完璧という意味は、完璧「璧(へき)」は平らで中央に穴のあいた宝玉のことで完璧は「傷のない玉」が本来のいみである。
完璧が現在使われる意味となた理由は中国の故事にある。中国の戦国時代趙の国に「和氏の璧(かしのへき)」と呼ばれる立派な「璧」があり、それを秦の国王「照王(しょうおう)」が欲しくなり、「秦15の城と交換したい」と申し出た。
『藺相如(りんしょうじょ)』が秦の国へ使いに使いに行ったが城と交換する気配がなかったため藺相如は璧を命懸けで持ち帰った完璧而帰(璧をまとうしてかえる)という故事から、完璧は大事なことを成し遂げることや、欠点が全くない様を意味するようになった。
完璧を書く際『壁(かべ)の字を用いて「壁(かべ)の字を用いて「完壁」と書かれることが多い。完璧の「ぺき」が「玉」を意味したと覚えて置けば「、」を忘れず、完璧な「完璧」の字は書ける。
「破邪顕正」という言葉がある。これは誤った見解を打ち破り正しい見解を出すと言う意味だ。人との付き合い、共同の作業ではこういった「破邪顕正」必要で正論だ。しかし、現実は、この考えでいくと自分が苦しくなる場合が多くなと実感する。
昔から「水清(きよ)ければ魚(うお)住まず」と言う諺がある「孔子家語(こうしけご)」(孔子の言行や門人との問答を録した書)にある言葉 また日本でも江戸時代の寛政の改革(松平定信が行った幕府の改革)があまりにも厳格だったためそれを嘆いてはやった狂歌「白川の清きに魚は住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき」と歌われた。これは水があまりにもきれい過ぎると、かえって人が寄ってこなくなる。
何事も、程々が大事と言う意味から、生真面目な出来のよい人間ばかりでは息が詰まってしまう。「清濁併せ呑む」つまり良いも悪いもいろいろなタイプの人も受け入れる事の出来る自分に変わってみる事が大事で、努力する事で世の中うまくいく事だ。
昨日市議会議員の選挙の当選祝いに行き感じたことだっだ。「完璧」と「破邪顕正(はじゃけんしょう)」「白川の清きに魚は住みかねて・・・」の狂歌の意味と世の中にいかに生きていくのに大事な手法なのか改めて考えさせられた。(漢字には深い意味があるのだなあ・・・)(今朝3時半に記す)
午前中、市場に買い物し、相模原のドラックストアーで買い物をして午後は、以下こんな事を書いて時間を費す。夕方から暑い雲に覆われて、7時ごろから雨となった。従って今夜の防犯パトロールは中止となる。妻はダンスに出かける。背中の痛みは、忘れるくらいに、良くなった。しかし、横になって寝たり、胡坐をかいたりした時は痛くなることがあり大事を取った方がいいと判断して無理はしないようにしている。
吉田兼好の徒然草の随想を思い出して、記してみた。
有名な一節に『徒然なるままに(退屈なので)、日ぐらし(終日)、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごと(つまらぬこと、らちもないこと)を、そこはかとなく(とりとめもなく)、書きつくれば、怪しゅうこそ、物狂う欲しけれ(妙に変な気持がする)』
「徒然草」は1330年の作品だけど何やら悠長な、世捨て人の繰り言葉を集めたように思うが実はそうではないと思う。第19段は、今の自分の心境と生活の中でど想いがある。 季節の変化ほど面白いものはない。「秋ほど素敵な季節はない」と云う人は多い、確かにそうかもしれないが、春の景色を見るときの感動はそれ以上だと私は思う。春の鳥がさえずり始め、穏やかな光が差し込み、垣根の下の雑草が生え出す。それから辺りが、霞がたなびくようになると、桜が咲きはじめる。ところが、ちょうどその頃に雨が降り続いて、桜は気ぜわしく散ってしまう。そして新緑の季節の到来。どれも、心が浮き立つことばかりである。(今年がまったくそうであった。)
花は橘と云うが、昔のことを偲ばせるのは、香り高い梅の花だ。それに清楚は山吹の花、しなやかな藤の花、どれも捨てがたい。「木々の枝葉が青々と茂る潅仏会(かんぶつえ)=(四月八日のお釈迦様誕生で甘茶の会)や葵祭りの頃こそ、逆にこの世の悲しさ、切なさを痛感する。」と言う人がいるが、私もその一人だ。
菖蒲を軒にさす端午の節句、田植えが始まる頃に水鶏(くいな)の泣くを聞く切なさが募ってくる。(以下省略)まあ・・・
この年(満で70歳)になり、一応人生経験重ねてきたが、何の取得もなく、苦労もしてこなかった自分で、世の人に恩に報いることをして来なくて、辱を晒している。
まあ・・・こんな人間だけど、お陰で何とか、仏のお情けで健康で生きていられて、第19段の一文が解かるような気がしている。有難き幸だ。合唱、
追伸 花は橘となっているが、今見る花はそんなに目立たない。万葉集に70首ぐらい詠まれているが、当時は人気があったのかなあ・・・(5・6月咲き、ミカン科)現代では新種改良したり、食べて美味しい物が沢山ある、アメリカから輸入でグレープフルーツ等もある。
「わが宿の 花橘は いたずらに 散り過ぐらむ 見る人もなく」(中臣朝臣守)