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2007年2月

2007年2月28日 (水)

風の強い日に

ガタガきている?築後43年が経っている我が家のガラス戸カタカタと風で鳴っている。朝から冷たい北風が吹き付けていた。これでは、上信越の方は雪だろう。玄関先のシュロの木の葉がぎしぎしとなっていた。

午前中台地区の休耕田にせりを摘みに出かかけた。山の枯れ木が風で揺れていた。

その山の下に休耕田が広がっていて、枯れ葉がせりの芽を寒さを保護しているので外は全然見当たらないが、そこだけは結構あった。風が強いので、袋が飛ばされてしまい、追いかけて取ったりして大変だった。1時間半取り続けて帰ってきたのが11時に風邪でも引いても!と思い早めに帰ってきた。

午後は、××証券のhPを開いたら、サーバーと思う故障が発生し、○○さんに振込みの確認を取ったが間違いなしと事で、ホッとする。

午後より故障がなおり、画面で見ることが出来た。

モデムの返送の手続きをする。NTT東日本の為井さんに送り先を確認して、梱包しセブンイレブンに依頼した。

今日の気になる話題

1)安倍首相の選挙で落選した、郵政民営化造反の江藤晃一氏の自民党公認の件

2)株価が一時700円も暴落した。(中国の上海の市場で大きく落ち込んだ影響でニューヨーク、東京と大きく響いた。

3)タフミル(インフレエンザの薬)で事故死者が多数出て、大変だ。

4)民主党の都知事候補が決まらない。

5)美空の手術の問題

等の問題を引きずりながら雪の降らない冬は過ぎ早くも暖かい3月になる。季節の変わり目に天候の具合も大きなアクセントをつけるのかな・・・。

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2007年2月27日 (火)

大きなお金を動かす

自分達のとっては、大きなお金を動かす。三井住友銀行に定期で積んであったお金を、あんしん一番(株)の0000円かけて見る事にして、約束通り本日指定の口座に振り込んだ。(妻も同行)

午前中は、パソコンで、niftyのメールが旨く行かずniftyサポートセンターに電話で問い合わせたりしたが解決出来ず。

大庭さんから、塚本議員の選挙事務所に一緒に来てくれとの事で10時~12時まで事務所にいた。高山晃さんも電気工事でいた。そして昼食は塚本事務所で頂く。(国立の兄が来てみかんを持って来てもらう)午後は、三井住友銀行八王子支店にいき振込み手続きをする。

3時に家に着き、午前中の続きを行い4時20分やっと解決し嬉しかった。一寸目が疲れたようだ。でも苦労したが勉強になった。今日はこのくらいにしよう。

今夜は、防犯パトロールだ。参加者は、矢崎さん、寅雄さん、滝沢さん、大庭さん(女)小川さん、(女)西山さん、(女)佐藤さん(女)川幡の8人だった。朧月夜で暖かかだった。

陽気も、今日は大分暖かくなり、3月上旬の陽気となった。歩いていても気持ちがいいなあ・・・

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2007年2月26日 (月)

Internet Explorer 光ファイバーに工事をする

Interet Exporer の光ファイバーに変更(電話も光電話)する。工事は、9時~10時位で終了した。それからパソコンの立ち上げで約2時間かかる。実はもっと早くできるかと思ったが意外とかかった。NTT東日本、NIFTYに問い合わせてようやっと出来た。

遅れた原因は、ログイン パスワードが、当初nifty登録と違っていて06年11月3日に変更されいた。(パソコンの初期化した時?)

何とか苦労したが立ち上げられた。午前中で終る。

午後から買い物に津久井湖駐車場の売店で地粉うどんを買い、コピオで食料品、サンドラックで、洗剤類を買って、4時に戻る。

再びパソコンを立ち上げようと操作したら、電話、パソコンも駄目、仕方が無いので、東日本や、niftyに電話で問い合わせしたが、なかなか繋がらない。ようやっと修理担当から電話があって5時半に来てもらい完了した。(原因は外の電柱の光ケーブルのっ接続時にケーブルが断線したとの事だった。)また、ルーターの電源は切ってしまうと電話は通じなくなるという事が、解かった(電話を切れないと云う事の場合はルーター電源は切っては駄目だという事)

まあ・・・今日は一日パソコンに関わっていたような気がする。でも何としても今日中に解決できたので“ホット”している。

寒さは、昨日からの寒さが残っていて一寸寒かったので家にいた時間が多くて、助かった。

しかし、最後になって、問題発生してしまった。何かといえば、今まで使っていたモデムの返却だが、自分で送ってくれとの事で、聞いていないよ!である。送金はお客さん持ちだ。それと今日から8日以内だ。(有無を言わせない言葉は、釣った鯛はもう自分の池で生かす感じだった。お客さん扱いでないのが気になった。済みません、申し訳ありませんの謝りの認識がなかった。)入会案内でしっかり説明をして欲しかった。もし8日以内に送れなかたらどうなるの?とても不適切で不親切だ。

送り先=〒436-8501

静岡県掛川市下俣800

NECアクセステクニカ製造部レンタルグループ宛

インホメーション女性の吉田さんにnifty会員情報で料金等が変わって表示されているが、光ファイバーとなってniftyで自動的に変えて頂けるのかの問い合わせした所=O.K変えるとの事だったが、返却は箱が送られてくるので、指定の送り先に送ると認識だった。(工事をしてくれた日本コムシスの高橋さんも言っていた)お客さんにより、返却の方法が違うとも言った。(返却の箱を送る人と、自分で探し梱包して送る人とあるといことだ)問い合わせしなかったらどうなっていたのか?に疑問が残った。 2~3日したらメールで連絡するとも言った(お願いして)

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2007年2月25日 (日)

Inter NetExplorer7に変換

インターネットの画面の変換をする。いわゆる、Inter Net Expiorer 7に変換した。結果的には良い面、悪い面があるが、画面が大きく見ることが出来る事で楽になった。しかし、横文字(英語)が出てきて、理解するのが時間が掛かる。

世の中どんどん進んでいる。昨日、妻は、昌子にD・S(任天堂のゲーム機)を買って貰い(2万円)弄って見たが中々理解出来ない。こういう物は慣れる事、慣れるには興味を持つ事(面白さが解かって来るまで飽きずにする)だと思う。

しかし、何と言ってもパソコンの奥の深さというか、使い道の多さには、驚かされる事だ。InterNet Explorer 7だが誰がこんなものを考えたのかなあ・・・。

ラクビー日本一を決める試合が今日、秩父宮ラクビー場で、東芝対トヨタで行われて、東芝が19対10で勝った。東芝は、現役時代に、東芝府中で色々関わって来たので、関心があり、テレビで観戦した。勝って良かった強い。

そんな事で、今日は外に出ないで、パソコン、テレビで(あまり目には良くないが)家でごろごろしていた。

また、今日は××証券のホームページより、マネーのホルダーにファンドの残高照会をI/Pした。(一寸時間が掛かったが出来た)これで、お金を振り込めば、リアルに動きがつかむ事が出来る。 

天気の方は、昨日の余寒が今日まで続き、(天気予報では明日の午後まで)この冬一番の寒さになってしまう。

朝から11時までは、鉢物に水遣り、掃除を丁寧に行った。たまにはちゃんとしないと気持ちが悪いからな・・・。

しかし、70歳の記憶力と7歳の記憶力は同じと、誰かが言った。全くその通りで、ゲーム機は孫に教えて貰いたいくらいだ。情けない。

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2007年2月24日 (土)

“孫が可愛いが、程々にしないと”

約2時間かけて、孫の幼稚園の歌や踊りの発表会が江戸川区民ホールで行われた。

インフルエンザで1週間も小学校を休んでいた二年生の亜美(当人の姉)いたが、何とか大丈夫だったようだ。こちらも、老夫婦で、一人前となってしまったが能力だが、一生懸命の思いでいって来た。朝の9時42分の京王片倉駅発の電車に乗り、北の駅で準特急になり、明大前、笹塚と乗り換え、直通の都営新宿線で船堀駅で都バスで、江戸川高校前で下車し徒歩5分の所に江戸川区民ホールはある。

真宏(年中組み)の歌と踊りは、ヤッパリ自分の孫となると不安と期待があって行かなければと思うが、それも足腰が悪くなって、どうでも良くなってしまったら仕方が無いが(今だって一寸辛くなって来た)

年一回のことだからなんとか行く気が起きたが、何れにしても往復4時間はキツくなった。

帰路は、4時20分に駐車場に着くも15分掛かっ出て、船堀は4時50分の急行に乗って、乗り換えの(調布、北野)順調に帰れた。

帰って来て、30分で食事し、町会の定例理事会に出席し家に帰ってきたのが丁度、10時となる。

天気は上々なれど、寒冷前線が南下してこの冬一番の寒さの感じた。それもそのはずで、北風が強く、木々を大きく揺らしていていた。そして疲れが出たからだ。まあ、こな事もあるわい・・・・

   孫を抱き  その重たさに  春を知る

   孫踊る   春の舞台に   目を見張る

   寒暖の   繰り返しなん  春さむし 

   老いて知る  春ぬくもりの   絆かな

   春の波    暑さ寒さの   繰り返し   

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2007年2月23日 (金)

桜の開花予想が出た

今年も、桜の開花予想が民間会社の「ウエザーニュース」21日に出された。桜開花、東京は4~5日早めの予想だ。

この春の桜(ソメイヨシノ)の開花予想の発表によると。暖冬の影響を受けて全国的にいつもの年より4~5日程度早めの予想となっている。「これからの気温次第では、記録的な早めに咲きになるのかも知れない」という。

予想によると、最も早いのは長崎市の立山公園と熊本市熊本城の3月18日。主な都市では、東京都心の靖国神社が3月19日、大阪市大阪城公園が3月22日、名古屋市鶴舞公園3月23日、福岡市の西公園が3月20日。

桜は、前年度の夏に花芽が育ち、その後「休眠」に入る。冬になって、一定の寒さを受けて、花芽が目覚める。同社は、この「休眠打破」には一日の平均気温が3~9度が最適と分析、暖冬だったこの冬も全国的に「休眠打破」は進んだとみている。

ただし鹿児島や宮崎県などの冷え込みが少なく休眠打破が遅れ、開花も遅れると予測「場所によっては、桜前線が北上ではなく、南下する地域があるかも知れない。

気象庁の最新の一ヶ月予報(3月16日)では、東日本や西日本は気温が高めの予想となっている。開花予想の「本家」である気象庁の発表は3月7日。

未だ初雪が観測されていない東京都心では、桜の開花が最も早かった02年3月16日の記録を更新する可能性が出てくるかも知れない。

紀貫之は、古今和歌集の仮名序において、平安時代の初期の和歌集の名手として、僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主の六人をあげている、いわゆる六歌仙である。この中に、第2番目に挙げられている在原業平の一代記風に編まれた歌物語「伊勢物語」の八十二段がそのことを示している。

「渚の院」と題されたその段の記すところによるとその日、業平は惟喬親王のお供して、親王の水無瀬の別邸から、川向こうの交野の渚の院に至り、今や盛りと咲き匂う見事な桜の木の下で・・・

「世の中に 耐えて桜の なかりせば  春の心は  のどけからしも」

(この世の中に、桜という物がなかったら春になっても、咲くのを待ちどおしがったり、散るのを惜しんだりする事もなく、のんびりした気持ちで、いられるだろう)。という名句詠んだ。

今年も、もうこんな季節となって来た。毎年時の過ぎるのが、早く感じられて仕方がない。年のせいかなあ・・・

今日は、天気予報どうり朝から、雨が降って寒く、電気ストーブにあたりながら一日パソコンにかじりついていた。外は、小鳥の鳴き声が春を待ちきれないのか、盛んに「ピイチク・ピイチク」鳴いていたのが印象的だった。

 「のどかなる 御代の春知る  色なれや  雲居の桜  うつろいもせぬ」(続千戴・賀)   

桜も咲いて散るのも早いが、人の一生も早いもので夢の如しだ。でも、桜は変わらず毎年季節になると、何時もの桜色で咲いてくれるのだ。有り難いこと、幸せだ。(雲居=宮中の中) 

午後3時15分、雨が上がったので、歩きで三ツ星まで行き、バナナを買ってくる。

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2007年2月22日 (木)

病気になって健康の有り難さを知る

病気には楽な事は無い、そして、痛くて辛い、病気になりたくてなったものではないが出来ればなりたくないと思うのは、誰もがそうだ。病気になり医者に掛かって初めて、健康の有り難さを実感するのである。

まあ・・・年を取ると悪いところが出て来るのは仕方がない。病気の一つや二つは当たり前だ。病気と旨く付き合って行くことが大事だ、だから病気を怖がってもいけないし、無頓着して手遅れになってもいけない。

今日は、資源ごみをだし、ごみ拾いをしながら、本家のアパートのチェックと本家の掃除をして10時に家に戻り、医療センターに、妻を送って行き、11時45分まで車で待っていて食事を車の中で取り、1時45分に再び医療伝ターに行き、2時まで待って、アゼリアに行き義母を見舞いに行き家に帰ってきたのが4時40分だった。

今日は、病院,施設にいた時間が長かったが、予定通りで来て満足だった。(明日は雨の天気予報であるため、)

NTT東日本、とniftyから、光ファイバーに変更するための資料が郵送されてきた。

日銀の利上げで大きな波紋が広がる。昨年10~12月期の経済成長率は、物価変動分を除く実質ベースで年率4.8㌫を記録した。内外の注目を浴びるなか、日本銀行は金融政策で更に一歩踏み出し、短期金利を0・5㌫に引き上げた。

昨年の3月の量的緩和策を打ち切り、7月にはゼロ金利政策を解除して、利上げに踏み切り0.25㌫としている。金融引き締めは、今回で第3弾となる。

今日の株式ダウは日銀の短期金利の0.5㌫引き上げに反応して6年9ヶ月ぶり18,000円台を付けて18、100円だった。一方大手都市銀行は、早くも反応して利上げに転じた銀行も出てきた。

しかし、北海道夕張市などの負債を抱え、630億という金額の利息を払うには、利息の上乗せはどれくらいきついものか計り知れない。一般国民の住宅ローンの利息の値上げも家計に大きくのしかかって来る。しかし、コツコツ貯めて貯金をして生活をしている年金生活者には、いくらか朗報かと思える。

まあ・・・国際的な見地から見たら、円安でユーロ圏では批判の的となってきた事とで、藤井総裁もかなりジレンマの様子であって、9人中一人の反対者(副総裁)だったので、ほっとしているところだろう。日銀の日本経済の舵取りは、極めて難しい事と、責任は、大変重いものがある。

今度は、一寸違う観点から高齢者の多くの方が肺炎が、亡くなる原因の一つに挙げられる。その肺炎が、歯を磨く事で肺炎で死因が半減したとの事だとNHKのためしてガッテンでテレビで放送していた。どう言う事かと云えば、口の中には、肺炎になるとされている肺炎球菌等の細菌が存在していて、気道にいる。

気管が食堂から胃へと、肺にいく調整をする弁がある。その弁が素早く反応してくれのは若い人ほど良い訳で、年よりはどうしてもゆっくりとなってしまい、肺炎を引き起こす菌を胃の方に落とす事にすればいい事だが、肺に落としてしまい、菌が増殖して炎症を起こして、肺炎となってしまう。

しかし、歯ぎくを丁寧に磨き刺激を与えると調整弁の反応が維持できる。従って肺炎も減少したという事だ。まだまだ寒さ、乾燥の日が続く日もあろうかと思うので、肺炎対策には万全を喫したいものだ。

     

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2007年2月21日 (水)

サッポロビールのこと

今朝の毎日新聞の余禄の記事に創業120年の歴史がある札幌ビールの買収問題を取り上げて書かれていたので気になった記事なので、記して残しておこうと思った。

北海道で野生のホップを見つけ、この地が栽培の適地だと建言したのは、明治初期に開拓使に使われた米国人技師アンチセンだ。国の役所である開拓使がビール製造事業に乗り出す背景には、彼らのお雇い外国人の勧めがあった。アンセンチンは、後に大蔵省紙幣用インキ製造に尽力する。開拓使が苦心の末に完成したビールの発売にあたり、そのラベルに赤い五陵星(ごりょうせい)を鮮やかに描き出したのは、アンセンチンが、製造指導に当たった紙幣用インキだった。札幌ビールの誕生である。

今も札幌の時計台などに残る赤い五稜星は北辰(ほくしん)(北極星)で開拓使の船旗に正式に決められたシンボルだった。開拓使ビールの五稜星は、民営化後も受け継がれ、今日のサッポロビールの金色の星印にいたっている。(サッポロビール120年史)米人の手助けで産声をあげた、その老舗ビールが、時代変わって米国投資ファンドから、買収提案を受け、にわかにビール業界再編のうごきが浮上した。

買収に対抗して、サッポロを支援する白馬の騎士候補には、アサヒビール初めキリン、サントリーの大手各社が取り立たされている。

ファンドに対して、経済産業省の次官は、はなから株を高値で、買い戻させるのが目的の「グリーンメラー」と疑われても仕方がないとの、異例のコメントを加えている。ドル紙幣を示すグリーン、恐喝を意味するブラックナールとの合成語といえばこの言葉の感じは、解かっていただけよう。

その由来ゆえか、人によってビールのラベルも紙幣作りとも、日本に教えた明治のお雇い米人は、天国からこの騒ぎを天国からどう見ていよう。(以上毎日新聞余禄より)

こんな話は、1年前にライブドアーの堀江隆文元社長が、フジテレビだの、大きな資金力で買収する話で一寸は聞き覚えのあるが、何十億とか、何百億とかの話では想定外の話で全く解からない。

どうも、こちらも、風を引きそうで、鼻がむずむずして、一寸寒気がする。(今日は暖かく14.5度位だったが。

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2007年2月20日 (火)

庭先に柑橘類がたわわになる

午前中NTT片倉交換局敷地内の樹木を伐採すると、ニコーの星崎さんが朝、7時半に着て挨拶された。また、NTTの方からの要望で、地域の方とのミーティングの場面の写真を撮りたいので協力して欲しいと要望があり、全員で6名が輪になっている所を撮った。終って奈良さん家でお茶を頂き昼になる。

午後は、お招きがあった国立の、兄宅に午後1時に車で出て2時に着き、4時に帰宅に着く、5時に家に着いた。国立市北(国立駅から、歩いて15分西にJR北側の住宅地の一角に兄の住居がある。おおよそ、200坪位の敷地に自宅とアパートの建物がる。)庭が(60坪位)あり、そこには夏みかん、でぼこん原種、グレープフルーツ、等があり枝が支えるのがやっと、と言うほど一杯黄色い実をつけているとの事だった。

その状況を電話であったので、今日午後から、行ってみた。

木の高さが5mぐらいでどの木にも一杯黄色い実をつけて、見事に、枝が折れんばかりの数で付けていた。樹齢20年~30年ぐらいとの事だが50㌢位の苗木から此処まで肥料もきっちっとなり丹精してしての結果と思う。中々ここまでにするのは大変だった事だろう。結構味の方も良く、食べられる。お土産に、夏みかんその他沢山頂いて来る。我が家で漬けた沢庵と、昨日時間をかけて、摘んだ自然の芹を持っていく、喜んで貰って良かった。また近いうちに来るからと言ってきたが、行けるといいがなあ・・・

今日は、小雨の降り肌寒い一日だった。

防犯パトロールに参加する。参加者は、後藤さん、佐藤さん、進藤さん、矢崎さん、山口さん、の6人だった。(天気は霧雨)

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2007年2月19日 (月)

そろそろ潮干狩りの季節となる

早くも、今年も潮干狩りの季節になる。東京湾での潮干狩りは、そろそろ始まる頃となって来た。が、昔は干潟の広さが今の何十倍もあった、取れる種類も量は想像もつかないだろう。埋め立てが進んで限られた所だけにしか出来なくなってしまった。それに、人工的に養殖して、入場料を取ってお客さん用に早朝ばら撒いて、営業している。

今日(19日)の朝日新聞の天声人語の欄に次のような内容で書かれていた。

海面は、月に近づいた部分と、その逆側が同時に盛り上がる。これが満潮だ。「熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出な」万葉集・額田王)。太古から潮は毎日ほぼ2回ずつ、満ちては引いてきた。

日本地図の海岸線は、満潮時水際を示す。それに囲まれたところが国土と言うわけだ。国土地理院によると、昨年10月1日時点の国土面積は1950年当時に比べて2.6%広い。

奄美諸島や沖縄が国土に復帰した後の増加は、沿岸部で進んだ埋め立てや干拓の産物だ。18日の東京マラソンも終盤5キロほどは昔の海の上を走った。

最近の国土増加は、海上空港の建設に伴うものだ。海岸線が膨らみ続けた結果、日本の干潟は、戦後半減した。かっての有明海に次ぐ規模だっ田東京湾の干潟は9割が消えた。湾の最奥、千葉県船橋市沖などに広がる三番瀬は、首都圏に残る貴重な干潟、浅海域だ。埋め立て計画を01年に撤回した千葉県は、干潟保全と再生に向けた最初の事業計画を近く公表する。

東京湾の浅瀬にある藻場は、すしだねで名高い江戸前の魚介類を育てて来た。微生物が多い干潟は、生活排水の汚れを浄化する力を持ち、ハマシギやススカモなどの水鳥の楽園だ。万葉集のも、千葉の干潟を詠んだとされる「夏麻(なっそ)引く海上潟(うなかみがた)の沖つ州に鳥はすだけど君は音もせず」(作者不詳)の恋歌が残る。

満潮になる姿を消す干潟は国土の面積には、算入されない。

わずかでも、地面が増えたと聞けば何だか嬉しくなるのだが、その陰で失われたものの、大きさのも思いを巡らせたい。(以上天声人語2/19)

午前中、車拭きし小鳥の籠の掃除し、会館チェック、灯油1缶補充する。1,250円だった。午後妻の買い物で、八王子何時もの場所の富士屋前に車で迎えに行きながら、城山湖で昼食を取る。帰りに、台の田んぼ跡で芹摘みを2時半~4時まで行い、帰って来て妻が1時間かけてこしらえた。明日国立に土産として持参する予定にする。多分喜んでくれるだろうと思う。

一寸風が冷たかったが芹摘み時は、場所的に風が当たらず暖かく、過ごしやすかった。

   珍しや     届けしために   田せり摘む

   土産にと    春を届ける   芹をつむ  

   希少なり    春の香りの   野草摘む        

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2007年2月18日 (日)

「介護放棄」「悲劇の背後にある家族の崩壊」

家族の崩壊は、年寄りがいる家庭を脅かしている。今朝の読売新聞の社説に、現実の厳しさの例をとって紹介している。今、日本では核家族が進み年寄り夫婦の暮らしが、多くなた。子供達は、結婚し子育てで手一杯でとても親の面倒など出来ない。

確かに、自分達の生活で余裕の無いの分る。しかし、親との同居すれば経済的にも余裕が出来るが。社会風土、個人主義、精神的安堵感の欲求、安価教育、等の風潮の変革?で、極端な見方だが、「親の面倒は見たくない、まして要介護となれば早くどうにかなって欲しい」と言うのが実感だと思う。

親は親で、「子供に財産を残したくない。どうせ面倒など見てくれる訳が無い」という。いずれにしても、そう言う考えでいるのだから、家族の崩壊は子供が結婚したら始まりだ。

やがて、以下読売新聞の社説の通りとなる。

「介護放棄」「悲劇の背後にある家族の崩壊」=介護放棄のよる家庭での悲惨な事件が相次ぐ。その原因や背景を究明し、未然防止策を考え無ければならない。

広島市の寝たきりの60歳男性が、衰弱し、妻と、息子二人が、先月、殺人容疑で逮捕された。大阪市でも、寝たきりの61歳の女性が死亡、夫と長男、長女の三人が保護責任遺棄致死の疑いで書類送検された。難病で療養中だった60さいの夫を餓死させたとして、妻が逮捕される事件も起きた。

いずれも、「老老介護」で、追い詰められた末と言った例とは事情が異なる。生活はそれほど困窮していた訳でもない。調べに対し、当事者等は、「介護が面倒だった」などの共述をしている。まさに家族の崩壊が生んだ事件だ。

広島の男性は、病気の治療や、十分な食事も与えれれず、発見時、体重32キロまでやせ細っていた。そのまま放置すれば死に至るかも知れないと思いつつ、介護をない。「未必の故意」による。異例の殺人容疑もそうした事情のためだろう。

三つの事件とも、家族が、公的サービスを利用しなかった。

広島の男性は脳出血の後遺症から、要介護3に認定されていた。だが、福祉施設のデイサービスを打ち切った。施設への入所も可能だったが、市には相談しなかったと言う。

大阪の二つの事件では、介護認定されるのは、確実だったのに申請すらしなかった。家庭が地域から孤立して、密室じょうたいにあり、行政との接点も欠いていた事が一因、と見られている。

いずれも、極端には違いない。だが、介護放棄死につながる“芽”は全国的に広がっている。2003年度厚生労働省が行った家庭内の高齢者虐待の全国調査によると虐待された1990人の半数以上が介護放棄の経験し、1割以上が生命に関わる状態だった。

昨年4月施行の改正介護保険法で虐待防止や、早期発見を市町村の義務とした。同時施行の高齢者虐待防止法では、虐待発見者に通報を義務付け、市町村に家庭への立ち入り調査件を与えた。

児童虐待と同様、それを発見するのは簡単ではない。事件の予兆を早く察知するための体性づくりが肝要だ。

埼玉県和光市は、65歳以上の市民全員に健康状態などの質問票を郵送し回答の無い家庭は、民生委員が訪問ちょうさしている。神奈川県横須賀市は、高齢者虐待防止センターを設けて専門の健康師を配置し相談を受け付けている。

行政が民生委員や町内会、警察などとネットワークを作り、問題家庭に手を差し伸べていなくてはなるまい。

今年寄りの、将来不安と思われる3Kがある。いわゆる「お金・健康・家族」政治家よ“考えてよ”・・・

しかし、これでは抜本的な解決策の方策は打ち出していない。ただ問題提起したに過ぎない。誰氏も通ら無ければならない道なのだ。将来の不安を、皆で考えて政策的に見つけだす事が必要である。

具体的には、老人医療つき集合住宅や、地域のヘルスサポートの充実、独居老人宅の見回り隊の充実、地域医療、生活用品の簡易購入、 地域の越え掛け運動の徹底等があると思う。

今日は午前中昨夜からの雨が残った。初めての東京マラソンは、雨の中のレースだった。31,400人がずぶ濡れとなって、走った。午前中に、久しぶりに、キンピラをこしらえてみた。午後はパソコン弄りをして過ごす。午後から雨が上がって太陽が出てきた。

そして、3時15分三ツ星まで歩いて買い物をしてくる。

     春の雨   軟らかくなる   木の芽かな

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2007年2月17日 (土)

三菱東京UFJ銀行が金融庁から一部業務停止命令される

読売新聞、2/13編集手帳が、こんな下りで書かれていたので、記して見た。

林芙美子の小説「風琴と魚の町」に行商から、帰った両親と主人公が夕暮れの屋台で、うどんを食べる場面がある。

「私達三人は露天のバンコに腰を掛けて・・・・」バンコはポルトガル語でベンチを指す。西日本には、涼み台をそう呼ぶ地域があったから、幼い頃に九州各地を転々とした作者にも、なじみの言葉だったんだろう。銀行の「バンク」もバンコに由来すると言う。

遠い昔、広場のベンチから発祥した銀行業は、やがて繁盛して門構えの立派な建物に移る。人目を避けたのをいい事に、時折、後ろ暗い仕事に走る者が現われるのも、今始まった事ではない。三菱東京UFJ銀行が、金融庁から一部業務停止命令の行政処分を受けた。業務上横領事件の舞台となった大阪市の財団法人で、暴力団との関係も指摘されている「飛鳥会」に行員を常駐させろなど、30年以上にわたって不適切な取引を続け、不正に手を貸したという。歴代の経営者陣も、知りつつ黙認してきたと言うから、たちが悪い。

行商に疲れた父親をねぎらい心だろう。主人公の少女は、自分の油揚げを父親の丼に入れた。父親は、それを嬉しそうに食べた・・・。

銀行は、いつの世もささやかな、喜びを糧に、つましく暮らす人々の信頼で支えられてきたはずである。お天道様の下、誰に見られても構わないバンコの原点に、返らねばならない。

昨日、あんしん一番(株)の社長の藤内さんを信頼して、500万円をファンドに使うとしている。500万円とは、貯めるには爪に火をともす思いで貯めたもの、今の自分では到底考えられない金額である。唯、信頼だけで賭けるのである。そんな事で記してみた。

午前中、ごみ拾いをしながら、本家のアパートに行き、道路の掃き掃除と除草して、本家に行き家の周りの草取りをし、道路の石を掃いて来た。午後は、塚本議員の決起大会に参加する。1時~3時半終了する。往復歩き、但し行きは浩義君に、途中から送ってもらう。会費5,000円だった。参加者は400名位だった。

浩義君と会って、同じ兄弟でも性格が随分違うな・・・と感じた。アスファルトの割れ目に逞しくたんぽぽの花が咲いていた。

       タンポポは  石の割れ目で   花咲けり

       踏まれても  タンポポ咲いて  上を向く  

今日は少し飲んでしまい、風呂に入らず床に就く。   

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2007年2月16日 (金)

格差問題について

最近政治家の間で特に野党の政治家間では、政争の具として捉えられている。景気は、いざなぎ景気を抜いて、断然長く維持されているようだとの政府は、認識しているが、一般市民は中々実感する事が出来ない。

だから、共産党ではないが、大企業はアメリカの消費力に支えられていて、大きな利益を上げている。が、一般労働者のサラリーマンは、昇給が思うように上がらず、いわゆるワーキングプアーという。働いても給料は、生活保護者の手当てより低いと言う人、が多い。

また、法人税の減税、定率減税の廃止で(益益格差は広がる)その認識は、油と水だ(野党と与党の主張は)政府の考え、(前小泉首相は自由競争で、誰でも、頑張れば収入は増える事はいいじゃないか、との思いがあっての政策だ。)前小泉首相からの踏襲だ。

格差の問題は、捉え方によって、解釈が違うが、いずれにしても、歪んだ社会現象だと思う。

どうしても理解できない、長野県の行政の問題、前長野県知事の田中さんは、脱ダム宣言で知事になって、ダム工事を中止してしまったが、現知事の村井さんは、ダム作りを発表全く裏返しだ。

世の中の夫々の人は、夫々の考えの人がいて、格差の問題、ダム作りの問題など全く正反対の結果となるのは、どうしてだろうと思う。

シロか、黒か市民はフィテイフィテイ(半々)ではないだろう。一部の政治家の判断であり、そんな事で「政治は結果責任」と言うのか、でも、結果が出てからでは遅いと思うが・・・。

どうも、納得のいかない事が多い。正反対の事ってあっていいのかな・・・?

今日は、野猿峠脳神経外科病院に行き、薬を貰う。帰って来て[10時15分)、洗車、ごみ拾い、会館チェック、塚本議員事務所にリーフレット(鈴木さんに書いてもらった)を持参する。午後は、あんしん一番(株)に行き、ファンドを契約書作成提出する。500万円だ。帰りによろずや(八百屋)に行き、銀杏を買って帰る(3時半)となる。

       梅咲いて  次の花見は   桜かな

       春めきて  待ち行く女(人)も   楚々となる

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2007年2月15日 (木)

片倉城関連の歴史上の人物

鎌倉時代寿永4年(1185)~の平家滅亡~明徳3年(1393)の南北朝の合一までを鎌倉時代という。

社会の大変動による激動期になると貴族に代わって武士が大頭し一般民衆の意識も高まるにつれ無常観に基づく、末法思想が流行、浄土信仰が、一段と高まっていった。古代からの土地制度が崩壊し、武士、豪族の進出によって、国家的仏教は、無力化し、民衆は目まぐるしい変動に生き抜く基準や、法則、倫理が必要になって来た。

新しい価値観、新しい人生観、新しい世界観を求める時代的背景が渦巻き、古い観念や倫理、体系を捨てた新しい思想が求められる真っ只中で、鎌倉幕府は開かれ、仏教が新しい時代を迎えるのである。

先ず片倉城は、鎌倉時代の有名な人物で大江広元に関係する子孫が城主となっていたとの事で大江広元について調べた。

歴史上の超有名な大江と言えば、歴史の教科書に出てくる大江は、この人をおいていない。大江匡房と大江広元。広元(1148-1225)は、匡房の子、恇光の子で教科書には、おじいさんと孫で一緒に出ているわけで、父の死後母が広元を連れて明法博士、中原氏に再婚したたため、その養子となって一時期に中原姓を継ぐのであるが、再び大江姓に戻っている。大江の文章道、中原の明法道をマスターした広元は、京で冷静で明哲な実務容寮として頭角を表したが、寿永3年に源頼朝に招かれて鎌倉へ下り幕府の要職に着く事になる。

平氏討伐に際しては、京都方との交渉、御家人の論功行賞、関東武士の所領の裁定などの実務家としての才能をいかんなく発揮した。頼朝と義経の兄弟喧嘩(と言うにはかなり深刻)の時に義経から、腰越状を預かったり、義経亡命後は、天下の安定を図るには、地方を収めねばなら無かった。(腰越状=(大辞林)では、文治元年(1185年)平家討伐後、源義経が、兄頼朝の命に反したという理由で鎌倉に入る事を許されず、無実を訴えて越越から、大江広元あてに、頼朝へとりなし依頼して出したと言う書状)

そのための手法として、「守護地頭」の策を頼朝に勧め、採用されている。ところが、地頭の苛斂誅求=[かれんちゅうきゅう《「誅」は責める意》情け容赦もなく税金など取り立てること]。年貢の横領が頻発して、その対策にも頭を痛め、合わせて京都の朝廷の不満を収めるのにも奔走している。奥州藤原氏の征伐も広元の提案と言われ、後には梶原景時滅亡にも手を貸したりして、かなり陰謀上手だったと言った評価もある

頼朝の死後は、あんまり、頼りにならないので北条氏と組んで比企能員(武蔵国比企郡の豪族で、実朝の乳母比企禅尼の養子となる)と、頼家を廃して実朝を立てる。実朝を指導し、武芸を推奨して幕府の権力維持に(北条独裁体制)にも尽力し和田合戦(横山党=八王子)が滅ぶ原因となった1213年5月2日に鎌倉幕府有力御家人、三浦氏の一族和田氏(三浦半島)が横山党と結び、執権北条義時を打倒するために起こした反乱)を乗り切ったが、実朝は広元の中止進言にもかかわらず、鶴岡八幡宮に赴いて、大銀杏の陰にひそんで待っていた公暁(くぎょう)=(頼家の子・八幡宮の別当になる)に斬殺された。(後逃れて頼った三浦義村の部下に殺される)

後羽上皇が荘園の地頭問題で幕府に迫った時は、箱根、足柄に篭って迎え撃つという大勢にあった。幕議をリードして、先制攻撃を主張し、北条義時とともに自ら出撃し承久の乱[承久3年(1221年)後鳥羽上皇幕府勝利の基を作ったとされ、その戦後処理も鮮やかであった。義経没するとその子泰時に執権職を継がせるなど78歳で亡くなるまで鎌倉幕府の大江広元ありと言わしめる大活躍をした。

昨夜の雷を伴う雨もすっかり今朝は止んで、雲ひとつ無い晴天となった。但し、北風が強く、冷たい。

昨夜、紀子から、美空の件で電話があった。内容はどうも、下腹部がおかしいと言う事で医者に見てもらったが、脱腸であり、そのまま放置しても、自然治癒は5%であり、手術した方が良いだろうとの診察であった。2/27入院28日手術する予約をしたとの事である。旨くいけば、3/2に退院出来るのではという事である。

生活費と入院見舞い金(100,000円)と妻の検査(2/21医療センター心臓検査)35,000円ぐらい掛かるという。美波の入学祝い(50,000円)で計200,000円を引き落とす。+昌子宅に2/24に行くため20,000円も含む。

朝から、パソコンで大江広元の事を書き写しで午前中やりっぱなしだった。午後より歩きで、会館チェックし、塚本議員の事務所に寄る後三ツ星に行き、野菜を買って、また事務所に寄って来る(風が冷たかった)。篠崎さん、石田さん、染谷さんと話家に4時半になった。

確定申告の税金の還付金が計算通り振り込まれていた。(通知も来た)

  雨降って  冬の殻取る    春一番

  春雨に   化粧直して    白き富士    

  東風吹いて 梅花に露の   光揺れ 

  東風吹くや 山一ぱいの    雲の影(漱石)  

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2007年2月14日 (水)

瞽女(ごぜ)のこと

瞽女(ごぜ)小林ハルの事に、以前ラジオで聞いた事があり、調べてみた。

辞書には、《盲御前(めくらごぜ)の略》鼓を打ったり、三味線を弾いたりなどして、歌をうたい門付(かどづ)けをする盲目の女芸人。民謡、俗謡のほか説経系の語り物を弾き語りする。と書かれていた。[門付け(人家の門前に立って、音曲を奏するなどの芸をして、金品を貰い受ける事、また貰う人)]

彼女は明治33年(19001年)に生まれたハルさんは、生後間もなく白内障のかかり、両目を失った。ハルさんに厳しく裁縫を仕込む母、外聞が悪いと幼いハルさんを奥の間に閉じ込める祖父・・・

「おかなくてあんまりきつい母親だから本当のおっかさんだろうかと思った。」

そして母になった真実の母の思い・・・

「おらの生み親は、目の見えない子供を持ってどんなに苦しみしをしたかと、ようやく解かった。自分は母に愛されていたんだ。」

そして、引き取った幼い子供をわずか2年で失った哀しみ・・・彼女は言う。

「おらは本当に涙がこぼれるような事があっても、涙隠してきた。泣いてしまったら、唄にならねえから・・・」

すべての技巧を捨てて唄い続けるハルさん、その唄は、時を越えて人々の心を捉え続ける。

生きてる限り、全部修行だと思ってきましたが、今後生まれてくるときは、たとえ虫になってもいい、目だけは、明るい目を貰いたいもんだ・・・」。

戦後まだ日本各地に残っていた旅芝居や、大道芸。その中でひときは異彩を放つなが、三味線音楽を疲労しながら村々を巡っていた「瞽女」たちだ。

その多くは、目の不自由な女性たちであり、彼女達は、3~4人で、一組となり、山や谷を越えて村人に民謡や、流行歌、そして他所の土地の情報を運んでいった。

ハルさんを、不憫に思った父親は、人目を盗んでハルさんを抱いたりしてくれたが、彼女が2歳のとき病でこの世を去った。

母は、口癖のようにハルさんにこう言った。

「ハル、おらが死んだら、お前は一人生きていかんならねえ。辛い事があっても、辛いと言うな。腹が減っても、ひもじいと泣いちゃならねえ。」

そんな5歳のとき、村にやって来た瞽女の親方に祖父は、ハルを弟子にするように依頼。20年の年季奉公が決定したのだ。そして7歳の時から、三味線の稽古が始まりハルさんの血のにじむような修行の日々が始まった。

三味線を弾くハルさんの細い指を親方が押さえ込み、道を辿らせる。ハルさんの手はいつも血にまみれた。

そして「寒声」と呼ばれる真冬の稽古は、毎日早朝や夜、川の土手に薄着姿で立ち、唄い声をつぶす。

そんな修行に明け暮れるハルさんが、初めて親方に連れられて旅に出たのが9歳の時、小さな体に自分の分と親方の分の荷物を背負って旅立つ娘を見ながら、母親が何時までも身をよじって泣いていたことをハルさんが、知ったのは後半のこと。

瞽女としての旅はラクではない。足の豆が痛かろうが、辛かろうが、ひたすら山を、谷を歩いて行く。新入りは、ご飯にもろくにありつけず、やっと見つけた宿にも泊めて貰えない事が幾度もあった。

1年の300日を旅から旅へ、ハルさんの10代は瞬く間に過ぎていった。少女から娘へと、女性へと成長したハルさん19歳の時事件は起きた。若く芸達者になったハルさんに嫉妬した姉弟弟子が、些細の事で逆上。ハルさんを、突き飛ばし、そして体中を力任せに突いたのだ。!!

治療をした医師はハルさんに、「子供を産めない体になった」事を伝えた。悲しみも喜びも、女性ととしても、情念も、旅の空に棄てていくしかなかった。・・・

26歳になり、年季奉公が明けたハルさんは、晴れて独立。そんな時、思いがけない話が舞い込んだ。

母親と死別した2歳の女の子を養子に貰って欲しいと言う話だ。ハルさんは、喜んでその子を引き取った。

「母ちゃん」・・・そう呼ばれる時の何とも言えない甘い思い・・・初めて味あう母としての幸せ。その時ハルさんの記憶が蘇った。これが、実の母かと思うほど厳しかった母、しかし、自分の死後、全盲の娘が一人で生きて行けるようにと、心を鬼にした母の本当の気持ちが、理解した瞬間だった。「自分は、母に愛されていたんだ・・・」

ハルさんが、養母となって2年後、風邪をこじらせた養女は、4歳の幼い命を閉じた。「本当に涙がこぼれるような事があっても、涙隠して来た。泣いてしまったら、唄になんねいから・・・。」30代40代のハルさんは、人に求められるままに、唄い、どんな者でも拒まず、弟子を引き取った。

目が見えない者が、生きるには、人に与えつくせと言う祖父と母の教えを信じるハルさんは、苦労を自分で買ってしまうのだ。「良い人と歩けば祭り、悪い人と一緒は、修行。難儀な時やるのが仕事」

終戦後、高度経済成長の時代を迎えた日本には、農村の隅々まで車が普及。昭和48年のある朝、ハルさんは、近所の神社にお参りをし、一曲奉納。そして、こう言って手を合わせた。「瞽女は、今日でさよなら」

そんなハルさんが向かった先は、老人ホームだった。人に迷惑をかけず、居住まいを何時も正し、ひっそり生きるハルさん。

しかし、最後はの門付けをしているハルさんの様子をテレビで放映した時のこと、研究者達は、未だに瞽女文化が死んでいない事と、ハルさんが、克明に昔の喋りを記憶している事に驚いた。そして、昭和53年ハルさんは、瞽女文化継承者として国の重要無形文化財、いわゆる「人間国宝」に選ばれた。

「生きてみなけりゃわかねえ、ほんに思いがけないことばかり・・・」これをきっかけにハルさんは、再び三味線を取る事になる。求められれば、精力的に唄いに行き、人々に喜ばれる。

そんな昭和57年、ハルさんは、周囲の勧めで、家を出て以来戻る事もなかった、自分の実家に里帰りし、母の墓前に始めて立った。「おらの中に、母は二人いる。」

「死んだ本当の母と、おらの中の生きている母と・・・」全盲の闇の中から放たれる光、ハルさんの人生は決して一人のものでなく、亡き父母や、祖父と一緒に巡ってきた旅だったのかも知れない。そして、平成17年(2005年)4月25日105歳で亡くなった。

天気の方は、予報通り、久しぶりの雨となる。ぱさぱさだった砂利道の道路が一息ついたようだ。何か春一番という事でもあるとの事だ。そうして春は一歩一歩近づいて来るのだ。そして、春雷かな?

        枯れ草に   付いた雫も  春めきて 

        春めきて   ものの果てなる  空の色 (蛇芴)

        春の雨    生なるものが   蘇える  

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2007年2月13日 (火)

低金利に思う

昔、会社勤め時代の事だが、ある先輩が(確か青木組長)が貯金が×××万円あり、この利息で生活費を賄っている。だから、この10年間会社から貰う給料、ボーナスは、全て貯金をしている。こんな事が出来るとは考えは、思いもしなかった。

一昨日、あんしん一番(株)藤内さんがきて話していった。××証券のファンド極めて興味が湧き、八王子市横山町の会社に出かけてもう一度確認をして見たく、藤内さんと、アポイントをとりご午後2時に会って、再確認をする。そして投資する方向で考える。

申し込みの書類を貰い16日に、提出する事にした。

××証券とは=(ネットでのPRでは)成熟経済への移行と急速に進展する少子高齢化で、これまでのように働く事だけは尊厳ある老後の生活を確保する事が、難かしい時代になった。年金が制度疲労で目減りする中、これまでのように預金だけでは「生きるリスク」に十分対応する事が出来ず、資産運用の抜本的見直しが迫られている。

××証券はこうした社会のニーズに応え独立系ファイナンシャル・アドバイザーを通じ、お客の最適な投資プロセスを、提供するために設立された専門証券会社と言うわけだ。

契約したら、①自由契約だから、いつでも止められる事、②インターネットで、随時状況が解かるという事を確認した。(○○取締役社長)

今日は、午前中は、ごみ拾いを済ませ、会館チェクして、パソコンいじりで午前中終る、午後より、そごうに行き(駐車場)歩いて横山町のあんしん一番(株)に行き説明を聞く、戻ってそごうで買い物し、相模原のドラックストアーに行き、そして帰りの途中(グリーンヒル寺田)のバス停より歩き三ツ星で買い物して家路につく。何だかとても遠く感じた。風が冷たかったせいかも知れないと思った。

北朝鮮の核開発の問題で、6カ国協議が合意するようだ。との二ユースが流れたが、日本は拉致問題が解決無くては援助はしないし、解決と認めないと安倍総理は言っていたが、他の国との調整が難しいのではないのかな?・・・・

夜は防犯パトロール参加者は、矢崎さん、佐藤さん、自分の3人だった。

     日一日と   日永くなり   春一番

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2007年2月12日 (月)

作家藤沢周平のこと

読売新聞の2/11の朝刊コラム編集手帳に、作家藤沢周平の事が書かれていた。作家藤沢周平さんが亡くなって10年になる。評価は高まるばかりだ。藤沢さんの業界紙時代の仲間にも作家を目指していた人がいた。埼玉県所沢市の竹田亮一郎さん(73)もその一人である。

藤沢さんに2年遅れて同じ業界紙に入り、別の業界紙に移ってからも交流が続いた。30代40代は日曜も正月も家にこもり、文学雑誌の新人賞に応募する作品を書き続けた。子供を連れて行楽地に行く事もほとんど無かった。

何作かは、2次予選を通った作品もある。しかし、最終候補までは届かなかった。すでに有名になった藤沢さんも、「最終候補との差は、ほとんどないですから、もう一ふんばりしてください」などとはがきで激励した。50歳で最後の挑戦をする。

勤めも辞めて、一作を書き上げたが、これも2次予選の通過までだった。家族のことも考え、小説も諦めた。酒が少々過ぎた事と、藤沢さんのような粘りが不足していた事が反省点だと振り返る。

その後は、60代前半までは、雑誌の編集長として働いた。7年前には、所沢市制50周年記念として、地元の童謡の会が、市民から募集した童謡の歌詞の応募し最優秀作に選ばれた。曲がつけられ歌い継がれている。

今は、病気リハビリ中だが、竹田さんの半生も、藤沢さんと変わらない一途な歩みである。(以上読売編集手帳から)

ここらで、藤沢周平の作品で『風の果て』の本を買って読んでみるか・・・「たそがれ清兵衛」は映画になって人気があった所だ。

この所雨が降らない、前の道路がほこりでたまらない。少し降って欲しいものだ。雨は雪に変わるかもしれないが、降れば陽気は一気に春本番に駆け上るのだが。

今朝は、寒のもどり?で、ちょっと冷え込んで4.5度(部屋の中)だった。

東芝の工具課の小塚さんから電話があった。福田さんの奥さんが亡くなったとの、訃報の連絡だった。答えは、失礼しますとの返事をした。(旧姓畑中さんだが、奥さんとは余り面識が無かった)

雑感6カ国協議のことで、北朝鮮は、核開発を中止する代わりに、エネルギーを供給しろと言ってきた。その規模は、到底5カ国の納得するものではないと言う訳で、大変難しい共同声明となり、議長国中国の苦慮が解かる。

しかし、一体北朝鮮という国はどういう国だかわからない、麻生外務大臣でさえ解からないと言っていたから・・・な。だから、金正日は、駆け引きだけに気を使い、一般国民を考えない、酷い政治をしている。これでは、国の体をなしていない。見せ掛けの軍事だけでは、第2次大戦の日本のようなものだ。早く国際的に認められる国になって北東アジアの平和にしてもらいたい。

テレビでのドキメン報道などの映像では、半世紀前(終戦直後)の日本のような光景が映し出されている。本当に酷い状態で、拉致された人たちはどうしているのか心配するばかりだ。

午後より、散歩を兼ねて例のところに芹摘みに行く、レジ袋半分を取ってくる。

       西日射す  谷戸田の奥に   春菜摘む

       小さくも   春の匂いの     芹を摘む

       枯れ野原  春を探しに     一人来る

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2007年2月11日 (日)

noblesse oblige(ノーブレス・オブリージュ)

《ノーブレス・オブリージュ》=身分の高い者は、それなりに応じて果さなければならぬ社会的責任と義務があると言う欧米社会における基本的道徳観。(東京で、団塊世代の方たちが集まって何が出来るか皆で話し合っている事がテレビで紹介されていた。)

今朝目が覚めると、昨夜NHKの番組で団塊世代の人たちの定年後はどうするのか、討論会的方式で、各分野で活躍された方、また、現役の方、コメンテターの方での活発な意見が出ていた。労働人口が減っていく状況にあり、世の中の経済的な問題を始め、あらゆる問題で、バランスが崩れて大きな社会変革が現われてくるだろう。

政治で、また国民的問題として、早急に対策を立て実施しなければ、取り返しのつかない問題となると思う。

また、地球環境の問題も大変な事になっている。いま本当に東京で雪が降っていない、これは47年前の記録を塗り替えると喜んではいられない。深刻な問題となるからだ。

アメリカの元副大統領のゴアさんが、世界を飛び回って訴えている。『不都合な真実』という映画をもって紹介している。それによると具体的な例を挙げているので記してみた。

”カテゴリー4および5のハリケーンの発生は、過去30年間でほぼ倍増している。

”マラリヤが、コロンビアのアンデス[海抜7,000フイート(約2,100㍍)]の高知まで広まった。

”グリーンランドの氷河の流出量は、過去10年間で2倍以上に増加した。

”少なくても、279種の動植物がすでに、地球温暖化の影響で両極方向え移動している。

”地球温暖化でによる死者数は、わずか25年で倍増し11年間で30万人に達している。

”グリーンランドと南極大陸の棚氷の消失により全世界の海抜が20フイート(約6㍍)以上上昇して各地の沿岸は壊滅的被害を受ける。

”熱波がその頻度と激しさを増す。

”干ばつや、山火事が増加する。

”2050年まで、に夏の北極海から、氷が消える。

”2050年までに、全世界で100万種以上の動植物が絶滅する。

[と、言った事を建国記念日朝の寝床(4時)で考えてみた。]

      初登園   親に引かれる  ちいさな手

      春めくや  歩幅の違う    親子連れ

      新入生   黄色帽子に    白い靴

      田んぼ道  春を探しに    足が向く

      春近し    山菜探し     せどの山

午前中は、ごみ拾いを済ませ、家でごろごろしていて(体調が今一つだった)午後より散歩途中ただ沼の谷戸田に行き、芹を摘んでくる。

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2007年2月10日 (土)

日興コーデアル証券の事

日興コーディアル(英語で誠心誠意の意)のことが今日の朝日新聞のコラム(天声人語)に書かれていた。不正経理が発覚し、内容は経理担当だけでなく、組織ぐるみと見られている。不正に関わった役員の責任は極めて重い。日興が今後提出する決算報告書などを東京証券取引所が審査し、日興の株式上場廃止にするかどうかを判断する。1918年(大正7年)に産声をあげ、来年創業90年となる大手証券会社は重大な岐路にたたされた。

昭和30年代の初めの頃の流行語に「マネービル」「ボデービル」があった。ボデービルからヒントを得て宣伝文句のした、日興の社史にある。「体をたくましくる」の連想から、証券貯蓄による財産づくりの代名詞のようになり全国に広まった。

「一、二、三、四マネービル」/思い立ったら今すぐに/始めましょうお父さん/ニコニコニッコウマネービル」。この「マネービルの歌」を作詞したのは、日興證券の企画部だったという。世間に強く訴えかける言葉があったらしい。

もう一つ業界でよく知られた日興発の一句がある。「銀行よさようなら、証券よ今日は」。これも30年代の作で、証券ブームを象徴する言葉となった。

当時銀行に向けた言葉が、今は日興自身に向けられているのかもしれない。体質をコーディアルに鍛えなおさないと、さよならの日が来無いとも限らない。(以上朝日コラム)   山一證券のように、巨象が倒れてしまわないように祈るばかりだ。しかし、最近の企業では盛んにコンプライアンス(法令遵守)が叫ばれているが、日興コーディアル証券は、どうだったのか。企業と存続させる事は、コンプライアンスが基本中の基本である。そして、社会貢献である。

   空き家に   庭の千草が  伸びる春

   空き家が   春というのに  寂しけり

   主亡き    小鳥ないて   偲ぶ春

   空き家も   陽はさんさんと 春となり

   時めぐる   昨年春の    梅は咲く

この句は、誰もいない本家のチェックに行って草取りをはじめ、掃除に週に一回行く事にしている。そこでの想いを句にしたものだが、句というものは、素直さが大切で、感動する心を表現する事だと、俳人の今井千鶴子さんが言っていた。最近そのことがとっても大事な事と思うようになった。

午前中、家にいてパソコンいじりをして過ごす、午後は歩き三ツ星買い物して来る。3時半藤内さん(安心1ばん(株))が来て、自動車の任意保険の契約をする。掛け金(40,500円)は、自動払い込み(3/26引落)となる。ファンドの紹介あり大分興味を抱かせた。(3時20分~4時20分)

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2007年2月 9日 (金)

熱海市が財政破綻するとか?

 熱海市が、財政破綻?の恐れがあるとか、日本中何処の都市でも健全経営というところは少ないだろうと思うが、夕張市のようにどうにもならないと言う都市は無いと思っていたが、まさか熱海市が、日本でも昔から有数の温泉地、観光地と思っていたが、確かに客足が伸びず、大きなホテルの取り壊しが、7・8年前から見られるようになった。

集客力も・4割減って来ているし、益々、少子高齢化が進む将来に希望が持てないと、嘆く役所幹部の意見も解かるが、温泉では、昔から、東洋の観光地であり、立派な資産(天然温泉)はあるのだから、初心に戻って、いいところを掘り起こして将来を見据えた宣伝し、熱海ならではの出来きるサービスをすれば,また賑やかさは取り戻せると思う。

最近伊豆の観光地も全般的に観光客が減っていて、東伊豆町の稲取温泉も最盛期比べて4割も、客足が減っているという。東伊豆町の温泉協会では、何とか客足を取り戻そうと昨年10月に、協会事務局長を公募したところ、1,300人の応募があり、東京のNPO法人まちづくりに携わる渡辺法子さん(46)選ばれた。

年収700万円、家付きで働いてもらう。稲取温泉の再生は出来るのか大いに期待される。子供二人のシングルマザーとか。

最近ホテルの大型化で、どうもサービスが昔と違って来た様に見られるのは、自分だけではないと思うのだが?小さくても良い、心の隅々まで行き渡るサービスが欲しい。それが叶うなら1か月1度ぐらいは出かけて見たい。温泉だけなら、今あちこちに温泉は出来ているし結構楽しめる。その程度のサービスでは、物足りない。

だから、熱海市でも、今流行の日帰り温泉のようなサービスでは、近くて安い所を選んでしまう。この辺を検討して、集客力を増やすようにしたらいいと思う。

   亜麻色の  髪の少女は   春近し

   保育園   通う親子に    春の風

     水ぬるみ  小鳥もスター   撮影会

      春風や   女の髪の     通り去り 

   わらべ歌  歌うように    春は来る

今朝のNHK深夜便で、今井千鶴子さん(俳人)心の時代に出演していて聴いた。そして俳句をつくときの心は、素直さが、大事との事(見て感じたまま)。  

午前中、ゴミ拾いをしながら、本家アパート、本家にチェックに行く本日は、アパートの掃き掃除と、付近のごみ拾いをし、本家の芝刈りをする11時まで掛かる。

今夜は、町会の常任理事会で、町会長の選人の件で、話し合いをする。出席者高橋、中川、奈良、河合、浪花、竹内、向井、尾川(好)、尾川(洋)、尾川(重)、鈴木、遠山、矢崎、小松(頼)、今治、川幡、

で、次期会長は大庭さんにお願いし、その次は、高橋さんにお願いすると言う事で、明日、大庭さんに、高橋さん、中川さん、奈良さんが行くことになった。

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2007年2月 8日 (木)

交番の巡査部長の想い

 一昨日、交番の巡査部長が線路に入っている女性を救出しようとして、電車に跳ねられ瀕死の重傷を負った。このニュースを聞いて、「一輪咲いても花は花」の言葉があるが、自分の職責を果すべく、目立つ存在でない交番勤めの警察官の勇気のある行動に賞賛の声が盛り上がっていて、地元の小学生が花束もって回復を早く願っている風景があったと報道されていた。 「こういうおまわりさんもいたなか」

今国会では、柳沢発言で与野党の攻防が違った視点で争っていて、本来の法制定の議論に集中出来ていない。

国会議員でも、一人の善人いても、悪人多ければ、何も纏まらない。しかし、一人の力を多数の意見にし最も良い法律を作る事に専念することが大事である。国会議員の初心の国のために粉骨砕身の努力を 忘れてはならない。自分の名誉欲、金銭欲だけに、頭を使っていては、有権者を裏切り、国会を冒涜するだけだ。また、選挙区の利益誘導だけで、あってもいけない。

地味な政治活動でも、国民全体に利益に結びつく、実績を挙げて職責をまっとうに果してもらいたい。 

    幼子の   髪乱れるや     春の風

   千両の    実こぼれたるや  青たたみ

   湯殿川    土手に芽を出す  よもぎかな

   やぶこうじ  実は小鳥に     採られけり

   春近し    水の流れも     ささやけり

午後から、床屋さんに行く、帰りに八王子北口で、クキ茶(缶に詰め放題500円)を買って帰る。(また、高木さんに、乾しうどんを貰う。)歩いていて、春の風を感じさせるほど暖かかった。

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2007年2月 7日 (水)

世の中良い事悪いことは代わりばんこだ

世の中、良い事と、悪いことは代わりばんこに来るものだ。身体も、気分も良い調子で一日過ぎたかと思っていると、ある日は絶不調の一日という事もある。これでバランスが取れているのだと思う。

森重久弥さんが言っていたのを思い出し、調子がいいからと言って有頂天になったり、調子が悪いからといって落ち込む事が無いようにしないといけない。

最近の話題で、柳沢厚労省大臣の発言があって、大きな社会問題となったが、また最近、野党から批判を浴びる問題発言(若い夫婦は子供は二人出産云々)があり、与党の中からも、頭を痛める発言である。安倍首相も本音では困った事だと思っている事だろうが、これも、自民党は自由な発言があって良い、それを最後にまとめて行くことが出来れれと言っていた。

しかし、どうも柳沢厚労省大臣は、大失敗したと反省をしているのだから、もう少し気をつけて発言して欲しいと思うのは、政府与党だけではない。一旦沈静化して「やれやれ」としたところで、また、痛い思いをする事になってしまう。まあ・・・与党の一部の人は揚げ足取りだと言う方もいるのだが、大臣ともなれば発言は慎重にしないとね。(良い日もあれば、悪い日もあるか。)

今日は、朝から、妻のサービスだ。ビデオデッキの故障で、村内まで運び(自分は歩いて村内まで行く)見て貰ったが、修理費が、一万円以上掛かるとの事で新しいデッキを13、800円で購入して、自分で接続したが、マニアルが理解出来なく(自分でもビックリするほど理解する気力が失せて悲しいほどだ)村内電気のサービスマン出張依頼して接続して貰った。

まあ・・・何とか使えるようになって、ホットしている。ただ、元の配線間違いと、BS放送の録画操作が出来て良かった。これで、妻のBS(21,22チャンネル)放送の歌番組が出来て趣味も充実感を増すことだと思う。これは、サービス料1,500円は高くないと。(塞翁が馬か’)そして、パソコンのインク3種類を買い、車のガスチャージをした。

元々、電気に詳しくない自分だったが、気力が無くなってしまったのは、本当に困った事だだと実感した一日だった。今日は、一寸寒かった。

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2007年2月 6日 (火)

千葉県松戸市の少年の死

2/1松戸市のマンションで中学2年の男子の飛び降り自殺があった。成績も良く、模範的な少年であったようだ。今問題となっているいじめられて、逃げ場の無く、誰にも相談できなくて死を選んでしまった例と、ちょっと違うようだ。

クラスの一人に、8人でいじめ肩を骨折させて、先生に諭されて、いじめられた男の子の家に、謝りに、他の仲間と一緒に行ったとのことだ。最後まで顔を上げなかった。

どうも、その男の子は、いじめに加担しなければ、仲間外れにされてしまい、また、以前にいじめられていた事が解かっている。しかし、かなり躊躇したのだが一緒になっていじめて、怪我をさせてしまった。翌日朝布団に丸くなって、起きず、母親に学校に電話で休みの連絡をさせている。その直後学校の制服のまま飛び降り自殺を図った。近くにいじめられていた生徒に謝りを書いたノートがあった。と言う事だ。

今朝の産経新聞の産経抄に書かれていた内容は、明治の作家で、夏目漱石にも推奨されていた(門下生?)中勘助の幼少時代の日記調の『銀の匙』を引用して、書かれていた。

家の外に一歩でも出るときは、必ず母親代わりの伯母さんの背中にかじりつく、だから、五歳ぐらいまでは、殆ど地面に降りた事のなかった。「銀の匙」夏目漱石の門下だった中勘助が、幼少時代の思い出を綴った作品だ。

虚弱で、引き込み思案、学校では、「泣き虫」と、はやし立てられる。そんな主人公も、何時しか、勉強も相撲も頭角を現し、がき大将として君臨するようになた。といっても仲間はずれされている。級友を助けたり、弱い者いじめを止めさせたりもしている。

話の解かるリーダーとなったのも、いじめられた体験があったからこそ。最も、今の中学生から見れば、御伽噺にすぎないのかも知れない。当節はいじめられたくなかったら、いじめに加わるしかない。そんな切羽つまった状況のおいこまれる事も少なくないのだから。

少年の苦悩の深さはを推し量ることが出来ない、ただ、事件を伝える新聞の別のページにあった本の広告は、何かを暗示しているようだ。

今を幸せに生き抜くためには、「鈍感力」が必要だという、同級生の痛みを自分の痛みとする繊細な感受性の持ち主にとってこれほど縁遠い能力もあるまい。

縁日の夜店で聞いた鈴虫の鳴き声、好きだった女の子のしぐさ、落としたばかりの栗の味・・・「銀の匙」には、懐かしい情景が、走馬灯のように描かれている。死を目の前にして少年の脳裏に去来した情景は、何だたんだろう。    と書かれていた。

それにしても、暖冬も尋常でないぞ・・・だって、4月の中旬の陽気だそうだ(16・8度では)エルニーニョの現象でもないらしい、北極圏での発生する寒気団の風の波が南下する破調の乱れ?き弱?なのかも知れないと言う人もいる。しかし、この付けは必ず受けなければならない。覚悟しろよ’’’・・・

午前中は、家の掃除をして終る(掃除機をかけ、鉢物に水遣り、車の拭き掃除)。4時、裕美と千鶴子さんがおいとまごいで、来て、帰りは5時半だた。11日に茨城県の水戸市に引越しをし、19日には籍を入れるとか、相手は福岡県博多市の山下さん(理容師で同い年の26歳)式は6/2に横浜で行う。

今夜は、防犯パットロールだ。参加者は、矢崎さん、佐藤さん、荷見さん、寅雄さん、自分の5人だった。

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2007年2月 5日 (月)

愛知県知事と、北九州市長選挙

2月4日(日)に愛知県知事選と、北九州市長選が行われ、愛知県知事は自由民主党と公明党の推薦の現職の神田氏が僅差で当選、北九州市長選では、新人の民主党の推す北橋氏が当選した。1勝1敗だ。この選挙の持つ意味は、4月の統一地方選、7月の参議員選の占いとされて入るもので、国会議員、出馬予定の当事者は云うに及ばず政府与党は勿論、マスコミ関係の注目の的になった。

ここで、注目すべきは愛知県知事選でも、北九州市長選でも投票率が上がっている事だ(11%、18%)だった。何を意味するかと言えば、やはり、宮崎県知事選でも見られるように無党派の喚起である。

柳沢厚生労働省大臣の「女性は子供を産む機械だ」発言の影響もあろうかと思うが、あまりにも、不祥事が続き過ぎこれでは、ほっとけないとの事で、重い腰を上げざるを得ないとの認識の現われだ。

2/2の日経新聞のコラムに、首相官邸コンフィデシャルの、清水真人氏が書いている内容が気になった。

題して、「安倍首相とそのまんま東の教訓」

で、お笑いタレントの出身の東国原英夫(そのまんま東)氏を宮崎県知事に押し上げた原動力、それは「無党派層」とともに、苦心作の「マニフェスト」(政権公約)」にもかかわらず実は、公職選挙法では、いまだにマニフェストの配布を認めていない。4月の統一地方選挙に向けた同法の改正こそ、通常国会冒頭の緊急課題であるはずだ。政権公約の威力、ダッチロール状に陥った首相安倍晋三にも他人事ではない。・・・・・・

ゴミ拾いフェンス内側(誰かフェンスの鍵を壊して入れた)拾って、郵便局に小銭を貯金し、会館チェクをし、塚本事務所に行き、17日の決起大会の出席届けを持参する。

帰って来て、村内電気(テレビのリモコンの不具合)ービックヨーサン(食料品の買い物)し城山湖にいき昼食を取り、途中1時間歩き、みなみ野の三和に寄る(買い物)し帰る。家着は、3時半となる。 

パソコンの光ファイバーの変更に伴う工事の電話あり(0120-280-922中沢氏)2/26午前中になった。

だいぶ、春らしく暖かかったのと風が無かったので感じた一日だった。

打越の裕美が、結婚(6/2横浜)で水戸市に転居するため、2/6日(火)4時ごろ、暇ごいに来る。(TELあり)

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2007年2月 4日 (日)

立春

2/4(日)立春だ。春といえ現実は風が冷たく、まだまだ遠くである。今日は、妻が、カラオケの発表会で朝から北野市民センターに出かけてしまった。昼ご飯は用意して行ったが、食べなかった。理由は、百合子が10時半ごろきて1時半までいたので食べられなかった。その代わり、昼に用意して貰った、混ぜご飯を1パックを持たせた。

午後は、奈良さん家に行き、防犯パトロール用の拍子木を作ってもらい、矢崎さん、佐藤さんに渡す。後、奈良さん家で、お茶飲みをして5時まで居てしまった。

      永き日や    川の流れも     光増す

      丹沢の     山並み眺め     春近し

      遠くまで     声する春や     わらべ歌 

      

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2007年2月 3日 (土)

節分に思う

節分、豆まき、とは言え今朝は最近でも一番冷え込んで冬の終わりにしたいと、云わんばかりだった。しかしまあ・・・環境はどんどん悪くなり、国連のIPCCの報告(気候変動に関する政府間パネル)このままだと今世紀末(100年後)のは気温が6.7度上がると言う。まあ・・・今朝も寒かったが、表の水道の蛇口は凍っていなかったし、霜もさほど降りていなかった。お勝手の洗物もお湯は使わないくても済むし、まだ、今から4.50年前と比べたら、楽なものだ。川は凍らないし、水道管が凍って破裂したと言う事は聞かない。

今問題の地球環境問題で、アメリカは、京都議定書に調印していない、こんな事で環境が守れるのか、また、排ガス公害認定騒ぎの問題でも和解案は、東京都、国、自動車メーカーがある一定の基準値を示すように裁判で決まった。

何れにしても、温暖化進み、スギ花粉の飛散が昨日始まったとか、野菜が暴落しているとか、梅の花が1っ花月も早く咲いたとか、スキー場に雪が無いので観光客がこないし、営業できないとか、大変な事になっている。

国の温暖化対策はどうなっているのか、世界的にはどうなのか、チェックをしっつかりしないと取り返しのつかない事になってしまう恐れがある。

ゴミ拾いを済ませ、資源ごみ(布類)を出し繰るもの掃除をする。電話でNTT東日本に(0120-522-776)光ファイバーを申し込んだ件でモデム、(ルーター送って来る)。料金(現在とさほど変わらない、7千円+使用料位か)確認した。

妻は、小学校の友達と高幡不動に豆まきに、行く。

    枯れ山に   冬すみれや   花の色

    冬すみれ   好みの色の   夢を見る

    節分や    声する方に    耳澄まし

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2007年2月 2日 (金)

自分の言葉で書こう

毎日ココログを記してているが、本当に自分の言葉で記していかないといけない。朝日新聞が読売新聞のある記事を盗用したと、今日のniftyのホームページで見た。

やっぱり、仮にそうではなくても疑われては仕方が無い。今情報があふれているので、つい楽をしてしまうのは、人間なら誰でも考える事はあるだろう。ただ、その事がプロであるならば、良く解かっている事だと思うが。今朝は、そんな事にきになった。

昨日は、体調が悪く一寸休んだから早く目が覚めた。ごく最近自分のの存在について、迷いが出ていて、迷いがあり自分の位置が何処に置かれているのか、解からなくなりとても不安定な心境だ。宇宙に漂う風船のような幹事で落ち着かず、何かに留まりたい心境だ。

生活に変化がなく、只、淡々と毎日を過ごしているとこんな事しか考えないのか、しかし生き甲斐は、何時も持って生きてく積もりである。これから先、厭でも変化の波は押し寄せてくる事だと予測されるが、ああ・・・そうそう・・・あと何年かしたら住まいを一つの出入り口で2DKの集合住宅に移転したい、と妻と話し合った事がある。  

もうそういう年になってしまった。自分では、若い若いと思っていたがふと周りを見たら、気がついた感じだ。70歳(古希)だぞ、色々考えて見ざるを得ない事なのだ。ある面では、人生の曲がり角に来たのかと実感してのことだと思う。

まあ・・・そうだからと云って,焦るのは禁物、車での事故と同じで、注意深く進まないといけない。心に刻んで置こう。

木で例えるなら、枯れ葉が、あちこちに現われて落ち始め透き間が出てくるのは、ごく自然の事だ。だから、ゆっくりこの先を考える事にしよう。

ゴミ拾いを済ませ、本家のアパートに行き、チェックし枯葉を、レジ袋に一杯に集め、本家の駐車場の草取りをし、何時もの通りに出して置いた。

帰りに忠さんと、話し込んで11時20分に家に着いた。

午後は、リカーキングと、三ツ星に行き買い物をする。帰宅2時となる。堤防を歩いていたが、予報より寒くは無かった。

      紅梅や  寒さわすれの   花咲けり

      遠山を  眺めるほどに   春近し

      梅の花  枝間から見る   富士の山

      寒月や  拍子木の音の   冴え渡る   

      行く雲に  流れる川も    春待ちぬ      

NTT東日本に光ファイバーを依頼する。

ネイテブの社長が来て、シロの木を伐るがどうだろうかとの事だが・・・・もう少し暖かくなってからにしたいと云って置いた。(明日にもやるような事だった)

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2007年2月 1日 (木)

絶不調と言うとき

今日は、絶不調の日だ。未明から、トイレに行きお腹の調子が悪い。まあ・・・そういう時もあるだろうと思いたい。

だから、何時ものパソコンいじりも、全くしたくない。少し寝るかの心境だ。ゴミ拾いを済ませ、市役所にちょこっと共済を依頼してきて、帰りに会館の寄り、チェックして来る。多摩信に行き、記帳しながら10,000円を預金する。(残額合計19,000円位ないと)

奈良さんに、会館地主のお寺の今治さんに、老人会で挨拶に行くので、お酒一升もって行くとのことで、旭やで買い渡しておく。午後から寝巻きに着替えて5時までベットで寝る。その結果大分良くなった。

「罪意識の欠如」(ある記事から、感銘を受けて記した)

最近のニュースで、仕切りなしで伝えている事は、また同じ事を繰り返している事故や犯罪だ。

少しもなくらない、飲酒運転の事故。学校給食費を払わない親と、その言い訳。不正が次々と発覚する政治家・・・。

日本人のモラルの低さ、罪意識の欠如、日本人の良心鈍さが問題になって来ている。

この「良心の責め」「罪責任の開放」は、「心の癒し」にも大きく関わっているが、日本社会では、取り上げられない。日本では、「良心」について書かれている本が殆ど無い。動物は、「良心」を持っていない。犬や猫は罪意識はない。

誰でも、経験はあると思うが、悪いことをしたとき、心の奥でドキドキ「いけない」という別の声が聞こえる。これが、「良心」で、動物にはない。人間だけのものだ。

それなのに、「良心」が、何かを知らない、それは、おかしい。

人は、自己防衛するために、他を攻撃し迫害する。人間はみな「良心」を持っている、無いのは動物である。良心を無視し罪を認めないで、罪を隠し自己を正当化し、更に責め攻撃し合う、それが混乱した今の社会の姿だ。

「良心」を大辞林で引くと、善悪・正邪を判断し、正しく行動しようとする心の働き。

良心に恥じない自分であろうとする時、良心は自我に負けないようにする理性でもあり、善悪の相対する心に対する抑制真理である。また純粋に優しさや、思いやりとして働く心も良心となる。そのように良心と一口に言っても、色々な心の働きがそのまま含まれ、では良心と本心は一緒ではないのか、と言う事になるが、勿論それが重なって働くもの、根本的な所で、少し違う意味がある。良心が主に肉体生活を基準にして理性と共にある。のに対し、本心は生命の根源と繋がっている。内奥の響きで内奥のいのちの泉のようなところのひとつの心と言える。

今日ゴミ拾いをして、中年のご婦人に云った。自分の家の前だけでも、誰もが掃除をしてくれると、町は綺麗になるのだが、と、これからは、「自分のいえのまわりを掃除しよう」をテーマに進めて行こうと考えた。

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