大人が変われば子供も変わる

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「子どもは、社会を写す鏡」といいますが、大人自身の生き方とその大人が、つくり出した社会のあり方が、子どもの心に歪みを与え、今日の青少年をめぐる深刻な問題が生まれていると考えられます。

必要なことは、親や大人が自分自身を見直し、自らの生きる姿が、子どもたちの目にどのように写り、その心の成長にどのような影響を 与えているかを考え、姿勢を正していくことであるとの認識の下、「大人が変われば、子どもも変わる」・・・大人の認識を高めることだと思います。


大人自身が変わらなければ・・・

地域のこどもは、「地域で守り育てる」は、子どもたちを温かく見守り支える・・・時代に求められるモラル・・・を身を以て示すことです。

地域社会生活の中で「大人のどこを、どのように変えるのか」反省し、その気づきの中から独自の実践することが大切と考えます。

2020年9月21日 (月)

本当の幸せ

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「人間の本当の幸福は、歳をとるにつれて幸福だと感じる人生をもてること」の言葉に出遇いました。
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私たちが“煩悩の命令”だけに従った人生を歩むなら、歳をとるにつれて幸福だと感じる人生をもてるはずがありません。歳をとるということは、老いや死が近づき、境遇がいろいろと淋しくなることが多いもの「歳をとるにつれて淋しくなる」という声をよく聞きます。
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私たちは、日常の生活の中で、私たちは自分が「生きている」という実感を持ちながら生きているでしょうか・・・。また高齢になって、毎日を生き生きと生きていると、自分でそのように実感できるような今日を生きているでしょか・・・。
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私たちが日々生活していく上で、「生きる」と本当に自分で言い切れるような積極性をもち、あるいは充実感をもち得たときに、今日という一日を振り返ったり、あるいはこれからの一年を振り返ったりします。また、ときに、『ああ、本当に生きた』と実感できるようになるのだと思います。
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そしてそこに、自然と手をあわすことから始まる一日が生まれていくのではないでしょうか。

2020年9月20日 (日)

逆わらず老いよう 

御殿峠より市内を望む
私は、高齢者の仲間入りして、最近、老いるということに、肯定的な考え方を、持つようになってきました。老いに、「逆らわらず老いよう・・・」と思うようなりました。
「老いていくこと」をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかで、生きる楽しさが大きく変わってくると思います。
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小さな貢献でいきいきとする
高齢になっても、自分にできることを進んでやって、地域の中で貢献する・・・。すなわち社会に対して何かを尽くそうと考えているときは知能も働き、体が活性化すると思えるのです。
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認知症予防も良いと思いますが、社会からもらうばかりではなく、小さなことでも何か貢献したいと考えているときは、自然と人はいきいきしているように思えます。
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貢献とは何も大きなことばかりではありません。町内の清掃、朝の挨拶や、ちょっとしたことでも「ありがとう」を伝える、小さな子どもが信号を渡ろうとしている時に、それとなく注意して見守るなど、ささやかですが、目立たなくても大切な貢献はたくさんあると思います。

2020年9月19日 (土)

秋彼岸が近づき思う

道了堂参道
秋分の日・彼岸が近づいてまいりました。恒例の墓参で思う・・・
「今、我身が在る」ということは、我身を生んでくれた父母があり、祖先があるということです。ところが、人間は自分というものを一番大切にし、誰よりも自分を愛するものですが、とかく、この我身が何処から来たかということを忘れがちです。

幸せと感謝の気持ち
先祖.両親が存在しなくて、自分はありえません。こう考える時、その命の流れの根源に対して感謝と尊敬の念を抱くのは当然です。


こうした中にあって、過去、即ち親や先祖に対して心を向けるということは、当たり前のことであり、大事なことです。この心構え自体が、人間としての生き方、姿勢にも大きく関わりあってくるものです。

ところが、現代人は已れ中心主義の考えをもち、他人より自分、親の存在より已れ、と考えがちです。このような風潮にあって、今、先祖供養という我身のルーツに想いを至す時、現代人が失いつつある心の、根源を再発見するように思えてなりません。

そして、祈りの心というものに気づく時、輝くような人間性が現われてくるのではないでしょうか。どのような無信心な、宗教というものを信じない人でも、必ず祈りというものをもっているものです。

この祈りというものは人間特有のもので、動物にはない。祈りというものは、最も人間の純粋な姿といえよう。祈る世界には、悪人も善人もないわけです。

こうした中で自分自身が、まず親によってこの世に生まれ育てられてきたということと、また、その親の親に報思の念をもつということは、当然の祈り行為であり、人間として忘れてならないことです。

人の道

絹の道
人の生きざまや、生涯を「道」であらわすことが多い。歌や詩にもうたわれますが、とりわけ日本人は人の生き方を道であらわすことが好きなようです。
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スポーツ、文化芸能も世の人々に、感動と生きる喜びをあたえますから評価を受けます。一人の力は微力であっても、世の中に必要とされ、役立つことに意味があります。
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柔道、剣道、弓道など武道では心身技ともに習熟し、いっそうの人格の向上をめざすべしとします。相撲も相撲道として心・技・体を整えることをもとめ、茶道・華道・芸能においても同じでしょう。それぞれの道を究めるとは修練することであります。
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また人生を旅にたとえて、自分の生きざまという道を日々歩みます。そして、行く先を思ったり、足元を見定めたり、過ぎ去りし足跡をふりかえったりします。
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自分だからできることを通して、生き甲斐を感じ、感動し、やる気と根気を奮い立たせて、満足と挫折、希望と失望、喜びと悲痛をくり返しながらも工夫と挑戦を重ねていかねばなりません。
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向上心を持って努力すること、そして感性を高めて工夫することは道の基本であり、忍耐と勇気がそれを支えます。

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