« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月

2006年10月31日 (火)

明日から11月だ

冬の準備で会館使用の灯油を1缶買い入れた(1、420円)だった。もうこんな月になってしまった。今年は暖かいと言う。

防犯パトロールは、山口さん、矢崎さん、滝島さん、佐藤さん、大庭さん、小川さん、の7人だった。暖かく、月は、おぼろであった。そしてパトロールも始めて丸3年経った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

同窓会の後始末が終った

同窓会の写真を、郵送・配達(歩いて配る)しこれで全て終ったので、振り返って見て自分としてはとても勉強になったと思っている。しかし、反省点はあって、これからの人生に生かさなければと思う。

その理由は、先ず仕方なしに受けてしまった。5人の幹事の誰かが話を進めないと事が始まらないが、誰か始めてくれるのを待っていたが、時期が過ぎてしまいそうになって来て、ファーストレーションが溜まって来た。橋山厚夫君の後押しで、自分が先頭切ってしまって、後戻りが出来なくなってしまう。

そして、途中幹事の木下律君・八木香子さんの緊急入院と言う事態が起こり、ちょっと相談する事も出来なく、これで、一人でやらなくてはと意を強くし開き直って取り組んだ。結果的には、まあまあ出来たのではないのかと思う。

何かやるのであれば、またやらなければならない時は、気持ちよくやる事だまして相手に不快感を、与えるような事はしないようにする。これが大切で、勉強になった。どうせ不器用であるのだから、一生懸命にして人に誠意が伝わるのだと思うし、必ず良い評価をしてくれると言うこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月30日 (月)

そして月曜日

先週は、馴れない作業や、研修会、イベントが連続にあり、気分的に滅入っていたが何とか乗り切り今朝は月曜日となる。内容と気になった事は

①リーダーのすることは、自分から、(イ) 先に行動をとる。(ロ) 相手の得て不得手を見極める(ハ) 褒めること。

②どうせするなら率先して、相手に良い印象を持って貰うように行動をとること。

③自分の身体にあった事をすること=体力的に無理なことは、しないこと

いろいろあったが、勉強にもなった。一寸わき腹が痛く、また朝起きたら体が痛く辛かった。    

反省点①余りにも夢中にならない。(皆んな、適当にやっているじゃないか)②心に余裕を持つこと。(何をやるにも焦らないこと)③結果よければそれでよし。(頭で思っていることが出来なくてもいい)④体力以上のことはしない。

先週は大変(スケジュール)だったが、今週も少し続き、気を入れて行こう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月29日 (日)

人の評価は色々

いいと思っていた考えが、人によって大分違うと言う事を、今日は実感した。

その1先日片倉交番の事で警察の課長が説明に来た。自分では諸般情勢で仕方がないのかと思っていたことで、(全く我々の要望を無視されたことでない)ある。しかし、尾川さんは、もっと強く押すべきであるし行政はもっともっと言わないと全て旨くいかない。

その2大庭さんの意見は、確かに「町会や、各種団体の後継者を若い人に渡せる事にしないと、町会はジリヒンになってしまう。」と言う意見に対し、安井館長は、それを簡単に言うのは違うと思うと言う。即ち、今館長が年をとっていることも在るが必ずしも不備ではない、年をとっても、仕事は出来るのだから、出来る人がやっても良いのではないかと、茂木副会長の意見があった。(若い人と言っても協力する人は少ないし説得がとても難しい)

その二つの事でも、分かる事は見んな意見はあるが、リーダーの心構えや真剣さに、また相手の立場になって考える事も必要であり、愛情と思いやりを以って事に当たる事がとっても大事だと感じた一日だった。

だから、人の評価は色々あるが、先ず、相手の立場になって愛情、思いやりで対応することだと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かなり厳しかった

昨日は、一日、かなり厳しかった。その前の晩に眠れないで苦労した(頭痛)。何時もの通り4時の起きて、朝食の仕度をして片付け、8時半に八王子教育センターに出かける。

センターで、9時から5時まで18年地域防犯リーダー養成講習会に出せきする。GUADIAN ANGELS(ガーディアン・ エンジェルス)の人たちの講義には、相当馴れた講義で感心させられた。しかし、疲れて、眠くてとにかく居眠りだけはしては駄目と必死に耳を傾けた。

5時半に家に着いて、夕食を取り由井市民センター、祭りの様子を見に行く体育館の、マット、椅子出しは、8時からと言う事で一旦家に戻り7時45分に出かける作業を終えて家に戻り8時30分だった。参加者は(大庭、高橋、向井、=1丁目)また、大谷総務係部長に明日遅れる(9時頃になる)と言っておいた=妻を銀杏ホールに送って行く予定だ。

本当にフラフラとなって、これはちょっとヤバイなあ・・・と感じる。倒れるのかとさえ思った位だ。

ボランテアは、やはり自分から進んでやる事だで、嫌々ながらではしない事だとつくづく再認識をした。また、受講者はみんな年寄りだなあ・・・と思った。正夫兄も同席していた。

この記事は朝4時に起きて記した。気温18.5度 昨夜は久しぶりよく眠れ、体力は復元したようだ。よかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月28日 (土)

朝の寒さが一段に

日一日と寒さが増してくるようで、今朝は17度になり早朝のパソコン弄りは大変になって来たようだ。まあ・・・何日前にも、ストーブに火をいれた日もあったが晴れた朝と曇った朝では随分違うことだ。

今朝は、一昨日の疲れからか、体の調子が悪いが(頭が痛かった)、昨日は同窓会の会計を締め、川幡衛司さんに1万円を返しに夜7時にいったり、写真を袋ぐめをしたり、かなり気を入れて行った。全くボランテアである。(写真は遠い所は郵送するが近い所は宇津貫、みなみ野等も含めて配る予定だ)

今日は、八王子主催の防犯パトロールリーダー研修会に教育センターに朝9時から5時まで行く事に、また、今日と、明日(10/28,29)に由井市民センターでセンター祭りが行われる。そちらにも行かなくては、忙しい。

会館のペンキ塗りもあるし11/2(木)、身体に気をつけないと、頑張らきゃあ・・・・と気を入れて、としかし、耳の方がよくないのでまたまた、頭痛の種でもある。町会の研修会(11/3,4)にあり、その中で昌子たちがくるとか?ああ・・・大変だなあ・・・

そんな状況であるがパソコンがあるので頑張れるのかも知れない、ほどだ、それだけ生活の1部でもあり、頑張りの源でもあると信じている今日この頃でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月27日 (金)

なれない仕事で疲れる(塗装)

26日は、片倉町1丁目会館の塗装をした。参加者は、(奈良さん、百瀬さん、矢崎さん、大庭さん、今冶さん、浪花さん、竹内さん、午前中に河合さん、川幡の9人だった。10時と3時のお茶と昼と夕食は、奈良さんの奥さん、矢崎さんの奥さん、妻に手伝ってもらった。)その準備と、段取り等の模索で神経を使い、身体を使い流石に朝起きるとき体が痛かった。また、市議会の準備、由井市民センターのイベント、同窓会の後始末等が重なり、ついつい妻の要望に対し怒鳴ってしまった。(昼食は、あっちゃん弁当@450×11個=4、950円)

よく考えて見れば、全てボランテア、持論であるできるところで遣ればいいので、そんなに無理と感じられたら、しなければいいと思う。

無理して、歯を食いしばり女房に当たっても仕方がない。世の中金で動くものと無償でしなければならない事がある。その線引きがその人の価値判断で、個性でもあるし、人格(人柄)となって現れて来るのだろう。

最近、人間社会で生きていくのは、自分だけ良ければ良いと言った考えの人が増えてきたと言われる。もっともっと大勢の人に(浅く広く)活動していく、精神を醸成していく場所が必要である。それが、学校、地域、家庭からも、より良い社会を追求していく事の重要性が見失われているのには悲しい。

疲れて、そんな事を考えてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月25日 (水)

毎日が大変

昨日10/23は、朝9時30分大庭さんに呼ばれ、八王子警察の片倉交番の統廃合の新聞報道に対するコメントがあると言う事で一緒に聞いて欲しいとの事で行く、(八王子警察署・地域課長久保課長・総務係・柳沢担当係長)午後よりまとめて、ペーパーにして渡す。

片倉町一丁目会館の塗装の件で志水商店に行き、ついでに小島電気に電気ポットを買い入れに行く(使っていたポットが故障)

衛司さんから、写真が出来たので取りに来るようにと電話があり取りに行く。

なんと言ってもパソコンの画面のスクロールが勝手に動いてしまうのには参った。(孝貴に電話してシステム復元を2回した)なんとも時間が掛かりupdateを2回もした。パソコンの領域の深さを思い知らされた。でも少しは勉強になったかな・・・

と言った風に自分なりに毎日が大変だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月24日 (火)

雨は季節のページをめくる

昨日、今日と乾燥した大地を湿らす雨が降り続いた。その雨は、冷たく感じられ秋の深まりを実感する。体が気温の変化についていけないで、風邪を引いてしまいそうで用心しないとね・・・・何か時間の過ぎるのが早まってしまい、体の中、心の中までも北風が吹き抜けるようで、寂しいくらいだ。早朝の屋根の雨音で目が覚めてしまった。

ふと足元を見ると、冬がそこまで来たかって?雨は季節を感じる.ぜんまい時計の”ねじ”のようで、時を刻んでいるようでもある。そして、人生を振り返り、また急峻な山道を登らねばならない。そう考えると気がめいる秋雨でもある。そうして確実に季節のページをめくるのである。

病葉を  路面に散らす 秋の雨      

屋根叩く  音も悲しく  なが夜雨   

秋深し  雨音しずか  夜がふける      

もう、いつの間にか庭にいたこうろぎの鳴き声もなく、虫たちは一体どうしたのだろう。そして、我が家の庭のもみじの葉が病気?紅葉しないで枯れて仕舞い、雨で落ちてしまい、そして秋雨は、淋しく、悲しく感じてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月23日 (月)

ボランテアの考え方(反省)

昨日は由井市民センターに掃除(ボランテアで掃除、草取り、樹木の剪定)に行って来た。夢中で草を取って、(8時30分~11時まで)汗をかき家に帰って来て、暫らく手が震えていた。センターの役員の3分の1位の人しかいなかった。

よく考えたら、ボランテァの取り組み姿勢が、ちょっと間違えているようで、ボランテアは本来「経済的、肉体的、精神的に余裕のある人間がやればいい事で、そこに、打算的で、後で後悔するような事があるようでは、しないほうがいいと思う。

何だか、今日は前記のよう、疲れて、精神的ダメージとして残り、取り組む姿勢に反省してしまった。

また、隣接している川久保公園のゴミが、酷く汚れていた。誰も気にしないので、安井会長に聞いて見たら、仕方がないと諦めて、公園は市の方だから関係ない我々はセンター内をすればいいのである。と言いたげな言葉を聞きとても残念であった。(自分で拾って掃除をした)

安井会長の考え方が違うのはなんとも自分に受け入れない事があったからかと思う。それと、樹木(高木)の剪定は素人は出来ない、専門職の人が道具を使いしなければ無理で、市の施設だから、剪定作業は市で予算化してもらい、作業をお願いしたらと言った意見が多数あった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月22日 (日)

新語探検

パソコンの辞書を開いたら、新語探検コーナーがあったので、今の時代を反映しているなあ・・・と思って気になる新語「非電化製品」と言うもを読んでみた。

発明家・藤村靖之が、提唱する電気を使わず快適に暮らすための家庭製品。もともと藤村は、大手メーカーの技術者だったが、独立して小児喘息の息子のために、電気を使わない、空気清浄機を開発。それが大ヒットした事から、次々と電気を使わない機械を世に出している。掃除機、洗濯機、冷蔵庫、冷暖房機、照明等で「電気で無くても快適・便利は追求できる。」という実例を示している。除湿機は塩化カルシュームを含んだ分厚い濾紙が湿気を吸い取る仕組みで、2日で1~1.5リットルくらいの湿気を取るという。濾紙の色は使用前にはブルーだが、湿気を吸い取るとピンクに変わる。全体がピンク色に変わるとそれ以上湿気は吸えないという合図、陽光に当てれば、ブルーに戻りまた、使えるようになる。

冷蔵庫は、放射冷却現象を応用した。このように電気を使わなくても、そこそこ快適に暮らせる器具を提案している。

と言ったぐあいだ。これからも利用したい思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月21日 (土)

美しさ日本

日本の美しさとは、日本画家千住博さんが言った。

「静けさと華やかさの共存」と歴史学者の木村尚三郎さんが深夜便で言っていた。(10/17に亡くなっている。)再放送

今の世界状況は、江戸時代(1800年)に似ている。経済的にはある程度余裕があるが、もう一つ踏み込めない不安があると言う。今、世界情勢は中東から、東南アジアに移行して仕舞ったようで、イラクや、イスラエル、パレスチナ等のきな臭さは、イランの問題はのこすものの、完全に北朝鮮の核実験で、世界の人の目は向けられてしまっている。

日本の安倍政権も立ち上がり、ジャブを貰ったようで戸惑っている事だろう。そんな中で日本の閣僚の中でも「核保有の議論が出てもいい」と言った発言が出たほどだ。

日本は景気が最高にいいと言っているが実感がない。少子高齢化が進み年寄りの将来と、子供の教育の問題は、とっても根が深い問題である。政府の教育再生会議も立ち上げ何とかと言っているがどうだろう。安倍首相が言っている「美しい国ニッポン」とどう調和をとっていけるかな・・・深夜便を聞きながら考えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

枯れ毬栗の或る風景

冨士の見える湯殿川を毎日散歩して気が付くと、何時しか栗林の栗の実は無くなり、落ち葉と一緒に栗の毬(いが)大きく弾き飛ばした抜け殻の枯れた針を残したまま、あちこちに散乱している。もうゆさゆさとした青い葉は無い、短い夏を一生懸命闘って、十分満足して役目を果たした栗の木の畑に、それが、夕日を浴びきらきら輝き、何者も寄せ付けない毬栗の残骸の、いやに感傷的に目に残った。

「年年歳歳花相似たり(同じに巡り見えるが)、歳歳年年人同じからず」で同じ風景に見えるが、今年は本当に年の経つのが早く感じられて仕方がない。

季節は巡りまわってくるが、人は中々そうはいかない。小学校の56年前の卒業した同窓会を幹事で行った。元気でいる人、病気で入院している人、1週間前に病気で入院してしまった人、通院している人がいる。それが現実で「いやあ、何と言う速さで時は転回っている事よなあ・・・」

栗の枝  富士の見ゆる  秋の空

毬栗の  落ちて実を投げ 藪の中

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月20日 (金)

治自体の組織運営(ガバナンス)評価

「治自体経営改善の自己診断2006自己評価基づく組織運営(ガバナンス)評価」

(財)関西社会経済研究所(会長;秋山喜久関西経済連合会会長 所長;本間正明大阪大学院経済研究科教授)では、地方分権の時代に対抗した治自体で評価に関する研究に取り組んでいる。その成果の一つとして、全国10万以上の人口を有する治自体について行った調査報告。

上位20位のうち、14団体が東京都で、八王子市は、百点満点で92.1点で全国で1位だ。同研究所では、「目指すべき方向を示した総合計画の進捗状況を定期的にチエックしている点が評価できるとしている。全体では、平均62.8点。

また、八王子市は、市長のリーダーシップの下で「減量改革から仕組み改革」を目指した行財政改革を進めており、地域経営を柱としている。八王子市のH・Pにも掲げているが、総合計画、実施計画、及び財政計画の考え方は、(財)関西社会経済研究所の理念型と考えている姿にきわめて近く、平成14年度頃から取り組まれた改革の成果が出てきているから今回最も高いスコアになったものと考える、という事の評価だ。(以上10/13同研究所公式発表したもの)八王子市は、良く頑張っていると思った。H・Pもリニアールして見やすくなった。

しかし、まだまだ、100点ではない、よい事例は岩手県の滝川村の改革もある。NHKの番組でも紹介された。(参考にして欲しいと思う)今日は、八王子警察主催の防犯の集いに参加して、考えてみた。この見出しを塚本議員の事務所の机上に置く(大庭町会長)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

加圧トレーニング

今朝、パソコンでこんな記事を見た。加圧トレーニングとは、何らかの障害で正常な動きが出来なった筋肉を治療する方法で、具体的には、筋肉の血流を加圧する事で制限し、筋肉への負荷をを大きくしトレーニングを行う事によって成長ホルモンの分泌を促し、短時間で驚異的な筋肉や、筋肉増強が達成する事ができる。身体が本来の持つメカニズムを利用した日本発世界初のトレーニングメソッドだ。(佐藤義昭氏が脚の痺れをヒントに加圧トレーニングを発明した)川崎・小田切病院のコマーシャル。

今、不自由になった人が沢山いる。みんな元の機能を回復するようにリハビリに励んでいる。生きて行くのにはそれなりに機能は維持して生きたいと思うのはとても自然だ。

生きる、生きていると言う証は呼吸し、脈道、いわゆる生活反応があることだが、その上に消化器系が正常に働き、運動機能がまあま、出来る事が生きている証となるのだ、しかし、唯息をしているだけで、意識が無い(脳死)で生きているとはいえない。

そして、延命維持装置はいらないと言う事を生前証明して置くことが言われるようになった。それだけ医学発達したのだとつくづく感心させられる今日この頃だ。

また、物理学的に「生きと、死」の判断は、難しい事となってきた。意識(無脳学的)ないか、あるかでもだ。人間と言うものは感情があるしなあ・・・厄介だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月19日 (木)

酒の量は守らないと(2日酔い日)

昨夜は、同窓生の橋山國男君のお通夜の帰りに同窓生6人で同窓生の家に寄り遅くまで、飲んだ仕舞った。午前様になって仕舞い、車で送って貰ってやっとの思いえ家に着いた時間は12時40分だった。

風呂も入らず、其のまま寝てしまった、途中2回ばかりトイレに起きてたが7時に起床し、シャワーを浴び身体をリフレッシュしたが二日酔いは治らないで1日中だるく、眠く家でゴロゴロしてしまった。

世の中大きく動いているのに、こんな事して、何たる事だ。自分でこうなる事はある程度予測は付いていたものを、酒の量は分かっている筈が・・・反省が足りない。酒の量は誰にもある」キッチリ守らないと。

今日は、自民党中川政調会長の「核保有の議論はあっていい」の1語が千里を走ったり、デイープインパクトの薬物の問題の噴出したり、アメリカのライス国務長官の来日し、韓国で日、米、韓、の3者会談が予定されていたり、世の中あわただしく動いているのに、呑気にしていられるのだから幸せだよなあ・・・と思った。

門倉みきちゃんから電話あり、日曜日(10/8)に見舞いに行ってきた。幾らか、食事も取れるようになったので元気になったとか、また木下律君は、金具が取れたとか、まだ大変のようだ。昨夜は、お通夜に行って来たとの事だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月18日 (水)

人間も枯れ木の如く

今日、脳外科病院と、老人介護施設のアゼリアに行ってきた。人間も年を取ると色々な部署が痛んでくる。特に若い内に無理をして(酷使)いたところが、早めに痛んでくるようだ。なんだか、今日は年寄り連中を見てきたせいか、介護が必要で、病気治療・療養が多くなって来た。年寄りが多いなあ、印象が深く感じた。

そして、年よりはこんなに年を取るとは自分でも思っても見なかった。生きていくのも辛く感じる事がおおくなった。「早くお迎えがこないかなあ」と年寄り同士で話題になっているようだ。

自宅介護は、家族が大変、肉体的、精神的、経済的に耐えられない。だから介護保険制度の崩壊の危機が叫ばれている折、「政治に期待したい、消費税も上げるのも仕方がないだろう、年寄りが安全・安心をして毎日を過ごす事が出来ることを。」そんな風に感じた1日だった。夜には、同級生の橋山國男君のお通夜に出かける。

そこで人間も枯れ木の如く倒れて土になって行くんだが、それは幸せと思って倒れて行って貰いたい。無念に途中立ち枯れしないようにして行かなければと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月17日 (火)

たわごと

中国語で「道=タオ」老子曰く、「功成り、名を遂げて、身を退くは、天の道なり」功は成り遂げているかは人夫々の判断だが、歴代の首相が、何時までも出しゃばって居ては後の首相は、やり難い。しかし、裏工作では、相当の駆け引きがあると思う? 小泉首相は、昨日大阪で補欠選挙の応援に出かけいまだに人気は落ちないとか?

皇太子一家がオランダに雅子様の病気見療養を兼ねて、行ってこられた。その後、私的な事では、愛子様の運動会等では、お出かけになられたそうだが公的な事では、まだ出られていないようだ。私的のことはこなし、公的は出来ない?この辺ではっきりさせる事も必要と言っている国民もいると思う。ヨーロッパでは、特にフランスの諺にノーブレス・オブリージュ(NOBLESSE・OBLIGE)と言う諺があるそうだ。毅然としたところが見たい。 

=身分の高い者は、それに応じて果たさなければならぬ社会的義務があるという。=欧米社会における基本的な、道徳観。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月16日 (月)

生きる語録

利己心を取り去り、慈悲心と寛大な精神で自己反省をしつつ自己の品性、特性を高め、より良い社会のために貢献する生き方。(利他心)

これは非現実的な方法に見えるかも知れないが実は合理的で力強い生き方で、苦労しなくても暮らしていける真の安心平和幸福をもたらす方法。

自分を取り巻くあらゆることに対して感謝し、今が最高と思い、以後行動を前向きに生きる。感謝こそ幸福への最大の近道だ。誰もいなくても1日何十回となく「ありがたいなあ・・」「しあわせだなあ・・」と声を出す。

ささやかな愛を与える。ささやかな貢献心。思いやり。慈愛の心。哀れみの心。いじめ差別しない。策略しない。和顔愛語で生きる。笑顔が大切何事も喜ぶ。

本当にやりたいことを、好きなことを、楽しい事を、自信のある事をやろう。厭なことをしない、賭博、投機、不法、不道徳は不可。自分を基準にする、精神的に自立する、自分のことは責任を取る、自分の心を表現する、自分らしく生きる、他人と違うこそチャンスはある、楽な生き方はきもちがいい、楽観的に陽気に生きる、義理の付き合いはなるべくしない、常識や世間体には鈍感であれ。

出会いを大切にする。素晴らしい友と師を探す。

競争に勝つコツ。

一生懸命になるな、程ほどにバランスが取れたことをする。有るがままに。

プラス発想が事態を好転させる。好奇心を持つ、大自然に出る。

偉そうにするな、「なんにもしていない」他人を認める。褒める。

「損か得か」より「好きか嫌いか」か「善か悪か」あるいは「世の中の為になるかならないか」で生きる。自分がして欲しい事を相手にする。自分がして欲しくないことを相手にはしない。相手の過去の古傷や欠点や悪口や愚痴を言わない。人の秘密をベラベラ喋るな(黙秘の徳)人に恨まれることはしない。

執着はしない、拘りを捨てよう、過ぎ去った事は諦めよう、過去を改め恩義を厚くする。

嘘をつかない、誠を尽くす、どんな相手にも誠意で対応、悪い事はしない習慣に狎(な)れるな、人生の運命は週間が織なす。慈悲のない正義感は持たない。

禍福は恐ろしい。

歴史を学べ、/東洋思想を学べ、秘伝「老荘流」生き方。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

相田みつをのことば

長い人生にはなあ・・・どんなに避けようとしても通らなければならぬ道と言うものがあるんだよなあ・・・

そんな時にはその道をだまって歩くんだよ、愚痴や弱音を吐かないで、黙って歩くんだよ涙なんか見せちゃ駄目だぜ・・・そしてなあ・・・その時なんだよな人間としてのいのちの根が深くなるのは・・・・

本当に実感「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからずだ。

この言葉は常日頃思っていたことで、この言葉に出会えて感激していると言うか心に突き刺さる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雑感

毎日新聞の新聞週間によせてこんな社説(10/15)に書かれていた。宮崎市の神田昭二さん(63)は、昨年夏、肺がんを再発した。退院後も抗がん剤治療を受け、不安で気がめいる日が続いた今年の初め新聞に「病気になっても、病人になるな、笑いが薬。」と言う記事があったのを見た。

「あの記事でわたしを変えた、未来を決めた」その時詠んだ神田さんの作品が15日から始まった新聞週間の代表標語。「健康には、なんでもない、記事が大きな励ましになった。何時までも落ち込まず自分を変えようと思うきっかけをもらった。」と神田さんは言った。

10/7に同窓会をやった八木香子ちゃんが、幹事の一人だったが1ヶ月前の打ち合わせでは元気にしていたが「わたしガンが再発したの骨に転移して、今放射線治療をしているの」と明るく言った。病院でがん治療をしている人に「あんた、ガンで良かったじゃないですか、交通事故で大きな怪我をして、亡くなる方より、ガンだって治るのだから」といって励ましたと言ったそうだ。(その事はとても印象的で私もある意味で励まされた)しかし、何と言う事か幹事5人(最初は3人ぐらいで良いのでは思ったが)のうち2人が、(木下律君9/26入院9/29直腸を手術)開催日前の10/5にに入院(八木香子チャン)してしまった。

新聞は、ニュースを伝える速さでは、テレビやインターネットには、かなわないが「正確さと信頼」では上のようだ(新聞協会調べ)。

また、あわただしい世の中で、スピードの競う社会であるが、テレビやインターネットでの速さも必要であるが、新聞の落ち着いて考えさせ、勇気・希望を持たせてくれる良さもある。

最近インターネットを開いて「自分なりの想いをプログのような事?を書いている」が、どうだろう朝2時半から起きて、パソコンを弄って」と寒くなった事もあり考えている。

だから、このメッセージでは、「魂を揺れ動かす感動は人生を変える」それが、ニュースメデァから受けたものであっても、人の話であっても、素晴らしい風景や、初めての出会い等を何時でも、受け入られるフレキシブルな気持ちを心がけたい。危ない年で馬の背中を歩いているのだから・・・・おっととい人生だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月15日 (日)

脳の機能のこと

脳の機能は20歳がピーク、使われなければ低下する一方だそうだ。40歳を過ぎれば「最近物忘れがひどくなった」・「人の名前が思い出せない」ような機会が増えてくる。

人の脳は他の動物に比べて重い、特に大脳皮質の前頭葉の中でも前頭前野が重いらしい。この部分は大脳皮質の3分の1を占めていおり、言葉や理性、感情や意欲、創造力、などを司っている。人間を人間たらしめているのは、前頭前野の働きであり「脳の中の脳」とまで言われている。

前頭前野の働きは70歳で7歳の子供とほぼ同じレベルになっている。(川島隆太氏)文芸春18年/10月号

脳の神経細胞は1日十何万個と壊れていく。とすれば70歳前後になると50㌫ちかくの脳細胞が壊れていく計算になる。もともと脳細胞の利用率は20~30㌫前後と言われるから後60~70㌫も残っていると思か、60~70㌫しか残っていないと考えるか人によって異なる。

細胞の減少もさることながら、自らの体験を通して組み上げられた脳細胞の配線と言う脳細胞を統括するプログラムは容易には変わらないらしい。

脳細胞の数は140億個(但し働いている細胞は40億個)20歳を過ぎると10万個/1日づつ死滅する。働いている細胞は、40歳で33億個、59歳で28億個、125歳で0個になる勘定だ。従って若いころに、この統括するプログラムを十分に作成しておく事が肝要である。年老いてから、これに気づいてやろうとしても無駄なようだ。

放言より

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月14日 (土)

絆作りが難しい時代

孫の運動会で出かける。今家族の絆を問うた問題が色々な形で取り上げられて、政治家や、知識人等で議論を沸かせている。1947年より教育基本法の制定による家族の問題も巻き込んで、人間社会の価値観が大きく変わったものとなり、個人意見を重視し、家族の絆の大切さが、失われ野放図にされて来た。今ここに来て痛ましい事件の多発を鑑みて、社会の規範を立て直す機運が高まったように思われる。

当然の如く核家族化が進み、別生活をしている子供達と孫達の運動会を見に行く事になった。そこで考えて見た。

孫の成長が楽しみの反面、3世代で暮らして行く自信はない。本音ではどうでもいいし、ただ神経を使い、お金を使い疲れだけが残るだけのようだが、前述のようにここで頑張らなければ家族の絆は断絶して仕舞うことになる危機感がある。

2世帯住宅を建て、親子3代で一つの屋根の下で暮らすと言うこと、親の老後を面倒見てもらうことは理想的であり、美しい国づくりには儒教的からも、最高に格好いいと思う。

ただ、その中心的な役割の子供達の戦後の個人崇拝の教育で育ったイメージが強い生活で来たものが、果たして旨く同化出来るだろうか、先祖を敬い親を尊ぶ事は難しいと思うが、どうであろうか甚だ疑問である。難しくなってしまった時代と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心も頭も柔軟に

人間は、生きてく過程に、想像もつかない感動の出会い、衝撃的な想像もつかない出来事が待ち伏せている。それが年を重ねるにつれ、経験として蓄えられて個人のキャラクターにもなって来るのだ。それは、個人の生活環境により、また学習努力、向上心の持ち方により大きいく違いが出てくるのである。それが良い悪いでなく、個性となって人格を形成を、醸成され成長していくもだと思う。

個人的に意見は違っていいと思うし、当然である。むしろ戦前の統制された思想であってはならない事は人間社会において大変重要なことだと思う。画一的なことでは、面白さも無く、真っ白な画面で無味乾燥で気持ちが悪い。

しかし、問題なのは、意見や見方が違っていても相手の気持ち、考え方も聞き優柔不断とは、行かなくても、ある程度妥協する寛容さは必要だ。

絶対駄目では、物事は進まない多数の意見の出た場合は民主主義の原則で多数決も必要であり、いかに反対しても最終的にはごり押しでなく、違った意見に合わせる努力する事が最も大切だ。

誰でも不満がある、その不満を引きずって次の問題を処理する時に切り替えが旨く出来ない事もある。だから、何かハード、ソフト的の出来るブレークタイムを作ることだ。

また、相手の気持ちに立って考える余裕を持つ事を心がける事だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月13日 (金)

生きる哲学の一つ

人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。

人は自信と共に若く、 恐怖と共に老ゆる。

希望ある限り若く、 失望と共に老い朽ちる  サミュル ウルマン    

青春とは、人生のある期ではなく、心の持ち方を言う。                    薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足でなく、たくましい意思、豊かな想像力、燃える情熱を指す。                                              青春とは、人生の深い泉の清新さを言う。                            青春とは、臆病を退ける勇気、安きにつき気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。ときには二十歳の青春より、八十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。                                      歳月は、皮膚に皺を増すが、情熱を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は、芥くになる。                                    幼児のような未知への探究心、人生の興味の歓喜がある。君にも吾がに見えざる駅逓がある。                                                 二十歳であろうと、人は老いる。希望をと夢を追い求め続ける限り八十歳であろうと人は青春にしてむ。(己=おのれ=キ、 巳=み=シ、 =止む=イ)  駅逓=宿からやどへ荷物を届ける事。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月12日 (木)

夫婦のありかた

50年以上付き合って酸いも甘いも承知の夫婦で、いまさら亭主の愚痴を言っていても世間ではどうとるか、考えて見て欲しいと思うことが、今日の出来事にあった。

会話ので出しから、旦那を非難し、全く救いようのない人間であるかのごとくにまくし立てていてはどう相槌を打っていいか分からない。まして兄弟の私にどうすれば良いのかと聞きたい位だ。

かなり高齢で(80歳)で大病(心臓手術=心筋梗塞)をしているし、老化が進んでしまった?のかも知れない。人間個人差はあって仕方がない96歳でも、尚元気な聖路加国際病院の医院長だった日野原重明先生いるが、講演で先生が言った言葉の中で、自分より年下のお年寄りに講釈をいう事があった。その人たちの、元気に生きるためのメッセージは、今までの生きてこられた事の賛辞を怠ら無かったと言う。

不幸にして若くして病に倒れたり、事故で亡くなったり、若年性アルツハイマーに犯されてしまって家族に大変な思いをさせてしまっている人もいる。

だから、56年も夫婦を維持して生活して来たのだから、そうなったからと言って、夫婦の歴史を創ってきたのだし、いまさら旦那を歎くのは、言っている本人の顔に泥を塗るようなものだ。だったら、何故結婚したの、そして、そんなにどうしょうもなかったら離婚すればいいじゃないか。いやいや、今、文句を言っていられるのは、そのどうしょうもない旦那がいたからだ、と言うことを思い出して欲しい。また、自分の愚かさをさらけ出おすようなものだ。

兄弟としても兄が辛そうだ。まして、他人が聞いたらなお更だ。一蓮托生

| | コメント (0) | トラックバック (0)

身体と心

昨日ほど「身体と心」と、いう事を意識した事はなかった。理由は左わき腹の筋肉痛からと、同級生の香子ちゃんの緊急入院であった。人間は何時どんな時でも緊急事態が起こることを覚悟しておかなければならない。6年前に乳がんが発症し放射線治療で手術はしなかったのである。しかし、ここに来て骨に転移している事が分かり、その治療に専念しているが、普通の精神の持ち主ではない気丈な所を見せていた。

しかし、人間は肉体的には他の動物と比べ弱いどう動物だ。精神的に強い人間にいられることは宗教がある。その場、その場を冷静に対処することが出来る強い心の持ち主は、輝いて見える。

生きるには、身体の機能の維持は動物的に絶対条件だが精神的な面がそなわらないと社会生活は出来ない。それが強いか、弱いかの差が出るのかと思う。

だから、健康とは「肉体的と精神的に健全である」事だ。精神の鍛錬は教養の積み重ねと信じる事の出来る柔軟さの心の修養で、そこに介在するのが宗教である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月11日 (水)

国連とその意義

北朝鮮の核実験で、世界は大揺れとなった。10/8の朝10時35分に実験は行われたようである。全く、あの貧しい国がそんな事をして、とても、理解っ出来ない仕業だ。

国連の議長国である日本の大島大使は、早速核実験をさせない決議を採択したばかりであったが、おかまいなしに(無視)されてしまった。その上、日朝共同宣言も無視した。

全く国際ルールを守らない「ならずもの国家」だ。6者協議も、ほったらかしてアメリカとの差しでの協議をするとだけを固執している。こうなったら中国や、ロシアも今までのような考えで援助していく事は、国際社会では認められない事となって来た。

国連の動きも、あわただしくなって来たようで、北朝鮮の大使は、四面楚歌となってしまった。この問題は安保理事会でも大きなペナルテイをせざるを得ないとろろとなてきた。

※国連加盟国=192カ国 議長国=月毎に代わる(日本は10月)予算=31億6000万ドル(2005年度)分担金制度で賄われていて、日本はアメリカについで多い、比率は19.2パーセントでダントツである。加盟国は出資は、義務付けられている。  常任理事国=アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスの5カ国。

だから、世界の平和と安全を守ることの意味で世界の警察的な、役目もする所でもあると思い、尊厳のあるとろと認識して、力のあると事なって行かなければならないと思う。

目的(意義は)、世界の平和と協調で、経済、環境、資源、安全、人権等を守護るところにある。1946年にサンフランシスコで第二次大戦後に創られた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月10日 (火)

腰の痛さに悩まされる

昨日は、朝かあら夜寝るまで大変だった。起きたら「”いやー腰が痛くて、歩くのに大変である”」腰なんか痛くなったことなど経験がないので自分でも驚いてしまった。腰は、人間にとって中心的場所であり最も重要な所だと思う。.始めての経験である「ああーまいたなー」

所詮人間のどの部分でも、必要なところであり不必要な所はない。またそれが何処が悪くても辛いもので普段は当たり前に何にも考えず生活をしているが、突然調子が悪くなると、親に頂戴した身体の有り難さを実感するのである。  ちょっと違うかな、次のようなことを思い出す。

「身体髪膚これを父母より受ける。あえて毀損せざるは孝の始まりなり。身を立て道を行ひ名を後世に揚げ以って父母顕(あらわす)はすは、孝のおわりなり。それ孝は新に事(つか)ふるに始まり事(つか)ふるに中し身を立つるに終る。」

約すと、 わが身体は両手、両足から毛髪・皮膚の末々にいたるまで、すべて父母から頂戴したものである。それを大切に守って、云われなくても痛み傷けないようにする。それが孝行のはじまりなりなのだ。立派な人物になり、正しい道を実践し、名を後の世までも高く揚げて、それで「あれは誰の子と」父母の名を世に広く輝かせる。それが孝行のおわりなのだ。いったい孝行と言うのは、家にいて親に事(つか)えることが始まりで、家を出て、君に事(つか)えるのがその中間「孝と忠とを全とうして」立派な人間になるのが終わりなのだ。

それでも難しい、良く解らない?論語は。でも今朝は良くなった(痛くない)有り難い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 9日 (月)

北朝鮮の核実験

今日、午前10時半ごろ北朝鮮は、とうとう核実験をした(10/3に核実験を行うと国の内外に報道した)と報じた。それにいち早く気づいたのはやはり韓国である。今、国連安全保障会議議長国日本で北朝鮮の核実験阻止を可決したばかり、その上安倍首相の中国・韓国訪問と重なり、NHKをはじめ各メデァは番組変更して、報道していた。それだけに北朝鮮が核を有した国になった事で、世界の平和に対する脅威となって来たといえる。

これで世界の核保有国はアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国・インド・パキスタン・北朝鮮となったわけであるが、北朝鮮が核保有国となって、北東アジアの平和バランスが崩れて、台湾・韓国・フイリッピン・マレーシア・インドネシア・シンガポールと日本の和平の協調が困難となってきたように緊張が深まってきたようになる。

日本は、唯一原爆の被災国である当然広島・長崎の人々は、想像もつかない憤りと思う。核拡散防止条約(NPT=Nuclear Non Proliferation Treaty)を脱退して、国連の監視委員を追い出し国際社会からも多くの非難の中、実験に踏み切った主な理由は、6カ国協議でなくアメリカとの2国間協議を望み、また、金融制裁の解除を求めている。これは、金正日書記長の最後のあがきと、国内体制の引き締めであるかと思える。相当に経済状況が悪化している事がうかがえる。

日本の政府は、中国・韓国と連携を深めこの問題を慎重に扱わなければならなくなったし、安倍内閣も拉致問題に力をつけて対応するとの意気込みの中最も重要な外交問題となった北朝鮮である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 8日 (日)

感激の無い同窓会

56年前に卒業した由井第二小学校の同窓会を行った。(幹事であった他に恩曽(元)、門倉、木下、(緊急入院で欠)八木(緊急入院欠)入学当時、44人が卒業し物故者は3人であり、さほど亡くなれた方は少ないと思った。そして、参加は、18人であり、一寸残念である。不参加の1番の要因は、価値観の違い(無関心)2、体調不良、3都合が悪いだろう。特に案内を出しても返事すら出さない非常識さは何と言うべきかわからない。

やはり体調が悪く、参加したくても出来ない人仕方がない。古希に近い年齢で丈夫な人は稀であり、当然1つや2つ位の悪いところを抱えるのは当たり前で極普通であると思う。

幹事をやったせいか、また事前準備で大変だったこともあり、疲れが残った翌日でもあり今日は家でごろごろしてしまった。その上の振り返って見ると、何も印象に残らないと言うか、得るものがないものとなってしまったと、変に反省。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

親が変われば子も変わる

今日、小山高生教授(大阪芸術大学教授・脚本家)の講演会に聞きに由井第3小学校に大雨の中行って来た。1時間半の講演会で若干、子供達の遊び声が気になって聞きづらかったが、まあ日ごろより自分も思っているところでもあり考えを後押しされているようで、なかなか良かったと思う。

子供は親を見て育つ、子供を見れば親が分かるくらいで全く合わせ鏡のようなものだと言う。子を叱るより親の反省をしなければならないのかと思わないといけない。

子供に注意する事さえ出来ない現代社会仮に注意すれば親に文句を言われ子供の製造元の親は、責任は他人のせいにして自分では、何とか逃れようとしてしまう。

昔の職人が小僧に教える方法「やって見て、やらせて見て、褒めてやる。」これが躾けの基本だ。

教育に、このところ、気になっている事柄多い中で今日の講演会は有意義だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

医療費の出来高制と定額制

現行の診療報酬は手術、検査などの診療行為ごとに点数が決められ、その合計を治療費とする出来高制が基本、医療費機関は点数を積み上げ収入が増え過剰診療を誘発すると指摘されている。

一方、過剰診療にも決められた価額しか払わないのが定額制で、医療費抑制策の切り札とされる。その反面、差額を浮かす事を狙った過小診療の呼び水となる危険もある。

厚生省は、06年度、360病院で定額制を試行している。

今年成立した「医療制度改革関連法」は、75歳以上を対象とした新健康保険創設(08年4月)を盛り込んでいる。同省は、75歳以上の診療報酬も高齢者んの特性に応じた独自の体系に再編する必要を主張していた。(毎日新聞)

診療報酬制度は、2年に1回改定され、次回は来年4月である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教育基本法について

教育基本法が、改正されようとしている。この基本法は、(昭和22年3月31日)制定され、59年間日本の教育を形成されてきた。当初日本の「伝統」を教えると言う案は退れれ「平和な国家」を基本とされ。このため多くの国で教育の基本とされる「愛国心」と「徳育」「孝育」の教育を行わないめずらしい国となった。つまり、国民の背骨が抜かれてしまったのである。

本来子供に対して教育すべき、「国家社会の貢献や、協調、家庭の役割、自ずから持っている能力の開発、人生を生きるための知恵、生きる事の意味」といったものは削除されてしまった。59年間、学力は低下し続けてきたと思う人もいる、徳育も進んだと言う話は聞いていない。

中学生のなりたい職業のトップは、公務員である。お国のために働きたいというのではない、理由は云うまでも無く、給料が良く、退職金が多く、リストラがなく、親方日の丸で気楽に暮らせるからである。まったく無気力そのものの人間である。しかし現在のような、社会状況で人々が気楽に一生を過ごせることは不可能である。

徳育は教育の基本であり、その上に知育が必要なのである。そして子供に自ずからの持っている能力を存分に発揮させて国や社会に誇りもって貢献する教育が求められると思う。 (※生きるから抜粋一部修正)

徳育=道徳にある情操豊かな人間性を養うための教育。知育・体育にたいする。(moral・education)

知育=徳育・体育に対して、知識の習得によって知能を高めることを目的とする教育

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

ワーキングプアー

「ワーキング・プアー(WOKING・POOR)働く貧困層」

ワーキング・プアーの定義は、「収入が生活保護水準以下」と言うことで全世帯の10分の1、約400万世帯にのぼるという。ただし、実態はまだ多いのではないのかとと言うことだ。

小泉改革後、景気は良くなったと、政治家(一部大学教授等)は云っているが本当なのだろうか?

最近テレビで政治家が「格差社会」「勝ち組・負け組み」なる言葉が良く聴かされる、こんな言葉が流行る世の中、まともなのだろうか?と、思ってしまう。冗談言っているうちは良いが、「働いても働いても豊かになれない時代」本当にそういう時代になったらどうなるのだろう。

教育の「機会均等」と、なっているが東大に行けるのは、親の力(経済力)との社会構造と一部ささやかれている。ワーキングプアーから逃れたくても出来ない人たちがいるという事だ。阿倍政権が誕生した、こう云った深刻な問題(格差社会)を取り除いて真の教育の「機械均等」を作って欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 3日 (火)

生きと死

宇宙から見たら、人間の命なんて小さなものだ。寿命も僅か100年足らずである。55億年の地球の歴史からすれば一瞬の間である。

人間の命の尊さは、ある人は云った「人の命は地球より重い」と、生きて行くのも、タイトロープを歩いているようなもので、大きな障害の連続である。つまづき、転んで、立ち上がり道に迷い、壁に行く手をさいぎられ、悩み苦しんで生きているのが人間だある。ただ生きているだけで大変なことなのである。

そんな地球人の社会では、毎日人殺しを始め、弱肉強食を前面に出し、自分さえ良ければの輩(やから)がおおく、ニュースを見るたびに眉をひそめるのである。

ほんの指先で押しても谷底へ落ちてしまうお年寄りや幼児達が被害が多い。心の悩む方も多くなって来たのも社会が複雑多義になって来たためだろうか?

フランスの国旗の精神の「自由、平等,博愛」の気持ちで、僅かのか弱い人間は助け合い、励ましあって一生をまっとうさせて行きたい。

生きと死は隣り合わせ、ほんのか細い命を大事に大切にして行きたいものだある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 2日 (月)

第3次元的発想

歩いていて疲れたのか、どうも変な発想をしてしまって気持ちが落ち着かない。何時ものコースを歩いていたが、とても疲れた感じがしてこのままこの場所に止まっていたら(死んでしまったら)どうなるんだろう。何も考えないで1歩1歩と歩いていれば家に着くことだが、この時点で家に着いていたらどんな事をしているのだろうか?と時間のづれを無くしたら、どうなるのだろうとか自分でも不思議な考えが、沸き起こってきてしまった。

だから、タイトルに「3次元的発想」としたが、本当は何だかわからない事なのである。表現の難しい、頭の思考力が落ちてしまっているからだと思うが、体力的に落ち込んでいるのが原因とも思えるし、今までに無い経験である。

段々年を重ねると、想定外の事柄が起きてしまい、正常に取り戻す事に時間が掛かるのは仕方のない事とは思うが悲しいと言うか、寂しい気持ちである。

コスモスが長雨に濡れて、花のこうべを垂れて、じっと何かを待っているような風情だった。昨日から降り続いた雨は午前中に上がり午後から晴間も出てきたので、リハビリと、気分転換に何時ものコースを歩いた。そうしてエキセントリックな、発想が出たのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駅前で見た風景

昨日、JR八王子駅前を通り、八王子京王プラザホテルに行く途中の事である。北口に出てタクシー乗り場のまえで、清掃員の男3人がワイヤーブラシに洗剤を付けて、手で路面に黒くなているガムを落としていた。何回も何回も擦って一箇所落とすのに時間が掛かりお金もかかり、大変な作業であった。それが物凄くあり、朝から一日やってもやりきれない程である。そこを通る人たちはどう見ただろう。無意識に自分でかんで捨てたガムは、こんな事しなければ取れないことを解って欲しいのだ。

その時は何にも感じないでゴミを捨てたことで、こんな大変な作業をしなければならい事を「いいのか我々の生きていく地球がどうなっても」と言いたい。

「親が変われば子供もかわる」と言われている。マナーは子供や若者が悪いのではない親や、大人達が悪いからなるんだと思う。大人の勝手な身勝手行動の付けがどんなに大きいか考えて見て欲しい。

注意する事は、勇気の要ることである。しかし、下を向いて「今の子供は」と歎いているばかりでは仕方がない」誰かやらなければ止まらない。地球破壊は、深刻な状態になる。

汚れた町は、活気が無く、犯罪も多くなり町は自然に寂しく、住みにくい事になるのである。無関心の行為で心の傷をつけてしまい、それを癒すのはとてつもなく大変だ。そんな感想を持った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 1日 (日)

BIOTOPE(ビオトープ)

ビオトープ(biotope)

生物群集ができる環境条件を、備える地域、生物群の生息場所。ハビタット(habitat)と同意語だ。(辞書から)

いま、地球環境が、大きな問題になっている。NHKテレビで、ある中学校の、校庭の片隅に池を作り、水を流しとんぼや、ちょうちょらが、住める環境作りをし、水は太陽光のエネルギーで電気を起こし、水を順環式にして、生物を呼び込んで生息させるんだと頑張っている。

今までも、現状の環境破壊が進んでいる問題化しているが、こういうニュースがあると心強い感じであった。いま若い人が、こういう教育をするのは、素晴らしいことだ。是非多くの学校で試みたらいいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »