« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月29日 (金)

朝日の「スパモニ」が・・・

61毎日見ているテレ朝のスーパーモーニング、玉川リポーターの、国土交通省の天下り問題や無駄遣いの実態を民主党細野衆議議員の調査資料などの紹介と参考にしていた。また、コメンテイターの意見など大変興味深く見させていただいた。(まんじゅう5個はおかいいと思ったが)

だから、そんなに間違っているとは思わない。自民党がBPOに申し立て行うとしても、全部が嘘と、行き過ぎとは思えない。

 自民党の細田博之幹事長代理は29日午前の記者会見で、テレビ朝日を「事実を曲げて報道している」として、NHKと民放でつくる「放送倫理番組向上」(BPO)の放送倫理検証委員会に申し立てを行うと発表した。

自民党が問題視しているのは、テレビ朝日が26日放送した情報番組「スーパーモーニング」。リポーターやコメンテーターが、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の建設について「建設業者の意向を受けて(建設が)長期化している」「道路事業費の約5%が政治家に還流されている」などと発言したという。細田氏は「十分な検証を怠っているのではないか。政治的公平性を欠き、一方的な観点から論点を示すなど放送法に抵触している」と述べた。

細田氏は「十分な検証を怠っているのではないか。政治的公平性を欠き、一方的な観点から論点を示すなど放送法に抵触している」と述べた。

でも、全くでたらめではないと思うし、問題とは言えないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アホウドリのこと

781_2アホウドリのひな 順調に生育
NHKwebサイトより
アホウドリの80%以上は伊豆諸島の鳥島を繁殖地にしていますが、島の火山が噴火するおそれがあるため、山階鳥類研究所や環境省などは一部のひなを350キロ南の小笠原諸島の聟島まで移して新たな繁殖地をつくるという世界でも初めての取り組みを始めました。
2月19日にひな10羽が聟島に運ばれて10日になります。親鳥から引き離されたひながえさを食べるようになるかどうか心配されましたが、山階鳥類研究所によりますと、運ばれた翌日からトビウオやスルメイカをすりつぶしたえさを食べるようになりました。
えさの量は1日、650グラム程度に上り、ひなはいずれも順調に育っているということです。これから巣立ちを迎える5月までの3か月間、山階鳥類研究所の研究者らが島に滞在してえさを与え慎重に飼育を続けることにしています。
長生きし、子供は少なく産んで大切に育てる
アホウドリは寿命が長く、31歳でヒナを育てていた例が知られています(長谷川, 2006にる)。他のアホウドリ類では、コアホウドリで42歳という長寿記録があります(Welty &Baptista,1988による)ので、アホウドリでもそのくらい長生きする可能性があります。

アホウドリが繁殖をはじめる年齢は遅く、早いもので5歳、平均で7歳程度です。美しい成鳥の羽色になるのは8~10年かかります。1年に1回、1卵のみを産み、抱卵日数は64~65日、ヒナが巣立つまでに4ヶ月ほどかかります。

鳥の中には1回に何羽ものヒナを育てて、年に複数回繁殖する代わり、寿命はいたって短いというものもいますので、それに比べるとアホウドリは少産少死型といえます。外敵の少ない孤島で、自分は長生きして、子供は少なく産んで大切に育てるという人生設計なのです。

しかしこの方針は外敵がほとんどいないことを前提としたものですので、思わぬ外敵が出現すると簡単にしてやられてしまいます。人間がアホウドリをいくらでも殺すことができたのも、一旦減ってしまうとなかなか数が戻らないのも、このアホウドリの生き方に大きく結びついているのです。

地球温暖化、自然破壊、絶滅危惧種、など世界的に大きな問題が叫ばれてきたが、NHKニュースでアホウドリの保護活動のことを聞き、現代の人間がなすべきことだと痛感した。山階鳥類研究所の研究者の皆さんの努力に敬意と感謝を評したい。素晴らしいことだ。

他にもこの地球上から消え去る生物は、たくさんあると思うが、人間一人一人が地球に優しさの心で接し,存続に力を尽くさねばいけないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

季節の詩鑑賞

Boke1季節の詩鑑賞

京都へ・・・近江順子

ぐいと沈む心臓の、あるいは一心不乱に働く葉脈の下の地獄。京都に夜行で来た昔の、杏の。鉛筆が走る馬の季節、桜はまだ。ふくよかな餅の涙。京都の友人と歩いた冬の思い出を齧りつつ、危うい三角。寺から寺への破線をめぐる。

小道から小道へと足を運ぶ。哲学への迷子。歴史のみぞれを頭からかぶって、寒い日の歩行。悲しみなど取り繕う暇もない、下の記憶。大学に行っていた頃の絵画的一日。

黒いコートの画学生風の、小さな圧力。下半身にウムと力を入れて、ちらちらと散る雪の中へ。カラッポを突き進む。友は大丈夫か?京都の尾をつかみ、ドラゴンに乗り、飛ぶ。京都の本当の狂気に惹かれて、朝露を光らせながらドーンと泣く。ドーンと揺れる。

しかけられた死の罠をあやうくかわして、私たちはいつまで
もシュートを続ける。それが何になるか、ならないかを問うことなく、ひたすらシュートし続ける。(北溟社刊『滋賀・京都 詩歌紀行』より)

この「散文詩」は、現代詩風の作り方で、面白い。京都をめぐるさまざまの想念を、こまぎれの言葉を操って一篇の詩にまとめあげた。甘ったるい、少女趣味的な詩句だけが「詩」だと考えている人には違和感があるかも知れないが、現代詩というのは、こんなものである。

なんか、夏目漱石の「草枕」の文章を思い出してしまった。「山路に上りながらこう考えた」智に働けば、角が立つ・・・・そんな心境になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四年一回の二月二十九日

今日の名言

京は人をいやしうする所なり。

『宇治拾遺物語』(下)

06oga_toga11うぐひすや家内揃うて飯時分  与謝蕪村

昼食時だろう。家族がみんな揃った食事時に「うぐひす(鶯)」が鳴いた。と、ただそれだけの句であるが、現代人の感覚で捉えると趣を読み間違えてしまう。

「家内揃うて」は、現代の日曜日などのように、一週間ぶりくらいにみんなが顔を合わせているということではないからだ。昔は家族「揃うて」食事をするほうが、むしろ当たり前だった。

だから、句の情景には現代的な家族団欒などという意味合いはない。一年中春夏秋冬、いつだって家族は揃って食事をとるのが普通だったのだ。では蕪村は、何故わざわざ「家内揃うて」などと、ことさらに当たり前のことを強調したのだろうか。

それは「うぐひす」が鳴いたからである。何の変哲もないいつもの「飯時分(めしじぶん)」に、春を告げる鳥の声が聞こえてきた。途端に、作者の心は待ちかねていた春の到来を想って、ぽっと明るくなった。

気持ちが明るくなると、日頃何とも思っていない状態にも心が動いたりする。そこで、あらためて家族がみな揃ってつつがなく、今年も春を迎えられたことのありがたさを噛みしめたというわけだ。蕪村の心の内をこう単純化してしまうとミもフタもないし、句の味わいも薄れるけれど、大筋としてはそういうことだと考える。

現代詩人である吉野弘に、虹の中にいる人には虹は見えないといった詩があるが、掲句では虹の中の人が虹を見ていると言えるのではあるまいか。今日で二月もおしまいだ。現代の読者諸兄姉は、どんな春を迎えようとしているのだろうか。掲句のようにゆったりと、それぞれの虹を見つめられますように。(清水哲男)

そう言えば、私の子供のころを思い出してみて、ああ!なるほどと納得のいく解説だ。昔の家族制度がしっかりした家では、三度の食事は、必ず一緒にした。ちょうどその頃子供だった私は、昼食・夕食は勿論、10時のお茶・3時のおこじゅうなどは遊びに忙しく、よく探してもらって。そうして家族で食事を食べたものだ。

二月尽。地球温暖化が進んで深刻な状況は変わらないが、二月は寒かったです。まあ・・・寒いといっても50年前と比べると全然暖かい。川に氷が張らない、ツララが見られない、風呂の水がこらない、井戸が凍らない、、あァ今は井戸はないから現象が見られないか。。天気長期予報では、今年の夏は暑くなるとか・・・

いよいよ杉・檜の花粉の飛散する時期で今年は寒いせいか二週間ぐらい例年より遅いという。まだ私は花粉症の悩みはないが、今年あたり・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月28日 (木)

20000のアクセス

035571稚拙な《『名もない花』田んぼの畦道》ブログも書き始めて2年(2006/03/17)となる。750編である。まあ毎日書いていたが、本当にくだらないこと日常感じたことを、自分なりの解釈でまとめて「日記・コラム・つぶやき」のカテゴリーである。

毎日書くという事が自分の戒めにもなり、励みとなっているようである。まあ・・・たまに励ましのコメントを書いていただいたりトラックバック送っていただいたり、うれしいですね・・・。

勝手にそんなことを言いながら、な。な。  なんとアクセスが20000ですよ!2万になろうとしている!自分でも驚いている。人生70年も勤めて、恥をかきながら生かされてきたが、嬉しいじゃないですか。と1人喜んでいる次第です。

他にも書いているのだが、まあ・・・少ない年金暮らしの老人であるが、お節介な爺なのかもしれません。これからも、続けて書いていきたいと思っています。

ちなみに他のURLは   http://335059.at.webry.info/ ブログ名・壮快です。http://sns.webry.info/at/335059/diarycreate.do     BIGLOBEウエブリングSNSです。

二つである。よかったら見てください。こちらもごく日常の事で感じたことを思いのままかいています。          

| | コメント (0) | トラックバック (0)

えび・かに材料表示義務づけ

192今朝のNHKwebのニュースの焦点より

「えび」や「かに」が入った食品を食べてアレルギーを起こす人が多いことから、厚生労働省は、卵やそばなど5つの品目に加え、えびとかにも、原材料の表示を義務づけることを決めました。

これは27日、厚生労働省で開かれた食品表示に関する審議会で決まりました。
今の食品衛生法は、アレルギーを起こす頻度が高かったり、症状が重くなったりするおそれがある卵、乳製品、そば、小麦それに落花生の5つの品目を、原材料の表示を義務づける「特定原材料」に定めています。
えびとかには、できるだけ表示するよう求める20品目に含まれ、義務化はされていませんが、厚生労働省の研究班の調査で、7歳以上では、新たにアレルギーを起こす原因の食べ物として最も多いことがわかりました。
さらに、わずかな成分を調べる検査技術も確立したことから、厚生労働省は、えびとかにを「特定原材料」に加えることを決めました。
アレルギー表示の制度が6年前に導入されてから、特定原材料の品目が追加されるのは初めてで、厚生労働省は、来年度の早い時期に省令を改正することにしています。
しかし、小さなえびを餌とする魚が原材料に含まれるなど、わずかに混入するケースについて業者側が調べる期間が必要なため、完全な義務づけは2年後になる見通しです。

義務付けは歓迎だが

アレルギーの患者や家族を支援しているNPO法人は、表示の義務化を歓迎しています。
えびやかにを食べてアレルギーを起こす子どもがいる家庭は、買い物や料理に注意を払ってきました。
アレルギーの患者、中西春乃ちゃん(6)は、1歳のとき、甘えびを食べたところ、顔が腫れ上がり、「えびアレルギー」とわかりました。
母親の光香さんはそれ以来、春乃ちゃんにえびを食べさせないように気をつけ、何が入っているかわからない加工食品は、ほとんど使いません。
しかし、えびとかにの表示は義務化されていないため、つねに不安が付きまとったと言います。
光香さんは「これまで、何が入っているかわからないものは、怖くて買えませんでしたが、表示されるようになると安心して買い物できます。ただ、お総菜や外食になるとえびやかにが表示されず、食べていいのか判断のつかないものもまだたくさんあります。アレルギーのある子どもに安心して食べ物が与えられるようになればと思います」と話しています。
食物アレルギーの相談を受け付けている東京・新宿区にあるNPO法人・「アトピッ子地球の子ネットワーク」では、最近、小さな子どもに関する相談が増えているということです。
えびやかにのアレルギーは、卵などと比べ、大人になってからも治りにくいのが特徴だということで、事務局長の赤城智美さんは、健康被害を避けるため、表示の義務化を歓迎しています。
赤城さんは最近は、カルシウムの強化や、風味付けのためにえびやかにの粉末を入れている食品が多くて、原材料に含まれているかどうか見分けがつかず、食べた人が重いアレルギー症状を起こすケースもあります。しかし、一方で、えびやかにが含まれているかどうかはっきりしない場合でも表示してしまうと、結果としてアレルギーの人が食べられる食品が少なくなります。安全を確認して食べられるものを増やすのが表示制度の目的で、選択肢が減ってしまうのであれば本末転倒なので、食品を扱う業者は、原材料や製造工程の管理を徹底し、食べられるもの、食べられないものを的確に判断できるように表示してほしいです」と話しています。

私は、卵などは「アレルギー」 で悩んでいる事は知っていたが、えびやかにのアレルギーで悩んでいる人がいるとは知らなかった。で、そうであるならば「安全を確認して食べられるものを増やす」事が目的と考える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春は弾むように

今日の名言

青年時代は知恵をみがく時であり、老年はそれを実践する時である。

ルソー『孤独な散歩者の夢想』

0107ukisima11瀬の岩へ跳んで錢鳴る二月盡 秋元不死男

季語は「二月盡(二月尽・にがつじん)」で春。二月も今日でお終いだ。頭では短い月とわかっていても、実際にお終いとなると、あらためてその短さが実感される。月のはじめには立春があり、だんだんと日照時間も伸びてきて、梅の開花もあるから、本格的な春ももう間近と心が弾む月末でもある。

掲句の作者も、そんな気分だったのではあるまいか。おそらくは一人で、心地良い風に誘われて川辺を散策していたのだろう。あまりに気分が良いので、ほんのちょっぴり羽目を外すようにして、近くの「瀬の岩」にぴょんと跳び移ってみたのである。

むろん難なく跳べたのだったが、跳んだはずみでズボンのポケットに入っていた小銭がちゃりちゃりっと鳴った。そういうことは普段でもよくあることだが、早春の良い気分のなかだと、いささか不似合いである。小銭には、小市民的な生活臭が染みついているからだ。

ちゃりちゃりっと小さな音にしても、せっかくの浮き立った気分が、現実生活のことを持ち出されたようで台無しになってしまう。その少々水をさされた気分が、作者には「二月盡」の思いにぴったりと重なったというわけだ。

春への途上の月ということで、終りまでなんとなく中途半端な感じのする二月にぴったりだと、苦笑しつつの句作であったにちがいない。ズボンのポケットに、バラの小銭を入れている男ならではの発想である。『俳句歳時記・春の部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)

昨日、街に流れる川の掃除と除草を町内の三人で行った。雨が降って川の水が増えると、川岸に捨ててある空き缶・ペットボトルなどのゴミは水で流れて深みに入ったたり、砂に埋まったりしてしまう。

拾って考えるのは、捨てる人の気持が分からない。「きたないねー。誰が捨てるのだろう」というが、捨ててあった、ゴミは拾わない。拾ってくれる人が、1人でも多くいれば街はきれいになるのだがなあ・・・。

風が冷たかったが、日の当たる枯れ草の中に、しっかりと黄色のタンポポの花が咲いていた。こんなにも植物はがんばっているのだ。

春野行く少女の気分ありて行く    篠原 穂積

草取り作業をしていると、少女がローラースケートで遊んでいた。髪を風になびかせて、元気に走り回っていた。「おじさんご苦労さん」と言って声を掛けてくれた。心にも弾む、春が来たようだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月27日 (水)

不安になる自衛隊の士気

282_field111海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、あたご艦長の船渡健1等海佐(52)は事故から9日目の27日午後、千葉県勝浦市内で記者会見し「日本の防衛の任にある護衛艦がこのような事態を起こし、(不明父子の)ご家族、漁協、国民の皆さまに深くおわび申し上げます」と頭を下げた。

 吉川栄治海上幕僚長(60)、防衛省の中江公人官房長(54)も同席。会見前には、行方不明となっている吉清治夫さん(58)、長男哲大さん(23)宅で、家族らに「このようなことになり大変申し訳なく思っている。一刻も早い生還を祈っている」と直接謝罪した。

会見で船渡艦長は、事故直前まで1時間以上仮眠していたといい「最初に汽笛が鳴った時点で、何かあったと思った。艦内マイクで『衝突』という意味の放送があり、上に上がった」と証言した。

現場海域について「混雑するという認識はあったが、あれだけの漁船があるとは思わなかった」と述べ、船団との認識がなかったことをうかがわせた。「漁船が小型だから、相手がよけてくれるとの認識があったか」との問いには「ありません」と否定したと言う。

9日もたって謝罪とは、相手がよけたと以前には言っていた。艦の航海責任者の、航海長を海上保安庁に断りもしないで、ヘリコプターで呼んでいる防衛大臣などなど。

どうもスッキリしない石破防衛大臣の発言内容と福田首相の無責任な態度はおかしい。恐れ多くも、日本人の生命財産を守る、自衛隊が事故を起こした。それも世界に誇る超高性能なイージス艦「あたご」である。

どうも、素人目から、判断だが艦長仮眠中・自動航行・見張りが交代での引き継ぎ不徹底だの、いわゆる、士気低下が要因のようで、1400億円という莫大な値段のするイージス艦の自衛隊の乗組員は「猫に小判」的な内容でこれでは、国民は安心して、国の防衛を任すことが出来ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桃の節句

Dsc_407006001♪あかりをつけましょぼんぼりに♪のお節句は三月三日である。

web暦より(抜粋)

旧暦でいえばもう少し遅い季節になりますのでちょうどよい季節だったようです(これを書いている2001年でいえば新暦3/27です)。まあ、こういった季節感のずれから「旧暦の方が便利」といった議論も起こるのでしょう。

さて、三月三日は桃の節句と書きましたが、もとは「上巳の節供」「元巳」といわれた。「上巳」とは旧暦三月の上旬の「巳の日」と言う意味で、三日に固定されていたわけではなかった(2001年だとこれに当たる日は新暦3/31)。

現在の様に三月三日に固定されるようになったのは中国の三国時代、魏(AD220-265)の国で。日付が固定されてからは三月三日と「三」が重なることから「重三(ちょうさん)の節供」ともいわれるようになった。

「節句を過ぎたら雛人形を早く片づけないと婚期を逃す」といった話を聞いたことは有りませんか?
まあ大きなお世話だと言えなくもないのですが、「早く片づけないとよくないことが起こる」という考えには理由があります。
雛人形のルーツは、形代(人形)に身の穢れを移してこれを流し汚れを払った、その形代です。本来なら、穢れを移し、これを流すことによって穢れを払い、禍を遠ざけたのですから、その人形をいつまでも飾っておくことは、穢れと禍をいつまでも身近におくのと同じです。
ですから、早くしまわなければならないと考えられたわけです。

中国古代に於いては、上巳の節句には河で禊ぎを行い、汚れを落とし(これを「上巳の祓(じょうしのはらえ)」という)、その後に宴を張る習慣がありました。また同じ日に「曲水の宴」も行われ(河での禊ぎと宴会をミックスし優雅にしたものが「曲水の宴」じゃないのかなとも思うのですが・・・あくまでも私の憶測)、奈良~平安時代に日本の貴族階級に取り入れられたのが、日本での桃の節供のスタート。

 ところがどうしたことか、河での禊ぎはあまり一般化しなかったようで、この日に形代(かたしろ・人形)で体をなで、これに穢れを移して川や海へ流すと言う日本独特の行事が生まれた。今でもこの「流し雛」の行事が残る地域が有ります。

 さてこの形代、いつの頃から公家や上流武家の間で上司への贈答の品となった。こうなると「質素な形代→豪華な人形」へ変化した理由は説明するまでもないでしょう。やがて河に流すものでなく、家に飾るようなものも作られるようになりました。その一方で公家の子女が「雛遊び」として人形や小型の調度品を並べて遊ぶままごとがあり、この両者が融合して「雛人形」への道を歩むことになりました。雛人形を河に流すことなく家に飾ることが主となったのは室町時代頃といわれます。

しかし、現在はマンションやアパートの暮らしでは、飾る場所がない。コンパクトなものでタンスの上に飾るものが多く、五段飾り七段飾りなどはお店で見るくらいとなってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひな飾り

今日の名言

書物は、それが書かれたときとおなじように思慮深く、また注意深く読まれなくてはならない。                                  ソロー『森の生活』(上)         

539571古書市にまぎれて無口二月尽 小沢信男

今年は閏年(うるうどし)ゆえ二月は二十九日まである。とはいえ、二月の終わり、つまり二月尽である。まだ寒い時季に開催されている古書市であろう。身をすくめるようにして古書を覗いてあるく。

汗だくの暑い時季よりも、古書市は寒いときのほうがふさわしい。買う本の目当てがあるにせよ、特にないにせよ、古書探しは真剣そのものとなってしまう。連れ立ってワイワイしゃべくりながら巡るものではあるまい。黙々と・・・・。

運よく稀購本を探し当てても声はあげず、表情を少しだけそっとゆるめる程度だが、心は小躍りしている。リュックを背負ったりして、無口居士を決めこみ、時間をたっぷりかけて入念に探しまわる。そんな無口居士がひしめくなかに、自分もどことなくひそかに期待を抱いてまぎれこんでいるのだ。

お宝探しにも似た、緊張とスリルがないまぜになったひとときであるにちがいない。ほしい本にはなかなか出くわさない。いっぽうで、もう二月が終わってしまうという、何となくせかされるような一種の切迫感もあるのだろう。

ゆったりしたなかにも張りつめた様子が目に見えるようだ。歴史ものや調べものの著作が多い信男ならではの、思いと実感が凝縮されていながらスッと覚めている。無口といえば、信男には「冬の河無口に冬の海に入る」という句もある。

掲出句は当初、ほんの62句だけ収めた句集『昨日少年』(1996)に収められた。句集と言っても、一枚のしゃれた紙の表裏に刷りこんで四つに畳んだもので、掲出句は〈春〉の部の二句目にならぶ。全句集『んの字』(2000)所収。(八木忠栄)

「二月は逃げるでアッというまに過ぎてしまう」昔からとよく言われたものだ。でも、今年はうるう年で29日がある。29日というと、お誕生日の人は四年に一回で、損してような得したような感じになるのかなあ・・・

そして、三月である。もう娘は嫁いて十年、両親から買ってもらったひな飾りももうない。残してあるのは五段飾りと一緒に買った一年中飾ってある「藤むすめ」だけである。そして孫に団地サイズのお雛様を買って上げたのがもう八年前となってしまった。そして、息子の娘には七年前に同じような物を買って上げた。

もう飾っているだろうか、三月のお節句には行って、孫の顔を見てくる予定であるが、時の経つ早さを痛感する季節である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月26日 (火)

新谷弘実医師Vs酪農協会

282_field111新谷弘美医師Vs酪農協会で2・3年前から激しいバトルが行われているとであるそうだが、新谷氏が著書「病気にならない生き方」で、(1)牛乳カゼイン(タンパク質)は消化が悪い、(2)牛乳を多く飲むと骨粗しょう症になる、(3)牛乳の脂肪は酸化されやすいなど、牛乳批判をぶちまけたのが事の発端だ。私はそんなことは、どうでもいい。色々な種類の食物をとるようにすれば良いのではないかと思う。

「とにかくエンザイム(酵素)の多い食べ物を食べる。」     といっても何だか分からない、ので調べてみた。

1日に必要なカロリーは、大人の男子で約2000キロカロリー、女性で1600キロカロリー、これを栄養的特徴によって分類された、次の4つの食物類をバランスよく摂取するのが望ましいとされている。

第1群 乳製品と卵で、良質蛋白質、脂質、カルシウム、ビタミンA・B2を含む、栄養をより    完璧にする食物。
第2群 肉や魚、豆類、とそれらを原料とする製品、良質蛋白質、脂質、ビタミンB1・B2、カルシウムなどを合み、筋肉や血液を作る食物。
第3群 野菜と果物で、ビタミン類とミネラル、繊維などを含み、体の調子を整える食物。
第4群 穀物、砂糖、油脂などで、糖質、脂質、タンパク質などを含み、体温やパワーの源となる食物。

ライオンなどの肉食動物は、獲物を捕まえたとき、かならず内臓から食べ始めますが、それは内臓がエンザイムの宝庫だからです。エスキモーのように植物のほとんど育たない極寒の地で暮らす人々も、アザラシを捕らえると真っ先に内臓を食べます。ウサギは自分の一度目のやわらかい糞を食べますが、これも未消化のエンザイムを再吸収するためです。
 

最近、ペットの病気が急増していますが、その原因も想像できます。ペットフードです。ペットフードはペットが生きるうえで必要な栄養バランスが含まれているといいますが、それはあくまでもエンザイムを無視した現在の栄養学にもとづいてのことです。

カロリーやビタミン、ミネラル、タンパク質、脂肪などの栄養が足りていても、エンザイムが含まれていなければ、生命は養うことはできません。しかし、その大切なエンザイムは熱に弱く、48度から115度で死滅してしまいます。にもかかわらず、ペットフードは必ず加工工程で加熱されていますから、エンザイムはなくなっているのです。

ちなみに論戦は、今月21日には日本酪農乳業協会主催マスコミセミナーが開かれた。満員の会場で、東京大学大学院農学生命科学研究科の清水誠教授は、新谷氏の牛乳有害説を「どう考えても理解できない」とバッサリ切り捨てた。

 胃腸内視鏡分野の世界的な権威でもある新谷氏。現在のところ、この名医を相手に、酪農業界側が論破に成功している模様。だが、牛乳の消費低迷は依然続いている。バトルよりも、消費者に対するさらなるアピールも課題といえそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

季節の移り変わり

今日の名言

女は常に好人物を夫に持ちたがるものではない。しかし男は好人物を常に友だちに持ちたがるものである。

芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

15401あいまいなをとこを捨てる春一番 田口風子

先週土曜日、2008年2月23日。関東地方では昨年より9日遅く春一番が吹いた。鉄道は運転を一時中止し、老朽化したわが家を揺らすほどの南風は、春を連れてくるというより、冬を吹き飛ばす奔出のエネルギーを感じる。だからこそ、過去を遮断し決断する掲句の意気込みがぴったりくるのだろう。

先月末に〈春待つや愚図なをとこを待つごとく 津高里永子〉を採り上げたが、掲句がハッピーエンドの後に控えた後日談に思えてしかたがない。冬の間、かわいいと思った不器用な男も、春先になればなぜか欠点ばかりが見えてくる。

なにもかもすてきに思えるロマンス期が過ぎて、恋愛の継続に不安や疑問が頭をもたげる時期に激しい春一番が背中を押してくれたようなものだ。しかし、春一番が吹いたあとは、寒冷前線南下の影響で必ず冷たい日々が待っている。

捨てた女の方にだってすぐに幸せが待っているわけではない。どちらも本物の春を目指してがんばれ♪〈秋の声聞く般若面つけしより〉〈すひかづら後ろより髪撫でらるる〉『朱泥の笛』(2008)所収。(土肥あき子)

どうも気が短いというか、せっかちと言うか、面倒くさいというか落ち着いて物事判断せず言動をしてしまうことがあり後で反省したり、落ち込ん出しまうことが過去に何度もある

御破算では、願いましてと言う気持になる。なってしまいたい

病気になっらら悪い部分を取り替えたり、もやもやした人間関係を吹き飛ばし最初からやり直す。まあ・・・本当にそういうことが出来きて旨くいくなら、人生は素敵なことになるのだがなあ・・・と馬鹿なことを考えたりしてしまったことがある。

それにしても、爆弾低気圧の威力が凄く、恐るべき爪あとを残して過ぎ去ったものだ。これは後でテレビのニュースで分かったのだが、富山の高潮の被害や、北海道の猛吹雪の様子が映し出されて驚いた。

死んだ親父が言っていたが、季節の変わり目がある。強風が吹き季節は移り変わるもの。冬から春になるには水気の多いどか雪降る。それが雨になる。「一雨ごとに暖かくなるもんだ」と。今年は例年になく寒い。しかし、今朝のニュースの長期予報では今年の夏は、暑くなりそうだとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月25日 (月)

政治の信頼と子供の道徳心

Weekly1イージス艦の事故は、どうやらイージス艦のミスによる原因の疑いが強いようだ。ある有名コメンテーターも言っているように、日本政府のトップの福田康夫首相の被害者家族に対する謝罪がない。これはには、私も納得がいかない。

また道徳教育が問題になっている小・中学生などに、教育者や親御さん達に政治不信となってしまう恐れがある。悪いかった事は、悪いと謝罪する見本であるべきで、この事は、関係ないとそっぽを向かれているようでは、教育論を語る資格はない。

この事は人間の基本原則であり、うやむやにする事は出来ない。

NHKwebサイト「いつの時代も政治家の心が問われる」東京ストップさんより

政治家が国民の前に明かされたことを正当化して、子どもへの「公共を愛する姿」を示す一番の教育を態度で否定しているのでは、本当の愛国心も道徳も子どもにとって存在しないと言っているのと同じではないだろうか。

間違ったことは時には許されることもあると子どもに教えていないだろうか。せめて大人が反省する姿を見せることが子どもにとっての心の教育の原点なのに、政治家が大人の理屈で公共の事実を隠す行為は、子どもに「いじめを見たらみんなでいけないと言おう」「傍観者は加害者である」「いじめは犯罪である」と言っている意味が全くなくなってしまう。

いま子どもは大人を信じなくなっている。いじめをする子どもだけでなく周囲の子どもも、大人の態度を見てまず大人の言葉を信じなくなるだろう。「いじめをなくすために大人ができること」、それは大人ことに政治家は自分のしたことに心から反省する姿を見せて、自らの心にふさわしい行動をとることだと思う。これはいじめをなくすための出発点である。

社会をあげていじめや虐待の問題が注目されている現在そして今後、政治家の自己弁護が子どもに向き合うときの親の姿勢に少なからず影響を与えていくことは必死です。世の中の大人は政治家の自己弁護を学習し、子どもの前で自らの不正を軽くみる姿を教え、子どもはその親の言葉から間違った心を肯定していくのです。政治家がいじめについて語る姿は、いじめに直面している子どもたちの心にはどのように映っているのでしょう・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大荒れの日本列島

今日の名言

恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす

『山家鳥虫歌』

T6_02xga師の影をしっかり踏んで春の雪 鈴木みのり

ははは、こりゃ面白いや。もちろんこの句は「三尺下がって(「去って」とも)師の影を踏まず」を踏まえている。弟子が師に随行するとき、あまり近づくことは礼を失するので、三尺後ろに離れて従うべきである。弟子は師を尊敬して礼儀を失わないようにしなければならないという戒めだ。

でも、春の雪は解けやすく、滑りやすい。そんな戒めなど、この際はどうでもよく、とにかく転ばないようにと「師の影」をしっかり意識して踏みながら随いてゆくのである。ところで、この戒め。ネットで見ていたら、まったく別の解釈もあるそうで、概略はこうだ。

師の影を踏むほどの近くにいると、視点がいつも師と同じになるために、それでは師を越えられない。せいぜいが師の劣化コピーにしかなれないので、常に師からは少し離れて独自の視点を持つべきだという教訓というものだ。

どこか屁理屈めいてはいるが、この解釈で掲句を読み直すと、滑って転ばぬようにという必死は消えてしまい、どこまでも師と同じ視点に立ちたい必死の歩行ということになる。

こちらはこちらで、哀れっぽいユーモアが感じられて面白い。作者は「船団」のメンバーだから、いずれにしても影を踏まれているのはネンテン氏だろうな。『ブラックホール』(2008)所収。(清水哲男)

昨日の 日本列島を低気圧は、すざましいもだった。東北沖の太平洋側で低気圧が発達し、冬型の気圧配置が強まった影響で、24日も北日本から東日本を中心に強風や大雪に見舞われた。

富山県内では高波で男性1人が死亡、同1人が行方不明になったほか、家屋など200棟以上が浸水。新潟県でも高波を受けて複数のけが人が出た。鉄道や飛行機は運休や遅れなどが相次ぎ、大幅にダイヤが乱れた。

気象庁によると、福島県白河市で午前9時59分に最大瞬間風速34・0メートル、山梨県富士河口湖町で午前8時24分に同29・6メートル、宇都宮市で午前9時27分に同29・2メートルを観測した。

北海道の道路で、大型自動車が吹溜りで道路が雪で、動けないまま渋滞となって、トラックに運転手の28歳男性が排気ガスで死亡した。

季節の変わり目の春は、毎年大荒れがある。春のどか雪は山の樹木に被害が大きい。重く湿り気で家や農家のパイプハウスも雪下ろしで大変である。

関東地方では、強風が吹き荒れた、山道を登っていくと杉の枯れ葉が一面に落ちていた。むかし、大風が吹くと籠を背負って、杉の枯れ葉拾いをした思い出がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月24日 (日)

フィルタリング

24311携帯各社のフィルタリング強化、一律制限で広がる余波 (日経新聞1/24)

携帯電話・PHS各社が1月からサイトの閲覧制限(フィルタリング)を強化した余波が広がっている。携帯によるインターネット接続を制限して未成年者を「有害サイト」から守るのが狙いだが、利用者同士が交流できるサイトなども一律に制限されるため、サイト運営会社は利用者の急減や携帯向け広告市場への悪影響を懸念。運営の見直しや業界主導の認証制度作りといった動きも出ている。

 総合娯楽サイト「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エーは4月14日、サイト内の掲示板への書き込みなどをチェックする「監視センター」を新潟市内に開設する。

インターネットは、もはや私たちの生活になくてはならないものとなっている。
しかし、その安全で快適な利用を妨げる悪質なコンテンツや、利用モラルの問題が、大きな課題として残っている。

家庭で子どもが不適切な情報にアクセスしないよう閲覧制限をかける」「企業でWeb経由の情報漏洩を防止する」フィルタリングは、このように、日々のネット利用を安心して行えるようにするための、これからのネット社会に必要不可欠な「情報を選別する」技術だ。

私も、ブログを書いているが、コメント・トラックバックがあるが、その中にいかがわしい物がある。ああ・・・こういうものが未成年者に有害なもので、何の目的で入ってきているのか分からない。良い悪いが判断できない年齢では、危険極まりないものが多いのは事実である。

それが、運営会社は利用者の急減や携帯向け広告市場への悪影響を懸念。運営の見直しや業界主導の認証制度作りといった動きも出ているという。

色々な議論はあるが、「安心 ・安全」は第一である。大きな社会問題と捉え考えていかなければならない問題である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

実験衛星「きずな」打ち上げ

Kgk07091400111_2遠隔医療の制度向上をシュミレートした内容をNHKのTVでみたが、離島、山間地域の情報や、格差解消に役立つ技術開発をが期待できる。素晴らしいことだ。

東京新聞webより

高速インターネット通信の実験衛星「きずな」を載せたH2Aロケット14号機が23日午後6時前、鹿児島県南種子町の宇宙航空研究開発機構種子島宇宙センターから打ち上げられた。衛星は分離後に予定の軌道に入り、打ち上げは成功した。

きずなは、宇宙機構と情報通信研究機構が共同開発。世界最高速の毎秒1・2ギガビットでデータを送受信する能力を持ち、日本を含むアジア・太平洋地域を広くカバーする三つの高性能アンテナを搭載している。

 鮮明な映像をやりとりし、既存の通信網が不通となった場合に備えた緊急臨時無線ネットワークの構築や、高精細のスーパーハイビジョン放送、遠隔医療や遠隔授業などの実験を行う予定。大災害時の通信手段の確保や、ネット環境の整備が遅れている ただし、光ファイバーケーブルなどを使った高速インターネット網が国内で急速に普及していることを考慮すると、衛星の優位性は失われつつあり、専門家の中には必要性を疑問視する声もある。

 衛星の開発から打ち上げ、運用までの費用は計約520億円。コスト削減を進めるため打ち上げが民間の三菱重工業に移管されてから2回目の打ち上げとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

花粉症

今日の名言

人間はだれでもみんな、灰色の魂を持っている……だから、ちょっと紅をさしたがるのさ……

ゴーリキイ『どん底』

0107ukisima11美しき名を病みてをり花粉症 井上禄子

語は「花粉症」で春。といっても、ようやく最近の歳時記に登録されはじめたところで、分類も「杉の花」の一項目としてである。

幸いにも、私は花粉症を知らないが、多くの友人知己がとりつかれており、見ているだけで息苦しくも気の毒になる。なかにはアナウンサーもいて、職業柄、これはまさに死活問題。ついこの間も、彼が必死の放送を終えると、気の毒に思ったリスナーからよい医者を紹介したいと善意のファクシミリが届き、診療時間を調べてみたら、どの曜日も彼の仕事時間と重なっていた。

「ああ」と、彼は泣きそうな顔で苦笑いを浮かべていた。だから、花粉症の人々にとっては、掲句を観賞するどころか、むしろ腹立たしいと思う人が多いかもしれない。作者が自分のことを詠んだのだとしたら軽度なのだろうが、しかし、他人のことにせよ、「美しき名を病みてをり」には一目置いておきたい気がする。

たまたま読んでいた金子兜太の『兜太のつれづれ歳時記』に、関由紀子の「水軽くのんで笑って花粉病」に触れた文章があった。

花粉症ではなく「花粉病」だ。「『病』が効いていて、『花粉に病む』などとどこかの美女麗人を想像させてくれる」とあり、掲句の作者と同様に、病名(症名)そのものへ美意識が動く人もいるのだと、妙に感じ入った次第だ。ちなみに、兜太自身も六十代には花粉症に悩まされたと書いてあった。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)

い私は、今のところ花粉症の経験はない。しかし油断は出来ない。妻・妹が酷い花粉症でもう症状が出て、苦しそうである。何だか、今年はスギ花粉が例年の3倍の量が飛ぶとの予報である。これも地球温暖化が原因のようである。

妻などはスギ花粉だけでなく、檜・ブタクサ・イネ科の植物などでもなるらしい。だから半年以上被害にあっているようで気の毒だ。耳鼻咽喉科の医者に診てもらっているが、大変辛いようである。

現在、日本人の約20%が花粉症だといわれています。では、花粉症とはいったいどんな病気なのだろうかというと。天気予報でも、花粉飛散情報も出るようになった。もうマイナーな病気ではない。何時からかなあ・・・

協和発酵の花粉症なび”より

花粉症の治療には、大きく分けて主に以下の4つがある。

  • セルフケア(花粉の除去と回避)
  • 薬物療法
  • 減感作療法
  • 手術療法
どの方法を選択するかは、重症度、病型によって異なる。
花粉の飛散シーズンを少しでも楽に乗り切るために、病気のこと、治療のことを含めて、医師とよく相談しながら治療をする。

(1)私たちの体は、‘花粉’という異物(アレルゲン)が侵入するとまず、それを受け入れるかどうかを考える。
(2)排除すると判断した場合、(3)体はこれと反応する物質を作る仕組みをもっている。この物質を「IgE抗体」と呼ぶ。
(4)抗体ができた後、(5)再び花粉が体内に入ると、鼻の粘膜にある肥満細胞の表面にある抗体と結合する。
(6)その結果、肥満細胞から化学物質(ヒスタミンなど)が分泌され、花粉をできる限り体外に放り出す。
・・・そのため、くしゃみで吹き飛ばす、鼻水で洗い流す、鼻づまりで中に入れないよう防御するなどの症状がでてくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

イージス艦と漁船の衝突事故で思う

15401防衛省の汚職・秘密文書の漏洩・国会議員の口聞き疑惑などで、あきれた官僚の実態が国民の目に晒された。これは一部の人間であると思っていたが、今度のイージス艦と漁船の衝突事故は、素人判断だが、イージス艦側に一方的に非があると言わざるを得ない。

石破防衛大臣は衆議院安全保障委員会で、イージス艦と漁船の衝突事故でイージス艦が衝突の1分前までかじを自動にして進んでいたことについて「今回のような海域では、手動にすべきだった」と述べ、イージス艦の行動に問題があったという認識を示した。
今回の事故で、海上自衛隊のイージス艦は、現場海域を自動による操だで進んでいて、衝突の1分前に、漁船を回避しようと、手動に切り替えたことがわかっている。

日本の官僚は、防衛省にとどまらず、厚生労働省・国土交通省・ずさんな税金の無駄使いが明るみになった。そうなると野党ではないが、他省でもそうなのかと疑いたくなる。これっでは、真面目に働いて税気を納めている国民をなんと見ているか分かったものではない。

福田康夫首相が、防衛省に業務改革をするよう指示したという。しかし、1400億という高額な、艦船と高機能を使いこなせなかっただけでない。日本の防衛をすると言う意識の欠如といわざるを得ない。超高級な豪華な船乗りを楽しんでいる程度と思われてしまってもい方があるまい。

「日本国土と国民をを守る」使命感はない。「愛国心」がなく「ミーイズム」が蔓延してしまった学校教育、家庭の躾、道徳教育、などに問題がある。

率直言って勤めは、公務員は良い、何故なら失敗しても責任がうやむやに出来る。景気不景気がなく、給料はもらえ、年金も保証されている。と言われているので一頃就職人気ベスト10に入っていた。この程度の志で公務員になったとしたならば、この国は沈没間違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

麦踏の思い出

今日の名言

明日を最も必要としない者が、最も快く明日に立ち向う。

『エピクロス』

07bonchi_asayake_hi11畦焼を終へたる錦糸卵かな 松岡ひでたか

畦焼、野焼。早春、田や畦の枯れ草を焼くことで、害虫駆除の効果があり、その灰が肥料にもなるという。野焼したあとの黒々とした野原を、末黒野(すぐろの)ということは、俳句を始めて、知った。

箱根仙石原の芒原の野焼が終わった直後、まさに末黒野を目の当たりにしたことがある。秋には金色の風がうねる芒原が、黒々とその起伏を広げており、ところどころ燃え残った芒を春浅い風が揺らしていた。

穏やかな日を選んでも、春の初めの風は強い。田や畦を焼くのは、一日がかりの、地域総出の、相当な緊張を強いられる一大作業だろう。

錦糸卵は、多分ちらし寿司の上にのっている。無事に野焼が終えることを願って作られたちらし寿司。錦糸卵の、菜の花畑を思わせるお日さま色の鮮やかさと、口に広がるほのかな甘さが、ついさっきまでの荒々しい炎に包まれた緊張をほぐしてくれる。野焼の炎の激しさを詠むことなく、それを感じさせる、ふんわりとした錦糸卵である。『光』(2000)所収。(今井肖子)

去年の秋に箱根仙石原に行ってきた。箱根は都心からも近く観光や休息に訪れる人が絶えない。 美しく水を湛える芦ノ湖・白煙が上がり硫黄の匂いに包まれた大涌谷など、箱根にはいくつもの見所があるが、 一面の芒は、仙石原の風物詩の一つにあげられている。 

光や風を受けて金色や銀色に変わる芒原を眺めていると、時間の経つのも忘れてしう。芒原の中には小さな路が出来ていて、訪れた人は思い思いの足取りで自由に散策していた。 

芒の穂がはらはらと揺れ、風が渡るたびに窪んだり立ち上がったりする芒原を間近に感じることが出来きた。 かつては芦ノ湖の湖底であったという仙石原。標高700メートルにある芒原に佇んでいると、大自然の偉大さ・素晴らしさに改めて気づかされる

昔、農作業の一つに、麦踏みがある。北風が冷たくなり よく晴れた夕暮れで遠くの山が夕日に赤から赤紫に変わるころまで麦踏みをする。この田んぼが終るまで父ちゃんは、まだ帰ろうとしない。ようやっと終わり、畦道を帰るのであるが、私は足が疲れて、足を引きずるように歩いた思い出がある。

畦道は、赤ん坊の籠(農家の主婦は赤ん坊を連れて行き、籠に入れて遊ばしながら農作業をした)の置き場所である。近くを通る人が籠に入った赤ん坊を見て一声掛けてくれて通った。だんだん時間が経つと飽きて泣き出し、母親が近寄ってあやすかすりのもんぺ姿であった。

最近の小麦の産地埼玉の熊谷の郊外で麦踏は、トラクターで行っているTVの映像が2・3日前にみた。時代は変わったなあ・・・そして、輸入の小麦が高騰しているニュースもあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月22日 (金)

道路特定財源と国土交通省

07_sl_kurosawa21_2

道路特定財源は国土交通省の財布ではない(毎日新聞社説抜粋)

道路特定財源に関する集中審議が21日、衆院予算委員会で行われ、同時に道路整備財源特例法改正案も審議入りした。

今後10年間、道路建設につぎ込むという59兆円という額の積算が、でたらめで、どんぶり勘定でこれが、逆で庶民申請書を出すのも書き方、書類などは非常に難しく、なかなか親切に教えてくれないが、自分の所では、訳のわからぬ使い方をして、非をつけば、無責任な回答で、誤魔化してしまう。

冬柴鉄三国土交通相は積算に関し「過去3、4年の事業費総額を個所数で割って平均単価を出している」などと説明している。しかし、額賀福志郎財務相が「個別にきちっとやっているわけではない」と認めたように、財務省も国交省の言い値をほとんどチェックもせずに受け入れた可能性がある。やはり「初めに巨額な財源確保ありき」とみられても仕方あるまい。

今回の財源特例法改正案では単年度で道路歳出を上回った分は一般財源化するという。ただし、一般財源化された分の相当額は、翌年度以降の道路整備費に次々と繰り越す規定もある。要するに一般財源化とは名ばかりで、国交省の都合のよいところにだけ配分される仕組みなのである。

毎日新聞は道路特定財源は廃止し、ガソリン税の暫定税率分も含めて一般財源化すべきだと提案してきた。無論、一般財源化とは道路関係だけでなく、福祉や教育など何にでも使えるとの意味だ。

特別扱いの財布がある限り、本当にこの道路の建設が必要かどうかのチェックは甘くなり、国の歳出全体が硬直化するのは指摘するまでもなかろう。

冬柴国交相は特定財源の使途を見直すための改革本部を作るといい、福田康夫首相は「10年間、決めたら何が何でもやるということはしない」と毎年度、道路建設計画を精査する意向を示している。ならば特定財源を廃止した方がよほど改革は進み、精査もできるはずだ。

関連法案は今月末が衆院通過のヤマ場となりそうで与野党とも修正は参院段階でと考えているようだ。だが、この一般財源化の是非を中心に論点はもう出そろっているといっていい。

首相は21日、「改めるべき点は素直に改める」とも語った。改めるべき点はもはや明らかだろう。民主党も「3月末に攻防を」などと政局を絡めず、早急に対案を提出して与党と修正協議に入るべきだ。国会審議もより充実するだろう。

この問題で私の意見は、道路特定財源は廃止し、ガソリン税の暫定税率分も含めて一般財源化すべきだ。

何か事ある度に、監督官庁のずさんな税金の使い方が、問われ、厚労省と年金・薬害や、国土交通省と道路特定財源、防衛省の汚職などの問題は、目を被いたくなる惨状ばかりではないか。

政治家と官僚との関係は透明性を欠かしてはいけない。頭のいい人間も目的を見失うと、いつの間にか、悪に手を染めてしまう恐ろしい日本の官僚社会だ。なんとかしなきゃあ・・・coldsweats02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

生活困窮者のこと

今日の名言

人間は地位が高くなるほど、足もとが滑りやすくなる。

タキトゥス『タキトゥス 年代記』(上)

192春光や家なき人も物を干す  和田 誠

光は春の訪れを告げ、物みな輝かす明るさを持った光。まだ寒く冷たい風が吹き荒れる日も多いけど、黒い古瓦に照り返す日差しがまぶしい。小学生のときに読んだ『家なき子』は少年レミが生き別れた親を探す話だったが、現在の「家なき人」は住みどころなく仮住まいを余儀なくされている人たちだろう。

公園の片隅や川の土手にありあわせの材料で小屋を建てる。多重債務。家庭崩壊。病気。失職。自ら競争社会に見切りをつけた人もいるかもしれない。酷薄な福祉環境へ変わりつつある今の日本では明日どんな運命が待ち構えているかわかったものではない。

ホームレスではなく「家なき人」と表現したところに既成の言葉に寄りかからない作者の見方が表れているように思う。仮住まいをしている人たちにも生活がある。春の光があふれる公園で、冬の間に湿った蒲団を干し、ありったけの服を洗濯する。

何年前だったか、とある春の午後、隅田川の土手に仮住まいをしているおじさんが家財道具を干し出したそばの椅子に腰掛け、上流に向う水上バスにしきりに手を振っているのを見たことがある。水上バスのデッキに出ている人達も笑顔で手を振り返す。春日はきらきらと隅田川の川面に光り、手を振る人も白い水上バスも景色の中に輝いて見えた。『白い嘘』(2002)所収。(三宅やよい)

東京上野公園や隅田川河川敷にブルーシートや、ほったて小屋があったり、JRの窓越しから、昔風にいうバラックがみえる。数は、増えてるかどうか分からないがホームレスは、その時代を映している。

政治・経済の影響で大きく左右される。生活貧困層の人たちはなくならない。生活保護者が100万人を超えるという。働いても生活保護者より収入が少ない、ワーキングプアーなどが200・300万人以上という。

『働いても働いても豊かになれない…』。
昨年7月に放送したNHKスペシャル「ワーキングプア」は、生活保護水準以下の暮らししかできない“働く貧困層”の厳しい現実を見つめ大きな反響を呼んだ。
この10年の雇用環境激変の影響を、最も大きく受けた女性たち。その窮状を訴える声が数多く寄せられた。雇