国家だ」と口にしたならば酷い拷問や死刑が待ち受けているのが現実なんだそうだ。

中国のナショナリズムが活発になって、世界中で「愛国心」ぶりを示しているようだが、今までの世界の大国の歴史にあるように小民族の独立で多くの血を流した経緯がある。中国13億の民というけれど、民族は数えきれないほど多い。

解決策はダマイ・ラマ14世との中国の指導者と、直接対話から解決策が見いだせられることだと思う。

行く先々で、これほど混乱を呼ぶ五輪聖火もめずらしい。受け入れる国は、注射の順番を待つ子どものように緊張して待つ。そして聖火は、終わったあとの安堵(あんど)を置きみやげに、次なる国へと旅を続ける。

その旅路のハイライトが、来月のチョモランマ(エベレスト)登頂という。ネパール側の登山コースにも、中国の要請で武装部隊が配置された。必要と見れば発砲するといい、活劇映画さながらだ。

中国は先ごろ、五輪のために人権侵害を強めている懸念を、国際的な人権団体から指摘された。大会本番は日々に近い。広く国際社会の普通の国で、迎えられる歓迎には、どうしたらいいか。中国政府に分からないはずはない。

孫と遊ぶ

今日の名言

人間の最も基本的な分類として、〈知を愛する人〉、〈勝利を愛する人〉、〈利得を愛する人〉、という三つの種類がある。

プラトン『国家』(下)

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水や子を抛る真似しては止め 高浜虚子

春の川べりを子供と歩き、抱き上げて抛る真似をする。「ほらあ、落ちるぞ」子供は喜んではしゃぎ声をあげる。ああ、こんなに子煩悩な優しい虚子がいたんだ。普通のお父さん虚子を見るとほっとする。

「初空や大悪人虚子の頭上に」「大悪人」と虚子自身も言ってるけど、俳句の天才虚子には、実業家にして政治屋、策士で功利的な側面がいつも見えている。熱狂的追っかけファンの杉田久女に対する仕打ちや、「ホトトギス」第一回同人である原田浜人破門の経緯。そして破門にした同人に後年復帰を許したりする懐の広さというか老獪さというか。そんな例を数え上げたらきりがない。

とにかく煮ても焼いても食えない曲者なのだ。虚子は明治七年生まれ。同じ明治でも中村草田男の啓蒙者傾向や加藤楸邨のがちがちの求心的傾向、日野草城なんかのモダンボーイ新しがりと比べると、幅の広さが全然違う。

上から見るのではなく、「俗」としっかりと四つに組む。ところでこの句、抛る真似をするのは、他人の子だったら出来ないだろうから自分の子、とすると虚子の二男六女、八人のうちの誰だろう。子の方はこんなシーン覚えているのかな。『五百五十句』(1943)所収。(今井 聖)

子供は3・4歳の時期は大きくなるのが早い。3ヶ月も経つと大きくなったなあ、欲目でか、感じてしまうことがある。自分もそれだけ老けてしまうのが寂しいのだが、これが自然であり仕方がない。その孫も今年は一年生だ。

「若草や 孫に押されて 年を知る」何年前かなあ・・・暖かくなり片倉城址公園の芝生の上で座ったいると、孫が胸に飛び込んで来た。不意をつかれて押し倒れてしまった。元気がいいから喜ぶべきか、私が年をとり過ぎ力がなくなって悲しむべきか、力のバランス加減の支点を移動しないといけないと思った。

この公園に、珍しい名前の木があり、「なんじゃもんじゃ」と言う。見上げるような高木で、枝の先にプロペラのような形で白い花が咲いている

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こんな表札の内容である、webで探した。

2008年4月26日 (土)

思いやり予算

10_10241 基本的には、財政難であえぐ日本政府とっては、軽いとはいえない。バーデンダー・宴会マネジャーの給与など不適切な支払いが明るみに出て参議院では、否決された。2007年度には2173億円の予算が計上されている。(内訳は、労務費1150億円、光熱水料等253億円、訓練移転費5億円、提供施設の整備457億円、福利費等205億円、格差給等給与102億円)。近年は、日本の財政難などを理由に、予算額は削減傾向にある。

産経新聞                                                「思いやり予算」に関する新特別協定案が、19年度内に承認されなかった上、参院で否決されたことは、日米同盟に暗い影を落とした。ただ、国会審議では、民主党など野党の指摘で遊興施設の労務費など不適切な支出が次々に指摘された意味合いは大きい。

財政難にあえぐ日本政府にとって、思いやり予算の負担は軽いとはいえないだけに、経費の透明性をめぐる論議は今後ますます活発になりそうだ。

「思いやり予算はあまりにも高くなりすぎている。もう一度原点に立ち返って議論することが必要ではないか」

25日の参院本会議では、民主党の白真勲参院議員が反対討論で「思いやり予算」を厳しく批判。賛成討論した自民党の浅野勝人参院議員も「野放図な財政支出は許されない。今回の負担軽減は到底満足できる数字ではない」と政府に苦言を呈した。

実際には、日本側は新協定締結に向けた日米協議で光熱水費や労務費の大幅な削減を求めてきた。石破茂防衛相も米軍基地で働く日本人従業員の給与水準が高いことなどを問題視。思いやり予算についてゼロベースから見直しを進めるべきだとの考えを示していた。

日米安保をめぐっては、ミサイル防衛(MD)システムの整備に加え、駐沖縄海兵隊のグアム移転費用など今後も巨額な負担が発生する。納税者の理解を得ながら着実に防衛力を整備していくには「米側にも目に見える努力が必要だ」(政府高官)との思いがある。

これに対し、米政府は、イラク、アフガニスタンでの巨額の戦費に苦しんでおり、中国の軍備拡大など北東アジア情勢の不安定化を理由に日本側に「応分の負担を」とさらなる財政負担を要請。結局、減額したのは8億円だけだった。

新特別協定案の審議を通じ、野党は経費支出の不適切さを徹底追及。民主党の渡辺周衆院議員は「思いやり予算」にボウリング場マネジャーやバーテンダーの給与まで含まれることを指摘し、「なぜ私たちの国家が米兵の休日の遊興費にまで税金を出さなければいけないのか」と批判した。

爽やかな朝を味わう

07akitakoma_tinguruma21今朝、5時にボランテアでいつも通りゴミ拾いに出かけた。空はどんより曇っていたが、家の前の湯殿川の河川維持管理道路をタバコの吸殻、空き缶、ペットボトル、紙くずなどを拾って国道16号片倉交差点から、京王片倉駅のガードのしたまでいったら、6・7人の人が、箒に、塵取りで掃除をしていた。

ここは、以前からゴミが多く1週間に1回ぐらいだが、ボランテアを行っていたが、気になる場所であった。そんな人に、声を掛けたら、私たち真如会のものです。近くに在住している人ばかりでボランテアで行っているとの事である。

真如会とは・・・・                                                 私たち真如会の仲間は、平凡な者ばかり。年齢にも職業にも制限はない。ただお互いに仲間のひとりひとりを大切にし、家庭を明るくし、職場を明るく立派にし、ひいては社会全体、世界全体を明るくしたいと願っている者の集まりであるそうだ。

人間は人を信じ、神仏を敬う生きかたが大切で。私たちは、真如会というこの集まりの中で互いに尊敬し信頼し合う喜びや、深いめぐり合いの感動を味わいつつ、人間性を深め、永遠につながる生き方を探りあてたい。仏陀が常にすすめられていた「集いの力」を私たちの手で作り出し、世界人類の平和を祈り、神仏に生かされている自分を感謝できる存在でありたいと願う。

集いの背骨になっているのは仏教である。しかし、宗教などにとらわれず、すぐれた仏教者の自在な生き方にならって、明るい近代的な、しかも、深く、重く、奥行きのある人間性を持ちたいと願っている。ということだそうだ。(webで調べ)

その一人の60前後の女性に、「何時の一人でボランテアをしているのですか?」と問われたので、「そうです!」と言ったら、「偉いねえ」と言われた。そこで付け加えて「そんな!、人として、当たり前のことをしているだけです。」「出来る事が幸せでなんです健康だから。」と爽やかな気分と生きている幸せを実感した朝だった。

朝早くボランテアは、大変とは思わない。「自分が納得しての行為で、出来ることが幸せなのだ。」といつも思っている。確かに始めた15年前は勇気がいった。家族に「みっともないからお父さん止めて」と言われてショックだったが、二人の子供は、別に所帯を持って生活しており、孫も4人も出来た。最近は夫婦二人の生活であり、近所の人にボランテアでゴミ拾いのおじさんで「認知」されたようである。今朝は、ちょっと肌寒いが爽やかな風が気持がよかった。

シリアの核開発を北朝鮮が支援

05gihu_hana_festa21 北朝鮮のシリアへ核開発を支援していたとアメリカは映像で証明した問題で今朝の毎日・読売・産経・朝日の各誌がこの問題を取り上げている。アメリカの北朝鮮のテロ支援国家の指定を解除をされてはたまらない。なだめすかして、好き勝手なならず者国家の北朝鮮は、もう観念してすべてをさらけ出してしまったほうが国民に幸せをもたらせるのだろうと思うが・・・。各誌(抜粋)

毎日新聞

やっと認めたか、という印象がある。米政府は24日の声明で、シリアの核開発を北朝鮮が支援していたとの見解を示した。昨年9月、イスラエル軍機がシリア領を空爆してからくすぶっていた疑惑を、米国は約7カ月後にようやく事実と認めたわけだ。

北朝鮮とシリアはこの疑惑を否定してきた。私たちも米国の発表をうのみにする気はない。だが、映像で示された「証拠」を踏まえて、少なくとも二つのことは言えるだろう。

北朝鮮とシリアは、国際原子力機関(IAEA)に報告していない核開発と技術支援をめぐる疑惑を、国際社会にきちんと説明すべきだ。もう一つは、こんな状況で北朝鮮に対する米国の「テロ支援国家」指定が解除されてはたまらない、ということである。

指定解除は基本的に米朝2国間の問題である。しかし、北朝鮮が昨年中に果たすべきだった核施設無能力化や核計画の完全な申告は遅れに遅れ、6カ国協議を構成する日米韓中露の5カ国は、北朝鮮への対応に苦しんでいる。

読売新聞

北朝鮮が核拡散に関与したことを裏付ける新たな証拠の提示だ。北朝鮮の核廃棄を目指す6か国協議の行方は、混沌としてきた。核計画の申告をめぐる米朝協議も、仕切り直しを迫られるのではないか。

ブッシュ米政権が、北朝鮮とシリアが核兵器開発で協力していたとする声明を発表した。

ホワイトハウスの声明は、昨年9月、イスラエルが空爆で破壊したシリアの秘密施設について、核兵器開発用に建設中の原子炉であり、北朝鮮が支援していたと確信する、と断じている。

この空爆については、イスラエルもシリアも詳細には説明せず、謎が多い。米政府も、コメントを避けてきたが、事件から8か月近くたって初めて、入手したビデオ映像や写真の一部を公表し、シリアに真相解明を求めた。

産経新聞

米政府はシリアが北朝鮮の支援を受けてプルトニウム生産が可能な原子炉建設を進めていたことを確信するとの声明を発表、米議会に提示した画像資料などの一部を公開した。

問題の施設は昨年9月、イスラエルの空爆で破壊され、北朝鮮・シリア間の核拡散協力を示す疑惑として注目されていた。声明によれば、核施設は完成まで数カ月の段階にあり、放置すればアラブ国家として初の核兵器生産能力の獲得につながった恐れが強い。

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田螺の思い出

今日の名言

だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうその幸福を引き受けるということである。

ブリア‐サヴァラン『美味礼讃』(上)

05oonumakoen11春陰や眠る田螺の一ゆるぎ 原 石鼎

春陰について調べていた。影、が光の明るさを連想させるのに対して、陰、はなんとなく暗さを思わせるので、抽象的なイメージを抱いていたらそうではなく、花曇り、とほぼ同義で、春特有の曇りがちな天候のことだという。

花曇りが桜の頃に限定されるのに対して、春陰はその限りではないが、陰の字のせいか確かに多少主観的な響きがある。日に日に暖かさを増す頃、曇り空に覆われた田んぼの泥の中に、蓋をぴったり閉じて冬を越した田螺がいる。

固い殻越しにも土が温んでくるのを感じるのか、じっと冬眠していた田螺は、まだ半分は眠りの中にありながらかすかに動く、なんてこともあるのではないかなあ、と作者自身、春眠覚めやらぬ心地で考えているのか。

あるいは、ほろ苦い田螺和えが好物で、自ら田螺取りに行ったのか。いずれにしても、つかみ所なく広々とした曇天と、小さな巻き貝のちょっぴりユーモラスな様子が、それぞれ季語でありながらお互い助け合い、茫洋とした春の一日を切り取って見せている。『花影』(1937)所収。(今井肖子)

タニシといえば、田んぼに水を抜いて暫くすると泥土に穴が空いている所がある。そこを掘ると取れた。よく食べたものだ。今なら、エスカルゴ風 パセリソースで臭みをよくとって、食べるだろうが、終戦後だったので、身を取って醤油で煮付けたものだったかな・・・。

ザル一杯にとってきて、お袋に渡し、料理?して貰った。殻は潰して鶏にあげた。今は田螺は近くでは見られない。もっとも田んぼがなくなってしまったからなあ・・・。

そう言えば、今では考えられないが、田螺・川ニナ・シジミなどの貝類が、フナ・どじょうすくいをしているとザルに入ってきたものだが、何だか、田螺を連想して懐かし思い出がよみかえったようだ。

2008年4月25日 (金)

多摩丘陵と絹の道

新緑の旧ハイキングコースを散策する。天気もよく、気候も体調も良かったので、遠出をしてみたくなった。今から50年前に多摩丘陵ハイキングコースがあって、御殿峠から、野猿峠・平山城址公園・高幡不動まで12.3キロあるだろう丘陵伝いにハイキングコースがあって、何回か歩いた経験がある。

御殿峠から、道了堂までも今は行く人はほとんどいない。

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footfoot昔はこんな道をハイキングしたものだ。今は開発されて東京工科大学のキャンパスが出来たり、16号バイパスが出来て昔の面影がなくなてしまった。鎌倉時代の絹の道の道標が道了堂の参道の石段前に建てられているsmilecamerafootfoot

画面をクリックしてカスタム30~35%でみると・・・

平均寿命

07_10241毎日新聞2008-4-24

こんな事が気になる年になってしまった。

厚生労働省は24日、5年ごとに調べている全国市区町村別の平均寿命(05年現在)を公表した。1位は男性が横浜市青葉区(81.7歳)、女性が沖縄県北中城(きたなかぐすく)村(89.3歳)、最下位は男性が大阪市西成区(73.1歳)、女性が東京都奥多摩町(82.8歳)だった。
厚労省統計情報部は「詳細な分析はできないが、三大死因(がん、心臓病、脳卒中)の死亡率が低い沖縄県や、自殺や事故の死亡率が低い神奈川県、東京都などの市区町村が上位に多い」としている。【清水健二】

■平均寿命の上位10市区町村
(カッコ内は年齢)
《男性》
(1)横浜市青葉区(81.7)                                                    (2)川崎市麻生区(〃)                                                 (3)東京都三鷹市(81.4)         
(4)東京都国分寺市(〃)          
(5)東京都練馬区(81.2)         
(6)長野県箕輪町(81.1)         
(7)長野県小布施町(81.0)        
(8)東京都小金井市(〃)          
(9)熊本県益城町(80.9)         
(10)東京都目黒区(〃)           
《女性》
(1)沖縄県北中城村(89.3)
(2)兵庫県猪名川町(88.7)
(3)長野県高森町(88.5)
(4)沖縄県豊見城市(〃)
(5)沖縄県南城市(88.3)
(6)長野県宮田村(88.2)
(7)横浜市青葉区(88.0)
(8)北海道壮壮瞥町(〃)
(9)沖縄県北谷町(87.8)
(10)神奈川県開成町(87.7)

■平均寿命の下位10市区町村
《男性》
(1)大阪市西成区(73.1)
(2)青森県板柳町(75.2)
(3)青森県鰺ケ沢町(〃)
(4)青森県五所川原市(75.5)
(5)福岡県大任町(〃)
(6)青森県田舎館村(75.6)
(7)青森県藤崎町(〃)
(8)青森県平川市(〃)
(9)青森県中泊町(〃)
(10)高知県室戸市(75.7)
《女性》
(1)東京都奥多摩町(82.8)
(2)青森県大鰐町(83.1)
(3)東京都日の出町(83.3)
(4)大阪市西成区(〃)
(5)北海道浦河町(83.5)
(6)大阪市大正区(〃)
(7)愛知県甚目寺町(83.7)
(8)北海道福島町(〃)
(9)宮城県本吉町(83.8)
(10)千葉県旭市(〃)

石廊崎の思い出

今日の名言

金は貸すのも借りるのも、罷(まか)りならぬ。貸せば、金と友、両方ともに失い、借りれば倹約の心が鈍る。

シェイクスピア『ハムレット』

05detohama11灯台は立たされ坊主春の富士 小林恭二

俳句評論で活躍している小林恭二に、『春歌』という一冊の尋常ならざる句集がある。「初期句集」と記され、九十三句を収めた句集らしくない趣きの句集。加藤裕将の楽しい挿絵多数。

あとがきに「大学二年で俳句を始め、卒業と同時に本格的な句作から手をひきました」とある(在学中は「東大学生俳句会」の一員だった)が、時どき彼の俳句を目にすることがある。中学校時代に「立たされ坊主」をよく経験した者(私)にも、ほほえましく享受できる句である。

近くに灯台があり、遠方に富士山が見えていると解釈すれば、ゆるやかな春の光と風のなかに突っ立っている灯台と、彼方にモッコリと立っている(聳えているのではない)富士山とのとり合わせが、いかにも駘蕩としていて、対比的で好ましいのどかな風景になっている。

灯台を富士山に重ねる解釈も成り立つだろうけれど、ここはやはり両者が同時に見えているワイド・スクリーンとしてとらえたほうが、春らしい大きな句姿となる。さらに穿った解釈が許されるならば、作者は「東大は立たされ坊主」というアイロニーを裏に忍ばせているのかもしれない。

小林恭二は「俳句研究」に毎号「恭二歳時記」を五年間にわたって連載中だが、同誌四月号のインタビューで「(句作を)毎日やっていればまた別なのかもしれませんけれども、二年とか三年に二句詠む、三句詠むなんて、もう面倒臭くて」と答え、実作者としての目は「限りなくゼロに近い」と述懐している。句集には昼寝覚マッチの頭燃え狂ふ」「ひねくれば動く電気仕掛の俳句かななどがある。『春歌』(1991)所収。(八木忠栄

日が長くなってくると何処か旅行をしたくなる。海が見える温泉宿がいい。それも富士が見える、伊豆方面がいい。そうだ西伊豆の松崎あたりのホテルで、富士を見ながら温泉に入って一杯飲んで美味しい料理を食べる。いいじゃあないか・・・・。

伊豆といえばい伊豆半島の最南端のにある、石廊崎の灯台に行った時の思い出がある。しっかり重みのある、真っ白い塔に夕日で輝いて、バックの青い海で何ともいえない光景が、目に焼きついている。石畳に打ち寄せる白波とリズム感のある音は、心に沁み込んでくるようである。

はるか遠くを船が行き交っているのが見える。黒い船体は夕日で鈍く影を落としていた。目に入る太平洋の彼方は、確かに地球は丸いと感じることが出来る。

そんな心が洗われる旅行をまたしたいと思う。

2008年4月24日 (木)

ハナミズキがきれい

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東京新聞(筆洗)より、    街を歩いていると、草木の緑が日ごとに濃くなっていることを感じる。都心の公園では桜に代わり、ハナミズキの花が目を楽しませてくれる。元気をもらった気分になるから不思議である。                                                                   日本の植物学の父といわれる牧野富太郎は自叙伝などで、人間は植物がなくては生活できないので<植物に向こうてオジギをせねばならぬ立場にある>と記している。「衣食住」に欠かせないなど理屈はいろいろあるのだが、この季節は特に、感性として納得できる。

牧野が生まれたのは百四十六年前の今日になる。植物研究五十年を回顧し<草を褥(しとね)に木の根を枕、花と恋して五十年>という都々逸をつくったように、植物を愛し抜いた人生だった。採取した標本は約六十万点、命名した新種や新変種は二千五百種以上に及ぶ。生きていたら激怒しているに違いない。全国各地で花を荒らす事件が相次いでいる。

前橋市内では警察が警戒中も含め、三度にわたり市民が育てていたチューリップの花が切断されている。花は何をされても黙ったままで、抵抗などしない。だから日ごろの不平や不満をぶつけやすいのだろうか。いずれにしても、感謝をしたり愛する対象にはなっていない

植物を愛好することで慈愛に富んだ人間が育っていく。牧野はこう確信していたという。器物損壊事件としての捜査だけで終わる話ではなかろう。

NHKテレビの昼のニュースで、ビデオカメラを一般公開した、サラリーマン風の男が傘で、なぎ倒している映像が映されている。警察はこの映像で情報があったら寄せて欲しい。との事だ。

ハナミズキは、北アメリカが原産、明治42年、当時の尾崎行雄東京市長が平和の使者として、ワシントンに桜を贈った際、アメリカからのお返しがアメリカハナミズキだった。

花びらに見えている部分は実はがくが変化したもので真ん中にある緑色の部分が花の本体です。花色は白や薄紅色で秋には赤い実ができる。花もきれいだが紅葉も美しく季節ごとに楽しむことができる。
アメリカではポピュラーな花木の一つでバージニア州の州花にもなっている。英名はフラワリング・ドッグウッドというが、これはハナミズキの樹皮を煎じたものを犬のノミとりの薬として使用したところから名付けられたそうだ。

インターネット功罪か

282_field111インターネット功罪か?レンタンで集団自殺が一時ニュースで、話題になった。年間、自殺者が3万人以上がいると言われている。

今回の近所に住んでいる人が80人も避難するという、大きな迷惑騒ぎとなった。これもインターネット調べると、で簡単に作れるようである。ちょっと調べたが、事件が多発しているので、良心の呵責からか、閉鎖してしまって所が多いでも、全てではない。

インターネットの文明の利器は世の中を変えるが、功罪あり、使い方によっては、犯罪に利用や、プライバシー侵害などのTOOLとなってしまう事を、つくづく思い知らせた。だから、フルタリングの議論があるが、未成年者のには、規制する法律の整備を急ぐべきである。

毎日新聞 2008年4月24日ニュースより                               23日午後8時ごろ、高知県香南市の市営住宅で、公立中学3年の女子生徒(14)が硫化水素によるとみられる自殺で死亡した。玄関に「ガス発生中」の張り紙があった。救出しようとした近隣住民が硫化水素を吸って一時意識不明になったほか、住民70~80人が近くの体育館に避難し、うち約10人が気分が悪くなって病院搬送された。

県警香南署や関係者によると、女子生徒は母親と2人暮らし。母親とは連絡が取れないという。現場は市営住宅の3階。付近住民は同8時半ごろから、体育館に避難。香南市は職員を体育館に派遣し、住民に布団を配るなどしている。

藤の花に想う

今日の名言

人間が馴れることのできぬ環境というものはない。ことに周囲の者がみな自分と同じように暮しているのが分っている場合はなおさらである。

トルストイ『アンナ・カレーニナ』(下)

Fuji1師系図をたぐりし先や藤下がる 三輪初子

七で「あれっ」と思わされる。一般的に言って、系図や系統図は「たどる」ものであって「たぐる」ものではないからだ。両者を同義的に「記憶をたぐる」な中どと使うケースもなくはないけれど、「たぐる」は普通物理的な動作を伴う行為である。

つまりここで作者は「師系図」を物質として扱っているのであり、手元のそれを両手で「たぐり」寄せてみたところ、なんとその先には実際の「藤(の花房)」がぶら下がっていたと言うのだ。この機知にはくすりともさせられるけれど、よくよく情景を想像してみると、かなり不気味でもある。たとえば子規や虚子の系統の先の先、つまり現代の「弟子」たちはみな、人間ではなくて群れ咲いている藤の花そのものだったというわけだから、微笑を越えた不気味さのほうを強く感じてしまう。

だからと言って掲句に、師系図に批判的な意図があるのかと言えば、そんな様子は感じられない。二次元的な系統図を三次元的なそれに変換することを思いつき実行した結果、このようないわばシュール的な面白い効果が得られたと見ておきたい。

この句は作者の春の夢をそのまま記述したようにも思えるし、現実の盛りの「藤」にも、人をどこか茫々とした夢の世界へと誘い込むような風情がある。『火を愛し水を愛して』(2007)所収。(清水哲男)

普通は単にフジと読んでいますが,ヤマフジと区別するためにノダフジと呼んだ方がよいそうだ。庭や公園などに植えられているのが,ノダフジです。区別する方法はいろいろあるようですが,小葉の数を数えるというのが分かりやすい。

ヤマフジの小葉は 11 枚であるが,ノダフジはそれより多く 11 ~ 19 枚ある。
野田というのは大阪府福島区の野田のことで,「吉野の桜,野田の藤」と並び称されたそうです。藤の花房には 1 メートルにも達するようなものもありる。

今の時期山に行くと、新緑の木々に混じって紫色の盛り上がったヤマ藤を見ることが出来る。何と美しいことなのか、ひっそりと咲くが、自分の存在価値を少しだけ認めて欲しいような感じで咲いている。新緑の中に紫色は、キャンパスにアクセントを効かしたようで、とても好きだ。

藤房の丈を競へるやさしさよ

人間の「競ふ」という心理が諍いや嫉妬などの良からぬ事態の火種となった例は数限りない。美を競うとなると凄まじさも一通りではない。人が植物に心を寄せるのはしばし競争社会を忘れさせるからでもあろう。競うという行為には優しさはなく、競い合わないものは上品である。優雅さ、高貴さの代表のような藤の花には、下々の世界の競争は似合わない。ところが、その藤も競うとし、その行為を「やさし」と見立てた。

「競ふ」と「やさしさ」という対立軸を立てて、その矛盾が同時に成立しているとしたところに、対象への現代的な把握がある。「丈を競ふ」と見立て、それでも藤らしい「やさしさ」が少しも損なわれるものではないとした点に、古典と現代の融合した新しい美の創造がある。「やさしさよ」という詠嘆は、兼好法師が「おぼつかなきさましたる」と記した藤固有の風情を捉えており、いたずらに現代化したものではない。古典の中に咲く花を現代文学に移し植えた句である。

「山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨て難きこと多し。」を現代語訳するとどうなるか。

「山吹が美しく咲いているのも、藤の花がぼうっとして頼りなさそうに咲いているのも、すべて、無関心でいられないことが多い。」という。

2008年4月23日 (水)

インサイダー取引野村がやるとは

23601 インサイダー取引野村證券の社員がやるとは、とんでもない。朝日新聞社説より、これでは野村証券も信用丸つぶれ、社内でのチエックは、どうなっていたか、野村證券の内部も問題がありそうだ。

証券業界のリーダーと自他ともに認める野村証券を舞台に、とんでもない事件が持ち上がった。 こともあろうに、企業の合併・買収(M&A)を仲介したり助言したりする部署の社員が、M&Aの情報を公表する前に関連の株を売買して、暴利を得ていた。

そんな疑いで証券取引等監視委員会が調査に乗り出し、東京地検特捜部が社員と知り合いの兄弟2人の計3人を逮捕した。 この社員は、こうしたインサイダー取引を気づかれぬよう、別人名義で取引したり、2人の知り合いへ繰り返し極秘情報を流して売買させたりしてきたとみられる。徹底した追及と厳しい処罰が求められる。

最近、証券市場のモラルを守るべき立場の人間がインサイダー取引に手を染める事件が目立つ。 1月には、NHKの記者が企業提携の特ダネを社内システムから入手して取引していたことが表面化した。3月には、会計監査で最大手の新日本監査法人の元職員が、担当企業の内部情報を使って株取引していたことが発覚した。さらに、決算書など証券関係書類を印刷する会社の元社員がインサイダー容疑で逮捕されている。

監視委がインサイダー取引の摘発に力を入れているのは、公正な証券市場をつくるうえで大切だからだ。しっかり目を光らせてもらいたい。 それにしても今回の事件は重大だ。証券会社には公正で自由な証券市場を守り育てていく使命がある。経済活動の基盤となる証券市場は国民共有の財産であり、市場が発展しなければ証券会社の商売も成り立たない。それを傷つけたことになるからだ。

しかもM&A案件は、証券会社が欧米のライバルと競うため、柱に育てようとしている分野である。そこでの情報を悪用することは、自らの業務展開を閉ざすことにもなる。 米国発の金融不安で昨年夏から世界の市場が揺れている。その影響は日本の株式市場で最も強く表れており、景気の先行きが心配されている。

そんななか証券業界の盟主で起きたこの事件は、日本の証券市場に対する世界の評価を悪化させかねない。野村証券の責任は極めて大きい。 証券会社や上場会社はインサイダー取引を防止するため、業務の手続きやコンピューターシステムを整備してきた。しかし、M&Aを担当する証券マンが自ら極秘情報を悪用するのでは、どんな防止策も無力だろう。職業倫理しか歯止めにはならない。

野村は若手社員にどのような教育をし、職業倫理を確立しようとしてきたのか。信頼を失墜させた経営陣の責任は重大だ。経営陣は徹底して点検し、再出発しなければならない。

幸せ感を味わう

京の名言

古人(こじん)の云(いは)く、聞くべし、見るべし、得るべし。亦云く、得ずんば見るべし、見ずんば聞(きく)べしと。

懐奘『正法眼蔵随聞記』

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鶯もこちらへござれお茶ひとつ 村上元三

梅は「春告草」、鰊(にしん)は「春告魚」と呼ばれ、鶯は「春告鳥」と呼ばれる。鶯には特に「歌よみ鳥」「経よみ鳥」という呼び方もある。その姿かたちよりも啼き声のほうが古くから珍重され、親しまれてきた。啼くのはオスのほうである。鶯の啼く声を聞くチャンスは、そう滅多にないけれども、聞いたときの驚きと喜びは何とも言い尽くせないものがある。

誰しもトクをした気分になるだろう。しかし、春を告げようとして、そんなにせわしく啼いてばかりいないで、こちらへきて一緒にゆっくりお茶でもいかが?といった句意には、思わずニンマリとせざるを得ない。

時代小説家として売れっ子だった元三が、ふと仕事の合間に暖かくなってきた縁側へでも出てきて、鶯の声にしばし聞き惚れているのだろうか。微笑ましい早春のひとときである。「こちらへござれ」とはいい言葉だ。のどかでうれしい響きを残してくれる。妙な気取りのない率直な俳句である。

何年前だったかの夏、余白句会の面々で宇治の多田道太郎邸にあそんだ折、邸の庭でしきりに鶯が啼いていたっけ。あれは夏のことだから老鶯だった。歓迎のつもりだったのか、美しい声でしきりに啼いてくれた。春浅い時季の鶯の声はまだ寝ぼけているようで、たどたどしいところがむしろ微笑ましい。

元三には「重箱の隅ほじくつて日永かな」「弁慶の祈りの声す冬の海」などの句もあり、どこかしらユーモラスな味わいがあるのが、意外に感じられる。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)

生まれて、育って何十年も同じ土地に生活している。いわゆる故郷と一緒に生きてきたが一昨日何時ものように、すぐ前の湯殿川の堤防の河川敷をあるいていたら、今までの風景と違う光景を感じて不思議であった。こんな事は初めてである。

ようく目を開いている。身体的には大丈夫と確認するほどであった。どういうことかと言えば、丁度川岸の桜、公園の新緑になる木々や川の水の流れ、小鳥の囀り、暖かい陽射しと自分の幸せ感の受け止める自然の力でそう感じさせられたのだろう。

幸せというのは、こういう事なのか?を実感したのである。自然に見えるもの、すべてを許し、容認できる自分の心が風景にあったからだと思う。何か風景を見て本当に幸せ感を独り占めしたような感じでしまった。

2008年4月22日 (火)

白熱電球の製造中止の方向

Yuu0031009_m1利経済産業大臣の発言で家電メーカーの反応があり東芝は製造中止・松下も中止を検討とのことだ。その事は極めて大事なことで、官民総出で省エネを考えて行く事は意義のあることだと思う。

甘利経済産業大臣は家庭用白熱電球を2012年までに廃止し、電球型蛍光灯に置き換える意向を表明した。「省エネランプフォーラム(仮称)」なる専門組織を新たに設け、官民一体となって家庭から白熱電球を追い出していこうということである。効果としては年間200万トンの二酸化炭素排出量削減を見込んでいるようである。

タレコミ人としては、果たして「家庭用」とはどの範囲を示すのか、ソケットの形状が同じ限り産業用と家庭用を区別し一般家庭での白熱電球の利用を阻止する手段があるのか、演色性を求める用途では白熱電球が果たす役割はなお大きく画一的に廃止とすることはできるのか、疑問を持っている人もいるようだ。

NHKwebより                                                地球温暖化防止に向けて家庭での電力消費を抑えようと、省エネ効率の悪い「白熱電球」の製造をやめ、蛍光灯を電球の中に埋め込んだ「電球タイプの蛍光灯」の増産に踏み切るメーカーが出始めています。

このうち、国内の白熱電球の生産量で3分の1を占める東芝グループの「東芝ライテック」は、2年後をめどに白熱電球の製造を打ち切ることを決めました。このメーカーは年間4000万個の家庭向けの白熱電球を製造していますが、今後は蛍光灯を電球の中に埋め込んだ「電球タイプの蛍光灯」を増産する方針で、この切り替えで年間50万トンの二酸化炭素の削減効果があるということです。

一方、最大手の「松下電器産業」も白熱電球の製造中止を検討しています。蛍光灯は白熱電球より割高ですが、消費電力は5分の1、寿命は10倍以上のものもあり、経済産業省も家庭の省エネ対策として、白熱電球から蛍光灯への切り替えを呼びかけています。メーカーの担当者は「白熱電球の暖かみのある色を出すことができる蛍光灯の開発などで、蛍光灯の普及を図っていきたい」と話しています。

福田政権が危ない

386351今朝の朝日新聞の世論調査は「福田内閣支持率」が25パーセントとなった。これでは、持たないのではないか、昨日韓国の李明博大統領との会談で大分支持率を戻したのではと思うが、後期高齢医療制度の説明不足や、年金問題などで、信頼がなくなったのである。私の福田康夫内閣総理大臣の印象は、一言で言うなら、「リーダーシップの欠如」だ。

4/22の朝日の社説                                          福田内閣の支持率がついに3割を切り、25%にまで落ち込んだ。首相のみならず、自民党にとって危機的な状況である。 この土、日に朝日新聞が聞いた全国世論調査によると、支持は政権発足以来の最低となり、不支持も60%というこれまた最高の数字になった。昨夏、参院選で大敗した直後の安倍前内閣とほぼ同じ厳しい数字だ。

長期低落の支持率がさらに下がったのは、今月から始まった75歳以上の高齢者向け医療保険制度に対する人々の不満、怒りが響いたのだろう。 だが、危機にはもっと構造的な理由がある。福田内閣になってからの7カ月ほどの間、政治がほとんど前に動かなかったことだ。

日銀総裁人事をはじめ、ガソリンの暫定税率の問題でも、ずるずると「締め切り日」が過ぎてしまい、空白や混乱を生んだ。内閣不支持の理由を聞くと「政策の面から」がダントツの69%なのは、政策の是非とともに、政治が停滞したことへのいら立ちの表れなのではないか。

暫定税率が失効するのに伴い、首相は先月末の記者会見で「政治のツケを国民に回す結果になったことを国民におわびする」と謝罪した。 参院第1党の民主党が対決路線に走り、話し合いにすら応じてくれないことへの嘆きは分かる。だが、そんな民主党をなだめ、すかしてでも政策協議に引き出さなければ、政権が立ち行かなくなることは、7カ月前から分かっていたはずだ。

小沢氏と語らっての「大連立」構想は、首相のひとつの答えだった。それが民主党内の猛反発で頓挫してからというもの、なんら手を打てないまま迷走が続いている。 危機を招いたのは、民主党ばかりが原因ではない。準備不足のまま始まった高齢者医療制度について、首相は名称を「長寿」と言い換えてはみたものの、国民の不安にしっかりと応えるにはほど遠かった。

不運も重なった。ギョーザ事件やチベット騒乱で、改善に向けて布石を打ったはずの中国との関係が難しくなってきた。政局への不安から、サミット議長としての欧州歴訪を中止したのも本意ではなかったろう。 参院で一時、与野党逆転になった小渕政権は、金融危機に際して民主党の政策案をほぼそのまま「丸のみ」し、しのいだ。いまの与党が衆院で3分の2の多数を握っていることが、そうした柔軟さと覚悟を難しくしている。

政治の停滞の根本にあるのは「衆院第1党は自民党、参院は民主党」という民意の分裂だ。 このままでは矛盾が投げかける影は広がるばかりだ。さて福田さん、どうします?

早寝早起き

今日の名言

行きずりの読者を、二、三時間のんびりさせるか、旅行の退屈をまぎらしてやるかのために、著者がどんなに苦心し、どんなつらい経験に耐え、どんな心労を味わったかは、神のみぞ知るである。

モーム『月と六ペンス』

Kamakurakaidou061

朝寝して鏡中落花ひかり過ぐ 水原秋桜子

よくもこれだけ短い言葉の中で、このようなきらびやかな世界を作ったものだと思います。詩歌の楽しみ方にはいろいろありますが、わたしの場合、とにかく美しく描かれた作品が、理屈ぬきで好きです。

読んですぐに目に付くのは、中七の4つの漢字です。これが現代詩なら、めったに「鏡中」だとか「落花」などとは書きません。「鏡のなか」とか、「おちる花」といったほうが、やさしく読者に伝わります。句であるがための工夫が、創作過程で作者によってどれだけなされたかが、想像されます。

もちろん読者としてのわたしは、自然に言葉を解きなおし(溶きなおし)、鑑賞しているのです。春が進むにつれて、日々、太陽の射し始める時刻は早まってきます。じりじりと部屋に侵入してくる明るい陽射しでさえも、ふとんの中の心地よい眠りを妨げるものではありません。

まして目覚め間際の眠りほど、そのありがたさを実感させてくれるものはありません。けだるい体のままに目を開けると、いきなり飛び込んできたのは、世界そのものではなく、きれいな平面で世界を映した鏡でした。

鏡という別世界の中を陽射しが入り込み、さらに光の表面をすべるように花びらが落ちてゆきます。なんだか、目覚めたあとも眠りの中のあたたかな美しさに取り巻かれているようです。潔くも、それだけの句です。『鑑賞俳句歳時記』(1970・文藝春秋社)所収。(松下育男)

私は、早ね早起きを心がけている。だいたい寝るのは9時で、起きるのは、3時ごろにしている。そして、パソコンを開き、5時半ごろまで、ラジオを聞きながら、ブログを書くのである。最近、夜が明けるのが早まって日の出が5時頃である。4時台で、雨戸の向こうで野鳥の鳴き声が聞こえ始める。

新聞屋さんのバイクの走る音と、ツバメの飛び交いながら鳴く声と遠くから聞こえて食える電車・大型トラックの走る音が交差して、オーケストラによる一日の始まりの合図のようである。

今日も生きている。今日一日頑張ろう。NHKの深夜便の歌で里見浩太郎の「30年目のアイラブ・アゲイン」の歌が流れいた。(俺達は42年経った)

2008年4月21日 (月)

食料危機について

05ainokura11今朝の日経と読売朝刊は世界の食料危機の問題を取り上げていた。私も小ブログで、関係する記事を今日も書いたが、マスコミも取り上げて、環境と食料の危機を訴えて来ている。

日経新聞                                                 気候変動とエネルギー資源の制約、新興経済国の急成長、発展途上地域の人口増加、投機資金の流入による国際商品価格の高騰など、地球規模の変化に伴う様々なひずみが重なり合い、「食糧危機」という形で世界に襲いかかろうとしている。

命と暮らしを左右する危機をどう食い止めるか。国連は6月中にも「食糧サミット」を開き、7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)でも食糧が重要議題になる見通しだ。日本も問題解決へ重い責任を負う。

読売新聞(抜粋)                                            食糧不足と価格高騰の波が、世界各地に広がっている。小麦、大豆、トウモロコシなどに続いて、国際指標であるタイ米の価格も、この3か月足らずで2倍以上になった。

このため、途上国を中心に暴動や略奪が起き、エジプトなどでは死者が出た。国連が緊急の「食糧サミット」開催を呼びかけるという事態になっている。

日本にとっても決して対岸の火事ではない。あわてる必要はないが、備えを怠ってはならない。一連の穀物高騰の引き金を引いたのは投機資金だ。サブプライムローン問題による金融・株式市場の動揺を嫌った巨額の資金が先物市場に流れ込み、相場を1年で2~3倍に押し上げた。

貿易量が少なく、昨年までは投機マネーの洗礼を免れてきたコメも、今年に入って急騰し始めた。ベトナムなどのコメ輸出国が国内供給を優先し、相次いで輸出規制に踏み切ったためだ。

高騰の背景には中国やインドの穀物消費の急増がある。過去に何度もあった不作による価格の上昇は、翌年の豊作が消してくれた。だが、人口大国の経済発展による需要増は今後も続く。一度上がった価格は簡単には下がるまい

おぼろ月

07oomori__kiri_ike11今月の「月」 満月は20日だった。最近夜空を見上げ「月」や「星」を見る事が殆どない。週一回の防犯パトロールでも夜空を見上げない。何か心のゆとりがなくなったのかな・・・。

昨日の朝、イチロウが出ているシアトルマリナーズの試合中継をNHKのMLBの放送を見て、センターバックスクリーンの上空に大きく月がズームアップされていたので、昨夜、夜空を見上げたら、なるほど満月だった。

アメリカで見る月との日本で見る月も同じだが、地球は丸いという事が分かった。季節は、春、おぼろ月である。

「おぼろ(朧)」というのは、ぼうっとしてハッキリせず、ぼんやりとかすむさまをいう。春の夜空に浮かぶ、ほのかにかすんだ月をおぼろ月といい、やわらかい光に照らされた地上のものは、みな朦朧(もうろう)とした感じで目に映り、特に桜がおぼろ月に照らされた姿は、優雅で柔和、正に幽玄の美しさを放す。

新古今和歌集から大江千里(おおえのちさと)の歌を…。「照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜のおぼろ月夜に しくものぞなき」強く照るでもなく、かといって陰るでもない、春のおぼろ月の夜に勝る景色はない、という意味だ。人工の灯りに邪魔される現代では、当時のようなおぼろ月に照らされた美しい景色を、もう見ることができないんでしょうか。

今から800年前の鎌倉時代の初期には、「花鳥風月」を詩に句に詠んで、風流な心の持ち主が多かったのだろうか。現代人では、その「よさ」で「侘び」「寂び」心を捉える人は少なくなったことだろう。

Yuusakura1 もうソメイヨシノの桜は散ってしまい、新緑になってしまった。

そして、南の使者のツバメが、川面を飛び交い「チキ・チキ」と鳴いて夕日に燕尾を光らせるようになった。

水泳競技をみて

07kitayamazaki312004年アテネ五輪の競泳男子二百メートルバタフライ銀メダリストの山本貴司(29)=近大職=が20日、現役引退を表明した。

1996年のアトランタ・2000のシドニー・2004年アテネとオリンピックに出場し、今年4回目の北京オリンピック代表を狙った。やはり12年の年月は、選手生命短いものだと感じたことだろう。

また、記録は塗り替えるためにある。若い人たちの努力で記録が塗り替えて将来があり、目標がある。何時までも同じ人に代表権を守られていては、競技は面白くない。

しかし、普段から、多くの時間と切磋琢磨してきも、どうしても、人間にも旬があると感じさせられた。頂点に何時までも居続ける事は出来ない。それが自然であり仕方のないこと、それにしても、12年間一流選手で居続けた、努力に敬意を表したい。若い人に勇気と夢を掴むことの大切さとを教えは、大きいことだ。

今の暗いニュースでも分かるように、目的を見失ってしまった若者、努力不足で挫折してしまった若者、何気なしに生きている人間が多くなってしまったように見受けられる。

自分のファストレーションから、誰でもよい刃物を振り回し、人を傷つけ殺してしまう、通り魔的殺人などが頻発している世の中となってしまうのも、教育や道徳の不備からか、何もしないで食べ物が得あられる社会が悪いのか、テレビで水泳オリンピック日本代表選考を兼ねて試合を見て思った。

山本貴司選手の泳ぎを見て感じた。努力感謝する。そして、奥さんのすずさん、二人のお子さん、おに幸せに!・・・。

こんな事を書いていると雨戸の向こうで、小鳥の声の囀りが聞こえて来た。今日の日の出は5時01分だそうだ。夜明けは、早くなったなあ・・・。天気は良さそうだ。

メタボと食料危機

今日の名言

世界はすべてお芝居だ。男と女、とりどりに、すべて役者にすぎぬのだ。

シェイクスピア『お気に召すまま』

05oirase31おおかたを削り取られて山笑う ながいこういん

この句を読んで、思い出した話がある。ある営業マンが取引先の社長と舟釣りに出かけた。日ごろから、おそろしくおべんちゃらの巧い男として知られていた。ところが、あいにくと舟には弱い。たちまち船酔いしてしまい、辛抱たまらずに嘔吐をはじめてしまった。

しかし、彼はがんばった。「げほげほっ」とやったかと思うとすぐに立ち直り「さすがは社長、すごい腕前ですねえ」と言ったかと思うと、またもや「げほげほっ」。ついには顔面蒼白になりながらも、「げほげほっ、……さすが……シャチョーッ、うまいもんだ、……げほっ、シャチョー、オミゴト、げほっ……、ニッポンイチーッ、……げほげほっ」。実話である。

「おおかた(大部分)」の精気を奪われても、なお必死におのれの本分を貫き通す根性は、掲句の山も同じことだろう。この山は、絶対に泣き笑いしているのだ。

健気と言うのか、愚直と言うのか、読者はただ「ははは」と笑うだけではすませられない「笑い」が、ここにある。『現代俳句歳時記・春』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)

ひるどきに、家の前の城址公園・水の量を増した湯殿川その向こうの新緑の桜並木を眺めていると、世間では、暗いニュースばかりであるが、何事もなかったかのように、黒い燕尾と赤い帽子のツバメが、川面を掠めるように飛び交う光景が見られた。

川に泳ぐ鯉の群れも黒の色が濃くなったように感じられ、動きが活発になったようである。そろそろ産卵をする時期がくるのだろうか。。。。。そう言えば、どうしたんだろう、2月3月にいた、「しょうびん」(川せみ)もう姿は見えない。

スマートな鳥達を見ながら頭を過ぎった。このところ、「メタボリックシンドローム」何て言葉が出始めたかと思うと、今年から、定期基本検査でチェックするそうだ。終戦直後なんかそんな人は、いなかったが、飽食の時代を通ってきた人達の付けであろう。今日本の食糧需給率は39パーセントという。

世界の食料事情も、バイオエネルギー変換や、輸出国オーストラリアの干ばつで、小麦粉が暴騰している。輸入国日本でも、うどん・パンなどの値上がりで大変な事になって来た。早くそのことに気づき、対策を考えないと・・・。

2008年4月20日 (日)

禅宗の歴史

Omoide31昨日義母の四十九日法要を行った。そこで、八王子し打越町の梅洞寺で、気になった、臨済宗南禅寺派である歴史を調べていた。

禅宗の歴史

禅宗の一派。唐の臨済義玄を開祖とし、のち黄竜派と楊岐派が立ち隆盛に導いた。日本には栄西が黄竜派の法を受けて建久2年(1191)に帰国、初めて伝えた。参禅問答による自己究明を宗風とする。現在は、天竜寺派・相国寺(しょうこくじ)派・建仁寺派・南禅寺派・妙心寺派・建長寺派・東福寺派・大徳寺派・円覚寺派・永源寺派・方広寺派・国泰寺派・仏通寺派・向岳寺派の14寺派、および相国寺派から分かれた興聖寺派がある。

弟子が師匠から法を受け継ぐことを、特に禅宗では重視します。それは、仏教開祖のお釈迦さまの悟りを引き継いでいる、ということを大切にするからなのです。

禅宗はお釈迦さまから二十八代目にあたる菩提達磨によって中国へ伝えられました。そして、達磨から六代目の六祖慧能、さらに慧能から五代目の臨済義玄に法が引き継がれ、中国に臨済宗が開かれました。

日本に臨済宗をもたらした明庵栄西や、円爾弁円は中国へ渡ってこの教えの流れを引き継いだのです。さらに、中国から帰化した蘭渓道隆や無学祖元なども日本へ臨済宗を伝えました。
室町時代には武家の帰依を受けた夢窓疎石らによって臨済宗は発展を遂げ、建築や水墨画、文学などの禅文化が花開きます。また、大応国師、大燈国師、関山慧玄によって「応燈関の法灯」と呼ばれる系譜も形成されます。そして、江戸時代中期に白隠慧鶴によって現在に直接つながる臨済宗の教義が完成したのです。

鎌倉時代の禅僧栄西禅師は日本臨済宗の開祖で千光国師ともいわれます。備中(岡山県)吉備津宮神主賀陽(かや)氏の出身で、誕生は保延7年4月。幼少のころから抜きんでた英才と伝えられており、11歳で安養寺の静心に倶舎婆沙二論を学び、13歳で叡山に登り、14歳で落髪。その後ももとの安養寺で修行し、19歳で再び叡山に登り台密の教えを学びました。
若き栄西は、仏教の源である宗の国へ渡り、大陸の正法を学んでわが国仏教の誤りを正したいという強い願いをもっていたようです。時代は保元の乱が勃発し源平めまぐるしく変わる混乱の世。栄西が入宗を望んだ時代は、遣唐使などの大陸渡航が絶えて300年の月日が経ち、渡海は決死の覚悟と資財を要する一大事でした。しかし、困難にもかかわらず、栄西27歳の仁安3年(1168)4月、播磨の唯雅を伴って博多を出帆、入宗に成功します。あこがれの地で天台山万年寺、阿育王山に詣で禅宗への理解を深め、同年9月、天台の経巻60巻を携えて帰朝したました。帰国後は、その経巻を天台座主明雲に呈し、故郷備中、備前を中心に伝法につとめたといいます。

帰国後、栄西は、インドへ渡り釈迦八塔を礼拝したいという願いを抱くようになり、再び渡海を試みます。文治3年(1187)に宗国の首都臨安に到着し、インド行きは治安が悪いため、やむなくあきらめました。しかし帰国のために乗船したところ、逆風で浙江省瑞安に上陸。それを機会に天台山万年寺で虚庵懐敞(きあんえしょう)に出会い師として学びました。さらに天童山景徳禅寺で臨済禅を学び、4年後の建久2年(1191)宗人の船に便乗して帰国しています。この2回の入宗のうち、いずれの折に茶種を持ち帰ったのかは定かではありません。ただ、はじめて栄西が持ち帰った茶の種を捲いたのが、肥前と筑前の境界の背振山であり、2回目の帰着が肥前平戸島であることから、2回目の帰朝で持ち帰ったと考えられているようです。

深酒は体に毒

今日の名言

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。

西郷隆盛『西郷南洲遺訓』

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おそく帰るや歯磨きコップに子の土筆 和知喜八

季語はもちろん土筆。そういえば、土筆坊(つくしんぼ)と、なれなれしく呼ぶこともあるのでした。食用にもなるのでしょうが、私の記憶に残っているのは、子供の頃に、多摩川の土手に行ってひたすらに摘んだこと、あるいは掌に幾本も握ったまま走りまわったことです。

もちろん大人になってからは、土筆を摘んだことも、握りしめたこともありません。日々のいそがしい生活の中に、このようなものが割り込む余地など、まったくありません。掲句に描かれているのも、私のような、残業続きの勤め人の日常なのでしょう。「おそく帰るや」と、字を余らせてもその疲れを表現したかったようです。

深夜、駅で延々と行列を作って、やっと乗れたタクシーを降り、家にたどり着けば家族はすでに眠りに入っています。起こさないようにそっと扉をしめて、洗面所に向かいます。家に帰ってきたとはいえ、頭の中は依然として仕事のことで興奮しているのです。顔を洗ってさっぱりした目の前に、歯磨き用のコップがあるのはいつも通りとしても、コップから何かが顔をのぞかせているようです。

目を凝らせば、土筆のあたまがちょこんとコップの中から出ています。そうか、子供たちは昨日土筆を摘んでいたのかと、話を聞かずとも、その日の子供の様子がまざまざと想像できます。のんびりとした遊びの想像に包まれて、お父さんはその夜、おだやかな眠りにはいってゆけたのです。『山本健吉俳句読本 第二巻俳句観賞歳時記』(1993・角川書店) 所載。(松下育男)

昨夜は町会の総会を無事に終えて、一杯呑んでしまって、家に帰った時間が12時を回っていわゆる午前様となる。風呂に入る気力もなく、歯を磨いて布団に入ってしまった。

どうも、ちょっと気になる人の一言が頭に残って、眠らないかと思っていたが、いつの間にか眠ってしまったようだ。途中胃がスッキリしないで目が覚めてしまったが、水を飲んで朝4時半に起きるまで、よく寝れた。

どうも深酒は良くない。分かっているがたまにはいいだろうが過ぎてしまった。昨日は、義母の四十九日法要、町会の総会とビッグイベントがかなり、かなり疲れた。

「深酒」は、体に毒だ。摂生に心がけよう。

2008年4月19日 (土)

国の財政は夕張以下 

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財務省は国の財政は夕張市以下という。(4月18日20時20分配信 毎日新聞)

財務省は18日、国の財政が財政破綻(はたん)した北海道夕張市よりもはるかに悪化した状況に置かれている、との試算を財政制度等審議会(財務相の諮問機関)に示した。地方自治体の財政健全度を測る指標の「実質公債費比率」を国に適用すると、04~06年度の3年間の平均値が80.4%となり、国の財政の悪化度合いは夕張市(38.1%)の倍以上のレベルになるとしている。09年度の予算編成に向けて国の財政が極めて厳しいことをアピールすることで、地方自治体からの地方交付税増額要請をけん制する狙いがあるとみられる。

実質公債費比率は税収など歳入に対する公債の元利金償還など借金返済の割合を示す指標。数値が高いほど財政状況が厳しいことを示す。「地方財政健全化法」に基づき08年度決算から全国の地方自治体に適用され、この数値が35%を超えると「財政再生団体」に指定され、新たな公債発行の制限や厳しい歳出抑制などの措置が義務付けられる。

04~06年度の平均値で実質公債費比率が35%を超えるのは、夕張市のほか長野県王滝村(42.2%)と北海道歌志内市(36.7%)で、都道府県レベルでは北海道(20.6%)が最高。単純に地方自治体と国を比較できないものの、実質公債費比率で見れば、国の財政の深刻さが裏付けられた。

不思議に思うのだが、何故これまでにしたのだろう。先延ばし先延ばしをして、借金を重ねて来た、政治家や行政の責任者は、今ががよければいいと無責任な行政執行してきたつけで、誰も責任をとらない。何かおかしい。

言われているように、政・官・財の癒着が問題がある。誰が責任を取るのだろう。一家の家計を考えてみても分かるように収入の範囲いないでの支出をしなければ破綻する事は誰でも分かること、子供に高級車を借金で買い与えて、交通事故を起こし車は廃車にしてしいまい、ローンだけが残ってしまったようなものだ。

そして、責任のなすり合い、財務省もこんなことを書いて訴えたって、責任の明確化もしないで、そのつけを国民に押し付けてしまう。体質を改めないで、我慢しろ・耐えてくれでは納得出来ない。

鞍馬天狗

今日の名言

明日は、明日はと言って見たところで、そんな明日はいつまで待っても来やしない。
今日はまた、またたく間(ま)に通り過ぎる。過去こそ真(まこと)だ。

島崎藤村『夜明け前』第二部(下)

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春昼ややがてペン置く音のして 武原はん女

俳句の前に、小さく書かれている前書き。一句をなして作者の手を離れれば、句は読み手が自由に読めばよいのだが、前書きによって、作句の背景や心情がより伝わりやすい、ということはある。この句の場合、前書きなしだとどんな風に受け止められるのだろう。

うらうらとした春の昼。しんとした時間が流れている。そこに、ことり、とペンを置く音。下五の連用止めが、この後に続く物語を示唆しているように感じられるのだろうか。ペンを置いたのは、作家大佛次郎。

この句の作者、地唄舞の名手であった武原はん(はん女は俳号)の、よき理解者、自称プロデューサーであった。昨年、縁あってはん女の句集をすべて読む機会を得た。句集を年代を追って読んでいくというのは、その人の人生を目の当たりにすることなのだ、とあらためて知ったが、そうして追った俳人はん女の人生は、舞ひとすじに貫かれ、俳句と共にあった。

日記のように綴られている句の数々。そんな中、「大佛先生をお偲びして 九句」という前書きがついているうちの最初の一句がこの句である。春昼の明るさが思い出として蘇る時、そこには切なさと共に、今は亡き大切な人への慈しみと感謝の心がしみわたる。

通夜の座の浮き出て白し庭牡丹〉〈藤散るや人追憶の中にあり〉と読みながら、鼻の奥がつんとし、九句目の〈えごの花散るはすがしき大佛忌〉に、はん女の凛とした生き方をあらためて思った。『はん寿』(1982)所収。(今井肖子)

大仏次郎は、(明治30年~昭和48年)75歳の生涯であった。有名な小説で「鞍馬天狗」がある。

普段は倉田典膳と名乗るが本名ではない。また作品によっては館岡弥吉郎、海野雄吉とも名乗る。その容姿は、『角兵衛獅子』に「身長五尺五寸ぐらい。中肉にして白皙、鼻筋とおり、目もと清し。」という描写がある。宗十郎頭巾に紋付の着流し姿をしたイメージは、アラカン主演の映画における姿である。

太宰府に帰った梅

大佛次郎には「飛び梅」という随筆がある(『水に書く』所収)。戦時中、道真公生誕千百年とかで、太宰府天満宮と福岡日々新聞社(現在の西日本新聞社)に呼ばれて福岡へ出かけたときの話だ。 

生誕記念の式典に参列したところ、大佛の席は、玉垣で囲った飛び梅に向かい合った位置にあった。式が続くあいだ飛び梅を見ていたわけだが、ふと見ると葉陰に実がひとつなっていた。紅梅の老木に実がつくとはめずらしい。彼はこう書いている。

「しかもたった一個だけなのである。私は、飛び梅が、実をつけたのは天神さまの千百年を、ことほぐためだと眺めてもいいと思った」。その実を貰い受けて鎌倉に持ち帰り、土に埋めて芽を出させたいと思いついた。すると、神主がのりとを上げているさなかに、「私の目の前で、その梅の実が枝から離れ、ぽとんと地に落ちて、すこしばかり転がってから、とまった。私が、あまり欲しいと思って睨めていたので、梅の木が知ったのか、あるいは天神さまに感応があって、お前にやるから持って帰れと言うことになったようでもあった」。

大佛は飛び梅の実を持ち帰り、大切に鉢に植えた。「飛び梅が京都を越えて遠く関東の鎌倉まで飛んだのだと思った。やがて無事に芽が出たのを知って悦んだ」。

ところで、この話には後日談がある。しばらくして旅に出て、「帰ってみると飛び梅の鉢がなくなっていた」というのだ。留守番の老人が、じっとしていられず、掃除ばかりしている性分の男で、土を捨て、鉢をきれいに洗ってしまったのだ。「飛び梅は私をからかって置いて、太宰府まで、再び飛んで帰って行ったのかも知れない」と、大佛は残念がっている。

          

2008年4月18日 (金)

ババネロ

05detohama11最近、青み魚をなるべくとるようにしているが、簡単にとれて調理もしないで済む、100円缶詰めを買ってみた、無意識にさんまのババネロ煮という缶詰を買って一口、口の中に入れたら、もの凄い辛さであった。初めて聞くネームで、食べるのも勿論初めてだった。そこで調べてみたら、次のようである。

ハバネロは、メキシコのユカタン半島が原産とされ、世界一辛いと言われているトウガラシです。辛さの度合いには、スコヴィルという単位が使われますが、ハバネロの辛味は、300,000スコヴィル程度。これは、ハラペーニョの約80倍、タバスコの約10倍の辛さに当ります。“Red Savina Habanero”は、“The world’s hottest spice”としてギネスに公認されており、その記録は、577,000スコヴィルです。

シーフードに限らずうちではよく鶏肉料理に使ってます。他にはケチャップと混ぜてソーセージやふかしたり揚げたりしたポテトにつけたり(↓お酢の味が強いものはあまり向かないと思いますが)カレーの辛味が足りないときに使ったりもします。

さすがに、辛いもの好きの私だったが、これは辛いと思った。妻には食べられなかった。

何だか、何も知らななかった私は、恥ずかし思いだ。

高尾山と薬王院

  0606180021                                                                           

    昨日からの雨のためか人通りは少ない高尾の山は雨で煙っていた 

大杉木立の中に雨にけむる登山ケーブルカー駅

路面に桜の花が赤い粒を落として冷たく光っている

枯れた杉の葉があちこちに落ちて重たく雨に濡れていた

雨のためか 人通りは少ない

真言宗智山派大本山である高尾山薬王院有喜寺(やくおういんゆうきじ)は、成田山新勝寺、川崎大師平間寺と共に、関東の三大本山の一角を占める名刹(めいさつ)となっている。
寺伝によると、今を去る千二百五十有余年前、奈良時代、天平十六年(七四四)聖武天皇の勅願(ちょくがん)により、行基菩薩が自ら薬師如来の尊像を刻み、安置して東国鎮護の霊場として、高尾山を開基されたとあります。また、弘法大師(空海)の巡錫も伝えられ、弘法大師御作と伝えられる不動明王像や、御大師様が一夜を宿られたという岩穴・岩屋(いわや)大師が現存する。

御護摩の功徳
御護摩とは真言密教における秘法で、人々をより高い精神的境地へみちびき、即身成仏にいたる修行法として組織したところに特色があります。
高尾山の御護摩修行は、御本尊飯縄大権現の「身・言葉・心」の神秘的な働き(三密)を、われわれの「身・言葉・心」と一致させ、人間の煩悩を表わす薪に大導師が点火して、そこに生ずる智慧の浄火で、あらゆる煩悩を焼き清めるためにおこなわれます。そして、御信徒皆様の清浄なる祈りが善願となって火焔に託され、御本尊に届けられることによって、諸願が成就するという修行であります。すなわち御本尊飯縄大権現の智慧によって、煩悩(苦の源)を焼き尽くし、円満な悟りを体現することを目的にしているのです。

Tko0310170481              薬王院有喜寺

同じ真言宗で成田山新勝寺には4月11日にお参りに行って来たばかりである。

常套句

539571日本経済新聞「春秋」

「法則とは自分が発見したら役に立つが、人から教わるとあまり役に立たぬものだ」就職活動中の学生を見ると、映画監督伊丹万作がのこした言葉を思い出す。あまりに皆似すぎている。教わった通りの格好が、果たして本当に就活の役に立っているのかと。

企業の側にも法則がある。例えば
あなたならどこにでも合格できますよという面接での言い方。将来ある若者への気遣いから生まれたには違いないが、褒めたようでいて実はあえて我が社には来ていただかなくてもと不合格をほのめかす常套句(じょうとうく)だ。この決めぜりふに「落ちたな」と悟った学生も多かろう。

だから、面接を終えた知り合いの学生が
大丈夫です。どこでも受かると言われたからとにこにこ顔なのには驚いた。あれっ、常識が変わったか。あわててあちこち聞いて回ると、やはりダメということと口をそろえる。そう、それが教えられた法則というものだ。して首尾は――。

内定が出たと聞いてまた驚いた。当の学生さんはああ言ってくれて自信になりましたと澄ましているどこでも受かると言われて落とされるのは、考えてみれば確かにおかしい。採用する側、される側が決まり切った約束事にとらわれず向き合う。就職活動もそんな風に変わっていくのならば、喜ばしい。

先だって、NHKのテレビの番組で、秋田の金の卵の学生が、県外の流出してしまい秋田の企業が人材確保に苦慮しているという内容が紹介されていた。確かに最近の二十歳前の若者は、女性でも、皆おんなじ顔に見える、化粧も衣装と同じ流行があるという。まあ話してみないと分からないが性格も、好みも流行?あるのかなあ__。

男性も同じで、流行のヘヤースタイルがあるのかと思うが、皆同じように見える。そういえば私も、若い頃は慎太郎刈りとか言って、床屋さんにお願いしたことがあったことを思い出す。

私は、就職して、一時、採用と言う仕事を経験したことがある。もう30年前のこと、その頃の時代背景からか、面接時の応対や考え方、人生観などは、今と大分違うだろうが、個性はあったと思う。

政治家の本音と建前

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17日22時21分配信 (読売新聞)ニュースより

無駄遣いとの批判が強い道路特定財源に関する国土交通省の改革本部は17日、同財源の支出先となっている50の公益法人について、2010年度末までに民営化や統廃合などで16法人に削減することを柱にした最終報告を発表した。

OBの主要な天下り先となっている関東建設弘済会など全国の弘済会8法人はいずれも民営化する。同省は年間約673億円に上った公益法人への支出額を50%以上カットしたいとしているが、進め方や実現性を巡り国会で論議を呼びそうだ。

今回の見直し対象は、06年度に同財源から500万円以上の収入を得た50の公益法人。最終報告によると、09年度中の解散が決まっていた駐車場整備推進機構など2法人に加え、交通需要などを研究する「道路経済研究所」、道路の開発資金を貸し付けている「道路開発振興センター」の2法人を解散し、「道路環境研究所」など2法人を統合する。さらに全国の弘済会など計14法人は民営化し、必要性が低い業務を委託していた15法人への支出を08年度から取りやめる。
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この記事を見て、国土交通省の冬柴 鐵三大臣は、先に渡辺行革大臣との改革推進会議で、国土交通省の権益重視で一歩引かない傲慢さと言うか、恐ろしいほどの形相であったものが、今となって、50の公益法人を16法人に絞り込むとは・・・。その時点で政治家の二枚舌、「本音と建前」があることは100も承知であるが、何んだったんだろう。
日本国益と国民の安全・安心を守り、国民の平等に平和に暮らせるせるようにするのが目的であろう。これを忘れてはこまる。特定の人たちの利益確保と言う考えが1000に一つあったとしたら、政治家は失格である。
だから、個人・特定団体の圧力や誘惑で意志が変わるようでは、多くの国民の信頼は失うことになる。まさか冬柴鐵三国土交通大臣には、そんことはないだろう。名前の鐵のように頑として初志貫徹の精神の強い御仁と思いたい。

蟻地獄

今日の名言

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。

世阿弥『風姿花伝』

07murasugi_watasuge11蟻穴を出づひとつぶの影を得て 津川絵理子

あたたかな太陽に誘われるように、庭に小さな砂山ができ始めた。蟻が巣穴の奥からせっせと運んでは積み上げた小山である。わが家の地底に広がる蟻帝国も盛んに活動を開始したようだ。

掲句で作者が見つめる「ひとつぶ」は、蟻の小さな身体を写し取っていると同時に、その一生の労働に対する嘆息も込められているように思う。長い冬を地底で過ごし、春の日差しをまぶしみながら巣穴を出るなやいなや働く蟻たち。

一匹につき、ひとつずつ与えられた影を引きながら休みなく働く蟻に、命とは、生きるとは、と考えさせられるのである。昨年友人が「アントクアリウム」なる蟻の観察箱を入手し、庭の蟻を提供することになった。

充填された水色のゼリーが餌と土の役割を果し、蟻の活動を観察できるというものだ。美しい水色のお菓子の家で暮らすことができる蟻たちに羨望すら覚えていたが、四方八方が食料であるはずのこの環境でも、彼らは怠けることなく律儀に通路を掘り続ける。

冬眠もしないで働き続ける蟻たちを思い、いやこれこそ地獄かもしれない、と考え直した。太陽に照らされ、蝶の羽を引き、また砂糖壺に行列する方が蟻にとって何百倍も幸せだと思うのだった。第三十回俳人協会新人賞受賞。『和音』(2006)所収。(土肥あき子)

むかしの農家の家は縁側が高く子供のころは、腰を掛けるには大変だった。その縁側の下空いていて、その空きに稲のかけると時に使う“のろ ”(丸太)を入れて置いた。勿論コンクリートは一切使っていない。土の上に石を土台のして家は建てられていた。

そんな高い縁側の下(縁の下)にスリ鉢ののように掘れた所があって、よく見るとありが真ん中の砂の中に影を潜めているのである。獲物がこのスリ鉢に落ちたら、捉えてしまう蟻である。

よく、日の当たって乾燥した冬の終わりによく見られる光景だっだ。しかし、今はその光景は見られない。いわゆる蟻地獄である。一度落ちたら、もがいてももがいても抜け出す事は出来ない。恐ろしい場所だ。子供心に人間が落ちて抜け出すことが出来ないくらい大きいあり地獄があったら、蟻に食われてしまうのかな・・・と真剣に思ったことだった。

2008年4月17日 (木)

上がり症のこと

Hiland051東京の新聞のコラム、『筆洗い』に上がり症のことが書かれていた。私も上がり症?である。確かに、一旦つまづくと、自分が何を喋っているか分からなくなり、どうにもこうにもならなくなった経験がある。

人間には「あがる」ということがある。この症状は、たとえば大勢の前に出る時や、ここぞという緊張の場面などで出現し、時に、とんでもない被害をもたらす。

役者は台詞(せりふ)が出てこなくなり、歌手は歌詞を間違え、ピッチャーはストライクが入らなくなり、政治家は失言し、新郎の友人は祝婚のスピーチを全部忘れて、受験生は年号の語呂合わせを思い出せなくなる。

「あがる」とは、血が頭に「上がる」ということだが、病院で血圧を測ると本来より高い数値が出るというのも、その類(たぐい)だろう。これを称するに「白衣性高血圧」。医師や看護師に接しただけで気持ちがこわばるのだ。まさに「病は気から」である。

気の持ちようで将来の結果も変わってくるわけで、このごろはポジティブ・シンキング(前向き思考)なる言葉もすっかりおなじみだ。だが、もしそうだとすると、三菱電機が今年の新入社員八百人に聞いたアンケートの結果は少々気になる。

「五年後の日本はどうなると思うか」の問いに対して、悲観的な回答が昨年よりぐっと増えたのである。景気が「悪くなる」は25%で二・五倍、国際的地位が「低くなる」は42%で13ポイント増、日本全体が「悪くなる」も29%と8ポイント増えた。

日本の現状こそが、未来を担う人たちの心に悲観を育てているのだろうが、何せ「病は気から」だ。先行きが心配で、血圧が上がる。

どうも、真面目な人が“上がる”のは間違いない。世の中なるようになる。と言うことを頭に入れて、自分ひとりではどうにもならないことを深刻に考えないようにしたい。

お役所仕事では駄目

07kitayamazaki_yoakemae11(2008年4月17日02時02分  読売新聞)から、

今月から始まった「後期高齢者医療制度」が混乱している。75歳以上の1300万人が対象となる大きな制度変更なのに、国も自治体も、十分な準備や説明を怠っていたことは明らかだ。

全国の約80自治体で保険料の徴収ミスがあった。新しい保険証がいまだに届かない、という人が4万5000人もいる。年金からの保険料天引きについても、これまでの保険料に加えてさらに徴収される、と誤解している人が少なくない。介護保険料はすでに年金から天引きされている。同様に、保険料を窓口で払う必要がなくなったということなのに、基本的な点さえ十分に周知されていない。

昨年夏の参院選後に政府・与党が急遽保険料の減免策を打ち出したことも、複雑な制度をさらに複雑なものにした。にもかかわらず、理解を求める姿勢を欠いたため、「後期高齢者という呼称からして不愉快だ」との感情論につながった。

厚生労働省はあわてて「通称・長寿医療制度」などと言い換えたが、呼称が悪かったことが問題の本質ではない。混乱の原因は厚労省や自治体の“お役所仕事”にある。高齢者が憤るのは当然だ。だが、新制度の是非は区別して考える必要があろう。今後、高齢化の進行によって、医療費は大きく膨らむ。

高齢者の大半は市町村ごとの国民健康保険に加入していたことから、高齢者比率の高い自治体の国保は危機的状況にあった。保険料も市町村の財政事情によって、大きな格差が生じていた。新制度は都道府県ごとに一本化して、財政負担を共有する。前より保険料が上がる人もいれば、下がる人もいるが、同じ県内なら保険料の格差はなくなる。

また、所得の多い高齢者には、応分の負担をしてもらう仕組みも盛り込まれた。自治体により例外はあるものの、全体として、所得の低い高齢者の保険料はこれまでより下がる。新制度がめざす方向は超高齢時代に沿ったものだ。しかし、説明不足のままでは、高齢者が混乱するのは当然だろう。

年金からの天引きに拒否反応が強いのは、年金制度自体がしっかりしていないことや、年金の少ないお年寄りが多いためでもある。今回の混乱によって、年金改革が急務であることもまた、浮き彫りとなった。

この法律は2年前に成立していると言う。何故出来なかったんだろう事前説明が。年寄りだけの、頭が固くなっているお年寄りに、お役所の難しい説明で分かる人は何人いた事だろう。紙に書いた通り一変の説明では、混乱は起きるのは当然である。

親切丁寧に教えるべきで、お年寄りの立場で説明すべきだ。どうも、役所人間は人情味がない。もっと血の通った対応が必要である。やがて、私も近いうちに来る制度が当てはまる。

『つばな』の思い出

今日の名言

あまりにも安く手に入るものは、非常に低く評価される。すべて高価でありさえすれば、価値を持つことになる。

トーマス・ペイン『コモン・センス 他三篇』

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つばな野や兎のごとく君待つも 鬼頭文子

銀色の穂がたなびく「つばな野」でうさぎのようにじっとうずくまって、あなたを待っていますよ。と愛しい人に呼びかけている。「君」は短歌でもおもに恋の歌に用いられる人称。「待つも」ととまどいを残した切れが、帰ってくるかどうかわからない人を待つ不安を反映させている。

四月末から五月にかけて白い穂をたなびかせるつばな野は春の野に季節はずれの秋が出現したようで、不思議に美しい。遠くから見ると銀色に光る穂綿がうずくまる兔の背のように見えるだろう。膝下ぐらいの高さに群生するこの草が神社でくぐる「茅の輪」になるという。

鬼頭文子の夫は絵の勉強のため単身フランスへ渡っていた。愛らしい兔に投影されている女の姿は不満を漏らさず男の帰りをじっと待つ女の愛のかたちでもある。「待つわ」という歌もあったが意地悪な見方をすれば、待っている自分のけなげさに酔っているようにも思える。

待つ、待たれる男女の関係は今変化しているのだろうか。春の風あいつをひらり連れてこいとは20代の俳人藤田亜未の句集『海鳴り』(2007)の中の恋句。このような句を読むと湿りのない現代的な恋の感覚に思えるが、もう一方でさくらんぼ会えない時間は片想いと、呟くところをみると、半世紀を経ても、会えない時の心細さは文子と変わらないのかもしれない。『現代俳句全集』一巻(1958)所載。(三宅やよい)

「つばな」と言えば、終戦後の昭和21年~23年の頃の思い出は、食料難で、白いご飯は食べらなかった。現代の飽食の時代では想像できないだろう。食料事情であった。生活そのものが悲惨であって、餓死する人もいたと思う。「浮浪児」なんて言葉があって、連続放送劇『鐘の鳴る丘』は、昭和22年7月から3年半にわたってNHKラジオから放送され、古関裕而作曲の主題歌「とんがり帽子」とともに大流行した。

「♪緑の岡の赤い屋根・・・♪」とラジオから聞こえてくると夢中で聞いた。そんな時代に、今頃になると土手の傾斜面に「つばな」の白い小さな箒のような穂が出てくる。それを、子供たちが争って採って食べるのである。微かに甘い感じがするくらいであったが、甘けのない日常生活では、そんな食べ物で満足すしかなかった。

そして、サッカリンやズルチンなどの化学甘味料が出てきて使われてきた。やがて村の鎮守様のお祭りに、「カルメ焼き」が出て、砂糖が使われ始めたのである。懐かしい。

僅かに甘いつばなの味と食料難時代の昔のを思い出した。

2008年4月16日 (水)

我が家の朝食

今日の名言

鳥の歌声がいつも同じ調子にしか聞こえてこないというのは、無頓着な人間の粗雑な耳だけのことです。

ローザ・ルクセンブルク『ローザ・ルクセンブルグ 獄中からの手紙』

07kitayamazaki_yoakemae11葉脈に水音立てて春キャベツ 田村さと子

キャベツは世界各地で栽培されているが、日本で栽培されるようになったのは明治の初めとされる。キャベツは歳時記では夏に類別されているが、葉は春に球形になり、この時季の新キャベツは水気をたっぷり含んでいて、いちばんおいしい。

ナマでよし、炒めてよし、煮てよし。掲出句は、まだ収穫前の畑にあって土中から勢いよく吸いあげた水を葉の隅々まで行き渡らせ、しっかりと球形に成長させつつあるのだろう。春キャベツの勢いのよさや新鮮さにあふれている句である。

葉脈のなかを広がってゆく水の音が、はっきりと聴こえてくるようでさえある。恵みの雨と太陽によって、野菜は刻々と肥えてゆく。このキャベツを、すでに俎板の上に置かれてあるものとして、水音を聴いているという解釈も許されるかもしれない。

俎板の上で、なお生きているものとして見つめている驚きがある。「水音」と「春」とのとりあわせによって、キャベツがより新鮮に感じられ、思わずガブリッとかぶりつきたい衝動にさえ駆られる。先日見たあるテレビ番組――しんなりしてしまったレタスの株の部分を、湯に1~2分浸けておくと、パリパリとした新鮮さをとり戻すという信じられないような実験を見て、野菜のメカニズムに改めて驚いた。

もっともこれはキャベツには通用しないらしい。さと子はラテンアメリカをはじめ、世界中を動きまわって活躍している詩人で、掲出句はイタリア語訳付きの個人句集に収められているほかに井戸水の生あたたかき聖母祭」「通夜更けて雨の重たし桜房など繊細な句がならぶ。『月光を刈る』(2007)所収。(八木忠栄)

朝の食事は、私の当番と決めて、何年も続けている。野菜中心の食卓となる。野菜サラダというべきかも知れないが、ご飯や・パンは食べない。素材というとレタス・きゅうり・バナナ・トマトなどの生野菜と人参・ピーマン・ブロッコリーなどの温野菜となる。その上に玉子・ソウセイジを茹でてそれらを一緒お皿に盛り付ける。

その他、刺身わかめを柚子ポン酢をかけたもの、スライスチーズを海苔巻きにしたものを食べる。また、牛乳に、黒護摩・黄な粉・コーヒー・ココア・ウコン玉ねぎの皮を粉にしたものなどを合わせたものを入れ、レンジ700度で2分暖めたもの。野菜ジュースを必ず取る。酢大豆を作り置きにして、10粒位とナッツを10粒取る。そしてシラスなどの小魚である。

以上が、我が家の朝の朝食である。兎に角、少しだけど種類を多く、なるべく生のまま食べるように心がけている。なるべく炭水化物は取らない事にしている。

それでも、昼・夜がご飯・うどんやパンを食べるので、メタボリックシンドロームは、間違いない。80センチの堂々とした腹回りである。

なるべく繊維質ということで、サツマイモ・牛蒡・人参のキンピラを食べるようにしている。したがってこれらの食材の調達は私が主にするのである。

2008年4月15日 (火)

10人に一人が東京都民

07kitayamazaki31_210人に一人が東京都民という。

15日21時2分配信 読売新聞

総務省は15日、2007年10月1日現在の推計人口の都道府県別結果を発表した。

全国の総人口は1億2777万1000人で、前年比でほぼ横ばいの一方、東京都の人口は1275万8000人で、28年ぶりに全国人口の10%を占めた。前年比で9万9000人の増加で、バブル経済期並みの人口流入となっており、東京一極集中が加速している様子が表れた。

東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で作る東京圏の人口も、計3482万7000人と増加しており、全国人口の27・3%を占めた。東京圏、名古屋圏、大阪圏の3大都市圏の合計は計6461万3000人で、同地域だけで全国人口の50・6%を占めた。


3大都市圏の人口の全国に占める割合は、計算がある1980年以降、それぞれ過去最高だった。
私が実感するのは、同じ東京でも、40キロしか離れていない八王子市でも、過疎化が進んでいるように思えるが・・・。
なるほど山を崩し、団地が出来て八王子市は人口56万人となって増えたが、団地では人口が増えているが従来の住宅のある町では、減少しているのではないかと思う。現に私の周りでは年寄りばかりである。
子供たちは離れて暮らしてしまい、過疎化?になって、いわゆる65歳以上の年寄りが半数以上の「限界集落」と言われるようになってしまった。こうなると、購買力が無くなり、シャター通り化し、八百屋・魚屋などの専門商店・娯楽施設が無くなり、その上、かかりつけの医者までもなくなり、幼稚園学校も少子化の影響で再編を余儀なくされている。                         こんなのが実態だ。

愛国心

539571今朝の産経新聞の『産経抄』の記事より、                             昭和35年のレコード大賞に輝いた「誰よりも君を愛す」は、川内康範さんにとって、作詞家としてのデビュー作となった。なかでも「愛した時から苦しみがはじまる」のフレーズは、世間に衝撃を与えた。

愛する対象が国であっても同じことだ。内閣府が発表した「社会意識に関する世論調査」の結果をみて、そう思った。国を愛する気持ちが「強い」と答えた人が57・0%と、過去最高になったという。

といっても国民の多くが、現状に満足しているわけではない。「悪い方向に向かっている」と感じる分野を聞いてみると、「景気」「物価」「食糧」を挙げた人が4割を超え、昨年の前回調査から2倍以上増えていた。

「愛国心」=悪だといわんばかりの奇妙な言説は、最近さすがに廃れてきた。それでも、歴史、伝統、文化には愛着があるが、今の日本にはない、などと屁(へ)理屈をこねる人がいる。国というものは、いいところも悪いところもひっくるめて愛するものだ。世論調査の結果は、“世界の常識”に沿ったものといえる。

筋金入りの愛国者だった川内さんにとって、日本はどんな国だったのか。軍隊では、ゴリラとあだ名がついた上官にいじめ抜かれた。戦後は、手のひらを返したように自国を断罪する文化人を尻目に、戦没者の遺骨の引き揚げ運動に没頭する。政治家との深いつながりやグリコ森永事件の犯人グループへの呼びかけに対して、心ない非難を浴びたこともある。

月光仮面を演じた大瀬康一さんが小紙に、川内さんは、「本気で社会の『正義の味方』であろうとした」と語っていた。欠点だらけなのに、愛さずにいられない。祖国への、そんなやむにやまれぬ思いに突き動かされていたのだろう。

私も「愛国心」というものは、持つ持たないは国の政治により、大きく変わる事だと思う。戦後アメリカナイズされた教育で、愛国心は薄れた感じである。

最近国際スポーツで、サッカーや、野球の試合などでアメリカ選手やブラジル選手などは国歌を演奏して試合を始めるが、その光景をテレビで見るが日本選手と大分違う。どうも日本選手は国歌に馴染めないのか落ち着きがないのか、なにかおかしい。

愛国心が強くなりすぎても、国を守るということで、最終的には戦争という手段となってしまう。何れにしても理性と、寛容さを持って他国を思いやる国民であるべきと思う。それが理想だ。

雨戸の思い出

今日の名言

ニューヨークにはただでなにかを呉れる人間はひとりもいません。彼らの場合、好奇心と慈善心が背中合わせになっているんです。

『オー・ヘンリー傑作選』

041戸袋に啼いて巣立の近きらし まついひろこ

都会の生活を続けていると、雨戸や戸袋という言葉さえ遠い昔のものに思える。幼い頃暮らしていた家では、南側の座敷を通して六枚のがたつく木製の雨戸を朝な夕なに開け閉てしていた。雨戸当番は子供にできる家庭の手伝いのひとつだったが、戸袋から一枚ずつ引き出す作業はともかく、収納するにはいささかのコツが必要だった。いい加減な調子で最初の何枚かが斜めに入ってしまうと、最後の一枚がどうしてもぴたりとうまく収まらず、また一枚ずつ引き出しては入れ直した泣きそうな気分が今でもよみがえる。

一方、掲句の啼き声は思い切り健やかなものだ。毎日使用しない部屋の戸袋に隙を見て巣をかけられてしまったのだろう。普段使わないとはいえ、雛が無事巣立つまで、決して雨戸を開けることができないというのは、どれほど厄介なことか。しかし、やがて親鳥が頻繁に戸袋を出入りし始めると、どうやら卵は無事孵ったらしいことがわかり、そのうち元気な雛の声も聞こえてくる。

雨戸に閉ざされた薄暗い一室は、雛たちのにぎやかな声によってほのぼのと明るい光が差し込んでいるようだ。年代順に並ぶ句集のなかで掲句は平成12年作、そして平成15年には〈戸袋の雛に朝寝を奪はれし〉が見られ、鳥は作者の住居を毎年のように選んでは、巣立っていることがわかる。鳥仲間のネットワークでは「おすすめ子育てスポット」として、毎年上位ランキングされているに違いない。ふるさとは菫の中に置いて来し〉〈歩かねばたちまち雪の餌食なる〉『谷日和』(2008)所収。(土肥あき子)

我が家では、雨戸である。雨戸は、防音・防犯・暖房などで効果があると信じている。しかし、最近の新築では、雨戸がない家がある。2重ガラスで、防音・防犯・暖房の雨戸と同じ効果がある。

昔、掲句のような経験はある。また、農家で草葺の家だったので、破風の狭い隙間から、雀が巣立って行く様子は、毎年のように見られたものだ。

5月になると、ツバメが軒先に巣をつくり4・5羽のひなが巣立って行く、光景は毎年見られたものだ。何時来るか、ツバメの来る事は、家族にとっては、楽しみの一つになって、あぁ もう夏を向かえ、田植え、養蚕で忙しくなる季節が来ることの知らせのようでもあった。

2008年4月14日 (月)

目籠と宇津貫

Mutsumefuta21わが町八王子にも、歴史がある。

明治の初期には、由井村は小比企、宇津貫、片倉、打越、北野、長沼の六つの部落で構成されていた。それ以前は夫々の部落が村であった。そして、神奈川県に所在していて、住所は「神奈川県南多摩郡片倉村×××番地」であった。

そして、宇津貫は下谷戸、菖蒲谷戸、君田谷戸、閑道谷戸、和田内谷戸、中村谷戸の六つの谷戸で構成されていた。そこで明治期に宇津貫村で流行った俳句作りがあった。その中心として活躍したのが下谷戸に住む、[一知(いっち)]こと城定宇右衛門で明治30年に没。辞世の句に「ちるもあり さくらもあり  世は花の人」が残っている。

七国峠と言う所があった。七国峠とは、海抜約200メートル位(御殿峠183メートル)の山で相模(神奈川)、甲斐(山梨)、伊豆(伊豆)、駿河(静岡)、信濃(長野)上野(群馬)、下野(栃木)の七つの国が良く見晴らせた所だった。

山とはいいがたい丘陵の尾根に、第二次世界戦争で日本の陸軍の陸軍戦車の試行道路が作られた。地元の人達は、戦車道と呼んで親しまれていた。広くて真っ直ぐな、道路で、春には山つつじ、山桜、秋には、山栗、茸がとれ、終戦直後は隠れたハイキングコースでもあった。

大正5年(1916)には、今の由井、由木、多摩、鶴川、七生で、従事戸数982で、中でも由木地区380戸、多摩地区480戸で、全従事戸数88㌫を占め由木地区、多摩地区の7割が、竹細工に従事している事になる。

かつて農家の副業として、由木村、多摩村を主産地にした「めかい」といわれるものがありました。めかいとは「目籠」と書き「めかご」「めけえ」とも呼ばれたもので、多摩に自生する篠竹を素材とする手作り籠です。
 起源として伝えられるところによれば、江戸時代中期に旧由井村の宇津貫という地区で始まったとされています。文献でも、既に天保年間には宇津貫で目籠づくりがかなり盛んとなっていたことが伝えられています。『東京府史』によると「由井村から由木村への伝播は嘉永年間のことで田口久兵衛という者が習い伝えたもの」と、嘉永(1848~1853)年間というペリー来航の頃に宇津貫から由木村にめかご作りが伝えられました。今から約150年ほど前のことになります。さらに、明治の頃になると、七生村、多摩村、鶴川村に拡大をして、それに伴い「多摩のめかい」は名をはせることになりました。(ぽんぽこ瓦版より)
 

しょうがないは、ないだろう

07sakuira_seisikoen21福田康夫首相が最近の物価上昇について、「しようがない」と語ったことが批判を集めている。物価や市場の安定を図ることは政治の重要な役割だけに、「責任放棄の他人事発言」「即刻辞職すべきだ」といった声が噴出しているのだ。サミットの事前視察で1泊130万円以上の最高級スイートに泊まる御人には、庶民の厳しい生活など理解できないのか。

問題発言が飛び出したのは12日午前、東京・新宿御苑で開かれた「桜を見る会」。満開の八重桜に浮かれたのか福田首相は「きょうはヤボなこと申しません。政治のことを申し上げるとね、心配されるといかんから」と軽口をたたきながら、こう語ったのだ。

「物価が上がるとかいろいろなことはありますけど、しようがないことはしようがない。これに耐えて、工夫して切り抜けていく。それが大事」

この発言がニュースで報じられた同日午後から、インターネットの掲示板などに、「貧乏人らは文句言わずに耐えろ、と言うのか」「平安貴族のように花見をしながら庶民を見下している」「こんな首相、見たことがない」といった批判が殺到した。

首相の発言は、どんな時、場所でも、冗談では通らないことぐらいは、100も承知であろう、ならば、言葉には、慎重にしないと、要らぬ反響がある。

そして、言い訳の出来ぬのである。むしろ粋な「桜を見る会」という場所なのだから、俳句や詩などを披露するぐらいの風流心を持って、心のゆとりを世間に見せ付けて、あっと驚かして貰いたかった。

普段は難しい仕事の連続だと思うが、忙中閑あり(忙しい中にも、わずかなひまはあるものである。)で、そんなヤボな『しょうがないことはしょうがない』なんて言っているようじゃぁハッキリ言って期待は持てない。

小鳥の囀り

今日の名言

明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰り返している。

夏目漱石『三四郎』

0107ukisima11囀や島の少年野球団 下川冨士子

季語は「囀(さえずり)」。繁殖期の鳥の雄の鳴き声を言い、いわゆる地鳴きとは区別して使う。ゴールデン・ウイークのころに、盛んに聞かれる鳴き声だ。そんな囀りのなかで、子供たちが野球の練習に励んでいる。

休日のグラウンドだろう。目に染みるような青葉若葉の下で、子供たちの元気な姿もまた眩しく感じられる。ましてや、みんな「島」の子だ。過疎化と少子化が進んできているのに、まだ野球ができるほどの数の子供たちがいることだけでも、作者にとっては喜びなのである。

とある日に目撃した、とある平凡な情景。それをそのまま詠んでいるだけだが、作者の弾む心がよく伝わってくる。一読、阿久悠の小説『瀬戸内少年野球団』を思い出したけれど、こちらは戦後間もなくの淡路島が舞台だった。

句の作者は熊本県玉名市在住なので、おそらく有明海に浮かぶどこかの島なのだろう。そういうことも考え合わせると、いま目の前でいっしょに野球をやっている子供たちのうち、何人が将来も島に残るのかといった一抹の心配の念が、同時に作者の心の片隅をよぎったかもしれない。『母郷』(2008)所収。(清水哲男)

自宅の前の片倉城址公園の森も、ようく見ていると、白じゃけた木の芽が黄緑となり、緑に変わって行く、近くでみては、気がつかないがちょっと離れたところから見ると森全体が緑色が強く感じられるようになった。

そんな木立にのなかを歩いていると、鶯の囀りが2・3箇所から聞こえてきた、これは、縄張りで存在を示しているのか、繁殖期で、相手を意識しているのか、鳥の心は分からないが、人が聞くと、長閑に、落ち着いた心境になる。

鳥といえば、今は、見かけなくなった、「みそさざい」で、久保田万太郎の詩にこんなのがあったので記して見た。万太郎は戦後鎌倉に住み、東京に通っていたという。

「東京に出かけなくてもよい日みそさざい」

また、

鳥たちが集まって、いちばん高く飛べたものを自分たちの王として認めることになった。ワシは太陽まで昇って行き、戻ってくると自分の勝ちを宣言した。ところがミソサザイは、私はもっと高く昇ったと主張した。ミソサザイはワシの首につかまって一緒に太陽まで昇り、ワシがいちばん高いところに達したとき、ミソサザイはそれより高くハネあがっていた。鳥たちはミソサザイを鳥の王と認め、王冠をさずける。
西洋ではミソサザイを「王さま」とか「年寄り」と呼ぶ。その理由をギリシャの哲学者は「弱々しいけれどもチャッカリ屋で器用で、暮らしっぷりが楽々としているところから」と言い、ワシのライバルに見たてているのは、この話がヒントになっているのかもしれない。
ミソサザイは山の谷あいのうす暗い林が好きな地味なトリで、ふだんはヤブの中にもぐって暮らしている。スズメより小さい、日本でも小さな鳥のひとつだが、からだに似合わぬ大声で長くうたい続けることで有名。

/みそさざい ちっというても 日の暮るる 一茶/

今は、鳴き声も聞かないし、見かけることがない。どうしたんだろう。



2008年4月13日 (日)

美しく加齢

今日の名言

失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸(しがい)の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。

『寺田寅彦随筆集』(四)

041月日貝加齢といふ語美しき 三嶋隆英

まず、「月日貝」というものがあることに驚きます。むろんものの名ですから、人によってどのようにも名づけられることはあるでしょう。けれど、人の名や、動物の名、植物の名に、月日を持ってくるとは、思いがけないことでした。

「月日貝」という名だけで、かなりのイメージを喚起しますから、この語を使って句を詠むことは、つまり季語に負けない句を詠むことは、容易なことではありません。歳時記の解説には次のような説明があります。「イタヤガイ科の二枚貝。(略)左殻は濃赤色、右殻は白色。これをそれぞれ日と月に見立ててこの名がある」。

なるほど、視覚的に、色から月と日があてがわれたのでした。しかし、月と日があわさって、つながってしまうと、この語は突然、「時の流れ」を生み出してしまいます。掲句もその「月日」を歳月と解釈し、齢(よわい)を加えるという言い方を美しいと詠んでいます。

考え方の流れとしては素直で、このままの心情を読み取ればよいのかと思います。老いることが何かを減じることではなく、加えられることであるという認識は、たしかに美しいものです。なお、歳時記の解説はさらに、次のように続いています。「食用になり、殻は貝細工になる。」そうか、わたしたちは月日を食べ、細工までしていたのです。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店) 所載。(松下育男)

月日の流れていくのは早いもの、最近古希を過ぎてアッと言う間に急坂を転げ落ちる感覚だ。前期高齢医療保険証が送られてきて、また、加齢の実感をせざるを得ない。

お年寄りは、「怒るな・転ぶな・風邪引くな」と言われる。「まだまだ若いものには負けない」と言っても体の衰えは否めない。一寸した段差などでつまづいてしまう。足の感覚が狂ってきているのだと思う。

特に階段などは、気をつけないと転んでしまう。この前に新幹線の新横浜駅で階段で、見事こけてしまった。階段がもう終ったと思っていて、段数が頭で違っていたのだ。両手に荷物を持っていたからなどで余計不安定な条件が重なったものだ。

掲句のように、綺麗に加齢したいものだが、これも心がけ一つなのだと思う。ゆとりと、落ち着きを心がけるしかない。『美しく加齢』をモットーに生きて生きたい。

2008年4月12日 (土)

ビラ配り進入で有罪

06oga_toga11NHKニュースの焦点から

自衛隊員が住む官舎でイラク派遣に反対するビラを配り、住居侵入の罪に問われた市民グループのメンバーに、最高裁判所は「住民の平穏な生活を侵すことは許されず、刑罰を科しても表現の自由を保障した憲法には違反しない」として、罰金の有罪判決を言い渡しました。
立川市の市民グループのメンバー、大洞俊之被告(50)など3人は、4年前、自衛隊員が住む官舎で、無断立ち入りを禁止する掲示があったにもかかわらずイラク派遣に反対するビラを配り、住居侵入の疑いで逮捕・起訴されました。
3人は「政治的な意見の表明を処罰するのは表現の自由を保障した憲法に違反する」と主張し、1審は無罪としましたが、2審は罰金20万円から10万円の有罪を言い渡していました。
11日の判決で、最高裁判所第2小法廷の今井功裁判長は「表現の自由は無制限に保障されているわけではなく、他人の権利を不当に害することは許されない。この裁判で問われているのは、表現の内容の是非ではなく、その方法が妥当かどうかだ」と指摘しました。
そのうえで、「住民の意思に反して無断で官舎に立ち入ったことは平穏な生活を侵すもので、刑罰を科しても憲法には違反しない」として、3人の上告を退けました。
これにより3人の有罪が確定することになりました。
判決のあとの会見で、大洞被告は「残念で悔しい判決だ。この事件のあと、ほかの市民グループはいつ弾圧されるかと恐れてビラ配りを控えるようになり、事実上、表現の方法が奪われてしまった。判決の不当性を訴えていきたい」と述べました。
また、高田幸美被告は「ほんとうに司法には失望した。わたしたちはビラ配りだけでなく、いろいろな表現方法をとっているが、ある日、突然、警察の判断ひとつで犯罪にされてしまうことに最高裁がゴーサインを出した。表現の手段が奪われるのは表現が奪われるのと同じで、到底、認められない」と述べました。

これに対し賛否両論あると思うが、私は、有罪判決を指示する。最高裁が有罪と結論づけたのは、住民が拒むのを無視してビラ配りを続けたのは悪質と判断したためである。嫌がる住民に無理にビラを押しつければ罪になる場合があると指摘した。
事件をめぐっては、ビラ配りで逮捕までするのは行き過ぎで、自由な意見の表明ができなくなるといった指摘も出ていたが、防犯意識の高まりから集合住宅では部外者の無断立ち入りを明確に禁止するところが増えており、今後、さまざまなビラ配りにも影響すると思うが・・・。

ダマイ・ラマと日本の政治

07tamurano_yuhi31今朝の産経新聞の産経抄にチベットのダマイ・ラマ14世の生い立ちから、チベットが窮地に追い込まれている現状と思いが書かれていて、興味があったので、記して見た。

チベット北部の農村に生まれたダライ・ラマ14世は前代の生まれ変わりと認定され、わずか4歳で即位している。以来72歳の現在まで「活仏」として、チベット人の精神的、政治的指導者であり続けた。中国の支配に始まるチベット苦難の時代にである。

しかもその大半は亡命生活を強いられてきた。恐らく凡人には想像もつかない重圧があることだろう。だが地位が人を育てるのか、その毅然(きぜん)とした政治姿勢には感服させられることが多い。飄々(ひょうひょう)としたような表情やしぐさから、ときにホッとさせられる。

一昨日立ち寄った成田での記者会見もそうだった。頭に指で角を立てるような格好をして「私は悪魔ですか」と、笑いかけた。チベット騒乱はダライ・ラマがあおったものだ、とする中国の幹部が「悪魔」「オオカミ」などとののしっているのを、やんわりかわしたのだ。

その一方、記者会見前に安倍前首相の昭恵夫人と会ったときには、胸のうちを正直に打ち明けている。「このまま5年、10年とたてばチベットはなくなってしまうのではないか」。日ごろ平和主義、非暴力主義を唱えているダライ・ラマの苦悩の声に思えた。

それにしても日本の政治家たちの、このチベット指導者への冷たさはどうだろう。訪米の途中の立ち寄りとはいえ、政府関係者による接触はまったくなかった。「チベットはなくなる」という「叫び」を受け止めようとしたのは安倍夫人らごく少数しかいなかったのだ。

言うまでもなく中国を恐れてのことだろう。しかし今度のチベット騒乱を機に中国と距離を置こうとしている国際社会の中では異様に映る。その政治家たち、胡錦濤国家主席が来日すれば何事もなかったように「熱烈歓迎」するのだろうか。

日本の国際的政治姿勢の一貫性がない。如何に、日和見主義で、毒入り餃子事件・拉致問題でも、何か曖昧なところが目立ち始めて、成り行き任せの政治姿勢のようである。まだ、政治家が自分の命を賭けて日本を統治するという気概が見られないのが残念である。

野茂英雄選手という人

 

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野茂1000日ぶりメジャーマウンドに

4月11日18時15分デイリースポーツ


「ロイヤルズ1-6ヤンキース」(10日、カンザスシティー)
米大リーグ、ロイヤルズの野茂英雄投手(39)が10日(日本時間11日)、カンザスシティーでのヤンキース戦に七回から救援、デビルレイズ(当時、現レイズ)に所属していた2005年7月15日以来、3年、ちょうど1000日ぶりに大リーグ登板を果たした。七回の満塁のピンチは松井秀喜外野手を左飛に退け切り抜けたが、九回に3、4番に連続本塁打され、3回を2失点だった。
ブルペンからグラウンドへ通じるフェンスが開いた。大きく息を吐いた背番号91が、マウンドへ向かって走り始める。最後の登板からちょうど1000日。中継ぎでの登板ながら野茂がメジャーに帰ってきた。
「普通というか、いつも通りマウンドに上がれました」。3点を追う七回から登板。二死満塁のピンチで松井秀を左飛に打ち取ると、九回二死まで無失点に抑えた。そこでロドリゲスとポサダに連続本塁打を浴び、3回4安打2失点。「ゼロに抑えて最終回を迎えたかった」と振り返ったが、復活の感慨にふける時間はない。
最後の投球となった65球目。松井秀をフォークで空振り三振に仕留めた。唯一の奪三振。「その前に打たれてるんで、何ともいえないです」。そういいながらも、口元が一瞬緩んだ。野茂が野茂のまま復活した。
野茂英雄は、1990年、ドラフトで8球団1位指名の競合の末、近鉄に入団。いきなり18勝8敗の成績を残し、最多勝と最優秀防御率(2.91)、奪三振王(287個)、最高勝率(.692)など、ほとんどのタイトルを獲得して新人王。以後、1993年まで17勝、18勝、17勝と続け、4年連続最多勝・奪三振王を獲得。
1995年、紆余曲折を経て、大リーグのドジャースに入団。マイナー契約から大リーグにはい上がり、13勝6敗で新人王と奪三振王。オールスターでも先発し、ドジャースのプレーオフ出場にも貢献。
その後、メッツ、ブリューワーズをタイガースを経て、レッドソックスへ移籍。
2001年にはレッドソックスの先発として開幕初登板でノーヒットノーランという偉業を成し遂げ、両リーグでノーヒットノーランを成し遂げたのはライアン以来史上4人目となった。さらにこの年はシーズン220奪三振で奪三振王のタイトルも獲得した。
2002年にはドジャースに復帰して16勝6敗という好成績を残している。 
2005年6月にはこの年から在籍するデビルレイズで日米通算200勝を達成した。
 日本人選手として、大リーグ移籍の先駆者となった功績は、野球史だけでなく日米の歴史の上でも重大である。
大リーグで13年自分との挑戦で、もう駄目かと思いきや、不死鳥の如く生き返る。すざましい闘志は日本人である私も勇気が沸いてくるようで、多くの日本人の心の支えとなったことだろう。
また、イチロウ・松井秀樹を始め、多くの日本人の選手が大リーグで活躍している。これも、野茂英雄の先駆者的は、活躍あって一気に日本プロ野球界を揺さぶった経緯がある。この事は、プロ野球を目指している少年などの大きな希望と夢を作ってくれた。

一心講で成田山

今日の名言

希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。

魯迅『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇』

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鶯や製茶會社のホッチキス 渡辺白泉

今年の茶摘は何時から始まるのだろう。スーパーの新茶もいいけれど、静岡からいただく自家製のお茶はすばらしくおいしい。新興俳句時代の白泉は「今、ここに在る現実」をタイムリーな言葉で捉える名人だった。

製茶会社も鶯もおそらくは静岡に住んでいた白泉の体験から引き出されたものだろう。最近は機械化されて手揉みのお茶は少なくなったらしいけど、掲句が作られたのは昭和32年。製茶会社も家族分業でお茶を摘んで乾かし、小分けに入れた袋をぱちんぱちんとホッチキスで留めてゆく小さな会社だったろう。

裏手の竹林からホーホケキョとうぐいすの声がホッチキスを打つ音に合いの手を入れるように聞こえてくる。そんな情景を想像するにしても句に書かれているのは、鶯と製茶会社のホッチキスだけである。

二句一章のこの句は眼前のものをひょいと取り合わせたように思えるけど、おのおのの言葉が読み手の想像を広げるため必然を持って置かれている。鶯の色とお茶の色。

ホッチキスとウグイスの微妙な韻。直感で選び取られた言葉を統合する「製茶会社」という言葉が入ってこそ取り合わせの妙が生きる。のんびりした雰囲気を醸し出すとともに、どこかおかしみのあるエッセンスを加えた句だと思う。『渡邊白泉全集』(1984)所収。(三宅やよい)

昨日千葉の成田山新勝寺にお参りに行って来た。境内の木々は新緑といえないが、薄緑の枝先が重なり合って、白緑 に見えた。木によっては緑が濃くなっていたものがあった。そして、鶯の鳴き声が聞こえた。

ウイクデイーであったからかも知れないが、お土産やさんのシャッターが締っている所が多く、広い境内は、意外と人は疎らだった。

毎年八王子成田山の一心講で4月11日に決まっていて、144年も続いている伝統の行事に参加させていただいた。そこで安全祈願で護摩を焚いてもらい、一年の無事を祈るのである。

2008年4月11日 (金)

成田山新勝寺参り

今日の名言

人生の時間は、自分の召命を「確実にする」ためには、限りなく短くかつ貴重だ。

ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

Kamakurakaidou061海棠の花くぐりゆく小径あり長谷川櫂

現代でも俳句が描く情趣の大方は芭蕉が開発した「わび、さび」の思想を負っている。そこには死生観、無常観が根底にある。そこに自らの俳句観を置く俳人は現世の諸々の様相を俳句で描くべき要件とは考えない。

現実の空間や時間を「超えた」ところにひたすら眼を遣ることを自己のテーマたらむとするのである。その考え方の表れとして例えば「神社仏閣」や「花鳥諷詠」が出てくる。

どう「超える」かの問題や、現実に関わらない「超え方」があるのかどうかは別にして、そういうふうに願って作られる作品があり、そういう作品に惹かれる読者が多いこともまた事実である。いわゆる文人俳句といわれるものや詩人がみずから作る俳句の多くもまたこの類である。

自己表現における「私」と言葉とのぎりぎりの格闘に緊張を強いられてきた人は、俳句に「私」を離れた「諷詠」を求めたいのかもしれない。作者は生粋の「俳人」。世を捨てる「俳」の在り方に「普遍」を重ねてみている。句意は明瞭。『季別季語辞典』(2002)所載。(今井 聖)

今の時期、鎌倉お寺めぐりをして見たい。桜は、終わり今どんな花が咲いているのだろう。海棠の花は今の時期だが、八重の桜もいまごろか、桃はどうだろう。

鎌倉のお寺めぐりの印象は、特に建長寺のいらかの波と青い空・白い雲が目に浮かぶ、そうそう、もうそろそろ、こいのぼりが、屋根の上に見える季節となった。

昨日は、一日雨が降り続いた。そして、2月頃の寒さになった。

そして、今日はどうだろう。成田山バスで参りである。毎年、4/11が八王子の講で「大本山成田山新勝寺登山参拝ということで、今年は144回という長い歴史がある。(この記事は4時45分記す。)

2008年4月10日 (木)

49日法要

04_10241年毎に咲くや吉野の山桜 樹を割りて見よ花のありかを 一休

神応寺住職講話より(抜粋)                       インドでは人のみならずあらゆる命は生まれ変わり死に変わりするものである。すなわち輪廻転生(りんねてんしょう)すると考えられていますから、今生の生き方が来世での生まれ変わりを決めることになる。したがって日々善行を心がけ悪行をしないという倫理意識が自然と生き方の基本になっていく。
日本では人は死ぬと黄泉路を経て冥土に至り、肉体は滅しても魂は生き続け、ご先祖様になって子孫を加護すると信じられてきました。それで子孫に尊敬され、崇
(あが)められる先祖霊となるために、今生では善行に励み、悪行を慎むという倫理意識が尊ばれてきました。

葬儀の後、49日の中陰の間も、地縁血縁のものが追善供養
(ついぜんくよう)をつとめるという慣わしがあります。

追善とは亡き人の代わりに善根功徳(ぜんこんくどく)を積むことです。善行を修すれば因果の道理によりて善き報いがある。けれども自分が受ける善報を自分が受けないで亡き人に手向(たむ)けるのです。

追善供養とは冥界に至った亡き人の精霊に、物や心の施しをすることで、冥界で仏さまと同じ境界へ、すなわち亡き人を成仏させたいというのが本来の意味です。
それは、今生に生きるものに対しても、よりよき人生を生きるために、善行に励むべきことを教えたものでもあります。

黄泉路 =(よみじ)黄泉(よみ)の国へ行く道。冥土(めいど)への道。

中陰の間=私たちは、一つの生を終え、また次の生を受けるまで冥土を旅します。
この四十九日旅の間が現世(現有)と来世(来有)のはざまであることから、中陰(中有)と呼ばれているのです。

善根=実り豊かな収穫を得るには、それにふさわしい努力が必要である。何もせず、棚からぼた餅式ではどうしようもない。

田の苗も草を除き肥料を施し愛育の手をさしのべてこそたわわに実る。人も同様である。善き心根があってこそ、人生の花開き大果を得る。

よい果報を生むための善い原因・善い行為が善根。その善根功徳の積み重ねあって、豊かに栄え、命を美しく輝かせる。光輝にみちた人生は、善根の有無による。善い果報を生ずる本が善根で、それが根本である。そのことなくては「必ずさかう」に結実しない。
灯火に油・草に雨が必要条件であるように、大果報の前提は善根である。
4/19(土)義母の49日法事である。また、町会の総会である。(忙しい一日になりそうだ)

株価の低迷

07bonchi_asayake_hi11NHKwebによると自社株買いが増えたとのことだ。                        サブプライムローン問題をきっかけに株価の低迷が続いていることから、市場に流通する株式を減らして株価を上昇させようという企業が増え、企業が自社の株を買い戻す「自社株買い」の総額は、昨年度は4兆6000億円余りとこれまでで最も多くなりました。

野村証券金融経済研究所の調査によりますと、国内の取引所に上場している企業が昨年度に行った「自社株買い」の総額は4兆6200億円と、前の年度に比べて12%増えて、これまでで最も多くなりました。

これは、去年の夏以降、サブプライムローン問題をきっかけに株価が低迷していることから、自社株買いを行って市場に流通する株式を減らし、株価を上昇させようという企業が増えたためです。とりわけ株価が大きく下落した去年8月やことし1月の自社株買いの額は、前年の同じ時期の3倍から4倍に上っています。

自社株買いが増えている背景には、ここ数年、外資系の投資ファンドが企業に大幅な増配を迫るなど、株主側が利益の還元を求める動きを強めていることも影響しているとみられ、野村証券金融経済研究所では「企業が株主の主張や考えに配慮する傾向は年々強まっており、自社株買いは今後も増えるだろう」と話しています。

今後とも「円安株高」、「円高株安」の関係で相場は動くと考える。私の相場観としては、しばらくは「円高株安」が続き、その後で「円安株高」に戻るシナリオだとみている。

また、今、何が起こっているかを解説すると、サブプライムローン問題で米国の金融システムが揺らいだため、ドル売り=円高が起こり、同時に自国の株価下落でダメージを受けた欧米投資家が日本株を換金売りしている。外国人投資家は日本株を08年第1四半期だけでマイナス3.2兆円も売り越している。

ドル不安と世界同時株安が、日本の為替・株式市場を揺さぶっているのだ。もしも、日本の株価が上昇するのならば、米国政府が金融不安を解消させる政策的てこ入れに成功して、ドル不安が後退したときである。このときには、ドル高円安と株価上昇が起こる。

それに、日本の国会の混迷さが、株価に影響している一因である。年金問題・後期高齢医療制度で、個人投資家の買い控えなども大きいな原因となる。

地域の皆で子どもを育てる

今日の名言

自個の著作を売りて原稿料を取るは少しも悪き事に非ず。されどその著作の目的が原稿料を取るといふ事より外(ほか)に何もなかりしとすれば、著者の心の賤(いや)しき事いふまでもなし。

正岡子規『墨汁一滴』

Deiji1明日出会ふ子らの名前や夕桜 中田尚子

今週の月曜日あたりに入学式のところが多かったのか、真新しいランドセルを背負った小学生やだぶついた制服を着た中学生と時折すれちがう。入学式には満開の桜が似合いなのに、東京の桜はほとんど散ってしまった。

温暖化の影響で年々桜の開花は早まっているらしく、赤茶けた蘂ばかりになってしまった枝が少しうらめしい。我儘な親と躾けられない子供にかき回される教育現場が日々報道されているけれど、初めて出会う子供達の名前を出席簿に確かめる担任教師の期待と不安は昔と変わらないのではないか。

明日に入学式を控えて先生も少し緊張している。これから卒業までの年月をともに過ごす子供達である。育てる楽しさがあると同時に巣立つまでの責任は重い。時に感情の対立もあるかもしれないが、そのぶつかり合いから担任とそのクラスの生徒達だけが分かち合える喜びや親しさも生まれてくる。

生徒の側からみても最初に受持ってもらった先生は幾つになっても懐かしいものだ。明日胸を高鳴らしてやって来る子供達が入る校舎の窓に、咲きそろう桜が色濃く暮れてゆく。入学式前日の教師のつぶやきがそのまま句になったような優しさが魅力だ。「俳句年鑑」(角川2008年度版)所載。(三宅やよい)

昨年、交番の統廃合が行われて、わが町の古くからあった交番が、地域の強い要望で建物は残ったが、正規警察官は常駐しないで、警察OBの警察相談員という方が時間を決めて来て頂いている。その相談員の方が、登・下校する小学生に一人ひとりに「お早う・お帰りなさい」と声を掛けている。

ピカピカの可愛らしい一年生に声を掛ける光景は、何とも微笑ましい。そなな相談員にお願いして、登校時間似合わせて、校門まで来て欲しいと言ったら、快く承諾いただいた。

私は子供を「地域で育てる」と言うことを実践したいの考えで、積極的に、地域の防犯・交通安全・地域のふれ合いなどに参加している。

そして、今世間で、『我儘な親と躾けられない子供』が問題になっているが、昔の「うるさい親父」は、必要で、他所の子どもでも、目をそらさないで、しっかり見てあげる地域の皆が子どもを育てる事が大事なんだと、相談委員の方と話をしている。

私の孫も、離れて、東京江戸川区で今年入学した。

2008年4月 9日 (水)

力の無さを痛感する

271 一生懸命に目的に向かって行動をとっているが、遅々としてはかどらない。自分のテクニックの悪さ、技量・取り組む姿勢などが、的を得ないものと思う。そこには、失敗を含めた、経験が不足していることだ。

町会の総会で最後の新旧役員(理事)の方の方の労をねぎらうというと言う事で、慰労兼ね、軽く酒宴を企画する。その際になるべく、地元で飲み物・お弁当などを調達すべく、配慮しながら準備を進めるのだが、お弁当(おつまみ)を頼んだが、人手の問題で、断られた。

そこで、町会長にお願いしてもらったら、快く受けていただいた。それは、会長はよくそこのお店を利用していたからかも知れないが、すべて、私の経験不足からの結果だ。対応の拙さではないと思うが、人間は、感情の動物である。一寸した言葉や、態度で返事は違う事だってある。

それを生きる知恵・生きる力とするならば、私の無知・力不足は否めないところだ。今日は、そんな情けない思いと、もっと自重しなけれがと反省する。まだまだ未熟と痛感した。

結果的に会長の言葉で、引き受けてもらうことが出来よかった。正式注文は、4/14(月)とすることで了解してもらう。4/19(土)午後6時である。

おつまみ@700円×80本=56000円を予定している。

日銀総裁選び

Natsu1産経新聞(抜粋)

「見識はあるし、人格だって優れている。渡辺さんは総裁だって務まる人。民主の反対の理由が全く理解できない」。渡辺氏が不同意になったことに財務省幹部は憤った。財務省出身者の日銀入りの可能性はほぼ断たれ、財務省の落胆が広がっている。

そもそも渡辺氏の副総裁起用には、鳩山由紀夫幹事長をはじめ民主党幹部にも容認論が広がっていた。それでも同意を得る確約が得られず、政府・与党執行部には渡辺氏の副総裁起用には慎重論も強かったが、「適切な経済運営には財政と金融の連携が不可欠」(財務省首脳)との判断から、渡辺副総裁の提示に踏み切った経緯がある。

民主党が、財務省経験者を日銀首脳人事から排除するのは「財政と金融の分離」「天下りの排除」といった理由からだ。だが、それはあくまで建前。

真意は長年保ち続けてきた自民党と財務省との蜜月関係にくさびを打ち込み、財務省の弱体化を狙ったものとの見方が強い。予算編成権を持つ財務省は中央官庁を支配し、予算配分を武器に政治にも影響力を持ち続けてきた。

自民党も財務省を介して中央官庁や地方への影響力を保持し、持ちつ持たれつの関係を構築してきた。福田康夫首相は日銀首脳人事で財務省との関係を重視してきたが、結局は自らの調整力不足を露呈してしまった。

「今回の一件をきっかけに、いくら優秀で能力のある人材でも『財務省出身』というだけで、活用されなくなる」。財務省内にはこんな見方も出始めており、官邸との関係にも影響が出ることは必至だ。

素人目でも、これだけ時間が掛かってしまっている事は、根回しがうまくいかなかったのか、指導力がなかったのか、福田康夫首相の政治力が問われる。

猫のこと

今日の名言

暗黒のなかでは、我々の想像力は、明るい光におけるよりもたくましくはたらくのを常とする。

カント『啓蒙とは何か 他四篇』

10247681恋猫のもどりてまろき尾の眠り 大崎紀夫

猫の交尾期は年に四回だと言われる。けれども、春の頃の発情が最も激しい。ゆえに「恋猫」も「仔猫」も春の季語。あの求愛、威嚇、闘争の“雄叫び”はすさまじいものがある。ケダモノの本性があらわになる。だから「おそろしや石垣崩す猫の恋」という子規の凄い句も、あながち大仰な表現とは言いきれない。

掲出句は言うまでもなく、恋の闘いのために何日か家をあけていた猫が、何らかの決着がついて久しぶりにわが家へ帰ってきて、何事もなかったかのごとくくつろいでいる。恋の闘いに凱旋して悠々と眠っている、とも解釈できるし、傷つき汚れ、落ちぶれて帰ってきて「やれやれ」と眠っている、とも解釈できるかもしれない。

「まろき尾」という、どことなく安穏な様子からして、この場合は前者の解釈のほうがふさわしいと考えられる。いずれにせよ、恋猫の「眠り」を「まろき尾」に集約させたところに、この句・この猫の可愛さを読みとりたい。

飼主のホッとした視線もそこに向けられている。猫の尾は猫の気持ちをそのまま表現する。このごろの都会の高層住宅の日常から、猫の恋は遠のいてしまった。彼らはどこで恋のバトルをくりひろげているのだろうか? 紀夫には「恋猫の恋ならずして寝つきたり」という句もあり、この飼主の同情的な視線もおもしろい。今思い出した土肥あき子の句「天高く尻尾従へ猫のゆく」、こちらは、これからおもむろに恋のバトルにおもむく猫の勇姿だと想定すれば、また愉快。『草いきれ』(2004)所収。(八木忠栄)

猫と言えば、従順なところもあり、気まぐれなところがあり、複雑な気持にさせられる。いわゆる気ままなところがあって、人には慣れない一面がある。犬と違っ性格を知ることが難しい。ペットとして飼っている家が多くなったと言うか、子どもが少なくなって年よりが多くなって、話し相手がいなくなったせいかも知れないが、近所の一人暮らしのお婆さんが猫好きで、飼っている。

5匹もいるので餌代も大変であるが、何時も玄関先の道路で餌をやるので、他の野良猫が3匹やってきて騒動になることもある。お婆さんはその野良猫の分の餌も与えているので、猫だらけである。その猫の餌のおこぼれを、雀や鳩ややってきて、大騒動となることもある。時には烏がやって来ることもあるそうだ。

猫好きが高じてしまうと、猫嫌いの方もいる事も忘れ、近所迷惑になってしまっているようだ。私の家にも時々にやってきて、飼っているセキセイインコの籠を見上げている事もあり油断できない。

一番困るのは、糞尿である。やたらと庭の花壇の中へ、用足しをしていくので始末が大変である。飼うなら1匹ぐらいにして欲しいと思うが、なかなかいい出せなくて・・・。

2008年4月 8日 (火)

川内広範が逝く

1920年、北海道函館市生まれ。独学で20代より作家生活に入り、“愛とは情死である”とのテーマを一貫して追及している。1958年、日本初のテレビ映画『月光仮面』シリーズの原作、脚本をはじめ、テレビではNHK、NTV、CX、ANBなどで300本以上の作品の原作、脚本をてがける。

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                 『誰よりも君を愛す』

誰にも云われずたがいに誓った
かりそめの恋なら忘れもしようが
ああ夢ではないただひとすじ
誰よりも誰よりも君を愛す

愛した時から苦しみがはじまる
愛された時から別離が待っている
ああそれでもなお命かけて
誰よりも誰よりも君を愛す

あなたがなければ生きてはゆけない
あなたがあるから明日も生きられる
ああいく歳月変ることなく
誰よりも誰よりも君を愛す

川内広範という人の印象は、頑固・筋の通らぬことは出来ない。ということだそうだ。森進一との問題でも頑固なところを見せ付けた。

そして、色紙に書いてあるように『無償の愛』ということだ。この事は母親からの教えだとテレビの番組で言っていたことを思い出した。

「惜」には「捨て難い」のほかに「大事にする、尊重する」といった意味がある。「無上道」とは仏教でいう「この上なくすぐれた道」のことだから、解釈のしようによっては「惜、無上道」というその言葉は、「この上なくすぐれた道を歩むことをなによりも尊重し大切にしたい」というふうにも受け取れる。

何んといっても私の思い出の歌は「誰よりも君を愛す」である。学校を卒業して働き出して3・4年経った頃、流行った歌で、随分この歌を可愛い女のこのいるバーでお酒を飲みながら聞いた覚えのあり、懐かしく思い出される。あの頃、何か心にひっかるものがあって、もやもやを吹き飛ばす場所にバーと言う飲み屋によく行ったものだ。

「お袋さん」の歌詞も良かった。その川内広範が亡くなった。時代の移り変わりは、無常である

小中学校の統廃合

Hiland051全国の小中学校の統廃合が進み、昭和60年に比べておよそ1割の3800校がなくなるという。今日のNHKwebより

これは少子化や地方自治体の財政難などによって学校の統廃合が進んだためで、ことしの春以降も少なくとも小中学校あわせて258校が統合の対象となっています。一方、全国の児童・生徒の数は平成18年は小学校と中学校あわせておよそ1039万人で、昭和60年に比べておよそ40%670万人も減りました。

小学校の場合、各学年に2つの学級があることが国の基準になっていますが、児童数の急激な減少によっておよそ半数に当たる1万983校ではこれを満たしていないほか、全体の14%の3105校では児童が1人もいない学年があるのが実態です。文部科学省は少子化や自治体の財政難が進むと小中学校の統廃合と小規模化がさらに進むのではないかとみています。

今年の春の全国交通安全運動で、(4/6~4/15)交通安全協会の指導員をおこなっているが、わが町で小学生が学校に登校する横断信号で10年前には、70人数えて生徒が今年は何んと23人となった。そのかわり、お年寄りが増えた。

同じ市の中でも大型デベロッパーの開発で、人口が増えた地域があるが学校が増設された。しかし、一過性で10年経ったら、どうなるのかと思うと、鳥肌が立つ。

この問題は社会構造の問題で、核家族化によるもで改善は直ぐとは行かないだろう。

小中学校の統廃合の問題に引き続き、老人問題・老人施設・介護医療が大きな問題となってくるであろう。いわゆる人口問題と共に課題となって来ている。

後期高齢医療制度(長寿医療制度)の導入をして行かなければ健康保険制度は、成り立っていけないことも分かるが、こういう問題は降って沸いた問題でない。政治家の洞察力、先を見ての“手”を打たなかった付けなのである。

政治家は、100年先を読んで、現在を執る。これが使命だ。目先がうまくいかないで先のことなんて考える暇がない?

目のちから

今日の名言

悪魔でも聖書を引くことができる、身勝手な目的にな。

シェイクスピア『ヴェニスの商人』

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ぬかづけばわれも善女や仏生会 杉田久女

お釈迦さまの誕生日を祝う仏生会は4月8日だが、近所の護国寺では日曜日に合わせて先日6日に行われた。色とりどりの生花をあしらった花御堂のなかには「天上天下唯我独尊」と言われたという右手を天に掲げたポーズで誕生仏が納められる。

可愛らしい柄杓でお釈迦さまの身体に甘茶をかける習わしは、誕生のときに九龍が天から清らかな香湯を吐き注いで、産湯をつかわせた伝説に基づくものだという。晴天のもと、桜吹雪のなか、善男善女の列に加わり、薄甘いお茶を押しいただけば、まったく無責任に「ああ、極楽ってよさそうなところ」などと夢想する。

雪のクリスマス、花の仏生会、信仰心にほとんど関係なくそれぞれの寿ぎの祝典を抵抗なく受け入れているのは、どちらも根幹には命の誕生という健やかさが共通して流れているからだと考える。

しかし、掲句はこの場にぬかづいている自分をわずかに持て余す心地が頭をもたげている。それは、さまざまな欲に満ちた日常もそれほど悪くないことを知っているわが身が、眼前に繰り広げられている極楽絵巻のなかにさりげなく溶け込むことができないのだ。孤独でシニカルな視線は、常に影となって久女の身に寄り添っている。『杉田久女句集』(1969)所収。(土肥あき子)

目力(めじから)とは、魚・昆虫・動物など生き物すべてが、目を見ると元気があるかが解かる。魚の活きのよさ、新鮮さなどは目を見て判断する。「目は口よりものを言う」とも。

好きなスポーツ選手や、芸能人を思い浮かべても、彼らの目は情熱的で、イキイキとしているはずである。各界で活躍中の人も必ず「目力(めぢから)」があります。逆にダメな人は、死んだ魚のような目をしている。
目力が強い人は、一瞬で相手をひきつけることが可能なのである。「この人は何かやってくれそうだ」「やる気がありそう」などと聞き手に期待感を持たせる。また、目には表情がある。目を見れば、健康状態や、喜怒哀楽が分かる。目は人の心を映し出される。

最近女性の目の化粧をする人が多くなって、いい事だと思う。私は以前から目の素敵な化粧をしている女性は好感が持って見ていた。

シニカエル=辞書では、①死んで再び生き返る。②疲れきって死にそうである。③連用形を副詞的に用いて、死ぬほど強くの意を表す。

2008年4月 7日 (月)

流出する頭脳・大企業と零細企業

0107ukisima11 時の話題、であるが、昨日(4/6)HHKの番組で流出する頭脳と題して、姪が住む秋田市川尻の株式会社 ユー・ティ・ディの社長が、自ら求人をしている様子がテレビ映った。地元の高校を卒業する若者は、東京はじめ秋田県外に職を求めて流出してしまう。「金の卵」である。

非常に求職活動に苦慮しているようだ。社長自身が会社パンフレットを持ち歩き機会があれば、直ぐに取り出し、会社PRをしている。

何と言っても、県の企業は、優秀な人材を出さないように活動していて、それを食い止めようとしているが、なかなか難しい。と言った内容である。

見かけた男の顔がテレビに映っていた。身内の人間がテレビに映って活躍している姿を見ると、悪い気持はしない。

格差社会は、こういう所にも出ているのだ、都市と地方の差が出ているのだ。政治の問題である。今日の参議院・予算委員会で民主党の議員が福田康夫首相に激しく質問していたが、大企業は、空前の利益を上げているが、その大企業を支えている中小企業は非常に厳しい状況にある。日本の技術は、世界でも優秀であると自他共に認めているいるが、その背景には、大きな犠牲を払っている事を忘れてはなるまい。

この中小企業に気を配らないと日本の経済力に大きく影響する。日本の中小企業でも世界でも特筆で頑張っている企業もあるが90パーセントは、大きく大企業に単価を下げられている。との事だ。

だから地方の零細企業は、生きるか死ぬかとなっていると、民主党議員は訴えているのだが・・・。

余命を意識

今日の名言

善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。

唯円『歎異抄』

05detohama11春の服買ふや余命を意識して 相間遷子

春の服には明るい色彩や柄のものが多い。それだけに高齢になってから買うときには、若いころのように弾む気持ちもなくはないけれど、他方では少々派手気味かななどと、余計な神経を使ったりもする。

そのためらいの気持ちを止めるよう自己説得するのが、「余命」の意識というわけだ。あと何年生きられるか、わからない。二十年も三十年も生きるのは、常識的にまず不可能だ。そんな年齢なのだから、いつまでも昔のように世間や周囲の目を気にしていたら、死ぬときに後悔することにもなりかねない。

着たいものを着られるのも、生きていればこそなのである。そう自分に言い聞かせて、作者はえいっ!とばかりに春の服を買ったのだった。むろん、あと何年着られるかなあという心細さも自然に「意識」されて……。そしてこのことは、春の服に限らない。

私なども最近、多少高価なものを買おうとするたびに、このような自己説得法を使うようになってきた。それにしても大概の場合に、何の根拠もなくあと十年は生きるつもりの余命意識を持ち出すのだから、まったくいい気なものだとは思うけれど、しかしそのいい気を一方で哀しく思う気持ちも拭えないというのが、正直なところだ。『合本・俳句歳時記』(1974・角川書店)所載。(清水哲男)

私も最近、余命と言うことを考えるようになった。後10年は生きられるだろう生きたい。ならば生きているうち、何をしたいか、旅行は海外の夢であるフィジー諸島に行っておかなければ、とか、考えてしまう。遺言書を書いてをかなけらば・・・・なんて・・・早いかなー。

やはり、そんな事考えると何だか変だと思うが、これが人間だ。他の動物は、考えない。でも動物の本能で末期の行動などは、夫々の動物で違うが、象・寅・ライオンなどは死に場所がるようだ。

それにしても、掲句の作者の気持は、私の心に響く内容でまったく同じである。ちょっと無理して、そんなにお金を残しても仕方がない。旅行などの予算は、エィ!とばかり大枚をはたく事もある。

2008年4月 6日 (日)

JAPAiNとは

06oga_toga11_2先般、日経新聞にThe Economist の記事、『JAPAiN』に対するコメン トが掲載され、このJAPAiNとは、JAPANにpain(痛み)の意味をかけたもので、日経新聞では「苦痛に満ちた日本」という言葉で表しているそうである。

なぜ、日本では改革が遅々として進まないのか。                          利権を背景とした族議員と官僚の抵抗、政治トップの指導力の欠如、変革への心理的抵抗と現状維持への安住から決断を先送りする“文化”-。福田康夫政権になって、日本の旧弊が再び噴き出した感がある。

産経新聞の昨日の記事より(抜粋)                                 日本政治の守旧体質や日本経済の保護主義体質に対する海外からの批判の急先鋒(せんぽう)が、英マスコミである。

表紙に「JAPAiN」と掲げたエコノミスト(英国版、2月23~29日号)は「日本経済は依然、政治家に縛られている」と断じ、「日本が1番輝いていた半世紀の間、政権を握り、今も利権マシンであり続ける自民党は経済構造改革への取り組みを放棄した」と、政権党を一刀両断にした。

返す刀で「かつて改革派だった民主党の小沢一郎代表も今や古い自民党のボスのようだ」と野党も切り、「現代的な改革派と古い体質の守旧派がねじれを起こしている」と、与野党を問わない問題点を指摘した。

英紙フィナンシャル・タイムズ(3月3日付)は、日本の国旗の中央に赤い進入禁止の道路標識をあしらって、「一方通行?」の見出しを付けた特集を組み、外資規制を問題視した。

400余の日本企業が買収防衛策を導入している実態や外資参入への拒絶反応などを紹介、「日本企業は海外に進出しているのに、国内では新たな保護主義が広がっている」と憂慮。日本政府は、国内総生産(GDP)の約3%にとどまる海外からの直接投資を2010年までに5%に引き上げる方針を打ち出す一方で成田、羽田両空港への外資規制を主張するなど「新たな障壁を築いている」と批判した。

お花見は車座で

今日の名言

すべて真の生とは出合いである。

マルティン・ブーバー『我と汝・対話』

07sakuira_seisikoen21相席に誘はれてゐる新社員 中神洋子

ずいぶん昔の、会社に入った頃のことを思い出しました。就職情報を丹念に調べ、会社の業績や将来性、あるいは社風や社長の理念まで細かく調べ上げても、実際に職場に行ってみなければ、そこがどんな場所なのかということはわかりません。

慣れ親しんだ環境から、新しい雰囲気の場所へ移るには、それなりの緊張感が伴います。自分を受け入れてくれるのか。あるいは素直になじむことの出来る空気なのか。そんなことを考えているだけで、緊張感が増してきます。

朝早くに初日の出社をし、人事部で大まかな説明を聞き、社員証の写真をとり、所属部署へ案内されても、まだどこかなじめない気持ちを持ち続けています。所属部署に連れて行かれ、一人一人挨拶してまわっても、直属の上司の名前を覚えるのが精一杯です。ほかの社員にはただ頭を下げて、自分の名前と、「よろしくお願いします」を繰り返すだけです。この句は、そんな日の昼食時を詠っているのでしょうか。

社員食堂で見よう見まねで食事をトレイに載せ、どこに座ろうかと歩き出したところで、「ここ、どうぞ」とでも言われたのです。テーブルに向かいながら、なんとかここでやっていけるかなと、思いはじめたのでしょう。なんだか句を読んでいるこちらまで、ほっとします。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

あんまり近いと、何時でも行けるということもあって歩いて2・3分の公園に絶好の花見場所がある。大勢の花見客が押し寄せているが、関心がない。そこで、4・5年前から、近所の方で、親睦会を行うことにしている。今日がその日である。

殆どが夫婦二人だけの家になって、子どもは独立したりで、いない家が多い。しかし、暇はあっても、近所隣りあわせで話す事はあまり機会がない。そこでこういう機会は大事である。

10何人かで車座になって、一杯飲むのである。それに、一家で、一品料理を作って持ち寄り、お酒も持ち寄り、会費は無い。勿論席順などないフリーである好きなところに座り、飲み交わすのである。この句を見て、こんな事を思い出した。

2008年4月 5日 (土)

国家公務員制度改革基本法案

Natsu1国家公務員制度改革基本法案で、今朝の朝日・読売・日経が社説に取り上げられている。

朝日は、国会で大論争を見たい。                                  政治家や業界との癒着、「省あって国なし」の縦割り主義。国家公務員制度がこのままでいいとはだれも思っていない。だが、政府が決めた改革基本法案を見ると、ため息が出る。これでは何の改革にもなるまい。

官のシステムを抜本的に作り直そう。この問題意識から昨年、拙速ではあったが天下りの新ルールができた。今回の基本法案はそれに続く第2弾である。安倍前首相のもとで発足した私的懇談会の報告書を受け、政府与党が検討してきた。

読売は内閣人事庁は機能するか。                                  成案づくりでは、渡辺行革担当相と町村官房長官が綱引きを演じ、自民党からそれぞれ応援団が加わり、大騒ぎになった。そのあげくの折衷案だ。当初の改革の理念からは大後退である。

内外情勢の変化に柔軟に対応できる能力と、高い倫理観をもつ公務員をいかに確保するか。それは、日本の将来にとって極めて重要な課題だ。

日経は、民主党も対案を。                                      政府は内閣人事庁の新設などを柱とする国家公務員制度改革基本法案を閣議決定し、国会に提出した。

公務員制度改革は与野党が共同で取り組む格好のテーマだ。民主党も速やかに対案を示し、国会審議を通じてよりよい改革案を練り上げてもらいたい。

朝日は、政府が決めた改革基本法案では、何の改革にもならないという。読売は、自民党内でもおおもめで、ちょっと怪しい内容との見方だ。日経は、民主党も対案を示し、国会で審議すべきという。

いずれにしても、政・財との癒着が、取沙汰されていて、国民に不明瞭な事案が耐えない。日本の将来のとって極めて重要なことであるのと、国民の多くのが関心を持っているので、国会で真剣に議論してもらいたい。

旅たちの日に

15401小嶋 登   作詞                                            坂本 浩美  作曲                                           松井 孝夫  編曲 

『旅たちの日に』

白い光の中に 山並みは萌えて
遙かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ
自由をかける鳥よ 振り返ることもせず

勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

懐かしい友の声 ふとよみがえる
意味もないいさかいに 泣いたあの                                  心通った嬉しさに 抱き合った日よ
みんな過ぎたけれど 思い出強くだいて

勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

今 別れの時 飛び立とう 未来信じて
はずむ 若い力 信じて
この広い この広い 大空に

この歌が中学校の卒業式に歌われている学校もあるそうだ。確かに、いい歌である。私は、戦前生まれで、戦争の悲惨さを体験している一人である。軍歌ばかりが流れていた時代である。それから、60年以上経っている。時代の流れで、学校の卒業式に歌うのは、いい事だと思う。 夢と希望の持てる詩の内容で若者の心に響く歌だ。

そんな、時代背景のなかで、「秋川 雅史が、アルバム収録曲として異例の有線チャート急上昇している。4月4日付の有線チャート J-POPランキングで、21位(キャンシステム調べ)にまで上昇。「旅立ちの日に」は、今卒業式で最も歌われている合唱曲。今年も数組のアーティストがカヴァーしているが、卒業シーズンだったこともあり、リクエストが急増したものと思われる。」と言うことらしい。

それはそれ、遠くに暮らしている孫の『坊主』も幼稚園を卒業し、いよいよ小学校である。幼稚園の卒園式には、                                                       ♪春のことです 思い出してごらん                                  あんなことこんなこと あったでしょう
ポカポカお庭で 仲良く遊んだ きれいな花も咲いていた

何んて、歌ったのかなあ・・・

♪春の小川は♪

今日の名言

春は空からそうして土からかすかに動く。

長塚節『土』

271囀や真白き葉書来てゐたる 浦川聡子

新聞やダイレクトメール、事務連絡の茶封筒などに混ざって、葉書が一枚。白く光沢のある絵はがきの裏、宛名の文字は見慣れた友人のもので、旅先からの便りだろうか。白は、すべての波長の光線を反射することによって見える色というが、人間が色彩を感知するメカニズムについて、今さらのように不思議に思うことがある。

数学をやりながら、数式や定理がさまざまな色合いをもって頭の中に浮かぶ、と言う知人がいた。どんな感覚なのか、残念ながら、私は色のついた数式を思い浮かべることはできない。どちらかといえば視覚人間、コンサートに行くより絵画展へ、句作の時もまず色彩へ視線がいくのだけれど。

この句の作者は、音楽に造詣が深く、音楽にかかわる秀句が多いことでも知られており、視覚と聴覚がバランスよく句に働いている。メールが通信手段の主流となりつつある中、春風に運ばれてきたような気さえするその葉書に反射する光と、きらきらと降ってくる囀に包まれて、作者の中に新しいメロディーが生まれているのかもしれない。『水の宅急便』(2002)所収。(今井肖子)

自宅の近くの片倉城址公園に水車小屋がある。一年中水も涸れないで、回っている。市の公園課でメンテナンスをしているからだと思うが、無人であるので子ども達がときどき悪戯している。

水は湧き水であるので、冬場になると少なく、春になると多くなるようだ。春になるとあちこちから、砂を巻き上げ石を磨いて吹き上がる湧き水が集まって小川となるが、キラキラと太陽に光って、急な坂道を下って水車小屋の大きな水車を回すのである。

子供のころの歌った、♪春の小川は、さらさらいくよ、 岸のすみれやれんげの花に、にほひめでたく、色うつくしく、咲けよ咲けよと、ささやく如く。♪♪を思い出す。

そうして、だんだん陽射しが強くなって、小鳥の囀る声も大きくなり、草ものび木の芽も大きくなって、季節は移り変わっていくのだ。自然のちからを感じるのである。

2008年4月 4日 (金)

中学の卒業文集は・・・

 24191                                                          

夕方5時のテレビ朝日スーパーJチャンネルで、中学生自信で作ったものだから、大目に見たという。しかし、教育委員会などの意見は無かったのか・・・。

いくら自主的に行われたと言っても、項目が酷い、これで卒業文集を纏めても将来、反省して見ても遅い。何か後味の悪い卒業文集となった。学校に教職員やPTAの方は、どんな感想を持っているのかなあ・・・。

内容は次のとおりである。山梨県甲斐市の市立中学校が今春作製した2007年度の卒業文集に「将来橋の下で暮らしそうな人」「首相官邸に放火しそうな人」などの項目で生徒のランキングが掲載されていたことが4日、分かった。

文集配布後の3月中旬、名前を掲載された生徒の保護者から「不適切な内容があり、子供の心を傷つけた」と指摘があり、学校側は生徒宅を訪れ陳謝。この生徒に配られた文集はランキングのページを削除したが、文集の回収はしなかったという。

甲斐市教育委員会によると、ランキングはクラスごとに行った生徒のアンケートに基づき全4クラス分を掲載。「優しい人」など肯定的な項目がほとんどだったが、一クラスに不適切な項目があった。

文集の内容は、各クラスの編集委員の生徒が中心となって考えたが、担任教諭が最終的に確認していた。

いま世界のお金の流れは

539571世界のお金の流れは一体どうなるのか、NHKのニュースで海外の投資家が日本株の売買は戦後二番目の売り超しだそうだ。そこで、景気どうなるのだろうと心配するのは、私だけではないだろう。一体世界中のお金は、何処に流れて行くのだろうと考えて見た。

ちょっと、投信をしているが大分損をしている。何かいい方法はないものか自分なりに考えて見た。そして世界は、今何に注目しているのだろう。BRICS諸国が注目されていると言われるが、アメリカの経済は、サブプライマルローンで、大きくダウンしその余波で原油高・ブラジルのバイオ燃料とオーストラリアの水不足で小麦が30パーセントも値上がりして、日本経済に大きなダメージだ。

このところの世界経済の不安定さと日本のねじれ国会での審議のもたつきなどで、日本経済も大揺れであるが、この状態が何時まで続くのか、どの方向にう向かうのか、はっきりした展望はないと言えよう。

先月の東京、大阪、名古屋の3つの証券取引所で海外の投資家が日本株を売った金額は、買った金額を1兆2982億円上回る大幅な売り越しとなったという。

お金は、いろいろな生産に伴って発生して、その生産物を消費する所で消滅する。お金を生み出すのは生産による。このため、相対的に高い生産物を大量に生み出す地域にお金が生まれることになる。

この地域は、石油の中東、雑貨など工業製品の中国、自動車や部品の日本である。この3地域にお金が集まることになる。この3地域のお金を追うと、中東は欧米の株やイスラム圏諸国への投資、日本はBRICS諸国やベトナム、南アなどの世界各地に投資している。

中東はイスラム諸国への投資にはイスラム金融で行うために利子を取れない。このため、共同出資という形で利益を配分するというようなことをしている。このため、欧米投資では欧米の企業株を持つことになる。これによって、中東諸国の大金持ちは欧米優良企業の大株主になっている。

ミトコドリアの研究

287_field111今朝の読売新聞に日本の医学会で素晴らしい発明の記事が載っていたので興味があるので記して見た。

細胞内の小器官「ミトコンドリア」の遺伝子変異が、がん転移を引き起こすことを、筑波大大学院生命環境科学研究科の林純一教授らの研究チームが世界で初めて突き止めた。

新たな治療法に道を開く成果で、4日付の米科学誌サイエンス(電子版)に発表する。

研究チームは、マウスの転移しやすいがん細胞のミトコンドリアを、転移性のないがん細胞に移植した。その結果、がん細胞は転移性を持つようになった。

このがん細胞には、ミトコンドリアに特有の遺伝子変異があり、生体に有害な活性酸素が作り出されていた。高濃度の活性酸素にさらされたがん細胞の一部が、死ににくくなり、転移性を獲得するらしい。

さらに、このマウスに活性酸素を抑える薬剤を飲ませたところ、がん転移が抑えられた。同様のメカニズムは人の細胞でも確認できた。林教授は「ミトコンドリアの異常が人のがん転移にどの程度かかわっているのかを突き止め、治療にいかしていきたい」と話している。

辞書では・・・                                                                         すべての真核生物の細胞質中に存在する、糸状または顆粒(かりゅう)状の細胞小器官。内外二重の膜に包まれ、内部にクリスタとよばれるひだ状突起がある。呼吸およびエネルギー生成の場で、電子伝達系やトリカルボン酸回路などに関与する酵素群をもち、一連の反応によりATP(アデノシン三燐酸(りんさん)の合成を行う。細胞の核とは別にDNAをもち、独自に分裂によって増殖する。糸粒体。糸状体。コンドリオソーム。

ガンの発症率は、何か年々高まるようなきがする。食文化の変化(欧米化)でなるのかもしれないが、この研究がガンの治療に生かされれば、ガン患者にとって朗報となる日も近いと期待したい。

定年退職

今日の名言

貧しくても、生活を愛したまえ。

ソロー『森の生活』(下)

06oga_toga11もう勤めなくてもいいと桜咲く 今瀬剛一

定年退職者の感慨だ。サラリーマン時代には、花見といっても、どこか落ち着かない気分があった。見物していてもふいっと仕事のことが頭をよぎったり、いくら楽しくても明日のために早く帰宅せねばと気持ちが焦ったり、開放感がいまひとつなのだ。

そこへいくと作者のように、晴れて定年退職した身には、たしかに桜が「もう勤めなくてもいい」と咲いているように思えるだろう。仕事や出勤のことを気にしなくてもよいのだから、余裕たっぷりで見物することができる。

おそらくは、生まれてはじめてしみじみと見上げることのできた桜かもしれない。しかしながら人間とは複雑なもので、そんな開放感を味わいつつも、今度はどこかで「もう勤めなくてもいい」、会社に来なくてもいいという事態に、作者は一抹の寂しさを感じているような気もする。昨日のTVニュースでは、各社の入社式の模様が報道されていた。

働く意欲に溢れた若者たちの緊張した表情が、美しくも眩しかった。とはいえ、若者たちにだとて複雑な思いはあるわけで、感受性が豊かであればあるほど、やはりこれからの長年の勤務のことが鈍く心の片隅で疼いていたには違いない。定年退職者の開放感寂寥感と、そして新入社員の期待感と重圧感と……。

それら世代を隔てた種々の思いが交錯する空間に、毎春なにごともないような姿で桜の花が咲くのである。「うすうすと天に毒あり朝桜」(宗田安正)。二句ともに「俳句」(2006年4月号)所載。(清水哲男)

定年から十年も経つと、その開放感と寂寥感は通り超えて、時々自分自身を慰めれているのは、会社の幾つかのOB会に出来るだけ出席する事である。しかし、その時先輩の方の訃報を耳にすると、たまらない寂寥感に陥るのである。

80代に向かって突き進んでいるだなあ・・・そうしたら、今でしか出来ない事をしないといけない。今はボランテアで、忙しく毎日を送っているが、これでいいのか反省するばかりである。

そして、「今が一番しあわせな時だと言うことを認識することだ」と心に言い聞かせている。また、「出来るだけ、周りの人に迷惑をかけないで、人生を終らせたい。」と願うのである。

2008年4月 3日 (木)

桜が咲いたが・・・

07sakuira_seisikoen21世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 在原業平 

世の中に一切、桜というものがなかったら、春をのどかな気持ちで過ごせるだろうに、という歌。

「渚の院」は淀川の近くにあって、交野での狩の拠点として使われた。業平が惟喬親王(これたかしんのう)のお供としてそこにいる様子は「伊勢物語」の第八十二段に描かれている。

  詞書ではその色をつけていないが、「伊勢物語」にあるように、花見の席でのたわむれから出た歌であろう。つまり発生時には特に堅苦しい意味が含まれていたとは思えない。ただ、皆が楽しんでいる中でこのような歌が浮かぶ心の背景には、自分とは距離を置いて相対して立つ 「桜」を見る醒めた目がある。

それが象徴化された源流をたどれば、そこには心惑わせるものとして女性の姿や、物質的・社会的な豊かさを誇る藤原氏の栄雅が見えてもおかしくはない。無意識とか潜在意識というとありきたりだが、ただの花見での皮肉なこの歌は、業平自身が思ってもいなかったかたちで、親しい惟喬親王への 「呪」となってしまったのではないかとも考えられる。

惟喬親王が伝えられるように聡明な人間であれば、いかに父・文徳天皇の意思があっても、自分が天皇になる目がないことはわかっていたはずで、それがわかっていながら第一皇子である自分の立場との矛盾に悩むことが多かったであろう。

簡単に言えば、あきらめるか、あきらめないか、その狭間で揺れ動く親王に対し、側にいる業平の態度は当然 「あきらめない」方のポジションであったはずである。しかし業平が自らに対して放った歌は、近くにいた、免疫力の少ない。

つまり内在する自分の歌の力で外からの歌の影響を跳ね返すことのできない親王へ 「感染」したと見ることもできる。満開の桜を前にその存在を言葉で消す業平の歌は、惟喬親王にとって次の読人知らずの歌と同等に響いたのではないだろう。

今の世の中、国際化し世界中の人と交流が出来る。生まれも、人種も違う文明が重なり合って、一つの文化が生まれる。いわゆるマトリックス化されて一層複雑して来た。だから、桜が咲いたと言っても、「それがどうした」と言ってしまい全く無粋な人がいる。

私も、上野公園の桜を見に出かけて驚いた。人の数桜どころでない、人人で動きが取れない。木の上の桜を見ていて、スリに遭ったらと思うと、おちおち上を見上げてはいられない。

埃とどよめきと、ゴミの多さにびっくりだけで、こんな思いでは、桜なんて要らない。

日米地位協定

Odaiba971遺族とすれば、歯がゆい警察の動き、何とか早い犯人逮捕が出来なかったのだろうかと地団駄踏んだことだろう。日米地位協定という、厄介な壁があったので沖縄少女暴行事件で見直しされて改善されたと言うが、まだ日本人のような訳にはいかない。

日本側は、日米合同委員会で、日米地位協定の運用改善合意に基づき、起訴前の米兵引き渡しを要求していた。起訴前の米兵身柄引き渡しは、平成7年の沖縄少女暴行事件を契機にした運用改善合意後、5例目になる。
ウグボグ容疑者は2日、横須賀基地内で捜査本部の事情聴取を受け、「自分が刺した」などと犯行を認めた。捜査本部は犯行状況や事件前後の足取りについて裏付けを進め、タクシー料金を支払っていなかったことなどから、強盗殺人容疑で逮捕状を請求していた。
 ウグボグ容疑者は、横須賀基地を拠点にするイージス巡洋艦「カウペンス」の乗組員。3月8日に基地を脱走し、事件発生後の同22日午前、東京・五反田で脱走罪で米海軍に身柄を拘束された。
 凶器となった包丁(刃渡り約20センチ)について、東京都内に住む米兵の知人女性が米海軍に「自宅からなくなった包丁に似ている」と説明しており、捜査本部は動機や経緯などを本格的に追及する。
 高橋さんは19日午後9時半ごろ、横須賀市汐入町の路上に止まっていたタクシーの運転席で、首を刃物で刺されてシートベルトをつけたまま死亡していた。

経済のグローバル化・国際化は、益々進み人の交流は、一層進むことだろう。それに対しての犯罪防止策はそれなりに対応をとらないといけない。

いずれにしても、気をつける事である。それには、危ないところに行かないこと・自分の事は自分で守ることである。

子供が生き甲斐

04_10241今朝の二大新聞のコラムに青森県八戸市で母親が子供を絞殺した事件が、「天声人語」「余禄」に書かれていた。それだけ衝撃的事件であるだけでなく、日本の多くの国民が考えさせれる事件である。

「子供が生き甲斐」と周囲に話していた母親の西山未紀容疑者(30)は、自らの手で長男、拓海君(9)の命を絶った。明確な動機は明らかになっていないが、一部では「生活苦からの絶望」との声もあがる。シングルマザーを犯行に駆り立てた苦悩は計り知れない

朝日新聞天声人語(抜粋)                                        『荒城の月』の詩人、土井晩翠が生まれた仙台市は毎年、東北を中心に小学生の詩を募る。「晩翠わかば賞」である。昨秋の第48回で佳作となった作品に「おかあさん」がある

〈おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺはぷにょぷにょ/ふくらはぎはぽよぽよ/ふとももはぼよん/うではもちもち/おなかは小人さんが/トランポリンをしたら/とおくへとんでいくくらい/はずんでいる/おかあさんは/とってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい気もちいい/ベッドになってくれる〉。

きっとふくよかであろう、優しい母の笑顔が浮かんでくる。作者の西山拓海(たく・み)君はおととい、青森県八戸市の家で9年の生を閉じた。電気コードで首を絞めたと認めた母親(30)が逮捕された。

読売新聞編集手帳(抜粋)                                      若山牧水は、酒を愛した。〈我とわが悩める魂の黒髪を撫づるごとく酒を飲むなり〉。幕末の歌人橘曙覧(たちばなあけみ)は、貧しくとも親子が寄り添う家庭を愛した。〈楽しみは、妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時〉。

こどもたちと手まりつく春の日を愛した良寛は・・・。桜を愛した西行は・・・。夫鉄幹を愛した与謝野晶子は・・・。と挙げていけばきりがない。詩人はその人にとってかけがえのない宝物の上に宿るらしい。

9歳の我子を殺すとは

07kitayamazaki_yoakemae11何ともやり切れない、青森県八戸市で母親が子供を絞殺した事件。「子供が生き甲斐」と周囲に話していた母親の西山未紀容疑者(30)は、自らの手で長男、拓海君(9)の命を絶った。明確な動機は明らかになっていないが、一部では「生活苦からの絶望」との声もあがる。美人シングルマザーを犯行に駆り立てた苦悩は計り知れない。

  「昔から、文句のつけようもないくらい、いい子だった。今まで出会った中で一番信用できる友達だった。真面目すぎるくらいだったから、その間になにか気に病んだことがあったのかな…」

関係者によると、西山容疑者は拓海君と同じ地元の小中学校を卒業。学生時代は「運動神経も良く、頭も良かった」と評判の優等生で、中学ではバレーボール部に所属。その後は地元の県立商業高校に入学。卒業と同時に東京の会社に就職したという。だが、拓海君が小学校に入る前後に突然、2人で帰郷。すでに夫はいなかった。

 一家をよく知る主婦(74)は「拓海君には同居する祖父のことを『パパ』と呼ばせていた。父親がいないことで淋しい思いをしないように、との配慮だったのかもしれない」と話す。

 明確な動機は不明のままだが、取り調べには素直に応じているという。西山容疑者は最近、勤めていたパートを辞めており、現在は無職。「将来の生活を悲観していた」との声も聞かれ、通院していたとの情報もある。 八戸署は3日にも、西山容疑者を送検し、詳しい事情を聞く方針。(zakzakより。)

9歳という子供を手をかけて殺すという親の心境は、想像も出来ない。よっぽどの思いがあったのだろう。二人両親が揃っていても、生活が大変な人がいる。シングルマザーという世間の目の厳しさに耐え切れなかったのかも知れない。

母子家庭の環境は田舎では、大変という事は分かる。近所の方や親戚の方に悩みを聞いてもらい、相談に乗ってもらう方法は無かったのか、今となてはすべてが遅い。

片倉城址公園

今日の名言

世は定めなきこそいみじけれ。

兼好法師『新訂 徒然草』

Middle_11454516851花冷や石灯籠の鑿のあと  武田孝子

季語は「花冷(え)」で春。桜の咲くころでも急に冷え込むことがあるが、そのころの季感を言う。神社か寺か、あるいはどこかの日本庭園だろうか。いずれにしても花を見に訪れたのだが、折り悪しく「花冷」とぶつかってしまった。

たとえ花は満開だとしても、やはり花見は暖かくてこそ楽しいのである。それがちょっと肩をすぼめるような気温とあっては、いささか興ざめだ。このようなときには、気温の低さが平素よりも余計に肌にさすと感じるのが人情である。

掲句はその微妙な心理的感覚を、そこに置かれていた地味な「石灯籠」に鋭い「鑿(のみ)のあと」を認めた目に語らせているというわけだ。ことさらに寒いとか冷え込むとかとは言わずに、石灯籠の鑿のあとを読者に差し出すだけで、作者のたたずむ場の冷え冷えとした情景を彷佛とさせている。

一部の好事家は別として、日頃はさして気にもとめない石灯籠に着目し、その鑿のあとをクローズアップした構成が、この句の手柄と言えるだろう。

句集のあとがきによれば、作者は母親が俳句好きだったことで、小学生のころから俳句に親しみを覚えていたというが、さもありなむ、五七五が俳句になる肝どころをよくわきまえた作法だ。長年俳句作りに熱心でないと、なかなかこうは詠めないと思う。派手さはないけれど、いわゆる玄人好みのする一句である。『高嶺星』(2006)所収。(清水哲男)

春になると直ぐ前の片倉城址公園に桜を見に行く、また池のほとりに咲くカタクリの花は、可憐な感じで何ともいえない、いにしえの面影を残し連日大勢の見物客が来ている。

JR横浜線片倉駅西方の小丘陵に存在する片倉城は、鎌倉期から室町末期まで八王子南部を支配した長井氏が築城したと伝えられている。長井氏は鎌倉幕府別当大江広元の子孫であり、室町期には扇ヶ谷上杉氏に属していたようである。

建保元年(1213)和田合戦に加勢した武蔵七党の横山党が敗れて族滅した後、横山氏の領地を得た幕府政所別当大江氏の本城が片倉城である。横山氏の本拠は現在の八王子市の中心地に位置したが、大江氏は南側の相模平野が望める台地上に移った。

大江氏は古代氏族の土師氏を先祖とし、菅原氏と同様に大江(初めは大枝)氏を賜姓した京都の貴族であった。八幡太郎源義家に兵法を伝授したと『古今著聞集』に載せる大江匡房の曾孫の広元は、母の再婚によって中原広季の養子となった。同じく広季の養子で相模国で育った義兄の中原親能が頼朝と親しかった縁から、広元も鎌倉に招かれ、幕府草創期に行政と京都朝廷との折衝を担当して活躍した。

片倉城は大江広元子孫の大江師親あるいは長井道広が在城したといわれる。一族の毛利季光は相模国毛利荘(神奈川県厚木市)を領し、三浦泰村の宝治合戦に見方して北条氏に滅ぼされたが、末弟経光が継いで安芸国毛利氏の祖となった。
ら、小高い岡にある公園には、よく遊び、学んだ思い出がある。遠く鎌倉時代の大江広元の話を年寄りから聞いたりして、親しみのある公園である。

2008年4月 2日 (水)

野良坊

今日の名言

人間は、努力をする限り、迷うものだ。

ゲーテ『ファウスト』(第一部)

05tasiroike11茎立ちや壁をつらぬく瓦釘石井孤傘

季語は「茎立(ち)」(のらぼう)で春。「くくだち」あるいは「くきだち」と読む。暖かくなってきて、大根や蕪、菜類の花茎が高く抜きんでることを言う。揚句の前書きには「粗忽(そこつ)の釘」とあって、落語の演目の一つだ。したがって、この噺を知らないと、句の意味はわからない。

噺は、粗忽者の大工が長屋に引っ越してくるところからはじまる。箒をかけたいので長い釘を打ってくれと女房に言われた男が、長さも長し、八寸もある瓦釘を柱に打つつもりが、手元狂って壁に打ち込んでしまった。なにせ貧乏長屋のことだから、壁は隣りの物音が聞こえるくらいに薄い。壁をつらぬいた釘は、当然隣家に突き抜けているはずだ。さあ、大変。

とにかく謝ってこようということになり、男が隣家を訪ねたまではよかったのだが……(この噺はここで聞けます)。つまり揚句のねらいは、うっかり壁をつらぬいてしまった瓦釘を、これも茎立の一つだとみなした可笑しみにある。

いかにも暢気で茫洋とした春らしい見立てだ。と、微笑する読者もおられるだろう。実は、揚句の載っている句集は、他もすべて落語をテーマにした句で構成されている(全377句)。

なかで揚句は巧くいっているほうだと思うが、全体的にはいまいちの句が多いと見た。笑いに取材して、新たな笑いを誘い出すのは、至難の業に近いようだ。『落語の句帖』(2007)所収。(清水哲男)

「のらぼう」とは、のらぼう菜は菜花の一種で、五日市周辺では、江戸時代に伊奈備前守がタネを配布して栽培をすすめ、天明・天保の飢饉のとき、このおかげで多くの住民の命が救われたとされる。

冬の寒さにあって春に育つのらぼう菜は、おひたしにすると、くせのない甘さ・おいしさで、色が鮮やかで歯ざわりよく毎日食べて飽きない。ごま和えや、芯に薄く衣をつけてあげるてんぷらもおすすめだ。

恥ずかしながら、この野菜を知ったのは、10年ぐらい前だ。子供の頃は、食したかどうか分からない。農家の人でも、市場に出すほど、耕作していなかった?私は農家育ちだが知らなかったのは、不思議でならない。

なにか、山形米沢の上杉鷹山を思い出した。空木(卯の花)を農家の垣根に植えることを奨励したそうだが飢饉のときに備えたのと似ている。

2008年4月 1日 (火)

見て見ぬふり

539571最近、テレビのニュースを見て、自分だったらどうするか考えたが、恥かしながら、結論が出なかった。                                                   バス内で携帯電話の使用を注意した乗客の男性に暴行して死亡させたとして、三重県警松阪署は29日までに、傷害致死容疑で同県大台町佐原、無職中田義一容疑者(58)を津地検に送検した。
「腹の立つ言い方をされたため、カッとなった」と供述している。バスは松阪競輪場発松阪駅行きの臨時便で、中田容疑者は約10分間暴行を続けたが、乗り合わせた約30人は誰も制止しなかったという。調べによると、中田容疑者は26日午後4時40分ごろ、松阪市愛宕町付近を走行中の三重交通の臨時バス内で、鈴木護さん(61)=四日市市小杉町=に通話を注意されたことに立腹。胸ぐらをつかんだり、座席に押さえ付けたりするなどの暴行を加え、死亡させた疑い。(以上:時事通信)

最近はもうこんな記事を読んでも、確かに驚きもしなくなった。社会がしらける過程というのは、まさにこんな状況なのかも知れない。私一人がガタガタ言っても、どうにもなるものではなが、でも実際そのバスに乗り合わせていたなら、どういう行動を取れたか、想像できない。少なくても視線を送って、他の乗客に協力してもらうような行動をとるぐらいはできたかな・・・また、バスの運転手さんに車を止めて、止めるように説得しただろう。

常識的に考えたら、運転手は車内のトラブルを察知した時点で、車内放送できつく注意を促すか、それでも収まらない場合は、バスを速やかに歩道側につけ停車し、自らが直接トラブルの制止に努めるべきなのではないだろうか。
それでも収まらない場合は、警察を呼ぶなり何なり策はいくらでもあったはずだ。約30人いたという乗客が、この「殺人劇」を止めずに傍観したことが大きく取り上げられているが、世の中、「見てみぬふり」の人が多くなったように思う。

これでまた、マナーを犯す確信犯のチンピラが大いに勇気づけられ、この手の悪行が増えることも予想される。

後期高齢者医療制度始まる

07murasugi_watasuge11 後期高齢者医療制度とは
NHKwebより
新しい医療制度は、増え続けている高齢者の医療費を抑制するため、75歳以上の高齢者およそ1300万人を対象に、1日から新たに設けられるものです。
この制度で、患者が医療機関の窓口で支払う自己負担の割合は、所得が多い人を除いて、これまでと同じ1割ですが、子どもの扶養家族になっていた人など、これまで保険料を払って
いなかった人も含めて、すべての人が保険料を負担することになっています。
保険料は、制度を運営する都道府県ごとに異なりますが、全国平均では月額およそ6000円となっており、毎月の年金額が1万5000円以上あれば、原則として、年金から天引きされます。
また、新たに保険料を負担する一部の高齢者については、激変緩和措置として、4月から半年間、保険料の支払いが免除されるほか10月からの半年間も、本来の保険料の1割のみとなります。一方、保険料を1年以上滞納すると、特別な事情が認められないかぎり、健康保険証を返還するよう求められ、窓口で、医療費をいったん、全額支払わなければならなくなります。
この制度をめぐっては、高齢者の負担が大きいうえ、医療の質の低下につながるという批判があり、民主党、共産党、社民党、国民新党の野党4党は、制度を廃止するための法案を衆議院に提出しています。
赤旗記事から
新制度が始まると、後期高齢者(75歳以上)は現在加入している国保や健保を脱退させられ、後期高齢者だけの独立保険に組み入れられる。

現行制度との大きな違いは、家族に扶養されている人を含めすべての後期高齢者が保険料の負担を求められ、大多数が「年金天引き」で保険料を徴収されるようになる(「天引き」対象は年金が月1万5000円以上)。

保険料額は、今後、条例で都道府県ごとに決まる予定ですが、全国平均で年7万2000円(月6000円)になると政府は試算している。介護保険料(全国平均4090円)とあわせると、多くの高齢者が、毎月1万円を「天引き」される。

年年歳歳花相似

今日の名言

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

夏目漱石『吾輩は猫である』

07yamazakura_kitakami11部屋ごとに時の違へる万愚節 金久美智子

万愚節(ばんぐせつ)、四月馬鹿、エイプリールフール。といっても、実際に他愛ない嘘をわざわざこの日のために用意している人は、少なくともわたしのまわりにはいない。起源はヨーロッパとも、インドともいわれるが、日本では「嘘」や「馬鹿」など、マイナスイメージの言葉を使っているせいか、いまひとつ浸透していない祭事のひとつだろう。

しかし、俳句になるとその文字が持つ捨てがたい俳味が際立つ。身の回りの「愚かであること」はたやすく発見できるものだが、それは排除につながらず、どこか愛おしくなるようなものが多い。

掲句は時計が時計の役目を果たしていないという現実である。しかし、そこには時を刻むことが唯一の使命のはずの時計に、それぞれ進み癖やら遅れ癖を持っているという人間臭さを愛おしむ視線がある。さらには「リビングは少し早めに行動したいから5分進めて」「寝室のはぴったり合わせて」という人為的な行為と相まって、ますます時計は時計の本意から外れていく。

結局テレビに表示される時計を見るだけのために、テレビを付けたりしているのである。それにしても現代の家電にはあらゆるものに時計が付いている。微妙に狂った時計たちが休むことなくせっせと時を刻んでいるのかと思うと、ちょっと切ない。「続氷室歳時記」(2007・邑書林)所載。(土肥あき子)

今日は4/1である。日の出 05時28分 : 日の入 18時03分 月の出 02時31分 : 月の入 12時41分

平成20年度の始まりである。暫定税率の期限切れで、いよいよ始まるガソリンの値下げ。都市部の一般ユーザーはおおむね歓迎ムードだが、複雑な思いの人もいる。「期限切れで身近な道路の整備が進まなかったら……」。地方からはそんな声が聞こえてくる。運輸業界には「荷主からの値下げ圧力が強まる」と警戒感が広がる。

現実的に、万愚節とはいかなかった。これ程、政治が生活に密接に係わりあう事はないだろう。昨夜12時ごろに、25円安く入れようと行列を作った、ガソリンスタンドがあったそうだ。

しかし、生きていくと色々なことに出っくわすことだなあ・・・毎年毎年時が来ると、桜の花が咲き春が来て、太陽の照りつける夏が来て、紅葉の秋が来て、雪の降る冬が来る。時の過ぎるのは、同じだろうが、人の住む社会は大分違う。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」の中国、初唐の頃の詩人、劉廷芝の詩「代悲白頭翁」のなかの詩句を思い出す。

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