人生の目的・魂を磨く

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絹の道

「因果応報」
「善いのも悪いのも、自分が受ける結果のすべては、自分が作る」という「因果応報」と言う言葉です。
後で自分が困るようなことを自分自身でしてしまうことです。悪い種をまいたら自分で刈り取らなければならないように、世の中の仕組はなっていると思います。

しかし、中には自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんなにつらいことが起きるのだろうか、と思う人もいるでしょう。そのつらいことが神様から与えられる試練、修行なのです。

自分に与えられた試練だから、自分が乗り切れない苦労はないのです。投げやりにならない限り、必ず乗り切ることができるのです。そして一つの苦難の山を乗り切ることができた時、自分の魂は一段階成長していくのです。

多くの苦難を乗り越えた人は、多少の苦労や問題事が起きても、動揺しません。黙々と乗り越えていきます。強い精神力がきたえられているので、つらいなーと思うことがあっても、それを一つ乗り越えてしまうと、同じようなつらいことが再び起った時、今度はさほどつらく感じなくなってくるのです。それが魂の成長です。

私たちは、そうしたことは頭の中で分かっています。しかし、現実に又新たな試練に出会うと、迷い、苦しんでしまいます。まだまだ魂の修行が足りないのです。

人生の目的・・・稲盛和夫氏
「人生において、自分自身の魂を磨き、美しい心、美しい魂を作り上げていくことが、人生の目的ではないかと思うのです。 心を磨くとは、魂を磨
ことです。 言葉を換えれば、人格を高めるということです。 人間性を豊かにし、美しい人間性をつくっていくということです。」

2020年4月 1日 (水)

春の雨

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今日は天気予報どおり、朝から小雨でした。
傘を広げなくても大丈夫?のような時間もあったりしましたが、でも、雨傘は、手離されない一日でした。散歩しながら、俳句をつくって見ました。

「春の雨  かすみの中に 高尾山」

「ひろげたり 傘をつぼめて 春の雨」

「見えぬ富士 御殿峠や  春の雨」

「春の雨  カタクリ橋や   君を待つ」

「柔らかく  山を包みて  春の雨」

桜の花を見て想う

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花は人に見せるために咲くのではない。
山河大地は全てありのまま、あるがままの姿を見せている、山川草木、ことごとくつつみかくさずその姿を露わにしている、桜の花は大地自然そのものです、大地自然が桜の花を咲かせている。また桜の花が大地自然を咲かせているともいえるでしょう。

人の命は桜の花の如く儚い、人は、この生の始まりも、終わりも、誰もそれを知る人はいない。生きるとは「生まれる」ことでもなく、「人生」でもない、今、現に生きている、この事実です。桜は今を咲いているから美しい、どの桜もこだわりなく咲く花は、大自然の恵みを得て咲いています。

人間も、大自然の恵み受け生かされている
太陽の恵みを受けた穀物を食べ、海で育まれた魚を食べる。昔に生きた生物の化石を石炭や石油エネルギーとして使う。人類は太陽と地球に育てられてきたのです。

そう思うと、太陽と地球に、そしてあらゆる生命に畏敬の念を覚えずにはいられません。と同時に、深く反省もするのです。私たちは、あたかも地球が人類だけのものであるかのように、高慢に考えてはいなかったか? 地球がずっと変わらずに人類を守ってくれるものだと、甘く考えていなかったか、と・・・。

2020年3月31日 (火)

生きた証を残す

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「生きた証を残す」
生きた証を残すというのは、名誉や財産を残すことではありません。社会に役立ち、人の生活を豊かにする、それが“生きた証を残す”ということなのです。

人間として生まれ、自分がこの世に生きた証を残していきたい・・・後世の人に何かを伝えていきたい・・・と願うのが、人間として自然な姿だと思います。

家庭を大切に守っていく、社会や国のために、あるいは、人類や世界のために貢献していく。。。自分のためにではなく、人のため、社会のために自分の力を尽くすことが、自分がこの世に生きた証を残すことになるのです。

人を喜ばすことによって、自分の存在が認識されるのです。生きた証を残すことができるのです。自分のためにだけすることは、人が喜ばないので、自分の存在が認識されず、自分が死んでしまえば何も残らないのです。

誰かを喜ばすために、私達は生きているのかもしれません。自分のためにだけではなく、人のために何か役立てたいと思ったならば、長い人生があるとは思わずに、いつ死んでもいいように、日々少しずつでも誰かを喜ばすために生きていくことです。そうした積み重ねが素晴らしい、人生となっていくものと私は思います。

2020年3月30日 (月)

高齢者の生きがい

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『生きがい』とは、人は誰でも、何らかの「生きがい」を持つことで、人生の価値や意味を見い出そうとします。広辞苑によれば、生きがいとは「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義されています。つまり、人にとって「生きる価値や意味」を与えるものである、と捉えることができます。

高齢者の生きがい
何が生きがいであるのか、どのような時に生きがいを感じるのかは、人それぞれであるのかもしれません。しかしながら、健康状態や身近な人との関係が、高齢者の生きがいに深くかかわってきます。健康を維持し、親しい友人や仲間との良好な関係を築き、親密な交流をもつことが、高齢者の生きがいを高める、大きな要因となると思います。

信念をもち続けること
信念とは、自分の中にある強い想いのことを指します。
「絶対に○○をするんだ!」という強い想いを持つことで、目標を達成することができるというわけです。なぜなら、信念は行動力に直結しているので、自然と目標に向かって体が動くようになるからです。ですから、別のことに意識が向いたり、途中で諦めてしまったりすることがありません。

«春の雪