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2008年3月

2008年3月31日 (月)

テレビの大食い番組は止めて

33s1

3/30毎日新聞 「余禄」「二人の食卓」

20円で何が買えるだろう。近くのコンビニエンスストアで軽食類の棚を見渡すと、一口サイズのチョコレートやミニパイが税込み1個21円だった。口寂しい時に手ごろだが、内臓脂肪や血糖値がちょっと気になる。

20円あれば、飢餓に直面するアフリカやアジアの国々では、学童1人が1回給食を受けられる。飽食する先進国の大人たちが、食費の一部を給食支援に回して「食の不均衡」を解決しよう。そう呼びかけている国際貢献活動が「テーブル・フォー・ツー」(2人の食卓)だ。

世界経済フォーラムに参加した日本人グループが提唱した。これに共鳴する企業が、昨年から次々協力している。社員食堂に低カロリーメニューを設け、代金のうち1食につき20円を、世界食糧計画(WFP)を通じた寄金に充てる。毎日新聞社も4月1日から参加する。

途上国の貧困や政治混乱はなお続く。バイオ燃料の原料として注目される農産物の価格が高騰し、危機的状況はさらに広がりつつある。日々の食に事欠く地域の子供たちにとって、学校に行けば給食があるというのがどれほど心強く、うれしいことか。

日本の学校給食も明治時代に、不作にあえぐ東北地方の欠食児童対策として始まった。太平洋戦争後には食糧難の都会っ子救済から復活した。いま50~60歳代の人なら、脱脂粉乳の給食にほろ苦い思い出があろう。そんな体験を持つ日本が、先頭に立つ意義は大い。

ヘルシー食で肥満や生活習慣病克服、の狙いもあるが、それはおまけと思えばいい。飢えた子供たちと同じ食卓を囲み、食事を分かち合う心を持ち続けたい。思いやる気持ちの一層の広がりを、切に願う。

それにしても、最近テレビの視聴率を上げることで、命を賭けているいるような感じさえうける番組が多すぎると思うのは私ばかりではないだろう。

特に、夕方5時17分より、TBS・日本放送・フジテレビなどは、大食いする女をタレント化してまでして番組を盛り上げているようだ。何時もこの時間が来たら、チャンンルを変えるのである。満足に3度の食事すら出来ない国もある。いや日本だって、食べられない子供もいる。このことをデレクターの方や、スタッフの方は考えたことが、あるだろうか?

閉店で大きな食堂などのゴミ箱をあさる、ホームレスの人もいる。消費は美徳・飽食の時代と言われてきたが、日本の食糧需給率40㌫未満だそうだ。殆どが輸入である。その輸入がバイオ燃料に変換されて行くという。時代は確実に変わっている。むかしから食べ物を粗末にすると目が潰れるといわれ、尊い物と教えられてきた。

米は、八十八の手間が掛かる。簡単に手に入るが、それだけ崇高な物だということを教育の現場で教えてもらいたい中である。もっともっと、エンゲルケースは上がる前に、対策を考える事と、優しさと他人を思いやる人間社会を作るうえでも、大食い競争のような番組は、やめて欲しい。

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治安の意識

犯罪に巻き込まれる不安70%…読売世論調査

3月30日22時40分配信 読売新聞


読売新聞社の年間連続調査「日本人」によると、自分や家族が何らかの犯罪に巻き込まれ、被害者になるかもしれないという不安を感じている人は「大いに」と「多少は」を合わせて70%に上り、1998年12月の前回調査から13ポイント増加した。
こうした不安感の高まりを反映し、安全を守るためには、ある程度のお金がかかっても防犯対策をする必要があると思う人は79%に達した。「安全はタダ」という国民意識は過去のものとなっているようだ。
調査は「治安」をテーマに15、16日に面接方式で実施した。
犯罪被害者になるかもしれないという不安を感じている人に、具体的に懸念する犯罪を複数回答で聞いたところ、「詐欺や悪徳商法」58%、「ピッキングや空き巣」57%、「ひったくりやスリ」45%--が多かった。
こういった内容となった理由は何か、道徳教育・愛国心・家族形態・友達関係・国際化・メデアの多様化などがあげられるが、社会の規範意識の崩壊であろうと思う。
一部政治の不安定化などをあげる人もいるようであるが、このままで、いい筈がない。
これは、防災時のとる基本的行動と同じである。先ず、自分自身の安全・家族の安全・地域の安全(自助・共助・公助)の順で行動の安全を確保するということだと思う。
「100の鍵より一つの心がけ」「油断禁物被害あり」「たら・ねば では遅い」などが思い浮かぶ。

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川遊びと桜

今日の名言

顔にお白粉を塗れば十分なので、心にまで塗る必要はない。

モンテーニュ『エセー』(六)

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            むかし遊んだ近くを流れる湯殿川

手枕は艪の音となる桜かな あざ蓉子

艪(ろ)の水音と桜の取り合わせが素敵だ。広辞苑によると、舟を漕ぎ出すときに使う艪の掌に握って押す部分を「腕」水をかく部分を「羽」と呼ぶらしい。そういえば艪を左右に広げて舟を漕ぎ進む格好は羽根を広げて空をゆく鳥の姿を思わせる。

とはいっても左右均等に力を入れて艪を扱うのはなかなか難しく、非力な漕ぎ手が艪を漕ぐと前には進まず、ぐるぐる同じ場所を回りかねない。公園のボートであろうと、思い通りに進むのは難しい。

掲句は桜の木の下に手枕をして寝転がって桜を見ているうち、夢うつつの不思議な気分になっている状態を表しているのだろう。もしくは桜を見ているうちに眠くなって人声が遠くなっていく様子を表しているのかもしれない。

いずれにしても居眠りをする「舟を漕ぐ」や熟睡の状態の「白川夜船」といった眠りにまつわる言葉が句の発想の下敷きにあるかもしれないが、そんな痕跡はきれいに消されている。むしろ「手枕」が「艪の音」になるという、一見唐突な成り行きを感覚的に納得させる手がかりとして、これらの言葉への連想を読み手へ誘いかけてくるようである。

肘を曲げて頭の下に置く手枕が艪になり、夢心地の不思議な場所へと連れ出されてゆく。最後に「桜かな」と大きな切れで打ちとめたことで、夢は具体的な景となって立ち現れる。艪の水音と桜と夢。青空に光る桜は虚と実が交差する異界への入り口なのかもしれない。『ミロの鳥』(1995)所収。(三宅やよい)

人間は、水に係わる機会が多いというか、水が無ければ生きられない。だから、川の近くに居を構え、生活をして来た。その水を上手に利用し、文化の発達、生活の向上を続けて今日に至った。

むかし、田んぼに水を引く、堰を作り水を貯めた。深まった水の上で大きな丸太を浮かばし、その上で乗って遊ぶのである。岸の両側に咲く桜は見事に咲いて、子供心にきれいだなあ・・・と思った。そして、水は、温かくなり、川の魚達も動きが良くなったような気がした。

丸太は水には良く浮くが、乗ると非常に不安定で、クルクル回ってしまい長い棒で体を支えるのであるが、足元が不安定で、滑って落ちてしまって、全身ずぶ濡れである。そんな経験を思い出す桜の季節である。

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2008年3月30日 (日)

事件に共通するもの

05sikotuko31土浦・山口の痛ましい事件に共通すること

土浦の事件と山口の事件の共通点がある。「まじめで何事にも一生懸命やる子。目立たなくて、おとなしかった」である。
 
精勤賞の表彰を受け、「まじめ」で通っていた。「非常におとなしい」という内向的な性格もと一致している。“行き場のない境遇”も似ている。

「トップクラスの成績」といい、職探しも難航 「就職活動をしているが、仕事が見つからず難しい」 閉塞(へいそく)感にさいなまれていたとみられる2人。現代社会の行き場のない境遇の若者のは、沢山いると思う。

だから、第3・第4の事件は起こる可能性十分あるとおもう。これは相当に根の深い問題で、家庭教育・学校教育に大きな間違えの教育の結果が出たのだろう。これを「他山の石」として、社会人になった若者自信が正道な人の道を歩いていけるよう心がけて欲しい。

また、若者を、親・家族・地域社会・世の中すべての人が、勇気を持って励まし合う社会に努力する事で、このような事件が防げるのだと思う。

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暫定税率と首相の考え

Center171NHKwebより
この中で、福田総理大臣は「ガソリンに賦課されている今の税率を下げ、安いガソリンで二酸化炭素の排出を助長し、西欧先進国の環境問題への取り組みと逆行するようなことはすべきでなく、まして北海道洞爺湖サミットが開かれることし、日本はガソリンの価格を下げたと胸を張って言えるかどうか。少なくとも今の暫定税率の水準は維持しなければいけない」と述べました。そのうえで、「民主党が主張するように4月1日から暫定税率を廃止すれば、2兆6000億円の税収がなくなり、地方は当然財源不足が生じる。民主党が地方の声を無視してほんとうにそんなことをするのかと思うし、まだまだ話し合いの余地はある」と述べました。そして、暫定税率が期限切れとなった場合の対応について、福田総理大臣は「年度末まで、30日、31日と時間がある。混乱を回避すべく、国民に心配をかけない形で解決するために努力しなければいけない。その先のことを考えるより、その前にすべきことに全力を尽くす」と述べました。また、4月に内閣改造を行う可能性について「今、国会中であるし、税制関連法案など重要な法案が成立していないなかで、内閣改造の話はまったく考えられない。外交日程もあり、今はまったくの白紙だ」と述べました。さらに、衆議院の解散・総選挙について「国内経済が踊り場にあり、国際的にも金融・経済の不安を抱えているときに、はたして解散して良いのかどうか」と述べ、早期の解散に否定的な考えを示しました。一方、福田総理大臣は、チベットをめぐる問題について「懸念しており、早期にかつ平和的に問題が沈静化することを期待している。中国側には、透明性を確保し、双方が受け入れられる形で対話が行われることを歓迎すると伝えている。声高に批判したり、北京オリンピックと関連させるようなことを今の段階で言うのが適当かよく考えなければならない」と述べました。
今朝のNHKラジオのニュースで地方46都道府県の自治体の長にアンケートをとったら、福田首相の考えに賛成との人は80パーセントであったという。
庶民は25円安いガソリンで買えるならば嬉しい事だ。物価の値上がりは、目白押しとなる4月にガソリンの値下げは歓迎だが、なかなかそうも行かないのかなあ・・・。

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お釈迦様の誕生日

今日の名言

人間は遅疑しながら何かするときは、その行為の動機を有り合わせの物に帰するものと見える。

森鴎外『青年』

08tubaki_takegaki11 椿落ちてきのふの雨をこぼしけり 与謝蕪村

椿というと、どうしてもその散りかたを連想してしまいます。確かに増俳の季語検索で「椿」をみても、落ちたり、散ったりの句がいくつも見られます。これはむろん、句だけに限ったことではありません。若い頃に流行った歌の歌詞にも、「指が触れたら、ポツンと落ちてしまった。椿の花みたいに、恐らく観念したんだね。」というものがありました。椿の花の鮮やかな赤色と、女心の揺れ動きが、なるほどうまくつながっているものだと、いまさらながら感心します。

ところで蕪村の掲句、これも花の落ちることを詠んでいますが、それだけではなく、他のものも一緒に落しています。ありふれたものの見方も、むしろそれをつきつめることによって、別の局面を持つことが出来るようです。

目をひくのはもちろん「きのふ」の一語です。椿に降りかかった雨水が、花の上に貯えられたまま、一日は終えてしまいました。翌朝、水の重さに耐えられなくなったか、あるいはもともと花の散る時期だったのか、散って行くその周りに、水がもろともにこぼれて行く様子を詠んでいます。

水の表面は朝日に、きらきらと輝いているのでしょうか。そのきらめきの中を、どうどうと落ちて行く椿。「きのふ」の一語が入ってくるだけで、句はひきしまり、全体が見事に整えられてゆきます。『四季の詞』(1988・角川書店)所載。(松下育男)

大きな椿の木だろう、昨日散歩、お寺の墓地の境内を突き抜けると見晴しの良い高台になっていて、その角に来たら道路一面に椿に花が落ちていた。見上げると昨夜降った雨で木の天辺のほうに咲き残っている花は、濡れて、重たそう。

4月8日お釈迦さまの誕生日に、慈眼寺で、甘茶かけという行事があって、甘茶を飲ましてくれるということで、毎年楽しみで子供達みんな揃って行った思い出がある。木彫りのお釈迦さまの像に甘茶をかけるのである。像の大きさは50㌢ぐらいの立ち像で「天井天下唯我独尊」である。

そこの像の周りに椿の花が飾られていて甘茶で、濡れて色がちょっと茶色になっていた。雨で落ちた椿の花を見て思い出した。今はその行事が行われているかどうか知らない。

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2008年3月29日 (土)

人の命と桜の花は

07yamazakura_kitakami11人の命と桜の花は、儚い春の夢の如し

最近、生きていることが、幸せと思うようになった。どんなに苦しくとも、生かされている命の尊さを実感できることは、これ以上のものはない。桜の木の下を通りながら、いつ咲くかと空に向けた枝先を眺めていたら、やがてつぼみが膨らみ、あっという間に満開となった。

天候は、無情で、昨夜の雨と風で散らしてしまうと、一年の間花の咲くことに命を賭けて備えたものだが何と儚いことだろうか・・・。人の命と同じである

春さらば かざしせむと 我が思いし 桜の花は 散りにけるかも

春になったら「かざし」にしようと思っていた桜の花は散ってしまった

 あおによし 奈良の都に 咲く花の 匂うが如く 今盛りなり

みやこに青い土があった 奈良の都はいま桜の花盛りではないだろうか

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天下分け目

07bonchi_asayake_hi11 桜は咲いたが、花見どころではない。国会は天下分け目の必死の形相で意地と意地の張り合いとなっている。福田首相の自民党の中からも驚きの妥協?の発言があった。これは、かなり思い切った発言と思うが、民主党は、反論するばかりである。

今朝の朝刊各誌は民主党の考えを批判する論調ばかりである。まあ・・・この話の落しどころといってしまえば、失礼かも知れないが、妥協という言葉を忘れてしまったのかな・・・政治は、国民のためにある。しかし、一部の人のためにあるのではない。このことを忘れないでほしい。

毎日新聞の社説の一部であるが乗せてみた。

特定財源という特別な財布を国土交通省が持つことで厳しいチェックを受けずに道路が建設され続け、政官業の癒着も生まれる。それは自民党政治の象徴であり、改革は国のかたちを変えることになると民主党は主張してきた。

福田首相が今回、廃止を表明したのは、民主党など野党がこの問題に力を注いできた大きな成果だと評価する。実現すれば硬直化している予算の改革につながり福祉や教育など本当に必要な分野に多くの予算が回せるようになるだろう。しかし、民主党の小沢一郎代表は28日も「暫定税率維持が首相の主張で、(会談しても)かみ合わない」と語り、暫定税率の即時撤廃は譲らない考えだ。

 一般財源化には自民党内にも異論は多い。ここで与野党で一気に合意した方が確実に実現するという発想もある。評価すべき改革は後押しをする。むしろ、その方が安心して「民主党に一度、政権を任せてみよう」と思う人は増えるのではないだろうか。

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桜が咲いた

今日の名言

今の世を、百年も以前のよき風になしたく候ても成らざる事なり。されば、その時代々々にて、よき様にするが肝要なり。

山本常朝『葉隠』(上)

07sakuira_seisikoen21もう少し生きよう桜が美しい 青木敏子

美しいものを美しいと詠むのは、できそうでできない。美しい、と言ってしまわないでその美しさや感動を詠むようにと言われたりもする。その上この句の場合、好き嫌いは別として、美しいことは誰も異論がない桜である。桜が美しい、と言いきったこの句のさらなる眼目は、もう少し、にある。

あと何回この桜が観られるか、とか、桜が咲くたびに来し方を思い出す、といった桜から連想される思考を経ているのではない。目の前の満開の桜の明るさの中にいるうちに、ふと口をついて出た心の言葉だろう。

今を咲く桜は、咲き満ちると同時に翳り始め、散ってゆく。それでも目の前の桜はいきいきと輝いて、作者に素直な感動と力を与えた。何回も繰り返して読んでいるうち、考えて作ったのではなく感じて生まれたであろうこの句の、もう少し生きよう、という言葉がじんわりしみてくるのだった。

今、咲き増えてゆく桜に、日毎細る月がかかっている。「短詩型文学賞」(「愛媛新聞」2007年12月15日付)所載。(今井肖子)

東京は桜は満開となった。昨日の雨で花びらは散ってしまっただろうか、夜桜は冷たい雨にしぼんでしまっただろうか、私は交通指導員で、街角の交差点に立って寒さで、震えてしまった。帰宅して風呂に入ってほっとする。

いよいよプロ野球のセ・パ両リーグが開催された。ヤクルト・巨人戦は神宮球場だったので観客は、寒かっただろうが、桜を見ながらとはいかなかったかな・・・?

桜といえば、上野・吉祥寺井の頭などの公園が有名だが、私は、もうちょっと後に咲く山奥の一本桜、誰にも見てもらうために咲くでもない自然の中に、ソット咲く花を見るのが好きだ。

見事華やかに咲く桜を見て、人の命と桜の花は、何の前触れもなく、平穏な日常の中にやって来る嵐。その激しさに翻弄され散り急ぐ桜のように、幸せな時間は突然終わりを告げてしまう。桜の好きな義母は、今年の桜を見ずに旅たってしまった。

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2008年3月28日 (金)

道路財源問題で新たな動き

07_sl_kurosawa21道路財源 首相新方針で与党に激震 

3月27日22時47分配信 産経新聞


福田康夫首相が道路特定財源の抜本見直しを含めた新提案を表明したことを受け、自民党には激震が走った。「道路特定財源の堅持」を掲げる自民党道路族には受け入れがたい内容だからだ。一方、民主党は新提案を酷評し、4月からの「ガソリン値下げ」に突き進む構えを見せている。
「政府の思いを国民に伝えたいんです」
首相は27日朝、自民党の伊吹文明幹事長に電話をし、4月パニック回避に向け、新提案を表明する考えを伝えた。伊吹氏は「今日会見しなくてもよいのではないですか」と進言したが、首相の決意は固かったという。
27日午後の本会議終了後、自民党役員会メンバーは国会内の党総裁室に引きこもったが、福田達夫首相秘書官が新提案の骨子を記したメモ「道路関連法案・税制の取り扱いについて」を持ってきたのは、首相の記者会見の直前。
首相の方針表明を受けて、公明党の北側一雄幹事長は「党として首相の意志を最大限尊重していかねばならない。私は賛成です」と称賛したが、伊吹氏は「(新提案は)党内手続きを取ったものではなく政府の考えだ」と述べただけだった。

 伊吹氏が慎重な態度に終始したのは、道路特定財源の一般財源化は自民党にとって「パンドラの箱」となるからだ。一般財源化すれば、道路族は道路整備をめぐる既得権益を失うことになる。一方、党内には一般財源化に賛同する勢力も多く、激しい党内対立を誘発するからだ。小泉、安倍両政権もこの問題に手を付けようとしたが激しい党内対立により頓挫した。
首相は19日にも一般財源化を含む与野党修正協議を谷垣禎一政調会長らに指示したが、道路族重鎮である古賀誠選対委員長や二階俊博総務会長らの抵抗で与党方針は骨抜きになった。
福田康夫首相は、断腸の思いでの発言だろと思う。1か月も国会を空転させ、なんの解決の糸口すら見出せないまま、過ぎてしまったことは、国民に対しても、申し訳ないとの意が現われているようだ。
私は公明党の北側幹事長の意見と同じで賛成である。

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時の過ぎ行くままに

今日の名言

愛のなかには、つねにいくぶんかの狂気がある。しかし狂気のなかにはつねにまた、いくぶんかの理性がある。

ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(上)

0107ukisima11学生は今日で終りといふ花見 阪西敦子

季語は「花見」。まだ満開ではないが、東京の桜の名所にはずいぶんと人が出ているようだ。ピークは、この週末だろう。近所の井の頭公園でも、よほど早く行かなければ場所は取れない。

地元にいながら、悠々と見物するわけにはいかないのである。しかし、なぜ人は必死に場所取りまでして花を見るのだろうか。最近出た現代詩文庫『続続辻征夫詩集』を読んでいたら、なかに「花見物語」というエッセイがあって、あるとき谷川俊太郎にこう話したことが書いてあった。

「今年の春はぼく、英国大使館の前の濠端で花見をしたのですが、いいですね、花見って、なぜみんな花見をするのか、はじめてわかった」。「ふーん、どうしてなの?」と谷川さんが聞くと、辻征夫が答えて曰く。

「あのね、人間はね、永遠に生きるものじゃないからです。それがはじめてわかった」。「年齢のせいだよそれは!」と谷川さんが笑い,当人も「まさにそのとおり」と笑ったとそれだけの話であるが、私はこの件りにしいんとした気持ちがした。辻征夫に死なれたこともあるけれど、花見の理由を彼はそのときに「人間は永遠に生きるものじゃないからだ」と、理屈抜きに実感したのだと思う。

唐詩の一節「年年歳歳花相似、歳際年年人不同」はあまりに有名だが、この詩全体は説教じみていていけない。そんな理屈を越えて、辻征夫は古人の感じたエッセンスのみを、濠端の花見ですっと直感的に掴んだのではあるまいか。

掲句の作者はそういうことに気づいてはいないのかもしれないが、「学生は今日で終り」と詠む心持ちのなかに、つまりは人間のはかなさに通じる何かが掴まれてあると、私には思われる。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)

きのう近所の奥さんから、近くの公園で、花見をやろうじゃないかと誘われた。10人位の人間だが、毎年行っている。和気あいあいでいいもんだ。しかしまあ・・・こんな事普通にやっていけることだが、何時まで続ける事ができっるか、みんな年をとって何時は動けなくなる。

少年老い易く学成り難し。光陰矢のごとし。年年歳歳花相似 歳歳年年人不同。
as time goes by (時の過ぎ行くままに)。などを思い出し、諸行無常を実感することに・・・なる。

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2008年3月27日 (木)

国歌斉唱起立せず

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教員指示か 卒業生、国歌斉唱起立せず

3月27日8時2分配信 産経新聞


大阪府門真市の市立第三中学校で今月13日に行われた卒業式で、約170人の卒業生のうち男子生徒1人を除く全員が、国歌斉唱時に起立せず、その多くが斉唱もしなかったことが26日、分かった。式に出席していた3学年の担任、副担任計11人のうち9人も起立せずに斉唱もしなかったという。学校側は事前に教員が卒業生に不起立を促した可能性があるとみて担任らから事情を聴いており、事態を重くみた府教育委員会も調査に乗り出した。
式の後、一部保護者から事態を問題視する声が寄せられ、学校側は市教委に報告。府教委によると、学校の調査に対し一部の教員は「生徒に国歌の意義について説明し、『式で歌うかどうかは自分で判断しなさい』と指導した」と話しているという。
瀬戸和夫校長は「事前に不起立を指導していたのであれば、生徒の内心の自由を侵す行為で明らかに行き過ぎ」と話している。

これは、おかしい、昨夜日本でMLBの公式試合が、テレビで放映された。その試合に先立ってアメリカ国歌・日本国歌が、歌われた。その時選手達は皆帽子を脱ぎ胸に当てて、国歌を歌い切るまで、聴きいっていた。そして、場内放送で、観客全員起立と国旗に注目を告げていた。

選手達の肌の色は、バラエテイーだった。白人あり、黒人あり、黄色の日本人(松坂・岡島選手)ら全選手が、同じ考えで行動をとった。いわゆる「愛国心・忠誠心」の現われだと思う。国があって、自分がある。

それに比べ大阪府門真市の中学校の先生の大分違う。少なくても子供達の一生の思い出になる卒業式で、座って、歌うのは自分の判断とは・・・・?。日今日教組の悪知恵だ。こんなことでは、日本の将来は、明るい未来は見えてこない。

今、学校でいじめが問題になっているが、その多くは家庭内暴力、殺人、自殺、引きこもりなどが多いという。そうして、自己中心的な大人となり、先生を悩ます、モンスターペアレントとなってしまうのではないかと思う。この学校の生徒は一体・・・・。

岡山の突き落とし事件、秋田の幼児二人殺す女なども虐めが原因のようだ。

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ガソリン税のこと

Odaiba971ガソリン税、再可決方針…首相が月末に説明

3月27日3時0分配信 読売新聞


政府・与党は26日、ガソリン税の暫定税率を維持する租税特別措置法改正案など税制関連法案が年度内に成立しない場合、衆院で再可決し成立を図る方針を固めた。

 福田首相は年度末に記者会見し、こうした考えを説明する。再可決は4月末になる見通しで、ガソリン価格が4月初めにいったん下がっても1か月後には元の水準に戻し、国や地方自治体の財政に与える影響を最小限に抑える狙いだ。

 この問題では、新潟県で暫定税率の期限切れに伴う財源不足に備え、道路整備事業の入札実施を保留するなど、地方財政への影響がすでに出始めている。暫定税率の失効により、ガソリンの場合、上乗せされたガソリン税(揮発油税と地方道路税)の分、1リットルあたり25・1円安くなる。4月1日からの値下げを明言するガソリンスタンドもあり、国民生活への影響が懸念される事態となっている。このため、首相としては、再可決の方針を示すことで、価格がいずれ元の水準に戻ることを事前に説明し、混乱の広がりを抑えたい考えだ。

今朝の産経新聞の社説には、ここまで事態を混迷させている一義的な責任は、暫定税率を廃止に持ち込み、ガソリン値下げを争点に衆院解散・総選挙に追い込もうとする政局至上主義の小沢氏にあるといわざるを得ない。と言っているがこれも当たらないと思う。

何故なら、福田首相も小沢代表も経験豊富なベテランの政治家である。先を読み、事態を推測すぐらいの事は考えは当然であろう。それなのに何故、無駄な時間を費やして結論が出ないのだろう。

やはりこの二人は、大連合という、野望が伺えるのだが、日本の将来は、二大政党の姿を描いているのだろうと思う。

本題に戻るが、福田首相は特定財源を、一般財源の方向も視野に入れるとも発言があった。が自民党の議員に躊躇させられた?これは、小沢代表も経験があるが党に持ち帰ったら、執行部にそっぽを向けられたと同じ。

だから、二人の話し合いだけだったら、本当に意見は合うのでないかと思う。

結果的には、多くの無駄な時間をかけたがどうやら、“根回し”不足か、読み不足か分からないが、国民を巻き込んでしまう不安定な国会となってしまった。

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単純の大切さ

今日の名言

異郷(よそ)へ旅したものは往々、正確には真実とは申しがたい事まで、主張しがちなものであります。

『ほらふき男爵の冒険』

Shibutoge61花の雨鯛に塩するゆふべかな 仙 化

季語は「花の雨」で、「花」に分類。何かを感じるのだけれど、あらたまって説明せよと言われると、曰く言い難しとしか言いようのない句がある。おなじみの『古句を観る』に出ている元禄期の句だが、柴田宵曲の解説に曰く。

「これだけのことである。到来の鯛でもあるか、それに塩をふって置く。こういう事実と、花の雨との間にどういう繋りがあるかといえば、こまかに説明することは困難だけれども、そこに或微妙なものが動いている。

その微妙なものを感ずるか、感ぜぬかで、この句に対する興味は岐れるのである」。まことにその通りなのであって、こまかに説明したくてもしようのない句だ。そこをあえて大雑把を承知で説明するならば、「花」と「鯛」という一種のはなやかさで共通する素材に、「雨」と「塩」という物理的心理的な翳をつけることで、春の夕暮れの感傷的な雰囲気を演出しているとでも言えばよいであろうか。

むろんこの程度の説明では半分も意を尽くせてはいないが、宵曲はつづけて「この句の眼目は、鯛に塩をふるということと、花の雨との調和にあるのだから、どうして鯛に塩をふらなければならなくなったか、という径路や順序について、そう研究したり闡明(せんめい)してりする必要はない」と述べ、「そんなこと(句にある状景・清水注)が何処が面白いかというような人は、むしろ最初からこの句に対する味覚を欠いているのである」と突っ放している。

私たちはしばしば「この句のどこが良いのか、面白くも何ともない」と簡単に言ったりするが、その前に、その句に対しての自分の味覚が欠けているのかもしれぬという疑念は起こすべきなのであろう。(清水哲男)

世の中や、自然を考えるときに、あれやこれやと理屈をつけて見ても仕方がない。そのままを受け入れる。こんなことが如何に大事であるか気がつくことがある。言いかえれば、色々考えて頭の中がこんがらかってしまったら、元に戻して最初から考えると案外いい考えが思いつく。

年寄りの経験を聞かされて見ても、納得行かないで、自分で失敗を重ねて、気づくことが大事である。それは、単純で簡単であることが気づいた後の分かるので自分でも笑ってしまう。「単純の大切さを」実感する。

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命の尊さ

15401長岡市の県立高校で昨年6月、校舎のトイレで出産、同校3年の女子生徒(18)に、少年審判で、不処分決定を下した。

昨夜、JR岡山駅のホームで電車を待っていた県職員が線路に突き落とされて電車にはねられ、死亡した。今月高校を卒業したばかりの大阪・大東市に住む18歳が犯人

茨城の無差別殺人事件の犯人の24歳の男は、通りがかりの人を次々に襲った無差別殺人は、あらかじめ入念に計画が練られていた可能性が高くなった。

これらは一体何が原因があるのかは、考える事は大事なことだが、“命の尊さ”を考えてみたい。

昨日、ある病院に行く機会があった。(「骨粗鬆症の話」講演を聴きにいった)病室からは、老人の眠る大部屋が並んでいて、ここでの治療は殆どはしていない、ただ介護だけで入院しているように見える。

まだ生まれたばかりの嬰児は普通だと80年の命を生きられる。18歳の少年が何の罪もない人間を殺して、命を絶ってしまったり、訳も分からない人に、大勢の命を絶ってしまう24歳の男や、卒業式の後自宅で飛び降り自殺した東京都板橋区立小6年の男児(12)などのニュースに接した。

人間生きる権利を他人によって絶たれたり、自分で絶ってしまう。余命を知らされた病人、意識の無い人間のいわゆる植物人間を、大事に天寿を真っ当させる。

ここで、人間の命のとは、一体どう捉えたらいいのだろうと考えてしまった。地球に生物が生存してから45億年という。とてつもない長い時間からすれば、100年足らずの命である。

大宇宙から見たら、ちっぽけな虫けらの、儚い人間の命である。しかし、瞬きの命だから、1分1秒まで大事にしていかなければ、ならないと思う事が出来るのも、人間叡智からで、他の動物では自分の死を考える事が出来ない。

何か、取りとめもなく纏まりがない文面であるが、今朝目覚めにこんな事を考えてしまって記して置きたかった。「命の尊さ」を

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2008年3月26日 (水)

半年を迎えた福田内閣

Natsu1

優柔不断で、はっきりした態度がない。そんなところが支持率低下につながっているのかな・・・

強気の心で強情のところがないと個性が無くなってしまう。落ち着いて、洞察力があっていいと思ったが・・・・

産経新聞web

康夫首相は26日で就任から半年を迎えた。「ねじれ国会」の荒波を民主党との「話し合い路線」で乗り切ろうとしたが、さしたる成果はなく、逆に政策の停滞を招いて「無策」との批判を受けるまでになった。ところが、首相はここに来て「話し合い路線」の限界にようやく気づき、強気の政権運営へと変貌(へんぼう)する兆しをみせている。ただ、右肩下がりの内閣支持率を好転させる材料は乏しく、不安定な政権運営から抜け出せるかどうか不透明だ。(酒井充)

就任半年について首相は25日夜、首相官邸で記者団に「今まで経験したことのないような国会の状況で、一つ一つ時間がかかることがわかった。もう少しスピーディーにできないかと思う」と、ねじれ国会への不満を語った。揮発油(ガソリン)税の暫定税率廃止に伴うガソリン値下げが現実味を帯び、日銀総裁ポストが空席となった19日以降、首相の口からは民主党への露骨な恨み節が聞かれる。25日も記者団に、3月末の暫定税率期限を目前に修正協議に乗らない民主党を、「正直言って理由がよく分からない」と批判した。

 首相が変化し始めたのは、2月29日の衆院予算委員会で、イージス艦衝突事故について「慚愧(ざんき)に堪えない」と涙を浮かべたころからだ。日銀総裁人事が大詰めを迎えていた今月6日、記者団に「私にお任せいただきたい」と言い切り、24日夜の会合では自民党幹部を前に、道路特定財源問題も念頭に「私に任せてくれ」と強気の姿勢をみせた。野党への低姿勢を貫いてきた首相らしからぬ言動だった。自民党幹部は「民主党は信頼できないと判断したからだ」と解説する。

 そもそも昨夏の参院選での与党大敗で、参院を野党に押さえられた国会の運営は厳しくなった。首相は年金記録問題など安倍前政権時代の重い後遺症を引きずったまま就任し、案の定、野党の反対で海上自衛隊によるインド洋での補給活動は一時撤収を強いられた。手足を縛られた首相は「道路」「日銀」で波状攻撃をかける野党の国会戦略に翻弄(ほんろう)されっぱなしだ。

 今年に入って中国製ギョーザ中毒事件やイージス艦衝突事故で政府の対応のずさんさが露呈すると、首相は「リーダーシップがない」と批判された。伊吹文明自民党幹事長ら与党幹部からも「もっと色を出すべきだ」と注文された。首相には、与謝野馨前官房長官や中川秀直元幹事長が助言に官邸を訪れることはあっても、直言をぶつけるような参謀は見当たらない。

 踏んだりけったりの半年間を経て、首相は強気の政権運営に出る兆しが出てきた。政治アナリストの伊藤惇夫氏は「事態打開への糸口をつかめない首相は追い込められた心境だろう。小沢一郎民主党代表との間で一時浮上した大連立構想の芽はついえ、クリンチ(抱きつき)作戦も通用しないことを悟ったのではないか」と指摘している。

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気になるイラク情勢

Iraqj1_2NHKwebより
石油産業の拠点でもあるイラク南部のバスラでは、25日早朝から、イラク軍が治安回復のためとして軍事作戦を開始し、市内ではイラク軍とシーア派の民兵組織「マハディ軍」との間で激しい戦闘が続いています。
この戦闘で死傷者が出ているもようですが、内務省の報道官は今の段階では死傷者の数など詳しいことは明らかにできないとしています。また、マリキ首相も現地入りし、軍事作戦の指揮をとっているということです。
「マハディ軍」は、去年夏に、指導者のサドル師が一方的な停戦を発表しましたが、これに従わないメンバーも少なくなく、バスラでも去年の末以降、「マハディ軍」と別のシーア派組織との抗争が激化し、治安が悪化していました。
マリキ政権としては、1年前に首都バグダッドで始めた治安回復のための軍事作戦を南部のバスラにも広げることで、イラク人が主導する形で、治安維持にあたる姿勢を強調したいねらいがあるものとみられます。
しかし、これに反発する民兵組織側が今後、報復攻撃を強め、治安が改善傾向を見せていたバグダッドなどほかの地域にも衝突が拡大することが懸念されています。
gooニュース
イラク南部の産油都市バスラで25日、イスラム教シーア派反米強硬指導者サドル師派の民兵組織マハディ軍と、治安部隊の間で激しい戦闘が発生、少なくとも12人が死亡した。ロイター通信などが伝えた。

 バスラではマハディ軍のほか、マリキ政権内の最大政治勢力イラク・イスラム最高評議会(SIIC)などシーア各派が激しい勢力争いを繰り広げ、無法地帯化しつつあった。

 秩序回復を目指す政府はこの日早朝から、バスラに治安部隊を投入してマハディ軍に対する掃討作戦を開始。マリキ首相自らバスラ入りして作戦を監督しているという。

 このほか、中部のクートでもマハディ軍と治安部隊の戦闘が起きている。

こうした中、サドル師は中部のシーア派聖地ナジャフで声明を出し、イラク全土でのストを呼び掛けるとともに、サドル師派への攻撃がやまない場合は市民による反乱を起こすと警告した。
いずれにしても、石油の利権争いになった。最初から石油が確保が目的だろうと思っていた。 

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幸せな一日

今日の名言

実質上の性の束縛の強制を愛という言葉で現代の男女は考えているのだ。
愛してなどいるのではなく、恋し、慕い、執着し、強制し、束縛し合い、やがて飽き、逃走しているだけなのである。

伊藤整『近代日本人の発想の諸形式 他四篇』

 重箱に鯛おしまげて花見かな  夏目成美

落語「長屋の花見」の連中が知ったら、仰天して腰を抜かしそうな句だ。重箱に入りきらない大きな鯛を、とにかく「おしまげて」詰めたというのだから豪勢な酒肴である。かたや長屋の連中は、卵焼きの代りに沢庵、蒲鉾の代りに大根のこうこという粗末さだ。

酒ももちろん本物ではなく、番茶を煮出して水で割ったものである。作者の成美は江戸期の富裕な札差(金融業)であり、家業のかたわら独学で俳諧をつづけ、江戸の四大家の一人と称された。一茶のパトロンとしても知られた人物だ。句からうかがえるように、当時の大金持ちの花見はさぞや豪勢だったに違いない。

落語に戻れば、上野に出かけた貧乏長屋の連中は、大家に何か花見らしいことをやろうじゃないかと言われ、一句ひねらされるハメになってしまった。そのクダリを少々。

勝「大家さん、いま作った句を書いてみたんですが、こんなのぁどうでしょう」大家「おぅ、勝っあん、できたかい? おぉ、お前さん、矢立てなんぞ持って来たとは、風流人だねぇ。いや、感心したよ、どれどれ『長屋中……』、

うんうん、長屋一同の花見てぇことで、長屋中と始めたところは嬉しいねぇ。『長屋中 歯を食いしばる 花見かな』え? なんだって? この『歯を食いしばる』てぇのはいったい何なんだい?」勝「なーに、別に小難しいこたぁねぇんで、あっしのウソ偽りのねぇ気持ちをよんだまでで……まぁ、早い話が、どっちを見ても本物を呑んだり食ったりしてるでしょ。

ところがこっちは、がぶがぶのぼりぼり、あぁ、実に情けねぇ、と思わずバリバリッと歯を食いしばったという……」へえ、おあとがよろしいようで。柴田宵曲『俳諧博物誌』(岩波文庫)所載。(清水哲男)

我が家の前の公園(片倉城址公園)の桜は乙女が恥ずかしそうにほんのり赤くなったように見えて「アア・・この風情もいいなあ・・」と呟いてしまった。

そして、休耕田で芹を摘み、芹ご飯にして食べた。美味しかった。何だか長生き出来そうな幸せを感じてしまった。 最高に幸せな一日だった。

Haruno0011_4

                              

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2008年3月25日 (火)

赤ん坊銀河

15401『赤ん坊銀河の姿捉えた・125億光年先』のことだという。                    毎日々嫌なニュースばかりである。空の見上げ、400キロ上空に国際宇宙ステーションがあって日本の宇宙飛行士の土井隆雄さんはエンデバーで乗り移り、作業完了し地球に帰還ももう直ぐだ。

地球からろくぶんぎ座の方向に光の速さで125億年もかかる遠い所にある17個の銀河を欧米のハッブル宇宙望遠鏡で観測したところ、直径が約4000光年と非常に小さく、生まれたての銀河であることが分かった。愛媛大と東北大、米カリフォルニア工科大などの研究チームが都内で開催中の日本天文学会で26日発表する。

天文衛星の観測結果などから、宇宙は137億年前に誕生し、膨張し続けていると考えられている。同宇宙望遠鏡がとらえた赤ん坊銀河は125億年前の姿であり、地球がある銀河系や近くの銀河の最近の姿に比べると、数十分の一の大きさしかない。これは、銀河が生まれてから非常に長い時間をかけて合体を繰り返し、大きく成長したとの理論を裏付ける観測結果という。 

地球の何てちっぽけなこと、その地球で、ゴミみたいな、70億人の人間がつまらぬ事で、争っているなんて、情けない。時々空を見上げて、果てしない宇宙のどこかに、地球と同じ星があるも知れないなどと夢見てはどうだろう。

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警察は何を警戒していたのか

Odaiba971警察は何を警戒していたのか朝日新聞社説(抜粋)

「早く捕まえてごらん」と、指名手配中の容疑者から挑発の110番通報が入り、警察官170人が厳戒態勢をとる中で、通行人ら8人が殺傷される惨劇が起きた。しかも、取り逃がしたら、容疑者の方から空っぽの交番に出頭して「私が犯人です」と本署に連絡してきた……。茨城県土浦市のJR荒川沖駅構内で起きた殺傷事件で、県警は容疑者に翻弄(ほんろう)され通しだった。

通り魔には前触れがないのが常で、警戒することなどは不可能に等しい。今回は例外で、4日前に同市内で起きた別の通り魔的な殺人事件で容疑者が割り出され、刃物を使った新たな犯行に及ぶのではないか、と懸念されていた。容疑者から110番まであったのだから、ぜがひでも犯行を食い止めねばならなかった。

茨城県警の記者会見を見て素人の私だって気がついた。一生懸命に探したり、したが結果がこういったものとなって、残念で遺憾であるとのコメント?話された。

無線機を持っていなかった。写真が2年前のしかなかったなど、取り逃がしたのは仕方がなかったと言わんばかりであった。

一体殺人での指名手配をしていた犯人は、近くにいる。第二の犯罪を起こさないように考えたのか、犯人を捕まえることばかり考えていたのではないか、一般の住民に注意を呼びかけなかった問題が専門家は、指摘しているが、確かにそうだと思う。

最終的には、交番に行き、自分で電話をかけ「自首」した形だった。

もう一つの疑問は、第2の事件の当日も駅にいたのは私服警官だけで、制服警察官を置かなかったことだ。犯人の逮捕を優先し、捜査の動きをできるだけ悟られないようにしたのだろうが、新たな犯罪の抑止という点では結果として失敗だったと言わざるをえない。

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学力に定義

1020208_img1なだ いなだ氏のコラム

最近、教育というと、なにかとフィンランドが話題になる。OECDのPISA調査で、トップの成績をとっているというので、世界から視察団が押し寄せているそうだ。日本ではPISAの成績がちょっと下がったというので、学力低下を心配する声や、ゆとり教育を批判する声が聞かれる。

だが、フィンランドでやっていることは、日本のゆとり教育が目指したものだ。向こうは永年ゆとり教育をやってきた。だから改良し定着させた。日本は教える側のこの方法の習熟度がまだ足りない。その差がちょっと出ている。

よく見ればそういうことだと思うのだが、日本では「ゆとり教育」が批判され、ことはなんだか逆の方に動きそうだ。ということは日本のゆとり教育反対派の、現実を読み解く「読解力」が不足しているということにならないか。奇しくも、日本の子どもの読解力が低いという結果が、PISA調査で出た。子どもの学習到達度比較ではなく、大人のそれの国際比較が必要だと思う。
フィンランドの教育では、競争で一番になることでなく、個々の達成度をはかることが重要視されている。PISAで順位がどうのこうのという人間が多い日本と対照的だ。

日本が国際的にジャパンという名前で呼ばれているようなものだから、フィンランド人はよく我慢している。じつに我慢強い。この我慢強さが、とかく子どもを比較してしまう安易さに流れず、あくまでも子どもを達成度だけで評価することを可能にしているのだろう。
 

PISAで見ると成績の上の方ばかりでなく、一以下の子どもが少ないのが特徴だ。日本は三年まえの評価では最上位がトップの数だったが、一以下も多かった。つまり落ちこぼれが多かったということだ。そこがフィンランドとの大きな違いだった。

PISAでトップのフィンランドの教育についてとても興味があった。誰かと比べるのでなく理解できたかどうかという点が重視されている点に気付きました。また、やる気さえ出せばいつでもどこでも再出発できる制度に大きな可能性を感じる。社会に出たとき役に立てる人になる成長させることで本人も充実するでしょうし、育てた先生もそして親もみんなが達成感を持てることと思う。フィンランドの教育観に高い志を感じた。

フィンランドは日本や韓国違い受験戦争がないのにこれだけの高い水準をもっているのが「教え込むのがいい」とはかぎらないという答えなのかもしれない。

しかし、日本には、日本独特の歴史文化を持った国でフィルランドような歴史文化はない。現実的には、少子かが急激に進み、家族・地域・社会に対する考え方が違うのである。いきなり、フィルランドに習えとは行かないだろう。

ゆとり教育とは大義名分で日教組の思う壺で、その付けが来たのだろうという人もいる。確かに、学習熟の問題・夜すぺなど問題となってきた。近頃の青少年の事件・事故をニュースで見るにつけ、道徳教育の欠如は否めない。

日本の教育行政と社会構造の変化対応の拙さが結果となって来ているのだろう。


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方向音痴

今日の名言

道に迷うこともあったが、それはある人々に取っては、もともと本道というものが存在しないからのことだった。

トオマス・マン『トニオ・クレエゲル』

07akitakoma_sumire11爪先の方向音痴蝶の昼 高橋青塢

現在では自他ともに認める方向音痴だが、それを確信したのは多摩川の土手に立ち、川下が分からなかったときだ。ゆるやかな流れの大きな川を目の前に、さて右手と左手、どちら側に海があるのかが分からない。

なにか浮いたものが流れてはいないかと目を凝らしていると、「そんなことも分からないのか」とどっと笑われた。一斉に笑ってはいたが、おそらくその中の二、三人はわたし同様、風の匂いをくんくん嗅いでみたり、わけもわからず鳥の飛ぶ方角を眺めたりしていたと思うのだが。

最近は携帯電話で現在位置を指示し、目的地をナビゲートしてくれる至れり尽くせりのサービスもあるが、表示された地図までもぐるぐると回して見ているのだから押して知るべし。携帯電話に掲句では下五の「蝶の昼」が、舞う蝶に惑わされたかのようにぴったりと作用している。

英語でぎっくり腰を「魔女の一撃」と呼ぶように、救いがたい方向音痴を「蝶を追う爪先」と、どこかの国では呼んでいるのかとさえ思うほどである。たびたび幻の蝶を追いかける我が爪先が、掲句によって愚かしくも愛おしく感じるのだった。〈青き踏む名を呼ぶほどに離れては〉〈このあたり源流ならむ囀れる〉『双沼』(2008)所収。(土肥あき子)

私も時々、電車で遠くまで行って乗り換えたとき目的地の表示の電車を確認し乗るのだがどうも逆の西へ向かうはずが、東に向かっているようで、ようやっと目的地に手前で分かり、“ほっ”とするのである。

何故だろう、どうして起きるのだろうとその時考えてしまうのだが、いつの間にか忘れてしまう。まあ・・・いいかと諦めてしまう。

人間年をとって、思考力が落ちてまったく分からなくなってしまう病気いわゆる認知症となると、徘徊をするとのことだが、それとは違う。認知症といえば、若年性認知症というアルツハイマーの病気があるそうで大変な病気である。そんな病気の方の生活ぶりをテレビで放送されて見たことがある。

家族の理解と協力がないと生きられなくなる恐ろしい病気のようだ。それには、いくつかの理由あるそうだ。いま問題になっている強度なストレスが長く続く生活をしてしまい、うつ状態からなるらしい。 気をつけよう!!

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2008年3月24日 (月)

死者4000人を超える

Shibutoge41NHKwebより
アメリカ軍の発表によりますと、イラクの首都バグダッド南部で、23日午後10時ごろ、道路脇に仕掛けられた武装勢力の爆弾が爆発し、車でパトロール中のアメリカ兵4人が死亡しました。
AP通信やCNNテレビなどアメリカの報道機関は、イラクで死亡したアメリカ軍の兵士は5年前にイラク戦争が始まって以来4000人に達したと伝えています。一方、民間の調査団体によりますと、イラク人の死者はこれまでに8万2000人を超えています。
イラクでは、去年夏にイスラム教のシーア派民兵組織が一方的に停戦を発表して以降、治安が改善する傾向にあり、アメリカ側は去年から部隊を増派した成果だと強調しています。
しかし、統制が乱れているシーア派民兵組織の一部とアメリカ軍やイラク軍の衝突が各地で続いているほか、スンニ派武装勢力による爆弾テロ事件は散発的に起きており、依然として治安の不安定な状態が続いています。
イラク戦争が始まって5年で、解決の糸口が見つからない。アメリカのブッシュ大統領は、増派で成果が上がっているとしているが、どうなんだろう。
アメリカの国民から、非難の行動(デモ)が、つい最近起きたと報道があった。正当性のない戦争は、世界各国で認めている。16万人のアメリカ兵を駐在して、莫大な費用と時間をかけて効果が出ない。
テロの主体をアルカイダというが、イスラム過激派の宗教戦争になってしまった。そのアルカイダのリーダー、ビンラデインはアフガニスタンとパキスタンの山奥で指揮をとっているらしい。そのアフガニスタン・パキスタンも政情が不安定である。ここでも一部戦争状態である。
また、イラクのフセイン大統領がいなくなってからもテロ行為は衰えないのは、アメリカの取り組みが、間違っていたのかも知れないと思う。

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チベット問題

Anna1チベット問題とは簡単に言えば二つの事柄に集約される。一つは独立問題、もう一つは人権問題である。
現在は中国の一部とみなされているチベットの土地だが、本来はれっきとした独立国家であり、中国はチベットに侵略をしたのであるというチベット側の主張と、いやいやチベットは元々中国の領土であり、西洋諸国に支配されていたため、中国がその支配から解放してやり、発展に援助をしてやっているのだという中国側の主張があり、力のないチベット側の主張は世界的に無視されてしまったため、現在ではチベット人の住む領土は中国の一部となってしまっている。
そして、支配されている側のチベット人たちはもちろん中国の支配から逃れようとしている。これが独立問題である。
世界各地で色々な民族が独立運動を起こしているが、そのほとんどは暴力に頼っているところがある。しかしながら、チベットは最高指導者であるダライ・ラマ14世が説くようにあくまでも非暴力を貫いて独立をしようとがんばっているのである。

中国では、チベット以外にも多くの他民族がいるため、チベットの独立を認めると、雪崩式に他の民族も独立を求めてくる可能性が高いため、チベットの独立はとても認められないといったお国事情もあり、この問題の解決は糸口すら見つかっていない。
そして、現在最も懸念されているのが、人権問題である。
独立を非暴力で求めるチベット人を中国政府は国家転覆を企てる反逆者とみなし、デモをしただけでも投獄し、拷問を繰り返しているといわれている。そのために多くのチベット人の命が奪われていった。
そして、チベット人は近隣諸国に難民として逃れて今ではインド、ネパールなどで多くのチベット人が自分達の土地に帰ることが出来ずにいるのである。
今年に入っても、チベットの高僧であるカルマパ17世が、中国に支配されているチベットでは自由がなく、十分に仏教を学ぶことが出来ないため、インドに亡命しようと逃れてきた。そして、チベット文化の存亡の危機も叫ばれている。

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が説く「愛と思いやり」。そんなことを言えば、国際的な競争力が低下し、国民にも依存心が広がり、弱い国になるとの批判を浴びそうだが、社会への信頼を取り戻すのが大切だという。

そのダライ・ラマは今や中国政府の最大の敵。チベット暴動の収拾に向けた対話を呼びかけても、中国側は激しい敵意を表すだけだ。外国メディアなどの現地立ち入りが拒否され、閉ざされた中で悲劇が続いていないか気がかりだ。

人は何によって生き、どんな社会を求めるのか。ダライ・ラマは「愛や思いやりの心を持てばこそ、差別や暴力に怒るべきだ」という。チベット暴動は遠い世界のことではない。

日本人は「思いやり」も「怒り」も忘れている。

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百花繚乱

Deiji1「落花、流水に随う、流水は無心に落花を送る

運命などというと、運、不運は前世から定まったものであるかのような運命論になってしまいがちである。運とか運命という言葉は仏教にはない、「諸法皆是因縁生」とお経にあるように、縁とか縁起という言葉を仏教では使いる。
縁起とは仏教の中心思想で一切のものはもろもろの因(直接的原因)や縁(間接的原因)によって生じるとされている。縁起という言葉が転用されて、幸・不幸の前兆といった意味で、「縁起が悪いとか」「縁起をかつぐ」などと俗語としてよく用いられている。

仏教では人間の努力による因果形成を建て前とするから、神の力の創造や、宿命的な力を因とする説はとらない。また因果とは原因と結果のことで、結果を生み出すものを因といい、その因により生じたものが果である。善い行為(善因)には善い結果としての報い(善果)が、悪い行為(悪因)には悪い結果としての報い(悪果)が因果の法則によって生じる(因果応報)。

現代人は、自己の能力、努力はさておいて、運不運でものごとを推し量ってみたり、自己の苦しみや悩みの解決を、自らの内面に向けようとせずに、悩みや苦しみの原因を他や社会に求めようとする傾向がある。しかし世の中は自分の思い通りにものごとは進展しない。

「落花、流水に随う、流水は無心に落花を送る」百花繚乱の春、花は流れようとして川に落ちたのではなく、川は花が落ちるのを待っていたわけではない、花は咲き終えて散り、川はただ無心に流れているだけである。

昨日桜の開花宣言が出た、23日に東京・静岡・名古屋・熊本である。それ!と言わんばかりに、東京上野公園には花見客が、押し寄せている風景がテレビで放送されていた。

人人ばかりで、桜を見るといっても人を見に行くだけとなってしまって、不愉快になってしまった経験がある。また、花見で、お酒に酔って救急車で病院に運ばれたり、ゴミを始末しないとなる花見客が多くなる。

最近、会社に関係がなくなって、この時期にかけてあった、人事異動や、退職で飲み会など、お酒を飲む機会はない。

お花見は、静かに「山桜」を鑑賞するのがいい。気取らず、控えめな場所で咲き、清純さが何ともいえない。「山路来て 何やらゆかし すみれ草」  芭蕉  の雰囲気が好きである。

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墓参り

今日の名言

木曾路(きそじ)はすべて山の中である。

島崎藤村『夜明け前』第一部(上)

04_10241泥棒や強盗に日の永くなり 鈴木六林男

毎日それとわかるほどに、日が永くなってきた。以前にも書いたように、私は「春は夕暮れ」派だから、このところは毎夕ちっぽけな幸福感を味わっている。そんなある日の夕暮れに、この句と出会った。思わず、吹き出した。

そうか、日永を迷惑に感じる人間もいるのだ。例外はあるにしても、たいていの「泥棒」や「強盗」は、夜陰に乗じて動くものである。明るいと、仕事がしにくい。したがって、多くの人たちが歓迎する日永も、彼らにとっては敵なのである。

泥棒や強盗を専業(?)にしている人間がいるとすれば、立春を過ぎたあたりから、だんだんと不愉快さが増してくるはずだ。部屋にこもって仏頂面をしたまんま、じりじりしながらひたすら表が暗くなるのを待っている姿を想像すると、無性におかしい。

おかしがりながらも、しかし作者は句の裏側で日永をゆったりと楽しんでいるわけで、このひねくれ具合も、また十分におかしくも楽しいではないか。

六林男の晩年に近い時期の句であるが、こうした発想やセンスはいったいどこから沸いてくるものなのだろうか。あやかりたいとは思うけれども、私にはとても出来ない相談のように思える。『鈴木六林男全句集』(2008)所収。(清水哲男)

お彼岸中に、3/21長男夫婦と孫二人が来る。墓参りと言うことで、昼過ぎて2時半ごろの来ていて、、4時半ごろ、娘と孫二人が来て、夕食を一緒にとる。私は町会の理事会でその後役員で飲み会を近くの“おばこ”行って、帰宅は十二時を過ぎてしまった。

娘達は、泊まった。そして、午前中、実家の義母の霊前にお線香をあげた。その後何時もの通り、お墓参り、梅洞寺・天龍寺・来迎寺と回って、昼食は柚木の“浜町”で5人でとる。

帰宅後、河合さんに、借金2800円(夕べの飲み会で立て替えてもらった)を返しに行き、娘・孫を京王片倉まで送って行く。一日中、二日酔い・寝不足で調子が悪かった。

酒はほどほどにしないと、と反省する日となった。

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2008年3月23日 (日)

木の芽時

今日の名言

覚えていることですな、へつらい者はみんな、いい気になる奴のおかげで暮らしていることを。

ラ・フォンテーヌ『寓話』(上)

0008tyokai1春の木になりて縄など垂らすかな 鳴戸奈菜

怖い句だ。いや、逆に可憐な句と言ってもよい。一読,鮮やかな女性「性」を感じた。が、もしかすると作者はそのことに無意識であるかもしれない。それほどに、句柄がすっとしているからだ。でも、男が読めば、すっとしているほどに強い女性「性」を感じるのである。

作者の名前が伏せられていたとしても,男の句ではないことがすっと伝わってくる。同じようなことを詠むとしても、男だったら「春の木を見れば縄など垂れている」程度になるだろうか。夏や秋の木ではなく、ましてや冬のそれでもなく,これから花開こうかという「春の木になる」。

明るくも生臭い春の木は、しかしみずから動くことはかなわない。あくまでもじいっと立ったままなのであり、徹底して受け身である。その身悶えせんばかりの悩ましさから,少しでも解放されるために、せめて出来ることと言えば「縄など垂らす」ことくらいだろう。

木の芽時の縄だから、もとより通りかかる誰かの自殺への誘惑装置として垂らすのだ。そこが「怖い」と感じさせる所以だが,しかし女性の根元的な「性」、当人も無意識であるかもしれない「性」のありようには、常に「縄など垂らす」ようなところがあるのだと思う。

突き詰めた物言いをしておけば、死への誘惑がひそんでいる。したがって、その意味で理解するとなると、何の外連み(けれんみ)も無くすっと提出している作者の心情は,むしろ可憐の側にあるとも言えるのである。『鳴戸奈菜句集』(2005・ふらんす堂)所収。(清水哲男)

春は、動植物の繁殖するのに最適な季節なのだ。木は、寒い冬をじっと耐えてきた。その爆発的なエネルギーを集中して勢力を拡大させるのである。しかし、その木でも種類によって、夫々個性があって、自然に訴える方法やプロセスは違う。

花の匂い、形、大きさ、咲く時期などは大分種類によって違う。木の枝に縄を垂らすと言う掲句は、なかなか、こういう表現は素人にはできない。

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2008年3月22日 (土)

慶大 生き残りへ入学金全廃も

05detohama11慶大 生き残りへ入学金全廃も(毎日新聞)

慶応義塾大学(東京、安西祐一郎塾長)は21日、平成21年度から入学金を約4割引き下げ体育実習費を廃止するなど学費の抜本見直しを発表した。安西塾長は「国際的に優秀な学生を集めるため、諸外国にない入学金を近く廃止する一歩としたい」と説明。徴収趣旨があいまいとの指摘もある入学金廃止を視野に、世界標準の学費制度で人材を集めるねらい。

日本の少子化は、ますます進むばかり、子供の数が少ない割りに大学は変わらない。大学自体の変革を考えないと生き残れない。確かに、外国にない制度と、徴収に曖昧なことが指摘される入学金は、日本独特の考えで、外国人には馴染まないものだと思う。

今、日本人の学力低下・ゆとり教育の弊害で教育行政も大きな問題となっている。それに付け、大学は何とか卒業したが、必要な学力・知力がついたか疑問の人もいる。いわゆる粗製濫造人間の輩出ということになるのではと心配する今日この頃である。

慶応義塾大学の考えは、当然でむしろ遅きにあったように思う。積極的に有能なに外国人の受け入れ、日本のグローバル化した国際感覚を持って対応する大きな視やでの考えは納得いく事である。

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アジア人のルーツ

今日の名言

社会はわれわれの必要から生じ、政府はわれわれの悪徳から生じた。

トーマス・ペイン『コモン・センス 他三編』

07kitayamazaki_yoakemae11にこにこと人違ひさる春の宵 内田美紗

季語は「春の宵」。見知らぬ人が、親しげに「にこにこと」話しかけてきた。私にも何度か経験があるが、相手が酔っていないかぎりは、こちらの名前を言えばすぐに「人違ひ」だとわかってもらえる。作者の場合もあっさり誤認が解け、その人はバツが悪そうに離れていったのだが、しかし人違いされて悪い気分ではない。

「春の宵」のちょっぴり浮いた気分と「にこにこ」顔はごく自然な感じがするし、あまりに自然な間違い方がかえって印象的で、作者もまた思わずもにこにこと笑顔を返したのではなかろうか。春宵ゆえの人情の機微が、よく捉えられている。内田美紗句集』(2006・現代俳句文庫)所収。(清水哲男)

人違いなあ・・・誰に経験はあると思うが、双子の子供など、全く見分けのつかない兄弟がいる。女性歌手で、ピーナッツなどは、顔にほくろまで同じところにあって、テレビでしか見ないのだが何回見ても分からなかった。もっともそれが売り物だったのだろうが・・・

また、声も良く似ている事がある。電話など、母親に似ていて用件を話そうと思うと子供だったりして、失礼してしまうことがある。まあ・・・今話題になっている中国のチベットの人たちは、本当に日本人と良く似ている。体つきや、そぶりなども同じらしい。

同じといえば、相撲の力士で、最近モンゴルの力士が幕内に大勢いる。日本人に似ているので全く見分けのつかない。日本語も上手だし、何だか不思議な気がする。

アジア人のルーツを辿れば、元は同じなのかも知れない。

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2008年3月21日 (金)

住基ネットの最高裁判決

1231住基ネットの最高裁判決

住民基本台帳ネットワークは住民のプライバシ権を侵害し違憲だとして、ある住民が住基ネットからの離脱などを求めた訴訟のうち4件の判決が3月6日最高裁第一小法廷であった。

涌井紀夫裁判長は住基ネットを合憲とする判断を下した。裁判があったのは大阪・千葉・愛知・石川の訴訟である。石川の金沢地裁は違憲と判断をしていた。他の3件では合憲との判決が出ていた。

現在は個人のプライバシーを守るという事で、連絡帳にも電話番号さえ記入しない事が流行っているが、役に立たない連絡帳が出来上がっている状態である。

戸籍も同じく民と民の取引の安全をはかるために整備され、公開されています。この土地を相続したと自分でいっている人から、その土地を買うとすれば、その人の戸籍を見て、それが本当かどうか確かめたいと私は思う。戸籍を非公開とすれば、やはり詐欺がしやすくなる。

つまり、住民基本台帳や戸籍の情報は、公開を前提として、収集されているものなのである。そもそも、守られるべき秘密ではない。そして、もともとは、行政が利用するものではなく、市民が利用するものなのだ。

たとえ詐欺が増えてもこうした情報を公開すべきではない、と考える人もいるかもしれません。しかし、だからといって、現在の法律に基づいて判断した裁判官を非難するのは、筋違いである。そう考える人は、民事法の改正によって、その主張の実現をはかるべきだろうと思う。

町会名簿も、出来ないので、本当に必要な近隣のコミニケーション・災害時の緊急連絡もとれない。人間同士を疎遠にしてしまう、恐れが出で来て心配でもある。

従って、住基ネットは違憲ではなく、合憲であってほしいと私は思う。

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宇宙の彼方では・・・

Shibutoge61太陽系外の惑星で有機物確認

NHKのwebより           

NASA=アメリカ航空宇宙局などの研究グループが、20日付けの科学雑誌「ネイチャー」に発表したものです。それによりますと、研究グループはハッブル宇宙望遠鏡を使って、こぎつね座の方角、地球から60光年余り離れた太陽系以外の惑星から発せられる光の解析を進めてきました。

その結果、生命を形づくるうえで必要な有機物のメタンが存在することが確認されたということです。太陽系以外の惑星で有機物が確認されたのはこれが初めてです。ただこの惑星は表面の温度が900度以上あることから、生命体はいないと考えられていますが、今回の発見は、地球以外にも生命が存在するか研究するうえでの重要な手がかりとして注目を集めそうです。

NHK高校講座より(抜粋)                                                 太陽系以外の惑星といっても、私達素人には全く分からない。私達人類は進化して文明を発達させてきましたが、電波使って通信し合うようになたのは、わずか100年ほど前からです。

高度な文明の寿命を100年とすると、46億年の地球の歴史の中では、僅か5000万分の一の時間でしかありません。もし、他の惑星で、知的生命体が進化していたとしても、文明のタイミングがずれていれば私達交信できません。

銀河系に、私達と同時に、高度な技術文明がぞんざいする割合を計算にいれると、その惑星は14個になります。直径約10万光年の銀河系に、14個の惑星を均等に配置すると、隣の惑星まで約7000光年ということになります。

つまり、自分たちの存在をアピールする電波を送ったとしても、交信できるのは、往復約14000年掛かることになります。

何だか、よく分からないな・・・・でも、太陽系以外の惑星に生命体が存在しているかも知れないと想像することだけでも、面白い。



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春を発見

今日の名言

人間の幸福というものは、時たま起るすばらしい幸運よりも、日々起って来る些細な便宜から生れるものである。

『フランクリン自伝』

Photo_2 つくしが出たなと摘んでゐれば子も摘んで     北原白秋

句会では、こんな句に点は入らないだろう。八・六・五という破調のリズムはあまりしっくりとこない。春になった! やあ、つくしが出た。摘もう、摘もう!――そんなふうに弾むこころをおさえきれずに野に出て、子どもたちと一緒になってつくしを摘む。

つくしが出た、それを摘む人もたくさん出た。春がきた。そんなワクワクした情景を技巧をこらすことなく、構えることなく素直に詠んでいる。「うまい俳句を作ろう」などという意識は、このときの白秋には皆無だったにちがいない。

いや、わざと「俳句」のスタイルにはとらわれまい、と留意したとさえ思われる。童謡を作るときのこころにかえっているようだ。白秋はもちろん定形句も作っているが、自由律口語の句も多い。土筆が伸び過ぎた竹の影うごいてる」「初夏だ初夏だ郵便夫にビールのませた」「蝶々蝶々カンヂンスキーの画集が着いた等々

俳人諸氏は「やっぱり詩人の句だ」と顔をしかめるかもしれないけれど、この自在さは愉快ではないか。われも子も弾んでいる。スタイルよりも詠みたい中身を優先させている。白秋は室生犀星を相手に、次のように語っている。

「発句は形が短いだけに中身も児童の純真が欠かせない。発句にはそれと同時に音律の厳しさがある。七五律はちょっと甘い。五七律をこころみてみたい」。白秋の口語自由律俳句には、気どらない「児童の純真」が裏付けされている。

ところで、白秋のよく知られた詩「片恋」全六行は、それぞれ五・七・五となっている。「あかしやの金と赤とがちるぞえな。/かはたれの秋の光にちるぞえな。/片恋の薄着のねるのわがうれひ。/(後略)」『白秋全集38』(1988)所収。(八木忠栄)

春には、すごい発見がある。黄金色した草原が緑に燃えようとする瞬間がある。そのエネルギーは、地球の中心からか湧き上がってくる。めらめらと燃え上がってくる瞬間をみる。

そうして、地球上の生物を蘇生する不思議な現象を発見するのである。つくしも、そのエネルギーで地表に突き出た。きのう、雨の河川敷に出てきた。カタクリも芽をもたげだして来た。感激してしまった。

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2008年3月20日 (木)

ストレス社会を生き抜く

15401若年性痴呆症・認知症などは、ストレスから来る事による一つには、原因があるそうだ。

こだわらない、欲ばらない、がんばらない。 年寄りは、怒らない、転ばない、風邪ひかない。が、上手な年のとり方のようだ。
今、ストレス社会で、うつ病に悩む人が増えているそうだ。過度のストレスによって自律神経のバランスが崩れてしまう。 自分という生命体に素直な生き方をすべきところ、私たちは自我の欲望のおもむくままに利己的な生き方をしているから、自分自身で悩み苦しんでしまう。
悩み苦しみが解消されずに重なり蓄積していくと心身の不調をきたしてしまう。ストレスの多い社会に生きている。ストレス解消を日々心がけて、何がなんでも我慢しないことである。そして一人で抱え込まないことである

時には日常の生活を省みる。普段の生活に原因があれば、その生活を根本から変えることだと思う。仕事に原因があれば仕事の仕方を変えてみる、思いきって職場を変えることも必要だ。これまでに過ごしてきた生き方を変えて、別のレールに乗り換えるのも一つの生き方であると思う。

これまでとちがった考え方、生き方をすれば楽に生きられるかもしれない。失敗を恐れないことで、「何でもないところで転んだ人は、難所では転ばなくなるものさ」、「人生に失敗がないと、人生を失敗する」と言う事だと思う。

65歳を過ぎて、リタイヤしたら、ゆったり人生をかみ締めて生きる事である。そして、「怒らない・転ばない・風邪引かない」をモットーに心がけることだ。それが長生きの秘訣だ。

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福田政権危うし

Natsu1福田政権危うしという。

またまた政府は、日銀総裁人事で元大蔵事務次官の田波氏を提案した。これは、もはや「財務省vs政治」の戦いだ。経団連会長やオピニオンリーダー、メディアへの周到な根回しは当然のこと、与野党の幹部、総理ですら籠絡しているのではないのか。

こうした中で、田波氏を提案した、福田康夫首相の考えは、民主党の小沢代表でも分からない事だろう。財務省主導人事は、与党内からも批判が続出。自民党中堅議員は「首相にはセンスがない。反対されるのが分かっていて『なぜ』という印象だ。田波氏は次官としても小物。将来、武藤氏の目を残したいのだろうが嘆かわしい」と語る。

自民党3役経験者は「福田内閣は終わりだ」と吐き捨て、参院幹部も「民主党は政局に持ち込もうとしている。道路や年金問題のカードも向こうにある。福田内閣は持ちこたえられるか」と漏らす。

確かに福田内閣を直撃するのは、日銀総裁の空席だけでない。「消えた年金」問題の公約違反をはじめ、ガソリン税の暫定税率をめぐる与野党調整も出口が見えない。

自民党閣僚経験者は「日銀総裁なんて誰でもいい。それよりガソリン税の方が深刻だ。税率が一度下がった後、再び上げたときの国民の反発はすさまじい。自民党の決定的なダメージになる」と危機感を募らせる。(zakzak記事一部参照)

しかし、特定財源を一般財源とする考えを福田康夫首相は昨日、記者団に発表したが・・・

福田首相の(3/20)メールマガジンは                                  空白を避けるため、当たり障りのない人物で政治的妥協を図ることはできたかもしれません。しかし、日銀総裁という、日本経済や国民生活に大きな影響を与えるポストだからこそ、逆に、人物本位を貫くべきだと考えました。
「なぜ財務省出身者を選ぶのか」というご批判があることも承知しています。しかし、出身が財務省であるという理由だけで、最適な人材を用いることができなくなるのでしょうか。「日本経済のために誰がよいか。」経歴などではなく、この観点だけで、適材適所で判断しました。
当然、財務省と日本銀行は、独立して意思決定を行う組織でなければなりませんが、財政政策と金融政策がバラバラであってよいわけはありません。特に、現在のような経済情勢では、両者の連携も重要であると考えました。
いずれにせよ、今回の事態は、日本が政治的に重要な決断を行えないというメッセージを国際的に発信する結果となりました。
拒否権を振りかざし、時間切れに追い込むような態度だけでは、国民に対する政治の責任は果たせません。政治は結果責任を負うことはもとより、日銀総裁を不在にしたことは私の責任ですが、日銀やこのような政治の状態を一刻も早く立て直すことも、私の使命であり、責任であると考えています。  
という事であった。

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根回しという事

035831根回しという事ことが何故出来ないのか、日銀の総裁選びで、まだもたつき総裁不在の空席を作ってしまった。政府も、参議院で反対されるだろうと思う人を、推薦してなんだか、強引に、押し込んでしまおうと、思ったわけじゃないだろうが、財務省出進では駄目と言っているのは、分かっているはずだ。

だから、政治の駆け引きには、根回しが必要である。こんな事政治の基本である。有名な政治評論家が言っていたので、その通りだ。お互いに意地の張り合いに見えてきた。

そんな、筋書きのないドラマなんて、面白くない。国民はもういい加減にして、世界の経済は大変な事になっていることを、忘れてしまっているような感じさえするのである。

今朝の毎日新聞webで                                         福田康夫首相は19日夜、道路特定財源の見直しについて「全額一般財源化も視野に入れて検討していく」と表明した。民主党は全額一般財源化と暫定税率の全廃を求めており、首相がこのような踏み込んだ発言をしたのは初めて。首相官邸で、揮発油税などの暫定税率延長を盛り込んだ租税特別措置法改正案の修正問題をめぐる記者団の質問に答えた。

全額一般財源化の検討時期については「税制の抜本改革は前から約束している。その時に合わせての検討は非常にいいタイミングだ」と述べ、今年末の09年度税制改正論議で行う考えを示した。暫定税率見直しも「抜本改革の中で考えていっていいのではないか」と柔軟姿勢を示した。
いくらか、明るい兆しがでてきたかな・・・?

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自然を見失わないように・・・

今日の名言

狂気は個人にあっては稀有(けう)なことである。しかし、集団・党派・民族・時代にあっては通例である。

ニーチェ『善悪の彼岸』

Img_11661白木蓮そこから先が夜の服 小野裕三

まだかまだかと楽しみにしていた白木蓮が先週末の暖かさでいっせいに花を開き始めた。「暑さ寒さも彼岸まで」というけど、このまま後戻りすることなく春は加速していくのだろうか。この花の清楚に立ち揃う蕾の姿もいいけれど、ふわりとハンカチを投げかけた開き始めの姿もいい。

そう言っても雨風になぶられると、あっさり大きな花弁を散らしてしまうので油断ならない。この頃は散歩の途中で白木蓮の咲きぐあいを見上げるのが日課になっている。きっぱりと夜目に浮き立つこの花は昼とは違う表情をしている。

掲句は暮れ時の白木蓮の様子を女性の装いの変化に重ねているようだ。昼のオフィスでの活発ないでたちから夜のパーティ用にシックなドレスに着替えて現れた女性。「そこから先」は暗くなる時間帯を指すとともに装いが変わることを暗示させているともとれる。

「はくれん」の響きには襟の詰まったチャイナ服など似合いそうだ。そう思えば細長い花弁を開いたこの花がある時間帯が来ると妙齢の女性に変身する楽しさもあっていよいよ夜の白木蓮から目が離せない。

「君たちのやわらかなシャツ四月馬鹿」「菜の花の安心できぬ広さかな」句集全体は現代的な感覚で疾走感があり、取り合わせの言葉の斬新さが印象的である。『メキシコ料理店』(2006)所収。(三宅やよい)

「白蓮の花は灯りの如くして夕暮れ空に咲きあふれおり」 

夕方車で走っていたら、何かの事情で空家になった家で、見かけた大きな白木蓮に一杯花を付けていた。その白さ、何か、蓮の花に似ている。それにしても、庭の広い家でないと植えられない木のようだ。塀から道路に大分枝が出ていた。木蓮には紫があるのだが。昨日からの雨で、花びらは落ちてしまったことだろう。

白連に似た花で「こぶし」がある。もうそろそろ咲き出す頃と思うが、白い拳を猫が天に向かって大きく手を広げ、伸びをしているように見える。何か元気が出るようになるので、好きな花だ。こぶしの花が咲くと桜である。3/23が都内の開花予想だ。そうして、珍しい「なんじゃもんじゃの」白い花びらが咲き出す。

昨日散歩して、驚いた。寒い寒いと思っていても、ようくみたら、道の雑草・雑木林の木々の枝の先にはしっかり青い芽が吹き抱いていた。自然は、嘘はない。

自然を見失わないように、自分をしっかり見て・・・。

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2008年3月19日 (水)

円高は進むか? 3つのシナリオ

271アメリカのサブプライムローンに端を発して、世界の経済を混乱を起こしている。ただ見ているだけでいいのか、日本政府は、日銀の総裁も決まらない。アメリカの公定歩合を0.75引き下げたことで日経平均株価は、前日比296円上がった。円は1ドル99.4円だった。一部為替に日銀の介入なんてあるのかなど噂があったりした。

1ドル=100円を12年ぶりに突破した円相場の行方に、市場の関心が集まっている。さらに円高が進めば、輸出頼みの国内景気は減速が懸念される。米当局の景気対策や日銀の利下げに関する観測も交錯する。想定されるシナリオを探った。(産経新聞)

 ■ケース(1)円高加速

現在の円高は、米国の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)問題に端を発する金融不安で、世界的にドル売りの動きが加速したことが原因だ。

 ■ケース(2)もみあい

 急激な円高への警戒感や将来のドル高への反転を見込んで、市場には投機的なドル買い(円売り)もみられる。しかし、円高に歯止めを掛ける鍵となるのは、日銀の利下げに関する観測だ。

■ケース(3)円の反落

 円がやがては反落し、再び100円台に戻るとの見方もないわけではない。そのためには、サブプライム問題の抜本的な解決が不可欠だ。

 

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罪と罰

Takabotti111世に衝撃的な事件で二つの判決が出た。一つが秋田の幼児連続殺人事件で、もう一つは北海道のミートホープ事件での判決である。この事件に象徴するように、世の乱れ、道徳の低下というか、この世の不正儀が浮き上がったものだと思う。

NHKwebより                                                秋田県藤里町の畠山鈴香被告(35)は、おととし4月、長女の彩香さん(当時9歳)を橋から川に突き落として殺害し、5月には近くに住んでいた米山豪憲くん(当時7歳)を首を絞めて殺害した罪などに問われ、死刑を求刑されました。19日の判決で、秋田地方裁判所の藤井俊郎裁判長は、彩香さんの事件について「うとましさを募らせ、いなくなればいいと思いながら、橋の欄干の上に座らせた。抱きついてきた彩香さんをとっさに殺意を持って押し返し、川に落下させて殺害した」と述べて、殺意はなかったという被告側の主張を退けました。また、豪憲くん殺害については「殺害に使ったひもなどを切り刻み、遺体を遺棄する場所を探すなど、犯行が発覚しないよう行動している」と指摘して、責任能力が衰えていたという被告側の主張を退けました。そして「2人の子どもの将来を奪った結果は重大で、凶悪な犯行だ」と指摘しましたが、「周到に計画していたとは言えず、体調不良や就職できないことなど、犯行につながった閉そく感や悩みをすべて被告の責任にすることはできない。死刑とするにはちゅうちょを覚える」と述べて、無期懲役の判決を言い渡しました。

ミートホープの元社長、田中稔被告(69)は、100%の牛ひき肉と表示した製品に豚や鶏などの肉を混ぜて偽って出荷し、取引先から3900万円の代金をだまし取ったとして、詐欺と不正競争防止法違反の罪に問われました。判決で、札幌地方裁判所の嶋原文雄裁判長は「偽装は会社ぐるみで大規模に行われ、田中元社長が具体的に不正を指示していた」と指摘しました。そのうえで「消費者に食品の表示に対する不安を抱かせ、食の安全を根幹から揺るがしたもので、刑事責任は相当重い」と述べ、田中元社長に懲役4年の実刑を言い渡しました。グレーのジャケット姿の元社長は裁判長の顔をまっすぐに見て判決を聞いていました。言い渡しが終わったあと、裁判長は、田中元社長に対し「被害者は取引業者だけでなく一般の消費者に及んでいる。偽装された肉と知らないで食べた消費者が大勢いたことを心に刻んでください」と述べました。食品をめぐる偽装が相次ぐなか、判決は、食への信頼を揺るがす不正には厳しい姿勢で臨み、食料品を扱う企業の経営者に法令の順守をあらためて強く求めるものになりました。

そして、
去年、長崎市の伊藤前市長が選挙期間中に拳銃で撃たれ殺害された事件で、検察側は、被告の暴力団員に対し「自由と民主主義の根幹を揺るがす選挙テロ行為とも言うべき犯行だ」として、死刑を求刑しました。
また、
福島県の公共工事をめぐる汚職事件で収賄の罪に問われている佐藤栄佐久前知事の裁判で、初めての被告人質問が行われ、佐藤前知事は「特定の業者に工事を落札させたことはない」と述べ、あらためて無罪を主張しました。
罪に対してキッチリ罰を受けなけば、人間社会はない。

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心の豊かさが手の届くところに

07tamurano_yuhi31一時はテレビの主役になり、話題の中心人物だった。被告の判決は無期懲役のことだ。いいか悪いかは、裁判官が決めることで、外野では言っていけない事だ。判決には、各人の思いがある。

秋田県藤里町で06年に起きた連続児童殺害事件で、畠山鈴香被告(35)に対し秋田地裁は19日午前、無期懲役の判決を言い渡した。

 心の豊かさが手の届くところに満ちあふれているのに、それに気づかずに暮らしていることが多いのではなかろうか。

神応寺住職の講話 
最近の親子のつながりは険悪なものです、何かにつけて親に余裕というものがありません。幼児の子育てにおいても親は子に、「しっかり・がんばれ・きっちり・さっさと・早く」と、急き立てる、親のこの言葉から子はいつも逃れたいと感じています。自分の部屋に閉じこもり、ゲームに夢中になるのも、いい子ぶっているふりをしているのもそのためでしょう。
 塾や習い事に時間を費やし、青空の下で土を踏んで、友と戯れることもなく、少子化で友達の数も少なくなり、大きい子が小さい子を遊んでやったり、遊び事を教えたりすることもなくなったようです。子供同士でのつながりも弱くなり、どうしても孤立孤独化していくのです。

親も忙しいからと子供と対話することも少なくなり、父親の単身赴任や深夜に及ぶ仕事に追われ、父親が子供と対話することも遊ぶこともなくなり、母親も子の教育費のためにと、そして自分の楽しみに、家計の足しにと仕事に出れば、どうしても子供と接する時間もなくなる。食事さえも母親の手作りのものが少なくなり、親の身勝手で夫婦別れして、子供は寂しい状況におかれることも最近は多いようです。

どんな生き物にも共通することですが、親は子育てに没頭する、親は危険をもかえりみることなく子育てにのみ力を尽くします。親は子を育てることに心血を注ぐことは当然のことなのに、昨今の親たちは、やるべきことが多分にぶれてしまっているようです。かつて家庭には祖父母がいたので親の代わりをしてくれました、またご近所が地域で子供の成長を見守り支えるという地域力もあったので、その補完ができていました。

最近の家庭においては、それぞれの行動が個別化しており、家族としてのふれあいがなくなってきています。子は成長するや、親は子を離し、子は親から離れていくものですが、この頃は子が成長するまでもなく、親の心は子から離れ、子の心は親から離れてしまっています。
 親子、家族、近所、お互いが思いやることによって、心の豊かさが手の届くところに満ちあふれているのに、それに気づかずに暮らしていることがけっこう多いのではないでしょうか。

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宅老所

24191

平均寿命が伸びて喜ばしいことだが、年をとって、老後の暮らしが心配と不安と言う人は沢山いると思われる。家族構成・隣近所の付き合いなどの生活環境が年々変わってきて、戸惑いは隠せない。老後の暮らしをイメージし、模索するのであるが、決め手がない。もう、待ってはくれない。老々介護の果ての殺人や、孤独死などの、痛ましいニュースが後を絶たない。深刻な問題である。  そこでこんな記事をNETより見つけたので記してみた(抜粋)                

佐賀県武雄市で2月23、24の両日、「第11回全国宅老所・グループホーム研究交流フォーラムin佐賀」が開かれた。宅老所をモデルにした「小規模多機能型居宅介護」が、2006年4月から介護保険制度の中に採り入れられ、改めて宅老所のあり方を問うプログラムが組まれた。だが、最も光を放ったのは、開会直後に行われた来賓挨拶であろう。

「有料老人ホームにはしない」と明言                              登壇したのは、古川康・佐賀県知事である。美辞麗句が並ぶ通常の来賓挨拶と違い、厚労省の新制度に異論を唱えたのである。「宅老所は有料老人ホームとは言えない」とはっきり断言した。

全国各地の宅老所が現在、続々と有料老人ホームの枠内に入りつつある中で画期的な決意表明である。有料老人ホームを指導、監督するのは47都道府県であるが、宅老所をその中に含めないと明言したのは佐賀県だけだ。

そもそもは、老人福祉法29条の改定により2006年4月から、「入居者10人以上」という有料老人ホームの定義から人数要件がはずれたことにある。このため、民家を活用した小さな事業所でも、食事や介護サービスの提供を受けている入居高齢者が一人でも居れば有料老人ホームの届けを出さねばならなくなった。

宅老所にはこれに該当するところが多い。「通って(介護保険上のデイサービス)、泊まって、来てくれて(訪問介護)、いよいよの時は住まいに」という4つのサービスを掲げてきた宅老所は、有料老人ホームの前提条件である「住まい」になるからだ。

法改定を受けて、東北6県や新潟、山口、長崎など約20県は、宅老所に対して有料老人ホームの届けを出すように求め、その結果、有料老人ホームが急増している。

有料ホームになじまない宅老所                                 有料老人ホームになると、各都道府県が持つ「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」に従って、「居室は13平方メートル、廊下幅は1.8メートル」などの基準を事業者に迫ってくる可能性が高い。もちろん個室が前提だから、相部屋の改装も要求してくる。この指導指針は厚労省がモデルを作成し、地方がコピーしているので各県でほとんど変わらない。

宅老所にとっては迷惑な話である。デイサービスを基本としながらも、利用者個々人の生活に沿って、融通無碍な対応をしてきたのが宅老所。高齢者が暮らしやすい古民家を改修したところも多く、個室を確保できないこともある。大規模集団施設の特養を手本にした部屋面積や廊下幅が、民家に適合するわけがない。

このほか、人員配置や消防基準など大規模施設並みの整備が求められるかもしれない。そうなれば、民家で営む宅老所は事実上の事業停止に追い込まれかねない。

こうした流れに敢然と「NO」を突きつけたのが佐賀県である。その言い分が奮っている。宅老所には、「住まい」の機能がないというのである。

古川知事は挨拶の中で「利用者が宅老所に通い、そのうち、当初は予定していなかったものの結果として居続けてしまうというのは、住まいとは言えない。従って、宅老所は住まいの機能があることが前提の有料老人ホームとはならない」と述べた。

以前から同県高齢福祉課は「宅老所に長く滞在している要介護高齢者は、泊まりが度重なっているに過ぎない」という見解を出してきたが、知事が改めて表明。全国から集まった宅老所関係者の多くは、「うちの県では考えられない。佐賀はいいわねー」という思いで頷いていたようだ。

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生命が持つ本能

今日の名言

大陸移動という観念を私がはじめて思いついたのは、一九一〇年のことであった。
それは世界地図を見て、大西洋の両岸の海岸線の凹凸がよく合致するのに気がついた時であった。

ヴェーゲナー『大陸と海洋の起源』(上)

Hodaka21闇のちぶささぐりつつ見し春の夢 那珂黙魚

那珂黙魚は詩人の那珂太郎。詞書に「幼年時」とある。幼いころ母親に抱かれて、夢うつつのなかで乳房をまさぐりつつ見た春の夢、それはいったいどんな夢だったのだろうか――。もちろん幼年ゆえ記憶にあるわけではない。

だいいち幼年そのものが、まるごと夢のようなものであり、闇のようなものであると言えそうである。それもあわあわとして、どこかとりとめのない春の夢そのもののようなものであるにちがいない。いきなり「闇」と詠いだされるが、夜の暗闇のなかで乳房をさぐっている、などと限定して考えてしまうのは、むしろおかしい。幼年の定かではない記憶のなかでのこと。同時に闇そのもののような春の夢を意味しているとも言える。

「闇―乳房―春の夢」の連なりがあわあわとした運びのなかで、有機的な相関関係をつくりだしていると言っていい。幼年時の朦朧とした春の夢が、茫漠とした闇のなかで懐かしくも、とりとめもなく広がってゆくように感じられて心地よさが残る。

そうした夢のなかに、ゆったりと身をおくことがかなわなくなるのがオトナではないか。他に「ねむたくて眠られぬまま春の夢」という句もある。こちらは幼年ではなく、むしろオトナということになろうか。黙魚は俳句に造詣が深く、眞鍋天魚(呉夫)、司糞花(修)らと句会「雹の会」に所属している。『雹 巻之捌』(2007)所載。(八木忠栄)

私は、母親には割と早く死なれた(10歳)。たからかどうか分からぬが、3・4歳の頃の記憶が残っている。その中で、母親の乳房を4歳ごろまで吸っていた。ようやっと妹が生まれ諦めた。何時までもあの匂い、感触は懐かしく思いださせる。

なにか、魚の鮭や鱒などが生まれた川を下り、大海原に出て4・5年海の恵を受けて大きくなり再び生まれた川に間違わず、戻ってくるその不思議さも分かるような気がする。それは夢ではない。まぎれもない現実である。

人間も魚も昔は海の中で、生命誕生したのでDNAが似通ったものがあるのだろうか・・・脊椎動物で違った進化をの道を辿ったのだろう。

だから、夢ではない。生命が持つ本能である。

突然だが、ココログフリーがメンテナンスに入り動かせないでまいった。

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2008年3月18日 (火)

彼岸のこと

10005i1彼岸は仏教用語。元々梵語(ぼんご)の波羅蜜多(はらみつた)を漢訳した「到彼岸(とうひがん)」のことだそうだ。(梵語も漢語も知らないから信じるしかないです・・)。煩悩に満ちた世界「此岸(しがん)」から解脱した悟りの世界、涅槃を指しそうだ。こちら(此方)の岸とあちら(彼方)の岸と言う意味だと考えるとわかりやすい。
さらに煩悩に満ちたこちらの世界を現世、涅槃の世界を死後の極楽浄土ととらえ、あちらの世界と考えたところから、亡くなった先祖たちの霊が住む世界を「彼岸」と考えるようになりった。このことから「彼岸に墓参り」と言うことはわかる。
なお、この時期には「彼岸会」という仏教の法会が開かれ、これが現在の「彼岸」の由来となっている。最初に行われた彼岸会は大同元年(AD806年) に平城天皇が霊を鎮めるために行ったと言われている。

今週はは彼岸である。中日は20日。国民の祝日。昼と夜の時間が同じ。自然をたたえ、生物をいつくしむ日で、元は春季皇霊祭。

お墓参りで気になるのだが法名である。法名は生前、死後ともに付せられるが、身分によっては各々相違がある。俗説に、居士号は侍士族に付けられ、信士・信女号は町人百姓に付されるときかされていたが、実はそのようなこよはなく、それは法名の尊称段階によるものである。とある坊さんから聞いたことがある。

アメリカのイラク攻撃から5年、今なおイラク人による自らの国ずくりが遅々として進まず、テロの応酬が止まず、多くの市民の犠牲が続いている。
阪神大震災の傷が生々しく、復興にむけて全国からの励ましにより、被災地の人々もようやく希望を見いだし始めた頃でした、東京地下鉄サリン事件が起こりました、あれから一四年、後遺症に悩む人々の傷は今もなお癒えない。別な団体に名前を変えて活動をしているようだが、800万円/年被害者・家族に、見舞金を送る計画とか言っているが(上裕代表)果たしてどうだろう。
アメリカのイラク攻撃も、地下鉄サリン事件も、3月20日彼岸の中日に起きた事件である。聖徳太子が人々に安らぎの時を持ましょうと提唱されて始められたのが、彼岸の週間である、願わくは、人々がやさしさの心を持って、世界が安心・安全
でありますように祈るのみである。

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円高 外貨預金へのシフト急増

Anna1「今しかない」と個人投資家が動く 

3月17日19時15分配信 J-CASTニュース

円相場が1ドル96円にまで急上昇するなかで、外貨預金に投資マネーがジャブジャブ流れ込んでいる。100円突破した段階で、「いましかない」と個人投資家が動き出したようで、この外貨シフトはやみそうにない。大手銀行でもオペレーションが追いつかないほどの動きだ。インターネット専業のソニー銀行では「アクセスが増え、システム部が厳戒態勢を敷いている」という。                                                    ドル95円近くまで円高が進んだことで、含み損を抱えた個人投資家も少なくない。米国景気の悪化や金融市場の混乱が続くなかでドル売りの流れがすぐには収まりそうになく、円高がさらに進展すれば含み損が膨らむことになる。ただ、「これ以上の円高はない」と予測、新規に外貨預金をする投資家はさらに増えそうだ。

しがない年金暮らし、貴重な退職金から、余りのも安い銀行預金から、少しだが「投信」にまわした。2年経ったが昨年までは、まあまあ良かったが今は・・・・

しかし、下手に外貨預金に鞍替えしてもどうだろう。いや・・・そのままで我慢すしかないのかと思う。

それにしても、アメリカの「サブプライムローン」の問題を早く改善して欲しいものだ。

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夕方の帰り道

今日の名言

恋よ、恋よ、お前は永久に智慧(ちえ)とは融和しないのだろうか。

アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』

Ogata07l1生まれては光りてゐたり春の水 掛井広通

生まれ立ての春の水とは、地に湧く水、山から流れ落ちる水、それとも若葉の先に付くひと雫だろうか。どれもそれぞれ美しいが、「ゐたり」の存在感から、水面がそよ風に波立ち「ここよここよ」と、きらめいているような印象を受ける。

春の女神たちが笑いさざめき、水に触れ合っているかのような美しさである。春の水、春の雨、春雷と春の冠を載せると、どの言葉も香り立つような艶と柔らかな明るさに包まれる。小学校で習ったフォークダンス「マイムマイム」は、水を囲んで踊ったものだと聞いたように覚えている。調べてみるとマイムとはヘブライ語で水。

荒地を開拓して水を引き入れたときの喜びの踊りだという。命に欠かせぬ水を手に入れ、それがこんなにも清らかで美しいものであることを心から喜んでいる感動が、動作のひとつひとつにあらわれている。

今も記憶に残る歌詞の最後「マイム ヴェサソン」は「喜びとともに水を!」であった。なんとカラオケにもあるらしいので、機会があったら友人たちとともに身体に刻まれた喜びの水の踊りを、あらためて味わってみたいものだ。〈両の手は翼の名残青嵐〉〈太陽ははるかな孤島鳥渡る〉『孤島』(2007)所収。(土肥あき子)

昨日の夕方、何時も犬と散歩している、奥さんと暫く話をした。いまだに、湧き水で田を耕作している。その沸いている清水は一年中涸れないないで、コンコンと湧き上がっている。そんな場所は、とうぜん山のふもとである。その近くに見事に咲く「かたくり」が植わっている。

ちょうど、その奥さんの家の裏山にあたる。そして小さな池があって、鯉だろうか魚を飼っている。その昔、私は、無断で入って沢蟹を取ったことがある。遠いむかしのことだ。

その奥さん、「風が冷たいねえ」「エェー寒い!、きのう・きょうは。暖かいじゃないか!」などの会話をして、犬に引きずられていった。奥さんの手作りの酒饅頭の美味しかったことを思い出し、正直ちょっと、日中より冷たく感じられた風だった。ボランテアで、国道から駅前のゴミ拾いをしたり除草をして、汗をかいた帰り道だった。

川の鯉も、動きが活発になったような気がする。キセキレイが川岸の石を軽快に飛び跳ねていた。

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2008年3月17日 (月)

世界の経済

Hodaka21いま、世界の経済は大揺れ、アメリカのサブプライムローン・原油高・アメリカ公定歩合を0.25㌫引き下げたが株価・ドル安に歯止めが掛からない。

サブプライムローンや、原油高で大揺れで混乱している。株価は450円も値を下げた。そこで、日本の株価の心配であるので、アンケートをとって調べてみた。

『設問』                                                                       『日本経済・GDPで、アジアの国から追い上げが厳しいと言われている。どうしたらいいと思いますか』112の回答を頂きました。niftyのアバウトミー)

 1、物作りに、政府が力を入れる       35.7㌫

 2、専門教育の充実               22.3㌫

 3、このままで良い                22.3㌫

 4、環境・IT産業に投資する          16.1㌫

 5、開発に投資をする               8.9㌫

ドル安;円高では、輸出は、相当頑張らないと・・・・。日本の内需拡大が促進されるような政策を取らないといけない。資源のない日本、物作りに力をいれて高品質な製品・真似の出来ない製品を作ることで、この局面打開しないと生き残れない。

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ダライ・ラマ「大虐殺」と中国非難

Yangtzeinthreegorges1_2チベットの暴動問題は、深刻となって来た。北京五輪が開催される今年中国である。標高4000㍍に住んでいる遊牧民もいるそうだ。面積は日本の4倍という。他民族が暮らしている。ダマイ・ラマ14世を筆頭に仏教の国で僧侶がたくさんいる。

チベット自治区は中国で最も人口の少ない省クラス行政区だ。総面積は120万平方キロ余りで中国全土の8分の1を占めるが、人口はわずか270万人ほどで、人口密度は1平方キロあたり3人未満。蔵(チベット)族を主体に、回族、モンパ族、ローバ族、ナシ族、ヌー族、トゥロン族など十数の少数民族が代々居住するほか、民族として認定されていないトン、シェルパもいる。モンパ族、ローバ族、ナシ族の民族郷も設置されている。

毎日新聞webより                                            チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世は16日、ダラムサラで暴動発生後初めて記者会見した。中国当局による鎮圧行為を「大虐殺」と厳しく非難するとともに、「中国が私をスケープゴートにするなら、真相究明のため国際社会の調査を受ければよい」と述べ、中国側に国際調査団の受け入れを求めた。

ダライ・ラマは「自治区では(中国政府による)恐怖統治が続けられてきた」と明言し、チベット文化や民族性を破壊してきたとする中国政府の「同化政策」を改めて批判。暴動はこうした「差別的な対応」に起因するとの見方を示した。

中国当局の鎮圧も「見せかけの平和を取り戻すために力を行使している」と非難。抗議デモは「怒りの表現」と理解を示す一方、「完全な非暴力と平和が私の原則」と述べ、中国国内のチベット人と中国当局の双方に自制を求めた。

北京五輪への対応については「中国は五輪を開催する資格があるし、中国人は自信を感じていい」と述べた。暴動が北京五輪のボイコット運動に根ざしているとの指摘が中国側にあることから、批判をかわす狙いもあるとみられる。 (毎日新聞)

中国チベット自治区ラサの騒乱で多くの死者が出た。遥(はる)かな異境の事件とは思えない。日本人と見間違う顔がテレビに映る。言語も根は同じらしい。数は一(チッ)二(ニ)三(スム)四(シ)五(ガ)……九(ク)十(チュウ)と発音する。

日本も仏教国であり、顔つきも何処か日本人に似ており親しみを覚える。学校に行けない遊牧民の子供がまだ大勢いる。住民の収入は上海市の半分以下。チベット人は怒っている。力ずくで押さえ込もうとする中国政府に、米欧各国の政府はすかさず懸念や遺憾の意を伝えた。チベットの遠い親戚(しんせき)かもしれない日本の福田政権の反応は、なぜかおっとりしている。 自分のお尻に火がついた?それどころでない。

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激動ネットビジネス

282_field111「激動ネットビジネス」

NHKwebサイト「土曜解説」より(抜粋)

コンピューターソフトの最大手・マイクロソフトは、インターネットを使ったビジネスの大手・ヤフーに対して、買収を申し入れました。
ヤフーは提案を拒否しましたが、様々な会社がヤフーに関心を寄せ、激しい攻防が繰り広げられています。

検索を制すものはインターネットを制すといわれるほどの影響力をもった検索サービス、とくに グーグルの成功はインターネットの世界に大きな影響を与えています。
ちょっと前にWeb2.0という言葉がもてはやされましたが、これまでのような一方的にユーザーが情報を受け取る時代ではなく、ブログに代表されるように、これまで情報の受け手であったユーザーが情報の発信者となって、インターネットの世界ではユーザー参加型のサービスが広まってきている。
また情報の発信者が増えたことで、「コラボレーションによって、より有益な情報が生み出される」という、現象も起こりつつある。この様な次世代Webの現象を総称してWeb2.0と呼んでいる。
このグーグルもいわばWeb2.0のサービスです。いわゆる人々の叡智を集めて作り上げるサービスです。今回の問題もWeb1.0企業とWeb2.0企業の攻防ともいえます。
   
パソコンの時代から、ネットの時代になって、IT業界の戦いの場が大きく変わってきている。その主役・盟主も代わろうとしている。世代交代を象徴付ける出来事。IT業界の時代の移り変わりの速さにも驚かされる。

ブロードバンド世帯普及率 50.9%、家庭のブロードバンド利用者数は4,627万人
ブロードバンド世帯普及率は、2007年3月時点で50.9%となり、初めて日本の全世帯の半数を超えました。昨年の2006年2月調査時点の41.4%から、着実に伸びています。インターネット利用世帯の接続回線は、光が28.2%、ADSLが40.6%、CATVが10.6%であり、その他のブロードバンド回線と回答した0.1%を合わせると、インターネット利用世帯の79.5%がブロードバンドを利用しています。また、家庭からのブロードバンド利用者数は、4627.0万人と推計しています。(インターネット協会)

ブログ利用者1200万人とか言われている。インターネットの役割そして、ネットビジネスの躍動する時代の凄さ、そこには、当然、生き残りを賭けた壮絶なバトルがあるのは当然。

いづれにしても、世の中はめまぐるしい動きとなって来た。但し人間にとって負の財産になってしまう事もある。そのことを忘れては発展はない。多様化した社会に、SNSと言っても?社会的コミニテイは難しい。

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駄菓子屋さん

今日の名言

野蛮であるということは、すぐれたものを認めないということではないか。

エッカーマン『ゲーテとの対話』(中)

20080120990742131軽荷の春旅駄菓子屋で買ふ土地の酒 皆川盤水

今年の春は、急にやってきたという感じだ。東京は、昨日一昨日といきなり四月並みの陽気。いつものようにコートを着て出かけたら、汗が滲み出てきた。急な春の訪れだけに、なんだかそわそわと落ち着かない。

良く言えば、浮き浮き気分である。この句も、まさに浮き浮き気分。「軽荷の春旅」という定型に収まりきれない上五の八音が、浮き浮き気分をよく表している。句集の作品配列から推測して、この句は昭和三十年代のものと思われる。

酒を買ったのは「駄菓子屋」とあるが、当時のなんでも屋、よろず屋のような店だったのだろう。現在のようにしかるべき土産物屋に行けば、なんでも土地の名産が揃っているという時代ではない。つまりこの駄菓子屋で買わなかったら、せっかく見つけた土地の酒を買いそびれるかもしれないわけだ。

元来、地酒とはそういうものであった。幸いにして、気楽な旅ゆえ手荷物は軽い。味なんぞはわからないが、迷わず一升瓶を買い求めたのである。おそらく、駄菓子屋のおばさんと軽口の一つや二つは交わしただろう。その素朴な気持ちよさ。酒飲みにしかわからない浮き浮きした心持ちが、心地よく伝わってくる。

同じ句集に「蚕豆や隣りの酒徒に親近感もあり、これまた酒飲みの愉しさを印象づけて過不足がない。春風のなか、どこかにぶらりと行ってみたくなった。『積荷』(1964)所収。(清水哲男)

むかし、屋号という名で、お店があった。その一つに、酒屋さんがあって、酒を量り売りするのであった。徳利を持って売ってもらった。そのお店は、駄菓子や日用品が置かれてあって、その店に行けば何でも揃っていた。

駄菓子と言えば、飴である。お袋に頼まれてお使いするのが楽しみであった。何故なら、つり銭で飴を買うのである。それだけ今のように砂糖は、貴重で、値段が高く買ええなかった。

現在は、そんなお店はなくなって、昔の屋号の名前だけが残っている。八百屋さん、酒屋さん、魚屋さん、肉屋さんと、洋服屋さん、駄菓子屋さんなどである。

みんな、スパーストアーや、ホームセンターになって車で買い物に出かけて、まとめて買いである。それだけではない、お店のおばさん、おじさんの、コミニケーションがなくなり、そのせいか近所のコミニケーションまでもなくなってしまった。

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2008年3月16日 (日)

防犯パトロール

Odaiba971我町でも5年前から、町会で、組織を作って毎週火・木曜日に町内防犯パトロールを実施している。それでも、引ったくり、空き巣などの被害は起きている。学童の登下校じなどは、地域の目を光らして、頂くようにお願いしていて、現在は児童には問題は起きていない。
NHkwebサイトに自民・公明両党はこういう活動に支援をする作業チームを発足させるという。記事が目に付いた。
子どもを狙った凶悪犯罪などがあとを絶たないなか、住民みずからが地域の安全を守る防犯ボランティア結成の動きは全国に広がっており、去年末の時点で、およそ3万8000団体と、この4年間で12倍に増えています。
自民・公明両党は、安全な地域社会を築くため、こうした活動を支援する作業チームを近く発足させ、具体策を検討することになりました。作業チームでは、国や自治体などが、防犯ボランティアの活動の拠点となる施設を提供したり、人通りが少ない場所などに通報装置や防犯カメラを設置する際の費用を補助したりすることなどを検討することにしています。
また、登下校時に通学路などのパトロールを行う「スクールガード」と呼ばれるボランティアの育成についても議論することにしています。作業チームは、できるだけ早く案をまとめ、野党側にも協力を呼びかけて、今の国会に法案を提出したいとしています。

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世の無常に思う

15401_2アッ!という間に、日に日に暖かくなってもう10日も経つと桜が開花するそうだ。月日の流れは早いもの、義母が亡くなってから8日過ぎた。

:東京の日の出 05時51分 : 日の入 17時50分;月の出 12時05分 : 月の入 02時23分 もう5時半だと、外は明るくなってきた。そろそろ、潮し狩りのする時期を迎える。

桜が咲き、桃が咲き、草木は一斉に咲きだし、毎年同じ時期に咲き出すので人は花の咲くことにより季節を教えられる。しかし、よーく見ると少しだけど、花の形・数・色などが違っている。こんな詩を思い出す。

年年歳歳花相似て、歳歳年年人同じからず・・・・・劉廷芝(りゅうていし)の詩、「白頭を悲しむ翁に代わる。」
毎年毎年桃やすももは春に同じ花を咲かせるが、年を追うごとにそれをめでる人の方は同じであるというわけにはいかない→人の世が変わるのに対して、自然がいつまでも変化しない。ということだが・・・

世の中の移り変わりは、驚くほどだが、只じっとその場にいると一瞬変化は感じられないが、この地球上では、人間同士のいざこざが絶えない、中東イラクや、イスラエル・パレスチナとの関係パキスタンやチベットでの紛争と北朝鮮核開発・拉致問題など、なかなか、解決糸口が見つからない。一方400キロ上空にある国際宇宙ステーションでは、日本人宇宙飛行士の土井隆雄さんが活躍している。

様々な組織の細胞になる能力がある胚性幹細胞(ES細胞)。体内の様々な組織の細胞の供給源となる体性幹細胞――。幹細胞は、再生医療やがんの解明・治療の切り札となりうるのでしょうか。今何がわかり、何がわかっていないのでだろう。幹細胞研究は、人間に対し福音となる事だろう。極小世界の研究(ES細胞)が京都大学 中山伸也教授により発明された。

そんな宇宙の一つの地球上で、宇宙の正反対の細胞の研究が日本人の手で発見されたなど世の中の移り変わりも、「無常」という事なのか。

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人種差別

15401 アメリカの大統領の候補選びは、大変な様子が日本のお茶の間まで飛び込んでくる。但し、民主党の候補選びのほうで、共和党はあんまり話題にないようだ。

同じ民主党でも、人種の問題は心の内まで本音は分からない。人類の歴史が始まって以来の遺伝子は頭で思っていても、100㌫取り除けない。人間の叡智で共存共栄で同じ国に住んでいる。

そんな内に秘めた人種問題を、克服して、アメリカの民主党大統領候補選び白熱している。毎日新聞「余禄」にの内容を載せていた。

毎日新聞 2008年3月16日 0時03分

おそらく、米大統領選でヒラリー・クリントン上院議員の勝利をだれよりも願う女性はジェラルディン・フェラーロ元下院議員だろう。24年前、女性初の副大統領候補(民主党)に選ばれたが惨敗した。果たせなかった夢を後輩に託す。

バラク・オバマ上院議員について「もし白人男性だったとしたら、いまの地位にはいなかっただろう」と発言した。「オバマ氏が優位に立つのは黒人男性だから」つまり「政策や資質は問題にされていない」という意味になる。クリントン氏は「この発言を拒絶する」と非難した。

一方、オバマ一家が通う教会の黒人牧師ジェレミア・ライト師は黒人蔑視(べっし)の表現をあえて使って、人種差別をしかった。「金持ちの白人が支配する国に生きる黒人が何を意味するかバラクはわかっている。だがヒラリーはニガーと呼ばれたことなんかない」。オバマ氏は「扇動的ないいかたを拒否する」と述べた。

肌の色とジェンダー(社会的性差)。この二つを語る時、米国人は差別主義者と非難されないよう、常にことばを選ぶ。だが、何が政治的に正しい表現か、時と場所で微妙に違う。ダメージが広がらないよう両候補者は代わりに謝った。

黒人ゆえに選挙で有利なのは不公平だ、という不満がフェラーロ発言だ。白人だから得をするのは許せない、という怒りがライト発言だろう。当の2人は謝罪しない。差別のない平等社会をいくら誇ろうとしても、白人女性と黒人男性の対決となると、支持者の本音が噴き上がる。

同じ民主党なのにこれほど行き違いがある。本選になれば文化戦争はもっと燃え盛る。米社会に潜むマグマはやけどするほど熱い。

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深刻な少子化対策

今日の名言

(あした)に死に、夕(ゆふべ)に生(うま)るゝならひ、たゞ水の泡(あは)にぞ似たりける。

鴨長明『新訂 方丈記』

035571青き踏む生まなくなつた女たち 早乙女わらび

季語は「青き踏む(踏青)」で春。古い中国の行事から来た言葉だが,いわゆる野遊び、ピクニックなどを言う。ちょっとした春の散策やそぞろ歩きも含めて,幅広く使われているようだ。この場合は,比較的若い女性ばかり何人かでのハイキングだろうか。

明るい日差しを浴びて,にぎやかに春の野を楽しんでいる女性たち。作者はその群像を傍見しつつ、ふっと最近の女性の多くが子供を「生まなくなった」ことを意識させられた。意識させられたからといって、それがどうしたというわけではないが、彼女らの屈託のなさや身軽さは、そのあたりから発しているような気がしないでもない。

いずれにしても、戦後半世紀以上を経てみると,女性のありようも変われば変わったものだという感慨がわいてくる。で、ここからは私のヤマカンでしかないが、ひょっとすると句の「青き踏む」は、平塚らいてうの興した「青踏社」に掛けてあるのかもしれないと思った。

「青踏社」の「踏」は正確な表記では「鞜」であるが、どちらも語源的には「踏む」の意を持つからか,両者とも普通に使われている。そこでこの句に、らいてうの有名な宣言

「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である。私共は隠されて仕舞った我が太陽を今や取り戻さねばならぬ」

を響かせると,いっそう味わい深くなる。彼女の言った意味で,果たして現代女性はまったき太陽を取り戻したと言えるのだろうか、それとも……。作品集「雁坂」(2004年12月・第11輯)所載。(清水哲男)

少子高齢化は深刻である。政府も内閣府特命担当大臣(少子化対策/男女共同参画)席を儲けて、対応を図っているが、どうも難しい問題だ。

政府の基本的考えは以下とうりである。日本の経済・環境・教育・医療などの総合的な政策で、安心・安全を実感できる。社会構造で、始めて改善されるものだと思う。

我が国における急速な少子化の進展は、平均寿命の伸長による高齢者の増加とあいまって、我が国の人口構造にひずみを生じさせ、二十一世紀の国民生活に、深刻かつ多大な影響をもたらす。我らは、紛れもなく、有史以来の未曾有の事態に直面している。
 しかしながら、我らはともすれば高齢社会に対する対応にのみ目を奪われ、少子化という、社会の根幹を揺るがしかねない事態に対する国民の意識や社会の対応は、著しく遅れている。少子化は、社会における様々なシステムや人々の価値観と深くかかわっており、この事態を克服するためには、長期的な展望に立った不断の努力の積重ねが不可欠で、極めて長い時間を要する。急速な少子化という現実を前にして、我らに残された時間は、極めて少ない。
もとより、結婚や出産は個人の決定に基づくものではあるが、こうした事態に直面して、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備し、子どもがひとしく心身ともに健やかに育ち、子どもを生み、育てる者が真に誇りと喜びを感じることのできる社会を実現し、少子化の進展に歯止めをかけることが、今、我らに、強く求められている。生命を尊び、豊かで安心して暮らすことのできる社会の実現に向け、新たな一歩を踏み出すことは、我らに課せられている喫緊の課題である。
ここに、少子化社会において講ぜられる施策の基本理念を明らかにし、少子化に的確に対処するための施策を総合的に推進するため、この法律を制定する。

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2008年3月15日 (土)

地域に対する認識の変化

7081自分のおかれている立場・環境など、すっぽり嵌まったってしまうと、他との比較が出来なく、異常さや、不自然さが見えないというか、分からなくなってしまう。気がついて時には取り返しのつかない事になってしまう。

今国会問題になっている、道路特定財源揮発油(ガソリン)税の暫定税率は34年も暫定税率を延長どう見てもおかしい。日銀総裁選びもそうだが、余りにも審議する期間が短い(民主党から見ると)という。それでいいんだと思っていても、ちょっと引いてみたら、こりゃーおかしいと分かる。というもんだ。その時は、まあいいかで、放って置いて、慌ててしまった事案のようだ。

地域では、少子高齢化が進み、65歳の方が住民の50㌫以上、いわゆる限界集落という地区は東京近郊にも、問題化してクローズアップされてきた。ごく最近でも新しく一年ごとの輪番制の町会の理事での話だが、当たった理事の方が介護認定3級でどうしても出来ない。もしどうしてもと言うなら、町会を脱退したい旨で封書にで町会長の自宅に届けられた。

町会長は、近所の方と相談して、代りの方を決めてくださいとお願いしたという。人の良いその人は、2.3人の方に相談したが断られたという。なり手がいない。でも、町会として誰かいないと連絡が取れず困ってしまている。

高齢化だけならいい、元気である程度の行動に支障なければいいのだが、車椅子生活や、身障者となった方などに、理事をしてもらう事は出来ない。その判断が難しい。

だから、町会長などの選出は、ことさら困難である。ある程度意見をまとめ、事務的にも処理能力がある人で、時間があるということになると、なかなかいない。それだけ地域社会に対する信頼度や理解が薄く、仲間意識が希薄になってきてしまったのだと思う。

町内で行う行事など、コミニケーションと親睦をはかる盆踊りや、敬老会・お祭りなどに何とか参加するように、工夫していかなければいけないと思うのだが・・・新旧交代の役員改選時期に考える。

悩んでいます是非、現在自治会長・町会長の方に真面目にコメントをお願いします。

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腐った根性

041年度末、車で出かけるとやたらと道路工事の箇所が多くなる。どうしても、2月3月になってしまうのは仕方がないが、予算を使いきるために無理やりに、工事をするように見られる。それが国交省だけでないとなると・・・
すべての省で、年度末までに使い切るために、いろんな事をして、何とかクリアーしたいがためにあらゆる手段を使う。それが飲食費であったり、慰安旅行であったりでは、血税をいいように使うのでは、たまったものでない。役人は、一体どういう神経を持っているのだろう。腐った根性をなんとかしないと・・・
国会で冬柴国土交通大臣の答弁や石破防衛大臣の答弁等は、泣き出しそうであった。それに対して福田総理大臣は、よそ事のような対応しかみられない。
強力なリーダーシップで対応して欲しい!。今の政府では、役人を抑えるどころか、国民に信頼されなくなるのでは?・・・。

省に配分された予算を使い切らないと、次の年度で削られてしまう。大蔵省の局長が一計を案じ、部下のひとりに「臨時景気調査」に名を借りた“全国うまいもの食べ歩き散財ツアー”を命じた。

開高健さんの小説「新しい天体」(新潮文庫)である。「松阪牛、神戸牛、近江牛、米沢牛、何でも結構。ベルトが切れたら何本でも買いかえなさい。それもツケに入れて請求してくれたらいい…」と。

人様から預かったお金、税金を使わせたら誰よりも気前が良くなる役人気質を、30年以上も前の小説に描かれた絵空事とばかりも笑っていられない。道路特定財源の無駄遣いが次々と明るみに出ている。

マッサージチェアやカラオケセットを購入した国道事務所がある。職員旅行で温泉などに出かけた公益法人がある。その額は22法人6900万円、たった1年間で、である。

過去にさかのぼれば、道路のつまみ食いが総計でいくらになるのか見当もつかない。職員旅行の料理と酒でベルトの切れた人がいたかどうかは知らないが、国民の堪忍袋の緒は間違いなく切れつつある。3/15(読売新聞・編集手帳抜粋)

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卒業式

今日の名言

人が事実を用いて科学を作るのは、石を用いて家を造るようなものである。事実の集積が科学でないことは、石の集積が家でないのと同様である。

ポアンカレ『科学と仮説』

05detohama11卒業歌ぴたりと止みて後は風 岩田由美

現代は、中高の卒業式に歌われる歌もさまざま。オリジナル曲を歌う学校もあるというが、私の時代はまず「仰げば尊し」であった。中学三年の時、国語の授業で先生が「お前達今、歌の練習してるだろう。あおげばとおとし、の最後、いまこそわかれめ、って歌詞があるね。

わかれめって、分かれ目(と板書)こうだと思ってないか?」え、ちがうの。少なくとも私はそう思っていた。「文法でやったな、係り結び。こそ(係助詞)+め(意志の助動詞、む、の已然形)。今こそ別れよう、いざさらば」という説明を聞きながら、妙に感動した記憶がある。

そして三十年近く、仰がれることはなくても卒業式に出席し続けて現在に至る。たいてい式も終盤、ピアノ伴奏に合わせて広い講堂にゆっくりと響く卒業歌。生の音は、空気にふれるとすっと溶ける。歌が終わって少しの間(ま)、そして卒業生退場。その後ろ姿を拍手で見送る時、心の中にあるのは、喜びや悲しみをこえた静けさのようなものである。

そして今年もこの季節がめぐってきた。別れて忘れて、また新しい出会いがある。後は風、たった五音が深い余韻となって響く。『俳句歳時記・春』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)

卒業式で歌った「仰げば尊し」は、卒業する生徒、在校生は、「蛍のひかり」を歌った。私の時代でも、卒業式に生徒が暴れて、先生に暴力をふるった、というニュースはあった。今はどうだろう。

「この星に生まれて」 「旅立ちの日に」「さよならのむこう?」 「ゴール目指して」 「少年の日は今」 「羽ばたけ鳥?」等が今は、歌われているようだ。殆どの学校がオリジナルと言う卒業式方式だ。「国歌」歌わず、「日の丸」掲げない学校もあるようだ。

そして、国歌(君が代)を歌い、国旗を掲げることに、賛否両論あるがどうだろう。何か当然であると思うのだが・・・

誰かの意見なのだが、日本人に生まれたら3つの義務が課せられる、教育、労働、納税である。義務教育は国家業務でから、国歌、国旗を歌い掲揚当然だ。」というが・・・

「旅立ちの日に」
小嶋  登  作詞
坂本 浩美 作曲
松井 孝夫 編曲
白い光の中に 山並みは萌えて
遙かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ
自由をかける鳥よ 振り返ることもせず

勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

懐かしい友の声 ふとよみがえる
意味もないいさかいに 泣いたあの時
心通った嬉しさに 抱き合った日よ
みんな過ぎたけれど 思い出強くだいて

勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

今 別れの時 飛び立とう 未来信じて
はずむ 若い力 信じて
この広い この広い 大空に

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2008年3月14日 (金)

中国でももひき事件勃発?

539571私は、昔から、冬、寒くなると、“ももひき”を穿くが、中国の漢方の教えとかでない。ただ寒いから穿いている。昭和10・20年代では、今よりずっと寒く、暖房設備は完備していなかったからで、親が穿かせていたもので、そのままこの年になった。

昭和50年代では、穿いていて、“ももひきマン”と言われ、“田舎っぺ”と言われた。中国のように事件にはならなかったが相当、馬鹿にされた経験がある。今、中国で起きている、ももひき事件なんて、日本では40年前に起きている問題と思う。だから、寒い時には、穿いたほうが健康には良いのは、間違いない。特に女性はやせ我慢なんてしてはいけない。

2008年3月14日(金)12時12分配信 Record Chinaによると(抜粋)                   

中国女性のおしゃれバイブル「時尚芭沙(BAZZAR)」誌の編集主幹が「“ももひき”なんて格好悪いから穿くべきではない」と発言したことが、多くの中国人の反感を買い、いまや「ももひき事件」と呼ばれる騒ぎにまで発展している。中国人は男女問わず寒い季節に「ももひき」を穿くのは常識だが、果たしてことの結末はいかに?「新華ネット」が伝えた。

中国に古くから伝わる漢方の教えでは、「下半身の冷え」は絶対に禁物。夏でも裸足にならないのが中国人だ。ましてや寒い季節に、綿や毛糸の「ももひき」を穿くのは基本中の基本。この「おしゃれが大事か?健康が大事か?」という究極の論争に決着をつけるべく、あるサイトが緊急アンケートを実施した。

その結果、女性の有効回答2万4651人のうち、81%が「寒くなったらすぐ穿く」と回答。15%が「なるべく我慢するが、寒さに耐えられなくなったら穿く」、逆に「どんなに寒くても絶対に穿かない」としたのはわずか2%にとどまった。また男性回答者のうち70%以上が、「ももひきを穿くとダサいなんて、頭がおかしい考え」と回答。中国人の必須アイテム「ももひき」は、まだまだ健在のようだ。(翻訳・編集/NN)

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春の雨

07akitakoma_sumire11乾いた空気と中国のゴビ砂漠から飛んで来る杉花粉より10分に1位小さい粒の黄砂の空気は、春の雨で、シャワーウオシュされて、しっとり落ち着いた感じである。沈丁花の花も、プランタンに植えられている桜草の花びらも、ピンクの雫をつけて光っている。

春にちなんだ和歌を選び、鑑賞してみる。

いはばしる垂水の上の早蕨の 萌え出づる春になりにけるかも(志貴皇子)
いはばしる たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも、
「滝のほとりに蕨も萌え出て、ああ春が来たんだなあ」

春の野に菫摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける(山部赤人)
はるののに すみれつみにと こしわれぞ のをなつかしみ ひとよねにける  「野には菫を摘みに来ただけなのに、離れがたくて一夜過ごしてしまった」

谷風にとくる氷のひまごとに 打ち出づる波や 春の初花(源当純)
たにかぜに とくるこほりの ひまごとに うちいづるなみや はるのはつはな           「谷風に融けた氷の隙間から、波は花びらのように飛沫を上げる」

君ならで誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る(友則)
きみならで たれにかみせむ うめのはな いろをもかをも しるひとぞしる            「この梅の花の良さが分かるのはあなたを置いて他にない」

色も香も昔のこさににほへども うゑけん人のかげぞ恋しき(貫之・)
いろもかも むかしのこさに にほへども うゑけんひとの かげぞこひしき          「梅花は色も香りも昔のままなのに。植えた人にはもう会えない」

梅の花まだ散らねども 行く水の底にうつれるかげぞ見えける(貫之)
うめのはな まだちらねども ゆくみづの そこにうつれる かげぞみえける          「梅花はまだ散らぬが、流れる水の底に映る姿は、まるで散っているかのよう」

吹く風をなにいとひけむ 梅の花散りくる時ぞ香はまさりける(躬恒)
ふくかぜを なにいとひけむ うめのはな ちりくるときぞ かはまさりける           「吹く風をどうして厭おうか、梅花は散るときこそ薫り高くなるのだから」

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22法人が「道路財源旅行」

Shibutoge61昨日、参議院予算委員会のテレビ中継をみた。民主党の議員から、道路暫定財源の問題で冬柴国土交通大臣に、明るみになった、マッサージチエアや、役員報酬2000万円をこえている人がいるという、200万円の収入が1000万人もいる世の中である。またまた、運動用具等や官費旅行のずさんな予算の使い道を指摘されても政府の従来通りの予算を出し承認を得ようと必死説明していたが、どうも、国民の目線で見ていない、天下り役人の目線ではないのかと指摘され、言葉が詰まる場面もあった。

そんな、日本の官僚の考えでは、国民に信頼などなくなるばかりである。年金未加入者25パーセントだそうだ。年金の将来はどうなるのだろう。不安になるばかりか、これでは、道路特定財源法案など国民は、賛同するはずがない。日銀総裁選びも待ったなしだ。福田康夫首相の国民に対し、決意を示し納得行く説明をしなければ混乱するばかりとなってしまう。首相のリーダーシップを発揮に期待したい。

産経新聞web3月14日3時0分配信)

道路整備特別会計から平成18年度に1件当たり500万円以上の支出を受けた国土交通省所管の50公益法人のうち、「公共用地補償機構」を含む22法人で職員旅行に福利厚生費をあてていたことが同省の調査で13日、分かった。うち「河川情報センター」と「先端建設技術センター」は全額を丸抱えしていた。

 事業収入の7割以上を道路整備特別会計から得ている「公共用地補償機構」が職員旅行をほぼ丸抱えしていた問題が発覚し、民主党の林久美子参院議員が調査を求めていた。

 国交省の調査によると、18年度の職員旅行に福利厚生費をあてていた22法人の支出額は、「近畿建設協会」が最高で約1329万円。参加人数は222人で1人当たりの支出額は約6万円。参加者負担分として1人当たり1万円を別に徴収していた。

 「中国建設弘済会」は約937万円で1人当たりの支出は4~5万円だった。
 全額を丸抱えしていた「河川情報センター」は62人分の計約232万円、「先端建設技術センター」は44人分の計約146万円を支出していた。

 22法人のうち19法人は福利厚生費からの支出以外に参加者負担を求めていた。1法人が参加者負担は「把握していない」と回答した。

 国交省は道路特定財源の改革案で道路整備特別会計から1件当たり500万円以上の支出がある50法人について廃止や統合、民営化する方針を示している。

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円高は歯止めが掛からない

05sikotuko31今朝の毎日新聞のwebの記事はこう伝えている。

13日の外国為替市場ではドル安進行を受けて、円相場が約12年5カ月ぶりに1ドル=100円を突破したが、依然として市場のドル売り圧力は強い。

米景気悪化が長期化すればドル相場の反転は当面見込めず、円高に歯止めがかからないとの指摘もあり、エコノミストの間では「1ドル=90円台後半が当面の上値になるだろう」と、3月末に向けて一段の円高・ドル安を予測する声が広がっている。

サブプライムローン」「原油高騰」「物価値上げ」等で私も、少なからず影響がでて、投信なども目減りが心配である。年金暮らしの私には、厳しい生活をしいられるのでは・・・・。

今まで、順調に来過ぎたのか、日本経済は、アメリカ・中国を始め世界の経済の影響で、大きく揺さぶられている。基本的には、資源のない日本で、食料の需給率は40㌫と輸入に頼らなければ、生きていけない。

工業国に技術力で生きてきた日本は、世界的に技術の向上があり、追いやげられているのである。そんな生存競争の中で、日本の課題は多い。

いまこそ、日本のあるべき未来像をイメージし、基本的に何をなすべきか、日本人一致団結し、今まで通り世界をリードしていかなければならない。

それには、政治力が問われる。政治力を高めるには、教育である。もう時間はない教育問題は喫緊の課題である。

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大宇宙に夢と希望とロマン

今日の名言

強欲によって食うに困るような貧乏から免れはするが、概して小心になりすぎて金持ちになることはない。

トーマス・ペイン『コモン・センス 他三編』

07oomori__kiri_ike11襟あしの黒子あやふし朧月 竹久夢二

もちろん女性のしろい襟あしにポチリとある黒子(ほくろ)である。本人は気づいているのだろうが、本人の目には届きにくい襟あしに忘れられたように、とり残されたようについているほくろは、この場合、美人の条件の一つとして設定されていると言っていい。

まだ湿気を多く含んだ春の夜にぼんやりかすむ朧月は、満月や三日月のようなくっきりとした美しさとは別の妖しさがしっとり感じられる。夜空ににじんでいるような朧月と、襟あしにポチリと目立つほくろの取り合わせは憎い。

そんな絵が夢二にあったような気がする。明治から大正にかけて、美人画で一世を風靡した夢二ならではの、女性に対する独自のまなざしがある。目の前にあるほくろと、夜空に高くかすむ月。

両者を結ぶ「あやふし」は、ほくろを目の前にした作者のこころがたち到っている「あやふさ」でもあるだろう。その情景はいかようにも設定し、解釈できよう。美人が黒猫を抱いている代表作「黒船屋」も妖しい絵だけれど、夢二は浪漫的な美人画ばかりでなく、子供の絵もたくさん残した。詩や俳句も少なくない。

夢二の絵そのものを思わせる「舞姫のだらり崩るゝ牡丹かな」という句もある。そんな大人っぽい妖しい句があるいっぽうで、「落書を消しにゆく子や春の月という健気な句もある。『夢二句集』(1994)所収。(八木忠栄)

3月14日(金曜日)19時46分:上玄の月    Moon421_3月齢6.08潮汐 中潮である。

朧月なんて、風情があっていいなあ・・・、空を見上げて見ると、月は地球の惑星である。

大宇宙の事はよく分からないが、太陽と地球と月の関係で、地球上の生き物・人間の生き方や暮らしに密接に関係が作られている。不思議でならない。

太陽と地球の距離は、1億5千万km、地球と月は38万kmである。正確に、回り続けている。そして約400kmに国際宇宙ステーションがある。12日に、日本人宇宙飛行士、土井隆雄さんをのせたエンデバーとドッキングした。

国際宇宙ステーション(こくさいうちゅうステーション、International Space Station、略称ISS)は、2010年の完成を目指して、アメリカ、ロシア、日本、カナダ、ESA(欧州宇宙機関)が協力して建設を進めている宇宙ステーションである。

地上から約400km離れた地球周回軌道上に浮かび、地球や宇宙を観測し、また、宇宙環境を利用したさまざまな研究や実験を行うための巨大な有人施設である。 約90分で地球の周りを一周する。

日本からもISSに実験モジュール「きぼう」が取り付けられ、各種実験を行う予定である。

朧月を眺め、大宇宙に夢と希望とロマンを感じる、今の夜空である。

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2008年3月13日 (木)

季節の花

Aaoojincyo11冴返る二三日あり沈丁花(ぢんちやうげ)・・・・高野素十

ジンチョウゲは寒さに強い木で寒中から花芽をつけている。
花が写真のように咲き開くのは三月になってからだが、極めて強い香りが特徴である。だから屋内は無理である。
私の庭にもジンチョウゲがあるが木の芯のところに芯虫が入りやすく、その株は枯れそうになったので、枝を挿し木にしておいて、引き抜き、処分した。挿し木の方は、数年順調に大きくなって花をつけるようになって毎年大きくなりすぎるので、枝を詰めるようにまで大きくなった。

姿を見るより先に、その芳香で存在が分かる花である。芳香が遠くに及ぶことは、秋のキンモクセイと双璧だと思う。中国原産で日本へ入ったのは室町時代といわれている。中国名は瑞香(ずいこう)である。「沈丁花」は日本で付けられた名前で、沈香(じんこう)と丁字(ちょうじ)の香りを併せ持つ花というところから来ている(週刊朝日百科「世界の植物(33)」による)。

  隣から吾子呼んでをり沈丁花・・・・・・・・臼田亞浪

  ぬかあめにぬるる丁字の香なりけり・・・久保田万太郎

  靴脱に女草履や沈丁花・・・・・・・・水原秋桜子

  沈丁の四五花はじけてひらきけり・・・・・・・・中村草田男

  沈丁の香の強ければ雨やらん・・・・・・・・松本たかし

  沈丁に雨は音なし加賀言葉・・・・・・・・細見綾子

  沈丁に水そそぎをり憂鬱日・・・・・・・・三橋鷹女

  沈丁も乱るる花のたくびかな・・・・・・・・永田耕衣

  沈丁花多産を恥じる犬の瞳よ・・・・・・・・永野孫柳

  沈丁の花をじろりと見て過ぐる・・・・・・・・波多野爽波

  沈丁の香にひたりゐて過去は過去・・・・・・・・上村古魚

  授乳の目とぢて日向の沈丁花・・・・・・・・福田甲子雄

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「きぼう」―1兆円も掛かるの?

2007102400000912reuintview0001「きぼう」―1兆円を生かせるか?今日の朝日新聞にこんな社説が載っていた。国際宇宙ステーションのことについて、殆ど知らなかった。ああそうだったのか。「きぼう」の費用は1兆円も掛かる何んて、知らなかった。夢だけでは、仕方がない。ある程度の成果は期待しないと、意味がない。

宇宙飛行士の土井隆雄さんを乗せた米国のスペースシャトル・エンデバーが宇宙へ旅立った。

 積み荷は、国際宇宙ステーションに取り付ける日本の実験棟「きぼう」の一部だ。土井さんの言葉によれば、きぼうは日本にとって宇宙の「小さな家」である。今回運ぶのは、いわば物置で、今後2回の飛行で建物本体とテラスを運び、来年完成する。

 宇宙で人間が活動できる施設を持っているのは、長い間米国とロシアだけだった。欧州と並んで日本も加わることになった意味は大きい。

 しかし、肝心なのは、そこをどう使い、どう生かしていくかだ。

 きぼうの建設費は約5500億円、物資の輸送など運用に今後、毎年約400億円かかる。準備段階も含めれば合計1兆円に達する巨大プロジェクトである。どのようにして巨額の投資に見合う成果を上げるのかが問われている。

 国際宇宙ステーションは1984年、旧ソ連に対抗して西側の結束を示す目的でレーガン米大統領が提唱したのが始まりだ。日本や欧州が参加し、92年に完成する予定だった。

 ところが、旧ソ連が崩壊し、宇宙技術を持つロシアは一転、欠かせないパートナーとなった。そのロシアの経済難やスペースシャトル事故のあおりで計画は大幅に遅れた。きぼうにとっても予定より20年近く遅れての旅立ちである。

 この間に宇宙実験の意味合いが薄れた。無重量状態で純粋な物質を作って解析すれば、新薬などの開発に役立つと期待されていたが、コンピューター技術の進歩などで地上でも同じような結果が得られるようになったのだ。

 いまのところ、きぼうでは無重量状態で生物の育ち方がどう変わるかを調べたり、たんぱく質のきれいな結晶をつくったりする実験が計画されている。

 きぼうは米国や欧州の実験棟よりもはるかに大きい。外で宇宙線の影響を調べることのできるテラスもある。そのような特徴を生かし、斬新な実験や活動をするよう知恵を絞ってもらいたい。

 

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サイパン島

035811サイパン島というと、大二次世界大戦争の日本軍とアメリカの壮絶な戦場と日本人の、多くの戦死者があった島という印象であった。
しかし最近、ロス疑惑の事件で三浦容容疑者がよく旅行先であったという。そこで、逮捕という事になって、連日マスコミの報道があって、急に関心が深まったようだ。
そこで、ちょっと調べて見ることにした
1521年、マゼランの世界一周で発見。1565年からはスペインが統治にあたったが、1899年、アメリカとスペインの戦争の結果、米に割譲。その後、サイパン島を含むマリアナ諸島はドイツに売却された。
しかし、第一次大戦後の1919(大正8)年、ベルサイユ条約などによって、日本の委任統治領になった。戦況悪化と共に「絶対国防圏」とされたが、昭和19年6月15日、米軍が上陸、日本軍との激しい戦闘の末、占領した。
追い詰められた民間人多数が、がけから身を投げた悲劇的な戦地として知られる。以後、B29の発進基地となり、日本本土への空襲が激しくなる。現在、米国の自治領で、北マリアナ政府が所管している。
グアム&サイパン”
同じ地域のように書かれていますが、実はサイパンとグアムでは200km以上も離れている。 200kmと言えば東京から福島県の猪苗代湖あたりの距離ですから、気候や環境がそれなりに違っている。何よりの違いは日本人観光客の数。 なんとグアムはサイパンの10倍。
都会のグアム、田舎のサイパン。新婚旅行で日本から行く人も多いらしい。

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大宇宙と自然

今日の名言

遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の中。

清少納言『枕草子』

15401流木は海の骨片鳥帰る 横山悠子

水鳥が北へと帰る頃になると、わたしの暮らす東京の空にも、黒いすじ雲のような鳥たちの姿を見ることができる。桜の便りと雪の便りが同時に届く今年のような妙な気候では、出立の日を先導するリーダー鳥はさぞかし戸惑っていることだろう。

長い旅路は海に出てからが勝負である。空に渡る黒いリボンは、大きくターンするたびに翼の裏の真っ白な羽を見せ、手を振るようにきらきら光りながら、海の彼方へと消えていく。幾千の命を生み、また幾千の命の終焉を見てきた母なる海にとっては、海原の上を通うちっぽけな鳥影も、進化を重ね、わずかに生き延びることができた血肉を分けたわが身であろう。

小さな鳥たちの影を、また落としていった幾本かの羽毛を、波はいつまでも愛おしんで包み込む。打ち上げられた流木を波が両手で転がし、惜しむように洗ってゆく。海は大きな揺りかごとなって、いつまでもいつまでもその身を揺らす。

太古から存在する海、大樹であった流木の過去、鳥たちの苦難の旅など、掲句はひと言も触れずに、すべてを感じさせている。こうした俳句の読み方は、時としてドラマチックすぎると思われるだろう。

しかし、ひとつの流木を見て作者に浮かんだイメージは、十七文字を越えて読者の胸に飛び込んでくる。一句の持つ力にしばし身をまかせ、去来する物語りに身をゆだねることもまた俳句を読む者の至福の喜びなのである。『海の骨片』(2006)所収。(土肥あき子)

十万億土に義母を送って、掲句の解説をみて、重なるものを見る。人間もこの世でばたばたと、あわただしく、北の空に飛んでいきその後は「飛ぶ鳥水を汚さず」なんて、とても出来ない。

キャハン・手甲・ぞうり・杖と・六文銭を持たせただけで、大空を舞台に、壮大にドラマティックな舞台を見るようであった。

折りしも、歴史的な打ち上げが、夜空を照らした。土井隆雄さん(53)が搭乗した米スペースシャトル「エンデバー」の打ち上げが成功した映像ニュースがながれた。

壮大な宇宙は、小さい人間ドラマのシナリオの総決算の終わりで、始まりのようでもある。「大宇宙と自然」題で。 

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2008年3月12日 (水)

お葬式が澄んだ

21大正3年1月9日生まれ、94歳2ヶ月の人生の幕を閉めた。義母のお葬式は、多くの人に見送られ、無事に初七日の法要も済んで、十万億土に旅立たれた。

人に尽くしても自分のためと思い行動をとることの大事さ、その考えが世の中を明るくする。人に尽くせば、必ず恩が帰って来ることを実感した。義母の死を縁遠い甥や姪そして長男の嫁の親に、心づけを頂きあり難く、大変恐縮している。

神応寺和尚の講話をふと、思い出してしまった。

天真而妙 てんしんにしてみょう 

有り余るものの豊かさと長寿社会にあって、現代人は大切なものを見失っています。
その一つが、自己本来の生命活動により生かされている自分に気づかないで、自力で生きているという錯覚に現代人は陥ってしまった。

そしてこの世の中には変わらないというものは何一つありませんが、このことにも無意識な人が多いために、人生の今をより良く生きるという意識が弱く、今さえ楽しければそれでいいという生き方をする人が多くなったことです。

時は人を待たずです、この世の無常なることを悟って、生かされている自分に気づくことができれば心に動揺がなくなるはずです。
そして今一つは、一切の生き物は他を生かし、他に生かせてもらっているという根本原則が忘れられて、自分さえよければという考えをする人が多くなったことです。

見知らぬ者の異常な行動の話でしょうが、コンビニで、往来で、乗り合わせた電車で、社会常識を逸脱した行動を見るに見かねた善良な人が見知らぬ人に、他の人の迷惑になるからと一言注意しただけで刺し殺されるという事件が多発している、

これはキレヤスイ現代人の異常な行動でしょうか、さまざまな犯罪や人々の行動においても、自分だけよければ、自分の権利がと、あまりにも現代人は利己の意識が過ぎるようです、人間の自然環境に与える影響についても同じことです。利他の生き方ができるところに心の豊かさが得られる、利他の意識が弱くなったために、心貧しい生き方をしている現代人が多いようです。

寒山詩に八風吹不動
(はっぷうふけどもどうぜず)とありますが、その八風とは、得をする、損をする、陰口をいう、ほめる、こよなく賛える、悪口をいう、苦しみを与える、楽しみを与える、いずれも誰もが心を揺り動かされることばかりです。

人は自己本来の生命活動に生きることができれば八風吹不動でしょうが、自分勝手な生きかたで、貧瞋癡(むさぼり・いかり・おろかさ心)の三毒の煩悩を捨てきれないから、いつも八風に揺り動かされて、自ら苦しんでしまいます。

秋には葉が落ちる、西から風が吹けば舞い散る木の葉は東に飛ばされ吹きだまる、木の葉は散って根もとの大地に帰り土になる。森羅万象はそのままが真実の姿であり、愚かな人間がいうところの迷いとか悟ということもない、天地自然が真実そのものだからです。 

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道路のこと

今日の名言

人は、つねに自分の幸福をのぞむものだが、つねに幸福を見わけることができるわけではない。

ルソー『社会契約論』

15401春泥をわたりおほせし石の数石田勝彦

季語は「春泥(しゅんでい)」。春のぬかるみのことだ。ぬかるみは、べつに春でなくてもできるが、雪解けや霜解けの道には心理的に明るい輝きが感じられることもあって、春には格別の情趣がある。明治期に松瀬青々が定着させた季語だそうだ。

ぬかるんだ道をわたるのは、なかなかに難儀である。下手をすると、ずぶりと靴が泥水にはまりこんでしまう。だからわたるときには、誰しもがほとんど一心不乱状態になる。できるだけ乾いている土を選び、露出している適度の大きさの石があれば慎重に踏んでわたる。

よほど急いででもいない限り、そうやって「わたりおほ」した泥の道を、つい振り返って眺めたくなるのは人情というものだろう。作者も思わず振り返って、わたる前にはさして意識しなかった「石の数」を、あらためて確認させられることになった。

あれらの石のおかげで、大いに助かったのである。なんということもない句のように思えるかもしれないが、こういう小さな人情の機微を表現できる詩型は、俳句以外にはない。この種の句がつまらないと感じる人は、しょせん俳句には向いていないのだと思う。『秋興以後』(2005・ふらんす堂)所収。(清水哲男)

農道までも舗装され、掲句のような経験は出来ない。昭和20年代は、道といえば、砂利道・泥道・水溜り・埃道・草道など村の人で道普請などを行って道を維持してきた。現代ではアスファルトで殆どの道は舗装され、道路は、町の人で道普請なんて言葉はなくなった。

ぬかるみに、下駄が嵌まり、鼻緒を切ってしまったり、下駄の歯に泥が詰まり重くなってしまったり、靴が泥だらけになり、落とすのが大変であった。また、雨が降ると水溜りが出来き飛び越えて渡らなければならず、小さい子供は、大人が抱いて渡った。

大雨が降った水溜りに、あめんぼうが、すいすい泳いでいる光景を見たり、かえるが泳いでいることもあった。いまは、農道まで舗装して全くこういう経験は出来ない。

地球温暖化が問題になって来た現在の原因は、道路の舗装にもあるといわれている。高速道路はじめ、舗装をしていない道路はない。砂利道・泥道を歩くことのない。

いま、国会では、道路問題で、与野党激しい論戦が繰り広げているが、道路作りや、舗装などは、慎重に検討し、環境破壊にならないようにしなければならない。

維持管理や財源の使い方がずさんさが発覚していてる。まず、これを改めることである。

平成19年度には特定財源税収が歳出を大幅に上回ることが見込まれるに至っている。このため、現時点において、改めて、今後、真に必要となる道路整備のあり方について見極めるとともに、特定財源のあり方について、納税者の理解を得て、抜本的な見直しを行うことが喫緊の課題となっている。
 

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2008年3月11日 (火)

終わりよければすべてよし

61 生老病死は人間の一生である。悪人であろうと、善人であろうと、「生老病死」運(さだめ)である。死んだ時人の評価はされる。優しさや、意地悪さ、明るさ、暗さ、など色々な人物評価は、様々あると思うが、「終わりよければすべてよし」だから、死に方で個性の評価される。

『終わりよければすべてよし』
いつの世でも、人はさまざまなことに悩みながら生きています、なかなか割り切って生きられない、割り切れないから悩むのでしょう。人は、さまざまなことを乗りこえて生きている。

人はとかくものごとを、見たり、聞いたり、感じたりするにつけ、明と暗とに分けたがるものです。暗ばかりにこだわれば、ものごとを悲観したり、絶望したりしてしまう。お経の文句に「明暗各々相対して、比するに前後の歩みの如し」とあるがが、一方を照らせば一方は暗で、明も暗も一つのものですから、こだわらないことだ。
「雨あられ 雪や氷とへだつれど お落つればおなじ 谷川の水」溶けて流れりゃみな同じ、明も暗も同じものである。明と暗の間にいつも笑いをおくことができれば、日々楽しく生きらる。
顔で笑って心で泣いているうちに、心まで笑ってくる。笑いがあるところに福来たる。そしていい笑顔は和顔施といって、他の人にも幸せをあたえる。笑うことによって細胞が活性化するそうですから、笑いは若さと健康を保つ秘訣でもある。

一昨日、義母が死んだ。「なかなかお迎えが来ない、なかなか死ねない。こんなに生きることが辛いものとは、知らなかった。」言っていた。安らかに十万億土に旅たたれた。人はどんな評価をしてくれとのだろうか・・・・・。

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山菜摘み

今日の名言

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。

夏目漱石『三四郎』

07murasugi_watasuge11_3摘草や一人は雲の影に入る 薬師寺彦介

いよいよ日差しも本格的に春の明るさとなり、野にしゃがんで若草に手を伸ばしたくなる陽気となった。「摘草(つみくさ)」とは「嫁菜(よめな)・蓬(よもぎ)・土筆(つくし)・蒲公英(たんぽぽ)・芹(せり)など食用になる草を摘むこと」と歳時記にはあるが、柔らかな春の草は思わず触れてみたくなるものである。

目指す草を摘むとなると、始めはなかなか見つからないものが、だんだんとそればかりが目につくようになり、我を忘れて歩を進め、気がつくと思わぬ場所まで移動していることがある。太陽がぬくぬくと背中をあたため、視線は一途に地面だけを見つめているときに、唐突に目の前が暗くなる。

大きな雲がゆっくりと動いたために起こるほんのひとときの日陰が、おどろくほど目の前を暗くする。掲句はその様子を外側から見ている。春の野原のなかで、雲の影が移動しながらゆっくりと人を飲み込む。

それはまるで、鬼ごっこの黒い手がじわじわと後ろから迫り、とうとう鬼の手につかまってしまったかのような妙に禍々しく、二度と日向に戻ることはできない心細さを感じさせる。春の野に差し込む日差しが万華鏡のようにめくるめき、光があやなす不思議な一瞬。〈尾根といふ大地の背骨春の雷〉〈春一番鍬の頭に楔打つ〉『陸封』(2006)所収。(土肥あき子)

毎年、好きな、山菜摘みに出かける。もうそろそろ芽が出る頃となった。一週間その場所に行って見たが、まだその気配はなかった。その場所は野草の生えるには絶好な場所である。

ちょうど魚を取る、玉網のような形をとった周りが雑木林に囲まれ、北風を防ぎ陽射しが差込みその上、雑木林の落葉が、休耕田のたんぼに落ちているその中で芹が芽を出し伸びるのには最高のところである。

いよいよ、春は日差しに勢いが付く頃となった。今日の東京地方の気温は18度の天気予報である。芹摘みが、楽しみである。そして、野草の独特の香りは独特な匂いで昔から好きだった。

妻の実家のことで、義母の死亡届けと、ひ孫の出生届けを同時出すというまことに不思議なめぐり合わせ、偶然重なり思い知らされた。昨日は時代の移り変わりの無常を感じたのである。女の子でひ孫の名は『結来(ゆら)』と命名したという。9人目である。

今日のパソコンは、記事を書いて保存をクリックすると、「問題発生」の表示が出てしまい凄く時間が掛かった。何故だろう。

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2008年3月10日 (月)

枕の選びで健康増進

Anna1

たかが枕、されど枕」

枕一つで健康に大きく影響するとは、思わなかった。人生3分の1の時間は眠らないと生きていられない。眠ること、そして健康維持のために、枕選びに気をつけよう。

春眠を満喫しよう…これが最強の快眠スタイル!
5ミリ合わないだけで肩こり、腰痛

 ZAKZAK 2008/03/10 より

心身の回復には欠かせない睡眠。その快適な眠りを左右するのが枕。間違った枕選びは、頭痛、めまいなどの原因になるという。おちおち枕を高くして寝ていられない!?

 今や“快眠ブーム”で寝具売り場にはさまざまな素材、形の枕が並ぶが、「中身の材質や形状で安易に選んでは不眠や体調不良のもと」と話すのは、枕外来をもつ16号整形外科(神奈川県相模原市)の山田朱織院長。

 高すぎたり、低すぎたり、枕の高さが5ミリ違うだけでも首の骨の合間を通っている神経を圧迫する。その結果、首や肩のこり、頭痛、めまい、腰痛、手足のしびれなどを引き起こすこともあるという。

 「首の神経に圧迫を与えない高さの目安は、枕をしたとき上向きで首の角度が約15度に保たれること。よく枕に使われている羽毛やソバガラ、プラスチックチップなどの材質は、常に高さが一定にならないので本来、枕には適さない」

 首の角度に加え、さらに大事なポイントは寝返り。人間は睡眠中、無意識に寝返りを打つことでリンパ液、血液、関節液などの体液の流れを促している。寝返りを打たないと「エコノミークラス症候群」と同様の状態に。一般には、ひと晩で30回以上寝返りを打った方がよいといわれている。頭が沈み込んでしまうような低反発ウレタンや固定されてしまう形状の枕はもってのほかというわけだ。

 それでは、高さと寝返りやすさの両方を兼ね備えた枕にはどうしたら出合えるか。

 意外にも山田院長おすすめは、座布団(綿)とタオルケットを使った微調節可能な即席枕。肩を前に出した状態で横向きに寝て、鼻、胸、腰の中心が一直線になるようにタオルケットの折り返しで高さを調節。この状態のまま上向きに寝れば、首の高さもちょうどいい角度になるという。

 このとき、座布団の綿が固くしまっていること、厚みが均一になるように2つ折りにはしないことに注意。これまで6000人以上の患者の枕を指導してきた山田院長は「枕を変えただけで、人が変わったように元気になる人は多い」。健康のためにも、今日から快適な夢枕を。

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反面教師

07bonchi_asayake_hi11卒業式も終わり、卒業証書も渡してしまった。川口市の教育委員会では、事件発覚後だったので、市川和夫校長の名前を書き直してもよいとのこと。一度もらった卒業証書である、これも、笑えぬ事態となったもんだ。
NHKwebより
この事件は、埼玉県の川口市立川口高校の校長、市川和夫容疑者(56)が、20代の女性に「何があっても知らないよ。人を殺すことは平気だよ」という内容のメールなどを送りつけたとして、脅迫の疑いで逮捕されたものです。
被害者の女性は以前、教頭をしていた別の高校での教え子で、警察の調べによりますと市川校長は、去年の春ごろ、交際を断られたのをきっかけに執ように交際を迫っていたとみられています。
メールは校長室のパソコンからも送り、去年末までに数十回に上ったほか、女性の携帯電話にも繰り返し電話をかけて、女性が出ないと電話を何度もかけ直すこともあったということです。警察の調べに対し市川校長は、メールなどを送ったことは認めていますが、「脅迫するつもりはなかった」と容疑を否認しているということです。
警察は9日、高校の校長室を捜索して学校の備品のパソコンなどを押収していて、送信されたメールの内容などを分析して、教え子だった女性への脅迫事件の詳しい経緯を調べることにしています。
「脅迫するつもりはなかった」と言っているが何とも情けない、いい訳だろう。これでは、反面教師そのもではないか・・・
反面教師=《中国の毛沢東の言葉から》悪い見本として反省や戒めの材料となる物事。また、そのような人

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老後のこと

07kitayamazaki_yoakemae11現代社会の構造が大きく変わり、少子高齢化が進み、大きな社会問題となってきた。いま老後の不安は増すばかりである。そこで、webアバウトミーでアンケートとったのだが、こういうサイトを利用している世代は、若者多いせいか、問題意識がないのか、回答が少なかったように思えた。

設問 老後が心配という人が多い、どうすれば安心できると思いますか?

     1 介護制度を充実させる。        43.8㌫

     2 年寄りどうしで共同住宅に住む。   25.0㌫

     3 お金で施設に入る。           21.9㌫

     4 子供に面倒見てもらう。          9.4㌫

以上であるが回答数が64と少ないので、設問にも問題があったのかなあ・・・・しかし、老後の蓄えは、夫婦でいくらお金があれば良いとおもいますか?の質問には、回答が121あった。内容は以下のとおりである。

     1  5000万円以上           56.2㌫

     2  3000万円              20.7㌫

     3  2000万円               9.9㌫

     4  それとも                 8.3㌫

     5  1000万円               5.0㌫

コメントは、お金の問題ではない。いくらあってもいい。年金もらっていればいい。などである。

いま年金問題では、将来の生活設計が立てられない、とか核家族化で年寄りだけの生活、地域の過疎化など心配は多くいわゆる3K。

①お金  ②家族  ③健康 である。 将来の安心して生きられる社会なるように、政治家は頑張って欲しい。

     

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川と生活

今日の名言

さきへ進めば進むほど道がひらけてくるなんてのは、神さまかわずかなたぐい稀な天才のほかにはありませんな。

ディドロ『ラモーの甥』

05oirase31日の丸を洗ふ春水にごりけり 鳥海むねき

作者は昭和十一年生まれ。今と違って旗日(祝日)には、各家ごとに「日の丸」を掲揚した時代を知っている人だ。したがって、国旗に対する思いにも、戦後生まれの人々とはおのずから異なったものがあるだろう。

その思いの中身は句には書いてないけれど、掲句からにじみ出てくるのは国旗に対してのいささか苦いそれであるような気がする。日の丸の旗は普通の風呂敷などよりもかなり大きいので、普段の洗濯用の盥で洗うのは大変だ。

手っ取り早いところで、近所の小川や清水などで洗ったものである。春の小川は温かい日差しを受けてキラキラと輝き、水かさも冬よりは増していて豊かな感じがする。そこに汚れた国旗を勢い良く沈めると、川底の小さな砂粒がいっせいに浮き上がってくる。

そんな情景を作者はただ忠実に写生しているだけなのだが、そう見せているだけで、作者は読者にいろいろな思いを語りかけているのであろう。もっと言えば、読者のほうが「日の丸」に対する思いをあらためて問われていると意識せざるを得ない句だと言える。

そして、こうして洗われた国旗には丁寧にアイロンがかけられ、箪笥の奥にきちんとしまわれる。そんな時代がたしかにあった。今となっては夢のようだけれど。『只今』(2007)所収。(清水哲男)

私も、この句の作者と同世代である。戦前生活の一部で川で洗濯は普通であった。オムツ洗い・野菜洗い・農機具の洗いなどで、川を利用しなければならない。

だから、家は、川の近くにあったのだ。川の様子・棲んでいた魚の種類や、生き物の種類は、今より多く、数も多かった。また水の利用で一番は田に引くことである。

いまでは、開発が進み、ほとんど、川の水は、利用していない。田んぼは無くなり、魚をはじめ、生き物のの数は激減してしまった。小川であった、用水路は地下水路となって当然生き物はいない。

このように急激に、自然が人間の手で変えられてしまった。これ以上の開発は必要ない。やはり、人間の生活を原点に戻って考え直し、自然との生活の共生を図るべきである。

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2008年3月 9日 (日)

十万億土に旅立つた

04_10241 人の死というものは人それぞれに違うが、最後まで人に気遣い、自分の今に気を使った人はいないと思った。

意識はしっかりしていたお婆さんは、枯れ木が倒れるように、この世を去った。時は2008年3月8日17時45分ごろ、誰にも、病院の看護士も挨拶もせず、十万億土に旅立たれてしまった。

これほどに、潔い死に方はないだろう。普段から、年をとって、こんなに辛く、苦しい人生を待ち受けるとは知らなかった。「本当に苦の娑婆だ」と何時も言っていた。

これほどまで、相手を想い、自分に厳しい人っだ。たまたま九人目の、ひ孫が七日前に生まれたばかり、そのひ孫とこの世で、人生のバトンタッチをしたようだ。

大正4年1月9日に生まれ、大正・昭和・平成と激動の時代を生き抜き94歳でこの世を去った。

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義母の死

今日の名言

恋愛の徴候の一つは彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである。

芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

13_10241いづかたも水行く途中春の暮 永田耕衣

春の暮といえば、春の夕暮れを意味し、暮の春といえば、晩春のことを意味します。この句はですから、春の夕暮れ時を詠んでいます。「いづかたも」を「どちらの方向へも」と読むなら、その日の夕暮れ時に、ぬるんだ水が、どちらの方向へも広がるように流れて行くと、この句を解釈することができます。

その流れの悠揚さが、自然のおおきないとなみにしたがっており、「途中」の一語が、世の無常を示しているようにも読み取れます。あるいは、「いづかたも」を「だれも」と解釈すれば、だれでもが、内面にたえまなく流れ去るものを持ち、すべてのおこないや出来事は、命の果てへ到達する途中のことでしかないのだと、読みとることも出来ます。

どちらの解釈をとるにしても、どこか達観した意識で、物事を見つめているように感じられます。春は卒業、入学試験、人事異動と、大切な区切り目を越えなければならない時期です。見事にその区切りを越えられた人はともかく、そうでなかった人も、たくさんいるはずです。

しかし、どんなに気の滅入る結果でも、所詮は流れ行く水のように、「途中」の出来事でしかないのだと、この句に肩をたたかれたように感じても、かまわないと思うのです。『俳句観賞450番勝負』(2007・文芸春秋) 所載。(松下育男)

人生の明日のことなど解っていることはなにもない。結婚するときに、は明日の幸せを想像し夢を見る。
生きることの辛さ、苦しさを身を持って教えてくれた、人間の一生だった。そして大正4年に旧柚木村で生まれ、20歳で農家に嫁ぎ、子に死に別れ、なれない農作業、生活の苦労実感等、語り続けた。
夫婦の性格も事件に遭遇してそれぞれに対処する行動は、そのことにめぐりあって互いにその行動に接し、相手の考え、本心がわかることになる場合が多い。理想としていることも立場が自分に降りかかると、行動がかならずしもともなわないのを身近でも多く見てきた。
義母が満94歳で、施設(アゼリア)から2/16に熱が出たというので昭島市の野村病院に入院した。肺炎の疑いがあるのでレントゲンを取ったが肺炎の兆候はないとの医師の診断であった。食欲はなく点滴で栄養を補ったりして様子を見ていたが,昨日(3/8)息子が15時に見舞いに行った時は話が出来た。18時に息子が帰ってきて病院から、息を引き取ったとの電話があり、急遽病院に行き様子を聞く(看護士の話だと18時に夕食を出した時には、息を引き取っていた。看護士もびっくりとしたという)19時に病院に駆けつけて母に会ったが目は開かなかった。そんなに苦しまず、お爺さんのところに行ったようだ。19時23分、医師の立会いのもと死亡を確認した。

葬儀屋町田商店に遺体引き取り依頼し、19時40分引取り、八王子天神町、町田商店に20時10分運び霊安部屋に安置する。社長段取りを話し合い等をして、22時15分遺体を預けて、全員帰宅。

 

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2008年3月 8日 (土)

世界に広がる食糧不安

07akitakoma_sumire11中国のぎょうざでのメタミドホスの問題などが起きたり、ブラジルでトウモロコシのバイオ燃料化などの原因?、穀物や乳製品など、様々な食品が世界中で値上がりし、各国で社会問題を引き起こしている。なぜ、このように世界的な食糧価格の急上昇が起きているか・・・?。

今、世界では「食糧不安」とも言える状況が起きている。日本でも、昨年は、食用油から、パン、インスタントラーメン、マヨネーズ、牛乳など様々な食品が値上がりし、家庭を直撃した。そして、今年に入ってからも、小麦や大豆などの国際価格が一段と値上がりしていて、家庭には更なる値上がりの波が及びそうな情勢である。そこで、世界の食糧不安が、どのような原因によって引き起こされているのか、考えてみる。

世界ではここ数年、需要が供給を上回ってしまっているため、在庫の取り崩しが続き、今年中に、26年ぶりの低い水準に落ち込む見通しといわれる。この低い在庫水準を見る限り、穀物の値上がり傾向は、当分続くことを覚悟しなければならない。専門家からは「安い食糧の時代が終わった」と言う意見も出始めている。

こうした広範な食糧の大幅な値上がりは、いま世界経済の先行きに不安の影を投げかけている。
国連の食糧援助機関である「世界食料計画」は、先週、世界の貧しい人たち7千300万人に対する食糧配布する今年の計画が、穀物の価格高騰によって、このままでは援助対象者を減らしたり、あるいは一人当たりの援助の量を減らさなければならなくなるとして、先進国に対し、支援金額の増額を求める緊急アピールを出した。

私は、日本の食糧需給率を高める施策をとらないと大変なことになるのではないかと、心配になりwebのアバウトミーで意見を聞いてみた。

日本の食料需給率は40㌫と言われています、農林水産省の取り組みでどれが大事と思いますか・・・・質問設定で結果は(途中である)以下のとおりである。回答数101でした。

地産地消の全国推進          31㌫

食品産業と農業の連携         22.8㌫

国産農産物消費拡大          17.8㌫

効果的農地利用促進          12.9㌫

担い手による需要に即した生産確保  6.9㌫

実践的食育の推進             5㌫

国産農産物の信頼確保          4㌫

以上であったが設問が難しかったのか、反応がいま一つだ。いずれにしても飽食の時代は終ったと覚悟しないといけない。

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日銀の総裁選びと日本

539571政府は19日に任期が切れる日本銀行総裁に武藤敏郎副総裁の昇格案を国会に提示した。だが予算案の強行採決に反発する民主党は、財務省出身の武藤氏への同意に難色を示している。総裁空席になってしまう懸念も出てきた。

民主党が財金分離の原則にこだわるのは、かつての超低金利政策のように金融政策がしばしば財政政策の都合によってゆがめられてきたと見ているからだ。時あたかも金融不安や景気先行きへの懸念が世界を覆い、東京株式市場も日経平均も大幅に下げた日だった。

与野党は11日に候補者の所信をただすという。いま世界の経済はアメリカのサブプライムローンから、端を発し、重油の暴騰で、アジア・ユーロ圏いや世界中が経済に大きな揺れが起きている。そして、経済大国といわれている日本で、日本の経済を大きく左右する日銀総裁選びで、与野党の意見が違うからと言って、責任のなすり合いをしている場合ではない。

「武藤総裁」案を提示した福田康夫首相の責任も重大である。民主党の理解を得るために党首会談を呼びかけるなど積極的に行動すべきだ。日銀総裁人事の早期決着は与野党に課せられた政治の責任である。

福田康夫首相の決断力と行動が、はっきり国民に伝わってこない。民主党との連合を模索を心の奥に秘めているようであるが、いま、世界にとっての日本はどうあるべきかと言えば、強力なリーダーシップの元で、世界をリードすることだと思う。

だから、大連合でもいいと思う。日本国民にとって 幸せであることであるなら、大いに賛成である。

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我が家の庭にも春

今日の名言

難解さは、学者が手品師のように自分の技倆のむなしいことを見せまいとして用いる貨幣であり、愚かな人間どもはこれで簡単に支払いを受けたつもりになる。

モンテーニュ『エセー』(三)

Omoide31枯れ果ててゆくも四温の最中なり   

大場佳子        

季語は「四温(三寒四温)」。古来、歳時記では冬の項に分類してきたが、暦の上での冬の終わりの時期よりも、むしろ立春後に、多くこの現象が見られるのではあるまいか。三日寒い日がつづいたかと思うと、四日暖かい日がつづく。この繰り返しのうちに、だんだん本格的な春が近づいてくる。

昨今の東京あたりでは、ちょうどそんな感じだ。この句が載っている句集を見ても、前後には春の句が配されていることから、作者は明らかに早春の季語として詠んでいる。さてこの季節、暖かい日がつづくようになると、人の目は春を告げる芽吹きであるとか花のつぼみであるとか、そういう物や現象に向かいがちになる。それが人情というものだろう。

だが、作者は一方で、この季節だからこそ、完全に「枯れ果ててゆく」ものたちがあることに注目したのだった。ひっそりと、誰にも顧みられることのないまま姿を消していく存在へのまなざしは、単に植物だけを見ているのではないようにも思われる。

「春よ春よ」と明るいほうばかりを見つめたがる人間界にもまた、ひそやかな死は常にいくらでも訪れてくるのだからだ。といって作者は、一般的に世の人情を風刺しているのではない。そんなつもりは、一かけらもないと思う。

あくまでもみずからの胸の内に、ふっとこんな気持ちが兆したのであり、それを直截に詠んだところに、嫌みのない句の世界が静かに成立したと読む。この句を知って、あらためて庭などを眺めてみたくなる人は少なくないだろう。そういう力のある句だ。『何の所為』(2003)所収。(清水哲男)

昨日、毎年冬の時期に家の中にとり込んでいた観葉植物のシダをもういらないと庭に出したまま置いたものがさすがに枯れてしまった。鉢を地面の置いたので鉢の底から根が出ていたのでまた、今年も青々とした葉が出ると思うが、さーてどうだろう。

そんな枯れた葉を処分していたら、その脇にクロッカスの花が見事に咲いていたのに気づいた。その色合い周りの枯れ葉に暖め保護されて、じっと寒い冬を耐えてきたのだ。

色の見事さは、紫かかった、ちょっと桔梗のような形で全く葉ないいきなり地面から出てさいていた。毎年咲いているのだが、その場所にクロッカスが植えてあることを忘れていた。他にも、福寿草・水仙や、クロッカス、もそうだが、球根類の花は花が咲いて忘れてしまっていた存在を花の咲く時期によって知らされることが多い。

低木の鉢植えの石楠花の花目がだんだん膨らんできた。三つ葉つつじの目も空に向けて矛先を勢いをつけて力強く見えてきた。自然は春を呼び込んでいるようだ。

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2008年3月 7日 (金)

ロス疑惑

07kitayamazaki31三浦元社長に関するニュースは、テレビ・新聞・週刊誌なメデアは、血なまこで取材に当たっている。逮捕されたサイパンから、生中継さら、留置所の様子や、裁判所などが映し出されている。

そもそも事件はアメリカのロスアンゼルスで1981年に起きた事件で、既に日本の裁判では無罪が確定している。

しかし、三浦被告は、被害者に暴行を加害者の女性に指示したとして懲役6年の刑期終えている。だから、泣いて騒いで被害者の名前を呼んでいても、何か空々しい感じをもっている一般人は思ったであろう。

そして刑期を終えて出所して、コンビニで窃盗をして捕まったり、また、サイパンに家族と旅行に行き、一泊3万5千円のホテルに泊まっていたと言う。どうも良く分からない、サイパンはアメリカとは知らなかったと言うことで信じられない。

とにかく、事件が起きた時からマスコミには、異常なほど、よく出ていて世間に顔を知られいる。不思議な男だ。何か映画スター気取りでいたようだった。

今日の産経新聞によると

日本の裁判で弁護を担当した弘中惇一郎弁護士は7日、米カリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事がロサンゼルスへの移送要請書に署名したことについて、三浦容疑者が「サイパンの地裁で行われている裁判が継続中でもロスへ移送される可能性がある」と話したことを明らかにした。

ロスへの移送が決定すると、直ちに移送手続きが開始される模様。弘中弁護士は「眼鏡などの身の回りの品を持っていくこともできないらしい。(三浦容疑者は)電話の声も早口で、緊張している様子だった」と話した。

私としては、同情は出来ない。何か本当のことを喋っていないし、どうも作為があるようでならない。

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我が家の庭にクロッカスが

「人類史上、最大のベストセラー本は何か?」というと 聖書である。
「音楽史上、最大のポップスターは誰か?」いえば モーツァルト。

こんなことをNHKwebサイトがあって、あぁなるほどなるほどうなずけた・・・。

こんなこと、どうでもいい話、何に感動し、何に幸せを感じるかである。今日我が家の庭を整理していたら人目に分からぬようにクロッカスの花を発見。生きること素晴らしさ味わった。

Kyukon6_21_2 見事に咲いたものだ!人知れず咲いていた。去年も咲いたが、プランタンの影に隠れていたので分からなかった。

調べると、

原産地は地中海沿岸 西南アジア

花言葉:青春の喜び、じれったい とあった。

 地面から  突き出て咲くや  クロッカス   山帰来

そういえば、無茶苦茶にはしていない我が家の庭だが、何が植わっているか忘れてしまい、こんな綺麗に咲きだして分かるクロッカスの存在だ。

まだ、ほかに、ヒヤヒンスなども植えてある。ヒヤヒンスは青い葉が出て来た。それから咲くのかなあ・・・

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笑って腹中に飲みくだす

15401今朝年上の方から電話があった。全く迷惑な事とも知らないで、自分の感覚の判断で話され偉い迷惑である。angry

「世間にはいろんな人間がいる。笑って腹中に飲みくだすほかない」 angry

会話にならない、電話で言いたいことを一方的に喋って、最後に意見を聞くという話し方、会話の途中に意見を聞こうとしない。そういう人には、世の中にいる。

自分の意見を押し付けてこれもか、これでもかと話し方を変えて見ても、最終的には、目的は一つであり、ごり押しで相手を説得させようとする。

そんな人の相手にする暇がない。「笑って腹中に飲みくだすほかにない」と思うことがしばしばある。たまには、相手に意見を求められたら、すこし乱暴に言う「透き通った乱暴さが必要だ」と思う。それでも相手はわからないかも知れない。

いわゆる救い用のな人間っているものだ。rain

学校の教師であるならば、こんな風に考えられる。「こどもは精気のかたまりだからね」その精気に負けない精気でぶつからないとこっちの魂がこどもにしみ通らない、「教育というのは力ずもうのようなものだぜ」ということで片付けられるところだ。

でも、本当に信頼できる人間なんていないということ、最後は自分しか信じられない。こんなことを考えるようでは不幸なことである。typhoon

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「地頭(じあたま)」

041「泣く子と地頭には勝てぬ」という諺は聞くがどうも「地頭力」何んて今世間にあって一寸したブームだそうだ。

「地頭(じあたま)」「地頭力」という一般的でない概念がもてはやされている。いずれも、地頭の能力を磨けば、ビジネスなどで成功するというものだ、という。

ビジネス雑誌で最近、「地頭(じあたま)」「地頭力」という一般的でない概念がもてはやされている。いずれも、地頭の能力を磨けば、ビジネスなどで成功するというものだ。ただ、雑誌や本の説く方法に従うだけでは、本当に地頭がいいとは言えないとの声も出ている。

広辞苑を引くと、地頭とは「かつらを用いない頭。地髪(じがみ)」とある。ところが、ビジネス雑誌や本ではなぜか、いつの間にかビジネスで成功する能力を生み出す頭脳のような意味で使われるようになった。

地頭(じとう)とは平安末期、所領を中央の権門勢家に寄進し、在地にあって荘園管理に当たった荘官ともある。・・・これは「泣く子と地頭には勝てぬ」の方だ。

東洋経済新報から2007年12月20日に発売されたビジネス書「地頭力を鍛える 問題解決に活かす『フェルミ推定』」によると、人材採用の世界やコンサルティング業界では比較的頻繁に用いられる言葉だという。

フェルミ推定』とは、イタリアのノーベル物理学賞を受賞した物理学者のエンリコ・フェルミ氏のことから、その理論より引用したものと言う。

富士山を動かすのには何年くらいかかるか」「日本に蚊は何匹くらいいるだろうか」「長野に蕎麦屋は何軒くらいあるだろうか」こんなことを聞かれても、答えはなかなか見つからないし(最近はネットで「フェルミ推定」と入れると出てきたりしますが)、ちょっと試してみるというのも困難である。

こうした話題をブログで取り上げている経済学者の池田信夫さんは、出版界にあおられた地頭力ブームを批判する。

「ハウツー本は、すべて結果論に過ぎません。誰でもビジネスに成功できるような秘訣は存在しないのです。例えば、アメリカのアップル社を経営するスティーブ・ジョブズのように、成功した人は、それにふさわしい独自のノウハウがあります。

まぐれ当たりもあり、成功者に共通の部分は、世間の人が思うほど多くはありません。成功した人がやったことはいいように見えて、あてになりません。むしろ、失敗した人の方が参考になります」

何んだか良く分からない、世の中にはいろんな考えを持つ人が出てくるが、そんなに難しい事は、年金暮らしの私には、必要なくなってしまった。でも興味はある。

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宗教のこと

今日の名言

死の事は考えるに及ばない。我々が手伝わなくても、死は我々の事を考えてくれるから。

シェンキェーヴィチ『クォ・ワディス』(下)

06oga_toga11春昼の背後に誰か来て祈る 横山房子

上から下に向かって書かれたものは上から読まれる。「春昼の背後に」と読み下していくと、そこにまず時間と場所の設定を思う。

次に「誰か来て」。ここまでなら読み手の琴線を揺さぶるものはない。これは春昼という季題の本意を意識した上で背後に人の気配を感じる内容だろうと。それだけなら陳腐平凡だなあと予想するわけである。ところが最後の二文字で様相は一変する。

「祈る」とあることで教会という空間が特定され「春昼の背後」が大きく包みこまれる。神社なら内容の静かさにそぐわないし、墓前なら「誰か」とは言わない。教会での静かな祈りのつぶやきが聞こえてくる。

祈りの静謐の中での聴覚のリアル。「祈る」は空間のみならず行為も特定する。この二文字がこの句のテーマになるのである。叙述の最後の最後に来て作品が蘇る。逆転満塁ホームランのような句だ。縦書き表記の効用も思う。

横書きだと左から右へ読んで行くが、横一列全体がなめらかに眼に入る。読み下して「祈る」に出会う衝撃力はやはり縦書きでこそ得られるものだ。『平成俳句選集』(1998)所収。(今井 聖)

成田山の講がある。八王子成田山の講である昨年行って今年もお誘いがある。四月十一日という、どしようか迷っている。バスで行くのであるが、食事がついて7500円で、ちょっと高いということと、他に高尾山の講も六月にある。こちらは、4000円である。八講会といって八王子のお豆腐やさんの人たちが始めたというもので毎年参加している。

人は皆心のより所を探し、神に祈りを捧げる。所詮誰かに頼る心があるからであろう。しかし、日本人は、やたらと神や仏が多い、「鰯の頭も信心から」などの言葉があるくらいである。

西欧や中東などの国はどうなんだろう。キリスト教・ヒンズー教・イスラム教などの国では日本のように、色々な信仰対象物がるのだろうか?ちょっと興味がある。

世界の宗教の人口比は、キリスト教・32.8%、・イスラム教16.5%・ヒンズー教13.3%・仏教6.3%・無神無宗教論者30.6%だそうだ。意外と仏教は少ないと思う。

中国は13億人の人口を抱え宗教に問題があるようだ。

民族的には全国の55の少数民族が中国全体の信徒の大半を占めており、その人口は1億人、居住地域の面積は全国の半分を占めている。その主な信仰宗教は、仏教(朝鮮族)、ラマ教(チベット族、モンゴル族)、南仏教(タイ族)、道教(ヤオ族)、キリスト教(苗族、朝鮮族)、回教(回族、ウイグル族、カザフ族)、シャーマン(満州族、ホチョ族)である

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2008年3月 6日 (木)

ねずみのこと

Shibutoge61何を隠そう、我が家に20年ぐらい前までいて悩んでいたねずみが、今年は「俺らの年」と言わんばかりに天井を走り回っている、出現したようだ。妻は、大騒ぎで、何とか追い払う方法はないものかと思案の末、「猫いらず」というか、薬局で毒入り顆粒薬を買い仕掛けた。そうしたら、2.3日で居なくなった。よかった。薬を食べて死んだのかな・・・

ところで、こんなニュースがあった。

絶滅が心配されていた珍しいネズミの仲間、オキナワトゲネズミが30年ぶりに沖縄県北部のやんばるの森で捕獲された。世界自然保護基金(WWF)ジャパンが5日、発表した。

生息調査を委託された森林総合研究所によると、沖縄県国頭村(くにがみそん)で3日、1匹がワナにかかった。頭からしっぽの先まで約23センチ、体重139グラムの雌で、調査の後、すぐに森に放たれた。

オキナワトゲネズミとは

オキナワトゲネズミは体長12cm~17cm。夜行性で、「やんばる」の亜熱帯の豊かな自然林にすみ、イタジイなどの大木の根元にできた穴などを巣として利用しています。特に重要な生息環境は、シイなどの常緑広葉樹の森で、食物もシイを中心とした樹木の実(ドングリ)や、森にすむ昆虫に頼っています。その名の通り、先が尖った毛を生やしており、同じ南西諸島の奄美大島とその隣の徳之島にも、近縁種のアマミトゲネズミ(Tokudaia osimensis)とトクノシマトゲネズミ(Tokudaia tokunoshimensis)が生息していることが知られている。

森の危機と外来生物の脅威

オキナワトゲネズミが減っている理由は、生息地である森林の環境悪化に加え、野生化したネコ(ノネコ)をはじめとする外来生物により捕食されているためです。

森の環境悪化は、整備・拡張が続けられている大規模な林道やダムの建設、また伐採などによるものです。特に林道は、人が持ち込んで野生化したノネコやマングースなどの外来生物が、オキナワトゲネズミの生息場所に入り込む侵入ルートにもなっており、オキナワトゲネズミが外来生物に捕食される間接的な要因になっています。
2001年に報告された、オキナワトゲネズミの最後の確かな生存情報も、実際にノネコのフンから見つかった毛でした。

こういう貴重な動物は絶滅したら最後もう二度と見られないいわゆる絶滅危惧種である。人間の力で何とか保護したいものである。

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またも冤罪

05sikotuko31 2007年10月に富山の婦女暴行事件・11月鹿児島の選挙違反と、5日、今回4年前、北九州市で住宅が全焼し殺害された男性の遺体が見つかった事件で無罪の判決が出た。(控訴もありうる)

今回の事件は、どうも捜査も問題があるようだ。検察側は「同じ留置場で犯行を告白された」とする女の証言を有力な証拠としていたが、判決は「留置場でのこう留を犯罪捜査に乱用したもので証言は信用できない」と指摘し、検察側の主張を退けた。

これでは、真犯人は取り逃がした?責任はどうするのかと言う問題と検察のずさんな取調べは大きな汚点である。

被告の旦那さんは、取り調べの苦しさで自殺してしまい、また子供は仕事をやめて母親の無実を訴え続けるという一家どん底に落とし込んでしまった。この代償はお金では変えられない。

弁護側は同室に合計85日間も拘留するという異状な処置といいスパイのような差し回しで、麻薬使用の女という。とても素人には考えられない取調べが行われたと言う。

日本の警察・検察は、一体どうなっているのだろう。それのも係わらず、鳩山法務大臣の無責任な鹿児島選挙違反事件に関する発言は何たることだ。

4日富山の婦女暴行事件1000日あまりで、刑事補償として、1250万円と言う。1日12500円である。精神的ダメージ料などは入っているのだろうか?そしてこの金も税金であろう。この責任者は?どう処置されるのだろう?

世の中理不尽な事はなくらないなあ・・・


判決について、刑事法が専門の北九州市立大学の山本光英教授は、「こう留されている容疑者などが捜査機関に迎合した証言をするのはわかりきったことで、心の弱みを利用してとった証言の証拠能力を否定する当然の判決だと思う。 証言や自白に頼らず、科学的捜査による客観的な証拠を集めるなど、捜査方法を緊急に考え直すことが重要だ」と指摘している。

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薬害エイズ事件と裁判

1040423_img1 薬害エイズ事件で、エイズウイルスに汚染された非加熱製剤の回収の指示を怠り、投与された肝機能障害の患者をエイズで死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた元厚生省生物製剤課長の有罪が、最高裁の上告棄却で確定する。

最高裁は、すべきことをしていれば被害者を死なせずに済んだ、と元課長の不作為責任を指弾した。

日経新聞(春秋)webより

薬害エイズの刑事裁判には、何かふに落ちないものがずっとつきまとっていた。行政の不作為、とるべき対策を怠り、被害者の命まで奪った罪を厳しく問うことは当然である。度重なる薬害を絶つには、組織内にいる個人の責任を追及することも必要だろう。

ただ、当時の厚生省の職員で、起訴されたのは松村明仁・元生物製剤課長1人だけ、というのがふに落ちなかった。薬務行政を統括する薬務局長に落ち度はなかったか、官僚機構の頂点に立つ事務次官の責任はどうなのか。業務上過失致死の場合、実務者のほかに管理者が罪に問われることも少なくないのだが……。

局長や事務次官が罪を問われない理由は、彼ら法律職の事務官キャリアは、専門的な知識や判断能力がなく、医師の資格を持つ医系技官である生物製剤課長の判断に従わざるを得ないから。こんな話も聞こえてきた。はて面妖な。知識も判断能力もない人が、何故に局長・次官に就くのか。

スピード出世の事務官が、医系技官、薬学系技官、衛生工学系技官など専門職の利権を温存する、という当時の厚生省の人事構造が、薬害を続発させる遠因ではなかったか。最高裁で元課長の有罪は確定したが、役所の構造にはまだほとんど手がついていない。公務員制度改革は薬害根絶へ避けて通れない道だ。

本当は、職務怠慢だけではないと思う、行政の不作為当だけでなくとどのつまり、何かお金に絡む問題があるのではないのか?

日本の官僚や行政システムなど、徹底的に洗い出し透明性ある行政改革が必要だ。今日のニュースにあったが、国土交通省の外郭団体で、職員の旅行に1人9万円を道路到底財源で賄っていたという。その額2000万円という。こういう人に罪はないのが、税金を払っている国民は納得いかない。

こんな美味しい汁を吸っている政治家・官僚では、国の行政を任せられない。怒り心頭である。

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大統領候補のオバマ氏のこと

07tamurano_yuhi31_2アメリカの大統領の候補者選びで、民主党の候補は日本でも、連日マスコミは大変な白熱した報道ぶりである。オバマ候補・ヒラリー候補の一騎打ちだ。そんな中で、初の黒人候補のオバマ氏ののことで、東京新聞のwebで私説・論説室の興味のあるコラムがあったので記してみた。

それにしても大統領になるには体力・経済力想像がつかないくらい大変なことだな?・・・・

人を泣かせる演説とは
ゴスペルを聴く感覚なのか、ブルースの酔い心地なのか。米民主党の大統領候補、オバマ上院議員の演説を聞いて涙する人が多いという。

グラミー賞の朗読部門で二度目の受賞を果たしたほどだから、演説というより音楽に近いのだろう。「ロックコンサートを聴く感じ」とも言われる。

現代のロックにつながる黒人音楽のルーツに、コール・アンド・レスポンスという形式がある。レイ・チャールズのヒット曲「ワット・アイ・セイ」にある掛け合いのように、歌手の呼び掛けに聴衆が応ずる、あの盛り上がりだ。

 サウスカロライナ州予備選でのオバマ勝利演説では、節目節目で聴衆から「イエス・ウィー・キャン」の大レスポンスが起こり、まさに会場一体となった熱気が映像からも伝わってきた。

 黒人音楽は、米国史の底流にある奴隷制抜きには語れない。アフリカから連れて来られた黒人奴隷が過酷な農作業を強いられた末に、搾り出すように生み出した調べが源泉だからだ。

 独特の抑揚は、黒人聖職者の説教にも受け継がれている。キング牧師の演説にも深い音色、固有のリズムがあった。

 オバマ候補の演説にはリンカーン、ケネディ、キング牧師らの演説がしばしば引用される。聴衆は、南北戦争、冷戦、公民権運動といった国家の転換期を想起し、現状を重ね合わせるのかもしれない。

 実際のコンサートはいずれ終わる。会場を出て日常に戻った時に感じる落差は誰もが知っている。その余韻が真に変革を生み出す力に結び付くのか。政治とコンサートとの分かれ目だろう。 (安藤徹)

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「嵌りからの脱出」

手に入ったデータを全部使わないで、その一部分だけに基づいて判断をくだす裁判官があるとしたら、われわれはどんな評価をくだすだろうか。
ヴェーゲナー『大陸と海洋の起源』(上)

07tamurano_yuhi31鳥の祝辞は胸にたたまれて 小山森生

旧字体の形には意味が美しく織り込まれている。「戀」には神への誓約に糸飾りをつけてその言葉に真実違うところがないことを表すとともに、神を楽しませる意を含んでいると白川静の『字統』にある。

恋という字に「言葉」が含まれているとは。旧字体になじみのない私には新鮮な驚きだった。祝辞にもいろいろあるけど、天上の鳥たちが囀るこの時期に想像されるのは先生から卒業する生徒へ贈る言葉、在校生が卒業生を送る言葉だろうか。数日間頭を絞って考えられた言葉は別れであっても輝かしい未来を祝すもの。相手を思いやる心が込められた祝辞が四角く折りたたまれてポケットに収められている。

それは祝辞の状態を表すともに言葉を受け取る側の心持ちと重なるところがある。卒業する生徒達に別れの実感はまだ乏しいかもしれないが、「じゃあね」と校門で手を振ったきり、二度と顔を合わすことのない先生や友人も多くいるだろう。

何十年も経てから別れの意味がわかるように、この日の祝辞も心の隅からふと思い出される時が来るかもしれない。新しい道に踏み出す卒業生が幸せでありますように。「鳥の戀」が胸にたたまれた祝辞をおおらかな春空へと誘ってゆくようで、気持ちの良い言葉の風景を作りだしている。俳誌「努(ゆめ)」(2007/3/1発行第69号)所載。(三宅やよい)

夕べ寝ながら考えた。人間は一人で生きていけない「弱い」。だから、生きていくためには、人に意見を聞き、自分の考えを話すことだと思う。一人で悩んだり、固定観念で嵌まりこんでしまっていることすら気がつかない、気がついたときには、スパイラルに陥って抜け出せないことは人生には、何度かあるようである。

企業経営者、大きなイベントを計画する時などは、行き詰まりというか「嵌りからの脱出」を模索するには、原点に戻って基本に立ち返ることが大切である。

人は社会と接しながら生きていくなかで、自分で考えたり人の意見を聞いたりして、言動や行動、方針の選択等を行っている。折角、人から良い意見を聞いても、聞く耳を持たなかったり、受容力が乏しいために、本来とるべき行動に繋がらなかったりするのである。

「嵌りからの脱出」は、固定観念からの脱出や価値観の飛躍を伴うものである。これは、情報提供や、課題抽出力、課題解決力等に加えて、非常に重要な能力である.
そうして、最後に「嵌りからの脱出」を促すような助言は、次のような注意が必要であろう。

(1)相談相手(クライアント)との距離を測る
(2)相手の器量(受容力)を図る

こうした助言ができるための条件として、人間は、傾聴力、人物評価能力、等を持っていることが必要だと思うが、私は「人間力」が必要なのだと思う。

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2008年3月 5日 (水)

毒ギョーザ事件で、中国の胡錦濤国家主席が激怒

041胡錦濤主席“毒ギョーザ”に激怒…質検総局に不快感
「国際世論どう考えているのか」    zakzak2008/03/05

毒ギョーザ事件で、中国の胡錦濤国家主席が激怒した。日本国内での毒混入を示唆した公安省の会見に対する日本世論の反発ぶりに、中国外務省が10年ぶりの国家元首の訪日が台無しになると危ぶみ、日本の反応を記したリポートを胡主席に直接手渡した。つまり“直訴”という非常手段に出たのだ。事態の深刻さを初めて知った胡主席は公安省や国家品質監督検査検疫総局(質検総局)のトップを呼びつけ、不快感をあらわにしたという。

 これは中国の政府元高官が明らかにしたものだが、「中国で混入された可能性はまずない」と事件の幕引きとも取れる公安省の会見に、日本の世論は怒り心頭。親中派ですべてが“他人事”の福田康夫首相は別として、永田町でも与野党から「原因究明まで、主席の訪日を延期すべきだ」などと中国側の対応に対する怒りや疑問の声が噴出した。

 このため、「このまま4月の訪日を受け入れれば福田政権にとって大打撃になる」(自民党筋)と判断したのか、日本政府は4日、中国側に対して当初予定していた4月の訪日日程をずらし、5月上旬以降にするよう内々に打診した。

一方、中国政府内でも「国家主席は日本の首相とは格が違う。訪日してギョーザでも投げ付けられたら国の威信が失墜する」と主席の訪日を引き止める意見まで出ているという。

 これを最も深刻に受け止めたのが中国外務省だ。特に中国に好意的だった民主党までも批判を強めていることに頭を抱えているという。

 中国に詳しいジャーナリスト、富坂聰氏は「知日派が多い外交部(外務省)にとって国家主席の訪日は10年ぶりの晴れの舞台。日程がズレただけで彼らにとってはたいへんな失点になる」と説明する。

 事件発覚後、即座に製造元の調査に入った質検総局が「工場では毒物が見つからない。日本で入ったのだろう」との見方に傾いたのに対し、駐日大使経験者である王毅、武大偉両氏らが首脳を務める中国外務省は「日本で入った可能性は現実的でない」と助言し続けてきた。

 だが、事件として捜査していた公安省まで「日混入説」を言い出すに至り、中国外務省は“直訴”という強硬手段に出たわけだ。

 通常、国家主席は個別案件にかかわることはなく、中国外務省のリポートを目にするまで事実をほとんど知らされなかった胡主席は愕然(がくぜん)とし、「国際世論をどう考えているのか」と質検総局のトップらに問いただしたという。

 こうした中国外務省の動きに対し、質検総局などは「現場も知らずに」と反発を強めている。つまりギョーザ事件をめぐり、「事件をもみ消そうとする派」「日本などの国際世論を懸念する派」と中国政府内が2つに割れているのだ。

 富坂氏は「『中国のせいじゃない』と事件を終わらせようとする質検総局や公安部が考えているは自らの保身。外交部が外国世論を懸念するのも保身を考えてのことで、主席に事態が伝わってもすぐに真相が解明されるわけでもなく、中国政府の今後の出方は予測しづらい」と指摘している。

いずれにしても、元小泉首相以来両国の関係改善がよくなりつつある中で水をさすようなことのないように、して欲しいものだ。お互いに理解し合うことが大事だと思う。

かって周恩来首相が、「大同小異で」、理解し合おうととの言葉は忘れない。

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放鳥のコウノトリ今年も産卯

200803050037a115個の卵がある(FujiSankei Business i. 2008/3/5 )

兵庫県豊岡市の研究機関「県立コウノトリの郷公園」は4日、野生復帰のため放鳥したコウノトリのペアの雌が、卵5個を産んでいた=写真=ことが確認されたと発表した。順調に育てば今月下旬にも孵化(ふか)する見通し。放鳥コウノトリの産卵は3年連続、無事にふ化すれば2年連続となる。

 親鳥ペアは7歳の雄と9歳の雌で、ともに同公園で人工飼育された後、2006年9月に放鳥された。昨年も同じペアで3個を産卵し、孵化したひな鳥1羽が無事に巣立った。

 今年1月下旬に巣作りを始め、2月中旬から巣に伏せる時間が長くなったが、積雪のため産卵を確認できなかった。4日午前、同公園研究員が約40メートル離れた高所作業車から観察したところ、巣内に卵5個を確認したという。

国の特別天然記念物に指定されているコウノトリは両翼を広げると2mにもなる大形・白色の鳥で、絶滅が危惧されている世界的にも希少な鳥です。
 日本では、昭和46年に豊岡盆地で国内最後の野生コウノトリが姿を消しています。
近縁種にはヨーロッパで85万羽以上が分布していると推測されているシュバシコウがいます。

かつて、コウノトリは全国各地で見られ、但馬地域でも豊岡盆地を中心に数十羽のコウノトリが大空を舞い、また川辺や田んぼで餌をついばみ、松の木の上に巣をかけヒナを育てる姿を間近に見ることができた。
しかしながら、農薬の影響などにより、餌となるドジョウなどの激減や営巣木の減少などから個体数は徐々に減少し、昭和46年に国内の野生のコウノトリは但馬の地を最後に姿を消した。

兵庫県立コウノトリの郷公園では、特別天然記念物のコウノトリを保護し、その種の保存を図るとともに、野生復帰に向けた調査研究や普及啓発に取り組んでいます。

コウノトリが住める環境が私たち人間にとっても安全で安心な豊かな環境であり、人と自然が共存する地域づくりを進めながらコウノトリの野生復帰の推進をめざすこととしています。
そのため、住民・団体・学識者・行政などで組織する「コウノトリ野生復帰推進連絡協議会」が発足し、様々な主体が協議・連携を図り、田園や河川の自然再生などの環境整備や野生化への馴化、普及啓発などの野生復帰実現に向けた取り組みを展開しています。

地域の人たちの努力で野鳥かえる事はうれしいことだ。是非むじに育って欲しいものだ。このことが環境に真剣に考えるきっかけになればいいと思う。

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中国の国防費

07kitayamazaki_yoakemae11中国の国防費2ケタの伸び続くNHKwebサイト)

中国のことしの国防費が4日、発表され、20年連続で前の年から2けたの高い伸びとなることが明らかになりました。 ことしの国防費は、去年よりも17.6%増加の4177億元、日本円にしておよそ6兆600億円で、20年連続で、2けたの高い伸びになります。

中国が軍備増強を続ける当面のねらいは、台湾の独立を阻止することです。 台湾海峡に向けて1000基以上のミサイルを配備、最新のハイテク兵器を集結させ、軍事的な圧力を年々、強めています。

さらに、中国が目指すのは、大国にふさわしい強い軍隊の建設です。 アメリカの軍事力に屈しない、宇宙空間やコンピューター技術、さらには核抑止力の面で現代的な軍事力の構築が欠かせないと考えています。

その一方で、中国は近年、軍事交流を活発化させています。各国の軍当局との対話を増やすことで友好的なムードを作り出し、中国への警戒心を和らげるねらいです。 さらには、近く定例の記者会見を始める方針を示すなど、これまでの閉鎖的な中国軍のイメージを変えたい思わくが見られます。

強い軍隊の建設にまい進したい中国は、各国の警戒心を和らげるよう努めながらも、最優先課題の1つとして、着実に軍備を増強していくものとみられます。

東南アジアの和平は、日本国民にとても悲願である。北朝鮮の核開発の問題も、遅々として進んでいない。台湾の独立を阻止する狙いは中国にとって大事な政策である。

力で抑えることで平和を保つと言う発想は、かって、朝鮮戦争・ベトナム戦争で、アメリカは大きな代償を払った経緯がある。終わってみれば、戦争当事者に大きな犠牲を払う結果なった。

終わって、損得勘定はどうっだたんだろう。中国の国防費を増すという国に力がある証拠なのかもしれないが、「軍事力で和平のバランスをとる」という政策をとり続ける、国際社会は、もういい加減終止符を打ってもらい、そのお金を環境改善にまわしてもらいたいものだ。

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今日の啓蟄日に思う

287_field111 啓蟄 (けいちつ)

太陽視黄経 345度 陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出れば也

啓蟄は冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃という意味。実際に虫が活動を始めるのはもう少し先。柳の若芽が芽吹き蕗のとうの花が咲く頃である。 春の陽射しが大地を暖め始めた。

昨日、同級生の農業を営んでいる友達の家に野菜(ほうれん草・大根)を買いに行ってきた。今は農家では、殆ど家畜を飼っていないが昔から、有機肥料作りに今も4頭のホルスタインがいる。牛舎は古く手入れをしていないで雨漏りしそうである。

腰の曲がったお婆さんが、飼料を調合したり、世話をしている。畑の耕作は1丁5反だそうっで、他に貸しアパートを持っているそうだが、3人の生活は、年金暮らしの生活の私と比べ、身体は大変だが、気は楽のようである。

納屋がる庭先にその日に収穫した、野菜を並べ売るのである。新鮮さと無農薬野菜を買いに来る人は、どの野菜も、昔からの野菜本来の甘みのあって、美味しいとの評判である。また、何と言っても、「おまけ」があって殆どが目分量というところがいい。

庭には、鶏が餌を拾っていたり、猫がのんびり歩いたり、納屋で日向ぼっこをしている光景は、昔のままタイムスリップしたようで何とレトロが懐かしく思い出される。

そんな、農家にとっては忙しい時期になった。カブの種まき、ジャガイモの種付け、サツマイモ床づくり、で忙しい時期を迎えた。

そんな農業も環境が厳しくなってきてやりづらいと言う。匂い、ハエとか、虫とかがでて苦情が絶えないと言う。先祖代々営んでいて、勝手に後から家を建てたのだから、俺達が先に農業で生活していたのだから、そういうのなら、生活を保障しろと言いたい。などである。

味も良く、無農薬野菜を消費者は求めるが、勝手ないい訳である。これからも、有機質肥糧で美味しい貴重な野菜を作り続けて欲しい。

今日の啓蟄日に思った。

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江戸川の葛西(橋)

今日の名言

生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。そして、おそらくそれ以上に不思議に思われるであろうが、生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。

セネカ『人生の短さについて 他二篇』

Odaiba971春うらら葛西の橋の親子づれ北條 誠

こんなのどかな春の風景はもうなくなった、とは思いたくない。都会を離れれば、こういううららかな親子づれの光景はまだ見られるだろう。いかにものどかで、思わずあくびでも出そうな味わいの景色である。時折、こんな句に出くわすと、足を止めてしばし呼吸を整えたくなる。

葛西は荒川を越えた東に位置する江戸川区の土地である。「葛西の橋」を「葛西橋」と特定してもいいように思う。もちろん葛西には旧江戸川にかかる橋もあることはある。江東区南砂と江戸川区葛西を一直線で結ぶ道路の、荒川にかかっているのが葛西橋である。

葛西橋は他にも俳句に詠まれていて、のどかな時間がゆったり流れていることもあれば、せつなくも侘しい時間が流れていることもある。「葛西」という川向こうの土地がかもし出すイメージが、「親子づれ」をごく自然に導き出してくれている。

小津安二郎(?)か誰かの映画のワンカットで、「葛西橋」とはっきり書かれた木の橋の欄干が映し出された画面が私の記憶に残っている。映画の題名も監督も、今や正確には思い出せない。この「親子」はどんな氏素性をもった親子なのか、何やらドラマの一場面のようにも想像されてくる。

北條誠は脚本家として映画「この世の花」をはじめ、多くの小説や脚本を残した。まつ人もなくて手酌のおぼろかな」「永代の橋の長さや夏祭等々、気張らず穏かな俳句が多い。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)

江戸川区葛西といえば、つい先だって、江戸川区総合文化センターに、孫の幼稚園の発表会を観に行ってきた。住んでいるところは、南葛西である。

時々2時間かけて、孫の顔を見に行くが、当所八王子市と違うとこが余り多いので、ビックリしているのだが、その一つに、いま問題になっている格差である。

江戸川区は子供の数が断然多い(公園に子供の声が違う)何か転勤族が多いとか、やはり都市一極集中の政治・行政・文化などで感じられる。

総合して居住となるとどうだろう。ゼロメートル地帯で東京湾に近いので大地震には、津波などの被害は甚大と予想されて怖いところだ。空気は汚れている。

しかしまあ・・・八王子も総対的には、人口はふえているが、地域によっては40~50年住み続けている私の付近は、核家族化で、高齢化が進み、老夫婦、又は一人暮らしが多くなっている。従った20歳以下の若者がいない。勝手に先行き不安な、限界集落と私は思ってしまう。

最近近くのコンビニが閉店したちょっとした買い物、書類のコピーなどを利用していたがとても不自由を感じる。また弁当屋さんが閉店するとの噂がある。だんだん、空洞化が進むようで年をとって不安材料が多い

孫のいる東京に行ってくると、爆発的なエネルギー都内との格差を感じてしまうのである。

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2008年3月 4日 (火)

今を大事に生きる

05sikotuko31今日歩きながら考えた。人は、一日でも長く生きたい。

そして、身体にいいと思えばお金をかける。自分は、死ということは遠くに置いてしまい、時間を無駄にしながら生きている

神応寺の和尚の講話より

人は健康で長生きであることを願うから、すこしでも効果があればと「納豆を食べると血栓が溶けて血液がサラサラになり若返る、ダイエット効果まである」と聞けば嫌いな人でも買って食べようとする。マイナスイオンが体にいいと電気製品にその効果を認めて満足する。

彼と彼女が出会ったことも、好きも嫌いも、血液型性格判断で判定しょうとします。これらは科学的になんの効果も認められていないのに、人々は何ごとにつけてもこういうことに、つい心動かされてしまうのです。

いたずらに過ぎた歳月を悔やみ、また老いを嘆くけれど、老いてはじめてわかることも多い。孔子の言葉に「吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑はず、五十にして天命を知る、六十にして耳順ふ、七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」とありますが、年齢を重ねるほどに味わい深いものもある。清貧の生活に美を識り、少欲知足に満ち足りた楽しさを味わい、損を吸って得を吐く、そういう生き方に安らぎを感じることができるのです。

人生が一瞬の儚いものであるからこそ、ぼーとして日おくりをしていると、すぐに老いてしまいます。人生の最後に至ってもなを、この世に人に生まれてきた勝縁を喜べないならば、それはつまらない人生です。今、目を見開いて現前の世界をしっかりと見据えて、とらわれず、こだわらずに、目覚めよと、お釈迦様は教えられました。

人は自分の力で生きているようですが、ほんとうは生かされているのです、寝ている時にも臓器は動いているから、自分の意思にかかわらず腹も空くし、爪も毛も伸びる。生かされていると思えばよいのですが、自分の意思のおもむくままに生きようとするから貪り、怒り、愚かさという欲が頭をもたげる。

ものごとの認識においても、自分にとって都合のよい、自分勝手な受けとめをしてしまいますから、ありのままの実体として認識していない、ものごとの本質が理解できていないのです。

自分という生命体に素直な生き方をすべきところ、私たちは自我の欲望のおもむくままに利己的な生き方をしているから、自分自身で悩み苦しんでしまいます。悩み苦しみが解消されずに重なり蓄積していくと心身の不調をきたします。生かされている自分の本性である(仏性)に気づき、悩み苦しみを払拭した生き方をしたいものです。

人は生かされているから、ことさらに姿勢や呼吸を意識しない、けれども欲のおもむくままに生きているからつまずきます。真っ直ぐ背筋伸ばして、呼吸を整えますと
人生いかに生きるべきか、周りや、すすむべき方向がよく見えてきます。

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日本を洗濯(選択)する国民連合

07tamurano_yuhi31どうも、福田康夫首相も国民の指示率も落ち込んでいくばかりである。

朝日新聞のアンケートでは内閣支持率は30%台に踏みとどまったが、不支持と答えた人が50%に達したのだ。内閣が発足した昨年9月の支持53%、不支持27%という好調な滑り出しに比べれば、大きな変わりようである。

どうもキャクターが今の風潮に合っていないのかなあ・・・いや官僚を押さえ込むだけの力がないからか、一言で言って「迫力がない」そんなときに持ち上がった地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」いやー日本新党の再来になる可能性があるのかなーと思って期待していたが、中々そうも行かないようだ。

「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(せんたく)と、これに連携する超党派議連「せんたく議員連合」(せんたく議連)の合同発足総会が3日午後、都内のホテルで開かれた。合計251人、国会議員だけで107人の超党派議員が名を連ねたことから、「政界再編の起爆剤になる」との憶測も飛び交っている。

この日の総会には地方議員も含めて計約200人が集結。「せんたく議連」の共同代表に就任した河村建夫・元文科相は「(国会の)ねじれ現象を千載一遇のチャンスととらえたい。議員が丁々発止議論することによって国民の期待に応えたい」とあいさつした。

「せんたく」には東国原氏のほか、京都府の山田啓二知事、佐賀県の古川康知事、財界から資生堂の池田守男相談役やキッコーマンの茂木友三郎会長、労働界からは連合の古賀伸明事務局長など多彩な顔ぶれが並ぶ。

また、「せんたく議連」には、自民党から河村建夫元文科相や石原伸晃前政調会長、菅義偉選対副委員長、園田博之政調会長代理ら51人が参加。民主党からは野田佳彦元国対委員長や枝野幸男元政調会長ら47人、公明党からは石井啓一衆院議員ら8人、国民新党から糸川正晃国対委員長が加わり、与野党の計107人が名を連ねた。

「せんたく」「せんたく議連」は、財団法人「社会経済生産性本部」(会長・牛尾治朗ウシオ電機会長)の「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が母体。

「政府関係者は「福田首相が焦ったのは両組織が非自民の細川連立政権を生み出す原動力になった日本新党の再来になる可能性があると思ったからだろう。ただ調べてみると、参加議員の思惑はさまざまで、様子見が多い。政党を立ち上げる馬力は感じられず、福田首相も一応は胸をなで下ろしたようだ」と明かす。 zakzak(3/3)記事抜粋

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たんぱく質抑制で免疫高まる

           
Deiji1デージー花言葉 無邪気・控えめな美しさ(今日の誕生日の花)
今日のNKHwebで《たんぱく質抑制で免疫高まる》と言う記事が目に留まった。
内容は
研究を行ったのは、名古屋大学環境医学研究所の錫村明生教授らのグループです。錫村教授らは、病気などの際に体内で増える「ミッドカイン」と呼ばれる特殊なタンパク質に注目し、マウスで実験を重ねました。
その結果、このタンパク質の働きを抑えると免疫機能が高まることがわかり、マウスの実験では免疫疾患の1つ、脳せき髄炎の炎症が起きている部位をほぼ半分に抑えられたということです。
研究グループでは、このタンパク質の働きを抑える化学物質を人工的に作るのにも成功し、同じように免疫異常で起きるリューマチやぜんそくなどの新たな治療にもつながると期待されています。
錫村教授は「この研究結果は、免疫疾患に広く利用できると考えられ、新たな治療法の実用化に向けて大きな成果だ」と話しています。
私の知っている方で、リュウマチに長年悩んでいる人がいる。こういう開発で多くのリュウマチの患者に効果がある薬を開発してもらいたい。患者の夢でもある。
あす3/5は二十四節気の一つ「啓蟄」の日である。啓とはひらく、蟄とは巣ごもりのこと。つまり土中に冬眠していた爬虫類や虫が、この頃になると冬眠から覚めて、地上に姿を現すこと。また「地虫」そのものを指すこともある。
啓蟄をさらに具体的に言った言葉に、地虫穴を出づ、蛇穴を出づ、蜥蜴穴を出づ、などがある。
今年は例年よりも寒いので彼らの動きは鈍いだろう。まだ穴を出ていないかも知れない。

この頃に鳴る雷を「虫出しの雷」などと言う。
この「啓蟄」という言葉には、天地が春の躍動を示しはじめた喜びと活気を表わし、開放感がこめられていると言えよう。
掲出した写真はガマガエルである。歌に詠んだ「蛇」の適当な写真がないので、同じく、この頃に地上に出てくるガマガエルで代用する。


Azuma81_2

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胸が大きくてよかった?

06oga_toga11 為替、1ドルが102円、株価は13000円を切る、物価はあがる、重油1バレル100ドル、景気は後退?国土交通省や、防衛省・厚生労働省の訳の分からぬ仕事振りの報道などまったく嫌な世の中だ。たまには、どことなく微笑んでしまう記事でうっぷんを晴らすのもいいと思い記してみる。

産経新聞webにこんな記事があった。胸の大きい女性は男性にとって気になるものだが、大きくてよかったとは女性本人だ。

知人男性が住むマンションの玄関ドアをけって壊したとして器物損壊の罪に問われ、1審東京地裁で執行猶予付きの有罪判決を受けたタレント、小桜セレナ被告(38)の控訴審判決公判が3日、東京高裁で開かれた。原田国男裁判長は、検察側立証の柱だった知人男性やマンションに住んでいた女性の目撃証言の信用性を否定し、逆転無罪の判決を言い渡した。

 女性は1審で、「小桜さんはけ破ったドアの穴をすり抜けてマンション内に入ってきた」などと証言。1審判決は、女性の証言の信用性を認めていた。

 一方、2審では同じサイズの穴のあいたドア模型を使い、小桜さんが穴をくぐれるかを実験。小桜さんの胸囲が約100センチあり、くぐるのが不可能だったことが分かり、女性の証言の信用性が崩れた。

 小桜さんは平成18年11月18日朝、東京都港区内のマンション玄関ドアを壊したとして起訴された。1審は懲役1年2月、執行猶予3年の判決を言い渡していた。

 小桜さんは通販番組などに出演、胸の大きさがネット上で話題になったこともある。小桜さんは判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「正義が通ってよかった。今回に関しては胸が大きくてよかった」と話した。

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産卯期の川の魚

今日の名言

年年歳歳(ねんねんさいさい) 花相似(はなあいに)たり
歳歳年年(さいさいねんねん) 人同(ひとおな)じからず

『唐詩選』(上)

447141白魚のいづくともなく苦かりき 田中裕明

カタクチイワシなどの稚魚であるしらすと同様、白魚(しらうお)もなにかの稚魚だとばかり思っていたが、成長しても白魚は白魚。美しく透き通る姿のままで一生を終える魚だった。鮎やワカサギなどと近い種類というと滑らかな身体に納得できる。

また「しろうお」はハゼの仲間で別種だという。ともあれ、どちらも姿のまま、ときには生きたまま食される魚たちである。「おどり」と呼ばれる食し方には、いかにも初物を愛でる喜びがあるとはいえ、ハレの勢いなくしては躊躇するものではなかろうか。

矢田津世子の小説『茶粥の記』に出てくる「白魚のをどり食ひ」のくだりは、朱塗りの器に泳がせた白魚を「用意してある柚子の搾り醤油に箸の先きのピチピチするやつをちよいとくぐらして食ふんだが、その旨いことつたらお話にならない。

酢味噌で食つても結構だ。人によつてはポチツと黒いあの目玉のところが泥臭くて叶はんといふが、あの泥臭い味が乙なのだ。」と語られる。

筆致の素晴らしさには舌を巻くが、意気地のない我が食指は一向に動かない。だからこそ掲句の「いづくともなく」湧く苦みに共感するのだろう。味覚のそれだけではなく、いのちを噛み砕くことに感じる苦みが口中をめぐるのである。『夜の客人』(2005)所収。(土肥あき子)

昨日、前の川(湯殿川)を覗いていたら、ショウービン( 川せみ)枯れ木の枝で小魚を狙っていた。暫くすると真坂さまに、川面に飛び込んだと思ったら口ばしにキラキラ小魚のうろこが光って見えた。

通り掛かった犬を連れたおばさんに『カワセミがいますよ』と教えたら、『それ、なんですか?』と云われた。『カワセミは青いきれいな背中をして、水に飛び込んで魚を取る鳥ですよ』と云おうとしてやめた。

そんな光景を写真に撮ろうと5.6人の愛好家?が大きな望遠レンズでシャターチャンスを待ち構えている。それが連日である。

いったい小魚は、どんな種類かなあ・・・多分鯉の稚魚かかな・・・鯉は大きなものがたくさんいるからな・・・

むかしは、はやの稚魚がいて黒く固まって浅瀬にいたものを手ぬぐいを広げて、掬ってビン入れて飼ったもののその日に死んでしまって、子供心に可哀想なことをしたな・・・と反省したり、餌を与えなかったからかな・・・とか、水道の水だったからかな・・・とか考えた事思い出す。

そうそう、川の魚も、産卵の時期になった、フナ・はや・カジカ・どじょうなどである。童謡がある。

♪春になれば 

氷(しが)こも解(と)けて

どじょっこだの ふなっこだの

夜が明けたと思うベナ♪

など懐かしく思い出した。

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2008年3月 3日 (月)

春と恋歌

Img_0064

幼稚園や学校の卒業月でもある。この写真は孫の発表会・江戸川区文化センター(3/2)である。四月から小学生

今日の逢ひいや果ての逢ひと逢ひにけり
 村々に梅は咲きさかりたり
・・・・・・・・・・・・・・
中野重治

恋の季節の春、恋歌は多く読まれたようだ。今日逢うのが最後、と思いつつ恋人に逢った。村々は梅の真っ盛りだった、の意味である。「逢ひ」という言葉を三回繰り返すルフランの効果が、すばらしい。

相よりてくらやみのなかに居りしかば吾が手かすかに人の身に触れつ

風吹けばただに逢はんと手をのべつ心かよふといへどせつなく


などの歌も並んでいる。
掲出した歌は大正12年に四高の校友会雑誌に発表した恋歌の一首。
後のプロレタリア作家として著名な中野重治の若い頃の歌である。この頃の室生犀星や窪川鶴次郎らとの交遊のさまは小説の初期代表作「歌のわかれ」にうかがわれる。
『中野重治全集』から。

春さればしだり柳のとををにも
 妹(いも)は心に乗りにけるかも・・・・・・・・・・・・・・・・・・
柿本人麻呂

この歌の意味は、春になると、しだれ柳がたわたわとしなう。そのように私の心もしなう。そのしなった私の心の上に、恋人よ、おまえは乗ってしまった。
「春されば」のサルは「移る」の意で、春が来ると、の意味。
「とをを」は「撓(とをを)」で、タワワの母音が変化した形、たわみしなうさま。
「妹は心に乗りにけるかも」という、現代でも新鮮な具象的映像による表現は、当時の古代人にも大変好まれたようで、『万葉集』には同工異曲の歌が散見される。
『万葉集』巻十所載

梅の奥に誰やら住んで幽(かす)かな灯・・・・・夏目漱石

梅の花が本格的に咲き揃う時期になって来た。掲出の句は夏目漱石の作品で、彼独特の諧謔性に満ちた句である。「誰やら住んで」というところが面白いし、「幽かな灯」というのも広い梅林を想像させて奥行がある。漱石は俳句を余技としてたくさん作っている。
漱石は英文学者として出発したが、小説家として主に朝日新聞を拠り所にして、次々と作品を発表した。当代一の文化人であったから、師弟関係にあった文学者、科学者などが多い。科学者なども──たとえば中谷宇吉郎など、いずれも文筆でも優れた文章を残している。
漱石における俳句はあくまでも「余技」であったが、伝統的な文学として、漱石は深く愛していた。

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内閣の支持率(毎日新聞)

035571福田康夫内閣の支持率世論調査結果に思う。

期待していた程、実力・人気なかったが、組閣当初より支持率は下降するばかり、架空年金問題・防衛省汚職・イージス艦事故の問題などの対応は、どうも真剣みに欠けて、何処か焦点を、づらしているよな印象でならない。特にサプライムローンなどは、日本に関係ないような印象すら思えるほどだ。的確な、政治判断・洞察力などが不足しているのか?この結果は当然である。

毎日新聞は1、2両日、電話による全国世論調査を実施した。福田康夫内閣の支持率は1月の前回調査比3ポイントダウンの30%で、昨年9月の政権発足以来最低を更新、不支持率は初めて半数を超える51%となった。イージス艦「あたご」と漁船の衝突事故を巡る政府の対応については、「評価しない」41%、「あまり評価しない」33%で、計74%が批判的にとらえていることが分かった。

政権発足直後57%だった内閣支持率は昨年12月に33%に下落、その後も反転しない状況が続いている。これに対し、不支持率は一貫して上昇傾向にある。

男女別では、男性の支持率が28%と3割を切り、不支持率は58%だった。不支持理由で「首相の指導力に期待できないから」が前回比11ポイント増の40%となったのが目立ち、イージス艦衝突事故などへの首相の対応が不支持増の要因になっていることがうかがえた。

衝突事故への政府対応を好意的にとらえた回答は、「ある程度、評価する」19%、「評価する」2%だった。

石破茂防衛相の責任に関しては「きちんと事故処理をした後で辞めるべきだ」が45%で最も多く、「直ちに辞任すべきだ」の4%と合わせ、辞任を求める意見が49%にのぼった。一方で「辞任するよりも再発防止に取り組むべきだ」が39%、「辞任論が出るのがおかしい」が8%で、石破氏の進退を巡る世論は二分された。

3月末で期限が切れる揮発油(ガソリン)税の暫定税率を4月以降継続することには、「反対」が66%で、「賛成」の27%を大きく上回った。ただ、暫定税率の10年間維持を含む租税特別措置法改正案を与野党協議で修正することには、78%が「賛成」と回答、歩み寄りを促す世論が浮かんだ。10年間で59兆円を必要とする「道路整備の中期計画」に沿って道路整備を進めることには「賛成」19%、「反対」75%だった。

政党支持率は自民26%(前回比2ポイント減)、民主23%(同1ポイント減)などだった。【西田進一郎】

毎日新聞 2008年3月2日 19時54分 

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黄砂に悩される季節

 386351                                     
                                                                                          今朝のNHKのラジオのニュースで、中国のゴビ砂漠で舞い上がった黄砂は、昨日韓国で普段の何拾倍も降ったという。視界が悪くなり、車の運転・農業にも被害が出るとの事で深刻な問題となっている。中国の経済発展の裏にこういう生活に大きな支障となる問題が浮かび上がって来た。天気予報で予報は出すものの抜本的な解決は手がつけられていないのではないのかと思う。
地球の傷は広がるばかりである。経済発展だけが人間の幸せになるのか、黄砂の問題真剣にでも考えさせられるところである。
NHKwebより
黄砂は、中国大陸の砂漠地帯などで巻き上げられた細かい砂が上空の偏西風で日本に運ばれてくる現象だ。。気象庁によると、低気圧の通過に伴い中国内陸部で砂嵐が発生して、朝鮮半島などですでに黄砂が観測され、国内ではことし初めて、2日午後3時すぎに長崎県対馬市の厳原測候所で観測している。
黄砂は、2日夜から3日にかけて、西日本や沖縄・奄美地方、それに東日本の広い範囲で観測され、視界は▽西日本と沖縄・奄美地方では5キロメートル未満に、▽東海と北陸では10キロメートル未満になるところがある見込みだ。
気象庁は「視界が悪くなるので車の運転などに注意してほしい。また、洗濯物を干すときに、地元の気象台が出す黄砂に関する情報や、気象庁のホームページの予測システムを活用してほしい」と話している。

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人の安らぐ場所

今日の名言

自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだ。

堀辰雄『風立ちぬ・美しい村』

0008tyokai1水温みけり人発ちて鳥去りて 橋本榮治

季語「水温(ぬる)む」の用法として、掲句のように「けり」とすっぱり切った句はあまり例がないように思う。なんとなく暖かくなってきた感じの水の状態を指して、そのまま「水温む」とゆるやかに使用するのが通例だが、この句では「けり」と言い切ることで、「水温む」よりももっと後の時間を詠み込んでいる。

すっかり春になってしまったなあ、という感慨句だ。雁や白鳥たちも北に帰ってしまい、春は人事的にも別れの季節だから、身近にも発って行った人がいるのである。この喪失感が「けり」によって増幅されていて、春という明るい季節のなかの寂しさがより深く印象づけられる。

この一句からだけでは、これくらいの解釈しかできないが、句集を読むと、実は発って行った人が、この年の春を目前に亡くなった作者の妹さんであることがわかり(「妹」連作)、そのことを知れば「けり」としなければならなかった理由もより鮮明に納得されるし、悲哀感に満ちた句として読者の心が染め替えられることにもなってくる。

荼毘の音聞かず寒風の中に在り」、「梅ひとつふたあついもうと失ひき。今日は女の子の節句雛祭り。作者はしみじみと、妹さんとの日々を思い出すことだろう。『放神』(2008)所収。(清水哲男)

昨日、江戸川区文化センターに行ってきた。バス停から、歩いて行く途中に、ちょっと私の近くでは見られない遊水路を見た。なんと流れる水の量、きれいな水であったのが印象的であった。 まさに造られた水路管理された通路で都会的な空間だと思った。

私の近くでは、山があり、川がありまだまだ、自然が残っていると言っていいと思うが、大まかな、自然のままの草木が残してあるが手入れが不十分のようで管理がされていない。

人と自然・公園の管理は、どうあるべきか、ただ自然のままの状態で残すだけで良いのか、考えさせられた。樹は間引き、ひかりとの関係、低木・高木とのバランスや人が憩い安らぐことの出来る姿などなどで、勉強になった。

街づくりの基本は住みよい空間、安心・安全が大前提である。人と公園が上手に利用でき、心の安らぎの出来る事が本当に必要と思った。

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2008年3月 2日 (日)

成人年齢を18歳

<毎日世論調査>「18歳成人」6割が反対 精神的に未熟だ

3月2日18時30分配信 毎日新聞

07oomori__kiri_ike11世界では、成人年齢を18歳の国

朝日新聞の報道によれば、調査可能な世界186か国の内、162か国が18歳を成人としている(国立国会図書館調べ)。サミットの参加国のなかで成人年齢を20歳としているのは日本だけだ。また、1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」は、子どもを18歳未満と定義している。

毎日新聞が1、2の両日に実施した電話による全国世論調査で、成人年齢を18歳に引き下げることの是非について尋ねたところ、「反対」との回答が60%を占め、「賛成」の36%を大きく上回った。男女別では女性の66%が「反対」、男性は52%にとどまり、女性に「反対」の回答が目立った。鳩山邦夫法相は先月13日、民法を改正し「成人」年齢を引き下げるかどうかについて法制審議会に諮問したが、国民の間では慎重論が根強いことをうかがわせた。

反対の理由は「精神的に未熟だから」が69%と圧倒的に多く、「18歳から飲酒・喫煙が認められるのが心配だから」(16%)▽「親の許可なく消費契約を結べるのが心配だから」(14%)を大きく離した。また年代別にみると、男性の30~50代は「反対」と「賛成」がほぼ拮抗(きっこう)していたが、女性はどの年代も「反対」が6割を上回った。18歳前後の子どもを持つ主な世代にあたる40代女性は「反対」が7割を超え、各年代でトップの73%だった。

一方、賛成の理由を見ると、「若い人に自覚を促し、責任を持たせることができるから」が62%で最も多く、「十分に責任をとれる年齢だから」(29%)、「18歳成人が、欧米各国の主流だから」(9%)を上回った。【有田浩子】

「18歳成人」が議論されるようなった理由

それには二つの流れがある。ひとつは一連の少年事件を受けて、少年に対する刑罰を強化しようという「厳罰化」の動きで。現行の少年法では20歳未満を「少年」としているので、これを18歳に引き下げることを主張している。

もう一つは、選挙権を18歳に引下げて、若者層の政治参加を促すという動きです。少年法改正は若者の義務を強調し、選挙権引き下げは若者の権利を強調していて。一見相反する主張のように見えるが、権利と義務とは裏腹の関係にあるので、結果的に同じ方向になった。

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人生流転

539571熱が下がらない・食欲が出ない。体調を崩して入院している義母は、もう二週間以上になる。94歳と高齢で、見舞いに行くと、「なんでこんなに年をとって、辛い思いをしなければならないの・・・」と訴え涙を流す・・・。

そんな時に、実家の昨年、結婚している孫に子供が生まれた。何の因縁だか分からないけど、何か魂の移り替わりのように思えてならない。あまりそうゆうふうに考えないようにしているが、どうしても払拭できない。「嬉しさも、中くらい」何とか義母も良くなって欲しいものだ

そんな現実のがあり世の移り変わりは人間の感情など自然は考えてはくれない。いやその現実を教えてくれているのではないかと思う。

そして、「運は天にあり」と言う言葉がある。その事に今朝は考えてみた。

あと1ヶ月で4月で入学の時期である。私の4人いる孫も新しい入学・進学する。また新しい環境に、一喜一憂することの多い月となるだろう。4月には「運」という言葉もよく使われる。
運とは天命のめぐりあわせ、めぐってくる吉凶の現象として、運がむいているとか、よいほうに言うことが多い言葉のようですが、運のつきなどと、滅びる時がきた、人力ではどうしょうもないという言い方にも使われる。

「運は天にあり」と言うが、すべて人間の運命は、天命によって決定されているのだから、じたばたしても仕方あるまいという教訓だ。「運不天賦」
うんぷてんぷ・・・人間の運命は天の定めるものである、出たとこ勝負だという意味である。
ところが「運を待つは死を待つに等し」と言い換えると、自ら努力することなく、ただ幸運の到来するのを待っているのは、死の到来するのを待っているのと同じではないか。運は自らの努力によってのみ、切り開くことができるのだ、という教訓も一方にはある。

しかしまあ・・・生まれ変わり死に変わって迷いの世界をさすらう人生流転である。

生々流転 

 物が限りなく生まれ変わり死に変わって、いつまでも変化しつづけるこという言葉もある。

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体調と気圧・気温

  今日の名言

人生は短く金はすくない。 ブレヒト『三文オペラ』

07kitayamazaki_yoakemae11三月は人の高さに歩み来る 榎本好宏

窓の外は依然として寒い風が吹きつのっています。長年横浜に住んでいますが、今年の冬は例年になく寒く感じられます。そんななか、休日の昼間、窓を閉めきった室内で春の句を拾い読みしていたら、こんな作品に出会いました。

描かれている情景は分かりやすく、また親しみやすいものです。「三月」「人」「高さ」「歩む」と、扱われている単語はあくまでもありふれていて、特殊なイメージを喚起するようには作られていません。というのも、作者は感じたことを、ありふれた言葉で十分に表現できると確信したからなのです。

インパクトの強い単語が、必ずしも表現の深さに繋がるものではないということを、この句を読んでいるとつくづく感じます。「人」の「高さ」という2語の結びつきだけでも、読み手にさまざまな感興をもたらしてくれます。読んでいるこちらも、その位置を高められたような気になります。等身の三月。一月二月には持てなかった親しみを、三月に感じています。

衿をすぼめ、寒さに耐え、対決するようにすごしてきた月日の後に、肩をならべて一緒に時をともにすることのできる月が与えられたのです。その歩みはゆったりとしていて、後戻りをするようなこともありますが、両腕を広げ、確実に私たちの方へ歩み寄ってきてくれるのです。『四季の詞』(1988・角川書店)所載。(松下育男)

気温や気圧が低い日には、心筋梗塞の危険が高まる。

  東京医科大学 山科 章 教授

三寒四温という言葉があるように、春先は暖かいかと思えば急に冷え込むなど気温が変化しやすい時季です。この時季に注意したいのが心筋梗塞です。一日の平均気温・平均気圧と心筋梗塞の発症には密接な関係があり、気温が10℃以下、気圧が1005hPa以下の日には心筋梗塞が起きやすくなります。さらに、寒冷前線が通過する日には気温や気圧が急激に変化しますので特に注意が必要です。

このような日は、心臓に強い負担をかける運動や労働は避けるようにしましょう。気温が下がると血管が収縮して血圧が上がりやすくなりますので、高血圧の方や高齢の方は普段から気温・気圧の変化や寒冷前線の情報に留意して、身体を冷やさないようにして下さい

と言うように、気圧と体調は大いに関係がある。季節の変わり目が注意を払う事だ。年寄りや、体力のない方は、特に気をつけないといけない。私も、雨が降りそうな時には、足腰が痛くなるが気圧に関係があるのかなあ・・・と思っていた。

三寒四温は要注意だ。

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2008年3月 1日 (土)

季節への思い

Hiland051吉田兼好の『徒然草』

つれづれなるままに、日ぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 

季節が移り変わりゆくその姿に、人は何か深い物を感じるのである。

しみじみとした美しさを感じさせる季節は、秋を差し置いて他にない。そう人々は口にする
確かにその通りだとも思えるのだが、春の様子こそが一際心嬉しいものであろう。鳥の声がいっそう春めき、軟らかな陽射しの中に垣の根元の草が芽を出しはじめる。そして春も深まり霞わたるようになり、桜も次第に開きはじめようとする頃から風雨が続く。

あっという間に花が散り、そして葉桜に取って代わる時まで、あれやこれや何かと心配事の種は尽きない。古今集に収められている有名な歌に「花橘の香りをかぐと昔馴染みの人が思い出される」とあるが、梅の香りにもまた、昔のことが恋懐かしく思い出されるものである。山吹の清らかなその様子や、藤の花の淡くはかなげな様子など、全てが思い捨てがたいことである。

季節への思い、それぞれに  第19段の一部であるが、日本の四季の素晴らしさで今の時期を記した部分である。(現代訳)

何んとも不安定な居いごご地と思うことがある。どういう事かといえば、何かまとまった仕事が出来るのかと思えば出来ず、じっと家にいろと言えば女房とあわず、どこかに行こうと思えば金がない。

仕方がないから、すずりではない、パソコンに向かって何やら時間を送っている。いけないかなー、まあ・・・一日一善のゴミ拾いと、ボランテアなどはしているが・・・             ようやっと寒い冬から明るい春が来る。春になればまた力が湧いて来るだろう。そういう春にしたい。

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春潮

      季節の詩鑑賞                      

                  春のために・・・・・・・・・大岡信       

砂浜にまどろむ春を掘りおこし
おまえはそれで髪を飾る おまえは笑う
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波紋のように空に散る笑いの泡立ち
海は静かに草色の陽を温めている

おまえの手をぼくの手に
おまえのつぶてをぼくの空に ああ
今日の空の底を流れる花びらの影

ぼくらの腕に萌え出る新芽
ぼくらの視野の中心に
しぶきをあげて廻転する金の太陽
ぼくら 湖であり樹木であり
芝生の上の木洩れ日であり
木洩れ日のおどるおまえの髪の段丘である
ぼくら

新らしい風の中でドアが開かれ
緑の影とぼくらとを呼ぶ夥しい手
道は柔らかい地の肌の上になまなましく
泉の中でおまえの腕は輝いている
そしてぼくらの睫毛の下には陽を浴びて
静かに成熟しはじめる

海と果実

「春潮」とは春の海のあたたかい水の流れをいう。      Bth2618688_1b1
いかにも海の生物をはぐくむ感じがする。
潮の色も明るく、藍色になり、澄んで見える。
潮の干満の差が大きくなり、彼岸の頃が一番の大潮となる。そうなると干潟では「潮干狩」がおこなわれるようになる。俳句では「春潮(しゅんちょう)」とも呼ぶ。以下、それを詠んだ句を引いておく。


 春潮といへば必ず門司を思ふ・・・・・・・・高浜虚子

 春潮に梳(くしけづ)りをるものを刈る・・・・・・・・富安風生

 春潮に浮びて険し城ケ島・・・・・・・・水原秋桜子

 春潮に海女の足掻きの見えずなる・・・・・・・・山口誓子

 いつとなく解けし纜(ともづな)春の潮・・・・・・・・杉田久女

 春潮の彼処(かしこ)に怒り此処に笑む・・・・松本たかし

 春潮を見て来し胸や子を眠らす・・・・・・・・細見綾子

 春潮や三ケ月型に海女もぐる・・・・・・・・加藤知世子

 春潮のかけのぼらんとする崖に・・・・・・・・山口青邨
 
 紀の国の渚は長し春の潮・・・・・・・・高浜年尾                  
    

 春潮に巌は浮沈を愉しめり・・・・・・・・上田五千石

 ひらかなの柔かさもて春の波・・・・・・・・富安風生

 春の涛寄せたるあとはささやけり・・・・・・・・加倉井秋を
 
 春涛の一線あまる小漁港・・・・・・・・大野林火07kitayamazaki31

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イージス艦衝突事故に思う

035811海上自衛隊イージス艦衝突事故で、昨日予算委員会で、福田康夫首相が涙ぐみ謝罪したと言う。なにか、家族の事の思いに配慮を欠いて、それにも謝ったという。

石破防衛相の発言は、二転三転、最後は何を言っているか、何を語ろうとしているのか、全くわからない。焦ってしまい寝込みを襲われて、しどろもどろの状態、普通ではなかった。

また、増田事務次官の記者会見の内容も、これで自衛隊二六万人にの日本の防衛省のトップの話す内容か?とこちらも呆れてしまった。

どこか他所の国の出来事のようで情けない。これでは、信用なんて出来る筈がない。

自衛隊と言う、職場に勤め、少しの緊張と少しの愛国心があれば、それでいい何て思っているのではないだろうが・・・非常の事態が起きた時には大丈夫なのか・・・

この問題は、事故の本当のことを家族・国民に正確報告すること、首相がもっと早く国民に謝罪の意を表すこと、防衛大臣の適切な指示が欲しかった。

読売新聞webより

福田首相は29日の衆院予算委員会集中審議で、海上自衛隊イージス艦衝突事故について、「2人の遭難者を出し、家族、関係者に本当にご迷惑をかけ、残念な思いで一杯だ。責任も重々感じている」などと述べ、終始、謝罪の言葉を繰り返した。
声を詰まらせ、目を潤ませる場面もあった。しかし、答弁中に行方不明の2人について「こういう方を亡くしてしまった」「一家の大黒柱を失った」などと述べてしまい、「注意して『遭難された方』と申し上げたと思うが、間違って失礼なことがあったとすれば陳謝する」と述べ、神妙な面持ちで頭を下げた。

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沖縄の女子中学生の事件

199912070922111NHKwebサイトより

▼この事件は、今月10日、沖縄のアメリカ軍基地キャンプコートニーの所属で、アメリカ海兵隊員のタイロン・ハドナット2等軍曹(38)が沖縄県北谷町で、14歳の女子中学生を車の中で乱暴したとして逮捕されたものです。
▼この事件で被害を届け出ていた中学生が告訴を取り下げたため、那覇地方検察庁は29日午後8時40分すぎ、沖縄警察署にこう留されていたハドナット2等軍曹を釈放し、直ちに不起訴にしました。
▼那覇地方検察庁は午後9時40分から会見し、山舗弥一郎検事正は「詳細な説明は避けたい」としたうえで、今後の捜査について、「被害者の気持ちを考えると、ほかの罪で起訴するのも適切ではない」と述べました。
▼関係者によりますと、告訴の取り下げには裁判などで被害者を公にさらすことを避けたいなどとする家族の意向があり、本人もこれに同意したということです。海兵隊員が釈放されたことについて、アメリカ総領事館のメア総領事はNHKの取材に対し、「海兵隊員は軍の捜査機関に引き渡され、現在、海兵隊の施設に身柄を拘束されている。
▼事件の進展は予想できないことでたいへん驚いている。今後はアメリカの捜査機関が日本の捜査機関と協力し、証拠などを見直すことになる」と話しています。福田総理大臣は29日夜、国会内で記者団に対し、「どういう事情かわからないが、このような事件が起きないように、日米がしっかりやらないといけない。
▼そのことに引き続き全力をあげたい」と述べました。また高村外務大臣は、国会内で記者団に対し、「親告罪なので、告訴が取り下げられ、釈放されたことは聞いているが、遺憾な事件であることにまちがいはない。事件はあってはならないことで、再発防止策は日本とアメリカが連携してきっちりとやっていきたい」と述べました。
▽この報道は、ラジオで聞いていたが、本当にビックリした。被害者を「公に晒す」ことを避けたい家族の想いがある事だろう。まあ・・・私は、前にもブログに書いたが、14歳の女子中学生の行動を、諌めた内容であったが、やはり今後の警鐘となるようにならないといけないと思う。それにしても本人の代償は大きい。
▽今後も日本政府ならびにアメリカ軍関係者の事件・事故の防止には注力していただきたい。そして、暴行容疑の2等軍曹も反省して、今後このような事件は起こさないようにして貰いたい。

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今日から弥生三月

今日の名言

よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師(くすし)。三つには、智恵ある友。

兼好法師『新訂 徒然草』

Omoide31遊び子のこゑの漣はるのくれ 林 翔

二月の空はきっぱり青い。春一番が吹いて以来冴返る東京だが、空の色は少しずつうす濁ってきて今日から三月。通勤途中、どこからとなく鳥の声が降ってくるようになり、しつこい春の風邪に沈みがちな気分を和らげてくれる。

春の音はきらきらしている。鳥の声も、水の流れも、聞き慣れた電車の音も、人の声も。最近の子供は外で遊ばなくなった、と言われて久しいが、買い物袋を下げて通る近所の公園には、いつもたくさんの子供が集まって、ぶらんこやシーソーに乗り、気の毒なくらい狭いスペースでバレーボールやドッヂボールに興じている。

遊び子という表現は、遊んでいる子供の意であろうが、いかにも、今遊んでいるそのこと以外何も考えていない子供である。その子供達の楽しそうな笑い声が、日の落ちかけた茜色の空に漣のように広がっていく。

こゑ、と、はるのくれ、のやわらかな表記にはさまれた、漣。さざなみ、の音のさらさら感と、水が連なるという、文字から来る実感を持つこの一文字が効果的に配されている。今日より確実に春色の深まる明日へ続く夕暮れである。『幻化』(1984)所収。(今井肖子)

昨日は夕方4時に散歩に出かけたが、日はまだ高かった。ああ大分日がのびてきたな。1時間ほどで帰宅まだ明るかった。それと、昨日は暖かく、3月下旬の陽気だったという。

我が家の座敷まで差し込んでいた陽射しも、縁側まで押し戻っている。また、5時半頃から朝食作りをするのであるが、最近お勝手の窓ガラスが6時近くになると明るくなて来るようになった。まだ、冴え返ることもあるだろうが、確実に暖かくなる。

今日から弥生三月、下の孫の幼稚園の発表会が3日にあるという。2時間かけて行くことにする。昨夜電話してみたら、元気な声で「じいじまってるからね、はっぴょうがんばるからね」と言われれば、行かねばなるまい、ちょっと遠いからね本音だが。

   孫を抱き  その重たさに  春を知る

   孫踊る   春の舞台に   目を見張る

   老いて知る  春ぬくもり   絆かな

   

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