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2007年11月

2007年11月30日 (金)

ブラッドレーの請求書

今日の名言

知識においての真理は直(ただち)に実践上の真理であり、実践上の真理は直に知識においての真理でなければならぬ。

西田幾多郎『善の研究』

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道徳教育の難しさは、子を持つ親でないと分るものでない。子供の教育、特に道徳教育は日常の生活の中から教える事の重要性は、子供が育ちあがって気がつくものである。出来、不出来が親の評価ではなく、他人が評価するものだから非常に難しい。

今、教育のルネサンスが叫ばれいる。その中で、「ブラッドレー請求書」という教材があるそうだ。読売新聞の記事(抜粋)から、考えて見た。

●ブラッドレーは朝食時、母の皿に、丁寧にたたんだ請求書を載せた。母はにっこり笑って何も言わず、昼になると、ブラッドレーの皿に請求書通りのお金と母からの請求書を載せた。ブラッドレーは目を涙でいっぱいにし、お金を返して謝った。ブラッドレーからの請求書=お使い賃1ドル、お掃除賃2ドル……、母からの請求書=病気をした時の看病代0ドル……合計0ドル。

●道徳の教材「ブラッドレーの請求書」のあらすじだ。東京都練馬区立大泉東小学校では、この教材を使った授業を6月の日曜日、保護者向けにも行った。7日付で紹介した京都の中学校と同様の試み。「子供に納得できるよう話をすることが大切」「子供を成長させるには親の知恵が不可欠」と様々な議論がされた。

●子育て相談を受けた経験のある女性も、「道徳での家庭へのアプローチの必要性を痛感する」とメールを寄せた。家庭での教育には「親自身が、自分を大切にすることを身をもって知る必要がある。自分を粗末にする子は、自尊感情に乏しく、自己評価も低い。それは生きてきた家庭で培われた結果でもある。

●埼玉県の女性(46)は小学生と大人が目を見てあいさつする記事の写真を見て「自分のあいさつに気持ちがこもっていなかったのか」と考えた。

●登校中の子供たちを見守る役割をしているが、「あいさつを返す子は決まっている。1年間、声をかけても返さない子は絶対返してこなかった」「今の子は家庭でもあいさつの機会を失っているのかも」。だが、記事を機に「子供の顔を見て、子供のあいさつが聞けるまで声をかけてみようと思う」と記した。

●大阪市の書道家は「今の子は、あいさつが出来ない子がほとんど」。書道教室で、まずあいさつの指導からしつけているという。神奈川県の女性からは「大人から子供へ、子供から大人へ、あいさつを交わすことで、世の中が少しでも良い方向に向かってほしい」と詩の投稿もあった。

●生徒会と連動した道徳教育に取り組む中学校の記事(2日付)には、素手素足でトイレを掃除する姿に「感動した」「心がなければできないことだ」という声の一方、「衛生上問題」という指摘も多かった。

●ただ、学校では、汚物に触れない掃除法や、掃除後のアルコール消毒の実施を徹底、手袋や上靴カバーも用意している。素手素足の掃除を奨励しているわけではなく、続けるうちに、自主的に手袋などを使わなくなったという。

2007年11月29日 (木)

おねだり妻と未熟な夫

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今日の名言

どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。

ガリレオ・ガリレイ『天文対話』(上)

                                               妻(56)の口座に現金二百万円が振り込まれたことも判明しており、特捜部は   今後、この資金提供にわいろの趣旨がなかったか解明を進めるとともに、他の現金供与についても調べを本格化させるとみられる。

「おねだり妻」「身分なき共犯」が話題になっていますが、特捜部が妻まで立件、逮捕した最大の狙いは、上記のような現金を賄賂として認定するための供述確保である可能性があるあるからだろう。

なかなか添い遂げられない夫婦が多い中で、この前次官夫婦は、金品を貰い受けたり、たかったり、といったことについては、夫唱婦随(婦唱夫随?)、一心同体、二人三脚、といった傾向が強かったようで、それだけに、捜査上、夫だけでなく妻の身柄確保も必須だった、ということは言えそうな気がする。

奥さんの幸子さんの顔の映像がテレビに映し出された。また二人の娘もいるとの話題もある。

事件の背景は必ずあるもので、それは事の善悪が判別麻痺な職場環境の社会であった防衛省だったのと、歪んだ生い立ちの結果だった。

しかし、この付けは大変なものだと思う。最悪は政治家を巻き込んだ、第二のロッキ-ド事件に発展しそうな感じさえする。(民主党の一部議員の話の内容)

むかし、親父に言われたことを思い出した。「清貧」清清しく生きることの素晴らしさ、「人生一点の曇りなし」の大切さを事あるごとによく口にした。その当時は「何だ負け惜しみでではないか」と思ったが、今は懐かしく思い出される。

本当に高等教育をつけ、努力して、天皇といわれる地位まで登りつめた才能を日本のために使って欲しかった。これも、本当の意味での人間形成の未熟だったのだろう・・・。

2007年11月28日 (水)

「正直者は馬鹿を見る」では困る

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今日の名言

科学の目的は、無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつの終止符を打ってゆくことだ。

ブレヒト『ガリレイの生涯』
昔から一代で城を築くのは容易ではない。言われているが、そう簡単に成功はありえない。現代の風潮で楽をして儲けようとする人間が多くなって来ているのだろう。

今問題になっている、食品の表示期限と賞味期限の不正表示は、後を絶たない。「もったいない」という意識があったり、「一日位はいいだろう」と言う精神があって、不正は承知で付け替えてしまう。確かに、まだ問題ないと思える商品を捨ててしまうのは、経済的に損失である。

「正直者は馬鹿を見る」と言う諺がある。「みんなやっているから良いじゃないか」の判断が遺恨を残す大きな失敗となるのである。本当に、一代で財を築くには人並み以上の努力と運がなければ、出来るものではない。

人を騙し、楽をして成功したかに思えども、ほくそを笑んで有頂天になることは長くは続かない。必ず上手のてから水がこぼれてしまい。取り返しのつかない事になってしまう。

最近の企業は「コンプライアンス(法令順守)」が企業の存続の基本であるとされているが、どうも、内部告発で、不正の発覚が起きているようだ。殆どが会社ぐるみでの問題で起きているようである。それを担当者が悪者にされて、一件落着とさせたいが、そうはいかない。

『正直者は馬鹿を見る』ではなく、本当の消費者の立場になって考え、安全安心の精神を貫くことこそ成功者として社会に認められ、世間を見渡せる大天守閣を持てる事になる。

そこまでの過程は、地味な働きの積み上げである。そして「信頼」の波紋を広げていく事になるので、「一朝一夕」にはいかない事なのである。事業者はこの事を肝に銘じて置かねばならない。「天網恢恢疎にして漏らさず」。

天網恢恢疎にして漏らさず【天網恢恢疎にして漏らさず・天網恢々疎にして漏らさず】別ウィンドウで表示
《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。

2007年11月27日 (火)

どうしても許せないこと

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どうしても、許せない事ってある。

その1、 守屋元防衛庁事務次官の行為だ。ゴルフ接待、食事接待の数は計り知れない程であるようだ。これで利益供与がなかったなどと言っているが、全く国民は信じていない。    理由1  毎週 土 日にゴルフに行っていないと300回という数字がでない。そんな回数行って周りの人が気がつかないなんておかしい。                           理由2  普通の人でも、所要があるものでこんな回数をこなすなって無理だと思うし、緊急の連絡だってある筈である。                                     理由3  こんな事をして異常心理者を、任命した閣僚の罪は問われないのはおかしい。

その2、  相撲の朝青龍の行為だ。いくら相撲は強くても、今回の一連の行為は許すことは出来ない。日本の伝統の国技である相撲の権威を著しく損なった。また横綱に昇進したときの心構えは忘れてしまった。横綱の心・技・体の充実さと人間性を備わっていない。こんなことで、許し再度土俵に上がることは、断じて許されない。日本国民を愚弄している。横綱審議委員の内館牧子氏なども、横綱の資格なしと決め付けている。横綱としての人間性を問われている。

その3、福岡の暴力団員の拳銃発砲事件である。何の罪もない人間を人間違いで射殺されたことは本当に許されない。そしてその犯人はまた殺人を犯してしまた。警察も必死で捜査して犯人を捜し2度と事件を繰り返さないように努力したと思うが、全く関係ない住民が巻き込まれてしまった。法事国家である。絶対に許せない。

その3、   アメリカも中国も参加しない温暖化ガス排出低減運動。これで、地球温暖化防止運動...

アメリカも中国も参加しない温暖化ガス排出低減運動。これで、地球温暖化防止運動と言うことができるのでしょうか。

アメリカ・中国と合わせると世界の40㌫ぐらいになるのではないかと思う。本当に深刻な状態である。

今朝のNHKのテレビで、京都議定書によって約束の目標値に出来ない日本は(目標の8㌫オーバー)ハンガリーと交渉してハンガリーの目標値を、お金で買い取る?何んてよく分らない。

アメリカ・中国・インド・ブラジルなどは、率先して温暖化ガス排出低減運動に力を入れて取り組んで行くべきで、参加しないなどの腰を引いた事は、絶対許すことが出来ない。

こう考えてくると、世の中許せないことが多い。しかし少しでも安心安全で、不正がない世の中を作ってく努力は、人間一人ひとりの義務と思う。

正常(常識)な判断力を最低限持とう。

パソコンの効能

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今日の名言

世間では驚嘆されながら、妻や召使から見れば、何一つすぐれたところのなかった人もいる。家中の者から称讃された人というのはほとんどない。

モンテーニュ『エセー』(五)

パソコンの、インターネットを始めて、世界中の色々なことを検索して楽しむことが出来るのは、それなりに楽しい。
 それが高じて来ると「自分もこんなホームページを作ってみたい」と言う気持ちになってくる。
 ブログと言う形で予めテンプレートが作られているものに、自分の意見や思いを書き連ねるのも、それはそれで楽しいのだが、段々高じて来ると「やっぱり自分の独自性を」と言う気持ちになるのは、ある意味仕方のないことだし、それこそが向上心だろうと思う。
 ところが、何でもそうだが、中々一朝一夕に思ったものが出来ないのも事実である。
また、新しいものに挑戦する事になるのだが、システムが重くなってしまい、取り消しをしたりする。自分でも何が一番適しているのか判らなくなる。                      最近、spyware doctorなるサイトが現われてパソコンのスキャナーをしたら、147個要注意表示があった。それをクリヤーして、そのままにしておいたら、立ち上げに物凄く時間がかかり(電源入れてから7分かかってしまい)そのサイトを外してしたら、3分ぐらいになった。この位ならストレスとならない。

 私のHPは決して「優れたもの」ではないが、それでも「自分でやっている」事が一つの自慢である。そしてたまにコメントや、トラックバックが書かれる事に緊張するのである。

確かに、ボケ防止にと思い始めたパソコンだが、その幅と深さは無限である。完全には征服なんて出来るものではない。ほんのちょこっと動かしているだけである。それすら自分で満足する内容だない。まあ・・・少しずつ慣れてデコレーションを追加していけばいいのである。
 
個人HPは飽くまでも「趣味の範囲」なのだから、節約できる所は節約し、永続させるのが本来趣味の楽しみになるだろう。

パソコンを弄りだして3年半である。失敗して初期化2回をしてしまた。それまでのデーターがみんな消えてとても残念な経験を味わった。

デメリットは、簡単な漢字を忘れてしまう。新聞・雑誌などを読まなくなった。目が疲れる。などがある。

これからの利用は、一日に稼動時間を決めて必要以上にやらない事にする。これ以上のシステムを利用しないで長い付き合いをしていきたい。

2007年11月26日 (月)

一将功成りて万骨枯る

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今日の名言

邪魔なもの、自分を苦しめるものを殺そうとするのは、女にとってはあたりまえの思いつきだわ、とくに嫉妬する女にとってはね……

コレット『牝

「一将功成りて万骨枯る。」 

一人の将軍が戦功を立て名声を博する陰には、戦場に死体をさらす多くの無名の兵士の犠牲がある詩。

転じて、功績を陰で働く多くの人たちの努力の結果とせず、少数の指導者に帰することに対する批判。

中国唐の詩人曹松の詩「己亥歳」の一節。

神応寺和尚の講話より「一将功成りて万骨枯る」の諺より、一人の権力者によって多くの犠牲になる戦争こそ犠牲者が出る。その戦争は何時まで続くのか・・・今もイラク・アフガニスタンなどの戦争で、人は死んでいる。

人間の戦争とは、何か
 人間は日常語としては「ひと」「人類」などを意味しているが、文字からいえば人(ひと)の間(あいだ)であり、本来は「人の住む所」「世の中」を意味しています。

 どんな生き物でも争いはあります、優秀な子孫を残そうとするからです。けれども人間の戦争は、動物の争いと全く内容を異にします。自然の摂理を超えて、同種すなはち人間同士で殺し合いをするからです。また、自然界にはそれぞれの生態系があり、生き物はすべてそれぞれの生態系のままに生きているのに、人間だけがそれを変えてしまう。破壊力の大きな武器を使った近代の戦争は生態系までも大きく変えてしまう。

 人間も他の生き物と同じ生物だが、人間は、自己を限りあるもの、みじめなもの、ちっちゃな存在であることなどを自覚する能力を持っており、それがために命の尊さに気づいている。すなはち、人間は死を知っています、だから、心の安らぎを求めるのも、自殺するのも、戦争するのも、人間だからでしょうか。「生き物である人間とは何か」「人間の戦争とは何か」、根源的な問題を問い直さざるをえません。


人々の心の底にある故郷の心は、やさしさの心です

 故郷(ふるさと)を遠く離れて生活する人も、華麗な魅惑に幻惑されて大都会に出てきた人でも、なにかのはずみに、故郷の天地に思いをはせることがある、そんな時、むしょうに帰りたくなる、このもどかしさ、じれったさ、これが故郷の心です。どんな人間でも故郷を思慕する心をもたない人はいない、この故郷に憧れる心こそ、人の心の底から湧き出てくる清らかな泉であります。人の心の底にある故郷の心は、人間本来のやさしさの心です。

 激戦の戦火の下においても、民族、宗教にかかわらず、人々の心の底に、それぞれの故郷の心はある。戦時下では故郷の心など抹殺され、故郷の心など忘れ去ってしまうかのようですが、戦場ならばこそ故郷の心は消えることなく、平和な故郷への思慕はよりつのる。

 どの人、どの民族にも、それぞれにかけがえのない故郷がある、他民族に踏みにじられたくない故郷がある、人々の心の底にあるもの、それが故郷の心です。お互い人間だから、故郷の心、やさしさの心には、人類共通の相通じるものがあり、民族や宗教のちがいを超えて共感できるはずです

2007年11月25日 (日)

無人の生家

今日の一言

不思議なものは数あるうちに、人間以上の不思議はない。

ソポクレース『アンティゴネー』

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誰もいない家、主が亡くなって1年と半年が過ぎた。かたかたと北窓をうちつける北風は今年は特に、無常さを感じる。

容はかえて当時の面影はないが、私の生まれ育った家なのである。約500坪の敷地に30坪の家は、兄夫婦が終の棲家として、15年前に建てた。車椅子で玄関に入れるようまた、老後を見越し、元気な時に立てたものだ。そして、14・5台の駐車場作って悠々自適の生活?を考えたのだ。

庭の広い農家、庭の片隅に手漕ぎの井戸その近くに風呂場があって、建て付けの悪い戸板のドアーは穴が空いて外から見えた。

井戸の近くに百目柿の木あり、大きな赤くなった実があった。葉は落ちても霜の降る時期まで、取らせなかった親父の顔が思い出す。その向こうに牛舎があって、この時期の朝の搾牛は、牛の吐く息と、乳房を拭く沸かし湯で、牛舎は白い湯気が、朝日に映し出されていた。

出荷用のジュラルミンの一斗缶の洗う音、牛の鳴き声、牛舎独特の匂いが、思い出される。

夏の養蚕・稲の取り入れが終わり、これから始まる農家の副業の筵織り・縄ないそして、山きり作業が始まるのである。また、農家の庭先で自家製のしょう油絞りも始まる。

そんな昔の生活ぶりは、決して裕福でなかったが、今より幸せだったように思えるのは、現在の生活が、物余りの時代代で、苦労しなくても手に入る時代だからなのかも知れない。

今住宅費が生活のウエイとを大きく占めているのに、勿体無いと思う。そして、人での入らぬ家は朽ちるのが早いと言われるが、半世紀の時間は取り返せない。

今は、甥・姪の時代で、責任はもてない意見は出来ない。

無人のなった家を時々見回りさせて貰っているだけである。そんな生家に枯れが舞散り、掃除をしながら昨日は、感傷に浸ってしまった。

2007年11月24日 (土)

投資信託で一喜一憂

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              11/21修善寺にて、

銀行の預金の利息の安さに驚いて何か資産運用はないものかと新聞の広告や雑誌などを見て調べてみた。そして、知り合いのファナンシャルプランナーの資格がある人に進まれて、退職金のうちの一部で投資信託を始めてもう満2年以上も経過した。
 最初は経済的な知識も殆どもたない身で、リスクがある「投資」と言う事に対して殆ど興味も無かったのだが、定期貯金といっても雀の涙以下の金利では矢張り心許無い。
 また、生きている限りは経済と無縁であるほど裕福でもないので、僅かばかり資金ではあるが、利殖に緊張感を持った生活も良いだろうと思い始めた。
 とは言うものの、もとより素人なのだから「ハイリターン」は歓迎だが、それに伴う「ハイリスク」であってはならないということで小遣いにもならない程度の利子配当があればいいと始めたわけである。
 それからという訳ではないものの、矢張り金融ということに対して、傍観者だけでなく、参加していると言う感覚も楽しく感じられるようになったのは事実である。
 現時点ではこの情勢の中で「元本割れ」の状況なのだが、今までの最悪の状況にはまだ少し幅があるようだ。
 まぁ、長い目で見ているしかないだろうから、此処でじたばた動かないほうが良いと思っている。
 それよりも、毎朝のwebのサイトによる価格の変動に一喜一憂できるということ自体が楽しみである。

また、世界の経済、特に、アメリカ、アジアの情勢で大きく変わる日本経済は微妙である。このことから、サブプライムローンとはとか、政治、為替にも、関心を持つようになった。
多分これくらいの冒険は許される範囲内だろうと思いながらの楽しみである。

2007年11月23日 (金)

ミシュラン東京

今日の名言

自然はわれわれの知性にとっては、限りなく驚嘆すべきことを最高度の容易さと単純さとで行なっているのです。

ガリレオ・ガリレイ『天文対話』(下)

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            修善寺の桂川21日写す

ミシュラン東京とは、フランスのタイヤメーカー、ミシュラン社発行のガイドブック。緑の表紙の観光案内と、赤の表紙のホテル・レストラン案内がある。後者の星の数で表すレストランの格付けがよく知られている。

2007-3月アジアで始めて東京に上陸した。

豊かで美しい食文化から生まれたミシュランガイド東京

国際的な展開を進めるミシュランガイドが、アジア上陸の第一歩として選んだ都市、東京。東京が選ばれた背景は何だったのでしょうか。マネージングパートナーのミシェル・ロリエはその理由として、日本文化に豊かで洗練された食生活が根付き、それが重要な位置を占めていること、そしてその洗練さと、食事の楽しさを兼ね備えた生活スタイルが、美しい食卓作りとしても表現されていることをあげています。また、ミシュランガイドの総責任者、ジャン・リュック ナレは、日本、なかでも東京を、豊かな食と料理の伝統を持つ地として、アジア最初のミシュランガイド出版にふさわしいと語っています。日本の豊かで美しい食文化。そしてその文化が生活の中に根付いていること。それを彼らが感じ取った時、自然と、アジア最初の都市は、東京に決定したのです。

レストランという名の星が無数に存在する東京で、ミシュランガイドが選ぶ、ひときわ明るく輝く星はどこにあるのか。2007年11月、東京という夜空に、輝く星を見つけるための新たな食の星座盤が登場した。

ちょっと、庶民感覚では分りにくいこと、お店の存在を知るだけの話かも知れない。確かに選ばれたと言っても、1年間である。選ばれるように努力することは必要であると思うが、本当の食文化と言う、どうだろう。星の数ほどある飲食店を含めると、選ぶ方でも難しいと思う。

美味しいだけ、設備がいいだけでは、庶民感覚ではその上に「安い」がなければ本当の意味で「日本の豊かで美しい食文化」とは言えないと思う。

しかし、飽食の時代が、平和ボケを増長させている。この事は、苦しい過去を心の片隅に、そして苦しい生活を余儀なくさせられている多くの人もいることを、忘れれることはあってはなるまい。

2007年11月22日 (木)

夫婦旅行の途中で

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夫婦旅行の途中でビッグなニュースが流れた。世界中の人々に朗報であり、日本人の誇りである。久しぶりの明るいニュースである。

2007年11月21日朝日新聞から

 皮膚細胞などを使って別の臓器の細胞になる能力を備えた人の万能細胞(人工多能性幹細胞=iPS細胞)をつくることに、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授(45)らが世界で初めて成功した。人の体細胞から万能細胞ができたことで、倫理上の問題があった受精卵を使わずに済む。病気や事故で臓器や組織が損なわれても、万能細胞をもとに臓器や組織をつくって補う再生医療が現実味を帯びてきた。米科学誌セル(電子版)に21日、発表する。

 代表的な万能細胞には、胚(はい)性幹(ES)細胞があるが、生命の芽生えである受精卵を壊すため批判があった。山中教授と高橋和利助教らは昨年8月、マウスの皮膚細胞に特定の四つの遺伝子を組み込んでiPS細胞をつくるという従来とはまったく違う手法を確立。受精卵を壊さないので倫理的な問題が避けられるため、世界の注目を一気に集めた。

 今回は、成人の顔の皮膚の細胞や関節にある細胞に、ほぼ同じ手法を導入した。ES細胞の培養で用いる増殖因子を加えたり、マウスより長く培養したりして人間のiPS細胞をつくるのに成功した。この細胞が、神経細胞や心筋細胞、軟骨などへ分化し、臓器のもとになることも確認したという。

 iPS細胞から思い通りの臓器や組織をつくる技術が確立すれば、自分の細胞であるため拒絶反応も避けられる。たとえば、インスリンを出す膵臓(すいぞう)の細胞なら糖尿病に、心筋細胞なら心筋梗塞(こうそく)に、神経細胞は脊髄(せきずい)損傷にといったように、従来、回復が難しいといわれた病気やけがの治療に使える可能性がある。

 山中教授は「まだ少し時間がかかるが、狙った細胞に効率よく分化させたり、安全性を高めたりして再生医療に向けた臨床応用につなげたい」と話している。

 競争相手の米ウィスコンシン大も同日、米科学誌サイエンス(電子版)に同様の成果を発表する。やはり遺伝子を四つ使うが二つは別の遺伝子。新生児の皮膚細胞からiPS細胞をつくった。

20日、21日と、伊豆の稲取温泉、修善寺温泉に、夫婦で旅行して来た。天気は上々で体調も良かった。しばらく振りの車での旅でとても有意義だった。

そんな旅行中にテレビでビッグなニュースが流れてきたので驚いた。回復が難しいと言われている病気や、怪我の治療に使えるという、ノーベル賞が貰える発見だ。

2007年11月19日 (月)

怒るな・転ぶな・風邪引くな

今日の名言

理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる。

ルソー『エミール』(上)

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昨夜NHKのラジオの深夜便で、お便りの紹介があった。81歳のお婆ちゃんのお便りであるが、そのお婆ちゃんは、声がとっても若くて子供のような声をしていて、電話で話す声は81歳には、思えないで「お婆ちゃんに変わって!」と言われるそうだ。

そのお婆ちゃんが、心に言い聞かせている言葉があり、何時も言葉に出して行動をしているという。

「怒るな・転ぶな・風邪引くな」である。年寄り向けの言葉だが、そういえば私も、この言葉にぴったりする事だと思ってしまう。何時までも若くないからな・・・

気が短いと言うか、自分の思うとりに出来ない事があると家内に怒ってしまう悪い癖がある。注意しなければと思うのだが・・・但し、家内だけで他人には人のいいお爺さんと言われている。反省反省である。

京都に旅行に行った時、新横浜駅の階段で下りの最後で、足を踏み外し転んでしまって恥ずかしい思いをした、幸い怪我は無かったのだが痛い思いをしてしまた。ああ年なんだな・・・と実感した。それ以来階段の登り下りは手すりに摑まるように心がける事にしている。

毎年冬になると、2・3回は必ず風邪を引く、今年は絶対に引かないぞ、と心に言い聞かせているのだが、日ごろの不摂生が高じてか引いてしまう。風邪を引くと言うことは気力・体力が落ち、100パーセント元に戻すことは、出来ないような気がするし、老けていくようだ感じがする。

心穏やかに、悠々自適に、何事も少欲で暮らしを心がけて生きて生きたい。「怒るな、転ぶな、風邪引くな」を心して・・・・

2007年11月18日 (日)

日本の官僚

今日の名言

ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに行動することができる。

キルケゴール『現代の批判 他一篇』

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福田首相が始めての外交でアメリカを選んで、ブッシュ大統領と会談して昨夜遅く日本に帰ってきた。二人のお父さんが同じ立場で、会談した時の写真を見せたとのことだ。

しかし、北朝鮮拉致のことでは、ブッシュ大統領と福田首相との会談内容が分らず、拉致被害者家族の苛立ちは、納まらない、いまいち納得の行かないものとなった。

成果?政府官邸に帰って来てお土産の包みを紐解くとアッというもがなさそうである。

最近、高学歴の東京大学法学部の出身の公務員に就職する者が少なくなってしまい外務省などは、対応に困惑しているとの新聞記事を目にした。

日本の官庁の魅力がなくなって来たのか、若者に夢がなくなって来たのか分らないが、いずれにしても、四六時中国益を考えている仕事で、滅私奉公の精神がないと、厳しい勤めとなる。

今朝は産経新聞の「やばいぞ日本」の記事を見てなるほど、と思った。(その記事の抜粋である)

ノブレスオブリージュというフランス語がある。社会的に恵まれた立場にいる者は、人々の模範となるよう行動する「高貴なる義務」を負うべしという意味だ。

 親の年収が高くなければ東大に合格できないといわれる世の中で、恵まれた若者たちがノブレスオブリージュを忘れ、自らの能力を社会に還元することなく、プライベートセクターでの金もうけに奔走する。これではいずれ日本社会は劣化していくだろう。

 最近の度重なる不祥事でエリート官僚に対する国民の信頼は地に落ちた。確かに、ノーパンしゃぶしゃぶに始まり、C型肝炎、ゴルフ接待に至る数々のスキャンダルに弁明の余地はない。しかし、大多数の若い国家公務員は薄給にもめげず、国民のために黙々と働いている。

朝は早くから各政党の部会に呼ばれ、昼間は通常の業務をこなし、夜は国会関連作業などで遅くまで待機する。 国民が真に憂慮すべきは、官僚組織の政策立案能力の低下であろう。

 現在日本には財政・金融、社会福祉、安全保障など多くの分野で難題が山積している。問題解決には日本の長期的な国益を踏まえたプロの専門家集団による真剣な政策議論が必要である。

 しかし、若い官僚たちは毎晩国会答弁作成作業に追われて、じっくり議論する時間がないという。昨今の役人バッシングは容赦ない。だから、官僚は従来以上に冒険を避け、ひたすら安全運転に徹するようになる。国家公務員たちは誇りを失い、ますます萎縮(いしゅく)していく。

政治主導の政策決定には大賛成だが、最近の行き過ぎた役人バッシングだけでは問題は何も解決しない。現在のように国会議員が政争に明け暮れ、民間にシンクタンクが育たないまま、官僚たたきだけがあと10年も続けば、どうなるか。日本の官僚組織は確実に崩壊し、責任を持って長期的政策を立案できる組織はなくなるのだ。

2007年11月17日 (土)

レアメタル

今日の名言

恋という狂気こそは、まさにこよなき幸いのために神々から授けられる。

プラトン『パイドロス』

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レアメタル【rare metal】  希少金属。

甘利経済産業相が南アフリカにレアメタル外交で出かける。一体レアメタルとは、どういう物なのか、この地球上で少なくなってしまった。鉱物資源である。

レアメタル(希少金属)とは、地球上にもともとの存在量が少ない金属や、量 は多くても経済的・技術的に純粋なものを取り出すのが難しい金属を総称するもので、他の元素と合金を作って、これまでにない性能や機能を持つようにできることに特徴がある。
 レアメタルはこのような特性を利用して、家庭用品から産業機械・ハイテク分野に至るまで幅広く用いられており、我が国の産業にとって欠くことのできない重要な原材料の一つになっている。

ニッケル・クロム・タングステン・コバルト・モリブデン・マンガン・バナジュウムなどの鉱物で、特にハイテク産業に使われる。世界の産出国では、南アフリカ、オーストラリア、ロシア、中国、カナダ、ブラジル、カザフスタンなどがある。

南アフリカといえば、日本から遠い国だ。長い間イギリスの植民地であった。黒人が80㌫、人口6900万人、面積は、日本の3.2倍の国である。そして、アパルトヘイト(白人支配者層による有色人種に対する人種差別・隔離政策)マンデラ大統領は、あまりにも有名である。現在はムベキ大統領である。

喜望峰(ケープターウン)は、南アフリカの先端にあって、過ってのヨーロッパの国々は、船で岬を廻って東洋に進出して来たのである。

日本では森前首相や小泉前首相・川口前外務大臣などが訪問している。

日本のIT産業に欠かすことの出来ないレアメタルの確保は絶対必要であり、ロシア、中国の鉱物資源外交の様子から、日本も安閑としていられないし、その重要性は高い。

今朝は、NHKのニュースで、レアメタルの確保で、日本の外交政策の話があったので、今までの南アフリカを思い出し、少し勉強した。

甘利経済産業省の南アフリカとの外交に大いに期待したい。

2007年11月16日 (金)

予見可能な政治

今日の名言

美女は、命を断つ斧(をの)

井原西鶴『好色一代女』

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『予見可能』な政治を

この四月に死去したロシアのエリツィン前大統領は政権末期、ナンバー2である首相のクビを次々とすげ替え、わずか一年半の間に、四人もの首相が交代した。

前橋本首相の時に、伊豆の川奈のホテルでのツーショットは、印象深い。その当時エリツイン大統領が前橋本首相に言ったといわれるが、貴方の国では、「予見が可能」で羨ましいと。

最近の日本は、大臣の首を五人もすげ替えてようやっと安定組閣人事かと思ったら、突然放棄し辞任したり、第二政党小沢一郎代表が、自民党福田首相の大連立との誘いに乗って、安定政治を狙ったまではいいが、小沢代表の部下達の反発を買い辞任すると言い出したと思ったら僅か2日で、撤回してしまった。

ロシアの政権ではないが、「予見不可能な」日本の政界である。今度の前防衛事務次官の醜態といい、それの絡む利権絡みである事は確実と思うにつけ、前久間防衛大臣・額賀前防衛大臣で現役の財務大臣である。こんな火種を背負っている福田政権も、早くも解散風が吹き始めたようだ。

国民不在の国会で今回の臨時国会での目玉の新テロ特措法は、予定道り衆議院は通過したが、参議院ではどうなるかこれまた「予見不可能」だ。

一体国会の先生達は、国民の血税を使って、法律も纏まったものはごく僅か、一体国会を何んと心得るのか!・・・ここで喝っ!!である。国民は何を望んでいるのかと言えば「政治の安定」だろうが、しっかりせい・・・・

確り給料の分の成果を上げて貰いたい。纏まらない意見の出し合いで、「烏合の集」で終るのではなく、後一箇月の会期を有効に使って法案を纏める努力をして欲しい。

国民が「予見可能」である透明で分りやすい政治を望むばかりである。このことが、経済が安定し、国民は安心して暮らしていける事なのである。

2007年11月15日 (木)

親鸞聖人の「なぜ生きる」

今日の名言

「ああ! 過ぎ去ったことを悔むのはやめましょう。」と、彼女は小声で言った。「もう頁(ページ)はめくられてしまったのですもの。」

ジイド『狭き門』

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最近、生きている事に考え、悩むことがある。何だか迷い翻弄されている日常の生活から、お墓の宣伝の電話であったり、身体の衰え、社会情勢の不安定さなど頭に駆け巡ることで起きるのである。

しかし、もっと生きることに切羽つまれば、そんな事考えてはいられないと思うが、それこそ今日食う飯をどうするかの状態であれば・・・・橋の下で住むホームレスの人だって一生懸命生きているじゃないか、そんなことで悩んでいるのは幸せなんだなあ・・・と思う。

だけど、人間は誰でも考え、悩む動物、お金持ちでも、貧乏人でも同じ生きる悩みはあるのだ。そこで、今朝は、「ちょっと一息ためになる話」から、考えてみる。

その内容を記してみる。

「なぜ生きる」と書かれた公開講座の案内を見て、大学教授か講師とおぼしき男性が、こう質問してきました。

「なぜ生きる、という問いかけ自体が分からない。人はみんな自分ではどうすることもできずに進んでいて、その中で、どう生きるのか、ということなら分かるが……」

もう一人は、お爺さん。

「なぜ生きるって、生まれてきたから生きているわけで、それになぜと言われても……このビラ、『どう』生きるの間違いでは?」

人は皆、生きることに一生懸命です。政治経済、科学医学芸術、これらはすべて、このつらい人生、どう生きれば、と人類が長い歴史の中で、悩み、苦闘した結果の所産です。しかし、「なぜ生きる」とは、誰も考えず、知ろうともせず、問題にされることもありませんでした。想像すらできなかったのです。

生きることを歩くことに例えると、歩き方に当たるのが「どう生きる」、目的地に当たるのが「なぜ生きる」。飛行機でいうと、飛び方は「どう生きる」、着陸地が「なぜ生きる」です。

ところが、人生となると、途端に私たちの智恵は、「どう生きる」しか考えられなくなります。「人生に目的なんかないよ」と平然と言うのです。それは、「生まれたからしょうがない。死ぬまで生きるだけだよ」と言っているようなものではないでしょうか。

ちょうど、火鉢の縁を回り続ける尺取り虫のようなものです。オレは前進している、精一杯、進歩向上努力している、と思っていても、尺取虫は同じ所をただグルグル回っているだけ。やがて力尽き、火鉢の中にポトリと落ちる。それが事実です。

もし人生がそんなものなら、そこに何のよろこびがあり、どんな価値が見出せるのでしょうか。

「なぜ生きる」が分からねば、「どう生きる」の苦労は無意味になってしまいます。

苦悩の根元は、無明の闇だと、明言されています。

誰も知らない、驚くべきこの真実を、万人に明らかにされたのが、親鸞聖人という方なのです。

まさに世界の光と仰がずにおれません。


生きることを歩くことに例えると…
誰が考えても、着陸地のない飛行機は墜落の悲劇あるのみでしょう。

「人身受け難し、今已に受く」(釈尊)"人間に生まれてよかった"の生命の歓喜など、あろうはずがありません。

全人類は、流転輪廻しています。その元凶は。

【流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき(親鸞聖人)】

苦悩の根元は、無明の闇だと、明言されています。

誰も知らない、驚くべきこの真実を、万人に明らかにされたのが、親鸞聖人という方なのです。まさに世界の光と仰がずにおれません。

2007年11月14日 (水)

昔の職場を思い出す

今日の名言

思考という要素を何ら含まないでは、意味をもつ経験はありえない。

デューイ『民主主義と教育』(上)

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昨日、家の屋根のペンキ塗りをした。その前に錆お落としで思い出したのであるが、昔、目にゴミが入って、目医者に行って診てもらったら鉄の粉が刺さっていると言う事だった。通勤途中で電車のホームで電車の車輪と、レールの摩擦で鉄の粉が舞い上がる。その粉ではないかという。

屋根のトタンの錆落としで、粉と埃で舞い上がった。鉄にも色々種類があって工具などに使う鉄の種類を会社勤め時代に取り扱った事がある。(工具鋼)

一般的に包丁などの刃物類の素材は、炭素(カーボン)が含まれているものが多い。

代表的な工具鋼

代表的な工具鋼について、JISの規格で表記する。

  • SK3:炭素工具鋼
  • SKS3:合金工具鋼
  • SKD11:冷間金型用鋼(冷間ダイス鋼)
  • SKD61:熱間金型用鋼(熱間ダイス鋼)
  • SKH51:高速度工具鋼(ハイス鋼)
  • SNC7:ニッケルクローム鋼
  • SUS3:ステンレス鋼

などがあり、鍛造・熱処理などが思い出される。他にSF材とかFC材などを取り扱った。その素材を鍛造し、工作機械(旋盤・フライス盤・ボール盤・シェーパー・鋸盤・ジグボーラー・スロット盤・平面研磨盤・内径研磨盤・外形研磨盤・治具グラインダー・ワイヤーカット放電加工機)メイカーを覚え、工具(きさげ・やすり・定盤・ノギス・マイクロメーター・パス・万力・硬度計)などを覚えたのである。

そんな工具類を扱って、金型(プレス型・モールド型・鍛造型など)を設計製作していた職場に勤めた経験を思い出した。

だからカーボン含有量の見分け方の一つにグライダーの火花状態で材質が分るようになった。それを熱処理(電気炉・ソルトバス)などで行う。温度と戻し温度と冷却方法(水・塩水・工業油・植物性油)などを勉強した。

他に刃物類(ドリル・バイト・エンドミルなどの工作刃物類と研磨用砥石類)などもとりあつかった。その他工具で(電動工具・エヤー工具)思い出される。

話を戻すと、トタン(SS41)などの普通鉄(FC)などの錆(酸化)は、仕方がないが、電車などで出す鉄粉は埃となって公害?かもしれない。

いずれにしても、昨日の非定常作業で身体が痛いくて早く目が覚めてしまったので、こんな昔の事を思い出し記した。

付け加えるとこんなことも、鉄を1200度まで上げて打つ鍛造工場・熱処理(焼きいれ・焼き戻し)の鉄粉と埃と汗での作業は、3-k作業と言われ進んで職場に行く人はすくなかった。D-51の汽車の押し棒なども鍛造したなあ・・・ああそうだった鋳物工場も酷かったなあ・・・

そして、「鋼は打たないと強くならない」「鉄は熱いうち打て」など先輩の言葉を思い出した。

2007年11月13日 (火)

気になる経済

今日の名言

男はしばしばひとりになりたいと思う、女もひとりになりたいと思う、そしてその二人が愛しあっているときは、そういう思いをたがいに嫉妬するものだ。

ヘミングウェイ『武器よさらば』(下

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一昨日、3日前(9日)に入村(開設)したが、人気総合ランキングが、何と125832中37487だった。こんなこと、どうでもいいと思うが暇つぶしの人間の私だかかな・・・・

本来の目的は、ボケ防止であるので、旨く書こうとは思うが(俳句など)ブログ人気ランキングなって気にしないでいこうと思う。ただ、他人のブログもたまには見てみたいしな・・・。あんまり、難しいことは出来ないしな・・・

『何と56兆円が吹っ飛ぶ』わずか7日間で・・・

11月12日19時1分配信 時事通信

 日経平均株価が7営業日続落した12日、東京証券取引所第一部の時価総額は469兆6263億円となり、この間に目減りした金額は56兆5894億円に達した。
 同日の取引では、東証1部に上場する1722銘柄のうち9割超に当たる1579銘柄が値下がりし、うち606銘柄が今年の最安値を更新した。
 日経平均が今年の最高値(1万8261円98銭)を記録した7月9日の時価総額は572兆9951億円。これに比べると、103兆3687億円減った計算になる。 
今朝yahoo!webに、上記の記事が載っていた。経済の事はよく分らないが、大変な事になったことだ。私も少し投信と株をやっているから、気になってしまう。最近ニュースで「サブプライムローン」という言葉を耳にするが、このことが世界の金融機関にダメージが大きいという。日本にも大きな影響があるという。 莫大な金額で想像もつかないが、私の資産にも大きな影響があるのでちょっと調べてみた。

サブプライムローン とは・・・

【アメリカの金融機関が、過去に破産したり、担保を差し押さえられたりなどした比較的信用力の低い人に貸し出す住宅ローン。

優遇金利を「プライム」ということに対して、その補助的なローンということから「サブ」が付けられている。通常のローンと比べて審査基準はゆるいが、金利は高い。

現在では住宅ローンを借りる人の15%がこれを利用しているという。最初の数年は金利を低く設定した商品が多く、たとえば30年ローンの場合、当初2年間は低い金利が固定されているが、3年目以降は10%以上の金利を支払う場合が少なくない。その結果、返済が滞る人が増えて不良債権化する傾向が強くなっている。

これまで表面化しなかったのは購入した住宅の価格の値上がりが続き、借り手は住宅の価格上昇分を担保にして普通の住宅ローンである「プライムローン」に借り換えることができていたが、価格の伸びが止まってこの手法が使えなくなり不良債権化。これがアメリカの株価暴落も引き起こすことになった。】

これでもよく分らないが、世界の経済はみんな連動していて今年の2月の中国の株価暴落もそうであったように、アメリカも、勿論世界各国に与える影響は大きいのだと、つくづく感じた。

2007年11月12日 (月)

日本の四季

今日の名言

他を嘲(あざけ)るものは同時にまた他に嘲られることを恐れるものである。

芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

今朝は、東京新聞の10日付けの筆洗いの記事をみて、面白かったので、記してみた。

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<大きな公孫樹の木を丸坊主にした冬/きらきらと星の頭を削り出した冬/秩父、箱根、それよりもでかい富士の山を張り飛ばして来た冬/そして、関八州の野や山にひゆうひゆうと笛をならして騒ぎ廻(まわ)る冬>。詩人高村光太郎の『冬の詩』の一節である。

四季の中で、冬を好まない人が多い気がする。冬を愛し、賛美した作品を数多く残している高村さえも、『冬が来た』では<人にいやがられる冬/草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た>と綴(つづ)っている。

もちろん冬の到来を待ち望んでいた人もいる。鍋料理に舌鼓を打つことができる。スキーやスケートというウインタースポーツを楽しめる。こたつで丸くなってうたた寝をすることも、冬でしか味わえないぜいたくなのかもしれない。

四季になぞらえ、ときに人生が語られる。冬は不遇や不運を意味するのだろう。でも高村の『冬が来る』には<険しさは人を浄(きよ)め、/はげしさは人を高める。/人は力をあつめて冬の陣営に突き込む。/人はおのれを超える。>とある。この一節は、今が人生における冬だと感じている人への励ましに聞こえる。

時は容赦なく過ぎ、季節は移ろいゆく。だからこそ春夏秋冬の楽しみをそれぞれ見つけたい。冬が好きでなくともその間に春が来る。

【冬といえば、近年は、暖かい、通勤・通学する人の姿を見ても厚手のコートは着ていない。乗り物の電車やバスも暖房している。建物の中などは勿論暖房しているから、コートは要らないのだ。

昔は、映画館でも、暖房がなく、冬は完全武装して、観にいった経験がある。また、今は氷点下になる事は何日もない東京地方である。川に凍りも張らない、霜柱も見ない、ツララも見ない。だから、四季の感覚が薄れてきたのだ。

今地球温暖化、二酸化炭素排出削減が問題になっている。人間の仕業である。

昨日病院を退院してきた人に会って、病院の暖房がきつくて頭が痛くなってしまったと言う。暖房の効き過ぎが、問題である。環境・経済・衛生を考えても、しっかり管理してもらいたい。車は暖房して走っている、暖房しなければ冬は乗れない生活になってしまった現在であるが、電車・バスを利用して排ガス削減する努力をすべきと思う。

冬は、寒くて当たり前、やがて来る春を感じるのだが、寒かった冬を越してくると喜びは大きい。何と言っても春・夏・秋・冬の四季が楽しめる日本は、幸せと感じることが大切なのだ。】

2007年11月11日 (日)

短気は損気だ

今日の名言

隠れて、生きよ。

『エピクロス』

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昨日、パソコン操作がうまく出来ないで、夕食時になってしまい家内と口論になった。どうしてもバージョンUPしたいが出来ない、もういいや新しいシステムなど取り込まなくても、使って不自由なけれがと思い、途中まで進めたプログラムをキャンセルしてしまった。

そしたら元に戻らない、マウスをクリックしても全然動かない。エンターキーを押しても勿論だめで、仕方なく、電源を切ってみようとしたが、電源も切れない。これが、ほんとうに、固まってしまったという現象になったという事だ。

それで、あちこちのキーを、叩いているうちに偶然と思えるように電源が切れた。「ああ良かった」もう二回も初期化してしまった経緯がある。初期化したら、データーがCDに保管されていない。消えたらどうしようと、思ったら、焦ってきた。

そんなことで、ついイライラが募り家内に夕飯時になっても来ないので、文句を言われたので、それに対し、怒鳴ってしまった。そして家内は涙目になり、人生を否定するように、落ち込んで、元気がなくなってしまった。

「怒鳴るなって最低」「そんなパソコンが旨く出来ないくらいでこちらに当たらなくても良いじゃないか」と言われ、こちらも相当凹んだ。

まあ・・・夫婦生活42年も続けているうちには度々あった夫婦喧嘩も何とか乗り切ってきた。だが、年を取ってからの喧嘩は、身体に良くない。家内は今朝起きてきて、開口一番、昨夜は眠れなかったと。

そして、何時ものパターンだけど、私が謝った。それで決着した。後まで問題を引きずらない事だ。そんなことが起きた昨日だった。そして、「短気は損気」と反省反省である。

2007年11月10日 (土)

心の豊かさとは

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今日の名言

身体を訓練しない者は身体を使う仕事をなし得ないごとく、精神を訓練しない者はまた精神の仕事を行なうことができない。

クセノフォーン『クセノフォーン ソークラテースの思い出』

神応寺和尚の講話より

心の豊かさが手の届くところに満ちあふれているのに、それに気づかずに暮らしていることが多いのではなかろうか。

最近の親子のつながりは険悪なものです、何かにつけて親に余裕というものがありません。幼児の子育てにおいても親は子に、「しっかり・がんばれ・きっちり・さっさと・早く」と、急き立てる、親のこの言葉から子はいつも逃れたいと感じています。自分の部屋に閉じこもり、ゲームに夢中になるのも、いい子ぶっているふりをしているのもそのためでしょう。
 

塾や習い事に時間を費やし、青空の下で土を踏んで、友と戯れることもなく、少子化で友達の数も少なくなり、大きい子が小さい子を遊んでやったり、遊び事を教えたりすることもなくなったようです。子供同士でのつながりも弱くなり、どうしても孤立孤独化していくのです。

親も忙しいからと子供と対話することも少なくなり、父親の単身赴任や深夜に及ぶ仕事に追われ、父親が子供と対話することも遊ぶこともなくなり、母親も子の教育費のためにと、そして自分の楽しみに、家計の足しにと仕事に出れば、どうしても子供と接する時間もなくなる。食事さえも母親の手作りのものが少なくなり、親の身勝手で夫婦別れして、子供は寂しい状況におかれることも最近は多いようです。

どんな生き物にも共通することですが、親は子育てに没頭する、親は危険をもかえりみることなく子育てにのみ力を尽くします。親は子を育てることに心血を注ぐことは当然のことなのに、昨今の親たちは、やるべきことが多分にぶれてしまっているようです。

かつて家庭には祖父母がいたので親の代わりをしてくれました、またご近所が地域で子供の成長を見守り支えるという地域力もあったので、その補完ができていました。

最近の家庭においては、それぞれの行動が個別化しており、家族としてのふれあいがなくなってきています。子は成長するや、親は子を離し、子は親から離れていくものですが、この頃は子が成長するまでもなく、親の心は子から離れ、子の心は親から離れてしまっています。

親子、家族、近所、お互いが思いやることによって、心の豊かさが手の届くところに満ちあふれているのに、それに気づかずに暮らしていることがけっこう多いのではないでしょうか。

【昨日どこかのラジオで、悩みの相談を聞いていて、小学校6年生女の子と、お婆ちゃん(母親の母)と暮らしているお婆ちゃんからの相談であった。母親は下の子二人をつれて買い物に出かけるように家出してしまい、父親は5年前に夫婦喧嘩の末に家出したまま帰ってこない、母とも連絡が取れない。お婆ちゃんと二人暮しは経済的にも大変である。また一緒に暮らしている子供が、将来を案じて、お婆ちゃんが死んだら一人ぼっちでは、生きていけない。と言う孫のの悩みの相談である。

余りのも無責任な親がいるもんだと思う。子供は親を選べない、親のエゴで犠牲になる子は不憫だ。これも道徳教育の欠陥なのかなあ・・・。

これからも、こういう問題はあちこちで起こるような気がしてならない。何か、抜本的対策を講じないと大きな社会問題となると感じた。こんな生活環境でも幸せはあるのかな・・・。そうだ、生きているだけで幸せなんだ。しっかり、力強く生きて行って欲しい。】

2007年11月 9日 (金)

つぶやき

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毎日「つぶやきを」をブログに書いているが今朝、産経webにこんな記事が載っていたので、興味があったので読んでみた。

内容は・・・

【自分で作曲した「つぶやき」がCMのBGMとして採用されるキャンペーン「歌え!ルーツ飲んでゴー!」を実施しているJT(本社・東京都港区、木村宏社長)が募集した延べ3300曲の傾向を調べたところ、「KY(空気が読めない人)」への不満や驚きが一番多かったことが分かった。

「いつまでも飲んでいる上司」や「一緒にいるのに携帯を気にしている恋人」など不満の対象はさまざま。KYの他に周囲の人と自分の気持ちに温度差を感じる「一人相撲」をテーマした作品も多く、全体的に人間関係に対する「愚痴」が主たる内容となっている。他人事だと思えば、思わず吹き出してしまう内容だが、胸に手を当てて考えてみると、笑ってばかりもいられない。

調査の対象となったのはJTが10月1日から同21日まで募集したつぶやき作品延べ3300曲。「つぶやき」は大きく分けて(1)「KYな人々」(2)「一人相撲」(3)「残業哀歌」(4)「哀愁シングル・ライフ」(5)「幸せな時間(気持ち)」と5つの傾向に分かれており、全体の約65%を占めた。残る約35%には明確なテーマがなかったという。

 5つのテーマのうち、一番多かったのが「KYな人々」(31%)で、つぶやきは「隣で口を開けて寝ている部下」や「上司が帰ってくれない」、「俺残業、部下昼寝」などさまざま。次に多かった「一人相撲」(24%)では、「手をつなごうとしたら軽くかわされた」や「娘がパパと呼んでくれない」など。「残業哀歌」(同)では「すがすがしい朝、今から帰宅、まぶしいよ」、「気付けば夢で仕事」などの歌詞もあった。また、「哀愁シングル・ライフ」(14%)では「彼女いない歴36年 まだあきらめていない コンパに合コン 見合いにナンパ」や「同情するなら相手紹介しろ」など自虐的なニオイが漂うつぶやきもあり、「幸せな時間(気持ち)」(7%)では「お母さんも 何故かついて来た」などの歌詞が寄せられた。】 と書かれていた。

ああ!そういえば、毎日つぶやいている俺は、何が多いのかな・・・一番は健康に関することかな・・・二番目は経済のこと、三番目が政治・環境だと思うが、どうだろう。

まあ良く考えてみると・・・俺って人間は、何でも不満たらたらつぶやいているのかも知れない。まあ・・・この世の中に不満のない人はいないと思うがなあ・・・しかし世間には、「何かあると身銭は切りたくない」、「労働提供はしたくない」、「困っている人がいても見て見ぬふりしてしまう」。いわゆる『自分だけよければいいと思う』人が多くなった感じがするな・・・

2007年11月 8日 (木)

限界集落

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今朝NHKのニュースで、「限界集落」を特集で放送された。このような事は日ごろから、思い悩んでいた。半世紀過ぎた近隣の歴史を振り返って、将来の危機として考えていたが、この「限界集落」の言葉の出会いは初めての事であった。

そこで、調べてみた。

長野大学教授(高知大学名誉教授)である大野晃が、高知大学教授時代の1991年(平成3年)に最初に提唱した概念と言われている。

山間地区や離島を中心に、過疎化・高齢化の進行で急速に増えて来ている。このような状態となった集落では、集落の治自、生活道路の管理、冠婚葬祭など、共同体としての機能が急速に衰えてしまい、やがて消滅に向かうとされている。共同体として生きてゆくための「限界」として表現されている。「限界集落」には、もはや就学児童より下の世代が存在せず、独居老人やその予備軍のみが残っている集落が多く、病身者も少なくないという。

大野は、65歳以上の高齢者が自治体総人口の過半数を占める状態を「限界自治体」と名付けた。「限界集落」は、この定義を集落単位に細分化したものである。

限界集落に次ぐ状態を「準限界集落」と表現し、55歳以上の人口比率が50%を超えている場合とされる。また、限界集落を超えた集落は「超限界集落」から「消滅集落」へと向かう。

【自分の事】

ここに住んで、半世紀である。生まれて気がついたら、小作農の水のみ百姓であった。6男に生まれ、父母は生活に終われて、田の米作りは、苗作りから稲刈り、脱穀まで一年近くかかり一反で、豊作で10表だった。10表収穫は毎年は出来ず、その当時の子供でも四表の年貢米を供出する不合理さには、たまらなかった思いがある。(一反4表で借りていたので凶作の年は大変であった。)随分しいな米を食べた経験がある。

戦後の農地解放で今、住んでいる住所は、その一部で、昭和40年(1965年)に親父に当時桑畑に道路作り、住宅を建てたもので一軒家だった。

それが今、26所帯の集落となったのである、現在子育てが終わり、子供達は独立して、同居はしていない。みな何処の家でも同じようで、昔の後取り、二世帯同居などの考えはない。そして、やがて夫婦二人での生活から、独り暮らしの生活になって行く事に不安は募るばかりである、近所では二十五歳以下の人は住んでいなくなってしまったのである。まさしく老人の町となってしまった。そして独り暮らしは26世帯内5世帯となった。

病気しても、近くに医院ない、買い物するのにもお店はない。昔は、隣に内科医があったので、安心出来た。魚屋・肉屋・八百屋など近くにあったが今はスパーが出来て、商店街がなくなてしまい、車で行くが、これから何十年なんて行く自信がない。その上役所(役場)統合されて近くから姿を消すとか・・・歩くにもふじゅうな、お年寄りが出始めた。やがては「明日はわが身」で深刻ある。

これでは、町会の盆踊りや、お祭りなどのイベントに参加するように役員の方は勧めるのだがそれど頃でないのが現状である。

都心からわずか、40キロのベットタウンの45万人の市の八王子市で起きている。社会構造の不備なのか考えても末恐ろしい。限界集落は人ごとではない。今までの何とかなるさでは、何とかならない。

教育の提言

今日の名言

ああ寒いほどひとりぼっちだ!                                  

(今朝午前三時寒い、初めてストーブ点ける)2007-11-8

井伏鱒二『山椒魚・遥拝隊長 他七編』

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今朝も、『新教育の提言』を記して考えてみる。

監修/上寺久雄(元兵庫教育大学学長)
編集/山口彦之(東京大学名誉教授)
発行/世界平和教授アカデミー

「制度的教員養成」を「全人的教員養成制度」に改め、教師の力量の向上を図る

§「教育は人なり」と言われるが、教育改革の柱は、公共に奉仕する心を持ち、適切な資質を備えた教師の養成に尽きると言っても過言ではない。教師は、まず人格、人間性などの適格性が第一に問われるべきである。即ち、教師は、教育学・教育心理学・教科などの職業的専門家であるとともに、何より人格者でなければならず、道徳性についての深い造詣を持つべきである。このような教師を「全人的教師」と呼び、新しい時代の教師像としたい。

§戦後、教師の力量が著しく低下したことは否めない事実であり、その背景には教員養成制度の問題がある。現在の教員養成制度は、大学で単位さえ取れば教師になることができる開放型の、いわば「制度的教員養成」である。この制度は、理念は素晴らしいが、実際にはいわゆる「でもしか教師」しか生まない。単に偏差値が高く、採用試験に合格しただけの教師をつくる現行制度を改め、「全人的教員養成制度」にしなければ、ふさわしい資質を備えた教師を養成することは困難である。また、教師でなかった人も教師に登用する道を開くなど、教師の資格を柔軟に考えることも、検討すべきである。かつて、臨教審などでそれらのことが謳われたとき、私立大学や国立大学の反対で実現できなかった。しかし、蛮勇をふるって実行する必要がある。

§教師に対する適正な勤務評価方法が確立していないために、制度の上に安住している者もいる。しっかりと教育している教師が、正当に評価されるシステムを導入すべきである。

2007年11月 7日 (水)

やばいぞ日本2

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【やばいぞ日本1】に続くもの。

全国の教員らでつくる研修組織「TOSS」の向山洋一代表は、学校に理不尽な要求を突きつける親のことを“怪物”にたとえてモンスターペアレンと呼び、深刻さをこう語る。   「先生を先生と思わず、抗議のための抗議をする親がいる。『校長を土下座させた』『担任を辞めさせた』などと吹聴することもある。モンスターペアレントが一人でもいれば、その学校は崩壊してしまう」

 こうした親に振り回される教員の心労は大変なものだ。文部科学省の調査では、2005年度にノイローゼなどの精神疾患で学校を病欠した公立小・中・高校などの教員は過去最多の4178人。前年度より619人増え、10年前の3倍に達した。この多くが、保護者対応に苦慮していたとみられる。

 昨年6月、都内の公立小学校の新任女性教師=当時(23)=が自宅で自殺した。

 「無責任な私をお許し下さい。全て私の無能さが原因です」。教師がノートに書き残した遺言だ。教師は2年生クラスの担任を任されていた。関係者によれば、死の数日前、親しい知人らに保護者対応で苦しんでいることを打ち明けた。宿題の出し方などに不満をもつ親がおり、執拗(しつよう)な抗議を受けていたというのだ。

 クラスと家庭を結ぶ連絡帳には、この親からの苦情がびっしり書き込まれていた。「あなたは結婚や子育てをしていないから経験が乏しいのではないか」。人格否定の言葉まであった。

 教師が「すみません」と書くと、何がすまないのか具体的に書くよう求め、教師が説明すると、消しゴムで消して「もういい」と突っ返すこともあった。連絡帳を見た先輩教師がその内容に驚き、自ら親に電話してたしなめるほどだった。

 校長や教頭の対応にも問題があった。悩んでいる教師に対し、親に電話で弁明するよう求めたり、誠意をみせるため配布物を各家庭に直接届けるよう指示した。ストレスは増えた。

 関係者は「通常の抗議の枠を超えた親の言動が、教師を追いつめたことは間違いない。校長も守ろうとしなかった」と打ち明ける。

 親による先生への“いじめ”がなぜ、これほどまでに横行しているのだろうか。

★そうは言うものの、先生の方にも問題があると思われる人も相当いる。不適格教員、指導力不足教員、教員の資質向上など様々な言葉で呼ばれているが、各地で「不適格教員」の研修や処分について検討が行われている。

ここで、【新しい道徳の提言】人格教育をどう進めるか。というテーマで下記の文を記したので参考にして、考えたい。

   監修/上寺久雄(元兵庫教育大学学長)

   編集/山口彦之(東京大学名誉教授)

   発行/世界平和教授アカデミー 

この原因の一つは、戦後における道徳教育の不在にある。道徳教育の不在は、青少年問題の深刻化だけでなく、社会全体のモラル(倫理・道徳)の退廃をもたらし、今日の政治、経済、社会の混迷の根本的原因ともなっている。戦後の教育を荒廃させ、道徳教育の不在をもたらしたものは、一体何であったのか。

 第一に、戦後教育の基本は、日本国憲法と教育基本法であったが、ともに個人主義の考え方に立ち、宗教的基盤のない、利己的個人主義を広げたことである。さらに、人格を形成し、倫理・道徳の基本を身につける場である家庭、家族関係の視点が欠如していることである。

 戦後、教育勅語の廃止や伝統文化の否定によって価値の基準がなくなる一方、唯物主義、科学万能主義などを背景に「価値相対主義」に基づく形骸化した民主主義が導入された。こうして個人主義は、利己的個人主義と化すとともに、ニヒリズムの蔓延をもたらした。また、戦後の経済最優先の価値観の中で、家族関係は希薄化し、倫理・道徳を学ぶ第一の場としての家庭が、崩壊の道を辿ることとなった。日本人の美徳である「恥を知る心」や「ウチ観念」(同族意識)すらも消失してしまい、利己主義に歯止めがない状態である。

 第二に、戦後、それまでの価値体系が否定されたが、思想の空白に、マルクス主義(共産主義)を中心とする唯物思想が入り込んだこと。そしてマルキストたちの組織的活動によって、伝統的価値観とモラルの崩壊、家族の解体が促進されたことである。特に、教育分野においては、日教組が道徳教育に強力に反対するとともに、責任抜きの人権思想、悪しき平等主義を唱えて、利己主義を助長させた。また、教員の勤務評定問題、集団主義教育などが、学校教育の現場を硬直化させ、いじめなどの深刻な問題を生み出した。

 第三に、文部省や教育委員会などの教育行政が、もの中心の経済成長に比重を置き過ぎ、哲学を失ったまま中央集権的文部行政を行ったことである。「どういう人間になるのが望ましいのか」、「日本人とはどうあるべきか」といった理想的人間像が失われ、戦後教育は専ら、科学教育偏重、受験教育中心のものとなった。また、文部省は、現場の実態や意見を正しく把握しないままに、施策を立案する傾向があり、教育現場と乖離した教育行政が多かった。しかも、文部省と日教組との政治的「二頭立て馬車構造」があったために、戦後半世紀の間、道徳教育の位置付けも曖昧なまま、教育改革は実施できなかった。

 第四に、教育分野をリードすべき教育学者の多くが、左翼思想に基づく対立と闘争の思想を喧伝し、教員養成を始めとして、教育全体に大きな歪みを与えたことである。また戦後は、教育哲学が不毛となり、代わって「心理主義」(心理学や精神分析学など)が隆盛となった。最近の青少年犯罪に対する分析の視点も心理主義一色で、善悪という価値観には触れずにいるのが現状である。

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今日の名言

ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。だが、人間にとっての根本は、人間自身である。  ラディカル=根本的。根源的。「―な原理」】

マルクス『ユダヤ人問題によせて・ヘーゲル法哲学批判序説』

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産経webの記事【やばいぞ日本】で、気になる記事があったので記して考えたい。

首都圏の小学校で昨年、こんなことがあった。

 6年生の児童が友達とけんかした。たたかれて鼻血を出したことに父親が激怒、校長室に怒鳴り込んできた。父親はテーブルの上に座り、校長の胸ぐらをつかんで「学校の責任だ。傷害罪で告訴する」と迫った。

 騒ぎを聞いて集まった担任らは「原因は双方にある」などと説明し、今後は厳重に指導すると約束した。だが、父親は聞き入れず、「お前ら全員辞めさせてやる」と廊下にまで響きわたる声で罵倒(ばとう)した。

 結局、父親に押し切られる形で警察が呼ばれ、教室で現場検証まで行われた。たかが子供のけんかにと、警察も困惑気味だった。「最近の親は、いったんキレると何をするか分からない」と、事情を知る学校関係者が肩をすくめた。

 こんな親は決して珍しくはない。今年8月、首都圏から十数人の小中学校教員に集まってもらい、教育現場で今、何が問題になっているのか、匿名を条件に語ってもらった。複数の教員が真っ先に訴えたのは、無理難題を押しつけて学校を混乱させる、一部の親の存在だった。

 「うちの子をリレーの選手に選べと、脅迫的な電話を1週間もかけ続ける」「校庭の遊具で子供がけがをしたから、遊具をすべて撤去しろと求める」

§驚いた!私の家族は、子供は外に出てしまい、当然、孫も同居していない、いわゆる核家族である。今学校ボランテアで、近所の学童の安全だけを守ってあげたいという気持から活動をしているが、先生と父兄の関係が、こんな酷いとは、認識していなかった。

ひとつには、家庭の道徳教育の欠陥・核家族の弊害だと思う。こういう社会になってしまたのは近代化が、人間教育(道徳)が隔離されてしまったからだ。

2007年11月 6日 (火)

党首会談について

今日の名言

結婚というものは、男子の魅力がどうのこうのといったことよりは、男子の思慮分別の有る無しのほうが、ずっと大事な問題なのよ。

マリヴォー『愛と偶然との戯れ』

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民主党の小沢代表の心情は、かなり大変な事だったと思う。国会はねじれ国会と言われ、重要な「テロ特措法」も法案成立も難しい。また、民主党のマニフェストであり、選挙公約の「生活関連法案」も成立しそうもない。この閉塞状態で日本の政治でいい訳はない、この状態で国会が何も法案が成立しないで終るとしたら国民から政治不信に繋がって申し開きが出来ない事になってしまう。

そこで、福田首相は、連立政権を考えて、テロ特措法を成立する代わりに民主党の生活関連法案を成立させる。とすれば国民が納得するだろうとの思惑と、今の民主党では、確かに実力不足である。

政治は、何と言っても国民の利益、国の利益を考えることが最優先である。この事を考えたら、現状打破しなければならないだろう。

政治は待ってくれない、世界は一刻も止まってくれない。そんな状況を福田首相、小沢代表は話し合ったものと思う。

密室だとのと批判しているが、当然批判はある程度の覚悟はあったものと思うが、今までの政治経歴で二人は国会議員、国民にも理解が得られるだろうとの判断したのだろう。

民主党での、小沢代表の存在価値は大きく、ここまでのリーダーとしての働きで参議院の勝利、二大政党を目指す考えを理想との信条で、政策を進めることで日本の国の発展に繫がると思っての判断は国民に理解されると思う。

2007年11月 5日 (月)

リーダー、リーダーシップとは

今日の名言

愛は男や女を臆病者にはしないわ。むしろ勇敢に、意志堅固にするものよ。

ニム・ウェールズ、キム・サン『アリランの歌』

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「昨日民主党代表の小沢代表が辞表を提出した」というBIGなニュースが流れた。

最近「リーダーとはまた、リーダーシップとは」で、考えていたが,この機会に経営コンサルタントの堀紘一氏の「リーダーシップの本質、真のリーダーシップとは何か」の本の概要を抜粋して少し勉強してみたい。

民主主義とは、全体の幸福を実現するための基本理念である。国家も企業も、つねに崩壊することなく、繁栄していかなければならない。といって、その過程としての状況判断、意思決定に成員全員が関わる必要はない。

なぜなら、状況判断、意思決定にはきわめて高い能力と技術、知識と経験が必要だからである。そこに大衆全員が参加することによって、判断・決定の誤りが生まれる危険性が高くなる。

自分の利益のためでなく組織全体のことを考え、犠牲的精神をもって組織を向かうべき方向へとリードしていく意志と能力を持ったリーダーの不在は、とくに政治の分野において甚だしく、国民を不幸にしていると言わざるを得ない。と言うのも、リーダーのいない民主主義は民衆を混乱させるだけだからである。

リーダーシップは才能に恵まれようと一見恵まれていまいと、学んで掴み取るものである。人間性という、とらえどころのない概念も同じである。人間は意識して努力することにより、十分人間性を高められる。

リーダーの果すべき役割とはなんだろうか。

  1. まず「ビジョン」を示す。その組織によって何を実現しようとしているのか、何を具現化したいのか。
  2. 「戦略」である。ビジョンに近付くため、だからこうしよう、というやり方である。
  3. ビジョンを実現するための戦略を、どういう体制で実行していくのかという「組織」。
  4. 「人事」である。組織体制の中で、誰がどういう部分を受けもつのかということである。
  5. 「カルチャー」である。

組織とは何か。組織が成り立つためには、2つの条件を満たす必要がある。第1の条件は、これを構成する人間が3人以上いることである。会社は2人でもつくれるが、1対1の関係は個が集団となる以前の形態であり、この関係を超えて初めて、組織としての共通性も生まれてくる。第2の条件は、目的を持つということである。もともと組織とは、何かをするという目的を達成するために人が集まり、体制を整えるものである。

<リーダーに必要な4つの能力>

  1. 観察=observation
  2. 状況判断=orient
  3. 意思決定=decide
  4. 繰り返し行う=loop

この4つの行為に関する能力、観察力、状況判断力、意思決定力、行動力はいずれも組織のリーダーに必須のものである。

2007年11月 4日 (日)

旅人の心

今日の名言

時の翼に乗って悲しみは飛び去る。

ラ・フォンテーヌ『寓話』(上)

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「旅人の心」                                           昨日、箱根に行き箱根大名行列を見に行ってきた。

箱根七湯発祥の地 箱根湯本温泉郷では、毎年、文化の日の11月3日に、伝統的な箱根大名行列が、盛大に開催される。

ツアー観光というと普通は、バスで行くことが多いのだが、今回は特別団体列車の6両編成で直行便で、小田原まで行き、乗り継ぎ箱根湯本まで行って、観覧して来た。

列車の中で、ちょっと気になる光景が見られたので、想像も含めて記してみたい。

殆どの方が、夫婦または、4人ぐらいのグループで来た人が多い中で、一人でツアーに参加したという、50代後半の主婦と思われる女性が一人で隣の席に座っていた。その前に、友達と二人で来る予定だったという60代の女性が、添乗員に来るはずの相方が突然これなくなったといことを説明し、一人で席についた。

暫くすると、前の女性が、後ろの席の一人出来ていた女性に、一人になってしまった理由を説明し、話し相手がいないので相席を伺った。一人出来ていた日とは、何か話していたが、どうも旦那さんが、3ヶ月前に亡くなられて、傷心旅行の意味で、気晴らしに来たような話をされていた。そして二人はそれぞれ指定の席に戻って、終点の小田原駅まで一言も会話をしなかった。

その時、旅行とは、一人々の思いがあってくるのであって、人の心に、土足で入り込んでくるのは、耐えられない事だってある筈で、とても気分のいいものでない。得てして、ツアーなどは、知らない人同士で思わぬ意志統一と言うこともあるが、心が癒えないで何とか、なえた心を癒す旅行にしたいとしたいとの思いで参加している人もいる。

いくらツアーだからだとて、見ず知らずの他人にいきなり、憔悴しきっている心を素手でなでるような配慮に欠けることはたまらないで、断ったものだと思う。ある程度雰囲気で分るものだ。そんな光景を目にしてしまった。

日常生活でも、あまり経験のない、大きなショックは誰でも起こることで、相手の気持を察する配慮は大事なことだと、今更ながら感じた一日だった。

大名行列は、好天に恵まれ、盛大だった。観光客で二重三重の人垣が出来き、歓声と拍手で盛り上がった。

2007年11月 3日 (土)

党首会談

今日の名言

恋する男にとっては、相手がどんな身なりをしていても、そんなことはどうでもいい、相手もかれのことを考えていることがわかればいいのだ。

ルソー『エミール』(下)

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NHKの報道による

福田総理大臣は、2日午後、国会内で民主党の小沢代表との2回目の党首会談に臨み、小沢代表に対し、衆議院と参議院で、多数派が違う、いわゆる、ねじれ国会のもとで、政策を実現するための新たな体制を作る必要があるとして、連立政権を組むことを打診し、小沢代表は、持ち帰って党内で協議する考えを示した。

これを受けて民主党は、2日夜、菅代表代行や鳩山幹事長らが出席して、役員会を開き、対応を協議した。この中で、出席者からは、「さきの参議院選挙で示された国民の民意は、自民党政権の否定だ」といった意見や、「民主党が自民党と組めば、いわゆる大政翼賛会につながる。国民の理解は得られず、ここで良識を示すべきだ」などと、連立政権への参加に反対する意見が相次ぎ、連立政権を拒否する方針を決めた。

これを受けて、小沢代表は電話で、福田総理大臣にこうした方針を伝え。このあと、小沢代表は、記者団に対し、「福田総理大臣から『今日の難しい状況の中で、力を合わせて政策を実現していきたい』と連立政権の要請があり、国際貢献のあり方についてもわれわれの考えに理解を示してもらった。

しかし、役員会の皆さんの意見は、政策協議に入ること自体も反対だった。福田総理大臣には、申し入れは受け入れられないと伝えた」と述べた。また、鳩山幹事長は、記者団に対し、「政権を取るために皆一丸となって頑張っている。大連立は大政翼賛会的だ。われわれは自分たちの政権を作り、その中で政策を実現していく」と述べた。

いま国会は、これまで経験のない、衆議院と参議院と多数派が違う、ねじれ国会では、どうしても政策に実現は難しい。しかし、時代の流れは止めることが出来ない。だから福田首相の考えは妥当であり、必ずしも国民の支持が得られないということでもないと思う。

会期末を目前にしながら、法案は一本も成立していない。国益や国民生活の安定のための重要政策の推進という、政治の責任がまったく果たされていない現状こそが、国民の利益に反することをしっかりと認識すべきである。

 衆院解散・総選挙で、与党が勝利し、政権を維持しても、参院で野党が過半数を占める状況は変わらない。しかも、長ければ10年近く続くと見られる。

 国際社会も日本の経済・社会も大きな転換期にあって、国内の不安定な政治情勢のために、それに対応した政策の推進ができないとなれば、日本の将来は極めて危うい。

組織の中には、必ずしも統一された意見ではないと思うし、民主的に多数決主義の精神で国の政策は決まるのだと思う。自民党の中も最近は派閥の勢力が目立ち、争いまでささやかれているよだ。郵政の問題で造反議員の排除してしまうといことが起こしてしまう。

国会議員は、小選挙区制でやはり自分の地元の利益優先を主張しないと当選できない。夫々の国会議員の選挙区を考えてみると、大連立の大政翼賛会では、個人の意見が主張できないこともある。福田首相の政治力が問われる重大な局面だ。

2007年11月 2日 (金)

厚労省の約束

今日の名言

だれしも離別は悲しいものにきまっている。それは相手が何者であろうとも、離別ということ自身のうちに悲しみがあるのである。

谷崎潤一郎『蓼喰う虫』

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やはり、そうだったのだなか厚労省の基礎年金番号の約5000万件の照合の約束は、とても無理だと思っていた。厚労省は何故出来ないものを、出来ると、前安倍総理大臣に、言わしたのだろう。出来ないものを、できるというには、確証があってのことでないことは、推測できた事だった。

【毎日新聞】基礎年金番号に未統合の年金記録約5000万件のうち、該当者の特定が難航しそうな記録が総務省の「年金記録問題検証委員会」によるサンプル調査で約4割に上った問題で、舛添要一厚生労働相は1日、「(5000万件の照合作業が)来年3月には間に合いません、という可能性はあると思う」述べた。東京都内で記者団の取材に答えた。政府は7月にまとめた記録漏れ問題への対応策で、5000万件の照合作業を来年3月までに完了させるとしているが、それに黄信号がともった形だ。

 検証委がサンプル調査したのは7840件。このうち38.5%は、コンピューターへの入力ミスや結婚に伴う氏名の変更などで、該当者を特定するのが困難とみられている。

 同相は記者団に対し、この38.5%の内訳について、氏名の未記入5.9%、氏名の変更7.7%、該当者死亡の可能性6.5%と説明。広報を行うなどして、こうした記録の照合を進める考えを示した。残る18.4%のうち10%程度は、紙台帳との突き合わせなどが必要で、時間がかかるとの認識を示した。
これで、国民に約束した期限は、破った形だ。無理だと思った。全てが甘い感じの印象である。
 昨日散歩していてこんな事を感じたので記して見た。
 「秋風」
 秋風は通り去っていく
 さらさら木の葉撒き散らし
 コスモスの花を揺らして
 秋風は通り過ぎていく
 何処行こうとしているのか
 次から次から風は消えていく
 東の空を目指して何かを探し
 急いでいるようだ
 通りを歩いている人の
 襟を立たせ秋風は去っていった
 

2007年11月 1日 (木)

品格に欠ける発言

今日の名言

恋に悩む者なら誰でも、言葉が追いつかないほどの真情を吐露するものですよ。

『セルバンテス短篇集』「愚かな物好きの話」

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大臣の品格に欠ける発言だ。法務大臣ともあろう人は、国から、テロを守る最高責任者でもある立場である。何と見識のない発言、そこいらの飲み屋で交わす冗談話ではない。公式の外人記者クラブでのこと、自分の自慢話しをしたかったのかも知れないが、自分の立場を認識していない。

鳩山邦夫法相が29日、外国人特派員協会での記者会見で「友人の友人はアルカイダで、バリ島の事件にも関与していたらしい」という旨の発言をしたことが、大きな話題となっている。  ちなみに鳩山氏が会見後に発表したコメントでは、その人間とは面識がないこと、友人の話の真偽は確かめていないこと、バリ島のテロは事前に知っていたわけではないことを述べている。

福田総理は「法相になる前の話でしょ?」などと語り、鳩山氏を擁護した。  この話題に関してブログでは「自慢のつもりで口が滑ったのでは」「この人馬鹿でしょ」「もっとマシな言い方できないのか」「法務大臣失格」など非常に厳しい批判のコメントが寄せられている。何はともあれ現在「山田洋行」問題で揺れている国会に、また新たな問題が生まれたのは間違いないようである。

   啄木鳥や 落葉をいそぐ  牧の木々   水原秋桜子

   鈴なりの 柿のある家    見て通る

   竹薮の  向こうから来る  百舌の声 

今日は十一月一日、今年も後二ヶ月、アッと言う間に過ぎ去っていく月日である。今日は体調がおかしく、横のなってしまった。

少し柿をたべすぎたのかなあ・・・

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