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2007年8月

2007年8月31日 (金)

雨に咲く花

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今日の一言

あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ! 死ぬなら二人で! ねェ、二人で!

徳冨蘆花『小説 不如帰』

何時も夜寝るときは、NHKラジオ深夜便をかけている。3時になったら、昭和36年のヒットした、井上 ひろしの『雨に咲く花』が流れてきた。この曲は何と言っても、振り返ってみると私の人生を大きく変えたと言うか、非常にインパクトのあった『歌・曲』だったことに気がついた。(36年にスローバージョンでリバイバルしてヒットした)

それまでの人生観を大きく変えさせられたという印象である。それだけに歌は人生のステージの扉を開いていくもだとつくづく感じさせられた。

今でもその当時の夜の盛り場の小さな飲み屋や「バー」・ナイトクラブ・ダンスホールなどが思い出される。

 雨に咲く花

 作詞:高橋掬太郎
 作曲:池田不二男
 歌唱:関 種子
 制作:滝野細道


 (一)
 およばぬことと 諦めました
 だけど恋しい あの人よ
 儘になるなら いま一度
 ひと目だけでも 逢いたいの
 
 (二)
 別れた人を 思えばかなし
 呼んでみたとて 遠い空
 雨に打たれて 咲いている
 花がわたしの 恋かしら

 (三)
 はかない夢に すぎないけれど
 忘れられない あの人よ
 窓に涙の セレナーデ
 ひとり泣くのよ むせぶのよ

よく通った通った5・6人しか入れないが「バー」のドアーを開けて見るとあの曲が流れ「よーちゃん」という魅惑的な女いて、3・4日行かないと「いらっしゃい・お久しぶりね」笑顔でお絞りを出してくれた。カウンターしかなく、止まり木に座りカウンターのなかにバーテンがいて、ビールなどを出してもらった。

その当時は、高度経済成長時代で、残業・臨時出勤などで会社は繁忙していて、本給料より残業代の方が多かった月もあったくらいだったこともある。

それだけに、歌はその人の運命もかえてしまうくらい「力」があるんだと思う。

2007年8月30日 (木)

秋立つや

武力によって敵を制する者は、その半ばを制するにすぎない。
ミルトン『失楽園』(上)

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青春の過ぎにしこゝろ苺喰ふ    水原秋櫻子

空蝉や命みごとに抜けゐたり    片山由美子

表札にへくそかずらの来て咲ける  飴山 實

昼寝より覚めてこの世の声を出す  鷹羽狩行

そら豆のやうな顔してゐる子かな   星野高士

おおばこの花に日暮の母の声    大嶽青児

かたばみを見てゐる耳のうつくしき  横山白虹

真木の実の  ブルーベリーの  色となり

猛暑から    逃してくれる    初秋雨

照れば雨    雨降れば照る  初秋かな 

心まで     照り付けてしまう  暑さかな

気がつけば  庭すみ奥で     秋となり

秋立つや   素湯(さゆ)香ばしき  施薬院  蕪村

久しぶりで雨が降った。身体の芯まで暑さにやられてしまったので、本当に待ち焦がれていた雨 、助かった。これで、涼しくなるぞ!

庭隅では虫が鳴きだして、秋が近づいた事を知らされた。

2007年8月29日 (水)

メールと言葉

信の世界に偽詐(ぎさ)多く、疑の世界に真理多し。
福沢諭吉『学問のすゝめ』

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優しさのにふれて子供が成長するしさの心にふれて情がそして感性が豊かになる、なんとすばらしいことだろう。優しさって何なんだろう、何となくわかっているようで、はっきりと説明できない、でも優しさの心で行動することはもっと難しいことかも知れない。優しさの心があれば人を許すことができる、人を思いやることができる。人類みんなに優しさの心があれば、人を殺めることも傷つけることも、テロも戦争も起こらないはずで、有り余る物も捨てられ無駄にすることもないだろう。

 人は生まれながらに無量の慈しみの心を具えている、情け、あわれみ、慈しみ、すなわち慈悲心で。人には生まれながらに慈悲心が具わっている、慈悲心があるから人は救われる、慈悲心があるから他を救うことができる。幸せになりたいと願う心、幸せにしてあげたいと願う心を 慈心、苦しみや悲しみが無くなって欲しいと願う心、苦を取り除いてあげたいと願う心が悲心です。うれしい時楽しい時ともに喜び、悲しい時辛い時ともに涙するやさしい心が慈悲心である。

最近小学生の子供に携帯電話を持たせている親がいる。親子の会話がメールで済ませてしまう。言葉は、声となって伝わる。声には、喜怒哀楽の言葉、声の強弱だけでなく感情があり、相手に伝わる意志伝達、、すなわち心が相手に伝わるのである。忙しいから、親子の会話は形態で済まそうなんて親御さん多くなって来た。これでは大事な、人間形成にも重大な問題が出てくる。やがては、エキセントリックな心の人間になってしまう。優しい掛け声で、人の心は、計り知れない勇気がでる。

 メールでは優しさの心は送れないのだろうか、メールを交わす双方が優しさの心を共有することができないのだろうか。それはメールそのものでなく、メールの発信者、メールの受信者、それぞれの優しさの心によるのだろう。優しさの心とは慈悲心で、慈悲心をメールで発信したいものである。

最近、電車の中で、携帯を使用している若者が多く見かける。会って話して済むことも面倒だから?メール送っているのかもしれないが、マナーの問題は別にしても、優しさの心はメールでは、伝わらない。勿論、慈悲心などは無理である。メールは人間の本来正常な素直な心をいつの間にか歪めてしまうのではないだろうか?・・・                     
     

2007年8月28日 (火)

時間は過去を忘れさせる

時間は過去を忘れさせる三途(さんず)の川の水だといわれるが、旅の空気もそういう種類の飲みものであって、そのききめは時間の流れほどには徹底的でないにしても、それだけにいっそうてっとり早い。
トーマス・マン『魔の山』

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昨日の東京新聞のコラムに、興味のある記事が載っていたので記して見た。

 評論家の故草柳大蔵さんが、「私の大学」を卒業した人の共通点を五つ挙げている。実技に優れていて人心収攬(しゅうらん)がうまく、演技を心得ていて故郷を持ち、発想や手法は既成勢力と同質化していない。家が貧しく、九歳のときに学校をやめて大阪に「小僧奉公」に出た松下電器産業の創業者、松下幸之助さんは代表的な卒業生になる。

人生に、経営に必要なことを、働く中で経験的に学んでいる。その松下さんが、住友生命保険が現役社長を対象に行ったアンケートで「理想の経営者」の一位になった。

企業のトップとしてだけでなく、小僧の時代からも数え切れないほどの逸話や伝説がある。そこから何を学び取るかは、人それぞれだろう。

夏の暑い一日、松下さんは大阪の街で、通行人が住民共同の水道から勝手に水を飲んでいるのを目撃する。でも住民は誰もとがめない。そこで感じる。「私の役は水道の水のように電気器具をつくること」だと。三十七歳のとき、創業記念式で説いた「水道哲学」をめぐる逸話である。

どういう哲学かと言えば、「反貧困の哲学」とも解釈できる。人々が必要とするものを、ただに等しいような値段でふんだんに提供する。そうすればこの世から貧しさがなくなっていく。自分たちの仕事にも正義感や希望が生まれてくる。

自著では「四百四病の病より貧ほどつらいものはなし」という「昔の言葉」があると紹介しているが、小僧時代の実感に思える。今また貧困が社会に影を落としている。水道哲学のような使命感を持った経営者に会ってみたい。

テーマがちがうが今朝目が覚めてこんなことを思い出した。

ちょっと前のことだが、相模川の川の流れを眺めていたら、水は切れることなく滔滔とながれている。しかし、違うのだ、少しづつ流れは変えて何千年前の川の位置が大きく変えている事に気づいた。 一目見ただけでは、分らないが世の中も大きく変わっているんだ。と考えに耽ったことがあった。

人間の営みも、日々刻々と変わっている。また変わらなければ生きている事の証であり、新陳代謝していることである。人間生まれた時にはみな同じ、運命は生まれた時から、定められていてと・・・・他力本願な心と自力本願の心の持ち方で、運命は変わるのであって、過ぎてしまったことを嘆いて結果を見て良い悪いを評価しても仕方がない。

人間の評価は、他人が評価することで、自分がするものではない。

2007年8月27日 (月)

今日の一言

彼女は彼を深く愛している、だから一緒ならどんな死にも堪えられる、しかし、一緒でなければ、たとえ生きていても生きていることにはならない!

ミルトン『失楽園』

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神応寺の和尚の講話から「日々是好日』と言うテーマの一部だが、今日はこんなものを見つけた。

山岡鉄舟が 「晴れて好し曇りても好し富士の山、元の姿は変らざりけり」 と言っていますが、そもそも宇宙(この世)は人間の計らいで、どうこうできるところではない。富士山を見に来たのに雲に隠れて富士山が見えないと嘆いてみてもしかたがないことです、雲の向こうに富士山はあるのですが、見えないからと自分の不運を嘆くのは人間の勝手心です。

 人は欲に心が動き、欲に迷ってしまう、 「心とは、心まどわす心なり、心に心、心ゆるすな」 とはよくいったものです、好い日、悪い日、普通の日などと、自分がそう思いこんでいるだけです。
だから、自然の全てを受け入れる心を鍛えて置かねばなるまい。また、森繁久弥が言っているように「楽しみと、悲しみは変わりばんこに来るもんだ。」何時までも同じ楽しみは続かない。また悲しみも続かないと言うことである。

そんな人間の一生である。そこでそれらをどう受け止めるかが、その人間が評価さえれると思うのである。

今日の一句

わが影の 我に収まる きりぎりす  加藤秋邨

最近キリギリスも姿が見せない。 昔かんかん照りの暑い草むらの奥で「ギーチョ・ギーチョ」と鳴いていて、近くを通るとすぐに、鳴き止んでしまって、姿が見えなくなってしまう。そんな昆虫採集を夏休みの宿題を思い出す。

そして、夕方には、クツワムシ、鈴虫、こおろぎ、うまおいなどが鳴き出すのである。

2007年8月26日 (日)

一泊旅行のこと

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テレビのコマーシャルにも良く出ている、常磐ハワイアンズに、孫達と総勢10人で行って来た。

電車で、東京駅までいき、無料のバスで現地まで(往復)いく、勿論予約であり、指定席であった。約3時間のバスのたびで、孫達も元気一杯であった。

ハワイアンズは、実際の海から離れた、山あいの広大ところで、ホテルあり、温泉がありスパ・リゾート地である、プールあり、遊具場ありの子供からお年寄りの憩いがある一年中遊べる場所である。

まあ・・・感じたことは、人の多さに驚きである。施設の何処に行っても、人・人である。

体調が今一で、疲れた。でもみんな元気で無事に行って来られて良かった。

2007年8月25日 (土)

今日の一言

人間のすべての知識のなかで,もっとも有用でありながらもっとも進んでいないものは、人間に関する知識であるように私には思われる。

ルソー『人間不平等起原論』

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神応寺和尚の「講話今を輝く」(抜粋)

悩みを深めることによって生きる力がついてくる
 若者の悩みの姿が変わってきたといわれる、かっての若者は、生まれてきたこと、死んでゆくこと、自分の生き方に悩み、その悩みを解決しょうと努力してもうまくゆかない、あるいは解決法がわからない、自分の悩みの状態についてよく説明ができないと悩んでいた。

 自分はなぜ生まれてきたのだろか、とか、そもそも人生の目的とは何か、などと考えて、悩みが深くなり、この自分はなんと困った人間だろうとノイローゼの状態になっていった。でも悩みを深めることによって、自ら解決法を見いだし、自ら生きる力をつけていった。

 でも最近の若者はすこしちがうという、自分の悩みの状態についてよく説明ができる、悩みの原因だとする人物や人間関係を指摘するからです。すなわち自分の心の内に入り込んでいくのではなく原因を他に求める、そしてその原因を除去していこうとする、こういう流れだから、本人はノイローゼ状態には陥らない。
 最近の若者にはノイローゼになるための力、「ノイローゼ力」が衰退していると、臨床心理学者の河合隼雄さんが指摘しておられます。

『今朝の目覚めに頭を過ぎったこと。』

人生の大きな目的を達成するには、小さなことの積み重ねで、些細なことが出来ないで、大きな目標は、達成できないことだ。それも一度にやろうとしてもだめ、毎日毎日一つ一つをクリヤーすることだと思う。

今日は、孫達と一泊旅行である。みんな元気に旅行が出来ればいいと願う。そして、孫達のいい思い出になればと思う。

2007年8月24日 (金)

穏やか心

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最近、青少年の引き起こす、むごたらしいさまざまな凶悪犯罪が多発している。その人の、幼き頃の育ち方と、親の子育ての延長線上に、それらの凶暴な犯罪が生じたのではないかと思えてならない
 

手を合わすことは、人がもともと持ちあわせているごく自然な姿ですから、自分自身の心の安らぎを求めたい時も、手を合わせると清々しい気持ちになるものだ。
 子供を育てるにも親はまず自らの心に手を合わせたいものである、そして我が子をしかり、我が子をほめる、手を合わせる心によって、いつもあたたかい親子の心のつながりが生まれてくるはず。でも親のエゴでの子育て、幼児虐待や躾のあまさ、偏重教育等々、子供の心が癒されないと、情緒不安定でゆがんだ人格が形成されていくと思う。


 
天地自然や先祖を尊ぶ心ある人、命の輝きを感じ取れる心豊かな人は、自然な動作として手を合わせ、自分自身の心の安らぎをとりもどせる。
 人間ばかりでなく ものみなそれぞれに、たとえば路傍の一木一草にも、そこに宿るいのちの輝きを見つけ、手をあわせ、共に生きていることの幸せを感じて喜ぶことができる人は、ほんとうに幸せな人だと思う。
 「おはよう」 「こんにちは」 「こんばんわ」という、ふだん何気なく使っている挨拶の言葉は、今日という良き日、幸せの扉を開く鍵なのだ。

忙しい世の中、どんなに急いで、走っても、飛んでも行き着くところのゴールのテープ変わらない。ならば、心穏やかに自然を見つめ、季節の移り変わりを味わい、人生を送って生きたいものだ。

そして、1日24時間起きて活動し寝て休む、それが30日・365日・80年(平均寿命)の人間生かされていく『時間を大切』に『感謝』の心を忘れないことだ。

ただ、毎日の時間を充実感を持って過ごすことの出来る人が幸せな人間なのだと思う。

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2007年8月23日 (木)

出会いと人生

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水(H2O)は酸素と水素との出会いにより生まれたこのようにすべてのものが出会いによって形あるもの「色」として存在している。どんなものでも、それ一つだけで存在しているというものはなく、他との何らかの関係において存在している。
 

人がこの世に生まれてきたのは父母の存在があり、父母が出会ったことによるからだ。私たちはまた他との関係なくして生きていけない、このように因と縁によってすべてのものは存在しているのだ。

 この世には永遠不変というものはないから、一切のものはみな同じ形を止めない、したがって実体としては仮のもの「空」で、形あるもの「色」は、また、すべて壊れてゆくものだから、したがって「色」は即ち是「空」である。
 

私たちは父母のもとに生まれてきたのだが、夢の彼方から生まれて来たようなものである、そしてまた夢の彼方に去っていく。それで左に人、右に夢、合わせて儚いという字にして、人生は儚いという、儚くも夢のような一瞬が人生で、空しいということも宇宙の真実で、これを無常という。

 人体は生滅する60兆個の細胞よりなり、その一つ一つの細胞は宇宙の原子の出会いによって形ずくられている。人体「色」はすなわち、生滅する細胞により形成されているから「空」だ。

人は物心ついてはじめてこの世界を認識するのものだが、本来は「空」であるから、人はものごとに執着しないもので、自我の心に執着してものごとを認識しょうとするから、悩み苦しみの元を自分でどんどん生み出してしまう、それで苦しみや災いを取り除くことができないのである。

 宇宙の広がりの中にあるこの地球の何処で、どのように生きていけばいいのであろうか?。青い鳥ではないが、何処まで行っても安住の地はみつけられない。現在生活をしているところで生きるのが、一番幸せでなんだよなあ・・・

人生は泣き笑いで、悩み苦しみながらも、また喜び楽しんで生きている。さまざまな人々と関わり、生きとし生けるものともどもに命を子孫につなげていく、人生とはそういうものなのだろうと思うよ。

こう考えていくと、自分はもっと謙虚な心で生きていかなければなあ・・・そして、すべてを受け入れ迷うことなく進んでいくことかな・・・ それには修行か、人生死ぬまで修行なんだなあ・・・

毎日毎日残暑が厳しい、昨夜も寝苦しかった。こんなことを考えていたら、チラチラ、夜が明けてきた。

今日の一言 

この世の人は、おとこは女にあふことをす、女は男にあふ事をす。その後(のち)なむ門ひろくもなり侍る。
『竹取物語』

その後なむ門ひろくもなり侍(はべ)るとは・・・その後は、(子供ができ)するのである

2007年8月22日 (水)

今日のキーワード

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上半期キーワード・ランキングのなかに東京ミッドタウンなってものがあるという。今回はミッドタウンを考えてみた。

何だか、東京郊外のJR中央線で40キロ都心から離れているだけで、六本木ヒルズだの、お台場だのまったく分らない。リタイヤして久しく、都心に行く機会がなくなってしまったからだけではないと思うが。

情報は、テレビや新聞である程度認識しているので大丈夫かな?、何て思っていたがその格差社会は表現できない。現に都心から40キロ離れていて、格差社会どんどん進み、一局集中化は肌で感じるところとなっている。そんな社会構成が進化?していくと、生活文化も違ってくる事になる。食・住・衣も、人間の基本文化でも違い。人種・言語まで、格差が広がってしまうような事になって来た。

例えば、学校・病院・スーパー・役所などが統合されたり、廃止され崩れていく現状で。いわゆるベットタウンだけで機能しかなくなってしまって来てしまっている。したがって、子育て終ってしまうと巣は一代限りで廃棄せざるを得ない。残ったのは会社をリタイヤした老夫婦で、生気がなくなった野鳥の廃巣の状態である。昔の家制度が懐かしく偲ばれる。

こういう現状を見ていると、政治は何をしなければならないのか気がつくはずだが?・・・

『ミッドタウン』辞書で引くと

ミッドタウン【midtown】山の手と下町の中間地域。住宅地区と商業地区の中間地域

昼間からシャッターの降りたところがあるような、商店街では人通りが少なく、活気が出るとは思えない。したがって、人間の心理で交通費を払っても今隆盛のミッドタウンに出て行くのである。したがって、一極集中化は益々進み格差は増大していくのである。

他にも、こんなものがあるという。MSNの Live Search Newsletterより転記してみたら

上半期キーワード・ランキング
時事編
男性有名人編
女性有名人編
エンターテイメント編
息抜き編

2007年8月21日 (火)

京都・神応寺の和尚の講話からそのⅠ

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平成17年2月1日講話から

 三つの坂

人間は死ぬ、どうじたばたしても、所詮いつかは絶対に死ぬ、
ところが、生きている人間は、自分が死ぬものだということは、
普段、全然忘れて暮らしている
   (リアリズム写真家 土門 拳
                

生きる意味
 経済効率を追い求めて日本は戦後60年をむかえました、経済成長の時代は人間性の喪失時期でもあったのでしょうか、バブルが崩壊して経済が低迷してくると、生きる意味を見失った人々が大勢出てきました、人々は生きる意味を考えることなく走り続けてきたのでしょう、中高年に自殺者が多いようです。人生とは、豊かさとは、善悪とは、そして命とはなにか、そんな根本的なことがらでさえも、親も子も深く考えることなく日々生活しています。

 経済効率一辺倒の社会であっても、これまでは村社会として地域の住民間で、また企業においてもそこに勤めるお互いが支え合ってきたから、悩みも苦しみも共有しあって耐えて乗り越えることができた。でも最近ではこのような人々の繋がりさえも弱くなり、消滅しつつあります。人の目が及ばなくなった社会では老人の孤独死や犯罪が多発している。犯罪に巻き込まれた人やその肉親の心の傷はなかなか癒されることはない、自然災害のみならず人災であっても人は一度受けた心の傷を癒し消滅できないのです。自律神経疾患は心の病として容易に回復しないものです、ストレスは解消されないと体調を崩すことになります。人間の生きる場は不安や危険と隣り合わせです、不安や悩みにおびえなければこの時代を生きていけないのでしょうか。

 涅槃
 人には三つの坂があるという、
幸福な上り坂、不運な下り坂、もう一つが、真逆、まさかと言う坂です。確かに何もかも順調にものごとが難なく日々平穏に過ぎてゆく時もあれば、なす事ことごとく思い通りに運ばず、さまざまな困難や不運に遭う時もある、そして思いがけず命を落とすこともある。天災や事故に遭遇しないという保証はありません、また病気によって若くして命を落とす者もあれば、天寿を全うして命尽きる者もある、いずれにしても生ある者は必ず滅ありです。

 生命体が死ぬことをお釈迦様は涅槃
(ねはん)に入ると教えられた、そしてまた涅槃とは、わがうちに燃え盛る激情の炎の消え去った状態であるとも教えられました。人間には他の生き物にない悩みとかストレスがある、それは、貧瞋癡むさぼり・いかり・おろかさのの煩悩を捨てきれないからです、四苦八苦して心に深い傷を持ちながら生きている、深刻な悩みの憂鬱から抜け出せない人も多い、この三毒の煩悩を滅除して、悩み苦しみのない状態を涅槃という。

 現前の世界を、ありのままに見ましょう、あるがままに聞きましょう、こだわらずに生きましょう、そうすることによってすこしでも安らかで穏やかな生き方ができると、2500年前に80歳を一期とされたお釈迦様は、息を引き取られる最後の説法に、
涅槃について説かれました。

『悩んで苦しんで生きるのが人生』今朝はちょっと仏教(曹洞宗)の講話を開いてみた。

2007年8月20日 (月)

ある朝の目覚め

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今日の一言

血が燃えあがれば、魂もめったやたらと口に誓わせるものなんだ。 シエクスピア

われも世に生きゆくすべはありぬべし朝顔の花しろき一輪
土岐善麿『冬凪』(昭和22年)
「われも世にいきゆくすべは」あるだろう、朝顔の花の白い一輪をみていると、「生」を実感できるということだろう。

散れば咲き 散れば咲きして 百日紅
加賀千代女(かがのちよじょ)

おのづからあひあふときもわかれても
ひとりはおなじひとりなりけり
一遍上人

何もなし  撫で回しても  古希の朝

70歳は何となく過ぎてしまった。夜の明けやらぬうちから何やかやと取りとめもない事を考えていたら、外から雀の鳴く声が聞こえて来た。

平凡で一日一日過ぎてゆく、無駄のような、そうでないような気がする。そして、人の価値は長く生き恥を晒すだけではなく、日々の充実感を味あう事にある。

幸せ感とは、考えるゆとりが出たように、世の中の移り変わりも意識できるようになって来て、やはり年をとったったの実感だ。そして結論は、未だに見出せない。

きっと、死ぬまで幸せなんて分るものではない思う。まあ・・毎日毎日一生懸命生きていく事にしよう。

そんな、くだらない事を考えていたら、すっかり夜が明けてしまった。

2007年8月19日 (日)

結婚したくても出来ないなんて!

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今日の一言

結婚の幸福は、まったく運次第ですもの。お互いに気心がわかっていても、前もって似ていても、そんなことで仕合せが増すってわけのものじゃないわ。  オースティン

結婚で幸福になるのは、二人の努力である。その努力は、我慢・辛抱・運がなければ必要だ。そして、妥協・寛容と認識である。

最近どこかの新聞で、結婚する条件を緩くすることで、うまく纏まるケースがある。どういうことかといえば、三高(高学歴・高収入・背が高い)で、あることが条件だ。と言われた時期がある。そこで目線を低くすること叶うという。

理想が高いとなかなか相手が見付からないでいつの間にか適齢期は過ぎてしまう。

近所でも、30・40歳の独身者が、ごろごろいる。その真意は分らないが、人の寿命は延びたと言っても、人間には結婚適齢期と言うものがあると思う。父親が60歳で子供は小学生と言う事では、人生設計はどうなってしまうのか分らない。

家族構成の問題、地域社会の問題・等の社会問題として取り上げなかればいけない問題となってきた。

少子高齢化・教育問題さては、医療・介護の問題で、迫り来る老人対策にも、危機意識管理ともいうべき緊急の課題となって来た。

あまり、問題にしていないが近年中には大きくクローズアップしてくるとおもうが・・・政治に問題の一因があると思うがどうであろう。一人の結婚適齢期の子供がいるが年老いた親の面倒を見なければならない。それを考えると相手がいても結婚は諦めてしまうという事例もある。また住宅事情等もあり、出来ない理由は色々あると思うが、どうも社会的構造での理由で出来ない人が多いのではなかろうか?・・・

だから、結婚したくても出来ない人の訴えを真摯に聞き入れる政治にしないといけない。職業差別もあることも解決していかねばならないことだ。

今から結婚問題で警鐘を鳴らしておきたい。

2007年8月18日 (土)

鬼の霍乱

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鬼の霍乱を辞書で引くと、

《「霍乱」は日射病のこと》ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ。となっている。正に昨日その通り、の健康状態だった。

最高気温が40.8℃(岐阜県・多治見市と埼玉県・熊谷市)と74年ぶりに更新したと、テレビやラジオ・新聞の報道である。猛暑なんて、今年から使い始めたと言うのであるが、その猛暑は10年前の2倍になっているとか、東京地方も16日間の猛暑日(35℃)があった。

環境破壊が進み、温暖化の影響と思うが、今日は個人的なことなのだが、そんな殺人的暑さの続く毎日でちょっと無理がたたって体調を崩してしまったようだ。

何時もの通りの時間に目が覚めて、パソコンで一通り新聞を眺め、アメリカのナスダック等の経済指標などを確認して、『名もない花』のブログを書こうと思ったが、考えがまとまらない。書いた内容を見直すことも出来ず、「胸」がむかむかし、めまいがして来た。しかし、体調が異常なことは認識したが、何時もの通りの資源ごみの処理・ゴミ拾い・朝食の支度はおこなった。

朝食後の片づけをして、しばらくして目まいがして、吐き気がして立っていることが出来ない。とうとう、吐き出してしまった。血圧157となり、クーラーをつけて、氷枕をあてがい横になっていた。これは医者に見てもらうしかないと思う位だったが、寝ていることで治るのではないかと思い一日寝てしまった。食事は出来ず、お茶と梅干を取った。

当然今日の予定の夕涼み大会の反省会は急遽欠席とした。

原因は、11日の夕涼み大会の準備で無理をしてしまったことから、まだ回復が出来ていなかったものと思う。

反省・・・もう若くないので無理の出来ない体なのだ・・・暑い日は汗対策で水だけでの補給ではだめで、塩分も取らねばいけないこと・・・(スポーツドリンク)

私の霍乱は、熱中症であるのかなあ・・・

一日辛かったが、今朝は大分良くなったようだ、また気温は29℃との予報である。助かった!

2007年8月17日 (金)

ボケーとするのも良い

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ぼけっとして、何もしない時間があって良いと思う。

世の中、色々な問題で渦巻いている。政治家の資質の問題・株やファンドの問題・隣近所の問題・家族の問題・挙げれば切がない。

そんな問題だらけの世の中だが、生きていかねばならない訳だから、どうせ生きていくには、前向きに生きていく事に頭を使っていった方がいい。

だから、ボケーとした時間もあっても良い。それが長く続いたらこれまた問題であるが、頭の中を空っぽにして、そこから色々画策をして行動に移すことが大切である。

最近の政治家の言動には、頭を傾げたくなる事の連続である。あまりの頭を休める機会がないからだと思うのだがどうだろう。

心を鎮めて、対極に向かう姿勢があれば、ものに動じない意志を通す信頼が生まれるのではないかと思う。

安倍内閣の、人事を見ても分る。あまりにも性急すぎて失敗?したのだろう。

こう世の中があわただしいと自分を見失って何処にいるかがわからなくなってしまう。立ち止まって方向を定める事が、大事だと思う。

しかし、「馬鹿な考え休みに似たり」でもお困るから、世の中生きることは難しい。

何だか、考えが纏まらないで記してしまった。

今日の一言 『どんな闘争でも、折衷派という奴をうみ出す。』である。

2007年8月16日 (木)

ちょっと一息

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急な山を登りつめて頂上に腰をおろす旅人は、ほっと一息いれるのが,もうかぎりもない喜びだろうが、もし永久にそうやって休息していろと無理じいされたら、彼は幸福であるだろうか?と言う「今日の一言」がある。

誰でも、苦しく、辛い事があって、ようやっとたどり着いた安住の地と思い長く住むことは、進歩がない事になる。留まることは出来ないのである。

軒先に  伸びた枝の   陰涼し

水槽の  淵まで暑い   日向水

記録的な暑さ 埼玉県の熊谷市と、岐阜県の多治見市に出た40.9℃とは、気象庁の観測が始まって以来のことである。こうなると、熱帯地方の国では民衆は、家に閉じこもって何もしないとのことだが、良く分る。 熱中症に注意なんて、テレビやラジオで放送しているが、入院したり死者が出たり、猛暑は何時まで続くのだろう。

何処へ行っても暑さは変わらず、殺人的である。で、日本の国政は、身内のごたごたも恥知らずな内幕をさらけ出し、アメリカの低所得者向けいわゆる「プライムローン」問題で、株価は500円も暴落してしまったことなど、どうでもいい?新潟県中越沖地震一ヶ月である。

今日も、茨城沖で震度4の地震があった。死んだ親父が言っていた、地震がなんどきに起きるとこうなるのだとか?何だか起きる時間を気にしていた。

何が起きても、人間落ち着くとことが大事だ。ちょっと一息して客観的に判断することだ。

2007年8月15日 (水)

生命には限りがある

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つまずいても、転んでも立ち上がる起き上がりこぼしのように、叩かれても突き飛ばされても立ち上がる精神力は尊い。

人間には、ある程度の復元力があるものだ。それは生まれ持った天性・遺伝や成長の過程の個人差がある。また生まれた時に親から、免疫抗体を受けていると言われる。精神力も人間生命力を左右すると言われる。

しかし、自然には逆らえない。一昨日、世界一長寿の福岡のおばあちゃんが、老衰のため亡くなったと報道があった。

皆川 ヨ子(みながわ よね、1893年(明治26年)1月4日 - (2007年8月13日)は、長寿世界一だった福岡県の女性。

福岡県生まれ。子供が5人、孫が6人、ひ孫12人、玄孫が2人いるという。

福岡県福智町在住。口癖は「ありがとう、サンキュー」。

2005年4月5日に(小山ウラ114歳)が亡くなり、112歳で長寿日本一になった。2007年1月4日に114歳の誕生日を迎えた。

2007年1月28日(日本時間では1月29日)、長寿世界一であったアメリカのエマ・テイルマンが114歳で死去したのに伴い、長寿世界一となった(ギネスブックによる認定証が届けられたのは同年7月2日)。2007年1月当時、長寿世界一の男性は宮崎県の田鍋智時で、男女揃って日本人が長寿世界一となった。

2007年8月13日、老衰のため死去。114歳7か月だった。

自然には、勝てない。それでいいんだ。生きていれば辛いこと・悲しいこと・寂しいことなどマイナス面が多い。だから、楽しいことばかりの人生で終る事はないと言う事だ。

日本は世界一の長寿国だ。良いのか、悪いのかなあ・・・

2007年8月14日 (火)

雑草の如く

05ainokura11 我が家の庭は、猫のひたいしかなく樹木もいいものがない。昭和40年に、畑だった土地に家を作り、結婚して住み着いて43年が経つが、敷地は60坪である。

樹木と言えば、山に行って松・柘植・つつじ・南天などを扱いて着て植えたものである。そのほか栗・樫・プラタナスなどもあったが、虫・木が大きくなりすぎて切ってしまった。

雑草だけは、出さないように気をつけて、むしっている。しかし、例えでもあるように「雑草に如く踏まれても、むしられても逞しく生きる」と言うように一年中出てくる。

種が風で運ばれてくるのか、鳥か、人の手でかは、分らないがこの所毎日むしっているが2・3日経つと草は伸び始める。と言って除草剤を撒くのは絶対したくない。

農家の方がよく言っていることだが、実をつけてしまうと大変で今年は勿論来年も草が生い茂るから、なんとか実となって種とならないうちに処分をしなくてはいけないと。

そして夏は、草との戦争だとも言っていた。

草取りと言えば、田んぼの草取りは7月・8月の暑い時期に行う。かんかん照りの暑さの中で腰を屈めて、伸びた稲の葉先が顔に当たりひりひり痛い。そういう作業をして、米は沢山取れる。

何でも楽をして思うように出来ると言うものはないと親父は言っていた。そして、「踏まれても、むしられても、生える雑草のように生きろ」と言われたことを朝早く草取りをしながら、思い出した。

2007年8月13日 (月)

お袋の立ち日

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昭和24年8月13日(1949年)58年前だった。ものすごい前のことで、12歳少年であり、多感な時期でもあった。

今年の夏の暑さのように、その時も、朝からよく晴れて暑かった。病状は何ヶ月前から段々悪くなっていったようだが、入院することもなく、家の6畳で亡くなった。48歳であった。

もうとっくにお袋の歳をクリヤーしてしまったが、その当時は「人生50年」と言っていた時代で、それほど若死とは言っていなかったと思う。

人間の死と言うものは、同級生の小林君の病死でクラスを代表して葬式に行って見ていたのでそんなに、人の死と言うものに対しての、ショックはなかったように思える。

よく考えると、お袋の死はその後の自分の人生に大きな、影響があったと思えた。何故なら、小学・中学・高校と進級していったが、多感な時期に女親のいない辛さ・情けなさをあらゆるところで感じてしまう事になった。

日常の生活もそうだが、遠足・運動会・授業参観などのイベントの時の他の同級生との比較し、ひがみ・ねたみなどなかったと言ったら嘘になることだった。

だから、現在不幸にして親を亡くした子供達に対する思いは、よく理解できると思っている。

人間の寿命は、わからないが、死と言うものはどうゆうことなのか、また死ぬ事によって、周りの人にどう影響するのかと言うことが分ったつもりである。

野生で生きる動物は、集団で生きるものが多い。誰かの親が死んだら、その子は一緒に死ねない、だから、みんなで助け合って生きる。

人間は、家族があり、親戚・近所・地域社会とやはり集団で人間社会を作っているのであるが、今問題となっているいじめ・虐待・差別などが起きてしまう。多少は仕方ないとしても、早く見つけ救ってあげることの大切さを分っているつもりである。

多感な時期の母親の愛情は、何と言っても大事で、その子の性格・人間形成に大きく影響するからである。

それにしても、58年前の今日も暑かった。確か川で泳いでいて、兄に呼びにこられて母親の死に対面したのである。そして、遠い昔の事となってしまった。

  向日葵の ゆさりともせぬ  重さかな 北原白秋

 玉棚の   奥懐かしや    親の顔  向井去来

 手と足と  分らなくなる    熱帯夜  五島高資

 遠花火   寂寥水の     ごとくなり 富安風生

 西方の   浄土は銀河   落るところ 高浜虚子

2007年8月12日 (日)

熱中症?

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昨日は、ふれ合いフェステバルの準備で、ちょっと熱中症?の感じになったようだった。

昨夜はよく睡眠を取らないといけないという意識が働いてかえって眠れず3時後目が覚めてしまった。それから目を瞑り5時までラジオを聴いていた。

朝7時半からテントの下で、ご飯、三升釜の炊飯器で炊くこと5回と、おでんのした味付けを、500百人分(コンニャク・さつま揚げ・なると・ちくわ)など、テントの下と言うものの猛暑(36℃という炎天下で昼過ぎの1時半まで行いその間水分補給や、途中休憩などを心がけたが、自分では気力でカバーしようと思いできるだけ気にしないで水分を取るようにしていれば大丈夫だと思っていた。

1時半と言うのは、作業の途中であり、他の人たちに申し訳ないと思いつつの帰宅で、その理由は「調子が悪い」だけの断りで帰宅したのである。

Tシャツは勿論、ずぼんまで汗でビッショリと濡れていた。帰って来て、シャワーを浴びて一休みしていたが、食欲がない、だるいの症状がでて疲れた感じだった。

4時半に、会場での交通整理もあるから考えてのであるが、3時過ぎまで休んで仮眠を取ったら、食欲が出て、赤飯・などを口にすることが出来た。

着替えて4時50分ごろのバスで会場に行き食事(おにぎり2個)を取り、交通整理にあたった。7時、まで30分交代で行ったが、初めての経験で左手の指先にに攣るような症状が起こり、しばらくして、食べ過ぎの症状で「吐き気」がしてきた。我慢し忘れかけてきたら今度は右手指先に左手と同じように攣るような症状が出て、「普通でなないぞ」と思い。交通整理を辞めてバスで帰宅した。(7時30分のバス)

自分では、気丈に頑張ってみたが、疲れ・水分だけの補給では駄目で、塩分(ナトリューム)の補給も必要であると後でインターネットで調べて分った。

家内の執拗までの心配で今日は、後片付作業は、町会長に断って休ませていただいた。家内は、8時に片付け手伝いに出かけた。

今回、家内にうるさいほどの、健康に対する心配と、注意は加齢に対する事と、自分でも、これ以上無理すれば、潰れるとの自覚とボランテアであり、自分で苦しい思いをしても、誰も保障はしないし、自業自得であると言うこと、脳梗塞を経験していることを認識が働いたことの結果だ。なにしろ、あんなに暑く汗をかいたのは、初めての経験だった。

2007年8月11日 (土)

何でもないこと

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毎日、毎日一つずつ重ねていくと、大きな力になって行くことが実感できた。今日で、ココログが、キリのいいところで500回である。

長くやっていれば、この記録は立てられるが、先を見たら出来ないかもしれない。何しろ、最近は、2時間以上かけて、テーマを絞り込んで、構想をねり、書き上げ(打ち込み)るのだから、と言えば凄い内容となり、人に認められるかと言うと、そうではない。

でも、500回記して10000近くのアクセスがある。プログ名「名もない花」たんぼの畦道でクリックすれば、開けるようになったことは何か自信になった。

これからも、一日一回の記入と一回の善行(毎日町内のゴミ拾い)は、続けていこうと考えているが。

これが自分の生きている証拠なのだと、思っている。他にブログと日記の様なブログを書いている。ちょっと恥ずかしいが・・・

  http://webryblog.biglobe.ne.jp/ URLである。そのなかのもう一つの「SNS」(ソーシャル ネット サービス)である。アクセスは始めて4ヶ月であり2500位となっている。

つたない文章であるが、自分も、興味があり、暇人の時間つぶしにと始めたもので、何か考えることの大切さが分るようであり、心が落ち着くのである。そして、自分だけのもので(自己満足)であり、何でもないことであるが・・・

2007年8月10日 (金)

夏休み

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学校は夏休み真っ只中、入道雲・麦藁帽子と、黒い顔・白い歯がこぼれる笑顔の少年のイメージがわくが。・・・

炎天下の甲子園では高校野球が、8日より始まった。

真っ黒に日焼けした野球児は、真っ直ぐに、野球に取り組んでいる姿は、素晴らしく、感激する。

しかし、最近外で遊ぶ子供達をあまり見かけない。

栄冠は君に輝く

作詞;加賀大介  作曲古関裕而

この曲を聴くと、何故か涙が出るのだが不思議でならない。

1.雲は湧き 光溢れて 天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ
  若人よ いざ まなじりは 歓呼にこたえ
  いさぎよし 微笑む希望 ああ栄冠は君に輝く

2.風をうち 大地を蹴りて 悔ゆるなき 白熱の 力ぞ技ぞ
  若人よ いざ 一球に 一打にかけて
  青春の 賛歌をつづれ ああ栄冠は君に輝く

3.空を切る 球の命に かようもの 美しくにおえる健康
  若人よ いざ 緑濃き しゅろの葉かざす
  感激を 目蓋にえがけ ああ栄冠は君に輝く

最近の子供達は、パソコン・ゲームを夢中でしているのかなあ・・・・そうそう、うちの孫もD.Sとか言ってしょっちゅう持ち歩いている。随分夏休みの過ごし方も違ってきたもんだなあ・・・

泳ぎ・・・川から----プール  山でターザンごっこ----遊園地  かくれんぼ・鬼ごっこなどの遊びは見かけなくなったなあ・・・。

ポップコーン  はじけ始める  白い雲

麦わらの    帽子の中に   笑顔かな

夏帽子     空に行くとき   しっかりと

風の道     探す暑さや    昼下がり

空の青     輝く白さ       雲昇る

夏空に     眩しき程に   雲が湧く

立秋や     名ばかりの   暑さかな

そして、今日も暑くなりそうである。熱中症ーーー脳膜炎 と危険の名称が違ってきたが、何れにしても、気をつけないといけない。

2007年8月 9日 (木)

山田方谷という人物

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【山田方谷からの密書】(矢吹邦彦吉備国際教授の講演から抜粋)

山田方谷とはいかなる人物であったのか。

結論から先に述べさせていただければ、「リストラの天才」であり、かのケインズにさきがけて"ケインズ革命"を成し遂げた幕末の陽明学者である。
徳川幕府が築いた封建社会のなかで、備中松山五万石を一夜にして企業立国に仕立てあげ、ひそかに士農工商の身分を否定して能力主義を採用した財政の革命家であったと同時に、一方で、「誠」を至上とする清例な求道者の生涯を貫いた煙(いぶ)し銀のごとき哲学者だった。江戸時代を通して、これほど見事なリストラクチャリング(事業の再構築)を完遂した改革者を、私は他に知らない。

方谷に比べれば、財政家としての上杉鷹山や将軍吉宗の改革など、その経済知識や発想、成果において、まさに大人と子供ほどの違いがあるのだ。越後長岡藩の破天荒な英雄・河井継之助が三十三歳のおり、はるばると備中松山藩(岡山県高梁市)を訪ね、一年ちかくも方谷の内弟子となって、土下座してまで生涯の師と仰いだのは、方谷が前人未到の藩政改革を達成して、民百姓から神のごとく敬われている陽明学者だったからである。

幕末三博士と称された塩谷宕陰(しおのやとういん)と安井息軒(そくけん)が「当代で最も優れた人物はだれか」を議論したとき、息軒は水戸の藤田東湖を推賞したが、宕陰は山田方谷を挙げ、「方谷は東湖に学問を加えた人物」と答えた。明治の偉大なジャーナリスト、三宅雪嶺が明治の架空の理想内閣を発表したことがあった。三宅は陸軍大臣の西郷隆盛、文部大臣の吉田松陰と並んで、大蔵大臣に山田方谷を擬したものだ。明治の雑誌『日本及日本人』は「山田は内務大臣の器なり。大蔵大臣または農商大臣または文部大臣と為るも可なり」と書いた。

だが、方谷の事蹟はいまや歴史の彼方に埋没してしまったようである。人々の多くは、聞きなれない方谷の名前に戸惑いを覚えるかもしれない。明治維新政府から参閣を熱望されながら、方谷がその栄光に背を向けて、残された生涯を郷学(郷土の学問)にかけたからである。勝者の歴史は山田方谷を忘れた。

2007年8月 8日 (水)

伝染病のこと

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暑くなると、蚊が発生したり、ハエが出たり、物が腐りやすい季節となった。昔(60年前)は、私が覚えているが、疫痢・赤痢などは入梅時期から夏の終わりまでよく発生して近所の子供が亡くなったものだ。

他に、身近で感じたのは肺結核だ。これは多くの方がかかり亡くなったことだった。

最近は、結核とか疫痢・赤痢などの伝染病は、衛生や、環境が良くなり殆ど聞かないが、また新たにO157とか、エイズとか次から次と新しい病源菌が出てきて、人間を苦しめている。

今、アメリカの牛肉の輸入で問題となっている。BSEなどは深刻である。どんな病気か改めて調べてみると・・・

牛海綿状脳症(BSE)
1986年に英国で初めて確認された牛の病気です。発症した牛の脳を検査すると、「神経細胞の空胞化」により、脳組織が海綿状(スポンジ状)となることからこの病名がつけられました。
感染した牛は2年~8年の非常に長い潜伏期間の後、行動異常、運動失調などの神経症状を呈し、2週間から6ヶ月で死亡するという病気だという事だ。

また、ごく最近、イギリスで口蹄疫と言う牛の病気が発生しイギリスは勿論世界中に話題が広がった。どうゆう病気なのか調べてみると・・・

口蹄疫は「ウイルス」の感染による伝染病で、ウイルスが付着した飼料の摂取や唾液、飛沫(クシャミ等)等により感染し急速に伝播します。
これに対して牛海綿状脳症は感染した牛の肉骨粉等を他の牛に給与することにより感染し、接触等による伝播は報告されていない。

足の爪が牛のような形をした4つ足動物で牛・山羊・羊・豚・などの家畜がかかり、人間には感染しない。

神経質になるのは、経済的打撃が大きく、鳥インフルエンザと同様に各国は懸命に防疫の対策を取っている。

人間でも、他の動物でも、暑い夏には病原菌が発生し伝染する季節である。衛生には気をつけないといけない。

2007年8月 7日 (火)

古希の誕生日

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小学生の頃の昔、童謡に「村の船頭さん」と言う歌があった。懐かしく思い出した。今日は70歳の誕生日である。

作詞者 武内俊子 補作 峰田明彦 作曲者 河村光陽

1 村(むら)の渡(わた)しの 船頭さんは
今年(ことし)六十の お爺(じい)さん
年はとっても お船をこぐ時は
元気いっぱい櫓(ろ)がしなる
ソレ ギッチラギッチラ  ギッチラコ

2 雨の降(ふ)る日も 岸(きし)から岸へ
ぬれて船こぐ お爺さん
今朝(けさ)もかわいい仔馬(こんま)を二匹(にひき)
(むこ)う牧場(まきば)へ 乗(の)せてった
ソレ ギッチラギッチラ  ギッチラコ

3 川はきらきら さざなみ小波(こなみ)
渡す にこにこお爺さん
みんなにこにこ ゆれゆれ渡る
どうも御苦労(ごきろう)さんと いって渡る
 ソレ ギッチラギッチラ  ギッチラコ

この歌をラジオで聞き、歌った記憶がある。実際渡し舟に乗ったり、見たりしたことがないが、子供心に60歳となると凄い年寄りなんだな・・・と思っていた。それが何と10年も前にクリアーしてしまい、今日で70歳の誕生日である。すっかり大お爺さんである。日本人の寿命は世界一と言う。これもまた驚きである。

ただ何の取り得もなく、何となく歳を重ねただけの凡人だけど、周りにいた人に助けられ生きてこられたことに感謝・感謝である。

振り返ると、何時も苦しく、辛く大変だったと思うが、そうだから幸せを感じ、感謝する心が生まれるのだと言うことが分った。ただそれだけを今気がついた。

これから先何時まで生きられるか、分らないが、生きているうちは辛くても、苦しくても、生きていられるなら幸せを感じる心を持ち続けたい。誕生日祝いなんて昔からしていないが・・・・

2007年8月 6日 (月)

草枕の心境

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このところ、何か悟ったよな生意気な考えを起こしたり、まだまだ悟りの“さ”も知らぬのに悟りということはどういうことなのか自分なりに、考えてみたが、当然分かるはずもない。それでも、考えて追求しているつもり、死んでもわかる事でないと知りながら・・・・

そこで夏目漱石の「草枕」の文を思い出して見たら、以外にも今の心境になじんでいると感じたのである。(抜粋)

山路に登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所に引越したくなる。何処へ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれ、画ができる。

人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからと言って越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりなお住みにくい所だ、どれほど寛容で束の間の命を、束の間でも住み良くせねばならぬ。

ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降りる。あらゆる芸術の士は人の世を長閑ににし、人の心を豊かにするが故に尊い。

世に住むこと20年して、住むに甲斐ある世と知った。25年にして明暗は表裏の如く日の当たる所にきっと影がさすと悟った。30の今はこう思っている。

喜び深き時憂いはいよいよ深く、楽しみ大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身がもてぬ。片付けようとすれば世が立たぬ。

金は大事だが、大事なものが殖えれば寝るも心配だろう。恋は嬉しい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろう。

閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中に重い天下がおぶさっている。うまい物を食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ・・・

今朝は8月7日で誕生日古希である。半世紀前では、(平均寿命50年である)考えられないことだった。

そうそう平成10年に亡くなった義父の言っていた言葉 、「老夫婦 喧嘩しいしい 古希を過ぎ」なんて・・・そして儀母(93歳)の曽我兄弟(曽我十郎・五郎のあだ討ちの話を覚えていてつい最近話していた)ことは確り見習うことだと思う。

70歳と年だけ重ねて、恥ずかしながら生き辱を晒しているが、40年では子育てに夢中、50年でようやっと人生の半ばを過ぎたと感じ、60年で人生とはといくらか語れるようになって、70年で人生を振り返る余裕が出来たと感じる。

そして、幸せとは、何だろう。と、未だに結論は見出せないままだ。死ぬまで出せないだろうが一生懸命考える事にしている。だから、前述の「草枕」の文章が懐かしく、頭に浮かんだのである。

生きていれば、辛くても苦しくても『今が“最高”の幸せ』だと言うことだ。そして、「有難う」の感謝の心を持つことだ。

2007年8月 5日 (日)

広島の原爆投下記念日(前日)

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今年も8/6の世界で始めての原爆投下記念日が来る。今から62年前である。その時は東京地方も良く晴れて朝から暑かった事は良く覚えている。九日後の15日に終戦である。

何故か今年は、暑さが身に応えて遠くなった昔を思い出してしまう。70歳になって8歳の孫になった年齢と同じ頃の、孫を見て連想していた。

今も原爆の後遺症で苦しんでいる人がいると聞き心が痛むのだが、閣僚の不用意な発言はどう見ても、国民の感情に逆なでするものだった。

どんなに文明は進歩しても、人間の寿命は倍にはならないし、大きく変化してしまうこともない。言いたいのは、人間なって宇宙から見たらちっぽけな存在である。また地球なんて小さな星の一つだけの存在価値がないと言うこと。

小さな星に60億人の人間が生存しているのだが、この地球で原爆を始め大量破壊兵器を製造し続け、戦争は耐えない。一体どうしたらそうゆう行動が止められないのだろうか分らない。

この地球も寿命がある。そんな共食いしている暇があったら、少しでも地球に長生きしてもらうことを考えて欲しいものだ。

人間のエゴと好き勝手のやり方と自然を破壊する行為を続けている限り、人の心は休まらない。どうして、文化進歩してもそのことが分らないのだろう。

今日は朝から暑い予報だと35℃になるという。遠い昔のことを思い出し、今の思いを記して見た。

2007年8月 4日 (土)

人間の血液

人間の体の中にある血液は一度にすべての器官を動かすほどの血液の量ではない。必ずある器官が活発に動いている時は、ある器官を休ませなければならない。食べ物を食べると、胃や腸にたくさんの血液を送り込み、胃腸を動かさなければならない。胃や腸に血液が集まるということは四肢の筋肉や脳を巡廻する血液の量が比較的少なくなるということでもある。

人間の臓器は、その器官の健康を保つために、血液の奪い合いをしている。だから血液循環の悪い臓器は病気が発生しやすいし、血液循環のよい臓器には、病気が起こりにくい。

普段過食をして、胃や腸に多くの血液を流し込んでいる人は他の臓器の活動がおろそかになり、他の臓器の病気にかかりやすくなる。

生きている証拠に体温(36.5度)の暖かさがある。生物は生きていくために、いわゆる生存競争で弱肉強食の世界である。生命を維持してゆくためには、他の動植物を食べ、血として人の固体を作ってき、子孫を残すのである。

その血液は生命の維持そのものである。だから、血液の成分の良し悪しで健康状態が判断するのである。

「暖かい心には、暖かな血が流れている」そして、骨髄で毎日作られ、消費いている血液を補充しているのである。

そして、人間社会は、人間の血液の信頼・安心で繋がっているのが真の友情であり、愛である。だから、一人一人が命の糧となる血液(血)を作りし、健康になるように努力すべきだと思う。

今日は日ごろ気になっていた。生命の源でもある血液について考えてみた。          Photo2003_91_2

2007年8月 3日 (金)

夜露の思い出

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夜露と言うと思い出す。昔庭には鶏を飼っていた。孵化して育てて、卵からひよこになりメスは卵を産み、雄はただ時を告げている。メス5羽にオス一羽ぐらいの割合で庭に放し飼いである。

その1羽のオス鳥は自分の周りにいるメス鳥を支配するため、四六時中気を使い周りの外敵に立ち向かう体制をとっていた。ちょっとでもメスに近づこうものなら威嚇だけでなく人間にも飛び掛ってきてメスを守ろうとしていた。

何しろ自然であり、野放しであるため、卵を産む巣はどこにあるか分らない。あるとき納屋の藁のうずたかく積まれた一番上に卵が10個ぐらい生まれていたりして、鶏の鳴き声で探すのである。

そんな野生化した鶏の飼い方であったが、ある日子供がメスの鶏に近づいたら、オス鳥が子供を目がけて飛び掛ってきた。「キャー」という鳴き声でオス鳥を追い払ったら、想像つかない行動になった。それは草葺屋根の天辺へ飛んでいき、自分の方が強いんだと言わんばかりに「コケコッコウー」と鳴いたのである。その時親父が言った。「鳥は夜露に羽を晒すと強くなり、野生化して高く飛び上がるんだ」と。

夜露が降りた草道を歩くと足中(藁草履の半分のもの)がびっしょりとなって草刈りをした。露があった方が鎌の切れ味がいいのであえて朝の露がある内に草刈は良くした。いわゆる朝作りである。

今日は、露のある早朝に堤防のコスモスの植え込みの中の雑草を取った。雑草の葉に溜まった夜露の粒が朝日にきらリと光っていて遠い昔を思い出した。それを終えてセキセイインコの籠を掃除した。

2007年8月 2日 (木)

北の宿から

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入梅が明けたがどうも心が晴れない。作詞家の阿久悠さんが膀胱がんで亡くなった。ちょうど自分同じ年である。長年人工透析をしていたそうだ。これまた自分の兄と同じである。作詞した曲は5000曲の登るそうだ。人口透析の辛さは相当なもの・・・

その中で都はるみの「北の宿から」はとても印象的である。この曲を聞き覚えたのは、昭和51年の忘年会で会社の同僚3人で飲み屋に行った。その時その一人がカラオケで得意になって歌った。ああ・・いい曲だなあ・・・と思った。そして一生懸命覚えた。

♪北の宿から
作詞 阿久 悠作曲 小林亜星唄 都はるみ

(1)  あなた変わりは ないですか日毎寒さが つのります着てはもらえぬ セーターを寒さこらえて 編んでます女心の 未練でしょうあなた恋しい 北の宿

(2)  吹雪まじりに 汽車の音すすり泣くよに 聞こえますお酒ならべて ただ一人涙唄など 歌います女心の 未練でしょうあなた恋しい 北の宿

(3) あなた死んでも いいですか胸がしんしん 泣いてます窓にうつして 寝化粧をしても心は 晴れません女心の 未練でしょうあなた恋しい 北の宿

しかし、若すぎたよなあ・・・でもまあ・・寿命だからしかたがないか・・・全く惜しい人を亡くしたもんだ。

「国会が乱れてくると、誰もかもが困ったものだと議員たちを責めるが、その議員たちを自分が選んだ反省を口にする人はいない」。慧眼(けいがん)である。そのまま参院選後のいまにも当てはまる。慧眼=物事の本質を鋭く見抜く力。

阿久さんは死期を悟っていたのか、産経新聞の連載に『阿久悠 書く言う』を「遺言のつもりで書いている」と漏らしていたそうだ。6月9日付の最終稿は、「ナントカ還元水」で自殺した農水相の遺書が公開されたあとに書かれているそうだ。柔らかな頭で国会のどたばたを軽妙にたしなめていた。

2007年8月 1日 (水)

いよいよ夏本番となる

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住吉公園の桜の木であぶら蝉が太陽の日差しを避けて葉に隠れてジージーと鳴いている。芝生は暑さでしおれて葉裏を返していた。長かった梅雨も明けて夏本番となった。

この所気になるニュースが続き、気の滅入る事柄が多い。

永田町の安倍政権が厳しくなったのもその一つ、果たして小澤代表率いる民主党で日本を任せられるか・・・しかし、衆議院議員では自由民主党で、参議院議員は民主党でねじれ現象が生ずる。11月のテロ特殊法の期限切れである。一体どうなるのか・・・

それにしても、赤城農水大臣の辞職のタイミングの悪さは、桝添参院議員ではないが、マイナスになるがちっともプラスにならない。一体どういうことか、官邸が常軌を逸している。

今日の株安は、本当にアメリカの住宅会社の焦げ付き(株安は10分の1になったそうだが)それが日本の株安に影響しているとか?ちょっと重油の値上がりもあり、日本の景気が心配である。日銀の金利値上げ?・・・

台風5号の動きも、勢力を増し西日本に向けて北上している。台風4号、新潟中越沖地震など日本列島かなり痛めつけられているこれも心配だ。当八王子祭りも3・4・5とあり、影響はどうだろう。孫達も来ることだし・・・

アフガニスタンの韓国人質事件も予断を許さない問題でありこれも心配だ。

相撲の朝青龍の問題も、ファンに対する冒涜であり、許せない行動で、二場所出場停止処分は妥当と思う。

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