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2006年12月

2006年12月31日 (日)

籠の中の鳥

♯かごめかごめ、籠の中の鳥はいついつ出てでやる♪。と昔から童謡で知られているが、今朝はいつも思っていたことを記してみたい。作詞者は不詳である。

    かごめかごめ籠の中の鳥は

    いついつでやる

    夜明けの晩に鶴と亀が滑った

    後ろの正面誰 

 解釈は、ある人は女性がお産をする事とか、またある人は悲しい奉公に出された幼子とか、徳川家康が眠る日光東照宮の造営に深く係わったと言われる「南光坊天海」の歌だと言う噂もあるようだ。また徳川埋蔵金の秘密が隠されている歌と夫々あると思うが、自分はこの歌に違った思いがある。

いつだたか、我が家のセキセイインコが長く籠で飼っていたがある日扉を閉めるのを忘れてしまって逃げてしい、屋根の上を飛び越えて隣の藪のかに入ってしまい行くえ不明となってしまったことがある。「ああこれで餌も無く、また、猫に食われて、死んでしまう」所詮、人間もこの童謡と同じ籠の鳥で無ければ生きられない悲しい運命なのである。その籠に保護されているからこそ、安心して生活できるのである。

だから、人間も住む家、家族、地域社会、国家等により、また人間社会に守られて生きられるのだと、認識している。

そこで、人間社会を生きて行く為には、たった一人では生きられないし、社会ルールが必要でその法律が出来るのは必然である。安心、安全で生活出来るのは、これも「籠の鳥」で保護されなければ生活出来ないし、生きられない。

規制があって、ある面窮屈で、我慢する事もしなければならないし、耐えることも必要である。

要は、現社会は、籠のなかで生活が出来ないで、はみ出し者が多くなって来ている。このように「籠の中の鳥」の童謡に原点に戻り、もう一度考え直す事が大事ではないだろうか。

2006年12月31日朝3時半に起きて記す。気温は5.5度でこれはこの冬最低である。

         朝刊の    バイクの音も   大晦日 

         残月や    晦日の朝は    静まれり

         潔し      冬空如し     我がこころ

         河川敷  枯れ野にそれて   犬となり

今年最後のゴミ拾いをして、散歩(大橋往復)を井上さんとする。帰り会館に行き、チェツク空き瓶を旭屋に持って行く。帰宅して、庭掃除をして午前中終る。 昌子から、届け物来る。(おせちの詰め合わせ1万2.3千円位かなあ?)

プログを記して12月31日で276通となる。しかしパソコンの「キー」打つ事に時間がかかる。毎日4.5時間はパソコンを弄っているのだがなあ・・・H7年もこれでおしまい。

2006年12月30日 (土)

心配しても心痛はするな

「心配する事は、構わないけれど、心に傷を付けるのはやめろ。」と言う事は、どうにもならぬ事は心配したり、考えたり心に傷を付けてまではしない方が良い。言い換えれば、諦めも仕方が無いし、心配してもどうにもならない事はきっぱり忘れる事だ。これからの人生未知の領域が続く、一つ事に、拘っていられない、時を止める事は出来ないし、前に進ま無ければならないのだからだ。そんな事を考えさせられた事があった。

江戸城の無血開城を実現した幕末の偉人「山岡鉄舟」「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものなり、この始末に困る人ならでは艱難を共にして国家の大業はなし得られない」

これは、西郷隆盛が鉄舟と会ったとき、こういう人間がいたのか!と驚いて書いた言葉だ。

時代の変革とは、偉大の人物の登場によってなされ、それらの人物に共通しているのは時流を捉え、つかみ、編集、行動できる力量を備えている事ではないかと思う。

徳川幕府時代から明治への大変換時、その起点となった江戸無血開城、そこへ関わって成功させた人物は、西郷隆盛であり、勝海舟であり、山岡鉄舟であったが、この三人に共通していた事は時流に適合した改革者として要件を保持していた事であった。つまり、その時代の中で抜きんでいた力量を備えていたのである。   別の資料より

幕末から、明治中期まで活躍した山岡鉄舟(天保7年~明治21年=1836年~1888年)剣、禅、書、達人である。その人格の骨(コツ)と言うべき核心はは何と言っても「無我・至誠」である。この鉄舟の中に我々は「あるべき日本人姿」をまた人間としての真の生き方」を考えたい。

勝海舟や西郷南州らは人格、識見ともに第一流の人物とみなされであろうか、彼等は、何れも鉄舟と無二のの道友であり、その比類なき交わりを通して、鉄舟の人物を評価していた。

明治元年(1868年)に海舟の元へ初めて尋ねて来て幕臣の鉄舟は、当時江戸上野寛永寺大慈院で謹慎中の十五代将軍慶喜の恭順の意を、駿府官軍総督府の西郷南州へ伝える使者のの役を担って、その行動の了解を得ようと幕府の要職にあった海舟に面会を求めてきた。

後で鉄舟自身が、回顧しているところによれば、そのとき彼は、「国家百万の生霊(江戸市中の住民)に代わりて生を捨てるのは、もとより予が欲するところなり」「心情天白日の如く一点の曇りなき赤心」もって海舟に面会したと、述べている。

海舟は鉄舟に探りを入れた「貴殿はどういう手立てをもって官軍の陣営中に行くのか」と。鉄舟は、「官軍の陣営に到れば斬るか縛るか外はない筈でだある。その両方の刀を渡して、縛るのであれば縛られ、斬ろうとするならば自分の思いを一言大総督宮(有栖川宮)へ言上するつもりである。もし私の言う事が悪ければ直に斬ればよい。もし言う事が良ければ、この処置を自分に任せて頂きたいと言う事だけである。是非と問わずにただ空しく人を殺すという理はない。

「何の難しい事がありましょうか」と言い切った。わが身を擲(なげう)って微動だにしない鉄舟の高邁な決意を見て、海舟は俄然同意して鉄舟に、一任したのである。

鉄舟は、海舟が何かの役に立つと思い同行させた薩摩藩の益満林之助と共に薩長からなる官軍の総督府に赴いた。鉄舟の豪胆にも官軍の只中を「朝敵徳川慶喜家、来山岡鉄太郎大総督へ通る」と大声で叫びながら通り抜けて駿府へ到着し、参謀の西郷吉之助(南州)と面会する事が出来た。この面談で鉄舟は、真情を吐露して、主君慶喜の恭順の意を伝えたのであるが、さすがの南州も主君のため国家万民のために身命を顧みずに乗り込んできた鉄舟の赤誠には、敵味方の別を超えて心から感動し、慶喜恭順の意を了解するに到るのである。

昨夜の深夜便を聴いて、(山岡鉄舟と清水の次郎長の係わり合いについて)高田浜松医大学名誉教授(次郎長の血筋があるとされている)次郎長には子供はいなかったが養子(女)を次郎長の姉さんの子をとり育てて、高田家に嫁がせる。

鉄舟と次郎長の出会いは、咸臨丸が清水港に停泊している時に官軍が船に乗り込み皆殺した海に死骸が類々としていた。次郎長は部下と共に片付けた。その時鉄舟が来て作業を見ていた。そして、次郎長が鉄舟に言った言葉が「死人に敵も味方ない」と。侠客で名を知ら示させた街道一の親分の言葉に酷く感銘したと言う事からだと言う。

今日は、昨日晴れていたが、と同じで風が冷たく寒かった。今年最後となるゴミ拾いを済ませ、塚本事務所に行き、リーフレット(2枚)を届けた。後援会の役員の件は気にしないようにしたい。ふれあい新聞を引き取って来て元旦に配る事にする。

午後は、上記の事を記した。そして、イラクのフセイン元大統領が処刑されたニュースが流れた。

        楽しみの   荷物が届く   大晦日 

        寒すずめ  枯葉と共に   何処えやら

        福寿草    家族のように  固まれり

        稲荷橋    冬田の奥に   富士の峰   

2006年12月29日 (金)

「06回顧の世界」「不安定化が進んだ1年」

身勝手な論理をかざしして核開発へと突く進む北朝鮮、泥沼化したイラク情勢の対応に苦慮する米国、混迷を深める中東和平・・・・。

読売新聞の読者が選んだ「海外10大ニュース06」の上位には世界や、地域を不安定にしたこの一年ずらり並んだ。国際社会は不安と戸惑いの中、視界不良07年を向かえようとしている。

①10月には、北朝鮮北東部の実験場で初の地下核実験を行った。

②インドネシアで大地震が発生・住民約6千人が死亡した。(この地震で被害各国総計で22万人が犠牲になったと言われている。

③北朝鮮は7月日本海方面に向けて長距離弾道弾ミサイル「テポドン2号」を含むミサイル7発を発射する。

④8月のプラハで国際天文学連合(IAU)冥王星を太陽系の惑星から除外し、新設の矮小惑星に分類した。

⑤11月の米国の中間選挙で野党民主党は12年ぶり上下両院の多数を占めた。

⑥11月イラク戦争で政権を追われた元大統領サダム・フセインに住民虐殺など「人道に対する罪」で死刑判決が言い渡された。

⑦原油高が一段と進んだ。7月は1バーレル77ドルを突破最高値を更新いた。

⑧鳥インフェルエンザの拡散が止まらない。総死者数は3月100人10月150人を超えた。

⑨ロシアのプーチン大統領を批判した露連邦保安局(FSB)元中佐のアレキサンドル・リトビネンコ氏が亡命先のロンドンで死亡した事件は特異な放射性物質(ポロニューム)による殺害と分った。

⑩インド西部のムンバイで7月列車同時テロが起き179人が死亡。

と言ったところだ。

今日は、身内で一番若い美空、(3歳)一番年寄りの議母(93歳)に会って来た。そして暫くぶりに勉宅に寄り昼食を頂く、紀子の手作り(お好み焼き、焼きそば)は初めてだった。家内は、感激した様子。

また、第1級の寒波が日本列島を襲って関東地方は完全に冬型で寒い一日だった。

       ツリーから  松に変えて   待つ晦日

       戸を叩き   北の国から   雪便り

       木枯らしや  肌に突き刺す  寒注射

       師走あめ   こころの悩み  流したや    

70歳での人生観

最近人生とはとか、どう生きてきて、これからどう生きて行けばいいのかとか考える事がある。

人間は、生まれたときにはどんな条件でも、両親がいて初めて生命誕生である事。また、幼少の頃の生きて環境により個人の個性が発達して、人間形成されて行くのだと最近つくづく感じることが多い。

そして、観念的で、諦めるで事で自分に言い聞かせてしまう反面これから人生の活路を見つけ出すことに悩んでいる。

そして、この年代で周り(社会)を見渡して見る事で自分の存在価値と人生行路の軌道修正を考える事が多くなった。此処まで生きてきての感想だが、人はこれからの生き方に注目し評価されるのだからしっつかり生きなければならない。

病気にかかり、事故に合ったり、生命の維持に問題がでることや、精神的に強い影響を及ぼすことや周りの環境が個人々違いがあるが、どんな環境でも人間の生理現象肉体は衰えてしまう。何時までも維持できず、必ず死を迎えるのである。

どんなにもがいて生きても、どんなに安楽に生きても、神は死を命ずるのである。早くなるか遅くなるかの違いはあるが死を受け入れなければならない。

だから、生きている今を大事に、有意義に過ごす事、悔いの残らない人生をおくらなければならないのである。そして、命の大事さと人に思いやり、人権の尊重していかなければいけない。

年相応の考えは、平均的な生き方をする意味で必要ある。但し個性は大事にい生かすことも必要だ。また臨機応変のできる柔軟性も当たり前のことである。

今朝は、そんなことを考えて記してみた。

めまぐるしく天気は変わる。一昨日は、20度をこす暖かさと思えば今日は一転強力な寒気団が来て日本海側の地方に大雪を降らせるとの予報が出た。

ゴミ拾いを済ませ、掃除機をかける。そして、プログ(06世界回顧ベスト10)記す。

11時20分、勉宅にお米、お餅、りんごを持参する。昼色をご馳走になる(美波、美空のビデを見る)2時15分に出てアゼリアに行く(義母、自分のベットに戻り、元気になった=3日間、調子が悪くて点滴を3本して貰った。)3時に出てあきる野市のJA野菜直営売店に行きウコンを買う、そして、武蔵増戸駅近くのいなげやに寄り買い物をして帰宅4時40分となった。

東証今年最後の商いは、東芝(株)775円、投信(野村日本株戦略ファンド8,846円で締める。

2006年12月28日 (木)

SED液晶との競争は無理

今日の毎日新聞の記事に、気になる記事が載っていたの記してみる。(自分が東芝に40年も勤務したこともあり)内容は。

東芝・西田社長は、毎日新聞のインタビューに応じ液晶・プラズマに続く「第3の薄型テレビ」としてキャノンと共同開発中SED(表面電界デイスプレー)テレビについて「数が圧倒的に少なく、値段が高くつくSEDで液晶に戦いを挑もうとは全く考えていない」と発言。

04年当事50型以上の薄型テレビ20~30パーセントのシエアを狙うとした従来の路線を大幅に軌道修正し、放送の業務用需要を中心に限定的な発売にとどめる考えを明らかにした。テレビ事業が悲願のキャノンにとってはだげきになりそうだ。

SEDはブラウン管と同じ発光原理を応用ブラウン管並みの黒が締った高画質・消費電力の少なさが特長で、04年に東芝とキャノンが開発・生産の合併会社を設立した。ただ、液晶プラズマテレビの価格が急ピッチで下落、これに対抗できる低コストでの量産技術開発が難航06年春としていた発売を07年末に延期していた。

東芝は従来50型以上の大画面テレビはSEDで商品展開する方針だったが、これを変更西田社長は同日・同社初となる50型台の液晶テレビ2機種を来春に発売すると表明した。

ただ、今年度200万台規模の販売が見込まれる液晶テレビを持つ東芝に対してキャノンにとってSEDは「社運をかける」(御手洗富士夫会長)重要商品・同社は「直ぐには無理かもしれないが将来は50型から40型にも商品を広げ、広く消費者に提供する商品に充てる考えに変わりはない」(広報)と話している。

と言った内容になっている。今景気はよくなって企業は豊になって来た(一般庶民は殆ど感じないが、まして、我々年金暮らしではむしろ生活は苦しくなったと感じているが)としているが競争はこんなに熾烈なんだと思った。

午前中ゴミ拾いを済し、交通安全碑の掃除をして、三ツ星に会館用にお正月用お飾り(980円)を歩いて買って飾った。そして気になっていた、ペンキ塗り時に出たゴミを処分した。(会館の前にそのままだった)

妻は、毎年恒例の餅つきを行う。午後歯医者に行く。

           暖かく   異状気象の   年の暮れ

午後より、塚本議員の挨拶回りの同行する。奥和会と泉会の一部合わせて80~85世帯を回る。帰りは3時半となった。(昨日と同じメンバー 議員、篠崎、大庭、川幡(文)5人)

『小難を排し 大難を防ぐ』どんなに小さな災難でも解決して置かないと、大きな災難になってしまう。言い換えれば、「ほころびは、小さい時に処置」だ。

      

2006年12月27日 (水)

耐震偽装問題で判決が出た

「前代未聞の悪質な犯行」と厳しく指弾した。耐震偽装事件の東京地裁は、姉歯秀次元1級建築士の懲役5年罰金180万円の判決が言い渡された。

偽装行為に対して罰金刑しか問えず当初から法の不備を指摘されていた。今回は国会の証人喚問での証言に議員証言法の偽証罪を適用したことが実刑につながった、と言う事だ。

マンションやホテルなど99棟で偽装が行われて、震度5強程度の地震で倒壊する恐れがある11棟のマンションの入居者は解体のため退去を余儀なくされた。施工主の木村建設からの、コスト削減要請の圧力があった主張したが判決では「責任転嫁」に過ぎないと退けた「民間企業のコスト削減に走るのは当然」であり、姉歯被告の言葉に「多くの国民が欺かれた」とも述べられている。(12/27読売新聞の朝刊社説より)

しかし、どうも可笑しい、施工者の木村建設にしたって、設計図を見たり、工事担当者、や関係する現場作業者であってもある程度分るはずだと思うが、また、工事を監督する官庁や行政の責任はどうなっているのか裁判では、そこまで踏み込んだ内容が無いとの事だ。どうも、一棟あたりの総経費は100億を越えるだろうマンション、ホテルである。高額の費用の掛かる建造物では、安全面でも厳正にしなければならない。チェック体制の問題でもある。責任は1級建築士の姉歯被告だけの問題では無いと思う。

常識的に考えて、設計時点で鉄筋の数を少なくしたら、設計が簡単に出来能率が上がり、棟数の数をこなせるというなら分るが(素人で分らない)

こういう事に担当官庁はどう思っているのか、胸をなでおろしているだろうか、またこういう問題は幾らでもあるような気がしてならない。今の法律思考の仕事のやり方人間的に暖かさや、配慮ある行政を、考えさせられた判決だったと思う。

すっかり、上がった雨は、乾燥しきっていた空気をしっとりさせて気持ちのよい天気となった。そして強風(瞬間風速27メートル)の一日となったが、20度と高温で歩いていても汗が出るほどだった。

朝9時半、塚本議員の選挙挨拶に同行(篠崎さん、大庭さん、川幡文さん、の4人で丸一日家に着いたのが5時半227軒(昨日は127軒)を訪問した。[(片倉町一丁目町会)除く奥和会・泉会一部)]かなり疲れた。

歩いて感じた事は、住宅地区が整備されていなくかなり防災面から危険という所が多い。だが、いまさらどうする事も出来ない。

          人情を    ふれて知る   年の暮れ 

          乾燥と    埃鎮めの     暮の雨

                     信頼を    確かめあって  年おさめ

 

                

2006年12月26日 (火)

「06回顧日本」「伝統的価値観が見直しされた」

読売新聞の読者が選んだ「06年日本10大ニュース」には、悲喜こもごもの出来事が並ぶ。

1、 紀子様が、男子ご出産   悠仁親王と命名される。

2、 トリノ五輪荒川選手が『金』 フイギア(スケート)

3、 王ジャパン初代王者     ワールドカップ選手権試合

4、 安倍内閣発足        初の戦後生まれの首相

5、 夏の甲子園で決勝      35年ぶり引き分け再試合で早実初優勝

6、 ライブドア堀江社長逮捕  粉飾決算で時代の寵児も形無し

7、 いじめを苦に子供の自殺  日本中いじめの自殺相次いで起こる。

8、 日ハムの44年ぶりの優勝 日本一で「シンジラレナイ」と監督

9、 親の虐待で子供が犠牲に  人間性を欠いた大人の行為で子供が犠牲に

10、飲酒運転で尊い人命が   飲酒運転事故が相次ぎ失われる

御茶ノ水女子大の藤原正彦教授は、06年を代表するベストセラーとなった(214万部)著書「国家の品格」の中で最近の日本の有様をこう表現した「日本人のDNAに染み付いているが如き道徳が戦後少しずつ傷つけられて最近市場経済により、はびこった金銭市場主義に、徹底的に痛めつけられています。」と言ったところだ。

まあ・・・自分としても最近になく一年をゆっくり味わった年は無いと思う。自分本にとしては、義姉の死とか、小学生の同窓生生の死(二人)とか、同窓会の幹事だった事とか、子供達を千葉の鴨川シーワールドに一泊旅行した事、亜美の入学と七つのお祝い、等がある。何と言っても健康で(医者に掛かりながら)無事に一年を過ごした事に感謝したい。

今日は、朝から雨が降り続いた。従って、予定されていた塚本議員の戸別訪問の、同行は中止で明日となる。と大場さんから電話あった。それにしても、この時期の大雨は、やはり暖冬化された日本、いや、地球の温暖化は、深刻だ、と認識しないと大変な事になる。昔なら大雪が降っていると思う。

午前中、医療センターに行き、妻の心臓の薬を貰いに行く帰宅11時20分となる。

       珍しき     暮れの大雨     松叩く

       大雨で     一年の垢      流す暮れ

       何だこれ   年の暮れに     雷雨とは

夜更け(11時~12時ごろ)大変な大雨で、雷が鳴って夏の嵐のようだった。本当にびっくりした。暖かで気持ちが悪いくらいだ。この時期では、初めての経験だ。

       

2006年12月25日 (月)

政府のタウンミーテイングについて

今、『タウンミーテイング』に対する厳しい批判が起きている。安倍首相等「けじめ」として報酬の返納を決めた。このタウンミーテイングについて慶応大学の曽根教授は次の様に述べている。

批判の対象となっている問題は、「やらせ」なのか「世論誘導」なのか「謝礼金を払った事なのか」「費用が多過ぎた」事なのか「役人が準備し過ぎ」なのか整理しておく事が肝要と指摘されている。

小泉内閣のとき、ニューイングランドで行われていた「住民集会」を「タウンミイテイング」と名づけたことに問題はあると曽根氏は批判している。曽根氏は政府の施策を知らせる場と思っていたが、それ以上の意味を見出せると誤解した人が多かったと述べている。

この様にカタカナ語を用いる事によって各人に色々解釈をさせる事になってしまうのだ。

我が国は、カタカナ用語を使用する事がなかった格好のよい優れた事でもあかのように思う人が多いのではなかろうかと、誤解するほうが悪いのかも知れないが、誤解を招くような言葉を使用するほうがもっと悪い。

その他、最近は「ホワイトカラーイグゼンプション」とか、「バウチャー」とかポータルサイト、ワンセグ、テレワーク、レセプトなどなど。読んでいて意味が素直に解かる言葉はないだろうか、解釈する事によって色々と意味が分かれる事による誤解を招き、トラブルの元になる。

安部総理はもカタカナ用語を多く使用している。

また、平成18年9月発行の広報「よこはま」で「パブリックコメント」なる用語が現われた。

説明によると、「市民の市制に対する理解と信頼を深めるため、政策決定のプロセスに於ける市制情報を、積極的に提供する事により、市民に対する説明責任を果すと共に、市民の市制の対する意見または、提案の機会を促進し、市民との協力による市制の実現を図るために実施する」とうたっている。

この説明にあることは当然常時市制としてやらねばならない事だ。。「市政に対する提案・意見をだして欲しいと言えばすむことだし良く分る。仰々しく「パブリック」なることばなど使わなくても良い。

何故この様に「カタカナ語」を使いたがるか精神病学者にでも分析してもらいたいものだ。

日本人の「カタカナ語」を多用の体質は何とかならぬもであろうか。

かたかな好きの人物は、大抵外国人に対して劣等感を抱いていると言われる。日本人の多くが劣等感を抱いているのであろうか。

(以上方言より)

ゴミ拾いを済ませ、会館チエックに行くをして、八王子市場に買い物に行く、まださほど混んでいなかったが、何とか車を止められる混雑状況だった。買い物をして、川尻のサンドラックに行き、買い物し家着が12時となる。午後は塚本議員の各戸挨拶まわりに、同伴する。(来年4月22日の市議会選挙)今日は一丁目町会のうち、原西を125所帯を訪 門した。メンバーは塚本、篠崎、大庭、川幡(文)熊沢、の7人だった家に着いたのが4時半だった。寒かった。風呂に入りやっと落ち着いた。4分の1は、留守だった。

ホワイトカラーイグゼンプション=とは、この制度は簡単に言うと、一定の要件に当てはまる労働者(イグゼンプト)については、何時間働かせても、使用者の割り増し賃金を支払う必要がないと言う制度だ、アメリカの労働者の2割以上がこれに当てはまるとされている。

          寒風を   受けて菜を摘む   老夫婦

          国道を   枯葉転がす     つむじ風  

          

       

2006年12月24日 (日)

「命」と言う文字で感じる

昨日の朝、胸=狭心症と自分では、勝手に判断したのだが、ああ・・・このまま六十九年間の人生にピリオッドを打つのかと一瞬感じた。ああ・・・こうやって命は尽きるのかと。今年の表意語『命』を等身大に捉えた感じになった。(もう暫く超早朝のパソコン弄りは中止する=寒いのに起きてした事が原因?)

今年は天皇家の後継者問題で前半大きな政治問題になり、国民を巻き込んだ議論が沸騰したが、悠仁(ひさひと)親王の誕生により、男子系だの女子系でもいいとかが自然と絶ち消えとなった。しかし、この問題は、法整備をして置かなければならない問題で、絶ち消えとしてはいけない問題である。

仮名やローマ字の表音文字と言うのに対して、漢字は表意文字といわれるが意味だけでなく字形と字音とを兼ねた語を表す表記符合だ。だから、今年の世相を表す文字として『命』という漢字が強い輪郭を持って印象付けられ記憶されるのだある。ちなみに阪神大震災や、サリン事件のあった7年は『震』の字が選ばれている。(産経新聞12/24社説)

また、住友生命の公募で「創作四字熟語」の今年の世相と言うと、「産業無常」(諸行無常)「再就団塊」(最終段階)「産無人科」(産婦人科)「少子恒例」(少子高齢)などの実にわさびの効いた庶民の批判精神があふれていた。

このもじりの滑稽の味から連想されるものに、江戸の狂歌師のペンネームが挙げられる。朱楽菅江(あっけらかん)子子孫彦(このこのまごひこ)釈子定規(しゃくしじょうぎ)酒上不埒(さけのうえのふらち)知恵内子(りえないし)昼寝興兼(ひるねのおきかね)・・・など名を聞くだけで噴きだしてしまいそうになる。日本人の漢字を取り入れて、千数百年、自家薬籠中(自分の意のままにする=意)のものとして自在に操ってきた漢字の一側面が今に脈々と流れ来ていることに一種の感慨を抱かずにはいられない。(産経新聞12/24社説)

体調は今日は大分良い、このままで治ってしまえばと思う。

       この寒さ    北朝鮮を    想像す

               山茶花の   垣根向うに   雪の富士

       枯れ枝に   ホオジロとまり 鳴きはじめ

               年迎う     父ありし日は  遠くなり

              秋田より    珍らし人(女)  イブに来る

秋田の遥(明美の娘)が顔を見せた。(本家に来て仏様に花を供えたとか)

今年最後のG1レースは、人気1.2倍の予想通りディープインパクトが圧倒的強さで勝った。(武豊旗手) 

2006年12月23日 (土)

アモックという病気

今日の毎日新聞の社説に小泉政権じに問題になった「靖国参拝」の事が書かれていた。

抜粋だが、東南アジアの民族は、時にキツネ憑きのような一過性の集団的興奮状態になる。これがアモック(辞書に載っていない)という。刺客団に酔った郵政民営化解散といい、年一回繰り返された靖国参拝騒ぎといい、日本人の血のなかの南方系DNAを突き動かす力があったのだろう。

「アモック」とは、心の病気である。本人の体質的な要因と共に社会、環境的要因が組み合わさりストレスなどをきっかけとして発症する。症状は気分が落ち込み、頭痛、胃潰瘍といった症状である。

心の病気で個人個人違いや症状の重い軽いはある。そして異なる症状となって発症すると言われる。また、時にはその人の属する社会。文化の影響が大きい場合がある。

東南アジアのモンスーン気候の国々(ヒリピン、マレーシア、インドネシア、カンボジア、タイ等)近代化される以前の部族社会ではアモックと呼ばれる。悲しい事があったり、侮辱を受けた後部族の人との接触を避けたり、引きこもり暗い目をして、物思いにふける時には殺人まで犯してしまうが、後で正常に戻った時は、その出来事の記憶を失っている。と言ったことである。

だから、日本人だってあるのだと思う確かに小泉政権時代は靖国問題は何時の騒がれていたが、今は忘れたかのようだ。当の小泉さんも、政権をおりて落ち着いて参拝するかと思っていたら、全く行っていないという。心の問題と言っていたことだが、小泉さんの本意が解からない。これが「アモック」と言うことだと社説だった。でも病気?何か変だ。こんな人日本人には沢山いると思う。また、「文化依存症候群」とも言われている。

妻もそんな病気に?自分のせいかも知れないなあ・・・今朝はこんな事を記してみた。(天皇誕生日朝3時半におきて)

3時半に起きて、寒かったせいか、胸がつかえるような、苦しいような、余り経験のしたことの無い症状になって、一寸不安になった。パソコンで上記を記し、何時ものように朝食の支度をした、症状は大分楽になって来たのであるが、どうも心臓に違和感が残っていて今日はのんびりしようと思った。また、最近右手がしびれて気になっている。こう言うことが起きると精神的におかしくなり、気をつけないといけない。

年賀状の印刷を午前中に行う。妻は、八王子に買い物に出かける。午後から印刷チェクし、ベッドで横になる。

       何やかや  賀状書きして  年詰まる

       年の瀬は  粛々と過ぎ   容赦なし

       ともかくも  疾風の如き   年の暮れ

2006年12月22日 (金)

歩くと言うこと

歩きながら考えた。歩くと言うことは左足、右足交互に前に進めれば自然と身体全体が移動出来ることになるが、移動手段で足がある。足は他に跳んだりはねたり出来る。

しかし、それをコントロールするのは、大脳である。大脳が運動神経を司り歩く事が出来るのである。大脳の指令で早く歩いたり、止まったり、跳んだり出来る。

だが、足が痛かったり、失ってしまえば、いくら、大脳で指令しても歩く事出来ないのは、当たり前だ。また歩く事により、大脳が活性化し身体も活力が維持できる事だと思う。

だから、人間は4つ足動物の中でも、唯一2足歩行動物である。これにより人間だけが進化の速度が違い文明の発展があった事だ。

結論は、頭(脳)で歩くのだ。歩く事により、人間の自然の営みと身体の維持することが出来るのだ。そして、足の退化を遅らせるだけではなく、長生きできる手段だ

冬至日の今朝歩いていて『歩くこと言うこと』をこんな事を考えて歩いて見た。(今にも降り出しそうな空模様で気温は10度位)

午前中の行動本家のアパート、自宅のチエックに行く、枯れ葉と菊の始末をし、道路のゴミの収集と掃き掃除をして来る。(独り言だが一体この家は、手を付けないでどうすつもりか、全く人が住んでいないこと証明するようだので防犯の見地からも)

今、一番問題となっている事は、言っていることと行動が一致しない心身未発達で口先大人が多すぎる。知事、大学教授、等挙げたらいとまが無い。品格の無さ情けない。国民総懺悔だ。

         飛行機が   白線を引く   冬日びより

         冬至朝    水面静かに   鴨が二羽           

         日の匂い  いただく暮れの  寒さかな

         山茶花や  花弁を撒いて   池に浮く

 4時半国立の兄から、様子が心配して電話があった。2日前秀雄兄宅に行ってみたとの事だった。

2006年12月21日 (木)

最近の気になるニュース

① 日本の人口が少子化に伴い、ショックな発表があった。(うすうすは想定していた)『国立社会保障・人口問題研究所は2055年までの日本将来推計人口は、女性が生涯に生む子供の数(合計特殊出生率)の50年後の見通しは02年前回推計の1・39から1.26に大幅に低下。人口減少が加速し総人口は46年に1億人を割り込む。55年には8、993万人に減り65歳以上が人口に占める高齢化率は今の倍の40・5%になるとしてる。(朝日新聞12/21朝刊)』

②政府税制調査会(首相諮問機関)の本間正明会長(大阪大学院教授)は女性問題と官舎居住ので不適切な行動による指摘を受けて辞任した。

③再戦亀田が判定で防衛。

私見 ①人口の少子高齢化は以前から叫ばれ、少子化対策は、小泉政権から具体的に、始められたが一度のテコ入れでは、結果は得られないが、もっと抜本的な安定的且つ解決策を取らないと取り返しのつかない大きな問題になる。例えば、外国人の移民の推進、予算の大幅な積み上げ等緊急に検討しなければならないと思う。

②の問題はあれほどの人格者であり、まさかの疑問符がつく話だ。しかし、安倍首相も任命責任は逃れられないのは必至だ。先にも有名な植草早稲田教授(経済・財政・金融)の破廉恥な行動で世間を騒がせたり、まあ・・・有名人は仕方が無いのか、世間に解かってしまわなければという考えでいる高級官僚や政治家、教授、警察、等は「やり方が下手だったんだよ」と言っている人は多いと思う。そういった人たちが教育改革先鞭を取る、日本政府の指南役では大きな問題である。そうやって以前にも大問題となった高校生の教科未修のことなども、根底にあり、道徳のそっち退け教育の付けが来たのだ。国民総反省しなければならない。

③亀田の試合は、ドッチが勝っても負けてもいいと思った。その理由は、亀田にはもっと謙虚になれ、若いから仕方がないといえばそれまだだが、チャンピオンだから、宮本武蔵のような心境にはなれないとしても、挑戦者を立てる心の余裕を見せる度量が欲しい。ただ強いだけでは人間的の薄っぺらい。

今日は、午前中、ゴミ拾い後八王子卸売りセンターに行き(意外と空いていた)、お米を子供の分(各10㌔)を頼み昌子は直接お米屋さんから送ってもらう。勉の分は家に持ち帰り勉に直接渡すようにする。

会館の灯油1缶を補充(旭や1,350円)した。妻は歯医者へ3時半の予約であった。

       市場には   正月用品     山となり

       気合いる   暮れの市場は  活気付く

3時家を出て散歩する三ツ星往復して4時に帰宅する。

       枯れ野原  太陽隠す   野火けむり   

       

      

2006年12月20日 (水)

今朝ふと思った事

人間、何時死ぬか解からない。解かっていれば時間を大事にして、死を待つ心構えをするという事も出来るが、解かっていれば世の中こんなに正常には回らない。

あちこちで『パニック状態』に陥って、とんでもない事になってしまうだろう。

宮沢賢治の「秋には台風や日照りがあるか知らねども今日夏草を取るというような詩がある。言い換えれば先のことを心配ても仕方がない、今日しなければならない仕事は今日のうちにする。というこの考えは最も大事なことでこれからの生きる道標となると思う。

先日も庭の草取り掃除をしていたが、そんな考えが浮かんだことだった。今を勢一杯生きることだ。それで結果が出るのを待つことだ。

物事を余り楽観視し過ぎることはよくないが、それよりよくないのは、常に悲観的に考え込むことである。悲観は心を暗く沈み込ませ問題にたち向かう気持ちを喪失させる。適度の楽観は問題解決の積極性の素になる。

「春風をもって人に接し秋霜をもって自らを慎む」もし嫌なことあっも他人と接するときには爽やかな笑顔で臨み、腹を立てたくなっても我慢し自分に対し厳しい態度をとれ。例え他人対して怒っても、後で親身になって手助けする姿勢と心境を持ちたいものである。

お釈迦様は、生・病・老・死と人生を苦しみとして捉えている。死は往生ともいい。この誕生と往生の中間にあるのが、養生である。つまり、「誕生」→「養生」→「往生」が一生である。この様に解釈すると養生次第つまり、自己努力する事により「いきいき長生き人生」をまっとう出来ることである。

江戸時代の儒学者 貝原益軒「養生訓」の一節・・・・”養生要訣”に一事がある。要訣と言うものは最も大切な奥義を口伝えに授ける事である。養生を志す人はこれを知って守るべし。その要訣は少の一字なり、少とは、万事を控えめにして過度にしないこととあり、養生は「少の一字」といっている。 『食生活控えめにすることだと思う』

百合子が暫く振りに来て(2時半~4時45分)話していった。心配していた、良太が、「おきどき」にアルバイトに行っているとか(今月一杯)早く定職について欲しいと思うが。

要訣を辞書で引くと・・・・最も大事なこと(奥義)だった。

               

2006年12月19日 (火)

一寸したことで時間が潰れる

朝は早く2時半に目が覚めて3時に起きた。何だか眠れないのである。俳句を考えたり、INTERNET EXPLORER 7をダウンロードし、インストールして失敗して問題の『システム復元』を操作した。でも何とかクリア出来ほっとするが、5時まで掛かってしまった。

何時もの朝のパターンで始まって9時に大庭さん家に行って八王子警察の久保地域課長と柳沢係長が、片倉交番についての説明が有るとの事で行くも急に、10時と変更したと連絡あって仕方なし、ゴミ拾いをしたり、奈良さん家で時間を潰して10時10分にきて説明を受ける。

11時に終わり、大庭さんと市役所の防災課(4F)に行く、1月20の防災講習会の用意するアルファー米、乾パンをに100人分予約する。

12時10分片倉で昼食ラーメンを食べる。塚本事務所にいき、帰宅して、交番関係の説明をまとめて、大庭さんに渡して歩き、三ツ星往復する。

役所関係の方は、1時間ぐらいの前後はどうにでもなるのかと言いたい。こちらにも都合があるという事を考えて欲しい。時間の約束は、全ての事で基本だ。こんな事で、一日時間を潰してしまった。

僅か30分ぐらいの事で、一日振り回される事になる。準備(部屋の確保、暖房、お茶の用意、片付け、等含める)信用がなくなり相手されなくなる反省して欲しい。

今日は、厚い雲に覆われたり、一時晴れ間が出たりしたが、一日寒かった。

       群となり   鴨に近づく   雀かな  

防犯パトロールに出動、参加者は矢崎さん、進藤さん、佐藤さん、川幡の4人だった。よく晴れていて冷え込んでいた。

       屋根までも  登る電飾   暮れの夜    

         

2006年12月18日 (月)

「キク8号」打ち上げ成功

H2Aで、打ち上げに成功する。重量5.8トンの(今までで最も重い)

宇宙航空開発機構は18日午後3時20分種子島宇宙センターで「きく8号」をH2Aロケット11号機でうちあげに成功

5.8トンは日本の宇宙開発史上最も重い。携帯可能な、小型機器を衛星との間で直接通信するなどの実験を行う。

打ち上げ費用は、119億円、「きく8号」の開発費471億円、その他で総費用は640億円位ということだ。

費用は、安いか高いか結論は今は結論は出ないが、チャレンジして成功し無かればならないことだ。これにより世界のロケットの開発、宇宙開発はレベルは世界と同等になったと思う。そしてこの技術が民間の三菱重工に移るという。

最終的には、日本でも有人宇宙ロケット開発し世界のトップ技術を持ってリード出来るところまでになることを願いたい。(21時40分記す)

したたかに生きる

最近、マグロの漁獲量に資源保護のため制限があって、世界でもマグロ消費量の最も多い日本では大きな打撃だ。従って値段も上がって今まで食べられた庶民の感覚では食べられなくなって来きて、まあ高嶺の花となってしまうのだろう。

そういう高嶺の花に該当する希少価値の食べ物は他にもある。例えば、戦後間もなくだがニシンの配給があるということで貰いに行った。大きなカマスに入った乾燥干物状のニシンが無造作にあってそこからて手づかみで、くばられていた。だから大衆魚だった。正月などは、かつのこは、一杯食べられてそれほどの高級魚でなかった。

そのように需要と供給のバランスで価値判断(値段)が変わってくるので、資源維持は徹底した管理が必要だ。特に絶滅危惧種は、手厚い保護をする事はいうまでも無い。

人間が生きるには、自然の恵みを頂いて(食べて)生きられるのであり、生きられる事に感謝しながら生きていかなければならない。

こう考えると、マグロの値段が高ければ食べなくてもいい、ちょっと我慢をすればいい事で、大騒ぎすることもないという判断をしている。

がごめ昆布を北海道旅行のとき体に良いと聞き買ってきて毎日常食として食べていたが、テレビや雑誌で宣伝したためと、北海道でもごく限られた場所でしか取れないこともあって希少価値となって値段が跳ね上がり僅か3年足らずで手の出ない物となり、代用の安い昆布を食べている。

この様に、自分の収入に合った生活基準を守っていかなければ末永くいきぬくことは出来ないだから、マグロを食べなくても、それに代わる食べ物で生きられるのだから、そんなに心配はしなくてもいいとの考えだ。

この考えは大切な事で、人間の勝手な欲望で絶滅した動植物がどれほど多いかわからない。そういった意味からも、採り尽くす前に保護することは人間の知恵であり、護る事で自分達の未来があると思う。

          あれこれと  焦って見ても  年は暮れ

今日は、野猿峠脳神経外科病院に採血する為朝食取らずに行く。帰りは北風が冷たかったが40分掛けて歩いて帰宅11時5分だった。(一寸くしゃみがでそうになった)

妻は、近所の主婦と多摩センターにクリスマスネオンを見に出かける。(冷え込んできた)              

また、今日は、1年ぶりの再開である6カ国協議が開催される。本当に北朝鮮の何を考えているのか解からない国だ。従って多くの成果は期待できない。まして日本の国民の悲願である拉致問題を取り上げて話し合いは出来るかは、全く不透明である。

        寒風に    富士の高嶺が    洗われる

        生きくねも  刈りこまれてか    年の暮れ

                短日や     電柱の影      道ふさぐ

        はなみずき  花芽は硬く      冬の空

                軒先に     赤い実揃い     青木かな

        千両の    明かり愛でおり    貧の庭

                         などを詠んでみた。                                          

2006年12月17日 (日)

ボランテア精神は薄く広く

町会会館の前にある銀杏の木の剪定を行い会館まえを掃除をした。そして、枝、葉を田中さんに頼んでゴミに出してもらうようにお願いする。

今までは、大庭会長がやっていたところだ、この様に皆が町会の事に真剣に考え町作りの精神を前向きに発展させていかなければいけないと思う。

従って、ごく限られた人たちでは、活動内容が一般会員の方に正確に伝わり難いばかりでなく限られた役員だけでは活動が維持継続ができなくなる恐れがある。

そんな中で、町会長の辞任の意向を聞き戸惑っているところである。だから、前に述べているいるように町会関係を始め、ボランテアは薄く広く大勢が参加するように指導(雰囲気)を作っていかなければならないし、努力をしないといけない。

気になっていることが出来てほっとしている。

   庭すみで    つぼみ膨らむ   福寿草

   気がつけば   春待つ花や    福寿草

   梅つぼみ    時節を読んで   ぽつぽつと 

千鶴子さんの訪問あり、義母の事(吐いて調子が悪い、点滴してもらっている、そういう人4人で部屋に居るとのこと。    

2006年12月16日 (土)

今日の一言

信は人のよき友、心は和を尊ぶ、どんな人間にも良いところは必ず在る。

人の過ちを言わず、和を持って穏やかな気持で接すれば、友は自然と集まり来る。親しき友を一人でも多く持つ、これが人生を楽しむ素である。

人が持っている知恵は三つある。生まれつき持っている「天知」、学んで得た「学知」、困難や、試練中に勝ち得た「困知」である。

将来の飛躍に最も必要な知恵は、後者の「困知」が求められる。そして、神の摂理に従った者が、本当の勝利者となる。(インターネットSPNより)

と、言う事だが、これを自分なりに解釈するならば「困知」とは、人生に必要な修行も必要である。要するに買ってでも苦労せよと昔からの諺にあるが困難から逃れる事でなく、悩み、苦しみ、悲惨さを味わって生き延びる雑草のような踏まれても踏まれても生き延びる精神を創ることであり、あえて挑戦する意思と行動力でつちかられて行くものだ。

今朝は3時半に目が覚めて、記してみた。

今日は、外にいても暖かく師走とは思えない一日だった。久しぶり伊勢原の鍛代さん家に行く、野菜(人参、ごぼう、ほうれん草、白菜、)を買いフラワーランドで買い物する。途中でさがみ亭で昼食を摂る。家に着いたのが2時半だった。

宮が瀬のダムでは、全国的に有名な大きなクリスマスツリーが有る事で良く知られており、毎年の冬の風物詩だ、昼間なので見ないで通り越して来た。

人間の欲望だけで川を堰き止め、コンクリートを流し、ダムを作り、山を削り、木を切って道路、トンネル、公園を造ってしまった。そこに残した大きなもみの木に電線をかぶせ電気を通し光り輝かせている。

それを見るために多くの人たちが車で押し寄せて、排気ガス、ゴミを落とす、この代償の付けは人間が背負わなければならない。それも、世代の違うまだ生まれてきていない人間にだと言う事を考える人は何人いるのだろうか。

一部の人間の欲望で此処で生きてきた生物、植物が絶えてしまうのではないかと思う。

10年前には、野生の猿、鹿、狐、狸、の哺乳類が生息して猿、鹿などが山の斜面に姿を目にする事が出来た。川には、天然の鮎、マス、ウグイや、岩魚まで確認できたが今はどうであろう。貴重な植物でも、昆虫もどんどん失われていく事は目に見えている。そして今日のニュースでアメリカのサンフランシスコで地球環境についての世界各国から12,000人という大勢の専門化が集まってシンポジウムが開かれている。そこで地球の温暖化について発表があって、北極の氷が溶け出している速度が近年異状に進みが速いとの事である。そん事から見ても、政府が取り組まなければならない事になってきた。京都議定書は守る事が先ず先決だ。

すっかり地元の人たちは観光化された故郷を、一体どんな思い出いるだろうか。そんな事を考えて車を運転しながら考えた。

後半は、午後4時に記す。  

シンポジウム(SYMPOSIUM)聴衆の前で、特定の問題について、何人かが意見を述べ参会者質疑応答を行う形式の討論会(大辞泉)

      スーパーは   正月用品  山となり   (この時期何処のスーパーでも混雑が始まった)

今年最後の町会の理事会出席する。帰宅は9時10分だった。

2006年12月15日 (金)

温暖化は進んでいる

生まれも育ちも同じ東京都八王子市片倉町である。50年前の湯殿川、兵衛川は原型は止めていないが、今も同じ流れはある。今は無い田圃や、畑、山はあって大きく環境は変わった。勿論住む人間の数は少なかったしこの地域に生息している生物や植物の激減いや、まったく見られないものが殆どだ。

そんな、僅か半世紀(五十年)前の事だが12月1日の川浸りと言う行事(今でも行事を行っている事がある)近くの兵衛川で遊んだことは氷が張っていて滑って遊んだ。その時の気温はマイナス13度と記憶している。30年前でも12月16日に大雪で山梨の鳥沢の山の上で、会社の忘年会があり会社から、車で高速道路で大雪に見舞われて往生したことを思い出す。

12月では氷も張らず、霜も降ない、従って草木の枯れる時期が12月に入ってからが殆どになっている。(我が家の庭)

生活上でも、大分違った事になって来たが、これで良いのか、悪いのか今は解からないが、後20~30年経って結果は出るだろうと思うが、結果は見え見えだ。

しかも、自然破壊が進んで人間の心まで荒んで来てしまった。何とか温暖化を食い止めて昔の自然に戻すことは出来ないのか、出来ないとしても、これを維持して行く事を考えないと大変な事に、人間の生命(変な病気・・・今問題になっているノロウイルスのような細菌や渡り鳥が持ち運ぶとされる鳥ウイルス等が増える)にも重大な問題が発生する恐れが出てくる。しかし50年前には、子供が疫痢、赤痢で死んだり、不衛生でしらみや蚤そして、回虫がいたり、子供の死亡率が高かったと思うが、人の心は今のように病んでいる人は少なかったと思う。

生活費の引き落としと、今日は最高気温は14度と暖かく暮れの定番のカーテン洗いは絶好で、午前中行った。妻は3時半歯医者に行く。

       暖冬に  水仙花芽   もたげだし

       電線に  つぐみ一列   行儀良く  (ツグミは秋の季語だが)

       北風に つぐみ集団   乱れ飛ぶ   (北風が強くなり舞い上がる)

       山茶花や  露も朱色に  染まりけり (昨夜来の雨で朱色の花弁が染まる)

       短日の   池の緋鯉は  静かなり  (日が短く何かと忙しいが、鯉には関係ない)

       

『愛』で生きられる

人間の一生には、人間愛で生きられるものだとこの年(70歳)魂を呼び起こされる。

両親の夫婦愛、自分の子供対する愛兄弟愛、家族愛、親子愛、社会の人間環境に対する地球愛、郷土愛等が想いが、夫々が生きて行く為に必要で、大切かであるか、現代社会が問われているのでないかと思う。

道徳、 知徳、 体育は人間の生きていく基本原則で『愛』の心のを醸成して行く過程にはそれ絶対に欠かす事ができない。

今この様に、発達した人間社会で、人間のハードとソフトのバランス、言い換えれば、体と心(肉体と精神)のバランスが取れない事で起こる様々な問題がある。

生きて行く為には、夫々の過程で、『愛』の持ち方で変わっていくものである。そこで、地球上で生きている人間に『愛』の尊さをもう一度考えて見て欲しいと思う。

人が人を殺す戦争が、起きているのは『愛』のない所から起きているのだ。愛と一口で言っても、大変に努力が必要で時には大変に苦痛が伴う事であることを忘れてはならない。従って、人間の心理で、人より上で、楽をしていい思いを生きようと考えている人達がいるうちはまだまだ安心して生きていくことが出来ないことなのか。

今朝は、こんな事を思い目が覚めた。

        夜明け前  屋根を叩くや   師走雨

                 短日や    水も止まるや  湯殿川

2006年12月14日 (木)

お天気の移り変わりが早い

午前中は晴れ間も出て、気温も11月始め陽気(14度は、珍しいが日中は下がる位だった)午後から厚い黒雲がたなびき、一転泣き出しそうな空模様となる。お天気の移り変わりが早い(日本列島上のジェット気流の流れが速くなっているとか?それに沿ってしまっている)

沢庵漬けを行う例年の2倍程度の太さで二樽(20本)となってしまった。お正月は七草位に食べられるだろう。11時に片付けも終わり、ほっとした。

午後より散歩久しぶりに往復2時間掛けて新関橋までいく、早足で汗をかいた。小比企のたんぼに、遅くまで掛かっている稲掛け干しに雀の群れから、大合唱の如き、さえずりで遠くから聞こえる、近くに来ると一斉に、舞い上がり、湯殿川の堤防のフェンスにとまりそこでも鳴き止まないで、うるさいほどだ。

西の山々の高尾山、陣馬山などは、鉛色の空に押さえ込まれているような感じで、当然富士山、丹沢連峰は雲で見えない。

     雀の子   落ち穂探しに    夕時雨 

     せんりょうの  赤みを増す   寒さかな

           したたかに   赤く彩る     藪柑子 

妻は、午後カラオケBOX、夜はカラオケ教室に行く、(元気でいいわいなあ・・・)         

        

2006年12月13日 (水)

予想通りの結果?

午前中、ボランテアのゴミ拾い、庭の枯れ葉の処分を終えて、本家、アパートに行き、家の周囲をチェック枯れ葉、玄関(アパート)掃き掃除、本家の駐車場の草取りをして11時40分帰宅、昼食をとり八王子消化器病院に診察に結果を聴きに行く、総評は、問題なし、(内視鏡検査時点で解かった血液には問題なし、胃は、慢性胃炎の症状があるも特に薬は必要なし、前立腺肥大は一度泌尿器科に見て貰ったらいいと言われた(鈴木修司医師)大きさが50ミリメートルとの事だった。皮下脂肪が多いとの指摘があった。(自分でも納得でこれに付いては特に無かったが、少し考えないと)

医療センターに行ってみようと思った(前立腺も癌になる事もあるからと言われた)。予定の13時15分ぐらい病院を出る。

車のガスチャージと沢庵漬け用さんおん糖を買いにカインズホームに行く、雨が予想通り降ってきた。

夜のトイレは2回で前立腺肥大であると疑っていいとの事である。また大腸の検査は前年度の検査(バリューム)ポリープが見付からなかったので大丈夫だろうとの事であるが、検便を奨める(80パーセント発見出来るとの話だった)。

今日も、思った通りの作業が出来て、とても満足している。

   冬日浴び  弓形になり   鴨が飛ぶ  (西の空を見上げたら、見られた光景)

   突然に   西日を隠し   時雨降る  (天気予報では午後から降ると言っていた                                まだ晴れ間があり大丈夫と思っていたら、Ⅰ時間程でパラパラと降ってきた。)

2006年12月12日 (火)

自己満足している

朝起きて、今日はこれとこれをしてしまいたい。頭に描きそれが実行出来ると何か儲かったような気がして、嬉しいものだ。

天気予報でが午後から雨と言う事であったが、小雨程度(それもパラパラしかふらなかった。)良かった。

どうしてもしたかった作業

其の1は、湯殿川の河川敷のコスモスの枯れ枝撤去後の草取りだ。休みも取らず、一気にやってしまった。これで何とかしなければと思いが、叶って,ホッとする。(北山さんに饅頭を貰う=ご苦労さんとの事で)

其の2は,昨日奈良さん家で干し大根の片付けは手伝うとの約束をした(奈良さんが、足を痛めて大変そうであった為)二階のベランダに200本ぐらい干してあったものを下ろす作業(漬け込むため)最後に雨が降ってきたが、意外と早く一時間位で終った。(奥さんは不在だった。)

我が家でも沢庵漬けを考えないといけない。2・3日したらしなければと思う。太い特大の大根20本だ。でも大きくても巣はいっていない製作者の奈良さんは胸を張って言っていた。

     白々と   抜きい出たる  大根かな    

     白猫や   大根と眠る    軒日向 

          黒土に   太い大根の   突き刺さり

          防パトの  拍子木の音   寒夜突く  

防犯パトロール参加者は、矢崎さん、山口さん、川幡の3人だった。(天気曇り)   

    

高度経済成長期の頃(昭和35~45年)

1960年~1970年の頃を振り返って思い出してみた。高度経済成長期の社会で消費が美徳という時代高速道路、新幹線、大阪万博と日本は信じられないGDP(国内総生産)はアメリカについて世界第2位に成長した。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」という流行語になった。そして、「巨人、大鵬、卵焼き」の流行語がでる。その反面水俣病、イタイイタイ病、四日市ゼンソクの公害が大きな問題となった。

街には、赤提灯、バー、ダンスホール、キャバレー、ナイトクラブ等の飲食店が出てきて、ホピー等という飲み物を知った。3億円事件(昭和44年12月12日東芝府中工場)は、大きなニュースとなった(その被害者の一人)

流行歌で特に印象的に今でも残っている歌は、吉田正作曲、川内広範作詞、和田ひろしとマヒナスターズと松尾和子の「誰よりも君を愛す」だ。

独身時代、給料3~4万円だったが、給料日に「マリモ」という、バーに生まれて初めて一人で入った、カウンターのみの10人位しか入れない小さなお店だった。薄くらく、青い裸電球で明かりを取っていた。そこで、「誰よりも君を愛す」を聞き、いまだにその様子(光景)を忘れる事が出来ない。

そこに、二人のホステスがいてその一人が「ようちゃん」と言っていた。その時「ああ・・こんな魅惑のする人が世の中にいるんだ」と本当に魂が揺さぶられる思いがした。

そんな、お店に通い始め週に三度は行かないと落ちつかなかった。しかしビール一本位しか飲めなかった。(家を作りたいと思い貯金を一生懸命だった)

今朝も昨夜の続きで、そんな昔を思い出して目が覚めた。時間は3時半だった。《曇り、気温9・5度(部屋で)》

2006年12月11日 (月)

淡々と暮れは押してくる

庭の植栽の手入れも殆ど今日のゴミ出しで(大きい袋を3個)片付いた。ボランテアのゴミ拾いを済ませ、お地蔵さんも掃除し、湯殿川の河川敷のコスモスも整理され、草取りも3分の2が終る。いよいよ沢庵漬けをするのみ、片倉町一丁目会館の灯油も20リットル補充した。

淡々と、と言うか粛々と言うか、確実に時間は流れて行く、それを認識出来る心に余裕がある。今までに無い心境だ。

師走の慌しい時期にあわてて怪我でもしたら、大変だ。落ち着いて心して事を運ばないといけない。

あれも、これもと言って考えても結局何も出来ない、一つ々こなして行くしかない。

    かまきりの 青さが残り  枯れ野かな

    末枯れて  鎮守の杜に  灯がゆれる  

    静かさや  積もる落ち葉の  庵かな

2006年12月10日 (日)

ポロニュームって?

最近イギリスのロンドンで衝撃的な事件が起きた。ロシアの元スパイのリトビネンコ氏が放射性物質「ポロニューム」で死んだ(殺されたという事で大きな事件として報道された)。

猛毒放射性ポロニュームとは、どんな物質なのか調べたら、16族(酸素族)元素の一つ元素記号がPO原子番号84同位体は何れも放射性。半成期のの長い核種の質量数は210  1898年フランスのキューリー夫妻が、質量数210の同位体をラジュームとともに発見した。銀白色の軟らかい金属質量数210の核種は、α資源として利用される。(とは言ってもまったく解からない

僅か1億分の1グラムで人間の体内に入ると死ぬという恐ろしい物だそうだ。

そんな物質が、人の手で持ち運びされ、『テロ』軍団に渡ったら、世界はどうなるのだろう。核兵器も困るが、こんな恐ろしい物質が簡単に取り扱われたとしたロンドンでの事件の結末を知ることは当事国だけの問題では無くなった。何か国際的な波紋を引き起こしたようだ。(ロシア、イギリス、ドイツ、イタリア等の国)

旧ソ連のKGB、(スパイ組織)今のロシアのSVR、(ロシア対外情報局)アメリカのCIAとか、イギリスのMI6とか、大抵の国ではそれらしき組織はあるようだ。

そんな裏社会の事が表に出て世界中を震撼させている。他には細菌戦争、忘れ去られそうな、サリンとか、VXガスとか、オウム真理教で使われた物質が出てきたらどうするのだろう。核拡散防止も重要だが、北朝鮮のテポドンに搭載して日本に落とされたらと思うと夜も眠れない。これらの対策も考えていかないと、安心して暮らせない。

「尭舜の治」とは

今日本の政治家の不祥事が多発していることで中国の老子、孔子の言い伝えについて調べてみた。『尭舜』とは古代中国の伝説上の帝王の尭と舜(五帝の二人)暦を作り無為の治をなした。尭、舜の徳を持って理想的仁政を行ったことで後世の帝王の模範とされた。・・・大辞泉より  (無為・・・自然にまかせる)

天下を治めて五十年尭帝が政治の状況を市井に見ようと一人のお忍びで街に出た。一人の老人が太鼓腹を叩き、足拍子を取りながら「お日様があれば野良仕事、お日様が沈めば帰らんせ・・・天子様のお力なんぞ、わしらには、縁の無いことさ」とうたっていた。

何事も無いかの如く時は流れそれが国民の平穏な日々を約束、守る。それが政治の本流だ。尭帝は深く頷いたという。

また、老子が孔子の若き日の才気煥発(さいきかんぱつ・・すぐれた才知の働きが盛んに出ること)諌めて「古事を18史略の人物学」(伊藤肇・PHP文庫)は次のように書いている。

曰く、『良質は深く蔵して虚しきが若し』飾り気の無い小づくりのショーウインドに名品の茶碗が一つ、というようなお店こそ本物、奥に入れば一流のものを山のように揃えている。さらに老子は付け加えた「子の驕気と多欲と態色と淫志を去れ」お前は、自惚れ、何でもやりたがる、でしゃっぱり、スタンドプレー、野心が鼻を突くそれを捨てないと大成しない。

贋物は常に大袈裟で、はったり、スタンドプレーが目立つ、対して本物は、何時も控えめで内容が充実している。という事である。

今、何かと騒がれている政治家先生も少し考えて勉強して欲しい。そして朝日新聞の社説(12/9)で知ったのだが、石原都知事の企画、監修で「もう税金の無駄遣いは許さない」が出版された。その本人が、無駄遣いを指摘されるようでは、書名が虚しく響く。

また知事は、「都議選の応援が面倒くさいからガラパゴス諸島行った」。なんてよく言うよ。

驕気・・・おごり高ぶった気持ち、スタンドプレー・・・自分を強く印象付ける行為

  師走雨   落ち葉積み増す   遊歩道   (昨夜は雨だった)

  

2006年12月 9日 (土)

孫に年を感じさせられる

今日エミユー立川で、孫の子ども会(発表会)があって、(14時~16時)見に行ってきた。赤ん坊と思っていた美波、と美空が、一生懸命練習した成果を見せてくれた。大きくなってすっかり幼児期をクリアーしてきた感じで驚いた大きくなるのは早いものだと思った。

しかし、皆年を取っているのだから、悲しいかな自分だって年を取ってしまった事で仕方が無い。

立川の町は変わってしまい驚いた(年に一回位しか行っていない)行くたびに変わっていて、人の多さ、商店などの賑やかさは到底八王子などとてもかなわない。

また、別に感じた事だが脳疾患病気になり(青柳のお父さん)不自由している身体を嘆いても仕方が無い。落ちた段階のレベルで精一杯生きるしかない。(悔やんでみても元の身体には戻らないのだから)ポジテブに意識をもって生活しなければ周りの人心配掛けるだけである。そして、この状態を認め、プライドを外さないと周りに理解してもらえない。兎に角、本人、家族のため身体に気を付けて頂きたいと思った。

雨で寒かった師走の立川繁華街を歩き、駅ビルの8Fで夕食を取り妻も満足したようだ。年末商戦でクリスマスツリーがあちこちで雨で濡れて一層きらめいていた。

  朱色の  ポインセチアに  雨滲む

  暮れなずみ  街に彩る   ツリーかな

  雑踏に  ネオンの灯り   師走宵

     

悪徳政治家が多くなった

最近、地方議員の不祥事が相次ぎ発覚している。多分他の所でも、きな臭い所があるののではと?と勘ぐられても仕方が無いと思っている人は多いと思う。

福島県、和歌山県、ときて、宮崎県の知事が昨日逮捕された。また都区内の区議の政務費の使い道が問われて、ワイドショーのいいネタになって連日賑わしている。東京都知事の石原慎太郎氏は息子達の疑惑にマスコミ、メデアの、追求に超高圧的な言い方で弁明している。何でそこまで疑わしい事をして平気でいられるのか、感覚が麻痺している悲しい、謙虚さは微塵も認められない。

疑惑がメデア、マスコミ、オンブズマン等から指摘され発覚すると、決まって言う「私は天地神明に誓ってかかわりは無い」という言葉だ。最初は胸を張って身の潔白を口角泡を飛ばし記者会見などをているが、検察が入り事情聴取されると、頭はうなだれみっともない姿となってしまう。情けないそんな事なら最初からしなければ良いのに思う。

昔から公務員は、国の公僕であり、滅私奉公という職であったと教えられていたものだが、いくら世の中変わったといえ、民衆の税金で、民衆のために使う税金を私的に使う事は何があっても許されない事だ。

そういう輩は、最初に職に就くときは悪いことしないと、民衆の為にと意気込んで始めた事だと思うが、環境が悪かったかのかも知れないが、そんな人を選んだ有権者がいけないのか、日本の政治家を志す人たちのモチベーションの持ち方が本当に問われる問題だ。

NHKの全国の知事にアンケートをした結果高知県の橋本知事は、モラル意識向上も大事だが、談合のシステムを運営するそのものを誤魔化そうと考えを一掃する事が基本だと言っていた。

品川区議の自民党幹事長の言い訳を聞いていたら、馬鹿らしくなってしまった。そして使った金を返せば責任は逃れると思っているなって、何を考えているのだろう。

そして裁判沙汰になってもお金を返せば責任はなしと、不起訴になる仕組みも訳のわからない。

これからの政治に志す人は、日本の公務員の総汚職を一掃する位の気迫で立候補して貰いたい。また、そんな政治家が教育問題には、何の発言する事は出来ない。

2006年12月 8日 (金)

枯れ木の如く倒れる?

流石に、元気でいた儀母も92歳となり、一枚々葉が枯れ落ちるように身体の機能が崩れ気力も無くなり、倒木となるのが近づいた感じがした。

人間、いや生物すべて自然の法則であり仕方が無いことだ。出来るだけ接して上げたいと思う。遠い先祖からの引継ぎでいられるのだから、出来るだけの事はして上げないとしいけない。後世に引き継がなければいけない事だ、意を強く持った。

人間誰でも通る道だ、最後の花道を彩るステージを作ってあげたい。

今までの愛情で育てを貰い、此処まで作り上げて頂いたことに対して感謝感謝である。持てる力を精一杯に子供達に命を削って、すざましく戦って女の性を見せ付けてくれた。  本当に有難うとう。

今日はアゼリアにいき、会って感傷的な思いが強く感じさせられたことだった。

    風も無し   銀杏の葉や 舞い落ちる 

    急ぎ足    師走の町に 風ぬける

    暮れなずみ 何時の間にやら  師走月

2006年12月 7日 (木)

床屋さんに行って考えた

何時もの床屋さん高木理髪店に今年最後になる調髪に行く、考えると2か月一度の事だが昭和57年から(尿管結石で多摩総合病院に入院した時以来)でもう25年も通い続けている。

値段は4,000円である。奥さんと二人で営業しているが、もう40何年も続いているとか、奥さんは、カラオケ、ダンスと妻がお世話になっているため、他には変えられず今まで来てしまった。

本音では、もう頭の調髪などは短くなっていればいいとの思いだ。最近は1,600円だの2,000円だのお店が出現してきてそれでもいいのだと思うだが。そんな事を待っている時間に考えてしまった。

床屋を出て、銀杏を買いに千人町近くの八百屋さんに行って《以前に11/19に銀杏祭り前に買った》買い、帰りの家についたのが13時となった。そんなこだわりには理由がある。

それは、妻の大好物で、毎朝6粒づつ食べていると言うか食べさせている。身体にいいと思うからだ。

今日河川維持課の宮下さんから電話で湯殿川のコスモス片付けの話があり、綺麗になる事でよかったと思った。(何とか片付け出来ないかと思っていた)また、NTTの方でも、ニコーの星崎さんが来て除草するとの挨拶があった。5時15分湯殿川を見に行ったがコスモスは片付けていなかったので宮下さんに再度確認の電話をしたら、必ず行うと約束してくれた。

ココログが12/5よりメンテナンスで使えず、3日いっぺんに記した。

妻は、歯医者に行ったり、カラオケに峠の尾川さん家に行ったり元気を取り戻した。

12/6(水)の出来事

2006年12月 4日 (月)

淡々と生きる

最近、人生航路に迷いがチラチラ出てきて落ち着かない。生きていくのに何んの不自由も、不満もないが、これでいいのか自分の人生は?いわゆる生きる事で迷い道にはまったような心の不安定で仕方がない。

完璧はないと心に言い聞かせてはいるのだが中々出口が見つからない。言い換えれば、何とかなるさ、成る様にしかならない。と思うよにしているが、妥協点が見当たらない。

自分としては、かなり『ラフ』な考えを持っている所があるが、反面「こだわりの持つ譲れない」所があって心で葛藤が渦巻いている。

訳のわからぬ悩みとなって、インターネットで懸命に良い指標を探している。宗教、哲学、精神医学等を引き出して見ているがぴったりした物は見つからない。

結論を早く見つけ出し決着を付けたいが、あわてる事もないと思ったりしているが、ここでも迷っている状態だ。

2006年12月 3日 (日)

どうもスッキリしない

12/3(日)晴れたり曇ったり気温は13度昨日より5度ぐらい低い新潟、北陸は雪との事だ。

大根干しと、庭の掃除をし、定例のゴミ拾いを行った後、三ツ星まで散歩に出かける。もうスッカリ湯殿川のコスモスも枯れて、小比企の田んぼの稲が片付けの遅くなった稲掛けに雀が群がって小さな鳴き声が大きく集まって飛び出して空に舞い上がった。

鉛色の雲切れ間にに高尾山を前に富士山がかろうじて白ろい雪の姿を見る事が出来た。白い鷺が浅瀬で寒そうに、一本足になり背中を丸めて何か考えているような、上流から流れてくる獲物を待ち構えているような光景を目にする。

晩秋と言うか、初冬と言うかそんな風情の湯殿川の情景であった。

体調がいまいち乗り切れない、精神的に吹っ切れない。何か目的が定まらないで、迷いがあるようで仕方がない。もっと素直に気持ちになりたいと思っているが心に「もや」が掛かっていて取れないといった感じだ。

よく考えたら甘えなのか、幸せすぎているのか、刺激が足りないのか何れにしても贅沢な悩みと思う。そんな一日だった。

    日は弱し 秋ふかくして  湯殿川                                      

    風もなく  晩秋の里   煙立つ                                                                                                                                                                         

  

おかしな事なのか

2日後に体が痛い。大根の収穫区の手伝いをして非定常作業であって、何時もの運動と違う体を使っかたからと思うが体が痛い。

昔会社勤め時代に、鍛冶屋さんのハードの仕事や板金作業のいわゆる冬でも汗をかく仕事に長く携わっていた人は長生きできないし、若死にすると言われていた事を思い出し,一昨日のようなハードの仕事を続けたら長生きできないと思った。

確かに、スポーツ選手でも、相撲や、レスリング、柔道のような競技の選手寿命は短いし長生きできない人が多い。

何故か、余りにも体を使いすぎだからだと思う。それなりに研究はされていると思うが、しかしまあ・・・こんなに体が痛いとは、無理しないでやっていればと、後悔している。

気力もうせるからなあ・・・これからは、気をつけよう。マイペースを守ろう。そして、2日後に痛みが来るのはおかしな事でもない事のようだ。

2006年12月 1日 (金)

おつかれさま

漬物大根を収穫し、洗い、干すを7時半より3時30まで行った。(奈良さん家の手伝いとして自宅にも20本分を頂く)奈良さんの夫婦と大庭さん、百瀬さん、自分と妻、大和地さんの奥さんと奈良さんの弟さんのメンバーだった。平山の畑でコィて奈良さんの庭で洗い屋根に干した。

なんかとっても疲れた。大根が大きすぎて取り扱いが大変であった、特に畑でコグのが一番大変だった。

5時に八木香子さんのお通夜に行き8時に帰宅、カトリックの教会(本町)で行ったが、同級生は17・8人位見えた。教会でのお通夜は、始めてであったが、仏教の坊さんのお経より、解かり易かった。

今日は一日重労働で体が痛い本当に疲れた。肩が痛い、背中も一寸痛い。

しかし、肉体労働で、汗をかくのは気持ちいいものだ。またこんな事を出来ることは、丈夫だからだと思う。本当に幸せだと思う。 有り難い、有り難い

妻はダンスの忘年会で、出かけた。    21時記す。

ひらめきの出来事

いよいよ、12月になり本格的な寒さが一段と深まって来た。また日が短くなって夕方は5時で真っ暗となってしまう。(11/30)我が家では観葉植物が外にあり、家の中に取り込んだ。数が多いので二階まで10回以上往復したら、汗をかいてしまった。半日掛かりで整理をした。

今年は、偶然な事があるよう気がしてならない。同級生の二人の他界と、義姉さんの他界には、「何かひらめきの出来事」のような事象があった。何故か、常日頃人間の性について強くひらめき想っていたからかなあ・・・不思議でならない。

別な言い方をすれば、自分の五感(聴覚、視覚、触覚、味覚、臭覚)からくる性がから来るもののような気になっている。また、先のことが解かったような気がして、(行動、相手の感情を察知できるようだ)そして、一回り人間が大きくなったような、何かから抜け出したような感覚を味わっている。

こんな、体感は初めてであり、これをプラス思考に捉えて行こうと思う。そして何事にも慌てないで、物事に的確な判断が出来るように努めて行きたい。

己を知り、相手を知る。何事も人の試練で、人間としての自己の道を切開いて行きたいと思う。 そんな事を考えて今朝は3時半に起き記してみた。

まったく表現が旨く出来ない事だと思う。

今日の行動予定は、奈良さん家の手伝いで、大根の収穫と八木香子さんの、お通やに出席をする。

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